魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第8話「魔法世界騒乱」

Side アリア

 

新オスティア宰相府の私の執務室・・・机の上には、相も変わらず書類の山が積まれておりました。

とは言え、私が処理しなければならない書類では無く、もっと別のものです。

この5年間、改訂に改訂を重ねた物・・・。

 

 

「やっと、成文化に漕ぎつけましたか・・・憲法・・・」

「商・民・刑・訴訟の4法典に関しては、旧ウェスペルタティアに漫然と存在していた法律を整理して成文化、と言う手段も取れましたが・・・憲法に関しては初めての試みでしたからね」

 

 

国家の組織や統治の原則を定める最高法規、「憲法」。

旧世界から持ち込んだ概念ですが、統治する上では成文化された法典は必要不可欠。

憲法はその頂点であり・・・現在、私一人に集中している無制限の権力に枠を嵌める物です。

 

 

これを持って来てくれたクルトおじ様も、眼鏡を押し上げつつ、遠くを見るような目をしました。

おじ様が専門家中心の制憲委員会をまとめておりましたから、感慨深くもなるのでしょう。

 

 

「これが施行されれば・・・いよいよ、立憲体制への本格的な移行が始まりますね」

 

 

・・・ウェスペルタティア王国憲法。

官僚や法学者、在野の政治家が発表した私擬憲法を多少は参考にしつつも、形式としては君主である私が制定することになるので、欽定憲法に属する形を取っています。

故にその中核理念は「(女)王から王国民への主権の委譲」、と言うことになっています。

 

 

立憲主義、(女)王大権、議院内閣制、王国民の諸権利、司法権の独立・・・などが内容の柱です。

そして、憲法に負けず劣らず重要な法律が・・・。

 

 

「議会法・・・議会の開設については、5年前から繰り返し王国民の方々にも伝えてきましたが・・・」

「在野の政治活動家を中心に、いくつかの政党が結成された模様です。本日これから、アリア様には有力政党になると思われる政治グループの代表に会って頂くことになっておりますが」

「それは・・・楽しみですね」

 

 

私に代わって、立法権と行政権を執行することになる人達です。

議会政治が定着すれば、私の仕事もぐっと減ることでしょう。

・・・一瞬、議会を永久解散してやろうかと思ってしまうフレーズです。

 

 

「今年から政党の登録が開始されていますが・・・全国規模で有力な政党は6つと言う所でしょう。後は小規模な地方政党がチラホラ、と言う程度ですか」

 

 

ウェスペルタティア王国議会は形式としては(女)王から立法権を委譲される機関ですが、実質的に唯一の立法機関です。

一応、(女)王にも議会の解散・召集の権利はありますけど・・・形式的な物です。

形態は、いわゆる2院制です。

 

 

まず貴族院(上院)。

議席数は178、貴族院とは言いますが、貴族以外の議員も存在します。

終身の貴族議員(王国残存貴族84家から1名ずつ)、地方代表84名、勅選議員10名で構成されます。

下院に再考を促すための議会として、識見に富んだ議論を期待しています。

 

 

そして最重要、庶民院(下院)。

自由選挙によって公選された議員で構成され、議席数は302。

・・・選挙区の区分けとかで揉めてますけどね・・・小選挙区制か大選挙区制か、とか。

上院に対して優越権を持ち、法律や予算案の議決は原則として下院の決定を優先します。

加えて言えば、この下院の最大会派(政党)の代表が宰相として内閣を組織することになります。

形式上、宰相の任命権は(女)王にあるわけですが・・・あくまで形式であって、儀礼的な物です。

 

 

「いやいや、できればこのまま、宰相としてアリア様を支えたい物ですねぇ」

 

 

キラキラとした笑顔を浮かべながら、クルトおじ様がそう言います。

5年後に予定されている第一回下院選挙が終われば、クルトおじ様は宰相の座を下りることになりますからね。

・・・とは言え、この人・・・自分でいつの間にか政党を組織していたんですけどね!

 

 

クルトおじ様が私と密接に繋がっていることは、良く知られているので・・・私が立法・行政に関する権力を維持しようとしているのでは無いか、との印象を与えかねないのですが・・・。

政党の名前からして、あからさまですし。

 

 

「我が立憲王政党は、旧世界からの農産物(苺)輸入の推進及び魔法世界の農家(苺)支援を重点政策に掲げております、アリア様!」

「熱烈に支持します」

「ありがとうございます」

 

 

・・・いえ、冗談ですよ?

本当に本当に・・・冗談ですよ?

信じてくれますよね?

ただ一つ言うことがあるとすれば、私にも投票権はあるってことですかね。

 

 

「ただ、まぁ・・・まだ問題はありますけどね。選挙法もそうですけど、軍部と内閣の関係とか」

 

 

全軍の最高司令官は(女)王ですが、実質的には内閣の代表である宰相が軍の指揮権を持たねばなりませんし。

形式としては、宰相が(女)王の代理者として軍を統括することになるのですが・・・。

現在はHer Majesty's Armed Forces・・・「女王陛下の軍」と公文書には記載されています。

まぁ、平時は国防省が管理運営するわけで、事実上の文民統制(シビリアン・コントロール)ができてるわけですけど。

 

 

「そうですねぇ・・・確かに問題は山積みですが、女王陛下がオスティアにおられる限りは、解決の糸口も見つかるかと思われます」

「はぁ・・・」

「主要国会議もとりあえず昨日に終了したことですし、しばらくは内政面に集中したい物ですね」

 

 

ニコニコ笑顔で、クルトおじ様がそう言います。

まぁ、つまりはオスティアから出るなと言いたいのでしょうけど・・・。

 

 

・・・心配せずとも、別にエリジウム大陸に親征しようとか思ってませんよ。

大体、多国籍軍的な物がまだ編成途上ですし、まだ向こうが要求を呑むという可能性も残っています。

今の所は。

必要なら、行きますけどね・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

いえね、ここで釘を一本刺しておかないと、アリア様は普通に親征しそうなのでね。

アリア様は好戦的なわけではありませんが、義務感のお強い方なので。

このタイミングで憲法典問題を持ち込んだのも、アリア様をオスティアに留めるためですよ。

 

 

「・・・でも、憲法と議会ができてしまうと、私の仕事も減っちゃいますね」

「それでしたらアリア様、本など執筆されてはいかがでしょう? アリア様はアリアドネー講師の経歴もお持ちですし・・・」

「本ですか・・・?」

「ええ、議会政治は政治への国民の関心が高くないとアレですし、そう言う類の本でもお書きになられては? タイトルは、『竜でもわかる、女王アリアの政治学』・・・売れますね」

「売れるわけ無いでしょう」

 

 

買わせるんですよ。

苦笑を浮かべるアリア様に対し、私は割と本気でそう考えました。

まぁ、個人的には現状のまま、アリア様の超・独裁体制を続けるのもアリかと思っていますがね。

その時、コンコン、と執務室の扉がノックされて・・・絡繰さんが入室してきました。

 

 

「応接室に、お客様がお揃いになられました」

「わかりました」

 

 

アリア様は頷かれると、スタスタと執務室を出ました。

私を右側、絡繰さんを左側に従えて、廊下を歩きます。

・・・背後からガションガションと田中Ⅱ世(セコーンド)の足音が続くのは、もはや常識です。

 

 

「・・・ああ、そうそう、アリア様」

「はい?」

「ドロシー・ボロダフキンとヘレン・キルマノックと言うお名前に、何か心当たりは?」

「・・・メルディアナの後輩だと思いますけど、それが?」

「オスティアで・・・と言うか、ここ宰相府で働いておりますよ?」

「・・・はい?」

 

 

ふと足を止めて、アリア様が怪訝そうな表情を浮かべられました。

ああ・・・やはり、ご存じありませんでしたか。

とは言え私も官僚候補生の顔と名前までイチイチ覚えてはいませんが・・・この間、雇用者名簿をパラパラめくっていた時、経歴に「メルディアナ」とある新人がおりまして・・・もしやと思ったのですが。

 

 

オスティアの王立ネロォカスラプティース女学院に所属する生徒で、ボロダフキンさんは魔獣医候補生、キルマノックさんは法務官候補生として働いています。

そうですか、アリア様の・・・・・・ふむ。

 

 

「それは・・・知りませんでした」

「お会いになられますか?」

「え? うーん・・・会いたいですけど、やめておきます。立場とかありますし・・・」

 

 

まぁ、たかが候補生に女王が会うと言うのもおかしい話ですしね。

その2人のためにも、公的な立場で会うのは控えた方が良いでしょう。

・・・存外、2人がアリア様に連絡を取っていないのも、そのあたりが理由かもしれませんね。

 

 

その後、再び歩き出し・・・5分もしない内に応接室に到着しました。

中にいるのは・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

応接室にいるのは、5年後の総選挙で有力な存在になると考えられている政治勢力の代表者の方々です。

私個人としては、アリアさんの仕事量を減らしてくださる方々だと認識しております。

大いに頑張って頂きたい所です。

 

 

今日は政策や仕事の話では無く、あくまでも挨拶が目的です。

将来、円滑な議会運営を行う上でも、定期的に会って話をするのは重要だとのことで。

宰相の方とは、毎週内奏と言う形で非公式に会うことにもなっておりますし・・・。

ちなみに内奏とは、国政に関する報告のことで、国王と宰相の間で相談・助言をし合う重要な会合です。

 

 

「初めまして、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアです。本日はお忙しい所を集まって頂き、感謝に堪えません」

「はーい、陛下、笑顔でお願いしまーす!」

 

 

パシャッ・・・と例によって例の如く、広報部のアーシェさんがその様子をカメラに収めます。

どこからともなく現れる彼女は、我が広報部のブラボー4・・・。

無論、私は常に録画モードですが。

・・・最近、新聞も始めました(by 広報部)。

 

 

「お、お初にお目にかかります、女王陛下・・・わ、私は、プリムラ・ディズレーリと申します・・・」

「はい、初めまして」

「・・・世の中を動かしているのは世間一般の人々が思っているような人物とは、まるで違う人物だと知ってはいましたが・・・いやはや・・・」

 

 

緊張のためか、どこか震える手でアリアさんと握手を交わすのは、プリムラ・ディズレーリ女史。

30代後半の女性で、茶色の髪と瞳に、黒を基調とした淑女然とした服装をしています。

ウェスペルタティア保守党の党首であり、政策としては保守主義を掲げているそうです。

大ウェスペルタティア主義を掲げてもおり、基本的にアリアさんを支持する一派です。

 

 

「初めましてですな、女王陛下。今後ともよろしく」

「はい、お手柔らかに・・・」

 

 

続いて、厳格そうな初老の男性がアリアさんと握手を交わします。

50代の男性で、禿げかけている白髪頭に、黒の瞳を鋭く細めて、アリアさんを観察しているようです。

この方の名はエワート・グラッドストン氏、自由党の党首です。

自由主義を掲げており、低所得者・外国人移民に人気があるとか。

 

 

「初めまして女王陛下、突然ですが倒れるまで仕事をしていると言うのは、おやめください」

「最初の一言目がそれって、凄いですね・・・」

 

 

次は、王国民主党、略して王民党のボルゾイ・レーギネンス氏。

年齢は57歳で、真っ白な髪をオールバックにした初老の男性です。

福祉と教育に力を入れている団体で、子育て世代が支持基盤とか。

 

 

「お初にお目にかかります、ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアーと申します」

「あ、はい・・・これから、よろしくお願いしますね」

「は、はい・・・聖母様」

「・・・は?」

 

 

次は、ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアー氏。

亜人と人間のハーフで、元裁判所勤務の判事の方です。

指導する団体は熱烈な王室支持者が多いとされる、キリスト教民主同盟。

・・・何でも、5年前の戦いの際、シスターシャークティーの説法を受けたのが始まりとか。

そこで博愛主義に目覚め、何故かアリアさんを聖母マリアの生まれ変わりだと思っている、とか。

 

 

「ろ、労働者の生活を改善することが、自分の役目だと考えています!」

「それは素晴らしいことだと思います、一緒に頑張りましょう・・・」

「重要企業の国有化と失業保険を含めた社会保障の充実こそが、肝要だと考えています!」

「・・・・・・そ、そうですか」

 

 

アリアさんの笑顔を若干引き攣らせたのは、ジェームズ・ハーディ氏です。

どちらかと言えば左派に属する、ウェスペルタティア労働党の指導者。

社会保障の充実と企業の国有化、労働者の権利拡大が売りだとか。

あらゆる戦争に反対する集団としても、有名です。

 

 

・・・以上の5党にクルト宰相の立憲王政党を含めた6党が、全国規模の政党になります。

後は、魔族の人権を訴える政党や地方自治権の拡大を訴える政党など、地方レベルの物になります。

とにかく、この6党の内のいずれかが、がアリアさんから移譲される権力を、5年後に持つことになります。

 

 

私にも参政権があるのですが、さて、どうしましょう・・・?

マスターは選挙その物に興味が無いようですが。

 

 

 

 

 

Side 元メルディアナ校長

 

旧オスティアの浮島の一つに、牢獄と言うには豪奢な屋敷がある。

3階建ての西洋式の建物で、魔導技術を使用した壁と堀に四方を囲まれている以外は、ちょっとした貴族が住んでいるのではないか、と思えなくもない設えの屋敷だ。

 

 

だが屋敷の中にいるのは貴族では無く、政治犯。

それも叛逆に加担したような高レベルの政治犯、有り体に言えば、5年前の旧公国において宰相の地位を受けながら死刑にもならずに生きながらえている政治犯の、居場所だ。

言ってしまえば、屋敷にいるのは私だ。

 

 

「ふんっ・・・まだ、しぶとく生きておったか」

 

 

普段は滅多に来客も無いが、定期的にこの屋敷に私を訪ねてくる者がいる。

それは、一国の女王であったり・・・今、目の前にいる偏屈な老人だったりする。

 

 

「お前に偏屈呼ばわりされる覚えは無いわい」

 

 

偏屈な老人・・・スタンは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、勧めもしていないのに応接室の椅子にどっかりと腰かけた。

変わらない様子に、苦笑を浮かべる。

 

 

「・・・で? お前、いつまでこんな場所で楽をしとるつもりじゃ? ん?」

「いや、一応、私は裁判で戦犯認定を受けているのだが」

「自分で名乗り出たくせに、良く言うわい」

 

 

そうは言っても、私が名乗り出んことには、目に見える形で「公国の終焉」を演出できんかったしな。

目に見える形で責任を取れるような人物は、軒並みグラニクスに逃げたからな。

それに、どのような形であれ、公国の統治に協力したのは事実。

 

 

スタンや村人を救った功績と言うことで減刑され、こうして衣食住には困らない生活を保障されているだけでも、僥倖だと思うべきだろう。

 

 

「・・・そう言うお前も、聞いたぞ。5年後には議員様らしいでは無いか。新聞で見たぞ」

「ふんっ、ワシは了承した覚えは無いぞ」

 

 

そう言って鼻を鳴らすスタンに、私はまた苦笑する。

一応、ウェスペルタティアの主要な新聞には毎日、目を通している。

それによれば、スタンは5年後に開かれる議会に議席を得ることになっている。

とは言え宰相を輩出する下院では無く、上院の貴族院に勅選議員として席を占めるのだが。

 

 

「お前がやれ、ワシは村の農業を見るので忙しいんじゃ!」

「いや、だから私は戦犯認定を受けていて・・・」

 

 

ちなみにこのスタン、旧オスティアの浮き島の一つに村を再興した。

しかも、この5年間で農業に力を入れているらしいのだが・・・。

 

 

その農業は、苺栽培なのだ。

・・・どうも、孫(的存在)が可愛くて仕方が無いらしい。

まぁ、6年も石化していたわけで、気持ちは分からなくもないが・・・。

素直で無い所も、変わっていないようだ。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「ほう、今回は我らが女王は親征しないのか」

『ああ、どうやらそうらしい』

 

 

通信画面の向こうで、蜂蜜色の髪の男がどこか安心したように頷いていた。

女王のことを心配していたのだろう・・・前線に立てば何があるかわからんしな。

まぁ、女王自らが軍を率いると言うのは兵の士気を上げる要因にはなっても、究極的にはそれ以外のメリットが無いからな。

 

 

俺が今いるのは、25年前の大戦における激戦の地、グレート=ブリッジ要塞。

5年前のトリスタン条約とその付属協定で、メガロメセンブリアからウェスペルタティアに譲渡された軍事要塞だ。

全長300キロに及ぶこの巨大要塞は、今では旧公国領の治安と要塞両岸の守備と言う表向きの仕事の他、南で国境を接する帝国軍と睨み合うと言う役目がある。

友好国ではあるが、帝国はウェスペルタティアでは無いからな・・・揉め事もゼロでは無い。

実際、国境紛争寸前にまで行ったこともあるのだからな。

 

 

「・・・で、わざわざそれを伝えに俺の部屋に秘匿通信をかけたのか、グリアソン」

『別にそれでも構わんが、どうも面白い噂を聞いてな』

「ほう、噂か」

 

 

長年の付き合いだ、グリアソンの言う「噂」が事実上の「本当」である可能性は高い。

現在俺は女王の名の下に王国西部の治安権限を掌握しているが、グリアソンは中央で王国陸軍全部隊を指揮する立場にある。

階級は同じ元帥だが、やっている仕事は内と外、苦労も悩みも違うわけだ。

 

 

ただの軍人がやるには、少々荷が重いがな。

まぁ、5年もここの駐屯軍を率いていれば、勝手もわかってくるが・・・。

 

 

『エリジウム大陸の統治機構のトップに、リュケスティス、お前を・・・と言う声が政府内にある』

「・・・何?」

『先日の主要国会議の話し合い―――もちろん、非公式の話し合いの部分だが―――で、実はエリジウム大陸を制圧した後の分担・・・分割協議があってな。エリジウム大陸北部は一旦、ウェスペルタティアの信託統治領になることが決まったらしい。南部は帝国領に、シレニウムはアリアドネーだそうだ』

 

 

エリジウム大陸の北半分と言えば・・・グラニクスこそ外れる物の、軍港ブロントポリスやケフィッスス、セブレイニアなどを含む広大な領域だ。

面積だけなら、ウェスペルタティア本国の2倍以上。

 

 

しかも陸軍だけでなく、駐留艦隊の指揮権も俺に一任し、かつ民政面での権限も俺に。

臣下に与える権限としては、巨大すぎる気もするが・・・。

 

 

『何でも、女王陛下が特にお前を、とのことらしい』

「ほう・・・我が女王が、俺をな」

『また、お前はそんなヒネた言い方をして・・・』

「誰かと違って、ヒネた育ち方をした物でな」

 

 

そう軽口を叩きつつも、俺の胸の内にはかすかな興奮の熱が生まれつつあった。

委任統治の期間は限定的な物だろうが、それでも軍人としての俺では無く、一種の執政官としての俺の能力が試されると言う状況に、興奮を覚えるのだ。

だが女王が俺を推薦すると言う状況を、果たして喜ぶばかりで良いのかどうか。

あのクルト・ゲーデルなどは、さて、どう思っているのか。

 

 

例えば、奴はこの5年間で我が女王の王権を強化すべく動いていた。

我が国には5年前の段階で、200家以上の貴族がいたわけだが・・・今では半数も残っていない。

旧公国に荷担した貴族はもちろん、叛乱、不正、汚職、領地経営の不備・・・様々な理由で多くの家が廃絶した。

結果として王家の領地が増大し、王権が強化されて中央集権が進み・・・今では王室領が王国の過半を占めている。

この5年間は、クルト・ゲーデルが女王アリアの覇権を確立した5年と言っても過言では無いわけだ。

だからこそ、伝統的な貴族支配を廃して立憲主義的な議会政治へ移行することもできる。

 

 

・・・正しいが冷徹で、頼もしいが油断ならない。

それが、クルト・ゲーデルと言う男だ。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「国境に軍が展開を始めた?」

 

 

新オスティアから帝都ヘラスに戻る途上、帝都ヘラスから緊急通信が入った。

秘匿通信と言うことなので、『インペリアルシップ』の艦橋では無く、艦内の自室で通信を受ける。

昨夜会議が終わり、今朝になって出立したと言うのに・・・忙しないことじゃの。

 

 

通信の相手は、コルネリアじゃ。

コルネリアは2年前まではオスティアで大使を務めていたのじゃが、その経験を買われて、今では帝都で外交・法務の政務官を兼任しておる。

妾はいっそ閣僚に・・・と思ったのじゃが、コルネリアがそれを辞退したのじゃ。

法務官僚に過ぎない自分が一気に閣僚になれば、軋轢を生む・・・とか言っての。

実質的に妾の顧問なのじゃから、変わらんと思うのじゃが・・・。

 

 

『・・・ゼフィーリア近郊の我が国との国境に、新メセンブリーナは部隊の配置を始めました』

 

 

コルネリアの言葉に、妾は頭の中に地図を思い描く。

ゼフィーリアはエリジウム最南端の都市であり、我が国の新領土外縁部に接しておる。

とは言え、新メセンブリーナは我が国の新領土統治を認めておらんがな。

 

 

そして我が帝国が本格的な軍の動員を始める前に、その新メセンブリーナが部隊の配置を始めた。

・・・ふむ、これはどう受け取るべきなのかの・・・。

 

 

『現状で動員できる部隊を派遣することも可能ですが・・・いずれにせよ、エリジウム侵攻軍の動員は始まったばかりで、本格的な攻勢には出られません』

「どれくらいかかるかの?」

『軍部の「積極的な」協力があれば、3日もあれば可能です』

「・・・・・・積極的な協力が無い場合は?」

『来年になっても不可能でしょう』

 

 

い、いや・・・それは流石に、不味いのでは無いかの?

いや、まぁ、確かにジャックが前線に立つようになってからは、どうも軍部が私から離れつつあるとは、思ってはいたが。

流石に、国際会議で合意したことにまで反対は、せんじゃろ?

 

 

『するでしょう、普通に。それで傷つくのは陛下の権威であって、軍部の名誉ではありませんので』

「うぐ!?」

『それに、あの筋肉ダル・・・ジャック氏が前線に出れば、大抵の兵士はやる気を失います』

 

 

・・・今コイツ、皇帝の夫になる男をバカにせんかったか?

 

 

「んぁ? 呼んだか?」

「呼んどらん!」

 

 

アホ面下げて昼間から酒を飲んでおるジャックを、シッ、シッ、と追い払う。

確かに、コイツは戦場以外ではあまり役には立たんしの・・・。

やる気を出せば凄いと思うのじゃが、そのやる気が出ん。

 

 

『・・・そもそも陛下は、国内の有力貴族の支持を未だに得ておりません。国内を糾合できていないのですから、仕方がありません』

「む、むむぅ・・・ど、どうすれば良いのか」

『何か、求心力を発揮できるような政策でもあれば、話が変わるかとも思いますが』

「むぅ・・・き、求心力か」

 

 

む、難しいのぅ・・・ううむ・・・。

つまり、こう、皆をやる気にさせれば良いのじゃろ、ならこう、わかりやすい目標を立てるとか。

 

 

「せ・・・世界平和、とか?」

『・・・はぁ』

「技術革新とか・・・そ、そうじゃ、イヴィオンに加盟してみるとか、どうじゃろう?」

 

 

ウェスペルタティアが中心となっておる国家連合「イヴィオン」に加盟すれば、ウェスペルタティアから正式な技術援助を受けることもできる。

魔導技術を使用した製品の輸入もしやすくなるし、民の生活も豊かになるじゃろう。

亜人の健康問題についても、共同研究ができるやもしれん。

タンタルスやフォエニクスなどの都市が、加盟申請をしておるとも聞くし・・・。

 

 

魔法世界の過半を領域に治める帝国が加盟すれば、世界平和にも大きく近付ける。

どうじゃろう、この案は?

 

 

『寝言を言ってないで、もう少し地に足のついた議論をしてください』

「い、いや・・・至ってマジなのじゃが」

『・・・はぁ・・・』

 

 

溜息を吐かれた!

部下に溜息を吐かれる皇帝って、何じゃそれ!

 

 

『・・・イヴィオンの加盟条件の項目をご覧になったことは?』

「な、無いが?」

『・・・・・・イヴィオンに加盟するためには、ウェスペルタティア女王を「共同元首」として認めることが必要になります』

「・・・あ」

 

 

それは確かに・・・無理じゃな。

帝国の元首は妾じゃし・・・加盟したとしても、ヘラス帝国皇帝がウェスペルタティア王国女王の風下に立つことを意味する。

形式的なこととは言え・・・帝国の民は、それを認めることはできんじゃろう。

 

 

『無論、私も認められません。我が帝国が王国の属国になるようなことは』

「いや、一応両国は対等で・・・」

『それは、建前でしかありません。この世に対等な国家など、存在しません』

 

 

・・・うぅむ・・・せ、正論じゃの。

どうした物か・・・。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

移動中であっても、できることはあるわ。

アリアドネーの戦乙女騎士団を始めとする軍事力の発動を、担当者に連絡すること。

さらに・・・。

 

 

「私が戻り次第、アリアドネー特別教授会を開催したいと思います」

『ほう、教授会を・・・』

『主要国会議の結果についてなら、何も教授会を開かなくても良いのでは?』

「いえ、今後のアリアドネーの在り方についてのコンセンサスを得たいのです」

 

 

アリアドネーの政治機能は、基本的に教授会が握っているの。

教授会に参加できるのは、アリアドネーで教授の称号を得て、しかも5年以上勤務している者。

アリアドネー全体の行政や研究、教育に幅広いを影響を持っているわ。

アリアドネーの代表である総長(グランドマスター)は、この教授会から選出される決まりよ。

 

 

私も10年以上前に教授会から選出されて、総長の地位に就いた。

そしてアリアドネーへ向かう途上の執務室で、私は私を支持している教授達と話している。

 

 

「オスティアで各国の代表に探りを入れ、会談を重ねた結果・・・私は、アリアドネーの在り方について、皆と議論する必要があると確信しました」

『ほう・・・時代が変わるか』

『中立を捨てると?』

『いや、それはできません・・・我々の存在意義に関わる』

 

 

私達アリアドネーの「中立」が機能していたのは、5年前の段階まで。

つまり、帝国と連合と言う2大国が併存していてこそ、私達の「中立」には意味があった。

しかし連合が崩壊し、帝国が不安定化し、ウェスペルタティア中心の国際秩序が形成されつつある今。

 

 

「私達は、政治的な中立主義を捨てるべきではないでしょうか?」

『ウェスペルタティアに屈すると?』

「覇権を認めることは、仕方が無いと思います。今後はあの国が世界の覇権を握るでしょう」

『しかしそれでは、我がアリアドネーの政治的独立が維持できないのでは?』

「政治的な独立は手段であって、目的では無いはずです」

 

 

アリアドネーの目的は、あくまでも学問・研究・教育の自由の確保のはず。

これまでは連合や帝国の干渉を跳ねのけるために、武力でもって政治的独立を確保してきた。

しかし、魔法世界に統一された秩序がもたらされるのであれば、形式的な独立に拘る必要は無いはず。

 

 

研究・教育への国家権力の不当な介入を許さない。

逆に言えば、それさえ認められるのであれば、どの国が覇権を握ろうと構わない。

 

 

「教育・研究の国家権力からの自由と自治、これさえ認められるのであれば・・・ウェスペルタティア女王を形式的な共同元首として戴くことも、イヴィオンに加盟して直接的な技術援助を受けることもできるはずです」

『イヴィオンにか・・・』

『それは少し、飛躍しすぎでは?』

 

 

現に、魔法世界はその方向ですでに動き始めているわ。

オスティアでのいくつかの会談、クルト宰相との宴席での会話で私はそれを肌で感じた。

ウェスペルタティアの支援を受けているパルティアやアキダリアは、未曾有の経済発展の段階にある。

イヴィオン加盟国オレステスなどは、議会政治導入を条件にウェスペルタティアとの合併を検討していると言う話しすらある。

テンペ、タンタルス、フォエニクスなどの諸都市は、すでに加盟交渉に入っているし・・・。

 

 

「現に私達は政治的な独立を有しているが故に、エリジウム大陸への派兵と言う、本来、学問とは関係の無いことまでする必要に迫られています」

『むぅ・・・』

『5年前までは、このようなことは無かったのだがな・・・』

 

 

教授会は基本として、全会一致が原則。

平時には良いのだけれど、変化が必要な時には迂遠に感じてしまうわね・・・。

けど、とにかく説得と根回しを急がなくては。

私の支持者ですらこうなのだから、反対派に話をするのはもっと大変でしょうね・・・。

 

 

『ふむ、なるほど、了解した』

 

 

その時、新しい通信が繋がった。

何人もの教授の顔の横に、もう一人、別の教授の顔がならぶ。

その教授は、金に銀を一滴たらしたような色合いの毛並みを持つ猫の妖精(ケット・シー)だった。

 

 

『何、ウェスペルタティア女王は我がアリアドネーの講師でもあった御方だ。ワタシはアリアドネーの名誉教授の一人として、セラス総長の考えに賛意を表明させて頂こうと思うが・・・よろしいかな?』

「あ、貴方は・・・」

『・・・反対派の説得は、私がしよう』

 

 

翡翠の騎士、猫の騎士、お伽の国の魔法使い・・・。

フンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵。

通称、バロン先生が・・・茶目っ気たっぷりに、私にウインクして見せた。

 

 

 

 

 

Side 近右衛門

 

ガイウス・マリウス・・・と言う提督がおる。

メガロメセンブリアの宿将であり、5年前の戦争後はエリジウム大陸の軍港都市、ブロントポリスに身を置いておった。

本国であるメガロメセンブリアに戻ると、艦隊を放棄せねばならぬ故、エリジウム大陸に駐留せざるを得なかったのじゃろう。

 

 

ただ本人の意思では無く、部下が処罰されたり、職を失うのを恐れたためとも聞いておるが。

何と言うか、くじ運が悪いとしか思えんの・・・ワシも、良い方では無いが。

 

 

「お断りします」

 

 

まぁ、今まさにグラニクスの連合評議会・・・つまりはワシの目の前に壇上に立たされておるのが、そのマリウス提督なのじゃが。

メガロメセンブリアの軍服に身を包んだその姿は、厳格な雰囲気を滲ませておる。

もう70歳に達するかと言う年齢ながら、威圧感はこの場にいる誰よりも強い。

 

 

6個軍団4万、4個艦隊292隻。

彼の麾下の軍団は、間違いなくエリジウム大陸最強の武力集団じゃろう。

追い詰められたグラニクスの評議会の面々が、彼を頼ろうとするのは当然の選択じゃったが。

今まさに、その要請を断られた所じゃった。

・・・まぁ、そりゃそうじゃろうなぁ。

 

 

「こ・・・断ることはできん! これは評議会の命令なのだ!」

「お断りします」

 

 

グラニクスの評議会は、結局の所、オスティアから発せられた国際社会の要求を拒否することにしたのじゃ。

何故、受け入れられないのか・・・テロリストの身柄を確保できていないからと言うだけではあるまい。

つまり、やましいことをしている者しか、残っておらんのじゃ・・・。

 

 

「私はメガロメセンブリアの軍人であり、メガロメセンブリア本国の発した命令以外には従いません」

 

 

うむ、正論じゃな。

しかも彼の軍は、実は新メセンブリーナ連合の支援を受けていないのじゃよなぁ。

 

 

ブロントポリス郊外に広大な土地を借り、艦艇を仮設宿舎として使用し、屯田兵よろしく自給自足の生活を営んでおるのじゃから。

作物の種子などは自分達が住民支援用に持っていたのを使い、6万人の軍人の食いぶちを細々と養って、しかも近隣の村に食糧を分けてもいると聞いておる。

それは、新メセンブリーナの言うことを聞こうとは思わんじゃろうな。

聞く所によれば、ブロントポリスを彼らの采配に委ねようと言う動きもあるとか無いとか。

 

 

「そうか・・・どうしても我らの命令を受けないと言うのだな?」

「何度申されようと、答えは変わりません」

「そうか・・・ふん、では仕方が無いな、お前達には別の形で役に立って貰おう」

 

 

評議会の代表格が手を上げると、武器を持った衛兵が提督を拘束した。

提督自身は、表情も変えておらぬが・・・。

 

 

「お前とお前の部下達を、テロの首謀者としてウェスペルタティアに引き渡す」

「・・・無駄なことを」

「だが、私達が姿を隠すまでの時間稼ぎにはなるだろう?」

「・・・!」

 

 

・・・その言葉を聞いた時の提督の表情を、ワシは見た。

もしアレが絵になったのであれば、「嫌悪」か「侮蔑」と言う名がついたじゃろうな。

 

 

「今頃、お前の部下の幕僚達は我らの手の者が拘束しただろう・・・さて、もう一度聞こうか、我らのために、多国籍軍の侵攻を食い止めてくれるな?」

「・・・・・・」

 

 

提督は、評議会の面々の顔を烈火のごとき炎を灯らせたような瞳で眺めやった後。

・・・深々と、溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

また、戦争が始まる。

エリジウム大陸では、食糧を巡る小規模な争いからグラニクスの評議会への大規模な叛乱まで、いくつもの紛争があった。

 

 

この5年間、僕はそれらを見続けてきた。

人間の汚い部分も、たくさん見てきた。

それはきっと・・・25年前に父さん達が見ていた光景で。

タカミチみたいな人達が、ずっと見てきた光景だと思う。

そして・・・僕が見ようとしなかった、憧れていた物の裏の顔だったんだと、今では思えるようになった。

 

 

「ネギ君、大丈夫かい?」

「うん、大丈夫だよ・・・タカミチ」

「疲れたら、ちゃんと言うのよ?」

 

 

ネカネお姉ちゃんを背負ったタカミチが、僕の方を向いて心配してくれた。

ネカネお姉ちゃんも心配そうにしてるけど、僕は大丈夫。

 

 

僕達は今、グラニクスに向かっている最中。

転送装置とかが使えれば良いんだけど、エリジウム大陸では普及していない。

魔法が使えなくなってから、そう言う方面が急激に不便になった。

 

 

魔法・・・魔法か。

僕も、もう・・・使えない。

使えなくなって初めて、自分がどれだけ魔法に助けられていたのかが、わかった。

 

 

「ネギさん、だ、大丈夫ですかー・・・?」

「はい、大丈夫です。のどかさんこそ、辛くは無いですか?」

「は、はいー・・・」

 

 

僕達は、正規の街道を離れて山道を歩いてる。

正規の街道を通った方が近いんだけど、関所がいくつもあって、その度に税金を取られてしまうから。

通行証もあるけど・・・賄賂とか要求されるし。

そう言うのを避けるために、盗賊とかと鉢合わせる危険を承知の上で、山道を歩いてる。

タカミチがネカネお姉ちゃんを背負って、僕がのどかさんを背負って。

 

 

5年前と違って、のどかさんは大人の女性になった。

髪とか・・・身体も成長して。

アーティファクトが使えなくなってからは、ネカネお姉ちゃんと一緒に僕の身の回りのことを世話してくれるようになった。

 

 

本人は、どこか申し訳ないと思ってるらしいけど・・・。

申し訳ないのは、僕の方だと思うから・・・。

 

 

「ネギ君、あと山を3つ超えるとグラニクスだ。頑張って」

「うん、タカミチ」

 

 

・・・あれから、5年。

アリアが何をしているのかは、大体は知っているつもり。

今度、このエリジウム大陸に攻めてくるらしいってことも。

 

 

・・・アリアは、今・・・何を考えて、何をしているのだろう。

父さん達と・・・一緒にいるのかな。

 

 

 

 

 

Side ナギ

 

ヤベェヤベェヤベェヤベェヤベェッ!

・・・あ、いや、それ程ヤバくも無かったか。

 

 

「はぁっ!」

「おっと」

「このっ!」

「ほいっと」

「てやあぁぁっ!!」

「うぉっ、今のは危なかった・・・ことも無かったな!」

「・・・お前!!」

 

 

適当に攻撃を避けてたら、相手の女がキレた。

女っても、まぁ・・・15くらいの小娘なんだけどな。

ボロ布みてーなローブを着てるけど、金髪紫瞳の綺麗な子だ。

 

 

ウェスペルタティア中央部、オストラとオスティアの間くらいの位置にある山。

その中に、俺はいた。

いや、ほら、空を見ろって、もう夕方じゃん?

今日はこの辺の小屋を借りて休もうって話になって、飯とか薪とか、男の俺が用意しなきゃじゃん?

一人は奥さんだし、もう一人は複雑な事情だしよ。

 

 

「お前・・・ふざけてるのか!?」

「はぁ? いや、良く見ろって、真面目に猪とか狩って、薪もほれ、ちゃんと拾ってるだろ?」

「・・・っ!!」

 

 

右肩に猪、そんでもって左手には大量の薪。

こんなに家族のために真面目に働いてる俺に対して、そりゃ無いんじゃねーの?

魔法が使えねーから、結構大変なんだぜ?

 

 

だが、どうも目の前に可愛い子ちゃんは俺の答えがお気に召さなかったらしい。

顔を真っ赤にして、超キレてる感じだ。

 

 

「ん~・・・ってーか、お前誰だよ。出会い頭に森の中で俺みてーなオッサンを襲うなんてよ」

 

 

そう、この可愛い子ちゃんは、山ん中で俺に出会うなり、「ナギ・スプリングフィールドだな! 恨みは無いが、襲わせてもらう!」とか何とか言って、襲いかかってきやがったんだ。

俺の名前と居場所を知ってるだけでも、大したモンだとは思うけどよ。

 

 

「私はS-06! 誇り高き「Ⅰ」の一人だ!」

 

 

どどーん、と名乗りを上げる可愛い子ちゃん、正直な奴だな。

嫌いじゃねーけどな、そう言うの。

ただよ・・・。

 

 

「・・・「Ⅰ」って、何だ?」

「ニュース、見て無いのか!?」

「見たかもしんねぇけど・・・肉体労働担当なモンでな」

 

 

えす・・・ぜろろく? とか言う可愛い子ちゃんは、すげぇショックを受けたような顔をした。

な、何だよ・・・そんなに知っといて欲しかったのか?

つーか、「地方局では映らないのかな・・・」とか泣きそうな顔で言ってんじゃねぇよ。

 

 

「まぁ・・・元気出せよ」

「うん・・・じゃ無く! お前が知っていようといまいと、襲わせてもらう!」

 

 

振り出しに戻りやがった。

S-06は跳びあがって木の枝を蹴ると、小柄な身体付きには似合わねぇデケェ手甲を着けた拳を俺に向けて振り下ろした。

さっきから避けてて思ったんだが、結構な威力だぜアレ、地面がヘコむしな。

 

 

その一撃を、俺は左手で受け止める。

薪がバラバラと地面に落ちる・・・あーあ。

 

 

「な、な、な・・・何でだ!? 魔法の使えない、ただの人間だろう・・・!?」

「ただの人間? おーおい、お前、俺のこと知らねぇのかぁ?」

 

 

ニッ、と笑みを浮かべて、久々の台詞を言ってみる。

 

 

「俺は、最強のサウザンドマスターだぜ?」

「・・・!」

 

 

まぁ、魔法使えねーけど。

でもホラ、俺ってば魔法抜きで嫁さんのピンチ助けちゃう男だし?

 

 

「しっかし、お前、何だって俺を襲うんだ? 普通の女の子だろ?」

「・・・普通な、物かっ!」

「おおっ?」

 

 

バシッと俺の手を跳ねのけて、S-06が俺から離れる。

もう、なんつーか・・・意味不明だ。

何しに来たんだ、コイツ・・・?

 

 

「ふ・・・ふんっ、そんな態度を取っていられるのは、今の内だぞ!」

「あ?」

「お前をここに足止めしている間に、私の仲間がお前の家族を・・・」

「・・・何だと!?」

 

 

流石に驚いて、家族・・・アリカ達のいる小屋の方向を見た。

すると・・・その瞬間、物凄ぇ爆発音と、地響きが伝わって来た。

 

 

「・・・てめっ・・・え?」

 

 

流石に頭に来て、S-06の方を見た。

そしたら・・・。

 

 

「あ、あれ・・・?」

 

 

・・・s-06が、物凄ぇアホ面してやがった。

自分で言っといて、予想外だったのかよ!

 

 

 

 

 

Side S-06

 

ど、どど、どう言うことだ?

い、いや、あいつの・・・G-15の能力なら、多少は派手になるのはわかっていたが。

それにしても、今の爆発はちょっと・・・アレだろ!?

 

 

「おいコラ! 結局の所、お前は何がしてーんだよ!」

「う、うるさい! お前に説明することなど無い!」

 

 

瞬動で山の中を駆けながら、私はナギ・スプリングフィールドにそう叫び返した。

私は全力で駆けているのだが、この男にはまだ余裕があるらしい。

想像以上の規格外だ、何だコイツ・・・。

 

 

コイツを、襲うとか、無理だ・・・。

そうこうする内に、森を抜け・・・山の中にポツリと佇む小屋が・・・。

 

 

小屋が、巨大な地竜に踏み潰されていた。

 

 

「・・・な!?」

「アリカ! アスナ!?」

 

 

ナギ・スプリンギフィールドが驚愕したような声を上げる、とすると、やはりあそこには・・・。

・・・だとすれば。

 

 

「・・・何をしている! G-15!」

 

 

私は、小屋から少し離れた位置に佇んでいたG-15に向けて、怒鳴り声を上げる。

金色の長い髪を持つ、18歳程度の男の身体を持つ「Ⅰ」メンバー。

アイネに頼まれて、女王の家族を襲いに来た仲間だ。

 

 

アイネの望みは、オスティアにいては手出しができない女王アリアを、引き摺りだすこと。

そのためには、女王アリアが理性的に思考できない状況を作る必要がある。

・・・アイネが女王アリアに何の用があるのか、実の所、私達も良く知らない。

だがカプセルから出してくれたアイネの頼みだ、他にすることも無い、アイネのために・・・。

 

 

「アレでは、お前、中の人間も無事では・・・G-15?」

 

 

近くまで行っても、G-15は反応を示さない。

コイツの能力は、竜・・・特に飛行能力を持たない地竜に対する親和性が高いことだ。

現に今も全長20m程の地竜を操り、小屋を踏み潰している。

 

 

だが、私達「Ⅰ」は誰も殺さないことを最初の話し合いで決めている。

少なくとも、直接的に誰かを殺したりはしない。

殺してしまえば、私達は私達を実験動物扱いした連中と、同列の存在になってしまう。

だと言うのに・・・。

 

 

「G-・・・!」

 

 

近付いて、肩に手をかける。

そして・・・私が触れた肩が、ボロッ・・・と崩れた。

 

 

「・・・え・・・?」

 

 

肩だけではなく、身体その物が崩れて、地面に落ちて行く。

な・・・じ、時間が、無くなったのか?

いや、まだ・・・。

 

 

次の瞬間、小屋を踏み潰していた地竜が、身体の真ん中に風穴を開けられた。

ボンッ・・・と言う音を立てて、巨象のような身体が吹き飛ぶ。

 

 

「・・・な、う・・・?」

 

 

状況が、飲み込めない。

そんな私をよそに、地竜の身体が倒れ・・・崩れた小屋の中から、一人の女が姿を現す。

金色の髪に青と緑の瞳、薄桃色のドレスのような衣服。

右手には、上質そうな銀色の装飾の施された剣を持っている。

こ、この女が、G-15を・・・?

 

 

「アリカ!」

「騒ぐな、阿呆・・・食材と薪はどうした」

「うえ?」

 

 

ナギ・スプリングフィールドが、その女の傍に降り立つ。

アリカ・・・アリカ・アナルキア・エンテオフュシア!

もう一人の、オリジナル血統!

この女が・・・。

 

 

「主(ぬし)も・・・私達を襲いにきた者か?」

 

 

アリカに声をかけられた瞬間、ゾワリ、と悪寒が走った。

それは、先程ナギ・スプリングフィールドに対して感じた戦慄とは別の感覚だった。

そしてそれは、アリカに対する感覚では無いと、本能的に悟る。

 

 

・・・アリカの後ろに、誰か。

何か、とてつもない化物がいる・・・!

 

 

「あ・・・オイ!」

 

 

気が付けば、私はその場から逃げ出していた。

あんな化物・・・化物共を一人で相手にするのは無理だ。

だから、伝えに行かなければ、残りの時間で。

 

 

アイネ・・・コイツらは、無理だ・・・!

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

「・・・逃げたか」

「あっれー? 脅かし過ぎたか?」

 

 

隣でナギがいつものようにバカなことを言っておるが、私はそれを気にせずに後ろを見る。

そこには、先程の襲撃で崩れた小屋があるのじゃが・・・。

 

 

小屋の中心だった場所に、肘掛け椅子が一つある。

ゆらゆらと揺れるそれには、一人の少女・・・いや、もう女と言っていい年頃じゃな。

一人の女が、そこに座っておる。

オレンジ色のその女の名は、アスナ。

 

 

「・・・」

 

 

地竜の攻撃は、私には防げなかった。

ほとんど、不意打ちに近かったしの・・・だが、アスナが防いだ。

防ぎ・・・私にも気付かせずに、反撃までしておった。

その結果・・・敵の一人は倒れ、もう一人は逃げた。

 

 

アスナの容姿は、5年前に比べれば、大人っぽくなったという表現が的確じゃろう。

私と同じ程度にまで身長が伸び、オレンジの長い髪を背中に垂らしておる。

身体の年齢は、20歳・・・じゃが、その両目は閉ざされ、まるで眠っているかのようじゃ。

眠ったまま、防御本能のみで敵を撃退した。

 

 

「んで? 小屋がこんなんだし、移動するか?」

 

 

そのアスナの頭をワシャワシャと撫でながら、ナギがそう言う。

流石に5年も生活を共にしておればわかるのか、アスナも私やナギには攻撃しない。

元々、敵意無く接することができれば、攻撃行動には入らんが・・・。

 

 

「・・・そうじゃな、できれば2、3日後にはオスティアに着きたいしの・・・」

 

 

これまでは王国辺境を旅しておったのじゃが、様々な理由が重なって、今はオスティアに向かっておる。

理由と言うのは・・・「Ⅰ」のこと、新メセンブリーナとの戦争のことじゃ。

どうも先程の連中がそうらしいが、我が王家のコピー・・・。

 

 

あ、後、もう一つは・・・アレじゃ。

アリアの結婚式が・・・近いしの・・・。

当日に参加できるかは、微妙じゃし・・・何かと不安もあろうしの・・・。

ま、まぁ、アリアの方が私を必要とせんかもしれんし、無駄足かもしれんがなっ。

・・・自分でそう考えて、軽く落ち込んだ。

 

 

「・・・小屋の主には、どう言おうかの・・・」

「何とか何じゃね?」

「軽いな、主は・・・まぁ、主らしいが」

 

 

何はともあれ、一路オスティアを目指す。

アリアは・・・私達の娘は、元気にしておるかの・・・?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「授爵・・・?」

「はい、フェイトは私との結婚後は現在の<女王の騎士(クイーンズ・ナイト)>だけでなく、<女王の夫君(プリンス・コンソート)>の称号を得ることになるので・・・それに伴って公爵位を、と言うことだそうです」

「・・・そう」

 

 

夜、いつものフェイトとの時間。

結局、ミッチェルとの一件のあった夜以外は、フェイトはいつものように私の寝室を訪れるようになりました。

今は、結婚後のフェイトの公的な地位について話している所です。

・・・結婚後の、ね。

 

 

私がテーブルの紅茶の入ったカップを手に取り口を付けると、合わせるようにフェイトもマグカップを手に取り、口を付けます。

 

 

「・・・ここ数年の廃絶続きで、王室領・・・つまり私の領地が増えましたから、そのうちいくつかの貴族領を合併して、新たに公爵領を作るんだそうです」

「・・・そう」

 

 

フェイトは、特に関心が無いようです。

まぁ、土地やら地位やらに興味が無いのはわかってますけど。

 

 

とは言え、フェイトにはオスティア近郊の広大な土地が領地として与えられることになっています。

女王の夫であり、先の戦いでも大功を上げたフェイトに公爵位を授けるのは、むしろ当然とも言えます。

旧オンカイダイ侯爵領、旧ヒュプシスタイ伯爵領、旧エーレクトライ伯爵領など7家の領地を統合して、オスティア南部一帯に新たな公爵家・・・中心地域の名にちなんでペイライエウス公爵家を私の名前で創設することになります。

 

 

ペイライエウス公アーウェルンクス家。

それが、フェイトの公的な家名になるでしょう。

基本的には地方議会と知事が政治を行いますので、フェイトが領主として何かするということも無いでしょうけど、形式的な物はあるかもしれませんが。

加えてフェイトが望むなら、貴族議員としての席も用意されていますが・・・。

 

 

「・・・興味が無いね」

「でしょうね」

 

 

予想通りの答えに、苦笑します。

ですが、その苦笑も・・・すぐに消えます。

 

 

仕事の話が終われば、沈黙が場を包みます。

以前から口数の多い方でもありませんし、以前はこの沈黙がとても心地良く感じられましたが・・・。

今は、どうしてか居心地が悪いです。

 

 

「・・・」

 

 

・・・フェイトの沈黙は、私の気持ち次第でどうとでも取れます。

以前は、沈黙の意味を考えるのがとても楽しかった。

でも、結婚式が近付くにつれて・・・どうしてか徐々に、不安ばかりが大きくなるようになって。

 

 

ミッチェルの件も、何も言いませんし・・・。

毎晩のように来てくれますけど、キスもしてくれますけど・・・。

でも・・・もしかして、と思ってしまうんです。

穿ち過ぎだと、考え過ぎだと、わかっているけれど・・・。

もしかして、フェイトは・・・。

 

 

 

義務感で、私と結婚しようとしているのでは、無いでしょうか?

 

 

 

・・・怖くて、とても聞けない。

フェイトは、何も言ってくれません。

何か言ってほしいと、そう思うのは・・・我儘ですか・・・?

 

 

不安ばかりが増して行って・・・怖いです。

こんな状態で結婚して、本当に良いの・・・?

 

 

 

・・・怖い、よ・・・。

 




アリア:
アリアです、こんばんは。
お気づきの方もおられるかもしれませんが、絶賛、マリッジブルー継続中です・・・。
仕事してる時は、かなり気分が紛れるんですけど・・・。
フェイトの前とか、することが無い時はいろんな不安が噴き出してきて・・・。
・・・どうしたら、良いんでしょう。
何か、良い解消法などは無いのでしょうか・・・。

なお、作中で登場した政党の内。
王国民主党・ボルゾイ・レーギネンス様は剣の舞姫様提供。
労働党・ジェームズ・ハーディ様、キリスト教民主同盟・ヘルマン・ヨーゼフ・アデナウアー様は伸様提供です。
「魔族の人権を訴える政党」に関しては混沌の魔法使い様が元ネタ提供。
ありがとうございます。


アリア:
次回は、えー・・・今回から2日後くらいですね。
なになに・・・ラブロマンスが書きたいんだそうです。
意味がわかりませんね・・・R指定が入る・・・かも?
では、またお会いしましょう。

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