Side アリア
「んっ・・・くぅ、は・・・っ」
「もう少しです、アリア先生」
「ち、茶々丸さん、でも・・・んぁっ」
「もう少しで締まりま・・・したっ!」
「あぅっ」
ぎゅむっ・・・と腹部を締め上げられて、私は小さな悲鳴を上げてしまいました。
その後も続く窮屈感に、はぁ・・・と息を吐きます。
「アリア先生はまだ10歳ですので、くびれを出すにはコルセットが必要なのです」
「別にいらないのに・・・」
「そう言うわけにも参りません」
「うう・・・」
軽く唸りつつ、お腹の黒いコルセットに触れます。
背中に編み上げ紐のある、ベーシックな奴です。
「ユリアさん、衣装を」
「はい、この黒いのですね?」
茶々丸さんの傍で私の着替えを手伝っているのは、侍女の一人、ユリアさん。
年齢は15歳前後で、セミロングの水色の髪が特徴的な女性です。
服装は部類としてはメイド服ですが、どことなく水が流れるような、流線型の衣服を纏っています。
右眼の魔眼で視る限り、水の精霊に対し高い親和性を持っていることがわかります。
この人、水の精霊と人間とのハーフで・・・オスティア難民の一人。
クルトおじ様は、そのあたりに目をつけて私の傍においているのでしょうけど・・・。
でもこの人、私(特に左眼)に触れると大変なことになるんですよね。魔眼的に。
「大丈夫ですよ多分」
本人は軽く言ってますけど、かなり重要なことです。
私は茶々丸さんとユリアさん(直接触れないように)に手伝って貰いながら、用意された衣服を身に着けて行きました。
ふーむ、と、姿見の前で立って確認していると・・・。
「おい、時間が無いぞ」
「キュウクツダゼ・・・」
エヴァさんが、扉の所から声をかけてきました。
茶々丸さんはメイド服 (ロングスカート)ですが、エヴァさんは普通に舞踏会に参加する気満々なようで、白いフリルリボンドレスを纏っています。
頭の上のチャチャゼロさんも、今日は正装です。
ちなみに私は、黒を基調としたワンピースドレスを着ています。
腰の部分に赤いリボンがついていて、全体的にフリルは少なめ、踝まで覆うロングスカート。
所々に赤いラインが入っていて、帽子を兼ねた白のヘッドドレスにも、赤いリボン。
大きな姿見の前で、くるんっ、と一回転して確認。ふわり、とスカートが遠心力で回り・・・。
茶々丸さんが、ぐっ! と親指を突き出しました。何なんでしょう・・・。
「それではアリア先生、お時間です」
「わかりました」
「いや、それ私が言ったことだろ!?」
「ゴシュジンダカラナ」
いつも通りの様子に、私は笑みを浮かべます。
この人達は、いつも変わらない。
扉の所で待機していた田中さん(黒服、似合いますね・・・)と、その腕に抱かれた水銀○な晴明さん。
そしてカムイさんが、のっそのっそとついてきます。
ユリアさんは私の私室に残り、エヴァさんと茶々丸さんは一緒に。
角を曲がり、廊下に出ると、左右一列にウェスペルタティアの騎士の制服を纏った人達が並んでいました。
先頭に、シャオリーさんとジョリィ。
私はそれに、エヴァさん達に向けていたのとは別の種類の笑みを浮かべて見せます。
「・・・行きます。守りなさい」
「「「
さぁ・・・行きましょう。
多少出遅れた感があるかもしれませんが・・・ここから私達の物語を始めます。
今まで私を、私達を翻弄してきた世界に。
「私達の名前を、刻みつけてやりましょう」
Side アリエフ
世界は、歴史は私の名を深く刻み込むことだろう。
我が策、ここに成る! 世界を救うのは、この私なのだ!
「お父様!」
「おお、エルザ・・・私の天使(エンジェル)! お前は本当に良い子だ」
「お父様・・・」
わずかな間、
それは、小型高速艇で接舷し、私が乗ってきた戦艦『シグルズ』にまでやってきた赤毛の少年、ネギ君だ。私の計画の肝の部分を担当してもらうことになる。
私の執務室に通されて来た彼は、どこか緊張しているようだった。
「初めましてだね、ネギ君! 私はアリエフと言う者で、メガロメセンブリアで元老院議員をやっている」
「は、はい、ええと・・・エルザさんのお父さん・・・ですよね?」
「うん? ああ、まぁ、そうだね。私はエルザの義父(ちち)だよ」
まぁ、良い。彼もまだ子供だ。
「それで、あの・・・」
「うん? ああ、キミの仲間達なら、こちらで保護して「ネギ!」「ネギせんせー!」いる・・・」
「明日菜さん! のどかさん!」
ラスト君とエディ君に客室から案内されて来た2人の少女が、ネギ君の姿を見た瞬間に、彼に飛びついた。
もみくちゃになりながら、床に転がる。
まぁ、青臭い再会劇には興味も無い。
「御苦労だったね、エディ君、ラスト君も」
「いやいや! 困っている人間は放っておけない性分なので! 勇者ですから!」
「・・・まぁ、前の仕事の失敗の証拠さえ返して貰えるんなら、何でもやりますけどね」
「ははは、これからも頼むよ・・・ところで、ゴロツ・・・賞金稼ぎの皆さんはどうしてるかな?」
「再会に水を差すつもりは無いそうで」
「そうか、そうか・・・ゆっくりして貰いなさい」
残り短い命だ、最後くらい安楽に過ごすが良いさ。
どの道、ネギ君が我が手中にあるのならば、あのような輩・・・。
「え・・・?」
その時、ノドカ・ミヤザキという少女が私のことを見た。
・・・そうか、しまった。彼女は『
「あの・・・」
「アリエフさん、本当にありがとうございました!」
「あ・・・」
ネギ君が声を上げた時、ノドカ・ミヤザキが反比例するように声を抑えた。
なるほど・・・そう言う関係か。
ならばネギ君さえり・・・友誼を結んでいればどうとでもなる。
私はにこやかな笑顔を作り、ネギ君に歩み寄った。
「さぁ、ネギ君。仲間も揃い、後はネカネ嬢の借金を返すだけだが・・・キミはその後どうするんだね?」
「え? そ、その後は・・・」
「身内を助けてそれで終わりとするかね? いやいや、それではあまりに小さすぎる。ネギ君、キミが正しい行動を取れば・・・キミは世界を救えるのだよ」
「世界を、救う? あの、すみません、意味が・・・」
「大丈夫、私が全て説明してあげよう。全て話してあげようじゃないか、そう・・・」
私が私の腕にしがみついているエルザに目配せをすると、エルザは静かに頷いた。
私の腕から離れ、ノドカ・ミヤザキにさりげなく近付いて行く。
ノドカ・ミヤザキは・・・エルザを見て、引き攣ったような顔を浮かべた。
ふ・・・。
本当に良くできた駒だ、あの子は。
「キミの父親の物語を」
父親、その単語に、ネギ君の両目が見開かれた。
Side さよ
始まる。
舞踏会の会場になる総督府の周辺をフヨフヨと箒で浮きながら、私はそんなことを思いました。
今日、アリア先生は全世界に対してウェスペルタティア王国の独立を宣言する。
それなりの数の人が、それに従うらしい。
先代のアリア先生のお母さん・・・アリカ女王の影を見る人。純粋にウェスペルタティアに忠義を尽くす人、単純に流れに巻き込まれた人、打算で動く人・・・。
「いやー、セレブって感じの人が集まってくるね!」
「中には軍人などもいますよ」
「軍人全員がノットセレブってわけじゃ無いけどナ」
「貴女達、秘匿通信でお喋りしない!」
エミリィさんい怒られると、皆は少しだけ静かにした。
・・・まぁ、すぐにお喋りが再会されて、また怒られるまで続くんだけど。
秘匿通信だと、レコーダーを提出しない限り上の人にバレないから、皆好きなことを話しています。
でも実際、立派な格好をした人達が、総督府に次々と入って行く。
「・・・と言うか、そもそも何で私達アリアドネーが平和のお祭りの警備なんてやるの?」
「アリアドネーは国際的には、強力な武装中立国なので」
「・・・で?」
「・・・まぁ、事情がわからずとも警備はできます」
ビーさんが、途中で説明を断念しました。
コレットさんは「?」マークを抱えて首を傾げているけど、まぁ、中立国の存在理由なんて、こういう時で無いとわからないですよね・・・。
それに、私自身は中立ではあり得ない。
組織としては中立でも、個人としては中立では無い。
これは別に、私に限った話じゃ無い・・・。
「おっ、アレ何?」
「なんですの?」
下を見ると、総督府の入口付近が騒がしくなっています。
そこには、新オスティアに展開している連合の兵士とは違う制服の兵士達が集まっていました。
その人達の前に、数人の人間が姿を現しました。
それは、私にとっては見知った人達で・・・。
「あっれー? アレってアリア先生と、エヴァにゃん先生だよね?」
「タナカさんとかもいますね」
「貴女達・・・って、本当ですわね」
もし、私に忠誠心とかそう言う物があるのだとすれば。
それは、あの人達に捧げるための物。
アリア先生達が、一瞬だけこちらを見ました。
甲冑に覆われている私は、外から見れば他のアリアドネー騎士団と見分けがつかないはずだけど。
でも、そんな理由で私を見分けられないはずが無いと、勝手にそう思ってしまう。
「とにかく、警備を続けますよ! 昨日だって騒ぎの犯人を逃がして、大目玉だったんですから!」
「「「はーい」」」
「・・・ここは学校の教室では無いのですよ!」
「「「はーい」」」
「・・・ビー、頼りになるのは貴女だけですわ・・・」
「恐縮です、お嬢様」
・・・守ります。
貴女達も、皆も。
Side 従卒の少年
僕は職務上、クルト議員の傍にいることが多い。
護衛と言うわけではなく、言ってしまえば荷物持ち兼秘書兼メモ帳と言う所でしょうか。
そして今も、アリアドネーのセラス総長と会談しているクルト議員の後ろに控えています。
僕の他に二名、護衛の連合兵・・・いえ、ウェスペルタティア兵がいます。
クルト議員・・・クルト宰相代理の向かい側に座るセラス総長の後ろにも、武装した戦乙女騎士団の兵士が3人います。
3人の随員を認めるのは、古からの慣習です。
「いやいや、相変わらずお美しいですね、セラス総長?」
「クルト議員も、いつもながら紳士ですわね」
「ははは、そうですかねぇ。やはり、モチベーションの差ですかねぇ」
「まぁ、そうなのですか、うふふふ・・・」
モチベーションも何も、クルト議員の言う所の「腐った蜜柑よりも価値の無い」元老院のためではなく、「私の栄養源ですかね。活力と言っても良いでしょう」と常々言っている王女殿下・・・ああ、もう女王陛下ですか。
陛下のために動けるからでしょうね。
・・・最近のクルト宰相代理は、それが栄養源らしいですけど。
まぁ、確かに可愛らしい方だとは思いますけどね。
「それにしても、お見事ですわねクルト議員?」
「お褒めに預かり光栄ですが・・・何のことでしょう?」
「治安責任が我々にある現状で、よくもまぁ・・・」
「ははは、まぁ、世の中には講師が誘拐される学校もあるくらいですからねぇ」
「そうですわね、世の中にはどこかの学園都市から講師を誘拐する所属不明の騎士もいるようですから」
お互いに弱みを握っているような物だから、非常に面倒な状況になっている。
今日は新生ウェスペルタティア王国の独立を宣言する日。
本当なら、今日までに各国の承認を得ておきたかったのだけれど、機密上表だって交渉ができない。
そう言うわけで、こんなギリギリまで交渉を続けるハメになっている。
「私達アリアドネーは中立国であり、今後もそうあり続けます」
「ええ、こちらとしてもそれで十分です・・・今はね」
「・・・ええ、今は」
そうは言っても、表向きの話です。
裏向きの話はどうかと言うと、別の話になります。
「我々は、我が国の中立が侵されない限り、あらゆる勢力に対して中立を保ちます」
「なるほど、中立が侵されない限り・・・ですか」
「ええ・・・万が一、我が国の中立の精神がいずれかの勢力によって侵されたのであれば、その時は」
「・・・その時は?」
「実力をもって、その意思を排除することになるでしょう」
「なるほど・・・」
楽しげに笑う、クルト宰相代理。
アリアドネーは強力な武装中立国、その固有の武力は他国を圧倒こそしない物の、しかし侮られる程弱くも無い。
「・・・それとは別に、この祭典中の治安を維持する責任は、我がアリアドネーにあります。よって、何があろうとも、治安を維持して見せましょう」
「・・・よろしくお願いしますよ、セラス総長?」
「言われるまでもありません」
楽しそうなクルト宰相とは裏腹に、どこか憮然とした表情で。
セラス総長は、そう確約した。
・・・む。
「閣下、そろそろ・・・」
「おお、もうそのような時間ですか」
「・・・何ですか?」
「ふん? いえね・・・」
会談の席から立ち上がりながら、クルト宰相代理は笑った。
「歴史を動かしに行くのですよ」
Side シャークティー
「ひゃっほー、タダ飯ぃ――っ!」
「タダ飯・・・」
「ちょ、春日さん! おのぼりさんみたくキョロキョロしないでくださる!? 恥ずかしいでしょう!」
「お、お姉様、もっと小さな声で ・・・」
「全員、いい加減になさい!」
・・・旧世界に戻れるメドが立たないと言うのに、うちの生徒は元気ですね。
元気過ぎて、逆に叱る気にもなれない程に。
おかげで、美空が調子に乗ってもう・・・。
「ウマッ、千草ねーちゃん、コレ美味いで!」
「美味しいですね~」
「あんたらなっ、家と同じこと言うんやない! 恥ずかしいやろ!」
少し離れた位置に、関西呪術協会の天崎さんがいた。
私は黒を基調としたドレスを着ているが、天崎さんは和服の正装だった。
お子さん達も、それぞれ和風。
・・・と言うか、関西の方々は全員和服です。
凄く、目立ちます。
でも今は・・・あ、目が合いました。
挨拶に向かったり来たりはしませんが、ふと笑い合いました。
それだけで、わかり合えました。
((・・・大変ですね(やなぁ)・・・))
・・・たぶん、同じことを考えたと思う。
確証はありませんが、確信がありました。
「皆様、ようこそお集まりいただきました!」
不意に、頭上から聞き覚えのある声がしました。
何かと思い見てみれば・・・。
二階の小さなテラスから、クルト議員が会場の客を見下ろしていました。
私達は、彼に招待されてこの舞踏会に参加しています。
たぶん、関西の方々もそうなのでしょう。
もちろん他にも、各界の有力者や新オスティアで事業を行っておられる企業の人々、さらには南のヘラス帝国と北のメセンブリーナ連合の大使の方々もいる。
正直、旧世界の魔法学校の関係者でしかない私達が、一番浮いているのではないでしょうか。
「今日お集まり頂いた皆様は、いずれも名のある方ばかり、見下ろしながら挨拶をせねばならないこと、誠に心苦しく思います」
クルト議員は、深々と頭を下げて見せました。
台詞と態度がここまで違和感のある方と言うのも、珍しいですね。
「さて、突然ではありますが・・・今日は皆様に、ご紹介したいお方がおられます」
紹介? 今日ここにいる人々以上のVIPなんて、誰かいたでしょうか?
私がそう首を傾げた時、どこからかファンファーレが聞こえました。
それと共に、二階のクルト議員が脇に退きました。
その、後ろには・・・。
「・・・っ!」
あれは、あの子は。
「新オスティア! そしてウェスペルタティア王家の正当なる直系! ウェスペルタティア全土を統べる守護者! 神聖にして不可侵なる女王陛下!!」
コツ・・・と、白い髪を靡かせて、その少女は私達の前に姿を見せた。
数メートル頭上から、彼女は階下の私達を見下ろした。
その少女を、私はよく知っています。
「ウェスペルタティア・・・?」
「女王だと?」
「・・・直系と言うのは・・・」
会場の至る所から、人々の囁きが聞こえます。
皆、呆けたような、あるいは驚いたような顔で、二回の少女を見ています。
・・・美空だけは、何故か激しく顔を背けていますが。
天崎さんも、どこか胡散臭そうな表情で上を見ています。
人々の囁きを消したのは、誇らしげな、ともすれば自慢しているにも聞こえる、クルト議員の声。
「アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下です!!」
アリア、先生・・・?
そこには、旧世界の同僚の少女がいました。
Side テオドラ
「殿下、当艦は予定通り、明日早朝に新オスティア国際空港に到着致します」
「・・・わかりました、報告ご苦労。下がりなさい」
「はっ」
わざわざ部屋にまで報告に来なくとも、通信で済ませれば良いだろうに。
まぁ、これも皇族としての仕事の内かの。
「ああ~・・・面倒じゃ面倒じゃ面倒じゃ! 形式と言うのはまったくもう・・・」
「姫様」
「わかっておる! 外では淑やかに穏やかに丁寧に、じゃろ!」
「姫様が聡明で、嬉しく思います」
しかも窮屈なことに、コルネリアまでついてきておる!
こやつは、帝国の法務官の一人じゃ。
亜人種で、虎縞色の髪の三十路過ぎの女じゃ。
「姫様?」
「な、何でも無い!」
こ、こやつは妾の心が読めるのか?
コルネリアは手が早く、妾の法律顧問になってからは、ますます肉体言語が増えた。
亜人だから、冗談では済まない。
と言うか、皇族虐待・・・不敬罪じゃろコレ。
コルネリアは片手で髪をかき上げながら、いつも通りのキツい眼差しで妾を見る。
「それで、姫様。今ウェスペルタティアに行く理由は何でしょうか」
「戦後20年を祝う式典に参加するためじゃろ。今日の舞踏会で大使級の会談が行われ、明日妾が正式な式典で和平を祝福する共同宣言にリカード議員やクルト総督、セラス総長と署名を・・・」
「姫様?」
「ウェスペルタティアの内情を知るためじゃ、それで良いのか?」
「結構です、姫様」
帝国軍の情報部が入手した情報によると、今新オスティアを中心とするウェスペルタティアは非常に面倒な情勢になっておる。
小難しいことを抜きにしてぶっちゃけてしまえば、ナギとアリカの息子と娘がほぼ同時に国を立ち上げるつもりらしいのじゃ。
かつてのウェスペルタティアは東西に割れる。
どうもそれは、もう止められない状況になっているらしい。
帝都にいたのでは、細かいことがわからん。
「姫様は超大国ヘラスの第3皇女。帝国の国益を最優先に考えていただかねばなりません」
「・・・ああ」
「かつての友誼に拘り、選択を誤ることのないように」
「わかっておる!」
席を立ち、部屋を出る。これ以上あの型物と話していられるか。
・・・コルネリアの言うことはいつも正しい。
帝国は今、ウェスペルタティアへの対応を即断するわけにはいかない。
ただでさえ、軍部は連合・ウェスペルタティアとの国境付近に部隊を展開させておるのだ。
一歩間違えれば、20年前の・・・いや、20年前以上の戦争が起こる。
だから妾が政治的に新オスティアに赴き、軍の行動を牽制する必要がある。
だが・・・。
「妾は、友人の子供達の仲を取り持つこともできんのか・・・」
下手に帝国が仲介に立てば、ウェスペルタティアを実効支配する連合が黙ってはいまい。
・・・ダメじゃ、動けん。
20年前も、アリカを助けてやれなかった。
10年前には、ナギを救ってやれなかった。
そして今、その子供達すら救えんとは!
憤りをそのままに、気分転換でもと思い、艦橋に向かった。
インペリアルシップは、無駄に広いの・・・。
「あ・・・テオドラ殿下!」
「・・・様子を見に来ました。兵達の様子は・・・」
「殿下、スクリーンをご覧ください!」
「・・・何です?」
いつも冷静な艦長が慌てておる。
何じゃ・・・と思って、正面のスクリーンを見れば、そこには。
『お初にお目にかかる方も多くおられるかと思いますので、名乗りから入らせて頂きます』
そこには、白い髪の、アリカに良く似た少女が映っていた。
これ、は・・・まさか!
『私は、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです』
始まってしまったのか・・・!
Side リカード
おいおい、マジかよ・・・。
俺の今の心境は、「やられた」、この一言で説明できる。
元々陰謀とかは得意じゃねーが・・・クルトの野郎、俺にも黙っていやがった!
・・・ま、当然か。
「議員・・・」
「あー、はいはい。大丈夫だ艦長、何も心配いらねぇよ」
心配だらけだよ!
俺が今乗ってる、この戦艦『スヴァンフヴィート』の艦長だった20年前なら、お偉いさんに泣きついたりもできたんだがねぇ・・・元老院議員になっちまった今じゃ、無理だな。
上が動揺すりゃ、下はもっとうろたえちまう。
せいぜい、ドシンと構えて、「大丈夫っぽさ」を出さねぇと・・・。
たとえ本当は、全然大丈夫じゃなくてもな。
それにしても・・・やっぱマジか。
エンテオフュシア、そしてあの顔。十中八九話に聞いてたナギとアリカ女王の娘じゃねぇか。
『エンテオフュシアの血脈は20年程前に絶えたとされておりますが、それは誤りです』
知ってるよ畜生。
こちとら、知っていながら何もできなかったんだからな。
情けねぇ話だ。クルトの野郎が見限るのもわかるぜ。
だが・・・。
『現に、直系血統である私が存在しております・・・その証拠に』
す・・・画面の横から、クルトの野郎が魔法の火を差し出した。
クルトの掌の上で燃える青い魔力の炎を、アリアとか言う白髪の嬢ちゃんは、右手の指先で撫でるだけで・・・消しやがった!
「画像解析!」
「・・・魔力残渣確認できません! 映像だけで確約はできませんが・・・消失しました!」
「・・・マジか」
背中の冷や汗が止まらねぇぜ。
つまり、魔法を無効化したってことじゃねぇか、あの嬢ちゃんは!
魔法を防ぐことは並の魔法使いなら誰でもできる。
だが「無効化」することができる存在は、魔法世界広しと言えど、一つしかねぇ。
魔法世界なら、誰でも知ってる。歴史の教科書にも載ってんだからな。
神代の力、始まりと終わりの力を脈々と受け継いでいる一族。
ウェスペルタティア王家。
『・・・そして、この剣。これをもって、私がウェスペルタティアの血脈に連なる者であることの証明とさせて頂きます』
・・・あの剣は確か、アリカ女王が持っていた剣。
なくなったんじゃなかったのか・・・?
いやぁ、それ以前に、いやらしいなクルト。
本当なら、ここでアリカ女王の無実を宣言したかっただろうよ。
だが、証拠も無くそんなことはできねぇ。
だから、まずアリア嬢の覇権確立に動く、そして「ウェスペルタティア直系」だぁ・・・?
回りくどい言い方をしやがって、20年前に王家が全滅した段階で、直系の血族が何人いたってんだ。
少し裏の世界の事情に詳しい奴なら、誰の娘か察しがついちまうぞ・・・。
・・・それが、狙いか!
「後続の『シグルズ』から何か言ってきたか!?」
「い、いえ、何も・・・」
「あん? どうしたんだアリエフのじーさん、随分動きが・・・」
「前方に艦影!」
「何だと!?」
艦長が慌てまくってるが、あー・・・ここは新オスティアからそれ程離れてねぇな。
・・・ってこたぁ・・・。
「・・・オスティア駐留警備艦隊・・・いえ、ウェスペルタティア王国艦隊を名乗っています!」
「艦影照合・・・巡航艦『リミエ』、ならびに『アムラン』!」
「新オスティア国際空港までの誘導を呼びかけてきていますが・・・どうしますか!?」
ここで敵(かはまだ微妙だが)に会うとは思ってなかったから、皆浮足立ってやがるな。
さぁて、どうするかね・・・。
Side ネギ
アリエフさんが映像付きで見せてくれた話の内容は、衝撃的だった。
僕の父さん・・・ナギ・スプリングフィールドが何をしたのか!
やっぱり、父さんは僕の思った通りの人だった。
連合と帝国、悪の組織の陰謀で始まった二大国の戦争を終わらせて、しかもその悪の組織を倒し、世界を救った。
やっぱり、父さんは「
「どうかなネギ君、キミのお父さんがいかに魔法世界に貢献してくれたか、わかってくれたかな?」
「は、はい、アリエフさん、本当に「違う」あ・・・え?」
不意に、否定の言葉が聞こえた。
声のした方を見てみると、その声の主は・・・。
明日菜さんだった。
明日菜さんは、両手で口を押さえていた。
何だか、驚いたような顔をしている。
「ち・・・違う」
「・・・明日菜さん? 何を」
言っているんですか、と言おうとして、僕はがしっと何かに腕を掴まれた。
エルザさんが、僕の右腕を抱き締めるようにして、僕の動きを止めていた。
「え・・・エルザさん?」
「いけません」
「え?」
「お父様の言葉以外を聞いてはいけません」
これまで、エルザさんは僕に対しては優しかった。
無表情だけど・・・とにかく、キツいイメージはなかった。けど、今は。
「お父様の言葉が真実です。お父様の言葉だけが真実です。お父様以外の言葉は嘘です。虚偽です。でたらめです。ネギはお父様の言葉を聞くべきです。お父様の言葉を聞かなければなりません。お父様の言葉を聞いてこそ、ネギには意味があるのです」
「あの、エルザさん、でも」
「どうして素直に頷いてくれないのですか?」
今は、何故か・・・怖い?
「どうして頷いてくれないの? どうして頷いてくれないの? どうして頷いてくれないの? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?」
「え、う・・・」
僕が思わず下がろうとして、エルザさんの目が暗くなった、その時。
「あ・・・本屋ちゃん!?」
「え・・・」
見れば、のどかさんが倒れてる!
明日菜さんが駆け寄って、助け起こす・・・顔が、真っ青だった。
「エルザ、そのくらいにしてあげなさい」
「・・・」
「・・・エルザ?」
「・・・はい、お父様」
静かに・・・本当に静かに、エルザさんは離れてくれた。
掴まれていた所が、よほど強く掴まれていたのか、鬱血していた。
アリエフさんは苦笑しながら、僕に近付いて来て。
「いや、すまないねネギ君、うちの義娘が」
「あ、はい・・・それより、のどかさん」
「うんうん、彼女達には部屋と医者を用意しよう・・・それで、どうだね?」
「ど、どう・・・って?」
「キミの父の跡を継いで、私と共に世界のために働こうじゃないかね!」
お父さんの跡を継ぐ?
アリエフさんの差し出してきた手を、僕は呆然とした気持ちで見る。
「うん? 何を迷うのかね・・・ああ、心配はいらない。お膳立ては全て私が用意しよう。この手を取るだけで、キミは明日には世界の中枢を握ることができる」
「え・・・?」
「そして、6年前にキミの村を襲った勢力にも・・・」
「え? 今・・・」
6年前って、まさか・・・!
「アリエフ議員!」
「・・・何だ、騒々しい」
突然、過去の父さんを映していた映像が途切れて、最初の部屋に戻った。
アリエフさんの耳元に、兵士らしき人が何かを耳打ちした。
瞬間、アリエフさんの顔が青ざめて・・・次いで、赤くなった。
手元の端末を弄って、壁の所に画面が浮かぶ。
そこには・・・。
アリア、さん?
白い髪の少女が、映っていた。
「・・・なんだ、コレは!?」
「先ほどから、全世界に向けて放送が・・・」
「やめさせろ!」
「無理です、妨害が・・・」
「ええい・・・クルトの小僧めが!!」
「外に敵と思われる巡航艦が2隻・・・」
「ぬうぅぅ・・・!」
アリエフさんはさっきとは打って変わって、余裕をなくしてるみたいだった。
憎々しげに、画面の中のアリアさんの、冷静な顔を睨んで。
「<銀髪の小娘>・・・!」
<銀髪の小娘>。
・・・なんだか、しっくり来る呼び名だった。
Side トサカ
「な、んだとぉ・・・!?」
自分の声が掠れて聞こえるのは、別に珍しいことじゃねぇ。
今までだって、何度も聞いた。
死にかけた時、ビビった時・・・だけどよ。
今回のは、レベルが違うぜ・・・!
俺達は、新オスティアまで連合の軍艦で送られるって話になってた。
実際、今俺らはその軍艦の中にいる。
・・・っても、一回乗り換えたんだけどな。
俺らの他に、二組の賞金稼ぎと冒険者(トレジャーハンター)のグループが、大部屋にひとまとめにされてるんだが・・・。
「ねぇ、クレイグ、この子・・・」
「本当かは、わかんねぇが・・・王女様ってことか?」
「でも、先代の女王は処刑されたんでしょ?」
「だから、今この子が女王に・・・」
クレイグ・コールドウェルっていやぁ、その筋じゃ名の知れた冒険者だ。
それに・・・。
「・・・うーん、僕の目から見ても、嘘には見えない」
「魔族のお前が見てもカラクリが無い・・・となると」
「まさか・・・本物かネ?」
「むぅ・・・本部に連絡を取れれば」
さっき自己紹介したんだが、あっちの連中は「
シルチス亜大陸あたりじゃ、有名な賞金稼ぎ組織の連中・・・。
普段の俺なら、速攻でビビって逃げてる、だが今は・・・。
今は。
『ウェスペルタティア人の皆さん・・・私は、哀しいのです』
画面に映ってる、この女・・・!
この女の、顔は。
「アリア・・・?」
後ろから、ネカネの声が聞こえた。
アリア・・・そう、アリア・アナスタシア・エンテオフュシア!
エンテオフュシアの直系!
だが20年前の時点で、ウェスペルタティア王家の直系は、そしてこの顔は。
「・・・ママ、兄貴」
「ああ・・・こいつぁ、間違いなさそうだね」
「ぬぅ・・・だが、処刑されたはずだぞ・・・」
ママとバルガスの兄貴も、マジな顔をしてやがる、当然だ。
・・・そう、処刑されたはずなんだ。
アリカ様は。
だが、俺が見間違えるはずがねぇ。
俺は、一度だけアリカ様の姿を間近に見てるんだからよ。
焼きついて離れねぇ、あの顔を。頭を撫でて貰ったあの時を。
オスティア大崩落の時の、必死な姿を・・・!
『20年の長きに渡り、差別され、貶められ・・・迫害されている、オスティアの民』
画面の中の女・・・アリア、様は、哀しげに目を伏せた。
ぐ・・・と、自然と拳を握る。
オスティアの、民!
『そしてメガロメセンブリアに支配され、導き手を失い、自主独立の精神を発揮しきれずにいる、ウェスペルタティアの民』
18年前にアリカ様が処刑されてから、ずっと燻ってきた。
脇役の俺は、それで良いと思っていた。
だが、だが、今・・・!
俺の、前に。もう一度、もう一人の。
あの顔を見て、動かねぇウェスペルタティア人が、オスティア人がいるか!?
『・・・その哀しみを終わらせるために、私は今日、全世界の全ての人々に向けて、宣言致します』
ギリ・・・と、拳を握る力が強くなる。
血が滲んでいるような気がするが、気にしてられねぇ。
『ウェスペルタティア王国の・・・』
その時、ガクンッ、と艦が動き始めやがった。
バランスを崩しそうになりながらも、俺は画面から目を離さねぇ。
『当艦はこれより、急速航行で東に進路を変えます。繰り返します、当艦は・・・』
「うるせぇ!!」
思わず、叫んでいた。
だが、今はそんな放送よりも・・・それよりも!
アリカ様の―――――――!
Side 真名
「今が建国、ああ、いや・・・再興の時、と言う奴かな?」
暗視機能付きのスコープを覗いたままの体勢で、私はそう呟いた。
どこか楽しむような響きが入っていることに、自分でも驚く。
新オスティアで一番高い塔の上にいるため、私は街の様子を窺うことができる。
一言で言えば・・・混乱、そして歓喜と祝福。
歓喜は、ウェスペルタティア人の大多数、祝福はそれ以外の人達。
混乱は、両方。
「・・・5」
ドシュッ・・・と、引き金を引くと共に響く、小気味の良い音。
放たれた弾丸は、総督府に近付こうとした連合兵を撃ち抜き、捕縛する。
特注の捕縛結界弾だ、6時間は動けない。
まぁ、すぐに騎士団員が現れて捕縛してしまうけど。
私の任務は、騎士団が確認していない兵士・・・つまりは敵の情報を得次第、これを狙い撃つこと。
単調だが、アリア先生の仕事が終わるまでは邪魔をさせるわけにはいかない。
『全世界、あらゆる場所で生きる全ての人々、そして何よりも、全てのウェスペルタティア人の皆さん!』
街のあらゆる場所に設置された映像装置は、アリア先生の姿を映している。
演説の内容が大詰めに近付いてくるのに合わせて、眼下の人々の熱も、その温度を上げる。
『私達は皆さんに、歴史上偉大かつ重要な出来事の目撃者となってもらうべく、今日! この時! この瞬間を選びました! 私達ウェスペルタティア人は独立を望みつつも、20年間待ち続けました!』
くっ・・・と、唇の端が上がるのを感じる。
大したペテンだ、まるで自分も20年間待ったかのような言い草じゃないか。
『私達は知っています。私達ウェスペルタティア人が、自主独立の精神を持つ優れた民族であることを! 私達は知っています。私達ウェスペルタティア人が、他の国の民族によって支配される、いかなる理由も持たないことを!』
旧世界にでも、何度か似たような場面を経験したことはあるけど。
自分がその瞬間の手助けをしているのは、初めてのことかもしれないな。
連合のこともある、おそらく戦争になるだろう。
『そして今! ウェスペルタティア人は祖国を自分達自身の手に治める時が来ました。自らの手の内に運命を掴み取る勇気のある民族だけが、それを掴むことができます―――すなわち、私達だけが!』
あそこに映っている白い髪の女の子は、そのあたりをわかっているのかな。
わかっているのだとすれば・・・。
「・・・6・・・」
撃とうとして、やめる。
私が主にカバーしている総督府の周辺には、すでに多くの民衆が集まっている。
騎士団が規制線を張っているから、中までは入れないが。
口々に王国の独立を叫ぶ人々の波に、私が撃とうとした人間は飲み込まれてしまった。
雑踏に紛れた、などと言うレベルでは無い。
まさに、飲み込まれた、だ。
・・・連合兵はあそこに近付かない方が良いだろう。
上を見れば、アリアドネーの戦乙女騎士団が戸惑ったように事態を見守っている。
この街の治安権限は彼女らにあるから、暴動化すれば介入するだろうが・・・。
これを見た人間は、「アリアドネーは新ウェスペルタティアを支持している」と見るかもしれないね。
王国の独立宣言の会場を、アリアドネーの武力が守っているのだから。
狡猾、そして悪辣だ。あの変態眼鏡の総督・・・宰相代理がやりそうなことだ。
『皆さん!』
・・・まぁ、そこまでは私の仕事じゃない。
それ以上のことは、知らないね。
Side クルト
「私達は今ここに、メガロメセンブリアの支配を否定し、ウェスペルタティア王国の独立を宣言致します!!」
素晴らしい、今こそ建国の時・・・!
階下の人々に、そして新オスティアの街に、さらにウェスペルタティア全土に向けて、いえ世界に向けて高らかに宣言するアリア様。素晴らしい・・・!
「私達の祖国・民族を縛り付ける組織は、もはや存在しません。私達は今から私達の国家、そう、私達の独立国家を作り上げていくのです!」
総督府・・・いえ、この離宮の外からは、徐々にですが声が聞こえてきます。
王国の独立、そして新女王即位の祝福の声・・・。
私の20年の活動の、そしてここ数カ月のプロパガンダの成果。
アリア様が、仕上げです。
さぁ・・・ここからが正念場ですよ。
すでに各地の軍に通達は出しています。メガロメセンブリアが体勢を整える前に攻める。
民衆の熱が冷めない内に、戦術的、できれば戦略的な軍事的勝利が必要ですからね。
アリア様の覇権を、衆目に認めさせなければ。
「私達は宣言します! 世界に! 人々に! ウェスペルタティアは<自由と独立の権利>を持っています! ウェスペルタティアは<自由・独立の国家>なのです! ウェスペルタティア全人民は、この自由と独立の権利を守るために、あらゆる精神的、物質的な力を動員し、これを守ることを! 全ての生命と財産を、自分達の力で守ることを・・・今、ここに!!」
ばっ・・・とアリア様がアリカ様の剣を掲げると、全ての声と音が失われました。
世界中から音が失われたと思う程に、静かになりました。
最初は呆けたようにアリア様を見ていた階下の人々も、今や完全に引き込まれています。
話の内容と意味を、理解したからでしょう。
旧ウェスペルタティアの政治家や財界人は、素直に独立を喜んでいるようです。
麻帆良の方や関西の方は、驚きつつも冷静・・・帝国の大使もこのあたりですか。
連合の大使は・・・ああ、可哀想に、どう反応すべきか決めかねていますね。
それらを見下ろし、ぐっ、と腕に力を込めたアリア様は・・・。
シュンッ、と、剣を横薙ぎに振るい、言いました。
「・・・宣言致します!!」
その言葉に被せるように、旧・・・いえ。
ウェスペルタティア王国の国歌を!
「ウェスペルタティア王国、万歳!!」
「アリア女王陛下、万歳!!」
正門の方から聞こえるのは、シャオリーとジョリィの声。
次いで外から、地面を震わせる程の、民衆の声。
階下からも、同じ声が響きます・・・。
ウェスペルタティア人は熱意と打算を持って、帝国人は慎み深さと警戒心を持って。
旧世界からのお客様は、戸惑いつつも拍手を・・・ああ、千草さんが凄く睨んでますねぇ、「巻き込んだな」みたいな顔をして。ははは、近衛詠春との盟約でもあるのでね、協力して貰います。
さて、連合人は・・・おやおや、姿が見えませんねぇ。
・・・まぁ、逃がしませんがね。
何せ、友好的に、かつ紳士的に独立承認のサインを頂かなくてはいけないのですから。
え、大使の政治生命? 何ですかそれ、美味しいんですか?
「・・・クルトおじ様・・・いえ、クルト」
「・・・はい、陛下」
「私は階下のお客様達に挨拶した後、市民に姿を見せてきます。私がいない間、お客様を退屈させないように」
「・・・
アリア様は面白くもなさそうに私を見ると、そのまま歩いて行きました。
下への階段へ向かう途中で、柱の陰で様子を見ていたあの吸血鬼達と何事かを話しています。
・・・ふむ。
「・・・あまり、アリア様との関係を特権的に考えられても困るのですがね」
まぁ、対応すべき課題ですが緊急性はありません。
せいぜい、アリア様の精神面のケアをしてくれればそれで良いです。
私は、それ以外の面でアリア様を支えましょう。
「ジャーヴィス伯とコリングウッド准将に連絡を取りなさい! 艦隊を動かしますよ! リュケスティス、グリアソン両少将に陸上兵力を預けて西部攻略作戦に移らせなさい!」
「
「広報部! 当座の政策内容を宣伝なさい・・・近く議会を開き、広く民衆の知恵と力を求めると!」
「御意」
「アリア様は専制者では無い・・・懐広きアリア女王は、民衆の総意によって君臨する! しかし、統治に当たっては愛すべき民衆の自助努力を信ずるものである―――」
さぁ、女王の君臨する民主共和国家、新生ウェスペルタティア!
アリア・アナスタシア・エンテオフュシア陛下の物語を。
この私が、プロデュースして見せましょう―――――!
Side アリア
「疲れた・・・」
総督府・・・いえ、今や宰相府となったその建物の二階の外に面したテラスで、私はぐったりとしていました。
慣れないことをしたために、かなり疲れました。
最初の独立宣言もそうですが・・・。
その後、旧ウェスペルタティアの支配階級との会談、帝国大使との非公式会談、シャークティ先生や千草さんとの公的な会話などを経て、新オスティア中を巡り歩きました。
歩いたとは行っても、パレードみたいな物ですけどね。
お祭りで多くの人が集まるこのタイミングでしたから・・・随分、見栄を張る時間が長かった。
政治的効果を最大限演出するためには、多くの人々に姿を見せる必要がありましたから。
君臨すれども統治せず。
細かいことは専門家に任せるとしても、国家の顔としての私の役目は重要です。
・・・「女王モード」とでも名付けますかね。
「さしずめ今は・・・」
石造りの手すりにもたれかかりながら、私は夜空を見上げました。
星が見えますが・・・火星から見る星と言うのも、奇妙な感じですね。
さしずめ、今の私は・・・。
その時、強い風が吹きました。
わぷっ・・・と、思わず目を閉じます。
スカートが舞い上がりそうになったので、それを片手で押さえます。
・・・おかしいですね、この宰相府には防風の魔法が・・・。
「アリア」
軽く、息を飲みます。
目を、ゆっくりと開けます。
・・・そこには、思った通りの人がいました。
「キミを迎えに来た、アリア」
白い髪に、感情の見えない瞳。白のタキシード、静けさの中に何かを感じる雰囲気。
フェイト・アーウェルンクス。本日は私に合わせて10歳前後。
・・・チクリ、と、眼と胸が痛みます。
とても切なくて、だけど怖くて・・・。
この人だけが、私を充足させられるのだと、頭の中で誰かが囁く。
この人が欲しくて・・・たまらない気持ち。
この気持ちを、何と呼べば良いのでしょう。
「・・・アリア!」
そのフェイトさんの陰から、赤い髪の女の子が飛び出してきました。
その女の子・・・アーニャさんは、両手を広げて、私に抱きついてきました。
「あ・・・アーニャさん!?」
「アリア・・・アンタ、何で女王なんかになってんのよ!」
「あ、え、えーと・・・ろ、労働条件が良かっ・・・あ、ごめんなさい、つまらなかったですね・・・」
「・・・・・・・・・私の中の何かが冷めたわ、今」
でも・・・良かった。ぎゅ・・・と、アーニャさんを抱き締めます。
無事で、良かった。
「・・・ありがとう、フェイトさん」
「構わないよ、その代わりと言っては何だけど」
アーニャさんと一旦離れて、フェイトさんにお礼を言います。
そのフェイトさんは、ふ・・・と私に近付くと、私の右頬に片手を伸ばしました。
髪の一房に触れ・・・でも、肌には触れずに。
私の目を、覗きこむようにしながら。
「貯まったポイントを、今ここで全部使わせて欲しいな」
「え・・・あ、はい・・・」
「キミが、欲しい」
「・・・っ」
か、かつてない程直接的っ・・・!
かぁ・・・と、顔が熱くなるのを感じます・・・あ、熱い。
「僕と行こう、アリア」
頬に触れるか触れないかの距離に、フェイトさんの温もりを感じます・・・。
彼は、もう片方の手を私に差し出してきました。
私に、手を差し出してくれるフェイトさん。
・・・彼の瞳が、私を見据えています。私の瞳も、きっと・・・。
「・・・え、あのー・・・コレってどう言う・・・」
「アーニャさんっ」
「え、ねぇ、エミリー? コレってどう言う・・・」
「良いですからっ」
・・・何やら、アーニャさんの方が慌ただしいようですが。
・・・・・・あれ?
つまり、アーニャさんって、今までフェイトさんと一緒だったわけで・・・。
・・・あは。
「・・・フェイトさん」
「何?」
「ウェスペルタティア女王として、<
「・・・?」
「あと、個人的にもお話したいことがあります、後で」
・・・まぁ、フェイトさんとしては、クルトおじ様と一緒にいる段階で、自分達の組織の情報はある程度知られていると考えているでしょうしね。
この程度では、驚かないでしょう。
と言うかこの人、何にもわかってない顔してるんですけど。
まぁ、本筋から離れちゃうんで、良いですけど・・・。
ああ、もう。鈍感な人が相手だと、大変ですよ。
シンシア姉様――――――――。
Side フェイト
・・・理由はわからないけど、アリアに睨まれている。
何か、怒らせるようなことをしただろうか。
強引過ぎたのだろうか。
でも、身体には触れていない。
あくまでも、暦君や焔君達のアドバイス通りに接したつもりだけど。
・・・難しいな。気持ちとか感情とかは、良くわからないから・・・。
「フェイトさん」
僕から身体を少し離して、アリアは言った。
何を、言うつもりなのか・・・。
「ウェスペルタティア女王として、私は・・・」
そこでアリアは、言葉を止めた。
迷っているようには見えないけれど、言葉を選んでいるように見える。
僕はただ、彼女の言葉を待った。
「ウェスペルタティア女王である私、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアは、貴方達<
「・・・!?」
何・・・?
何を、言っているんだ、彼女は?
「私のメリットは二つ。第一に、先代のアリカ女王の<
「・・・確かに、アリカ女王は僕達の仲間では無い」
まぁ、やり方を間違えると、アリアもアリカ女王の二の舞になるだろうけど。
しかも今回は、本当に関与しているのだから。
「第二に、この世界・・・魔法世界の秘密を知ることができること」
「・・・それを知って、どうするんだい?」
「世界を救う」
端的に、アリアは答えた。
僕を見つめるアリアの瞳が、紅く輝いた。
「フェイトさんは、知っているはずですね・・・私の能力(ちから)を」
確かに、個人としては素晴らしい力だ。
・・・だけど、それだけだ。
「私は、貴方達がどんな手段で世界を救うつもりであるのか、わかりません。この世界に生まれて10年足らずの私には、それに代わる案を生み出せるのかも、わかりません」
「・・・アリア」
「ですが私は情報が欲しい。おそらくは世界について、誰よりも理解している貴方達の持つ情報が」
「アリア」
僕の口調が思ったよりも強かったためか、アリアは言葉を止めた。
でも、それでも・・・アリアは、行動は止めなかった。
僕に、手を差し伸べて。
「・・・私と行きましょう、フェイトさん」
先程僕がアリアに言った言葉を、返された。
その瞳は、あくまでも先程の言を翻す気は無いと、そう言っている。
―――ズキン―――
気が付けば・・・僕は、アリアの手首を掴んでいた。
ぐ・・・と、引き寄せる。
自分でも驚く程に、自分の内面が波打っているのがわかる。
これは・・・苛立ち?
アリアは、かすかに表情を歪めた後・・・。
もう片方の手を、僕の頬に、そしてかすかに背を伸ばして・・・。
・・・左の頬にかすかな温もりを感じたのは、ほんの一瞬だった。
「・・・!?」
僕は思わず、アリアから数歩離れて・・・左頬を、押さえた。
今・・・今、何を?
僕は、何を、されたんだ・・・?
僕を見つめるアリアの瞳には、やはりあの紅い輝きが。
それも、アリアが眼を閉じてしまうと見えなくなる。
アリアは、そのまま僕の横を通り過ぎて・・・。
「・・・信じています。フェイトさん」
そう言い残して、アリアは総督府の中に入って行った。
使い魔のオコジョに促されて、アーニャ君もその後に続く。
僕は・・・。
僕は。
「・・・失望だよ、アリア・・・」
僕は、いつもキミには譲ってきたつもりだ。
だけど、今回は。
僕は・・・。
僕は、どうすれば良いんだ?
◆ ◆ ◆
―――――後の歴史において、この突然の独立宣言は「夏の離宮の宣誓」と呼称されることになる。
ちなみに「夏の離宮」とは、当時の宰相府の元々の呼び名である。
この宣言によってウェスペルタティアは新たな歴史を刻むことになるのだが、その評価は当然、人々の立場によって異なる物になる。
以下に、当時の記録として貴重な日記・日誌の一部を紹介する。
なお、故人の名誉を守るために、名前などは表記しない。
◆ ◆ ◆
<ウェスペルタティア人・27歳男性市民の日記から抜粋>
9月29日月曜日
今日という日を、僕は忘れないだろう。
ウェスペルタティアに、20年・・・じゃない、18年ぶりに王が立ったのだから!
新オスティアの広場で見た王様は、大きな台座のような魔導移動機械の上の椅子に座って、僕達に手を振ってくださっていた。
思ったよりもずっと小さくて、10歳くらいの女の子だった。
でも僕よりもずっと落ち着いていて、連合の政治家みたいに威張り散らしてる感じはなかった。
それでも、その子・・・じゃない、女王陛下には、僕なんかじゃ発することのできない、何か、輝くような何かを感じた。
街中、いや国中が、アリア女王陛下はアリカ女王の娘だと噂していた。
確かに、子供の頃に見たアリカ様に、とても良く似ている。
それに、実は18年前には処刑されていなかったなんて言う話もあるんだ。
連合の政治家は皆嘘吐きだから、大いにありえるって、隣のおばさんも言ってた。
とにかく、今日、僕達は民族としての誇りと独立を取り戻したんだ!
新女王万歳!
<ウェスペルタティア人・30歳女性・軍人の定期日誌より抜粋>
女王陛下万歳!
9月29日月曜日。
我々ウェスペルタティア軍は真の姿を取り戻した。
連合の使い走りのような役目は捨て、今後は新たなる女王陛下とその政府の指示に従い、誇りある行動を心がけて行くものである。
・・・本日未明、女王陛下の閲兵を受けた。
想像以上に小さなお方だった。
あの小さな両肩に、ウェスペルタティアの全てが圧し掛かっているのだと思うと、ぞっとした。
だが私は卑劣なことに、代わって差し上げたいとは思わなかった。
私には、その重圧には耐えられないと思ったからだ。
だから私は、戦友達と共に、あの小さな女王に忠誠を誓うのだ。
己が王器では無いと知っている者は、皆彼女に膝を折るだろう。
<ウェスペルタティア人・45歳共和派政治家の公務日誌より抜粋>
9月29日、今日、ウェスペルタティアに専制者が戻ってきた。
確かに独立はめでたいことだが、施政者が連合から新女王へ変化したに過ぎない。
民衆が支配される構造にあることには、少しも変化が無いのだから。
新女王は議会を開くと言うが、はたしてどこまで本気かはわからない。
明日の正式な戴冠式に併せて、基本的な政策が発表されると言う。
私自身、式典に呼ばれてはいるが、行くかどうかは決めかねている。
友人達は、行く気になっているようだが・・・。
民衆が女王万歳を叫ぶ声が私の部屋にも聞こえてくる。
彼らの期待が最悪の形で裏切られることの無いよう、私は祈るばかりだ。
<帝国人・22歳女性の街頭アンケートへの記載内容を抜粋>
私達帝国人の聖地に、10歳の女の子が王として立った。
街頭で新女王様を見たけれど、ウェスペルタティア人は本気であの子について行くのだろうか?
10歳の女の子に全てを押し付けるような体制が正常だと思っているのなら、世も末だと思う。
<帝国人団体「聖地オスティアを愛する会」の広報から抜粋>
新王国万歳!
祖国(帝国)の手に聖地が戻っていないのは残念だが、私達の聖地オスティアが連合の手から解放されたことは、実に喜ばしい。
願わくば、私達の聖地巡礼の旅の自由化を新王国には認めてほしい。もし私達の誠実な願いを新王国の女王陛下に公式に認めてもらえたのなら、私達は新王国との末長い友好を帝国政府に働きかけるであろう。
<連合人・61歳男性・元老院議員のメモより>
銀髪の小娘め! ゲーデルの小僧め!
ウェスペルタティア王国だと? そんな物が認められるはずが無い!
彼の地は、いや世界は我ら元老院によって統治されて初めて、恒久的な平和と繁栄を約束されると言うのに、何を世迷言を!
我ら元老院こそが正義なのだ、それをあのアリカの娘が!
ええい、ダンフォードでは話にならん、傀儡の豚め!
アリエフは何をしている、ウェスペルタティアの直系が生きのびているなど、聞いていないぞ!
弾劾措置を取ってくれる、そうだそして私が
―――以下、赤い液体が付着して解読不可―――
<連合人・20歳男性・一般市民の日記より抜粋>
9月29日
今日は、全国の映像装置が一斉に故障する騒ぎがあった。
(後で聞いた話では、どうも情報統制がされたとか)。
信託統治領新オスティアのニュースが流れた直後のことだから、あからさまだった。
政府はいったい、何をしているんだ?
アーニャ:
はぁい、アーニャよ!
・・・元気よく挨拶してみたのは、良いんだけど。
最後、私空気になってなかった?
と言うか、どう言うことなのかしらコレ?
残酷な現実を目の当たりにしたような気がしてならないのだけど。
えーと・・・皆!
燃やしていいかしら?
今回、初登場の投稿キャラクターはこの2人よ!
空咲 雪花 様提案の、侍女のユリアさん。
伸様提案の、法務官僚コルネリア・スキピオニスさん。
ありがとう!
それと、途中で出た巡航艦の名前は、黒鷹様から貰ったわ。
本当にありがとうね!
アーニャ:
そんなわけで次回!
私とアリアの修羅場・・・は、たぶん始まらないわね。
うん・・・大丈夫、私、大人!
心の中のBGMは火曜サ○ペンス劇場だけど、大丈夫!
叛逆したりはしないわ、多分!
じゃあ、またね!