魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

21 / 101
お知らせです。
先に公開した通り、アリアは原作32巻の291時間目(魔法世界の危機発生)までの原作知識しか保有しておりません。
よって今回以降、アリアの知らない原作展開が起こる可能性があります。
今話で言えば、最後の部分がそれに当たります。
では、どうぞ。


第18話「作戦開始」

Side アリア

 

朝、私はとてもすっきりした気分で目覚めることができました。

これまでの人生で、これほど良い気分で朝を迎えたのは、初めてかもしれません。

 

 

「おはようございます、アリア先生」

「・・・おはようございます、茶々丸さん」

 

 

ベッドの上で半身を起した私に、茶々丸さんがアーリーモーニングティーを淹れてくれます。

カップを受け取り一口飲んだ後、ふと隣を見ます。

目覚めた際、私は一人でしたが・・・シーツには、一人で眠ったにしては大きな乱れがありました。

・・・そこを一撫でした後、私は何も言わずにベッドから降ります。

 

 

「着替えをお願いします、茶々丸さん」

「はい」

 

 

茶々丸さんがパンッパンッと手を打つと、私室の扉が開き、水色の髪の侍女、ユリアさんが着替えを持って来てくれます。

彼女の周囲に残る水の精霊の気配が、部屋の湿度を微妙に変化させて、まだ少し寝ボケている私の意識をはっきりさせてくれます。

 

 

今日の服はいつものドレスでは無く、ウェスペルタティア王国の白い軍服です。

黒のラインと金のエギュレットがいくつかついていて、襟元には最高司令官の階級章、そして胸元に王国の国旗が刻まれたデザイン。

アリカ女王の剣を手に持って―――腰に携帯するには、身長が足りず―――、部屋の外へ。

 

 

「行ってらっしゃいませ。無事のお帰りを心よりお待ちしております」

 

 

ユリアさんの声に見送られ、部屋を出ます。

茶々丸さんと田中さんを引き連れて、宰相府の廊下を歩きます。

 

 

「ヨッ、ミンナマッテンゼ」

 

 

宰相府内に設置された転送ポートに着くと、そこにはすでにカムイさんが鎮座していました。

軍港に直結している転移魔法陣の上で、チャチャゼロさんを頭に乗せて。

1分ほどすると転移魔法が発動して、短距離転移が行われます。

 

 

・・・眼を開けると、そこにはエヴァさんがいました。

どこか不機嫌なような、表情の選択に困っているような、そんな表情を浮かべています。

 

 

「・・・後で連れて来い、13回は殺してやるからな」

 

 

誰を、とは聞きません。

13回ですか・・・流石に生きてるでしょうか。

死なれると困るんですけど。

 

 

私の顔を見たエヴァさんは、「ふんっ」と拗ねたように鼻を鳴らして、私に背を向けて歩きだしました。

エヴァさんの向こうには、軍港と200隻の艦艇、そしてそれに乗り込む兵士の方々が並んでいます。

連合との戦いの時よりも、はるかに多くの人々。

聞く所によれば、10万人近い人数だとか。

 

 

ここにいる人達の命を賭けて、今から世界を救いに行くのだと言う。

これまでの戦闘と移動で、皆それなりに疲弊しています。

食糧や武器だって、そんなに余裕があるわけではありません。

・・・ぶっちゃけ、かなり逃げたいです。

 

 

「逃げ出したいなら、手伝ってやるぞ」

 

 

背中越しのエヴァさんの言葉に、苦笑します。

貴女はいつもそうやって、私が選べないだろう選択肢を口に出してくれる。

 

 

「・・・ありがとう、エヴァさん」

「・・・ふん」

 

 

ズブッ・・・と、エヴァさんは自分の影に沈んで行きました。

・・・怒らせてしまいましたかね?

 

 

「テレテンダロ」

「記録中、記録中・・・(ジー)」

 

 

・・・温かな気持ちを胸に、私は顔を上げました。

『ブリュンヒルデ』の白銀の艦体が、そこにありました。

・・・さて、行きましょうか。

 

 

「本日の朝食は、お赤飯です」

「・・・何でですか?」

 

 

茶々丸さんは、教えてくれませんでした。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では、そのように」

『わかりました。後方は任せて頂戴』

『我々は貴軍の外側を固める・・・アリカの娘によろしくの』

 

 

帝国、アリアドネーとの最後の通信を終えた後、私はアリア様が座られる指揮シートの背後の白銀の軍旗(シルバールーヴェ)を仰ぎ見ます。

・・・ただ「勝つ」だけでは、意味が無い。

重要なのは、「勝ち過ぎない」ことです。

 

 

世界の脅威が去った後、我がウェスペルタティアが各国から脅威に思われてはならない。

だからこそ、個人の功績が目立ち過ぎるようなことは避けねばなりません。

と言って、弱過ぎると思われてもならない。

今回の件が終わった後、王国が弱小国と見られることは避けなければなりません。

 

 

「・・・遅くなりました」

 

 

その時、アリア様が絡繰さんと田中さん、あとカムイさんを連れて艦橋にやってきました。

艦橋の全員で敬礼して、お迎えします。

『ブリュンヒルデ』の食堂で朝食をすませて来たのでしょう。

返礼しつつ指揮シートに腰かけたアリア様は、色違いの瞳で私を見つめました。

 

 

「兵士の皆さんの様子は?」

「皆、陛下を信じております」

 

 

酷な言い方をすれば、アリア様は「ポッと出の女王」でした。

しかしここに来て、兵の信頼を得る、そして士気を維持する、その両方に成功しております。

まぁ、ひとえに宣伝の効果ですが・・・元が悪ければどうにもなりませんしね。

そして今日の戦いは、アリア様の名を全世界の人々の心に刻みつけることになるでしょう。

 

 

と言うか、私が刻みこみます。

 

 

「我が混成艦隊はすでに新オスティアを離れ、魔力の奔流の影響で雲海の上にまで浮きあがった旧王都・・・特に宮殿に向かっております。強力な積層魔法障壁に包まれておりますが、アーウェルンクスの情報によりバリヤーの弱点部分を・・・」

 

 

スクリーンに映し出される概略図を背に、私はアリア様に説明します。

どうでも良いことですが、私はアリア様に物事を説明するのは嫌いではありません。

アリカ様似のアリア様が真面目な顔で頷いて聞いてくださるので・・・。

 

 

「レーダーに感アリッ、召喚痕多数!」

「混成艦隊前面に、膨大な数の召喚魔確認・・・敵集団総数、概算で40万!」

「敵集団は主に『動く石像(ガーゴイル)』タイプ!」

 

 

・・・私の説明を遮りましたね!?

いやまぁ、冗談はともかく。さて、敵のお出迎えと言うことでしょうか。

雑魚はともかく、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちは脅威です。

こちらの戦力の7割は、魔法世界人ですからね。

 

 

なので、まず勝てません。

この『ブリュンヒルデ』が「墓守り人の宮殿」に突入してから目的を遂げるまでの時間を稼ぐことが、混成軍の役目・・・。

私は眼鏡を押し上げつつ、全艦に命令を発します。

 

 

「全艦、戦闘態勢に入りなさい!」

『そいじゃまー、一番槍は頂いて行くぜ!!』

 

 

その時、通信装置から聞き覚えのある声が・・・。

この声は・・・と、スクリーンにやはり見覚えのある顔が映し出されました。

褐色の肌に、傷の残った顔・・・紅き翼の、ジャック・ラカン!

 

 

『おお~、お前がもう一人のガキかぁ? マジで母親にソックリだなオイ』

 

 

余計なことを言うなよ・・・!

力の限り、ジャック・ラカンを睨みつける。

 

 

「貴方は・・・」

『見てろよ、おっさん世代の実力を見せてやるからな』

 

 

必要ありません、と言うか、本当に余計なことを言うなよ・・・!

ブツンッ、と途切れた通信画面を、アリア様は微妙な表情で見つめておりました。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

俺が携帯式の通信装置を切った直後、混成艦隊が精霊砲を一斉に撃ちやがった。

目標は、前方の召喚魔共だ。

200本以上の光が伸びて、召喚魔を打ち倒して行く。

 

 

「おーおー、壮観だなオイ」

 

 

じゃじゃ馬姫の『インペリアルシップ』の上(文字通りの意味だぜ)で、俺はそれを見ている。

こりゃあ、20年前以上の規模の決戦だな、あん時は帝国の主力は出てこなかったしな。

 

 

『こりゃあ、ジャック! 勝手に通信を繋げるでない! 苦情が来たぞ!』

「マジでか、クルトの野郎も気が短ぇなオイ。ははっ、ま、あいつぁ俺らのことが嫌いだからな」

『笑っとる場合か! コルネリアに叱られるのは妾じゃぞ!』

 

 

皇帝が怒られてどうすんだよ。

俺は、画面の中のじゃじゃ馬姫(テオドラ)を見て、笑う。

 

 

「まぁ、任せときな。その分きっちり働くからよ」

『・・・死ぬなよ』

「たりめーだ。俺を誰だと思ってやがる、ナギの永遠のライバルにして最強の傭兵剣士、生けるバグキャラ、ジャック・ラカン様だぜ?」

 

 

・・・『来たれ(アデアット)』。

俺はナギとの契約カードを取り出すと、躊躇なく発動させる。

どんな武器にも変幻自在・無敵無類の宝具。

・・・行くぜ、オラァッ!!

 

 

「『千の顔を(ホ・ヘーロース・メタ・)持つ英雄(キーリオーン・プロソーポーン)』!」

 

 

通信装置を蹴っ飛ばして、俺は周囲に出現した大剣を両手で数本掴むと、10数キロ先の召喚魔の集団に向けて投げた。

 

 

「ふんっ、ふんっ、ふんっ、ふんっ!!」

 

 

ボッ・・・と空気を裂く音を立てながら、俺の投げる剣や槍は、10キロ以上向こうの召喚魔まで串刺しにして、消滅させる。

はっ、まるで的当てゲームだなこりゃ。

 

 

ただ精霊砲のきかねぇ奴、つまり<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちの奴も狙ってんだが、やっぱ効果が薄いな。

俺の伝説のアーティファクトの武器が、バターみてぇに溶かされちまう。

 

 

・・・アレがあるってこたぁ、姫子ちゃんはやっぱ捕まってんだな。

ナギ、俺らの尻の拭き残しが、思ったよりもしつこかったみてーだぜ。

 

 

「・・・あん?」

 

 

下の方、白銀に輝く船―――『ブリュンヒルデ』だったか―――の上に、懐かしい気配を感じた。

そういや、初めてツラ見たが、マジで母親(アリカ)そっくりだったなあの嬢ちゃん。

・・・まぁ、それよりも・・・。

 

 

「・・・はん、『土のアーウェルンクス』だったか? 前の2体に比べりゃ、随分と・・・」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

魔法世界人の戦力を当てにすることはできない。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>の前には、彼らは無力だ。

象と蟻・・・いや、まさに神と人ほどの力の差がある。

 

 

「・・・ジャック・ラカンか」

 

 

アリアの艦のはるか上空の船、帝国の『インペリアルシップ』から、剣や槍が前方の召喚魔に向けて無数に投擲されている。

あんな距離を無造作に攻撃できるのは、彼くらいだろう。

ジャック・ラカン、20年前から魔法世界の真実を知り、それでも飄々と生きている男。

 

 

個人的に、興味が無いわけじゃないけれど。

それよりも、おそらくは艦の中のアリアの視線をジャック・ラカンが受けているだろうと言うことの方が重要だろう。

それは、いけない。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

数キロ先にまで迫った召喚魔の群れ。

ほどなくして、混成艦隊と乱戦状態になるだろう。

召喚魔・・・己の意思を持たない、儚い存在。まぁ、僕も大して違わないけど。

 

 

「『冥府の(ホ・モノリートス・キオーン・)石柱(トゥ・ハイドゥ)』」

 

 

アリアの艦の周囲に、巨大な石の柱が10本、生まれる。

僕の意思に従い、それらは数キロ先の召喚魔の群れに突っ込んだ。

無数の召喚魔を薙ぎ倒し、雲海の下へ叩き落とす。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちがいたとしても、物理的な物体に対してまで効果は無い。

それこそ、<黄昏の姫御子>でも連れてこない限りは、あるいは<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>・・・。

 

 

それをもう2回繰り返した後、召喚魔の群れと艦隊が接触した。

無数の召喚魔が艦体に纏わりつき、精霊エンジンを損傷した艦は雲海の下に落ちて行く。

 

 

「・・・『万象貫く黒杭の円環』・・・」

 

 

片手を掲げ、無数の黒い杭を生み出す。

それを周囲に射出し、同数以上の召喚魔を還す。

アリアの艦には、近付けさせない。

ある程度は他の艦にも気を配るけれど・・・僕一人では数に差がありすぎる。

 

 

「・・・!」

「『闇の吹雪(ニウィス・テンペスターズ・オブスクランス)』!!」

 

 

とんっ・・・と跳んで艦体から離れると、闇と雪の渦が通過し、前年の召喚魔10数体を消滅させた。

すたっ、と着地すると、いつのまにかそこに、金髪の少女の姿があった。

彼女は僕を見ると、舌打ちしたそうな表情で。

 

 

「ちっ・・・仕留め損ねたか。ついでに掃除できるかと思ったが」

「一応、僕は味方なのだけれど、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「どうせ再生するだろ、おま「『石化の邪眼(カコン・オンマ・ペトローセオース)』」えぅおっ!?」

 

 

僕の指先から放たれた光が、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)の背後の召喚魔を数体薙ぎ倒し、周囲の召喚魔を石化させた。

僕は、ちらりと視線を下に向けると。

 

 

「・・・何を寝ているの? 障壁で風からは守られるけど、快適には見えないね」

「若造・・・良い度胸じゃないか、え?」

「どうせ再生するじゃないか」

「石化されたら再生もクソもあるかっ!」

 

 

それは良いことを聞いたね。

ざぁ・・・と、僕の身体の周りに砂が集まるのと、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が凍気を纏うのは、ほぼ同時だった。

そしてそれらは、艦に群がってくる召喚魔を的確に叩き落として行く。

 

 

「いいか! 1匹も近付けるんじゃないぞ!」

「わかっている」

 

 

まぁ、努力はしようか。

 

 

 

 

 

Side 墓所の主

 

「戦況はどうポヨか?」

「・・・まぁ、劣勢では無い、と言った所かの」

 

 

友人の声に、そう答える。

召喚魔の数は40万、それに対して混成艦隊は200隻。

桁からして違うしの、まぁ、あの艦の中には陸軍が入っておるのじゃろうが。

 

 

「兵力差は圧倒的、しかもメガロメセンブリア出身の『人間』が少ないために、苦戦しているようだな」

 

 

どこか憮然とした声で、デュナミスが言う。

確かに、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちの召喚魔に対して、一部を除いて対処できていないように見える。

一見、喜ばしい状況だろう。

 

 

『リライト』は発動直前、世界は救われる。

だが、それを成すのは我ら・・・いや、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』では無い。

 

 

「しかし・・・本当に放置しておいて良いポヨか? あの娘・・・いや、2番目(セクンドゥム)は・・・」

「構わぬよ、今の所はな」

 

 

それに、ここで滅びる世界なら、滅びれば良い。

せいぜい華麗に、華々しくな。

もっとも・・・そんなつもりが無いのも確かじゃがな。

こんなことで滅びるような世界に創った覚えは無い。

 

 

・・・我ながら、矛盾しておるの。

何じゃったか・・・そう、シアが言う所の「ツンデレ」じゃな。

 

 

「デュナミス、アーウェルンクスシリーズはどうじゃ?」

「問題無く起動できる。祭壇の封印さえ解ければ、宮殿の機能は回復するからな」

 

 

幸い、2番目(セクンドゥム)も<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の全ての機能を扱い切れておるわけでは無い。

扱い切れておれば、とうに世界は滅びておる。

 

 

「では、私は行く」

「行くのか、デュナミス」

「うむ・・・私にも、悪の秘密組織の大幹部として、いや、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』最後の一人としての矜持がある」

 

 

矜持(プライド)、か。

思えばこやつも、人形にしては奇妙な男じゃな。

 

 

「主よ、今まで世話になった。貴女のおかげで我は今日まで生きてこれた、感謝する」

「礼などいらぬよ。世界を救うために互いを利用した・・・それだけのことじゃろう」

「・・・違いないな」

「だが・・・もし感謝していると言うのなら、最後に顔を見せてはくれんか?」

「・・・」

 

 

デュナミスは、ゆっくりとした動作で自らの仮面を取った。

仮面の下には、若い褐色の肌の男の顔があった。

 

 

「・・・さらばだ、主よ」

「うむ・・・これからは、好きに生きるが良い」

「これまでも好きに生きてきた。そして、これからも同じように生きる、それだけだ」

 

 

そう言い残して、デュナミスは去った。

それを見送った後、振り向くと、魔族の友の姿も無くなっていた。

 

 

・・・とうとう、一人か。

寂しい物じゃな。

・・・寂しいと感じる自分を、不思議に思った。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「混成艦隊が、敵集団と接触しました!」

 

 

その報告が来てから2時間、オスティア自然公園内に設営された臨時後方司令部は一気に忙しさを増したわ。

艦隊からもたらされる補給要請と、同時に転移されてくる負傷者の治療などの仕事が増えるからよ。

そして現状、増えることはあっても減ることは無いわ。

 

 

「・・・精霊炉の魔力が足りない、砲座の弾が足りない、医薬品が足りない・・・」

 

 

前線からひっきりなしにもたらされる補給要請、それを聞く度に、私は舌打ちしたくなった。

足りない? ええ、そうね、使えば減るわよね。足りなくなるのも仕方が無いわよね。

それで、私にどうしろと言うのよ。

 

 

とは言え、無視することもできないわ。

だけど、転移させられる人員や物資にも限界があるわよ。

敵の転移妨害が少ないのが、せめてもの救いだけれど・・・。

それに、私は前だけ見ていれば良いような単調な役割を担っているわけでは無いわ。

 

 

「連合の軍に動きは!?」

「ウェスペルタティア国境周辺に、軍を展開しつつあります!」

「ですが、帝国軍が小規模な越境を繰り返しているので、警戒して動きを止めた模様!」

 

 

部下からもたらされる報告に、私は頷く。

テオドラ殿下の指示で、帝国の対連合国境軍が越境を繰り返し、牽制してくれている。

そのおかげで、とりあえずは背中の心配をする必要は無いけれど・・・。

いざとなれば、私は後方に残された陸軍4000、戦闘艦艇30隻を率いて連合の軍と戦うことになっている。

 

 

あと、もう一つ問題がある。

現在、新オスティアに集積されている物資の半分以上は、帝国軍が提供した物よ。

量はあるし、食糧などはそれで問題無いけれど・・・。

艦艇の修理用の部品や、医薬品や医療器具などが、帝国の基準になっているの。

つまり、王国やアリアドネーの製品とは規格が違うのよ。

 

 

これも、頭が痛い問題だわ・・・。

今はまだ、補給品を整理して、規格に合った物を送っているけれど・・・。

 

 

「報告!」

 

 

その時、戦乙女騎士団の騎士の一人が、慌てた様子で私の傍にまで来たわ。

甲冑を身に着け、すでに戦闘態勢。

 

 

「艦隊を抜けた敵の召喚魔の集団が、そのまま新オスティアに向かって来ています!」

「・・・スクリーンに出して、最大望遠!」

「はっ!」

 

 

司令部の中に急遽設置されたスクリーンが、混成艦隊が戦闘を行っている空域の映像を映し出す。

すると、確かに集団の一部――――一部でも、数千体規模―――の召喚魔が、こちらへ向かってきているわ!

艦隊も、全部を落とすことはできなかったようね。

 

 

私は、新オスティアに展開している全軍に対して命令した。

王国のリュケスティス将軍が指揮を執る主力2万は、市街地に展開している。

 

 

「総員、抜剣! 近接戦準備!」

「「「「着装(ウェスティオー)!」」」

「上空の艦隊に連絡、撃ち方始め!」

「了解!」

「避難所閉鎖! 同時に避難所の防衛体制を整えなさい!」

「了解!」

 

 

どうやら、また一つ仕事が増えたらしいわね。

前線で戦うのは、久しぶりね・・・身体が鈍っていないと良いのだけど。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「どうやら俺達の出番らしいな、リュケスティス」

「そうだなグリアソン、艦隊の連中も存外、不甲斐ない」

「だからこそ、俺達にも仕事が回って来る」

「そうだな・・・次は元帥だな。その次はどうするグリアソン?」

「さぁな、とりあえず元帥になってから考えるさ。生き残った後でな」

「違いない、また4人で酒を飲みながら考えるとしよう」

「それは死亡フラグだぞ、リュケスティス」

 

 

死亡フラグか、それは良くないな。

そんなくだらない会話をした後、俺はグリアソンと別れた。

グリアソンは空で、俺は大地で戦う。

それで良い、グリアソンのような男は蒼穹を駆けてこそ輝く、俺にはできないことだ。

 

 

しかし、死亡フラグか・・・。

大将が2階級特進すると、何になるのかな。

 

 

「・・・まぁ、死ぬつもりは毛頭ないが、しかし死ぬ時は死ぬ」

 

 

戦場とは、そう言う物だと思う。

あるいはここで、我が女王と運命を共にするか・・・それも悪くは無い。

だが、だからと言って無条件で死を甘受する程、できた人間でも無い。

 

 

「敵召喚魔、市街地外縁に到達しました!」

「迎撃せよ!」

 

 

今回、俺はあえて陣地を構築していない。

時間が無かったと言うのもあるが、陣地を構築しても魔法世界人では守りきれない。

つまり、従来の用兵学が役に立たん。

 

 

それよりは、「人間」を中心とした前衛と魔法世界人の後衛とに分けて運用した方が良い。

兵の機動力を重視した散兵戦術と言うわけだ。

できれば、密集隊形が取りたかったのだが、まぁ、市街地だしな・・・。

 

 

「ジャクソン中将に連絡! 前線の兵力を集約して、敵の侵入を防げ! その間に俺の直属部隊が敵集団の左側面を衝く!」

「了解!」

「<鍵>持ちにはくれぐれも注意しろよ・・・魔法世界人は<鍵>を見たら撤退するのだ」

「り、了解!」

 

 

そう、無理に勝つ必要は無い。

我々は勝利を得る必要は無いのだ、ただ時間を稼げれば良い。

とは言え・・・。

 

 

「この兵力差ではな・・・」

 

 

新オスティアの自然公園・リゾートエリアはアリアドネーが、市街地はウェスペルタティアが、空港、港は帝国軍が守備している。

総勢は3万5千、大軍だ。

 

 

だが、ここから確認できる敵の召喚魔はそれよりも多い。

ざっと見ただけでも、5万はいるかな・・・空が黒く覆われている程だ。

しかも『動く石像(ガーゴイル)』タイプか、下級だが侮れんな。

唯一の救いは、敵は組織だった行動をとっておらず、どうも単調な命令をこなすだけのように見えることだな。

 

 

俺は傍らの幕僚に、ことさら余裕ありげな笑みを作って見せた。

 

 

「じきに我が女王が目的を達成する。そうなれば我々の勝利だ!」

 

 

時として、指揮官は自分が信じてもいない勝利の可能性を部下に信じさせる必要がある。

実際、今頃は我が女王も、自分達のことで手一杯だろう・・・。

 

 

「・・・ところで、貴官は先日の戦いで腕を負傷していなかったか?」

「え、ああ、その通りであります。私も義手かと思ったんですけど、黒髪の少年が治癒魔法をかけてくれて・・・助かりました」

「ほぅ・・・そんな治癒術師がいるのか」

 

 

それは、良かったな。

しかし、そんな治癒術師がいたかな・・・?

 

 

 

 

 

Side 暦

 

私達5人は、後方に残された。

できればフェイト様と一緒に行きたかったけど、<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を持つ相手に対して、私達は無力だから。

 

 

「アーティファクト、『時の回廊(ホーラリア・ボルテクス)』」

 

 

目の前の負傷者さんの周辺の時間を遅延させて、症状の悪化を防ぐ。

その間に、環が治療用ゴーレムで傷口をふさいで行く。

 

 

私達は今、新オスティアのリゾートエリアで負傷者の治療を手伝ってる。

私達のアーティファクトや能力が、治療に役立ちそうだったから。

それに、私達も何かしたかったから。

元は綺麗なホテルだったんだろうけど、今はどこの部屋も負傷者で一杯。

 

 

「・・・母さん、母さん・・・」

 

 

母親の名前を呼ぶ声、他にも色々、兄弟だったり、恋人だったり。

叫び声を上げてる人だっている。

白衣を着た人達があちこち駆け回って、必死に治療して・・・中には、治療が不可能な人の額に、泣きそうな顔でバツ印を付ける人もいる。

 

 

助かっても、意識が無い間に義手を付けられて、腕を返せと泣き喚く人もいる。

目を背けたくなるような光景、でも私達は何度も見たことがある。

故郷で、パルティアで、世界のどこかで。

この世界には、こんな光景はいつだって、どこでだって見ることができる。

 

 

「暦、環、新しい薬と包帯です」

 

 

その時、調が新しい医療道具を持ってきてくれた。

調も私や環と同じように、血と汗と汚物で服や顔を汚している。

・・・フェイト様、いなくて良かった。

こんな汚れた格好、見られたく無いもん。

 

 

「その方は・・・」

「うん、たぶん無理だと思う」

 

 

私がそう言うと、調も環も悲しそうな顔をした。

私達が今、看てる女性の兵士さんは、名前も知らないけど・・・お腹が半分無かった。

損傷した内臓が身体からはみ出てて、どう見ても助かりそうもないの。

私のアーティファクトじゃ、時間遅延はできても再生はできないから・・・。

 

 

白兵戦もそうだけど、艦隊戦の場合、怪我のレベルは比較的上がるの。

密閉空間で爆発に巻き込まれたりするから・・・運良く後方に転移されても、助からない場合が多い。

この人も・・・。

 

 

「いけないぞ」

 

 

突然、黒髪の男の子が私の隣に現れた。

へ・・・誰?

 

 

「女の人は、お腹を大事にしなくちゃいけない。命が育まれる場所だぞ、ここは」

「え、ちょっ・・・」

 

 

その男の子は、女性兵の傷口に触れた。

ぐちゅ・・・と生々しい音がして、次の瞬間。

淡い緑色の光が、その場に広がった。それは、とても優しい光で・・・。

 

 

数十秒間続いたかと思うと、男の子が手をどけた。

すると・・・治ってる!?

呼吸も安定して・・・え、嘘、どうやって、治癒魔法!?

 

 

「・・・大丈夫、ちゃんと産めるぞ」

「え、う、え!?」

「すーちゃん! こっちもお願い!」

「わかったぞ!」

 

 

少し離れた所で、よほど痛いのか、叫んで暴れてる兵士を押さえ付けてるアリアドネーの騎士さんが彼のことを呼んだ。

す、すーちゃん? あだ名だよね・・・?

 

 

「あ、あの、名前! 貴方、何者・・・」

「ん? スクナだぞ! じゃあな!」

 

 

そう言うと、男の子・・・スクナ君は、さっさと駆けて行った。

良く分からないけど、凄い治癒術師なのかな、私とあんまり年、変わらないのに・・・。

 

 

「・・・スクナ様・・・」

 

 

・・・ん? 調?

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

「敵が来ます! 全員、避難所の中に入ってください!」

 

 

アリアドネーの騎士の人がそう知らせてくれた時には、私達は物資を避難所に運び込んでいる最中だったわ。

もう少し、こっちの都合を考えてほしい物ね・・・!

 

 

「美空! ココネを連れて先に中へ! 中の人達に危険を知らせに行きなさい!」

「あ、アイアイサー!」

 

 

麻帆良のシャークティー先生が、物資搬入を手伝っていた春日さんとココネさんをそう言ったわ。

春日さんはココネさんを小脇に抱えると、びっくりするくらいのスピードで避難所の中に入って行ったわ。

・・・あのアーティファクト、本当に足が速くなるのね。

 

 

「・・・これで、あの子達は・・・」

 

 

シャークティー先生は何かを呟いた後、私達・・・物資搬入の手伝いをしていた私とシオン、ロバートの方を見た。

 

 

「貴女達も、早く中へ」

「シャークティーさんは、どうするんスか?」

「避難所の扉を閉めるにも、時間がかかります・・・私はアリアドネーの人達と協力して、避難所が閉鎖されるまで時間を稼ぐつもりです」

「いや、それだったら俺らも・・・」

「申し訳ないけど、もう二度と、子供が目の前で戦うのを見たくないのです。・・・勝手だとは、思いますが」

 

 

・・・子供は引っ込んでろって言われたら、言い返せないじゃない。

実際、私達は15歳にもなってない。本当に子供なんだから。

だから、大人に任せろと言われたら、逆らっちゃいけないと思う。

たとえ、心の中で「子供扱いすんじゃないわよ!」とか思ってても。

 

 

「・・・仕方無いわ。シオン、バカート、私達も中に・・・」

 

 

バスッ・・・。

・・・その音は、本当に軽い音だった。

何かが、お腹を突き抜ける感触があった。ただ、痛みは無い。

 

 

「アーニャ!?」

「・・・野郎!」

 

 

驚いたようなシオンの声、怒ったようなバカートの声。

私の横を駆け抜けて行こうとしたバカートの腕を、掴む、早とちりすんじゃないわよ。

 

 

「だ、大丈夫よ。何でか服が破れたけど・・・」

 

 

背中とお腹の部分の服が破れて、お腹が見えてるだけ。

傷は無い、でも、確かに何かに撃たれたのに・・・?

 

 

「早く中へ!」

 

 

シャークティー先生が叫んで、私の後ろに立ち塞がった。

振り向くと、建物の屋根の上に、悪魔みたいな奴が数匹いた。

その中の一匹が、鍵みたいなのを持ってる。

あれは・・・?

 

 

「・・・下級の『動く石像(ガーゴイル)』のようね」

「こんな状況でも冷静ねシオン・・・!」

「早く、行きなさい!」

 

 

シャークティー先生の声に押し出されるようにして、私達は走った。

数秒して、後ろで戦いが始まる音がした。

 

 

・・・どうして私は、子供なんだろう。

人間は、いつだって必要な時に必要な年齢になれないんだから・・・!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

多勢に無勢とは、このことでしょうか。

40万と言う敵集団に対し、混成艦隊は苦戦を強いられています。

 

 

と言うのも、敵が『動く石像(ガーゴイル)』と言う小型召喚魔で、艦船の砲撃ではその機動を捉え切れないのです。

まぁ、空母と戦闘機の戦い、と申しましょうか。

後は、艦内に侵入された際に魔法世界人では歯が立たない個体がいること・・・。

 

 

『正直な話、時間が経つごとに突入の成功率は落ちて行きますねぇ』

 

 

左耳の支援魔導機械(デバイス)から、ミクの声が響きます。

実際、後衛のコリングウッド提督や前衛のレミーナ提督だけでなく、帝国艦隊を統率するテオドラ様からも、「かなり無理」的な通信が入っています。

・・・できれば、もう少し楽な状況を作りたかったのですが。

 

 

「陛下、どうやら敵召喚魔が新オスティアにまで侵入したようです」

「・・・わかりました」

 

 

そのような報告が来るようでは、ためらっている場合ではありません。

リスクを取って、行動するしかありません。

 

 

「・・・突入します」

「そうですか、いえ、結構ですね。状況の変化をこそ、我々は望んでいるのですから」

『でもでも、儀式を止めるには、「墓守り人の宮殿」最奥部の祭壇まで行く必要がありますよ?』

「・・・わかっています」

 

 

事前にフェイトさんから教わった所によると、「墓守り人の宮殿」は古代の迎撃兵器で守られています。

前衛艦隊がそれを防ぐ間に、『ブリュンヒルデ』で強行着陸します。

そして後衛艦隊が退路を確保している間に、『リライト』を止める。

・・・我ながら、無茶な計画ですね。

 

 

アーニャさんなら、「無理・無茶・無謀、ついでに無策ね」とか言いそうです。

意外と手厳しいのですよね、アーニャさん。

私はクルトおじ様からマイクを受け取ると、艦内、及び全艦に向けて言いました。

 

 

「・・・戦闘中に失礼します。アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです・・・」

 

 

とは言え、もはや言うことなどありません。

 

 

「これより王国艦隊は、敵の本拠地に突入いたします!」

 

 

言うべきことは、ただ一つだけ。

 

 

「全員、生きて帰りましょう。これは命令では無く、お願いです!」

 

 

そう言って、通信を切ります。

私の言葉に、どんな反応を示しているのはわかりませんが・・・生き残ってほしいのは本当です。

傍らの茶々丸さんは、優しく微笑んでくれます。

田中さんは親指を立て、カムイさんはクァッと欠伸をしました。

 

 

クルトおじ様は眼鏡を指で押し上げ、艦橋のクルーもいつも通り。

・・・私は少しだけ微笑んで、それから表情を引き締めて、前を見ます。

 

 

「全艦、一斉射撃で道を作り、突入しなさい!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)!!」」」

『それは、私に任せてもらおう!』

 

 

通信機から響いたのは、褐色の肌のスナイパーの声。

私の生徒にして、凄腕の傭兵。『ブリュンヒルデ』の砲撃担当。

 

 

「・・・真名さん!」

 

 

 

 

 

Side 真名

 

残存艦艇187隻、砲門総数1568門。

敵総数は35万以上。

これだけの規模の狙撃は、流石に初めての経験だな。

 

 

「リン、レン」

『『オッケー!』』

 

 

360度を映す画面の中で、金髪の双子の電子精霊が返事を返す。

今回の相棒はこの2人、懸けている物は世界の命運。

・・・面白いじゃないか。

ならば私も、最高のパフォーマンスを見せてやろうと言う気になる。

 

 

私の左眼に魔力が集まり、次第にそれが全身の魔力を活性化させる。

全開放は5年ぶりだが、この状況なら不足はあるまい。

・・・魔族の、力!

 

 

    『『Append』』

 

 

画面の中の双子にも、変化が現れた。

それまで10歳程度の子供だった姿が大人に変わり、声まで変わる。

レンの声はより柔らかく、リンの声はより高く。

2人の歌声に包まれる空間で、私は半魔族(ハーフ)としての姿を取り戻す。

 

 

髪の色が変わり、背中に漆黒の悪魔の翼が一対生える。

左眼からは炎のように魔力が溢れ出し、視界に入る物全てを捉える。

 

 

   『『照準(ロックオン)』』

 

 

双子の声が唱和し、同時に360度のスクリーンが赤いロックオンマークで埋め尽くされる。

そしてこの時、残存艦艇全ての砲門が私の管制下にある。

全て、金髪の双子の電子精霊の功績だ。

だがそれらを撃ち落とすのは、この私、マナ・アルカナだ。

 

 

唇の両端が、吊り上がるのを感じる。

それは魔族の本能故の笑みか、あるいは敵を捉えたことへの愉悦の笑みか。

 

 

まぁ、良い。とにかくは狙い撃たせてもらおうか。

・・・いや、圧倒させてもらう。

そうさ。

 

 

「―――――――――乱れ撃つッッ!!」

 

 

カシュッ、と私が『GNスナイパーライフル』の引き金を引くと、1568の精霊砲が火を噴いた。

全ての艦の主砲と副砲が放たれ、周囲の、そして何よりも前面の敵を一掃する。

無論、全滅させたわけじゃない。

引き金を引き続ける。

 

 

一度撃つごとに双子が照準を微妙に変え、私が魔眼で捉えて狙い撃つ。

それだけの作業。

だが、それだけの作業で敵集団の一部が薙ぎ倒されて行く。

扇状に広がり、艦隊に群がっていた召喚魔の集団の一部が、ごっそりと消滅する。

だが・・・。

 

 

「<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>持ちか・・・!」

 

 

敵の中に、こちらの精霊砲を無効化するタイプがいる。

アリア先生から事前に聞いた話だと、アレを持っている敵には艦砲は通じない。

悔しいが、アレには対抗できない・・・!

 

 

『十分だ、龍宮真名!』

 

 

その時、通信では無く魔力に指向性を持たせた念話が頭に響いた。

魔族化したからこそ、通じる念話。

 

 

『クラスメートのよしみだ、タダにしてやる!!』

 

 

それは本来、私のセリフなんだけどね・・・エヴァンジェリン!

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「良いか、合わせろよ若造!」

「キミこそ」

 

 

全く、生意気な若造だ!

世に出てきて数年の身体のくせして・・・いや、それを言うと茶々丸も同じか?

だが、今は良い。後で殺す。

私と若造は『ブリュンヒルデ』の前方に飛び出し、呪文の詠唱を始める。

 

 

今は、龍宮真名が掃除し切れなかったゴミを排除する。

私の家族の―――――――道を塞ぐな!!

 

 

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー)氷の女王(クリユスタリネー・バシレイア)来れ(エピゲネーテートー)!」

おお(オー・)地の底に眠る(タルタローイ・ケイメノン・)死者の宮殿よ(バシレイオン・ネクローン)我らの下に(ファインサストー・)姿を現せ(ヘーミン)

「『とこしえのやみ(タイオーニオン・エレボス)』! 『えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリユスタレ)』!」

「『冥府の(ホ・モノリートス・キオーン・)石柱(トゥ・ハイドゥ)』」

全ての命ある者に(パーサイス・ゾーアイス)等しき死を(トン・イソン・タナトン)其は安らぎなり(ホスアタラクシア)・・・!」

 

 

若造が『ブリュンヒルデ』の前面に生み出した石の柱を、まとめて氷結させる。

これだけの大質量の物を一気に氷結させると、流石にキツいな・・・!

若造の魔力で操作された石の柱・・・否、氷の柱は、直進して軌道上にいる召喚魔共を押し潰しながら進んだ。

 

 

だが、それだけではダメだ。

周辺の召喚魔が邪魔で、艦隊が通れるほどの道はできない。

だから・・・。

私は最大限に魔力を練り、満身の力を込めて・・・パチンッ、と指を鳴らした。

 

 

「 『おわるせかい(コズミケー・カタストロフェー)』!!」

 

 

乾いた音と共に、全てが終わる。

砕け散った氷の柱の無数の破片が、周辺の召喚魔を刺し、潰し、薙ぎ倒した。

特に、真下にいた召喚魔共には大打撃を与えたようだった。

巨大な氷の破片に押し潰され、雲海の下へと消えて行く。

 

 

いかに魔法が通じないとは言っても、結果としての物理攻撃には対処できまい。

皮肉なことに、コレはアリアの弱点でもあるのだがな。

 

 

「アリア!」

『全艦、突入開始!』

 

 

カードを通じて、アリアの声が聞こえた。

間髪いれずに、『ブリュンヒルデ』の周囲に展開していた護衛艦隊が動いた。

一部の艦が前に出て、『ブリュンヒルデ』を先導する構えを見せる。

 

 

宮殿付近に展開された積層多層魔法障壁・・・しかし聞く所によると、上部は障壁が薄く、簡単に侵入できる。

さぁ・・・行こうか。

 

 

 

 

 

Side スティア・レミーナ(大将・前衛艦隊司令官)

 

こうして船に乗っていると、性別を変えて旧世界の軍隊に紛れこんでいた時代を思い出す。

ドレークと旧世界を一周した時は、本当に楽しかった・・・。

 

 

「閣下、敵集団中央部を突破いたしました」

「・・・そうか」

 

 

副官の言葉に、私は自分の意識を現実に引き戻す。

目の前には、膨大な魔力が台風の目のように渦巻く様子が映っている。

そして背後には、女王陛下の座乗艦。

 

 

私は自分の旗艦である、戦艦『アルブス・レ―ギ―ナ』の艦橋の床を軍靴で踏み鳴らすと、護衛艦隊に号令を発した。

 

 

「全艦、突撃! 女王陛下を宮殿までエスコートして差し上げろ!!」

「アイアイマムッ、全艦突撃ッ、精霊炉出力最大、3、2、1・・・ミッションスタート!」

「先陣は武人の栄誉である。この上は女王陛下の期待にお応えし、各員は己の責務を果たせ!」

「敵、大型召喚魔出現!」

「打ち破れ!!」

 

 

スクリーンに映る大型召喚魔・・・ドラゴンの形をした『動く石像(ガーゴイル)』が数体、障壁の中からこちらに向かってきているのが見えた。

他にも、小型中型の召喚魔が見える。

だが、それがどうした。

 

 

「僚艦に連絡、<我に続け>!」

 

 

命令と同時に、背後の『ブリュンヒルデ』を守りつつ突撃を開始する。

精霊砲が火を噴き、敵を薙ぎ倒しながら進む。

艦橋には、護衛艦隊からの報告がひっきりなしにもたらされる。

その多くは、撃沈あるいは離脱を知らせる物だ。

 

 

通信機と、そして艦橋のオペレーターの怒号が響き渡る。

艦艇の破片が空中に散らばり、そしてそれに倍する敵を精霊砲で吹き飛ばす。

 

 

『精霊エンジンをやられた、すまない、巡航艦「オリオン」、離脱する』

「巡航艦『オリオン』中破確認! 前衛艦隊残り15隻!」

『こちら巡航艦「ジュリエット」、僚艦の巡航艦「ライプツィヒ」が被弾!』

「『ライプツィヒ』踏ん張れ! もう少しで敵を完全突破できる!」

『こちら巡航艦「リミエ」、大型召喚魔を振り切れない、構わず置いて行け!』

『駆逐艦「モスキート」、「テスト」が撃沈。本艦も保たない・・・!』

「『フェアレス』、戦線を・・・くそっ、通信途絶! 残存11!」

『巡航艦「エムデン」だ。お客様が艦内に侵入、これからパーティーを始める!』

「・・・『エムデン』、戦線を離脱! 残存10!」

 

 

戦艦や装甲巡航艦ならともかく、巡航艦や駆逐艦の障壁では、凌ぎきれないか。

だが、犠牲の甲斐あって、我々は『ブリュンヒルデ』を守りながら障壁内部に突入することができた。

ミルクのように濃厚な魔力の向こう側に、宮中王宮が、そして・・・!

 

 

「戦艦『シャルンホルスト』、『ナヴァリン』はここで反転! 外から逆進してくる敵を迎撃!!」

「アイアイマムッ!」

「女王陛下の帰り道だ、塵一つ残すなと伝えろ!」

「アイアイマムッ!!」

 

 

通信士官が威勢良く答え、残りの艦隊はさらに前進する。

障壁の外は、コリングウッド提督に任せれば良い。

目標である「墓守り人の宮殿」は、すでに目前・・・!

 

 

「宮殿より、無数の物体! 古代の迎撃兵器の模様!」

「情報にあったアレか・・・装甲の厚い艦を前面に並べろ! 女王陛下の道を作れ!」

「アーイアイマムッ」

 

 

残った戦艦と装甲巡航艦を一列に並べて、『ブリュンヒルデ』を庇う。

自らの艦体を盾とし、宮殿から放たれる迎撃兵器―――針のような物体が飛んでくる―――から、女王陛下をお守りする。

計画通り、宮殿下部から突入させる。

 

 

「『ブリュンヒルデ』より入電!」

「何だ!?」

「『無理をしないで』――――以上です!」

「・・・女王陛下も、案外我々のことをわかっていないな」

 

 

この程度、我々親衛隊にとっては、無理でも何でも無いのですよ!

口元に笑みさえ浮かべて、私はさらなる突撃を命じた。

護衛艦隊の意地を見せる・・・!

 

 

 

 

 

Side 千草

 

戦艦『ブリュンヒルデ』の下部格納庫。

そこに、うちらはおった。

うちらだけやない、シャオリーはんの率いる陸戦隊もここにおる。

大体、1000人ぐらいかな・・・?

 

 

人種もいろいろやけど、やっぱり人間が多いな。

後は、ようわからん兵器とか・・・アレは戦車か?

 

 

「天崎殿、そちらの準備はいかがですか?」

「ばっちりどす、シャオリーはん」

「それは良かった・・・『リライト』の儀式の場までは、我々が護衛します」

「おおきに」

 

 

うちら関西呪術協会は、アリアはんと一緒に行動することになっとる。

元々、『リライト』をどうにかするための要員やからな。

 

 

「皆様、お疲れ様です!」

 

 

その時、上の艦橋から降りてきたらしいアリアはんが、格納庫にやってきた。

シャオリーはんらは敬礼して、うちらも姿勢を正す。

アリアはんの傍には、茶々丸はんと田中はん、それから何や狼・・・狼て。

 

 

「ヨゥ、セイメイ、オキテタノカ」

「おお、チャチャゼロか、戦じゃのぅ・・・ちなみに、あと半刻程じゃと思う」

 

 

いつの間にか、晴明様の傍にチャチャゼロはんがおった。

晴明様は、ようお眠りにならはるから・・・うちらに文句も言えるはずもないえ。

陰陽師にとっては、まさに神の如きお人やからな。

 

 

「2分後に、この艦は『墓守り人の宮殿』に突入します! 正直、命懸けですが・・・あえて言います、生きて帰りましょう!」

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

 

 

まぁ、正直あのノリはわからんけど。

うん、ここはうちも何か関西呪術協会の連中に言うたるかな!

 

 

「う、うんっ、あー、皆、あまり緊ちょ「関西呪術協会、ファイトォ――――――ッ!」おぉいっ!」

「「「うおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――っ!!」」」

 

 

関西呪術協会の連中は、うちを無視してすでに盛り上がっとった。

何や、久しぶりやなこの扱い・・・。

いや、テンション高いなら、ええねんけどな。

 

 

「千草ねーちゃん!」

 

 

すると、小太郎がうちを呼んだ。

その後ろには月詠と、さっきまで盛り上がっとった関西の連中がうちを見て笑っとる。

 

 

「西洋魔法使いには負けませんぜ、所長!」

「そうです、名前を売って給料UPです!」

「月詠たんは、俺が守おおおぉぉぉおぉっ!?」

「・・・しつけーよ、鈴吹」

「酷い!?」

 

 

・・・貴重な戦力が、一人減ったな。

月詠だけは意味がわかってへんのか、笑っとるけど。

 

 

「うむ、我らの力を見せつけてやろうぞ!」

 

 

・・・何でカゲタロウはんがここに?

しかも、戦意高めやし。

 

 

『総員、衝撃に備えてください!』

 

 

通信機からクルト宰相代理の声が響いた、次の瞬間。

やたらともの凄い衝撃が、格納庫を襲った。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

木偶人形が、調子に乗って・・・。

ガリッ、と親指の爪を噛みながら、私は外の様子を忌々しげに見ていました。

 

 

貴重な魔力を使って40万の召喚魔を呼んだと言うのに、敵の侵入を許しました。

宮殿内部にはまだ10万近い召喚魔が配置されていますが、どれも雑魚です。

下手を打てば、儀式の完成前に祭壇まで来られてしまうかもしれません。

他のアーウェルンクスシリーズも、何故か私の命令を受け付けません。

・・・手が、足りない・・・。

 

 

「・・・どう言うこと、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>の力を使えば、創造主にも等しい力が振るえるはずなのに・・・」

 

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>。

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

この世界の創造主の力を運用できる究極『魔法具』。

そのための『エルザ』、そのための『呪紋処理』・・・。

 

 

祭壇の片隅には、ネギとミヤザキノドカが眠っています。

彼らの魂は、覚めない夢の中をたゆたっているのです。

永遠の、夢の中を・・・『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の中を。

今頃は、どんな夢を見ていることか・・・。

 

 

「・・・その<鍵>の秘密が知りたいか?」

 

 

その時、祭壇に黒ずくめの男が現れました。

どこからともなく現れたその男を、私は知っています。

 

 

「・・・デュナミス・・・」

「久しいな、2番目(セクンドゥム)。少し見ない間に、随分と変わった身体になったものだ」

 

 

デュナミスの足元の影が、少しずつデュナミスの身体を包み込んで行く。

高密度の魔力がデュナミスを覆って行きます・・・つまり。

 

 

「・・・どうして邪魔をする。私は貴方達の悲願を達成させてあげようと言うのに」

「その問いには、こう答えよう・・・余計なことをするな小娘」

 

 

デュナミスの身体が、漆黒の装甲に覆われて行きます。

アレは、デュナミスの戦闘態勢(バトルモード)。

・・・<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>に、挑むつもりですか・・・。

 

 

「我々は世界を救うために、長い時間を費やしてきた。最後に出てきてデカイ面をするんじゃない」

「・・・子供のダダですね、見苦しい・・・」

「言いたければ言え、笑いたければ笑え。だが私にも悪の秘密組織の大幹部としての、矜持(プライド)がある。これまで散って行った仲間、そしてこれから先に生まれるだろう仲間のため・・・」

 

 

人形は人形師には逆らえない。

無駄なあがきです。

 

 

「私は、お前を倒す!」

「ならば、貴方も消え去るが良い・・・!」

 

 

私の、お父様の邪魔をする者は。

誰であろうと、排除します!

 

 

 

 

 

Side アリア

 

『ブリュンヒルデ』は「墓守り人の宮殿」の最下層、歴代の王族のお墓があると言う場所に繋がる「無限階段」の一番下の地点に強行着陸しました。

格納庫が開き、兵士の方々と一緒に外に出ます。

 

 

「おお、アリアか」

「・・・大丈夫?」

 

 

そこにはすでに、エヴァさんとフェイトさんがいました。

2人とも煤に塗れていて・・・外にいたので、モロに衝撃を受けたのかもしれません。

それでも、怪我らしい怪我が無いのは、流石と言うべきでしょうか。

私は2人に「大丈夫」と答えると、シャオリーさんに前進するように伝えました。

 

 

私の横を通り過ぎて行く兵士の方々を横目に、私は艦橋と通信回線を繋ぎます。

そこには、クルトおじ様がおります。

 

 

『・・・艦体に少し損傷があります。20分ほど頂きたいですね』

「わかりました。工作班をいくらか置いて行きますので、私達が戻るまでにどうにか・・・」

『仰せのままに・・・陛下もお気をつけて。アリア様の座乗艦は、我々が死守いたしますれば』

 

 

クルトおじ様の言葉に頷くと、通信を切ります。

その時、上からしゅたっと降りてきたのは・・・真名さんです。

・・・何故か、姿がかなり変わっています。羽根が生えてますし。

私の右眼には、真名さんの身体の構造その物が変わっているように映っています。

 

 

「・・・イメチェンですか?」

「そんな所さ、アリア先生。夏休みだし、校則には違反していないだろ?」

 

 

麻帆良の校則は、あって無いような物ですからね。

えっと、じゃあ研究班と千草さん達と一緒に、先に進みましょうか。

露払いは、シャオリーさんの近衛騎士団や親衛隊がやってくれるでしょうし・・・。

 

 

「ひゃっ・・・」

「・・・足元が危ないので」

 

 

茶々丸さんが後ろから私を抱きあげて、カムイさんの背中に乗せてくれました。

いや、まぁ、この方が確かに早いかもですけど。

 

 

「何者だっ!」

 

 

その時、前方からシャオリーさんの声が聞こえました。

その瞬間、エヴァさんとフェイトさんが私の前を、そして左右を茶々丸さんと田中さんが固めてくれました。加えて、後ろは真名さんがガードしてくれています。

そして何故か、私の頭の上にチャチャゼロさんが・・・いつの間に。

嬉しいのですが、固め過ぎてかえって動けないのですけども・・・。

 

 

「動くな、止まれ!」

 

 

高まる緊張感、何事かと思い、前を見てみると・・・。

・・・え?

 

 

そこにいたのは、一人の女の子。

褐色の肌に、顔には常にサーカスのピエロのメイク。

麻帆良学園女子中等部の制服を身に着けた、細い身体。

所属クラス、3-A・・・つまり、私の生徒。

 

 

彼女は私を見つけると、薄い笑みを浮かべました。

 

 

「・・・こんにちは、アリア先生・・・」

「ざ・・・ザジ、さん?」

 

 

出席番号、31番。

ザジ・レイニーデイさんが、そこにいました。

 




アリア:
アリアです(ぺこり)。
今回は、「墓守り人の宮殿」に突入するまでのお話でした。
なので、私よりも軍人さんの方が目立っていたかもしれませんね。
それにしても・・・ザジさんが何故ここに?
人間じゃないなーとは思ってましたけど、でも何故?


なお、作中で登場した艦の名前などは、伸様、黒鷹様より頂戴しました。
ありがとうございます。


アリア:
それでは次回は、VSザジさん・・・え、いやいや、生徒と戦えるわけないでしょう!?
あ、ちょ、エヴァさん待って、真名さんも銃をしまって!
これは罠だって・・・いやでも、話を聞いてみましょうよ!?
そ、それでは、またお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。