ネギは、冬が好きだった。
特に、雪が降る夜などは一番好きだ。
「ふんっ、ふんっ、ふふーん♪」
窓の外に積もる雪を見ながら、赤毛の少年―――ネギ・スプリングフィールド―――は、気分良く鼻歌などを歌っていた。
チラチラと落ちてくる雪は綺麗だが、実の所ネギにとって、季節も状況も問題では無い。
重要なのは、数年前に憧れの人物が自分を助けてくれたのが、今日のような雪の降る夜だったことなのだから。
「そんな所にいると、風邪を引いちゃいますよ?」
場所ウェールズ、メルディアナ魔法学校の廊下。
窓の前で立ち止まってるネギに声をかけてきたのは、「白い髪の」女の子。
ネギと同い年で、しかも同じ村の出身。
幼馴染のアーニャとも仲の良い少女で、ネギ自身とも顔見知りである。
名前を、「アリア」。
ファミリーネームをネギは失念してしまったが、特に不便は感じていないので、聞き直すようなこともしなかった。
「・・・もしもし? ひょっとして私は壁に話しかけたのでしょうか?」
「え、あ、ごめん。ぼうっとしてた」
「まったく・・・もうすぐ就寝時間ですから、寮に戻った方が良いですよ?」
「ああ、うん、そうなんだけどね」
窓の外に目をやりながら、ネギは少し興奮したように言った。
「明日は、父さんが来る日だから!」
「ああ・・・」
イギリスの学校には、基本的に親は学校に来ない。
外国には「授業参観」なる物があると「旧世界学」の授業で聞いたことがあるが、イギリスには原則として無い。
メルディアナ魔法学校もその例に漏れず、親が来ることは滅多に無い。
卒業式など、それくらいだろう。
だが、明日はネギの父親・・・「
後進に自分の経験を語ると言う名目だが、従姉のネカネからは「ネギに会いに来るのよ」と聞いている。
「・・・まぁ、楽しみなのはわかりますが、早く寝ないとスタン爺様に怒られてしまいますよ」
「大丈夫だよ、それくらい」
スタンと言うのは、ネギとアリアの村の長老的存在だった人物だ。
今は村人と共にメルディアナの街に移住しており、メルディアナ魔法学校の副学長をしている。
数年前のあの雪の日、父、ナギ・スプリングフィールドが「救った」人間の一人でもある。
従姉も、アリアも、村人達も、そしてネギ自身も。
全て、父であるナギ・スプリングフィールドが「救った」のだ。
アリアはネギの様子に溜息を吐くと、そのまま背を向けて歩き出した。
去り際、一瞬だけ振り向いて。
「おやすみなさい、ネギ●●」
最後の言葉・・・その一部だけが。
ネギには、どうしてか聞こえなかった。
◆ ◆ ◆
「アリア」と言うその少女は、角を曲がった所で立ち止まった。
そのまま、ふと窓の外を・・・否、窓に映る自分を見る。
そこに映っているのは、白い髪のオッドアイの少女では無かった。
そこに、映っているのは・・・。
「・・・一度」
ぽつり、と少女は呟く。
背後の道の向こうにいるであろう「兄」の存在を感じながら。
「一度、堕ちれば・・・二度とは出られない。ここは全てを断ち切る場所・・・永遠の園。無垢なる楽園・・・」
窓に映る少女は、短い銀色の髪をしていた。
瞳は、血のような赤。肌は褐色。
服はメルディアナのローブでは無く・・・赤いブレザー。
そして、顔にはピエロのメイク。
「『
その少女の、名は・・・。
◆ ◆ ◆
そわそわ、そわそわ。
「ちょっとネギ、聞いてるの!?」
「無駄ですよアーニャさん、今は何を言っても聞きませんから」
「まぁ、わかってたけどね・・・あ、お母さんだ」
翌朝、ネギ達七年生は、卒業式などの重要なイベントを取り行う時に使う講堂に集められた。
とは言っても、七年生は10人にも満たない人数であり、招待された生徒達の親などを含めても20人程度である。
教師を含めて、30人弱と言った所だろうか。
最上級生徒は言え、10歳前後の生徒達は大なり小なり、緊張している様子だった。
そわそわ、そわそわ。
その中で、ネギは特に挙動不審であった。
子供らしいと微笑ましそうな視線を向ける者もいれば、逆にその態度を咎めるような視線を向ける者もいる。
しかし、ネギにとっては大した問題では無かった。
何故なら、ようやく父に会えるのだから。
探し続けて、追い続けた父に、会えるのだから――――。
「・・・?」
ふと、ネギは違和感を覚えた。
探すも何も、追うも何も、あの悪魔襲撃事件の時から、すでに父には何度か会っているのだ。
だから、「ようやく会える」などと思うのはおかしいのでは無いか。
そんなことを、考えた。
ネギの父、ナギ・スプリングフィールドは、20年前に世界を救った英雄である。
世界を混沌に陥れ、世界を滅ぼそうとした悪の秘密結社を倒し、<
憧れた、どうしようもなく。
そして、あの悪魔襲撃の時。
危機を未然に察知したナギが、助けに来てくれたのだ。
そして圧倒的な力で、村に迫る悪魔達を殲滅した。
大事を取って、村人達はメルディアナに移住したのだが・・・とにかく。
ナギはネギにとって、まさに「英雄(ヒーロー)」だった。
父のようになりたいと、願った。
ただ仕事の忙しい父は、めったにネギには会えなかった。
それについては、寂しいと思うことも・・・。
「おお? けっこー集まってんじゃん」
「わかっておるじゃろうが、シャンとするんじゃぞ」
「わぁかってる、わかってるって、スタンじーさん」
その時、スタンに伴われて、一人の男が壇上に姿を現した。
魔法使い用の白いローブを纏った、赤毛の男。
ネギは、目を見開いた。
何故か、胸が締め付けられる。
「あー・・・知ってるかもだが、俺がナギだ。まぁ、よろしく頼むぜ」
壇上のナギは、頭を掻きながら、どこか面倒そうに言った。
横に立っているスタンが目を細めるのを見て、頭を掻く手を下ろしたりもするが・・・。
その場にいる人間は、概ねナギを同じ目で見つめていた。
すなわち、「英雄」を見る目である。
「すげぇ・・・本物だよ」
「なんと言うか、オーラがあるよね」
そして、ネギは・・・。
「ふーん、まぁ私は、前にネギと会ったことあるし・・・って、どうしたの!?」
「え?」
「え、じゃないわよ。何で泣いてんのよ・・・」
隣に座っていたアーニャが、ハンカチでネギの顔を拭いてやった。
ネギの両頬には、涙が流れていた。
ボロボロと、大粒の涙が溢れていた。
ネギ自身、驚いている。
ただ、何故か・・・泣きたかった。
とても、嬉しかったから。
・・・何が、嬉しいんだろう?
「ああ~、せっかく集まってもらってアレなんだが、俺は改まって話すのとか苦手だからよ」
壇上のナギは、ネギの様子を知ってか知らずか、そんなことを言っていた。
ナギはニカッと笑うと、親指をくいっと横に向けて。
「表に出よーぜ」
◆ ◆ ◆
メルディアナ魔法学校は、魔法使いを養成する機関である。
当然、実技用のグラウンドなどもある。
講堂にいた人々は、ナギについてグラウンドに来ている。
ナギ自身はグラウンドの中央で屈伸などをしている。
軽い準備運動を終えた後、ナギはネギ達七年生を見て。
「よーし、んじゃ、誰からやる?」
と、言った。
その場にいた人々が、にわかにザワついた。
まぁ、スタンのように溜息を吐く人間もいたが。
「あの・・・ナギ? 何をするつもりなの?」
「何って、稽古だよ稽古・・・ん? 模擬戦? 組手? まぁ、何でも良いや、それだ」
心配そうに様子を見ていたネギの従姉にしてメルディアナ職員でもあるネカネの言葉に、ナギは軽く答えた。
そして、構える。
どうやら、模擬戦をやるつもりらしい。
「おーい、どしたホラ。何なら全員でもいーぞー?」
ちょいちょい、と手を振るナギ。
戸惑ったような顔を見せる生徒達。
その中で、ただ一人手を上げた生徒がいた・・・言うまでも無く、ネギだった。
「おぅ、ネギか」
「ハイッ、父さん!」
軽く笑うナギに、ネギは元気良く答えた。
その場にいる他の人間も、一様に好奇心を刺激されたような表情を浮かべている。
英雄と、その息子。
組み合わせとしては、これほど期待できる物は無いだろう。
「あー、最後に会ったのはいつだっけか、入学式ん時か?」
「はい、父さん」
「成績、トップなんだってな。少しはできるんだろ?」
「父さんには、とても敵わないです」
「おいおい、情けねーなー息子よ。男の子なら『てめーなんざ俺に勝てるわけねーだろタコ!』ぐらい言えって」
ネギの性格上、それはかなり難しい注文だった。
「んじゃま、なるべくもたせな・・・すぐに終わっちまうぜ?」
「・・・ハイッ!」
父の言葉に、ネギは返事をして・・・。
そして、父に向かって駆けだした。
◆ ◆ ◆
数年前、父に譲ってもらった杖を片手に、ネギはナギに飛びかかった。
右拳を前に突き出すと、それはナギの左手で軽々と受け止められてしまう。
手を掴まれたまま、左足で蹴りに入る。
「おお、魔法剣士スタイルかよ」
「はい!」
特にスタイルを意識したことは無いが、ネギはいろいろな人の話を聞いたり、悪魔を倒したナギの戦い方を見て、接近戦重視の戦い方を練習していた。
父親に、ナギに、憧れていたから。
ただ、ほぼ独力で練習した物だが。
左足の蹴りを止められた瞬間、ナギの右拳がネギの腹部に突き刺さった。
魔法学校の生徒の魔法障壁など、ナギにとっては紙きれのような薄さだった。
「ネギ!」
ネカネが、青ざめた顔で悲鳴を上げる。
だが、ネギ自身は驚きこそすれ、倒れもしないし逃げもしない。
右頬を殴られて吹き飛ばされた後も、ネギの目はしっかりと父親を見ていた。
無詠唱の『
ネギは杖に魔力を込めると、魔法の矢をかわすために空へと逃げた。
一旦距離をとり、体勢を整えようとする。
だが、空から下を見た時、そこにはすでにナギの姿は無かった。
「男の子が、逃げちゃダメだ、ろ!」
声と同時に、背中に衝撃。
杖を手放し、回転しながら落ちるネギ。
それでも何とか、上を見る。
そこには、杖も何も無しで空中を飛んでいるナギの姿があった。
笑いながら、右手に膨大な魔力を込めている。
おそらくは、それでも本気では無いのだろう。
「男の子だろ、耐えてみせな」
そう言って、魔力を解放する。
放たれたそれは、とても10歳にもならない子供向けて放つような代物では無かった。
下から、大人達の悲鳴が上がる。
だがそれでも、ネギはどこか冷静だった。
10年に1度の天才――――メルディアナで彼は、そう言われている。
本人にその意識があるのかはともかくとして、ある点で確かに彼には才能があった。
魔法の構造を見抜く、と言う点においてである。
「・・・ラス・テル・マ・スキル・マギステル・・・!」
即座に呪文を唱え、かつ自分の魔力の全てを込める。
そうして放った1本の『
それがナギの放った魔法の砲撃の側面に当たり、その反動でネギは直撃を免れる。
ネギのすぐ傍をかすめた砲撃は・・・メルディアナの結界を破壊して、街の外の山に直撃した。
轟音と共に、山の一部が吹き飛ぶ。
基本的に無人の山だが、いずれにせよ10歳にもならない子供に、特に実の息子に向けて放つような威力では無い。
直撃していれば、死んでいたかもしれない。
「おおっ、よく避けたなー」
「・・・へへっ」
パチパチと拍手すらするナギに、ネギは笑った。
今、自分は父親と一緒にいる。
その実感が、ネギの心を満たしていた。
まだ、終わらせたくなかった。
ネギは右手を伸ばすと、杖を呼んだ。
即座に右手に収まる、杖。
魔力を込めて、飛ぶ。
「行きます、父さん!」
「おう」
少しでも、1秒でも長く。
父親と、触れ合っていたかったから。
◆ ◆ ◆
「・・・あれ?」
目が覚めると、そこには見覚えの無い天井があった。
どうやら、ベッドに寝かされているらしい。
ズキッ・・・と、頭が痛んだ。
「ここは・・・」
「そこは『・・・知らない天井だ』と言うことをお勧めしますよ」
「え・・・?」
ベッドの傍に、誰かがいた。
そこにいたのは、白い髪の女の子。
読んでいた本を閉じて、その少女・・・アリアは、ネギを見た。
色違いの瞳が、ネギを見つめる。
・・・何故だろう、ネギは思う。
その瞳で見られると、とても、居心地が悪くなる。
「・・・どうして、ここにいるの?」
それは。
「どんな意味で?」
「え・・・?」
ネギは、アリアの言葉の意味がわからなかった。
どんな意味で、とは、何のことか。
「・・・ここは医務室です。模擬戦で気絶した貴方は、ここに運び込まれました」
「そ、そうなんだ」
「大騒ぎでしたよ」
「あ、あはは・・・」
ネギが苦笑いを浮かべると、アリアは溜息を吐いた。
「えと・・・それで、父さんは・・・?」
「スタン爺様に怒られている所です」
「あはは・・・」
また、ネギは苦笑いを浮かべる。
しかしアリアは、今度は溜息を吐かなかった。
沈黙して、表情も消して・・・ネギを見つめている。
ネギは、何故かとても居心地が悪かった。
まるで、何かを咎められているような気分だった。
「・・・その・・・それで、父さんはいつ、来てくれるの・・・?」
「ナギ・スプリングフィールドは来ません」
きっぱりと、アリアは言った。
それにネギは、違和感を覚える。
言葉にできない、不思議な違和感。
「少なくともこの世界で、二度と会うことは無いでしょう」
「え・・・そ、それは、どう言う」
「ネギ●●」
まただ、また聞こえなかった。
これだけ至近距離で話しているのに、ネギにはアリアの言葉の一部が、どうしても聞こえなかった。
いや、それどころか軽い頭痛すら覚える。
「ネギ●●」
アリアは、繰り返した。
ぐっ、と身を乗り出し、ベッドに両手をついて、ネギに覆いかぶさるような体制になる。
「ネギ●●、私は貴方にとって、何ですか?」
「な、何って・・・?」
「貴方にとって、『アリア』とはどんな存在ですか?」
<『ネギ』にとって、『アリア』がどんな存在なのか?>
突然のその問いは、ネギを困惑させた。
当然だろう。
同じ村の出身者、同じ学校に通う生徒、何でも良い。
突然、その人間が自分にとって何なのかと聞かれて、即座に答えられる人間がどれだけいるだろう。
「好きですか? 嫌いですか? 守るべき味方ですか? 排除すべき敵対者ですか?」
だが、アリアが聞いているのはそんなレベルの話では無かった。
それはもっと、根本的で・・・具体的な話だった。
ズキンッ・・・と、ネギは頭の痛みに顔を顰めた。
片手でこめかみを押さえた、その時・・・。
◆ ◆ ◆
・・・その小屋には、小さな男の子と女の子がいた。
どうやら2人は、兄妹らしかった。
「プラクテ・ビギ・ナル、
「おお~・・・」
「い、今何か出たよね●●●!」
「ええ、出ました。さすが●●●●です」
「えへへ・・・」
兄は、魔法の練習をしている。
妹は、それを嬉しそうに見ている。
シャラン、シャランと、拙い魔法の光が小屋に現れる度に、妹はパチパチと拍手をしている。
兄はそれが嬉しくて、何度も初心者用の杖を振る。
その日は、雪の降る夜だった。
まだ暖炉に上手く薪をくべることができない2人は、一緒のベッドで眠った。
お互いの身体をくっつけて、温もりを分け合った。
寒いけど・・・寒く無かった。
眠くなるまで、たくさんのことを話した。
「あのね●●●、僕、お父さんみたいになりたいんだ」
「はぁ・・・お父様みたいになって、どうするんですか?」
「んっとね、凄く強くてカッコ良い魔法使いになって、悪い奴をたくさんやっつけるんだ!」
「ふぅん・・・そうなんですか」
興奮したように語る兄に対し、妹はどこかつまらなさそうだった。
そんな妹の様子に気付いているのかいないのか、兄は続けて言った。
「そうしたら、僕が●●●を守ってあげるね!」
兄の言葉に妹は最初、きょとん、とした表情を浮かべていた。
それから、少しだけ顔を赤らめて・・・。
「・・・そ、そうですか」
「うん!」
「・・・守ってくれるんですか?」
「うん! 僕はお兄ちゃんだからね!」
ベッドの中で、えへん、と胸を張る兄。
妹は、そんな兄を温かな目で見つめると。
「じゃあ・・・私も、貴方が私を想っていてくれる限り、貴方を助けます」
「ほんと?」
「はい・・・約束ですよ。ちゃんと私を好きでいてくださいね」
「うん、約束! 大好きだよ、『アリア』」
「私も・・・『ネギ兄様』が大好きですよ」
「「約束」」
声を揃えて、ベッドの中で約束を交わした。
けれど、その約束は―――――――――――。
◆ ◆ ◆
「うぅああああああぁあぁああぁああぁぁあぁああああぁぁあぁあぁっっ!!??」
突然、頭に流れ込んできた映像に、ネギは悲鳴を上げた。
アリアを押しのけて、ベッドから出ようとして・・・失敗して、落ちる。
身体をしたたかに打ち付けて、酷く痛い。
だが、頭の痛みに比べれば、大したことは無かった。
今、「思い出した」事実に比べれば、大した問題では無かった。
アリアの魔法具『
ネギは知りようも無いことだが、本来は奪われた記憶の「書」を読まない限り取り戻せないはずの記憶。
すなわち。
<ネギ・スプリングフィールドは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの兄である>
「そんな、違う、そんなはず無い。だって僕は、僕は、僕は・・・僕は、だって」
<ナギ・スプリングフィールドは、ネギ・スプリングフィールドの父である>
<アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの母である>
<ナギ・スプリングフィールドは、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの父である>
<アリカ・アナルキア・エンテオフュシアは・・・>
「違う、違う、違う・・・だって、それじゃあ・・・それじゃあ、僕は、今まで」
「そうですね」
ネギの言葉に、『アリア』が頷く。
「貴方は自分の母と妹を『世界の敵』と断定し、戦争までしかけ、加えて処刑するとまで宣言した」
「でも、それは、アリアが世界を滅ぼそうとしているって」
「そして発動する『リライト』は、世界を一度は壊す」
「僕は、僕はただ!」
「貴方だけが悪いわけじゃ無い」
その『アリア』を、ネギは頭痛に耐えながら睨みつけた。
「キミは・・・誰?」
ネギのその言葉に、『アリア』・・・否。
『ザジ・レイニーデイ』は、指をパチンッと鳴らすことで答えた。
世界が、反転する。
◆ ◆ ◆
「ここは、本物の世界ではありません」
「え・・・?」
気が付くと、ネギは何も無い真っ白な空間にいた。
靄がかかったような、そんな場所。
そして隣にいるのは白い髪の女の子では無く、褐色の肌のピエロの少女。
「ザジ・・・さん?」
「はい、ネギ先生。今は姉と・・・そしてもう一人の力を利用して、貴方の意識に干渉しています」
ザジ・レイニーデイ。
かつて麻帆良でネギが教師をしていた頃、受け持っていた生徒。
3-A所属の生徒の一人。
とは言え、ネギとはあまり交流が無かったが。
「ある程度の話はすでに聞いているでしょう。ここは『
「『リライト』で・・・ここは、本物の世界じゃ無い?」
「はい・・・とは言え、ただの夢と言うわけでもありません」
ネギ自身は、『
ただ、『リライト』によって世界が再生すると聞いただけだ。
そして『リライト』の構築式に「分解」の要素を見つけ、エルザと衝突した・・・。
しかしある意味では、世界は「再生」されているわけである。
夢・・・ザジに言わせれば、ただの都合の良い夢では無い。
あり得たかもしれない、もう一つの現実。
幸福な現実、最善の現実。
「ネギ先生の場合は・・・『もしも父親が期待通りの人物だったら』、こう言う世界になります」
もしも、ナギ・スプリングフィールドが、ネギの理想通りの完璧な「英雄(ヒーロー)」だったら?
20年前、禍根を残す形で世界を救いはしなかっただろう。
『
10年前、行方知れずになることも無かっただろう。
6年前、悪魔が村を襲撃などできなかっただろう。
麻帆良で起こった全ての事件は、発生すらしなかっただろう。
「『
セールストークのような口調で、ザジは続けた。
「人生のどの時期であるかも自由・・・死も無く幸福に満たされた暖かな世界。見方によっては、これを永遠の楽園の実現と捉えることもできるでしょう」
この時、ネギには見えていないが、魔族であるザジの目には他の人間の夢も見えている。
例えば・・・。
◆ ◆ ◆
エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルの夢は?
―――吸血鬼になることなく、人間として一生を過ごすこと。
絡繰茶々丸の夢は?
―――家族と共に在り続けること。お世話と記録を残すこと。
チャチャゼロの夢は?
―――家族の頭の上にいること。あと刃物があれば文句は言わない。
安倍晴明の夢は?
―――1000年前、母と共に暮らし、2人の息子に陰陽術を教えること。
龍宮真名の夢は?
―――かつてのパートナーと共に旅をすること。
クルト・ゲーデルの夢は?
―――18年前のアリカ女王の処刑を阻止し、元老院を潰す。そして後に生まれるアリア王女を守る。
天ヶ崎小太郎の夢は?
―――世界で一番強い男になって、千草や村上夏美らを守れる男になること。
天ヶ崎月詠の夢は?
―――剣を捨てること。「餓え」から解放されること。
そして・・・アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの夢は?
◆ ◆ ◆
「・・・ネギ先生」
本来なら「先生」と呼ぶ必要は無いのだが、ザジは構わずに「先生」と呼ぶ。
それは、彼女にとって人間の役職は大した意味を持たないからだろうか。
「貴方は、一人ですね」
ザジは今まで見ていたネギの夢を反芻して、そう言った。
ネギの夢と他の者達の夢とでは、明らかに違う部分があった。
「貴方には、誰もいない」
アリアにエヴァンジェリン達がいたように。
あるいは、天ヶ崎千草に小太郎や月詠がいたように。
あるいは、龍宮真名やクルト・ゲーデルに、人生を捧げても良いと思える誰かがいたように。
ネギには、喜びや悲しみを分かち合える「誰か」が、いなかった。
分かち合えなくとも、認めて受け入れてくれる「実像」を持たなかった。
周囲に人はいたが、それだけだった。
彼らは皆・・・良くも悪くも一方的だった。
そしてネギ自身・・・一方的な表現しかできなかった。
「この世界の登場人物は、父親も含めて貴方のイメージに『
「でも、僕は父さんを知ってる」
「会ったことも無いのに?」
「・・・」
ザジの言葉に、ネギは顔色を変えた。
それは、彼にとって言われたく無い言葉だった。
何故なら、本当のことだったから。
「貴方は独りです、ネギ先生」
「・・・だ・・・」
床に膝をついた体勢のまま、ネギはザジを見上げた。
その目には、涙すら浮かんでいた。
「・・・だって、だって・・・仕方が無いじゃないですか・・・!」
「・・・何がですか?」
「だって、誰も教えてくれなかったじゃ無いですか・・・!」
誰も、教えてはくれなかった。
人との接し方を、魔法の使い方を、力の意味を、本当のことを。
生きて行く上で必要な、全てのことを。
ネギは、誰からも教わらなかった。
少なくとも「大人の魔法使い」は誰も、ネギに何も教えてはくれなかった。
ただ、進めと言うばかりで。
ネギにできたことは、メルディアナの図書館で本を読み、自分で学ぶことだけだった。
授業に出ずとも、禁書庫に入ろうとも・・・誰も何も言わなかった。
何も、教えてはくれなかった。
やって良いことと、悪いことを。
魔法が上達した時だけ、褒めてくれる。それが当たり前になって行く。
それ以外に、方法を知らないから。
そして接し方がわからない内に、誰もが自分から離れて行く。
だから、一人でいるしか無かった。
どうすれば良いのか、わからなかったから。
「僕は何も、悪いことはしていません!」
血を吐くような叫び。
「それが悪いことだって言うなら、中途半端に認めたりしないで、悪いことだって教えてくれれば良いじゃないですか! そうしてくれれば、僕だって・・・」
「・・・可哀想な人」
ポツリ、とザジが小さな声で言った。
「それだけで良かったのに、それだけが手に入らない。頑張っても通じない、求めても叶わない・・・麻帆良にいた時から、貴方はそうだった・・・頑張るだけで、次には活かせなかった。だって、その方法を
知らなかったのですから・・・」
「誰も、教えてくれなかった・・・」
「・・・頑張っている自分を認めてもらえれば、きっとそれで良かった。父親を目指して頑張る自分を・・・それしか、目指す物を知らなかったのですから・・・」
そう言いながら、ザジはネギに近付く。
そして、ネギの服の胸元を掴むと・・・力任せに引き上げた。
ネギの目が、驚いたように見開かれる。
「今から貴方の意識を、現実へと押し戻します」
「ど、どうして・・・?」
「貴方が一番、祭壇に近いからです」
どんっ・・・とザジに突き飛ばされた時、ネギの背後の空間に穴が開いた。
「ここは『
「ザ、ザジさん・・・貴方は・・・?」
「私でも、クラスメートの頼みの一つも聞くこともあります」
最後に、ザジはネギに微笑んだ。
「私がどうしてアリア先生の姿で現れたのか、わかりますか?」
「え・・・?」
「貴方が、それを望んだからです」
何を望んだと言うのか。
ネギには、わからなかった。
それもまた、教えてもらえないことだったから。
「一つだけ。もし何をすれば良いのかわからないのなら、自分の感情をそのまま口にすれば良い」
だから、わからなかった。
◆ ◆ ◆
「・・・今も貴方は、わからないままなのでしょうね、ネギ先生」
ネギが消えた空間を見つめながら、ザジは囁くように言った。
現実・・・魔法世界の姉の目を通じて、ザジは白い髪の少女の様子を視る。
「嫌っても、憎んでも、妬んでも、疎んでも、嫉んでも、無視しても、記憶を奪われても」
それでも。
「アリア先生を『いなかった』ことには、しなかったと言うことに」
アーニャ:
アーニャよ、久しぶりね!
一応、ネギの夢にも出てたわよ、いないかと思った・・・。
それにしてもあのザジって子、結構的外れよね?
だって、ネギってそういうんじゃないと思うもの。
ようするに・・・子供なのよ、ネギは!
アーニャ:
じゃあ、次回はアリアとネギが寝てる間の現実の話ね。
もちろん、私も出るわよ!
じゃあ、またね。