偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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伏線回の19話、今回も勘違い要素がないことに胸をいためつつ、お送りします。


19.今はまだ平穏であろう日々

 翌日。そろそろ日も落ちようかという時間帯。

 再び入院生活に戻った俺の病室には今、一人の客が来ていた。

 といっても、俺が来てくれるように頼んだんだがな。

 俺はベッドから上半身を起こし、その客から受け取ったPSPで某狩猟ゲームをやりながら、ベッド脇の椅子に座る客――遠山キンジに相槌を打った。

 

「ふぅん。白雪がお前を避ける、ねぇ。そりゃあお前、そんなことがありゃ避けもすんだろうよ……よっと」

「せめて真面目に相談に乗る姿勢くらい、見せてもいいんじゃないか?」

 

 ジト目でこちらを睨むキンジ。

 つったってなぁ……そりゃ、俺が口出しできる問題でもねぇだろうに。

 俺はキンジの抗議に従い、とりあえずPSPをスリープモードにしてから、困ったように頭をがりがりとかいた。

 ――キンジがこの病室に来たのは、ほんの5分ほど前のことだ。

 昨日俺が頼んだ通り、学校が終わってからキンジは一度寮に帰り、俺の部屋からPSPを持って見舞いに来てくれた。ちなみにこれは蛇足になるが、なぜ学校に持っていってからここに来なかったかというと、教師に見つかった場合一般高とは比較にならない罰を受けることになるからだ。

 で、そいつを受け取ったあと、俺はふと思い出したんだ。昨日寝る前に見た、『たすけ』とかいうわけのわからんメールのことを。

 そのことを尋ねてみた俺に、キンジは昨日俺やレキと別れたあと、何があったのかを語った。

「『武偵殺し』の一件が解決してないから」という、いまいち正当性のない屁理屈で再び同居することになった(というかした)アリアと共に自宅に帰ったキンジは、そこでメールを受信したらしい。

 受信履歴を見てみれば、なんと数十件のメールや電話が入っていたのだとか。しかも……その全部が、()()()()

 そして次の瞬間吹き飛ぶ玄関扉。そこから現れたのは、巫女服姿で日本刀を構える星伽さんちの白雪さん。彼女は最近まで恐山に合宿に行ってたんだが、昨日の夜に帰ってきたらしい。で、どこから聞いたのかアリアとキンジ(厳密には俺も)が同居していたことを知り、キンジに惚れている白雪は噂の真偽を確かめるためキンジ宅に突撃。

 そこでアリアを見つけてさあ大変。アリアがキンジと恋仲になってしまったと勘違いした白雪が暴れだし、有無を言わさず戦闘が開始されたのだとか。ちなみに、キンジはその最中に例の『たすけ』メールを送ってきたらしい。「助けて」と打ちたかったのか、あれは。全文打ててないところに、激戦ぶりが伺えるな。

 ここで注目すべきは、白雪とアリアが()()()という点だ。アリアは強襲科(アサルト)のSランク。普通なら戦闘にすらならないはずなんだが……まあ、つまりは白雪も普通じゃないってことだ。

 なんでも白雪の実家である星伽神社の巫女は、『武装巫女』というらしい。神社ってのは確かにご神体を守るものなんだが、この連中はなぜかそれを()()()()守ってるんだと。

 だが、たかが武装した程度でアリアが倒せないわけがない。そこにはもう一つ秘密があって、白雪は『鬼道術』とかいう『超能力(ステルス)』を操る『超偵』なんだ。

 ハイジャックで理子がツーサイドアップテールを操ったような、そういう『不可思議な力』。それを持ってんだよ。白雪も。

 俺はまあ、知り合いに『超能力者(ステルス)』がいるから信じられるんだが、普通は信じられねぇよなぁ、そんなの。

 で、その第1次キンジの部屋大戦が終了したころ、キンジは白雪の説得に入った。曰く、「アリアと俺……それに錬は、武偵として一時的に組んでるだけだ。恋仲とか、そんなんじゃない」だとか。さり気に俺を巻き込むなよお前。

 その話を聞いて安心した白雪は、その流れでキンジに訊いた。

 

「じゃあキスとかそういうことはしてないんだよね?」――と。

 

 で。

 した、らしい。アリアと、キンジは。あのハイジャック中に。

 そこまで聞いたとき、もし俺の手元に拳銃があればこいつを撃っていただろうことは想像に難くない。俺が理子と戦ってる間、テメェはなにやってんだよ。

 それはともかく、そのせいで再び白雪が暴走を始めようとしたとき、アリアは言い放った。

 

「子供はできてなかったから大丈夫よ!」――と。

 

 どうやら父親から「キスすると子供ができる」と聞いたらしく、それがゆえの台詞だったんだが、それを聞いた白雪は抜け殻のように崩れ落ちた。

 で、キンジがアリアと言い争っている間に、白雪はどこかへ消えていた――というのが、昨夜のあらましだ。

 そんで、今日。白雪はキンジに遭遇するたびに、こいつを避けたとか。よっぽどショックだったんだろうな。

 なお、アリアはと言えば、自主学習で性教育を学び始めたらしい。至極どうでもいいが。

 これで、お分かりいただけただろう。最初に、俺が口出しできる問題じゃないって言った理由が。

 

「そりゃあ、お前……やっぱ、謝るしかねぇんじゃねぇの?」

「なんでだ。俺はなにもしてないぞ、むしろ被害者だ」

「いや、ある意味ではお前が一番加害者なんだが……あー、まあ、とにかく謝っとけ。白雪なら、それで一発だろ。すぐまたもとの世話焼き女房に戻るだろうよ」

「なんだよ世話焼き女房って。というか、別に俺は白雪が避けてることを嫌がってるわけじゃ……」

 

 ああもう、めんどくせぇなこいつ。じゃあ、なんで相談なんてしてきたんだよ。

 俺は多少いらつきながら、キンジに言う。

 

「じゃあ放っておきゃいいだろ。自分でもどうしてーかわかんねぇんなら、そうしとけ。そのうち元通りになるから」

 

 そもそもあの白雪が、いつまでもキンジから離れるわけがねぇ。どんな形にせよ、そのうちまた構いだすだろ。

 だから――

 

「それよりお前はアリアのメシの心配したほうがいいんじゃねぇの? 昨日はともかく、今日からまたお前んちで食うんだろ。用意しねぇと風穴あけられんぞ」

「あっ!? そ、そうだった……悪い、またな錬!」

 

 がたがたと慌しく立ち上がり、椅子の横に置いていた鞄を引っ掴むと、キンジは病室を去っていった。

 急に静かになった室内で、俺は腕枕を組んで横になった。

 窓から差し込んでくる夕日の茜を、俺は目を瞑ることで遮る。

 なんというか、まあ……、

 

「相変わらずモテモテのようで、羨ましいよキンジ君」

 

 そんな皮肉を口にして、俺は眠りについた。

 

 * * *

 

「――うん。じゃあ、これで退院ね。わかってると思うけど、まだ右肩はあまり動かさないこと」

「はい。ありがとうございました」

 

 ハイジャック事件を終えて、数日経ったある日。

 俺は、武偵病院の診察室で、向かい合わせに座る矢常呂先生から退院許可をもらった。

 もちろんまだ右肩には違和感があるし、完治まではもうちょいかかるんだが、とりあえず自宅に帰ることは許されたわけだ。

 しかし、思いのほか長かったな。武偵高じゃ、こんぐらいの怪我でももっと早々に学校に行かされるもんなんだが……はて?

 ま、その分授業をサボれたんだ。ここはラッキーと思っておこう。

 矢常呂先生に挨拶してから、俺は武偵病院を出る。時刻は丁度、4時限目の真っ最中ってところか。ということはまだ学校は終わってないってことなので、一度家に帰ってから俺は登校しなければならない。

 俺は第3男子寮までの道のりを歩きながら、一つ伸びをして息を吐く。

 

「あー……なんか、入院中にもいろいろあったせいで、あんまり休んだって気はしねぇなぁ」

 

 結局白雪といまだに話せていないキンジの話を聞いたり、「子供はキスじゃできないって知ってたか?」と言ってアリアをからかったり(直後にアリアは乱射魔と化した)、他にもちょくちょくいろんな奴が見舞いに来てくれたり。

 嬉しいは嬉しいんだが……結局学校にいるときみたいに騒がしい毎日だったな。

 そんなことを思いつつ俺は男子寮にたどり着き、自室で武装と授業道具の準備をしてから、再度家を出た。

 俺が一般校区(ノルマーレ)についたころには、もう昼休みに入っていたらしく、そこかしこから授業から解放された生徒たちの声が聞こえてくる。

 んー……なんか、中途半端な時間に来ちまったなぁ。

 どうするか……とわずか悩んだ瞬間、腹の虫が鳴った。

 

「決めた。学食行くか」

 

 決断は一瞬だった。人間の3大欲求の一つである食欲には逆らえなかった。さすがに弁当を作る暇も無かったしな。

 そんなわけで、俺はさっそく学食に向かった。

 学食の入り口をくぐると、様々な料理の匂いや、友達同士の会話に花を咲かせる声なんかが、俺を出迎えた。

 意外とスペースが広いこの食堂は、多くの人で賑わっていた。ここはメニューが豊富だったり、味がそこそこよかったり、学生向けだけあってかなり安かったりと、生徒たちに大人気なんだよな。

 って、人のことを気にしてる場合でもねぇな。

 俺は券売機でカツカレーの食券を買い、それと引き換えに学食のおばちゃんにカツカレーを配膳してもらうと、室内をきょろきょろと見回した。

 どこか空いてる席はっと……お? あれ、キンジたちじゃねぇか? おまけに亮や剛気もいる。

 丁度いい、あそこのテーブルに混ぜてもらおう。

 俺はテーブル同士の狭い隙間を縫って歩きながら、お目当てのテーブル席までたどり着くと、

 

「よっ。悪ぃ、俺も入れてくんねぇか?」

 

 と、キンジたちに声をかけた。

 まず最初に反応したのは、キンジだ。

 

「錬、来てたのか。てことは、退院したのか」

 

「まあな」と返しながら、俺は空いていた椅子に座る。

 ――と、その瞬間、

 

「あ、錬! あんた、昨日はよくもからかってくれたわね!」

「うおっ!?」

 

 突如怒鳴られたことに、俺は思わず声を出した。

 誰だ、と思い視線を巡らせると――いた。キンジの隣の席で、アリアがももまん片手に座っていた。小さいから、遠くから見たらキンジの影に隠れてたのか。

 ……というか。

 アリア、お前……ついに、学校で友達と一緒に飯を食うことに成功したんだな。しかも、亮や剛気まで一緒に。

 お前、そもそもドレイうんぬんとか言ってたのは、友達作ってこういうことするためだったんだもんな。

 おお……なんだ、なんかちょっとジンと来たぞ。

 アリアの悲願が叶った光景に、俺はわずか目頭が熱くなる。

 思わず「よかったな」という慈愛の目で、アリアを見つめてしまった。

 

「な、なによ? あんた、なんでそんなにこっち見るの?」

「いや……アリアがここにいてよかったなって思ってな」

「はにゃっ!?」

 

 ぼんっと音を立てて、アリアが赤面した。

 あ、まずいな、アリアは友達を欲しがってたことは内緒にしてたのに。心の中で祝福してやるべきだった。

 

「れ、錬。お前さん、大胆なヤツだな……」

「? なにがだ?」

「遠山君はもうちょっとそっち方面の機微を学んだ方がいいよ」

 

 キンジたちが何かを話しているが、なんの話だろうか。

 ――あ、そうだ。

 

「そういやお前ら、俺がここに来るまでなんか話してたろ? 何の話だったんだ?」

「あ、あれ? このタイミングでこっちに振るの? ……えっとね、さっきは丁度アドシアードについて話してたところなんだ」

「ああ……そういや、もうそんな時期か」

 

 不知火の言葉に、俺は頷く。

 ――『アドシアード』とは。

 別名『武偵高のオリンピック』と呼ばれる、年に一度の国際競技会だ。世界のいくつかの場所で近隣の国同士が集まって行う武偵高のインターハイみたいなもんだ。東京武偵高もその開催場所のひとつに選ばれていて、参加国は日本や中国を始めとした数ヶ国だったか。

 その性質上、参加するのは強襲科や狙撃科(スナイプ)という戦闘系の連中。これがインターハイなら、PTAが徒党を組んでやってくるレベルの競技が行われるわけだ。

 

「で? ここのメンバーで参加者はいんのか?」

「アリアは拳銃射撃競技(ガンシューティング)代表に選ばれたそうだがな、辞退したらしい」

「もったいないよね。さっきも話したけど、アドシアードの入賞メダルはたいていの推薦状に勝るっていうのにね。あ、ちなみに僕はその神崎さんの辞退で補欠に入ったよ。出場するかは決めてないけど」

「まあ、なんにせよ、車輌科(ロジ)のオレにゃ関係ねえわな。――あ、そうだ。そういや錬は、確か去年出場()てたよな?」

 

 やきそばを頬張っていた剛気が、思い出したように尋ねてくる。

 ああ……出たよ、確かに。思い出したくない記憶だぜ。

 と、顔を赤くしたままでなにやらぶつぶつ言っていたアリアが我に返り、

 

「え? あんた、出場したことあるの? なんの競技?」

「あー……『総合技能競技(マルチラン)』だ」

「はあ? それ確か、3年限定の競技でしょ? なんであんたが出てんのよ」

「いろいろあったんだよ……」

 

 アリアの質問を、俺は言葉を濁して回答を避ける。

 できりゃ、あんまりこの話はしたくない。話題を変えよう。

 

「それはともかく……じゃあ、お前らイベント手伝い(ヘルプ)の方か。なにやんだ?」

「そっちもまだ決めてないな。アリア、選手じゃないならお前も手伝いだろ。どうするんだ」

「あたしは開会式の『チア』をやるわ」

「チアってーと……アル=カタか」

 

 ぼんやりと呟いてから、俺は納得する。

 アル=カタといえば、記憶に新しいのはアリアと理子が繰り広げた近接拳銃戦だが、今回はちょっと意味合いが違う。

 元々アル=カタってのはイタリア語の『武器(アルマ)』と日本語の『(カタ)』をくっ付けた造語だ。で、今回の場合はナイフや拳銃による演舞をチアリーディング風にしたパレードのことを指している。

 

「手伝いが決まってないなら、キンジと錬もやりなさいよ。男子はチアのバックで演奏する係りがあるんでしょ?」

「音楽か……まあ、いいか。それで」

「お、じゃあオレたちでやろうぜ、それ。バンドならモテそうだしな」

「懐かしいね、このメンバーでなにかするの。学校行事ってことなら、1年の頃の『4対4戦(カルテット)』以来じゃないかな」

 

 なにやら一気に話が進んでいくのを見ながら、俺もそれでいいか考えてみる。

 が、そもそも他に何かやろうとは思わないので、流れに乗って俺も賛成しようとしたところで――

 

「――っと、悪い。ちょい電話来た」

 

 みんなに断りを入れてから、俺はポケットの中で震える携帯を取り出す。

 誰かと思って見てみれば……教務科(マスターズ)から? 

 なんの用だろうかと思いつつ、通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「はい。2年の有明です」

『おーう、有明ェ。うちや、蘭豹(らんぴょう)や』

 

 げ。強襲科担当の蘭豹か。いい予感がしねぇぜ。

 一気に顔をしかめて、俺は蘭豹に返す。

 

「はあ。えーと、何の用事でしょうか」

『その前に一個訊くけどな、お前アドシアードの手伝いきまっとんのか』

「? いえ、まだですけど……」

『そおかそおか。ならお前、地下倉庫(ジャンクション)の火薬運搬係りやれや』

「…………は?」

 

 い、今なんて言ったこいつ? 冗談だろ?

『地下倉庫』ってのは、名称こそなんでもないが、その実は()()()のことだ。学園島の地下7階にある、弾薬保管庫。そこが、『地下倉庫』だ。

 強襲科や教務科と並び『3大危険地帯』と称される、まさに危険中の危険地域。

 で、蘭豹が言った火薬運搬係りってのは、その名の通りアドシアードに使用される火薬を逐一運んでくる仕事なんだが……これが、誰もやりたがらない。

 当然だ。なにせ、『地下倉庫』には大威力かつ数多の火薬が割とずさんに保管されているから、もし万が一火花でも起こそうもんなら、下手したらこの学園島を吹っ飛ばすことになるんだからな。

 当たり前だが、俺だってそんな役目はやりたくない。

 

「お断りします」

『無理やな。普通は強襲科(うち)から選出するんやが、なぜか満場一致でお前に決まったんや。――じゃ、頼んだぞ』

「ちょ……っ!?」

 

 咄嗟に静止をかけるも、無残に通話は切れた。

 ツーツーと、無慈悲な音ばかりが響く。

 ああ……なぜ、こんなことに……。押し付けやがったな、あの強襲科(バカども)

 どうせ抗議に行っても聞き入れられないのは火を見るより明らかなので、俺はもう諦めて受け入れることにした。なんという負け犬。

 と、

 

「――お、終わったか錬。今オレたちでパート決めてたんだけどよお、お前どこがいい?」

「いや……悪ぃが、俺は不参加だ。教務科から、イベント手伝い決められちまってな」

「え、マジかよ? それじゃ、スリーピースバンドになるじゃねえか」

「いや別にいいだろ、そこは」

 

 よくわからない部分に不満げになる剛気は置いといて。

 俺は、4人に向き直って言った。

 

「もしお前らを花火にしちまったら、そん時はごめんな」

『は?』

 

 もちろん、一斉に首をかしげられた。

 

 * * *

 

 その日の夜。

 久しぶりの学校を終えた俺は、キンジの家で夕飯を作っていた。

 ……おかしいな。てっきり俺はもう自室で暮らしていいと思ってたんだが。

 リビングで夕食までの繋ぎにももまんを食っているアリア(太るぞ)が言うところの、「『武偵殺し』の一件はまだ解決してないから」理論により、俺はまたこの部屋に泊まることになったらしい。当然Sランク2人相手に逆らったりできませんでしたが何か?

 まあ、それはいいとして……見事にボロッボロだな、この部屋は。『超能力』持ちの白雪とSランクのアリアが戦えばこうもなるか。そこら中に切り傷や弾痕がついてるし、ソファなんて綿が飛び出まくってる。

 しかしよくよく考えれば部屋が半壊するなんてわりと日常茶飯事だったので、ある種見慣れた光景ではあるな、これ。

 

「ほら、出来たぞー。アリア、ももまんしまっとけよ」

 

 とりあえず夕飯を作り終えた俺は、キッチンからダイニングに向かいつつ、盛り付けを終えた皿を3つ、ダイニングテーブルまで運ぶ。ちなみに、今日のメニューはえび入りカルボナーラだ。

 入れ替わりに、キンジが人数分の水を注ぎにソファを立つ。これはアリアが来るまでの習慣だな。

 で、そのアリアはと言えばももまんの残りを袋に入れ、自室(というか占領した部屋)に持っていき、帰ってくるやいなや即座にテーブルについた。手伝えよ、お前。食器運ぶとかさ。

 準備が整ったところで、「いただきます」と唱和する。

 そして、夕食が始まった。

 

「んぐ、んぐ……そういえば、錬。あんたは明日の朝、予定ある?」

「食いながらしゃべんな。なんだ、なんかあんのか?」

「今日のお昼に、あんた電話してたでしょ? その時に明日の朝からキンジの調教を始めることにしたのよ。例の、『急に強くなるスイッチ』を見つけるためにね。あんたも参加する?」

「ちょっと待てアリア。俺の時は強制だった気がするんだが、あれは俺の勘違いか? 錬だけ不公平だぞ」

 

 ビシッとフォークをアリアにつきつけ、キンジは抗議する。おい、行儀悪いぞ。

 アリアはくるくるとパスタを巻き取りながら、

 

「あのねえ、錬が直すべきなのは『仲間に対する無節操な甘さ』でしょ? 朝練でどうにかなるものじゃないわ。それに、一応戦闘自体はいつでもちゃんとできてるしね」

「納得いかねえ……」

 

 不満げに漏らすキンジを横目に、俺はこっそり安堵の息をつく。

 よかった。アリアの朝練とか、下手したら強襲科よりきついかもしれねぇからな。そんなの受けたら死んじゃうよ、俺。

 

「でも、意外だな。アリアのことだから、俺はてっきり錬も強制的に参加させるかと思ったんだが。完璧な『パートナー』が欲しいんじゃなかったのか?」

「ああ……そういわれりゃ、そうだな。確かにその流れじゃ、俺も無理やり引っ張りこむのがいつものお前だろ」

 

 キンジの言葉に、俺も思い直してそう言った。おかしいな、こいつ、いつもはもっと強引なのに。

 そんな俺たちの疑問を受けたアリアは、

 

「しないわよ、そんなこと。練もそうだけど、キンジだってへんてこなスイッチさえなかったら、無理やり訓練させたりしないわ。……だって――」

 

 アリアは。

 その続きを、花が咲くように笑いながら言った。

 

「信じてるもの。いつだって、どんなときだって、肝心なときはちゃんとあんたたちはあたしのところに来てくれるって。ハイジャックのときや、あの屋上でのときや、半年前みたいに……あたしを助けてくれる――『パートナー』だって」

「「…………」」

 

 アリアが言い終わっても、俺たちは何も言えなかった。

 これはなんというか……驚いた、な。

 正直、今こいつが挙げたどれも、自分からアリアのところに行った覚えはないんだが、それはともかく……まさか、こいつの口からこんな台詞が飛び出るなんて。予想外すぎる。

 だがそれはこいつ自身もそうだったようで、

 

「……あっ、や、ちち違うっ! や、やっぱ今のなし! ああああんたたちはドレイよドレイ! ぜーったい、ドーレーイー!」

 

 急に自分で自分の台詞が恥ずかしくなったのか、アリアはうがー! と立ち上がり、顔を真っ赤にしながらとんちきなことを言い出した。

 だがそのリアクションが逆にさっきの台詞のリアル度を上げてくれたもんだから、俺たちはなんだか妙に気恥ずかしくなり、

 

「あー……なんだ、なんつーか……なあ?」

「あ、ああ……」

 

 と、こちらもこちらで変な会話をしてしまった。

 どうにも微妙な雰囲気になりかけた……その時。

 あたかも今日の昼休みのときのように、タイミングよく……かはわからんが、とにかく俺の携帯が鳴った。

 これ幸いとテーブルの上に置いていたそれを引っ掴み、

 

「お、俺ちょっと電話してくるわ!」

「あ、おい練!」

 

 この場はキンジに任せて、リビングを経由して廊下まで逃走した。

 バタンとリビングに通じる扉を閉めると、俺は主張し続ける電話に出た。

 

「もしもし?」

『あっ、有明くん! あややなのだ!』

 

 と、通話口から天真爛漫な声が響く。

 どうやら電話相手は、「あやや」こと平賀(ひらが)(あや)だったようだ。

 こんな時間になんの用だ?

 

「ああ、あややか。どした? なんかあったのか?」

『あったのだ。実は、新しい()()()()()()が出来たから、有明くんに渡したいと思って電話したのだー』

「ま、マジか……」

 

 あややが口にした『実験シリーズ』という単語を聞いた俺は少し顔をしかめる。

 まあ……これも()()だ。正直嫌だが、しかたない。

 というか……、

 

「それ、今からじゃねぇと駄目なのか?」

『んー、できれば今日中がいいですのだ。明日からはいろいろと依頼が詰まってて、会えそうにないですのだ』

 

 そうか……そういうことなら、今日行っとくか。

 

「わかった。じゃあ、今から行くわ。場所はいつものところでいいんだよな?」

『いいですのだ。じゃ、待ってるのだー』

 

 通話を切って、俺はダイニングにとって返す。

 キンジとアリアに少し出かけてくる旨を告げ、俺は玄関を出て、ある場所を目指した。

 

 * * *

 

 2年・平賀文。

 彼女は、装備科(アムド)所属のAランク武偵だ。といっても実力的にはSランクなんだが、違法改造を平気で請け負ったりぼったくりな報酬を要求したりするもんだから、教務科から1年の途中でSランクからAランクに下げられた。

 で、そんな彼女は、普段装備科棟にある自分の作業室に篭っている。装備科棟は地上1階・地下3階という構造をしていて、彼女の作業室は地下1階にある。

 そんなわけでセキュリティが厳重な地上1階から地下に降り、銃器が溢れるほど収められたラックが並ぶ廊下を進み、『ひらがあや』というネームプレートが入ったB201作業室の扉をノックした。

 すると中から、元気な声で「開いてますのだ!」と返ってきた。

 ので遠慮なく中に入っていくと、大小さまざまな銃やら刀剣やら工具やらで溢れかえった部屋が出迎えてくれた。

 相変わらずすげーな、ここ。

 俺はそれらを避けつつ、部屋の奥へと進んでいく。

 やがて見えてきた作業机でなにやら機械をいじっているらしい小さな背中を見つけ、

 

「おい、あやや。来たぞ」

 

 と、呼びかけてみると、くるりとあやや――平賀文が振り返った。

 ショートカットの髪を耳の横でくくった、ぱっと見、小学生のような女の子だ。武偵高の制服を着てなきゃ、つまみ出されてるところだぜ。

 

「あ、有明くん! 待ってましたのだ!」

 

 いつものようにニコニコと笑いながら、あややは手を上げた。

 と、俺はその手に何かを持っていることに気づく。

 もともとこの部屋が薄暗いので、一瞬それがなにかわからなかった俺が目をこらすと、

 

 それは人間の手首だと言う事が判明した。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「うひゃあ!? ど、どーしたのだ有明くん!? びっくりするのだっ」

「お前がどうしたんだよそれぇ! なんっ、なんだよその手首は?!」

 

 俺が思いっきり仰け反りながら尋ねると、あややは「あ。これはねー」と言いつつ、一度後ろを向き、すぐにこちらに向き直ったかと思うと、

 

「じゃーんなのだ!」

 

 とか言いながら、今度は両手に一個ずつ手首を掲げていた。

 

「なんで増えてんだよぉぉぉおおおお!」

 

 俺は絶叫しながら、つっこみを入れる。

 こいつ、マッドサイエンティストのケがあるんじゃないかと疑ってはいたが、まさか人体実験にまで手を出したのか!?

 

「ん~? 有明くんは一体、なんで驚いてるのだ?」

「なんでってお前、だってそれ人の手首だろ!? むしろそんなもん持って平然としてるお前が怖ぇよ!」

「手首……? あ、そういうことですのだ」

 

 びびりまくる俺に、あややはあくまで冷静にしたり顔になってたりする。

 すわ俺も実験されるのか……と背筋に震えが走った瞬間、

 

「これ、手首じゃないですのだ」

「…………へ?」

 

 手首じゃ、ない?

 いやでも……、

 

「それ、どうみても手首だろ……?」

「いーや、違うですのだ。これは、さっき言ってた『実験シリーズ』の新作なのだ。名前を……『スタングローブ』!」

 

 ドヤァ、とばかりに両手に持った手首――いやさ『スタングローブ』とやらをつきつけてくるあやや。

 俺はそれを恐る恐る受け取ってみると……確かに、手首じゃない。中が空洞になってる。グローブってことは、ここから手を入れるんだろう。多分。

 ああ……そうだよ。『実験シリーズ』は、いつも俺の予想を上回るって、いい加減学べよ俺。

 とりあえずあややが殺人犯になっていたわけじゃないことに安堵し、大きくため息をついた。

 ――俺がこの『実験シリーズ』と呼ばれる、平賀文印の創作武器実験台になったのは去年の話だ。

 といっても、大した話じゃない。ある日あややが作った、『実験シリーズ』第212号・『オートマトン』と呼ばれる自働迎撃人形とやらに襲われたのが始まりだ。

 なんの偶然か、俺はその『オートマトン』を返り討ちにしてしまい、それが元であややは俺を実験台にスカウトした。なんでも、俺ならもし何か問題が起きても上手く対処してくれるだろうから、らしい。

 当然そんな目にあった俺は当初断ったんだが、もし引き受けてくれるなら装備に関する諸々に大きく融通を利かせてくれると言われ、最終的にはオーケーした。その頃からあややの腕は有名だったからな。

 以降、俺はたびたびこの『実験シリーズ』が作成されるたびに、その実験台をかってでていたというわけだ。

 ちなみに、俺が彼女を「あやや」と呼んでいるのも、そこに起因したりする。曰く、「有明くんは友達だから、そう呼んで欲しいですのだ!」らしい。

 閑話休題。

 ――で、だ。あややの話を聞く限りじゃ、この人の手首型グローブは『実験シリーズ』の新作らしいが……、

 

「それで? 今回のこれは、どういう武器なんだ?」

「よくぞ聞いてくれましたのだ。ふっふっふ。それではさっそく、作品説明(プレゼン)といくのだ!」

 

 あややは俺から『スタングローブ』を返してもらい、片腕だけ手に持ちながら、

 

「まずこのグローブのすごいところは、その強度ですのだ。TNK(ツイストナノケプラー)製のグローブの上に、甲や間接の動きを阻害しない部分に防御力を上げるための金属版を貼り付けて、さらにその上から、人体の質感を出すために特殊な素材でコーティングしているのだ。これでタイミングを合わせれば、見た目素手で銃弾を弾いちゃうみたいなこともできますのだ」

 

 わざわざ人体に見せかける意味はわからないし、そもそも俺は銃弾に拳を合わせる技術もないんだが、とりあえず黙って続きを聞く。

 

「そして! この『スタングローブ』最大の目玉が、グローブ内に内臓されたスタンガン機能、通称『ステルスボルト』ですのだ! 手首(リスト)部分にあるスイッチを入れて、拳を相手にぶつければ、そこから電流が流れる仕組みですのだ。電圧は30万(ボルト)くらいだけど、(アンペア)をちょっと高めに設定してるから、多分なかなかの威力は出せるはずですのだ」

 

 にこにこと子供っぽい笑顔でエグイこと言ってんな、こいつ。

 どうやらこれで粗方の説明は終わったらしいので、俺はいくつか質問してみる。

 

「特殊な素材ってのがなんなのかよくわかんねぇが、そんなもんで覆ってたら電撃が阻害されるんじゃねぇか?」

「ですのだ。だから、拳の部分だけ機械部を露出させて、そこを限りなく近い肌色で着色してますのだ」

「一応訊くけど、電気で死んだりしねぇよな?」

「Aをいくつに設定したかいまいちよく覚えてないけど、多分大丈夫ですのだ」

「というかそもそも、なんで人の手首そっくりにしてんだよ?」

「そっちの方が敵の油断を誘えると思ったのだ。あと、おもしろそうだったからなのだ」

 

 逐一答えてくれるあややに、俺はなるほどと頷く。

 うん。平常運転だな、こいつ。相変わらずの変人技術者っぷりだよ。

 微妙にこめかみが痛むのを我慢しつつ、

 

「で、だ。俺は今からその『スタングローブ』の実験に付き合えばいいのか?」

「ううん、今日はもう遅いから、とりあえず受け取るだけ受け取っておいて欲しいのだ。それで、アドシアードが終わるころまでに感想を聞かせてくれればそれでいいのだ」

「あいよ。つまり、それまでに実験しとけってことか。しかしアドシアード後までって……そんなに忙しいのか?」

「んと、京菱(きょうびし)グループってところから大口の依頼が入ってるのだ。多分、しばらくはそっちにかかりきりになるのだ。まあ、アドシアードは装備科はあんまり関係ないから好都合なのだー」

「ふーん。ま、わかった。じゃあ、こいつだけもらってくわ」

 

 俺はあややから一対の『スタングローブ』を受け取り、制服のポケットにねじ込む。クソ、一応機械だけあって入れづらいな。

 

「じゃあ、有明くん。また今度ですのだー」

 

 ひらひらと手を振って見送るあややに軽く手を振って返し、俺は男子寮へと帰っていった。

 ちなみに。

 道すがらポケットから『スタングローブ』を落としてしまい、それをたまたま近くを歩いていた女子に拾われて一騒動があったりしたのだが、それは完全に蛇足である。

 ……今度あややにはデザインについてきつく言っておこう。

 

 * * *

 

「あたしたち、明日からこの家で白雪の護衛することになったから」

「……はい?」

 

 あややに『スタングローブ』を渡された翌日の放課後。

 専門科目の授業が終わってすぐに、蘭豹から『地下倉庫』の下見(ようするに火薬の種類と保管場所を覚えて来いということらしい)を命令された俺は、広大な地下空間に迷いそうになりながらも、なんとか事前に受け取ったリストと保管場所を照らし終えてから、帰宅の途についた(といっても行き先はキンジの部屋だが)。

 で、それを出迎えたアリアが開口一番言ったのは、そんな台詞だった。

 俺はソファに腰を下ろしながら、意味がわからないので疑問で返した。

 と、同じくソファに座っていたキンジが補足を入れてくる。

 

「今日の放課後な。お前がすぐに探偵科棟を出てから少しして俺も出たら、アリアが待ち構えててな。で、お前のことを話して2人で帰ってたら、教務科前の掲示板に、白雪を呼び出す紙が張ってたんだ」

「ふむふむ。で?」

「そんで、アリアが「白雪の弱みを握るチャンスだ」とか言い出して、教務科に潜入することになったんだ」

「バカだろお前ら」

 

 あの化け物教師ぞろいの教務科に潜入とか。バカなの? 死ぬの(リアルに)?

 

「うるせえ。で、結局本当に潜入することになって……白雪と(つづり)が話してるとこを見つけた」

 

 綴……綴梅子(うめこ)先生か。尋問科(ダギュラ)担当の。

 確かあの先生は白雪がいるB組の担任だったはずだから、まあ話してたのはおかしなことじゃないな。

 

「それで、話を聞いてたら……白雪が、『魔剣(デュランダル)』に狙われるかもしれないって流れになったんだ。といっても、可能性にすぎないが」

「『魔剣』……って、あの? 『超偵』ばかりを狙う誘拐犯……だったか」

「ああ」

 

 へー、『魔剣』って実在したんだな。教務科が言うくらいなら。

 あれは確か、都市伝説とか言われてたはずだったんだが……まさか、マジモンだったとは。

 

「そこまではわかったけどよ、そこからなんで白雪の護衛ってのが出てくる?」

「なんでも、アドシアード期間中は外部から大勢人が入るから、その間だけでも教務科は白雪に護衛をつけたがってたらしい。よほど大事にされてるんだろうな。……で、その話を聞いたアリアが白雪の護衛を勝手に買って出て、あー……白雪はなぜか俺の部屋に泊まることを条件に了承したんだ」

 

 なぜかってお前……わかりきってるだろ、そこは。

 まあ……とにかく、事情はわかった。なるほどな、だからアリアはさっきから床でせっせと盗聴対策の機械を組み立ててんのか。通信科(コネクト)からでも借りてきたんだろ。

 ……っていうか、

 

「念のために訊くけどよ、それもしかして俺も入ってるのか? 護衛メンバーに」

「逆に訊くが、入ってないと思うか?」

「……だよな」

 

 俺は再び、工作中のアリアに目を向ける。

 ああ……こうして俺の自由はどんどん奪われていくんだな。

 ……まあ、もう諦めたけどさ。

 

 * * *

 

 白雪の護衛をするってのは、いい。

 そのメンバーに俺がいつの間にか入ってたってのも、まあいいだろう。

 だけどさ……気ぃ早すぎでしょう。

 

「キンジ、あんたはあっち! 廊下のタンスに危険物がないかチェックしときなさい! 錬はこっち手伝って! 手が届かないのよ!」

「危険物ったってな……タンスにあるのかそんなもん」

「あ、キンちゃん。これってどこに置けばいいのかな?」

 

 俺はアリアの指示に従って警報機を彼女の手が届かない棚の上に置きつつ、アリアの行動の早さに呆れたようにため息をついた。

 アリアたちが白雪の護衛を受けた次の日……まあ、つまり今日なんだが、その今日の放課後、白雪はさっそくキンジの部屋に引っ越してきた。

 なお、家財道具の運搬は、剛気が軽トラで運ぶことで解決した。かわいそうな奴だな、あいつ。何も知らされてなかったとはいえ、好きな女が恋敵の家に引っ越すための手伝いをさせられるとは。

 というか、何も依頼の翌日から引っ越す必要もねぇだろうに。アドシアードまではまだ10日以上あるんだぞ。まあ、必ずしもアドシアード期間中になにかあると決まったわけじゃねぇから、間違ってはないのかもしんねぇが。

 それはともかく俺たちが今何をやっているのかと言えば、それはこの部屋の要塞化兼掃除だ。要塞化はボディーガードとしては基本だし、先日起きたらしいアリアVS白雪のせいで戦場跡みたいになってたからな、ここ。さすがにそろそろ修復作業を始めようということになった。

 この作業で辣腕を振るったのは、言うまでもなく白雪一極だ。もともと彼女は大和撫子の鏡みたいなやつで、料理に掃除に洗濯と、家事においては一級品の腕前を誇る。

 そんなわけで、惨状だったキンジの部屋は、ものの3時間で元の姿を取り戻しつつあった。……いや、その様子を俺も見ていたわけだが、もはやマジックの領域だろ。この手際は。

 

「えーと……ああ、こうか」

 

 バルコニーに出て、ガラス戸の上部に赤外線探知機を取り付ける。めんどくさいな、これ。

 それが終わって、俺が再びリビングに戻ってくると、

 

「……あれ? あいつらどこ行った?」

 

 そこには誰もおらず、開け放たれた扉の向こうに見える廊下にも、誰もいない。あっちはキンジが行ったはずなんだけどな。

 俺が首を捻っていると、キッチンからひょこっと白雪が顔を出し、

 

「あ、錬君。キンちゃんなら、ちょっと外に出てくるっていってお出かけしたよ」

「はあ? 何やってんだあいつ、サボりか。アリアは?」

「んと……ごめんなさい、アリアの方はわからない。気づいたら、いなくなってたの」

「えー……」

 

 なにそれ。なんで依頼を受けたあいつらがサボりに行ってて、巻き込まれた俺だけせっせと働いてんだよ。

 そこはかとなく理不尽を感じていると……スン、と鼻腔をくすぐる匂いを感じた。

 

「なんだ、料理作ってるのか」

「うん。キンちゃんが帰るまでに作っておこうと思って」

 

 言って、白雪は顔を引っ込める。調理に戻ったらしい。

 んーそういうことなら……俺も手伝うか。どうせもうやることないし、さすがにボディーガードの対象相手に4人分も夕飯を作らせるのは忍びない。

 そんなわけで俺は一度手を洗いに行ってから、キッチンに入っていった。

 で、手伝いを申し出ると案の定白雪は恐縮したように遠慮したんだが、上記の理由を持ち出して納得させた。

 彼女の予定によると、今夜は中華料理でいくらしい。中華か……それほど得意なわけじゃないが、まあ一通りは作れる。

 そんなこんなでそれからは、2人で分担しつつ調理を進めていると、ふと白雪が言った。

 

「ごめんね、錬君。巻き込んじゃって……」

「んー? 何が?」

「私の、ボディーガードの話。キンちゃんから聞いたら、錬君はアリアに無理やり参加させられたって聞いたから」

「ああ……そのことか。あ、白雪、冷蔵庫から豆板醤(とうばんじゃん)取ってくれ」

「あ、うん」

 

 白雪から豆板醤を受け取り、

 

「いやまあ、それは別にいいんだけどな。もともと俺はここに泊まってたわけだから、結果的に参加することにはなってただろうよ。アリア曰く、俺は『ドレイ』らしいんでな」

「でも……それでも、やっぱり申し訳ないよ……」

「そんな難しく考えんなよ。『魔剣』の件だって、絶対お前が狙われるって話じゃねぇんだろ? じゃあ……そうだな、友達の家に泊まりに来た、くらいの感覚でいいんじゃねぇのか?」

 

 まあ、実際は男子寮に泊まりに来てる時点でそんな軽い話じゃないんだが。

 

「それはそうかもしれないけど、でも……」

 

 どうにも煮え切らない白雪の返答に、俺は少し嘆息した。

 変わんねぇなぁ、こいつも。元々の性格か例の星伽神社での生活のせいかはわかんねぇが、こいつはどうにも人に遠慮する……もっと言えば、自分を殺すところがある。

 それは必ずしも悪いことじゃないし、むしろ謙虚さという面では美徳なのかもしれないが、さすがにこうも申し訳なさそうにされちゃ、こっちがいたたまれない。

 ……そうだな。そこまで負い目を感じるってんなら……、

 

「あー……じゃ、白雪。今回の件の報酬ってわけじゃねぇが、一つお前にお願いしていいか?」

「? 私にできることなら、構わないけど……なにかな?」

 

 俺がそんなことを言い出したのが不思議だったのか、白雪は小首を傾げつつ、こちらを見てくる。

 そんな彼女に、俺はさらりと言った。

 

「アリアの、友達になってやってくれ」

「…………ええええええええ!?」

 

 瞬間、白雪は絶叫しながら菜ばしを取り落とした。新しいのださねぇとな。

 

「ど、どういうことそれ!? な、なんで私がアリアなんかと……っ」

 

 ……ふむ。

 ()()()()()()、と来たか。珍しいじゃねぇか、お前がそんなストレートに誰かを嫌うの。それに、こいつが誰かとケンカするなんて話もアリアとのやつが初めてだし……案外、認めてるところがあんのかね。

 

「ほい、新しい菜ばし。……いや、どうもこうもまんまの意味だよ。あいつ、あんまり女子と……つーか、誰かと話してるとこ見ねぇだろ。だからお前が友達になってやればって思っただけだよ」

「う、うー……錬君の頼みでも、それはさすがに聞けないよ。こういうこと言うの嫌だけど……私、アリアがキライなの」

「本当に? マジの意味なら、撤回するぜ」

「…………敵わないなあ、錬君には」

 

 少し、白雪の声のトーンが落ちた。

 

「……正直なところを言えば、キライっていうのはちょっと違うと思う。あの娘は弾丸みたいにまっすぐで、私に一歩も引かなかった。だから、そこはすごいと思うし、好感が持てるの」

「じゃあ、気に入らないのは……まあ、キンジのことなんだろうな」

「あはは……時雨ちゃんと同じで、やっぱりばれちゃってたんだね。私の、キンちゃんへの気持ち」

「そりゃあ、まあな。あんだけあからさまで気づかねぇのは、キンジやあのお子様Sランクくらいだろうよ」

「……怖いんだ、私。アリアに、キンちゃんが取られちゃいそうで。アリアがキンちゃんに会ったのはまだちょっと前のはずなのに、もうあんなにキンちゃんの近くにいるから」

「……アリアがどうだろうと、それでお前の立ち位置が変わるわけじゃねぇだろ。お前はキンジの幼馴染で、ずっと近くにいたんだろ。それをなんとも思わねぇほど、あいつは馬鹿でも恩知らずでもねぇさ」

「幼馴染……私の、立ち位置」

「だろ? それでもお前は、友達になれないくらい、徹底的にアリアを遠ざけてぇのか?」

「それは……わからないけど」

 

 わからない、か。

 じゃあ、まだ芽はあるかもな。

 俺はとりあえずの脈を感じたので、そろそろ話題を打ち切ることにした。

 

「――ま、いつかでいいよ。報酬は後払いだ。いつか友達になれると思ったら、そんときなりゃいいさ。誰の為にも、な」

「誰の為にも……うん」

 

 白雪が頷いたのを気配で感じ、俺は一息ついた。

 まあ……それなりの成果ってところか。

 アリアと白雪が友達になれば怪獣大決戦もなくなり、ついでに言えばアリアが目をつける人材(ともだち)を増やせるかと思ったんだが……そう、上手くはいかねぇか。さすがに。

 

「――さて、と。そろそろ出来上がりだな。仕上げは俺がやっとくから、あいつらに電話しといてくれねぇか? テーブルの上にある俺の携帯、使っていいから」

「うん、わかった」

 

 白雪から菜ばしを受け取り、俺はあらかじめ用意されていた皿に盛り付けを始める。

 と、その直前、キッチンを出かけていた白雪がこちらに振り向いて、

 

「錬君」

「あん? どした?」

「ありがとう」

 

 小さく口元に笑みを咲かせて、電話しに行った。

 ありがとう……か。

 それが何に対して言ったのかはわかんねぇが……なんだろうな。なんか、騙したみたいで少し罪悪感がする。

 ……ていうか、

 

「作りすぎじゃねぇかこれ……?」

 

 いつのまにかキッチンは、完成した料理で溢れ返っていた。

 

 * * *

 

 あのあと帰ってきたキンジたちと満漢全席クラスの夕飯を食べ終わり、キンジとアリアがリビングでチャンネル争いしているのを、ダイニングのテーブルでお茶を飲みつつ眺めていると、

 

「あの、キンちゃん、占いとか興味ないかな……?」

 

 白雪がなにやら絵札みたいなカードの束を持ってきた。

 

「占い……? なんだ、それ」

「あ、これはね、『巫女占札(みこせんふだ)』っていって、星伽に伝わる占いなの。キンちゃん、将来のこととか気にしてたでしょ?」

「ふむ……じゃあ、暇つぶしに一つ頼むか」

「なにそれ、あたしも興味あるわ」

 

 チャンネル争いを休戦にしたキンジたちもまた、テーブルにつく。

 先に占ってもらったのはキンジで、内容は『将来について』。で、肝心の占い結果は……、

 

「ッ! え、えと……総運、幸運です。よかったね、キンちゃん」

「なんだそりゃ……?」

 

 伝えられた結果に、キンジは眉をひそめる。

 というか、今のはさすがに怪しいだろ。あきらかに結果を隠した感じだ。本当はなんて結果だったのやら。

 その次はアリアが立候補したが、アリアを嫌ってる(らしい)白雪は占いを適当に済ませた。で、それがきっかけで2人は口げんかに発展した。「この前は切り札を隠してた」とか言い合いながら。

 で、それはキンジに諌められたんだが、アリアはへそを曲げて自室に引っ込んでいった。

 なにやってんだこいつらは……と、呆れていると、

 

「あ、錬君も占おうか?」

 

 と、白雪が提案してきた。

 白雪の……『超能力者』の占い、ですか。

 ……よし。

 

「いや……俺はやめとくわ」

「なんでだ? せっかくだから占ってもらえばいいだろ。なあ、白雪」

「う、うん。一応どんなジャンルでも大丈夫だよ」

 

 キンジと白雪が、2人して勧めてくる。

 俺はそれに、「わかってねぇなぁ」とでも言うように肩をすくめ、

 

「バーカ。未来ってのは、決まってねぇからおもしれぇんだろうが。だからこそ俺たちは努力するし、一生懸命になる。結果がわかった人生なんざ、つまんねぇだろ」

 

 と、できるだけいい感じの台詞を返す。

 が……無論、ただの口先だけである。

 キンジのやつは信じてねぇかもしれねぇが、身近に『超能力者』がいた俺は、白雪の鬼道術は本物だと知っている。てことはそんな彼女が占った場合、その結果はほぼ100パーセントで当たるんだろう。

 そんな占い、怖すぎる。いい未来だった場合ならともかく、さっきのキンジみたいに口ごもったりされたら、きっと泣く。というか、勝手にマイナスな想像ばかりして一人で不安になること請け合いだ。

 だがそれを素直に話すのはあまりに情けなさすぎるので、ああ言ったわけだが……ど、どうだ? 通るか、この言い訳。

 

「ん……まあ、そういう考え方もあるか」

「すごいね、錬君。私いつも占ってたから、そんな風に考えたことなかったよ」

 

 よし! なんとか誤魔化せた!

 いやまあだからといってそんなちょっと見直したみたいな眼差しを向けられると、それはそれでクるものがあるんだが。

 ――と、そうだ。

 

「そろそろ俺、自分の家戻るわ」

「は? なんでだ、いきなり」

「なんでもなにも、白雪が泊まるってんなら、俺もここに泊まるわけにゃいかねぇだろ」

「ど、どうしてそうなるんだよ!?」

「どうしてってお前……」

 

 お前はともかく、俺まで一つ屋根の下なんて、さすがにそれはマズイだろ。思春期の男子と女子的に。

 アリア? あれはほぼ子供と見ていいので問題ない。

 

「あ、あの、錬君? 気をつかってくれるのは嬉しいんだけど、私なら大丈夫だから……」

「ほらみろ、白雪もこう言ってる。だからお前も泊まってけ。というか、ボディーガードなんだから泊まる義務があるはずだ」

 

 必死だなキンジ。まあ俺が帰ったらお前がアリアと白雪を一手に引き受けることになるから、気持ちはわからなくねぇが。

 

「白雪……ホントにいいのか? 嫌なら嫌って言っていいんだぞ。何もしねぇとは誓うが、俺も一応男なんだからさ」

 

 というかもしなんかしようもんなら、各方面からぶち殺されるだろうけどな。

 

「ううん、大丈夫。他の人なら、ちょっと困るけど……キンちゃんの親友なら、私も信用できるから」

「「う……っ」」

 

 柔らかな微笑でそう言う白雪に、俺たちは揃って呻いた。

 やめろよ、親友とか。女子はともかく、男子は結構恥ずかしがったりするんだぞ。そういうのは。

 まあ、なにはともあれ。

 こうして俺は、白雪のボディーガード中も、この部屋に泊まることになったのだった。

 さてさて……どうなることやら、だな。

 

 * * *

 

 丑三つ時。

 現代においては、おおよそ午前2時を回ったほどの時間。

 生活する者の大半が学生であるこの学園島においてこの時間帯は、すでに多くの者が夢の中へと旅立っていた。

 それはこの第3男子寮の一室、遠山キンジの居室でも同じで、現在この部屋にいる人間はとっくに寝入っていた。

 ただ一人。

 星伽白雪を除いては。

 

「…………」

 

 白雪はいまだ覚醒状態で、自らに割り振られたベッドから上半身を持ち上げていた。

 いや、その表現は正確ではない。正しくは、つい今しがた目が覚めたのだ。()()()()を見たことで。

 白雪は体の上にかけていた布団をはがし、音を立てないようにゆっくりとベッドから抜け出た。

 そして彼女は、寝室からリビングへと向かう。

 月明かりに照らされて、水玉模様のパジャマにつつまれたスタイルのいい肢体がぼんやりと浮かび上がる。月光に緩和された薄闇の中でもなお艶を持つ長い黒髪が、しゃらりと揺れた。

 その手にあるのは、就寝前に使用したカードの束――『巫女占札』である。

 白雪は、ソファに腰を下ろして、ガラステーブルの上に巫女占札の束を置いた。

 そうして、窓からこぼれる淡い光源をたよりに、山札の上から一枚一枚丁寧に裏向きでテーブルの台上へと並べていく。

 

「…………」

 

 ぺらり、ぺらりと、札が置かれる音だけが、静寂をかすかに揺らす。

 並べ終わったそれらを眺めて――白雪はすうっと息を吸った。

 

「――――」

 

 聞こえないほど短く息を吐くと、彼女は細くしなやかな指で、札を一枚ずつ決められた順番でめくっていく。

 すると、変化が起きた。

 札がめくられていくごとに、白雪の表情は険しくなっていった。

 そして、最後の一枚をめくり終わり、

 

「どういうこと……?」

 

 と、白雪は初めて喉を鳴らした。

 それから、彼女は視線を寝室に転じさせる。より正確には、自分が寝ていたのとは反対側の二段ベッド、その上段に。

 そこに身を横たえているのは、有明錬だ。

 そして。

 白雪が今しがた占っていた相手もまた、有明錬だった。

 

「この結果……やっぱりさっきの夢は、『(タク)』だったの?」

 

 テーブルの上に表向きに並んだ巫女占札を見下ろして、白雪は呟いた。

 ――星伽の占いには、2種類の形式が存在している。

 一つは、『(セン)』。これは、たとえばさきほどの巫女占札のように、自らの意思で何かを占う場合を指す。

 もう一つは、『(タク)』。これはいわゆる神託のようなもので、ある時突然予感が訪れるというものだ。まだ『占』が使えない十代前半の巫女が使う、未熟な術だと言われている。

 だが。

 神託である以上、いくつになろうと、そして技術が向上しようと、『託』を受けることがなくなるわけではない。

 熟練の巫女だとしても、時に『託』が降りることがあるのだ。

 たとえば――『夢』という形で。

 そして白雪もまた、先ほど『託』と思わしき夢を見たことで、目を覚ましたのだ。

 しかしその内容があまりに荒唐無稽で、だから白雪は本当にそれが『託』だったのかどうかを確かめるため、今こうして『占』で真偽を確認し、()()()()()を上げようと試みていたのだ。

 ――結果的に言えば。

 やはり白雪が見たものは、『託』だった。

 

「錬君、だったよね……あの人は」

 

 白雪は、頭の中に先ほどの夢の光景を再生する。

 そこにいたのは、一人の少年。そしてその周りに円形に立つ、自分やキンジ、アリアも含めた数人の男女。

 まるで、犯人を取り囲んでいるかのような状況。

 その中心に立つ少年は、間違いなく有明錬の姿をしていた。

 そしてその少年は、自らを囲む者たちに、()()()()を告げたのだ。

 

「でも……錬君が、あんなこと言うわけない」

 

 思い出した内容に、白雪はかぶりを振る。

 そも、『託』の未来はいつどこで起こることなのかわからない。さらに言えば、当たらないことさえままある。とはいえ占いの絶対性を信じている星伽の大人たちの間では、どこか平行世界の未来を受信しているのではないか、という推測が立っていたりするのだが。それなら厳密には外れとならないし、『占』で占っても「その平行世界においては正しい」という結果が出て、結局正確な真偽はわからないからだ。

 だから。

 白雪は、自分の占いをそういった類だと判断した。

 あるいは。

 そういった類だと思いたかった。

 ただでさえ、先刻キンジを占った折、本人に告げることは叶わなかったが、()()()()()()()()()という結果が出たのだ。今いる場所からいなくなる。それも数年以内に、だ。

 そこにきて、この『託』だ。白雪が自信を持つ己の占いを否定するのもむべなるかなといったところだった。

 

「…………」

 

 白雪は、もう一度だけ巫女占札を見つめた。

 やがて彼女はそれを片付け、再びベットへと潜り込むのだった。

 

 * * *

 

 ――星伽白雪の夢の中で、有明錬と思しき少年は言った。

 

『俺は……』

 

 うつろな瞳で。常には無い退廃的な雰囲気を纏い。

 誰に、ともなく。

 

『――俺は、武偵を潰す』

 

 ただ一言だけ、そう言った。




いい感じのスピードで話が進んでいってます。まあ、次回で勘違いするから失速するんですけど。
2章は短い文字数で済みそうですね。10万文字はいかないんじゃないかな?
最近、1万文字書いてから「まだ1万しか書いてないのか。じゃあもっと加筆しよう」とか考える僕はヘンタイなのでしょうか?

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