魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第19話「矜持と、脱落と、あとポヨと」

Side リン・ガランド

 

公国の宰相から、石化した旧世界の住人を救ってほしいとの依頼を受けた。

もちろん、私もクレイグ達と一緒に『夜の迷宮(ノクティス・ラビリントス)』の難関ダンジョンに潜っている。

あのまま捕まって殺されるよりも、ダンジョンでトラップ踏んで死ぬ方がマシ・・・。

 

 

「・・・とは言っても、死にたいわけじゃないから」

「そうよクリス、だからふざけちゃダメよ」

「僕がいつふざけたって言うのさ、アイシャ」

 

 

不満気に頬を膨らませながら、クリスがダンジョンの壁を調べ始める。

行き止まりになっているのだけど、隠し扉があることがわかっている。

 

 

「うーん、僕ら賞金首を狩るのが仕事だからさ、こう言うダンジョンにはあまり来ないんだよね」

「ふーん、『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』にはダンジョン担当の部門とか無いのか?」

「あるにはあるんだけど、まー、専門じゃなくてさ」

 

 

クレイグはクレイグで、骸骨魔族のモルボルグランさんと話してる。

あっちのグループの人達は、私達よりもずっと強く、戦い慣れてる。

流石に、シルチス亜大陸で名を上げている人達は違う。

特にリーダーのザイツェフさんは、昨年のオスティア記念祭の拳闘大会で準優勝している猛者。

 

 

・・・頼りになる、と思う。

ただ、一人だけ・・・。

 

 

「モフフッ、モッフフー♪」

 

 

・・・パイオ・ツゥさん、だったか。

恰幅の良い身体に、三角帽子と黒衣で全身を覆ってる。

性別は良く分からないけど、私やアイシャを見る目が何と言うか・・・いやらしい。

身の危険を感じる、結構切実に。

 

 

「よーし、開いたよー!」

「おっ、マジかクリス」

「流石に専門家だな、罠の解除もお手の物か」

「へっへへーっ」

 

 

クレイグとザイツェフさんの言葉に、クリスが照れたように笑う。

そして、ゴゴゴゴッ・・・と、壁がせり上がった先に・・・。

 

 

大きな岩が、鎮座していた。

・・・ありがちなトラップ。

 

 

「・・・は・・・」

 

 

そのトラップの大岩が、私達の方に向かって転がり始める!

ちなみに一本道、かつ下り坂。

まさに、大きな岩を転がすために作られた道。

 

 

「走れえぇぇ――――――――っ!!」

「ああ、もう、クリスのバカ!」

「僕のせいじゃないでしょ、コレは!」

「ふ・・・安心しろ皆! この『黄昏のザイツェフ』様は、あと2回の変身を残している・・・!」

「じゃあ、今すぐに見せてよ!」

「今はまだその時ではない!」

「じゃあ、何で言ったのよ!?」

 

 

ギャーギャーと騒ぎながら、私達は全速力で駆け出した。

最後尾を走りながら、私は思う。

このメンバーは、やっぱり面白い、と。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

構えた銃を下ろすような真似はしない。

銃口は確実に相手を捉えているし、引き金に指もかけている。

だが、私だって驚くことはある。

 

 

「バカな・・・ザジ、ザジ・レイニーデイだと・・・?」

「ザジさん・・・どうして」

 

 

私だけでなく、アリア先生も驚いているようだ。

当然だろう、こんな場所で旧世界にいるはずの生徒と再会したのだから。

そんな私達を見て、ザジが笑みを浮かべる。

瞬間、私は引き金を引いていた。

 

 

身体が反応した。

傭兵としての直感が、私にそうさせた。

 

 

「え、ちょっ・・・真名さん!?」

 

 

アリア先生の声、だがその心配は杞憂に終わる。

私の撃った銃弾はザジの身体に届くこと無く、何かに掴まれたように途中で止まり、地面に転がった。

半魔族(ハーフ)と化した今の私には、銃弾を掴んだ物を知覚することができる。

 

 

「シャオリー!」

「・・・はぁっ!」

 

 

私に半歩遅れて、シャオリーが反応した。

私自身は瞬動でザジの背後に回り込み、腕を掴んで彼女を拘束する。

腹部にシャオリーの剣、後頭部に私の銃。

・・・加えて、エヴァンジェリンが魔力の剣をザジの首に突き付けていた。

 

 

「動けば」

「斬る」

 

 

私とシャオリーがそう言っても、ザジの顔には笑みが浮かんでいる。

この程度、何でも無いかのように・・・。

そんなザジに対して、エヴァンジェリンが不快気な表情を浮かべる。

 

 

「何故、私達のクラスメートを騙る? 何が目的だ?」

 

 

エヴァンジェリンの言葉に、ザジは答えない。

その代わりに、横にいたシャオリーを吹き飛ばした。

常人には見えなかっただろうが、今の私には視える。

何かの腕のような物が、シャオリーを投げ飛ばした・・・壁に叩きつけられて、シャオリーが床に沈む。

 

 

コンッ・・・と、突然、私の銃が弾かれた。

瞬間的にザジから距離を取り、その「腕」から逃れる。

何だ・・・ザジの正体が掴めない。

 

 

「・・・その程度か、小娘」

「小娘と呼ばれる程、若くは無いポヨ」

 

 

ただ一人、エヴァンジェリンだけはその場に留まっている。

ザジとエヴァンジェリンの間で、何かが凌ぎを削っているかのような火花が散っている。

細かい金属が高速で打ち合うような音が響く。

 

 

カ、カカカ、カキッ、カキキキッ、キィンッ・・・!

 

 

次の瞬間、2人の姿が消えた。

天井が爆発したかと思えば、左右の壁面に2人の姿が一瞬だけ現れる。

金と銀の閃光が空中で2度、3度と交錯し、数瞬遅れて衝撃が空間を震わせる。

それは常人には見ることもできない程の、超高速下で行われる戦闘だった。

魔眼が無ければ、私にも見えなかっただろう。

 

 

「しぃっ!」

「ポ!」

 

 

最後に一度、ゴゥンッ、という大きな音を立てて、2人は空中で衝突した。

閃光と、衝撃・・・無限階段の一部を破壊して、それは収まった。

数秒後、ほとんど無傷の2人が地面に降りてくる。

エヴァンジェリンはアリア先生の前に、ザジは元の位置に。

 

 

「・・・私は、キミを止めに来たんだ・・・ポヨ」

「ポ、ポヨ?」

「耳を貸す必要は無い、戯言だ」

 

 

エヴァンジェリンが面倒そうにそう言うが、当のアリア先生はまだ混乱していた。

そのアリア先生に、ザジはさらに言葉を投げかける。

 

 

「キミは、間違っているポヨ。今やキミは・・・危険な存在ポヨ!」

 

 

そして、ザジの身体から膨大な魔力が溢れ出す。

ザジの足元の岩に罅が入り、ザジを中心に魔力の風が吹き荒れる・・・!

 

 

ザジ・レイニーデイが一般人で無いことは、特に驚くべきことじゃない。

吸血鬼に未来人、ロボットがいるようなクラスだ、むしろ全員が人間で無かったとしても納得する。

だが、この膨大な魔力、圧迫感・・・とてもあのザジ本人の物とは思えない。

何者だ・・・この女。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ザジさんがこれほど強いとは、驚きました。

私の右眼がザジさんを視ていますが、確実に人間ではありません。

ザジさんの身体から溢れ出る魔力は、私の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』を活性化させる程です。

 

 

ただ麻帆良で視たザジさんとは、どこか違うような気もします。

しかし、姿はザジさんですし・・・。

 

 

「私は、キミを止めに来たんだポヨ」

「私を、止めに・・・?」

「そうポヨ・・・生徒のお願い、聞いてはくれないかポヨ?」

 

 

首を傾げて、可愛らしく言うザジさん。

それは、まぁ、聞けるなら聞いてあげたいですけど・・・。

 

 

「騙されるな先生! そいつがザジであるはずが無い! これは罠だ!」

 

 

真名さんがそう言います。

周りの人達も、唐突な展開に、様子見以上のことができないでいます。

 

 

「何や・・・アリアのねーちゃんの知り合いか?」

「まぁ、知り合いと言うか何と言うか・・・」

 

 

少し離れた場所からの小太郎さんの問いかけに、曖昧に答えます。

カムイさんの背に乗っている私は、他の方よりも高い位置からザジさんを見ているのですが・・・。

その時、事態を静観していたフェイトさんが、私の前に立ちました。

左手をザジさんに向けて、掲げて・・・。

 

 

「・・・いつでも良いよ、アリア。ここにいるのは全員、キミの味方だ、あんなのは敵じゃない・・・」

 

 

フェイトさんのその言葉に、周囲の兵士の方々がようやく動きました。

ザジさんを包囲しつつ、その輪をジリジリと狭めて行きます。

私の命令があれば、一斉にザジさんを攻撃するでしょう。

でも・・・。

 

 

「・・・残念だポヨ、フェイト」

「キミに名前を教えた記憶は無いのだけれど」

「キミは知らなくとも、私は知っているポヨ。キミはこれまで、最も犠牲の少ない道を歩んでいたはずポヨに、残念だポヨ・・・」

「キミが僕をどう思おうと、僕にとってはどうでも良いことだ」

「珍しく意見が合ったな、若造」

 

 

エヴァさんがフェイトさんよりもさらに前に出て、右手を掲げます。

その手には、魔力で構成された剣が。

ザジさんは自分の周りを見た後、改めて私を見ました。

 

 

「・・・もう一度聞くポヨ、どうしても『リライト』を止めるポヨか?」

「止めます。少なくとも今は」

 

 

それは、すでに答えが決まっていることです。

 

 

「・・・その先に、あの超鈴音が止めようとした未来があるのだとしても?」

「どう言うことでしょうか、ザジさん」

 

 

超さんの名前に反応したのは、茶々丸さんです。

まさかここで、生みの親の名を聞くとは思わなかったのでしょう。

私も胸に手を当てて・・・懐にあるカードの感触を確かめます。

・・・超さんがいた、未来。

 

 

「それでも、止めるポヨか?」

「止めます」

 

 

それでも、私は迷い無く答えます。

ここで『リライト』を容認するくらいなら、最初から来ませんでしたよ。

 

 

アリアドネーの人達、新オスティアの人達、魔法世界の人達・・・。

全員を助けたいなんて思わない。

だけど、消えてほしく無い人達がいるんです。

だから・・・止めます。

 

 

「・・・そうポヨか、仕方が無いポヨ」

 

 

私の答えに、ザジさんが溜息を吐きます。

そしてザジさんは、スカートのポケットから一枚のカードを取り出した。

アレは、パクティオーカード・・・!

 

 

「・・・アーティファクト・・・」

「アリアッ、下がっ・・・!」

 

 

エヴァさんがそう叫んで、前に飛び出そうとします。

でも、それよりも早く、ザジさんが・・・。

 

 

光が、私達を包み込みました。

 

 

「『幻灯(げんとう)のサーカス』」

 

 

 

 

 

Side 千草

 

い、今、何が起こったんや!?

何や光ったと思ったら、皆がバタバタ倒れよった。

アリアはんらも、そして関西の連中も、全員。

まるで、眠るみたいに・・・。

 

 

「くっ・・・コタロッ、目ぇ覚ましや!」

 

 

とりあえず月詠の頭を膝に乗せて、そんで小太郎の頭をペシペシと叩いてみる。

せやけど、小太郎はまったく目を覚まさへんかった。

怪我も無いし、ただ寝とるだけや・・・麻帆良でも、アリアはんが似たようなことをしとったけど。

 

 

通信機を使って、艦の中のクルト宰相代理に連絡を取ろうとしたけど・・・繋がらへん!

・・・中の連中も、やられたんかいな!?

 

 

「無駄ポヨ、満たされぬ思いが大きい程、心の飢えが多い程、この術からは逃れられないポヨ」

「・・・っ、何やて・・・!」

「この甘美な夢、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』からは」

 

 

ポヨポヨ言うとる女の子が、うちの目の前に降りてきた。

・・・何や、それ。

そんな、けったいな術があってたまるかいな・・・!

と言うか、何でうちは無事なんや?

 

 

「この術はその特性上、リア充には効きにくいポヨ」

「は?」

 

 

リア充って、アレか、現実の生活が充実しとるってことかいな。

・・・んな、アホな!?

うちほど現実逃避したい思うてる人間は、そうはおらんで!?

 

 

親の仇はいつまで経っても見つからんし、小太郎は毎日何かやらかすし、月詠はええ加減夜中に刀研ぐのやめぇ言うても聞かんし、関西の連中は一癖も二癖もあって面倒やし!

むしろ現実のあまりの辛さに、日々涙を堪え歯を食いしばりながら生きとるんやで!?

この世界の関西呪術協会の財政基盤も安定せぇへんしなぁ!

 

 

「と、思っていたのは自分だけで、意外に人生充実してたんじゃ無いポヨか?」

「んなワケあるかぁっ!!」

 

 

いや、そら、親の仇に対する漠然とした復讐心も、最近はあんま感じひんし・・・。

小太郎はええ子やし、月詠は可愛ぇし、関西の連中も頑張ってくれとるし。

・・・いやいやいや。

 

 

「安心するポヨ」

 

 

シャキンッ、とその子の両手の爪が伸びて、10本のナイフみたいになった。

反射的に袖に手を入れて、札を掴む。

うちの連中に、手は出させへんで・・・!

 

 

「力尽くで突き落とす・・・と言う手もあるポヨ」

「へぇ、面白いね」

「・・・!」

 

 

いきなり、黒服のロボットがうちの前に落ちてきた。

そのロボットは床石を砕きながら、立っとる。

 

 

「田中はん!?」

「兵装選択・障壁破壊砲『ドア・ノッカー』展開シマス」

 

 

ガションッ、プシューッて音を立てて、田中はんの右の手首が折れる。

うちの位置からは見えへんけど、そこからは、何や大きな銃みたいなんが出てきとる気がする。

な、何や、随分と物騒な気がするえ。

 

 

「所詮、紛い物だ。本物の術は肉体ごと異界に取りこみ、永遠を与える」

「ふぇ・・・フェイトはんも!?」

 

 

振り向くと、アリアはんを両手で抱き抱えたフェイトはんがおった。

さらにフェイトはんの後ろから、灰銀色の狼が出てくる。

何や・・・うちだけやなかったんやな。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

僕はすでに、アーウェルンクスとしての役目を解除されている。

けれど、アーウェルンクスとしての能力は何一つ失っていない。

だから僕に、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』は効かない。

 

 

「フェイトはん・・・無事やったんか」

「まぁね」

 

 

千草さんとこうして話すのは、京都以来かな。

まぁ、今は別に旧交を温め合う時じゃないけどね。

千草さんの隣で、灰銀色の狼が身体を丸めた。

確か、カムイと言う名前だったと思う。不思議な力を感じる狼だ。

 

 

ふと、僕は腕の中に抱いたアリアを見る。

レプリカとは言え、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に取りこまれてしまったのだろう。

安らかな寝顔だった。

心地良い重み・・・このまま、連れて行くのも悪くないと思ってしまう。

 

 

・・・キミの夢に、僕はいるのだろうか?

 

 

「千草さん、頼めるかな」

「は? ・・・ああ、そう言うことか・・・」

 

 

灰銀色の身体にもたれさせるようにして、アリアの身体を横たえる。

顔にかかっている髪を、片手で払う。

僕の指が髪に触れると、アリアは少し身じろぎした。

・・・『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の無垢なる楽園から、独力で戻るのは難しい。

アーティファクトによるレプリカとは言え、その拘束力は強固だ。

 

 

そもそも、簡単に破られては困るわけだからね。

まぁ、今回の場合は・・・ある条件下でなら、外から破れる。

 

 

「・・・さて、やろうか」

「援護シマス」

「好きにしなよ」

 

 

黒いロボット、田中君にそう答えて、僕はザジとか言う魔族の少女の前に立つ。

彼女は、冷たい瞳で僕のことを見ている。

 

 

「皮肉ポヨね、フェイト」

「・・・何がだい」

「この計画を完遂させるはずだったキミが、まさか『リライト』を止めに来るとは」

「・・・まぁ、思う所が無いわけじゃ無いよ」

 

 

実際、つい先日までは僕が計画を主導していたわけだからね。

それを今になって止めに行くと言うのも、虫の良い話だとは思う。

・・・それでも。

 

 

「僕のアリアが、それを望むなら」

 

 

世界を救う方法が、他にもあるのかはわからない。

やはり無ければ、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に頼ることになるのかもしれない。

けれど今は、彼女が望むままに。

誰よりも我儘な、アリアのために。

 

 

「・・・やれやれポヨポヨ」

 

 

ザジは、どこか失望したような声音でそう言った。

その目には、今度は怒りの色が見える。

 

 

身体からはさらに魔力が溢れ、ザジの背後に巨大な魔法陣が展開される。

そこから現れたのは、蟹のような、蜘蛛のような、蠍のような、黒い何か。

アレが、ザジの本体なのか、それとも一部なのか・・・。

ザジ自身の身体も変化し、角と黒い翼が生えてきた。

 

 

「よりにもよって、女ポヨか。所詮は人形、引き合う魂には逆らえなかったポヨね」

「さぁ・・・意味がわからないね」

 

 

ズズズ・・・と、『千刃黒曜剣』の刃を周囲に展開しながら、僕はザジと向き合う。

 

 

「キミを倒して、術を解かせてもらうよ」

「できるポヨか?」

「やるさ」

 

 

アリアが、それを望むなら。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「圧倒的じゃな・・・敵軍は」

 

 

そう感心したくなるほどに、妾達の状況は不味かった。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の前に、我が帝国軍は防戦一方じゃった。

この艦、『インペリアルシップ』周辺だけは、ジャックのおかげで比較的安全地帯なのじゃが・・・。

 

 

しかし他の空域の艦隊は、かなり不味い。

開戦当初、100隻を超えていたはずの我が艦隊は、すでに40%の損失を出しておる。

沈んだ艦は少ないが、無人になる艦も出ておるからの・・・!

帝国軍に、「人間」は皆無に等しい。

 

 

「グラビーナ提督の分艦隊が沈黙っ!」

「右翼艦隊、陣形を保てません!」

「各艦から、人員の補充要請が殺到しています! 捌き切れません!」

「泣き事を言うでない!」

 

 

艦橋のオペレーターの絶叫に、妾は怒鳴り声で応じる。

しかし、気持ちはわかる。

入って来る報告は悪い内容ばかりで、気が滅入る。

じゃが、ここで引くこともできない。

 

 

「ええいっ、撃てっ! 全艦、主砲斉射3連!」

 

 

ほどなくして、100発以上の精霊砲が放たれる。

それで敵の一部を薙ぎ払うことができた。

じゃが、やはり。

 

 

「数で、圧倒されるか・・・」

 

 

一部を潰しても、またすぐに別の集団が穴を埋める。

40万・・・その数字は、思ったよりも重く、妾達の上に圧し掛かってきておるようじゃ。

 

 

まるで、魚の生簀に放り込まれたエサの気分じゃ。

戦力比は、ざっと一対二千。

消耗戦になれば、こちらが不利なのは明白じゃ。

しかも、向こうには『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』がある。

 

 

『テオドラ殿下』

「おお・・・コリングウッド提督、そちらはどんな様子じゃ?」

『ダメですねぇ・・・そう長くは持たないでしょう』

 

 

通信画面に現れたのは、ウェスペルタティア艦隊の黒髪の提督。

帝国艦隊の内側で、旧王都への侵入口付近を防御しておるのじゃが。

 

 

「勝機は、あると思うかの?」

『無いでしょうね。ここまで来れば、できることは何もありません・・・まぁ、希望はあると思いたいですがね』

「希望か・・・」

 

 

アリカの娘が中に突入して、そろそろ1時間じゃ。

『リライト』発動までの時間も、おそらくは少ない。

・・・頼るしか、無いのか。

 

 

「・・・進歩が無いの、我ながら・・・」

 

 

20年前は、15歳のナギに頼った。

そして今は、10歳の子供に世界を救ってもらおうと言う。

本当に、進歩が無いの・・・。

 

 

 

 

 

Side コレット

 

「さぁ、しっかり私達に捕まっているんですよ!」

「お父さんとお母さんには、後で絶対に会えるからね!」

 

 

私と委員長の言葉に、子供達が不安そうに、だけどしっかりと返事をする。

私達は、リゾートエリアの避難所にいた人達を移動させる手伝いをしてる。

ホテル街は、ほとんど召喚魔に占拠されちゃったから、無事な人を他の避難所に移動させないと、危ないんだって。

でも人が多くて、1度には移動させられない・・・だから、最初は子供。

 

 

私達がいたホテルにいる負傷者の搬送もあるんだけど、そっちにはサヨとフォン・カッツェさん、デュ・シャさんがいる。

 

 

「準備は良いですか?」

「うん、大丈夫」

 

 

前と後ろに子供を一人ずつ抱えたベアトリクスの言葉に、私は頷きで答える。

私と委員長も、2人ずつ子供を抱えてる。

合わせて6人の子供を預かってる。

はは、6人だって、少ないね・・・いろんな意味で、重いけど。

 

 

「良し、行け!」

「はい!」

 

 

大人の騎士の人が合図すると、私達は子供を抱えて、建物の陰に隠れながら走る。

そう遠く無い場所から、砲撃や声が聞こえる。

私達の周りにも、10人ぐらいのアリアドネーの騎士が護衛についてくれてる。

まぁ、私達だけじゃ無理だろうしね。

でも、戦場が近いんだ・・・不安なのか、泣きべそをかいてる子供もいる。

 

 

・・・ちゃんと送り届けて見せる、絶対。

私がそう思った、その時。

 

 

「・・・! 道を変えろ! 敵が・・・」

 

 

地面を走る私達のずっと前を飛んでいた騎士の人が、ボッて音を立てて消えちゃった。

花弁みたいな物が残って・・・消えなかった箒が、地面に落ちる。

まただ、また人が消えた。

いったい、どんな魔法なの・・・?

魔法世界人は、<鍵>持ちを見たら逃げろって命令されてるけど。

 

 

「アドリス、ジル、囮になれ! 見習い共から奴らの目を逸らすぞ!」

「「了解!」」

「セブンシープ! 左の小路から通りを抜けろ! カタリナ、3人程連れて護衛を続けろ!」

 

 

めまぐるしく指示が出される内に、私達は路地裏に押し込められてしまう。

反論も意見もしてる暇が無い。

子供達の泣き声が響く中、私と委員長、それにベアトリクスは、必死に路地裏を走った。

 

 

「戦乙女騎士団を甘く見るなよ、この鍵っ子どもが・・・!」

 

 

剣戟の音、戦いの音、先輩達の怒声を背中に聞きながら・・・。

私達は、必死で走った。

絶対、この子達を安全な場所まで送り届けて見せるんだから・・・!

 

 

 

 

 

Side 調

 

アーティファクト、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』。

特殊な音波を発することで、純粋な物理攻撃を行うことができます。

形はバイオリンですが、私は楽器は弾けません。

ギギィッ・・・と言う嫌な音と共に、衝撃波が敵を襲います。

 

 

「『救憐唱(キリエ)』!」

 

 

ドズッ・・・と、救急用に徴用されているホテルの壁が、小さな爆発と共に吹き飛びます。

正直、ホテルの経営者に対して胸が痛みますが、仕方がありません。

敵の召喚魔が、ホテル内にまで侵入しているとあっては・・・。

リゾートエリアから民間人の退避が終わるまでは、持ち堪えなければ。

 

 

「<鍵>持ちが出たぞ!」

 

 

ロビーで戦っていたアリアドネーの騎士の一人が、そう叫びました。

魔法世界人では勝てない<鍵>持ち・・・『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちの召喚魔。

残念ながら、私にもどうすることもできません。

 

 

魔法世界人は、絶対に勝てない。

アレは、そう言う物です。

 

 

「ちぇりお―――――――っ!」

 

 

逆にいえば、魔法世界人でなければ、アレはそれほど脅威ではありません。

例えば、旧世界出身のスクナ様であれば、片手で潰せるほどに。

グシャッ・・・と音を立てて、『動く石像(ガーゴイル)』が頭を潰されて消える。

 

 

「はぁ~・・・これじゃ、ゆっくり治療もできないぞ!」

「そうですね・・・」

 

 

黒髪に、黒の瞳・・・スクナ様。

この方の傍にいると、何故か安心できます。

大地と木の精霊に愛されている私が、スクナ様の持つ気配に、安心感を抱くとは・・・。

フェイト様のことはもちろんお慕いしていますが、それとは違う気持ちを感じます。

 

 

「ダメだ、突破されるぞ!」

 

 

その時、ホテルの正面入り口のバリケードを突破してきた召喚魔の群れが、大挙してロビーに侵入してきました。

チャ・・・と、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』を構え直します。

 

 

「『救憐唱(カントゥス・エレーモシュネース)』!!」

 

 

敵の小集団に対し、全方位攻撃を仕掛ける。

間髪入れずに『救憐唱(キリエ)』を連続で放ち、間断なく小爆発で召喚魔を潰していきます。

しかし、やはり『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちには通じず・・・。

 

 

「スクナに任せろ!」

 

 

スクナ様がズンッ・・・と床を踏むと、周辺の大地と木の精霊が活性化するのを感じました。

大理石の床を突き破って、大きな木の根が何本も出現します。

先端が槍のように尖ったそれらが、無数の召喚魔を貫き、消滅させていきます。

凄い・・・けど、敵の数が多すぎます・・・っ。

キュキュキュキュッ・・・と、『狂気の堤琴(フィディクラ・ルナーティカ)』を奏で続けます。

 

 

「皆さん、上の階に撤退してください! ・・・すーちゃん達も!」

 

 

その時、2階からアリアドネーの騎士の方がそう言うのが聞こえました。

先程スクナ様と一緒にいた、サヨさんと言う方ですね。

撤退・・・撤退ですか、そうすべきなのはわかりますが。

 

 

撤退こそ、至難の技かと・・・!

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「サヨ! 撤退命令ニャよ!」

「わかってます! でもまだ一階の人達が・・・!」

 

 

1階と2階、3階の負傷者の人達は、何とか4階より上に運び終えました。

今は、5階に運んでる最中だと思います。

だから防衛線を少し下げて、2階を主戦場にとの指示が出てるんだけど・・・。

・・・分断されてる、敵の数が多すぎるんだ。

 

 

「すーちゃん!」

「わかったぞ!」

 

 

すーちゃんにもう一度呼びかける。

すると、すーちゃんは隣で戦っていた髪の長い女の子をお姫様抱っこして、2階に向けて駆け出した。

その後ろを、たくさんの召喚魔が追いかけてくる。

 

 

「まだ退却できていない奴がいる! 援護しろ!」

「「了解」」

 

 

2階に残っていた大人の騎士の方々が、階下に向けて魔法の矢を撃ち込んでくれます。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちには効かないけど、それでも十分な援護。

1階に残っていた人達が、次々階段に到達していく。

 

 

「おい見習い、彼氏が浮気しないか心配なのはわかるが、さっさと上に行け」

「ちょ、変なこと言わないでください!」

 

 

と言うか、何で皆知ってるんですか!?

うう、皆に笑われて、凄く恥ずかしいです・・・。

 

 

「サヨ、行くニャよ!」

「あと、先輩方に教えたの私らだから!」

「え、そうなんですか!?」

 

 

会話はふざけてるけど、行動は凄く真剣です。

3階へ続く階段の方に駆け出して、上に行こうとします。

でも、その時・・・。

 

 

ボンッ・・・。

 

 

「なっ・・・!」

「・・・デュ・シャさん!?」

 

 

床下から転移してきた『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』持ちの召喚魔が、デュ・シャさんの右足を撃ち抜きました。

桜の花弁みたいなのが舞って、デュ・シャさんが倒れます。

 

 

「く・・・カッツェさん! デュ・シャさんを連れて上に!」

「サヨはどうするニャ!?」

「私は『人間』だから大丈夫です!」

 

 

そう叫んで、『装剣(メー・アルメット)』!

長剣を召喚魔に振り下ろします。

ガギンッと剣と<鍵>が打ち合って・・・ここ!

 

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)・連弾(セリエス)・氷の11矢(グラキアーリス)』!」

 

 

召喚魔の眼前に手をかざして、零距離で魔法を撃つ。

これで・・・!

 

 

バスンッ・・・!

 

 

・・・私の魔法が、打ち消されました。

 

 

「なっ・・・!?」

 

 

次いで、かざした手がボンッ・・・と音を立てて分解されました。

血は流れません、ただ、花弁のような物が・・・。

続いて、お腹と右足に同じ衝撃を感じました。

何で・・・『人間』には通じないはずじゃ。

 

 

 

『一緒に修学旅行、行けるといいですね』

『リハビリも含めて、まだかかるからな・・・微妙だな』

 

 

 

その時、脳裏にアリア先生とエヴァさんの声が甦りました。

アレは、確か・・・まだ私が身体を動かせなくて、意識だけ定着してた頃の会話。

あ・・・。

 

 

私の身体、ホムンクルス。

 

 

人間に限りなく近いけど、人間じゃ無い。

それに材料は、魔法世界産って・・・。

魔法世界の物は、魔法世界と同じ成分でできてる。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』は、魔法世界の構成物質を消す・・・。

 

 

視界が、スローモーションで・・・床が、ゆっくりと近付いてきます。

ゆっくりと回転する視界の中に、すーちゃんの顔があったような気がする。

・・・すーちゃん、ごめ

 

 

 

 

 

Side 美空

 

や、やべええぇっス・・・!

B級映画みたいなピンチだよコレ・・・!

 

 

「押し返せ! 扉を破られるぞ・・・!」

「もっとバリケードになるような物を持って来なさいよ!」

「無理を言わないで! 一人でも動けば即アウトッ・・・!」

 

 

隣で、アーニャさんとロバートさんが騒いでる。

高音さんなんか、影まで総動員してる。

まぁ、状況は簡単。

 

 

①敵が来る。

②大人達に避難所の奥の部屋に押し込められる。ちなみに子供だけ、20人くらい?

③つまり大人はいない、全員が扉の外。やられたっぽい。

④敵が扉を破りそうな感じ(今ここ)。

・・・まぁ、こんな所。

つまり、この扉を破られると私達が凄くB級映画なことに・・・!

 

 

「バイオハザ○ドみたいなことにはなりたくないっス・・・!」

「ミソラ、エイリ○ンかもしれないゾ」

「どっちでも嫌だあああぁぁぁ・・・!」

「・・・案外、余裕がありそうね?」

「ほ、本当ですね・・・」

 

 

部屋の隅で赤ちゃんを抱っこしたシオンさんと佐倉さんが、呆れたようにこっちを見る。

まぁね、私が不安がってたらそっちにいる3歳児とかが不安がるでしょって、ゴメン嘘!

マジで怖い、こんなことならもっと早く逃げてりゃ良かった・・・!

今からでも遅くは無いってんで、アーティファクトの靴は装備してるけどね。

 

 

「ちょ、ちょっとコレ、ヤバいかもね・・・!」

「諦めるんじゃねええぇぇ・・・っ!」

 

 

ロバートさんとアーニャさんも頑張ってるけど、もう無理そう・・・。

シスターはどうなったのかな、外で戦ってるんだよね?

やれれてなんて、無いよね?

いつも通り、怒りながら助けに来てくれるよね?

 

 

叱られてる時は、あんなに鬱陶しかったのに。

どうしてだろ、今はあの人の叱る声が聞きたいよ・・・!

 

 

「・・・クル」

「ヘ?」

 

 

突然ココネが、私を突き飛ばした。

そんなに大した力じゃ無くて、2mくらい、たたらを踏む程度。

だけどその直後、天井が崩れてきた。

ズズンッ・・・と落ちてきた天井の梁が、私がいた場所に落ちてきた・・・。

 

 

「あっぶね・・・っ」

「ちょ、離しなさいよ!」

 

 

ロバートさんがアーニャさんを抱えて、飛び出してくるのが見えた。

高音さんも、影でガードしたみたいだけど・・・。

ココネは?

 

 

「・・・ミソラ」

 

 

どこかホッとしたような、ココネの声。

どこ、どこに・・・!

 

 

ボンッ。

 

 

乾いた、間抜けな音がした。

すると瓦礫の下から、花弁みたいなのが飛んで・・・アーティファクトが消えた。

え、ちょ!?

慌ててカードを取り出して、再装着・・・できなかった。

 

 

あるべき数字と文字が、そのカードには無かった。

カードが、「死んで」た。

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

嘘。

ココネ。

ココネ・・・ココネ?

 

 

え、コレ、何、嘘。

 

 

瓦礫の下から、ズブズブと石像みたいな召喚魔が出てきた。

ロバートさんとか、高音さんが何か言ってるけど、良く聞こえない。

 

 

ココネ・・・?

嘘、何で、コレ、え、ちょ・・・嘘?

ココネ、だってあの子、え、私を庇って・・・何で、私が守らなきゃいけないのに。

魔法世界が故郷だって、帝国・・・でもそんな、え、ココネ・・・ココネ、ココネ。

 

 

「春日さん!」

 

 

誰かの声、目の前に石像みたいなのが、鍵みたいなのを振り上げて。

誰、誰が、誰が、ココネを。

 

 

・・・こいつ? こいつら、こいつら・・・よくも。

よくも、こいつら、コイツラ、こいつらああああぁぁぁ・・・っ。

 

 

「ぁぁあああぁあぁあああああぁあぁぁああああぁあぁあぁぁああぁあっっ!!」

 

 

ジャカッ・・・と、今までやったことが無いくらい真剣に、袖から両手に十字架を素早く落とす。

掌サイズのそれを、投げる。

鍵を振り上げてた召喚魔の額に当たって・・・・・・爆ぜろよっ!!

 

 

頭を、吹き飛ばしてやった。

そいつは消える。でも、まだ、まだいる。

後ろからゾロゾロと・・・!

 

 

シスターみたいに、両手に十字架を構えて。

ココネに貰った靴は履かずに。

 

 

「ココネエエエエエェェェェエェェ―――――――――ッッ!!」

 

 

逃げずに、突っ込んだ。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

何なのでしょう、この不愉快な気持ちは。

スペックも、魔力量も、私の方がはるかに上。

だと、言うのに。

 

 

「ぬううううぅぅぅんっっ!!」

 

 

だと、言うのに・・・何故、私が押されなければならない!?

デュナミスの影で作られた10本以上の腕が、高速で襲いかかってきます。

全て見える、かわせます、防げます。

なのに。

 

 

「むんむんむんむんむんむんむんむんむんむんっっ!!」

「こんのおおおぉぉぉぉ・・・っ!」

 

 

その全てが私を捉える。

私の多重高密度魔法障壁が一枚ずつ剥がされていく。

衝撃も威力も、私の身体にはまだ届かない。

 

 

ズンッ・・・その時、私の腹部にデュナミスの拳の一つが突き刺さる。

・・・障壁の上からでも、衝撃が・・・!

何かがせり上がって来るかのような感覚に、動きを一瞬止められてしまいます。

その私の身体を数本の腕で掴み上げると、デュナミスは私を投げ飛ばした。

 

 

「・・・調子に、乗るなぁっ!」

 

 

ギュンッ、と空中で体勢を立て直し、投げ飛ばされた先にあった柱に着地する。

着地した体勢のまま、顔を上げると・・・カカカッ、と3本ほどの黒い短剣が目の前に刺さった。

 

 

「『黒き(メラーン・カイ・)牢球(スファイリコン・デズモーテリオン))

 

 

それが、爆発する。

だけどこんな物、私には通じません。

消え去るが良い・・・!

 

 

「『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』!!」

 

 

爆発も影も飲み込んで、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』が花弁を舞わせる。

デュナミスの右腕が吹き飛ぶ。

でも次の瞬間、失われた右腕を、影で疑似的に作り直し・・・!

 

 

「ガッ!?」

 

 

突然、デュナミスの左腕が背後から私を襲いました。

地面に転がり、それでも跳ね起きる。

見ると、デュナミスの左腕のあった場所が、細い影の糸のような物に解けていて。

遠距離攻撃・・・無駄なあがきを。

いい加減に・・・!

 

 

「消えなさい!!」

「絶対に断る!!」

「消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろおおおおぉぉっっ!!」

「断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断る断るううううぅぅぅっっ!!」

 

 

近接戦。

左の拳で相手の連撃を捌く、鍵を剣のように振って影を切り裂く、デュナミスの10本の腕が同時に襲い掛かる、けれどそれを『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』で1本ずつ消滅させる。

それでも止まらない、不愉快極まる・・・!

 

 

打ち合う、撃ちあう、討ち合う。

果てしなく続くかと思われたそれは、唐突に終わりを迎えます。

 

 

ゴプッ・・・タタッ。

 

 

ガクンッ、と膝が崩れ落ちます。

口から、血が。私の身体が、限界を。

こんな時に・・・!

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

2番目(セクンドゥム)が、突然床に崩れ落ちた。

私の影の装甲も大半が剥がされ、障壁もほぼ破壊されてしまった。

だが、ここに来て・・・!

 

 

「勝機、見えたりっ!!」

 

 

ここに来て、最大のチャンスが巡ってきた。

私は残りの全ての影を左腕に集める・・・これが、最後の力だ。

 

 

その拳を、2番目(セクンドゥム)の頭に叩きつける。

床石が砕け、2番目(セクンドゥム)の小さな身体がめり込む。

そのまま蹴り上げ、左拳を強く、強く握りしめる。

 

 

「ぬぅんっ!?」

 

 

その時、私の左の脇腹のあたりに違和感を覚えた。

視界に花弁が舞う・・・撃たれたか!

空中の2番目(セクンドゥム)が、血を流しながらも私を睨みつけている。

 

 

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』。

<始まりの魔法使い>の使徒である我々は、魔法世界と同じ物質でできている。

『リライト』を受けた者は『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に送られるが・・・。

魂の無い私達は、ただ消えるだけだ。

人形は、幻にも劣る。人形は夢を見ないからだ。

 

 

「それが・・・どうしたああああぁぁぁっ!!」

 

 

2番目(セクンドゥム)とて、『造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)』の力を十全に使いこなせているわけでは無い。

現にサウザンドマスターの息子とそのパートナーは、『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の術を受けたにも関わらず、まだ現世に肉体を残している。

 

 

いや、今はそれも良い。

跳ぶ、そして拳を繰り出す。

それだけだ。

 

 

「ぬうううぅぅぅぁぁあああああああああああぁぁぁぁぁっっ!!」

「・・・・・・つうぅあぁっ・・・・・・!」

 

 

ガガガガガガガガガガガガッ・・・と、ひたすらに拳を2番目(セクンドゥム)の身体に叩きこむ。

多層障壁を破り、そして。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リ「遅ぉいっ!」ル・・・!」

 

 

障壁の無い身体を直接掴み、空中から床に投げつける。

始動キーを途中で止め、ズンッ・・・と両足で2番目(セクンドゥム)の身体を踏みつけた。

衝撃が、祭壇を揺らす。2番目(セクンドゥム)の身体がのけぞる。

・・・奇妙な静けさが、場を包み込んだ。

 

 

「・・・ごふっ・・・・・・無駄ですよ・・・デュナミス」

「・・・かもしれんな」

 

 

・・・そう、確かに無駄かもしれんな。

だが、私には矜持(プライド)があり、覚悟があった。

20年前、いやそれよりも前から、私は多くの仲間と共に世界を守ると誓った。

恥を忍んで「死んだふり」をし、タカミチやゲーデルの追跡から逃れ続けた。

全ては我が主と、仲間と、そして悲願のため。

 

 

出戻りの貴様が我らの努力と犠牲の結果だけを手に入れるなど、どうして認められるだろう?

そうとも、認められるはずが無い。

無駄かどうかは、問題では無いのだから。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

次の瞬間、私の足元から<闇>が吹き荒れた。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

世界樹が発光した翌日・・・つまりは8月28日の朝、このちゃんは朝食は外でとろうと言いだした。

急に言う物だから、何かと思ったが・・・反対する理由も無かった。

なので、タナベさんとちび達も連れて「超包子」に向かった。

もちろん、ちび達はステルスモードだ。

 

 

「また急に、どうして外食ですぅ?」

「それ以前に、式神に食事を与える主人も珍しい気がしますー」

 

 

フヨフヨと浮きながら、「ちびアリア」と「ちびせつな」がそんな会話をしている。

まぁ・・・確かに。

と言うか、私は何故「ちびせつな」をそのままにしているのだろう・・・?

 

 

―――いらっしゃいませ―――

 

「四葉さん、おはようやえー」

「おはようございます、四葉さん」

 

―――おはようございます、6名様ですね、カウンター席へどうぞ―――

 

 

超鈴音がいなくなって以来、「超包子」は四葉さんが切り盛りしている。

四葉さんも大変だと思うが、以前よりも雰囲気が頼もしくなっている気がする。

 

 

「・・・い、今、あの女・・・ナチュラルにちびアリア達を人数に数えたですぅ・・・!」

「ス、ステルスは完璧なはずなのに・・・!」

「見えとるんやろか・・・?」

「理解デキカネマス」

 

 

・・・本当に、頼もしさが増した気がする。

 

 

「あ、おはようやえー」

 

 

その時、このちゃんが誰かに挨拶をしていた。

誰かと思えば、見覚えのある顔がカウンター席に座っていた。

白いトップスに、黒のショートパンツ、夏だと言うのに何故かマフラー。

褐色の肌に、顔にはピエロのメイク。

 

 

杏仁豆腐をパクついているその少女は、ザジ・レイニーデイ。

3-A・・・つまり、私とこのちゃんのクラスメートだ。

あまり交流がある方では無いが、挨拶くらいはする。

ザジさんも、このちゃんの挨拶に軽く頷きを返した。

 

 

「ザジさんも朝ご飯なん?」

「(コクリ)」

「ほーなんかー、杏仁豆腐が好きなんやねぇ」

「(コクリ)」

 

 

・・・頷きだけで会話をするザジさんが凄いのか、それとも構わずに会話を続けるこのちゃんが凄いのか・・・にわかには判断できなかった。

 

 

「それで・・・」

 

 

ザジさんの隣に座ったこのちゃんは、かすかに髪を揺らめかせた。

『念威』・・・?

 

 

「どんな感じなん?」

 

 

このちゃんは、何の話を・・・?

けれどザジさんには通じているのか、彼女は隣のこのちゃんに軽く視線を向けると、すぐに戻して。

 

 

「クライマックス」

 

 

短く、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ん・・・」

 

 

朝の気配に、眼を開きこそしない物の、意識が覚醒します。

ベッドの温もりと、残る眠気・・・気だるい身体。

すぐ傍に、自分の物とは別の温もりを感じ・・・何となく、それを抱き締めてみます。

 

 

「むぅ・・・? 何だ、アリアか・・・」

「・・・にゅ・・・」

 

 

口の中でモニャモニャ言いつつ、私はその温もりにしがみつきます。

サラサラと・・・誰かが私の頭を優しく撫でる感触に、私は笑みを浮かべます。

凄く、安心するから・・・。

 

 

「ふふ、こうして見ると本当に子供だな・・・外見はアリカ似だが」

「マスター、朝食の準備が整いました」

「茶々丸か・・・まぁ待て、もう少し堪能させろ・・・」

 

 

耳元で聞こえる会話。

それに、私は薄目を開けて・・・。

 

 

「・・・おはようございまひゅ・・・」

「む、何だ起きたのか」

「・・・残念です」

 

 

くあぁ・・・と、寝ころんだまま身体を伸ばすと、そこにいた2人―――エヴァさんと茶々丸さん―――が、どこか残念そうに私を見ていました。

私は、2人を見て・・・あれ?

何だろう、凄く、違和感が・・・。

 

 

「まぁ、良い。アリア、先に顔を洗ってこい」

「はい?」

「・・・寝惚けてるのか? 今日は早朝から職員会議だと言ったのはお前だろうに」

「・・・はぁ」

「アリア先生、今日から新学期です」

「・・・ああっ!」

 

 

ポムッ、と手を叩きました。同時に目も覚めました。

そうでしたそうでした、今日は9月1日、新学期です。

私は慌ててベッドから降りると、1階の洗面所に駆けて行きました。

 

 

「あ、アリア先生、おはようございますー」

「おはようだぞ、恩人!」

「ヨーッス」

 

 

階段を下りた所で、制服姿のさよさんと、オーバーオールで畑仕事ちっくなスクナさんと出会いました。

スクナさんの頭の上にはチャチャゼロさんがいて、ヒラヒラと手を振っています。

3人に挨拶して洗面所に入ると、鏡の前でフヨフヨと浮いている晴明さんを発見しました。

 

 

「・・・何、してるんですか?」

「いや、そろそろ身体を変えてみるかのぅ?」

「・・・お好きにどうぞ」

「うむ」

 

 

晴明さんが鏡の前からどくと、そこには私が映っています。

色違いの瞳と、そして、腰まで伸びた「金色の」髪・・・。

 

 

顔を洗って、リビングに向かいます。

リビングの扉の横には田中さんが立っていて、ガションッ、と会釈。

リビングに入ると、窓辺の日当たりのいい場所で、カムイさんが身体を丸めています。

 

 

少しして皆が揃うと、茶々丸さんが用意してくれた朝ご飯を食べます。

私が一番先に出ないといけないので、早く食べないと・・・。

 

 

「ああ、そうだアリア。今日のことだがな」

「はい、なんれふは?」

「・・・きちんと飲み込んでから喋れ」

 

 

はぅ、怒られてしまいました。

ごくん、と口の中の物を飲みこんだ後、エヴァさんが続きを話してくれます。

 

 

「今日のことだがな、ナギとアリカは夕方に着くとさ」

「・・・はい?」

「・・・お前、大丈夫か? さっきから聞き返してばかりじゃないか」

「どこか調子、悪いんですか?」

「へ・・・いえいえ! そんなこと無いですよ?」

 

 

エヴァさんの訝しげな声と、さよさんの心配そうな声。

慌てて否定しますが、納得していないような顔を浮かべられてしまって・・・。

 

 

「えっと・・・お父様とお母様が・・・えー、お忍びで来るんですよね? 思い出しました!」

「なら、良いが・・・ゲーデルがお前らのために寝る間も惜しんで作った時間だ、せいぜい母親に甘えるんだな・・・・・・その間に、ナギを・・・ふふふふふ」

 

 

お父様をどうするつもりですか、エヴァさん。

怖くて聞けませんが。

 

 

・・・そうでした、今日はオスティアからお父様とお母様が来るのでしたね。

ホームステイ先・・・つまりエヴァさんの所でちゃんとやれてるか、心配そうでしたし。

メルディアナ・・・お父様の母校(中退)を卒業した後、麻帆良で修業を始めてからずっと。

特に、お母様が心配性で・・・。

こう言う時、オスティアと直通のゲートがある麻帆良は便利ですね。

 

 

「ところでアリア、今週の日曜は暇か? もし時間があるなら・・・」

「マスター、アリア先生は日曜日にすでに予定を入れておいでです」

「そうですよエヴァさん、7日はアリア先生にとって大事な日なんですから!」

「収穫か?」

「チガウトオモウゼ・・・」

 

 

えっと・・・日曜日。

7日は・・・。

 

 

「逢瀬じゃろ」

 

 

晴明さんが、何でも無いことのように言いました。

あぅ・・・そうでした。

はっきり言われると・・・照れます。

 

 

「お任せくださいアリア先生。デート当日の服は52種類にまで絞れています」

「シボレテネーダロ、ソレ」

 

 

親指を立てて胸を張る茶々丸さんに、チャチャゼロさんが静かな突っ込みを入れます。

ご、52種類は、ちょっと・・・。

 

 

「デ、デデデデデデ、デート・・・だと・・・?」

「いえ、その・・・違いますよ? その、ただお茶をするだけで、お互い忙しい身ですし」

「そ、そうだな、うん。アリアにはまだ早いなデートは、うん・・・」

「でも、2人っきりなんですよねー♪」

「み、認めんぞおおおおおおおぉぉぉぉ――――――っ!! あんな若造、絶対に認めん!!」

 

 

さよさん、何故にちょっと嬉しそうにしているのですか・・・。

アレですか、デートとかに憧れるんでしょうか、スクナさんと夏休み中イチャイチャしてたくせに・・・。

 

 

その後、エヴァさんの暴走をかわしつつ、朝食を進めていると・・・。

玄関から、呼び出し音が鳴りました。

茶々丸さんがリビングから出て行って・・・ほどなくして戻って来ました。

 

 

「お迎えです、アリア先生」

「あ・・・はいっ」

 

 

私は牛乳を飲み干すと、口元を拭いて、鞄を持って外に向かいました。

もう、こんな時間。

 

 

「じゃあ、先に行きます!」

「行ってらっしゃいませ、アリア先生」

「帰ったら、ナギとアリカ含めて話があるからな!」

 

 

そんな声に送りだされて、私は外に出ます。

するとそこには、長い金髪を陽光に煌めかせる、私の憧れの人が立っていました。

さぁ・・・。

 

 

「おはようございます、シンシア姉様!」

「ん、今日も元気だね、キミは」

 

 

柔らかく微笑むシンシア姉様に、私は笑顔を見せます。

さぁ、今日も副担任のお仕事を頑張りますよ!

 

 

 

・・・幸せな、この世界で―――――。

 




ポヨ・レイニーデイ(仮称):
ポヨポヨポヨ・・・まさかこんなことになるとはポヨ。
フェイトは心変わりし、「完全なる世界」も発動が間近とはいえ、邪な気を感じるポヨポヨ。
まぁ、『造物主の掟』による魔法世界人の抵抗の排除も順調ポヨ。
後は、彼女を止めるだけ。
・・・試させてもらうポヨ。


今回は久しぶりに、新しいアイテム案を採用したポヨ。
『パンプキン・シザース』から、『ドア・ノッカー』ポヨ。
提案は司書様ポヨ。
効果は、近く私が身をもって知ることになるポヨ。
・・・マジかポヨ。


ポヨ・レイニーデイ(仮称):
それでは次回、「完全なる世界」。
けして戻れぬ無垢なる楽園。
このまま、幸せに眠るが良いポヨ・・・。
もう二度と、会うことは無い。

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