なにしおはば   作:鑪川 蚕

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久し振りの更新となってしまいました。
もう少しスムーズに進むはずだったのですが、私事で予想外のことが多過ぎて…。すいません。



15話 中破

 

「強い…!」

 

眼前に広がる光景に大鳳は汗を流す。

絶対に無茶だと判断した戦況をあの2隻はあっという間にひっくり返してしまった。

島風は4隻を、木曾は格上の1隻を相手取り、見事勝利を収めた。

これが舞鶴鎮守府第2艦隊の力なのだと背中が震える。

 

「私も!」

 

航空戦はじり貧ともいうべき様相を呈していた。

敵が52型を集中攻撃したため、反対にこちらが攻撃しやすかったのは事実だ。

しかし、次々と52型を墜とされたため、こちらの戦力が弱体化しているのも又事実である。

帰還途中である52型さえ補給出来たら、航空優勢にまで持っていくことが出来るかもしれない。

 

「早く…。早く帰って来てっ…!」

 

祈りが通じたのか、大鳳の後方からプロペラの羽ばたきが聞こえ、さらには左斜め、つまり10時の方角から複数の機影が見えた。

大鳳は歓びをもってそれらを迎えようとしたが、直ぐに違和感に気づいた。

 

「どうして前方から!?」

 

大鳳は索敵をした際、360度全方位に飛ばした。

前方に飛ばしたものは全て迎撃に送ったはずだ。

その瞬間、大鳳は己の愚かさに愕然とする。

 

「あれで全てではなかったのね…!!」

 

少し考えてみれば、実に馬鹿馬鹿しい。

大鳳の搭載数は軽空母並みだ。ならば、どうして大鳳の搭載数の半分と軽空母ヌ級の搭載数の全てが等しい理由がある?

こちらは装甲空母であちらは軽空母。たったそれだけの根拠なき理由が大鳳の眼を曇らせていたのだ。

 

「ど、どうしたらいいの…?」

 

呆けたように呟いた。しかし、誰もその問いに答えない。木曾と島風は一刻も早いヌ級の撃破を迫られていた。

 

「どうしたら…」

 

焦点が上手く定まらない。呼吸が不揃いだ。整えようとすると喉に何かがつっかえ吐き気がする。

そんな精神状態下でも、責任感という理性によって大鳳は2つの案をなんとか考え出した。

1つはこの場で機銃を構え、この身ひとつで迎え撃つ。もう1つは後方へと出来る限り後退し、52型の発着艦を急ぐ。

果たして大鳳が採った選択は後者だった。

敵の狙いは輸送船。ならば、それから離れた場所でせっせと撃っていたところで、射程外を飛ばれてしまえば、何の意味もない。

さらに、機銃より戦闘機の方が対空威力、範囲共に上。

発着艦操作と遠隔操作の同時並行はごく短時間なら可能だ。

 

だから、私の判断は間違っていない。

こんな状況下で論理的な判断が出来たことを評価したいぐらいだ。

 

そう、これは決して撤退などではない。

恐怖で逃げているのではない。

逃げた結果、たまたま正解だったなんて、言い訳を重ねることでもっともらしく見えているだけだなんて、考えたくもない。

 

鈍色の機体が大鳳の上空に達した。

大鳳は機銃を構えるも、撃墜よりも移動を優先させる。

大鳳の52型がもう目前まで迫っていたからだ。

敵に気づかれ、着艦する前に墜とされては元も子もない

判断過程がなんであれ、大鳳の判断は正しいのだろう。

 

敵の目的が輸送船の撃沈であったなら。

 

「どうして…?」

 

大鳳は自分へと今にも突撃してきそうな鈍色の鉄塊に戸惑う。

 

あいにく本当の目的は本土襲撃。

達成のために一番の障害となりうる装甲空母を消そうとするのは当然だとも言える。

 

「くぁ…!きぅっ…!るぁっ……!!!」

 

回避のために働く電気信号があまりにも遅くて、

口は固まって動かない。身体も動かない。

ようやく動けたのは

艦爆と思わしき機体が黒色の爆弾を放り投げた後だった。

 

「来るなあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

大鳳の心からの叫びはあっけなく爆発音と爆炎に包まれ掻き消された。

 

 

いたい。いたい。つらい。つらい。

腕に、頬に、脚に、脇腹に、手の甲に高熱の炭火を圧し当てられたような痛み。

氷に漬け込んだような血液が頭から脚へと流れていき、寒気が内側から込み上げた。

視界は溶けたように安定しない。髪が燃え、鼻を突く苦味に溢れた臭いが漂う。

服は裂け、微かに盛り上がった胸元や程良く引き締まった腿が剥き出しになった。

艤装同士を繋げるコードは千切れ、そこかしこから噎せるような黒煙が艤装から吹き出す。

消火設備が作動。機関に仕込まれた缶が飛び出し、中の消火液がスプリンクラーのように

散布される。即効性の鎮痛剤が配合されているのか幾分か痛みが和らいだ。

だが、鎮痛剤は心の痛みまでは和らげることは出来なかったようだ。

 

大鳳は穏やかな笑みを浮かべ、まぶたが閉じようとするのを止めようとしなかった。

 

もう、無理ね。身体を動かすのが億劫になってしまったわ。

後は木曾たちに任せてしまいましょう。

大丈夫。あれだけ強いのだから。私なんかよりも。

 

ぼんやりと見える海原の上を走る木曾たちの姿は何故かはっきりと美しく見えた。

そんな彼女達を乞うように力なく持ち上げた左手は醜く滲んで見えた。

 

「おかしいわね…」

 

大鳳は薄く嗤った。

 

 

「おかしいだろうが…」

後方の異変に気付き、振り向いた木曾が声を漏らす。

 

 

大鳳は視線を、右足を持ち上げ、それぞれを敵機に、海面に叩きつけた。

 

どうして諦めようとしているの?

「本当におかしいわね 」

 

大鳳はもう一度だけ自分を嗤った。

「この大鳳は不沈艦なのに」

 

 

 

「どうなってやがんだ、あいつは!?」

「ス…ゴ…イ!!!」

 

ヌ級への9本の魚雷を撃ち終え、次発装填を待つ木曾と島風の顔は驚愕で塗りつぶされた。ヌ級も既に笑みなど失くしていた、遠くにそびえ立つ未知の恐怖がそうさせたのだ。

 

前述の通り、艦娘の損傷具合には段階がある。そして、中破になった時が最も不具合を自覚する時である。中破時は小破時に比べ格段に全身における機力の運搬系統が乱れる。その影響は顕著だ。砲撃及び雷撃の威力減少、命中精度低下。生体防壁機能低下。最高 航行速度減速。ざっと挙げられるだけでもこれだけある。

そして、中破の影響を最も受けている艦種は空母であると言われている。

機力運搬系統の乱れにより発艦装置への十分な、そして安定した機力の注入が不可能となり、艦載機の召喚、運用が不可能になる。つまり、空母は中破した瞬間に置物と化す。

 

このことは艦娘にとっての常識だ。

 

だからこそ、おかしいのだ。

 

深緑の単葉機が未だに海に没せず、空で飛行していることは。

装甲甲板に藍の灯火が灯ることは。

 

大鳳は「戦」のマガジンをボウガンから甲板へと一瞥もせずに移動させ、今しがた補給を終えたばかりの52型を取り込んだ。

「零式艦上戦闘機52型っ!!発艦始め!!」

 

蒼の閃光とともに深緑の機体が姿を現す。

 

たった1隻の装甲空母が常識を覆した瞬間だった。

 

装甲空母大鳳型一番艦大鳳。彼女の最大の特長は厚い装甲でもバランスのとれた搭載数でも速射性の発艦装置でもハリケーンバウでもない。ましてや薄い胸部装甲でもない。

全空母が願い、諦めた、中破発艦である。

 

 

 

固まったヌ級に5本の魚雷が突き刺さる。

ヌ級の腹部が裂け、奇声とともに濁った重油や屑鉄で出来た艤装の破片が吹き出す。

重油に引火し、ヌ級が炎海に身を沈めていった。

制御を失った敵機は一瞬静止したかと思うと輸送船や大鳳へと体当たり攻撃を仕掛ける。

しかし、大鳳の手により全て撃墜され、無駄な試みとして終わった。

もう大空を背景に飛び交う鈍色の艦載機は消え失せた。

 

乱れた髪を整えながら、少女は空に刻まれた勝利を噛み締める。

そして、無我夢中になって気づかないでいた自身の特異能力に歓喜する。

 

艦生初の勝利。

これ程乞い焦がれていたものもなかろう。

 

「…っ!…っ!」

 

声に表せないほどの快感が大鳳の神経を満たしていく。

だが、その快感を木曾が消し去った。

 

「12時の方角、複数の艦影を発見!支援艦隊だと思われる。」

 

見れば確かに大小様々な艦影が見えた。特に中央のヒト型の深海悽艦は遠くにいるにもかかわらず、克明に確認出来る。

黒スーツの殺し屋に似た容姿をもつル級は照準を合わせようと重たげに両腕の巨大な砲塔を動かす。

 

「そんな…」

 

戦艦は空母と違い、撃沈させても放たれた砲弾が急に失速したりなどしない。

もしその砲弾が島風 、木曾に直撃したら?島風は装甲の薄い駆逐艦、木曾は中破か大破か見分けがつかないほど生体防壁が崩れ始めている。直撃弾をもらえば、両者とも最悪轟沈だ。

 

「それだけは…いやっ!!」

 

『ええ、アタシも』

 

大鳳の独り言に答える突然の声。

遥か後方からの発砲音が衝撃波となり大鳳の耳をつんざいた。

そして、破壊力を纏った白色の徹甲弾が宙を伝い、ル級のすぐ傍に着弾。

 

『チッ』

 

微かな舌打ち。

 

「あれは…」

 

戦闘時当初にはなかった、ル級の遥か上空を舞う深緑の複葉機。

 

「零式艦上観測機!?」

 

『目標より3.5m右方弾着。観測機からの電信を元に誤差修整……。…修整完了』

 

弾着観測射撃。観測機が敵艦の位置を知らせ、砲撃後その誤差も伝えることで、砲撃の精度を高める。艦娘の海戦を大きく変えた一つとして知られている。

 

『全 砲 門 一 斉 射 !!』

 

徹甲弾が空を駆け、ル級を槍の如く貫いた。

ル級の機関部、爆薬庫が全て粉砕。それでもなお発射を試み、引火。大爆発を起こし、藻屑と消え失せた。

 

『遅くなったわね』『みんなぶじ!?』

 

振り向くと、巨大な艤装を引っ提げ、ライトブラウンの毛先をいじる艦娘と紺色の海兵帽を振る艦娘の姿があった。

 

『もっと遅くてもよかったんだぜ』

『あらあら、沈みかけが何か言ってるわね』

 

木曾の減らず口を陸奥があしらう。

大鳳は喜びをもって報告する。

 

「皆さん!敵が撤退していきます!!」

 

やはり戦艦ル級が旗艦だったのか、指揮艦と重要な戦力を同時に失った残りの重巡、軽巡、駆逐艦がこちらに背を向け撤退していく。

 

「意見具申。追撃すべきかと!」

『…』

 

大鳳の意見でそこにいた全員が押し黙る。

追撃の有益性と危険性を秤にかけているのだ。

 

「ど、どうしてですか!?敵は壊滅寸前!そして、私の力があれば殲滅は余裕です!」

 

若干の慢心をにおわせながら大鳳は続ける。

 

「皆さん、思い出してください!ここは鎮守府近海です。絶対国防圏を突破され、撃退したとはいえ、逃走を許したとあれば国民の私達艦娘への信頼を失う結果とならないでしょうか!?」

『少し待ちなさい。今、提督と通信を繋げているから』

 

冷水をかけるような陸奥の言葉。

しかし、大鳳の熱は冷めなかった。

段々と小さくなっていく敵の背中に大鳳は歯ぎしりする 。

 

もし逃げた先に輸送船、遠征中の艦娘がいたとしたら?

ふとそんな悪い予想が頭を次々と過る。

駄目だ。少しでも身体を動かせば…。

 

その時一隻の軽巡が苦し紛れに魚雷を放った。

魚雷は大鳳達から遠く離れた、検討はずれの場所で爆発した。

そのたった一発が大鳳を動かす充分な着火剤となってしまった。

 

「逃がすもんですかっ!!」

 

大鳳は出力を最大限にし、海上を疾駆する。

 

『大鳳っ!?待ちなさい!!』

 

陸奥の制止は届かない。

 

「逃がさない。もう仲間を…信頼を…失うのは」

 

「嫌!!」

 

遠い暗い過去の急速なフィードバックが大鳳の思考を固めていく。

大鳳の五感は全て深海悽艦に集中していた。

 

「ダメだ!追い付けねぇ!!」

 

後を追う木曾を完全に振り切る艦速。当然とも言える。大鳳型は改翔鶴型、大破時に40ノットを記録したと言われる翔鶴型の後発型だ。

大鳳にもそのポテンシャルがあったとしても不思議ではない。

 

艦影を捉え、発艦準備に移る大鳳。手探りで九九式艦上爆撃機のマガジンを手繰り寄せ、ボウガンに差し込んだ。

 

「九九し…」

 

言い終える前に大鳳は聞こえるはずのない、しかし聞いたことのある音を捕らえた。

 

「これは…」

 

 

丁度同時期、陸奥は京の久し振りに激昂した声を受信していた。

 

『なんとしても!』

 

『大鳳を』

 

『止めろ!!』

 

『それは』

 

 

『罠だ!!』

 




次は4週間以内を予定しています。
色々片付けないといけない用事が積み重なっていて…。

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