偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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ちょっと早いですが、多分今日はもう日が変わるまで家には帰らないので、この時間に投稿します。
戦闘3連続(正確には2連続ですが)の試験編最終話、お送りいたします。


5.Examination ④

 理子が勝手に自爆(?)した後。

 ベルトのワイヤーが伸びていることに気づいた俺は、ダガーナイフでそれを切断し、上階へと上がるため、皹が走った階段を上っていた。そこには俺にしては珍しく(自分で言ってて悲しくなるが)、きちんとした理由がある。

 繰り返しになるが、このビルは14階建てだ。ということは、普通に考えれば1階につきおよそ1人の受験生が配置されていると考えるのが、まあ妥当じゃねぇだろうか。

 ここで問題になってくるのが、俺の初期位置と理子の撃破数だ。4階からスタートした俺のところまでやってきた理子は、その時点で3人倒していた。理子が俺の初期位置よりも上の階からやってきたのならばなんら問題ねぇんだが、これが下からとなると順当にいけば全員が倒されちまってるだろうな(さっき言ったように外付け階段もあるので確定的ではないけど)。

 となると、今更下に下りたところで待っているのは理子に狩られた獲物のみだ。それじゃあ、全く意味がねぇ。

 だからこそ、目指すは上階。当初の予定どおり、打って出ることにしたのだ。

 常日頃から自分は凡人だと思っている俺がここまで積極的に動くのは、やっぱり理子が関係している。現在俺が知ってる脱落者は、理子を入れて4人。思っていたよりペースが早ぇ。このままいけば無撃破(ノーキル)も十分ありえた。

 が、さすがにそれはまずい。評価的なものもそうだが、なによりも。

 

「一人も倒せなかったなんて知られたら、あいつらになにされるかわかんねぇんだよな……」 

 

 俺は、階段を昇りつつ小さく呟く。

 あいつらってのは、俺の中学時代の最たる仲間、東京武偵高中等部が誇る『10(ディエーチ)』メンバーのこった。まあ、正確には俺もそのメンバーの一人(ちなみに知らない間にリーダー的ポジションに祭り上げられていた。なぜだ)だから、俺を除く9人だが。

 あいつらはどうも、学園十傑というその肩書きを誇りに思っている節がある。そんな連中に仮にも名を連ねる俺が、入試で誰にも勝てなかったと知られればどうなるか。火を見るより明らかだ。

 かつて自分の窮地を幾度となく救ってくれた仲間の力が、そのまま今度はこちらに矛先を変える場面を、俺は少し想像してみた。

 ……おかしいな、冬でもないのに体中が震えてきたよ。

 まあ、それはともかく、だ。

 今、俺の脳裏には一つの疑問が浮かんでいた。

 

「しっかし……なんだって理子のやつ、いきなりぶっ倒れたんだろうな? 何が原因だ?」

 

 そう。それがさっぱりわからなかった。

 うんうんと唸りつつ、着実に上階へと向かう俺。

 そして刹那、俺の頭脳を電流が駆け抜けた!

 わかった……わかったぞ。

 理子は――

 

「ドジッ娘ってやつだったのか……!」

 

 * * *

 

 俺がそんな風に理子戦の分析をしているうちに、気づけば5階へと到達していた。

 といっても、景色的にはあまり代わり映えがしない。相変わらず薄暗い室内、変わった事といえば内装がいくつか変化してることだろうか。いや、よく見りゃ階段の位置も変わってら。

 そりゃま、全階が同じ造りってのはねぇだろうし、なによりそんなの戦闘訓練用としちゃ不適格だろうしな。

 と、適当に評価してから、俺は今度はしっかりと隠れながら5階の探索を始める。

 忍び歩きにより自分の気配を消し、反対に相手の足音を探る。

 とりあえず人の気配はねぇが……気は抜けねぇな。

 今度は理子戦の二の舞にならないように、あらかじめグロックを右手に握り締めながら俺は進む。

 ふー。どうやら、危険はねぇようだな。もしかして、この階には誰もいねぇのか?

 そんなことを考えつつ、俺の足が曲がり角に差し掛かったときだった。 

 

 突然、足元に違和感が生まれた。

 

「うおっ!?」

 

 ま、また亀裂に脚を取られたのか!? バカですか俺は!?

 慣性の法則により、前進のために使われていたエネルギーはその方向性を変えて、全力で俺の転倒を支援していた。

 やばい、と思う暇もあればこそ。

 重力に従い、グラリと前のめりに倒れていく体。このままだと俺はまた鼻血を出す羽目になるだろう。

 しかし舐めるなよ、人は成長する生き物だ!

 このまま顔面強打エンド(BADEND)を迎えるほど俺の学習能力は麻痺しちゃいない。

 倒れるならば、受身を取ればいいじゃない。

 咄嗟に閃いたアイデアに飛びついた俺は、グロックを持っていない左手を前に突き出した。

 そして掌に伝わる、鈍い感触。

 

「……?」

 

 鈍い感触? え、なんで? 普通そこはコンクリートの硬い感触じゃね? というかそもそも俺、倒れてないんだが。

 

「なんだ?」 

 

 とりあえず、顔を上げてみる。

 すると俺の目に映ったのは、いつのまにか俺の左手が胸のあたりに当たっている男子生徒の姿。多分、受験生だろう。

 …………って、敵じゃん!?

 予想だにしなかった形の遭遇に俺の頭が一瞬真っ白になった瞬間。

 グラリ、とそいつは後ろに倒れ始めた――って、あぶねっ。

 

「うわっと」

 

 慌てて体勢を立てなおし、俺は諸共こけることをなんとか回避した。

 そんな俺の前で、男子生徒はついに床に倒れ伏した。起きあがってこないところを見るに、どうも気を失っているらしい。

 あー……これ、十中八九俺のせいだよなぁ……。多分こいつ、こけそうになった俺を受け止めてくれようとしたんだろう。でも俺が左手出してたせいで、突き飛ばしちまったんだな。

 ……にしちゃあ、倒れるまでにタイムラグがあった気がしたけど。

 しかし、なんだこれは。後味悪すぎるぞ。すごく親切な人だったのに、俺のせいで気絶させてしまうとは。恩を仇で返すとはこのことだ。時雨に殺されるぞ……。

 と、とりあえず謝っておこう。

 

「悪ぃな」

 

 う、うわー……。

 我ながら愛想の欠片もない、そっけない謝罪だな、おい。これ、謝る気ゼロに聞こえちまうんじゃねぇか……?

 まあ、この人は気絶してるから聞こえねぇし、他に誰が聞いてるわけでもねぇんだから問題ないっちゃないんだが。

 せめて心の中でだけでも全力で謝ろう。本当にすいませんでした、そしてありがとうございました。

 試験後きちんと侘びを入れることに決めて、俺はその場を後にする。これが学校生活における事故だったなら、救護科(アンビュラス)に一報ぐらい入れるんだが、生憎と今は試験中。おまけに後々事実関係が明らかになれば、この出来事もアクシデント扱いになって、結局俺の撃破数は増えないだろう。

 つまり実質現状の俺はまだ、無撃破状態が継続中。余計な気を回している余裕はなかった。

 というわけで。

 若干の罪悪感を抱えながら、俺はさらに歩を進めていくのだった。

 

「……どうせなら女の子がよかったな」

 

 そんな本音をぼそっと呟きながら。

 

 * * *

 

 有明錬の予想は当たっていた。

 おそらく1階につきおよそ1人が配置されているだろう、という予想である。

 それはここ、5階フロアにおいても例外ではなく、この階を初期位置に設定された受験者の少年が1人いた。

 出身中学において平均的な成績を保持していた彼は、いわゆる()()()()()()の動きを得意とする武偵だった。

 それはアドリブに対して弱い、という側面を持つのだが、そこはこれからの彼の課題としてひとまずおいておく。今重要なのは、彼がこの試験においても従来の性質を発揮し、セオリーどおりの行動を取っていたということだ。

 

(仕掛けは上々。後は仕上げをご覧じろってね。――それじゃあ、攻めるか)

 

 少年はまず試験開始から、早々に罠の作成に励んでいた。もちろん強襲科志望なのでそれは保険のようなものだったのだが、これが意外と時間がかかる作業だった。

 罠を仕掛け終わったのが、つい先ほど(大体試験開始から10分ほど経過した頃である)。そこから進撃を開始することに決めた彼は、まず初期位置である5階から、下の階へと降りていくことにした。上を目指し続けて無駄に多く戦闘するよりも、戦うポーズをおそらくは監視しているだろう試験官に見せつつ、長く生き残ることに主眼をおいていたからである。

 

(おっと。抜き足(スニーキング)は基本だよね)

 

 初期位置であろうとこれだけ時間が経てば、すでに上下の階から侵入しているものがいるかもしれない。そう考えた彼は拳銃を構えつつ抜き足で下り階段を目指した。

 それは確かに正しい選択だった。まさしく教科書どおり、武偵なら十中八九そうするだろう。

 だが、それは無駄に終わる。

 この時、5階にいたのは少年だけではなかった。

 有明錬。

 少年に引導を渡す存在が、すでにここにいた。

 

(足音は聞こえない……誰もいないのか?)

 

 そして少年は、武偵とはいえまだ卵であった。自分が足音を消しているならば、相手も消しているかもしれない。その可能性に思い至らなかった。たとえ思い至っていたとしても、彼には忍び足で接近してくる相手の察知などまだ出来なかったのだが。

 だから、彼は()()()()に気づくのが遅れた。

 致命的なほどに。

 

(よし、この角を曲がればもう階段――)

 

 そう思った、次の瞬間。

 

 彼の鳩尾(みぞおち)を、槍のような掌底が貫いた。

 

「ご、ふ……ッ!?」

 

 突然の一撃に苦悶の声を上げる少年。全く予想していなかった攻撃が、彼の肺から空気を排出させ、意識を揺らす。

 

(よ、まれた――!? 足音を消していたのに!?)

 

 想定の外。遭遇することまではあるだろうとは思っていたが、まさかこんな問答無用の先制攻撃を喰らうとは思わなかった。

 そしてその事実が、この襲撃者が相当の実力者であることを如実に語っていた。

 少なくとも彼では絶対に勝てないと思うほどに。

 酸素不足によって視界のブラックアウトが始まる。さらに訪れる浮遊感。少年は自身の体が背後に向かって傾きつつあることを知った。

 次いで、背中に衝撃。それは少年が倒れたことの証左だった。

 ちかちかと暗闇と天井が入れ替わり瞳に映る。彼が意識を保てるのもあと僅かだろう。

 そんな少年の耳に、小さな声が届く。

 

「悪ぃな」

 

 それは、勝者から敗者への宣告だった。

 口調からはっきりと感じる、あざけりの気配。それは、あまりにも開いている実力差を指しているのか。

 

(く、そ……クソ……! チクショウ……!)

 

 胸を、悔しさが満たしていく。敵の姿すら見ることができずに敗北してしまうことに、情けなさを感じる。

 嫌だ、と思う。

 このまま終わりたくない、と思う。

 しかし世界は少年に甘さを見せず。

 ここで少年の記憶は一度、途切れることになる。

 

 * * *

 

「ふむ……いい手際だ」 

 

 誰にとっての幸か不幸か、先の()()を目撃していた者がいた。

 その者は今現在、尾行という形で有明錬の監視をしていた。一定の距離を保ちながら、しかし決して見失わず、彼は錬を追いかけ続ける。

 一見して、一般人らしからぬ男だった。

 迷彩ジャケットに銃弾ベルトを装備した、髭面の男。どこの軍人だとつっこまれそうな趣だが、しかし『プロ』という意味ではあながち的外れではない。

 男の名は、天崎(あまさき)孔真(こうま)

 東京武偵高教務科(マスターズ)に籍を置く、強襲科担当の教師である。

 そしてなぜその天崎がここにいるかといえば、それは彼が監視役として配置された5人の試験官の一人だからである。

 天崎は当初、峰理子の監視についていた。これは、試験前に連絡を取っていた蘭豹からの指示だ。試験前に既に理子の実力をある程度見抜いていたのか、それとも()()()()があるのかは定かではないが、とにかくその命を受けた天崎は理子をマークしていた。

 実際のところ、それは正解であった。この年代にしては驚異的な実力を誇る(それでもまだ全力は出していないのだが)理子は、開始5分という短時間で3人の受験生を下した。彼女に張り付いていたことで、さらに3名のある程度のデータが取れたのである(理子が本気ならばそんな暇もなく倒されていただろうが)。

 だから彼女が4人目と遭遇したとき、天崎は理子の勝利を疑っていなかった。

 が、終わってみれば、その勝負は4人目――有明錬の圧勝だった。

 この結果は天崎に自戒を促す。勝手に()()()()()()気になっていた彼は、己の甘さを恥じた。

 そのようなプロセスを通して、天崎は監視対象を錬へと変更した。この時点で蘭豹と連絡を取り、残る受験生が5人という報告を受けていた(これは驚くべきペースである)。そこまで人数が落ち込んでいるならば、このまま錬に付いていた方がいいと天崎は判断したのだ。

 ただ。

 報告の中で聞いた事柄が、天崎の興味を引いていたので、そちらに行きたい気持ちも多分にあったのだが。

 

(『試験官狩り』、ね。峰、有明、『試験官狩り』。今年は豊作だな、おい。できるなら、そいつの方も見てみたいんだが……)

 

 とはいえ、試験官は遊びではない。自分の仕事を放り出すほど、天崎は無責任でも恥知らずでもなかった。

 

(それに、同じ受験生同士、有明とはぶつかることになるだろう。焦る必要はない、か)

 

 と、結論づけ、天崎は『試験官狩り』に対象を移す考えを却下した。

 この天崎の結論が、後に彼自身を追い詰めることになるのだが、それを知るものはただの一人もいなかった。

 

 * * *

 

「……暇だ」

 

 現状を考えればとても出てこないような台詞をこぼしつつ、俺は6階へと来ていた。

 で、なんで暇かと言えば……会わないんだ、誰にも。

 まあ、14階建てだしもう大分人数は減ってるだろうしみんな慎重になってるだろうから、会わないのは仕方ないのかもしんねぇけど。

 ……いや、まあわかってるよ? そんなこと言ってる場合じゃねぇってことは。

 ただなー、なんつーか、そろそろ集中力が切れつつあるんだよな。

 ドジッ娘りこりん(俺命名)とカインドボーイA君(俺命名)との戦闘(?)を通したことによって、なんか緊迫した空気が吹き飛んでしまったというかなんというか。

 今度こそ転ばないように気をつけつつ、薄暗いビル内を歩き回る。一人で。

 ……気が滅入りそうだ。

 うーん、どうすっかな? しりとりでもするか?

 ……一人で?

 いやいやそれはないだろ、と即座に却下。つまらない上に、考えててまったく楽しくない。

 そうだなぁ、じゃあ……久々に『漫画台詞遊び』でもするかな。

 ふと思いついたのは、そんな考えだった。

『漫画台詞遊び』とは、中学時代に漫画好きの連中とやった遊びで、互いになんか漫画に出てきそうなかっこいい台詞を言い合うという、今考えれば中二チックかつ実にくだらないゲームである。

 ……ホントにくだらねぇな、オイ。

 が、まあ……漫画は嫌いじゃないし、気はまぎれそうだ。今、ポンと思いついたからって理由もあるが。

 よし。じゃあ、さっそくやってみよう。

 んー、そうだな。ただ漠然と考えてもパッと出てこないし、今のシチュエーションに合ったやつで考えてみるとしよう。

 キーワードとしては、廃墟、隠密行動、戦闘といったところか。

 そうだな、例えばこんなのはどうだ?

 

「いつまで隠れてるつもりだ? さっさと出てこいよ、そこにいるのはわかってんだ。そろそろ()ろうぜ」

 

 ――あ、やべ、口に出しちまった。

 これは恥ずかしい。しかも、台詞考えるのに夢中で立ち止まっちゃってる。

 嫌だなぁ、こんなの誰かに見られたら。

 とか考えつつ、若干頬に熱を感じた時、

 

「――ほう。俺に気づいていたか。やはりお前は、今年の受験生じゃかなりの上玉らしいな」

 

 背後から、そんな返事が返ってきた。低く重圧感のある、威圧的な声である。

 …………え!?

 慌てて後ろを向けば、そこには迷彩ジャケットに銃弾ベルトを装備した髭面のおっさん――どうみても中学生には見えない男が立っていた。

 えーっと……どちらさま?

 

 * * *

 

「いつまで隠れてるつもりだ? さっさと出てこいよ、そこにいるのはわかってんだ。そろそろ()ろうぜ」

 

 と、監視対象である有明錬に声をかけられ、天崎はご指名どおりに物陰から姿を現した。 

 

「――ほう。俺に気づいていたか。やはりお前は、今年の受験生じゃかなりの上玉らしいな」

 

 自分の存在を捕捉できていた賞賛として、ほめ言葉も添えておく。

 その声に、錬は振り返った。

 

(こうしてみれば、いかにも普通の少年といった感じなんだがな……)

 

 中肉中背のいたって平均的な体格。適当なところでざんばらに切られた黒髪。わずか双眸がギラリとした輝きを放っていたが、特段どこにでもいる少年に見えた。

 見えた、だけだが。

 もちろんその実がまったく違うことを、すでに天崎は知っている。

 なぜなら――彼は、見ていたからだ。錬たち、受験生の戦いを。

 4階、峰理子戦における非武力による鎮圧。

 5階、打って変わったような瞬殺。

 天崎はここまでの戦闘で、有明錬を有望な人材だと認識している。

 が、同時に少々の危険性も感じていた。

 天崎にそう思わせるに至った因子は、6階進入直後の「暇だ」という錬の台詞だ。

 他人の内心を真の意味で理解することなどできはしないが、それでも天崎は錬の口調からある程度の心情を掴み取っていた。

 あれはまさしく、獲物がいないことへの不満そのものだった。

 あんな戦闘では足りないと、そういう獰猛性の顕れだった。

 武偵という仕事柄を考えれば、それは珍しいことではない。遺憾なことではあるが、武偵になることで手に入る『直接的な力』を目的に、この道に足を踏み入れる人間は少なくないのだ。

 問題は、錬が強力な戦闘能力を持っていることだった。

 

(そういう奴は、力に飲み込まれやすい。武偵から犯罪者に転向するケースはままある。……へし折るならば、今のうちだな)

 

 挑戦させ、屈服させ、そして更正させる。荒っぽいやり方ではあるが、効果的なのもまた事実だった。

 ただ。

 

(俺に、できるか?)

 

 天崎には、逡巡があった。

 先ほどの錬の台詞から察するに、おそらく天崎の存在はとうに察知されていたらしい。それでもなおなんの反応も取らなかったのは、試験という最優先目標があったからだろう。

 だが、いつまで経っても出てこない敵に痺れを切らした錬が、こうして今天崎に勝負をしかけた。構図としてはこんなところだろう。

 だとすれば。

 泳がされていたのは、こちらの方だったということになる。

 ――脳裏に、『試験官狩り』の名がよぎる。

 なまじ、この試験だけでも前例が出来てしまったことで、天崎は錬にも同等の実力があるのではと疑った。

 ならば、天崎孔真では、有明錬には勝てないかもしれない。

 それでも。 

 

(子供の道を正してやるのは、大人の仕事だ。教師も生徒も、強いも弱いもない。ずっと昔から、そう決まってるんだ)

 

 天崎孔真(おとな)は、有明錬(こども)には引かない。

 ただそれだけの感情にしたがって動く天崎は、己に覚悟を決めるように薄く笑った。

 

 * * *

 

 こ、怖ぇーなにあのおっさん。なんか知らんが笑ってるよ。変態か?

 思わぬ事態に内心の動揺が半端じゃない。心の内を伝う冷や汗を感じながら、とりあえず俺はおっさんの素性を尋ねてみた。

 

「あんた、一体誰だ?」

「ほう。峰のときもそうだったが、お前はこれから戦う相手にわざわざ名を訊くのか。……いや、これは余裕、ということか? まあ、いい。俺の名前は天崎。天崎孔真だ」 

「…………」

 

 ごめん、なに言ってんのかわかんない。

 俺、なんで受験生じゃないやつがここにいるのか訊いたつもりだったんだが……。

 ひょっとして、あれか。変質者なのだろうか。どこかの戦闘狂(ガンモンガー)で、この試験に目をつけ潜り込んできたとかそういう設定ですか? 確かに、ここならいろんな奴を撃ち放題ではあるんだが。

 だが、そうだとしたら問題どころの騒ぎじゃない。責任問題だぞ、これ。

 でもなぁ、それならそれで蘭豹のやつは何やってんだよ。俺たちを監視してるなら、なぜこいつを捕らえない?

 まさか、容認しているのか? これも俺たちの実力を測るために、あえて泳がせているのか。

 様々な考えが頭を巡る中、そこで変質者(仮)が右腰に手を伸ばす。

 

「俺としても、もう少しお前と話してみたいんだが、悪いが言葉よりもこっちで語る方が得意でな。お前もそうだろう?」

 

 は? なにが?

 という俺の疑問に答えるように変質者が取り出したのは1丁の拳銃――げっ、S&W PC356か!?

 この銃、もとは競技用の色が強かったんだが、武偵全盛期のこの時代じゃ、普通に実践用に使用されている。しかもその弾丸は9mmパラベラムじゃなく、.356TSWとかいうやつで、弾薬は9mmと同程度のくせに.357マグナムクラスのパワーが出るらしい。

 そんなもんを突然向けられた俺は、舌打ちしながらも柱の陰に飛び込む。

 直後、銃声が轟き、さっきまで俺がいた床が爆ぜた。

 げー! あいつマジで発砲しやがったよ!? おまけになんつー威力だよバカったれ!

 

「クソが!」

 

 悪態を付きつつ、俺はグロックの切り替えレバーをフルオートに変える。どうせセミで撃ったってあたりゃしねぇんだ。

 あんにゃろう、もう怒ったぞ。そっちがその気なら、こっちも容赦しねぇぞ。どうせ防弾チョッキは着てるみたいだしな。捕まえて教務科にぶち込んでやる。ついでに蘭豹も問い詰めてやろうか。……いや、そっちはやめとこう。

 ともかくまずは勝ってからだと、俺は柱から半身を出し、

 

「おらッ!」

 

 思いっきりトリガーを引く。

 ガガガガガガガッ! とすさまじいばかりの反動が俺の右手を襲った。

 そしてその結果として変質者(仮)を襲うのは、秒間20発以上の速度で飛び出す弾丸の群れだ。

 見てから避けたんじゃ、絶対に避けきれない。

 が、俺の反撃は読まれていたのか、変質者(仮)はすばやく俺同様に柱の陰に身を引っ込ませた。

 クソ、やっぱブレるなフルオートは。大まかにしかわからなかったが、かなり散らばって飛んでったぞ。まあ、俺の腕が悪いってのもあるんだろうが。

 

「こんなことしてる場合じゃねぇんだが……そうも言ってられねぇか」

 

 イレギュラーな事態にため息をつき、俺は戦闘を決意する。

 さて、と……どう攻めたもんかな、こりゃ。

 

 * * *

 

(おいおい……大人しいガキじゃないとは思ってたが、まさか『9条破り』をこうもやすやすとやってくるか。まあ、防弾装備を見越した上でだろうが……)

 

 天崎は柱に背を預け、反撃がこないことを確かめつつ、先ほどの連射を回想する。

 狙われたのは、心臓、ノド、ついでとばかりに拳銃。拳銃は武装解除を狙ってのことだろうからよしとしても、前2つは非防弾装備(クリティカルバレット)ならば相手を死に至らしめていた。

 それは武偵法9条――『武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない』という法律を明らかに違反する行為だ。

 

(思った以上の問題児だな、これは。技術のわりに狙いがエグい。何かワケアリの過去でもあるのか……?)

 

 今考えることではないと思いつつも、天崎は錬の過去に潜んでいるかもしれない『闇』に思いを馳せる。

 それが間違いであることなど知らないままで。

 

 * * *

 

 マズイな……千日手に入っちまった。

 互いに仕掛けず膠着した現状に、俺はマガジンを入れ替えながら軽くため息をついた。

 向こうは、俺のフルオート射撃を。

 そしてこっちは変質者(仮)の大威力の弾丸を。

 それぞれ警戒していることで、結果的にどちらも攻めることができなくなっていた。

 本来ならば、こう着状態はそこまで悪いことでもないんだが……、

 

「つってもそういうわけにもいかねぇんだよな……」

 

 そう。今回ばかりはそうはいかなかった。

 なにせ、あいつと違って俺は試験の最中だ。明確なタイムアップがある以上、ここで手をこまねいていれば、結局は撃破数0のまま終わってしまう。

 それは、もはやこの試験における最悪の事態といえる(『10(ディエーチ)』からの制裁的意味で)。

 となると、だ。

 

「しかたねぇ――仕掛けるか」

 

 決して奴には聞こえないように口の中で小さく呟き、俺は懐から閃光弾(フラッシュ)を取り出した。

 確実に決めるならば、隙をつくるしかない。そして、これはそのための武器でもあった。

 意を決して俺がそれを変質者(仮)がいるであろう遮蔽物目掛けてぶん投げた――次の瞬間、

 

 ビカッ! と太陽が生まれたように室内の薄闇が消え去った。

 

 さあ行け、有明錬。今こそがチャンスだ!

 俺はすぐさま柱の裏から出て、一気に閃光弾の着弾点目掛けてダッシュする。その際にダガーナイフを1本取り出し、左の逆手で構えることを忘れない。

 右手に拳銃。左手に刀剣(つってもダガーナイフだけどな)。俗に言う一剣一銃(ガン・エッジ)ってやつだ。見よう見まねだけどな。

 俺の作戦は唯一つ。あのふざけた威力の拳銃が出てくる前に、接近戦で一気に決める!

 

「ッ!」

 

 その時、柱の陰からあの変質者(仮)が飛び出した。見れば、両手で目を覆っている。ご丁寧に、右手には銃を握っていた。どうやら、綺麗に目潰しが決まったらしい。

 ざまあみやがれ! ぶっ潰してやる!

 そして、俺が殺傷圏内(イン・レンジ)に入ってダガーを横に振りかぶった――と全く同時、

 

 変質者(仮)が寸分たがわず俺に銃口を向けた。

 

「な――ッ!?」

 

 しまっ……! 演技(ブラフ)か!? 閃光をくらったフリして、俺を誘い出しやがったな!?

 しかし、相手の狙いを看破できても、今更攻撃を止めるわけにはいかない。ここで下手に手を変えると、何もできないまま俺が撃たれてゲームオーバーだ。

 俺が先にこいつを倒すか、あいつの銃口が先に火を吹くか。

 一瞬の勝負。

 俺は、祈るような気持ちでダガーナイフを真横に一閃させた――

 直後、ギィンッ! という甲高い音と共に、強烈な衝撃をナイフを通して左手に受けた。

 な、なんだ? 何が起きた?

 

「なん、だと!?」 

 

 困惑する俺の耳朶を、変質者(仮)の驚愕に彩られた声が叩く。

 そして俺は、原因不明の振動に手がしびれ、思わずダガーを取り落としてしまう。

 どういうことだ。今俺は何をされた?

 疑問が頭を駆け抜ける中、変質者(仮)は心底驚いたように固まっている。

 なにがなんだかわからんが……反撃のチャンスはここしかない。

 俺は右手に握ったグロックを、変質者(仮)のドテッ腹目掛けて構え、

 

「沈みやがれ!」

 

 叫びとともに、発砲した。

 今度は避けられることもなく、俺の拳銃から放たれた銃弾は、()()()()変質者(仮)を打ち据えた。

 …………ん? 連続して?

 あ。

 フルオート解除するの、忘れてた。 

 

「ぐ、ふ……え、えげつないな、お前……ッ!」

 

 最後に、非難するような目でそんなことを言って。

 ――変質者(仮)は、地面にキスする羽目になった。

 その様子を見届けてから、

 

「あー……マジで悪ぃ。セミに切り替えるの忘れてた」

 

 ガシャン、とマガジンを排出しながら、俺は変質者(仮)に頭を下げるのだった。

 

 * * *

 

 戦況の膠着は、天崎にとっても好ましくなかった。

 この戦闘は、それはそれで重要なことではあったが、とはいえ彼は今試験官の任を負っている。このまま試験終了時間まで錬にかまけている訳にはいかなかった。

 だからこそ、錬が閃光弾で事態を動かしてくれたのは、彼にとっても助けになった。もっとも、あと少し遅ければ自分も似たようなことをしただろうから、事態が動き出すことは時間の問題だったが。

 天崎は、視界に閃光弾が映るやいなや、すぐさま両目を両腕で覆い被害を防いだ。もともとこうなる可能性も考えていたがゆえに、対処も早かった。

 だが、これでは終わらない。

 天崎はさらに、錬の策を逆手にとった。強襲する錬を油断させるべく、わざと目をくらまされたフリをした。

 結果、彼は錬の意表を突き、勝利を確信する錬に銃口を向けた。

 

「な――ッ!?」

 

 錬の驚きの声を聞き、天崎は策がはまったことを悟る。

 逆転に成功した天崎。彼もまた、勝利を確信した。

 

(騙し合いは苦手か、有明。試験官が受験生を倒すのはルール違反だが、喧嘩を売ったのはお前だ。恨むなよ……ッ!)

 

 だからここらで眠れ、というように天崎は容赦なく錬目掛けて発砲する。

 S&W PC356から、猛烈な勢いで.356TSW弾が飛び出す。9mmパラベラムよりも上を行く大威力の弾丸が、錬の胸元に打ち込まれる。

 だが。

 

 その弾丸を。

 錬はダガーによる一閃で()()()()()

 

「なん、だと!?」

 

 驚愕。あり得ない、という感情が天崎の脳内を席巻した。

 2つに分かれた1発の弾は、それぞれが見当違いの方向へ飛ぶ。

 ――それは後に、遠山キンジが『銃弾切り(スプリット)』と名づける、極限の技だった。

 そして、それほどの技を使った錬は、もう用がないというようにダガーを捨て、グロックを構え、

 

「沈みやがれ!」

 

 お返しだとばかりに、フルオート射撃を天崎の腹部に見舞った。

 崩れ落ちる天崎。同時、彼は敗北を悟る。

 

(チッ……嫌な予感は当たるもんだ)

 

 負けるかもしれない。そう思った。だから負けたのかもしれない。

 その真偽は分からない。ただ、天崎の眼前には厳然として『負け』が横たわっていた。

 

(あー……しょうがねえ。()()は、こいつが入学してからだな。せめて、卒業までにはこのはねっかえりをなんとかしなきゃなあ……)

 

 倒れるときまで教師らしく。

 でかい仕事ができた、と笑いながら天崎は静かに目を閉じた。

 

 * * *

 

「――ふぅ」

 

 変質者(仮)の意識がないことを確認した俺は、疲労を吐き出すように大きく息をついた。

 いやしかし、危なかったな。なんで勝てたのかはよく分からなかったけど、それでもなんとか勝てた。

 つーか、結局このおっさんは誰だったんだ? いまいちよくわかんねぇんだよな。

 まあ、いいか。危機は去ったんだ。後は試験が終わってから教務科にでも任せよう。

 というように結論付け、俺は地面に転がったままのダガーナイフを手に取った。

 陽光にかざして観察してみる。すると、刀身に亀裂が走っているのが確認できた。取り落としたときの状況からして、なにか硬いものにでもぶつかったんだろうか?

 しかし……あーあ、今にも折れそうになってんなぁ。残念だが、これ以上は使えそうにねぇな。

 実質まだ一度も使ってなかったようなもんだから、これは痛い。ただでさえ少ない近接戦用の武器が一つ無くなってしまった。

 ま、過ぎてしまったことはしかたない。とにかく、先に進もう。まだ試験は終わってないんだから。

 

「いやまあ、ぶっちゃけもう俺としては今の戦闘で十分なほどなんだけどな」

 

 と、若干後ろ向きなことを言いつつ、俺は気だるさが残る体を引きずって7階に上がることにした。

 コツン、コツンと僅かに音を立ててしまいながら、階段を上る。

 この階段を上る、という行為がもうすでに嫌になりつつあった。なんかさっきから、上の階に上がるたびにトラブルに遭っているような気がするんだが。

 つーか、これ大丈夫なのか? もうかなりロスしてる気がするんだが。後どれくらい受験生は残ってるんだろうか。

 というか、今残ってるってことは、ここまで勝ち抜いた実力者(俺のぞく)ってことだろ? そんな連中に俺勝てんのか?

 ビル内が暗いからか、それとも思うように試験が上手くいかないからか。俺の思考はどんどんとネガティブな方向に向かっていき、無意識に顔が下がっていく。

 だが、現実は止まらない。そんなことを考える内に、俺の足は階段を登りきり、そして7階フロアに到達した。

 おっと……もう着いたのか。

 顔を上げる。

 

 そして、数人の受験生や大人が倒れている中で悠然と立ち尽くす、遠山キンジの姿が視界に映った。

 

「……は?」

 

 始めに感じたのは疑問。

 次いで、驚愕。

 まさか……もしかして、あいつこの人数をたった1人で倒したのか?

 力なく床に倒れ付し、あるいは柱に背中を預け、そして一様に動かない受験生たち。

 その中心で、まるで死人(しびと)の山を築き上げた死神のように立ち尽くす遠山。

 一見して明らかなそれは、勝者と敗者たちの光景だった。

 ありえない、と思った。

 だが同時に、峰理子を思い出せばこんな人間がいてもおかしくないな、とどこかぼんやりとそんなことを思った。

 硬直した世界。

 まるで一服の絵画のように完成されたその光景は、しかし当の主役によってその静止を解かれた。

 

「――有明か。ここにいるってことは、お前も何人か()ったのか。どれだけ減った?」

 

 こちらに気づいたらしく、遠山は俺に向き直りつつ、そんなことを訊いてきた。

 俺は、ハッとしつつも、なんとか返す。

 

「……挨拶も無しかよ。ま、この状況じゃそれが当たり前だけどな」

 

 できるだけ緊張を隠した俺の口調にか、遠山はわずかに口元を緩めつつ、「そうだな」と言った。

 とりあえずすぐに仕掛けてはこなかったことに安堵しながら、遠山の質問にどう答えたものか考える。

 どれだけ減った……か。

 そう言われても、俺自体はゼロなんだが……まあ、そうだな。俺が知る脱落者の分だけ、話しておくか。

 えーと、理子が3人やって、その理子が自爆して、事故で1人減って、まあこれはあんまり関係ないが変質者を1人倒したから……、

 

「受験生が5人、変質者(おっさん)が1人だな」

「おっさんってお前な……。やっぱりお前も教師に気づいてたんだな」

 

 呆れたように苦笑する遠山。

 その台詞の中に、俺は違和感を発見した。

 教師……? 一体、なんのことだ?

 何を言っているのかいまいちわからなかったので訊きかえそうとするも、それは遠山の続く言葉に遮られる。

 

「俺が倒したのが、受験生が7人、教師が4人だから……これで残るのは、俺と有明、いるとしてもあと1人か」

 

 ……なにこいつの戦績。化け物?

 っていうか、「教師を倒した」ってどういうことだよ。いたのか、ここに。

 じゃあ、「悪いが言葉よりもこっち(※拳銃です)で語る方が得意でな(キリッ)」とか発言するような変質者を捕まえろよ、ちゃんと。

 ……って、あれ? 今何気にスルーしたけど……残ってるのがあと3人だけだって?

 な、なんてこった!? てっきりまだそれなりにはいると思ってたのに!

 てことは、俺が低評価を免れるためには、こいつかもう1人に勝つしかねぇじゃねぇか!?

 できんのか、そんなこと。

 今や、武装は予備弾倉(スペアマガジン)無しの拳銃と1本のダガーのみしかないこの状況で。

 ――いや。

 やれるか、じゃない。

 やるしかねぇんだ。

 それしか、俺の生き残る(おしおきを逃れる)道はない……!

 瞳に決意を滲ませて、心には炎を燃やす。

 一度両目を閉じ、開くと共に俺は切り出した。

 

「遠山。申し訳ねぇが、こっちにもいろいろあってな。――勝たせてもらうぜ」

 

 それは明確な挑戦状。

 俺なんかが何を言ってるのかと、心のどこかで冷静な俺がささやく。

 が、今は無視だ。そんなのに構ってる場合じゃない。

 

「ッ! ()る気か。いいぜ、俺も1度お前と闘ってみたいと思ってたところだ」

 

 ――乗ってきた!

 台詞と共に、遠山は拳銃――ベレッタM92Fでトントンと肩を叩いた。

 あの野郎……拳銃(アル=カタ)戦を誘ってやがるのか。

 アル=カタ。

 近接拳銃戦とも呼ばれるそれは、武偵がよく使う戦法だ。防弾制服の上からでは銃弾が貫通しないことを利用して、拳銃を一撃必殺の刺突武器ではなく衝撃を利用する打撃武器として使用する。

 いわば拳銃による殴り合い。それが、アル=カタだ。

 それを、遠山は提案している。言葉には表さず、今ここで。

 そして、その誘いに俺は――

 乗った。

 

「じゃあ――始めんぞ!」

 

 言って、駆け出す。戦術はさっきと同じくガン・エッジだ。

 俺の言葉に反応するように、遠山もまた駆け出す。装備はベレッタのみ。

 ダダンッ! と地を蹴る音が重なる。それはまさしく、開戦を告げる号砲だった。

 耳元で風が唸る。景色が視界を流れる。

 俺たちは一瞬で肉薄し――鏡合わせのように、同時に発砲した。

 乾いた音がまたもや重なり、しかしそれが耳に届くよりも前に、俺たちは横っ飛びをする。互いに、右に。

 空気を切り裂きながら飛翔した2発の弾丸は、それぞれが元居た空間を貫いて消えていった。

 お、おおう。よく避けられたな今の。ほぼ偶然ではあるんだが。

 自分で自分にちょっとびっくりだ。さすがにあの地獄の1年を乗り越えたから、地力はついてるのか。

 わずかではあるが成長を実感し、再び俺たちは距離を詰める。

 間髪を入れず、遠山は銃身を横に流すようにして弾を撃った。

 

「ぐっ!?」

 

 どこで撃つか読めなかった俺は、左肩に被弾した。ビリビリと金属バットで殴られたみたいな衝撃が響く。

 ――が、そんなもの予想済みだ。

 端から避けようなんて思ってない。そもそも、俺に近距離で銃弾を二度も避ける技術なんてない。なら、当たって砕けろで行くしかねぇじゃねぇか!

 そして、ダメージを覚悟していたのなら、それを我慢することくらいはできる。生憎とこちとら去年は散々ボコられたんでね。

 俺はさらにもう一歩、足を前に踏み出す。それはつまり、中距離(チャカ)じゃなく近距離(ナイフ)の距離に入ったことを示していた。

 ――当たれッ!

 左手に握ったダガーを、さっきの変質者戦のように横一文字に振るう。

 ヒュンと風切り音が鳴り、しかし、ヒットはしない。遠山の軽いバックステップで避けられた。

 ――()()()()()()()()()()

 まだ、俺の攻撃は終わっていない。

 俺は振るった勢いを殺さず、その場で一回転するように回る。そして、丁度再び正面を向いたところで、ダガーを遠山に向かって()()した。

 おおっ、珍しく上手くいった!

 刀剣による二段構えの攻撃術。これは、昔時雨に教えてもらった技だ。あいつは、確か『一閃飛刀』とか言ってたっけ。

 ちなみに、名前が中二だな、と笑ったら思いっきり殴られた。

 それはともかく、俺はこれを一度喰らったことあるからわかる。これならさすがに遠山も意表を突かれるはず。

 ――そう思った俺は、非常に甘かったと言わざるを得ない。

 

 遠山に飛来するダガーは、甲高い音と共に弾き飛んだ。

 

 えー!? マジかよ普通に打ち落とされた!?

 さらに、続く次弾で俺はグロックを弾かれた。カラカラと床を滑りながら、グロックは崩れかけた壁裏に飛んでいく。

 

「チッ!」

 

 マズイ、早く銃を取らねぇと!

 俺は、拾いに行くまでのせめてもの抵抗として、足元に落ちてたコンクリート片を遠山に蹴りあてようとするも、それさえも空中で撃たれて粉々になった。

 パラパラと舞う粉塵に混ざって俺の勝機も散っていった気がするのは、はたして気のせいだろうか?

 クソ、この薄暗さでしかも飛来するコンクリートを撃つって、どんな腕前だっつんだよ。

 これは次が来るか……と警戒したんだが、なぜか追撃は来ず、俺はなんとか壁裏に滑り込みグロックを拾い上げることができた。

 荒くなった息を落ち着かせながら、俺はなんとか逆転の目を考える。

 

「ハッ……ハッ……こいつは勝ち目薄いなチクショウ……泣きそうだ」

 

 少し、弱音を吐きながら。

 

 * * *

 

(……やっぱり有明のやつ、強いな。まだヒステリアモードだってのに、一度目の交戦で倒せなかった)

 

 遠山キンジは、一度距離を取って物陰に身を隠しつつ、有明錬の実力を分析していた。

 総合的には、キンジの方が上回っている。それは間違いない。技術面、というのなら分からないが、身体能力で言えばキンジの方が上だろう。

 

(ま、こっちはドーピングに近い真似やってるからな。出力じゃ一般人の限界を超えてるはずだ)

 

 こっちが一撃入れたのに対し、向こうの攻撃は通ってない。その事実だけでも、キンジと錬の力関係は分かる。()()()()()()()()()()それは必然だ。

 しかし、である。

 逆に言えば()()()()入らなかったのだ。ヒステリアモードの自分が。

 その一撃にしたって、錬が覚悟して当たりに行った印象を受けた。あの二段構えのナイフ術を放つために。

 それに対応することは難しくなかった、と遠山キンジは回顧する。

 意表はつかれたが、曲芸まがいの技ならば嫌というほど兄に見せられた。それにより耐性ができていたキンジにとって、対処はたやすかった。

 が、問題は。

 

(ただ次に見せた()()には驚いたぜ。思わず追撃し損ねちまった)

 

『あれ』、とはキンジが錬のグロックを弾いた後に見せられた技のことだ。

 ナイフも失い、銃も手放された錬に、当然キンジは追い討ち――あるいは、とどめを撃った。

 だが、あろうことか錬はその弾丸を、()()()()()()()()()()()()防いだのである。あたかも、ナイフを撃ち落としたキンジに対する意趣返しのように。

 能動(アクション)ではなく受動(リアクション)

 曲芸度では、投擲術とは段違いの技だった。

 

(勝手に名づけさせてもらうなら……『銃弾封じ(シール)』ってとこか)

 

 心の中で錬の技を命名しつつ、キンジは知らず自分がかすかに笑っていることに気づいた。

 端的に言えば、この勝負――少し楽しくなってきていたのだ。

 これは別にキンジが戦闘狂だということを表しているわけではない。ただ、初めてだったのだ。ヒステリアモードの自分と()()()渡りあう同年代と出合ったのは。

 中学時代。キンジは()()()()()からヒステリアモードを多用()()()()()()()。その過程で彼は、敗北どころか劣勢さえ味わったことはなかった。

 そのころキンジを倒せたのは、自分よりもはるかにヒステリアモードを使いこなす兄だけだった。だがそれも実力が離れすぎていて、勝負とさえいえないものだった。

 しかし、今。

 初めてヒステリアモードのキンジと伍する相手が現れた。

 しのぎを削る勝負に、どちらが勝つかわからない勝負に、キンジは中学生の男子らしく昂揚していた。

 ただ、それが遺伝子という自分の力ではないことだけが、心に影を落としていたが。

 それはつまり、通常モードの自分では、相手にならなかったということに他ならないのだから。

 しかし。

 

「それでも、全力で行くぜ有明。俺はお前に、勝ちたいからな」

 

 キンジは、後ろめたさを押しのける。

 ()()()()()()()、負けたくないという気持ちを優先した。

 武偵として。

『遠山』として。

 そしてなにより――男として。 

 ――ふと、思う。

 もしかしたら……ライバルとは、こういう気持ちにさせてくれる相手のことを言うのだろうか、と。

 

 * * *

 

 いやマジ強ぇよあいつ。勝てんのか、これ?

 6階の戦闘のときのような膠着状態に辟易としつつ、俺はちらりと右手に視線を向ける。

 ついに、俺の装備はグロックだけになっちまった。あれだけいろいろ持ってたのに、だ。

 残された手札は少ない。

 こうなりゃ……フルオートの弾幕作戦しかねぇか?

 

「ちょっと卑怯な気もするけどな。ベレッタにゃ、確かフルオートは付いてなかったはずだから」

 

 頭の中で授業で習った情報を思い出し、わずかに眉を上げる。

 つっても、そうも言ってられねぇんだよな。俺はもう、あいつを倒すと決めたんだ。というより、倒すしかねぇんだが。

 閃光弾も発煙弾も、もうない。一気に攻め込むしかねぇんだ。

 じゃあ――行くぞ。

 

「ふ――ッ!」

 

 短く息を吐き、俺は壁裏から飛び出す――と、なんと遠山も同じタイミングで出てきやがった。

 一瞬意表をつかれたが、すぐに気を取り直し、即座にフルオート射撃で弾幕を張る。

 しんと静まり返っていた室内を、轟音が満たした。

 だが――マジかよ。

 マガジンに装填されていた全ての薬莢が地面に落ちても、遠山に銃弾が触れることはなかった。

 あいつ――()()()()()()()()()()()……!

 信じられないほどの立ち回りに、一瞬諦めがよぎる。

 これで、こっちの武装(カード)はあと一枚だけ。

 残るのは、この身体一つきり。

 

「お、ああああああああああ!」

 

 それでも、もう後戻りはできない。現実は進む。決して止まらない。

 今更どこかに隠れる時間はない。

 俺はグロックをホルスターに収める時間を惜しみ、すまなく思いつつも床に投棄し、駆ける。

 ――走れ!

 目標は、遠山キンジ。

 今の俺にできる、最後の攻撃方法――すなわちゲンコでテメェをぶっ倒す!

 

「舐めるな有明!」

 

 遠山は側転から体勢を直す隙で俺の接敵を許しながらも、すばやくベレッタを構えてきた。

 速い。これじゃあ、殴る前に俺が撃たれる。

 しかたなしに、俺は上体を反ら(スウェー)し、なんとかベレッタの射線から逃れようとする――はずだったんだが、勢いが付きすぎて、そのまま後ろに倒れそうになった。

 ば、バカか俺は?! こんな土壇場で何こけそうになってんだ! ホントに雑魚だなチクショウ!

 このまま無様に背面ダイブしてたまるかよ!

 

「らッ!」

 

 俺は急いで両手を背後に伸ばし、掌が地面を捉えたと同時にバク転の要領で体勢を整えた。これぐらいは、さすがに武偵だからできる。

 とその際、つま先に何かが当たるような感触がした。

 

「ぐッ!?」

 

 しかも、なぜか遠山の呻き声つき。

 なんだ? 俺なんかしたか?

 気になってとりあえず腰を落として構えつつ遠山に視線を向けると、彼は顎ら辺を腕でぬぐっていた。

 

「……やってくれるじゃねえか、有明。少し、脳が揺れた気がするぞ」

 

 え? マジで俺のせい?

 よ、よくわからんが……俺がやったのか? 

 なんか、向こうは完全にそう思ってるぽいし、今更「何の話だ?」なんて訊けない雰囲気だぞ。

 仕方ない。適当に合わせよう。

 

「お前も俺の肩に一発入れただろうが。お返しだ、バカヤロウ」

 

 こんな感じでいいのか? 戦闘中だからか、少し言葉が荒っぽくなってしまったが。

 それを聞いた遠山は、「ヘッ」と小さく笑って、

 

「お前、銃はどうした。なんで捨てたんだよ」

「あぁ? 弾切れだ。ついでに予備弾倉もな。だからオメェを倒すのは、拳でっつーこった」

打撃技(ストライキング)ってことか。……いいぜ、乗ってやる。俺だけ銃やらナイフやら使うのも、あとで()()()に使われたらたまらねーしな」

「言い訳だぁ?」

 

 どういう意味ですか?

 言葉に込められた意味合いが分からない俺のいぶかしがるような声には答えず、遠山は本当に拳銃をホルスターに仕舞いやがった。ハンデのつもりかこの野郎。理子といい、俺はどんだけみんなから弱そうに見られてるんだ。……いやまあ、あながち否定はできねぇけど。

 とはいえ、これは都合がいい。あいつの銃技がふざけたレベルである以上、これは勝機だ。

 

「……後悔すんなよ、遠山」

「しないさ。これで、対等だ」

 

 一応あとでインネンつけられないように念を押す俺に、遠山は肯定で答えた。

 それを聞いて、安心したぜ。後で体育館裏とかに呼び出されたら怖いからな。

 

「「…………」」

 

 2人、無言で構える。

 ギリギリと足に力を込め、いつでも飛び出せるようにする。

 そして。

 

 ――同時に、飛び出した。

 

 * * *

 

 再びの攻防は、まったく同じタイミングによる飛び出しから始まった。

 先手は、錬。グロックによるフルオート攻撃がキンジを襲った。

 

(手が単純だ……なにか、狙っているのか?)

 

 それが罠である可能性を考慮しつつ、側転で回避したキンジに拳銃を手放した錬が迫ってくる。

 が、キンジは即座に反応、ベレッタを向け迎撃に移った。

 

「舐めるな有明!」

 

 吼えながら、引き金を引く。だが、その時にはすでにキンジの攻撃を予想した錬が、上体反らしで銃弾を避けていた。

 しかし、急回避のため勢いが付きすぎたのか、若干後ろに倒れかけている。

 

(もらった!)

 

 キンジは、内心で自分へ圧倒的な有利が傾いたことを悟る。これは、チャンスだ。

 錬はすでに銃を捨てている。この状況で一度足を止めてしまえば、確実にキンジのベレッタが錬を仕留める。

 つまり、こここそが、遠山キンジ絶好の勝機になる。

 

 ――はずだった。

 

「ぐッ!?」

 

 突如、キンジの顎に痛撃が走った。

 その原因は、錬の右足。スウェーからバク転、そこに視界の外から蹴りを合わせて来たのだ。

 本来なら。

 ヒステリアモードの反射神経で避けることは十分可能だったろう。だが、これもまたヒステリアモードの頭が即座に答えを出す。

 今のは完全に転倒しかけていた、ピンチだったはずだ。それは演技とは到底思えなかった。だからキンジはチャンスだと思ったのだ。

 だが、錬はそれを逆手に取った。

 自身最大のピンチを、即座に攻撃へと繋いでみせた。

 いかにヒステリアモードといえど、無敵ではない。たとえば狙撃のように予想外の攻撃までは反応できない。

 奇しくも、そこを突かれてしまった。

 

「……やってくれるじゃねえか、有明。少し、脳が揺れた気がするぞ」

「お前も俺の肩に一発入れただろうが。お返しだ、バカヤロウ」

 

 顎をぬぐうキンジに、錬は軽口で返す。

 

(ああ、チクショウ……強いな、本当に。でも――俺も負けねえ)

 

 瞳に、輝きが宿る。

 これだ。このシーソーゲーム。勝敗の傾き。それこそが、遠山キンジの脳髄を興奮させる。

 超えられない壁ではなく。超えるべき壁でもなく。

 ()()()()()が、キンジの前に立ちはだかる。

 負けたくない気持ちが、勝ちたい気持ちがあふれ出す。

 これで、一発ずつ入れた。ならば、次はどうするか。

 答えは決まりきっている。

 零れそうな笑みを抑えながら、キンジは問うた。

 

「お前、銃はどうした。なんで捨てたんだよ」

「あぁ? 弾切れだ。ついでに予備弾倉もな。だからオメェを倒すのは、拳でっつーこった」

「打撃技ってことか。……いいぜ、乗ってやる。俺だけ銃やらナイフやら使うのも、あとで()()()に使われたらたまらねーしな」

「言い訳だぁ?」

 

 言外に、「するわけねぇだろ」と言われた気がする。が、そんなことはわかっている。今のは、冗談みたいなものだ。

 キンジがベレッタを仕舞うと、錬が言った。

 

「……後悔すんなよ、遠山」

 

 キンジも、返す。

 

「しないさ。これで、対等だ」

 

 そう、対等。

 正真正銘の、真剣勝負。文句なしの、決着がつく。

 

「「…………」」

 

 声はない。否、いらない。

 だが、わかる。手に取るように。互いの呼吸が重なっていき、飛び出す瞬間を教えてくれる。

 まだ。

 まだ。

 まだ。

 

 ――今!

 

 2人、全くの同時で地を蹴った。

 刹那、互いの拳が交錯した――

 

 * * *

 

 交錯した――と思った、

 

 ビ―――――――――――ッ!

 

 瞬間、廃ビル内に大音量の機械音が流れた。

 これは、バスケットでいうところのブザービート。

 つまり――試験終了の合図だ。

 

「……よく、止めたな有明」

「武偵は時間厳守。そんぐらい、俺だって守るさ」

 

 互いに寸止めした拳を収めながら、俺は遠山に返した。

 ……いや、まあ正直言えばかなり危なかったけどな。ブザーにびっくりして止めてしまったってのもあるし。向こうはきちんと止めたのに俺だけ勢い余ってブン殴っちまったら、かなり気まずいしなぁ。よく空気を読んでくれたぜ、俺の右腕。

 と、若干胸をなでおろしていると、遠山が俺に顔を向け、

 

「引き分けだな」

「……そだな」

 

 そう返す俺の声音は暗い。

 空気を壊したくなかったし事実は一応合ってるから同意したが……引き分け、なぁ。

 いやぁ、それはどうだろな? 正直、ハンデとかブザーとかに助けられただけのような気がする。少なくとも銃技は俺のはるか上を行っていると思う。

 しかも……遠山(おまえ)はそりゃ引き分けでもいいだろうさ。なんせ合計で11人も倒したらしいしな。

 その反面、俺は結局撃破数ゼロ。お前と引き分けなんて、とてもじゃねぇけど言えない戦績なんだよ。

 はぁ……結構頑張ったんだけどなぁ。

 グッバイ、俺の人生。ハロー、おしおきタイム。

 

「――強襲科は」

「あん?」

 

 若干落ち込んでいると、遠山が再び声をかけてきた。

 今、ブルー入ってるから、あんまり話すような気分じゃねぇんだけどな……。

 

「強襲科は、しょっちゅう戦闘訓練してるって話知ってるか?」

 

 遠山が言ったことは、俺には覚えがあった。

 強襲科は、それこそ戦闘専門の集団といっていい。学ぶことと強くなることがイコールの世界。おのずと、主な授業内容は戦闘訓練になる。

 

「あー、まぁ知ってんよ。これでも俺、東中出身だから、高校(うえ)の話はよく聞くっちゃ聞くな」

「そうか。じゃあ続きは、そのときだな」

 

 やたら晴れやかな顔で語る遠山に、俺ハテナ。

 ……続き? なんの?

 詳しい自己紹介……とかだろうか。確かに俺はまだこいつのことあんまり知らんが。でも、なんで戦闘訓練中?

 激しい疑問に何も言えない俺の無言をどう受け取ったのか、遠山は構わずに「そろそろ出るか」とだけ言った。

 まあ、そっちは賛成だ。いつまでもここにいてもしかたないしな。

 だから俺は「おう」と返事して――遠山と2人、出口目指して階下へと下っていった。

 ――で、外出たらなんか蘭豹がにやにやしながら俺たちをねめつけた。「なかなかオモシロそうな新人やなァ?」と、かなり不安になる一言と共に。

 ちなみに。結局最後まで残ったのは、俺と遠山だけだったらしい。アンノウンだった最後の一人は、理子が仕掛けた罠にひっかかっていたとか。すげぇな、あいつ。ホントにドジッ娘か?

 まあ、なにはともあれ。

 こうして、俺たちの試験は幕を閉じた。

 2・3班の試験が終わるのも待ち、それが終わった後、俺は帰路へとつく。

 結果発表は、3日後。合否とランク付けの書類が送られてくる予定になっている。まあ、俺たちエスカレーター組はランク分けだけだけどな。

 つーか……やっぱ俺はEランクなんだろうな。結局何も出来なかったし。

 ああ……死んだなぁ。

 近いうちに訪れるであろう未来に早くも憂鬱になりながら、俺はモノレールの中から夕陽を眺めていたのだった――

 

 * * *

 

 ――3日後。

 俺は武偵高から送られてきた1枚の書類を、穴が開くほど眺めていた。

 そこには、簡潔にこう書かれていた。

 

『有明 錬  入学時武偵ランク――強襲科・Sランク』

 

「…………」

 

 …………なんで?




では、また次回。

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