魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第24話「繋がる世界」

Side ネギ

 

「奇遇ですね、私も貴方のことは昔から大嫌いでしたよ、ネギ」

 

 

どこか引き攣ったような笑顔でそう言って、アリアはさっさと行ってしまった。

話したくも無い・・・そもそも、話すことなんて何もない、そんな態度。

まぁ、そんな所だろうとは思った。

 

 

・・・そっか、僕はアリアに嫌われていたのか。

僕は何となく、何かを確認できた気持ちになれた。

 

 

「ね、ネギせんせー、とりあえずこっちに」

「あ、はい・・・のどかさん」

 

 

適当な柱に背中を預けて、僕は座り込んだ。

周りにいるアリアの部下らしき人達は僕達のことを無視しているように見えて、見張っているみたい。

何となく、視線を感じる。

のどかさんも落ち着かないのか、ソワソワしてる。

 

 

「そ、そうだ・・・ネギせんせー、傷は・・・」

「ああ、大丈夫ですよ。治癒魔法とかで何とか・・・」

「え、でも・・・・・・はい」

 

 

何かを言いかけて、のどかさんは俯いた。

・・・アーティファクトの本はまだ手に持ってるから、嘘はすぐにバレる。

・・・そう、嘘だ。

血は止まったし、傷も実は塞がりつつあるんだけど・・・。

 

 

けど、僕は治癒魔法なんて使っていない。

ギチギチギチ・・・って、右腕が音を立てている。

 

 

「・・・まぁ、まだ大丈夫です」

「せんせー・・・」

 

 

そう、まだ大丈夫。

僕は半ば自分を安心させるように、そう呟いた。

 

 

「・・・」

 

 

視界を動かせば、アリアが『リライト』の術式を調べているのが見える。

明日菜さんの周囲の魔法陣を見ているんじゃないかな。

 

 

当たり前の話だけど、手伝ってとは言われない。

言われても、僕には何もできないけど。

でもそれ以前に、アリアなんか手伝いたくない。

 

 

「・・・アリア」

 

 

口の中で、名前を呟いてみる。

胸の内に湧き上がるのは、嫌な感情と思い出ばかりだ。

 

 

メルディアナで、何かと煩かったアリア。

僕には禁書庫に入るなって言うくせに、自分は立ち入り禁止の地下室に入ってた。

もっと周りと仲良くって言われたこともあるけど、アリアだって嫌いな人とは付き合わないくせに。

ルールを守れって言うくせに、アリアは友達と学校をサボったこともあるんだ。

 

 

そして、麻帆良でも。

茶々丸さんを襲った僕を責めたくせに、朝倉さんを傷つけようとした。

父さんの杖を折って、記憶まで奪った。

 

 

他にも、たくさん。

勝手で、我儘で、生意気で、気取ってて、いつも上から目線で。

だから、僕は。

アリアのことが、大嫌いだった。

 

 

「・・・アリアなんか、嫌いだ」

 

 

そんなことを呟きながら、僕は別のことも考えていた。

そう言えば、こんなにアリアのことを考えるのは初めてかもしれない。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

無理じゃないですかね、コレは。

それが、『リライト』を最初に視た時の最初の印象でした。

 

 

「魔法世界再編魔法『リライト』。それは『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の英知の結晶であり、魔法世界を覆う『幻想(まぼろし)』を疑似世界『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に封じ込める、世界規模の大魔法です」

「・・・大規模魔法陣が19、そしてそれを支える小規模魔法陣が57・・・」

「一つ一つの魔法陣が、世界との繋がりを表しています。また、周囲の円形の通路も魔法陣の一部として組み込まれています。しかし何よりも重要なのは<黄昏の姫御子>、そして<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>、この2つです」

「・・・連鎖式の時限魔法が27、魔法世界の構築術式との接合魔法は11種54・・・」

「それらの魔法は、主に『リライト』の効果を全世界に拡散し、かつ人々の魂を着実に『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』に取り込むための物です。すでに一部が発動しているのがおわかりになりますでしょうか? 近く、魔法世界中に魔力嵐が出現することでしょう」

 

 

私の呟きに、セクストゥムさんがハキハキと答えます。

抑揚が無いので緊張感に欠けますが、それでも重要な情報源です。

言ってることは、結構凄いですからね。

 

 

キィン・・・と、右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で祭壇全体を見渡します。

・・・もう、至近で弄ったらそれだけで許容量超えそうな魔法陣がいくつもあります。

 

 

「と言うか、不用意に触るとそれだけで終わりそうですよね、世界」

「20年前に止められてからと言う物、『止められないためにはどうすれば良いか』を念頭に改良を施しました」

「勤勉な悪の秘密結社って・・・シュールですね」

「恐縮です」

 

 

褒めて無いです、セクストゥムさん。

まぁ、祭壇全体を視た物の、やはり重要なのは。

 

 

「・・・明日菜さん」

 

 

祭壇の中心、すなわち『リライト』の中心に、明日菜さんはいました。

目を閉じ、まるで磔にされたかのような姿勢で、浮かんでいます。

そしてその明日菜さんを中心に、『リライト』の術式は展開されています。

世界の始まりと終わりの力・・・。

 

 

・・・本当なら、すぐに下ろしたい所なのですが。

今、それをやると非常に面倒になるんですよね・・・。

 

 

「・・・とりあえず、明日菜さんの近くで術式を視てみましょう」

「わかりました」

 

 

セクストゥムさんがフワ・・・と浮き上がり、明日菜さんの傍へ。

私も・・・と思ってカードを取り出してアーティファクトを出そうとしますが。

 

 

「・・・あれ? 出ませんね」

「姫御子の傍では、アーティファクトの力は減衰します」

「えー・・・でもコレ、通常の方法では無効化されないのですが」

「魔力消失化現象は、十分に通常の方法から逸脱していると思いますが」

「・・・セクストゥムさんは、どうして飛べてるんです?」

「我々アーウェルンクスは、世界の守護者として創造されています。『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』でも活動できるよう、調整を受けているのです。魔力消失現象下でも、またしかり」

 

 

普通に、ズルいですね。

まぁ、じゃあ、仕方が無いので久しぶりに何かしかの魔法具で・・・ひゃ!?

 

 

「・・・あそこ?」

「ふぇ、フェイトさん・・・?」

 

 

フェイトさんが突然、後ろから私を抱き上げてきました。

貴方、5分前まで千草さんの所にいませんでしたか?

それ以前に、何故に私をお姫様抱っこ・・・?

・・・気に入った・・・とか?

 

 

無機質な瞳で上を見たフェイトさんが、フワ・・・と浮き上がりました。

わわっ・・・と、フェイトさんの胸に手を置いてバランスを取ります。

フェイトさんは一瞬だけ私を見たようですが、特には何も言いませんでした。

 

 

「・・・」

 

 

せ、セクストゥムさんの視線が、痛い・・・。

 

 

「・・・ジャ、オレハココニイルカラナ」

 

 

チャチャゼロさんが、私の頭から降りてそう言いました。

その気遣いが、とても・・・。

・・・は、恥ずかしい・・・。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

やる気あんのか、あのガキ(フェイト)

もうアレか、アリアはん以外には興味無いって感じか。

・・・はっ、リア充が。

・・・・・・何でやろ、今、凄く虚しい気分になったえ。

 

 

でも、お姫様抱っこか。

女子やったら、一度くらいはやってみたいかもしれんな。

 

 

「・・・カゲタロウはん、作業」

「うむ、全力で取り組もう」

「シャーッ!」

 

 

何故かカゲタロウはんがうちをガン見しとったんで、適当に声をかけてみた。

ちなみに最後のは、うちとカゲタロウはんの間におる小太郎が発した威嚇音や。

・・・威嚇音?

ちなみに、月詠はうちの背中にへばりついとる、いつも通りやな。

 

 

「所長! わかりました!」

「何がや?」

「我々の手には負えないと言うことが、わかりました!」

「そうか、ならもう一度調べ直し」

「わかりました!」

 

 

20秒間に「わかりました」を3回も使うなや。

関西の連中と『リライト』の術式を調べてるんやけど、けったいな代物やなコレ。

・・・世界を終わらせる魔法とか聞いてたけど。

・・・ふぅん?

 

 

「この術を造った者は・・・」

 

 

ふよんっ、と、うちの目の前に、黒い翼の人形が降りてきた。

その人形・・・晴明様は、冷たい硝子の瞳でうちを見る。

口元にはどこか面白がっているかのような、笑み。

 

 

「この術を造った者は、我よりも上手かもしれんな。我にもわからん」

「ええ!? マジッすか晴明様!?」

「ああ、じゃあダメね私達。ここで所長と死ぬんだわ・・・まぁ、いっか」

「くぅ、ならば最後に月詠たんとおおおおおぉぉぉっ!?」

「・・・」

「ついに何も言ってくれなくなった!?」

 

 

晴明様の言葉に、関西の連中が浮き足(?)立つ。

まぁ、晴明様にどうにもできん術が、うちらにどうにか出来るとは思えへんけどな。

 

 

「皆、諦めたらあかん。人間、必死になれば何とかなるもんや。もう一度、調べてみよう」

「所長・・・」

「私達は、所長についていきます!」

「月詠たんのことは、この『月詠たんに斬られ隊』会員ナンばあああああぁぁぁぁぁっ!?」

「・・・2度目か」

「対応が冷たい・・・」

 

 

と言うか、そんな会が存在しとったんかい。

無事に帰れたら撲滅しよう、うん。

いや・・・絶対に帰る。

背中に感じる温もりがある限り、うちは諦めへんで。

 

 

死なせて、なるものか。

 

 

「・・・それにしても、晴明様。今日は随分と長い時間起きてはるんやなぁ?」

「そうじゃの・・・眠くならんでのぅ・・・」

 

 

囁くようにそう言って、晴明様は上を見た。

祭壇の上・・・魔力の膜の向こう側を見抜くように、鋭く目を細めて。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「知っていますよ・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

「あん?」

 

 

戦いの最中、黒髪の小娘が声をかけてきた。

確か、セクンドゥムとか言う名前だったか?

 

 

「貴女は15年前、サウザンドマスターに破れ力を封印された。貴女は今でも十二分に強い、しかし全盛期(ピーク)は過ぎています」

「・・・ふん、そうかもな。で、何が言いたいんだ?」

「サウザンドマスターに一歩を譲るとはいえ、アーウェルンクスシリーズの流れを汲む今の私の力は貴女とほぼ互角。しかも私には、<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>があります」

 

 

セクンドゥムの<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>と、私の『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』が打ち合う。

氷結と分解の力が鬩ぎ合い、カキィ・・・ン、と乾いた音を立てる。

 

 

私の沈黙をどう受け取ったかはわからないが、セクンドゥムの口元に笑みが浮かんでいた。

嘲弄し、嘲笑するかのような笑みだ。

実際、嘲弄し、嘲笑しているのだろう。

 

 

「ヴィシュタル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

ゾワリ・・・と、奴の足元から影の槍が放たれ、私はそれをかわすために大きく後退した。

追撃するように、幾本もの影の槍が襲い掛かってくる。

断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』で斬り払いつつも、小娘から視線は外さない。

 

 

・・・こう言う攻撃、いつかアリアが使っていたな。

確か『黒叡の指輪』とか言う魔法具だったかな、アレは槍では無く獣だが。

 

 

「私とお父様の楽園のために、消えて頂きます!」

 

 

瞬動で目前まで迫り、セクンドゥムが右拳を振り上げてくる。

反射的に、『断罪の剣(エンシス・エクセクエンス)』で胴を斬った。

しかしその刃は、霞でも斬ったかのように擦り抜けてしまう。

・・・まただ。先程から、私の攻撃が通らない・・・。

 

 

セクンドゥムの身体が闇色に染まり、空気に溶け込むように消えてしまったのだ。

いや、消えたと言うのは正しく無いな。

 

 

次の瞬間、背中に衝撃が走った。

焼ける感触と共に、数歩たたらを踏む。

 

 

「む・・・」

 

 

振り向けど、誰もいない。

次いで、後頭部に衝撃。

その後、腕、足、胸、腰、背中、顔・・・と、至る所に攻撃を受ける。

見えない攻撃。

これだけ連続で打ち据えられると、流石に痛いな。

 

 

「うふふ・・・」

 

 

どこからともなく、セクンドゥムの不快な笑い声が聞こえる。

・・・ああ、面倒だな。

壊さないように戦うのは、なかなか難しいな。

何しろ、強度がわからないからな。

 

 

しかし、10分と約束してしまったからな。

仕方が無い、多少不安だがケリにするか。

 

 

「サウザンドマスター・・・あんな男に負けるような女、所詮はこの程度・・・」

「・・・」

「さようなら、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)

 

 

その言葉が聞こえた、次の瞬間。

私は、私の影から現れたセクンドゥムの顔に、振り向き様に右の拳を振り下ろした。

ガゴォッ・・・と激しい音を立てて、地面に小さなクレーターが出来る。

次いで片足を上げて、地面にめり込んだセクンドゥムの頭を踏みつける。

 

 

ズンッ・・・!

クレーターが広がり、セクンドゥムの身体がより深く地面に埋まる。

 

 

「・・・!」

 

 

ズ・・・と、セクンドゥムの身体が地面に、影の中に沈んだ。

転移、しかも超短距離だな。

 

 

「・・・え?」

 

 

呆けたようなセクンドゥムの声。

別に大したことはしていない、背後からの攻撃を、私が振り向きもせずに受け止めただけだ。

ギリッ・・・奴の左拳を、右手で掴む。

 

 

「・・・自分の身体を限りなく闇と同化する能力。まぁ、つまりは影のある場所全てがお前の潜伏場所であり、攻撃手段と言うわけだ」

「な・・・」

「大量の闇精霊を使役して可能にしているのだろうが・・・攻撃する際には実体化しなければならない」

 

 

闇精霊化、とでも言うのかな。

暗殺や闇討ち、不意討ちにはもってこいの能力だろう。

だが、自分の手で殺しに来たのでは効果は半減だな。

遠くから相手が知覚できない攻撃を繰り出すのが真骨頂だろう、事実、先程までは私も翻弄されていた。

 

 

「まぁ、その鍵を壊したくなかったから、方法を考えていたわけだが」

「・・・っ!」

「・・・ああ、それともう一つ。一応、言っておくが」

 

 

私の腕から抜け出そうとしても、無駄だ。

ピキピキ・・・と、セクンドゥムの腕が氷結し、固定されていく。

精霊化など、させんよ。

 

 

「私は、貴様ごときに見下されるような男に負けた覚えは無いし、封印されたわけでも無い」

 

 

貴様ごときに見下されるような男に、惹かれたわけでは、無い。

・・・貴様ごときが、ナギを語るな。

ギリリ・・・と、左の拳を握り込み、魔力を込める。

私の周囲の空気が、徐々に熱を失っていき・・・それが極限にまで達した、瞬間。

 

 

振り向き様に、セクンドゥムの腹に叩きこんだ。

嫌な感触と共に、内臓が潰れたような音が響いた。

 

 

「ガッ・・・ア、ァ・・・!?」

 

 

崩れかかるセクンドゥムの身体に、今度は右拳を叩きこむ。

吹き飛んだ先に瞬動で先回りし、重ねた両手を振り下ろして地面に打ち付ける。

バウンドした所を右足で蹴り上げ、瞬動で先回りして肘で受け止める。

セクンドゥムの呼吸が一瞬止まり、私は奴の首を掴む。

 

 

乱暴に引き寄せ、膝で背中を打ち据える。

腕を掴んで捻り、そのまま地面に向けて投げつけた。

もちろん、虚空瞬動で先回りする。

片手を上に掲げて待てば、数秒後にはセクンドゥムの身体は私の手に身体を叩きつけられた。

メギッ・・・と、背骨が折れたような音が響く。

 

 

「あ・・・ああっ、あ・・・ぁあ・・・あっ・・・」

 

 

だらり、と身体から力を抜いて、セクンドゥムはかすかに呻いていた。

ボタボタと体液を滴らせながら・・・。

 

 

「・・・どうした? 笑えよ」

 

 

私がそう言うと、セクンドゥムの瞳が揺れた。

まるで、怯えるように。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

デュナミスよりも疾く、デュナミスよりも深い。

否、デュナミスなどとは比較にならない。

何ですか、この強さは。

あり得ない、こんな・・・こんなコトが。

 

 

「私は本来、女子供は殺さない主義なのだが・・・お前はどうも、例外のようだな」

「・・・っ!」

 

 

そう言う吸血鬼に、どうしようも無い悪寒を覚えて。

私はたまらず、吸血鬼の手から逃れると、そのまま影の中に逃れました。

ダメージが大きい、一旦、離れる必要があります。

 

 

しかし、お父様の言いつけを守るためには、祭壇から離れ過ぎるわけにはいきません。

そう考えて、私は祭壇からそれほど離れていない小さな塔の中に転移しまし・・・た。

 

 

「遅かったな」

 

 

そこにはすでに、金髪の吸血鬼が立っていました。

ば、バカな・・・どうして先回りが。

 

 

「・・・っ」

 

 

とぷんっ、と影の中に沈んで、さらに転移します。

21か所を経由して、別の場所へ、今度は屋外へ・・・。

しかしそこにも、金髪の吸血鬼の姿が。

 

 

次も、その次も、次も次も次も次も次も次も次も次も、次も。

何度転移しても、私よりも先に、この女が・・・!

 

 

「・・・な、何故・・・」

「あんまり遅い転移だから、そう言う遊びかと思ったがな?」

「な、な・・・!」

 

 

あり得ない・・・!

いくらなんでも、転移先をそこまで正確に予測できるはずが。

けれど、ダメージから回復していない状態で挑んでも負けるだけ。

こうなれば影の中に留まり、時間を稼ぐしかありません。

 

 

そう考え、再び影の中へ。

流石にここなら・・・転移の最中に術者を捕らえるなど、できるはずが。

 

 

 

最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>を持っている手を、誰かに掴まれました。

 

 

 

・・・バカ、な・・・バカな、バカな、バカな!

そんな滅茶苦茶な話がありますか、転移中の術者を捕まえるなんて、そんなことが。

できる、わけが・・・!

 

 

「ば・・・化物(バケモノ)・・・!」

「そうだよ?」

 

 

何を当たり前のことを、とでも言いたげな瞳で、吸血鬼は私を見ていました。

とん・・・と、胸に吸血鬼の掌の感触。

そして、そこに圧力を感じた瞬間。

 

 

身体を引き裂かれたかのような衝撃が、私を襲いました。

ブチッ・・・と片腕がもがれる音。

影の中から弾き出されて、地面を転がり・・・。

 

 

「・・・ぅ、く・・・げ、ぇ・・・はっ・・・っ」

 

 

ボタボタと、身体の至る所から体液を流しながら、私は起き上がることもできない。

身体の損壊が激し過ぎて、動くこともできません。

片腕は、胸ごと抉り取られた。

足に至っては、地面に衝突した際に両方とも折れてしまった。

 

 

う、ぐ・・・このままでは、本当に・・・。

本当に、死んでしまう・・・!

 

 

「ぎ、ぃ・・・い、や、だ・・・ぁ・・・!」

 

 

嫌だ、死にたくない、死にたくない、死にたくない。

また死ぬなんて嫌だ・・・また?

またって、何だ・・・です?

 

 

「わ、たし・・・エルザは、私、エルザ・・・僕は、私は・・・僕・・・」

 

 

嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・死にたくない。

片腕は無い、もう片方の腕で、這うように進むしかない。

ズ、ズ・・・身体を引き摺るように、進む。

 

 

「た、すけて・・・助けてお父様、お父様、お父様ぁ・・・何で、助けに来てくれないのですかぁ・・・!」

 

 

どうして、どうしてお父様、私がこんな目にあっているのにどうして、お父様、助けて・・・。

どうして私が、こんな、お父様、お父様お父様お父様、おと・・・さ、まぁ・・・。

良い子だって、頭を撫でて、私を愛して、エルザを愛して、僕を愛してお父様(マスター)

私は、使い捨ての、人形、なんかじゃ・・・!

 

 

マスター・・・お父様、マスター、お父様お父様お父様お父様。

たす、けてぇ・・・!

 

 

すたっ・・・と、細い、白い足が視界に入りました。

それが誰の足からわかると・・・カチカチカチカチ・・・と、歯が、勝手に。

 

 

顔を上げると、目の前に白い手が。

嫌、嫌だ、死にたくない。

何で、どうして・・・私はお父様(マスター)に愛されたいだけなのに。

なのに、どうして邪魔をする。

まともに、愛されたかっただけなのに。

 

 

「お、とぅ、さ・・・」

 

 

求めるように、手を伸ばす。

そして。

 

 

「『こおるせかい』」

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「・・・む」

 

 

ピクッ・・・と、僕の中の何かが、何かを感じた。

何とも曖昧な表現だけれど、そう言う物だから仕方が無い。

セクストゥムに目をやると、かすかに頷いた。

・・・なるほど。

 

 

「フェイトさん、もう少し右です」

「・・・うん」

「・・・次、下でお願いします」

「うん」

「行き過ぎました、少し戻って」

「うん」

 

 

アリアに言われるままに、僕は姫御子の周囲を移動する。

最初は顔を赤くして、何かモゴモゴと言っていたけれど。

次第に集中し始めて、今では『リライト』に関する話しかしない。

だから僕はアリアの柔らかな身体を抱いて、ただ言う通りに動いている。

 

 

ス・・・と、アリアが姫御子の顔の前に、片手を掲げた。

それから、何かを回すような仕草をする。

 

 

「・・・術式、露出・・・」

 

 

すると、これまで見えなかった『リライト』の術式が、薄く輝いて見えるようになる。

祭壇全体に、複雑な紋様・・・『リライト』の構築式が出現する。

まぁ、僕には最初から見えていたけど、これで他の人間にも見えるだろうね。

 

 

「・・・っ」

「・・・大丈夫?」

「・・・大丈夫です」

 

 

軽く顔を顰めたアリアに、僕はそう声をかける。

大丈夫だと言って、軽く微笑むアリア。

その右眼が、紅く輝いている。

 

 

不意に、そのアリアの顔が強張った。

アリアのそんな表情に、僕はどうしようも無く「苛立つ」。

 

 

「アレ、は・・・?」

「何・・・?」

 

 

アリアの視線を追って、上を見る。

そこには・・・。

 

 

「何だ・・・アレは」

「まさ、か・・・?」

 

 

アリアの声には、どこか恐怖の色が浮かんでいた。

「墓守り人の宮殿」上空、魔力の膜の向こう側。

そこには、どこかで見た覚えのある街並みが見えた。

膨大な魔力を噴出させている樹を持つ、あの街は・・・。

 

 

「麻帆良・・・?」

 

 

確かに、あの街並みは麻帆良だ。

何度か足を運んだこともある、見間違えるわけも無い。

 

 

「セクストゥム、コレはどう言うことだ?」

「・・・わかりませんお兄様(さんばんめ)、私にも想定外です。旧世界と繋がるなど計画にはありません」

「だろうね、僕も知らない」

 

 

ゲートの影響か・・・?

いや、それにした所で20年前は繋がらなかった。

今回に限って、繋がる理由が無い。

 

 

「今はまだ、こちらから見えるだけでしょう。しかし、もう20分もすれば旧世界(むこう)側からこちらが見えるようになるはずです」

「・・・ダメですっ!!」

 

 

悲鳴のような声で、アリアは叫んだ。

その眼には、涙さえ浮かんでいる。

 

 

「絶対にダメです・・・ダメ! 旧世界側(まほら)を、私の生徒を巻き込むことになります! それだけは、それだけは何があってもダメです!!」

「しかし、このまま儀式が進めば」

「止めれば、良いのでしょう!」

 

 

叫んで、アリアは右眼を見開いた。

キィィ・・・と、アリアの右眼に魔力が集中する。

いや、それだけでなく左眼にも。

 

 

「『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』と『複写眼(アルファ・スティグマ)』を同時最大展開。術式に強制介入します!」

「・・・アリア?」

「一度や二度、右眼が潰れようと、その都度『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』で再生させれば良い! 幸い、魔力は周りに掃いて捨てる程あります・・・!」

 

 

アリアのその言葉に、僕はゆっくりと姫御子、いや、『リライト』の術式から離れた。

もちろん、アリアの身体を抱えたまま。

 

 

「フェイトさん!?」

「キミが何をしようとしているのか、良くわからないけれど・・・キミが冷静さを欠いていることはわかる」

 

 

一度や二度、眼を潰すと言うのは頂けないね。

正直な所、あまり見たくは無い。

 

 

「ちょっ・・・じゃあ、離してください! 自分で飛びますから、離して・・・!」

「キミが落ち着くまで、抱くのをやめない」

「離してください!」

「嫌だね」

 

 

ジタバタと腕の中で暴れるアリアを、僕はけして離さなかった。

はたから見れば、何をしているのかわからないだろうね。

しばらくもがいた後、アリアは弱々しい顔で僕を見上げてきた。

 

 

「・・・離してください、お願い・・・」

 

 

僕が横に首を振ると、アリアの顔が泣きそうに歪んだ。

そんな顔をさせているのが僕だと言う事実が、どうにも嫌な気分になる。

 

 

「・・・良くはわかりませんが、女王陛下は旧世界側にこちらを見せたくないのですね」

 

 

それまで僕らのやりとりをただ見ていたセクストゥムが、抑揚の無い声でそう言った。

アリアが頷くのを見ると、セクストゥムは数秒目を閉じて・・・すぐに開いた。

 

 

「わかりました、何とか誤魔化してみましょう」

 

 

ザザザ・・・と、セクストゥムの周囲に、大量の水が渦巻き始めた。

・・・どうするつもりだ?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

どう言う理屈かはわかりませんが、魔法世界「墓守り人の宮殿」と旧世界「麻帆良」が繋がるようです。

魔法世界と旧世界、地球と火星。

本来ならば、あるはずの無い接触。

いえ、正直それはそれで構いません。

 

 

もし繋がる先が他の場所なら、私はそれほど慌てたりはしなかったでしょう。

でも、麻帆良だけは許容することはできません。

脳裏に浮かぶのは、3-Aの一般人生徒達・・・。

彼女達にこちら側の存在を知られるのは、私にとって恐怖です。

 

 

「ご、誤魔化すって、どうするんですか?」

「私は<水>のアーウェルンクス、水と氷を専門属性として創造されています。単純に言えば、大がかりな鏡を作って城周辺を覆います」

 

 

セクストゥムさんの提案は、こうです。

旧世界側に露出している部分に水と氷の膜を張り、鏡面化させる。

そこに視覚阻害の魔法を重ねて、旧世界側の一般人から当面の間隠す・・・と言う物。

 

 

「しかしそれも、儀式が完全に発動してしまうと・・・」

「隠せない?」

「いえ、おそらく『リライト』の影響が旧世界側にも出るかと思いますので」

「・・・影響、と言うと?」

「・・・わかりかねます。旧世界と繋がるなど、計画にはありません」

 

 

・・・いえ、その計画を作ったのは貴女達ですよね?

厳密に言うと違うのかもしれませんが、とにかく、そちらの計画に穴があったと言うことでしょうか。

フェイトさんを見ると、じっと私を見ていました。

・・・想定外らしいですね、本当に。

 

 

「・・・ふむ、我も行こうかの」

 

 

その時、黒い翼を生やした人形が数m離れた位置に現れました。

 

 

「晴明さん・・・もう眠る時間のはずでは・・・?」

「うむ、どうやら向こうと繋がりかけておるからか、いつもより活動時間が長いようじゃ」

「あ、なるほど・・・」

「関西呪術協会の方は、千草嬢に任せておけば問題無かろう・・・我はそっちの娘と共に、事態の遅延を図るとしようかの。向こうに近い方が我は力を得れる」

 

 

晴明さんが言うには、視覚を誤魔化すだけでは時間を稼げないとか。

飛行機とか・・・そう言った物を違和感なく軌道修正させなければならないとか。

そのための術を、かけてくれると言うのです。

 

 

「・・・ありがとうございます、晴明さん」

「なぁに、構わんよ。1000年生きてきて、これほど面白い物を見せてくれたのじゃ、これくらいはしてやってもよかろうが・・・・・・家族のためじゃしな」

「え?」

「さぁて、行くかの!」

 

 

バサッ・・・と黒い翼をはためかせて、晴明さんが上空に向けて飛び立ちました。

・・・最後、小声だったのでよく聞き取れませんでしたが。

 

 

「それでは、すぐに取りかからせていただきます。後はお兄様(さんばんめ)とよしなに」

 

 

そう言って、セクンドゥムさんも水に包まれて、どこけへと転移してしまいした。

・・・いずれにせよ、時間がありません。

 

 

「・・・フェイトさん、さっきは取り乱してごめんなさい。続けましょう」

「そう・・・」

 

 

ふわっ・・・と、再び明日菜さんと、『リライト』の術式に近付くフェイトさん。

私は、ふぅ・・・と息を吐くと、もう一度、右眼の『複写眼(アルファ・スティグマ)』で視ようと・・・。

 

 

「ふむ、苦労しておるようじゃの・・・我が末裔よ」

 

 

背後。

私とフェイトさんに気付かれること無く、背後に転移してきた人間がいました。

いえ、人間と言って良いのかどうか・・・。

 

 

「ふむ、息子と娘、そして3番目(テルティウム)も揃っておるな? よしよし、魂と血は集まったわけじゃな・・・」

 

 

フードを頭まですっぽりと被ったその人物は、かろうじて見える口元に、薄い笑みを浮かべていました。

えっと・・・誰でしょうか。

 

 

「あの、貴女は・・・?」

「ふむ? 私が誰か知りたいか? よろしい、ならば教えてやろう・・・」

 

 

パサッ・・・とフードを外したその顔は、思ったよりもずっと若くて、幼いとすら言えました。

何よりも、その顔は・・・。

 

 

「教えてやろう、我が末裔。世界再編魔法『リライト』、魔法世界、<黄昏の姫御子>、ウェスペルタティア、王家の魔力、<造物主(ライフメイカー)>、そして・・・<アマテル>」

 

 

その、顔・・・。

 

 

「全てを、教えてやろう」

 

 

 

 

 

Side 5(クウィントゥム)

 

まったく、コレはいったいどう言うことだ?

計画の最終段階かと思って起こされてみれば、受けた任務は「人間を守れ」。

何とも抽象的で、具体性にかける命令だ。

しかし命令は命令だ、僕もアーウェルンクスである以上、命令には従う。

 

 

「とは言え、『リライト』の阻止とは」

 

 

僕の存在意義を否定しかねない暴挙だ。

しかも、僕の目の前に多数発生している召喚魔は<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>で召喚された存在。

言ってしまえば、僕と同じ組織に使役されるはずだった召喚魔達だ。

 

 

「召喚魔の諸君、任務ご苦労」

 

 

そう皮肉りたくもなる。

最も、僕には皮肉などと言う感情は無いが。

 

 

雷で編んだ分身を数百体同時に造り、周囲の小型召喚魔を貫いて行く。

雷化した僕の速度についてこられる者など、存在しない。

・・・先程まで、ジャック・ラカンが僕の周りをうるさく飛び回っていたけれど。

彼はいったい、何なんだ・・・まぁ、人形のことなんてどうでも良い。

 

 

「さようなら」

 

 

雷系最大の突貫力を誇る魔装兵具を右手に作り出し、構える。

ガカァァ・・・ンッ、と雷鳴が轟き、周辺の空間を震わせる。

目標は、こちらに向かってきている大型召喚魔5体・・・。

 

 

「『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』」

 

 

躊躇うことなく、『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』を投擲する。

それは途中で小型召喚魔を10数匹消滅させ、最後には5体の大型召喚魔を貫き、爆発四散した。

ふん・・・あっけない物だね。

 

 

「・・・む」

 

 

ピクッ・・・と何かを感じて、僕は上空を見た。

そこは一見、何かが変化したようには見えない。

だが僕の目には、明らかな変化が見えている。

 

 

「墓守り人の宮殿」の上空に、どこかの街並みが映っている。

何だ、アレは・・・?

 

 

「・・・ちっ」

 

 

3(テルティウム)6(セクストゥム)は何をしている。

旧世界、つまり人間を極力巻き込まないことが計画の基本方針だったはずだ。

だと言うのに、旧世界との接続を許すとは。

20分もすれば、旧世界側からこちらが見えるようになるだろう。

 

 

基本性能は僕と同じはずだが、個体差が出るのだろうか。

いずれにせよ、存外に役に立たない。

 

 

「僕が行くべきか・・・?」

 

 

そう思考するが、今、僕がここから離れると混成艦隊の中の人間が危険になる。

召喚魔は、まだ30万近くいるのだから。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

うん・・・?

「墓守り人の宮殿」上空の異変と、アーウェルンクスシリーズ、具体的には2(セクンドゥム)の反応が消えて、僕は一瞬だけ動きを止める。

 

 

「・・・くだらないね」

 

 

しかし、それは本当に一瞬のことだ。

人形に過ぎない僕が考えることでも無い。

僕の役目は、あくまでも「召喚魔から人間を守ること」、それだけだ。

それ以外のことは知らないね。

 

 

そう、召喚魔を潰しさえすれば良いのだろう?

ならその結果については、僕が考える必要は無いよね?

 

 

「ヴィシュ・タル・リ・シュタル・ヴァンゲイト」

 

 

ボッ、と僕の周囲に無数の炎の蜂が生まれる。

基本魔法の『魔法の射手(マギタ・サギカ)』よりもはるかに高い機動力と破壊力を持つ。

 

 

「『紅蓮蜂(アペス・イグニフェラエ》』」

 

 

無数の炎の蜂が四方に散り、召喚魔を貫き、また爆発によって複数の召喚魔を道連れにする。

しかも貫通力も高い、よって甚大な被害を召喚魔共に与える。

無数の召喚魔がのたうち回りながら消滅していく様に、僕は満足気な笑みを浮かべる。

 

 

召喚魔の群れの一角が、掌で押し潰されたかのように軽々と消滅した。

そう、コレで良い。

コレで良いのさ、キミ達はそうやって僕の手にかかって滅べば良い。

そうすれば、僕の退屈極まるこの任務にも、彩りができると言う物だ。

周囲の家屋が多少巻き添えを被ったり、燃えたりしているけど関係無いね。

僕の役目は、あくまで「召喚魔から人間を守る」なのだから。

 

 

「さて、じゃあ次「いい加減にぃ・・・っ!」に行くと・・・うん?」

 

 

頭上から声がしたので、一歩後ろに下がる。

その直後、僕の目の前に赤い髪の女――――女と言うよりは、小娘だな――――が、炎を纏わせた足を振り下ろした。

民家の屋根を打った一撃は、炎と衝撃を僕の身体に伝えるには十分な威力だった。

 

 

「しなさいよ、アンタはぁ――――――っ!!」

 

 

次いで、僕の眼前に指先を突き付けてきた。

・・・何だ、この小娘は。

 

 

「ちょっとアンタ、もう少し考えて戦いなさいよ!」

「・・・何だ、人間か」

「ちょ、無視すんじゃないわよ!?」

 

 

去ろうとすると、僕の腕を掴んできた。

うるさい小娘だ。

まぁ、そうは言っても人間を傷つけることはできないからね。

・・・いや、守れと言われただけで傷つけるなとは言われていないかな。

 

 

そう思い、小娘の掴んでいる部分に炎を作った。

そんなに高温の物ではなく、驚かせるか、不味くとも軽く手を火傷するくらいさ。

 

 

「何・・・?」

 

 

しかしその炎は、小娘を傷つけない。

いや、違うな。炎の精霊が小娘の身体を守っている。

何だ、こいつ・・・?

小娘の胸元で、不思議な形をしたペンダントが揺れていた。

 

 

「あ・・・アンタね! もう少し周りの人のこととか考えて戦わなきゃダメでしょ!?」

「・・・どうして僕が、周囲の木偶のことまで考えてやらなくちゃいけないんだい?」

「で、木偶ですって!?」

「そうだろう? 自分の身も守れない哀れな木偶だ・・・」

 

 

そう、哀れで貧弱で劣等な、木偶に過ぎない。

まったく、どうして僕がそんな連中を守ってやらなくちゃいけないのか。

消し炭にする方がよほど簡単だと言うのに・・・。

 

 

ふと見れば、小娘は僕の腕を掴んだまま、俯いていた。

ワナワナと肩を震わせたかと思えば、急に顔を上げて、涙を浮かべた目で僕を睨む。

小娘の右拳に、ゴゥッ・・・と、膨大な炎が渦巻いた。

 

 

「『アーニャ・フレイム・・・!」

 

 

小娘、何を・・・。

 

 

「・・・ナァ――――――ックルッッ』!!」

 

 

次の瞬間、小娘の右拳が、僕の顔面に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

Side クウネル(アルビレオ・イマ)

 

・・・パタン、と、読んでいた本を閉じます。

世界樹の発光が始まってから、もしやとは思っていましたが。

コレは結構、本気で不味いかもしれませんねぇ。

 

 

「まぁ、事態が不味くなるのは今に始まった話ではありませんが・・・」

 

 

グルルル・・・。

傍にいたドラゴンの頭を撫でて、私は奥に隠れているようにと言いました。

詠春の娘さん達にやられた傷が、まだ癒えてはいませんからね。

と言うか誰に何を教わったら、あんなお嬢さんに育つのでしょう?

 

 

・・・母親の血でしょうか? 割と殺意の高い血筋ですからね。

詠春自身は、断固否定するでしょうが。

 

 

「思えば、紅き翼には私を含めて、きちんと家庭を営んでいる人間がいませんねぇ」

 

 

私はもちろん、ラカンは独身ですし。

詠春は結婚しましたが、まぁ、あまり上手くはいっていないようですし。

家庭人と言えるような人間は、紅き翼にはいませんでした。

ナギとアリカ姫は、比較的上手くいきそうではあったのですが・・・。

 

 

ふと、懐からナギとの契約カードを取り出します。

効果を失った、玩具と化したカード。

・・・まぁ、ぶっちゃけ他のカードを使えば良いので、コレにこだわる必要は無いのですが。

 

 

「まぁ・・・ネギ君もアリアさんも、なかなか面白そうな人材でしたが」

 

 

ネギ君は良い感じに素直で、歪んでいて。

アリアさんは良い感じに極端で、歪んでいて。

実に私好みの子供たちでしたねぇ。

まるで、ナギやアリカ姫と話しているような気分でしたよ。

 

 

アリアさんには、殴られましたし(幻影ですが)。

いやぁ、最高の瞬間でしたね。シスター服も堪能させて頂きましたし。

まぁ、あの2人はこれからも変わることなく、歪んだまま進むのでしょうねぇ。

 

 

「さて・・・では、まぁ、詠春に連絡してみますかね・・・」

 

 

とりあえずは、詠春に連絡ですかね。

そしてその後どうするか、が問題ですよねぇ。

エヴァンジェリンの魔力も無く、と言うか魔法世界に行ってしまったらしいですが。

さて、面倒なことにならなければ・・・まぁ、遅い気もしますが。

 

 

「20年前、そして10年前には5人でしたが・・・」

 

 

今は、私一人です。

寂しい限りですね・・・年月を感じます。

 

 

「かつてのように5人ではなく、私一人で鎮めて見せましょう・・・!」

 

 

旧オスティアと麻帆良を繋ぐゲート。

そして世界樹の奥に封印されている、あの存在を。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

旧世界の魔法関係者を集めた会議、名称はそのまま「旧世界魔法関係者会議」。

これまで、個別に関係を結んだ組織はあっても、旧世界全体の意見集約を行おうとする試みは初めてのこと。

何故ならば、原則として旧世界の魔法関係機関は、本国の下部組織扱いになっているから。

だから、本国に「お伺い」を立てることはあっても、旧世界側で協議することなんて無かった。

 

 

その意味で、近衛詠春の提唱で始まったこの会議も、本国との連絡が途切れなければ開催どころか、参加を表明する組織も存在しなかったかもしれないわね。

あるいは、近衛詠春・・・「サムライマスター」の名が無ければ。

 

 

「もはや時代は変わったのです。今後は個別に本国と関係するのではなく、団結して折衝する必要があります。そうすることで、我々は多くの物を手に入れることができるでしょう」

 

 

近衛詠春は、会議の冒頭でそう言ったわ。

まぁ、その意義は理解できる。

この会議に先立って、メルディアナは本国に校長を含めた多くの物を奪われた。

これは、メルディアナの立場が本国よりも弱かったことと、単独では本国に対する交渉力を持ちえなかったことが根幹にある。

 

 

しかし、「旧世界全体の総意」と言う物が背景にあれば、どうだろう?

本国に対し、一定の効果を持つのではないかしら。

 

 

「しかし、本国の許可もなくそのような組織・・・いわゆる旧世界連合のような物を作って、ゲートが復旧した後に責められはしないか」

 

 

一方で、そういう反論もある。

これは、本国に悪く扱われたことの無い関係者に多い意見。

下手に刺激して逆に怒りを買ったら・・・と言うのも、わかる。

そう言うわけで、賛成派と反対派に分かれることになる。

今の所、賛成派の方が少数派ではある。

 

 

でも・・・と、私は溜息を吐いた。

昨夜、近衛詠春から聞かされた世界樹の秘密。

そして、発光の意味の推測を聞かされた私には、この後の議論の流れが読めてしまうから。

ちら・・・と視線を動かせば、近衛詠春は部下らしき人間に何かを耳うちされて、頷いていたわ。

 

 

・・・始まったのね。

そして近衛詠春は席を立つと、厳かに言ったわ。

 

 

「皆さん、今こそ決断の時です。由々しき事態が発生いたしました―――――」

 

 

私は、静かに溜息を吐いた。

政治と言う物は、時としてこう言うことも必要になるのね・・・。

まぁ、ここは近衛詠春について行くのが得策。

現時点では、私はそう判断していた。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

現在、私は少し困惑している。

何に対して困惑しているかと言うと、

 

 

「うーん、なかなか壮観やねぇ」

「まさか、こんな形で向こうと繋がることになるとは・・・」

 

 

このちゃんとザジさんの仲が、ことのほか良いことに対してだ。

いや、このちゃんは私などよりも社会性があるから、誰ともで仲良くはなれる。

何と言っても、物知りで可愛くて家事もできて面倒見も良くて優しくて綺麗なのだから。

私などとは、比較にならない。

 

 

「今はまだ、一般人にまでは見えていないでしょう」

「世界樹の発光は見えとるやろ?」

「そこは、まだ言い訳のしようもあるでしょう」

「・・・まぁ、せやね」

 

 

しかし、それにしてもここまで仲が良かっただろうか?

と言うか何故、私達は屋根の上で談笑しているのだろうか。

もっと、他に場所があったと思うのだが・・・。

 

 

「・・・せっちゃん?」

「え、な、何、このちゃん?」

「・・・あ、もしかして見えてへんのん?」

「は?」

 

 

見えていない?

何が・・・?

 

 

困惑していると、このちゃんが笑いながら私を手招きした。

その仕草にますます困惑するが、しかし素直にこのちゃんに近付く。

このちゃんは、右の掌で私の両目を覆った。

 

 

「わ、な、何ですか、このちゃん・・・」

「ええから、ええから・・・」

 

 

このちゃんが、私に聞こえない程の小声で何かを呟いた。

そして2、3度私の目の前で手を振って・・・一瞬、視界が歪んだ気がした。

このちゃんが手を離して、視界が開ける。

すると・・・。

 

 

「・・・な・・・」

 

 

自由になった視界の中に、今まで見えなかった物が映っていた。

空に、逆さになった城・・・のような物が見える!

 

 

「何やのコレはっ!?」

「・・・新鮮な反応ですね。まるで一般人みたい」

「せやろー? やから、せっちゃんて可愛えんよー」

「え、いやっ・・・このちゃんもザジさんも落ち着き過ぎじゃありませんか!?」

 

 

と言うか、ザジさんって意外と饒舌だったんですね・・・?

い、いや、今はそんなことよりも。

 

 

私が困惑していると、突然上空の城が消えた。

いや、消えたように見えただけだ。

実際、私の今の視界にはまだかすかに城が見える。

こ、今度は何だ・・・?

 

 

「・・・結界と視覚妨害魔法がかかりましたね、それも3種」

「せやね、でも2つはわかるわ。一つは関西呪術協会、たぶん麻帆良のお父様の部下の人達が張った物やろ・・・もう一つは、たぶん城側から晴明ちゃん。あと一つはわからんけど、凄く強い人やのはわかる」

「せ、晴明様の? 長の・・・3つ?」

 

 

は、話について行けない・・・。

剣だけでなく、そう言う術とかもきちんと勉強すべきだろうか。

うう、しかし、うーん・・・。

 

 

「やっほー、近衛さん。桜咲さんとザジさんも」

 

 

その時、私達のいる屋根の上にもう一人、人間が現れた。

その人物は、髪を2つにくくり、白衣を着ていた。

3-Aメンバーの一人、葉加瀬さん。

茶々丸さんの生みの親であり、学園祭の時には超鈴音の同志だった少女。

 

 

「あ、ごめんなぁ、ハカセちゃん。急に呼び出して」

「いいよ、別に。それで、携帯のメールの話だけど・・・」

 

 

葉加瀬さんは目を細めると、真剣な表情でこのちゃんを見た。

そして・・・。

 

 

「私に相談したいことって・・・何かな?」

 

 

葉加瀬さんの言葉に、このちゃんは小さく微笑んだ。

 




エヴァンジェリン:
私だ、久しぶりだな。
ふふん、あのような小娘、私にかかれば10分もかからんわ。
しかしどうも、この鍵の使い方がわからん。
まぁ、アリアに渡せば良いか・・・。
あと、何かしらんが旧世界と繋がりかけているらしいな。
どう言う理屈なのやら・・・。


エヴァンジェリン:
次回の話だが、少し新オスティアから離れることになると思うぞ。
旧世界、麻帆良、メルディアナ、メガロメセンブリア・・・。
そう言う方面の場面が中心になる予定だ。
いろいろと、あるようだからな。
では、また会おう。

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