偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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前回の出来事を別視点で描くお話です。


3.Examination ②

 ――3月17日。

 遠山(とおやま)キンジは大いに焦っていた。

 

(やばい……わざわざ地元の女子を避けてここを受験したってのに、遅刻で落ちてちゃシャレになんねー……!)

 

 東京武偵高校。その専門棟の1つ『探偵科(インケスタ)』棟に向かいながら、キンジは走っているために噴き出した汗を腕でぬぐった。

 中肉中背で、黒髪の少年である。とりたてて特記するようなところはない普通の外見なのだが、その実その身にとんでもない秘密を抱えていたりもする。

 彼は神奈川武偵高校付属中学の卒業を経て、今日この東京武偵高に入学試験を受けに来た、武偵志望の少年だ。ちなみに、なぜ中学からそのまま神奈川武偵高校に進まなかったのかは、ここでは述べないでおく。

 それはともかく、キンジはその武偵への新たな第1歩目からつまづきかけていた。それも寝坊という実に情けない理由で。

 さすがにキンジもそんな理由で不合格になどなりたくはない。なにより、そんなことになったら兄になんと言えばいいのか。

 

(えっと、今がここだから……ッ! 探偵科棟はあそこか!)

 

 故にこそキンジはここ最近で一番の走りを見せ、ようやく試験会場の前までたどり着いた。

 

「はっ、はっ、はぁ……なん、とか。遅刻せずにすんだか……」

 

 息を整えながら、キンジは自動ドアをくぐり、探偵科棟内へと身をすべらせた。

 ……が、そうしたところでキンジは違和感にぶつかった。

 

(なんだ……? なんでまだこんなに人がいるんだ?)

 

 そう。

 なぜか、入ってすぐの廊下には、まだ大勢の人がいたのだ。それも、わりと誰も彼もが余裕の表情をしている。キンジがギリギリだと感じるぐらい試験開始直前のはずなのに。

 キンジは内心で困惑し、次いで、そういえばと思い返した。

 

(いや、待て。そもそも、俺がここに来るまでにもまだ学園島を歩いているやつらがいたぞ……?)

 

 どういうことだ? とばかりにキンジは左腕に巻いた腕時計を確認する。

 時計の針は、今が9時28分であると確かに示していた。

 やっぱりおかしい。集合時間は9時30分のはずだから、この時間ならみんな教室に入っている方が自然のはずだ。いくら棟内にいるとはいえ、ここまでのんびりしていていいとは思えない―― 

 

「…………まさか」

 

 ふいに、呟きが零れた。

 キンジは思考を進める途中で、()()()()()()を思いついた。思いついて、しまった。

 その『とある可能性』が現実の物となっているかを確かめるために、キンジはポケットから携帯電話を取り出した。彼の性格を表す様にストラップ一つ付いていない(そもそも今まで付けた事も無い)、簡素な折りたたみ式のそれを開き、注視する。

 液晶画面には、はっきりと表示されていた。

 

 ――9:00、と。

 

「故障かよ!」

『(ビクッ)!?』

 

 思わず大声でつっこんでしまい、周りの注目を集めてしまった。

 恥ずかしさを誤魔化すようにキンジはすぐに携帯電話を仕舞いなおし、入り口にあった張り紙の指示にしたがい2階に上がるべく、廊下を歩き始めた。

 

(クソッ! とんだ恥かいちまった!)

 

 試験もまだなのに何をやってるんだ自分は、と憮然とした表情を作りながら、キンジはさらに進んでいく。

 そして、その歩みが曲がり角にさしかかったあたりで――

 

「だっ、誰か! 助けてください、変な人達が――」

「え?」

 

 死角になっていた廊下の曲がり角から、()()()姿()()()()()が飛び出してきた。

 それだけでもう自称普通人のキンジとしてはつっこみどころ満載なのだが、今はそれどころではない。間近に、()()()が迫っているのである。男ではなく、女が。

 

(なん……ッ!?)

 

 車が急に止まれないのと同じく、人だって急には止まれない。

 だから、当然の結果として、

 

「きゃっ!?」

「うおっ!?」

 

 2人はぶつかりあってしまい、男女の違いからか、少女が後ろ向きに倒れ始めた。

 ふらり、と重力にしたがって少女の体が落下を始める。このまま行けば、彼女は背中を強打することになるだろう。

 

(危ない!)

 

 キンジはそれを防ぐため、とっさに少女の手首をつかむ。白魚のようにシミ一つ無い真っ白な腕の、男にはない柔らかさを感じたのも束の間、ふんばりきれずキンジは少女諸共(もろとも)に倒れこんでしまった。

 ――前方へ。

 

「痛、つ……ッ」

 

 思い切りついてしまった手の痛みに呻き、思わずつぶってしまっていた目をうっすらと開ける。

 そして、すぐにその行動を後悔した。

 

(――ッ!?)

 

 キンジの両目に飛び込んできたのは、床に伏した美人と評すべき黒髪の少女の姿だった。

 目の覚めるような、整った容貌だった。髪と同じく綺麗な黒の双眸を縁取る、冗談みたいに長くぱっちりとした睫毛(まつげ)。ラインの整った鼻筋。艶やかに輝く唇。それらを雪のように白い素肌が、映えさせている。

 流麗かつ艶美に流れる黒髪が、今は大きく広がって、ただの廊下を妖しく演出していた。

 これだけでも、キンジにとっては十分に()()()()()

 だというのに、おまけに床に倒れた拍子に緋袴や白衣が若干着崩れている。

 さらに言えば、この倒れた少女に覆いかぶさる自分というシチュエーションだ。これではまるで、そう……自分が少女に襲い掛かっているみたいではないか。

 と、そこまで思考を巡らせたところで――

 

 ドクンッ! と。

 キンジの……否、()()()()が騒いだ。

 

(マズイ、これは……()()ッ!)

 

 体の芯へと、血が集まっていく。段々と強くなる血流を自覚しながら、しかしキンジはそれに抗えない。

 少女を押し倒しているという状況が。少女の着衣の乱れが。

 彼を、変えていく。

 遠山キンジを、『ヒステリアモード』へと変えていく――!

 

(……なって、しまった)

 

 誰にも聞こえないほど小さく、キンジはため息をついた。

 決してなりたくはなかった、()()()()()には。これは、自らにトラウマを植え付けた力だから。

 だがなってしまった以上、今更その事実は覆らない。()()()()()が収まるには、少なくとも数十分はかかるのだ。

 それに――

 

「悪いなァ、その姉ちゃんは俺らと()()予定なんだよ。なんだったら後でお前にも分けてやるから、ひとまず退いてろよ」

 

 どうやら、()()()()()間に、状況が変わったらしい。

 気づけば、茶髪の不良然とした男――巫女服の少女が『変な人達』と称した内の1人が、キンジの肩をポンと叩いた。

 

(さあ、キンジ。こいつは、誰だ?)

 

 キンジは、頭の中で自問自答する。そして、その答えはすぐに出た。

 こいつは、自分の下にいる女の子の――巫女服の少女の――()()()……敵だ!

 そう認識した瞬間。

 ――キンジは、茶髪の男を殴り飛ばしていた。

 

「が、ぁ……ッ」

 

 吹き飛び、無様に廊下を転がり、そして気絶する茶髪の男。そして、それを見て騒ぐ、いつの間にか集まっていた受験生(ギャラリー)たち。

 ――が、それらは今のキンジにとってはどうでもいい。

 キンジは『変な人達』の残り2人――アフロの男とサングラスをかけた男を、横目で軽く見た。

 その眼光に圧されたか、あるいは仲間が負けたことで警戒したのか。彼らは、バックステップで後退していた。

 

(距離を空けたか。まともな判断だが……()()俺には無意味なんだよ)

 

 油断とか、自信とか、そういった感情から来た評価ではない。ただ単純に、単なる事実として、現在のキンジ相手にはあの程度の輩が弄す策など、全てが下策に等しかったのだ。

 さて、どう料理するかとキンジが思案しかけたところで、彼は巫女服の少女――否、自分の幼馴染である星伽(ほとぎ)白雪(しらゆき)が驚きに目を見開きこちらを見ていることに気づいた。

 ただこれは自分が幼馴染の遠山キンジだと分かったからというよりも、単純にキンジの技量に驚愕している、といったところだろう。

 キンジはその様子にクスッと笑い、

 

「大丈夫だ、お嬢さん。君は見ているだけでいい。俺がすぐに終わらせてみせるよ」

「え、え……っ!?」

 

 甘く、労わるような声で、やたらと格好をつけて白雪に告げた。

 そんなキンジに、白雪は今度は困惑に顔色を変えた。

 キンジは内心で苦笑する。

 

(まあ、そうだろうな。いきなりこんなキザったらしい台詞言われたら。俺だってできるなら言いたくないんだが……)

 

 ヒステリアモードの今では、それは無理な相談だった。

 それよりも、とりあえず早く連中をぶちのめしてしまおう、とキンジは決めて、白雪から目線をはずした――

 

 ――刹那、すぐ傍らを1人の少年が通り抜けようとした。

 

(な、に!? 今の俺が、こんな近くに来るまで気づけなかった!?)

 

 声にこそ出さなかったが、キンジは心中で大いに驚嘆した。

 ……ありえない、話ではない。

 だが、ヒステリアモード時の自分なら、たとえ10人バラバラに尾行されても、その位置を捕捉できる自信がある。これは、それほどの能力なのだ。

 なのに、これほどの接近に気づけない場合があるとすれば……極端に影の薄い人間か、あるいは常から気配を消している達人級の人間か、そのどちらかぐらいだろう。しかし通常、それほどまで影の薄い人間など存在しない。ということは、この少年は後者ということになる。すなわち、一流、あるいは超一流と呼ばれるレベルの実力者ということだ。

 が、それならそれで一体何をするつもりだ? と疑問を抱いたところで、キンジは少年の視線がまっすぐに2人組に向いていることに気づいた。

 そこから導かれる答えは、

 

(こいつ、もしかして俺に加勢するつもりか……?)

 

 なるほど、それならば確かに合点がいく。いくのだが――

 キンジは、奴らに向かっていこうとする少年の腕を掴んだ。

 それに少年は反応し、こちらに顔を向けて言った。

 

「……なんだ?」

 

 一見、普通の少年だった。無理やり特筆すべきと言えば、ギラリと光を放つ若干悪い目つきくらいだろう。とてもではないが、自分から気配を誤魔化せるような人間には見えなかったことに、キンジは内心少し驚いた。

 が、それでもキンジは少年に告げた。

 

「必要ないさ」

 

 そう。

 助太刀は必要ないのだ。どころか、言い方は多少悪くなるが、足手まといですらある。ヒステリアモードの自分にとっては。

 だが、それに対して少年の言葉はこうだった。

 

「そんなわけにもいかねぇだろ」

 

 躊躇うことなく、少年は言ってのけた。まるで、自分の行動に一切迷いを持っていないかのように。

 それから一瞬考えるように口をつぐんで、彼は再び開いた。

 

「心配すんな。大丈夫だ、すぐ終わる」

 

 それを聞いて、なるほどとキンジは得心した。

 どうやらこの少年はああいった『悪』(というのは大げさだが)が許せないらしい。少なくとも、思わず自分から出てきてしまうほどには。実に、武偵向きの性格だ。

 そして、キンジはそこに、他人であるはずの少年から遠山家の生き方を見た気がした。

 古来より遠山家は、なによりも『義』を重んじてきた。誰かを守るために『正義の味方』であり続けた。弱きを助け、強きを挫く。そんな、まさにヒーローとでも呼ぶべき生き方を、職は多岐に渡るが、何百年も続けてきたのだ。

 武装検事だった父も。

 武偵である兄も。

 そしてキンジも、その道を進むために武偵高(ここ)に来た。ヒステリアモードという自身のトラウマに苛まれながらも、いつかはこの力を使いこなし、遠山家の人間として『正義の味方』を目指すことを決めていた。

 ……だから、だろうか。キンジは、自分と同じく『正義』を志している少年に、

 

「……ふぅ。分かった、お言葉に甘えさせてもらうぜ。……で、アンタはどっちとやるんだ?」

 

 気づけば、そんなことを言っていた。

 足手まといと断じたはずなのに、するりと口をついて言葉が出ていた。だが、不思議と違和感は感じなかった。なぜだろうか。初対面の人間に対して、気づかぬうちにキンジは信頼を寄せていた。というよりも、同じ道を進む者への共感と言ったところか。

 対して少年は、その台詞こそを待っていたように、間髪を入れず答える。

 

「俺は左のアフロに用がある」

 

 そして、キンジも。

 ごく自然に返す。

 

「オーケー。じゃあ、俺は右だな」

 

 遠山キンジと有明錬。

 後に、あたかもそれが運命であるかのように長く関わることになる2人が、初めて共闘に臨んだ瞬間だった。

 ――と、2人で担当を決めた直後、機会を計っていた2人組にも聞こえたのか、怒声が飛んできた。

 

「ああ!? 2対2だぁ?! 上等だガキ!」

「ユータをやってくれた礼は返させてもらうぜ!」

 

 気合一声、2人組は駆け出し、こちらへと走りこんできた。しかも、あちらも役割分担したようで、アフロが傍らの少年に、サングラスがキンジに進路を向けている。

 その途中彼らが拳銃を取り出そうとし始めたのを見て、少年が短く舌打ちした。

 キンジはその示すところを正確に読み取った。

 

(同感だな。今俺たちの後ろには受験生(ギャラリー)がいるってのに、連中構わず撃つ気でいやがる。外れたら、関係ない奴に当たるかもしれないのに)

 

 心中で悪態をつき、また戦闘中でさえ自分ではなく他人を気遣う少年の姿勢に、キンジは感嘆した。

 その間に、少年はすばやく懐に手を入れ、そこから拳銃を抜き出す――と同時に、発砲。乾いた音が、棟内に響き渡る。

 俗に言う、早撃ち(ファスト)。構える暇さえ取らない速射の行方は……しかし、アフロにではなかった。

 キンジは、見たのだ。放たれた一撃が、()()撃ち抜いたのかを。

 そして、弾丸が外れたと()()()し、にやりと笑ったアフロが走りながら拳銃――自動拳銃(オートマチック)・FNファイブセブンを構えた。

 

 一瞬の後、アフロに向かって廊下に設置されていた()()()()が倒れた。

 

 突然の出来事にアフロは驚きに体を止め、そして止めてしまったがゆえに看板が彼の頭を直撃する。

 思わずと言った様子で頭を押さえたアフロの足元に、看板が滑り落ちた。

 その隙を見逃さず、少年は狙い通りとでも言うようにアフロを拳銃で撃ち、見事昏倒させることに成功していた。

 

(上手い……!)

 

 一見すれば、偶然の産物による勝利。運よく看板が倒れたおかげで、勝てたように見える。

 が、ヒステリアモードの目はしっかりと捉えていた。

 少年が放った弾丸が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを。それも、狙う暇などほとんどない早撃ちで。

 同時に、看板をぶつけるというワンアクションで、相手の動きを止め、混乱をもたらし、さらには発砲すらも阻止することを企んだ、瞬発力に富んだ知力。

 なによりも、それを一発で成功させた技量と度胸。

 ――まさしく、絶技。自分のように遺伝(さいのう)ではない、弛まぬ鍛錬で手に入れたであろう極致であった。

 キンジは先ほどこの少年を足手まといなどと思った自分を恥じた。と同時に、それならば今度はと自分も迎撃に移る。

 

(なら、次は俺の番だな)

 

 キンジは、アフロがやられてそちらに意識が行っていたサングラスの男の右手を見やった。

 そこには、黒光りする拳銃――回転式拳銃(リボルバー)・レミントンM1858が握られている。

 

(まずは――)

 

 自身も制服の懐のホルスターからベレッタM92Fを抜いたキンジは、照準をサングラスの拳銃に合わせ、

 

(――過ぎたオモチャから捨ててもらうぞ!)

 

 引き金を引き、サングラスの手から拳銃を撃ち弾いた。レミントンM1858はカラカラと廊下を滑っていく。

 これで戦意がなくなれば、とも思ったが、やはりそう簡単にはいかないらしい。サングラスは今度はナイフを取り出し、キンジ目掛けて襲い掛かってきた。 

 

(これ以上は弾の無駄だな)

 

 キンジは一切焦ることなく、ベレッタをホルスターに戻す。

 その間にサングラスは距離を詰め、

 

「死ねオラ!」

 

 思い切り、上段からキンジにナイフを振り下ろしてきた。

 が、キンジはあっさりとそれを避けて振り下ろされた腕を掴み、勢いはそのままに一本背負いでサングラスの男を床面に叩きつけた。

 ズダンッ! という派手な音を響かせ、サングラスの男はリノリウムの床に背中を打ち付けられた。防弾制服着装とはいえ、かなりのダメージが入ったはずだ。

 

「ぐ、あ……ッ」

 

 激しい衝撃と痛みに、サングラスは呻く。畳の上ではない柔道技は、冗談抜きの戦闘技術へと変貌を遂げるのだ。

 呻いてから数秒して、サングラスの男は意識を手放した。

 それを確認したキンジは、戦闘の終了を確信し、白雪の下へと帰還する。共闘した少年と少し話もしたかったが、それは後回しにした。ヒステリアモードの特性ゆえ、どうしても女性を優先してしまうからだ。

 白雪はキンジが近づいたところで、おろおろとしながらもお礼を言い始めた。

 

「あ、ありがとうございます。私……ここの受験生で会場に行こうとしたんですけど、地図を家に置き忘れちゃって……。それで、さっきの人たちに道を訊こうとしたら、あんなことに……」

(なるほどな。この娘はしっかりしているようで、たまに抜けてたからな。今頃、星伽神社じゃ粉雪(こなゆき)華雪(はなゆき)が大騒ぎだろう)

 

 と、白雪の妹たちのことも考えながら、キンジはフッと微笑した。

 本当に、この白雪という少女は変わっていない。幼い頃、キンジが青森にある彼女の実家――星伽神社――に滞在させてもらっていた時から、真面目でもあり、しっかり者でもあり、しかし反面天然な面も併せ持っていた。欠点とまではいわないが、その癖は今でも直っていないようだった。

 そんな白雪の様子に懐かしみを感じつつ、キンジは軽く髪をかきあげた。

 続けて、いつまでも自分のことに気づかない幼馴染に、キンジはネタばらしを始めた。

 

東京(こっち)に来るからどれだけ成長してるかと思えば。相変わらず危なっかしい子だな、白雪」

「え……キ、キンちゃん!?」

 

 白雪は自分を助けた男が幼馴染であったことに、両手を口元にあてて驚いた。

 無理もない。キンジと白雪が最後に会ったのは、かれこれ10年以上も前のことなのだ。その幼馴染とまさかこんなところで再会できるとは、白雪には予想すらしていないことだった。

 

「キンちゃん……本当にキンちゃんなの?!」

「白雪には、俺が幻に見えるのかい?」

 

 慌てて真偽を問う白雪に、キンジは優しく疑問形で肯定する。

 それに白雪は感極まったのか、

 

「キ……キンちゃん……キンちゃああああんッ!」

 

 ガバァッ! と音がするぐらいの速さと強さでキンジに抱きついたのであった。

 

 * * *

 

「……お。あっちも終わってる」

 

 俺がアフロを倒している間に、黒髪の男子生徒はサングラスをかけた方を倒していたらしい。正直、1人相手するのに必死で、サングラスまで意識がまわっていなかったので助かった。いや、元はと言えば俺はまったく関係ないのだけど。

 しかし……結局ケンカの邪魔しちまったけど、よかったんかな? いや、いいよな。だって向こうから向かってきたんだし。

 それでも一応「邪魔して悪かったな」と黒髪に言おうとしたんだが、彼は戦闘が終わるや否や巫女さんに近づいて、いきなりラブコメを始めやがった。なんか抱き合ったりしてる。

 ……死ねばいいのに。

 ちなみに、ギャラリーと化していた受験生たちは事態の終着を感じ取ったのかすでに散っていた。

 

「――っと、いけね。それどころじゃねぇや」

 

 危うく目的を忘れるところだった。俺はここに戦闘をしにきたわけじゃない。

 さっそくアフロから地図を回収しよう。追いはぎみたいで少し嫌だが、襲撃されたんだ。これぐらいは許されてしかるべきだと思う。

 というわけで、俺はアフロの傍まで近寄っていった。と、その途中、アフロの近くに看板が転がっていることに気づいた。

 俺は目をこらし、そこに書かれている内容を読み取ってみる。

 えーと、なになに……?

 

「『受験者は奥の階段より2階へ。各自教室に入室し、任意の座席で待機すること』、か。やっぱ、試験会場は2階だったのか」

 

 まあ、どうでもいいや。もう教師を探す必要もないしな。

 俺は気絶しているアフロの至近までたどり着くと、まず気絶していることを確かめた。いきなり復活したら怖いしな。うん、ちゃんとオネンネしてるようで安心した。

 しかしこいつ、結局なんだっていきなり襲ってきたのだろうか? ……あれか、キレる若者、というやつだろうか。

 ま、今となってはもうわからんし、時間がないからどうだっていいが。あとは教務科(マスターズ)にでも任せよう。

 

「さて、と」

 

 俺は未だポケットから飛び出している地図を取るために屈もうとして――その寸前、誰かに声をかけられた。

 

「あ、あのっ」

「ん?」

 

 振り向けば、そこには(くだん)の巫女さんがいた。

 おー、改めて間近で見ると、変な感想だがホントに巫女さんっぽい。なんか、コスプレのなんちゃって巫女さんとはまるで雰囲気が違う。

 ……あれ? つーか、なんでここにいんの? 黒髪とラブコメってたはずじゃねぇのか?

 何か俺に用でもあるんだろうかと身構えていると、「えっと、ありがとうございました!」と、彼女はいきなり深くお辞儀してお礼を言った。

 ……え、えー? どゆこと?

 一体なんのこと――あ、もしかしてさっきの戦闘のことか。

 つってもなぁ、あれは礼を言われることじゃないしな。あれはただ、地図を借りようとした俺が暴走する若者の被害に遭ったというだけの話だったんだから。

 だから正直に、俺は否定した。

 

「別に大したことはしてねぇよ。ありゃ、自分のためにやっただけだ」

 

 すると、彼女はわずか目を見開き、「キンちゃんみたい……」と小声で呟いた。キンちゃんて誰?

 って、どうでもいいんだよそんなことは。それよりもそろそろ急がなきゃ試験に遅れちまう。

 つーことで、俺はもう1度振り返りアフロから地図を奪う、もとい借りようと屈む――

 

「あ……教務科に連絡、するんですか?」

 

 またかよ。

 再びさえぎられた俺は、彼女の言葉に何と返そうか考える。

 えーと、教務科に連絡するかって? まあ、さすがにムカついたんで後でしようかとは考えちゃいたが、別に今は時間がないからどうでもいい。さっきも言ったが、こんなことでいちいち目くじらたててたら、とてもじゃないが武偵なんてやっていけない。つか、「襲われました」とか訴えたって、どうせ「じゃあ自分でやり返せ」とか言われるに決まってる。

 ていうか、この子なんで微妙に止めて欲しそうな顔をしてるんだ? 自分を襲った連中が通報されるのを嫌がる理由なんてねぇだろうに。

 ……ああ、なるほどそういうことか。

 推理できた。この子はおそらく――自分で通報(とどめ)を刺そうとしてるんだろう。

 そうか。だから、俺に先取られるのを快く思ってないってことか。

 そういうことなら、丁度いい。俺のかわりにこの恨み晴らしてもらおう。

 俺はひらひらと手を振りつつ、巫女さんに言った。

 

「そのつもりだったんだけどな。……でもまあ、あんたが嫌だっつんなら止めとくよ。好きにすりゃいいさ」

 

 だから、思う存分通報してやってくれ。

 という意味で目線を向けると、彼女はほっとしたような顔になって、

 

「ありがとう、あなたが優しい人でよかった。やっぱり、このまま受験できなくなっちゃうのは、可哀想だと思うから……」

 

 ……あれ? なんか、俺の思惑と違ってないか?

 想像と違った返答を返され、困惑する俺。よくわからんがなぜか安堵の表情を浮かべる巫女さん。

 そしてそこに、新たな人物が加わる。

 

「やれやれ。俺に言わせれば、シラユキ。君の方こそ優しい娘だと思うよ。自分を襲った相手にそこまで気を使えるなんて、大した子だ」

「キ、キンちゃん!? そんな、優しいなんて……」

 

 巫女さんがキンちゃんと呼んだのは、さっきの黒髪の男だった。いつの間にか、彼もこっちに来ていたらしい。

 なるほどな、こいつがキンちゃんか。

 で、巫女さんの方がシラユキというらしい。漢字は……まあ、普通に考えて白雪かな。間違ってたらすまん。

 ……って、だからさっきから話がそれすぎだ。なんで地図1つ取るだけでこんな長引いてんだ。

 さてと、じゃあ地図を取るために屈んでっと――

 

「ああ、アンタ。さっきは助かった、ありがとな」

 

 もういいっつんだよだからよぉおおおおおおお!

 再三にわたってさえぎられたことにイライラしはじめるも、なんとか自制してキンちゃんに言葉を返す。

 

「そっちの子――白雪、だっけか? にもいったけどな、別に礼とかいいよ。俺は俺のやりたいようにやっただけだ」

 

 言ってから、俺はさらに続ける。さっきの二の鉄は踏まない。はっきりと時間がないことを伝えるんだ、俺よ。

 

「それより、俺はもう行くぞ。悪ぃけど地図を失くしちまってな、俺は早く探偵科棟を探さなきゃなんねぇんだ」

 

 よし、言った。これでもう俺を邪魔することはないはずだ。

 しかし、予想に反し、キンちゃんと白雪は顔を見合わせ、こんなことを言ってきた。

 

「「探偵科棟ってここだぞ(だよ)?」」

 

 まったく、しつけぇなぁ。あんまりしつこいと嫌われるぞ――え?

 

「……ここ? 探偵科棟って、今いるこの棟なのか?」

 

 こくり、と同時に頷く2人。

 …………。

 なるほどな、つまり俺は知らずに目的地についていた、と。へーそうなんだ。

 

 ――マ ジ で か ! ?

 

 うおー! すげぇミラクル! なんつー偶然だよ、オイ!

 これもきっと日ごろ苦労している俺への神様からのプレゼントだろう。そうに違いない。

 

「探偵科棟を目指してたってことは……なんだ、アンタもここで試験を受けるのか。じゃあ、俺と同じだな」

 

 自分の思わぬ幸運にテンションが上がっていると、キンちゃんが言った。

 

「ん、そうなるな。――っと、俺は有明錬。よろしくな」

 

 俺は、ここが探偵科棟であると教えてくれた恩も込めて、キンちゃんに挨拶がわりに右手を差し出す。

 彼もそれを握り返しながら、

 

「俺は遠山キンジだ。よろしく。で、こっちが」

「あ……星伽白雪です。よろしくね、有明君」

 

 キンちゃんに促され、白雪がペコリとお辞儀する。

 よし、記憶した。遠山に星伽だな。

 ……って、あれ? ちょっと待てよ。ここが探偵科ってことは……、

 

「星伽。お前、超能力捜査研究科(SSR)志望じゃないのか? 服装からてっきりそうだと思ってたんだが」

 

 小首をかしげて、俺は星伽に尋ねる。

 ――超能力捜査研究科。通称・S研。

 前にも説明した14の学科の一つなんだが、正直これが全学科中で一番ぶっ飛んでいると認識していい。ただしそれは危険度の面ではなく(最も危険なのは特殊捜査研究科(CVR)――特殊条件下に於ける犯罪捜査を学ぶ学科――と言われている)、問題なのはその学科内容だ。

「超能力・超心理学による犯罪捜査」を学ぶ学科。それが超能力捜査研究科である。

 ……ああ、うん。言いたいことはわかるぞ? 一般人なら「なんだ超能力って」と呆れるか、一笑に付すのが関の山だろう。

 ――しかし、だ。俺も半信半疑ではあるんだが、現実にこの超能力というやつは存在するらしい。思念動(テレキネッソ)やら脳波計(スキャンメトリー)やら、漫画の世界のような『力』ってのは確かにあるんだよ。馬鹿げたことに。

 そして、その『力』を奮って活躍する武偵――通称・『超偵』――を育成することがあの学科の目的だ。

 で、その性質上、あそこに集まるのは変わった連中ばかりらしい。例えば、降霊術使いのシャーマンだったり、ESP使いのエスパーだったり、鬼道使いの()()()()だったりと、多種多様な変人さんたちが大集合している。

 ここまで言えばわかるだろうが、つまりはそういう理由で俺は星伽がS研を志望しているのだと思い、同時になぜ探偵科の試験会場であるここにいるのかが疑問だったんだ。

 が、その疑問はすぐに氷解する。他ならぬ、星伽の言によって。

 

「ううん、有明君の言うとおりだよ。でも私、お家に島内地図を置き忘れちゃって……」

 

 えへへ、と恥ずかしそうに誤魔化す星伽。これを男がやろうもんなら、速攻で連続射出(フルオート)で蜂の巣にしてやるんだが、星伽が女子でよかった。

 しかし、これで解った。つまるところ、星伽は俺と同じで、道に迷ってたってわけか。

 つーことは、だ。

 

「じゃあ、急いで試験会場に行ったほうがいいんじゃねぇか? そろそろ時間も近いだろうし」

「あ、うん。……あ、でも私、結局場所聞けてないよ……」

 

 ずーん、という感じで落ち込む星伽。心なしか、顔に縦線が入った気がする。

 んー……よし。

 俺は数秒間考え、アフロのポケットから地図を抜き出し、それを星伽に差し出した。

 

「ほれ。これ、使えよ。こいつら3人組だから、1人が無くても大丈夫だろ」

「ええっ!? で、でもでもそんな勝手に盗ったら悪いよ……」

 

 おたおたと手を振りながら、星伽は拒否する。根が真面目だと、こういう時融通きかねぇよな。

 しかたない。ここは遠山にもフォローしてもらおう。

 

「お前だってそう思うだろ、遠山?」

「有明の言うとおりだ、白雪。あんな真似をされたんだ、これぐらいは許されるさ」

 

 いいぞ遠山、もっとやれ。

 というか、星伽はホントにこのナンパ軍団のお咎めなしでいいんだろうか? 聖人君子にでもなるつもりか?

 

「キンちゃんがそう言うなら……」

 

 微妙に気まずそうな星伽だったが、遠山の後押しもあって、結局彼女はようやく自らの試験会場へと赴いていった。

 それを見送ってから、俺は考える。ここが探偵科棟ってことはまだ時間的余裕はあるよな。

 ……よし、今のうちにアフロたちを起こそう。そして、なんで俺まで狙ったのか問いただそう。さっきは時間的余裕がないことで、もう理由を聞くつもりはなかったんだが、ここが探偵科棟だってんなら話は別だ。ついでに、教務科への自首も促したい。甘ちゃんな星伽とは違う、罪には厳しい男、それが有明錬だ(嘘。ホントはただの腹いせ)。

 もし暴れたら、やたらと強い遠山君に任せようと心に決めながら、俺はまずアフロを起こした。

 彼は俺たちを見てひどくおびえたような顔をしていたので、まずこっちに敵意がないこと、ついでに星伽の意を汲んで、教務科には通報しないこと(通報はしない。あくまで自首に持っていく)を伝えた。

 よし、いよいよここからが本題だ。まずは、なんで俺も標的にしたのかだな。

 

「おい、おま――」

「そ、そうだったのか……俺たちはあんなことをしたのに、あの娘は……! こうしちゃいられねえ! おいケン! 起きろ!」

「――ん……タクロー? 一体どうし――うおっ!? こいつらッ」

「落ち着けケン! いいか、よく聞け、実はカクカクシカジカだったんだ!」

「なにぃ?! あの女の子が!? ……くそぅ、俺たちはそんな子にあんな真似を……!」

「後悔するのは後だ! ユータを起こしてすぐに試験会場に行くぞ! あの子の厚意を無駄にするな、全員で合格して、あの子に礼を言いに行くんだ!」

「おう!」

「…………」

 

 ……いや、ちょっと。

 俺が引き止める間もなく、それどころかそもそも俺を無視して、アフロと復活したグラサンは茶髪を起こし、さっさと2階に上がっていってしまった。

 えー……。

 遠山が、呆然とする俺に声をかける。

 

「お前、いいやつなんだな。白雪が許したとは言っても、ここで気絶してちゃ試験は受けられないしな。だからわざわざ起こしてやったんだろ?」

「…………ああ、そーだな」

 

 ……もういいよ、それで。

 

 * * *

 

 結局なんで自分が襲われたのかはわからないままだったが、気を取り直して俺は遠山と共に2階へと上がった。

 2階には教室が3つ並んでいた。あの看板にゃ確か、各自教室に入り任意の席に座れとか書いてたっけ。てことは、あの3つのどこでもいいってことか? ……適当すぎんだろ東京武偵高……。

 若干呆れてしまったが、なんとか切り替えて遠山に問いかける。

 

「で? どこに入んだ?」

「やっぱりこれは、そういうことだよな。なんというか、適当っていうか……。とりあえず、一番手前の教室にしようぜ。それで、空いてなかったら移動しよう」

「ん。じゃー、そうすっかね」

 

 俺たちが昇ってきた階段に一番近い教室の後ろ側の扉の前で、遠山はちらりと窓ガラスごしに室内を確認する。俺もその横について覗いてみると、ちらほらと空席が散見できた。ラッキー。

 遠山がガラリと扉を開け、2人して教室内に入る。時間的にはまだ10分くらい残ってたからギリギリというわけじゃねぇんだが……さっきの騒ぎを見ていた連中が多いのか、大分注目を集めてしまった。

 遠山とバツの悪さから顔を見合わせて、とりあえず各々が選んだ席に座る。ちなみに、俺とは少し離れていた。

 席につくまでの途中、俺は教室内をざっと見回して、何人か覚えのある顔を見つけた。東中(東京武偵高校中等部の略)のやつらが数人、それにここに来た当初見かけたツーサイドアップの金髪少女やイケメン君だ。ちなみに、あの3人組はいない。どうやら別の教室らしい。

 あいつらも探偵科志望だったのか、なんて比較的どうでもいいことを考えながら、俺は頬杖をついて窓の外を眺め始めた。

 

 ――10分後。

 

 ガラァンッ! というけたたましい音と共に、前側の扉が開き、長いポニーテールをなびかせる背の高い女性が入ってきた。背後には長大な刀――斬馬刀を背負っている。なにあれ怖い。

 突然のことに反応できない中、彼女はそのまま教壇の前まで歩き、クルリとこちらを向いた。

 ……ニィ、と口元をゆがめながら。

 そして、威圧感たっぷりに口を開く。

 

「よう来たなあ、お前ら。ウチは、蘭豹(らんぴょう)。今日1日、ウチがお前らの試験官や」

 

 開口一番彼女が放ったのは、自己紹介だった。

 な、なんかやたらと好戦的っぽいやつがきたな。あれマジで探偵科の教諭なのか? 想像と違うぞ。

 しかも、腰に吊ってるのって『象殺し』とか呼ばれてる巨大拳銃・M500じゃねぇか。あんなもんどっちかってーと強襲科(アサルト)武器(エモノ)だろ。

 ま、まあでも人は見かけによらないっていうしな。あんな感じでも、きっと推理はすごいんだろ。うん。なぜか激しく間違ってる気がひしひしするけど。

 それよりも……いよいよだ。

 いよいよ、ランク分けの試験が始まる。

 気を引き締めろ。ここからが正念場だ。

 唇をぎゅっと引き結び、心のギアを上げる。ここまでの観光気分の浮かれた気持ちを振り払い、意識を目前に迫った試験へと向ける。

 そんな俺に、いや俺たちに、蘭豹は言う。

 

「ウチが言うのもなんやけどな、全員死ぬ気で試験に臨め。そやないと……ホンマに、死ぬで?」

 

 こ、こえー。なんだあいつ。台詞が完全に強襲科じゃねぇか。

 いやいや、びびるな錬。あれはただの脅しだ。冷静に考えろ、探偵科でそんな切った張ったの試験になるわけがない。普通は、推理力とか捜査力とかを調べるはずだろ。

 つまりこれは(ブラフ)。ここからすでに試験は始まっているということだ。

 おう、そう思ったら急に安心してきた。

 そうだ。俺は、決めたんだ。あの、俺が尊敬する探偵のようになると。そして、いつか目指した夢を果たすのだと。

 そう。この――

 

「まあ、それでも無事に合格したら……せやな、そん時はウチが鍛えたるわ。お前らが志望して、ウチが請けもっとる――」

 

 ――探偵科で!

 

「――強襲科で!」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 あれ?




また次回もよろしくお願いします。

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