魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第11話「エリジウム解放戦」

Side クルト

 

コチ、コチ・・・律儀に働く手元の懐中時計が、正午を示しました。

それを確認した私は、宰相府の一室で窓の外を見続けている、ある御方の背に向け言葉をかけます。

 

 

「開戦予定時刻を過ぎました・・・アリカ様」

「・・・そうか」

 

 

窓の外をじっと見つめるアリカ様は、短くそう答えました。

・・・今頃、エリジウム大陸への侵攻作戦が開始されたはずです。

 

 

10日前に正式決定される前から、我が国の情報機関(インテリジェンス・コミュニティー)はエリジウム大陸で活動し、親王国・反連合の気運を高めるよう活動してきました。

さらに帝国・アリアドネーなどの各国とも協議を重ね、敵軍よりも質・量共に上回る規模の軍を整備することに成功しています。

その意味で、今回の戦いは勝つべくして勝つ戦いになるでしょう。

 

 

「か~っ、待ってるってのは性に合わねぇな~、やっぱ俺も行きゃあ良かったかなぁ?」

「おま・・・貴方が行くと話がややこしくなるので、やめてください」

 

 

アリカ様と違って、実に退屈そうに部屋のソファで寝そべっているナギの存在は、この際ですから無視しましょう。

アリカ様はともかく、なぜ私がナギの面倒まで見なければならないのか・・・。

しかし、言葉通りに戦場に乱入などされては面倒極まりないですからね。

 

 

本当ならば、私もアリア様について従軍したかったのですが、国内の政務を疎かにするわけにもいかないので、女王の代理人である宰相たる私が一時国政を預かっています。

私の他、テオドシウス外務尚書、クロージク財政尚書、アラゴカストロ国防尚書など主だった閣僚も残っていますので、さしあたって国政には問題はありません。

 

 

「・・・クルトよ」

「は・・・」

「無位無官の私などを気にかけておる暇があるのなら、仕事に戻るが良い」

「・・・は」

 

 

アリカ様の言葉に頭を下げた後、私は部屋から退室すべく踵を返しました。

その時、不意に灰銀色の物体が視界に入りました。

 

 

部屋の隅で丸くなっているそれは、いつもはアリア様の傍にいる灰銀色の狼です。

ですが今は、オレンジ色の髪の女性・・・アスナ姫を包むようにしています。

巨狼の背中から伸びる2本の触手のような物が、アスナ姫の身体を撫でるように動いています。

アスナ姫自身は、目を閉じたままそれを受け入れているようですが・・・はてさて。

 

 

まぁ、良いですかね。

私はアリア様の婚礼について、いろいろと手配しなければならないので・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

セブレイニアは、エリジウム大陸北東部一帯に広がる地域の名前である。

大規模な都市は存在しない物の、ここを抜けられるとエリジウム大陸屈指の軍港都市ブロントポリスまでが無防備になってしまうため、防衛戦略上、重要な地域であった。

そして11月1日午後2時、予測をはるかに上回る速度で、多国籍軍がこの地域に殺到した。

 

 

「だと言うのに、総司令部(グラニクス)は何を考えているんだ!」

 

 

セブレイニア地域の街道に陣を敷いた新メセンブリーナ連合軍の司令官は、そう毒づいた。

彼の手元にある兵力は2000程度に過ぎず、新メセンブリーナ連合軍の兵力のほとんどは、グラニクス正面に配置されていたからである。

 

 

つまる所、総司令部は首都であるグラニクスのみを防衛するつもりであり、他の地域には最小限の兵力しか割いていないのである。

首都が重要なのは確かであり兵力を集中するのは戦略的に当然なのだが、上層部への偏見も手伝って「見捨てられた」と言うのが、彼の率直な思いであった。

 

 

「司令官、敵です!」

「何だと!?」

 

 

幕僚の急な報告に驚いた彼は、ただちに陣の外の様子を確認しようとした。

そこには・・・。

 

 

「な、何だアレは・・・」

 

 

そこには、彼が見たことも無い兵器を用いて戦場を駆け、自分達を包囲している敵軍の姿があった。

・・・とても勝ち目は無い、司令官は瞬時にそう判断した。

彼にはグラニクスの政治屋達のために玉砕するつもりは、全く無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side グリアソン

 

俺に与えられた兵力はウェスペルタティア王国陸軍の機動兵4000を中心に、パルティア、龍山の軽装歩兵から成る兵団2000を合わせた6000の陸軍兵力と、護衛・援護のためのアキダリア艦隊所属の駆逐艦12隻と輸送艦の小規模艦隊だ。

 

 

与えられた任務は、セブレイニア地域の完全占領。

女王陛下直々の命令に、自然、身が引き締まる思いがする。

 

 

「元帥! 敵兵が我々の意図に気付いた模様です!」

「ふ、ようやくか・・・だが、遅かったな」

 

 

愛騎の騎竜「ベイオウルフ」を駆り、敵の陣地の周囲を旋回する俺の周囲には、無骨な装甲を身に着けた部下達がいた。

『8式機竜(MD-08)』と呼ばれる、我が竜騎兵団の新型装備だ。

小型の精霊炉を仕込まれた動甲冑であり、飛行機能を有する全長3m程の無骨な装甲だ。

魔力鉱甲鈑と魔力流体金属の三重積層構造を持つ装甲は、中級魔法攻撃を受けても耐えられる。

 

 

生身の騎竜は金がかかるし、何より最近は政治活動の自由化により愛護団体がうるさい。

そう言う様々な方向性から、魔導技術による機械化が我が軍の至る所で進んでいて、コレもその一環だと言える。

俺はしぶとく、生身の騎竜を使っているがな。

 

 

「スピーダー・バイク隊を出せ!」

「はっ!」

 

 

命令の直後、敵の陣地の周辺を不思議な乗り物に乗った無数の兵が取り囲み始めた。

無論、兵は全て『PS(パワード・スーツ)』を装備した重装兵だ。

7式動甲冑―――正式名称『PS-07A1』―――を身に纏った数百の兵が乗っているのは、『スピーダー・バイク』と言う一人用ないし二人用の乗り物だ。

 

 

『74-Z軍事用スピーダー・バイク』と言うのが正式な名前のそれは、全長4m程で小さな砲塔を一門、備えている。

見た目には、細長い昆虫のようにも見えるが・・・時速100キロ以上で走るそれらが陣地の周りを疾走する姿は、敵の目にはどう映るかな・・・。

 

 

「元帥、白旗です!」

「ほう、もうか・・・思ったよりも早かったな」

 

 

結果的にこの示威行動が功を奏したのか、敵は反撃らしい反撃もせずに降伏した。

まぁ、俺でも見たことが無い兵器に包囲されれば戦意喪失するだろうが・・・それ以上に、士気が低かったのだろう。

 

 

俺は包囲の輪を解くこと無く、敵陣の正面に部下と共に降り立った。

すると、陣地の中から敵の司令官らしき男が出てきた。

彼は自分達を取り囲む見たことも無い兵器の群れを気にしつつも、堂々とした態度で俺の前に立っていた。

 

 

「・・・部下達の安全の保障を要求する。それが容れられぬ時には、最後の一兵まで抵抗する」

「良かろう、貴官と部下の身の安全は保障しよう。降伏の意思に変わりは無いか?」

「・・・・・・無い。寛大な処置に感謝する」

「その感謝は我が女王に。我が女王は無駄な流血を好まれぬ方だ」

 

 

俺がそう言うと、敵の司令官は深く頭を垂れた・・・。

・・・その後は、敵兵2000を捕虜として後方へ護送しつつ、周囲の村々へ食糧・物資を供給する作業に入った。

帝国との事前協議で、食糧に関しては補給のメドが立っているので、精神的には楽だな。

 

 

輸送艦が数隻、地上に降りて配給の準備を進めるのを監督しながら、俺は次の目標に対する攻撃準備をも進める。

30分ほどした頃、幕僚の一人が慌ただしく俺の耳元に敵軍の動静に関する報告をもたらした。

 

 

曰く、ガイウス・マリウス率いる1万の兵が、ここセブレイニアに向かっている・・・と。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

11月1日、午後3時。

エリジウム大陸北西部の都市ケフィッススは、籠城戦の様相を呈していた。

とは言え、空を駆逐艦と敵軍の不思議な飛行兵力(『機竜』部隊)で塞がれ、都市の周囲を見たことも無い兵器を用いる多数の敵軍に囲まれた状況を、籠城「戦」と言えるかは微妙だが。

 

 

「・・・我が軍は完全に包囲されてしまいました」

「民衆も我が軍を見限り、都市を出て敵軍を迎える始末です」

「・・・」

 

 

幕僚達の報告に、司令官らしき男は何も答えなかった。

戦闘開始1時間、たったそれだけで彼らは追い詰められていたのである。

民衆を人質に取ろうと言う声もあったが、司令官は採用しなかった。

ただそれは人道的な判断と言うよりは、人質に取った後の事態を考えてのことだったようだ。

市民を人質に取った卑劣な将軍がどうなるか、それがわからない程、彼の想像力は貧困では無かった。

 

 

今や一部の軍宿舎に立て籠るだけとなった彼の指揮下にある兵力は、わずかに800。

それに比べて敵は5000以上、勝ち目などあるはずが無かった。

籠城しようにも、武器弾薬・食糧などの物資の蓄えはほとんど存在しない。

 

 

「司令官、どうなさるのですか?」

「・・・」

 

 

部下の怯えを含んだ声に、司令官は答えない。

ただ何も言わず、足元に落ちた空の酒瓶を無感動に見つめているだけだ・・・。

 

 

その時、ズズンッ・・・と言う鈍い音と共に、何かが転がるような音が司令官達の籠る部屋の前に響いた。

 

 

次の瞬間、薄い木でできた扉ばかりか廊下に面した壁すら突き破って、奇妙な物体が転がり込んできた。

赤褐色の曲線と鋭角を組み合わせた昆虫のような恐ろしい外観をしたそれは、アルマジロのように丸めていた身体を変形させ、蠍とも蜘蛛ともになると、両腕に装備した小さな砲塔を司令官達に向けた。

司令官達は知りようも無いことだが、それは、「アルマジロ」と言うウェスペルタティア軍のロボット兵器であった・・・。

 

 

「な、何だ・・・!?」

 

 

うろたえる幕僚達は、その物体の胸部にウェスペルタティア王国の紋章が刻まれているのを見て、戦慄した。

コレが―――ウェスペルタティアの兵器だと言うのか!?

その物体は、目らしき部分を赤く明滅させると、機械的な音声を響かせた。

 

 

『タダチニコウフクシテクダサイ』

『テイコウハムイミデス』

『コウフクシナイバアイ、コウゲキシマス』

 

 

降伏勧告である。

 

 

『タダチニブソウヲカイジョシ、「クイーン・アリア」ニシタガウノデス』

 

 

ただちに武装解除し、女王アリアに従え。

その宣告に・・・司令官達は、肩を落とした。

選択の余地は、無かった。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side リュケスティス

 

敵司令官の降伏を受諾した後、俺はすぐにケフィッスス周辺地域の掌握に乗り出した。

各所に部隊を進ませ、多国籍軍の管制下に置くのも俺の仕事の内だ。

 

 

「・・・装輪装甲車を何台か市街地の要所に配備せよ。我が軍の進駐に対する暴動が起こらんとも、限らないからな」

「はっ」

 

 

命令から数分後、新メセンブリーナ連合軍の司令部だった場所から、数台の無骨な車両が走りだした。

それは正式には戦闘装甲車と呼ばれる車両であり、歩兵を機動的に移動させ、武装も整えていることから市街地での戦闘支援を目的に設計された物だ。

 

 

精霊炉を組み込むことで、長距離の移動・魔法障壁の展開などが行える。

他にも人員輸送車、補給支援車などのバリエーションがあり、司令部施設前でケフィッスス市民に食糧の配給を行えているのも、この装甲車の輸送力があればこそだ。

 

 

「ウェスペルタティア王国女王万歳!」

「解放軍万歳!」

「女王(クイーン)アリア万歳!」

 

 

ケフィッススの通りには、そのような声が溢れている。

正直な所、俺は苦笑せざるを得なかった。

圧制者から救われた民衆が解放軍を歓迎すると言うのは歴史上、良くあることだ。

だが今や共和主義の総本山であるはずのエリジウム大陸の人間が、専制君主である我が女王を歓迎すると言うのは、皮肉としか思えない。

 

 

だが、この民衆達は気付いているのだろうか?

そもそもウェスペルタティア王国主導での経済封鎖が無ければ、重税に喘ぐことも食糧難に陥ることも、おそらくは無かっただろうと言うことに。

 

 

「・・・まぁ、あのような少女がそんな辛辣なことをするとは、普通は思わないだろうがな」

 

 

口の中だけで呟きながら、俺はまた苦笑した。

実の所、俺自身、我が女王への評価を定められていないのだ。

基本的に民に甘く、自己の権力を潔く捨てることもできる清潔な為政者に見える。

しかしその実、切り捨てる部分は切り捨てる冷徹な部分も持っている。

二面性、それはあの若く美しい白髪の女王を構成する一側面であるには違いなかった。

 

 

しかし、これほど早く進軍・制圧できるとは思わなかった。

開戦後わずか4時間で、エリジウム大陸の北部3分の1を占領してしまうとは。

無論、今日の所は部隊の再編と周辺地域の鎮定に臨まねばならないだろうが・・・。

・・・そう言えば、ここケフィッススには「Ⅰ」の研究所があるのだったな。

後で、調査班を派遣してみるか・・・。

 

 

『我が女王よ、婚礼前までに終わると良いですな』

『婚礼・・・・・・まぁ、戦争の直後に式を挙げるのもどうかと思いますので、1月に延期すると思いますけど』

『ほぉ・・・では、エリジウム征伐は2ヵ月で、と言うことですかな?』

 

 

出兵の数日前、俺は我が女王とそんな会話をする機会に恵まれた。

挙式の延期と言うのには驚いたが、まぁ、無理も無いとも思う。

かすかに頬を染めるその姿は、まさにただの小娘に見えた。

 

 

『・・・2ヵ月?』

 

 

表情を変え、かすかに冷笑のような物を浮かべた口元を、我が女王は旧世界の扇を開いて隠した。

そして・・・。

 

 

『そんなにはかかりませんよ。7日・・・そう、一週間。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

何を根拠にそんなことを言ったのかはわからんが、6日では終わらんだろう。

確かに、予想外の進撃速度ではあるが・・・。

 

 

「閣下」

「・・・む?」

 

 

その時、新たな情報が俺の下にもたらされた。

メガロメセンブリアの宿将、ガイウス・マリウス率いる1万の軍が、ケルベラスからケフィッススに向かっていると言う情報が。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

アリアドネー戦乙女騎士団による新メセンブリーナ連合領シレニウム侵攻は、思いのほか上手くいったわ。

・・・と言うより、抵抗らしき抵抗も受けず、無防備都市宣言を行ったシレニウム首脳部と停戦協定を結んだのだけど。

 

 

「辺境の都市が敵軍を歓迎する時、その国は滅亡の極にある」

 

 

いつだったか、そんなことが書いてある本を読んだことがあるけれど。

まぁ、そうは言っても・・・。

 

 

「セブンシープ隊長」

「はっ」

「ゼフィーリア市街地に展開して、帝国軍から治安維持権限の移譲を受けなさい。細部は事前に渡したマニュアル通りに」

「はっ! お任せください!」

 

 

シレニウムに部隊をいくつか置いて、私自身は西進してゼフィーリアに向かった。

とは言え、すでにヘラス帝国軍が占領しているのだけど。

帝国軍の艦艇で埋め尽くされている空港に艦をつけて、地上に降りる。

 

 

その際、私は率いてきた部隊の隊長―――エミリィ・セブンシープ―――に、ゼフィーリアの治安維持を命じた。

我々アリアドネーの役目は、エリジウム大陸の入口の治安を確保することだから。

 

 

「では、行ってまいります!」

「ええ、私はゼフィーリア政庁で政治と軍務を掌管しなければならないから」

 

 

緊張で頬を紅潮させる金髪赤目の若い戦乙女の姿に、私は不意に懐かしい感覚を覚えた。

25年前、私もエミリィのように、緊張を友として部隊の指揮を執ったことがあるから・・・。

 

 

エミリィ・セブンシープとその仲間―――ベアトリクス・モンロー、コレット・ファランドール、デュ・シャ、フォン・カッツェ―――は、5年前の戦いを生き延びた、若きホープとして期待される人材。

騎士団候補学校を卒業した後も、同じ部隊で共に戦っている。

・・・将来的には、もしかしたら次期総長(グランドマスター)候補になるかもしれない子達。

まぁ、今はまだまだ、だけどね。

 

 

「おお・・・セラスか、良く来たの」

「ええ、遅れて申し訳ないわね。戦況の方はどう?」

「うむ、今の所は目立った被害も無く、順調そのものじゃ」

 

 

ゼフィーリア政庁の一室で、私はテオドラ陛下と会談したわ。

内容はゼフィーリアの管理に関する権限委譲について。

それと、今後の軍事行動についてね。

 

 

「ただ、気になる情報があってのぅ・・・」

「気になること・・・?」

 

 

私の言葉に、テオドラ陛下は頷いた。

 

 

「うむ、グラニクスから南進してくる部隊があるのじゃが・・・」

「規模は?」

「情報によれば、1個艦隊約70隻、陸軍約2万」

「・・・なかなかの規模ね」

 

 

とは言え、帝国軍の規模に比べれば小勢力と言わざるを得ない。

艦隊・陸軍共に帝国軍の4分の1以下。

 

 

「・・・指揮官が、ガイウス・マリウス提督であるとの情報があるのじゃ」

「それは・・・厳しそうね」

 

 

ガイウス・マリウス提督。

かつてのヴァルカン総督、帝国と何度も戦火を交えた歴戦の将帥。

口にはできないけれど、帝国軍の将兵にとっては<紅き翼(アラルブラ)>とは別の意味で恐怖の対象のはず。

 

 

・・・簡単には、行きそうにないわね。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

エリジウム大陸の南北で戦端が開かれたのとほぼ時を同じくして、新メセンブリーナ連合の首都であるグラニクスも混乱の極にあった。

 

 

特に混乱していたのは、グラニクス評議会である。

「オスティア宣言」の拒否と言う政治的行動に対して、実の所、彼らは即時の軍事制裁は無いと踏んでいたのである。

むしろ外交交渉の呼びかけを期待して「グラニクス宣言」を発表したのだし、彼らの情報網は貧弱ながらも、オスティアなどで一部民衆が反戦運動をしているとの情報を得ていたのである。

 

 

「まさか、予備交渉も無しに攻めてくるなんて・・・野蛮な銀髪の小娘め! 外交儀礼を知らんのか!」

 

 

・・・と言うのが、一般の評議会議員の見解であった。

もちろん、「それ見たことか」と思っている者もいるだろうが・・・。

 

 

混乱に拍車をかけたのが、多国籍軍の侵攻に合わせたかのように暴発した市民だった。

市民達は税の軽減と評議会議員が独占する食糧・物資の市民への供出を求めて暴動を起こし、幾人かの評議会議員の邸宅が暴徒に襲撃されるに至った。

グラニクス評議会は即座に治安部隊の出動を決定し、「治安回復」を名目に暴徒の鎮圧に出た。

鎮圧行動は苛烈を極め、11月1日午後2時の段階で千人単位の死者を出したのである・・・。

 

 

そしてグラニクス郊外の政治犯収容所にも、その混乱は波及していた。

看守や警備兵は自分達の今後を思って動揺し、普段の職務を半ば放棄していた。

そしてそれ故に、一人の少年がその場に侵入することができたのである。

 

 

その少年の名は、ネギ・スプリングフィールドと言った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネギ

 

頭に叩き込んだ政治犯収容所内部の地図を思い出しながら、僕は収容所の中を進んでいました。

いつもはたくさんの看守や警備兵で溢れかえっているはずのその場所は、今日に限って閑散としている。

看守も警備兵も、ほとんどいない。

 

 

「それどころか、収容されていた人達もいないなんて・・・」

 

 

グラニクスの街に戻れたのは、3日前の話です。

かなり遠回りして戻って来たんだけど、戻った時にはもう、情勢が確定してしまっていた。

とは言え、まだ僕にもできることはある・・・と思う。

 

 

脳裏に、ニュースで見た群青色のドレスを着たアリアの姿が閃く。

・・・最終的には、自分がどうなるかはわかってるつもりだ。

 

 

「・・・ここかな」

 

 

今は、僕一人で行動しています。

タカミチは、グラニクスからネカネお姉ちゃんとのどかさんを安全な場所に移動させてくれているはず。

近右衛門さんは、まだ評議会にいるけど・・・。

 

 

そんなことを考えながら、僕が辿り着いたのは・・・政治犯収容所の地下3階。

ここまで来るのに、まだ残っている看守・警備兵と何度かニアミスしそうになったけど。

瞬動と魔力反応の遮断でどうにか・・・ならなかったらしい。

 

 

「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止ですよ」

 

 

そう言って、狭い通路の中で僕の前に立ち塞がった人間がいました。

20歳くらいの、金髪の女性。

グラニクス評議会議員のローブを纏ったその女性は、僕が向かうのと反対方向―――つまり、僕の目的地と思われる場所―――から歩いてきました。

 

 

「・・・その先に、用があるんですけど」

「恐れながら、旧公国の亡命政権首班の方がご覧になるような物はありません。また、残念ながらその権限もありません、『公王陛下』」

 

 

慇懃無礼と言う言葉があるけど、その実物を目にした気分だった。

・・・だからと言って、ここで引き下がるわけにもいかない。

 

 

「この先にいる人を、助けたいんです」

「誰もおりませんよ」

「では、僕を止める必要は無いはずです」

「誰もおりませんよ」

 

 

・・・仕方が無いな、と、僕は「ポケットに手を入れた」。

それを見て・・・女性が溜息を吐く。

 

 

「・・・この先に誰がいるか、どこで聞いたのです?」

「・・・」

「・・・まぁ、想像はつきますけど」

 

 

近右衛門さんに聞いた話では、この先にはガイウス・マリウスと言う人の養い子がいるらしい。

この人を助けることができれば、戦闘を一つ止められる・・・と言う話。

僕や近右衛門さん、タカミチが掴んだ情報では無く、匿名でもたらされた情報。

たぶん、ガイウス・マリウスと言う人の縁者だと思うけど・・・。

 

 

「貴女は・・・今、外がどうなっているか、知っているんですか?」

「軍が市民に発砲しましたか? それとも王国軍なり帝国軍なりが乗り込んできましたか? あるいは市民によるクーデターでも成功しましたか? まぁ、私には関係の無いことです」

「関係ないって・・・」

「新メセンブリーナ連合などと言う腐った木がどうなろうと、知ったことではありません」

 

 

何だ・・・この人。

評議会議員のローブを着ているけど、連合がどうなろうと関係ないと、本当に思ってるみたいだ。

どこか・・・何だろう、どこか、変だ。

 

 

「じゃあ・・・どうして、ここにいるんですか」

「他に生きる場所が無かったからですよ・・・私はこれでも、<立派な魔法使い(マギステル・マギ)>の称号を持っていましてね」

 

 

・・・マギステル・マギ!

父さんと同じ・・・!

 

 

「とは言え別に連合に恩があるわけで無く、勝手に任命されただけです・・・私は、ウェスペルタティア人ですから」

「ウェスペルタティア人・・・!」

「プロパガンダの一環・・・まぁ、貴方と同じですね」

 

 

その女性は、真顔で自分がウェスペルタティア人だと告げた。

 

 

「意外ですか? 聡明な女王と言えども、100%の支持は得られないことの証左でしょうね」

「どうして・・・」

「どうして? 答えは単純。5年前の『宮殿の戦い』の影響で魔法が失われましたので、私はあの女王が嫌いなのです」

「魔法が、使えなくなったから・・・?」

「まさか、そんなバカな理由じゃありません。単に私の母親が魔法を使えば治ったはずの病気で死んでしまったからですよ。治せない病気ではありませんでした。ただ運の悪いことに、手術中に魔法が突然消えたので、医師が動揺しただけです」

 

 

・・・何て答えれば良いか、わからなかった。

 

 

「私の他にも、5年前の旧公国領の虐殺で見殺しにされたウェスペルタティア人も、少なからずエリジウム大陸に移住していますよ」

「・・・っ」

「他にもいろいろな理由で、連合は好きでは無いけれど、王国の息のかかった場所で生きていたくない人間がここにはいます」

 

 

その言葉に、僕は息を飲みました・・・。

それは、僕の。

女性は、両手を広げて見せました。

・・・僕は、この人には・・・。

 

 

「さぁ、どうしますか?」

「・・・」

「さぁ」

 

 

両手を広げて、女性が1歩、僕に近付く。

僕は・・・。

 

 

「・・・さぁ」

 

 

僕は。

僕は、ポケットから手を・・・。

 

 

ドシャッ・・・。

 

 

鈍い音を立てて、女性が倒れた。

 

 

「・・・な!?」

 

 

な、何、何が・・・。

 

 

「早く行け」

「・・・誰!?」

 

 

振り向くと、そこには僕と同じくらいの少年がいた。

海みたいな青い髪の、少年。

 

 

「・・・B-20」

「びぃ・・・にじゅう?」

「その女は、気絶させただけだ」

「え・・・」

 

 

見てみると、確かに倒れた女性はちゃんと息をしていた。

どうやって・・・?

顔を上げるとその男の子、B-20は・・・僕に背を向けて、歩き出していた。

・・・彼が何者かは、わからないけど。

 

 

「・・・行かなくちゃ」

 

 

やらなくちゃいけないことは、わかってるつもりだから。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「ガイウス・マリウス提督が同時に多数の場所に出現しただってぇ・・・?」

 

 

イヴィオン統合艦隊総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋に、艦隊の実戦指揮を行うコリングウッド元帥のすっとんきょうな声が響き渡りました。

 

 

それに軽く驚いて、私は茶々丸さんが淹れてくれた紅茶―――愛用のボーンチャイナのティーカップ―――から口を離しました。

それに気付いたのか、コリングウッド元帥が私を見て、照れたように頭を掻きました。

白磁器の口の広いティーカップを片手に持ったまま、私は軽く微笑みを返します。

 

 

「・・・どうも、賊軍が小細工を弄してきたようですね」

「あー、いや、どうもそのようです。どうやらこちらの進軍速度を緩めようとしているようで」

 

 

ガイウス・マリウス提督。

メガロメセンブリアの宿将であり、5年前の戦いで我が王国に侵攻しながら戦端を開かなかった将軍。

リカード主席執政官やテオドラ陛下からの情報によれば・・・。

 

 

『互角の条件であの爺さんとやり合って勝てる戦争屋は、そうはいねぇんじゃねぇかな』

『帝国軍にとっては、鬼門のような男じゃ・・・』

 

 

・・・まぁ、良い話は聞きませんが。

いずれにせよ、新メセンブリーナに進んで手を貸す将軍では無い、と聞いていましたが。

しかし現実に敵としてこちらの進軍を阻んでいる以上、排除しなければなりません。

降伏してくれるのなら、別ですけど。

 

 

「敵は、近くに来ていると思いますか?」

「おそらくはそうでしょう。斥候に第3駆逐戦隊を出しますか?」

「実戦レベルのことは、元帥に一任します。・・・その分のお給料は、出しているはずですよ?」

「給料分は働きますよ・・・年金生活のためにもね」

 

 

そう言って、コリングウッド元帥は通信士官に指示を与え始めました。

・・・紅茶を飲み切り、空になったカップを茶々丸さんに渡します。

 

 

「お代わりはいかがですか?」

「いえ、今は結構です。ありがとうございます」

「わかりました」

 

 

艦橋にいるのは、コリングウッド元帥と艦長のブブリーナ准将含むスタッフ。

その他、茶々丸さん、エヴァさん、チャチャゼロさん、晴明さんに・・・フェイト。

エヴァさんは兵としてではなく、閣僚として来ています。

 

 

「若造(フェイト)、お前・・・最近、調子に乗ってるだろ?」

「ケケケ、サイキンノオマエ、イカスゼ?」

「うむ、麻帆良にいた頃とは大違いじゃな」

「・・・照れるね」

「大体、皆が紅茶なのに何故しつこくコーヒーなのだお前は・・・聞けよ」

 

 

どうやら、仲が良いようです。

不意に・・・フェイトと視線が合います。

片耳に感じる支援魔導機械(デバイス)でもあるアクアイヤリングのかすかな重みが、心地良い。

結婚式は、年明けまで延期ですが・・・。

 

 

「若いなぁ・・・」

「千草はんも若いですよ~」

「・・・うむ、若い。私が言うのだから間違いない」

「・・・アホ」

「うふふ~?」

 

 

ちなみに旧世界連合の千草さんが、公的な立場でここに来ています。

今回の件は、旧世界も無関係では無いので・・・「Ⅰ」とか特に。

千草さんの両隣りには、5年前に比べて女性らしい身体付きになった月詠さんと、最近どうも千草さんとの関係が怪しいカゲタロウさん。

・・・と言うかカゲタロウさん、月詠さんの頭を撫でてますけど。

 

 

ちなみに、4(クゥァルトゥム)さんと5(クゥィントゥム)さんは親衛隊と共に艦内に待機。

そして真名さんが、砲座にいます。

一応、これが私と共に『ブリュンヒルデ』に乗り込んでいる面々ですが・・・。

 

 

「女王陛下、敵影っス! 数、およそ200ないし220! 戦闘体勢を取ってるっス!」

 

 

操舵手のオルセン少佐が、鋭い声で報告を飛ばします。

艦橋の空気が、急激に張り詰めます。

私はその場にいる人達と視線を交わした後、全艦に向けて命令を発しました。

 

 

「Vespertatia expects that every man & woman will do his duty」

 

 

その命令が各艦に伝わりきる前に、私は通信士官に告げます。

 

 

「親衛隊隊長に繋ぎなさい」

 

 

 

 

 

Side ガイウス・マリウス

 

・・・アレが、ウェスペルタティア女王の旗艦か。

艦橋のスクリーンに映る白銀に輝く艦に、私は目を細める。

映像では近くに見えるが、実際にあの艦に辿り着こうとすれば、400以上の艦艇群を突破しなければならない。

 

 

「閣下、敵艦隊の構成がわかりました」

「・・・うむ」

 

 

ブロートン大佐の報告に、私は重々しく頷いた。

我々は陸軍の大半と艦隊の一部を分散させ、南北から分散侵攻してくる敵の足止めに回した。

そのいずれの部隊にも、私がいることになっている。

特に帝国軍の迎撃に向かわせた艦隊には、私の本来の旗艦も混ぜてある。

 

 

どれほど敵を足止めできるかはわからんが、これ以上のことはできない。

結果として、今の私の手元には219隻の艦艇がある。

だが・・・。

 

 

「敵の艦隊構成は、ウェスペルタティア艦隊250ないし270隻、龍山連合艦隊70ないし80隻、パルティア艦隊90ないし100隻、アキダリア艦隊30ないし40隻・・・最小でも440隻を超えます、閣下」

「そうか・・・確実に我が艦隊の倍の戦力なわけだな。いや、我々が旧式艦艇で精霊砲すら満足に動くかわからん点を加えれば、それ以上か・・・」

「敵艦隊はウェスペルタティア艦隊を中心に、右翼アキダリア・龍山艦隊、左翼パルティア艦隊。そして各国混成の潜空艦部隊が下部に配置されています」

「うむ・・・堂々たる配置だな。敵ながら、流石と言うべきか・・・」

 

 

・・・この期に及んで、私はまだ迷っている。

はたしてこの戦いに、部下を巻き込んでいい物かどうか・・・。

 

 

「閣下、ご命令を」

 

 

だが傍らの若い幕僚は不安など微塵も見せずに、力強い瞳で私の命令を待っている。

見渡せば、艦橋のスタッフ達も同じような顔で私のことを見ている。

・・・すまんな、皆。

 

 

「・・・大佐、例の無人艦隊の準備はどうだね」

「はっ、艦隊の後方に配置しております。ご命令があり次第、投入できます」

「・・・うむ、我が軍が勝てるとすれば勝機は一瞬しか無いだろう、ぬかるなよ」

「はっ!」

 

 

キビキビとした動作で敬礼する若い幕僚に好感を抱きつつも、私は前を見た。

スクリーンに映る白銀の艦・・・女王の座乗艦を見て、心の中で呟く。

 

 

・・・そう、勝機は一瞬しか無い。

それどころか、我々が勝利を得るための条件すらも、一つしかない。

それは・・・。

 

 

・・・それは、戦場でウェスペルタティア女王を倒すことだ。

もっとも、それはある意味で、この世界で最も困難なことの一つだろうが・・・。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

最初に相手に砲撃を浴びせかけたのは、ウェスペルタティア艦隊である。

魔導技術を導入しているウェスペルタティアの艦艇は、旧式艦艇である敵軍、そして同盟国艦隊ですらも不可能な距離からの砲撃が可能なのである。

 

 

しかも1隻に複数の精霊砲を備えている新型艦も少なく無く、ガイウス艦隊正面に苛烈なまでの火力が叩きつけられたのである。

ガイウス艦隊の正面に配置されていた戦艦や巡洋艦が、一度に複数の砲撃を浴びて爆散した。

 

 

「数に物を言わせているようで、狙撃手としては複雑だけどね」

 

 

総旗艦『ブリュンヒルデ』の砲座で憮然とそう呟いたのは、女王専属傭兵隊長の龍宮真名である。

とは言え不機嫌そうな口調とは裏腹に、彼女は自分の仕事を淡々とこなしてもいた。

すなわち『ブリュンヒルデ』の全砲門を掌握し、敵艦を屠ることである。

 

 

後に<北エリジウム空域の戦い>と呼称されることになる戦いにおいて、数的有利はウェスペルタティアを中軸とする「イヴィオン」統合艦隊の側にあった。

そのため開戦当初からガイウス艦隊は守勢に立ち、「イヴィオン」統合艦隊は攻勢に立つことになった。

そして開戦10分後、ようやくガイウス艦隊は自分達の射程距離に敵を捉える事ができた。

それは同時に、ウェスペルタティアの同盟艦隊の射程距離に入ったことをも示していた。

 

 

「敵は混成艦隊だ。その連携が密であるはずが無い。両翼の敵艦隊に集中して、砲撃を浴びせるのだ!」

 

 

司令官の命令に、ガイウス艦隊各艦は即座に従った。

旧式の精霊砲が効きにくい新型のウェスペルタティア艦艇では無く、その両翼のパルティア・アキダリア・龍山連合の艦隊に砲撃を集中させたのは、ガイウス・マリウスの戦術指揮能力の確かさを証明することになった。

 

 

大規模な艦隊戦に慣れていないパルティアなどの艦隊は、敵が中央を無視して攻撃を集中してくるとは思っておらず、浮き足立った。

僚艦の撃沈する姿に動揺した各艦は、自分たちの司令部に救いを求め、その各国艦隊の司令部はウェスペルタティア艦隊―――「イヴィオン」統合艦隊総司令部―――に救いを求めた。

 

 

「敵の砲撃よりも、味方の救援要請の方が多いとはどう言うことだ?」

 

 

総旗艦『ブルンヒルデ』の艦橋で、ウェスペルタティア王国工部尚書エヴァンジェリンがそう呟いたが、その声は幸いにして誰の耳にも届かなかった。

女王アリアに実戦指揮を一任されているコリングウッド元帥は、しかし味方を見捨てるわけにもいかず、中央の守りが薄くなるのを承知の上で、艦隊陣形を左右に広げざるを得なかった。

 

 

コリングウッド元帥はおさまりの悪い黒髪を軽く掻くと、肩を竦めた後、指揮に戻った。

それから、できれば使いたくなかった攻撃手段を使用することにする。

 

 

「第3、第5航空戦隊に連絡、近接戦を行う・・・親衛隊の行動から敵の目を逸らせ」

 

 

彼の命令に従い、戦艦と巡洋艦に守られていた新型の「精霊炉空母」7隻が、合計して700機の8式機竜―――『MID-08』―――を発進させた。

この航空母艦はウェスペルタティア艦隊の最新鋭艦であり、100機の機竜を搭載しているだけでなく、精霊炉を動力とすることで1万m以上の高度での活動を可能としている。

 

 

戦車砲のような重火器を装備した無数の機竜が、ガイウス艦隊に襲いかかった。

砲塔を潰された戦艦や動力部を破壊された巡洋艦が、次々と戦線を離脱していく。

いかに強力な砲撃能力を持っていようと、蜂の群れの前には無力だった。

ガイウス艦隊も後方の母艦から騎竜を投入するが、機竜の機動力には対抗できなかった。

瞬く間に、ガイウス艦隊は制空権を失っていった。

 

 

「不味いな・・・」

 

 

戦況を見つめていたガイウス・マリウス提督が呟いた、その時。

彼の旗艦に、雷鳴のような轟音と震動が走った。

何事か、司令官が問い正す前に、部下が答えた。

 

 

「敵です! 強襲揚陸艦が・・・白兵戦だ!」

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

強襲揚陸艦が接舷したポイントに、数10名の重装歩兵が詰めかけていた。

旗艦の陸戦隊であり歴戦の勇者でもある彼らの前に、幾人かの人間が姿を現す。

 

 

一人は、黒髪に二丁拳銃―――トンプソンM1、拳銃で無く短機関銃―――を持つ青年。

一人は、般若の仮面に白い着物、白い刃の刀を持つ女性。

一人は、刃の無いチェーンソーを持った、老年の男性。

 

 

彼らの後ろには、奇抜な武器や風貌を持った隊員がゾロゾロいるが、共通項がある。

白いコートを肩にかけ、苺の花が刻まれた腕章とバッジ、エンブレム入りのネックレスを首にかけている者もいる。

 

 

2丁の短機関銃を構えた青年―――親衛隊隊長山本 章一―――が、ガッ・・・と敵艦の床を踏みつけながら、好戦的な笑みを浮かべる。

 

 

「そろそろ、おっぱじめるぜぇ!」

 

 

その言葉に親衛隊副長、霧島 知紅は般若の仮面を正面に被り、柳山 鉄心は自分の獲物に魔力を流し、魔力でできた刃のチェーンソーを激しく回転させた。

 

 

「いぃっっっっくぜえええぇぇぇ―――――――――――――っっ!!」

 

 

乱戦が、始まった。

 

 

山本隊長の銃弾が艦内を抉ったかと思えば、副長霧島が重装歩兵の防御を物ともしない剣撃を敵兵に叩き込み、意識を刈り取って行く。

なお、山本隊長の弾丸には眠りの魔法が込められており、当たり所が良ければ死なない。

 

 

ただ、鉄心率いる『テキサス・チェーンソー』だけは手加減のしようが無いので、そのまま敵を殴り倒していた。

特に鉄心の持つ新型チェーンソー、「ノンブレード・チェーンソー」は刃が砕けてもカートリッジを交換することで、ほぼ無制限に新たな刃を構築できるのである。

・・・コストパフォーマンスの悪さから、彼一人の専用装備になっているが。

 

 

「な、何だコイツら、手強い・・・と言うか化物みてぇに強いぞ!」

「俺達ぁ女王親衛隊だぁ! 死にたくなけりゃあ、司令官の所まで通しなぁっ!!」

 

 

彼らの任務は、敵司令官を捕らえて無益な抵抗をやめさせることだった。

女王アリアが思案し、コリングウッド元帥が立案したこの作戦は、リスクは高いが成功させれば戦闘が終わると言う作戦であった。

そして女王親衛隊はウェスペルタティア王国の陸戦戦力の中でも、近衛騎士団、王国傭兵隊と並ぶ戦闘集団としてその名を轟かせている。

特に5年前の「宮殿の戦い」での活躍は、魔法世界全土に知れ渡っている。

 

 

「・・・し、親衛隊・・・!」

「女王親衛隊だって・・・!?」

「じ、女王の番犬!」

 

 

瞬間、戦慄と恐怖がガイウス艦隊陸戦隊員の間を駆け抜けた。

勇猛果敢な兵士であっても、恐怖心が存在することの証左であった。

 

 

その心の隙を衝く形で、親衛隊が敵兵を薙ぎ倒しにかかった。

銃弾が、刃が、チェーンソーが、拳が、剣が・・・。

親衛隊の通った後には、無数の敵兵の身体が転がっている。

 

 

「ぬうぅ、このままでは・・・!」

 

 

ガイウス艦隊陸戦隊の指揮官が焦慮した、その時・・・。

ガクン、と旗艦が再び揺れた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「な・・・敵艦隊中央部への砲撃を中止!」

 

 

コリングウッド元帥は愕然としてそう命じたが、驚愕しているのは彼だけでは無かった。

女王アリアを含む全員が、一様に敵旗艦の行動に驚いている。

 

 

敵旗艦・・・すなわちガイウス・マリウスは、自らの艦を最前列、それもウェスペルタティア艦隊に腹を晒す形で前進させたのだ。

あのまま中央部に砲撃を続けていれば、中に侵入している親衛隊ごと吹き飛ばされていただろう。

 

 

「何て手を打つんや・・・」

 

 

旧世界連合大使、天ヶ崎千草は呻くように言った。

事実、敵中央部への砲撃は緩んだが・・・だからと言って、自分達の命ごと盾にするような手段を取るとは、普通は思わないだろう。

 

 

そして、砲撃が緩んだその一瞬で、ガイウス・マリウス提督は切り札を投入する。

彼は、すでに崩壊しかけている自身の艦隊に向けて、命じた。

 

 

「無人艦隊、突入せよ!」

 

 

これまで艦隊の後方に待機し、出番を待っていた無人艦隊が急速に前進した。

それは40隻前後の高速艦で構成されており、全て無人である。

急速に接近したそれらに、「イヴィオン」統合艦隊は砲火を集中したが・・・30隻前後の艦がその中を突破し、左右に別れて。

 

 

自爆した。

 

 

無人艦がすぐ側で爆発し、付近の「イヴィオン」艦艇は動揺し、巻き込まれ、中には大破する艦も存在した。

最も割を食ったのは、第1戦艦戦隊を率いて左翼に展開していたホレイシア・ロイド大将である。

30代で大将の地位にあるこの女将軍は左翼の同盟艦隊の救援のために、左翼前面に配下の戦艦2隻、巡洋艦8隻、駆逐艦16隻と共に陣取っていたのだが・・・。

 

 

「うろたえるんじゃないよ!!」

 

 

自身の旗艦『センチュリオン』の艦橋の床をガッ、と軍靴で踏み鳴らし、彼女は叫んだ。

もし鞭でも持っていれば、彼女は床にそれを叩きつけただろう。

しかし勇猛さで鳴る彼女の艦隊も、至近で敵艦に自爆されれば無傷ではいられなかった。

 

 

「各艦、目前の敵艦を撃ち落とすことだけを考えな! 戦局全体のことは女王陛下と元帥が何とかしてくれる!!」

「「「イエス、マムッ!」」」

 

 

そうして両翼が無人艦の自爆攻撃に対処している中、ガイウス・マリウス提督は指揮下にある全艦に命じた、すなわち「全速前進し、敵総旗艦『ブリュンヒルデ』、ただ1隻を狙え!!」と。

 

 

無人艦の自爆攻撃によって両翼を混乱させ、その間隙を縫って防御が薄くなった中央部へ突撃をかける。

敵の艦隊を分散させ、自らは艦隊を集中運用してコレに当たる。

それが、ガイウス・マリウス提督の立てた作戦の全てであった。

全ての戦力を中央・・・すなわち女王の座乗艦『ブリュンヒルデ』目がけて叩きつけた。

 

 

「行けぇ―――――――――っ!」

 

 

司令官の魂が乗り移ったように、ガイウス艦隊が白銀に煌めく女王の艦を目指して殺到した。

その攻撃は苛烈を極め、新型艦揃いのウェスペルタティア艦隊と言えども、一瞬、艦列が乱されるかに見えた。

数条の敵艦の精霊砲が、『ブリュンヒルデ』を掠める・・・。

 

 

「・・・女王親衛艦隊、迎撃せよ!」

 

 

その白銀の女王の前に、女王親衛艦隊が立ち塞がった。

親衛艦隊司令官スティア・レミーナ元帥は自らの旗艦である戦艦『アルプス・レーギーナ』を『ブリュンヒルデ』の前に配置し、自らを盾とした。

 

 

「女王陛下の御前に、敵艦を一歩も通すな!」

 

 

それに続くように、親衛艦隊所属の戦艦、巡洋艦が『ブリュンヒルデ』の前に厚い壁を作り、空母から発進した機竜が敵艦隊の先頭集団に襲いかかる。

胴体部を打ち抜かれた戦艦が僚艦を巻き込んで爆散し、動力部を破損した巡洋艦が味方の砲撃に巻き込まれて撃沈する。

親衛艦隊の防御の前に、ガイウス艦隊は完全に足を止められてしまう形となった。

 

 

さらに親衛艦隊が敵を防ぐ間に体勢を立て直した両翼の艦隊が、中央に突出してくる敵艦隊を包み込むように側面を攻撃した。

中でもホレイシア・ロイド大将麾下の艦隊の横撃は凄まじく、敵の艦列を突き崩し、分断してしまった。

 

 

「撃て!!」

 

 

両翼からの攻撃でよろめいた敵艦隊正面に、コリングウッド元帥は一斉砲撃を命じた。

数百数千の砲撃が、ガイウス艦隊を殴り倒した。

ガイウス艦隊が攻撃の余力を失い、後退を余儀なくされると、コリングウッド元帥は安堵の息を吐いた。

それ程までに、今の敵の攻勢には「ヒヤリ」とさせられたのである。

 

 

「・・・陛下、今の内に親衛隊を撤退させた方が良いと思います。正直、この段階で旗艦を落としても・・・」

「・・・止むを得ませんね」

 

 

女王アリアはコリングウッド元帥に頷いて見せると、直接通信で親衛隊に退却を命じた。

すでに敵旗艦の半ばまでに侵入していた親衛隊隊長は、軽く舌打ちをした。

 

 

「ちっ、時間切れか・・・」

「どうするのじゃ、隊長殿」

「陛下(アリアさん)が退けってんなら、是非もねぇさ。知紅、退くぞ!」

「女王陛下の敵は死ねやあああああああっ・・・あ? ・・・陛下が言うなら、そうします」

 

 

女王アリアの名前を出すと急激に大人しくなった副長に苦笑しながら、親衛隊隊長は悠々と、しかし急いで退却した。

 

 

女王親衛隊が退却し、旗艦の安全を確保した後も、ガイウス・マリウス提督はともすれば崩れかかる戦線を必死で維持していた。

反撃と後退を繰り返しつつ、艦隊を再編して見せた手腕は、流石と言うべきであろう。

半数以下になった艦隊の陣形を整えた彼は、当然、逆転の策を用意しようとした。

だが、勝敗は意外・・・いや、むしろ当然の部分で決まった。

 

 

「閣下・・・」

 

 

申し訳なさそうな顔でガイウス・マリウス提督の下に報告に来たのは、補給担当の士官。

補給の途絶。

武器弾薬に医薬品、艦艇修復用資材にエネルギー・・・。

戦うために必要なそれらの物が、底をついたのである。

 

 

「・・・そうか」

 

 

その報告を、ガイウス・マリウス提督は顔色一つ変えずに受けた。

勝敗は、決した。

 

 

   ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

勝敗は、決しました。

敵艦隊からの反撃が急速に弱まり、ほとんど的のような状態でこちらの艦隊の攻撃に晒されている状態です。

敵艦が爆散した後の穴は埋められることなく放置され、1隻沈む度に数百、数千の命が散って行くのです・・・。

 

 

「・・・女王陛下、恐れながら申し上げます」

「貴方の言いたいことはわかっているつもりです、元帥」

 

 

何ともやるせない表情を浮かべるコリングウッド元帥に、私も疲れたような声音で答えます。

京扇子を広げて、口元を隠します。

別に初めてではありませんが、何度経験しても慣れるようなことではありません。

慣れて良い物でも、ありませんし。

 

 

「・・・包囲下にある敵に対して、降伏勧告を行います。マイクを・・・そして同盟国艦隊にも攻撃をやめるよう伝えてください」

「・・・は」

 

 

この命令はすぐに実行されました。

一部の艦がさらなる攻撃命令を請うてきましたが、許しませんでした。

すでに敵艦隊は100隻を切り、抗戦能力を急速に失っている状態です。

これ以上、攻撃して何の意味があると言うのでしょうか・・・。

 

 

エヴァさんや茶々丸さん、千草さん・・・フェイトを見ると、小さく頷いてくれました。

・・・それに頷きを返した後、私はマイクを手に、敵艦隊に向けて降伏勧告を行います。

 

 

「・・・敵将、および敵艦隊将兵に告げます。貴方達は我々の完全な包囲下にあり、これ以上の抵抗は無意味です。ウェスペルタティア女王アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの名において誓約します。たとえ敵であったとしても、味方と同じように負傷者を手当てし、他の者も礼節をもって遇することを・・・降伏してください、戦いは終わったのです」

 

 

砲撃が止み、静まり返った戦場で・・・敵将ガイウス・マリウスから返信があったのは、2分ほどした後のことでした。

 

 

『元メガロメセンブリア所属、ガイウス・マリウスです。寛大な処置に感謝致します』

 

 

スクリーンに現れたのは、60代後半に達しようかと言う白髪の老人でした。

ただ少しも老人らしくも無い方で、背筋をシャンと伸ばし、厳格そうな雰囲気が全身から滲み出ているようでした。

 

 

『お言葉に甘え、私の麾下にある全将兵に対し、降伏を受諾するよう命令致しました。願わくば、部下達の安全な帰郷に御助力を願えればと思います』

「・・・わかりました。では動力を停止し、武装解除した上で地上に降りてください」

『心から感謝致します。ですがウェスペルタティア女王陛下、私一人に関しましては、降伏の対象から外して頂けますよう、お願い申し上げます』

「・・・・・・どう言うことでしょう」

 

 

私の問いかけに、老提督は力の無い笑みを浮かべました。

 

 

『・・・私は、自分の都合で多くの部下を死なせてしまいました。何故、自分だけおめおめと生き延びることができるでしょうか。生き残った部下達に対する責任を果たした後、私は戦死した部下達に対して責任を取ることになるでしょう。ご好意には感謝致しますが、私のような老体は、貴女には必要ありますまい』

 

 

画面の中で、老提督に誰かが話しかけた模様でした。

ですが、老提督は首を左右に振ってそれを拒絶したようです。

・・・部下に、止められたのでしょうか。

 

 

老提督は、再び私を見つめました。

私の何倍も生きてきた彼は、どんな思いと感情で私を見つめているのでしょうか。

 

 

『それでは、部下達をどうか、よろしくお願い致します』

 

 

私がかけるべき言葉を見つけられない中で、老提督が敬礼しました。

そして、通信が終わろうとした、まさにその時。

 

 

『待ってください!!』

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「待ってください!!」

 

 

間一髪・・・と言う表現で正しいのかはわからない。

もしかしたら、遅かったかもしれないくらいかもしれない。

 

 

『・・・誰ですか?』

『お前・・・ユリアヌス・・・!』

 

 

アリアの声と、ガイウスって人の驚いたような声が聞こえます。

場所は、変わらず政治犯収容所・・・警備員室の一つを拝借しています。

有事には各地の都市や部隊に救援を求めることもある政治犯収容所の通信機を使って、遠い戦場に通信を繋いでいます。

 

 

どこに通信を繋げば良いのかなんてわからなかったけど、目の前の僕と同い年くらいの少年・・・ユリアヌス・メナァさんは知っていた。

ガイウスさんの所への、直通の通信コードを。

 

 

「提督・・・お願いです。死ぬなんて、やめてください。僕はこうして自由になりました。もう戦う必要は無いんです」

『お前・・・何故・・・』

「・・・ある人に救ってもらったんです」

 

 

ちら、と僕を見るユリアヌスさん―――亜麻色の髪の少年―――に、僕は首を横に振りました。

僕の名前をアリアの前で出すのは、やめた方が良いと思ったから。

 

 

「提督、どうか死なないでください。もし提督に死なれたら、僕も死にます。提督のいない世界になんて、僕は生きていたくない」

『何をバカな、お前は若い・・・どんな時代になっても生きていけるだろう。何にでもなれる。だが私は違う、私は年を取り過ぎたし・・・部下を死なせ過ぎた。無様な敗残の将だ。それがどうして・・・』

「それでも僕は、お義父さんに生きていてほしいんです!!」

 

 

ユリアヌスさんは、叫んだ。

 

 

「生きていてほしいんです・・・負けっぱなしでも良い、連戦連敗でも、全戦全敗だって構わない・・・どんなにカッコ悪くたって、それでも良いから・・・生きていてください・・・」

『・・・ユリアヌス・・・』

 

 

負けっぱなしでも、カッコ悪くても良いから生きていてほしい。

僕は・・・父さんに対して、そんなことを思ったことがあっただろうか・・・。

 

 

『状況は、飲み込めませんが・・・』

 

 

画面の無い、音声だけの不鮮明な通信で、僕は久しぶりにアリアの声を聞いた気がしました。

でもアリアは、僕がここにいるとは思っていない。

 

 

『家族の願いは・・・聞いた方が良いと思いますよ・・・?』

 

 

どこか・・・「女王」と言う衣を脱いだかのようなアリアの言葉に。

通信機の向こうで、ガイウスさんは、深い溜息を吐いた・・・。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

ドンッ・・・と、拳を車椅子の肘かけに叩きつけます。

身体が熱い。

自分の熱では無い異物感が体内を貫き、私は断続的に小さな悲鳴を上げます。

 

 

「ぐ・・・ふ・・・がっ・・・!」

 

 

ギリギリギリギリ・・・と、まるで催促でもするかのように、下腹部が軋みます。

痛みと熱とを孕んだそれは、私にとっては慣れた痛み。

あの研究所で無感動に受けていた痛み。

 

 

ドンッ・・・ドンッ・・・と、何度も拳を叩きつけます。

そうすることで、身体の中の痛みを和らげようとするかのように。

 

 

「・・・っ・・・あ・・・っ・・・」

 

 

そして、あの夜。

闇と影を引き連れたあの女に出会ってから、続く痛み。

身体が内側から、罅割れて行くかのような痛み。

 

 

「・・・は・・・ぁ・・・」

 

 

はぁ・・・と、大きく息を吐いて、私は車椅子の背もたれに寄りかかりました。

片腕を額にくっつけて、呼吸を整えます。

 

 

「・・・段々、周期が短くなってきていますね・・・」

 

 

もう片方の腕でお腹を撫でながら、私はそう呟きました。

事実、発作の起こる感覚は短くなっていて。

・・・オリジナルが、近付いて来ているからか・・・。

 

 

・・・だとしても、もう少し。

もう少しだけ、生きていたい・・・そうしたら約束通り、私の身体をあげる。

外に、出してあげますから・・・。

 

 

「・・・ファザコンが・・・お父様お父様と、うるさいんですよ・・・」

 

 

そう吐き捨てた後、私は汚してしまった服を脱いで、新しい物に着替えます。

同じ病院服ですけどね。

 

 

「アイネ」

 

 

着替え終わった直後、私の仲間達がやってきました。

最後に残った・・・彼と、S-06ともう一人。

B-20は、一足先にグラニクスへ。

私と、皆・・・全部で、あと5人。

 

 

「B-20が上手くやった、女王がすぐに来る」

「・・・そうですか」

 

 

かすかな痛みの残る身体、でも私は微笑む。

だって・・・やっと終われるのだから。

 

 

――――――グラニクスへ。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

11月1日正午、ウェスペルタティア王国・ヘラス帝国軍を中核とする多国籍軍はエリジウム大陸に侵攻を開始した。

その進撃速度は史上稀にみる速度であり、新メセンブリーナ連合側の拠点は次々と攻略、ないし降伏した。

中でも、ウェスペルタティア女王アリア率いる「イヴィオン統合艦隊」がガイウス・マリウス提督率いる「元メガロメセンブリア艦隊」を破った戦いは、戦争全体の趨勢を決定づける重要な戦闘であった。

 

 

そして翌11月2日、総司令官の降伏を知ったガイウス軍の司令官達は各所で多国籍軍に降伏。

それを知った近隣の都市と守備軍も、雪崩を打つように多国籍軍に降伏、恭順の意を示した。

5年に渡る経済封鎖下にあった彼らには、もはや多国籍軍と戦う戦力も気力も残されていなかったのである。

そして何より、前日にグラニクス評議会が暴徒を武力鎮圧したことも伝わっており、影響を与えたことは否めなかった。

市民を守らない政府を支持するような国民は、エリジウム大陸には存在しなかったのである。

 

 

さらに明けて11月3日。

皮肉な事情ながら、多国籍軍の進撃速度は鈍ることになる。

あまりにも多くの都市・村・守備部隊や住民勢力が降伏・協力を表明したために、その処理に奔走するハメになったからである。

グラニクスの連合評議会の面々にとっては皮肉なことに、味方の早すぎる降伏がかえって、グラニクスへの多国籍軍の到着を遅らせたのである。

 

 

そして未だに残る微弱な抵抗を排しながら多国籍軍は進撃を重ね、新メセンブリーナ連合首都グラニクスを包囲したのが11月5日の夜。

本来、未だまとまった戦力を有し、かつ大都市であり一般市民も多いこの交易都市を陥落させるにはそれなりの時間がかかるだろうと多くの者は考えていた。

だが、現実はそうはならなかった。

 

 

攻略対象であるグラニクスが、内部から崩壊したからである。

 

 

後に「グラニクス内紛」または「グラニクス大乱」と呼ばれることになるこの事件は、始まりは多国籍軍の到着に狂喜した市民が評議会に対し暴動・・・と言うより叛乱を起こしたことである。

そしてそれが連鎖し、最終的には評議会議員同士の疑心暗鬼による内部抗争、味方を裏切り保身に走った軍将校のクーデターまでが起こり、混乱が極限にまで達したのである。

 

 

政治の腐敗、軍部の離反と反目、市民の暴発と略奪―――――それらが一度にグラニクスで起こった。

 

 

11月5日深夜、グラニクスの街は業火に包まれた。

多国籍軍の攻撃では無く、自分達の手でグラニクスの街に火をかけたのである・・・。

 

 

距離的に近く、最も早くグラニクスに到着していたヘラス帝国皇帝テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアは、後にこう語ったと言う。

 

 

「・・・政治の腐敗が行き着く先がどこか、妾はようやくわかったような気がする・・・」

 




刹那:
・・・え? あ、私ですか・・・こ、こんばんは。
もはや本編にはほとんど関わってませんが、大変なことになっているようですね。
アリア先生達が幸せになれるよう、祈っています。

ええと・・・それと、今回初登場のキャラクター・装備・アイテムなどは以下の通りです。

新キャラ:
山本 章一(親衛隊隊長):黒鷹様提供。
ユリアヌス・メナァ(ガイウスの養い子):伸様提供。

新アイテム・新装備:
「装輪戦闘車」:試製橘花様提供です。
「ノンブレード・チェーンソー」:カナリア様提供です。
「精霊炉空母」:彼岸花様提供です。
「スピーダ―・バイク(元ネタ:スター・ウォーズ)」:司書様提供です。
「アルマジロ(元ネタ:スター・ウォーズ)」:黒鷹様提供です。
「親衛隊3種の神器(コート、腕章、バッジ)」:黒鷹様提供です。
「アリア女王親衛隊エンブレム付きネックレス」:リード様提供です。
「ボーンチャイナのティーセット」:伸様提供。
*なお、艦の名前などは、伸様、黒鷹様提供です。
ありがとうございます、今後もちょくちょく出るかと・・・。


刹那:
あ、えと・・・次回は、アリア先生達もグラニクスに入ります。
さらなる災害がグラニクスを襲うそうですが・・・大丈夫でしょうか。
では、今回はここまでです。

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