偽物の名武偵   作:コジローⅡ

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キャラ紹介的な第6話です。


6.Welcome To Next Stage

「すまない」

 

 と、その人は僕に頭を下げた。

 本当に申し訳なさそうな顔で。罪悪感でいっぱいだという顔で。

 その人は、僕に謝った。

 それがどうしてかわからなかったから。

 僕はその人に訊いた。

 

「何を謝ってるの?」

 

 と、訊いた。

 だって、わからなかったから。

 謝ったのがその人で。

 謝られるのが僕で。

 そんなのはおかしいんだってわかっていたから。

 僕は子供だけど。

 謝るのは悪いことをした人だっていうことは、知っていたから。

 

「すまない」

 

 だけど、その人はもう一度謝った。

 それは僕の質問に対する答えじゃない。

 どうしてだろう。

 どうして、この人は謝るんだろう。

 おかしい。

 こんなのは、おかしい。

 間違ってる。正しくない。

 だって。

 だって、本当は――

 

 * * *

 

「――ぐおっ!?」

 

 な、なんだ!? なにが起きた!?

 穏やかに眠っているはずの朝。

 突然腹部に強烈な衝撃を受けた俺は、思わずベットから飛び起きた。  

 バサリ、と未だ感じる寒さに耐えるためにかけていたタオルケットが宙を舞う。

 ぐ、うぅ……腹が、まるで蹴られたかのような鈍い痛みを発しているぞ……。

 

Good morning(おはよう).目は覚めたかな錬?」

「なんっ……は!? 時雨?!」

 

 かけられた声に目を向けると、そこには同級生でもあり元・東京武偵高校中等部生徒会長でもある女子――鈴木時雨が立っていた。

 地毛である薄い茶髪は、サイドポニー。整った目鼻立ちに翠玉(すいぎょく)色のカラーコンタクトが特徴的な、可愛いよりは綺麗という言葉が似合う少女だ。

 身長は女子にしちゃ少々高めだが、出るとこはちゃんと出てる。今はそのスタイルのいい身体は、東京武偵高の制服で包まれていた。

 ……って、俺は何を冷静に見てんだ。それよりも、なんで時雨が俺のベット脇につっ立ってたかを考えろよ。

 つか、そもそも、

 

「お前、どうやって侵入(はい)った? 鍵はちゃんと閉めてたはずだぞ?」

「ふむ? これはおかしなことを訊くな。なんのための開錠(バンプ)キーだ、ピッキングしたに決まってるだろう?」

「さも当たり前みたいに言うんじゃねぇええええええええええ!」

 

 あーもー! 武偵ってのはどいつもこいつもデフォでこんな真似しやがる!

 恐るべき理不尽さを以って侵入してきたらしい時雨に呆れつつ、俺は背伸びをしながらため息をつく。

 

「勘弁しろよ……。お前だけに限った話じゃねぇけどな、お前らいつも勝手に入りすぎだ。父さんも母さんも朝めちゃくちゃ早く家出るからバレてねぇっつっても、立派な不法侵入だぞ? 武偵3倍法で牢屋にブチ込まれてぇのか?」

「そんなことより早く準備したまえ、錬。遅刻しても知らないぞ?」

「話聞いてくれませんかねぇマジで!」

 

 あまりにもあっさりと俺にスルーを決め、「下で朝ごはんを作ってくる」と言って(俺の部屋は2階だ)部屋を出ていった時雨に一度ため息をつきながら、俺はそれでも言われたとおりに準備を始める。

 ベッドから降り、欠伸を噛み殺す。それから、壁にハンガーで吊るしてあった服に手を伸ばした。

 着替えるのは、東京武偵高の防弾制服。ああ、もちろん、高等部の方だ。

 校章入りのブレザー。赤というよりも焦げ茶に近い配色をしている。デザイン的には、そんなに目を見張るところはねぇな。中3のときも、ほぼ一緒だったし。

 丈を合わせて以来一度も着ていなかった制服に、袖を通す。ただの通過儀礼にすぎないが、それでも何か『新しさ』を感じるには十分だった。

 そう。

 

「今日から、高校生か……」

 

 ――今日は、4月7日。

 東京武偵高校入学式の朝だった。

 

 * * *

 

 俺の家には、よく武偵中学時代の友達や後輩が無許可でちょいちょい入ってくる(つまり、紛うことなき不法侵入である)。

 その内の1人が時雨だ。彼女はたまにこうやって(頼んではいねぇんだが)朝飯をつくりに来てくれる。ついでに、毎日の弁当もこいつが作ってくれていた。

 とまあ、これだけ聞けばなにやら甘い話を想像しそうなもんなんだがな。

 ところがどっこい、これは別に時雨が俺に好意を持っている(男女の仲的意味で)とか、そんな甘酸っぱい理由からじゃない。

『報酬』なんだ、これは。

 中学時代。俺は、ことあるごとにこいつにいろいろ手伝わされてきた。生徒会関連や、学園トップ10の実力を持つやつらのみに回される教師からの依頼――通称『裏任務(クエスト・リバース)』(後半、手伝いじゃなく俺自身にも依頼が来るようになったが)など、それは多岐に渡った。

 そして、その働きに対するこいつの報酬が、俺の胃袋を養うというものだったわけだ。

 

「今だに思うけどよ……生徒会とか他の雑用はともかく、『裏任務』の見返りが飯ってのはどうなんだ? 何度か死にかけた覚えがあんだが」

「おや、これでいいと言ったのは錬の方だったと記憶しているが?」

 

 1階、ダイニング。

 4人がけのテーブルで朝食を取りながら、俺と時雨は話していた。

 食卓には、古式ゆかしい朝食が並んでいる。絶妙にだしが効いた味噌汁、ふっくらと炊き上がり真っ白に照り映えるごはん、焼き加減は完璧かつ仄かな甘みが舌を喜ばせる卵焼き。メニュー自体は実にシンプルなんだが、だからこそ、作ったやつの実力がモロに出る。

 ……うめぇ。

 本人の気分とは裏腹に、無邪気に喜ぶ俺の舌を無視しつつ、俺は苦言を呈す。

 

「そりゃそうだが……オメェ、確か『私に出来る最高の報酬を出そう』とか言ってなかったか?」

「だからこうして、私に出来る最高の特技(ほうしゅう)を出しているんだろう? それともエッチぃご褒美の方がよかったかな?」

「ばっ……ざけんな!」

 

 慌てて怒鳴る俺に、時雨はクスクスと笑って返す。

 くそう、手玉に取られてんな俺。中学の時からそうだったが、こいつには舌戦で勝てる気がしない。

 俺は諦めて、白旗を振る。

 

「ったく……もう、いいよ。今更言ってもしゃあねぇしな。それより、これからはもうこうやって勝手に入ってくんじゃねぇぞ。明日っからは男子寮に引っ越すんだし、お前の手伝いはもうすることもねぇんだから、朝飯とか弁当はもういい」

 

 東京武偵高の生徒は、原則入寮が義務付けられている。ただ、そんなに厳しい規則じゃないし、適当な理由の一つでも作れば簡単に無視できるルールだ。まあ、わざわざ自分から遠くに居を構えるやつはいないので、大抵は寮暮らしを始めるんだが。

 かくいう俺もその一人だ。距離的には実家(ここ)からでも通えないことはないんだが、別にそこまでして実家暮らしする理由もないしなぁ。両親も忙しいから、家でもあんまりあわねぇし。

 

「つれないね、錬。別に、報酬じゃなくとも、私が君にお弁当を用意する口実は作れるんだけどね」

「あん? なんだよ、その口実って?」

「私と恋人になれば、ほら。彼女が彼氏にお昼を作るのはおかしなことじゃないだろう?」

「アホか」

 

 一顧だにせず、俺はバッサリと切り捨てる。経験上、これがこいつの冗談っつーかからかってるだけだってことはわかってる。

 時雨はやれやれとでも言いたげに肩をすくめて、

 

「(鈍感なのかからかいすぎたのか……いずれにしても、これは厄介だな)」

「? 何か言ったか?」

「いや? それよりも……確かに錬の言うとおりかもしれないね。そろそろ君も私の慈悲を卒業する時期かもね。自炊、がんばりたまえよ?」

「わーってら」

 

 武偵高の寮では、決められた時間に食堂で飯を食ったりしない。武偵憲章4条『武偵は自立せよ。要請なき手出しは無用の事』に従って、自炊が義務づけられているのだ。

 だから俺も、明日からは自炊生活が始まるわけだ。 

 ……まあ、実は少し不安だけどな。やったことねぇから。

 

「――っと。もうこんな時間かよ」

 

 これからのことに若干懸念を持ち始めた俺の目が、壁にひっかかった丸時計を捉える。そろそろ出ないと、遅刻まではいかなくとも、少し遅めになりそうだ。

 というわけで、俺たちはわずか急いで朝食を食べ終え、家を出て学園島行きのモノレール駅へと向かった。

 

 * * *

 

 これで2度目になる学園島は、もう武偵高の制服一色になっていた。

 学園島についた後、時雨は友達と待ち合わせしていたらしく、俺たちはそこから別行動を取ることになった。

 俺はそんな約束なんざしてなかったので、一直線に式場を目指す。で、式場ってのは、一般校区(ノルマーレ)の体育館のことだ。その後にすぐクラスごとのHRがあるからな、全員そこで入学式に参加するんだ。

 俺は何組になるんだろうか。何組でもいいから、なるたけ平和なクラスがいいな。……いやまあ、そもそも俺の学科がまず平和じゃないんだが。

 微妙に痛くなってきたこめかみを押さえていると、

 

「――あれ、有明君?」

「お、本当だ。久しぶりだな、有明」

「ん?」

 

 背後から、なにやら聞き覚えのある声で、俺の名前を誰かが呼んだ。

 誰かと思って見てみたら――

 

「おー確か……星伽に遠山か。入試以来だな」

 

 星伽白雪と、遠山キンジ。

 入学試験で一番思い出深い2人組が、防弾制服姿で並んでいた。

 うーん。やっぱ、似合うやつらは似合うな、この制服。遠山のやつは普通にかっこいいし、星伽にも意外にピッタリきていた。巫女服しか知らなかったから、新鮮ではあったが。

 しかし……星伽さん、スカート短すぎませんかね? まあ、これは女子全員に言えることだが(装甲的にそれはいいのか?)。スタイルのいい彼女が着るとスラリとしたラインのふとももなんてなんともゲフンゲフン。

 つーか、こいつらやっぱ合格(うか)ったのか。まあ、遠山は随分活躍したみたいだしな。星伽もがんばったんだろう、きっと。

 つもる話はままあれど、再会の挨拶もそこそこに、俺たちは流れで3人並んで体育館に向かう。立ち話してたら、遅れちまうかもしんねぇからな。

 っと、そういやこれは言っとかねぇと。

 

「よかったな、お前ら。無事に合格したのか。星伽も、試験間に合ったんだろ?」

 

 当時のことを思い出しつつ、そんなことを口に出す。

 今となっちゃ、なつかしい思い出だよな。地図なくすわ、喧嘩に巻き込まれるわ、受験会場を間違えるわ。散々だったぜ。そういや、あの不良連中は受かったんだろうか?

 俺の質問に星伽はふわりと微笑みながら、

 

「うん。あの時は時間がなかったから簡単になっちゃったけど……改めて、ありがとうございました」

「別にいいっつったろ、それは。なあ、遠山?」

「俺はなんとも言えないけどな。ただ、お前がそう言うなら、白雪もこれ以上は押し付けがましくなるから止めとけ」

「う、うん。わかったよ、キンちゃん」

 

 遠山にそういわれて、少しシュンとしつつも首肯する星伽。

 キンちゃん、か。久々聞いたな、それ。

 つーか、

 

「そういやお前ら、知り合いだったんか? 星伽はあだ名呼びだし、遠山は名前呼びだろ?」

「俺はそのあだ名止めろって言ってるんだけどな。俺は、子供のころに一時期、こいつの実家――星伽神社に世話になってな。それで、こいつとは幼馴染ってわけだ」

 

 ふーん。それがこの前偶然会ったってのか。世の中はなんともせめぇなぁ。

 ……ん? 星伽神社?

 んー、どっかで聞いたような気がするが……まあいいか。

 しっかし、

 

「ガキのころから知り合いっつっても、仲いいなお前ら。わざわざ一緒に登校するぐれぇなんだから」

「あー……それは、だな」

 

 ? なんで口ごもるんだ?

 なんとも言いがたい表情をしながら、遠山は目を逸らす。するとすかさず、星伽が割り込んできた。

 

「キ、キンちゃんとはさっき偶然駅で会ったの。待ち伏せとかしてないよ。うん、待ち伏せとかしてないから」

 

 じゃあなぜ2回言う?

 言葉の裏になにやら不穏な気配を感じた俺は、それでも何も言わず納得したフリをする。誰だって竜の尾は踏みたくないのだ。

 

「だ、だけどあれだね、何もしてないのにバッタリ会っちゃうなんて、う、ううう運命の2人みたいだね!」

 

 そんな俺をよそに、キャー! という感じで両頬を手で押さえる星伽。それから「ダメだよ白雪、人がいる前でこんなこと言って、はしたないよ」とかなんとかブツブツ言い出した。

 ……こ、怖ぇ。

 

「と、遠山。これ、星伽大丈夫なんか?」

「わ、分からん。正直、俺も少し怖い」

 

 じゃあ大丈夫じゃねぇだろうが。

 ……ま、まあいいか。これは()()()()()()()()の問題だ。俺にゃ関係ねぇんだから。

 触らぬ神に祟りなし。こいつらには、せいぜい遠いところで幸せになってもらおう。

 ――ところがどっこい。実は後々俺も大いに関係してしまうことになるんだが、それはまた別の話である。

 キーワードは、『三角関係』、だ。

 

 * * *

 

 一般校区の体育館に着いた俺たちは、入り口で受付を済ませた後、それぞれの席に腰を下ろした。

 ここは強襲科の体育館とは違い、武偵高らしくない実に普遍的な造りになっている。ま、こんなところまでトンデモ施設に造る意味もないので当たり前っちゃ当たり前のことなんだが。

 ステージには大きく校旗が掲げられ、館内には少しでもイメージアップを狙っているのか厳かなBGMが流れている。

 少々乱雑に並べられたパイプ椅子の一つに座りながら、俺はふと中学の卒業式を思い出していた。

 あそこで、俺の道は一つの区切りをつけた。突然の環境の変化に戸惑い続けた1年間、今でもよく音を上げなかったと思う。

 そして今。

 俺は、新たなステージの入り口に立っていた。

 高校生、というステージの入り口に。

 この先、一体なにが待っているのだろうか。

 希望だろうか。

 絶望だろうか。

 それは、今の俺には決してわからない。

 だからこそ、俺はこれから歩いていくんだ。進んできた道を一度だけ振り返って、新しい道を踏みしめていく。

 道を、歩き終えた時。少なくとも、自分にぐらいは胸を張れるように。

 そんなことを俺が思って。

 そしていよいよ、校長である緑松(みどりまつ)武尊(たける)の挨拶に始まる、東京武偵高校入学式が幕を開けた。

 

「――近年、皆さんも知るように犯罪率は年々高まっています。この事態に対抗するために生み出されたのが武偵制度であり、君たちはこれからその次代を担う……」

 

 スピーカーを通して、館内へと伝わる緑松校長のスピーチ。

 わかっちゃいたが……めちゃくちゃ普通だな。

 これは東京武偵高(ここ)だけに限った話じゃないが、武偵養成学校ってのはだいたいどこも、こういう事務的な行事は真面目にやる傾向がある。

 その理由はまあ、後ろに目をやればわかる。

 振り向くわけにはいかないので俺には見れないが、体育館の後方には、報道陣(プレス)が並んでいるはずだ。

 武偵の歴史は、まだ浅い。が、武偵養成校の歴史はそれに輪をかけて浅い。

 だからというか、一応世間の注目を集めているんだ。この学校は。

 そんな学校で入学式が行われれば、彼らがこぞって取材に来ることは自明の理といえた。

 ま、だから言ってしまえばこの穏健さは、要は対外的な印象のためというわけだ。良くも悪くも注目されているおかげで、()()が出せないんだ。だからあの卒業式のとき、時雨もマスコミが出払う式後に『撃ち上げ(カーニバル)』を提案したんだろうな。

 もっとも、と俺は頭の中に中学時代の()()()()()()を思い出しつつ、

 

「その代わり、校内の連中だけがやる行事の時はかなりブッとんでるけどな」

 

 ごくごく小さな声で、俺は苦笑まじりで呟いた。

 中3のころを思い出す。文化祭しかり、体育祭しかり。一般校では決して味わうことができない(そしてあんまり味わいたいとは思わない)大騒ぎだった。聞いた話じゃ、修学旅行でもいろいろあったらしい。そもそも俺が転校した日にやった『レクリエーション』からして、マトモじゃなかったしな。

 しかも、これも聞いた話になるが、そういった行事は高等部から踏襲した部分が多いらしい。つまり、俺はあれをまた3セットばかり繰り返すことになる。まさに先が思いやられること山の如しだ。何言ってんだろうね、俺。

 とまあそんな具合に若干暗澹(あんたん)とした気分の俺をよそに、入学式は真面目かつ楚々として進んでいく。

 定番の電報やらPTAがどうとか、面倒なことこの上ないプログラムをこなし、そのまま何事もなく閉式の儀を終えた。

 ――で、時は進み。

 

「A組……か」

 

 入学式終了後、俺は体育館前に張り出されたクラス分け表を見てそう言った。

 新入生たちでごった返す中、俺は自分の名前と所属クラスを確認する。どうやら、俺はA組に振り分けられたらしかった。

 今年は、どうなるんだろうなぁ。去年はすごかった。騒乱のオンパレードみたいなクラスだったんだよな。

 せめて、命の危機がない程度ならいいんだが。

 そんな思いを胸に俺は、1年A組がある一般校区B棟の一階へと入っていった。

 廊下を真っ直ぐに進む。一般校区であるはずなのに、そこらの壁には弾痕やら、切り傷がついていた。ああ、懐かしいなこの感じ。なんというか、見慣れた光景だ。

 ……うん、いい感じに俺の感性も壊れつつあるな。

 自分が変わってしまったことに怖さを体感していると、目的地に到着した。

 

「ここがA組か」

 

『1-A』とプレートがくっついた扉の前で、俺は深呼吸をする。

 中からはガヤガヤと話し声が聞こえてきている。俺は他の人に遠慮してクラス分けを見るのが遅かったから、すでに大部分の奴らが入ってるんだろう。

 遅れた手前、ちょっと緊張するがそうも言ってられない。

 

「――行くか」

 

 覚悟を決め、俺は引き戸に手をかける。

 頼むぜ、神様……どうか、どうか(比較的)平凡なクラスであってくれ……!

 都合のいいときだけ引っ張り出してくる神様に願をかけつつ――引いた。

 ガラリと右にスライドした扉の奥に、俺がこれから1年間共に過ごすクラスメート達の全貌が露わになる。

 ――瞬間、俺は確信した。

 神様、あんた俺のこと嫌いだろ。

 

「ハハッ……」

 

 ここまで来ると笑うしかねぇな。

 俺は、目に入った面子を見てそう思った。つか、ホントに笑った。

 遠山キンジ、星伽白雪、峰理子、鈴木時雨、ライトブルーの髪で狙撃銃を背負った少女、まんま小学生みたいな女の子、前髪で目を隠してすげーオロオロしてる少女、さわやか風イケメン、ついでにかなり背の高い男子。

 目に付くだけで、これほど印象深い(後ろ2人はまあ普通だが)人物たちが散見できる。

 こ、濃い……! 濃いぞ、キャラが!

 衝撃の光景に、思わず立ち尽くす。

 経験上、こういうクラスは最もいろいろ起きるクラスだということを俺は知っている。中学時代、『魔のクラス』とか呼ばれてた3-Bはまさしくトラブルの根源のようなクラスだったが、そこにもやたらとキャラの立ったメンバーが大勢いた。何を隠そう、真ん中ら辺の席からこちらをにやにやと見ている時雨も、3-Bに在籍してたからな。……まあ、俺もB組だったんだが。

 これは……マズイかもしんねぇ。1年間何事もなく過ごせる気が全くしねぇぞ。一体どういうことだ。

 と、

 

「あー! レンレン! レンレンだぁ! レンレンがいるよぉー!」

 

 愕然とする俺にやたらとハイテンションで声をかけてきたのは――峰理子。あのドジッ娘(俺視点)だった。

 視線を向ければ、シャカシャカと両手を上下に振りながらこっちに近づいてくる。なんの動きだ、それは。

 あいかわらずのツーサイドアップテールに、武偵高の制服姿(なんか勝手にめちゃくちゃフリルつけて改造(イジ)ってやがる)。元気いっぱいといわんばかりのテンションだった。

 俺はその溌剌さにしり込みつつ、

 

「お、おう理子か。お前もA組だったんだな」

「そーだよぉ、くふふっ。レンレン、運命ビンビン感じちゃったりした? した?」

「してねぇよ」

 

 まあ、ある意味では運命的にイロモノっぽいクラスになっちまったが。

 漫画だったら縦線が入っているであろう顔をする俺に、理子は人差し指を口元に添えて妖しく笑う。

 それがまた容姿の幼さとの妙なギャップを演出して、胸がドギマギとなる。

 心拍数の上昇を感じる俺に、理子は明るい口調で、

 

「んーでもでもぉ、理子はレンレンと同じクラスになれて嬉しかったよ?」

「なっ……!?」

 

 台詞自体は、そこまで大したものじゃない。例えばそれは、友人との再会を喜ぶような、健全なものだったはずだ。

 だけど、それが今はなぜか、ひどく羞恥を感じさせた。

 わけもわからず俺はひどく狼狽してしまい、それを理子に見透かされる。

 

「きゃははっ、レンレンが赤くなったー! クララが立ったー! フラグも立ったー!」

「テ、テメェ! からかってんじゃねぇぞ!」

 

 理子がちゃかしたことに乗じて、俺も慌てて返した。

 続いてふざけた真似を非難しようとするも、気配を読んだのか理子はすばやく逃げていった。

 クソ、なんて逃げ足の速い野郎、じゃない女なんだ。あっという間に女子の群れに逃げ込みやがった。これじゃ、割って入ることもできねぇ。 

 しかたなしに俺は、黒板に張られた座席表に従い、自分の席に座る。

 というか、なんなんだ俺は。あんぐらいで動揺しちまうとは。ギャップ萌えでもあんのか?

 生まれてこの方一度も自覚したことのなかった性癖があるかもしれないことに、俺はがしがしと困ったように頭をかいた。

 と、丁度その時、俺が入ってきたのと同じ扉が開いて、同時にふんわりとした優しげな声が教室に流れた。

 

「はーい、皆さん席についてください。さっそくですが、HRをはじめますよぉ」

 

 入ってきたのは、緩やかにウェーブしたロングヘアーにふち無し眼鏡の、やたらと温厚そうな先生だった。クリーム色のスーツに、同色のタイトスカート。服装こそピシッとしていたが、全身から溢れる温和なオーラが、大人の女性というよりもお姉さんという印象を与える。

 ほえー、この人マジで武偵高の先生か? なんかすげぇ普通の人っぽいんだが。

 どことなく、去年の担任だった高藤霞先生を想起させる。あの先生も、保母さんでもやってそうな優しい人だったからなぁ。

 彼女は教壇に登り教卓につくと、一度ゆっくりと俺たちを見回して、

 

「えーと、先生の名前は高天原(たかまがはら)ゆとりと言います。担当学科は探偵科(インケスタ)です。みなさん、1年間よろしくお願いしますねー」

 

 ほわほわとした笑顔を振りまきながら挨拶した。

 いいなぁ……すごく癒される。世界中、こんな平穏そうな人ばかりだったらいいのに。

 などと詮無いことを俺が考えている間にも、学校生活における諸注意(例えば、みだりに発砲しないとか)やプリントを配ったりしてHRは進んでいった。

 そして、いよいよというかなんというか……新クラスにおける最初のイベント、自己紹介が始まった。

 

「ではみなさん、お待ちかねの自己紹介の時間ですよー。といっても、規則上名前と学科――あ、これにはランクを含んでも構いませんよ――しか言っちゃだめなんですけど。でも、クラスメートに対する挨拶ぐらいはいいですよー」

 

 笑顔で人差し指を立てて説明する高天原先生。

 彼女の言った『規則』。これは武偵高ならではじゃねぇだろうか。

 名前と学科以外の個人情報(パーソナルデータ)を言わないのは、それは個々人で聞き出すべき情報だからだ。仮にも俺たちは武偵の卵。コネクションの構築も今のうちから慣れておくべきだ、という考えの下に、こういう形になった。2年からは、クラス分けしても自己紹介しないらしいしな。

 ああ、それからなぜ学科も言うかというと、このクラス分けは専門学科じゃなく一般学科で分けられているからだ。だから、強襲科(アサルト)の俺と超能力捜査研究科(SSR)の星伽が同じクラスになっているように、いろんな学科の奴が入り混じっているってわけだな。

 

「じゃあ、出席番号1番の君からお願いするわね」

 

 ――っと。そんなことを考えていたら、話が進んでいた。

 というか、1番って俺じゃねぇか。まあ、有明だからな。

 おし。じゃあ、いっちょやってみっか。

 俺はその場で起立し、身体の向きを教室の中心へ変える。窓側の一番前だから、こうした方がクラスの連中と向き合える。

 途端、視線が集中する。う、慣れてねぇんだよなこういうの。あんまり注目されるの好きじゃねぇし。

 まあ、いい。パッとやってパッと終わろう。

 俺は一息いれて、自己紹介を始めた。

 

「名前は、有明錬。専門学科は強襲科で――」

 

 と、そこまで言ったところで、一瞬逡巡が生まれる。

 あー……どうしようか。これは黙っとくか?

 ……いや、どうせすぐにバレる。ならもう今言っとこう。

 情報科(インフォルマ)――情報処理機器を用いた情報収集と整理を学ぶ学科――の情報伝達速度を思い出し、俺は素直に開示することを決めた。

 

「――ランクは、Sだ」

 

 一言で、簡潔に告げる。

 それを受けて、クラスがざわめいた。どよめきが手に取るように伝わってくる。

 そりゃあ、そうだろうなぁ。たぶん、俺が逆の立場でもそうするだろう。1年からSってよっぽどのことだぞ。

 だだ、惜しむらくはというか、別に俺はその()()()()じゃないってのがネックなんだよなぁ。

 おそらくは、あのSランク認定は何かの間違いなんだろう。多分、理子の自爆とかあの変質者との戦いとかが、なんかミスって評価されちまったんだと思う。ただまあ、だからっつって、自分から「ランクを下げてください」なんて言うのも変な話だしな……。

 それに、勘違いだろうがなんだろうがそういう評価を受けたんだ。だったら、それに見合うように努力したいしな。

 だからそうだな、代わりといっちゃなんだが、ここでみんなの誤解を解いておこう。誤解させたままじゃ、後々面倒なことになりそうだし。

 謙虚って大事だよな。ビバ、長いものに巻かれろ精神(ちょっと違うか)。

 脳内で即座に文章を練り上げ、同時に推敲する。そうして、誤った認識を正すための一文を構築する。

 よし、こんな感じかな。

 

「つっても、勘違いしねぇでくれ。本当の俺は、こんなもんじゃねぇ。Sランクなんざ、俺にはつり合わねぇんだよ」

 

 ふー、まあこれなら問題ないだろう。緊張したせいで、頭に思い浮かべたのと違ってちょっと初対面にしては荒い口調になっちまったが。生意気だとか、後でからまれないだろうか。

 よし、印象を良くする為に、少し笑っておこう。イメージ的にはニコッ☆って感じだ。鏡がないので見ることは出来ないんだが、なかなかいい感じになったんじゃないだろうか。

 よし、これで俺の番は終わりだ。さっさと座ろう。

 

『…………』

 

 ……あれ? なんで俺が着席しても次のやつが自己紹介しねぇんだ? 

 つーか、なんかやたらと静まり返ってる気がするのは、俺の気のせいでしょうか。

 10秒、15秒……どんどんと過ぎていく静寂の時間に、俺の心にむくむくと不安が湧き出す。

 え、えー、俺なんかしちまったんだろうか? 

 内心でダラダラと冷や汗を流しながら、頼みの綱・高天原先生に視線を送ってみる。お願いします先生、フォローしてください。こういう空気苦手なんです。何か気に食わない発言があったとしても、わざとじゃないんです。みたいな感じで。

 間違っても不快な思いをさせて手助けしてもらえなくならないように、さっきみたいにそっと微笑を添えて穏やかな雰囲気を出すことも忘れない。

 そんな俺の思いが通じたのか、高天原先生はハッとして、

 

「――あ、じゃ、じゃあ次の生徒さん、お願いできますか……?」

「は、はい」

 

 高天原先生の指示により、再び自己紹介は始まる。緊張を孕んでいた場の空気は弛緩し、ようやく時が動き始めた。

 そのことにほっと息をつく。あー、ビビった。

 なんだったんだ、さっきの空気は? 知らないうちにスベったのだろうか。

 結局その謎は解けることはなく、そんな俺を尻目にHRは進んでいった。

 

 * * *

 

「名前は、有明錬。専門学科は強襲科で――ランクは、Sだ」

 

 なんでもないことのように錬が告げた直後、1-Aをどよめきが包んだ。

 あるいは目を見開き、あるいは耳を疑い、あるいは声を上げた。

 それほどの衝撃が、彼ら彼女らを襲っていた。

 なぜなら、彼らは卵とはいえ武偵。Sという格付けがどれほどの偉業なのか、理解しているからだ。

 そもそも、Sランク自体が全世界でも700名弱しかいないのだ。その時点で、これが常人の枠には決して収まらない存在であるということが見て取れる。

 しかも、錬が冠すのは強襲科のSランクだ。それは、1人で特殊部隊1個中隊と渡り合える、という意味合いを込められた、文字通り格の違う戦闘力を持つ者しか与えられない称号である。

 栄誉、などという簡素な言葉で表せるレベルではない。

 それは洋の東西問わず、世界中の武偵たちの憧れと言えた。

 だが、

 

「つっても、勘違いしねぇでくれ。本当の俺は、こんなもんじゃねぇ。Sランクなんざ、俺にはつり合わねぇんだよ」

 

 有明錬はその世界クラスの称号を、()()()()()と、()()()()()()と、そう一刀両断した。

 侮辱もはなはだしい、と誰かは思った。冗談にもならない、とまた違う誰かが思った。

 無論、単純に驚愕や憧れを抱いた者もいる。だがこの瞬間、錬の発言を好意的に受け取った者はそう多くなかった。

 それはつまり、有明錬という男に負の感情を抱いたということでもある。

 最悪の滑り出し。

 これからこのクラスで、ひいてはこの学校で良好な人間関係を築きたいならば、言ってはならない台詞だった。

 事実、このままなら、スタートは順調とは言えなかっただろう。

 そう――()()()()ならば。

 80を超える瞳に見つめられ。好悪混じった感情を突きつけられ。

 

 それでも有明錬は、不敵に()()()

 

『…………』

 

 そして、彼ら彼女らは()()()()()

 その笑みに。これは決して冗談でもなんでもない、と言わんばかりの双眸に。

 全ての印象は払拭され、後にはただ一つの感情が残った。

 すなわち。

 この瞬間、誰もが有明錬を()()()のである。

 教室内に、沈黙の妖精が舞い降りる。皆、各々が今の心境を持て余していた。

 そんな中、高天原教諭を始めとする一部の生徒たちは、()()()()()()を想起していた。

 Sランクの上。

 生ける伝説たち。

 世界でもたった7人しか名乗ることを許されない世界最高のランク――『Rランク』を。

 RがRoyal(ロイヤル)の頭文字である通り、Rランク武偵とは各国の首脳や王族付きにされるほどの凄腕だ。

 そんな『武偵の頂点』に高校1年生である錬が届くとは、到底思えなかった。

 しかし、

 

(あの目、ふざけているようには見えない……。まさか、本気で目指しているというの? 世界のトップ7達を……)

 

 半信半疑ではあるが、高天原は錬の決意を読み取った。少なくとも、その眼差しに嘘はないように彼女には思えた。

 確かに、今の錬では足元にも及ばないかもしれない。

 だが、5年後は? 10年後は?

 手が、届くかもしれない。超人たちが住まう領域に、足を踏み入れることができるかもしれない。

 可能性の話。それはつまり、未来の話。

 それがどうなるかなんて、誰にも断じることはできない。だからこそ、そんな『いつか』も実現しうる。

 ごくり、と高天原は息を飲んだ。

 もしかしたら、自分は今、()()()を見ているのではないか。

 彼女は、そんなことを思った。

 ――と、その時、用は済んだとばかりに錬があっさりと腰を下ろした。

 そして、彼は微笑を浮かべながら、高天原をまっすぐに見つめた。

 目と目が合う。彼の吸い込まれるような黒瞳には、やはり不敵な色が浮かんでいた。

 まるで、「このくらいの事で呆気に取られるなよ」とでも言うように。

 そこで我に返った高天原は、慌てて出席番号2番の生徒を指名し、続く自己紹介を促した。

 

(…………)

 

 3番目、4番目と続く中、高天原はちらりと錬を覗き見る。

 彼は頬杖をつきながら、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

 その眼差しが見据えるのは、青き天空か、あるいは宣言した未来か。

 探偵科担当の高天原にも、それは推理できなかった――

 

 * * *

 

 あー……今日の晩飯何かなぁ。

 俺は自分の番が終わったのをいいことに、ボーっと外を見ていた。

 ――って、やべ。ちゃんと自己紹介聞いとかねぇと。1週間で全員の顔と名前を一致させられるようにならねぇと、教務科(マスターズ)に内申点引かれちまうんだよな。

 まぁ、つっても今全員覚えてたら長くなるんで、とりあえず俺が気になった連中だけ覚えていくことにしよう。

 まずは、柔和に整った顔の、爽やか風味のイケメン君。襟元まで伸びた茶髪が垢抜けた雰囲気を演出している。

 彼は、女子のハートを打ち抜くであろうイケメンスマイルと共に話し始めた。

 

不知火(しらぬい)(りょう)です。強襲科のBランクですが、在学中に1つでもランクを上げられるように頑張りたいと思っています。これから1年間、よろしく」

 

 お、おおう。すげー模範的な挨拶だな、おい。優等生タイプだ。

 武偵高じゃ天然記念物並だよなとか思いつつ、次は時雨だ。

 スラリとした立ち姿に、感嘆の声がちらほらと。凛々しい魅力を持つ時雨は、男女問わず人気だったからなぁ。

 

「鈴木時雨だ、よろしく諸君。専門は尋問科(ダギュラ)でBランク。ちなみに、一番初めに大言をかました有明錬の嫁だよ。冗談だがね」

 

 ある意味で俺がSランクだと言った時よりクラスがざわめいた。よし、後であいつシメよう。まあ、十中八九負けるだろうが。

 ホント、あいつはああいうところがなけりゃいい奴なんだけどな。いや当然すげーいい奴ではあるんだが、玉に(きず)というかなんというか。

 それはともかく、続いては遠山の番だ。

 

「遠山キンジ。強襲科Sランクだ。よろしく」

 

 俺が言うのもなんだが無愛想な自己紹介だったんだが、2度目となるSランク宣言はバッチリ聞き取ったらしく、「あいつもかよ……」みたいな呟きがあちこちから漏れた。安心しろ、俺と違ってそいつはガチのSランクだ。

 当の本人は大して気にしたような様子はなく(あとで聞いたら内心緊張していたらしいが)、それ以上は何も言わず着席した。

 お次は、ただでさえ前髪が長い(ついでに後ろも長い黒のロングヘアーだ)のに俯いているせいでまったく目元が見えない(かろうじて銀縁メガネをかけているとわかる)女子。……おい、なんだその驚異の胸囲は。星伽に届くレベルだぞ。なんか、全体的にエロい。

 彼女はやたらとビクビクと小動物チックに震えながら、

 

「な、なか、中空知(なかそらち)み、みさみさ、です! ああ、じゃない、ですっ! 美咲(みさき)です! こね、通信科(コネクト)――通信機器を用いた情報連絡によるバックアップを学ぶ学科――のえろい、ちがっ、ええAランクですっ」

 

 緊張してんのかやたらとどもりながら言い終えた中空知は、これ以上耐えられないとばかりに高速で腰を下ろす。これで、なんで通信科のAランクが務まるんだ?

 まあいい、どんどんいこう。

 今度はまんま小学生みたいな身長で、ショートカットの髪を耳の横でくくっている女の子だ。つか、もしかしてホントに小学生(インターン)じゃねぇだろうな?

 擬音をつけるならば、にぱー☆といった感じの笑顔を振りまきながら、女の子は自己紹介をする。

 

平賀(ひらが)(あや)ですのだ! あややって呼んで欲しいですのだ! あややは装備科(アムド)――装備品の調達・カスタマイズとメンテナンスを学ぶ学科――のSランクだから、みんなも武装のことならあややにお任せなのだ!」

 

 天真爛漫という言葉がこれほど似合う人もいねぇだろ、ってな感じの平賀(ちゃん?)。つーか、またSランクかよ。「Sランクのバーゲンセールだな」って呟いたそこの男子、その気持ちすげぇわかるぞ。Sランクとはなんだったのか。

 おっと、続いて星伽か。

 入学試験の時とは違って制服姿の彼女は、鴉の濡れ羽色をした長い黒髪をしゃらりと揺らしながら、音を立てずに起立する。

 

「えっと、星伽白雪です。専門学科は超能力捜査研究科で、ランクはAランクです。みなさん、これから1年間、よろしくお願いします」

 

 折り目正しく礼をしながら、真面目を貫いた挨拶を披露する星伽。浅い付き合いだが、なんともあいつらしいな。

 さーて、お次は……げ、理子か。なんか、嫌な予感がすんぞ。

 星伽と正反対にガターン! と椅子を鳴らせながら立ち上がった理子は、まるでアイドルさながらにウインクして手を振る。

 

「峰理子でーす! みんな、りっこりっこりんにしてやんよっ。強襲科のBランクだけどぉ、くふふっ、レンレンにあんなことやこんなことされなかったら、Sになってたかもねぇー?」

 

 レンレン、の所で俺の方を向いて(つーか指もさして)とんでもない発言をかました理子。……無視だ、無視。こういうときにはスルーが一番だと、俺はすでに去年学んでいる。

 というわけで理子の発言はスルーしつつ「あーん、レンレン冷たいぞぉー!」うっせぇ!

 次だ、次。今度は、かなり背の高いツンツン髪の男子に移るとすっか。

 というか、俺こいつ見覚えあるぞ。確か入試のとき、妹と一緒に来てたやつだ。

 もし仲良くなることがあればそれをネタにしてやろう。普段の俺なら初対面の人間にそんなこと思わないんだが、なんかこいつイジられキャラの素質がありそうなんだよなぁ。

 

「オレぁ、武藤(むとう)剛気(ごうき)! 車輌科(ロジ)――車輌・船舶・航空機の運転操縦を学ぶ学科――のAランクだ。乗り物のことならなんでもござれ。ま、いっちょよろしく頼むぜ」

 

 ほー名前どおり豪気な野郎だな。若干暑苦しそうではあるが。それよか、いいなぁ車輌科でAって。いろいろ乗れんだろうな。羨ましいぜ、チクショウ。俺も履修しようかな?

 と言ってる間に、いよいよ最後。

 トリを飾るのは、ライトブルーのショートカットで、小柄な身体と対照的な武器(エモノ)、狙撃銃を背負った女子だ。

 黄金色をした澄んだ眼差しは、まっすぐ前を向いている。それはつまり、誰も見ていないということだ。

 そんな姿にどこか孤独さを感じる中、彼女は淡々と告げた。

 

「レキ。狙撃科(スナイプ)Sランクです」

 

 ……あ、それだけ? あっさりしてんなぁ、おい。

 4人目のSランクってインパクトまで薄れちまったみたいだ。いや、それでももちろんみんな驚いてっけどな。というか、Sラン4人って。過剰戦力だろ、これ。

 俺的自己紹介だけじゃなく、全員含めてレキが最後だったので、高天原先生がパンと軽く手を打って締めに入る。

 

「はい、みなさんありがとうございます。一期一会の精神で、仲良くしていくんですよー?」

 

 と前置きしてから、

 

「今年私たちのクラスは、Sランクさんが4人もいるんですねえ。これは、体育祭(ラ・リッサ)でクラス部門の優勝が狙えるかもしれません。アドシアードは、選手として参加できるのは2年からなので、それまで待ってくださいねー」

 

 という台詞に始まり、その後もちょこちょこと明日からのことなんかを話して、そしてHRが終わりを告げた。

 つってもそれから、さっそくいろいろあったんだけどな。Sランクに対する質問攻めとか(「あれ、本気なんだよね?」とかわけのわからんことも聞かれた)、なぜか速攻仲良くなった時雨と理子が2人がかりで俺を色情狂にしたてあげようとしてきたり(グロックで黙らせた)、遠山と俺が引き分けたという話が広まって無理やり再戦させられそうになったり(クラスメートどもは賭けの対象にする気でいやがった)、入学初日とは思えんほど騒がしい一日だった。

 そして、これから俺の予想通り尋常じゃなくトラブルが起こりまくる1年になるんだが……それはまた、いずれ話そうと思う。

 だから、まずはこの物語を始めさせてくれ。

 その物語のスタートラインは今から丁度1年後――

 

 ――空から女の子が降ってくるところから始まる。

 

第零章 スタートライン   END




これにて第零章は終了です。次回から、原作一巻の内容に移っていきます。
それでは、また次回。

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