なにしおはば   作:鑪川 蚕

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大鳳の過去編始まります


19話 鳳雛 前編

3ヶ月前、1月。新年を迎え、人々は十数日前と変わらぬ生活を過ごすにもかかわらず、どこか新鮮な気持ちで寒空の中外套を被り、世話しなく動き回る。そして、艦娘もその例外ではない。みな気持ちを新たに日々の戦いに身を投じていた。1隻を除けば。

 

広洲県呉鎮守府の管轄敷地内に艦娘訓練所はある。呉鎮守府ほどでは無いが広大な敷地。正門を抜けると真っ直ぐに伸びた石タイルの道とその先にそびえる意外と近代的な校舎が来訪者を迎える。よく整えられた芝生広場には旧型の戦闘機や戦車が鎮座している。

 

今、校舎の上を一際飛び抜けた白亜の時計台が始業を知らせた。

 

校舎内の2階の学科教室。空調の程よく効いたこの部屋で今日も生まれたばかりの艦娘を相手に教師が奮闘する。

 

「は~い、皆さん、静かにしてくださ~い。3限目は国語です。わたしと一緒にがんばりましょう!」

 

スチール製の教壇に立ち、1隻の艦娘がパンパンと手を打ち鳴らす。

 

紅白のチェックとストライプの2つのリボンがつけられた黒の帽子を被せた、ふわりとした銀白のツインテール。肩章付きの白の礼装、紅色のスカーフ、横に白線の入ったスカートからのびる肉付きのよい艶やかな生足。

彼女の名は鹿島。香取型2番艦の練習巡洋艦だ。ここ呉艦娘教習所の主任を勤めている。

 

「今日は前回の続き、教科書64ページから始めましょう。長波さん、前回の復習です。竜巻とともに異世界に飛ばされた女の子とワンちゃんは途中でかかしを仲間にしました。そして、一行は黄色いレンガの道を歩き、暗い森の中へ入っていきましたね。さて、そこで見つけたものは何だったでしょうか?」

 

「ドラム缶!」

 

黄色のリボンを着けた黒髪の勝ち気そうな少女が勢いよく答える。

 

「違いますよぉ。徹甲弾ですぅ」

 

似たような服装をした丸眼鏡をかけた桃色髪の少女が体型にあっていない余り袖をぶんぶんと振り回す。

 

「どちらも違います…」

 

鹿島は頭を抱えながらとりあえずつっこむ。

すると、兎型の髪飾りをつけた赤髪の少女が手をあげた。

 

「はい、なんでしょう?」

「わからない言葉があるぴょん」

「おぉ…、言ってみてください」

 

受け答えしつつまともな質問に鹿島は感動する

 

 

「セッ〇スって何だぴょん?」

「ごぇふっ!」

 

あまりに衝撃的な単語が飛び出し思わず咳き込んだ。

 

「ごむっ、ぐむっ…、ハァハァ…。ごめんなさい、ちょっと先生わからないですね」

「えーじゃあ、ごむありほてるべつにまんってどういう暗号だぴょん?」

「ごめぼっぱっ!!」

 

呼吸器官が麻痺したのかと思うぐらい呼吸困難になる。

「ズハァギハァ…、すいません。それも…」

「なんだー。せんせーの部屋にあったからわかると思ってたぴょん」

 

口を尖らせる少女の手元には露出の多い派手派手しい格好に身を包んだ10代の女性が表紙の雑誌があった。

 

「って!勝手に先生の部屋に忍び込まないでください!」

「ちゃんとノックしたぴょん」

「してもダメですっ!」

 

奪い返そうと本の引っ張りあいをしていると、黒髪の少女が手を上げた。

 

「なあ、かしま」

「… なんですか。後、鹿島先生と呼びましょうか」

 

開始早々やつれた顔をしながらも立派に職務を全うしようとする鹿島先生。

生徒は忠告を聞き流し隣の席を指差す。その席には誰もいなかった。

 

「そういや、どうして大鳳…だったっけ?まあ、いいや。どうしてそいつがいねぇの?」

「え、それは…」

 

奪い返した雑誌を片手にしどろもどろになっていると、赤髪のじゃりん娘が座ったまま足をバタバタさせる。

 

「うーちゃん、知ってるぴょん。図書室で本読んでたぴょん」

「へぇ~、かわってるね。図書室で寝ないで本読むなんて」

「変わってるのは長波の方ですぅ~!」

 

驚く妹に姉が袖をぺちぺち振り回してつっこむ。

 

「ええー!?巻雲姉ぇに言われたくないなー」

「なにぉー!?」

「はいはーい、静かにしてくださーい。」

 

大きく両手を振り、静粛を求める。

 

「ごほん、先生が大鳳さんに調べものを頼んでいたのです」

「何を?」

「ちょっぴり大胆(はーと)小悪魔冬こーで?」

「乙女の基本!優しいイケメンパパの作り方?」

「ちがいますっ!!!」

 

特に意味を分かっていない少女達の質問を

鹿島は顔を真っ赤にして否定する。

 

「そ、そんなふしだらなことではなくてですね…、もっと真面目なことを…」

「どこがふしだらなんだぴょん?」

「ッ!授業を再開します!!」

 

今日も鹿島先生は大忙しだ。

 

 

 

 

 

教科書や出席簿、そしてティーンズ雑誌を抱えこみながら、頬を膨らませ廊下を歩く。

4限目は外部から特別派遣されてきた天龍、龍田による航海術の実技訓練なので鹿島の出番はない。

 

「まったく…提督さんは…」

 

鹿島が言う提督は呉鎮守府本部の司令長官のことだ。正月の挨拶に行った際に「ぬしの勉強になると思うぞ」と手渡されたものがこの雑誌だ。

 

深夜、自室で「はぅぅぅぅっ」「ひやっ!」「こんな…、こんな…、ほぇぇ」とページをめくるたびに悲鳴をあげ、読み終えた時には無我の境地に達し何かを悟った気分になっていた。色即是空。

 

読み終えることが出来たのは決して下衆な好奇心ではなく教師としての向上心による賜物だと鹿島自身は思っている。

 

「現代の殿方は本当にあんなことばかり考えているのかしら…」

 

何故か大体暗記している記事の内容を思い出し呟く。

 

「あの人も…」

 

そして、生徒達の艤装を点検、修理する整備士の若者の姿を心に浮かべる。

 

熊のような大柄な体で朗らかな垢抜けない顔、照れた時や慌てた時にでる島北弁、整備中に見せる逞しい力こぶが印象的だ。

 

のんびりした性格でいつも小柄なおやじさんに「のろま!」とその大きな背中を蹴られている。しかし、おやじさんが裏では仕事仲間に自慢していることを鹿島は知っていた。

 

年末、工厰裏の階段で大きな薄いコートを鹿島に被せ、青年は鼻を赤くしながら薄着のまま数時間も鹿島の悩みを聞いていたこと思い出す。

 

鹿島は肌寒い廊下で一隻頬を紅く染める。

直ぐにふわふわとまとわりついた妄想を振り払うように首を振った。

 

「何を考えているの、鹿島!業務時間中ですよ!」

 

出来の悪い生徒に対してと同じく自身を叱りつける。

3度深呼吸し気持ちを落ち着かせ、頬の紅みをひかせた。

 

そして、目的地である場所の扉を見据える。

重いガラス扉を少し力をこめて開け、キョロキョロとある艦がいないか探し回る。

 

高さ2m,横幅6mの木製本棚が一定の間隔をあけ狭い室内に並び立つ。

本棚には多種多様な本が分類わけされて、ところ狭しに並べられていた。

鹿島も時折授業のネタ作りや息抜きのためにここを訪れる。

 

この図書室は数学、化学、物理学、力学、地球科学、言語学といった一般教養の参考書や航海術、水雷術、航空術、統率学などの専門科目の参考書などが充実している。他にもSF小説、推理小説、ノンフィクション、伝記、ライトノベル、絵本なども読み書きの訓練や現代仁本の常識の学習の参考になるので専門書ほど多くはないものの置かれていた。

 

鹿島は紙の森の奥で探していた艦、そして悩みの種を見つけた。

傍に大きさが不揃いな本を綺麗に積み上げ、その生徒は眠そうな犬とおちゃめな蛙が飛行機に乗る絵本を開いたまま、すぅすぅと寝息をたて、首をカクリと折り曲げ居眠りしていた。

 

寝ている姿はあの時から変わらないのに…。

 

「大鳳さん」

 

鹿島は眠りこけている少女の肩を優しく叩く。

何度か叩くと夢の世界から帰還したのか口がむにゅむにゅと動いた。

 

「むぬ…」

 

寝ぼけ眼で鹿島の姿を確認すると目をパッと開いた。

 

「はっ、わ、私寝てませんよ!?」

「寝てましたよ!?」

 

生徒の思いがけない言い訳についツッコんでしまった。

ツッコまれたことが不満なのか完全に目が覚めたのか大鳳はじと目で鹿島を見る。

 

「…何の御用でしょうか」

「っ!又授業をサボりましたね!」

 

 

本をパタンと閉じ、大鳳は小馬鹿にしたように笑った。

 

「そんなことですか。別に構わないでしょう?」

「そんなことっ!?」

「鹿島先生、ここは図書室です。もう少しお静かに」

 

わざわざ挑発することを口を歪ませながら言う。

そんな少女に対して鹿島は怒りではなく憐れみを感じた。

 

このようにひとを嘲笑う娘ではなかったのに。

あなたはいつも褒めれば晴れた日の花のように笑い、叱れば雨に濡れた草木のように落ち込んだ。授業には誰よりも早く席に座り、わたしの拙い授業を真剣に聞き、終われば何回も何回も質問しにきた。決して成績が良かった訳ではなかったがあちこち書き込みだらけとなった教科書やノートを広げるあなたの姿はわたしの喜びだった。

 

鹿島から何も得たい反応を得られなかった大鳳は気まずそうに立ち上がり、そそくさと図書室から出ていこうとする。

即座に鹿島は躊躇なく大鳳の左腕を掴んだ。

 

「待ちなさい!」

 

突如教師としての厳格な面影に大鳳は怯みを見せた。

 

「どこに行くのですか?そちらに艤装庫はありませんよ」

「…あぁ、そうでしたね。うっかりしていました」

 

適当にごまかし、手を振りほどこうとするが鹿島はそれを許さない。

 

「わたしの授業がつまらないと思われるのは構いません。しかし、軍は集団行動を重んじます。学校はそれを育むための場でもあります。他の艦娘達と交流するためにも授業にでてください。今作った仲間はきっと後々あなたのために「そんなもの、私には必要ない!!」

 

しまったと失言を後悔した鹿島の手を荒々しく大鳳は振り払う。

 

「もう構わないでください!先生はもっと優秀で有望な娘たちを育てればいいじゃないですか!私に何か求めてるんですか?無駄なんですよ!」

 

静粛な室内に少女の切なる訴えが響く。教師は動揺して、手元の冊子を床に落とす。

 

ティーンズ雑誌は運の悪いことに「失恋話でキニナル男子の気をひこう!」というページを開いて、床に落ちた。

そのページをさっと読み流すと大鳳は鹿島を俗なものを見る目で苦笑した。

 

「へぇ、先生もこんなのをお読みになるんですね?…あ、わかりました。出来の悪い私に同情することで他の生徒や提督さんから良く思われたい、違いますか?」

 

普通なら怒り狂って手を出してしまいそうな暴言だが鹿島は拳を振り上げる気にはとてもなれなかった。それほどまでに少女の姿は痛々しかった。

 

口をつぐみ、顔を伏せる鹿島の反応を肯定と受け取ったのか大鳳は身を翻し足早に歩を進める。

そして、入口付近で立ち止まり、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で呟いた。

 

「本当に、構わないでください。結局…何も変わらないから」

 

その後に聴こえた足音はゆっくりとどこかへ消えてしまいそうだった。

 

 

 

 

「結局…、ですか」

 

鹿島は大鳳が放置していった本の山を棚に戻すべく腰を屈める。

 

「図解 戦闘機」「海の気候を読みとく」「ナウいヤングカルチャー ~トレンディー大国ニホン~」「異世界転生後史上最強の冷徹な女騎士になった俺はオークの巣窟につっこんだったww」

 

溜め息をつきながら本の題名を目で追った。

こんなに本を読めるようになったのね。

そんな感慨深い気持ちに耽りそうになったから淡々と本を回収していく。

この後もまだ授業がある。目を腫らした姿を生徒達に見せるわけにはいかない。

何冊かの本を持ち上げ大鳳が消えていった方向へと顔を向けた。

 

わたしは知っています。

朝早くあなたが誰にも気づかれないように校庭を走っていることを。

真昼間あなたが一人でつまらなさそうに昼食を食べていることを。

夜遅くあなたが消灯時刻後こっそり電気を点け本の世界に入り浸っていることを。

 

でもね、わたしはあなたの前では教師でありたいと願うのですが実はわからないことだらけなんです。

現代の風紀も殿方の気持ちも正しい教育も艦娘の是非もあなたのことも、すべてわからない

 

「本当に…」

 

本当に諦めているのですか?

本当は皆さんと訓練したいのではないですか?

本当の外の世界を見てみたいのではないですか?

本当は同情して欲しいのですか?

 

 

職員室に戻った鹿島は陰鬱な気持ちでPCを立ち上げ、手紙の絵柄を押す。

 

受信欄はいつもと同じようなアドレスが並んでいた。

 

4ヶ月前でしたか。ここは始めて見るアドレスで一杯になったものです。

 

岩川基地、柱島泊地、大湊警備府、幌筵泊地本部といった中小根拠地はもちろん横須賀鎮守府、佐世保鎮守府の支部などの大規模根拠地の、階級は中佐から中将に至るまでの提督さんからの勧誘の手紙で毎日溢れましたね。

そして、それら全ての手紙はわたし宛ではなく大鳳さんあなた宛でした。

 

艦娘自らが転拠願いに判を押し、元の所属根拠地の提督が同意の判を押せば転拠が認められる制度が存在するから起きることであった。

 

試しにそれらを印刷し、あなたにあげてみましたね。格式張った難しい文面でしたから言葉を習いたてのあなたでは理解しにくかったようですが、沢山の人達に必要とされているということはわかったようでした。あなたはその紙の束を自分だけの宝物のように大切に抱えながら嬉しそうに笑っていましたね。

 

そうそう、その次の日もまた次の日も届くので、あなたに渡していたら、いつ届くのかあなたは楽しみにする余り職員室の前で座り込むようになったので、わたしは怒ったことがありました。

 

 

でも、そう長くは続かなかった。教育期間が長引くにつれ手紙の量は減っていきました。あなたは変わらず嬉しそうに振る舞いましたね。

龍鳳さんから発艦能力が無いと宣告された時、あなたは龍鳳さんやわたし、他の生徒達に掴みかかったり罵倒したりして営倉送りになりました。あの時わたしはこの機械の前でずっと手紙が来ないか待っていましたが1通も来やしませんでした。

 

それからでしたかあなたが濁った目をするようになったのは。

 

ただカチカチと受信ボタンが押される画面を鹿島は頬杖をつきながら見つめる。

そして36回目のクリックで変化が起きた。受信欄に2つのアドレスが追加されたのだ。

 

一つは何度か見たことがあるもの、もう一つは始めて見たもの。

 

咄嗟に画面を掴み、文面を慎重に読んでいく。

 

「これは…!」

 

************

敷地内の端にある弓道場。

 

袴に着替え、黙々と弓を引く一隻の少女。

放たれた矢は的から半的ずれた辺りに着地し、ぼすりと鈍い音を出す。

少女はチッと舌打ちした。

 

 

「ぬふふふ、心がなってないね」

 

 

道場の入口から笑い声が聞こえたので振り向くと、同じくらいの背丈の暗緑色のモンペをはいた女性が腕組みをしていた。

 

「誰です!貴方は!」

「あれ、聞いてない?とりあえず自己紹介といこうか。空母会から派遣されたワタシの名前は瑞鳳。祥鳳型軽空母2番艦だよ。気軽にズホって呼んでね、大鳳ちゃん」

 

そう言って彼女はブイサインをした。

 




すいません。瑞鳳は瑞鳳改である設定です。

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