偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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そろそろ第一章もクライマックスに近くなってきました。残すは、ハイジャック事件だけですね。


14.世界で最も過激な天空へ

 病院では携帯電話は原則禁止、という規則(というかマナー)があるが、とはいえ完全にどこでも使用できないというわけじゃない。ちゃんと使用許可が出ている場所は、院内にも存在する。

 それは武偵病院であろうとも、例外ではない。

 俺は今、武偵病院のロビーの壁に寄りかかって、携帯電話を耳に当てていた。ちなみに、俺が持っていた携帯はバスジャックの際にぶっ壊されたので、情報科(インフォルマ)経由で新しく契約した携帯を使っている。

 外では未だに、雨が降っているんだろう。窓の外で傘を差した武偵高生たちが行き交っているのが見えるからな。

 そんなことを考えていると、耳元で発信音が3回鳴って(スリーコール)

 

『――Hello(もしもし),This is……って、この番号は、レンかい?』

 

 と、少し高い声が耳朶を打った。

 俺は、懐かしい声にわずか目を細め、

 

「よ。久しぶりだな」

『……ああ、そうだな。実に3ヶ月ぶりだよ、こうして君と言葉を交わすのは』

 

 ……あれ?

 なんか、声に硬さ……つーか、怒気みたいなものを感じるんだが。

 

「……お前、なんか怒ってねぇ?」

『まさか。どうしてボクが怒る必要がある? キミもキンジも一切連絡してこなかったくらいで怒るほど、僕は英国貴族としての心を忘れたつもりはないよ』

「…………」

 

 怒ってんじゃねぇか。

 

「なんだよお前、少し連絡しなかったくらいで。拗ねてんのか?」

『な――っ!? ば、バカを言うな! ボクが寂しかったなんていつ言った!』

 

 俺も言ってねぇよ、そんなこと。

 というか、話が進まねぇんだが。俺はこいつに頼みたいことがあるから電話したってのに。

 俺は少し辟易としながら、

 

「ああ、そうだな。俺が悪かった。――それより、だ。お前に一つ、頼みがあんだよ」

『そもそもボクが寂しがる理由が無いだろうなぜならボクとキミたちの関係はただの元クラスメートだからしてそこから考えればたかが3ヶ月程度連絡がなかったからといってどうということは――何? 頼み?』

「急な話で申し訳ねぇんだがな。無理なら断ってくれていい。――実はな……」

 

 俺は、電話の主にとある頼みごとを告げる。

 まあ、正直無理だろうなとは思うんだが。さすがにいきなりすぎるし。

 俺が話し終えると、受話器の向こうから深い嘆息が聞こえた。

 あー……ま、そんな反応になるよな。

 俺は見えていないと知りつつも、唇を苦笑の形にゆがめ、

 

「悪ぃ。やっぱ、いきなりこんなこと言われても困るよな」

『困ると言うか……君はボクを便利屋かなにかだと思っていないか? 一体キミはボクをなんだと思ってるんだ』

「そりゃ……友達、だろ。向こうじゃいろいろあったけどな、感謝もしてるし……まあ、なんだ。いい奴だとも思ってんよ」

『…………』

 

 俺の返答をどう受け取ったのか、無言で返される。

 ……ちょっと、調子が良すぎるな。言ったことに嘘はねぇが、連絡するのを忘れてたのも事実。それが、いきなり電話しといて内容がこれじゃあ、愛想をつかされるのがオチだろ。

 ――と、思っていたんだが。

 

『……OKだ。わかった、その頼み引き受けよう』 

「え……いいのか?」

『ああ。ボクを見くびるな。そのくらい、造作もない。ついでにチケットの手配もボクがしておこう』

「すまねぇ。迷惑かける」

『気にするな。ボクたちは、と、友達なんだろう? 友達が困っているなら、助けるさ』

「……サンキュー」

 

 詳細は追って連絡する、という言葉を締めに通話は切れた。

 俺は携帯電話を病院服のポケットに仕舞い込みながら、ゴンと壁に頭を預けた。

 さて……これで、もうホントに後戻りはできねぇな。

 この選択が正しいのか、それとも間違ってるのか。それは、わからねぇ。

 だが、選んだ以上はもうその道を進むしかない。たとえ先に、なにがあったとしても。

 

「まあ……きっと、これは()()なんだろうけど、な」

 

 * * * 

 

 バタン、と背後で扉が閉まる音がした。

 その音を聞き流しながら、遠山キンジは靴を脱ぎ、自室の廊下に上がった。

 すると、前髪をつたってポタポタと水滴が床板に落ちた。キンジはそれに顔をしかめる。

 それから彼は、ひとまずシャワーを浴びることにした。なにせ今の今まで雨に打たれていたのだ。体はすっかり冷え切っているし、どのみちこんなびしょ濡れのままリビングに入るわけにはいかないだろう。

 キンジは脱衣所で濡れた制服を洗濯機に放り込み、浴室に入る。

 暖かいシャワーで体を癒し、風呂場から上がったキンジは腰にタオルを巻いて、着替えを取りに行った。

 ラフなスウェット姿になったキンジはリビングのソファに深く座り込み、そこでやっと一息を入れた。

 室内は仄暗い。時刻的にはまだ正午にもなっていないが、なにせ外は雨だ。窓の外に広がる雨雲が日光をさえぎり、照明をつけていないこの部屋は決して明るいとは言えなかった。

 そんな中で。

 キンジはポツリと呟いた。

 

「……やっぱり、わかんねえ」

 

 その言葉に対するのは、『武偵殺し』のことだった。

 キンジは自宅に帰ってくるまで、そしてシャワーを浴びている最中も、ずっとそのことについて考えを巡らせていた。

 あの薄暗い路地裏で、キンジは借りを返すと決意した。だがそのためには、奴と(まみ)えなければならない。

 いまだ姿さえ見せない奴に会うために、キンジは『武偵殺し』の目的を推測しようとした。そうすることで、奴の次なる狙いを看破しようとしたのである。

 だが、ことここに至って、キンジにはその答えが見つからなかった。

 キンジが知る『武偵殺し』関連の事件は少ない。去年ニュースで取り上げられていたいくつかの事件を除けば、自身も経験したチャリジャックとバスジャックの事件しか知らなかった。

 これらの事件に共通する項は、その名が示すとおり被害者が全員武偵だということだ。だが、『武偵殺し』とは名ばかりに死者は一名も出ていない。ここに、労と実が釣り合わないという奇妙な矛盾が顔を出す。

 これが武偵を憎んでの犯行ならば、被害が無さ過ぎる。さりとてではそれ以外かとなると、思い当たるものがない。だから、目的が見えてこない。

 無論、世にはびこる多くの爆弾魔たち同様、ただの愉快犯だという可能性はある。だが、キンジはそれを頭の片隅に置きながらも、除外していた。もしそうだった場合、キンジがここで頭を捻っていても、出来ることは奴の行動を待つことだけだからだ。それならば、違う可能性を考えて先手を打つ方法を模索する方がよほど建設的だ。

 

(だからといってじゃあ奴の狙いがなんなのかってなるんだがな……。結局そこを推理できなきゃ、後手に回ることになる。それは、最善とは言えない)

 

 キンジは背もたれに後ろ頭を乗せて、思考に没頭する。

 何か、一つ。せめて何か一つあれば……。

 と、その時。

 

(――待てよ。そういえば、俺はまだピースを持ってたぞ)

 

 キンジの頭の中に、ある人物が浮かぶ。

 神崎かなえ。

 つい先ほど会ったアリアの母にして、『武偵殺し』の冤罪を着せられた人物。

 そう、()()だ。彼女は、『武偵殺し』ではない。ただ()()()()()()だけだ。

 だが。

 

(よくよく考えたら、これはおかしくないか? そもそもどうしてかなえさんは冤罪を着せられた? あの人は武偵じゃない、一般人だ。娘こそ武偵だが、彼女には『武偵殺し』に目を付けられる理由がない) 

 

 では偶然か? と考えて、その可能性は低いと思い直す。かなえがかけられた『武偵殺し』としての刑期は122年。一人も死者が出ていない以上、もしも一件だけ偶然冤罪をかけられたとなれば、罪が重すぎる。となれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということになるだろう。その全てが偶然による仕業とは到底思えなかった。

 ――進んだ。

 推理が、進んだ。

 キンジはさらに先へと思考を走らせる。

 

(じゃあ、『武偵殺し』の狙いはかなえさんか? これまでに起こした事件はすべてフェイクで、かなえさんに罪を着せることが狙いだった……? いや、回りくどすぎる。そんなことまでするくらいなら、直接狙った方が遥かに早い)

 

 くしゃり、とキンジは前髪をかく。

 煮詰まった。結局、これ以上は進めないのか。やはり、ヒステリアモードでなければ、自分には何も出来ないのか。

 暗澹たる気持ちに、キンジがなったその時。

 友人である鈴木時雨の言葉が、ふと脳裏に蘇った。

 

『いいかい、キンジ。君が探偵科(インケスタ)に転科した手向けに、一つ私が知る推理法を教えよう。もし、原因から推理していって煮詰まった時が来たら、結果から考えてみるといい。発想を逆転させるんだ。どうしてそうなったのだろう? ではなく、そうなったことで何が起きたのだろう? ってね』 

 

 その、アドバイスを思い出して。

 キンジは、それを実行に移した。

 

(結果……結果、か。この場合で言えば、『武偵殺し』がかなえさんに罪を着せたことで、なにが起こったか、だよな)

 

 たとえば、本物の『武偵殺し』が罪を逃れた、というのはどうだろう? いや、それならば、確かに筋は通るがかなえである必要性がない。

 では、かなえが世間に犯罪者として認識されてしまった、というのは? いや、これも多分違う。さっきも似たようなことを考えたが、あれほどのことをしでかすならば直接かなえに危害を加えるだろう。

 だとしたら……、

 

「――アリア」

 

 と、キンジはハッとしたように呟いた。

 

(そうだ、アリアだ。かなえさんが捕まったことで、アリアは『武偵殺し』の逮捕に乗り出した。まるで、かなえさんをエサに誘い出されたみたいに)

 

 それならば、かなえが冤罪を着せられた理由もつく。

 挑発。そして、宣戦布告。これが、『武偵殺し』のアリアに対するメッセージだとしたら?

 答えは、出る。

 

(『武偵殺し』の本当の目的は、武偵でもかなえさんでもない。()()()()()()()……!)

 

 その考えに行き当たった瞬間、キンジは立ち上がって、急いで自室に引っ込み、机の上に放り投げていた携帯電話を手に取った。

 アドレス帳を呼び出し、あ行を探す。そしてすぐに、『アリア』という名前が見つかる。

 迷わずその名前を選択して、キンジはアリアに電話をかけた。

 耳元で鳴る呼び出し音に、キンジは焦れる。

 

(早く、早く出ろアリア……!)

 

 キンジの推理は、完全とは言えない。所詮は状況から推測した、証拠もなにもない憶測だ。偶然の可能性だって、まだ生き残っている。

 だが、アリアが狙われているかもしれない。ただその一点のみが、キンジに焦燥感を与えていた。

 10秒……20秒……アリアは、出ない。

 それでも諦めずにキンジは待ち続けて。

 そして、根負けしたかのように、通話が繋がった。

 

『――なに?』 

 

 その声は、常のアリアらしからぬ抑揚の無い声だった。

 それに若干の気後れを感じながら、キンジは口を開いた。

 

「アリア。お前に、話がある」

『……今ちょっと()()()の。悪いけど、またにしてくれない?』

「大事な話なんだ。お前にとっても……俺にとっても」

『? 大事な、話……?』

「ああ」

 

 と、キンジは一度切って、

 

「――『武偵殺し』についてだ」

 

 * * *

 

 キンジ同様雨に降られたアリアが女子寮に戻ってまずしたことは、暖かいお湯で満たされた湯船で冷え切った体を温めることだった。

 それから彼女はバスローブを纏い、寝室のシングルベッド(わざわざイギリスの実家から運び込んだ物だ)に幼さを残した体躯を横たえた。

 ベッドサイドボードのスタンドライトから放たれる柔らかな光が、アリアの物憂げな表情を照らし出す。

 ほう、と儚い吐息を一つ零し、アリアは呟いた。

 

「……やっぱり、イギリスに帰ろう」

 

 それは、前々から決めていたことではあった。

 アリアが東京の地を踏んでから、すでに4ヶ月という月日が経過していた。この期間にアリアが至上命題として掲げていたのは、無論パートナーを探し当てることであった。

 彼女がこの時期に東京武偵高に転校してきたのは、まったくの偶然である。各国の武偵高(第Ⅰ級指定された武偵高のみだが)をパートナー探しのために渡り歩き、たまたま今回はこの東京武偵高を選んだというだけの話だ。

 だから、ここでもパートナーが見つからなかった場合、アリアはイギリスに帰るつもりだった。

 イギリスは、武偵の国。武偵の始祖とも呼ばれる人物がいたこの国は、世界でもっとも武偵という存在が浸透している。世界に名だたる高名な武偵を多く排出し、ロンドン武偵高は『世界最高峰の武偵高』とまで呼ばれていた。

 それゆえに、アリアはイギリスに帰るのだ。一縷の望みをかけて、パートナーを探すために。たとえ故郷ゆえにすでに真っ先に探し回っていたとしても、だ。そうするしか、ないのだから。

 だが。

 

(本当に、それでいいのかな……)

 

 ()()の存在が、アリアの心にストッパーをかけていた。

 キンジと、錬。

 アリアが唯一パートナー候補にした2人。

 彼らの姿を、そして彼らと過ごした日々を思い出し、アリアは後ろ髪を引かれ、

 

「……無理よ、もう。もう、戻れない」

 

 しかし、彼女はそれを振り払う。

 右腕で両目を覆い、ゆるゆると首を左右に振る。

 決別は、もうした。自分から、遠ざけた。

 ならば、ここで()()()()()しか道は無い。

 

「準備しなきゃ……」

 

 アリアはベッドから身を起こし、やるべきことを脳内に羅列し始めた。

 イギリスに戻るとなれば、やることは多い。向こうに連絡することや、東京武偵高につける話もあるし、手続きもいくつかある。最終的には向こうについてからやることが多いだろうが、それでも日本を発つとなれば必要なことは多々あった。

 もちろん、今すぐやる必要はない。誰に強制されたことでもないし、ここに留まる期間が設定されていたわけでもない。だがアリアは一刻も早く()()から離れたかった。あるいは、何かを振り切るように。

 が、そんなアリアの機先を制するように、リビングから音楽が流れてきた。アリアの携帯電話に登録されている、着信メロディーである。

 

「電話……?」

 

 どこか邪魔をされた気分になったアリアは、イラつきながらもリビングへと向かう。豪華な家具に出迎えられながら、彼女はイギリス製のアンティークテーブルに置いていた携帯電話を手に取った。

 誰からだろう、とアリアはディスプレイに目を落とす。

 その、アリアの目に。 

 

『遠山キンジ』という文字が飛び込んだ。

 

「――ッ!」

 

 思わず、息を呑んだ。

 なぜ。なぜ、このタイミングなのか。

 もう、会うことも話すこともせずに去ろうと決めていたのに。

 取るべきか、取らざるべきか。逡巡するアリアの手中で、呼び出し音は鳴り続ける。

 やがて。

 

(……これで、最後よ)

 

 アリアはついに、その電話を取った。

 通話ボタンを押して、携帯電話を耳に押し当てる。

 まずは、第一声。

 

「――なに?」

 

 それは、自分でも驚くほど硬い声だった。受話器の向こうで、緊張したように息を呑む音が聞こえた。

 しかしそれも一瞬、すぐにこの数日で聞きなれた声が鼓膜を震わせた。

 

『アリア。お前に、話がある』 

「……今ちょっと()()()の。悪いけど、またにしてくれない?」

 

 キンジの言葉を、アリアはとりつくしまもなく跳ね除けた。

 実際、嘘ではない。前述したように、アリアにはやらなければならない処理が多くあった。

 が、これも前述したように会話一つできないほど火急のことではない。それでもアリアがこう言った裏には、様々な感情があった。

 それでもキンジは諦めずに、

 

『大事な話なんだ。お前にとっても……俺にとっても』

「? 大事な、話……?」

『ああ』

 

 さすがに、少し気になった。ここまで言うこととは、一体なんだろうか、と。

 だが次のキンジの一言には、納得せざるをえなかった。

 

『――「武偵殺し」についてだ』

「…………」

 

 思わず、黙り込むアリア。

 まさか、今更キンジの口からその名前が出るとは思わなかった。

 今更……そう、今更、だ。

 あれだけ自分を拒んで。約束を破って実力を隠し。「契約は満了した」というアリアの言葉にあっさり頷いて。

 その上で、今更キンジは『武偵殺し』の名を出した。

 それが。

 それがなぜか、アリアの心を()いた。

 

『いいか、アリア。お前と新宿で別れた後な、俺なりにいろいろ考えてみたんだ。そしたら――』

 

 そんなアリアの感情を知らず続けるキンジの言葉を、

 

「うるさい」

 

 と、アリアは一言で切って捨てた。

『……は?』、という呆然としたキンジの声に構わず、アリアは一息で告げる。

 

「よく聞きなさい、キンジ。あたしは言ったはずよ。『契約は満了した』って。それにあんたは『わかった』って答えた。伝わってなかったのなら、はっきり今言うわ。――いい、キンジ? あの瞬間、錬を含めて()()()()()()()()()()()()()()

『な……ち、ちょっと待てよお前! あれだけ振り回しといて、そんな勝手が通るか! いいか、よく聞けアリア、「武偵殺し」の狙いは――』

 

 ブツッ、と。唐突に通話が切れた。

 否、アリアが切ったのだ。

 アリアは静かに携帯電話を耳元から離し、

 

「今更、未練が残るようなこと、言うんじゃないわよ……」 

 

 と、小さく小さく呟いた。

 すべては、今更のことで。

 だからアリアが止まることにはならなかった。

 

 * * *

 

 ――月曜日。

 俺がバスジャックに遭ってから、3日が経った。

 今はだいたい、午後の専門科目も終わった頃か。そろそろ日も沈むな。

 俺は自分の部屋で制服姿で()()()しながら、そんなことを考えた。

 

「よっし、こんなもんかね」

 

 あらかたの荷物をボストンバックに纏め終わった俺は、一つため息を吐いて一息入れる。

 ――さて。

 なんで今俺が自室にいるのか、疑問に思う人もいると思う。

 答えは簡単。俺が「取ってきたいモンがあるから、一回家に帰らせてください」と矢常呂先生に頼み込んで、特別に許可をもらったからだ。

 矢常呂先生は「なるべくすぐ帰ってくるのよ」と言ってたんだが……、

 

「悪ぃけど、そいつは無理な相談なんだよな」

 

 なんせ、病院に戻るどころか……俺はこれから、()()()()()()()()()()んだからな。

 

「よし――行くか」

 

 俺は荷物を左肩にかるい、玄関に向かう。

 扉を開け、外に出る……前に、一度だけ振り返った。

 

「…………」

 

 何も言うことはなく、俺は数ヶ月を過ごした自室を眺めて、

 そして、俺は住み慣れた我が家を後にした。

 

 * * *

 

 東京が強風に見舞われた週明け、キンジはいつものように家を出て、今度は何事も無くバスで一般校区まで登校していた。

 結局。

 あの後も何度かけなおしても、再びアリアが電話に出ることはなかった。

 女子寮まで出向いて(アリアが寮に帰っていればの話だが)直接話に行くという手もないでもなかったが、それは断念した。キンジにとっては女子寮など鬼門以外の何物でもないし、しかも彼はアリアの部屋番号を知らない。となれば必然、寮生の誰かに聞く必要が出てくるわけだが、アリアとキンジたちの間に()()()()()()が出回っている現状では、そんなことをすればどうなるかなど想像もしたくない。

 だからキンジはもどかしさや焦燥感を抱えながらも、明日まで待つことにした。幸いというべきか、彼らは学生でしかもクラスメートだ。学校が始まれば嫌でも顔をつきあわせることになる。

 そもそも自分の推理自体こじつけの感が強い上に、仮に真実だったとしてもたかが一夜で事態が推移するはずもないという一切根拠のない楽観から、彼は『明日学校で話す』という手を取ってしまった。

 それがどれだけ危機感のないことだったのかも知らずに。

 だからキンジは以降なにもせずに今日という日を迎えて。

 

「はーい、それじゃあ今日も一日がんばっていきましょうね~」

 

 と高天原ゆとりが教室に入ってきて初めて、()()()()に気づいた。

 

(アリアのやつ……休みやがったな) 

 

 右隣の席が空白のままHRが始まったことで、キンジはアリアの欠席を知った。

 無理も無い……のかもしれない。あんなことがあって、おまけに昨日の電話では喧嘩別れのような形になったのだから。アリアがすでに卒業分の単位を揃えていたことも、拍車をかけたのだろう。

 ちなみに、左隣の席――理子も、来ていない。バスジャックの発生以降、彼女は探偵科(インケスタ)鑑識科(レピア)と共に調査を続けていることを、キンジは知っていた。

 

(しかたない。放課後、もう一度電話して……それでも出なけりゃ、諦めて女子寮の方に行ってみるか)

 

 キンジは高天原教諭の連絡事項の通達を聞き流しつつ、机の上で頬杖をついて、そう結論付けた。

 その、結論を。

 キンジは今日中に後悔することになる。

 

 * * * 

 

『Attention please.Departuring passengers――』

 

 俺は、()()()に響くアナウンスを聞きながら、ずり下がった荷物をかるい直した。

 国際線ターミナル……より正確にはコンコースと呼ばれるらしいが、とにかくそこは人ごみでごったがえしていた。観光シーズンじゃねぇとはいえ、結構いるもんだなぁ。

 時刻はだいたい7時前。透明なガラスの先に見える発着場では、夜の闇を裂くように飛行機の明かりが煌々と灯っている。ボーディングブリッジが伸びている機体も見えるな。

 ついに、着ちまったなぁ……羽田空港。

 

「去年はさんざんだったからなぁ。今回は静かに行きてぇな」

 

 パスポートと所持金(強襲科(アサルト)時代に稼いだ分だ)を確認しつつ、俺は呟く。

 これで東京ともお別れ、か。父さんたちにゃ、まあいずれ連絡するしかねぇよな。

 しかし、住み慣れた町を離れるというのは、どうしようもなく郷愁の念が沸くな……。

 だが、もうこうするしかねぇんだ。俺の命と、みんなの命を守るためには。

 

 ――俺は、東京を出る。

 

 俺には、例の犯人を捕まえる力量がない。だからといって何の策も講じないままだと、また同じようなことが起きる。

 そして、例え教務科(マスターズ)に泣きついたとしても、やつらは助けてなんてくれない。武偵高じゃ、たとえこんな事態になったとしても、2年からは教師は手を出さないようになっている。監督責任はどこいったんだろうな。

 このまま手をこまねいたまま退院したとしても、犯人はきっとまた俺を襲ってくるだろう。今度は、バスジャックどころじゃ済まなくなる可能性もある。俺も、そして俺以外の人間も死ぬかもしれない。

 だが、俺が東京を離れればどうだ? 

 俺が病院を出たことを知っているのは、矢常呂先生くらいだ。さらに言えば、ここにいることは誰も知らない。

 ならば、この地を発ってしまえば、さすがに犯人も追ってはこねぇんじゃねぇか? いや、追ってきたとしても、少なくとも武偵高の連中からは遠ざけられる。

 そう思った俺は、今こうしてここにいると言うわけだ。

 臆病者と呼びたきゃ呼べ。これは、逃げだ。立ち向かわずに、逃げてるだけだ。

 

「さて、と……。確か、ここでチケットを受け取る手はずだったっけな」

 

 俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、メールボックスを開く。

 お目当てのメールを見つけた俺は、そこに書かれた文面を読む。

 そこには、こうあった。

 

『例の件だが、7時ごろに羽田空港の国際線ターミナルに向かってくれ。そこでボクの知り合いからチケットを受け取れるようにしておこう。郵送の手間が省けるからね。待ち合わせ場所はターミナル3Fの「BLUE SKY PREMIUM」というショップだ。……ああ、それと、ロンドンでの滞在場所の話だが、本当にボクの家でいいにょか?』

 

 とのことだった。最後らへんなんか打ちミスしてるが、なにかあったんだろうか?

 それはともかく、だ。このメールについて説明しとかなきゃな。

 東京を出るにあたり、俺はどこに行くべきかをまず考えた。で、思いついたのが武偵の本場、ロンドンだ。今回の件で自分の実力の無さを認識したからな、どうせなんだしこれを機に本腰を入れて武偵を学ぶのもいいかもしれないと思い至った。武偵憲章9条にも『世界に雄飛せよ』ってあるしな……ちょっと違うか。

 で、実は去年ローマで知り合った友達の実家がロンドンにあって、そいつ自身もいまはロンドンにいるらしい。だから俺はそいつに頼んで、そいつん家に泊めてもらえるようにしたんだ。

 つーことで、まずは指定された待ち合わせ場所に行こうとしたところで、急に尿意をもよおしてしまった。

 出鼻をくじかれたようで少し嫌だが、まあこればっかりはしかたない。

 俺は周囲を見回してトイレを見つけ出し、さて行こうかとしたところで肩に下げたボストンバッグの存在を思い出す。

 

「んー……まあ、荷物はそこらへんの椅子にでもちっと置いとくか」

 

 貴重品は自分で持ってるし、どうせ大したモンは入ってないしな。

 中まで持ってってもいいが……めんどいから、いいや。

 というわけで俺はトイレで用を足し、外に出て、荷物を取りにいこうとして――

 

「錬ッ!」

「(ビクッ)!?」

 

 背後から、いきなり声をかけられた。

 び、ビビッた……。心臓止まるかと思った。

 つーか、誰だよ? と思い振り返ると……そこにはやたら息も切れ切れといった様子のキンジがいた。

 なんだキンジか…………ええ、キンジ?! なんで?! なんでここにいんの?!

 俺と同じく制服姿のキンジは顎をしたたる汗をぐいっ、とぬぐってから、

 

「お前、なんでここにいるんだよ!」

「ああ? そりゃ、俺の台詞だ。お前こそ、なんでこんなところにいんだよ?」

 

 うん、マジでなんで?

 俺が本当にわからなかったのでそう聞くと、キンジは一瞬口ごもりながらも、

 

「俺は……お前と一緒だ。俺も、お前がやろうとしてることをやるって決めたんだ」

 

 え、ええ? 俺と一緒って……ろ、ロンドン行きのことか? 

 いや、お前関係ねぇだろ。狙われてんのは、俺なんだが。

 さっぱり意味がわからない中、キンジは俺に言った。

 

「それより、お前こそいいのか。そんな身体で。この先はもう、後戻りできないぞ。後悔、するかもしれない」

「…………」

 

 キンジの問いかけに、俺は口をつぐむ。

 後戻りできない……か。

 そうだな。俺がやろうとしてるのは、敵前逃亡だ。ここで逃げ出せば、もう武偵高には後戻りできないだろう。あの鬼教師どもが、そんな真似許すとは到底思えねぇ。

 だけど、

 

「ああ。俺はもう、とっくに決めてんだよ。後悔なんざ、しねぇ」

 

 その議論はとっくに通り過ぎたぜ。後悔するかどうかなんて、もう何度も考えたさ。

 俺の決意の固さを読み取ったらしいキンジは、一つ息を吐いて、

 

「……分かった。お前は、そうだよな。なら、もう何も言わない。ところで、錬。お前、どの便かわかってるのか?」

 

 ん?

 どの便かわかってる? どういうこった?

 

「いや。ロンドン行きの飛行機ってことしか知らねぇ」

 

 よくわからなかったが、とりあえずそう答えておく。

 というか、便名は現段階では本当にわかんねぇしな。なにせ、俺はこれから待ち合わせ場所に行って、そこでチケットをもらうんだから。

 するとキンジは頷いて、

 

「そうか。じゃあ、俺に付いてきてくれ」

 

 と、そんなことを言ってきた。

 その発言を俺は一瞬訝るも、すぐに気づいた。

 こいつ、もしかして……あいつ――例のローマで知り合った友達――から連絡を貰ってたのか?

 なるほど、あり得る話だ。あいつなら、俺のロンドン行きを聞いて、キンジに一報を送っても不思議じゃない。まいったな、口止めしとくんだった。

 というか、だ。てことは、こいつは例のチケット受け渡し場所への案内人か、あるいは見送りに来てくれたってことか。

 いい奴だなこいつ。さすがは元コンビだ。……それにしちゃさっきの「一緒なんだ」発言の意味はわかんねぇんだけど。

 ――と、その時、俺は去年少し流行った噂(まあきっかけを作ったのは俺の発言なんだが)を思い出した。

 こ、こいつもしや……()()()()じゃねぇよな? 

 無いとは思うが、こいつが俺に惚れていて、だから一緒について行く……とか、そういう意味、だったりして……?

 は、ははは! まさかな! そんなことあるわけ――

 

「こっちだ。急ぐぞ、時間がない!」

 

 ちょっ……!? 

 叫ぶと同時に、俺の手を握り引っ張り始めたキンジに、俺は一瞬で全身が総毛立つのを感じた。

 ひ、ひぃいいいいいい!? え、なにマジでこいつそうなの!? ちょちょちょ、勘弁してくれ! ノーマル! 俺、ノーマルだから!

 つーか、荷物おきっぱなんですけど! 持つ物も持たずに飛行機に駆け込むって、どこの駆け落ちカップル?!

 逆らった場合、いったいどんなホモ系の仕打ちが待っているかわからなかった俺は、戦々恐々としながらもなす術もなく引きずられていった。

 ……アッー!

 

 * * *

 

(アリア……アリア!)

 

 遠山キンジは、己が持てる全力で疾走していた。

 息が苦しい。足が重い。吐き出す息と吸い込む酸素が安定しない。

 体に溜まった乳酸が、足枷のようにキンジを止めようとする。しかし彼が、両足の駆動を止めることは決してない。

 その目指す先は、羽田空港第2ターミナル。()()()()()()()()()が離陸する場所だ。

『タイムリミット』の7時まで、あとわずか。

 

 

「『可能性事件』っていうのがあるんだよ」

 

 夕陽が照らす、午後6時。

 台場にある高級カラオケボックスのような趣をもつ、クラブ『エステーラ』。一般客のみならず、武偵高の生徒もよく立ち寄る、人気店だ。

 その一室、アール・ヌーボー調に整えられた個室で、キンジは探偵科(インケスタ)の同級生・峰理子にそんなことを言われた。

 今日の、専門科目が終わった頃。昼休みに一度、アリアに電話しても彼女が応答しなかったことで、帰りのHRが終わり次第女子寮まで直接会いに行こうと決めていたキンジに、1通のメールが届く。

 差出人は、峰理子。内容は、「大事な話があるから」とエステーラに来るよう指示するものだった。

 

(大事な話……『武偵殺し』関連か?)

 

 と当たりをつけつつ、キンジは放課後、学園島から延びるモノレールに乗って台場まで足を運んだ。

 基本的に理子の話を真に受けるとろくなことにならないのだが、前述したとおり理子はバスジャック事件からこっち、一連の事件について捜査を進めている。このタイミングでということならば、いつものようなふざけたものではなく、調査結果の報告である公算が高かった。彼女も武偵である以上、そういう時には意外と真面目にしている。

 とはいえ、キンジの中での優先度は無論、アリアの方が上だった。にもかかわらず女子寮行きではなくこちらを選んだのは、もしかしたら確たる証拠が掴めるかもしれないと期待したからである。

 仮に今の状態でアリアに会い、自分の推理を話したとしても、彼女がそれを信じる確証はない。ほとんどがただの推論に近いキンジの考えをそのまま伝えたとしても、むしろさらに関係性が悪化する恐れがあった。

 結果としてキンジはアリアの方を後回しにして、理子曰くの『大事な話』とやらを聞かされたのだが……、

 

(『可能性事件』……?)

 

 それなりに高そうな赤い長イスに腰掛けながら、キンジは内心で理子の言葉を反芻した。

 と同時に、疑問に思う。それは一体何だ? と。

 それが聞こえたわけではないだろうが(聞こえる人間も武偵高にはいる)、キンジの真隣に座る理子は、「くふ」といたずらっ子のように微笑んで、

 

「キーくんが経験したバスジャックとチャリジャック。そして、それ以前に起きたバイクジャックとカージャック。この4つが一般に知られてる『武偵殺し』の犯行だけどね、実は隠蔽工作でわからなくなってるだけで、本当は『武偵殺し』の仕業だったかもしれないっていう事件があるんだよ」

「そんなものがあるのか」

 

 キンジは、素直に感嘆を声にする。こんな情報、警視庁のデータベースにしかないだろう。さすがは、『情報怪盗』と揶揄される探偵科のAランクといったところか。

 その様子に理子は、妖しく笑みを深めながら、

 

「でねでね、これがその事件の資料だよ。()()()()()()()()()()()()

 

 常にはしない、理子独自のあだ名ではない名前呼び。それにキンジがひっかかりを覚えるより早く理子は、持参していたポシェットから四つ折りのコピー用紙を取り出し――キンジに向けて、それを開いた。

 

(――――ッ!?)

 

 そこに書かれた一文に、キンジの表情は蒼白になった。

 

『2008年12月24日 浦賀沖海難事故 死亡 遠山金一武偵(19)』

 

 ただ、それだけの一文が、記載された1つの名が、キンジの全てを揺らした。

 いくつかの光景が瞬時にフラッシュバックし、体の芯が揺らいだような気さえした。それほどまでに、その名はキンジにとって大きな意味を持っていた。

 

()()()……!)

 

 ――遠山金一。

 キンジの実兄で、武偵でもある青年。

 それも、ヒステリアモードを自在に発現させる方法を編み出し、弱き者をほとんど無償で助ける、キンジにとっても、そして助けられた者にとっても、ヒーローのような存在だった。

 だが、彼はもうこの世にいない。数ヶ月前、彼はこの世から姿を消した。

 浦賀沖海難事故。

 クルージング船・アンベリール号が沈没し、1人の乗客が犠牲になった悲惨な事故だ。

 そしてその1人こそが金一だった。彼は遠山家の信念『義』に従い、最後まで乗員・乗客を避難させ、その結果逃げ遅れ……結局、死体も上がらず死亡扱いになった。

 しかし、金一という代償を払い、事件そのものは解決した――()()()()()

 が、乗客からの訴訟を恐れたクルージング会社は、そして一部の乗客やマスコミ、果ては世論さえも金一を責めた。

 曰く、「乗り合わせていたにもかかわらず、未然に事故を防げなかった無能な武偵」、と。

 世間は、遠山金一を悼まなかった。

 もともと武偵という存在はいいイメージを持たれてはいなかった。武偵制度の発足自体は十年以上前の話なのだが、犯罪解決に一般人を登用するというこの制度が脚光を浴びることは、滅多にない。

 だが、それにつけても、金一に、そして遺族のキンジにかけられた罵詈雑言は、並大抵のものではなかった。

 兄の葬式で遺影を持つ自分に群がる記者たちを、キンジは今でもトラウマとして覚えている。あの時、金一と面識があったことで参列していた錬に引っ張り出されなければ、どうなっていたか自分でもわからない。

 だが、それでもキンジの心には深い傷が残った。12月の始めに起こった()()()()とそれに伴う出来事も相まって、さらに兄まで失ったことで、キンジは酷く武偵という存在を憎み始めた。

 そして、キンジは決めたのだ。武偵という道を、自ら閉ざすことを。

 だから、『アルケミー』も解散した。提案したキンジに、錬はただ一言「そうか」とだけ返したことを、今でも覚えている。

 

(『武偵殺し』。お前は、なぜ兄さんを、なぜ俺を、狙った……!)

 

 兄の事故が実は事件――シージャックだったことを知り、キンジは犯人である『武偵殺し』に激しい憎悪を抱いた。

 心が、燃える。黒い炎で、ヂリヂリと。

 仲間を、親友を、兄を、なぜ奴は傷つけた――?

 と、そんなキンジに、突如理子がしなだれかかった。唐突な彼女の行動に狼狽するキンジに構わず、彼女は柔らかい凹凸を押し付け、甘い吐息混じりにキンジの耳元でささやく。

 

「キンジ。このお部屋でのことは、だぁーれにもバレないよ? 白雪はS研の合宿だし、アリアはもうイギリスに帰っちゃうからね。今夜7時のチャーター便で行くって話だったけど……んー、もう羽田だよ、きっと。だから……理子と()()()()しよ? くふふっ」

(な、に……!? アリアが、イギリスに帰る!?)

 

 知らされた事実に、キンジは驚愕する。一夜で事態が推移するはずがない、どころの話ではない。すでに、逼迫した状況へと変わっていた。

 脳髄から後悔があふれ出す一方で、中枢神経が峰理子という『女』を認識し始めた。

 理子の言葉が。

 理子の匂いが。

 理子の柔肌が。

 キンジの理性を突き崩しにかかる。

 

(ま、マズイ! ヒステリアモード、に……ッ!)

 

 トクンと流れていた血流が、ドクンッと一際大きくうねる。

 そして――なった。

 キンジをSランク武偵たらしめていた、そして遠山家の切り札でもある――ヒステリアモードに!

 そして。

 加速度的に冴えていくヒステリアモードの頭脳が、推理を紡ぎだす。過去と現在、そして未来の事象を一繋ぎにより合わせていく。

 バイクジャック、カージャック、シージャック――そして金一の死。

 チャリジャック、バスジャック、そして次に来る『事件』と『結果』。

 そして遠山キンジはついに、決定的な『確信』を手に入れる。

 

(クソ……アリアがヤバイ!)

 

 全てを1本の線で繋げたキンジは、自らに密着した理子を、ヒステリアモード特有のキザったらしい言動で退かす。

「あんっ」と小さく声を上げた理子をソファに座らせ、キンジはクラブ『エステーラ』を後にした。

 店を出たキンジは、すぐさま走り始めた。理子が教えてくれた羽田空港まで、一直線に。

 

(急がなければ……アリアが殺される!)

 

 彼をつき動かすのは、どうしようもない悔恨の念だった。

 どうして、昨日の夜すぐに女子寮に向かわなかったのか。どうして、アリアの欠席をもっと深く受け止めなかったのか。どうして、理子の方を優先してしまったのか。

 忸怩たる思いが、キンジを責め立てる。もしも手遅れになったら、と想像してしまう。

 けれども。

 この失敗を雪ぐためには、どうすればいいか、キンジはわかっていた。

 だからキンジは、()()を実行する。

 ――走れ。

 ひたすらに――走れ!

 

 

 ――キンジが部屋を飛び出した後。

 キィ、と音を立てて閉まった扉に目を向け――理子は小さく微笑んだ。

 

 * * *

 

 そして。

 役者は、集う。

 神崎・H・アリア。遠山キンジ。有明錬。――そしてもう一人。

 彼らは、世界で最も過激な天空へと。

 

 ――集う。




錬が冒頭に電話していた相手ですが、わかっても感想欄で書かないようにしていただけると幸いです。その代わり、メッセージで「こいつじゃないの?」と質問していただいた場合は、お答えいたしますので、どうか守ってもらいたいです。
では、また次回。

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