「しまった…!」
突如現れた雷跡。
大鳳は何故かそれが何によるものか理解できた。
「潜水艦!」
突破困難な絶対国防圏をいかに深海悽艦達は掻い潜ることが出来たのか?
海上は艦娘の哨戒、対空電探を応用した広範囲索敵レーダーが点在する。
ただ海中に関してはまだまだ未熟な部分が多く、対潜能力の高い艦娘による哨戒が精一杯だ。
そこを敵は突いてきた。
潜水艦が防衛網の抜け道を発見し、艦隊を誘導したのだった。
そして、本来ならば役目が偵察であった潜水艦は奇襲に利用された。
旗艦である重巡リ級flagshipの命によって。
「リ級、アナタが旗艦だったというわけね 」
ビキニのような服を纏う人間型の深海棲艦の背中を陸奥は睨み付ける。
旗艦であるはずの戦艦ル級の撃沈にもかかわらず、すぐさま統率の取れた撤退をしたことにこれで説明がつく。
作戦が失敗した際の置き土産として潜水艦を配置したのもおそらくはリ級だ。
「回避を。回避を!」
中破発艦が可能であるとはいえ、中破状態に変わりはない。
基本的に大鳳の大体の性能は低下していると考えてよい。木曾ほどの老練となれば己を把握した上で変わらず行動ができるが、大鳳が木曾と同じく動くには圧倒的に練度が足りなかった。
迫る魚雷。足下から伝わる悪意に大鳳は身を震わせる。
「あ、あ…、あひぃ、ひぃあ…!」
右に?左に?それとも島風のように上に跳ぼうか。
「……駄目」
安易で無情な結論に行き着き、希望を自ら断った。
轟沈すると、魂はどこに行くのだろうか。
又転生できるとしたら、転生を拒否したい。
何者でもなく、誰に知られることもなく、曖昧な存在になりたい。
最期を迎えるために閉じかけた目に映ったものは
潜水艦でも、魚雷でも、蒼い水面でもなく
「ま に あ っ た ! ! !」
彗星のような速さを誇る駆逐艦、島風だった。
潜水艦の存在を予想出来たのは京だけではない。
島風は天性の勘と戦場の最前線で築き上げた経験でもって、先日の遠征において中破した原因が潜水艦であると予想していたのだ。
島風は足下を走る魚雷を踏みつけ、起爆させる。
突如巻き起こる爆風が大鳳を襲う。
とても目を開けられず、腕で顔を隠しながら、身を守る。
そして、次に見た景色には更なる傷を負っていない自身の制服と露出した薄橙色の肌に無数の切り傷、擦り傷、火傷を負った島風の全身。
「えへ、へ、怪我しちゃった…」
小さい身体ながら懸命に痛みを隠そうとする姿に胸を締め付けられる。
明らかな大破状態、緊急生命維持装置(通称:緊急ダメコン)が働いているからこそ、意識を保っていられる。装甲値が高いとはいえ、それは駆逐艦に限った話。魚雷一発でも命取りとなるほどの装甲しかない。
「どう、して…?」
「だって…、ともだち、だから…」
当然のように笑って答える島風に大鳳は戦慄する。
友達だから。たったそれだけの理由で命を投げ出せるというのか。
自分にとっての友達と島風にとってのともだちの意味が大きく違うことに今になって気づく。
こんなことになるなら、あの時に軽々しく友達などと言わなければよかった。
「ごめん…なさい」
「なんで、謝るの?」
島風は膝に手をあてながら、大鳳に顔を向け薄く笑った。
「だって…!貴方が…!」
「ッ!」
その時、大鳳は強烈な既視感と違和感を覚えた。
(もう一本、魚雷が直撃する!)
根拠などない。もしあるとするならば、前世の、今もなお苦しめる、あの忌々しい記憶。
そして、島風は魚雷、当たれば間違いなく沈むであろう脅威を甘んじて受け止める気でいるように見えた。
悪い予感というものは往々にして当たる。
シュルルという独特の排気音が耳をつんざく。
「島風!逃げて!」
大鳳の呼び掛けを無視し、島風は笑ったままだ。
島風は大破状態、動くのもやっとな状態、島風自身では避けきれない。
大鳳は島風を庇うべく駆けよろうとした瞬間、
「来ないで!!!!」
聞いたことがないほどの大音声の先制に大鳳は硬直する。
一瞬の金縛りが解け、大鳳は進もうとする。
「大丈夫よ。私は…」
一発の魚雷で沈むはずがなかった。
唐突に蘇る記憶。
強烈な爆発音。飛び交う怒号。各部の故障。積み重なる不運。充満するガス。全てをなめ尽くす火焔。揺れる艦船。吹き飛ばされる乗組員。海兵の慟哭。遠ざかる空。冷寒な海中。静かな水底。
推進機の稼働が停止した。
「え……」
突然のことに焦りを隠せない大鳳。それを見て、追い付かれないことを確信した島風は安心したように口を開く。
「あのね、連装砲ちゃんをともだちって言ったらね」
どうして?どうして?動かないの?
「みんな、変な顔をするの」
早く。早く動いて。
「おかしいよって言う娘もいた」
仲間を、友達を見殺しにしたくない
「赤城さんや武蔵さんはいいねって言ってくれるけど」
私は大鳳よ。貴方を必ず助けてみせる。
「でも、その目には可哀想が混じっている気がするの」
ねぇ、だから、
「大鳳さんが連装砲ちゃんを心からいいわねって、ともだちになりましょうって言ってくれた時」
そんな顔をしないで
「ほんとーにうれしかった」
そんなに素敵で可愛い笑顔をしないで
「ありがとう」
純白の水飛沫が巻き上がり、轟音が鳴り響く。
それらが掻き消したかのように大鳳の意識はそこで途絶えた。