連装砲ちゃんとのご挨拶も終わり、いよいよ訓練が始まる。
大鳳、島風、暁が横一列に並び、前にいる木曾を見つめた。
「では、これから航行訓練を行う。本日は輪形陣を主体とする。これは航空戦力である大鳳を主体とする作戦が多くなるのを考慮してのことだ」
大鳳は自分が主力であると告げられ、ぐっと拳に力が入った。
少し前までふざけていた島風たち駆逐艦も神妙な顔つきになる。
そんな3隻を見て、木曾は満足げに頷く。
「よしよし、良いツラだ」
そして、自信満々に口を開いた。
「さあ、訓練、開始するぞ!」
「暁、ちゃんと大鳳の動きを読め!島風、連装砲をちゃんと誘導しろ!」
木曾の怒号が飛ぶ。
連装砲ちゃんはどうやら完全な自立駆動は出来ず、ある程度は島風からの指示がいるらしい。
輪形陣は空母や旗艦等を中心に、それを僚艦で囲む陣形だ。この陣形を作るには原則5隻必要だが、その5隻目は連装砲ちゃんを置いている。
大鳳を中心とし、前に連装砲ちゃん、右に暁、左に島風、後ろに木曾の陣形で半径3㍍の円を描く形だ。
『大鳳、そこから4時の方向に面舵』
『了解』
無線を通じて、木曾から指示が来る。今、この無線は木曾と大鳳にしか使われていない。
つまり、暁と島風はいつ、どこへ大鳳が向かうのか、わからない状態だ。
大鳳の挙動を見極め、先を予測し、次の新たな位置へと移動しなければならない。
見た目は普通の航行訓練だが、その実はかなり高度だ。
そして…
『おい、3時の方に進んでんぞ』
「うぇ!?ホント!?」
大鳳は慌てて向きを変える。
『5時になってる』
「嘘!」
又向きを変える
『実は嘘だ』
大鳳は態勢を崩しかける。
「なんなの!?」
『からかいたくなった』
堂々と言われ、溜め息をつくしかない。
『溜め息つきたいのはこっちだ。自分で考えろよ』
「う…」
痛いところをつかれ、胸をおさえる
「島風!連装砲をふらふらさせんな!」
「だってぇ、大鳳さんがあっちこっち行くから~」
又しても突かれ、胸がさらに痛む。
そう、大鳳がミスをすると、駆逐二隻も怒られる。
大鳳のミスが訓練をさらに高度化させるのだった。
ミスをするまいと思うほど、体が硬くなり、初歩的なミスを重ねてしまう。
『バックして、2秒後に前進。』
「りょ、了解」
後ろに進むという艦娘ならではの動きの指示。
重心を後ろに傾け、転倒するかもという怖れを抑える。
大鳳の後方への動きに合わせ、3隻(プラス1)が移動した。
1,2
2秒数え、姿勢を前のめりに戻す。前のめりに…。
「きゃあ!」
前傾しすぎでこけそうになる。
姿勢を戻すため、右足を前に踏み出し、その右足の推進機に力を入れた。
「え?ちょっ、げ、ぐはぁ!」
力のいれすぎで後ろに急加速してしまい、木曾とぶつかる。
安全装置が働き、推進機の活動が停止。二隻仲良く海面へと突っ込んだ。
「あ、連装砲ちゃん!」
そこへ島風が停止の指示を忘れた鉄の塊が飛び込んできた。
「ぐふぁっ!」
大鳳のみぞおちにクリーンヒットし、大鳳の意識を一瞬飛ばしかけた。
「だ、だいじょうぶ!?」
暁が心配そうに駆け寄ってきた。
そうか、暁にはこれが大丈夫に見えるのか、大したレディだ。
「だ、大丈夫よ」
大鳳は歯をくい縛りながら微笑んだ。
本当はお腹を抱えたまま叫び転がりたいが、これ以上は醜態を晒したくなかった。
一足先に回復した木曾が立ち上がり、やれやれと言いたげに告げた。
「一旦休憩だ」
太陽がもう少しで頂上に登りつめようとしている。
4隻(プラス1)はコンクリート岸に腰掛け、木曾が持ってきたスポーツ飲料を飲んでいた。
かなり甘く感じることから、疲れていたのを実感する。熱くなった喉が
冷やされる感触が気持ちいい。
「キソは悪くないんだがなぁ」
「いいえ、木曾が悪いわ」
「オレのことじゃない、基礎。基本のことだ」
口周りをぬぐいながら、暁の勘違いを訂正する。
「そうかしら…」
ついさっきのことなので大鳳は落ち込み気味だ。
「見た感じ悪くないし、そもそも鹿島は基礎も出来てないヤツを放っぽり出さない」
「ええ…」
力なくだが、木曾の意見を大鳳は肯定する。
鹿島先生は熱心で、こんな自分を何度も何度も支えてくれた。感謝してもしきれない。
木曾は少し思案し、暁たちの方に声をかける。
「そうだな…。島風、暁、倉庫からポールを5本ほど持ってこい」
「ふぁーい」と、面倒だがスポーツ飲料もらったし、しょうがないかという声が聞こえてくる返事だ。
「はあ、なんで、『はいっ』って言って、動けないんだ」
木曾は肩を落として、空になったペットボトルをぶらぶらさせる。
「オレの指導が悪いのかねぇ。神通がうらやましい、いや、阿武隈の方がうらやましいな。何故駆逐艦どもはあんなホワホワしてるやつの言うことを聞くんだ?一水戦の長だからか?」
木曾はあいまいな水平線を眺めながら、愚痴を飛ばしていく。
「あまりわからないけれど、隣の芝生は青いってことじゃない?」
「本当に青いもんな、あいつらが芝生ならオレはなんだ?ネコジャラシか?ペンペン草か?」
大鳳が慰めようとするが、木曾の愚痴は止まらない。
強気な木曾が駆逐艦の指導となると弱気になるのは意外な一面を見た気がした。
「アネキもこんな気持ちだったのかな…」
木曾はコンクリートに背中を預け、上空に漂う雲を見つめる。
そうか、木曾にはお姉さんがいるのだと今更ながら気づいた。
艦娘には自分の姉妹艦と本当の姉妹のような関係を持つ慣習がある。
大鳳は姉妹艦がいる艦娘を羨ましく思ったことが何度かあった。
「貴方のお姉さんたちは今どこにいるの?」
大鳳は何気なく聞いてみた。
木曾は球磨型軽巡洋艦5番艦。木曾が末っ子なのだと考えると、なんだか面白い。
「…球磨ネェと多摩ネェはショートランド泊地に長期遠征中。大井ネェは大湊警備府本部に在籍してるな」
流れていく白い雲を目で追いながら、木曾が答えていく。
確かショートランド泊地は激戦区の1つのはずだ。そこに出向したり、本部に在籍したりと、3隻ともかなり優秀なようだ。
大鳳は木曾に次の4隻目を促した。
「それで、もうひと…「キソーー!これ!どこに!おいたらいいのーー?」
島風に遮られた。
「おー、そっから1,5m間隔で直線に並べてくれー!」
コンクリート岸から海面へと跳び降り、木曾が大声を張り上げながら、島風に近づいていった。大鳳との会話を宙ぶらりにしたまま。
準備が整い、大鳳はポールのついたブイの列の前に立っていた。
『じゃ、いつもの航行訓練をするぞ。ポールを避けながら、S字に動いてくれ』
木曾からの指示を開始の合図として、身体を前傾させる。
ポールと自分との距離を見定め、右足を前に出す。
ブイを中心に出来るだけ小さく円を描くように回りこむ。
これを交互に繰り返していく。訓練所で何度も練習した動きだ。
5本全てのポールを触れずに通過した。
『よし、良い動きだ。次は後ろ向きに通過しろ』
難易度が上がったが、なんのことはない。これも何百回と練習した。
次は時間制限をつけられたが、ポールに何回か当たりながらもクリアする。
2本目を通過したら、3本目まで進み、2本目まで後ろ向きにもどり…といった動きも指示されたが、これもこなす。その次も複雑な指示が出されるがなんとかこなした。
全て訓練所でやった動きだ。
「え…?」
『気づいたか?』
木曾のニヤニヤしている顔がマイク越しにでもわかる。
『言っておくけどな、オレはお前が鹿島んとこで何の訓練したかなんて一切知らないぞ。テキトーに言っただけだ。』
さらに続ける
『いつもの訓練も今した動きの応用に過ぎない』
まあ、もう少し厳しくはするがなと付け加える。
『じゃあ、どうして出来ないと思う?』
出来ないというのは、先ほどの島風たちとの輪形陣のことか。
それなら答えは決まっている。
「それは私の練度が…『ぜんっぜん違う』
言い終わる前に木曾に否定された。
木曾の方を見ると、暁、島風を引き連れ、こちらに近づいてくる。
『今後言い訳に使えないように言っとくが、お前の練度は別に問題ない。まだ航行しか見てないが鎮守府海域、南西諸島海域に連れていく分には充分だろうな』
褒めているとしか思えないことを突然言い出した。
出撃出来ると聞いて、胸が少し高揚するのを自覚する。
『だが、今は連れていく訳にはいかない』
冷たい海水をかけられた気分になった。
「ど、どうして…?」
マイク越しでなくとも充分に聞こえる所まで近づいたが、木曾は止まらず、大鳳の当に目の前にまで行き、顔を寄せる。
「心に溝が出来てるからだ」
「溝…?」
意味がわからないにも関わらず、背中をナイフで突かれたようだ。
顔が強ばったのを見て、木曾は失笑する。
「たいしたことじゃない。訓練所から出たばかりの艦娘にはよくあることさ。鎮守府に着任するとな、自分が強くなったように錯覚してしまうんだ。実力は変わらないのにな」
「そんなことはない」と言いたいのに、口が上手く開かない。
「そうなるとな、あるべき自分と本当の自分との溝が出来る。開けば開くほど焦ってヘマばかりしてしまう。そして、さらに開いて…って感じでな」
背中をナイフで薄く傷が刻まれていくような、悪寒が止まらない。
「そんな奴を連れていくわけにはいかないだろ?戦場の圧力にやられて、さらに開いて、勝手に自滅しちまう」
ゴキュと喉が不快に鳴る音がした。知らぬ間に強く噛みしめていた。
「き、木曾は、私がそうだって、言うの?」
「あぁ、多分そうだろうな。さっきの訓練だって、オレは後ろから見ていたが、相応の実力に見えた。なのに、お前は過剰にミスに反応し、ミスを重ねていた」
「ッ!」
反論しようとしていた大鳳は口をつぐむ。
「お前は真面目だしな、そうなりやすい。しばらくはここで訓練か、プラントつまり正面海域に出撃…」
「ふざけないで!!」
大鳳は木曾の胸ぐらをつかみかかった。今までずっと二人のやりとりを黙って聞いていた暁たちは驚きで肩を震わせる。
つかんだまま大鳳は目を血走らせ、木曾を睨み付けた。
「それじゃあ何のために今まで頑張ってきたかわからないじゃない!」
木曾は怒るでもなく、大鳳の瞳をじっと見据えながら淡々と説明する。
「永久にしないわけじゃない、少しの間だけだ。さっきも言ったようにこれはよくあることで、オレも暁もそうだった。我慢しろ」
はい、そうですかと納得しようにも出来ない。
戦わなければ、自分の存在意義が無くなる。
つかんだ腕にも自然と力が入る。
「貴方さっきも言ったじゃない!私には充分な練度があるって!溝が何よ!そんなもの、この大鳳には何の関係もないわ!」
「そう勘違いするのもよくあることだ」
両者は黙り合い、ひたすら睨みあっていた。
二隻の駆逐艦はどうすることもできず、ただ見守っている。
聞こえるのは風と波の音、そして、駆動音のみとなる。
そして、沈黙を破ったのは誰でもなく、敵の来襲を告げるサイレンだった。
とうとうストックがなくなりました…
次は出撃です。
二週間以内を目指します。