なにしおはば   作:鑪川 蚕

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1話が長すぎたので二つに分けただけで、ほとんど変わっているところはありません。誤字はいくらか修正しました。


2話 大鳳

少し時間を遡る。

大鳳は執務室の扉前で大きく深呼吸していた。今後自分に命令を下すことになる指揮官つまり提督に挨拶をするのだから緊張するのは仕方がないことであり、この敷地内に入ってからというものの顔はひきつり、脚の震えが止まらなかった。さらに言えば右手と右足が同時に出た。

勇気を振り絞って、扉のレバーに手をかける。捻りそうになったところで慌てて手を放す。

危ないところだった。

鹿島先生から部屋に入る前はノックが必須だと聞いていたのだ。

2回だったか、4回だったか迷って、3回ノックした。

後は扉を開くだけである。

第一印象は大事だ。ここはいかに自分が戦意に溢れた艦娘だということを示さなければならない。

 

レバーに手をかけ、一気に開く。途中、何か抵抗があったが、立て付けが悪いのだろう。提督の姿を確認するやいなや、昨晩3時間自主練習した挨拶を述べた。

 

「お初にお目にかかります!大鳳型装甲空母一番艦大鳳です!提督、あなたの艦隊に勝利を!」

 

完璧である。着任3日目にして、旗艦と秘書艦を任される未来が見えた。

 

その証拠におそらく提督と思われる青年がこちらを見て口をあけているではないか。

 

いや、少し口を開きすぎな気が……。顎が外れそうだ。それに見つめすぎだ。しかも下半身を主に見られている気がする。全く失礼しちゃう!

 

だが、そんなにも見つめられるような足だろうか?鍛えてはいるが、太くはないはず……。

 

自分の足に目を落とすと、人の形をした何かが足下に転がっていることに気づいた。

 

「えっと……」

これは何だろうか、良くできたマネキンだなとわかっているくせに現実逃避する。

 

「痛たた」

 

マネキンは赤く腫れた額をさすりつつ、立ち上がる。そして、猫どころか豹を思わせる鋭い眼光で睨み付けてきた。大鳳はひっっと小さく悲鳴を上げる。とりあえずこんな時にすべきことは一つだ。

 

「申し訳ありません!!」

 

大鳳はあわてて頭をさげる。鹿島先生にノックをしたら、返事があるまで待つようにいわれていたのに……!すっかり忘れていた。

不覚という文字が身体に刻み込まれた感覚を大鳳は覚える。

 

「頭、上げてくれないかしら」

 

女性から命令がくだされたので、背筋全てを使って急いで頭を持ち上げる。

 

平手打ちだ。

こんなに綺麗な人は大体平手打ちをすると相場が決まっている。

 

大鳳は覚悟を決め、目を閉じ、衝撃に備える。

が、待っても頬に何の痛みもない。目を開けると女性は大鳳の身体を上から下まで、特に胸元をじっくりと観察している途中だった。

 

「ねぇ」と話しかけられる。

「はい!何でございますか!?」

 

肉食獣に検分される獲物の心境だった大鳳はあわてる。変な言葉づかいを気にもとめず、彼女は訊いた

 

「空母なの?」

「はい!あの、正確には装甲空母ですが…」

「正規空母とは違うのかしら?」

「飛行甲板に厚さ95ミリの鋼板を張ることで従来の空母と比べて装甲がかなり厚いんです!」

「そうは見えないけれど…」

「そう…ですか?」

 

視線が又しても大鳳の胸元に向かっていたので、つられて自分も自身の胸元を見る。黒のプロテクターが胸元から下を覆っていて、自分で言うのもなんだが、かなり装甲が厚そうだ。

 

まあ、実は、これ自体は飾りの側面があり、見た目ほど装甲が厚いわけではない。艤装の方にきちんと鉄板が張られている。

 

ふーんと頷き、更に訊かれた。

 

「で、あなたが大鳳なの?」

「はい…、そうですが…」

「小鳳じゃなくて?」

「はい…?」

 

祥鳳は軽空母のはずだ。装甲空母だと説明したのだが、伝わってなかったのだろうか。彼女はなぜか大鳳の答えに満足気だ。「あら、あらあら~」とにんまり微笑みさえしている。

 

「ごめんなさいね。変なこと訊いて」

「いえ、そんな!?こちらこそ申し訳ありません!その…、確認もせず…」

 

恐縮しきりな大鳳に彼女は右手をヒラヒラとさせ、微笑む。そんな仕草さえ様になっていた。

 

「いいの、いいの。着任したての艦娘はミスをするのも仕事の一つよ。ミスを恐れて消極的になってちゃ、進歩しないから。ミスをして真摯に受け止め学んでいくのが一番の上達法よ」

 

そう慰めながら美女は大鳳の頭を撫でる。

 

「ありがとう…ござい…ます」

 

撫でられるという行為は気恥ずかしいものの、邪険に扱うものでもないだろうし、何より少し気持ちの良いものだったため、大鳳はただ顔を赤らめるばかりだった。

 

「ところで、書類、預かってない?」

「は、はい。ちょっと待ってください。」

 

大鳳は執務室の外の廊下に出て、壁際に置いておいた鞄からマル秘と捺印された書類を取り出す。

室内に戻って、女性に手渡した。パラパラとそれを眺めると「うん、確かに」と言って、先程から一言も喋らず、どこか呆然としている提督のところに行き、ポンとそれで叩く。そこで初めて大鳳はこの女性が秘書艦なのだと理解した。

 

妄想と現実の間に意識が挟まっていた京は我に帰り、手渡された書類を1枚1枚じっくり見ていく。

 

「では、提督。アタシは大鳳さんの部屋の整理などの用事に行ってきますから。」

 

彼女は秘書艦机に置いてあった小さな何かを首からかける。

黄色のストラップがつけられたそれが確か携帯電話というものだと大鳳は頭の中のノートから認識する。鹿島から聞いた話によると、手のひらに収まるそれで現代人はいつでもどこでも連絡を取り合えるらしい。そんな夢物語…と思っていたが、実在するのだと認めざるえない。秘書艦になると、持たされるのだろう。

どう使うかは知らないものの大鳳は携帯電話をススッと扱っている自分を想像し、思わずニヘラと口元をゆるめた。しまったと引き締め直し、見られていなかったかと秘書艦に目を向ける。

 

大丈夫だったことを確認し、安堵する。そういえば、まだ秘書艦の名前を聞いていなかったことに気づいた。

向こうも同じ気持ちだったのだろう。執務室から出る前に「そうそう」と話かけてきた。

 

「アタシの名は陸奥よ。むっちゃんと呼んでくれても構わないわ。よろしくね大鳳」

「こ、こちらこそよろしくお願いします!陸奥秘書艦!」

「陸奥でいいのに」

 

陸奥は苦笑いしたまま、執務室を出ていった。

そうか陸奥さんと言うのか…。でも、さすがにむっちゃんとは呼べないなと思っていると、ふと引っ掛かることがあったことに気付いた。

 

(え?陸奥?あの?)

 

長門型戦艦二番艦陸奥。かつての大戦において41㌢連装砲という巨大な主砲を誇る戦艦が世界に7隻あった。人々はその7隻を総じてビッグセブンと名付けた。7隻中2隻はこの仁本国に存在し、国民の誇りであり、海兵の憧れだったという。

その2隻の名は長門、陸奥。

現在の艦娘の中でも重鎮の1隻(ひとり)に数えられるはずだ。

そして、その重鎮を思い切り撥ね飛ばしたのは何を隠そうこの大鳳である!

 

(え?ちょっと待って)

 

大鳳は急激に体温が下がった気がした。心臓がバクバクと鼓動する。誰かこれは夢だと言って欲しかった。

 

あ、これで私の艦生は終わったなと実感した。陸奥秘書艦は気にしないとおっしゃっていたけれど、内心までわからない。今だって私がこれから過ごす折檻部屋の整理に行ったのかも…。

 

 

 

書類を見終わり、顔を上げた京の目に妄想たくましく、今から起こりうる恐怖に顔を青ざめさせる大鳳の顔が映ったので、京は苦笑した。

 

「大丈夫ですよ。陸奥さんの器はそんなに小さくはありませんから」

 

指摘された大鳳はどうしてわかったのかと驚いたが、「顔に出ています」と言われ、赤面した。

「こっちに来てもらえますか?」と提督に手招きされるまま、大鳳は近づき、机の前に立つ。

 

「本当に正規空母なんだな…」

 

書類を見ながらの京の呟きに大鳳は少しムッとした。気づかないまま京は立ち上がり、敬礼した。大鳳も慌てて敬礼しかえし、改めて挨拶をする。

 

「改めましてご挨拶申し上げます。大鳳型装甲空母一番艦大鳳です。この度は此処、舞鶴鎮守府大坂支部に着任出来たことに喜びを感じております!」

 

装甲空母の部分を強調したが、大人げなかったかと後悔する。京は気づいたものの、気づかなかった振りをした。

 

「ようこそ大坂支部へ。僕はここの支部の提督を務める墨野京です。艦隊一同あなたの着任を歓迎します」

 

一連の所作を経て、京は座り直した。

鹿島先生から聞いていた通り、若い。

自分の数少ない記憶の中での提督像と京を比べながら、大鳳はそんな感想を抱いた。確か21歳で提督の中でも最年少だったはずだ。

しかし、年齢に惑わされてもいけない。それは先程の洗練された敬礼からも明らかである。それにもし年齢で実力が決まるというのなら、私はどうなるのだろうかとため息をつきそうになった。

 

「では、少しお聞きしたいのですが、これらの数値は全て最新のものですか?」

 

書類のある数字を京は見つめながら、訊いた。

 

「は、はい。2週間前に取り直したものです」

 

大鳳は答え終わると、あっと気づいた表情をする。

 

「やはり搭載数が少ないですか?」

 

大鳳は不安そうにうつむいた

 

「そうではありません。少なかろうが、航空戦力のないこの支部では大助かりです。装甲値もかなり高い」

 

そんな風には見えないけれどと、京はチラリと大鳳の胸を見る。甲板を模した黒のプロテクターに覆われるそれは可哀想なほど起伏がない。

 

「ええとでは、運ですか?それはあまり気にすることはないと鹿島先生から教わったのですが…」

 

京の最低な視線に気づかず、大鳳は顔を強ばらせながら尋ねる。

 

「その通りです。先程の質問も特に深い意味はないので気にしないでください」

 

それは半分嘘であった。書類上に書かれたある数値、運2。

運とは艦娘の能力測定時、細かく言うと機力測定時に計測機に映るグラフが一定時間内に正常値を示す回数、つまり運搬値である。

何故正常値で計測するのかと言うと、まだ計測機が未熟で異常値を示す割合の方が多いからだ。

 

京はほんの少しの間だけ思考に耽る。

 

それにしても運2とは例外に入るレベルだ。貴峯根提督が存外呆気なく手放したのもこれが大きな理由の一つだろう。運が実際艦娘にどう影響を及ぼしているのかわかっておらず、気にする提督もそこそこいる。ただ、京は気にしない側の提督だった。

 

だが、大鳳の顔はまだ少し強ばっている

 

「ですが、運が低い艦娘は被弾しやすい、自分が発射した砲弾や魚雷が不発になることが多いなどの噂を聞きました」

「そういう噂は確かにありますが、それほど実感しません。ねぇ、陸奥さん」

 

京はちょうど帰ってきた陸奥に話しかける。

 

「あら、何の話ですか?」

「運が低くても支障はないという話です。大鳳さんは運が低いんですが、不運に関する噂を気にしているんですよ」

「あ、なるほど。んー、気にする必要はないと思いますね。運がどうだろうと不発は必ずありますし、被弾しやすさも陣形やその場の戦況によるので一概には言えませんもの」

 

陸奥が頬に指を添えて答える。

 

「で、ですが私はたったの2ですよ!何かあると思いませんか!?」

 

ずっと悩みの種だったのだろう、大鳳は陸奥に叫ぶように訊いた。

 

「あら、嫌み?アタシもたったの7よ」

「なな…」

「改造前は5だったわ」

「ごっ!!」

 

大鳳は驚きのあまり口が半開きだ。

 

「それでも気にする?ってまだアタシのこと何にも知らないか。というより、この支部のこと全然知らないわね。よし、旅行に行きましょうか」

 

陸奥は、矢継ぎ早に言われ立ち尽くす大鳳の手を引いて、外へと向かう。扉に手をかけたまま、京の方へ振り向いた。

 

「では、行ってきます。ちゃんと仕事しておいてくださいね」

「はいはい。わかりましたよ。あまり大鳳さんを困らせないように」

「はーい」

 

大鳳を曳航するかのように陸奥は執務室を出ていった。

京は書類を眺めたまま呟く。

 

「ふむ。赤城さん、蒼龍さん、翔鶴さんとはこれまた一風変わった空母だな…」

 

運、装甲だけではない、艦載機の発艦方法まで別物だ。

 

「かつての海軍において最後の切り札…。大鳳さんを軸として何かが回るかもしれない」

 

京は苦笑した。

 

「それは言い過ぎか」

 

京は大鳳に関する書類を数多くの書類でギチギチの棚に挟みこんだ。

 




次回は大鳳の部屋を公開!

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