魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第14話「宣戦布告、拒否」

Side テオドラ

 

10月10日の早朝、大規模転移を繰り返した我が軍は、帝都ヘラスを遠望できる場所にまで到達した。

国境の軍を掌握し、各地からクーデターに反対する義勇兵を合流させながら進んだ我が軍は、すでに陸軍6万、艦艇200隻を超える勢力になっておる。

 

 

ただ、逆に集まりすぎた。

だから帝都ヘラスまで指呼の距離にありながら、部隊再編のために進軍を一時停止しておる。

 

 

「帝都の連中、やけに静かだな」

「まぁの、相手にしてみれば、まさかここまで我が軍が膨れ上がるとは思わなかったのじゃろう」

 

 

ジャックの言葉に、妾はそう応じた。

それだけ、父は民に慕われておったと言うことじゃろうの。

父の死で、帝国貴族の大半は妾を支持するようにもなった。

とはいえ、今まで外敵の侵入を許したことが無い歴史ある我が帝都を、妾が攻撃することになろうとはの。

 

 

「じゃが・・・我らとしても頭痛の種がある」

「あー、あいつかー、昔喧嘩したなー」

 

 

ジャックは呑気に言っておるが、そんなテンションで言って良いことでは無い。

帝都には、帝都守護聖獣がおる。

ジャックがその内の一体、古龍(エインシェイント・ドラゴン)龍樹(ヴルクショ・ナーガシャ)と引き分けたと言う話は妾も聞いた。

 

 

こやつのことじゃ、おそらくは本当じゃろう。

じゃが、今回はそれが複数おるのじゃ。

ちなみに、聖獣はそれぞれがあの最強種、真祖の吸血鬼と同格の力を持っておる。

極端な話、このまま攻め込めば我が軍は全滅する。

 

 

「ほぉ~、そらまた大変だな」

「他人事か貴様」

「報酬さえ貰えりゃな、あーでも、お前いないと貰えねぇからな」

 

 

ガシガシと頭を掻きながら、ジャックは言った。

 

 

「お前だけは守ってやるよ、じゃじゃ馬姫」

「・・・ふん、じゃがなジャック、帝都守護聖獣を脅威としない方法は、無くも無いのじゃ」

 

 

心持ち笑みを浮かべながら、妾は言った。

帝都守護聖獣が膝を屈する相手は、この世界に一人しかいない。

 

 

「帝都守護聖獣は、ヘラス帝国皇帝にのみ膝を屈する」

 

 

父の死後、新たな皇帝は立てられていない。

姉上達が帝都に軟禁されておるものの、どちらも帝位を宣言してはいない。

故に、空位のままじゃ。

 

 

「皇帝であれば、聖獣を御することができる」

「ふーん、ま、頑張んな」

「本当に他人事じゃな・・・」

 

 

簡単に言うが、聖獣に帝位を認めさせるのは、容易なことでは無いぞ?

まぁ・・・他に方法が無いことも確かじゃが。

 

 

「殿下、部隊の再編が終了致しました」

「・・・わかりました。では全軍に命令します」

 

 

さて・・・今頃は新オスティアの方も戦端が開かれておるやもしれぬ。

急ぎクーデターを鎮圧し、軍を返さねばならん。

そのためにも・・・。

 

 

「全軍に通達、<我に続け>。インペリアルシップを前面に押し立てて進みなさい。これは皇女としてではなく、ヘラス帝国皇帝テオドラとしての命令です!」

 

 

そのためにも、帝国を手中にしてみせる。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

10月10日、午前9時。

総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋のスクリーンには、ネギが率いていると言う敵の艦隊と、大地を覆う無数の軍勢が映し出されています。

 

 

「どうやら、最初の賭けには勝てたようですね」

 

 

指揮シートに座る私の正面に立つクルトおじ様の言葉に、私は頷きで答えます。

迂回とかされたら、面倒でしたからね。

でも、これから賭けのタイミングは何度でもやってくるでしょう。

その全てに勝利しなければ、最終的な勝利に手が届かないのですから・・・。

 

 

「それでは、計画通りにお願いします」

『『『仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)』』』

「戦いになれば犠牲が出るのは当然ですが・・・あえて言います、生きて私にもう一度顔を見せるように。これは命令です」

 

 

『ブリュンヒルデ』の通信画面には、6人の人間が映っております。

それは、艦隊・陸軍を指揮する将官級の人間達でした。

 

 

『・・・了解です、陛下』

 

 

歌うような声でそう答えるのは、中央の艦隊を率いるスティア・レミーナ中将。

セイレーンの血を引くとかで、実年齢450歳のベテランです。

旧世界では、英国海軍や日本帝国海軍にも入っていたとか・・・。

 

 

『まぁ、念じて助かるなら楽ですが・・・微力を尽くしますよ』

『まぁ、20代の内に弟妹達と生き別れるつもりはありませんしね』

 

 

左翼の艦隊を指揮するカスバート・コリングウッド中将と右翼艦隊を指揮するホレイシア・ロイド少将が、それぞれそんなことを言いました。

 

 

コリングウッド中将は40代後半の男性で、おさまりの悪い黒髪が特徴的です。

軍人と言うよりは、頼りない教師、あるいは駆け出しの学者のようなイメージを受けます。

対してロイド少将は20代後半の女性です。

今は大人しいですが、戦闘が始まると性格が変わるそうで・・・見たことは無いですが。

ちなみに、10人以上の弟妹がいるとも聞きます。

 

 

『我らが女王は、なかなか欲深い。犠牲無しで勝てと命じられるか』

『それが命令なら、我らは従うだけだろう、リュケスティス』

 

 

そして陸軍を統括するリュケスティス、グリアソン両中将。

そして、もう一人は総旗艦『ブリュンヒルデ』の護衛艦隊を率いる・・・。

 

 

『命に代えても、お守りいたします。女王陛下』

「私は生きて帰れと命じたつもりですが、トラウブリッジ少将」

『・・・御意でございます、陛下』

 

 

護衛艦隊司令官、トーマス・トラウブリッジ少将。

50歳代の男性で、黒に近いブラウンの髪。頬がこけ、顎が尖り気味の容貌をしています。

6人の将官は敬礼すると、画面から消えました。

 

 

『・・・アリア』

「・・・! エヴァさん?」

 

 

クルトおじ様がこちらを見ておりませんので、カードを額に当てて念話に応じます。

とは言え、時間が無いことはエヴァさんもわかっています。

だから・・・。

 

 

『死ぬなよ』

「・・・はい」

 

 

それだけ。

それだけの念話を終えた私は、足元で丸くなっているカムイさんと、指揮シートの左右に立っている茶々丸さんと田中さんに視線を向けて・・・。

 

 

「ア、オ気ニナサラズ」

「お茶汲み係ですので」

 

 

お茶汲み係は旗艦に乗らないと思います・・・などと思いながら。

私は、前を向きます。

 

 

「全軍、戦闘態勢に入ってください!」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」

 

 

おおぅ、気合い入ってますね、クルトおじ様。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

さて、このクルトめの人生の大一番ですよ。

アリカ様・・・クルトはかなり頑張っております。

では、状況を確認いたしましょう。

 

 

我が王国陸軍の兵力は実戦兵力7200、加えて志願の民兵・傭兵を中心に後方支援兵力2800。

艦隊は戦闘艦101隻、補給・輸送などの支援艦が16隻。

対して連合・叛乱軍は実戦兵力19000、さらに支援兵力が2100。

艦隊は戦闘艦130隻、支援艦が22隻。

こちらがこの戦場に持ち込める全戦力であるのに対し、敵は増援の見込みがあります。

 

 

ちなみに背後の新オスティアには、アリアドネーの兵力1200と4隻の軍艦。

都合良くコレを利用できたとしても、まだまだ足りませんね・・・。

 

 

「・・・うむ、なかなかに厳しいですね」

「それを承知で、私を担ぎ上げたのでしょう?」

「ははは、何のことでしょうか、アリア様」

 

 

基本的には戦術的機動戦によって敵を分断、各個撃破を繰り返すしかないわけですが。

まぁ、この戦場に限って言えば、敗色濃厚ですね。

 

 

『えーと、反乱軍の皆さんに告げます!』

 

 

その時、通信用のスピーカーから、子供の声が響きました。

・・・何です、この声は?

 

 

「何だ、この声は!?」

「うぃっス! 音源をスクリーンに出すっス!」

 

 

艦長のブブリーナ大佐の声に、副長のインガー・オルセン大尉が機器を操作します。

そして、スクリーンに映ったのは・・・敵艦隊の中央、やたらと大きい艦の前に浮かんでいる赤毛の少年でした。

 

 

「・・・ネギ」

 

 

アリア様は、平坦な声でそう言いました。

そこに映っていたのは確かに、ネギ君でした・・・降伏勧告のつもりですかね。

 

 

『できれば、戦いたくありません! 武装を解いて頂けないでしょうか!』

 

 

・・・軍勢を率いてここまで来ておいて、それですか。

なかなか、ユーモアのセンスがありますね。

 

 

『もし、どうしても戦うと言うのなら・・・アリアさん!』

「ふむ?」

『僕は、アリアさんとの一騎打ちを所望します! それで決着をつけましょう!』

 

 

交渉とか、無いのですね。

まぁ、とにかくこれは敵のトップからの宣戦布告と言う所でしょう。

いや、果たし状と言った方が良いでしょうか?

私は、椅子に肘をついて画面を見つめるアリア様を振り返ると。

 

 

「返信なさいますか、陛下?」

「・・・なぜ私が、ネギの・・・叛乱軍ごときの宣戦布告に返事を返してやらねばならないのです?」

 

 

これが連合相手ならともかく、叛乱軍に向けて宣戦布告はできません。

宣戦布告は、対等の「国家」同士で行う物ですから。

なので、黙殺するのみ。

我々が唯一聞ける言葉は、「降伏」のみです。

 

 

「艦長、全艦・全部隊に通信回線を。音声だけで構いません」

「はっ」

 

 

ブブリーナ大佐から手渡されたマイクを片手に、アリア様は演説を始めます。

まぁ、最高司令官の義務と言うやつですね。

 

 

「皆様、お疲れ様です。私はアリア・アナスタシア・エンテオフュシアです」

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

後世の歴史家は言う。

 

 

後に「ウェスペルタティア戦役」と呼ばれることになる戦闘に先立ち、アリア女王が行った演説の全容は、残念ながら後世には伝わっていない。

記録を紛失したのか、あるいは意図的に消したのかは不明だが、肉声での記録が存在しないのだ。

 

これは、異常な程多くの記録が保存されている(当時の宰相府、広報部の一部が熱心に保存した結果)アリア女王にしては、珍しいことである。

しかし兵士達の残した手記や日記から、内容を推察することはできる。

諸説あるが、それは概ね以下のような物だったと伝えられている。

 

 

「皆様、お疲れ様です。私はアリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。

ご存知の方もおられるでしょうが、今、敵が私に決闘を申し込んできました。

 

しかし、私はこれを拒絶します。

 

これを聞いて、私を軟弱者と謗る方もおられるでしょう。

卑怯者と罵り、士気を落としている方もおられるでしょう。

そう言う方は、すぐに戦場を離脱してくださって結構です。

私は怒りもしませんし、恨んだりもしません。

 

しかし、私はウェスペルタティアの民の総意によって君臨する女王。

 

私は、ウェスペルタティアの生存と平和の意志を背負っているのです。

軽々しい決闘などで、ウェスペルタティアの民の運命を決定することなど、断じてできません。

何故か?

それはこの国が、私の、女王の所有物では無いからです。

 

この国は、ウェスペルタティアの民の物です。

この国の運命を決するのは、ウェスペルタティアの民の多数の意見であるべきです。

統治するのは、民であるべきなのです。

 

今日この場を借りて、私は全ての民に誓約致します。

エンテオフュシアの血が玉座に在る限り、この国は民の物です。

この国の王は、国民の総意によってのみ君臨し、そして国民の総意によってのみ退位するでしょう。

国家と、力と、全ての栄光は、永遠に貴方達の物です。

 

・・・・・・・・・。

・・・それでは皆様、参るとしましょう。

 

私達の後ろには、オスティアがあるのです。

・・・繰り返します、私達の後ろには、オスティアがあるのです。

私達の愛している誰かが、そこにいるのです。

 

故に私達は、決して退かないでしょう。

最期に、もう一言。

 

・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアが命じます。

生き残りなさい。

 

命令違反者は2階級特進の上、遺族に年金を渡され続けると言う嫌がらせを受けることになります」

 

 

・・・この演説は、「君臨すれども統治せず」と言う女王の立場を端的に述べた物であろう。

そして同時に、連合・帝国で徴兵制が基本であった戦場において、革命をもたらす契機にもなった。

 

徴兵された兵は、基本として傭兵よりも弱いのが常識だった。

無論錬度の差が原因だが、それ以上に重要な差があった。

戦意の高さである。

傭兵は、自分の生活と命を懸けて戦っているため戦意が高いのが普通だった。

対して一般兵は、自国が戦争に勝とうと負けようとも関係がなかったのである。

勝てば、一部の王侯貴族や政治家が得をするだけ。

負けても、頂点が変わるだけ。

 

つまり、「国家は彼らの物では無かった」のである。

 

だから、戦意が低かった。

自分の命を守って、家に帰ることだけを考えていた。

しかしアリア女王は内実はどうあれ、それを否定して見せたのだ。

 

「国家とは民の物であり、王位もその例外ではあり得ない」、と。

 

意図してかどうかは判断できないが、少なくとも当面の戦場において、アリア女王は兵の士気を上げることに成功したのである――――。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネギ

 

アリアさんからの返答を待っている間に、相手の艦隊の中央から、信号弾みたいなのが上がった。

その信号の意味はわからないけれど、結果はすぐにわかった。

 

相手の艦隊から、一斉に、砲撃が始まったから。

しかも・・・全部、僕目がけて!

 

 

「わ・・・!」

 

 

慌てて、麻帆良でマスターに貰った指輪の発動体に魔力を込めて、『高速機動(モービリテル)』を使う。

本来は、杖に乗りながら使うんだけど・・・今の僕なら、杖無しでもできる。

 

 

ギュンッ・・・と上空に逃げて、相手の艦隊が斉射した精霊砲を避ける。

僕の足元を掠めるように、それらは通り過ぎて行って――――。

 

 

「・・・艦隊が!?」

 

 

僕の後方にいた、艦隊に直撃した。

僕の船・・・戦艦『ナギ』は、装甲も障壁も厚いから、なんとか持ちこたえた。

だけど周りの小さな船は、集中された砲撃を受けて、次々と爆発していった。

オレンジ色の光が、いくつも生まれる。

 

 

爆発が収まった後・・・。

艦隊の中央が、ごっそりと削り取られていた。

 

 

『ネギ、旗艦に戻ってください』

 

 

左耳に着けていた通信機から、エルザさんの声が聞こえる。

だけど僕は、戻るつもりなんか無かった。

だって・・・だって、こんなのズルいじゃないか!

僕は・・・話し合おうとしたのに!

 

 

『ネギ、聞こえていますか?』

「・・・エルザさん、でも!」

『ネギがそこにいると、他の艦が戦争がやりにくくて仕方がありません』

 

 

その声を無視して、僕は呪文を唱えようとする。

右腕が、ザワザワと疼く。

 

 

『ネギ・・・ネギ。目的を忘れないでください』

「・・・」

『ネギは連合の艦隊を使って敵艦隊の防御を突破し、旧王都に向かうと言う使命があるはずです』

「・・・・・・」

 

 

ぐ、と右の拳を握る。

そうだ・・・僕は。

 

 

僕は、世界を救うんだから。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

『ブリュンヒルデ』から、信号弾が上がった。

それは、開戦の合図・・・攻撃開始の合図だった。

 

 

意味は、「Vespertatia expects that every man & woman will do his duty」。

ウェスペルタティアは各員がその義務を全うすることを期待する――――。

では、私も義務を全うすることにしよう。

 

 

「これだけの人形を操作するのは、何百年ぶりかな・・・」

 

 

くい、と両手の指から伸びた魔力の糸は、私の周囲に展開されている300体の人形に繋がっている。

何種類かあるが、基本は緑色の髪のビスクドール(メイド服)の人形だ。

茶々丸のモデルになった人形達だな、そう言えば。

・・・いや、厳密に言えば300と1、だな。

 

 

「ケケケ、ゴシュジントクムノハヒサシブリダナ」

「全くだ、最初は2人きりだったのにな」

「ゴシュジンハ、マルクナッタ」

「お前は、感情が豊かになったな」

 

 

私の傍には、チャチャゼロがいる。

両手に大ぶりで派手な刃物を持っている――――エリミネイター・00と、グリフォン・ハードカスタムとか言う名前だったか――――のは、いつも通りだが。

 

 

私達が身を潜めている岩場から数百m先には、連合の兵がいる。

槍や剣を持った一般兵が数千、うちの陸軍の陣地を目指して密集隊形で進んでいる。

 

 

「・・・リク・ラク・ラ・ラック・ライラック・・・」

 

 

口の中で、呪文を唱える。

まさか、私が人間を守るために戦場に立つことになるとはなぁ・・・。

それも、人間を殺すために身に着けた技術で。

・・・まぁ、やはり人間を殺すために、使う技術なわけだが。

 

 

そんなことを考えながら、私は息を潜めて、待った。

そして・・・敵兵の集団の中間が目に入った、その時。

 

 

「『闇の(ニウィス・テンペスターズ・)吹雪(オブスクランス)』!!」

 

 

闇と雪の混じった竜巻が、一直線に敵の集団に直撃した。

側面に障壁を張っていなかったのか、私の放った魔法は敵兵の中を数十mも進んだ。

途中の敵兵を、薙ぎ払いながら。

 

 

直撃を喰らった奴は、まだ幸せだったろう。

だが、狙いが逸れた兵士は・・・片手や片足を失い、あるいは上半身だけが残って、死ぬまでのわずかな時間、苦痛に満ちた生を生きることになる。

母の、あるいは恋人の名前を呼びながら、涙を流して、地面を這い回って。

 

 

「う・・・うわあああぁぁぁっ!?」

 

 

敵兵の誰かが、悲鳴を上げた。

当然だろう、倍の兵力で敵を嬲り殺しにするつもりだったろうし、何より敵と直接刃を交えてはいない。

だから兵達にも、イマイチ緊張感が無かった。

だが今、仲間の兵士が数十人、死んだのだ。自分の目の前で。

しかも・・・。

 

 

「トツゲキダゼ!!」

 

 

しかもそこに、チャチャゼロを先頭とする300の人形兵が突っ込んだ。

私は、人形兵の中心で次の呪文を唱え始める・・・。

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾(セリエス)氷の1001矢(グラキアーリス)』!!」

 

 

空中に生み出された1000を超える氷の矢が、扇状に前方の敵兵の集団に撃ち込まれる。

3列目まではなす術もなく、4列目以降は障壁を切り裂かれて、氷の矢を全身に受ける。

鮮血と悲鳴が上がり、そこへ人形兵が殺到し、殴り、斬り、潰し、敵兵を絶命させていく。

次々と量産されていく死体。

 

 

それに対して、無理矢理に口元に笑みを浮かべ、私は昂然と叫んだ。

 

 

「私は、<闇の福音>! 死にたくない者、家族、恋人のいる者は下がるが良い――――!!」

 

 

私達は、敵兵の血と肉と臓物と涙を撒き散らしながら、敵の陣形を切り裂くように直進する!

 

 

 

 

 

Side ムミウス

 

「<闇の福音>だと?」

 

 

後方の司令部にもたらされたのは、真祖の吸血鬼が戦場に現れたとの情報。

もちろん、戦闘前からその存在は確認していたが。

だが、英雄ナギが滅ぼしたと聞いていたから、驚きはした。

元老院の公式発表も、いい加減な物だ・・・。

 

 

「<闇の福音>率いる数百体の人形兵は、中軍の内部を縦横無尽に駆け回り、我が軍前衛と後衛の部隊との連絡を断たんとしているように思われます」

「数千の軍部隊の中に突撃するとはな・・・敵ながら剛毅なことだ」

「いかがなさいますか、司令官」

「放ってもおけん、陣形が乱されては敵に各個撃破を許すだけだ・・・クラウナダ異界国境騎士団から徴発した対人形兵用の武装があったはずだ、それを使うのだ」

 

 

『対非生命型魔力駆動体特殊魔装具』。

それは、まさにかつて<闇の福音>を倒すために作られた魔法具だった。

自動人形やゴーレムと言った非生命型の魔力駆動体を活動停止に追い込むことができる。

2000個程、輸送されているはずだ。

 

 

それを使えば、数百の人形兵など恐れるに足りぬ。

そう思い、輸送担当の幕僚を呼び出す。

だがどうしたことか、私の所に来た輸送担当の幕僚の顔色が優れない。

彼は言いにくそうにしながらも、正直に答えた。

 

 

「それが、公国政府との協定で、魔法具は使うなとの元老院の指示がありまして・・・」

「・・・何・・・?」

「グレート=ブリッジ要塞にまで運ばれた時点で、輸送が止められてしまったのです」

「バカな!」

 

 

そのような政治的配慮のために、犠牲を増やせと言うのか、元老院は!?

相手は、国境紛争で鍛え上げられたウェスペルタティアの正規兵だぞ!

本国で警察レベルの仕事しかしていない兵では、2倍でも少ないくらいだと言うのに・・・。

緒戦で敵軍を倒せなければ、こちらが危ないのだぞ。

 

 

それを、首都の政治家共はわかっているのか。

だが、ここで幕僚を責めても仕方が無い。

 

 

「<闇の福音>を包囲しつつ、全方位から魔法を撃ち込め! 一兵たりとも生かして返すな!!」

 

 

包囲し、距離を取りつつ遠距離から攻撃する。

そう命令するしか無かった。

一刻も早く<闇の福音>の活動を止めて、前衛部隊と連絡せねばならん。

このまま分断されれば、各個撃破の好餌となってしまう。

 

 

「パルティア方面はどうした! ウェスペルタティアの全軍がこちらに展開しているのだ、パルティア方面から侵入すれば、王国をたやすく滅ぼせるではないか!」

「それが、敵の通信妨害が激しく、連絡が取れないのです」

「ええい・・・」

 

 

トレボニアヌスの無能者め!

東から王国を圧迫し、敵軍を分散させるはずだったシルチス亜大陸の総督を心の中で罵りながら、私は指揮をとり続ける。

まさか味方から、戦術レベルで制限を受けることになるとは・・・。

 

 

こんなことで、一丸となって向かってくる敵に勝てるのか。

勝てるとして・・・。

一体、誰のために勝つと言うのか。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

街道から新オスティアの浮かぶ雲海までの途中に、7本の塹壕を張り巡らせた防御陣がある。

塹壕に至るまでの各所には、4本の防御柵、2本の堀、無数の魔法罠(マジックトラップ)を配した地雷原がある。

最後方の第7塹壕には補給物資があり、第6塹壕には600門の魔力砲が配置されている。

第1から第4は、近距離迎撃装備を整えた兵が多数詰めている。

 

 

そして俺が全体の指揮を執る第5塹壕に、陸軍の総司令部があった。

第1塹壕が一番低い位置にあり、後になる程高地になる。

つまり我が軍は高みにあり、敵軍を見下ろす位置にいるのだ。

 

 

「ふん、よくもまぁ量を揃えた物だな、敵も」

「将としては羨ましい限りじゃないか、グリアソン」

「・・・」

 

 

俺の左右には、2人の将官がいる。

一人はもちろん、竜騎兵で構成される機動部隊を率いるグリアソン。

 

 

そして、最前線で歩兵部隊を指揮するジョナサン・ジャクソン少将。

30歳代後半の男で、焦茶色に近い色の髪をしている。

ただこの男、めったに喋らない。

歩兵の集団戦に強く、最近までオストラで軍監をしていた。

 

 

「では、貴官らもそれぞれ持ち場についてくれ。そろそろ作戦を始める」

「ああ、わかった・・・マクダウェル殿ばかりを戦わせるわけにもいかんしな」

「・・・グリアソン、お前・・・」

「・・・(フルフル)」

 

 

ジャクソン少将が、俺の肩に手を置いて首を横に振った。

・・・そうだな、今は作戦指揮に集中するとしよう。

 

 

「では生き残るために最善を尽くすとしようか。でないと2階級特進で元帥にされてしまう」

 

 

俺のその言葉に頷いて、2人は持ち場に転移していった。

そこで俺は浮かべていた笑みを消し、正面を向く。

こちらに向かってくる、敵部隊を。

数が少なく見えるのは、あの吸血鬼が思ったより良い仕事をしているのか、敵の行動が中途半端なのか。

 

 

おそらくは、両方だろう。

ここからは、分断されつつある敵兵の動きが良く見える。

空に竜騎兵が上がるのが見える。おそらくはジャクソン少将もあの吸血鬼の反対側から敵に突入し、さらなる分断を図りつつあるはずだ。

俺は背後の部下達に見えるように、大きく右腕を掲げた。

 

 

「敵前衛部隊、第1塹壕まで700!」

 

 

そこに、俺の通信幕僚が報告を入れてくる。

俺は、右腕を振り下ろした。

 

 

「照準・・・敵、正面部隊後衛! ・・・砲撃開始(ファイア)!!」

 

 

次の瞬間、並べられた砲列から轟音と共に魔力弾が放たれ、敵前衛部隊の後衛部分に殺到した。

いくつかは魔法障壁により軌道を逸らされるが、半分近くは敵兵を薙ぎ倒すことに成功する。

地面が魔力弾によって穿たれ、敵兵の身体が吹き飛ぶのが見える。

しかし大部分の敵兵は、それに構わずに突撃を続け、一つ目の防御柵に到達しようとしていた。

 

 

ただし、その防御柵にもいくつかの罠が仕掛けられている。

物理的には鉄製の棘や釘、魔法的には雷属性の魔法が。

それを受けて、最前列の敵兵が悲鳴を上げてうろたえるのが見えた。

次の瞬間、俺は次の命令を発した。

 

 

「第1から第4塹壕、迎撃を開始せよ!」

 

 

瞬間、魔導兵と魔法具―――女王発案と言う、据え置き式の魔力弩砲(バリスタ)―――が、無数の光弾や矢を吐き出し、敵兵の正面に殺意の雨を叩き付けた。

敵兵の身体が矢弾で引き裂かれ、魔法の爆発が身体を飛散させる。

・・・艦隊戦と陸上戦の最大の違いは、コレだ。

つまり、敵兵の死を目の当たりにすることができる、と言うことさ。

 

 

さて、当面、正面の敵を迎撃する分には問題ないが・・・。

背後・・・つまりパルティア方面からの敵の侵入があれば、流石にどうにもできん。

まぁ、そこは戦略の領分であって、前線指揮官にはどうしようも無い部分だが。

 

 

我が女王に、期待することにしよう。

俺はそう思い、遥かな空に煌めく白銀の戦艦を脳裏に描いた。

 

 

 

 

 

Side ジョリィ

 

キンッ・・・と、剣を鞘に収める。

次いで、見張りに立っていた連合の兵士が2人、その場に崩れ落ちた。

 

 

「・・・安心するが良い、峰打ちだ」

「ジョリィさんの剣って、両刃だよな・・・です」

「・・・剣の腹で打ったから、大丈夫だ」

 

 

レメイル殿の言葉にそう答えつつ、私は周りを見渡した。

ここは、エルファンハフトと言うシルチス亜大陸の街の郊外の森の中だ。

今私達がいるのは、その森の中にある連合の軍のための倉庫だ。

ここには、近郊の部族から収奪した食糧や資源が詰め込まれている・・・。

 

 

「さぁ、首長殿。今の内に運び出してください」

「ほ、本当に、持って行っても・・・?」

「もちろんです。ここにある物資は、そもそも首長殿達の財産なのですから」

 

 

私の言葉に、恐る恐る倉庫に近付いて来た小柄な老人が、パッと顔を輝かせた。

部族の若い男を連れて、倉庫の中に入って行く。

・・・これで、9か所目だ。

それ以外にも、連合の補給拠点が次々とパルティア・ゲリラ―――パルティア解放機構(PLO)―――によって、襲撃されている。

 

 

部族間対立の激しい地域だが、反連合を旗印に盟約を結び、ゲリラ戦を仕掛けている。

その成果は、連合のパルティア総督軍の進軍停止と言う結果をもたらしている。

しかもかねてからの不満が爆発し、エルファンハフトやアンティゴネーなどの都市部で、民衆の暴動が頻発している。

 

 

「き、貴様ら・・・パルティア人ではないか」

 

 

先程気絶させたはずの連合兵が、浅かったのかためか目を覚ました。

倉庫から物資を運び出す人々や、私の横にいるレメイル殿を見ながら、呻いた。

 

 

「なら、連合に対して恩義があるはずではないか。このような所業、恥とは思わんのか!」

「・・・」

 

 

・・・これは別に、彼が差別主義者だと言うことを意味しない。

連合兵の・・・いや、連合市民、特にMM市民の一般的な感覚なのだ。

「我々は、世界の発展と貧困の撲滅、恒久平和のために活動している」。

それは彼らの正義であり、信念であり、誇りだ。

 

 

実際、多くの市民や兵士はそれを信じて行動している。

だがそれを押し付けられる側にとっては、たまった物では無い。

それが、彼らには理解できない・・・。

 

 

「俺の村は・・・」

 

 

薄い笑みを浮かべながら、レメイル殿が答えた。

 

 

「俺の村は、あんたら連合の支援を受けた武装勢力に焼き払われたよ」

「何だと・・・」

「それを恩義だってんなら、俺達は今まさにその恩義に報わせて貰ってんのさ。遠慮せずに受け取ってくれよ」

 

 

他の者達も、レメイル殿と同じような表情をしていた。

それが・・・連合の正義への返答。

私は、木々の間から見える空を見上げた。

 

 

・・・今頃、新オスティアは戦場になっているだろうか。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「だから! 気ってのは生命エネルギーを体内で燃焼させるんだよ西洋魔法使いいぃぃっ!!」

「だから! そんなアバウトな説明で理解できるわけねぇだろ旧世界人があああぁぁぁっ!!」

 

 

・・・今のは、各所で上がっとる陰陽師と西洋魔法使いの口論の一部や。

工部省って組織の一室で、うちらは「魔法世界を救済する方法」について、議論しとる。

セリオナはんって言う顔色の悪い美人と、ティマイオスって言うずんぐりむっくりしたおっさんが、議論をリードしとるんやけど・・・。

 

 

「気」と「魔力」。

似て非なる物を使うからか、議論は白熱はしても収束はせぇへん。

昨日からやっとるんやけど、全然はかどらん。

エヴァンジェリンはんがおらん間は、うちがここ仕切らなあかんのやけど・・・。

 

 

「・・・まぁ、この程度でヘコんでたら小太郎と月詠の母親はやれへんよ」

「鍛えられてるよな、所長」

「逆境に強いわよね、うちの所長」

 

 

・・・まぁ、ええけどな。

しかしまぁ、どないしたもんかなコレ。

資源が無くなるんやから、どないしようも無いと思うんやけど。

しかも人口は12億、旧世界では受け入れ切れん。

 

 

何でも、この魔法世界は誰かが2000年以上も前に創ったって話やけど。

と言うか、火星て・・・SFかいな。

誰が創ったんか知らんけど、面倒な問題残してくれたなぁ。

・・・ま、使い込んだ側の責任やけどな。

 

 

「まぁ、アレじゃ。いっそのこと全員の魂を抜いて人形に入れるかの? 荒野でも宇宙でも生きていけるぞ?」

 

 

・・・大先輩である安倍晴明様に、突っ込みを入れることがうちにはできんかった。

でも本当に人形に魂(分体)入れてる方が言うと、妙に説得力があるなぁ・・・。

晴明様はデスクの上で部屋中に展開されとる術式を指先で書いたり消したりしながら、言うた。

 

 

「ほれ、お主達も喧嘩ばかりしとらんで、手伝わんか」

「「「はい、晴明様!!」」」

「・・・なぁ、何であいつら人形に敬礼してるんだ?」

「旧世界人は、変な習慣があるんだなぁ」

 

 

な、何か、魔法世界人に誤解を与えつつある気がする。

 

 

「し、所長―――――!」

「何や、鈴吹」

 

 

急に叫び出した鈴吹に、うちは紙人形と針を取り出しながら答えた。

まったく、まぁた月詠の話かいな・・・。

 

 

「月詠たんがどこにもいません!」

「ほら来た」

「ちょ、待って待って、今回真面目な話ですって! 月詠たんと弟さんが見当たらないんです!」

「・・・何やて?」

 

 

言われて、初めて気が付いた。

部屋を見渡して見る・・・おらん。

 

 

昨日までは月詠はうちの膝に顎を乗せたり背中から寄り掛かったり、窓辺で日向ぼっこしたりしとったし、小太郎は「気合いや、男は気合いで大抵何とかなる!」とか叫んどった。

・・・むしろ、何でうち気付かへんかったんや?

トイレ・・・でも無いよな。

 

 

「・・・まさか」

 

 

まさか・・・!

 

 

 

 

 

Side 美空

 

え、コレヤバい? ねぇヤバい・・・?

さっきまでは、外で戦争してるなんて気はしなかった。

避難所の中は静かでさ、音も振動も無かったからさ。

でもここに来て、ちょっとヤバい・・・。

 

 

一回だけだけど、地震みたいな振動がした。

避難所の天井から、パラパラと何か落ちてきたもん。

 

 

「何と言うことじゃ・・・もうおしまいじゃあ・・・」

「大丈夫ですよ、お婆さん。主は必ず、私達を守ってくださいます」

 

 

怖がってる人達を、シスターシャークティーが宥めてる。

・・・魔法使いに、神様のことを説くのって、凄くない?

 

 

ちなみに私達は、宣言通りにボランティア中。

ほら見て、私は箱に入った飲料水を配り歩いてて、傍のココネはタオル。

足が速いからって、配り歩けは無いよねぇ。

ちなみに、高音さんと佐倉さんも・・・。

 

 

「うえええぇぇえん、ママぁ~」

「ほ、ホラホラ、男の子なのですから、泣かない! どなたか、この子のお母さんを知りませんかー!」

「うぇえええぇえん」

「ああぁ・・・な、泣かないでくださいなっ・・・!」

 

 

高音さんは、何か迷子の男の子を抱っこしながら歩き回ってる。

この避難所だけでも、数百人いるからね・・・しかも他の避難所にお母さんがいたりしたら、どうしようも無いよねぇ。

 

 

「おねーさん、おトイレ・・・」

「ふぇえ? あ、お手洗いですか!?」

「うぅぅ・・・漏れちゃう~!」

「あわわわわ、ちょ、ちょっと待って、もう少し頑張って・・・!」

 

 

佐倉さんも子供相手に奮闘してた。それも女の子。

何でか男の子は高音さんに寄って、女の子は佐倉さんに寄るんだよね・・・。

何でだろ・・・。

 

 

まぁ、とにかく、皆不安ってことだよね。

当たり前か、戦争だもん。

相坂さんは、この避難所の上で結界張るとか言ってたし・・・アリア先生達は最前線。

・・・面倒臭いことを進んでやるあたり、尊敬はするけどね。

 

 

『皆さん、こんにちは』

 

 

その時、避難所の中央の床から立体映像用の機械が出てきた。

そしてそこから声と・・・何か、10センチくらいのピンクの髪の女の子の立体映像が。

・・・え、何、あれ。

 

 

『ルカと申します。えー・・・歌います』

「・・・何で?」

『それが存在意義な物で』

 

 

律儀に私の問いに答えた後、その・・・えー、ルカは歌い始めた。

同時に、音楽まで流れ始める・・・重低音の音が響き、場を包み始める。

高い音と、どこか不安定な歌声。

心へ、何かを訴えかけてくる。そんな歌声。

 

 

皆、いつの間にかその歌声に引き込まれていた。

その歌は・・・何か。

何か、私達を動かそうとするような歌だった。

 

 

「きれー・・・」

 

 

小さな女の子が、そう言うのが聞こえた。

歌声が、響く。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

新オスティア西部海岸線。

そこにはアリアドネー戦乙女騎士団の最精鋭400人が配置され、強力な魔法障壁・対魔結界を合わせて5層展開しているわ。

結界の向こう側の地表部分では、艦隊と地上軍の戦闘が展開されているのが見える。

 

 

今の所、私達にできることは無いわ。

新オスティアの防衛体制を整え、市内の治安維持に努める。

そして、市民を守る。それだけよ。

800人の騎士が市内の避難所上空に展開し、そこでも結界を張っているの。

 

 

「連合艦に呼びかけを続けなさい。ここは現在アリアドネーの治安区域である、慣習に則り、ただちに域外に転進せよ、と」

「・・・ダメです! 呼びかけに応じません!」

「それでも、続けなさい!」

 

 

私達アリアドネーの立場は、厳正中立。

一部の例外を除いて、戦闘そのものに介入することはできない。

私も陣頭に立ち、防衛行動の指揮は執れるけれど・・・。

 

 

「伝令! 多層結界の最外殻部に、連合艦の精霊砲の一部が着弾しました!」

「続報! 結界左翼部分の一部に掠める形で、連合の精霊砲の一部が着弾!」

 

 

その時、海岸線に張られた結界の外郭に、微弱ながら連合の砲撃が着弾したとの報告が入ったわ。

連続して同じ場所に当たることは無いから、流れ弾と見るべきね。

実際、断続的に起こるそれが市街地に降ってくることは無い。

ほとんどは、結界に当たりもせずに雲海の下・・・旧王都の遺跡群に落ちている。

 

 

思わず、唇を噛んだ。

たとえ流れ弾でも、こちらの呼びかけを無視して続けている攻撃の流れ弾よ。

看過することは、できないわ。

次は直撃しないと言う保証が、どこにあると言うの?

 

 

私は、決断した。

 

 

「メセンブリーナ連合の不法な砲撃に対し、我がアリアドネーは自衛権を行使します!!」

 

 

瞬間、私の周囲の騎士達が盾を置き、剣を構えた。

武装し、戦闘準備に入る。空気が張りつめていくのを感じる。

実戦の空気。

 

 

「現時点をもって、メセンブリーナ連合とその同盟勢力を我がアリアドネーに対する敵性勢力と見なします! 戦乙女騎士団はこれより、我らの治安区域を侵害する敵性勢力の排除行動に入る!!」

「「「『着装(ウェスティオー)』!!」」」

「事前に設定したラインを越えてくる連合兵・連合艦に対する大規模魔法攻撃を許可します。敵の攻撃に際しては防御だけでなく反撃を許可します。傲岸不遜な連合兵に、アリアドネーの意思を叩きつけてやりなさい!!」

「「「了解です、総長閣下(グランドマスター)!!」」」

 

 

ああ、もう!

クルト宰相代理の笑顔が頭にチラついて、ウザいわね!!

 

 

「伝令! 敵が鬼神兵を投入しました! 数、5!」

「何ですって!?」

 

 

その時、連合が鬼神兵を投入してきたとの報告が上がってきた。

見れば、遠目にも巨大なソレを複数見ることができる。

こんな局地戦に、まさか5体も投入してくるなんて。

 

 

ちなみに、王国もアリアドネーも鬼神兵を所有していないわ。

少なくとも、この戦場には。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「隊長、鬼神兵ニャ!」

「うろたえるな!」

 

 

リュケスティスの防御陣地とジャクソン少将の歩兵・騎兵が敵主力を押さえている間に、我々は制空権を確保し、しかも敵の後方を攪乱しなければならん。

言ってしまえば、遊撃部隊だ。

その矢先に、連合の輸送艦から完全武装の鬼神兵が5体、投下されたのだ。

 

 

先の大戦では、紅き翼がやたらと簡単に鬼神兵を屠っていたと聞くが。

部下の手前、うろたえるなとは言ったものの・・・。

 

 

「相手が、鬼神兵ではな・・・!」

 

 

先日の戦闘で132名の仲間を失ったものの、竜騎兵隊には未だ437名の精鋭達がいる。

実際、地上の部隊の中には鬼神兵の投入に混乱が起きている所もあるだろう。

だが、我が部隊は混乱などしない。

 

 

「隊長、11時と2時の方角から敵竜騎兵隊! 右が約500、左が300!」

「・・・相変わらず、正確な報告だ副長!」

 

 

ざっと見て、倍の竜騎兵が我らを左右から包囲しようとしていた。

倍?

たったそれだけで良いのか?

 

 

「全騎、急速上昇!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

 

 

400騎余の竜騎兵が俺を先頭に急上昇、真っ直ぐ天井方向に向かう。

すると、左右に別れようとした敵が下・・・つまり我らの後方につこうとして、自然と合流する。

騎竜の上から魔法を撃ち込んでくる敵の竜騎兵。

我が部隊の最後尾の竜騎兵が魔法障壁を展開するが、いくつかは突破されて撃墜されてしまう。

 

 

「トーマス、グリゴロフ・・・サリナス!」

 

 

それを見た俺は、今度は急速に降下を始める。

当然、部下も俺に続く。

結果として、上昇する敵と、降下する我らが正面から衝突した!

 

 

「俺の勇敢な部下に――――――何をするっ!!」

 

 

俺の怒声に応えるように、部下達の咆哮が続く。

それを背中に感じながら、槍で相手の頭を粉砕し、振り回して敵兵の腕や首、あるいは騎竜の翼を破壊する。鮮血が俺の顔に飛び散り、敵兵の恐怖の表情と叫びが、目と耳に残る。

相手の槍をかわし、魔法を弾き、逆に魔法を撃ち返す。

 

 

地上スレスレで『ベイオウルフ』を翻し、低空で飛行する。

その時には、我が部隊によって真っ二つに引き裂かれた敵の竜騎兵は半数が地に堕ちている。

・・・もちろん、こちらも無傷では無い。

 

 

眼下には、敵兵と切り結ぶ味方の兵が見える。

その中に、美しい金髪を靡かせて戦う、彼女の姿を見つける。

援護したい気もするが・・・邪魔と言われるのが簡単に予想できた。

 

 

「隊長隊長、部下の信頼を失うニャよ」

「何を言う副長、俺はいつでも部下の信頼に応えているつもりだ」

 

 

戦場で軽口を叩くのは、場合によっては効果的だ、緊張を紛らわせることができる。

・・・しかし、副長が別れ際のリュケスティスと似たような顔をしているのが気になるな。

しかしまぁ、それは後でも良い。

今は、自分の任務を完遂するが先だ!

 

 

「このまま直進、敵後方の支援兵力2000を殲滅する!!」

「「「了解(ヤー)!!」」」

「さぁ・・・」

 

 

俺はいつも、部隊の先頭で敵に突撃する。

本当は怖くて仕方が無いが、それでも俺は先頭にいる。

安全な後方で部下を送り出すような真似は、俺にはできない。

臆病者にはなれるが、卑怯者にはなれない。

 

 

そんな俺を、部下達は勇敢だと言ってくれる。

部下達はこんな俺を、必死に守ろうとしてくれる。

他の竜騎兵には不可能な速度と勢いで、動いてくれる。

 

 

「さぁ、生き残るぞ、お前らっ!!」

 

 

俺の声に、部下達は地震を起こしそうな程の大きな声で応えてくれた。

俺はそれに、嬉しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

頭上をうちの竜騎兵が通り過ぎて行った。

そうなると、作戦は第二段階(セカンドフェイズ)に入ったと見るべきだろう。

しかし・・・。

 

 

「『こおる大地(クリュスタリザティオー・テルストリス)』!!」

 

 

ぐんっ・・・と左腕を上に掲げながら魔法を放つと、10本近くの氷の柱が敵兵の一群を吹き飛ばした。

しかし見た目程には、効果が無い。

どうも先程から、距離をとられていてな・・・。

広域殲滅魔法ならゴッソリと削れるだろうが、それでは味方にも影響を与えかねない。

 

 

むしろ私は、あのでかい鬼・・・周りの敵兵が鬼神兵とか呼んでたかな、それに向かった方が良いかもしれない。

アレなら、遠慮なくぶつけられ・・・!

 

 

「やぁ、こんにちは」

 

 

後ろに飛ぶ。

次の瞬間、私の目の前をお手玉のような物が通過した。

それは、私の横にいた人形兵の一体にぶつかると・・・爆発した。

人形兵の陶器の破片が散る中、私はその爆弾を投げつけた人間を睨みつけた。

 

 

ストライプのブカブカの服に、ピエロの仮面を着た人間を。

・・・ふざけた格好だ。連合の兵には見えないが。

 

 

「何だ、貴様」

「僕の名前はサハタナ・サハ・・・傭兵です」

 

 

そいつは、両手にチェーンソーを持って・・・って、チェーンソー!?

 

 

「旧世界に行った時、運命を感じて購入」

 

 

ギュララララララッ・・・と、2つのチェーンソーが激しく回転を始める。

魔法的な処置がされているのは当然としても、両手で扱うか。

どうも、私と戦うつもりらしい・・・この私と!

普段なら受けてやる所だが、今の私は忙しい。

悪いが・・・。

 

 

「うちの娘は、世界一いいぃぃぃ―――――――っ!!」

 

 

その時、何か激しく同意したいような叫びと共に、数条の赤い光がピエロを薙ぎ払った。

同時に、ウェスペルタティアの歩兵らしき人間共が湧いて出た・・・いや。

私が突撃した反対側から突撃してきた歩兵部隊の最前衛と、接触できたと言うべきだろうか。

 

 

そこにいたのは、190センチはあるだろう身長に、筋肉質な身体の男。

ヴァン・オーギスとか言う人間の騎士で、やたらと娘の写真を見せてくる奴だ。

 

 

「おお、エヴァ殿! ご無事で何より!」

「お前はいい加減、娘の名前を叫びながら戦うのをやめろ」

「ほぅ・・・それはうちの娘と友達になりたい、と言う意思表示ですかな?」

「死ね」

「本当だね、死んだ方が良い」

 

 

しかも、あのピエロもまだいる。

片方のチェーンソーが半ばから折れているが、特に傷は無いようだった。

どう言う身体の構造をしてるんだ、こいつ。

 

 

「僕の戦いの邪魔をして・・・」

「オーギス、アレは任せる。私はあのデカブツをどうにかしに行く」

「心得ましたぞ!」

「逃がさ、ない!」

 

 

ビュオンッ、と、もう一つのチェーンソーを投げつけてくる。

回転しながら飛来したそれを、私は右手の指で受け止める。

そしてその直後には投げ返した。

しかしピエロはそれを避けてしまい・・・不幸にも背後にいた連合兵の胸に突き刺さる。

鮮血と悲鳴と怒声を背中で聞きながら、私は空へと飛び立った。

 

 

さて、広域殲滅魔法5発か。

バカ鬼よりは弱いはずだが、少しばかり骨が折れるな。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

魔力弩砲(バリスタ)の弾幕と防御柵を突破してきた敵兵の先頭が、徐々に第1塹壕に近付きつつある。

彼らはすでに魔法を撃ち始めていて、こちらの塹壕兵にも犠牲が出つつある。

 

 

迫りくる火属性の魔法に対し、兵達は塹壕の底にへばりつく形でそれをやりすごしている。

だが、その間にはこちらの反撃も勢いを失う。

その間隙を縫って、敵の砲兵隊が放つ魔力弾がこちらの陣地内で炸裂する。

もちろん魔法障壁は全力で展開しているが、限界があるのも確かだ。

 

 

「味方の歩兵部隊が、敵中央部の分断に成功しつつあります!」

 

 

第5塹壕で俺の横にいた士官が、懸命に前方を見ながら叫んだ。

見ると、確かに味方の軍勢が敵軍の中央部を引き裂くように展開している。

一見、前後から挟撃されているようにも見えるが・・・。

 

 

「今だ!」

 

 

声を張り上げ、俺は命じた。

 

 

「味方が分断した敵前衛部隊に―――――砲火を、集中させろ!!」

 

 

命令の直後、600門の砲塔が火を噴いた。

そして同時に、こちらの砲弾を通すために開いた防御障壁の間から、敵の砲弾が侵入し、着弾したからだ。

炎と衝撃が陣地を襲う。

 

 

後方の砲列の一部を突き崩し、かつ俺の傍にも一発着弾した。

瞬間的に意識が途切れ、塹壕の中を身体が跳ねる。

 

 

「・・・ええい、俺としたことが。熱くなりすぎたか」

 

 

身体の上の石と土埃を払い落しながら、そう呟いた。

だがどうやら無理をした甲斐もあって、敵の前進を一時的に止めることができたようだ。

身を起こして見てみれば、敵の前衛部隊にポッカリと穴が開いている。

集中砲火の結果、敵の防御障壁を破り、被害を与えることができたのだろう。

 

 

「各塹壕の被害状況を伝えさせろ。それと、今の内に負傷者の後送と兵員の補充だ」

「り、了解」

 

 

傍にいた通信兵を助け起こしつつ、そう命令する。

わずかな時間的空白も無駄にはできない。

その時、倒れた士官が俺の視界に入った・・・先程私に敵の状況を報告した士官だ。

 

 

「どうした、負傷したのか?」

「い、いえ、大丈夫です・・・」

「・・・貴官」

 

 

砲撃が炸裂した際の光に目を焼かれたのか、両目を閉じている。

そちらは、時間が経てば回復するだろうが・・・。

 

 

「申し訳ありません。見えなくて・・・右手の感覚が無いんですが、どうなっていますか?」

「・・・そうだな、俺の腕よりはマシだろう。だが怪我は怪我だ、医療班に看て貰え」

 

 

実際には、マシなどと言う物ではなかった。

手首から先が無いのに、「マシ」も何も無いだろう。

赤い血がとめどなく流れ、骨と肉が見えている。

俺は自分のハンカチを取り出すと、それを士官の患部に巻いて止血してやった。

それから、衛生兵を呼んだ。

すると緑色の外套を纏ったオレンジ色の髪の子供が、医療キットを持ってやってきた。

 

 

「はいはーいっと、ほんと、戦場って嫌だねー」

「・・・何故、子供がここにいる?」

「女王からして子供なのに、不思議じゃないでしょー?」

 

 

それを言われると、確かに何も言えんな。

苦笑しつつ名を訪ねると、「ロビン・アルタナシア」と言う答えが返ってきた。

 

 

「まったく、さっさと戦争なんて終わらせて、ゲート直してくださいよ。いつまで経ってもイギリスに帰れやしない・・・」

「ほう・・・旧世界人か」

「ノッティンガム出身っす」

 

 

そこがどこかは知らないが、まぁ、生きて帰れると良いな。

俺は、未だにこちらよりも多くの兵力を備えているであろう連合の軍勢を見やりながら、そう思った。

同時に、不味いな、とも思う。

どうも、消耗戦になりつつあるようだったからだ。

 

 

味方も、そしてあの吸血鬼も目覚ましい戦いぶりを見せていいるが、戦況全体を覆すことまではできていない。

 

 

ウェスペルタティア軍は、勝てばそれで良いと言うような状況では無いのだ。

例えここで敵を破れたとしても、こちらも全滅寸前では不味い。

なぜなら我らに援軍のアテが無いのに対し、連合は本国に無傷の軍をいくらでも抱えているのだ。

やれやれ・・・小よく大を制すなど、そう上手くは事は運ばんな。

 

 

最小の犠牲で最大の効果を、これは基本だが。

実行が難しいからこそ、基本と言うのだ。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

これは少々、割に合わない仕事かもしれないね・・・!

私がそう思い始めたのは、戦闘開始から30分も経たない頃だった。

そして5時間が経とうとしている今、それは確信に変わっている。

この仕事、割に合わない!

 

 

敵はどうも、ひたすら中央突破を狙っているらしい。

こちらは左右に艦隊を広げている分、中央の負担は大きい。

つまり、私の仕事も増えるってことさ。

 

 

『敵巡航艦2隻、中央艦隊を突破! また来たよ!』

『艦種識別・・・センタウルゥス級巡航艦「フーリオス」、「レオーパルド」』

『『主砲・精霊砲、ロックオン』』

 

 

リンとレンが敵艦を識別し、照準を合わせる。

私は左眼の魔眼に魔力を集中しながら、そのポイントに寸分たがわず狙いを定め、引き金を引く。

まず一撃。

 

 

『ブリュンヒルデ』の艦首から主砲が放たれ、まず1艦を撃ち抜く。

胴体に直撃を受けたそれは、真っ二つに折れるようにして爆発、雲海の下に沈んでいった。

艦内の精霊炉が熱を吐き出し、砲術班が次のエネルギー充填作業を行う。

その時、敵の小型艇から放たれた雷撃が、『ブリュンヒルデ』の艦体の左舷に着弾した。

 

 

『左舷に被弾! L72ブロックを損傷したぁ!』

『隔壁閉鎖3秒前・・・3、2、1、閉鎖』

 

 

リンとレンが状況を知らせる。

大した被害は出ていないようだ、流石は新鋭艦、防御が厚い。

だが・・・と、私は通信機のスイッチを入れた。

 

 

「左舷、弾幕薄い! 何をやってる!」

『うっさいわよ傭兵! 畜生、生きて戻れたら絶対、兵士の労働組合を作ってやる!』

「労組でもソビエトでも良いから、弾幕を密に!」

『わぁかってるわよ! 畜生が!』

 

 

ガチャッ、と通信を切る。

そして前を見た時、正面の画面一杯に敵の巡航艦が映っていた。

同時に、エネルギー充填完了のサインが画面の隅に映る。

引き金を、引く。狙い撃つ暇も無い。

 

 

巡航艦の正面に主砲が直撃し、艦体を削り取るように破壊する。

艦体の前半分、3分の1程を失った巡航艦は、しかし精霊炉が無事だったのか大爆発を起こすことも無く、『ブリュンヒルデ』とすれ違うように後方へ流れて行く。

まぁ、どうせ長くは無いだろうが・・・。

 

 

『け、けけけ、警報! 衝突コース!』

「何・・・?」

 

 

リンの悲鳴に、訝しむように『GNスナイパーライフル』のスコープから目を離す。

衝突って、何が・・・。

・・・そうか、しまった!

 

 

艦隊の後ろには、新オスティアがあった!

失態だ・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

別に、真名さん一人のせいではありません。

5時間もぶっ続けで撃たせてるこちらにも、非があります。

と言うか、責任がどうとか話している場合ではありません。

 

 

敵の巡航艦の1隻が、半壊しつつも新オスティアのある浮島に向けて落下しつつあると言うのですから。

大抵の艦は、空中で爆散するか、雲海の下に沈みます。

これは、例外的ですね・・・!

 

 

「アリアドネー艦隊、砲撃を開始したっス! でも巡航艦の障壁が半端に生きてて、破壊が間に合わないっス! 駆逐艦と潜空艦ばっかなんで、火力も足りないっス!」

「これは・・・非常に不味いですね!」

 

 

『ブリュンヒルデ』の副長オルセン大尉の言葉に、クルトおじ様が焦ったような声を上げます。

いえ、まぁ、焦ってるんでしょうけど、そう見えないのがクルトおじ様ですから。

 

 

「・・・ミク!」

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)を起動、瞬間、ミクが素早く計算します。

結果は・・・。

 

 

『市街地に被害が及ぶ確率、56%です!』

「56%・・・悩み所ですね・・・!」

『最も効果的なのは、艦隊の一部を割いて砲撃させること。ただし、その艦は背後から敵艦に撃たれる確率が69%!』

「69%・・・結構ありますね・・・!」

 

 

心臓が締め付けられるような想い。

今、中央艦隊と護衛艦隊は、正面の敵艦隊主力と砲撃を交えています。

1艦たりとも、向かわせる余裕はありません。

 

 

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・決断しろ、私!

 

 

「『ブリュンヒルデ』、右舷回頭!」

「陛下!?」

「他の艦に余裕はありません・・・この艦であの巡航艦を撃ち落とします!」

「しかし、危険です陛下!」

「艦長!!」

 

 

クルトおじ様が立場上「イエス」と言えないのは、わかっています。

だから、艦レベルの指揮権を預かる艦長ブブリーナ大佐に直接言います。

大佐は頷くと、副長に右舷回頭を命じました。

 

 

戦艦である『ブリュンヒルデ』の主砲なら、巡航艦も吹き飛ばせます。

とはいえ、この艦の乗員を死なせることもできない。

 

 

「護衛艦隊の巡航艦『アルブス・フラーグム』、『ジュリエット』に打電、<穴を埋めよ>! 『ブリュンヒルデ』が体勢を立て直すまで、戦線を支えさせなさい!」

仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!」

 

 

大尉が返事をし、『ブリュンヒルデ』の艦首が180度回頭します。

スクリーンの映像がゆっくりと回転し、新オスティアと、そこに向かう敵巡航艦の姿が見えます。

アリアドネーの砲撃と結界で、今にも爆発しそうなのですが・・・。

・・・アリアドネーが攻撃に入った時は、クルトおじ様が凄い笑顔でしたね。

 

 

ズ、ズン・・・!

その時、『ブリュンヒルデ』の艦体をいくつかの砲撃が掠めました。

艦橋にも振動が伝わり、指揮シートの肘置きに両手を置いて、身体を支えます。

小さな悲鳴を上げそうになるのを、歯を噛み締めて堪えます。

 

 

「アリア先生・・・」

「・・・大丈夫です」

 

 

茶々丸さんの声に、そう答えます。

抗魔処理の施された外壁のおかげで、直撃でもしない限り、大丈夫なはずですが・・・。

そう考えている間にも、この艦に敵の砲撃が集中してきます。

旗艦ですもの、当然ですよね。

 

 

・・・迷う。

魔法具、いや『千の魔法』で・・・でも、魔力には限界がある。

艦船を消す程の力は、そう何度もは・・・この先何があるかわかりませんし・・・。

総指揮官が旗艦を離れることもできません。

 

 

その時、『ブリュンヒルデ』へ届く砲撃が減りました。

何故かと思い、スクリーンを見れば・・・。

 

 

「・・・あれは、何ですか?」

「装甲巡航艦『ブレナム』・・・トラウブリッジ少将の旗艦です、陛下」

「トラウブリッジ少将・・・?」

 

 

クルトおじ様の返答に、脳裏に先程の通信で見た顔を思い浮かべます。

どう言うつもりか、少将の艦は『ブリュンヒルデ』と敵の火線の間に立ち塞がるように移動しています。

装甲と名にあるように、他の艦よりは頑丈とは言え・・・!

 

 

『命に代えても、お守りいたします』

 

 

・・・死ぬことは、許さないと言った!

ギリ・・・と、歯ぎしりしつつ、叫ぶ。

 

 

「真名さん!」

『了解・・・狙い撃つ!』

 

 

通信機から響く声。

同時に、『ブリュンヒルデ』の主砲が放たれました。

主砲だけでなく、全ての副砲が敵巡航艦に向けて放たれました。

十数条の光の束がそれを撃ち抜き、新オスティア直前で爆散させます。

 

 

小さな破片がいくつかオスティアに降り注ぐかもしれませんが・・・大事には至らない様子です。

本体が雲海の下に沈んで行くのを確認した後、私は次の命令を出します。

 

 

「艦を元の位置に戻しなさい!」

「お任せっス――――!」

 

 

大尉が叫ぶように返し、可能な限りのスピードで艦を元の位置に戻そうとします。

その間にも、『ブレナム』・・・トラウブリッジ少将達は砲撃を受け止めて。

・・・受け止めて。

 

 

・・・・・・。

 

 

「・・・『ブレナム』が・・・」

 

 

一瞬の沈黙の後、クルトおじ様も流石に呻くようにその名を告げました。

『ブリュンヒルデ』が艦首を正面に戻し、体勢を整えた時には・・・。

 

 

『ブレナム』から、オレンジ色の光が噴き出していました。

また・・・。

 

 

 

 

また、私のために人が死にます。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side トラウブリッジ

 

艦内に警戒警報(アラート)が響き、赤い光が視界の中で明滅している。

すでに誰もいない『ブレナム』の艦橋で、私はスクリーンの向こう側から殺到する死の光を見つめていた。

 

 

「女王陛下は・・・体勢を立て直されたか」

 

 

我ながら驚くことに、息を吐くようなささやかな声だった。

クルト宰相代理から護衛艦隊の司令官を任された際、私は不思議だった。

貴族出身でも士官学校の出でも無い、20年前の大分烈戦争の時は一少佐でしかなかった私を、何故そのような重要な役職に、と。

18年前、ケルベラスまで艦を率いながら、紅き翼が去った後に到着すると言うヘマをやらかした私を、良くそんな役目に、と。

 

 

今は、なんとなくわかるような気がする。

私は真面目が取り得なだけの人間で、自己の責任に忠実であることを自分に課している。

そのような私なら、女王を見捨てることは無いと思ったのだろう。

私としても、18年前のリベンジができるなら、それも良いと思った。

 

 

残存の護衛艦隊の指揮は、申し訳ないが中央艦隊のレミーナ中将に任せれば良い。

私などよりも、よほど信頼のおける艦隊司令官だ。

 

 

「・・・2階級特進で大将になるのだから、命令しても良いだろう」

「あの世で階級があるなら、それも良いんじゃないですか?」

 

 

その時艦橋の扉が開き、赤黒い酒の瓶を持った人間が入ってきた。

全員に艦から離れるよう、命令したはずだが・・・。

 

 

「グレイハウンド少佐、何をしている」

「いえね、食堂から良い感じのワインを拝借してきたんで、司令官もどうかなって」

 

 

マリー・グレイハウンド少佐、茶色の髪の女性士官で、この艦の艦長でもある。

その少佐が、片手にワインの瓶、もう片方にグラスを二つ持っていた。

 

 

「脱出するように命じたはずだが・・・」

「だ~れも脱出なんてしてませんよ。皆、食堂でどんちゃんやってます・・・知ってます? シエラ中尉って下戸だったんですよ?」

「な・・・」

「脱出用の転移装置が、敵艦の砲撃でやられちゃいまして」

「な、む・・・そうか」

「まーそれでも、少将置いて逃げませんよ、誰もね」

 

 

500名近い乗員が、誰も逃げていない。

何と言うか・・・本当に、何と言えば良いのか。

 

 

「はい、どうぞ」

 

 

赤ワインの注がれたグラスを受け取ると、少佐はぎこちなく、しかし魅力的な笑顔を浮かべた。

 

 

「・・・ありがとう、グレイハウンド少佐」

「マリーって、呼んでください」

「む・・・?」

「お父さんがつけてくれた名前なんです・・・・・・呼ばれたい、気分なんで」

「・・・そうか」

 

 

かちんっ、とグラスを合わせて、乾杯した。

 

 

「・・・王国の未来に」

「お子様な女王陛下に」

 

 

おどけたような笑みを浮かべて、少佐・・・マリーは言った。

私も笑みを浮かべて、彼女の名ま

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

女王直属護衛艦隊旗艦『ブレナム』が撃沈されたのは、10月10日午後14時47分。

無秩序なまでの衝突と殺戮を繰り返した上で、約3時間後、両軍は一時的に戦闘を停止した。

 

 

期せずして、両軍の前線指揮官がそれぞれ女王アリア、大公ネギに撤退と補給、部隊再編などを具申した結果であり、消耗戦を嫌った結果でもあった。

何より疲労の極みにあった両軍は、休息を求めていた。

わずかな栄養剤と水のみで戦い続けられる者は、多くは無い。

そもそも、ほとんどの兵士はそのわずかな物すら口にできない状態だったのだから。

 

 

中には夜襲を主張する者もいたが、両軍の前線指揮官ムミウスとリュケスティスは、異口同音にその者にこう言ったと言う。

 

 

「自分で兵士を集め、訓練し、食事と休息を与え、補給態勢を整え、加えて敵の位置と状態を確認してからもう一度言え。もちろん、ここにいる兵士を使うことは許さん」

 

 

 

 

そして、10月11日。

魔法世界にとって、運命の1日が始まる。

 




茶々丸:
茶々丸です。皆様、ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
密かに総旗艦に乗り込んでおります、茶々丸です。
マスターから「傍から離れるなよ、いいか、絶対だぞ!」と言いつけられております。
あまりに繰り返し言われるので、むしろ「離れろ」と言う振りかと思いました。


今回、初登場の投稿キャラクターは以下の方々です。
理想を追い求めし者様より、ロビン・アルタナシア様。
はははーん様より、サハタナ・サハ様。
黒鷹様より、スティア・レミーナ様。
ありがとうございます。

なお、艦の名前などは黒鷹様・伸様から提案されました。
ありがとうございます。


茶々丸:
さて、次回は10月11日のお話です。
次回も戦争パートかと思いますが、戦闘は佳境に入ります。
勝利を得て、全てを手に入れるのはどちらでしょうか?

それでは次回、「白き髪の二人」。
それでは、またお会いしましょう。

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