「おい!てめぇ、さっさと出てこい!」
「木曾!何て言い方!」
「陸奥、お前は甘いんだよ!こういうのは扉をぶっ壊して無理矢理…」
バン!と部屋の内側で何かを叩きつけた音がした。
騒いでいた二隻は口をつぐむ。
「あの…、大鳳…。置いておくから…。そのっ、た、食べないとアタシが食べちゃうわよっ!?今日のポテトサラダ、絶品なんだから!」
無理矢理に笑った調子で陸奥が冗談を言う。
木曾は下唇を噛み、そんな陸奥をやるせなく横目で眺めた。
部屋からは苦笑すら聞こえず、扉の下から明かりが漏れ出すこともない。
「あのね…、あ、その…。ええと…」
開いた口はすぐに閉じていく。
「…………………」
陸奥は沈痛な面持ちでうなだれた。
「待ってるから…」
そう言い残し、2隻の足音は遠ざかっていった。
3階の廊下が静寂に沈みしばらくすると扉が開き、一本の腕がトレーを中へと引きずりこんだ。
外の明るさにより、ほんの少しの明るみをもつ部屋の中。壁にもたれて座ったまま、少女は手掴みで白い砂を固めたようなものを口に運ぶ。
粗く潰されたじゃがいも、さいのめ切りされた人参や粒状のとうもろこしの甘味とマヨネーズの酸味。黒胡椒独特の辛味がアクセントの役目を果たしていた。
しかし、彼女にとっては不快な食感と味覚をもたらすものでしかなく、口を手で押さえ付け、吐き出しそうになるのを涙ながらにこらえる。ほとんど噛まずに飲み下すと、水で口に残った食べかすを洗い流した。ハァハァとえずき、次の皿へと手をのばすが宙を切る。溜め息をつくとトレーごと食事を窓へと運び、開けた窓から慣れた手つきで皿をひっくり返していく。
小さな屑籠は初めの数日でいっぱいになり、腐乱臭を撒き散らしていた。雨が降ったのか生暖かい風が流れこんできたから、作業半ばに窓を閉めた。
トレーを扉の前へと戻しにいく途中で何かを踏みつけ、仰向けにすっころぶ。無数の米粒が少女の身体に覆い被さった。むくりと起き上がり、身体を払ったり、床に散らばった米粒を拾っていく。
「私は…」
あまりの情けなさに涙が出そうになるが、つい一昨日に切らしてしまった。犬のように這いずっていると、カサリと乾いた音とともに指先が何かに触れた。
ベタついた手で拾い上げ、窓の傍へ寄り、月光に照らして見ると、それはテスト用紙だった。
「これは…」
懐かしい。鞄からこぼれ落ちたのだろう、3ヶ月ほど前に受けたテストだ。95点である。頭にこびりつかせるように何度も何度も教科書を読み込んだ。答えだって今でもスラスラと答えられる。
第一問、吹雪型駆逐艦一番艦吹雪。第二問、平海 陣。第三問、イ 速度。第四問、横須賀鎮守府。
過去の自分はどれも正答していた。当然だという気持ちで目線を下げる。そして、第五問の解答欄を見た瞬間、今すぐ破り捨てたい衝動にかられ両手に力がはいった。
何も書かれていなかった。
何を書いても正解になる、いわばサービス問題。だが、少女は書けなかった。
枯れたはずの涙がテスト用紙に新たな灰色の染みをつくっていく。
紙を丸めて胸にかかえこみ、少女は数日ぶりに叫んだ。
「私は…!私は…。何を護ればよいのでしょうか!命令に背き、勝手に動き、何も護れず、友に護られ、友を死なせました!救国を志したにもかかわらず、何を成すことも出来ず、周りの期待に応えることも出来ず、ただ周りに迷惑をかけ、ただ息をするのみ!そんな有り様でいったいこの大鳳に何を護れとおっしゃるのですか!教えてください、鹿島先生、瑞鳳さん!」