魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第1話「拳闘士と政治家、あと教師」

Side 真名

 

背徳と虚栄の都、メガロメセンブリア。

純血の魔法使い市民5000万人を擁し、魔法世界でも「最も進んだ民主政治体制」を備えると豪語する、魔法世界最大の都市。

同時に、魔法世界最大の軍事力を持つ軍事大国でもある。

 

 

しかし実態は、メガロメセンブリア元老院が政治・経済・社会に及ぶ広い範囲を支配する独裁国家だ。

加えて、豊富な資金力と強大な軍事力を背景にメセンブリーナ連合加盟国を支配する盟主でもある。

 

 

「まぁ、大国と言うのは、どこも同じだな」

 

 

こう見えて私は、いろいろな国のいろいろな戦場を見てきた。

その中で、大国の思惑を感じることも何度かあった。

その点では、魔法世界も旧世界と変わらない。

 

 

人は生まれ、ただ死んでいく。

その経過に多少の差はあるが、大小の差は無い。

 

 

「金さえもらえれば、何でも良いが」

 

 

その点、今の私の雇い主は素晴らしい。

無償奉仕だからな、ははは・・・いつか狙撃してやる。

少し前、アリア先生達より一足早く南米のゲートを使って魔法世界に来たは良いが、それからと言う物、こき使われている私だ。

まぁ、命があるだけマシと言えば、それまでだがな。

 

 

「お待たせしました」

 

 

カフェでそんな考え事をしていたら、時間が知らぬ間に過ぎていたらしい。

私の向かい側の席に、金髪の女性が座った。

一見、黒のスーツを着たキャリアウーマンだが、その動きの一つ一つに洗練された物を感じる。

ここしばらく、私と行動を共にしている新オスティア総督のエージェント。

 

 

「ご苦労様、と言った所かな、シャオリー?」

「姫様の労苦を思えば、この程度は」

「姫様ね・・・」

 

 

姫様と言うのは、アリア先生のことだ。

こちらに来て、情勢やら何やらを総督・・・クルト・ゲーデルから説明された時、さらりと言われた。

アリア先生は、失われた魔法王国の末裔なのだ、と。

最初に聞いた時は、この総督、妄想癖でもあるんじゃないかと思ったわけだが。

 

 

どうも、事実らしい。

・・・秘密の共有で私を縛ると言うのも、なかなか。

 

 

「では、行きましょう」

「・・・了解」

 

 

気乗りしない返事であることを自覚しながら、私は席を立った。

思わず、空を仰ぎ見る。

不思議なことに、その空は麻帆良と変わらないように思えた。

 

 

・・・超。

お前の願いは、叶うのかな。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

こっちの世界と魔法世界を結ぶゲートが、全て破壊された。

一番最初は、ウェールズのゲート。

続いて、世界9箇所の他のゲート。

そして最後に、トルコの魔法協会が管理する中東のゲート・・・。

 

 

最後の一つだけ、タイミングがズレた理由はわからない。

けれど、そのおかげでシャークティー先生達は魔法世界に行けた。

連絡、途切れちゃったけどね・・・。

 

 

魔法世界との連絡が取れなくなったから、詠春さん(今や日本の代表)やドネットさん(今やメルディアナの校長代理)の呼びかけで、旧世界の魔法関係者が集まって会議をすることになってるらしいけど・・・。

 

 

「まぁ、僕には関係が無いって言うか、関与する暇が無いんだけどねー」

「瀬流彦君は、大丈夫なのかね?」

「さ、さぁ・・・最近少し働きすぎているからでしょうか・・・」

 

 

学園長室に来ていた新田先生としずな先生は、僕に聞こえないように小声で何か話してる。

ふふ、書類の山で顔も見えない。

過労死するかも。過労死って日本にしか無いとか聞くけど、本当かな?

 

 

「と言うか、学園長の仕事ってこんな大変だったの・・・?」

 

 

だとしたら、前学園長への認識を変えなくちゃいけないんだけど。

すると、新田先生が難しい顔をしながら。

 

 

「前学園長は、全ての決済を自分の所で処理しておりましたが、これほどの量は捌いておりませんでしたぞ」

「へ?」

「つまり、こうですわ」

 

 

しずな先生がおしとやかな顔で、とんでもないことを説明してくれた。

つまり、こうだ。

 

 

①麻帆良学園は、学園長の決済が無ければ何もできないシステムになってる。

(これは、魔法関連のこともあるから、学園長が管理しなければならなかったってことかな)。

②前学園長は、教員の方からの提案を受け入れるような方では無かった。

(魔法先生とかも、その点は同じだけど・・・)。

③翻って瀬流彦先生は「話のわかる」学園長である。でも①の条件は変わらない、つまり。

(・・・えーと、つまり・・・)。

 

 

「僕一人に仕事が集中するってことですか・・・!」

「まぁ、そうなりますわね」

 

 

頬に手を当てて、首を傾げるしずな先生。

普段なら見惚れるかもだけど、今はそれどころじゃなかった。

じゃあ、組織改革からしないといけないのか・・・。

 

 

ふぅ・・・と息を吐いて、窓の外を見る。

シャークティー先生、アリア君・・・皆、大丈夫かな。

 

 

ちなみに、僕は大丈夫じゃない。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「潤いが欲しい」

「は・・・?」

 

 

新オスティアの執務室にて、私はそんなことを呟いていました。

本当は心の中だけで呟くはずだったのですが、どうやら声に出ていたようですね。

クルクルした髪の少年―――私の従卒―――が、間の抜けた声で反応してきました。

 

 

生活に、潤いが欲しいのです。

切実に。

 

 

「ああ、アリア様は今頃何をなさっておいでなのでしょうか・・・」

「・・・紅茶、ここに置きますね」

 

 

続けて発せられた私の言葉に、従卒の少年は「また始まった・・・」と言いたげな顔で私を見つめました。

しかし、しかしですよ。ここは騙されたと思って私の話を聞いて頂けないでしょうか?

 

 

私はここの所、それはそれは頑張っているのですよ。

むさくるしい、それも淀んで濁った沼のような腐臭を立てている元老院のお歴々と交渉したり、各地で暑苦しく反連合活動を行っている小規模武装勢力のリーダー達と連絡したり、加えて情熱はあっても金もコネも無い同胞達(オスティア難民)を受け入れるべく、その代表と会談したり。

ゲート崩壊の件で懸賞金をかけられたネギ君一行の所在を探してみたり。

アリア様の村の村人の所在を探したり、アリア様の親友であるアーニャと言う少女の捜索をしたり。

ネカネと言う女性は見つけたのですが・・・どうした物ですか。

それでなくとも、執務室にいれば面白くも無い書類と向き合って決裁をしなければなりません。

 

 

・・・潤いが、欲しい。

そう思ったとしても、罪にはならないはずです。

 

 

部下の中でも比較的潤いをもたらしてくれていたジョリィとシャオリーも、今はいません。

ジョリィは今もアリア様の様子を遠くから見守っているでしょうし、シャオリーはメガロメセンブリアの奥深くに潜り込んでいて、しばらくは戻って来られないでしょう。

 

 

「・・・アリアドネーでも真似て、若い女性だけの騎士団とか作ってみましょうかね」

「オスティア総督のイメージダウンに繋がるので、やめてください」

「いや、待ってください。オスティアにおける女性の地位向上、あるいは女性にしか警備できない場所の警備要員と言う名目で、どうでしょう?」

「どうもなりません」

 

 

むぅ、物分かりの悪い従卒ですね。

私は従卒を部屋から追い出すと、さっそく今の考えを実行に移すべく提案書を書き始めました。

今はまだ無理ですが、将来はアリア様の近衛騎士団とかにしても良いですしね。

アリカ様の護衛も、基本は女性騎士でしたし。

 

 

・・・ああ、そう言えばオスティア祭の時に行われる拳闘士大会の地域予選が、そろそろですかね。

と、私は何の気も無しに、部屋に備え付けられた精霊式遠距離映像投影装置・・・まぁ、テレビをつけました。

さて、何か面白おかしいことでも無いですか・・・。

 

 

『僕の名前は、ナギ・スプリングフィールドです!』

 

 

ビリィッ!

・・・あ、書類が・・・。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「僕の名前は、ナギ・スプリングフィールドです!」

 

 

僕がそう言った途端、それまで盛り上がっていた会場が、急に静まり返った。

そして数秒後には、観客の人達がこれまで以上の歓声を上げた。

もの凄い熱気に、身体を包まれたような感覚になる。

 

 

ここは、拳闘のための闘技場。

拳闘士の人達が、命懸けで戦う場所。

どうして僕がこんな所にいるのかと言うと、それはネカネお姉ちゃんのためだ。

ネカネお姉ちゃんは、グラニクスでドルネゴスって言う悪い奴に騙されて、奴隷にされちゃったんだ。

しかも、100万ドラクマなんて言う多額の借金まで背負わされて。

 

 

「い、今、ナギ・スプリングフィールドって言ったデスか!? も、もしかして千の呪文の男(サウザンドマスター)の血縁者か何かで・・・!」

「い、いえ、他人の空似だと思います・・・」

「そ、それにしては・・・あからさまにソックリデスね!?」

 

 

アナウンスの亜人のお姉さんが、マイク片手に驚いたような声を上げていた。

あ、首輪・・・この人も、奴隷なんだ・・・。

そのお姉さんの首には、ネカネお姉ちゃんと同じ首輪があった。

 

 

ちなみに今の僕は、年齢詐称薬で大人の姿・・・まさに、父さんにソックリな姿になってる。

正直、そんなことで誤魔化せるとは思わなかったんだけど。

 

 

『大丈夫です。けしてバレることも、追求されることもありません』

 

 

どこからか年齢詐称薬を持って来てくれたエルザさんが、そう言ってた。

実際、拳闘士の団体で、ドルネゴスって言う奴が運営してる「グラニキス・フォルテース」への入団テストでも、そしてこの試合でも、何も言われなかった。

何でだろう・・・?

ちなみにエルザさんは、「エリザ」って名前で登録してる。

流石に、本名は不味いらしいから。

 

 

そう言えば、試合が終わった直後からエルザさんの姿が見えない。

どこに行ったんだろう? 前から、たまに姿が見えなくなることがあるんだ。

 

 

「強敵を待ちます、ガンガンかかって来てください!」

 

 

そう言って、僕のデビュー戦は終わった。

こうして目立っていれば、修行もできるし、お金も稼げるし、何より明日菜さんやのどかさんに僕の居場所を教えることができるはず。

 

 

・・・頑張るぞ!

 

 

 

 

 

Side トサカ

 

「チッ・・・フカしやがってよ」

 

 

新人のデビューなんて、前座の試合だぜ?

それをあんな・・・後の試合のこととか、考えてねーだろ。

 

 

そもそも、最初に会った時から気にくわねぇ野郎だった。

あのネカネとか言う女奴隷の血縁だか知り合いだか知らねぇが、会うなり「お姉ちゃんを返せ!」だ。

そんなんで返ってくるモンなんて、ここにはねぇんだよ。

経緯がどうだろうと、あの女には100万の借金があるんだ。

それを返すまでは、奴隷のままだ。

 

 

・・・俺だって、バルガスの兄貴やママを解放すんのに、10年かかったんだ。

それを・・・。

 

 

「あんな才能に恵まれただけの坊ちゃんがよ・・・」

 

 

・・・まぁ、あのガキは良い。

それよりも、あの女だ。

エリザとか言う、得体の知れねぇ女。

あのドルネゴスの旦那が「世話してやれ」なんて・・・。

 

 

さっきの試合でも、ナギの野郎に隠れて何かしていやがった。

対戦相手のラオ・ランコンビは、ヘカテスじゃ有名な拳闘士だ。

ランキングでも、上位に食い込んでくるベテラン。

それを、ナギがラオと組み合った瞬間に、何か・・・。

それが何かはわからねぇが、全身の刺青みたいなのが、光って・・・。

 

 

ドンッ・・・。

 

 

「お、すまね・・・」

 

 

考え事をしながら歩いていたら、角で誰かにぶつかっちまった。

俺としたことがよ・・・。

けどそこにいたのは、黒髪赤目の、とんでもねぇ美人だった。

年は17,8くらいか・・・スタイルの良い身体、白い肌。

だが、表情は凍ったみたいに動かねぇ。

肌と言う肌には、黒い刺青みてぇな紋様が刻まれていやがる。

俺の拳闘士としての勘が言っていやがる、こいつはヤベェってな。

 

 

「え、エリザか、おどかすなよ」

「・・・」

「・・・んだよ」

 

 

エリザは何も答えずに、俺の横を通り過ぎて行きやがった。

チッ、愛想のねぇ奴だ。

ぶつかっておいて、謝りもしやがらねぇ。

まぁ、そうは言ってもあいつは自由拳闘士で、奴隷じゃね・・・。

 

 

「んなっ・・・!?」

 

 

角を曲がった時、俺は思わず固まっちまった。

そこには・・・。

 

 

狭い通路の壁や床、そして天井にまで、赤黒い液体がぶちまけられていやがった。

ペンキかとも思ったが・・・いや、違う。

こりゃあ、血じゃねぇか。

なんで、こんなトコに、こんな派手に・・・死体とかはねぇし、殺しでもねぇだろ。

なら、なんで・・・。

 

 

はっ、として、さっきの角に戻った。

けどそこには、もう誰もいねぇ。

 

 

「・・・まさかな・・・」

 

 

あの女の物なわけねぇか。

こんな量の血ぃ出してりゃ、あんな風に平然と歩けるわけねぇもんな。

 

 

 

 

 

Side 美空

 

ここに来て初日の私は、それはもう、ハシャいだね。

どれくらいハシャイだかって?

そりゃあもう、物凄くハシャいだよ。

 

 

高級ホテル! 高級ディナー!

麻帆良の生徒ってだけで、こんなVIP待遇なんだもんね。

しかも温水の室内プールまであるんだよ?

 

 

まさに夢の国。

ビバ、魔法世界!

こりゃあ、最高のサマーバケーションだね!

 

 

「美空、もう少し慎みを持ちなさい!」

「そうです、麻帆良の代表としての自覚を持つべきです!」

「へいへーい」

 

 

シスターシャークティーや高音さんの言葉を右から左に聞き流しながら、私はココネと遊んでた。

ココネと一緒にプールに入って、ご飯も食べて。

最高に楽しかった。

 

 

後は、ココネの故郷でも見れれば完璧なんだけど。

佐倉さんが言うには、都市部以外は治安も悪くて野蛮らしいんだよね。

そこは、ちょっと悩み所かなぁ?

 

 

まぁ、いずれにしても、ひとしきり遊んでからの話だけどね。

・・・なーんて、思っていたのは、本当に最初の一日だけ。

 

 

『本日未明、世界各地のゲートポートで同時多発テロが発生しました』

 

 

朝のニュースで見た時は、ビビったね。

だって・・・。

 

 

「帰れねえぇ――――――っ!?」

「ど、どどどど、どうしましょうお姉さまっ」

「ど、どどどど、どうしましょうと言ってもぉっ」

「落ち着きなさい、貴女達!」

 

 

慌てる高音さんと佐倉さん、あと私に対して、シスターシャークティーが怒鳴りつけた。

いや、落ち着けって言ったって・・・。

 

 

「こ、このままじゃ、クラスの皆と一緒に卒業できなくなっちゃ・・・」

「ミソラ・・・」

 

 

心配そうな、ココネの声。

でも、ゲートの修理には凄い時間がかかるはず。

確か、あっちの世界とこっちの世界を繋ぎ直すには、数年単位で時間がかかるんじゃなかったっけ?

 

 

出席日数、確実に足りなくなっちゃうよ。

と言うか、高校にまで響くんじゃ・・・。

 

 

「・・・ま、いっか。元々影薄いし・・・ここで骨を埋めるっスか・・・」

「ミソラ・・・」

「バカなことを言うものではありません!」

 

 

ピシャリ、と、シスターシャークティーが言った。

 

 

「私は貴女の親御さんから、貴女をお預かりしているのです。きちんと卒業させます」

「で、でもシスター・・・」

「大丈夫です。何とか、方法を探してみます。心配しなくともよろしい」

 

 

そう言って、シスターシャークティーは力強く笑った。

いつもと同じ、頼れる笑顔。

でも今回ばかりは、シスターでも無理だと思う。

 

 

・・・一応、信じておくけどさ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

旧世界(むこう)と連絡が取れへんようになって、結構時間が立った。

しかも復旧の見通し、ゼロや。

 

 

メガロメセンブリア・関西呪術協会出張所。

ここには、関西の各支部から引き抜いてきた術者と神鳴流剣士が10数人ほど所属しとる。

他にもメセンブリーナ連合に加盟しとるいくつかの都市に、数人規模で連絡所が置かれとる。

まぁ、そっちは広報・情報収集が主な仕事やけど・・・。

 

 

「余計な負担増は遠慮するで、ほんま・・・」

 

 

本山・・・特に長と連絡が取れへんから、こっちの世界の関西の連中は、所長のうちが面倒みたらなあかん。

当面の予算は予備費から何とかするにしても、半年がええとこや。

皆の給料とかも考えなあかん。

なんとか、連合の政治家連中と話つけて補償してもらわなあかんねやけど・・・。

 

 

責任者がおらんて、どう言うことや!

今回のゲートポート同時多発テロの責任者が見つからんから、話もできんし説明もされてへん。

いくらこっちでは関西が無名や言うても、この扱いは無い。

そう思って少し調べてみたら、何のことは無い。

 

 

責任をとろう言う奴が、誰もおらへんねや。

いや、そもそもゲートを管理する役目を持つ内務担当の執政官言うのがおったんやけど。

事件直後、「責任を取る」言うて、辞めとったんやわ。

・・・。

 

 

「辞めたら責任とったことになるんかい!」

 

 

思わず、机を叩いて怒鳴った。書類がいくつか床に落ちるけど、気にしてられへん。

ちなみにそいつは、今も変わらず議員さんやっとる。

これやから、政治家って生き物は・・・!

 

 

「おい・・・所長、かなりキてるな」

「しょうがないわよ、就任直後に今回の事件だもの・・・」

「そこぉ! お喋りしとる間ぁあったら、仕事しぃや!」

「「は、はいっ!」」

 

 

まったく・・・。

いや、それはそれとしても、どないかせなあかん。

他は後回しにできる言うても、先立つもんが無い言うんは不味い。

何とかせんと・・・。

 

 

「あ、あの、所長・・・」

「何や?」

 

 

若い女陰陽師が、入口の方を指差しとった。

この出張所の入口は、壁一面がガラス張りの造りになっとる。

通りに面しとるから、ここから外も見えるし、外からも中が見える。

親しみを持ってもらおうって言う意図らしいけど。

 

 

今はそこに、よう知っとる顔が2つ並んどる。

一人は、ツンツンした黒髪に、犬耳の男の子。

もう一人は、眼鏡をかけた、おっとりとした女の子。

男の子の方が、何かチラシ持っとるみたいやけど。

まぁ、とりあえず。

 

 

「連絡も無しに仕事場に来るなって、言うたやろが――――っ!」

 

 

いや、嬉しいけど!

嬉しいけどな!

 

 

 

 

 

Side セラス

 

『それで、どんな様子なのじゃ、ナギの・・・アリカの娘は』

「そうね・・・直接、個人的に話したことは無いけれど、良い子よ」

『どんな意味で?』

「いろいろな意味で」

 

 

私は今、執務室で長距離通信を行っている。

個人秘匿通信の相手は、ヘラス帝国の第三皇女、テオドラ姫。

20年前の大戦の時代からの付き合いだけど、表立って仲良くはできない相手。

けど、こうして定期的に連絡は取り合っているわ。

 

 

いろいろと、調整しなければならないことも多いしね。

国家同士の関係は、個人の関係で動くこともあるのだから。

もっとも、そう言う建前は抜きにしても友人関係にあると、思っているけれど。

 

 

「能力については、申し分無いわ。特に魔法薬と魔法具に関しては素晴らしい物がある・・・正規の教授と比べると、流石に見劣りするけれど」

『ふぅん・・・まぁ、あのアリカの娘じゃし、それくらいは当然では無いか?』

「あら・・・それは彼女に対して、公平さを欠くのではなくて?」

 

 

父や母が有能だからと言って、子供が有能であると決め付けるべきでは無いわ。

それは、誰にとっても不幸なことに繋がるから。

 

 

『まぁ、良いがの・・・それで、息子の方はどうなったか知っておるか? リカードから何か・・・』

「残念だけど、私も何も聞いていないわ」

 

 

旧世界でクルト・ゲーデル元老院議員が捕縛したと言う、ネギ・スプリングフィールド。

連合のゲートでのテロ以降、行方がわからない。

それまでは、連合のリカード議員から様子を教えてもらっていたんだけど。

 

 

ここに来て、情報が途絶したわ。

リカード議員自身に何かあったわけではなく、どこかで情報が止められている感があるわね。

 

 

「・・・それで、オスティア記念祭には顔を出すの?」

『おぅ、行くぞ。まぁ、わずらわしい形式ばった挨拶や行事などは、面倒じゃがの』

「そうね・・・まぁ、それも仕事の内だもの」

 

 

オスティア記念祭。

来月に新オスティアで行われる、戦後20年を記念する大祭典。

平和の祭典と銘打たれてはいるけれど・・・。

 

 

「・・・難しいわね」

『まぁの。ヘラスの長老の中には、連合が旧ウェスペルタティアを実効支配しておることに不満を持っておる者も多い。第三皇女と言う半端な席次の妾のみが派遣されるのが、良い証拠じゃろ・・・』

「そう、自分を卑下するものでは無いわ」

 

 

実際、帝国と連合の間で正式な戦端が開かれずに済んでいるのは、彼女の存在が大きい。

大戦から20年が経っても、<完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)>が消えても・・・。

 

 

世界は、平和からは程遠いのだから。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

「・・・かように、魔法薬の材料は多岐に渡ります。それに伴い、多様な産地が存在することになります。たとえ同名同種の薬草であっても、魔法世界の多様な気候から、産地によって効能が変わることがままあります。例えば、ケルベラス森林とアルシア南端の湿地帯には・・・」

 

 

私の留学先は、アリアドネーの魔法騎士団候補学校3-C。

この学校の卒業生は、将来アリアドネー魔法騎士団に配属されて、国境の守りや多国間会議の護衛部隊として活躍することになります。

まさに、アリアドネーでも最精鋭。

 

 

中でも成績優秀な人は、アリアドネーの武力の象徴、「戦乙女旅団」に入れる。

まぁ、一種の士官学校みたいな物だってエヴァさんは言ってたけど。

実際、こう言う座学だけでなく戦闘訓練もあるから、結構キツいけど・・・。

 

 

「正規の魔法訓練を受けてみるのも、良い経験だろう」

 

 

エヴァさんは、そうも言ってた。

そう言えば、アリア先生も魔法学校できちんと訓練を受けたんだよね。

旧世界と魔法世界では、学校教育も随分違うらしいけど。

 

 

キーンコーンカーンコーンー・・・。

 

 

「・・・む、終了のベルですね。では今日はここまでとします。次回は魔法薬の完成品と、使用する材料の関係について講義します。それでは・・・」

「「「ありがとうございました!!」」」

「・・・こ、こちらこそ・・・?」

 

 

そのアリア先生は、何回目かの「初級魔法薬講座」を終えた所でした。

3-Cの今日の最後の授業が、アリア先生の講座だったんです。

でもアリア先生は、最後にお礼を言われて終わることに、まだ慣れないみたい。

3-Aの時は、そんな風に終わることは無かったから。

 

 

ああ言う時のアリア先生は、ちょっと可愛い。

それにしても、麻帆良でもアリアドネーでも授業の開始と終了の合図が同じって、ちょっと不思議。

 

 

「サヨ、帰ろー!」

「あ、うん」

 

 

隣の席のコレットさんに声をかけられて、私は笑ってそれに応じる。

私は、アリアドネーではコレットさんのルームメイト扱いになってる。

留学だから、どちらかと言うとホームステイ・・・なのかな?

 

 

茶々丸さんとすーちゃんは、共学の別の学校に行ってる。

ちょっとだけ、羨ましいかも。

何か、調理系の学校だって聞いてるけど・・・。

 

 

「お腹すいたー、今日の食堂のご飯、何だろうね!」

「うーん、そうだね・・・」

 

 

そんな他愛も無いことを話しながら、廊下を歩く。

これが、ここでの私の日常。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

キーンコーンカーンコーン・・・。

 

 

「む、何だもう終わりか」

「や、やっと終わりました・・・」

「死ぬかと思ったナ・・・と言うか、死ヌ・・・」

 

 

私の声に、何人かの生徒が死んだような声で応じた。

とは言え、今や起きているのは何と言ったか・・・えー、J・フォン・カッツェとS・デュ・シャとか言う2人組だったか。その2人だけだ。

この魔法騎士団候補学校3-Fの中では、比較的に見所のあるガキ共だ。

 

 

まぁ、あくまで他の生徒に比べれば、だがな。

2人とも猫族系の亜人で、通常の人間よりも体力・魔力共に恵まれているせいもあるのだろうが。

 

 

「よーし、ほら立てガキ共! さっさとせんと飯を食いっぱぐれるぞ!」

「・・・た、立てませ~ん・・・」

「甘えるな! 戦場では食えなくなった奴から死んでいくんだぞ!」

「エヴァにゃん先生の鬼~」

「悪魔~」

「よーし、それではこれより特別居残り授業を開始す・・・」

「「「ありがとうございましたーっ!!」」」

 

 

終礼の挨拶もそこそこに、3-Fの生徒共は素早く校舎へと駆け戻って行った。

グラウンドには、私一人が取り残された。

・・・ふん、動けるじゃないか。

 

 

「・・・まったく、温いガキ共だ。それでも麻帆良の連中よりはマシか・・・」

 

 

私はここアリアドネーでは、「特殊戦闘技能」の特別講座を受け持っている。

まぁ、とどのつまりは戦闘訓練だな。

ここの連中は、将来は正規の魔法騎士団に入団することになるんだ。

場合によっては、紛争地帯で活動することになる。

戦術論や戦略論はともかく、それ以外の分野で生き残る方法を少しでも教えねばなるまい。

 

 

・・・まさか私が、臨時講師とは言え正式な教師になるなどと、数年前には思いもしなかったが。

停滞していた私の人生が、ここに来てこうまで変化するとはな。

 

 

「ま、それももうすぐ終わるがな」

 

 

本来であれば、8月中に私の任期は切れるはずだった。

しかし旧世界に繋がるゲートが破壊され、旧世界に戻れなくなった。

そのため、9月に入ろうかと言うこの時期になっても、私はこうして臨時講師をやっているわけだ。

・・・真祖の吸血鬼と言う私の正体は隠して、な。

 

 

まぁ、ゲートが壊されてからは、時間の流れも差が出ているだろうが・・・。

 

 

近く、新オスティアで大きな祭りがある。

アリアの「知識」によれば、それに伴っていろいろと動き出すはずだが・・・どうなるかな。

ゲーデルの本拠地、そしてアリアの母親の故郷(正確には違うかもしれんが)。

 

 

・・・何事も無ければ良い、などと思うのは、愚かなことなのかな。

 

 

「まぁ、とりあえずはアリアでも誘って夕食にするか。それぐらいの時間はあるだろうさ」

 

 

茶々丸やさよ達が、学生寮にホームステイしてからと言う物、アリアくらいしか一緒に食事をする相手がいない。

他の教師連中とは何となく居辛いし、田中やチャチャゼロは「食べる」と言う行動が必要無いからな。

 

 

・・・別に、寂しいわけじゃないぞ?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ガション、ガション、ガション・・・。

 

 

移動する最中、後ろから聞こえてくるロボットの足音も、もう聞き慣れた物です。

ちら・・・と後ろを見てみれば、チャチャゼロさんを頭に乗せ、腕に眠る晴明さんを抱えた田中さんの姿が。

どうも、私の後をよくついて来るんですよね。

刷り込み・・・的な・・・?

 

 

・・・それにしても授業を終える度に、麻帆良の・・・3-Aが懐かしく思えてきますね。

ただ決定的に違う点は、この魔法騎士団候補学校のクラスは、いたく真面目に授業を受けると言う点でしょうか。戸惑いますね・・・。

いえ、麻帆良の3-Aが不真面目と言うわけでは無いのですよ?

 

 

ただ、なんと申しますか・・・違いますよね。主に学習意欲とか。

流石は学術都市アリアドネー、と言った所でしょうか。

 

 

「やぁ、アリア先生」

 

 

その時、誰かに声をかけられました。

しかし、声のしたと思われる方を見ても、誰もおりませんでした。

 

 

愕然としました。

声がすれども姿が見えず。

多様な種族の住まう魔法世界、何がいても不思議でありませんが、いずれにせよ主導権は向こうにあり、生殺与奪の権を握られていると言っても過言ではありません。

 

 

「む? おお、これは失礼。ワタシはこっちです」

 

 

声に合わせて、視線を右斜め下に移動します。

そこには、身長30センチ程で両足で立つ猫の人形・・・では無く、猫の妖精(ケット・シー)が。

金に銀を一滴たらしたような色合いの毛並みに、光の当たり方の違いで金色の様にも見える翡翠の瞳をした猫。スーツ姿に帽子をかぶり、ステッキを持って、イギリス紳士を連想させる風貌をしております。

 

 

確か、この方は・・・。

 

 

「ナンダ、オマエ?」

「貴方は確か、バロン先生・・・」

「フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵!」

 

 

私とチャチャゼロさんの言葉を受けて、その美しい猫の妖精(ケット・シー)は、片腕を胸に当てて、どこか誇らしげに言いました。

あ、名前を間違えてしまった・・・?

これは失礼を詫びなければ、と思った矢先、男爵は軽やかな、それでいて茶目っ気のある笑みを浮かべると。

 

 

「・・・が、ここの生徒からはバロン先生などと呼ばれております。以後お見知りおきを」

「は、はい・・・確か、私の就任式でお見かけしたような・・・」

「覚えておいでとは、誠に光栄」

 

 

優雅な動作で一礼する、バロン先生。

私がセラス総長から魔法騎士団候補学校の生徒の皆さんに紹介された場に、この方もおりました。

最も、すぐに何処かへ消えてしまいましたが・・・。

 

 

「何分多忙な身ゆえ、ご挨拶が遅れたこと、お許し頂きたい」

「は、はぁ・・・いえ、私こそ新任の身で、ご挨拶が遅れて・・・」

「いやいや、よろしければ今度、紅茶などご一緒しよう。・・・もっとも、バロン特製スペシャルブレンドの紅茶は、毎回微妙に味が変わるので、保証はできないが」

「まぁ・・・」

 

 

私がクスッと軽く笑うと、バロン先生も目を細めました。

旧世界(あちら)では妖精と関わる機会も少なかったのですが、こちらでは珍しくも無いのかもしれませんね。

そうは言っても、バロン先生のような妖精は、珍しいのでしょうけど。

 

 

「お、いたいた・・・アリア!」

「あ、エヴァさん・・・」

 

 

廊下の向こうで、エヴァさんが手を振っていました。

食事にでも、誘いに来たのでしょうか。

茶々丸さん達が寮生活に入ってから―――それでも、良く会いますが―――エヴァさんと過ごす比重が増したような気がします。

 

 

「それでは、また会う時まで、しばしの別れ!」

「ふぇ?」

 

 

シュンッ・・・。

・・・再び視線を下げた時には、そこにバロン先生の姿はありませんでした。

不思議な方でした。これもある意味、魔法世界の洗礼とも言えるのでしょうか。

 

 

「・・・何だ、どうした? 狐に包まれたような顔をして」

「いえ、狐と言うか・・・猫?」

「猫デス」

「ネコダナ」

「は?」

 

 

エヴァさんは、何を言っているんだこいつらは、的な視線を私に向けていました。

私は首を軽く横に振ると、軽く微笑んで。

 

 

「お腹がすきましたね、エヴァさん」

「あ、ああ・・・?」

 

 

魔法世界には、不思議が一杯です。

獣人、亜人、妖精に魔族・・・これが、魔法世界。

 

 

 

 

貴女も、同じ気持ちになったことがありますか?

シンシア姉様―――――。

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

首都の執務室で、私は秘書官からの報告を受けていた。

内容は、連合全体の政治・経済の動静などだ。

 

 

「エルファンハフト・アンティゴネー両都市の民会で行われた政務官選挙ですが、本日中に全ての開票を終え、親連合の政治家が当選いたしました。民会参加者の約80%が支持母体ですが、名義の異なる6つの会派に分散しているため、一般市民には気付かれておりません」

「結構、ただし6つの会派に同一の立場を取らせてはならんぞ」

「もちろんです。3つは右派、2つは左派、1つは中道派に分け、エルファンハフト・アンティゴネーの政治は硬直化することになります」

 

 

民会とは、市民権を有する市民で構成される都市議会のような物だ。

政務官とは民会が選出する政務や軍務の実務担当者のこと。

まぁ、我がメガロメセンブリアにおける執政官も、政務官の一種と言えるだろう。

メガロメセンブリアはメセンブリーナ連合の盟主ではあるが、他の加盟都市の政治には干渉できない。

 

 

表向きはな。

たとえ当選した政務官の出身地がたまたまメガロメセンブリアだったとしても、市民権さえ有していれば立候補はできる。

まして支持母体の政治グループが我が国から多額の献金を受けておれば、おのずと行動をコントロールできると言うわけだ。

 

 

特にエルファンハフトのようなシルチス亜大陸の紛争地帯に近い都市には、反連合感情が強いからな。

だが「自分達の意思」を代表する民会の投票結果を見れば、「反連合の民意」が意外と低い、と勘違いせざるを得ない。

結果として、エルファンハフトやアンティゴネーの連合離脱は政治的には不可能になるわけだ。

 

 

「次いで旧ウェスペルタティア貴族領ですが、親連合の世論の根強い西部の諸侯が、財政的な支援を求めてきております。難民関連の施策に必要とか。ただし新オスティア総督府では無く、メガロメセンブリアへの要請です」

「ふん、いよいよ抱えきれなくなったか。では連合の名義でたっぷりと貸し付けてやれ・・・償還期限が来るまでは、利率については説明せんで良い。帝国にとやかく言われる前に、連合に正式加盟させるぞ。そして何もウェスペルタティア全土が一度に加盟する必要は無いのだ」

「わかりました」

 

 

総督府では無く、連合の盟主に秘密裏に助けを請う所が、見え透いている。

もっとも、旧ウェスペルタティア=連合の国境を故意に封鎖し、難民を国境の貴族領に押しとどめ、負担増を強いていたのは我々だがな。

ふむ、ウェスペルタティアと言えば・・・。

 

 

「ネギ・スプリングフィールドの状況はどうなっている?」

「報告によれば、グラニクスの闘技場で父の名を使い、仲間を集めようとしているようです」

「ほう、父の名をな・・・」

 

 

ドルネゴスは上手くやったようだな。

ネカネと言ったか、アレを奴隷階級に落とせば、あの子供はそれを救おうとするだろうとは思っていたが・・・まさか、父の名を騙るとはな。

 

 

まぁ、良い。

奴隷に身を落とした、哀れな姉代わりの美女を解放した英雄の息子。

なかなかに、人々の騎士道的ロマンチズムをそそる話だ。

内実がどうあれ、虚像と言うのは必要だからな。

 

 

どれ、いくらか見栄えのある相手でも見繕ってやるかな。

確かボスポラスに、ナギ・スプリングフィールドを恨む駒がいたが、名前は何だったかな・・・。

 

 

「それで、彼の仲間とやらはどうした?」

「はぁ、ミヤザキノドカなる少女はどうも、あるトレジャーハンターのグループに拾われ、そしてカグラザカアスナはニャンドマで発見されたとの報告が入っております」

「ふん・・・まぁ、放っておいても彼の下に集まるだろう。その時に全員、丁重にお迎えしろ」

「わかりました」

 

 

ネギ・スプリングフィールド、そしてカグラザカアスナか。

手に入れておくにしくは無い。

 

 

「・・・しかし、よろしいのですか。ネギ・スプリングフィールドは一度ならず法を犯しておりますが」

「秘書官、一つ質問なのだが、その法律を作るのは誰だ? 我々元老院、そうでは無いか?」

「そう言うことであれば、それはその通りですが」

「それに、彼が罪を犯したのは汚らわしい旧世界でのこと。こちらで裁かれたわけでは無いし、旧世界にまで我々の法規を押し付けては何とも心苦しいでは無いか」

 

 

つまるところ、彼は裁判を受けて「有罪(ギルティー)」と宣告されるまでは犯罪者「かも」しれないだけだ。

仮に犯罪者だとして、それを上回る功績を挙げれば人々の意識も変わる・・・。

 

 

「・・・それで、アリア・スプリングフィールドの方は?」

「は、アリア・スプリングフィールドの情報に関しましては、不確定の要素が多すぎます」

 

 

部下の声が、初めて自信と余裕を失った。

ふむ、まぁ、アリアドネーの防壁を突破して情報を得るなど、流石に難しいか。

ゲーデルの小僧めが、面倒な場所に匿いよって・・・。

 

 

「国境の監視を強めろ。アリアドネーから出たらすぐに知らせるようにするのだ」

「わかりました」

「・・・ああ、それから、グレーティア。一つ頼みがあるのだが」

「はぁ・・・」

 

 

訝しげな表情を浮かべる秘書官―――グレーティアと言う金髪の美女、30代後半―――に、私は笑って言った。

 

 

「実は、面倒を見てもらいたい子供がいるんだが」

「は・・・?」

「そんな顔をするな、別に食事や寝床の用意をしろと言っているわけじゃない」

 

 

露骨に嫌そうな顔をされて、私も思わず苦笑した。

 

 

「魔法学校を卒業したばかりの子供なのだが、なかなか見所のある奴だ。ただ能力はあるが人見知りが過ぎてな、卒業課題をこなせそうに無い。修行先として受け入れた身としては後味が悪いし、すまんが一つ仕事のノウハウを叩き込んでやってほしい」

「はぁ、それはご命令とあらば、すぐにでも・・・しかし、どんな子供です?」

「うむ」

 

 

私は鷹揚に頷くと、その名前を告げた。

 

 

「ミッチェル・アルトゥーナと言うのだが」

 




エヴァンジェリン:
エヴァンジェリンだ、久しぶりだな。
今回は拳闘士になったぼーやと、教師として働く私やアリアの話だな。
ゲーデルやら何やら、話をややこしくするような輩もいるが・・・。
概ね、私の周囲は平穏だ。

ちなみに今回登場したこの人物。
フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵:元ネタは猫の恩返し、耳をすませば。
提案者はリード様だな。
アリアドネーの教師の一人として登場だ。


エヴァンジェリン:
では次回は・・・何?
筋肉が、どうしたって?
で、では、また会おう!

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