空港に駆け込んだキンジは、通常モードに戻った(ヒステリアモードはだいたい数十分しか持たない)身体を、息を整えることで休ませる。
が、それも長くは続けない。キンジはすぐに、理子から聞いた情報を元に、アリアが乗っているであろう便――ANA600便・ボーイング737-350、ロンドン・ヒースロー空港行き――を調べ上げた。
そして、すぐさま搭乗口まで向かおうとしたところで――
(え……!? なんで、あいつがここにいるんだ?!)
視界の内に、キンジは元・パートナーの――有明錬の姿を捉えた。
今は病院にいるはずの親友に、キンジは駆け寄って、その背中に声をかけた。
「錬ッ!」
呼びかけに反応し、錬はこちらに振り返った。
その顔は、どこか驚いているように見える。驚きたいのは、こちらだというのに。
「お前、なんでここにいるんだよ!」
まだ怪我も治りきっていないだろうに、どうしてこんなところまで来ているのか。
……いや、しかしキンジには分かっていた。錬が、ここに来ている理由を。
彼も、来たのだ――アリアを救いに。
「ああ? そりゃ、俺の台詞だ。お前こそ、なんでこんなところにいんだよ?」
錬の問いかけはきっと、言葉通りの意味ではない。彼がわからないのは多分、「何しに来たのか」ではなく「どうして来たのか」ということだろう。
錬は、知っているのだ。キンジがアリアを嫌い、迷惑していたことを。だから、錬からしてみたら意外なことだったろう。そんなキンジが今、アリアのためにこんなところまで走ってきたのだから。
言われて見れば確かに、自分でもおかしいだろとは思い、キンジはなんと答えたものか口ごもる。
だが、そんな理由、キンジにだってはっきりわかっていないのだ。アリアが危ない。ただそれだけが、キンジを突き動かしていた。もしくは、この展開になることを防げなかった罪悪感もあってか。
あるいは。
「俺は……お前と一緒だ。俺も、お前がやろうとしてることをやるって決めたんだ」
キンジはただ、そう言うだけに留めた。
意味も無く恥ずかしくなったキンジは、誤魔化すように錬に確認を取る。
「それより、お前こそいいのか。そんな身体で。この先はもう、後戻りできないぞ。後悔、するかもしれない」
「…………」
キンジの問いかけに、錬は答えずただ無言でキンジを見据える。
だが、それだけでキンジには聞こえた気がした。錬の、確固たる是の声が。
(目を見りゃわかる。錬は今、自分の行動に一切疑いを持ってない。これが今一番自分がやるべきことだって、そう思ってる目だ)
この眼は去年の1年間で、何度も見た。そして錬がこういう目をしたとき、決して退かないこともキンジは知っていた。
だから錬が「後悔しねぇ」と言っても、キンジは「お前はそうだよな」と、それが当たり前であるかのように返答した。
と、そこでキンジに疑問が生まれる。
「ところで、錬。お前、どの便かわかってるか?」
「いや。ロンドン行きの飛行機ってことしか知らねぇ」
即答した錬に、キンジは少し呆れながらも、次いで思い直す。
きっと錬は、武偵病院にいた連中か見舞いに来た者たちの誰かから、アリアが今日イギリスに帰るという噂を聞いたのだろう。アリアは(自分は知らなかったが)かなり知名度があるらしい。情報規制したわけではあるまいし、どこかから噂が広まったとしてもおかしくなかった。
そしてその噂を聞きつけた錬が、一も二もなくここまで来た、といったところだろう。
キンジはそれではと錬を先導する旨を伝え、彼の左腕を掴む。右肩を撃たれていたことを、咄嗟に思い出したからだ。
「こっちだ。急ぐぞ、時間がない!」
急かすように言って、キンジは走り出した。
搭乗口に向かうその途中、キンジはそういえばと思い出す。
(兄さんの葬式の時は、俺がこうやって錬に腕を引かれたっけな……)
引っ張り、引っ張られ。思えば、自分たちはいつもそんな関係だったような気がする。
今はもう、ずいぶん変わってしまったけれど。
せめて今だけでも、あの頃に戻れたらと、キンジは僅か願った――
* * *
えー、みなさん聞いてください。
なんか……うちのキンジがトチ狂ったんですけど。
今俺たちがいるのは――なんだっけ。名前は忘れたけど、なんか『空飛ぶリゾート』とか呼ばれてるセレブ御用達の豪華旅客機の機内だ。ちなみに、この飛行機は2階構造で、今は1階にいる。
キンジに腕を引っ張られ(さすがに途中で離してくれたが。実に怖かった)、ハッチが閉じられる寸前で飛び込んだはいいんだが、なんかキンジの奴いきなり近くに居たフライトアテンダントに離陸を中止するように命令しだした。
……ど、どういうことだろう? 結局待ち合わせ場所には行かなかったし、そもそもフライトを止めろって。俺がロンドンに行けなくなるんですが。
とかなんとか思ってる内に、飛行機が動き始め、キンジに言われ機長のところへ行ったアテンダントが帰ってきて、今更離陸は止められないと言ってきた。まあ、そりゃそうだろ。
「ば、バッカヤロウ……!」
キンジは一度怒鳴ってから、「どうする」と自問自答を始める。
だ、大丈夫か? こいつ。つーか、こいつホントになんで相乗りしてんの? お前も来るのか、ロンドン。
なんかだんだん雲行きが怪しくなってきてる気がしてきた。主に、今すぐここから逃げた方がいいような、そんな感じだ。まあ、今更それは無理なんだが。
とりあえずまずは錯乱している友達をなだめることから始めよう。
「落ち着け、バカ。もっとよく考えろ」
そう。今お前が、はたからみてどれだけヤバイ感じか考えてみろ。
いきなり飛行機に乗り込んで「離陸を中止しろ!」とか意味わかんねぇだろ、それ。たとえ武偵とはいえ、下手すりゃ捕まるぞ。武偵3倍法が怖くないのか。
俺が諌めると、キンジは神妙な面持ちで頷いて、
「……そうだな。お前の言うとおりだ。後手に回った以上、作戦を変えなきゃな」
うん、だからね?
俺が言ってるのはそういうことじゃなくて……って、作戦ってなんだよ?
「この機内に、神崎・H・アリアってやつがいるはずだ。そいつの部屋に案内してくれ」
「は、はい……」
だんだん俺にはさっぱり把握できなくなってきた状況で、キンジはアテンダントにそう頼んだ。
って、アリア? え、なにあいつも乗ってんの? なんで――まさか。
『うるさい! あたしだけを見てくれない錬なんて、いらない! あたしだけ、あたしだけを見てよ!』
や、ヤン崎・
やややややべぇ。ヤンデレを舐めていた。まさか、こんなところまで追ってきたのか……!
……ん? でも、待てよ? 確かあいつは、俺に失望したんじゃなかったっけ?
はてこれは一体どういうことだろうと内心で首を捻っていると、
「こ、こちらが神崎様のお部屋になります」
……いつの間にか、アリアの部屋(らしい)に着いていた。
あれー!? 俺、無意識の間についてっちまったのか?!
「よし、行くぞ錬」
「ちょ――」
――っと待ってと言う暇すらなく、キンジは扉を開けてしまう。
はたして、
「な……あ、あんたたちなんでここに?!」
俺たちもよく知る、『
* * *
……な、なんでこうなったんだろうな。
今、俺とキンジとアリアの3人は2階にあるアリアの客室でそれぞれ座席についている。プライベートの個室に4つの座席。金持ちが乗る飛行機ってのはすげぇな。
そして、俺はなんでこんな飛行機に乗ってんだ? あいつの話じゃ、俺エコノミーのはずなんだけどな。「ビジネスクラスにするかい?」とか提案されたけど、断ったから。
……ああ、そうか、キンジが俺を引っ張ってきたからここにいるのか。んで、ついさっきアリアとごちゃごちゃ言い合って、結局離陸だからって3人仲良く……はないが、着席したんだっけな。
……まあ、いっか。もう。状況はさっぱり飲み込めねぇが、とりあえずロンドンには着くっぽいし。
この切り替えの早さは、どう考えてもこの2年で鍛えられたモンだな、と感謝すべきかどうか悩みどころな点について考えていると、
「……錬。あんた、怪我は大丈夫なの?」
と、アリアがそっぽを向きながら訊いてきた。
なんか、こいつ機嫌悪ぃんだよな、さっきから。まあ、多分俺のせいだろう。俺なんかの顔、見たくもなかっただろうしな。
少し落ち込みながら、俺は返す。
「まぁな。別に、たいしたこっちゃねぇよ」
「そ、そうっ」
適当な返答に、アリアは依然顔を向けずに言った。なんか、微妙にほっとしたみたいな声色だったが。
あ、別に俺が言ったこと、嘘じゃねぇよ? 思いっきり押さえたりしなきゃ、痛みを感じないんだよな、なぜか。どんな治療されたのか、なかなか怖いところだ。
ま、その代わり満足に動かせねぇんだが。
『――お客様に、お詫び申し上げます。当機は台風による乱気流を迂回するため、到着が30分ほど遅れることが予測されます――』
おっと、機内放送だ。
台風か。そういやニュースでやってたな。
と、そんなことをのん気に考えた瞬間、
ガガァァンッ! と。稲光と共に、雷音が轟いた。
「ひうっ!?」
「怖いのか」
「こ、怖いわけないっ!」
雷に反応してビクつくアリアを、キンジがからかう。殺されてもしらんぞ、俺は。
しかし、こいつ雷が苦手なのか。意外だな。
そういや、ルームメイトの天真も雷……つーか、雨がキライだったっけ。まあ、今は大丈夫になったとか言ってたが。今頃、あいつどうしてんのかな?
と、再び雷が落ちた。
瞬間、アリアは席から飛び上がり、ベットに潜り込む。
「アリアー。替えのパンツ持ってるか?」
よし。向こうに着いたら、キンジをセクハラの容疑で通報しよう。よかったな、イギリスの新聞に載れるかもだぜ。
「き、キンジ! 錬! あああんたたち、ここここっち来てもいいわよ!」
毛布から頭だけだして、アリアは「こっち来い」と命令(解読するとこうなる)した。
……しゃあねぇな。
キンジと2人、座席から降りてアリアを挟むようにベットに座る。
これは、決して心配になったからとか、そんなんじゃない。ただ、俺は命令無視で撃たれるのが怖かっただけだ。断じてな。
アリアは、俺たちが腰を下ろすと同時、服の袖を掴んできた。
おいおい、マジでそんなに怖かったのかよ。
思わぬアリアの弱気に調子が狂う俺を尻目に、キンジは気を紛らわせろとテレビを点ける。モニターの中では、キンジの先祖とか言ってた遠山の金さん――遠山金四郎の時代劇が流れていた。
……ま、だからどうってわけでもねぇんだが。
やることもないんで、ぼーっとそれを見ていると、
突如、銃声が響いた。
…………銃声ですと?!
「ッ! 錬! ここでアリアを護れ!」
「ッ?! おいキンジ!」
俺が呼び止めるも、キンジは銃を抜きながら部屋を出て行った。
アリアを護れ? どういうこった? そもそも、今の銃声はなんだ?
混乱の真っ只中にいる俺を、アリアが叱責する。
「錬! 状況がよくわかんないけど、行くわよ! あんたに護られるほど、あたしは弱く――」
「……? おい、どうしたよ?」
「な、なんでもない。
よーわからんやっちゃな。何言ってんだろうね。
しかし……どうやらまた、やっかいごとみたいだ。運悪く、偶然ハイジャックに巻き込まれたってところか?
しゃあない……乗りかかった船、っつーか乗ってる飛行機だ。キンジたちもいるし、少し頑張るかね。
俺は念のために(俺の間の悪さを考えれば、こういう事態はあり得なくなかったしな)携帯していたグロック18Cを抜きながら、アリアと共に通路に出る。
そこでは乗員や乗客が混乱状態でがやがや騒いでいて……その中にキンジの姿があった。
キンジの視線を追うと……なんだ、あれ。さっき案内してくれたアテンダントが、なんかおっさん2人(見た目パイロットだけど、違うよな? 誰か違うと言ってくれ)を引きずっていた。
そして、キンジが制止の声とともにアテンダントに銃を向けたとき――彼女が、言った。
「
――そ、の口調は……!
俺がこの数日間でもっとも耳に残った語尾を聞いた刹那、アテンダントが何かを投げた。
――が、知ったことか。
「テメェ!」
俺は、アテンダント目掛けて走りだす。
こいつだ……こいつが、俺を狙いやがった犯人だ!
こっちからは絶対見つけ出せないと思ったんだが、まさかこんなところまで俺を追ってきやがるとはな。
だが、これは千載一遇のチャンスだ。あいつは見たところ武装していない。これなら、俺でも勝てる……!
アテンダントが投げた缶のようなものが地面に転がるのを尻目に、俺はさらに突っ込んでいく。
走る俺の耳に、何かが吹き出るような音が聞こえる。と同時、通路内に煙が広がっていった。
そうか、さっき投げたのは
馬鹿が! なんのつもりかしらねぇが、んなもん意味ねぇんだよ!
「おおおおおおおっらッ!」
俺は、アテンダントに向かって強襲科仕込みの飛び蹴りを仕掛ける。銃だと、防弾製の服じゃない場合、9条――武偵活動中の殺害禁止――破りになる可能性があるからな。
アテンダントは両腕をクロスさせて俺の一撃を防ぎ、しかし衝撃は殺せずに後退を余儀なくされた。
顔を苦痛に歪め、それでもなおアテンダントは憎々しく笑う。
「さっすがぁ……。ガス缶と勘違いして動揺させるつもりだったんだけど、一瞬で偽物だって見抜くなんてね……」
「フン。くだんねぇ真似してんじゃねぇよ」
ガス缶だぁ? んなもんがなんの役に…………え、がががガス缶!? 発煙弾じゃなくて?!
ちょっと待って! それってあれだろ?! 有毒物質たっぷりのとんでもねぇガスを撒き散らす極悪武器だろ?!
やべぇええええええええ! 俺、死んだ……、
「…………」
……って、あん? 今コイツ、偽物つったか?
ふ、ふざけんな! なんだよ脅かせやがって!
この野郎、マジでブン殴って――
「――じゃ、今度は
俺が左拳を握り締めると同時、アテンダントが再び何かを放り投げた。
それは、あっさりと床に接触し――直後、強烈な閃光と轟音を撒き散らした。
「ぐッ……!」
ヤロ……スタングレネードか?!
視覚と聴覚の回復を待ちながら、俺は考える。
攻めてこない……ってこた、
スタングレネードには、いくつか使い方がある。例えば、攻撃用なら対象を失明させたり耳鳴りを起こさせて混乱した隙に攻撃する。
今あいつが使った用途は、逃走用だ。閃光で姿を、轟音で足音を消したんだ。
「錬! 無事か!」
「ま、なんとかな……」
バカな俺とは違ってちゃんとガス缶であることを見抜いたキンジとアリアは、隠れていた部屋から出てきて、俺の無事を確認する。
俺は五感がだんだん回復してきたことを確かめつつ、2人に返す。先走ってごめんなさい。
「クソ、ダミーのガスか。やられた……!」
「そう気ぃ落とすな、キンジ」
俺なんて、ガス缶って思いつきすらしなかったんだぜ?
「……悪い、切り替える。――それよりも、あいつだ。あの喋り方……『武偵殺し』だ」
「そうね。間違いないわ」
「だな」
キンジ、アリアに続き、流れで俺も答える。
クソ、『武偵殺し』の野郎、なんだって……『武偵殺し』?! え、マジで?! あいつそうなの?!
……って、なんか今日の俺驚いてばっかじゃね?
ま、まあいいや。しかし、なんだってそんな大物が俺を狙ってんだ? 別に高名な武偵ってわけでもねぇのに。
だってのに、これで3回目だぞ。
「ったく、しつけぇ野郎だな、おい。まだ狙ってきやがるとはな」
「同感だな。……まあ、それも今回限りだろ。今回はなんたって、
ん? そりゃ、どういうことだ?
と、聞き返したかったんだが、
「どういう意味よ、キンジ!」
アリアに台詞を取られてしまった。
えー……ひでぇ。
とかなんとか思っていたら、
「あ、あの、何があったんですか……?」
と、近くにあった部屋の扉が小さく開き、中から乗客であろう女性が尋ねてきた。
俺はちらりとキンジたちの方を見やる。話に夢中になっているのと、女性の声が小さかったこともあり、こっちには気づいていない。
はぁ……しゃあねぇな。
とりあえず俺は自分が武偵であることを伝え、騒がないようにして部屋に篭っていて下さいと半ば強引に説得した。まあ、多分バレてるだろうけどな、ハイジャックって。騒ぎださない聡明な人でよかった。
で、俺がキンジたちの下へ戻ると、会話は終わっていたらしいので、
「話は、終わったか?」
俺は念のため、確認してみる。
するとキンジはやたらと覚悟を決めた顔で頷き、
「そう焦るな、錬。まずはあいつの居場所を探らなきゃ、始まらない」
あれ? なんか急かしてるみたいに捉えちゃった?
と、
ポポーンポポポン ポポーン ポポーンポポーンポーン……
ベルト着用サインと共に注意音が、長短の音を発しだした。
ふーむ……。
「なるほどな」
――さっぱりわかんねぇ。
自分でもなにが「なるほどな」なのかわかんねぇよ。
「……誘ってやがる」
「上等よ。風穴あけてやるわ」
え、お前らわかったの? すげぇな。
後でこっそりキンジに教えてもらおうと思いつつ、俺は移動を始めた2人についていった。
* * *
「どういう意味よ、キンジ!」
神崎・H・アリアの詰問に、遠山キンジは一つ頷いた。
そして数瞬脳内で話すことをまとめてから、順序立てて説明を始める。
「アリア、よく聞け。『武偵殺し』はバイクジャック、カージャックで事件を始めて――さっき分かったんだが、シージャックである武偵を仕留めた。そしてそれは多分、直接対決だった」
前半は、理子から聞いた話。後半は、ここにたどり着くまでに、キンジが新たに推理したことである。
アリアはそれに小首を傾げて、
「なんでそんなことわかるの?」
「お前、シージャックのこと知らなかっただろ。それは、遠隔操作の電波がその時だけ出てなかったからじゃないか?」
「ッ! じゃあ――!」
「ああ。遠隔操作しなかったってのはつまり、その必要が無かったからだ。なぜならその時、やつは現場にいて、自分で起爆できたんだ」
そもそも、ずっとおかしいと思っていた。
遠山金一は、シージャックにおいて、『武偵殺し』と戦った。そこで、敗北した。あるいは、戦っていたから逃げ遅れた。
きっと、真実はそういうことなのだろう。
(あの兄さんが、負けるとは思えないが……)
思うところはあったが、それは過去の話だ。今はもっと、語るべきことがある。
「それで、その現場にいた武偵と直接対決したってわけね……。でも、じゃあ、今回もそうだっていう根拠は?」
「ヤツの犯行はバイク・自動車・船と大きくなっていった。が、その次に来たのは自転車だ。その次がバス」
「! それって……!」
「ああ。
いいか、とキンジは繋げて、
「かなえさんへ罪を着せたのは、たぶん宣戦布告だ。お前は今、あいつの犯行法則に従う
「…………」
告げられた真実に、アリアは口をつぐむ。
無理もない、とキンジは思う。要するにこれは、
だから、心苦しく思うのはしかたない、とキンジはそう思う。
だが。
「――いい、度胸じゃない」
神崎・H・アリアはそこで終わらない。
悔しい。申し訳ない。悲しい。そういう感情は、ある。確かにあるが、それをアリアは活力への燃料へと変えた。
強く輝く赤紫色の瞳に、キンジはアリアの芯の強さを見た。
が、唐突にその瞳に、揺らぎが混じった。
「……ねえ、キンジ。もしかして、昨日キンジが電話してきたのって……」
「あ……そ、それはもういい。今は、『武偵殺し』を逮捕することに集中しろ」
「……わかった」
頷いたアリアは、一つ決意する。
(『武偵殺し』を捕まえる、理由が増えた。ママのためだけじゃない。あたしのためだけじゃない。――
だから、
「――『武偵殺し』を逮捕するわよ、キンジ」
「――おう」
* * *
さっきこの飛行機は2階建てだと説明したが、その1階には実はバーがあったりする。
で、どうやらキンジたちが目指したのはそこらしく、俺たちがバーに踏み入ると……室内を仄かに照らすシャンデリアの下、一人の女――さっきのアテンダントがカウンターに座っていた。
そしてなぜか、
……き、きっついなぁ。なまじ『出来る女』みたいな感じなのに、このコスプレはちょっと痛々しいぞ。
俺は若干引き気味に、キンジたち同様彼女に拳銃を向ける。
「今回も、キレイに引っかかってくれやがりましたねえ」
あの例の喋り方でそう言って、彼女は立ち上がり、こちらに振り返る。
そして、顎の下あたりに右手を持っていき――
ベリ……ベリベリ……と、『顔』を剥いでいく。
おいおい……
てこたぁ……、
「――理子?!」
「
――こういう展開も、あるってことか。
マスクの下から溢れ出た、ハニーブロンドのツーサイドアップテール。それを持つ少女を、俺は知っている。
峰理子。それが彼女の名前だ。
理子みたいっつーか、理子の服だったわけか。
クソッタレ。よりにもよって、こいつが俺を狙った犯人かよ……。
きつい、な。仲間が敵だったってのは。
……でも。
なんでだろうな。なんか、思ったよりも怒れねぇや。
もちろん、一連の被害に対する恨みはあるが……どうにも、それが一瞬で薄れていった。
犯人があいつなら……結局、誰かが死んだりするような展開には、ならねぇような気がするんだよ。根拠はねぇんだけど。
と、理子はカウンターの上に置いてあったカクテルグラスを手に取り、ふちにちょんと一回口をつけ、
「アタマとカラダで戦う才能ってさ、けっこー遺伝するんだよね。武偵高にも、お前たちみたいな――あっと、錬は除くよ? いくら調べても、全く大した血筋じゃなかったんだもん。でもね、キンジとアリアみたいに遺伝系の天才は結構いる。だけど……お前の一族は特別だよ、『オルメス』」
「な……っ!?」
理子の言葉に、アリアは目を見開いた。
……オルメス? なんだそりゃ?
「あんた、一体何者……?」
アリアが、両目を眇めつつ、理子に尋ねる。
彼女はそれを面白そうに見返して、
「理子・峰・リュパン4世――それが理子の本当の名前」
な、に……?
理子の名乗りに、俺は思わず声を出していた。
「リュパン……って、あれか? フランスの大怪盗『アルセーヌ・リュパン』のことか」
「そーだよ。でもね、
「そ、それの何が悪いのよ……4世の何が悪いってのよ?」
俺と理子の会話にアリアが割り込んできた――瞬間、
理子が
「――悪いに決まってんだろ! あたしは数字か?! DNAか?! あたしは理子だッ! 数字じゃないッ!」
こ、怖ぇー! マジギレじゃねぇかよ、おい!?
あまりの迫力に何も言えなくなる中、理子の激昂は続く。
「曾お爺さまを越えなければ、あたしはあたしじゃない、『リュパンの曾孫』として扱われる。だからイ・ウーに入って、
「待てよ、理子。いろいろわからんことが多いが……『武偵殺し』は、本当にお前の仕業なのか?」
「……キンジィ、疑り深いのは武偵としてはいいことだけど、この状況見ればわかるよねぇ? あれは、本命のアリア――オルメス4世を
……あれ? 今、さらっとアリアが本命っつった?
…………じゃ、俺は?
「曾お爺さま同士の100年前の戦いは、引き分け。だったらあたしがオルメス4世を斃せば、つまりあたしは曾お爺さまを越えたことになる。そのために初代オルメスと同じように、アリアのパートナーとして、キンジがくっつくようにしたんだよ? キンジの自転車に爆弾を仕掛けたり、キンジの時計をイジってバスジャックに向かわせたり、ね」
な、なんだそりゃ? そりゃ、違ぇだろ。100年前のリュパンと理子は違うように、100年前のオルメスとかいう奴も、アリアとは違う。だから
……と思うんだが、言っても無駄だろうなぁ。経験上、こういう奴に理詰めで話しても感情が上回るもんだから。
……というか、な。じゃあ俺、マジで関係ねぇじゃん。てっきりずっと俺が本命だと思ってたのに、どうすりゃいいんだ。俺、高飛びまでする気だったんだけど。なにこの醜態。
「何もかも、お前の計画通りってことかよ……!」
「んーん、そうでもないよ? アリアとキンジがこうもなかなかくっつかないとは思わなかったしねぇ。……でも、なによりの誤算は――お前だよ、錬」
予想外の事実に俺が心中でうなだれる中、理子に水を向けられた。
俺がどうしたって?
「どういうこった、そりゃ?」
「お前を巻きこむ気はなかったってこと。ホントは初めのチャリジャックにしたってキンジだけを狙うつもりだったのに、なんか勝手に巻き込まれだしちゃうし。放ってたら絶対邪魔されるだろうから、一緒に脅しかけたんだけど……結果的に、そのせいで錬までアリアに目をつけられるようになったのは、本当に計算外だった。今だから教えてあげるけど、あたしは
「……へぇ。なんでだ?」
「――レンレン、『08AS-356』事件を覚えてる?」
理子の口調が戻った。過去の話だから……か?
『08AS-356』事件っつったら、あれか。まだ理子が強襲科だったころ、俺と組んでやったミッションか。
08は2008年を、ASはアサルトを、356は356番目の事件を表す
俺とこいつが強襲科同士として組んだのは、後にも先にもそれだけだったから、覚えてる。
「覚えてんが……それが、なんだってんだよ」
「理子ね、あの事件のときまで、レンレンは底抜けに仲間に優しい、でもそれだけだって思ってたの。……でも、違った。理子は、あの時わかっちゃった。仲間にはどこまでも優しいってことは、裏を返せば
……え、ええ? あれって、そんな事件だっけ?
なんか思い違いしてんじゃねぇか、こいつ?
「でも、もうしかたないよね。こうなっちゃった以上、理子とレンレンはもう――敵同士、なんだよ」
理子は一度顔を伏せ、次にキンジに顔を向けた。
「そして、キンジも敵。だけど、キンジならわかるよね? 理子とキンジは、
「ッ! 兄さんか……!」
「ピンポーン、だーいせーいかーい! お兄さんをやったのはあたし。そしてね、キンジ。今あなたのお兄さんは……理子の恋人なの」
「いいかげんにしろッ!」
理子の言葉に、キンジはベレッタを怒りに震わせる。
っのバカ! どう考えても挑発だろ!
「キンジ! 理子はあんたを挑発してるわ! 落ち着きなさい!」
アリアの叱咤もどこ吹く風、キンジは完全に頭に血が上ってる。
――と、その時飛行機が揺れて、
銃声が一発。キンジの銃が、破壊された。
撃ったのは理子。あいつの手には、いつの間にかワルサーP99が握られていた。
できりゃ、敵方としちゃ、その銃はもう見たくなかったな。
「ノンノン、ダメだよキンジ。今のキンジじゃ、戦闘の役には立たない。もっと頭を使って、アリアにヒントを与えるような活躍をしなきゃ」
からかうように理子が言って。
瞬間、アリアが飛び出した。
得物は
確かに、アリアのガバメント二丁と理子のワルサー一丁なら、装弾数は互角になるから、悪い選択じゃない――が、
「アリア。二丁拳銃が自分だけだと思っちゃダメだよ?」
理子がもう一丁、スカートから拳銃――ワルサーを引き抜く。これで、装弾数は理子が勝った。
だが、もう止まれない。アリアはさらに距離を詰め――超近距離での撃ち合いが始まる。
踊る。踊る。アリアのツインテールが、理子のツーサイドアップテールが、
互いを狙う射線を、互いが上手くかわしながら、壁に床に、銃弾を撃ちこんでいく。ゼロ距離での近接拳銃戦。余人が介入できない、まさに死闘。
俺とキンジは手が出せない。今手を出せば、アリアにまで被害が及ぶ可能性がある。
だから、今は――そう、
「――はっ!」
その時、ガバメントが弾切れを起こし、しかしアリアが理子の両腕を抱え込んだ。
――ここだ!
「あんたたち!」
「動くな、理子!」
「そろそろ止まれ!」
アリアの指示を聞くまでもなく、キンジはバタフライナイフの刃先を、俺はグロックの銃口をそれぞれ向ける。
これで、チェックメイト……なんだ?
理子のヤツ――笑ってる?
「双剣双銃……奇遇よね、アリア。理子とアリアはいろんなところが似てる。家系、キュートな姿」
いや、別に家系は似てなくね? 怪盗と……わかんねぇけど。あと、自分でキュートとか言うな。
「それと……二つ名。あたしも同じ名前持ってるの。『
理子が言った瞬間、
理子の右テールが――
「なん……ッ!?」
驚きに俺が声を漏らす最中、理子はそのテールにナイフを握らせ、アリアに振るった。
アリアはそれを避けるも――同様に浮いた左テールのナイフに、側頭部を切られた。鮮血が宙を舞う。
なんだ……なんなんだよ、あれは?! あいつ――
「あはははっ! 歳月が経ち過ぎちゃったのかもねぇ、お爺さま。こいつ、パートナーはおろか自分の力すら使えてない。勝てる! 勝てるよ! 理子は今日、理子になれる! あは、あはは、あははははは!」
狂ったように笑う理子に突き飛ばされ、アリアは床に転がる――前に、キンジが支える。
やべぇぞ、あれ。意識を失ってる。かなり危険な状態だ。一刻も早く手当てしねぇと。
つっても、理子が素直にそれをさせてくれるか……?
「…………」
……しょうがねぇ。ここは、心苦しいがキンジに足止めしてもらいつつ、俺がアリアを手当てしよう。実力的にもそれが妥当なはずだ。
さっそく提案しようとする俺に、キンジが先手を打つように言った。
「……悪い、錬。任せていいか?」
お? なんだ、こいつも同じこと考えてたのか。
俺は、それなら話が早いと力強く答える。
「バカ、当たり前だろが。現状、それが最善の方法だろ。……お前こそ、しくるなよ?」
足止め役、しっかりやりとおしてくれよ? しくじられたら、こっちの手当てする時間がなくなるからな。
キンジは一度首を縦に振り、
「わかってる。ちゃんと上手くやるさ。すぐに、片をつける」
おいおい……この強気な台詞、足止めだけじゃなく、倒す気かよこいつ。
あれか。これが俗に言う「別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」というやつか。見直したぜ、おい。
よし、こうなりゃ俺も責任もって手当てしねぇとな。
俺は、キンジに向かって頷いてみせる。
さあ、準備は整った。早く、アリアをこっちへ!
「すまん! 頼んだぞ、錬!」
キンジは全てを託したとでもいうように、俺に告げて、
アリアを抱えて、バーから走り去っていった。
「…………」
……走って行ったね、キンジ君。
……アリアちゃんも、連れていっちゃったね。
……理子ちゃんと、2人きりにさせられちゃったね。
「あっれー? やっぱ錬が残るのかー。まあ、そうだよねぇー、じゃあこっちも――本気で行くぞ」
すんごい気合入った理子の声に顔を向けなおせば、すんごい気合入った理子の顔があった。
それを見て、俺は思った。
――あ、俺が
では、また次回。