魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第31話「そして・・・」

 

Side クルト

 

あの『リライト』が発動してから、すでに二日が経過しています。

たったそれだけの間に、この世界は大きく変わりました。

その最たるものが・・・。

 

 

『魔法が、消滅したじゃと?』

「厳密に言うのであれば、『詠唱魔法』が使用不可能になりました」

 

 

船の精霊炉などは不都合無く動いていますし、総督府を始めとする電子精霊システムは稼働しています。

だからこそ、軍や病院関係・・・市民生活への影響は最低限で済んでいます。

・・・まぁ、厨房で火が使えないとかそう言う影響はありますが。

コックも初級の火属性魔法で食材を焼いたりしますからね・・・。

 

 

とりあえず、生活調査からですかねぇ。

経済問題やら市民生活やら、くふふ・・・これからずっと私のターンですね。

 

 

「どのレベルの魔法が使用可能なのか、どうすれば可能なのか、これから調査が必要でしょう」

『・・・アリアドネーでは、現在行っている実験の大半が停止状態になったわ』

『帝国の人口が何人か、知っておるか・・・?』

 

 

通信画面に映るテオドラ殿下とセラス総長は、晴れがましい程に顔を青くしておりました。

まぁ、現場の混乱は凄まじい物があるでしょうね。

 

 

しかし、よもや「詠唱魔法の使用不可能化」とはね。

魔法世界崩壊の危機回避の代償としては、なかなかヘヴィな現象ですね。

5年ほどは、混乱が続くでしょう、下手を打てばもっとかかるかもしれません。

幸い魔力や精霊は生きていますので、魔法具のような形で代替することができるでしょう。

ふむ、早急に工業化と開発・量産化を進める必要がありますね。

そう言えば、麻帆良に旧世界の技術と魔法の力を融合させる人材がいましたねぇ・・・。

 

 

「まぁ、それは長期的な課題として・・・連合の動きはどうですか?」

『ああ、リカードから連絡を受けた。今の執政官達は本日付けで辞表を出す。リカードは元老院の暫定主席の地位に就き、その上でこちらに交渉を求めてきておる』

『その前提として、メガロメセンブリア軍は公国の承認を取り消し、部隊をグレート=ブリッジ以西まで撤退させると言ってきているわ』

『交渉の内容は国交正常化と戦後処理、後は「戦争犯罪人の引き渡し」・・・だそうじゃ』

 

 

ふん・・・若干ですが先手を打たれましたか、流石はジャン=リュック・リカード。

こちらとしても、これ以上の戦争継続は不可能に近い状態です。

どこかで落とし所を見つける必要があるのですが・・・。

 

 

・・・先程、連合に潜ませている部下から面白い情報がもたらされました。

何でも元老院議員の半数近くがメガロメセンブリアから脱出し、東のグラニクスに向かっているとか。

シルチス・龍山で先住民の武力蜂起が成功し、かつアルギュレーを帝国に押さえられて、恐怖に駆られて避難を始めたのでしょう。

そしてヴァルカン対岸のトリスタン、オレステス、エオスの3都市が、連合から脱退し中立化する動きを見せているとか。

 

 

・・・割れますね、メセンブリーナ連合。

むしろここは、敵の内乱を誘発させますか・・・ネギ君はあえて相手に持たせておくと後々役に立つカードかもしれませんね。

軍事力の正面決戦のみが、国家の対立の勝敗を決めるわけではありません。

 

 

「わかりました。公国を称する地域の処理はこちらでします」

 

 

あくまでも解放するのは王国軍、解放者としての帝国軍など必要ありません。

可及的速やかに退去して頂きましょう、アリアドネーの騎士団もね。

名声と実利、そっくり頂きますよ。

 

 

「さて、では戻り次第、今後の世界秩序について話し合いましょうか」

『アリアドネーの中立が侵されないのであれば』

『・・・妾の帝位の承認が成されるのであれば』

「はい、それはもちろん・・・では後ほど」

 

 

私がにっこりと微笑みながらそう言うと、2人は物凄く胡散臭そうな顔で私を見ました。

・・・私が笑顔を浮かべると、何故か皆さん同じ反応をしますね。

 

 

ウェスペルタティア・帝国・アリアドネーの連名で共同宣言を出します。

加えて、先だって独立を宣言したパルティア連邦共和国、アキダリア共和国、龍山連合の3国と正式に同盟を結び、魔法世界中部一帯から北部辺境までを版図とするとする新たな国家連合を発足させる予定です。

課題はいろいろとありますが・・・まずはアリア様に、世界の4分の1を献上するのです。

くふふ・・・くふふふふふふふふふ・・・。

 

 

「はぁ―――っはははははははは「クルト、少し良いかの?」は・・・は?」

 

 

その時、ガチャリと執務室の扉が開きました。

そこから顔を覗かせたのは、金色の髪に青と緑の瞳が麗しい―――――アリカ様。

総督府の奥の部屋でお休み頂いていたのですが・・・昨夜お目覚めになったばかり。

総督府の一部であれば、好きに過ごして構わないと申し上げていたのですが・・・。

 

 

何たる不覚、タイミングが最悪ですね。

アリカ様は高笑いしていた私の姿を視界に収めると、何故か温かな笑顔を浮かべて。

 

 

「ノックしても返事が無かった故・・・いや、すまぬ、出直すとしよう・・・」

 

 

ぱたんっ、と再び閉ざされる扉。

私は極めて冷静に眼鏡のズレを直した後、極めて迅速に言いました。

 

 

「お待ちください、アリカ様ぁ――――――――っ!!」

 

 

 

 

 

Side アリエフ

 

「撤退だと・・・!?」

『は・・・』

 

 

画面の中のガイウス司令官が、渋みのある顔で重々しく頷いた。

彼によれば、本国よりの「別命」を受けてすでに軍は撤退を始めていると言う。

しかも、このグレート=ブリッジ要塞を経由せずに。

 

 

『差し出がましい口を聞くようですが、閣下も脱出のご準備をされた方が良いでしょう』

「何・・・?」

『グレート=ブリッジ要塞近郊のトリスタンが我が軍の入港を拒否しましたので・・・我々はクリュタエムネストラを経由してタンタルス、そしてブロンドポリスに入港する予定です』

 

 

トリスタンが軍の入港を拒否しただと・・・?

それにブロンドポリスと言えば、エリジウム大陸の都市ではないか。

・・・リカードか!

 

 

「・・・用件は了解した。貴官に命令できる権限を私は失ったと、そう言うことだな?」

『・・・は』

「ふん・・・ではさっさと軍を退くが良い、せいぜい部下を大事にすることだ」

『は・・・』

 

 

形ばかりの敬礼をして、ガイウス司令官との通信が途切れる。

そしてその直後、別の通信が入った。

首都に残してきたグレーティアからだった。

 

 

「随分と嬉しそうな顔をしているな、グレーティア」

『顔色が良いのは、確かな事実ですわ』

 

 

通信画面の向こうのグレーティアは、美しい顔に笑みを浮かべていた。

美貌に似合わずどこか醜悪さを滲ませているように感じるのは、穿ちすぎかな。

 

 

『貴方の時代は今日で終わりです。もうすぐ憲兵が貴方を拘束に向かうでしょうから』

「ふん、なるほどな、私の時代が終わったことをキミが保障してくれると言うわけだ」

 

 

ギシ、と椅子に深く座り直しながら、私は言った。

まぁ、実際の所・・・そんなつもりは毛頭ないがな。

このようなこともあろうかと、地下に潜る準備はできているのだよ。

 

 

「・・・グレーティア、最後に良いことを教えてやろう」

『・・・何でしょうか?』

「何、最後に父親として娘に教授してやろうと思ってな」

『・・・っ』

 

 

グレーティアが唇を噛む様子を、私はどこか悠然とした気持ちで見ていた。

そう、グレーティアと私は血を分けた父娘なのだよ。

アレは、私が気付いていないと思っていたようだがな・・・まぁ、若い頃の放蕩ぶりを思い起こせば、あと50人程は子供がいてもおかしくは無いさ。

 

 

『・・・今さら貴方に娘呼ばわりされる覚えも、何かを教えてもらおうとも思わないわ』

「まぁ、聞け・・・お前の進退に関わる話だぞ?」

『お前には何も・・・・・・なっ!?』

 

 

グレーティアが驚愕する声と同時に、通信が消える。

突如ブラックアウトした画面に向けて、私は小さな笑みを浮かべて告げた。

 

 

「・・・リカードを甘く見ないことだ」

 

 

アレは、私が倒しきれなかった政敵だぞ?

この15年間、私とリカードがどれほどの策謀を巡らせて互いの執政官の地位を奪おうとしたと思っている?

そして近衛軍団(プラエトリアニ)に多くのシンパを持つリカードは、ある意味で、国外に勢力を築くしか無かったゲーデルの小僧よりも厄介な存在だ。

 

 

財界に基盤を持つ私と、軍に基盤を持つリカード。

なかなか、良い勝負だったと言うべきだろうな。

 

 

「さて、いずれここにも憲兵が来る、か・・・」

 

 

私を戦犯として差出し、交渉の材料にするつもりか。

悪くは無いが、残念ながらその策は成らない。

椅子から立ち上がり、足早に歩き出す。

地下に潜り、時期を待つ。若い頃を思い出すな・・・。

 

 

足を掴まれた。

 

 

足元を見れば、そこには化物がいた。

我ながら表現が陳腐だが、そうとしか言えない物が、私の影から出てきていた。

黒い汚濁にまみれた、人型の・・・だが、身体のパーツが足りない、おぞましい姿だ。

 

 

「・・・お父様(マスター)・・・」

「その声・・・貴様、エルザか・・・ぬぉ!?」

「リライトの間隙を縫って・・・封印から、逃れました・・・」

 

 

ズブズブと、掴まれた足が影へと沈んでいく・・・!

 

 

「・・・寒い、寂しい・・・痛いです・・・助けてお父様・・・」

「よ、よせ・・・離せ、エルザ!!」

「傍に・・・一緒に、一つに・・・お父様、おとうさま、オトウサマ・・・」

「ば、化物めが・・・離れぺぎゅれも」

「・・・ウフ、ウフフフフフフフフフフフフフフ・・・」

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・。

 

 

「アイシテイマス、オトウサマ」

 

 

 

 

 

Side クレイグ

 

ふぅ――――っ、と大きく息を吐く。

手頃な岩にドカッと座って、それから雷の上位精霊と戦って折れちまった剣を名残惜しい気持ちで見る。

・・・高かったんだぜ、この剣。

 

 

「ねぇ、クレイグ・・・僕達って生きてるよね?」

「ああ・・・生きてるよ」

 

 

クリスの言葉に、俺は自分に言い聞かせる意味を込めて、はっきりと答える。

そう、俺達は生きている。

全員、無事だ。いや、怪我した奴は大量にいるが。

 

 

「ふ・・・クリスの短剣が二本無けりゃ、死んでたな」

「いやぁ、それを言ったら腕が6本あったモルさんの存在の方が大きいよ」

「え、いやいや僕なんて、クレイグの魔法剣の方が効果あったよ」

「俺のは結局当たらなかったからよ、それにしてもザイツェフの旦那の二回目の変身の方は凄かったぜ」

「ふ・・・皆が凄かったのさ」

 

 

ザイツェフの旦那の言葉に、全員が苦笑する。

そうさ、俺達の内、誰か一人でも欠けてたら全滅してた。

酒があったら乾杯してるぜ。

 

 

ああ、それにしても激戦だった。

雷の上位精霊っつっても、物理的な封鎖は効果があったからな。

途中、物凄ぇ衝撃と変な感じがしたが、気が付いたら雷の上位精霊が動きを止めてやがった。

逆に魔法が使えなくなった時はビビったけどな。

とにかくその後、必死の奮闘の結果、小部屋に精霊を閉じ込めることに成功したわけだ。

細かい所はいろいろ省くが、大筋はそんな感じだ。

 

 

「ちょっと! いつまで男連中でサボってんのよ!」

「何だよ、もうちょい浸らせろてくれよ」

「私達だって結局、一緒に戦ったでしょ!?」

「そこはお前・・・男にしかわからねぇ空気ってもんがあんだよ」

「またクレイグがバカなことを言ってるわよ、リン」

「・・・いつものこと」

 

 

後で話があるぜ、リン。

まぁ、実際の所リンやアイシャ、それと向こうで「ムッホホー」とか言ってアイシャとリンの胸を見てるパイオ・ツゥも一緒に戦った。

いなかったら死んでた、いやマジで。

特にパイオ・ツゥの砂蟲の壁が無きゃ、俺の身体に風穴が6つくらい空いてたぜ。

 

 

・・・ま、それはそれとしても、どうするかね。

崩れた天井から光が漏れて、俺達が今いる大部屋を照らしてる。

 

 

「さて、と・・・どうやって運び出そうかね、こいつら」

「いっそのこと、石化の治癒術師にここに来てもらった方が早く無い?」

「密かにオスティアに運べって依頼内容なんだよ」

 

 

目の前に並ぶ200体程の石像を見て、俺は溜息を吐いた。

本当、報酬の上乗せが必要だな、こりゃ。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

宮殿での戦いのダメージからようやく回復し、自由に歩けるようになった。

聞く所によれば連合の軍も撤退したと言う、小休止と言う所だろう。

さて、ではさよの新しい身体でも造るかな・・・。

 

 

「よーし、ネギ、俺を殴れ!!」

「ええ!?」

 

 

・・・そんなことを考えながら総督府の通路を歩いていると、窓の外から聞き覚えのある声が聞こえた。

あれは、ナギとぼーやと・・・タカミチ?

ナギはともかく、タカミチとぼーやはまだいたのか。

中庭で何をしているんだ・・・?

 

 

「いーから殴れって。今までほったらかしにしてたしよ、まずはそっからだろ」

「い、いえ、そんな・・・父さんを殴るなんて」

「いーから、それにアレだぜ? お前の親父は、てめーみたいなヒヨッ子のパンチじゃビクともしねぇさ、なぁ、タカミチ?」

「あ、あはは・・・」

 

 

タカミチは苦笑いを浮かべているが、正直ぼーやのパンチがナギに効くとは思えん。

詠唱魔法も使えんしな。

それからしばらくゴネた後、どうにかぼーやが了承した。

 

 

魔力を乗せたぼーやの全力の拳が、ナギの顔面を捉える。

・・・ナギは障壁も張らずにそれを受け止めた。普通なら死んでるぞ・・・。

そして、そこからだった。

ナギが拳を握り込み、着地したぼーや目がけて拳を振るう。

タカミチやぼーやには反応できない速度だが・・・私にはどうにか見えた。

 

 

「こぉんのバァカ野郎おおおおおおおぉぉぉぉぉ――――――――――っっ!!」

「ぷも・・・っ!?」

 

 

ぼーやの身体が小枝のように吹っ飛び、私が覗いている窓の横の壁に激突した。

壁を突き破り、廊下に転がる。

・・・あと少しズレていたら、私が巻き込まれていたぞ。

あとここ、二階だぞ。

 

 

「ちょ・・・ナギ!? 何を」

「てぇめぇもだぁあああああああああぁぁぁぁ―――――――っっ!!」

 

 

ズドンッ、と言う大砲のような音を立てて、タカミチの腹に拳が打ち込まれた。

成す術も無く、タカミチが崩れ落ちる。

 

 

「本当ならてめぇに何か言う資格は俺にはねーわけだが、死んだガトウなら殴ったはずだかんな、代わりだタカミチ」

「・・・!」

「アスナの記憶を消したのは、まぁ・・・良い。だがその後は最悪だボケ」

 

 

まぁ、そうだな・・・何でよりにもよって麻帆良なんだろうな。

タカミチが全部悪いとは言わんが、もう少しやりようはあったろうに。

結局は、忘れてほしく無かったのかもな・・・。

 

 

タカミチにそう言った後、ナギが鋭い目でこちらを見た。

ぼーやを見ているのだろうとわかってはいるが、その視線の強さにゾクりとする。

あー・・・私のモノにならんかな。

 

 

「今さら父親面する気はねぇし、お前にも色々あったんだろうとは思うぜ、ネギ」

「・・・」

「けど、それにも限度ってもんがあるだろうが、バカ野郎」

 

 

まぁ、麻帆良での生活については流石に知らんだろうが、こちらに来てからのぼーやの行動については、公になっている部分も多いからな。

公国の元首に就任、侵攻、妹への処刑宣言。

まぁ、親ならキレる所だろうな。

・・・だが、ぼーやは気絶してるからお前の言葉は聞こえていないぞ?

 

 

「・・・何をしておる、ナギ」

 

 

・・・む。

その時、一人の女が中庭に入って来た。

金色の髪を靡かせて歩くその女の名は、アリカ・アナルキア・エンテオフュシア。

アリアの実母で・・・ナギの妻。

 

 

く・・・私と出会った頃にはすでに既婚者だったと言うことだ。

どうりで私に靡かぬ道理よ、ククク・・・。

 

 

「おう、もう歩いて大丈夫なのかアリカ」

「少しなら問題ない・・・クルトと話してきた。明日、ここを発つ」

「・・・そうかい、ま、仕方ねぇな」

 

 

・・・は?

タカミチやぼーやがここから出て行くのは当然として、ナギ達までも?

どう言うわけだ・・・?

 

 

「・・・む、どうしたのじゃ、ガト・・・でなく、タカミチ?」

「い、いえ・・・大丈夫です・・・」

「あー、かなりマジで良いの入れちまったからなぁ」

「お、おい、お前達!」

「む・・・」

「おお、エヴァンジェリンじゃねぇか!」

 

 

気付いて無かったのか!?

い、いや、それよりもだ。

 

 

「おまっ・・・いや、そのっ・・・あー・・・」

 

 

ガシガシと頭を掻く、くそ、何で私がこんなことを言わなければならんのか。

私は苦虫を噛み潰すかのような気分で、くいっ、と親指を横に立てて。

 

 

「・・・アリアに会って行け、それで、ちゃんと話せ」

 

 

性に合わん役回りだ。

こう言うのは、茶々丸の役割だろうに・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

「・・・む?」

「ドーシタヨ」

「いえ、今どこかで私が必要とされたような気がして」

 

 

まぁ、大方マスターかアリア先生、さもなければさよさんでしょう。

カテゴリー「友人」以上の方で無ければ、私のセンサーは働きませんので。

 

 

現在私は、広報部職員としての仕事に追われております。

先の戦闘中に撮られた映像を編集し、広報用の資料として作成しなければなりません。

ジャーナリズムに提供する物も用意しなければなりませんが、世に出せる物とそうでない物を分けておかねばなりませんので。

 

 

「・・・私であればアリア先生に不利な編集はしないと言うことでしょうが」

「アノメガネノカンガエソーナコトダナ」

 

 

まぁ、与えられた権限を有効に活用させて頂きます。

そう思いつつ、機材を抱えて総督府の通路を歩いておりますと・・・。

 

 

「あ、アンタは・・・!」

「誰かと思えば・・・あの時の小娘か」

「小娘じゃないわよ!」

「あ、アーニャさん、ちょっとちょっと・・・!」

 

 

角を曲がった所で、アーニャさんが誰かと口論している所に出くわしました。

その相手は、白い髪の・・・4(クゥァルトゥム)さん。

現在、処分保留になっておりますが、どうもアリア先生に従う様子を見せているようなのです。

実際、逃げる様子も反抗する様子も見せてはいません。

宮殿での戦いを除けば、一応、こちら側の被害を減らすのに協力してもおりましたし。

 

 

「ケケケ、ナンダナンダ、コロシアウノカ?」

「誰よ・・・って、茶々丸さんじゃない。何でコイツがここにいるわけ!?」

「落ち着いてください、アーニャさん。これは高度に政治的な処置で・・・」

「つまり、細かいことを聞くなってことですよ、アーニャさん!」

「そ、そうなのエミリー!?」

「違います」

 

 

アーニャさんの肩に乗っているオコジョ妖精の言葉を、やんわりと訂正します。

もしそうなら、きちんとそう言います。

 

 

「・・・ふん、くだらないね」

「あ・・・ちょ、まだ話は終わって無いわよ!」

「あ、アーニャさんってば~!」

 

 

4(クゥァルトゥム)さんは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさとどこかへと歩いて行きました。

アーニャさんは、それを追いかけて行きます。

・・・意外と、会話が成り立っているようにも見えます。

 

 

4(クゥァルトゥム)さんは鬱陶しそうにしてはいますが、手を出したりはしていません。

あるいは、あえてそのように行動しているのかもしれませんが・・・。

 

 

「・・・ああ言うのも、仲が良いと言うことになるのでしょうか」

「まったくポヨ。アーウェルンクスシリーズともあろう者が、まるで人間の小僧ポヨよ」

「・・・!」

「テメーハ!」

 

 

姉さんが私の頭から飛び降りて、ナイフを構えます。

それと同時に、小規模ながら強大な結界が展開されました。

この魔力反応、私の記録にも残っているあの・・・!

 

 

「随分な対応ポヨね。まぁ、客人として遇されるとは思っていなかったポヨが」

 

 

褐色の肌に、ピエロのメイク。

高位魔族・・・ポヨ・レイニーデイさんが、窓枠に座る形で私達を見ていました。

 

 

「・・・どのようなご用件でしょうか」

「そう警戒せずとも、戦いに来たわけでは無いポヨ。世界の危機が回避されてしまった以上、私は何もするつもりは無いポヨ」

「ドウダカナ」

「ふん・・・実際、見事な物ポヨよ。<紅き翼(アラルブラ)>・・・そしてお前達。まんまと世界を救ってしまったポヨからね・・・私の望んだ形とは違うポヨが」

 

 

やれやれと言いたげに溜息を吐いたポヨさんは、何かをこちらに投げ寄越しました。

少し大きめなその塊は――――――。

 

 

「田中さん・・・!?」

 

 

私の弟の、頭でした。

かなり損傷していますが、ギリギリで原形を留めてはいます。

・・・92%損傷、記録媒体にも軽度の損傷アリ・・・。

ハカセでも・・・完全に直せるかは、微妙な所でしょう。

 

 

「・・・最後まで戻る戻ると、うるさかったポヨ」

「待っ・・・」

「確かに、届けたポヨよ」

 

 

言葉だけ残して、ポヨさんの姿は掻き消えてしまいました。

結界も解除され、元の空間に戻ります・・・。

 

 

「・・・頑張りましたね・・・田中さん」

 

 

囁くようにそう言って、私は弟の頭を抱き締めました。

私の目から流れ落ちた洗浄液が田中さんの目元に落ち、涙のように滴りました・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

戦争の後処理の仕事が一杯で大変です。

執務室の私の机に置かれる書類の束を速やかに処理しています。

ぺったんぺったんと判子を押して行きます。

 

 

お父様やお母様に会いに行かないのは、忙しいからなのです。

シンシア姉様のことを考えないのは、忙しいからなのです。

それ以外にも色々と考えねばならないことはありますが、とりあえず忙しいので後回しです。

仕事が一杯で忙しいので、仕方が無いのです。

わかって、くださりますよね?

 

 

「バカか、お前は」

 

 

エヴァさんによって、一刀両断されました。

素直にショックです、なので書類に没頭することで気を紛らわそうと思います。

えー・・・旧オスティアゲートポートの状況は・・・。

 

 

「だぁ――――っ! 良いから来い!」

「ああっ、ご無体なっ」

「やかましいっ!」

 

 

そう言って引き摺られて、別室に連れて行かれたのが5分前。

今、私はテーブルを挟んでお父様とお母様と面談しております。

・・・いや、面談と言う言い方もおかしいですけど。

 

 

ちなみに、扉にもたれかかる格好でエヴァさんも部屋の中にいます。

最初は外に出てくれていたのですけど、私が最初の2分で逃げ出したので、今は中で見張ってます。

うう、いけずです・・・。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

・・・果てしない沈黙が、場を包んでいます。

私は膝の上で指をモジモジと絡めつつそれを見ていますので、向こうから見ると俯いているように見えるでしょう。

正直、眼を合わせ辛いと言うか・・・。

 

 

何を話せば良いのやら・・・。

と言うか、話すことって何かあるのでしょうか・・・?

で、でも、何か話さないと。

 

 

「「その」」

 

 

お母様の声と重なりました。

え、何ですかコレ。

 

 

「あ、えっと・・・お母様からどうぞ」

「い、いや、そちら・・・アリアからで構わぬ」

「いえ、その・・・大したことじゃ無いので・・・」

「そ、そうか? ・・・いや、やはり・・・」

「いえいえ・・・」

「いやいや・・・」

「いえいえ・・・」

「いやいや・・・」

 

 

え、エンドレスです。

ど、どうしましょう、どうすれば。

 

 

助けを求めるようにエヴァさんを見れば、何故か指先で肘をトントン叩いておりました。

ああ、何故かエヴァさんの苛々が最高潮に!?

そしてこの場には、もう一人気の短い方がおられたようです。

 

 

「どぁあああぁぁっ、じれってぇなぁもおおぉぉっ!」

 

 

お父様です。

お父様は突然立ち上がると、隣のお母様も同じように立たせました。

そのままお母様の肩を掴んで、テーブルを回り込んで私の方に。

ガシッ・・・と私もお父様に肩を掴まれまして。

 

 

「目の前にいんだから、もっと、こう!」

「バッ・・・バカ者!」

「ひっ・・・」

「ムギュ――ッとすりゃ、いいだろうがよ!」

 

 

ふよんっ・・・柔らかなお母様の胸に、顔を埋められます。

温かいな、と認識した次の瞬間、身体がボッと熱くなりました。

ちょっ・・・。

 

 

「や・・・」

 

 

ぐいっ・・・とお母様を押して、身体を離します。

 

 

「やめてくださいっ!」

 

 

パンッ、とお父様の手を払いのけた拍子に、足がもつれて転びそうになります。

 

 

「あ・・・」

 

 

声を上げて、お母様が私に手を伸ばしますが・・・。

私はその手を取らずに、その場に尻餅をついてしまいました。

・・・痛い。

 

 

何、してるんでしょうね、私・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ナギを殴り倒した後、床に座り込んだまま俯くアリアの前に、膝を揃えて座る。

小さな身体を震わせている娘を前に、私は何と声をかけるべきなのかがわからぬ。

何を言っても、今さらだと言うことがわかっているが故に。

 

 

「・・・すまぬ・・・」

 

 

アリアの顔では無く、膝に視線を落としながらそう呟いた。

謝罪の言葉に意味など無いとはわかっていても、言わずにはおれなかった。

 

 

これまで、どのような気持ちで生きてきたのか。

どれほどの重みと苦難を、その小さな身体で超えて来たのか。

世界を救い、国を背負い、身体と心を擦り減らしてきたと言うのか。

ネギとも不仲・・・不仲どころの騒ぎでは無かったと聞く。

 

 

「今さら、私のような者に抱かれても嬉しく無かろうにな・・・」

 

 

仕方が無かったと、言い訳をするつもりは無い。

子を守るべき時期に傍を離れたのは、私なのじゃから。

 

 

「・・・明日、アスナを連れてここを発つつもりじゃ」

 

 

ぴくっ・・・と、アリアの肩が震えたような気がした。

だが、気のせいであろうの・・・。

 

 

アスナは、未だに眠っておる。

いや、起きてはおるし食事もし、生活も営んではおる。

だが、自我が戻らぬ。

おそらくは、元々の本人格と記憶を消した後に生まれた仮人格が鬩ぎ合い、混ざり合っている最中なのじゃろう。

目覚めるには、今しばらくの時間が必要なはずじゃ・・・。

 

 

「本当なら、傍について力になってやりたいのじゃが・・・私はもう女王では無いから・・・」

 

 

むしろ私がいる方が、アリアにとって邪魔であろう・・・。

クルトはそうでも無いようじゃったが、他の、すでにアリアを女王として認めている臣下の者達からすれば、私のことは「今頃来て、何のつもりだ」と言う目でしか見れまい。

事情はどうあれ、苦境の際に起ったのはアリアであって、私では無い。

 

 

肝心な時にいなかった・・・それだけならともかく、成果だけを得ようとしているようにも見えよう。

一つの国に、王は二人はいらぬ。

私の居場所は、すでにこの国には無いのじゃ。

 

 

それでも、クルトは私を庇ってくれるかもしれぬが・・・。

それではクルトの立場が悪くなろう。

クルトには、アリアのために頑張ってもらわねばならぬ。

故に、私などのために政治的な傷を負うことは避けねば・・・。

 

 

「ネギも、この国にはおれぬ故・・・」

 

 

先程ナギがネギと殴り合っておったが、実際の所、私はネギに対してもかけるべき言葉を持たぬ。

クルトによれば、ネギは密かに連合へと渡るのだそうじゃ。

命が助かるのならば、まだ良いと思える。

例え・・・政治の駒として利用される未来が待っているのだとしても。

使い潰される未来が、待っているのだとしても・・・。

 

 

「・・・すまぬな、何もしてやれなくて・・・」

 

 

歯がゆい、悔しい。

こんなになってもまだ、私は自分の子のために何もしてやることができない。

現時点において、してやれることが思い付けない。

 

 

「そなたにとって、私は目障りであろうから・・・だがせめて、遠くから・・・」

 

 

トンッ・・・。

 

 

「見守ら・・・?」

 

 

胸元に、アリアの頭が見えた。

抱きつかれていると気付いたのは、数秒後のことじゃった。

ギュ・・・と、背中に回された手に力がこめられる。

 

 

「あ・・・」

 

 

無言で顔を摺り寄せてくる娘に、私はどうして良いか・・・。

・・・扉の所に立っておる金髪の娘が無言で睨んでくるのは何故じゃろう・・・。

何やら、アリアと懇意にしておるそうじゃが。

・・・起き上ったナギが、何やら両手を使って何かを伝えようとしておる。

 

 

「・・・すまぬ、な・・・」

 

 

これで良いのかはわからぬが、恐る恐る、アリアの小さな肩に両手を回す。

今度は・・・拒絶、されなかった。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

・・・麻帆良の時と違って拘束されないと言う事実に、僕はとても嫌な気分になる。

もちろん、好きにして良いよってことじゃないんだと思う。

要するに、捕まえる価値も無い・・・と言うか、捕まえないことに価値があるんだ、みたいな。

 

 

「・・・会っておかなくて、良いのかい?」

「良いんだ・・・ううん、むしろダメ、なんだと思う」

 

 

タカミチの言葉に、僕はそう答えます。

扉の向こうには、アリアと父さん・・・あと、僕のお母さんがいる。

会いたい気持よりも、会いたくない気持ちの方が勝ってしまうんです・・・。

 

 

今、会っても・・・酷いことしか言えないと思う。

父さんにも、お母さんにも、アリアにも・・・。

嫌なことしか言えないと思うんです。

自分の汚い部分が、外に出てしまいそうで怖い。

 

 

「タカミチこそ、明日菜さんには・・・?」

「あはは・・・流石にナギに殴られた後で会いに行けるほど、神経は太く無くて、さ」

 

 

父さんの拳は、かなり痛かったです。

と言うか途中で気絶したので、何を言われたかは今イチ覚えて無いです・・・。

 

 

「・・・じゃあ、行くかい?」

「うん・・・もうここにいちゃ、いけないと思うから」

「・・・そうかい」

 

 

のどかさんを迎えに行って、その後は・・・。

昨日の夜、のどかさんとお話しする時間がありました。

のどかさんは・・・僕と一緒に来たいって、言ってくれました。

こんな僕の傍に、いたいって言ってくれたんです。

 

 

思えばのどかさんだけは、ずっと僕と一緒でした。

怖い思いも、たくさんさせてしまったと思います。

本当は、麻帆良に・・・とも思わなくもなかったけど。

巻き込んだ責任は、ちゃんと取りたいと思います。

 

 

「のどかさんを迎えに行って、それからネカネお姉ちゃんを迎えに行って・・・」

 

 

その後は、メガロメセンブリア・・・。

もしかしたら、そこからまた別な場所に行くことになると思います。

この先どうなるかはわからないけれど、でも、一つだけわかってることがあります。

 

 

僕が父さんやアリア達に会うことは、たぶん、もう無いだろうってこと。

もし会えるとしたら、その時は・・・。

 

 

「・・・ばいばい、アリア」

 

 

その時は、きっとどちらかが死ぬ時だと思うから。

今のままだと・・・たぶん、死ぬのは・・・。

 

 

・・・・・・アリアじゃ無い。

 

 

 

 

 

Side シャークティー

 

抱き締めるという行為に、これ程の喜びを感じるのは初めてかもしれません。

主よ・・・感謝致します。

 

 

「こ、ここっ・・・ココネェェッ・・・よかっ、良かったぁ・・・っ!」

「ど、どうシタ、ミソラ。ちょ・・・苦しいゾ・・・!」

 

 

先の戦闘から2日、消えてしまった人々も一部を除いて戻って来ました。

そして徐々に目覚めて、今、ココネも目を覚ましました。

無論、戻らない方々もおりますが・・・。

 

 

今はただ、ココネを抱いて泣く美空を、抱き締めてあげたい気分なのです。

残った温もりと、戻った温もりを感じていたいのです。

 

 

「いやぁ・・・消された時はもうダメかと思ったニャ」

「撃ち抜かれた瞬間、走馬灯が・・・」

「まぁ、とにかく2人とも戻ってこれて良かったですわ」

「本当に・・・」

 

 

今、私達は避難所の一部を改造して作った仮設の病室にいるのですが、私達の後ろのベッドにはアリアドネーの方々がおります。

何人かの方は、最後に一緒に避難したので名前も知っております。

確か、セブンシープさんにモンローさん、ファランドールさんでしたね。

 

 

「ところで、お腹にそこはかとない鈍痛がするのニャが・・・」

「あ、それはこっち、スクナ君」

「気付けだぞ、さーちゃんの友達だからな」

 

 

あの子達と一緒にいるスクナ君は、ココネの目も覚まさせてくれたのです。

スクナと言う名前に何故か物凄く覚えがありますが・・・野暮ですね。

でも、女性のお腹を殴るのは感心しませんよ。

 

 

「いや・・・本当、全員が無事で本当に良かったんだけどさ・・・若干一名・・・何と言うか」

「・・・本当にいるんですの?」

「お嬢様、魔力を目に集中してみてください。どうにか気配が見えなくも・・・」

「さーちゃんは、ここにいるぞ!」

「いや、ごめん・・・見えない・・・」

 

 

・・・?

何の話でしょうか、まぁ、他人の話に聞き耳を立てるのも良くないことですし、気にしないことにしましょうか。

 

 

「・・・でも記録上、殉職扱いになると思うよ・・・?」

「二度目の死を経験することで、さーちゃんの保有魔力は跳ね上がったんだぞ!」

「そ、そうなのですか・・・でも、本当に・・・?」

「ま、まぁ、下手に亡くなったりするよりは、良い・・・のでしょうか?」

 

 

腕の中の温もりに感謝を。

そして、不幸にも主の御許に向かわれた方々のために、祈りを。

どうか迷わずに、旅立てますように・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

戻る命と、戻らない命。

帰って来る仲間と、帰って来ない仲間。

ここまではっきりと分かれるような戦いは、もう二度と経験できないだろう。

 

 

「普通は一度だって経験できない物だと思うがな」

「・・・まぁ、そうだな」

「そもそも、戦争なんてのは経験しない方が良いタイプの経験ですよ」

 

 

コリングウッド提督の言葉に、俺とリュケスティスは苦笑するしかない。

現役の軍人、それも最高位の軍人が言う台詞とは思えない。

新オスティアの高級士官クラブ「獅子の箱庭」で、俺とリュケスティス、コリングウッド提督とレミーナ提督が一堂に会している。

 

 

戦後処理で何かと多忙ではあるが、どうにか時間を割いた。

とは言え、物資不足から酒のボトルは1本しか無いわけだが・・・。

 

 

「・・・で、艦隊の方はどうだ?」

「状況はそちらと同じです。と言うより、至近で鍵持ちを見ている陸軍の方が詳しいでしょう?」

 

 

ハキハキとした声で、レミーナ提督が答える。

確かに、鍵持ちを間近で見た者は陸軍の方に多いかもしれんな。

 

 

戦闘が終わって戻って来たのは、鍵持ちに消された亜人種だけだ。

鍵持ちに消される以外の要因で倒れた者、これには亜人も人間も含まれる。

そう言う者達は、変わらずに戦死した。

連合との戦闘ほどでは無いにしろ、少なからぬ損害を被った。

 

 

「立て直しに何年かかるかな・・・」

「立て直す時間的余裕があれば良いがな」

「・・・リュケスティス、お前な・・・」

 

 

この親友はいつも、悲観的と言うか、斜に構えた物言いをする。

たまには前向きなこと言ったらどうだ。

実際、魔法のこともある、しばらくは戦いどころではないはずだ。

 

 

「わからんぞ、あの女王が大局を見ずにメガロメセンブリアに侵攻しろとでも言ったら、貴官らはどうする?」

「それが女王陛下の命とあれば」

「頭を掻いて誤魔化します」

「「「「・・・」」」」

 

 

レミーナ提督とコリングウッド提督の返答があまりにも極端だったので、一瞬、場が沈黙した。

コリングウッド提督は流石に照れたのか、こほんっ、と咳払いをした。

 

 

「ま、まぁ、艦隊にしろ陸軍にしろ、戦える状態ではありませんからね。これ以上の戦闘継続は遠慮したい所です」

「遠慮で戦闘が終われば、苦労はしないがな」

「連合の出方にもよりますが・・・聡明な女王陛下のことです、我らが心配することでも無いでしょう」

「聡明か・・・」

 

 

グラスの中の赤い液体を揺らしながら、俺は今回の戦闘で散って行った仲間達のことを思い浮かべていた。

・・・副長を始めとして、俺の部下の半数は戻らなかった。

 

 

聡明な女王と、その女王が統べる祖国のために。

・・・願わくば、彼らの期待通りの女王陛下であって欲しい物だ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

目が覚めたら、もう夕方やった。

・・・って言うか、なんでうちはこんな所におんねんやろ。

ベッドから上半身を起こすと、そこはどっかの部屋で・・・。

 

 

「ここは総督府ですー」

 

 

声のする方向に視線を巡らせると、月詠がおった。

ベッドの傍の椅子に座って、小刀でシュルシュルとリンゴの皮を剥いとる。

 

 

・・・総督府?

何でまたそんな所に・・・あーっと、うちはどうなったんやっけな?

確か、たぶん敵の攻撃で意識落ちてしまった思うんやけど・・・。

 

 

「一時は危なかったらしいですよー、敵さんの攻撃は一見貫通してたんですけど、実は魔力が千草はんの気管を締めとったんですー」

「・・・つまり、うちは死にかけとったってことかい」

「つまる所、そうですねー」

 

 

間延びした声で言われると、あんま実感湧かへんけど・・・そうか。

うち、死ぬ所やったんか・・・助かって良かった。

ほんまに、助かって良かったって思う。

死にたくはあらへんし、それに・・・。

 

 

・・・この子ら置いて、逝けへんし。

む、そう言えば・・・。

 

 

「小太郎はどないしたんや? 後、他の関西の連中は・・・」

「関西の人は元気ですよー、鈴吹さんはうち見てハァハァしてましたー」

「・・・さよか」

 

 

鈴吹、後でシメる。

 

 

「小太郎はんは、そこですー」

 

 

ピッ、と小刀の切っ先で示したのは、月詠とは反対側のベッドの横。

でも、誰もおらへんえ・・・?

不思議に思って、下を見ると・・・。

 

 

かー・・・と寝息を立てとる小太郎がおった。

床に毛布を敷いて、その上で腹出して寝とる。

・・・とりあえず、腹に毛布をかぶせたった。冷やしたらあかんえ・・・。

 

 

「・・・心配、かけてもたな」

「そうですね、うちらに心配かけさせるなって言ってた割に、千草はんがうちらに心配かけるんですもん」

「う、すまへんな・・・」

「それは言わないお約束ですよー」

 

 

月並みな台詞を言って、月詠はリンゴの皮剥きの集中し始めた。

・・・ふと、疑問に思った。

 

 

うちの身体に魔力が残ってて、それがうちを殺しかけた言うんはわかった。

覚えては無いけど、ヤバい所まで行ったんは確かやろ。

そんな緊急時に、身体から原因の魔力だけを消せるか・・・?

そんなことが、できるんは・・・。

 

 

「・・・なぁ、月詠」

「何でしょー?」

 

 

うちが声をかけると、月詠は首を傾げながらこっちを見た。

いつもと同じ、ヘラヘラと緩んだ笑顔。

その笑顔を見て、うちは口から出かけた言葉を飲みこんだ。

 

 

「・・・何でも無いわ」

「・・・? うふふ、変な千草はんですな~。あ、リンゴの皮、食べます?」

「実を寄越さんかい!」

 

 

・・・ありがとな、月詠、小太郎・・・。

 

 

 

 

 

Side 刹那

 

 

「・・・うん、もう大丈夫。完全に、向こう側との繋がりは消えたよ」

「そっか、ありがとうなぁ、ハカセちゃん」

 

 

ハカセさんの計測を待っていたら、朝になってしまった。

まぁ、エヴァンジェリンさんとの72時間耐久訓練を幾度となく行った私からすれば、一晩寝ないくらいどうと言うことは無い。

問題はこのちゃんだ、眠く無いのだろうか・・・?

 

 

「麻帆良上空の異常な空間も、今では通常の数値に戻ってるね・・・でも、世界樹周辺に変な反応がある。まだかすかに向こう側と繋がってる・・・? いや、でも閉鎖してるし・・・コレについては、ちょっと私じゃわかんないや」

「・・・それはおそらく、ゲートですね。どうやら向こう側のゲートが稼働しているようです」

 

 

このちゃんとハカセさん、ザジさんが話してる最中に、私の傍に私の式神がポムッと音を立てて出現した。

式神は、当然「ちびせつな」だ。

 

 

「報告します、陰陽師の方々が少人数ですがこちらに近付いて来ています」

「・・・敵か?」

「いえ、どちらかと言うと味方・・・かなぁ?」

 

 

ちびせつなは多少自信が無いようだが、おそらくは敵では無いと思う。

かと言って、好意的な味方でも無いだろう。

長がこのちゃんに陰陽師を差し向けるわけも無いから・・・確認か。

 

 

まぁ、これだけ長時間ここにこのちゃんが結界を張っていれば、見つかりもするだろう。

如何にこのちゃんの結界が隠密性に優れると言っても、限界はある。

 

 

「一応、タナベさんがマスタード弾で足止めしてますけど」

「・・・もっと優しい物は無かったのか?」

「後は・・・肥やし弾しか無かったそうです」

「・・・・・・そ、そうか」

 

 

肥やし弾とマスタード弾・・・ある意味で究極の選択だな。

私だったら両方遠慮する。

・・・私で無くとも、両方遠慮したい所だろうが。

 

 

「あんまりしつこいようだと、ちびアリアが秘密技を使うと言ってます」

「それはやめろ・・・事が大きくなる」

 

 

このちゃんの姿を隠さねばならない。

逃げ切れずに万が一、見つかった場合は・・・・・・。

 

 

 

記憶を奪うか、斬り殺す。

 

 

 

それを私は、エヴァンジェリンさんに教わった。

できるかと問われると自信は無いが、やらねばならないとは理解している。

だから、やる。

脅威から守るだけが、剣の務めでは無いから。

 

 

「このちゃん」

「わかったえ」

 

 

声をかけると、説明してもいないのにこのちゃんは了承してくれた。

即答と言って良い速度に、むしろ私の方が面喰らってしまう。

 

 

「ザジちゃん、ハカセちゃん、もうすぐ人が来るえ・・・お礼はまた今度な」

「わかりました、ハカセさんは私がお送りします」

「うん? ひゃわっとぉ!?」

 

 

私がこのちゃんを、そしてザジさんがハカセさんを抱えて、その場から消える。

さて、逃げるか・・・。

 

 

「せっちゃん」

「はい、何でしょうか、このちゃん」

「いつも心配してくれて、ありがとうな」

「・・・いえ」

 

 

恥ずかしくて口にはできないが、私はこのちゃんを心配できることを誇りに思っている。

私は、このちゃんの剣だから。

 

 

 

 

 

Side 千雨

 

「・・・」

『・・・』

「・・・・・・」

『・・・・・・』

「・・・・・・・・・」

『・・・・・・・・・』

 

 

私だけじゃなく、ミクまでもが静かだった。

ある意味で、すげー貴重なんじゃねーかと思う。

 

 

『さ、流石に、向こう側と繋がりを維持したまま、関東一帯の航空自衛隊、在日米軍、民間航空機にマスコミヘリを同時に相手にするのは、キツかったですね・・・』

「最終的に、全員Appendモード突入だったしな・・・てか、向こう側って何だよ・・・」

『それは秘密です・・・あー、ハイバネーションして休んでも良いですかー・・・?』

「ああー・・・?」

 

 

・・・てーか、夏休み終了直前に、私は徹夜して何をやってんだろうな?

最終的に打ち込まなきゃいけねぇ文字数が、63万5千を超えてたぞ・・・?

 

 

つーか今、私は自分が何をしていたか初めて知ったんだが。

何だ、在日米軍って。

しかも相手は主に航空機って、何でそれをチョイス?

もしかして私は、とんでもねーことを知らねー間にやらされてるんじゃねーのか・・・?

 

 

「てーかお前ら、私いらねぇだろ・・・」

『いえいえー、私達は所詮、誰かに使われてナンボの存在ですからー・・・電子製品無いと生きてけませんし、プログラムされないと歌えませんし・・・』

「・・・はん」

 

 

まー、実際パソコン閉じてりゃ静かだしな。

私が何かプログラムしねぇと、行動には限界が出るのも確かだ。

こいつらも、万能では無いってこったな。

 

 

「・・・ってーか、アレはヤバかったな、途中で反撃された奴」

『あー、なんでしたっけ、ファル○ンとか言うハッカー』

「アレはヤバかったなー、一部とはいえ奪回されちまったし」

『ですねー、フ○ルコン侮りがたしですよ、と言うかあの鷹ありえねーです』

「本職の意地って奴かねー・・・」

 

 

まぁ、本職(プロフェッショナル)な奴ってのは、どんな分野でもすげーもんだけどな。

私の場合、ちょっと得意ってだけだし、そこまで真剣にやってねーし。

ミク達がいなければ、ただのネットアイドルでしかねーわけだしな。

 

 

「・・・まぁ、それなりに楽しい夏休み、だったかもな」

『本当ですか!? いやー、それなら定期的に国家中枢を掌握してみますか!』

「調子に乗んな!!」

『まぁまぁまぁまぁ、そんなツンツンしないでデレましょうよ、デレたら後は楽になりますぺ』

 

 

・・・電源を切って強制終了した。

やっぱ、こいつウゼーな。

 

 

さて、と・・・新学期か。

宿題、終わってねーよ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

夜、ベッドの上でシーツにくるまりながら、色々なことを考えます。

あー・・・何か、たくさんのことが一度に起こった気がします。

しかも面倒なことに、公的なことにしろ私的なことにしろ、時間がかかることばかりです。

何かをしてすぐに結果が出るような、そんな単純なことの方が少ないくらいです。

 

 

まぁ、良いニュースが無いわけじゃありません。

旧オスティアのゲートが生きていることが、調査の結果わかりました。

しかも魔力溜まりの影響で、しばらくの間は旧世界の麻帆良と頻繁に行き来することも可能とか。

 

 

普通は週に一度の所を、一日に一度くらいのペースで。

新学期が始まりますから、ちょうど良いです。

 

 

「卒業式までは、別荘を活用しつつの二重生活ですかね・・・」

 

 

あと半年は、女王と先生のかけもちです。

・・・その仕事量たるや想像するだけでゾクゾク・・・いえ、ワクワクします。

新田先生には知られないようにしませんと。

3-Aの皆さん、ちゃんと夏休みの宿題やってますかねぇ。

 

 

何だか寝付けなくて、ゴロンッ、とベッドの上で寝返りを打ちます。

・・・あれ?

私、窓を開けたまま寝ましたっけ・・・。

 

 

その時、背中を向けた方からギシッ、とベッドが軋む音がしました。

 

 

・・・暗殺者、にしてはお粗末ですし。

となると、さて、誰が・・・・・・ま、まさか!

 

 

「・・・誰ですか! ・・・って、カムイさん!?」

 

 

そこには、カムイさんがいました。

大きな頭をベッドの上に乗せて、私の方を見ています。

姿が見えず、心配していたのですが・・・うん? 何かを咥えて・・・。

 

 

「・・・あ」

 

 

ベッドの上に置かれたそれは、私が宮殿で使って以降行方知れずになっていた王家の剣でした。

月明かりで黄金色に輝くそれを、両手で持ちます。

 

 

「・・・拾ってきて、くれたんですね」

 

 

カムイさんは肯定するように私の手に顔を擦りつけると、役目は終わったとばかりに窓から外に出て行きました。

灰銀色の尻尾が窓枠の向こう側に消えるのを、ただ見送ります。

剣は危ないので、サイドボードの上にでも置いておきます。

 

 

・・・そう言えば、カムイさんってどんな存在なのでしょう。

もう、いるのが当たり前みたいになってますけど。

 

 

「・・・ふぅ、それにしても気配を感じた時は驚きましたね」

「・・・そうなの?」

「ええ、てっきりフェ・・・」

「ふぇ・・・何?」

「・・・」

 

 

・・・ほっぺを抓ります、痛いですね、現実ですよコレ。

では次にシーツを胸元にまで引き上げます、ネグリジェですよ私。

そして、次の段階。

 

 

「な、ななな、何でいるんですかぁ―――――――っ!?」

「キミに会いに来たんだけど」

「この状況で冷静な回答はいらないんですよっ!」

「・・・そう」

 

 

フェイトはあくまでも冷静です。

冷静な顔して天然です、手に負えません。

一度まさかと思わせておいてかわし、安心した所を奇襲とはやるじゃないですか。

 

 

「そ、それで、何かご用でしょうか・・・?」

「用と言うか・・・昼間のキミは忙しいから」

 

 

それはまぁ、確かに昼間の私は仕事とダンスしてますけど(意味不明ですね)。

それと今の状況に、どのような因果関係があるのでしょうか。

 

 

「つまり、昼間のキミは女王であって、皆のモノだけど」

「ふむ」

「・・・夜なら、問題無いかと思って」

 

 

大問題ですよ、フェイト。

世間一般ではそれを、夜這いと言います。

 

 

「・・・思うにサウザンドマスターとアリカ女王は、するべき仕事をしなかったのが問題だったんじゃないかと思う。つまり、仕事とプライベートの両立が大事なわけだね」

「・・・まぁ、諸説あるでしょうけど」

「その点、キミは昼間はきちんと仕事をしているし・・・だから夜だけは、僕のアリアに戻ってくれるかと思って」

「・・・・・・・・・へ、へぇ」

 

 

何ですかこの人、口調に抑揚が無いので言ってることは普通かと思えば、実は凄いことを言ってますよ?

・・・そして胸が痛いんですけど、ドキドキうるさいんですけどっ!

 

 

「わ、私、眠いんですけどっ」

 

 

現在22時、普通に眠いです。

良い子は寝る時間です、寝る子は育ちます。

私の身体、10歳! 念のために確認しておきます。

 

 

「フェイトは、眠く無いんですか?」

「・・・僕は、基本的に眠らないから」

「へ?」

「僕は眠らなくても活動できる・・・アーウェルンクスは夢を見ない」

 

 

・・・そ、そうですか、それは初耳ですね。

でも考えてみれば、あの少人数で世界再編魔法を発動させる計画を動かしていたわけですから、不眠不休で働ける身体でも無いと無理ですよね・・・。

 

 

「だから決戦前夜は、ずっとキミの寝顔を見ていたよ」

「・・・そう言うことは言わなくて良いです」

「そう」

 

 

と、とにかく、そうですか・・・フェイトは寝ないのですか。

朝が来るまで、ずっと・・・起きているのですか。

 

 

「「・・・」」

 

 

フェイトの無機質な瞳が、何か言いたそうにしているように見えて、でもそうでないようにも見えて。

結局の所、私の主観でしか無いわけで・・・。

・・・うー、もう。

 

 

「・・・ポイントッ」

「何?」

「アリアポイント、溜まりっぱなしで使ってませんよねっ」

「そうなの?」

「そうなんです!」

 

 

公的な話をすれば、フェイトは近く正式に私の騎士(ナイト)になります。

正式な叙勲は少し先ですが・・・でも、肩書きとかはご褒美になりませんので。

金銭や物品、領地なども同じく。ある意味、一番困るタイプです。

あげられる物が、一つしか思いつかないくらいに・・・。

 

 

「ですから、そのー・・・何と申しますか」

「・・・」

「えー、大変安易で、自分としても発想の貧困さが嫌になると申しますか・・・」

「・・・」

「あの・・・・・・わ、む・・・!」

 

 

 

 

    そっと頬に手を添えられて、軽く口付けられました。

 

 

 

 

ほんの数秒間だけ触れて、離れます。

本当に軽く触れた、だけなのに・・・。

 

 

「・・・間違ってる?」

「・・・いえ、間違っては・・・無いです」

 

 

・・・とても、温かかったです。

 

 

「・・・あの、まだポイントは残ってますから、もう少しなら・・・・・・ん」

 

 

くいっ・・・と顔を上向かせられて、そっと・・・優しく唇を奪われます。

さっきよりも少しだけ長く、でも変わらない優しさで・・・。

 

 

「ん・・・フェイト、さん・・・」

「・・・さん・・・?」

「・・・フェイト・・・ふ、んっ」

 

 

一瞬だけ強く口付けられて、ベッドが軽く軋む音を立てます。

温かくて・・・力強い、です。

 

 

「・・・もう少し、残って・・・」

 

 

囁くようにそう言うと、私の頬にあったフェイトの手が頭の後ろへと移動しました。

サラ・・・と、髪に触れられる感覚。

ぐ・・・と力を込められて、今までで一番、強く・・・。

・・・強、く・・・。

 

 

「・・・もう、少し・・・」

 

 

息を吐く間もなく、求められる。

それがとても、嬉しくて・・・。

 

 

・・・その夜、私達は数えきれないくらいに、キスをしました。

 

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

 

  ―――――そして、半年の時間が流れる―――――

 




アリア:
・・・やって、しまいました。
今回、私・・・恥ずかしいことしかしてないんですけど・・・。
そして何故、今回は私が後書き担当・・・?
公開処刑的な何かですか、コレは。
とにかく今回は、戦後処理の一端を描きました。
これから、大変です・・・。
仕事が一杯です・・・ヒャッホウ!
大義名分を得た私を止められると思わないでくださいよ!


アリア:
えー、次回は半年後まで時間が飛ぶそうです。
つまり・・・。
次回、原作編最終回・・・「卒業式」。
このサブタイトルを使うのは、二度目ですね。
では、またお会いしましょう。

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