魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第10話「9月30日」

Side ロバート

 

「やはり、アレはミス・スプリングフィールドのようね」

「へぇー」

 

 

シオンの口から、体温計(旧世界仕様)を抜き取る。

何たってこんな古いタイプ使ってんだか・・・む、微熱だな。

 

 

シオンは額に冷却シートを張ったままの格好で、手元の端末をカタカタと叩いてる。

その画面には、連合の情報統制にかかってるはずの情報が記載されている。

まぁ、今さら驚きゃしねぇよ。こいつ優秀だし。

 

 

「6月に会ったっきりだけどよ、その時は先生だったな」

「たった3か月で・・・失われた王国の女王なんて」

「転職したんじゃね?」

 

 

シオンが、もの凄くバカを見る目で俺を見た。

・・・大丈夫、俺、頑張れる。

ヘレンに同じ目されたら、3秒で自殺するけど。

俺はシオンの手から端末を取り上げてサイドテーブルに置いて、シオンの両肩を押してベッドに寝かせた。

 

 

「・・・するの?」

「あと5年したらな」

「ヘレンだったら?」

「今すぐにでも」

「気が合うわね、私もよ」

 

 

バカな会話をしつつ、シオンの額の冷却シートを取り返る。

晩飯は、昔アリアが言ってた「卵うどん」でも作るかね・・・あ、うどんがねぇわ。

・・・小麦粉から、作るか?

 

 

『・・・電撃的な独立宣言から一夜明けた今日、新オスティアの地に降り立ったヘラス帝国第3皇女テオドラ殿下は、クルト・ゲーデル総督・・・失礼、宰相代理との会談の後、アリア新女王の戴冠式に同席。その後祝福を述べると共に、具体的な国交交渉に入ることになるだろうとの見解を記者団に・・・』

 

 

少し目を離した隙に、シオンはテレビをつけていた。

と言うか、ニュースを見ていた。

 

 

「ふーん、帝国はアリアの国を認めんのか?」

「あら、わからないわよ? 交渉に入るだけだもの」

「大人って汚ねぇ」

「ふふ・・・それにしても、地方自治と議会制民主主義を格としながら、女王と貴族は存在する。これはメルディアナ・・・イギリスを範とした国家体制を志向していると見て良いわね」

「はーん」

 

 

俺のいい加減な返答に、シオンは少しむっとした表情を浮かべた。

しかし俺はそれに欠片も怯むことはなかった。

土下座して許しを請うたりはしないのだ。

・・・本当だぜ?

 

 

『・・・アリアドネーのセラス総長は、記念祭開催期間中の新オスティアの治安については責任を持つとしながらも、新王国の独立問題に関してはコメントを避けており・・・』

 

 

プチン、とテレビの画面を消す。

まぁ、世の中大変みたいだが・・・。

 

 

「いいから寝ろよ、風邪っぴき」

「・・・寒いのだけど?」

 

 

俺にどうしろってんだよ、んなもん。

その時、ピピピッ・・・と、閉じた端末から音がした。

あん・・・?

 

 

「あら、メールが来たわ」

 

 

シオンが即座に起き上って、俺の果敢な妨害をウインク一発で回避し、端末を手に入れた。

開いて、軽く操作して・・・。

 

 

「・・・あら、ミスター・アルトゥーナからだわ」

「あん? ミッチェル?」

「この情報・・・」

 

 

シオンの表情から察するに、どうも面倒なことになりそうだ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

新オスティアには宰相府を含む多数の官舎が存在していますが、いわゆる「王宮」なる物はありません。

旧王都崩落の際、大多数は墜落してしまったからです。

 

 

「無論、国費に余裕が出てからの話ですが、いずれは陛下の王宮を造営せねばなりません」

「正直、執務室があれば十分なんですけどね」

「そうは申しましても、陛下があまりに質素な生活をなさいますと、他の者が余裕のある暮らしができません。また、他国に侮られる一因にもなりかねません」

「・・・そんな物ですか」

「そんな物です」

 

 

宰相府の一室に用意された、応接室を兼ねた私の執務室。

上質な素材で造られた机や椅子、ソファなどがありますが、女王と言う役職上から見ると、質素な内に入るのでしょうか。

後は、椅子の横で丸くなっている灰銀色の狼、カムイさんくらいですしね。

ギシ・・・と背もたれに背中を預けながら、私はクルトおじ様の報告の続きを促しました。

 

 

「さて、現在我が国には法がありません。議会も無く、官僚機構も脆弱な今、立法・行政・司法の三権に加えて軍権もアリア様お一人が握っておられます。つまりはアリア様の超・独裁状態にあります」

「当面は、旧ウェスペルタティアの法律をそのまま適用すれば良いでしょう」

「おっしゃる通りです。そこで旧ウェスペルタティアの権力機構を参考に、専門家による小委員会で決定された行政機関組織図の第一案が、こちらです」

 

 

クルトおじ様は手に持ったリモコンを操作し、空中に組織図のような物を展開しました。

クルトおじ様が事前に作っていた小委員会とやらの案によれば、ウェスペルタティア王国の行政機関は9つの省と府で構成されることになっています。

 

 

宰相府、国防省、法務省、財政省、外務省、社会秩序省、経済産業省、工部省、文部科学省の9つで、それぞれに官僚を配置し、運営します。

司法・・・つまり裁判所についてはまだ話し合いが続いており、来週までに案をまとめることになっています。当面は宰相府の司法監視局が機能を代替することになるでしょう。

さらに貴族からなる上議会と、一般市民からなる下議会が立法を担当します。

議会については、10年以内の招集を目標に掲げています。いきなり全部は無理ですからね。

当面、立法関連の仕事は法務省法律監査局が担当することになります。

 

 

「細部は専門家に任せます。外部の意見も聞いた上で、最終案を提出なさい」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

「他には、何かありますか?」

「・・・ええ、最重要の話です」

 

 

ピ・・・と画面が代わり、ウェスペルタティアの地図が映し出されました。

ウェスペルタティア王国は、長方形に近い形の半島国家です。

やや大陸寄りではありますが、王都オスティアを擁する中央部、それに東西南北を含めた5つの地域に分けることができます。

 

 

そしてその領域の内、西部を除く地域が青く塗られているのに対し、西部は赤く塗られています。

青が、私達新生ウェスペルタティア。そして赤は・・・。

 

 

「これは、ウェスペルタティア領内を単純化した図式です。無論、一部で反乱の芽が残っていたりはしますが、まぁ、昨夜9時からの12時間で、大体このような勢力図になったとお考えください」

「・・・そうですか」

 

 

目を閉じて、私は昨夜サインした書類のことを思い出します。

それは・・・端的に言えば、軍の行動に対する許可書。

軍隊に人を殺せと命じる書類。

殺人許可証。

 

 

「各地の司令官から報告が上がっておりますが・・・お聞きになりますか?」

「・・・聞きましょう」

 

 

聞く、義務があると思います。

昨夜、私が眠った後・・・何があったのかを。

 

 

「流石はアリア様、弁えていらっしゃいますね」

 

 

ぬかせ、エヴァさんならそう言ったでしょうね。

私が先を促すと、クルトおじ様は画面を操作して・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 (数時間前――――)

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ディロン(MM第28軍団指揮官)

 

私はその日、いつも通りの日常を過ごしていた。

メガロメセンブリアへの定期報告を行い、ウェスペルタティア東部各地の部隊からの定時連絡を受けた後、事務処理を行った。

ウェスペルタティア東部地域の軍を統括するのが、私の役目だ。

その後、基地内に設置された将官用の宿舎に行き、就寝。

 

 

この地に赴任してきてから10年。

民衆の暴動を排除し、連合市民の権益を守る毎日。

これから先も、同じ生活が続くのだろう・・・。

 

 

ズンッ・・・!

 

 

だがその時、いつもとは異なる音と衝撃が、基地を襲った。

地面をハンマーで叩いたかのような衝撃が、私の寝室まで届いた。

慌てて跳ね起きると、窓の外が明るい―――夜だと言うのに!

バンッ、と扉が勢いよく開き、10年来の副官であり戦友であるナミュールがやってきた。

 

 

「反乱です! ウェスペルタティア人兵士が反乱を・・・!」

「何だと!?」

 

 

ウェスペルタティアに駐留している部隊には、統治の効果を政治的に宣伝するために現地人を徴兵することがある。

王国全土を軍事的に掌握するには、政治的・財政的に現地人を使った方が良いからだ。だがそれでも一ヵ所に、反乱を起こせる規模の人数を所属させるはずが無い。

人事局の奴らめ、ウェスペルタティア人を侮って管理を怠ったな!

 

 

「すぐに鎮圧」

 

 

しろ! と叫ぼうとした瞬間、私の部屋の壁が吹き飛んだ。

意識が一瞬途絶え・・・気が付いた時には、私はベッドと壁の間に挟まっていた。

ベッドを押しのけ、立ち上がると・・・部屋は、と言うより宿舎は半壊状態だった。

私は場所が良かったのか、大した怪我も無く済んだ・・・。

 

 

「ナミュール!」

 

 

名を呼んでも、返事は無い。

ナミュールは上半身だけを残して、爆発した壁とは反対側の壁に叩きつけられていた。

下半身がどこに行ったかはわからない。

それから目を逸らす意味も含めて、私は爆発した壁、そしてそこから見える外を見る。

 

 

この部屋は基地の中でも高い位置にあり、夜にも関わらず丘の向こうまで・・・。

丘の頂上から、いくつもの火線がこちらへ向かってきていた。

・・・砲撃だと!?

 

 

「バカな、そんな重火器が何故―――!?」

 

 

私がその理由を考える前に、私の意識は途絶え

 

 

 

 

 

Side リュケスティス(ウェスペルタティア陸軍少将)

 

「全弾命中! 敵高級士官宿舎を完全破壊!」

「基地内の同胞より通信! 我、基地内部の主要設備を占拠せり!」

「・・・よし、同胞から合図のあった場所を避けつつ、砲撃を続行。敵の交戦能力を減殺する」

「「「了解!!」」」

 

 

部下達から上がって来る報告を次々と頭の中で処理し、さらなる指示を与える。

彼我の戦力差は10倍。こちらが500名であるのに対し、敵の駐屯兵は5000人以上だ。

だが、こちらが万全の態勢を整えているのに対し、敵は完全な奇襲に浮足立っている上、内部で反乱が起きている。加えて、我々は敵の情報の全てを持っているが、敵は我々の情報を持っていない。

 

 

ここまで戦略的に優位な体制を整えてくれれば、後は現場指揮官の力量次第だ。

新女王とやらも、なかなかにやる。いや、それともクルト・ゲーデルかな・・・?

 

 

「オーギス殿を呼んでくれ」

「はっ」

 

 

基地内の各所に灯りがつき始めた所で、ヴァン・オーギス殿を呼んだ。

基地攻撃の寸前に合流した騎士で、かつては王国魔法騎士団の一員だった男だ。

宝石魔術の使い手としても有名だが、何より愛妻家として名を馳せている。

・・・確か、最近は娘の自慢話で部下を悩ませているらしいが。

 

 

「お呼びですかな、リュケスティス殿」

 

 

すぐに、オーギス殿がやってきた。

筋肉質な長身の男で、刈り上げられた銀色の髪。肌の色は白いが、若干だが黄色掛かっている。

 

 

「麾下の騎士団を率いて、基地内の一般兵宿舎を占拠して貰いたいのだが、頼めるかな?」

「よろしい、任せて貰おう」

 

 

こちらの頼みを快諾してくれるオーギス殿に頷きを返した後、俺は基地に視線を戻した。

さて、どうなるかはわからんが・・・。

 

 

誰の手柄になるにせよ、まずは勝つことだ。

 

 

 

 

 

Side コーンウォリス(MM駐留艦隊司令)

 

「艦隊を出せ、すぐにだ!」

 

 

もうすぐ日が昇ると言う時間に、私は部下達を叱咤していた。

旧ウェスペルタティア北部には、連合の艦隊の軍港がある。

かつての王国艦隊の重要拠点であり、今は我々が使用しているのだが・・・。

 

 

「ダメです! 全ての艦の燃料が抜き取られていて、飛べません!」

「バカな、いつの間にそんな・・・!」

 

 

旧王国各地で反乱が起こり、隙を突かれた我が軍は著しく不利だとの報告を受けたのが30分前。

ならば艦隊で空から制圧を、と思えば・・・何故!?

 

 

「司令、空を! 空をご覧ください!」

「何だ・・・!?」

 

 

白み始めた空には、数百体の小型飛竜が・・・。

その竜には鞍が付けられており、人が乗っている・・・あれは!?

 

 

「ウェスペルタティアの竜騎兵です!」

「な、何だとぉ!?」

 

 

バカな、いつの間に!?

奴らは50キロ以上南で賊の討伐に当たっていたはずでは無いか。

それが、こんな短時間で展開できるなど・・・!

 

 

 

 

 

Side グリアソン(ウェスペルタティア陸軍少将)

 

「隊長! 敵艦隊に動き無し! 作戦通りニャ!」

「よぉし! だが油断するなよ、対空戦力は残っているかもしれんからな」

 

 

副官(猫族の獣人)からの報告に、俺はそう返した。

激しい風に吹きすさぶ中でも、我が竜騎兵部隊は専用の念話装置によって意思疎通を図ることができる。

電撃戦を得意とする我が隊にとって、直近の仲間との通信は死活的に重要だ。

 

 

長く連合の狗として、賊討伐に明け暮れていた我らだが・・・。

仕えるべき王家が復活したと言うのならば、ためらうことは無い。

 

 

「・・・敵兵が艦の外に出るようですニャ!」

「良し、突撃する。全員俺に続け!」

「了解ニャ! 全騎続け! 隊長に遅れを取るニャ!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

 

愛騎であるワイバーンの『ベイオウルフ』の背を叩き、一気に急降下する。

我が部隊は、王国軍随一の疾さを誇る。

反撃の時間など、与えん!

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 (―――数時間後)

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

「・・・と、まぁ、このような戦闘が合計21か所で同時に行われました。その内15か所を制圧、4か所が降伏、2か所が自爆・・・敵味方合わせて485名が死亡、1747名が負傷しました。その内の3割が我が軍の被害です」

「・・・民間人への被害は?」

「基地内の宿舎などに居住していた敵兵の家族71名の死傷者を除いて、ありません陛下」

 

 

合計して、500名程の死人が出たわけですか。

まぁ、ほとんどは私の知らない、会ったことも無い人達、ですけど・・・。

 

 

ぎゅ・・・と、無意識の内に、左の拳を握り込んでいました。

少しの間だけですが、椅子の肘置きの革に皺を刻む程の力で、それを握っていたのです。

それに気が付いて力を抜いた時、クルトおじ様の視線に気が付きました。

 

 

「陛下、我が兵はアリア様のために戦い、そして死んだのです」

「・・・知っています」

 

 

頼んだ覚えは無い、とは流石に言いません。

それは私の主義の問題では無く、人としての尊厳が疑われると思ったからです。

今回の行動計画を作成したのは私で無くとも、最終的な命令を出したのは私です。

なら、最終的な責任も私に帰する物のはずです。

 

 

それを他人に押し付けることは、したくありません。

・・・私は、私を知る人間が胸を張って誇れる私でありたい。

 

 

「・・・それで、その後はどうなりましたか?」

「は、リュケスティス、グリアソン両少将の働きにより、王国東部・北部は共に陛下の統治下に。南部は自主的に陛下への恭順の意を示しております。これは王国駐留MM艦隊のコーンウォリス司令の降伏による影響と思われます」

「西部は?」

「逃亡した駐留MM軍の部隊が集結しているとの報告を受けておりますが、今の所は明確な反応を示しておりません」

「・・・細部は現地司令官に任せますが、補給などで要望があれば優遇するように。戦ってくれる兵士にはなるべく気を遣ってあげてください・・・」

 

 

私にできることは、それくらいの物でしょう。

私自身が前線に出て、敵兵を薙ぎ倒せば良いと言う問題でもありませんし。

 

 

「・・・それで、例の件はどうなっていますか?」

「は、<魔法世界を救うためにはどうすれば委員会>ですが・・・」

「・・・その名称、変更してくださいね」

「え、何故ですか陛下?」

 

 

心の底からわからない、と言いたげな表情を浮かべるクルトおじ様。

これはきっとアレです。沈んだ私の気持ちを浮揚させようとしてくれているのです。

そう思わせてください。

 

 

「まぁ、とにかく。仮称<魔法世界研究機関>の陣容は整い、すでに稼働しておりますが・・・」

「何ですか、私の人事に問題でも?」

「・・・いえ、陛下の良きように」

 

 

そう言って頭を下げるクルトおじ様。

・・・クルトおじ様が、あの人に良い感情を抱いていないのは知っています。

でも、私にとっては大切な人なのです。

そして何よりも、頼りになる人なのです。

 

 

魔法世界を、私の守るべき人達を救うために。

・・・その時、私の横のカムイさんが、大きな欠伸をしました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

最近、息苦しいと言うか、窮屈と言うか、居心地が悪い気がする。

私が単純に集団生活に馴染めない、と言うのもあるが、ゲーデルの目が気に入らん。

 

 

「おい、ティマイオス。このデータに間違いは無いのか?」

「・・・無論だ」

 

 

薄暗い部屋の中で、端末から目を逸らさずにティマイオスは答えてきた。

ティマイオス・ロクリス。

外見は60歳代にしか見えない男だが、数百年生きてるドワーフだ。性別は男性。

三分刈りな黒髪で、ズングリムックリした体形をしている。

こう見えて、自然学者だ。

 

 

「・・・魔法世界各地の魔力総量の変化・・・微量だが減少を続けているな」

「それでも、オスティア周辺には巨大な魔力溜まりができているわ・・・」

 

 

割り込んできたのは、セリオナ・シュテット。魔術理論と魔導機関の研究者だ。

かつて、オスティア崩落にも関わったことのある女で、フリーの研究者。

今は、ゲーデルに雇われてここにいる。

 

 

ウェーブのかかった長い黒髪に、痩せ気味だがバランスの良いスタイル。

きちんとすれば、40代の女には見えない程度の美人に見えるだろう。

ただ、目の下には隈があり、肌も髪も手入れされていないので、不健康そうなイメージを相手に与えている。

 

 

「・・・これは、20年前にも見られた現象よ」

「・・・確かに」

「私は貴様らと違って、直接見てはいないからな・・・」

 

 

この2人の他に、何人かの研究者と何十人かの助手を含めて、私達は「魔力枯渇化現象」の研究をしている。この研究をするために、アリアは私に肩書きを用意した。

ウェスペルタティア王国工部省科学技術局特殊現象分析課課長。

・・・噛みそうな肩書きだ。

 

 

元々、こう言う個人でできない研究をするために、組織の力を求めた所があるからな。

その意味では、望むべくもない状況だろう。

 

 

「・・・まぁ、できることをすべきだろう」

「そうね・・・アリカ様のためにも、あの新女王のためにも・・・」

「・・・良し、ならもう一度データの比較から進めるか」

 

 

アリアは政務で研究になかなか集中できない。

ならば、私が研究を進めてやるしかあるまい。

アリアが望む答えを、私が見つけてやろうじゃないか。

アリアが、環境を整えてくれる限り。

 

 

・・・極端な話、私は他の分野で助けてやれないしな。

結局、私にはコレしかない。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

何でだろう・・・凄く、力が出ない。

もう全部どうでも良いって言うか・・・何だろう。

いくらでもスイーツが食べられる気がする。

 

 

「あの・・・アーニャさん?」

「・・・何よ」

「そ、そのー・・・金魚鉢パフェ6個目は、食べすぎじゃないかなーって思うんですけどー」

「だから?」

 

 

黙々と・・・そう、黙々と「苺たっぷり金魚鉢パフェ」を食べる私。

そんな私を見ながら、ダラダラと汗を流しているエミリー。

 

 

「・・・げ、元気出しましょうアーニャさ・・・ひぃっ!?」

 

 

ゴンッ・・・と空になった器を勢い良くテーブルの隅に置いて、私は屋台でこのパフェを作っている黒髪の男の子を睨んだ。

 

 

「おかわり持って来なさいよ!」

「わかったんだぞ!」

「あ、アーニャさん、食べすぎですー!」

「大丈夫よ! こうやって・・・」

 

 

私は胸に下げているペンダント『アラストール』の力を使って、体内の熱を操作して新陳代謝を加速、脂肪を燃やす。

これで摂取したカロリーも相殺できる。

 

 

「ほら、太らない」

「そう言う問題じゃありません!」

「おまたせだぞ!」

「貴方も止めてくださいよスクナさぁんっ!」

「スクナは、よく食べる子は好きだぞ」

「そう言う問題じゃなくてぇ!」

 

 

アリアの所の黒髪の男の子・・・スクナ君が腕を組んで、うんうん、と頷いている。

私はエミリーとスクナ君の会話を聞きながら、7個目の金魚鉢パフェを食べにかかる。

 

 

「ちょ・・・アーニャさん、本当に食べ過ぎですよ!?」

「・・・(ムグムグ)」

「アーニャさぁん!」

「・・・何よもう、うるさいわね!」

 

 

ズダンッ、とテーブルを叩いて、私は叫んだ。

 

 

「私はね、別に何とも思ってなかったのよ!」

「え、な、何の話ですか!?」

「べ、別に、綺麗な顔ーとか、意外と優しーとか、そんなこと全然、これっぽっちも思ってなかったんだからね!」

「じ、自爆してますよアーニャさ・・・」

「自爆なんてしてないわよ! まだ何にも始まってなかったんだから!」

「オコジョには大きすぎる話題ですアーニャさん!」

「まぁ、スクナには何だか良くわからないけど」

 

 

スクナ君が、後ろから私の肩に手を置いてきた。

その手には、8個目の金魚鉢パフェが。

 

 

「気が済むまで、スクナのパフェを食べれば良いぞ。気が済むまで作るぞ、スクナは」

「いや、スクナさん、それはちょっと・・・」

「う・・・うわああぁぁ~んっ!」

「え、アーニャさん!?」

 

 

何よもう、優しいじゃない!

そんなに優しくされたら・・・泣くしかないじゃないのよぉ・・・。

私は座ったまま、スクナ君に抱きついて、泣いた。

なんでこんなに悲しいのか、本当にわからなかった。

 

 

「ああ、もう・・・皆見てますよ・・・」

「うんうん・・・でもコレ、さーちゃんにバレたらスクナ、死ぬかな。神だけど」

 

 

・・・思いっきり泣いて、その後は。

また、アリアに会いに行こう。

 

 

 

 

 

Side 暦

 

フェイト様が帰って来た。

でも、何と言うか・・・。

 

 

「フェイト様、落ち込んでない・・・?」

「・・・落ち込んでる」

「落ち込んでいますね」

「落ち込んでますわね」

 

 

上から、私、環、調、栞。

角から顔だけを出して、窓際に座ったまま動かないフェイト様を見てる・・・って。

 

 

「栞、貴女何か役目があったんじゃないの?」

「フェイト様から何の沙汰も無いので・・・」

「・・・聞いてきたら?」

「あの様子では、ちょっと・・・」

 

 

栞はいつもおっとりとした顔をしてるんだけど、今は困った顔をしてる。

と言うか、私達は皆、フェイト様の様子に胸を痛めて・・・。

 

 

「・・・アーニャ・・・」

 

 

・・・焔が隅の方で何か落ち込んでるけど、まぁ、それは良いわ。

ライバルが一人減・・・何でもない、うん。

 

 

「あ・・・フェイト様、溜息吐いた」

「アンニュイな表情のフェイト様・・・」

「何と言うか・・・ゾクゾクしますわね」

「栞って、Mだよね・・・」

「あら、フェイト様に限っては皆そうでしょう?」

 

 

ひ、否定できない部分がある。

でも最近、女性の扱いを教える際に見れる「素直フェイト様」もなかなか・・・って、そうじゃなくて。

 

 

「と、とにかく、フェイト様が落ち込んでおられる以上! 私達が元気づけて差し上げなければ!」

「・・・男の人って、どうすれば元気になるの?」

「さ、さぁ・・・どうすれば良いのでしょう?」

「そうですわねぇ・・・」

 

 

環も調も困った顔をする中、栞は頬に指をつきながら、笑って言った。

 

 

「添い寝とか?」

「そっ・・・」

「「添い寝!?」」

「後は・・・膝枕とか?」

「「「ひ、膝枕!?」」」

 

 

そ、添い寝、膝枕・・・。

確かに、それでフェイト様が元気になられるのならっ。

と言うか、むしろして差し上げたい!

あくまでフェイト様のためであって、私の願望じゃないけど!

 

 

・・・そう、これはあくまでフェイト様のため!

よし、理論武装完了。

 

 

「じゃ、じゃあ私が・・・」

「いえ、癒しなら私が行くべきです。木精でヒーリング効果もつきます」

「・・・ここは私が行くべき」

「あらぁ、提案した私が行くべきではなくて?」

 

 

その後、私達が揉めてる間にフェイト様はどこかに行ってしまった。

・・・くすん。

でも、何であんなに落ち込んでたんだろ?

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

違う・・・違う。

昨日から、ずっと同じ言葉が私の中に溢れてる。

でも、何が違うのかがわからない。

 

 

「昨日はすみませんでした、明日菜さん・・・」

「良いのよ、本屋ちゃん」

 

 

ベッドの上で上半身を起こした本屋ちゃんは、まだ青ざめた顔をしてた。

それにしても、どうして倒れたんだろ・・・。

 

 

「怖かったんです」

「え・・・?」

 

 

本屋ちゃんは私の顔をちらっと見ると、力無く笑った。

それから、また俯いて、自分の組んだ両手を見る。

 

 

「私のアーティファクトは、名前を知ってる人の表層意識を探る物だって言うのは、知ってますよね?」

「え、えーっと、つまり心を読む・・・のよね?」

「まぁ・・・ちょっと違いますけど、そうです」

 

 

表層意識って言うのと、心は、何が違うのかわからないけど。

でもとにかく、相手の考えがわかるってことよね?

 

 

「・・・あの人、おかしいです」

「え、そ、そう? 確かに、ちょっとファザコン過ぎかなって言うのは思うけど・・・」

「違うんです、あの人・・・お父さんのことなんてどうでも良いんです」

「へ?」

 

 

だって、あんなにお父様お父様って言ってるじゃない。

 

 

「あの人は、『自分の理想のお父様』を求めてるだけなんです」

「・・・?」

「だから、お父さんの思い通りにならないことが許せない。お父さんの言うことを聞かない人が許せない。それは、自分の『父親』像を否定することになるから・・・」

「それって・・・」

「あの人は、『父親』のことなんて考えてない。大事なのは『理想のお父様』で、あの人・・・アリエフさんじゃないんです。あの人は、タイミング良く返事をするだけで・・・他は何も考えていません」

 

 

それって・・・誰かに似てる気がする。

どうしてか、私はそう思った。

それが誰かは、わからないけれど・・・。

 

 

「・・・違います。似ていません」

「へ・・・?」

「絶対、違う・・・」

 

 

本屋ちゃんは、ブツブツ言いながら、青ざめた顔で震えてた。

・・・今、もしかして私の・・・?

・・・まさかね。

本屋ちゃんが、許可なく人の心を読んだりするはずが無いもの。

 

 

それにしても、ネギは何をしてるんだろ?

本屋ちゃんのお見舞いにも来ないで・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

僕は、真実を知った。

父さんは、世界を守るために戦った。

そしてその敵は・・・。

 

 

アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>と言う悪の秘密結社の頭目。

世界を滅ぼそうとした、戦争犯罪人。

<災厄の魔女>。

そして。

 

 

「アリアさんの・・・お母さん」

 

 

そして、<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>にはまだ生き残りがいる。

父さんの仕事は、まだ完遂していないんだ。

僕がお父さんの意思を継ぐ。

そして僕がそう願うように、アリアさんもお母さんの跡を継ごうとしている。

 

 

アリエフさんは言った。

20年前に処刑場から逃げ出し、10年前に処刑されたはずの<災厄の魔女>。

多くの人々は20年前に処刑されたと思ってるけど・・・。

そしてその忘れ形見が、アリアさん。

彼女は・・・。

 

 

「世界を、壊そうとしている・・・」

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>の持つ、世界の秘密を握ろうとしているアリアさん。

僕が、止めるんだ。

父さんの跡を継ぐ僕が、アリカ・アナルキア・エンテオフュシアの跡を継ぐアリアさんを止める。

世界を、救うんだ。

 

 

「・・・そう、貴方ならできます、ネギ」

 

 

耳元で、エルザさんが囁く。

 

 

「大丈夫、必要な物は全てお父様が揃えてくれます。人も、お金も、国も、軍も、必要な物は全て。お父様に不可能はありません・・・だってあの人は、私のお父様なのですから」

「・・・」

「さぁ・・・ネギ」

 

 

僕の前に回ったエルザさんが、部屋の扉を開けて僕を誘う。

服に覆われていない部分の肌の上の刺青が、妖しく輝く。

僕は、目を閉じて・・・そして開いた。

 

 

僕は行きます、父さん。

貴方の跡を継いで、世界を守るために。

 

 

「貴方は・・・英雄になるのです、ネギ」

 

 

アリアさんから、世界を守るために。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

他人から与えられた情報なんて、アテにできるもんやない。

実際、うちら関西組はこうして新オスティアに駐在するしかないんやからな。

うち自身、一度は記憶を弄られて親の仇を勘違いさせられたんや。

 

 

『お――っと、10歳学生のコンビが、異形の魔族コンビを圧倒―――!?』

 

 

・・・まぁ、そのおかげであの子らに出会えたんやから、捨てたもんでもなかったかもしれんけど。

今、小太郎と月詠が、蜘蛛みたいなのと腕がたくさん生えた女と戦っとる。

実況のねーちゃんは圧倒とか言うとるけど、そこそこ苦戦しとるな。

やっぱ、月詠のやる気がイマイチなんが響いとるな。

 

 

「蜘蛛はやーですー」

「んなコト言うとる場合や無いやろ!?・・・って、うお―――っ!?」

 

 

ポリポリとポップコーンもどきを食べながら、子供らの試合を観戦するうち。

それでも、考えるべきことは考えとるで?

今後、うちらがどう動くべきか、とかな。

旧世界と連絡が取れへんのやから、こっちでの行動の選択はうちが決めなあかん。

 

 

こっちに連れてきたんは、小太郎、月詠を含めて107人。

107人の、命。

それを、うちは背負っとるんや。

全員を生かして、旧世界の家族の所に帰したる義務が、うちにはある。

 

 

それはもう、自分の好き勝手に何かをしてええ言うようなレベルやぁ、無い。

前とは、違うんや。

一人で親の仇を追うとった頃とは、違うんやから。

 

 

「うおおぉ、やっぱ所長のお子さん達半端ねえぇ・・・!」

「そうね、あの年でこの強さ。凄いけど・・・哀しいわね」

「月詠た~ん、ファイおおおおぉぉおぉ・・・!?」

「どうした鈴吹ぃ!?」

「ま、また腹がぁ・・・!」

 

 

グサグサと紙人形を針で刺しながら、うちは考える。

・・・単純に点数稼ぐんなら、クルト宰相代理に乗った方がええ。

せやけど、あまり急いで旗色を決める必要は無い。

それに、クルト宰相代理の敵が誰かも、まだ決まってへんのやから・・・。

 

 

「あ、ちなみに所長はどっちに賭けてるんです? やっぱりお子さんですか?」

「うちは賭けとかせぇへん主義なんや」

「あ、そうなんですかー」

 

 

自分の子供で賭けをする親が、おるんか?

 

 

場の空気を盛り下げるんもアレやから、あえて言わんけど。

自分の子供に金賭けて応援する程、うちは堕ちて無いで。

個人的な意見やけどな。

 

 

『さぁ――、水の大魔法を連発す(ザ、ザザー・・・)』

「・・・ん?」

 

 

実況のねーちゃんの声が、聞こえへんようになった。

闘技場の中心を見ると、マイクを叩いとる。

何や、故障かいな・・・?

 

 

『・・・全世界の皆さん』

 

 

不意に、闘技場の巨大スクリーン―――今までは小太郎と月詠の試合を映しとった―――に、奇妙な映像が映し出された。

それは、赤髪の子が壇上に上ってて、その後ろに年寄りがズラリと並んどる映像やった。

あの子、確か・・・。

 

 

『僕の名前は、ネギ・スプリングフィールド・・・英雄ナギの息子です』

 

 

誰がお前の名前なんて聞いたか。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアドネーの屋台をスクナさんに任せ、アリア先生の護衛を田中さんと姉さんとカムイさんに任せて、私は宰相府の一室にこもっていました。

とは言え、一人ではありません。

 

 

「ブラボー4・・・もといアーシェさん、戴冠式のMA(マルチオーディオ)はまだですか?」

「はいはーい、今やってまーす!」

「早くしてください、夜のニュースに間に合いませんよ」

「だーいじょぶですって、コレさえ終われば完パケですからー」

 

 

アーシェ・フォーメリアさんと言うこの方は、映像撮影に非凡な才能を持つ警備兵です。

戦闘技術はイマイチですが、移動と撮影に関して彼女の右に出る人間はいないでしょう。

金髪碧眼の20代前半の女性で、アリア先生撮影班・・・もとい、宰相府情報管理局広報部王室専門室の副室長です。

 

 

「私、いつか<千塔の都>の復興した姿を撮るのが夢なんですよー」

 

 

初めて会った時、アーシェさんはそう言いました。

オスティア崩壊時に両親とはぐれ、難民となった彼女は、オスティアの復興を心から願っているそうです。

 

 

ちなみに、ここの室長は私です。

クルト議員に笑顔で「可愛く撮ってあげてくださいね」と頼まれました。

マスターには内緒です、ドキドキです。

今は、夜のニュースに提供する映像の編集で大忙しです。

私やアーシェさん以外のメンバーも慌ただしく動いております。

 

 

「し、室長―――――っ!!」

「何ですか、マスコミにはあと1時間以内に渡すと伝えてください」

「そ、そうじゃないんです、スクリーン出してください!」

「・・・?」

 

 

職員の一人が慌てて作業場に入ってきたかと思えば、映像を映せと言ってきました。

訝しみつつも、私は空中に大画面のスクリーンを映しました。

すると、そこには・・・。

 

 

『よって僕達は、ウェスペルタティア王国への参加を、断固拒否します!』

 

 

・・・・・・・・・ああ、ネギ先生。

正装を身に纏った赤毛の少年が、何やら壇上で喋っている映像でした。

それを見た私は、顎に手を当てて考え込み・・・。

 

 

「・・・カットですね」

「あー、映像趣旨違いますもんねー」

「いや、室長も副室長も、反応間違ってませんか!?」

 

 

職員の男性が何か言っていますが、無視です無視。

興味がありませんし、時間も押しているのです。

私はパンパンッ、と手を叩きつつ。

 

 

「はい、追い上げですよ、各員の健闘を祈ります!」

「「「アイサー!!」」」

 

 

さて、私も自分の作業に戻るとしま・・・。

 

 

『世界の崩壊を目論む、邪悪なアリア・アナスタシア・エンテオフュシアの専横を防ぐために――――』

「・・・」

 

 

ビキッ。

・・・私の持つペンが、二つに折れました。

・・・今。

 

 

「し、室長? 怖いんですけど・・・」

 

 

アーシェさんの声も、今の私には届きません。

私の目は、空中に浮かびあがる映像の・・・ネギ先生を。

 

 

赤毛の孺子(こぞう)を、睨み据えていました。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

『我々ウェスペルタティア西方諸侯は、一致して汝、ネギ・スプリングフィールドの大公位を認め・・・ここに協力と恭順を誓う物である』

『その誓約を受諾します』

 

 

画面の中では、旧ウェスペルタティア西部一帯を版図とする「ウェスペルタティア大公国」成立の様子が映し出されておる。

場所は、新オスティア内の高級ホテルの一室じゃ。

 

 

「・・・やはり、こうなってしまったか」

「新しい世界地図でも作りましょうか?」

「笑えん冗談じゃの・・・」

 

 

世界地図の発行もしておるアリアドネーの代表が言うと、冗談にも聞こえんしの。

まぁ、妾の向かいに座っておるセラスも、妾と似たような表情を浮かべておる。

笑いたくても、笑えない表情。

 

 

「・・・彼の興した大公国は、成立と同時にメガロメセンブリアとの間に同盟条約を交わしたわ」

「帝国軍の遠距離望遠でも確認しておる、すでにウェスペルタティア西部にはMM軍が多数展開しておるようじゃ・・・こうして見ると、西部以外の地域でのMM軍の敗退は、戦術的後退だったと見えなくもない」

「移動と展開の速さから見れば、そうとも取れるわね・・・その割に、被害が大きいけど」

 

 

しかし、事ここに至ってしまえば、帝国としても対応を考えざるを得ない。

では、どちらに味方するのか?

 

 

「私達アリアドネーは中立を保ちます」

「・・・永世中立が国是の国は良いのぅ・・・」

「これはこれで、悩みも多いのですよ?」

 

 

だが我が帝国は、中立にはなり得ない。

状況をただ静観するなど、民も軍も納得すまい・・・。

 

 

帝国が北進する理由は、「オスティアの確保」じゃ。

じゃがコレは、外交交渉で何とでもできる。

新オスティアを確保しておるのは、アリア女王の率いる「ウェスペルタティア王国」。

午前中の戴冠式の際の宣言によれば、王国は帝国からの巡礼者を拒否しないと言っている。

さらに言えば王国の方が独立宣言が早く、旧王国領の大半を領有しておる。

 

 

それに対して大公国とやらは、旧王国領の一部を領有しているに過ぎない。

帝国に何ら利益をもたらさない上に、しかも連合と同盟を結んでいる!

連合と冷戦状態にある帝国が、連合の同盟国に手を貸せるか?

 

 

「・・・交渉次第じゃが、帝国は王国側を支持することになるじゃろうの」

「アリアドネーは中立を保ち・・・両勢力に外交交渉のテーブルを用意することになるでしょう」

「頼む、何とか戦争に発展する前に話し合いで解決できれば・・・」

 

 

言いながらも、妾は自分の言葉に現実味が無いことを察していた。

戦争は起こる・・・いや、すでに始まっておるのじゃから。

今はまだ小王国の内戦に過ぎない。

じゃが連合と帝国が本格的に介入し、代理戦争の様相を呈することになれば・・・。

 

 

20年前の大戦か、それ以上の戦火が巻き起こることになる。

ナギやアリカ・・・多くの犠牲者を出して得た平和が、壊れてしまう。

しかもその中心にいるのが、ナギとアリカの息子と娘じゃと?

しかも息子は、自分の母親を「悪」じゃと宣言した!

 

 

こんな・・・こんなことが、あって良いのか!?

 

 

「・・・本当に、笑えん冗談じゃ」

 

 

妾の呟きに、セラスは何も答えんかった。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

笑いが、止まらなかった。

片手で口元を押さえて、クスクスと笑います。

 

 

「ははは・・・アリカ様を邪悪呼ばわりですか、そうですか・・・」

「クルトおじ様、私は世界の破滅を狙う魔女らしいですよ?」

「は、はははははははは・・・」

 

 

私と同じくネギの宣言を聞いていたクルトおじ様が、輝くような笑顔で画面の中のネギを見ていました。

何をどう聞かされたかは知りませんが、こともあろうにネギは、先代のアリカ女王の「悪行」とやらを並べ立て、そして私がその意思を継ぐ「邪悪の化身」であると評したのです。

正義は我にあり、と言うわけですね。

 

 

不意に、誘惑に駆られました。

私がかつてネギに施した私との兄妹関係に関する記憶消去を、いっそ解いてやろうかと。

・・・まぁ、それをしたとしても、「母の汚名を雪ぐのは自分」とか言って同じことをするでしょうが。

 

 

「・・・それで、有能なクルトおじ様としては、この事態をどう対処するのですか?」

「策はございます・・・が、あえて陛下のお考えをお聞かせください」

「私ですか? そうですね・・・」

 

 

ふむ、と少し考えます。

・・・幸いなことに、成立はこちらが早い。

となれば、ネギの大公国は後出しじゃんけんのような物で、国家的正統性と言う面から見て脆い。

加えて連合の軍を引き入れるなど、傀儡政権としてのイメージを国際的に与えてしまいました。

 

 

「・・・アレは、叛乱軍です」

「仰せの通りです、陛下。アレは陛下の治世において最初の反逆者でございます」

「向こうに頭を下げる気がなければ・・・」

「下げさせるまででございます」

 

 

気取った態度で頭を下げるクルトおじ様。

ただ、頭を下げさせると言うことは、極端に言って戦争になると言うこと。

・・・すでに、戦争状態にあると言えますが。

後戻りはできないことはわかってはいるのですが・・・。

 

 

「・・・一応、話し合いの使者を派遣して・・・」

『新オスティアで女王を僭称するアリア・アナスタシア・エンテオフュシアとその一党に告げます!』

 

 

画面の中で、ネギがまだ何かを言っていました。

何ですか、私は今結構重要な判断を・・・。

 

 

『今すぐに、降伏してください!』

「・・・僭称していると断言した後に、降伏しろと言うのはどうなんでしょう」

『もし、受け入れてもらえない場合・・・』

 

 

ふん?

 

 

『アリア女王以下、主要メンバーを拘束し・・・処刑することになります』

「・・・処刑・・・」

『・・・クルト・ゲーデル、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、サヨ・アイサカ、チャチャマル・カラクリ・・・』

 

 

ネギが「処刑対象」の名前をあげ始めたその瞬間、私の目の前が真っ白に染まりました。

自分の中の利己的な部分が目覚めるのを感じながら、私は勢い良く立ち上がります。

もし、椅子が床に固定されているタイプでなければ、蹴倒している所です。

 

 

「・・・クルト!!」

「はっ・・・」

「あの赤毛の孺子(こぞう)を、私の所に連れて来なさい! 身体の部品(パーツ)が多少足りなくても構いません、生かしたまま私の前に跪かせなさい! 二度は許さない!!」

 

 

そう、二度は許さない。

かつて、麻帆良でも私の「家族」を侮辱した・・・二度目は、許さない。

 

 

「御意・・・しかし、陛下」

「・・・」

「・・・陛下」

「・・・わかっています。王国は私の私物では無く、王国軍は私の私兵ではありません。皆の意見も踏まえた上で、私も納得できる計画案を策定、明日までに提出なさい」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

頭を下げて、クルトおじ様は部屋から出て行きました。

それを見送った後、スクリーンを消して、溜息を吐きます。

 

 

椅子に座り・・・片手で目を覆います。

・・・暴君になるのは、簡単です。

手にしている権力を、感情のままに使えば良いのです。

理性と良心で運営するのではなく、感情の発露によって使うだけで。

 

 

私は、暴君になれるんです。

・・・その意味で、クルトおじ様のような存在は貴重でしょう。

と言うかあの人、たまに変な目で私を見るんですけど・・・。

 

 

カムイさんが、私のことをじぃっと見つめています。

・・・私はカムイさんに、かすかに微笑んで見せます。

 

 

「・・・そうですね、感情の赴くままに兵を動かすのは良くないことです。軍事は政治の一側面・・・力だけで進める程に、道は平坦では無いのでしたね・・・」

 

 

・・・名君と言われたいわけではありませんが、暴君と呼ばれるのも癪です。

少なくとも、魔法世界の救済法を見出すまでは。

 

 

 

 

いずれにせよ、私はもう後戻りできない。だから・・・。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「ちょ、どこ行くんだいトサカ!」

「新オスティアだよ、決まってんだろーが!」

 

 

こんな西部の田舎にいられるかよ!

俺は荷物(っても、そんなにねーけど)をまとめて、俺は通路を走った。

 

 

「ちょ・・・トサカ!」

「悪いママ、俺は行くぜ!」

「待てって言ってんだろこのバカトサカが――――っ!!」

「ゴブォ!?」

 

 

ぼ、ボディーに良い物、入った、ぜ・・・ママ。

 

 

「あんたねぇ、ちょっとは落ち着きなよ」

「け、けどよママ・・・!」

「けどじゃないよ、今から地面走ってどーにかなる距離じゃ無いだろ?」

「じゃあ、小型の船でもかっぱらって・・・」

「犯罪を起こしてどうするんだいこのバカが!」

 

 

けどよ、俺は新オスティアに行かなきゃいけねーんだよ!

・・・と言うか。

 

 

「そもそも俺らは新オスティアに行くはずだったんじゃねぇか! それが何でこんな場所に来てんだよ!」

「それはホラ、お偉いさんの都合って奴だろうね」

「何で俺らがそんなもんに振り回されなきゃいけないんだよ!?」

 

 

俺らはグラニクス所属の拳闘団だぞ!?

いつからメガロメセンブリアのお抱え団体になったんだよ!

しかも、あのガキの下で働けだぁ!?

 

 

もう・・・もう、ふざけんなよ!?

しかもあのガキ、アリカ様のことを貶めやがった!

オスティアの人間で、あんなヨタ話信じてる奴ぁいねーんだよ!

・・・畜生が!

 

 

「まぁー、ちょっと落ち着きなってトサカ」

「でもよ、ママ・・・!」

「あーはいはい・・・ホラ、来たよ」

「え・・・?」

「「兄貴――っ」」

「トサカ!」

 

 

チン、ビラ・・・バルガスの兄貴!

皆、何で・・・。

 

 

「バカだね、あんた一人で行かせるわけないだろ?」

「ママ・・・」

「置いて行くなんて、酷いですよ兄貴!」

「そうっスよ、俺ら兄貴にどこまでもついてくって、言ったじゃないっスか!」

「アホトサカが・・・お前一人で何ができんだよ。奴隷身分から抜け出す時だって、皆一緒だったろ」

「ビラ、チン・・・兄貴・・・」

「お? 何だ感動して泣いちゃったのかい、トサカ?」

「ばっ・・・んなわけねーだろ!」

 

 

グシグシと目元を擦りながら言っても、説得力がねーだろーけどな。

 

 

「本当はネカネも連れて来たかったんだけど、あの子はあのぼーやの傍から離れないだろうからね」

「・・・好きにさせてやりゃ、良いじゃねぇか」

 

 

元老院議員様やサウザンドマスターの息子様の傍にいた方が、簡単に借金も返せるだろうよ。

簡単に、な。

・・・気に入らねぇ。

だがまぁ、とにかくだ!

 

 

「・・・っしゃあ! 拳闘士団『グラニキス・フォルテース』、行くぜ!」

「「「「応っ!!」」」」

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

暇だ。

何と言うか、もう、ネット以外は何もしない生活がキツくなってきた。

あー、「超包子」に行って杏仁豆腐でもパクつくかねー。

 

 

『むむむ、まいますたーがお暇な様子』

『それはいけませんね』

『ここは我々が、まいますたーの退屈な日常に彩りを加えなければっ』

『『核戦争でも起こす?』』

「余計なことすんじゃねぇよお前ら!?」

 

 

特に、最後のリンとレンの発言がヤバい!

暇だから核戦争って、どんな超越者だよ!?

 

 

『『じゃあ、米国国防省にハックでも』』

「いや、できるだろーけどさ!?」

 

 

やっちゃダメだろ、人として、善良な一般市民として!

 

 

「あー・・・でも、暇なのは確かだな」

『ネット界の女王の座も、ほぼ不動ですしねー』

「まーな・・・だが、頂点も極めてしまえば虚しいだけだな・・・」

『引退した老兵みたいなこと言いますね・・・』

「うるせーぞ、ルカ」

 

 

まぁ、夏休みも半分終わっちまったからな。

ネット界も牛耳り、もはや私、部屋から出なくても生きてけるんじゃねーかとすら思う最近だ。

何か、良い暇潰しはねーかな。

 

 

『ふむー、ではまいますたーの暇潰しに、ちょっと頑張ってみましょーか』

「あん?」

『えー・・・ちょちょいと静止衛星と探査衛星のネットワークにお邪魔してー』

「・・・今、恐ろしく不穏当な言葉が聞こえたんだが」

『だいじょぶですー、ちょっぴり火星探査機「のぞみ」とか「2001マーズ・オデッセイ」とかを借りるだけなんでー』

 

 

何が大丈夫なのか、さっぱりわからない。

だが、パソコンの画面に、宇宙空間に浮かぶ赤い星が映って・・・うん?

 

 

「・・・ムンドゥス・マギクス・・・?」

 

 

聞いたことも無い単語が、そこにあった。

 




茶々丸:
茶々丸です。皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。
実は家族の中で最も多様な方面で活躍できる私です。
すでに3つの役職を兼務しております。
無論、マスターやアリア先生のお世話も欠かさずやらせて頂いております。
組織的に家族のメモリーを作れる私、今、とても充実しております。


今回初登場の投稿キャラクターは、この方達です。
剣の舞姫様からヴァン・オーギス様。
Calmness様からセリオナ・シュテット様。
伸様からティマイオス・ロクリス様。
フィー様からアーシェ・フォーメリア様。
ありがとうございました(ぺこり)、これからもよろしくお願い致します。


茶々丸:
では次回は、ウェスペルタティア、帝国、連合、関西呪術協会、完全なる世界・・・様々な勢力を含めて動きだします。
と言うか、現在進行形で動いています。
私は最後まで、マスターとアリア先生達の傍に。
それでは皆様、またお越しくださいませ。

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