魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

19 / 101
第16話「決戦前夜・前編」

Side リィ・ニェ(ヘラス帝国女性将校)

 

「我々は孤立してはいない、必ずや帝国の同胞は我らに同調するであろう」

 

 

そう言い続けることでしか、私は部下達の動揺を抑えることができなくなっていた。

もはや、我々が支配している―――支配と言えるかすらも疑わしいが―――場所は、帝都ヘラスのごく一部でしかない。

他の地方叛乱は、全て制圧された。

 

 

帝都守護聖獣も敵の味方こそしていないが、我らの味方でも無い。

元々、完全な味方でも無かったが・・・。

 

 

「・・・皇女殿下らは、どうなされておられるか?」

「皇帝陛下崩御の後、自室に籠られたままです」

「そうか・・・」

 

 

皇帝陛下崩御、コレも我々にとっては誤算だった。

陛下の傍の奸臣を討つ。

そう宣伝してクーデターを起こした直後、陛下が崩御された。

自決とも、暗殺とも聞いているが・・・真相はわからない。

 

 

外部では、テオドラ殿下が帝位を宣言されたと言う。

めでたい事だが、殿下に陛下の死が伝わるのが早過ぎる。

・・・胸の内に、言いようもない不安がよぎるのを感じる。

私は頭を振ってその不安を追い払うと、廊下を歩くスピードを速めた。

 

 

「・・・皇女殿下らに拝謁する。案内せよ」

「はっ」

 

 

護衛兵にそう言って、皇女殿下がおられる部屋に向かう。

第一皇女殿下と、第二皇女殿下。

現在、テオドラ殿下以外に皇位継承権を持っているのは、このお2人以外にいない。

 

 

ヘラス族の平均年齢で考えれば、皇帝陛下はあと100年はご健在であられたはずだからな。

まだしばらく、皇位継承問題は顕在化しないはずだった・・・。

 

 

「リィ・ニェ准将である。殿下への取り次ぎを願いたい」

 

 

数分後、宮内省の役人にそう告げると、思ったよりもすんなりと承諾の返事を貰えた。

これまでは、拒否されていたのだが。

まぁ、お会いくださると言うのならば、是非も無い。

そう思い、護衛兵を待たせ、長い廊下を歩き・・・。

 

 

「失礼致しま・・・」

 

 

皇女殿下の私室―――第一皇女殿下のだ―――の扉を開き、その場で跪こうとした私は、動きを止めた。

皇女殿下は、お2人共おられた、それは良い。

だが椅子に縛りつけられており、しかも目に生気がなかった。

明らかに、様子がおかしい。

そう思って視線を動かせば、殿下の足元に4本の注射器のような物が・・・。

 

 

―――――薬物か!?

 

 

「殿・・・ガッ!?」

 

 

即座に反応し、お傍へ・・・と思った瞬間、首の後ろに衝撃が走った。

意識が瞬間的に途切れ、視界が回転し、頬と身体に痛み。

気が付いた時にはうつ伏せに床に倒れ、しかも背中を何者かに踏まれて身動きがとれなかった。

ゴトッ・・・と、燭台のような物が私の顔の横に落ちてきた。

 

 

「存外、あんたも役に立たなかったな」

「そ、の・・・声」

 

 

脳裏に浮かんだのは、連合から帰還し、クーデター計画を持ち込んだ参謀。

父の、部下の・・・。

その時、首筋にかすかな痛みを感じ・・・数秒後には、目の前が真っ白になる程の衝動が私を襲った。

注射、薬物。瞬間的に、その2つの単語が浮かぶ。

 

 

「皇族の身体で楽しむつもりだったのに、その時間すら稼げないんだからな。父親に似て無能だ」

「あぎ、がが、ぎ・・・」

「まぁ、良いか。皇帝と皇女2人を殺した犯人、つまりあんたの首を差し出せば、俺は帝国の英雄になれる。そうすりゃ、あの第3皇女に近付けるかもしれん・・・」

 

 

私の口はもう、まともな言葉を紡ぐことができなくなっていた。

だが、思考はかろうじて生きている。

だからわかる、私は、謀られたのか。けど、何故? ・・・どうして!

憤怒、絶望、敗北感、憎悪――――それらがない交ぜになった感情が、私の胸に去来した。

 

 

だがそれを表現する術を、私は持てなかった。

何故なら、2本目の注射が、私の首に突き立てられていたから・・・。

 

 

「ああ、そうそう。あんたの親父を殺したのはな・・・」

 

 

私の意識が落ちるのと、ほぼ同時に。

男の声が途切れた、部屋の壁を突き破る轟音と共に。

 

 

「お話し中失礼~、雇われ剣士のジャック・ラカン様登場~って、あ~ん?」

 

 

続けて聞こえた声は、初めて聞く種類の物だった。

 

 

「・・・お前、悪党だな?」

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

短い時間ではあるが、父に会うことができた。

娘としてではなく、帝位を継ぐ者の礼儀として。

じゃから、形式以上のことを言わなかったし、しなかった。

縋りついて泣くことも、できなかった。

 

 

公人としてのヘラスの皇族は、弱みを見せてはならない。

必要なのは強さであり、それ以外の物は必要無い。

 

 

「・・・ご苦労じゃったの、ジャック」

『まぁー、仕事だしな』

 

 

慌ただしく戴冠の準備を進める官僚達を横目に、妾はジャックと連絡を取った。

別に私用では無く、姉上達を救ってくれたのがジャックだったからじゃ。

2人の姉は、薬を打たれて昏睡状態じゃった。

今も、眠っておる。

 

 

医師によれば、処置が早かったために一命を取り留めたと言う。

処置をしたのは、もちろんジャックじゃ。

 

 

「よもや、お主に医療の心得があろうとはの」

『俺に不可能はねぇ』

「バグめ・・・」

 

 

苦笑するしか無い。

ほとんど一人でクーデター部隊を制圧した上、首謀者まで捕らえた男。

これでは、何のために部隊編成に一日割いたのかわからん。

 

 

『んで、あのお嬢ちゃんはどーすんだ?』

「お嬢ちゃん・・・リィ・ニェ准将か? あ奴は一応40代じゃぞ」

『マジか、まぁヘラス族だしな。で、どうすんだよ?』

「叛逆は、基本的に極刑じゃがな・・・」

 

 

十中八九極刑じゃが、かなり後味が悪いことは確かじゃ。

調べによれば、父の死には関与していないらしい。

とは言え、間接的に責任はあるが・・・。

 

 

連合との捕虜交換で戻ってきた参謀の一人が、「父親の遺言」が書かれた手紙をリィ・ニェ准将に持ってきた。

そこには今の体制への恨みと、仇討ちを懇願する内容が書かれていたと言う。

実際には遺言は偽物で、その参謀が父を殺した男だと言うのにじゃ。

それ以上の詳しい経緯は知らぬが、いずれにせよ、哀れじゃな・・・。

 

 

「殿下・・・ではなく、陛下! 新オスティアのコルネリア様より知らせが!」

 

 

その時、兵の一人が慌ただしくやってきた。

ジャックを待たせて、妾はその者の報告を聞くことにした。

 

 

「どうした、連合との紛争の件か?」

「はっ、そちらはどうやら、王国側の勝利とのことです!」

 

 

勝ったのは、娘の方か。

息子の方がどうなったかは、あえて聞かないことにする。

 

 

「しかし、本題は別に・・・」

「おい、外を見ろ!」

「何だ!?」

 

 

報告の途中、場が騒がしくなった。

何事かと思い、皇帝の居城の広間から外を見てみれば・・・。

 

 

光の帯。

光の帯が、夜空を彩っておった。

美しい光景だが、だが、これは・・・。

 

 

「大量の魔力が大気と反応して、肉眼にも見えているのです。あの光が向かう先は・・・」

「言わずとも良い、わかるのじゃ・・・」

 

 

そう、妾にはわかる。

何故ならばそれは、20年前にも見た光景なのじゃから・・・。

あの光、あの魔力の向かう先は、新オスティア。

<墓守り人の宮殿>。

 

 

「・・・大規模転移の準備をせよ! 数時間で新オスティアにまで移動する! 先方にも連絡せよ・・・規模は、クーデター鎮圧のために集めた戦力の半分で良い、妾が直接率いる!」

「陛下!? 戴冠式は・・・」

「そんな物は後じゃ、これは・・・これは、世界の危機じゃ!」

 

 

何故、このタイミングで「アレ」が起こるのかはわからん。

だが、坐して見ておるわけにもいかん。

「人間」では無い我らは、特に。

じゃが同時に、気付いてもいた。

 

 

はたして、どこまで力になれるか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

魔法世界人口・約12億人(内メガロメセンブリア市民6700万人)。

魔法世界を支える魔法力の枯渇により、10年以内に滅亡。

魔法世界人は魔法世界と「同じモノ」で出来ているので、魔法世界が消えると一緒に消える。

純粋な「人間」も魔法世界消滅後、人の生存不可能な荒野に投げ出されて大半が死滅する。

 

 

「こう言うことです」

 

 

ペンを置きながら、焔さん―――ツインテールの女性―――が、説明を終えました。

ホワイトボードには、焔さんが書いた説明書きが書かれています。

つまり、魔法世界崩壊の経緯。

 

 

「・・・だから僕らは、姫御子の力で魔法世界を書き換え、封印するつもりだった。書き換えられた世界=<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>に魔法世界人を移住させる計画・・・」

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)

それは、永遠の園。

あらゆる理不尽、アンフェアな不幸の無い「楽園」。

・・・個人的には、そこはちょっとアレですけど。

 

 

でも、火星の荒野に投げ出される・・・。

脳裏に浮かぶのは、超さん。

懐に手を忍ばせれば・・・そこには、3枚のカードがあります。

エヴァさん、さよさん・・・そして、もう1枚。

 

 

「・・・現在<墓守り人の宮殿>で行われている儀式『リライト』は、細かいことを言うと長くなるから手短に言うけど・・・<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>発動の儀式なんだ。まぁ、つまり・・・明日中には世界は消えてなくなる」

 

 

フェイトさんの言葉に、その場にいる全員が息を飲みました。

ここは、『ブリュンヒルデ』内部の大会議室。

現在は関係各所の代表を集めての、拡大御前会議が開かれています。

参加者は、以下の通りです。

 

 

まずは、旧『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』メンバーの6人。

何でも、クビになったとか何とか・・・。

フェイトさんを筆頭に、暦さん、環さん、調さん、栞さん、焔さん。

前の2人には会ったことがありますが・・・ええ、皆さん大変な美少女ですね、ええ。

 

 

そして王国首脳陣、まず私とクルトおじ様。

官僚代表のクロージク伯爵とニッタン助教授。

さらに工部省科学技術局特殊現象分析課から、エヴァさん。

エヴァさんは、公的な会議に出るのは初めてですね。

陸軍のリュケスティス大将とグリアソン大将、王国艦隊のレミーナ大将とコリングウッド大将。

軍人の方は、本日付けで全員階級を一つ上げています。

 

 

そして、今回の事態に協力を表明してくださった方々。

アリアドネーのセラス総長と、関西呪術協会の千草さん。

アリアドネーとは新オスティア防衛の時点で協力関係にありますし、関西呪術協会には魔法世界救済のための計画を支援して頂く契約です。

加えて、急遽駆けつけてくれた帝国のコルネリア大使。

帝国は、大規模な部隊を提供する用意があるとか・・・。

 

 

とにかく、ここにいる18人で魔法世界を救う方法を模索することになります。

可能な限り人数を絞る必要がありましたので、この人数になりました。

組織間のバランスとかも考えなければなりませんでしたし・・・。

連合は参加していませんし、到着していない人もおりますが・・・魔法世界最高のメンバーではないでしょうか。

 

 

「・・・今さら言うまでもありませんが、この会議の結果で魔法世界の未来が決まります」

 

 

開始の音頭と言うわけではありませんが、私は冒頭でそう言いました。

私の言葉に、全員が表情を引き締めます。

 

 

「20年前の災厄を繰り返さないためにも、皆様のお力添えをお願いします」

 

 

20年前の災厄。

その単語はここにいる大半の方々にとっては、特別な意味を持っていることでしょう。

そして私はむしろ、この場では少数派です。

 

 

私の母が<災厄の女王>になった瞬間を、私は知らないのですから。

・・・もしコレが20年前の再現だと言うのなら、立場的に私、危ない気もしますがね。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

18人・・・18人ですか。

まぁ、半分近くはすでに事情を知っているような方々ですし、良しとしますかね。

個人的には、もう少し人数を絞りたかった所ですが。

 

 

多くの臣下の力を借りることを前提にしているアリア様の体制では、仕方が無いでしょう。

意外な弱点を発見しましたね。

 

 

「そもそも、私としてはそちらの少年を信頼する気にはなれませんな」

 

 

口火を切ったのは、大将に昇進したリュケスティス将軍です。

彼はいつもの冷笑を浮かべつつ、説明を終えたアーウェルンクスを見つめました。

まぁ、私としてもアーウェルンクスを信じる気はサラサラありませんが。

今回の件に限って言えば、彼は何一つ嘘を吐いていませんがね。

 

 

壁際に立っている女性陣が不機嫌そうな顔をしていますが、そこはまぁ、良いでしょう。

と言うか、女連れで来るとは、アーウェルンクスにしては・・・。

 

 

「『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』と言えば、20年前に世界を混迷に陥れた輩。抜けてきたと言うが、工作員で無いと言う確証はどこにも無い」

「だが、彼は見た所まだ子供だ。20年前の事件には関与していないはずだろう」

 

 

いやぁ・・・それはちょっと、どうでしょう。

ニッタン助教授の常識論に、私は首を傾げました。

アーウェルンクス自身は、沈黙したまま議論の成り行きを見つめていますが・・・。

 

 

「リュケスティス将軍の言い分もわかりますが、基本的な構想として、私は彼を信じることにしています。と言うより、そうでないと話が始まりません。彼の助力が無ければ私達は宮殿に入ることすら難しいのですから」

「せやかて、中に入れたとしてどないするんや? こっちの研究はほとんど進んどらへん言うのに」

 

 

アリア様の言葉に、千草さんがそう反論します。

どこか不機嫌なようにも見えますが、それ故に反論しているわけでも無いようです。

 

 

「中に入れれば世界を救える、みたいな期待をされても困るで。そりゃ、今すぐ滅びてもろても困るけどな。そこらへんは、そっちの課長はんの方が詳しいはずやろ」

「・・・まぁ、そうだな。順序としては第一に『リライト』の阻止、次いで世界を救うと言うのが正しいだろう」

「そうだな。その方がわかりやすい」

 

 

真祖の吸血鬼の発言に、微妙な緊張感が漂います。

発言自体は問題では無く、存在故に。

まぁ、何故かグリアソン大将が吸血鬼を擁護する側に回っていますが。

 

 

「だが私も、20年前のことを直接知っているわけでは無い。20年前にも同じようなことがあったと聞くが、その時はどうやって止めたんだ?」

「20年前は帝国・連合・王国の魔導兵団が協力して、大規模な反転封印を施したの。だけど・・・」

 

 

20年前、現場にいた数少ない生き証人であるセラス総長が説明しました。

・・・そう、そのせいでオスティア崩落が始まった。

今回も同じことが起きると、かなり困ります。

 

 

「当面の大まかな方針としては、『リライト』の阻止と言うことで良いと思われる。まぁ、私としては、そのような重大事を今まで黙っていた者の責任を追及したいのだが・・・」

 

 

おや、クロージク伯爵が私を見ていますよ?

目を逸らしたりはしませんよ、何と言っても私には後ろ暗いことはありませんから。

・・・法的には。

 

 

「・・・まぁ、責任を云々するのは、さしあたり事態を収拾してからの方が良いでしょう」

「今はとにかく、女王陛下と王国、そして世界のために『リライト』阻止に向けた行動に出るべきです」

「しかし、これ以上の出費は財政が持たない」

 

 

コリングウッド提督とレミーナ提督の積極論に対し、クロージク伯爵は表情を顰めます。

確かに、財政は厳しいですね・・・補給物資も欠乏を来し始めていますし。

 

 

「資金と物資については、我が帝国が提供させて頂きます」

「・・・場合によっては、アリアドネーも負担しましょう」

「いや、それはありがたいですね。まぁ、それについては後で細部を詰めましょう」

 

 

ここでは即答を避けます。

可能な限り、かつ後腐れなくむしり取りたい物です。

やれやれ、これが物語や童話なら世界の危機に皆が足並みを揃えて・・・とでもなるのでしょうが。

現実は、こんな物です。

 

 

「・・・言いにくいんだけど」

 

 

その時、アーウェルンクスが口を開きました。

無表情で淡々と、彼は言います。

 

 

「『リライト』は一度発動すると、止める方法が無い」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

自慢では無いけれど、僕らにも学習能力と言うのは存在する。

20年前に発動しかけた『リライト』と、今発動しかけている『リライト』では微妙に違う。

だから、「行けば止めれる」みたいな考え方をされると、困る。

 

 

「中途半端に儀式を中断すると、最悪、魔法世界人も救えず、世界も消える・・・なんてことになる」

「では、中断させる方法は無いの?」

「無い。キミ達が20年前にやった方法では止まらない」

 

 

アリアドネーのセラス総長は、僕の言葉に顔を強張らせた。

他の人間も皆、明るい表情はしていない。

 

 

僕としても、そんな形で世界を滅ぼさせるわけにはいかない。

僕の役目は「世界を救う」ことであって、滅亡させるのが主目的では無い。

まぁ、僕はすでにアーウェルンクスの役目を無くしてしまっているのだけど。

 

 

「ちなみに、儀式の核は<黄昏の姫御子>だけど、鍵は<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>と呼ばれる究極『魔法具』だ。その中でも<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>が特に重要な意味を持つ」

「何だ、それは」

「この世界の秘密に至る力、始まりと終わりの力・・・この世界の創造主の力を運用することができる究極『魔法具』だよ、真祖の吸血鬼。いくつか種類があるけど、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>は創造主と同等の力を使えるとされる」

「・・・その、創造主と言うのは何者だ?」

「さぁ・・・それは僕も知らない」

 

 

いつだったか墓所の主が「神様の力じゃよ」とか言っていた気もするけど。

そこは、本題からズレると思うし。

それに詳しい説明をしなくとも、クルト・ゲーデルとかはすでに知っているだろうし。

 

 

「とにかく、キミ達の保有する手段では、おそらく『リライト』は止められない」

 

 

そう、一度発動した『リライト』を止める術は無い。

 

 

「<黄昏の姫御子>を救出しても・・・?」

「意味が無い。むしろ中途半端に『リライト』が発動して、危険だ」

「・・・その言葉が真実であると言う証明は?」

「明日何もしなければ、明後日には判明すると思うけど」

 

 

将軍達の言葉にそう返すと、場が沈黙した。

もはや事態は、<黄昏の姫御子>を救出すれば良いとか、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪えば良いと言う段階では無い。

受け入れるか、どうかだ。

 

 

完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>を受け入れるか、どうか。

・・・まぁ、ぽっと出の存在に『リライト』を発動されるのは、『癪に障る』けどね。

 

 

「・・・一つ、質問なのですが」

 

 

その時、それまで何かを考え込んでいたアリアが、顔を上げて僕を見た。

その瞳が、薄く赤く輝いている。

 

 

「発動中の『リライト』に触れることは可能ですか?」

「・・・と言うと?」

「『リライト』の術式に触れることが可能であれば、手が無いでもありません」

「・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持っていれば、『リライト』に干渉することは可能だけど・・・」

「・・・おい、アリア・・・・・・陛下、お前まさか・・・」

 

 

真祖の吸血鬼が、呻くような声を出した。

アリアは溜息を吐くと、ひどく緩慢な動きで場を見渡した。

 

 

「皆様、どうやら作戦が決まったようです」

 

 

その声は、酷く疲れているように見えた。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

会議が終わった後も、私は座ったまま動かなかった。

かなり揉めたが、結局はアリアの提案が通ることになった。

つまりアリアが『リライト』の術式に介入して中断、可能なら解除する。

 

 

表向きは、王家の魔力で。

だが私は知っている、アリアは王家の魔力を使用したことは無い。

素質はあるのかもしれんが、今まで使った所を見たことは無い。

実際には、右眼の魔眼を使うのだろう。

かつて私の呪いを解除し、かつ学園結界にまで介入した魔眼を。

 

 

「まぁ、流石に一人では行かせんが・・・」

 

 

アリアも、一人で全てできると思う程自惚れてやいない。

20年前の経験者も交えてチームを作り、それで『リライト』を抑える。

だがそれにした所で、アリアの右眼が無ければ話にならん。

魔法世界を救うために必要なことだと言われれば、そうなのかもしれんが・・・。

 

 

軍部が環境を整え、官僚達がそれを支援する。

アリアの指揮する『リライト』阻止部隊が、その任務を遂げるまで。

 

 

「・・・ここに残っていると言うことは」

 

 

その時、涼しい顔で私に声をかけて来た奴がいた。

私と同じように会議室に残っている男。

アリアを祀り上げて何やらたくらんでいる様子の、クルト・ゲーデル。

 

 

「貴女も私と同じで、アリア様は『墓守り人の宮殿』の最奥部に行くべきでは無い、そう思っているのですね?」

「・・・貴様と同じ意見と思われるのは癪だが、まぁ、そうだな」

 

 

実は、アリアのプランに最後まで強硬に反対したのは奴だ。

あらん限りのレトリックを用いて反論するので、他の者が抑えに回らなければならなかった程に。

 

 

「・・・お前は、むしろ積極的に支持すると思っていたがな」

「おや? 心外・・・とは言いませんよ。世界を救った女王。<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>を手懐け、世界の崩壊を防いだ生ける伝説・・・そう宣伝する絶好の機会です。そうなれば、連合を潰すための材料も早く揃う」

「そんなことを考えていたのか、お前」

「もちろん。私はいつだってアリア様とアリカ様・・・そしてウェスペルタティアに世界をとらせることを考えていますよ。ですが、まぁ・・・」

 

 

クルトはそこで眼鏡を外すと、深い溜息を吐いた。

指先で眼鏡を弄りながら、どこか遠くを見つめるような視線をする。

 

 

「まぁ・・・20年前を思い出しましてね」

 

 

その言葉に対して、私は何も言えない。

私は、20年前のことを正確には知らないからだ。

20年間、こいつが何を思い、何のためにどんなことをしてきたのか。

 

 

「・・・ああ、そうそう。この戦いが終わったら、私はある発議を行う予定です」

「何だ、藪から棒に・・・」

「アリア様の婚約相手の選定を」

 

 

次の瞬間、私は席を立っていた。

と言うより、飛び出していた。

断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』の刃が、ゲーデルの首に小さな傷をつける。

それを押し付けたまま・・・私は、ゲーデルを睨んだ。

 

 

「・・・怖いですね。しかし婚姻して子を成すと言うのも、王族の重要な役目ですよ?」

 

 

全身で殺気をぶつけても、ゲーデルは小揺るぎもしなかった。

むしろ余裕たっぷりに、眼鏡をかけ直す。

 

 

「それに現実として、アリア様に対して婚約の申し入れが7件程来ているのですよ。当然でしょう? ウェスペルタティア王家の最後の末裔にして女王。国内の大貴族から国外の大商人まで、アリア様を伴侶にと望む声は少なく無いのです」

「ほぉ、ぜひ教えてもらいたいな、今すぐに全員を殺して来てやる」

「・・・少しは公的立場と言う物を学んだかと思ったのですがね、この合法ロリは」

「黙れ変態眼鏡・・・その首落とすぞ?」

「落とすが良いでしょう。その後どうなるかを想像できるのならね」

 

 

数秒の沈黙。

魔力の剣の切っ先が、ゲーデルの首に押し込まれることは無かった。

 

 

「私人として恋愛し、公人として結婚する・・・それが王族ですよ。まぁ、仮にアリア様のお心にすでに誰かがいたとするのなら・・・」

 

 

席から立ち上がって、ゲーデルは言った。

 

 

「私が婚約者の選定を済ませてしまう前に、民衆も納得できるような功績を打ち立てて頂きたい物ですね」

 

 

そう言い残して、ゲーデルは去って行った。

・・・婚約、結婚だと・・・?

しかも、政略結婚だと・・・認められるか!

王族の義務だか何だか知らんが、そんな物にアリアを縛らせるつもりは無い。

 

 

だが、具体的にどうすれば良いのかは、わからなかった。

アリアにとって、ここは一番安全な場所のはずだった。

だが・・・。

 

 

 

 

 

Side リカード

 

新オスティアでの敗北の情報が届くと、メガロメセンブリア上層部、つまり元老院に衝撃が走った。

即座に緊急討議が行われたわけだが、まとめ役のアリエフの爺さんがいないんで、どれだけ話し合ってもまとまりそうになかった。

 

 

逆に、そのアリエフの爺さんを非難する声の方が大きくなってるのが皮肉だ。

まぁ、アリエフの爺さんがここにいればどうなったかは、わからねぇけど・・・。

 

 

「もはや撤兵すべきだ。でないと我が軍は実力的にも道義的にも取り返しの無い事態に陥るだろう。そもそも、公国などと言う物自体に正統性があるはずが無かったのだ」

 

 

そう言う声自体は、前々からあった。

そもそも民主共和主義を掲げているはずの連合が、貴族支配体制下にある公国を支持するのは何故か?

君主制とは言え、立憲体制下での議会政治を志向する王国の方をこそ、支持すべきではないか。

第一、ウェスペルタティアはメセンブリーナ連合の信託統治領であるのに、メガロメセンブリアが独断で対応を決め、加盟国にそれを押し付けるのはおかしい。

 

 

そして、もっと過激な声もある。

曰く、アリア新女王は先代アリカ女王の実の娘であり、正当なる後継者である。

アリカ女王処刑の公式発表は、メガロメセンブリアのプロパガンダである―――――。

・・・情報の出所がどこか、わかる気がするのは何故かね。

 

 

「我々はすでに公国を支持する決定を下した。それを今さら変更するのは、道義的にも許されない。第一、王国はすでに我が兵士達を殺している。人道主義に毒されて前線の軍の行動に枠をはめるべきでは無い」

 

 

反対派の反論に、賛成派・・・つまりアリエフの爺さんの子飼いの議員達がそう主張した。

つまりは、多数派なわけだが・・・。

 

 

その時、新しい報告が議場にもたらされた。

ウェスペルタティア、そしてパルティアに続いて、さらに2つの属州で独立反乱が起こったって話だ。

連合の中央部に位置する「アル・ジャミーラ」を中心とする属州アキダリアと、連合の北の辺境「盧遮那」を中心とする属州龍山。

もしこの2つの属州が連合から離脱した場合、メセンブリーナ連合は東西に分断される事になる。

 

 

「な、何だと・・・」

「もし2つの属州が反乱軍に占拠されれば、世界周航航路はどうなる?」

「それどころでは無い、連合が東西に分断されてしまうぞ・・・」

「すぐに軍を派遣すべきだ」

「バカな、ウェスペルタティア軍に背後を見せてか」

「では、どうするのだ!?」

 

 

再び、議場が騒々しくなった。

議長のダンフォードは、それをただ見ているだけで、何も言わねぇ。

・・・おいおい、良いのかよアリエフの爺さん。

 

 

俺に、反抗の機会を与えちまってよ。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

アキダリアと龍山で起こった反乱など、取るに足らん。

所詮、ゲーデルの小僧が流した情報に煽られて暴発したに過ぎん。

その証拠に、各都市で起こった暴動は散発的で、統一された行動では無いことがわかる。

連合の軍事力を分散させるための小賢しい策に過ぎん。

 

 

『ですが、放ってもおけないでしょう?』

「いや、グレーティア。今は放っておいても良い。どうせ暴徒共は消滅するのだからな」

 

 

グレート=ブリッジ要塞の執務室の中で、私は首都のグレーティアと連絡を取っていた。

最近どうも、私を陥れようと色々と画策しているようだが・・・。

現実問題、彼女ほど優秀な秘書官はいない。

 

 

「エルザから連絡があった。『リライト』が発動する」

『なるほど・・・それでは属州だけでなく・・・』

「そう、帝国も他の連合加盟国の大半も滅びるだろう。そして連合市民6700万人だけが、新たな世界で繁栄を謳歌できる」

 

 

10年前、私は天使を手に入れた。

死にかけていた天使の名は、2番目(セクンデゥム)

<闇>のアーウェルンクス。

かのナギ・スプリングフィールドと相討った最強の存在。

 

 

私はソレに「エルザ」と言う新しい呪詛(なまえ)と、そして新たな身体を与えた。

ソレは、まだ駆け出しの執政官でしか無かった私に、世界の秘密を教えてくれた。

そして政敵を暗殺し、票を操作し、私の望む物全てを私にもたらしてくれた。

今も、私のために働いてくれている。

 

 

「とにかく、議会工作を怠るな。それからヴァルカン、アルギュレー平原の駐屯軍を新オスティアに向けて進発させろ。6個軍団4万人、4個艦隊292隻の、あの部隊だ」

『帝国国境の防御が薄くなりますが・・・ああ、『リライト』でしたか』

「そうだ、もはや帝国を警戒する必要は無いのだ。部隊は全て『人間』で構成するよう注意するのだぞ」

『わかりました。ただ・・・本当に上手く行くのでしょうか?』

 

 

グレーティアは、心配そうな表情を作って言った。

いや、実際に心配だったのかもしれないな。

だがそれは、私のためではなく、自分のためだろう。

 

 

ああ、残念だよ、グレーティア。

できればもう一夜、お前と過ごしてみたかったな。

 

 

『それでは、仰せの通りに処理いたします』

「うむ」

 

 

そして、「エルザ」。

アレも『リライト』による世界の再創造が終われば、もう・・・。

 

 

 

 

 

Side メルディアナ校長

 

今頃アリエフは、新オスティアのことに集中していることだろう。

私にとっては、またとない機会となるわけだ。

 

 

「お願いできるだろうか」

 

 

私の目の前には、数人の男女がいる。

冒険者(トレジャーハンター)と賞金稼ぎのグループで、アリエフによって軟禁されていた者達だ。

扉の傍に立ち、周囲を警戒しているらしいエディ君が、白い歯を輝かせて親指を立てて見せてくれた。

 

 

「まぁ、確かにあそこには何回か潜ってますけど・・・」

 

 

クレイグ・コールドウェルと言う名の青年は、頭を掻きながらそう言った。

名のある冒険者グループのリーダーで、彼自身も冒険者(トレジャーハンター)。

これから潜ってもらうダンジョンでは、彼らの経験が役に立つはずだ。

 

 

「本部を介しての依頼なんで、僕達の方は問題無いです」

 

 

そしてもう一つのグループは、「黒い猟犬(カニス・ニゲル)」と言う名前だった。

彼らはシルチス亜大陸で名を馳せている有名な賞金稼ぎ集団で、実力は申し分ない。

これから潜ってもらうダンジョンの最奥部では、彼らの力が必要になるはずだ。

 

 

ダンジョンの名前は、「夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)」。

以前、私が捕らわれていた場所であり、そしてウェールズの村人達の居場所。

灯台下暗しと言うわけではないが、気付かなかった。

だがあのダンジョンの奥深くに、封印されているという情報を手に入れたのだ。

 

 

「当面は、この資金でやりくりしてくれ。おそらく、そうそう連絡できないだろうから」

「わかりました」

 

 

外見は骸骨の魔族―――モルボルグラン君―――に、私はドラクマ紙幣の束を渡した。

10万ドラクマ。

依頼の内容に比して少ないと言わざるを得ないが、私にはこれで精一杯だった。

 

 

クレイグ君達にもう一度頭を下げて頼み、エディ君に隠し通路を案内してもらった。

彼らが成功することを、祈っている。

 

 

「・・・さて、遠からずアリエフにも気付かれるだろうな」

 

 

その時、私の命がどうなるかはわからない。

だが殺されたとしても、私は自分の行動を悔やんだりはしないだろう。

 

 

ちなみに、ウェールズの村人達の所在を私に伝えてくれた人間は、意外な人物だった。

本国に護送されて以来、どこで何をしているのか、わからなかったが・・・。

その人物の名は、近衛近右衛門。

かつて、旧世界の麻帆良学園の学園長だった男だ。

 

 

「・・・『悠久の風』の高畑君からも、連絡があったし・・・」

 

 

むしろ、近右衛門の情報が私の所に届くよう、高畑君が操作した様子なのだ。

流石は、かつての紅き翼のブレーン、ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグの弟子と言った所か。

さて・・・。

 

 

私の仕事が終わるのも、もうそれ程遠い事ではあるまい。

後は、どうにかしてネギを助けるだけか・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「墓守り人の宮殿」を中心に、旧王都を構成していた浮遊岩が空中に浮いていた。

『リライト』の、そして旧オスティアのゲートポートに集まる膨大な魔力の影響だ。

ミルクのように濃厚な魔力が辺りに満ち、魔力の奔流の影響で墜落していた島の大半が浮き上がっている。

 

 

「墓守り人の宮殿」の廊下から外を見てみれば、そんな光景が広がっている。

さらに空を見れば、膨大な魔力で編まれた超大規模積層魔法障壁(バリアー)が空を覆っている。

エルザさんの話によれば、連合の戦艦の主力砲でも破れないらしい。

まさに、鉄壁だ。

 

 

「そしてあれが・・・『リライト』」

 

 

同時に「墓守り人の宮殿」の周囲に展開されている術式を見る。

中心は祭壇で、外に見えるのは術式の端だけど。

アレが、世界を救う「始まりの魔法」。

そのはず、何だけど・・・。

 

 

「・・・あの魔法の構築式は・・・」

 

 

規模の大小と術式の複雑さって言う違いはあるけど、大体の魔法は構築式で効果を予想できるんだ。

僕はこれでも基礎魔法の天才とか言われてたから、メルディアナでは。

でもアレは、エルザさんが言うような「世界を崩壊を止める魔法」と言うよりは・・・。

 

 

気のせいでなければ、世界を消してしまう因子を含んでいるように見える。

そして多分、気のせいで無く含まれていると思う。

『リライト』の基礎構造。

アレは、世界を・・・?

 

 

「・・・エルザさんに、話を聞いてみよう」

 

 

エルザさんは僕に、「そこにいるだけで良いのです」って言ってたけど。

でも、もしかしたらエルザさんは気付いていないのかもしれないし・・・。

 

 

疑惑。

僕の中で、それが少しずつ大きくなっていくのを感じる。

そんな汚い感情を抱いてはいけないのに、でも僕はエルザさんを疑い始めてる。

エルザさんは、兵士の人がいくら死んでも代わりはいるって言ってた。

 

 

立派な魔法使い(マギステル・マギ)は、そんなことを言わないはずなのに」

 

 

僕の知っている立派な魔法使い(マギステル・マギ)は、父さんは、そんなことを言わない。

皆を守ろうとするはずなんだ。

僕の知ってる、憧れている父さんなら、笑って皆を助けてくれるはずなんだ。

それが、英雄(ヒーロー)なんだから。

 

 

それに『リライト』の発動に必要だからって、明日菜さんを危険に晒すのもおかしい。

そう・・・どうしてだろう、少し疑い出すと、全てがおかしく思えてくる。

 

 

「・・・とにかく、もう一度話をしてみよう」

 

 

僕は自分の言葉に頷くと、エルザさんとのどかさん、そして明日菜さんのいる祭壇に向かって歩き出した。

・・・でも、話を聞いて、もし僕の思っている通りの答えが返ってきたら。

 

 

僕は、どうするのだろう・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

我ながら、バカな作戦を考えた物です。

と言うか、作戦と言えますかね、コレ・・・。

 

 

第一段階、軍隊で敵の妨害を排除しつつ、『ブリュンヒルデ』で突入。

第二段階、チーム①、エヴァさんチームが<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を奪取する。

第三段階、チーム②、私と専門家チーム(関西呪術協会含む)が『リライト』の術式に介入する。

第四段階、『リライト』発動を阻止し、皆で帰って万歳する。

 

 

「・・・小学生の作戦ですね・・・」

「しかし、他に方法が無いことも確かです。個人的には、アリア先生自らが行くことには反対ですが」

 

 

鏡台の前で茶々丸さんが私の髪を梳きながら、そう言いました。

私だって、行かずに済むならそうしたい所ですが・・・。

 

 

「でも私の『複写眼(アルファ・スティグマ)』でないと、たぶん無理ですし」

 

 

他の専門家の方を下に見るわけではありませんが、私の右眼の力が必要になるはずです。

構成を素早く理解し、どこを弄れば良いかを迅速に知ることができる魔眼。

思えば、久しぶりにこの魔眼を全力で使うことになりそうです。

 

 

でもその間、私を誰かに守ってもらう必要があります。

その役目を担うのは、近衛騎士団と『ブリュンヒルデ』の陸戦隊、そして親衛隊。

シャオリーさんにそれを言ったら・・・。

 

 

「女王陛下の身辺をお守りすることこそ、我らの本懐。この命を盾としてでも、必ずや女王陛下をお守りまいらせましょう。このような大役を仰せ付かったことに感謝いたします、女王万歳!」

 

 

・・・何故か、凄くテンション上がってましたからね・・・。

最近新しい方がたくさん騎士団に入っているので、それをまとめるのに苦労していると聞きましたが。

 

 

「私も、アリア先生をお守りします。私だけではなく、姉さんも、マスターも・・・皆も」

「茶々丸さん・・・」

「だからどうか、ご自分を嫌いにならないでください。私達は、アリア先生の笑顔が大好きです」

「・・・ありがとう」

 

 

髪に触れる指先は、とても温かで。

包むように優しくて、甘くて、でも時に厳しくて。

・・・お母さんって、こんな感じなのかな・・・なんて。

 

 

コン、コン。

 

 

その時、私室の扉を誰かがノックしました。

はて、このような時分に誰でしょう?

茶々丸さんに髪を梳いて貰いながら、私はノックに答えました。

 

 

「はーい、どなたですか?」

「・・・僕だけど」

 

 

5秒。

5秒です。

 

 

気が付いた時には、私は茶々丸さんによって着替えさせられていました。

ネグリジェから、ドレスへ。

バサァッ、と音がしたかと思ったら、私はいつの間にか鏡台の前から部屋の中央に移動していて、しかも着替えさせられていました。

 

 

「え・・・ええ!? い、今、何が起こったんですか!?」

「これはこれは。ようこそ、いらっしゃいました」

「・・・どうも」

 

 

しかも茶々丸さんは、いつの間にか訪問者を招き入れていました。

ちょ、私にも心の準備が・・・と言うか、許可してませんよ!?

 

 

「・・・決戦前夜ですから」

「何が!? 決戦前夜だから何ですか、茶々丸さん!?」

「それでは、ごゆっくり・・・」

「だから何が!?」

 

 

手を伸ばすも、茶々丸さんは謎の微笑みと共に扉の向こうへ。

田中さん、何で親指立ててるんですか・・・。

 

 

「・・・迷惑だったかな」

「いえっ・・・そう言うわけじゃ無いんですけど・・・!」

 

 

何にもわかって無い表情で、その人・・・フェイトさんは、首を傾げています。

まぁ、この人は天然ですからね。夜に淑女(レディ)の私室に来ることの意味をわかっていないのでしょう。

・・・いや、私も具体的にどう言う意味を持つかはわかりませんけど。

 

 

すると、フェイトさんが私のことをじーっと見ていました。

思わず、居住まいを正してしまいます。

 

 

「な、何か・・・?」

「・・・別に」

 

 

・・・な、何とも居心地が悪いです。

 

 

「え、ええと、とりあえずお座りになって・・・時に、何か御用で?」

「用は無いけど・・・」

 

 

多少言葉遣いがおかしくなっている私に、フェイトさんは無機質な瞳を向けます。

どこか不思議そうに首を傾げながら。

 

 

「傍にいちゃ、いけないかな?」

 

 

・・・この人、いつか女性に刺されるのではないでしょうか。

と言うか、誰ですかこんな言葉を教えたの・・・。

 

 

 

 

決戦前夜だそうです。

シンシア姉様――――――――。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

8月27日の夜、私は麻帆良に到着した。

明日行われると言う、旧世界の魔法関係団体の代表を招いての対策会議に出席するために。

加えて言えば、私はこれから近衛詠春に会うことになっている。

 

 

それにしても、魔法世界との連絡が途切れた瞬間からの近衛詠春の動きは凄まじい物があるわね。

日本の関係団体を統合し、かつ世界に働きかけて旧世界でまとまろうと提案する。

<サムライマスター>としての知名度があるとは言っても、旧世界では極東の島国の魔法使いの代表でしかないと言うのに。それも新任の。

・・・まぁ、私も西洋の島国の代表でしかないし、代理でしかも知名度は無いに等しいのだけど。

 

 

「ようこそ日本へ・・・そして麻帆良へ」

 

 

転移魔法の陣から外に出ると、そこには麻帆良の主要メンバーが揃って私を出迎えていたわ。

声をかけてきたのは当然、近衛詠春。

彼の傍には眼鏡をかけた理知的な女性、確か葛葉先生だったかしら? その人と、和服を着た関西の人間がいた。

 

 

「遠路、お疲れでしょう。こちらで一席設けておりますので、どうかお寛ぎください」

「いえ、お気遣い頂き、感謝に堪えませんわ」

 

 

お互い社交辞令の言葉と笑顔を交わして、軽く握手。

カサ・・・と、その際に小さなメモを渡される。

私達は笑顔を崩すことなく手を離すと、そのまま歩き出した。

近衛詠春のエスコートで、私は学園の施設内に足を踏み入れる。

 

 

以前に特使として来たことがあるから、初めてと言うわけでは無いわね。

あの時は、アーニャとロバートがいたけれど・・・。

 

 

「魔法世界との連絡は、まだ取れませんか?」

「ええ、ウェールズのゲートはもう完全に・・・そちらは?」

「こちらも同じです。おそらくあちらの世界ではもう、こちらの4~5倍の時間が流れていることでしょう」

 

 

周囲の目を気にしながらも、そんな会話をする。

ゲートポートでの時間差テロ以来、旧世界と魔法世界はほぼ完全に寸断されている。

世界間の繋がりが断たれると、こちらと魔法世界では時間の流れに差が生じるわ。

あちらではもう、何か月経ったか・・・。

 

 

アリア、アーニャ、ロバート、シオンにミッチェル・・・それにネギ、他の卒業生も。

皆の様子を知ることもできない。

それに校長は何をしておられるのか、本国に拉致された村人達はどうなっているのか。

情報が全く入らない。

 

 

「あら・・・?」

 

 

施設内の廊下の窓を何気なく見た時、私は外が明るい事に気付いた。

今は夜なのに・・・そう思い、立ち止まって外を見る。

すると・・・。

 

 

「あれは・・・」

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

ザシッ・・・と、私は民家の屋根の上で立ち止まった。

手にはエコバック。中身は大根とニンジン、そして豚肉200gと牛乳だ。

今日は素子様との修行が長引いてしまったので、帰りにおつかいを頼まれたのだ。

ちなみに念話では無く、携帯電話のメールで。

最近ようやく使い方をマスターしてきた所なんだ、携帯電話。

 

 

「何だ・・・?」

 

 

ザワザワと、胸騒ぎがする。

一刻も早くこのちゃんの所に帰らねばならない―――そのために瞬動まで使っている―――のだが、立ち止まらざるを得ない程の胸騒ぎを覚えた。

 

 

私の中の神鳴流剣士としての直感が、いや、内に流れる魔の血が囁く。

何か起こるぞ、と。

 

 

その時、朝になったのかと思える程の光が麻帆良を覆った。

いや、光じゃない、コレは・・・。

 

 

「世界樹が・・・」

 

 

学園の中央にある世界樹が、発光していた。

夜だから、いや昼でもそうだとわかる程に。

コレは、一般人でもわかる程の発光量だ・・・。

 

 

バカな、次の発光は22年後のはずだ。

2か月前の学園祭、超鈴音が起こした事件の際に発光したばかりじゃないか。

だが、実際に世界樹が発光している。

コレは、どう言うことだ・・・?

 

 

「どうやら、始まってしまったみたいですぅ」

「・・・何でここにいる」

「禁則事項ですぅ」

「デス」

 

 

いつの間にか、タナベさんに乗ったちびアリアがそこにいた。

どうやら今日は、ちびアリアの番らしい。

しかし今は、それはどうでも良い。

 

 

「始まったとは、何が始まったんだ・・・?」

「それは・・・」

 

 

ちびアリアが、真剣な表情を浮かべた。

この夏休みで、一番真剣だ。

ちびせつなとショートケーキの苺を取り合って、決闘した時以上の真剣さが伝わってくる。

ちなみに、苺はちびこのかが食べた。

 

 

とにかく、ちびアリアは元はアリア先生の式神だ。

もしかしたら、アリア先生とどこかでリンクしているのかもしれない・・・!

そう思って、私はごくりと唾を飲み込み、ちびアリアの次の言葉を待った。

ほどなくしてちびアリアは口を開き、言った。

 

 

「言ってみただけですぅ」

 

 

瞬間的に斬りたくなった私は、悪く無いと思う。

・・・おかしいな、月詠化しているのかな、私・・・。

 

 

「こんな小さな式神に何を期待しているですぅ?」

「神鳴流は武器を選ばない・・・」

「台詞の使いどころ、間違ってる気がするですぅ」

 

 

いや、合ってると思う。

実際、今は刀を持っていないし。

 

 

「まー、とにかくヤバいことが起こりそうな気がするですぅ」

「・・・そんなことは、わかってる」

 

 

ただ、何が起こるのかがわからない。

だが、これだけはわかる。

 

 

私は、このちゃんを守る剣だ。

だから、何があろうともこのちゃんを守る。このちゃんだけを守る。

私の剣と、翼に懸けて。

 




茶々丸:
茶々丸です。ようこそいらっしゃいました(ペコリ)。
今回は、決戦前夜の前編。
どちらかと言うと、面倒な話を先に済ませた印象を受けます。
まぁ、フェイト様方を国家の上層部に紹介すると言うのは、なかなかに緊張しましたね。
ですが、詳しい情報をお持ちなのは彼なので。


茶々丸:
では次回は、後編。
夜の9時以降のお話。つまり、大人の時間です。
決戦前夜です。
・・・お赤飯、でしょうか。
あ、マスターダメですそんなに巻かれてはああああぁぁぁぁ・・・!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。