魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

48 / 101
第3部第12話「グラニクス」

 

Side アリア

 

11月6日の正午、私は艦隊を率いてグラニクスに到着しました。

とは言え、これまでの戦闘と各所への守備艦隊・輸送艦隊の配置などで、私と共にグラニクスまでやってきたのは、200隻前後に過ぎませんが。

 

 

総旗艦『ブリュンヒルデ』の艦橋から見えたグラニクスの街並みは、見るからに荒れ果てていました。

巨大な都市の一部は灰色の瓦礫で覆われていて、混乱の大きさを窺い知ることができます。

グラニクスの空港に降りた時も、どことなく雰囲気が暗いように感じました。

 

 

「待っていた、ウェスペルタティア王国女王陛下」

「痛み入ります、ヘラス帝国皇帝陛下」

 

 

空港で出迎えてくれたテオドラ陛下と共に、帝国軍が仮司令部として接収したと言うホテル「ゲッセマネ」に移動します。

なお、移動手段として用いるのはウェスペルタティア製の車両です。

軍が使用している「装輪戦闘車」の民間用の物で、装甲の厚みが軍用に劣る分、外見のデザインの自由度が高いのが特徴です。

 

 

私とテオドラ陛下が乗り込む車両とは別に、エヴァさん達が乗る要人用の車両が数台続きます。

そしてその車両の周囲に帝国の竜騎兵や『軍用スピーダ―・バイク』に乗った王国近衛騎士団、そして『スピーダー・バイク』のサイドカーバージョンの『ホバー・バイク』に乗った女王親衛隊が展開し、私達を護衛します。

帝国軍が完全制圧したと言っても、油断はできませんからね。

 

 

「・・・昨夜は、大変だったそうですね」

「うむ、市街地の約5%が焼失した・・・じゃが、火災よりも人災の方が被害が大きかった。軍の同志討ちと市民の暴動、略奪・・・一晩で収拾できたのが奇跡なぐらいじゃ」

 

 

テオドラ陛下はそう言うと、疲れたように溜息を吐きました。

主要国会議でお会いした時に比べると、どことなく雰囲気が変わったように見えます。

何か、思う所でもあったのでしょうか・・・。

 

 

「・・・それと、グラニクス評議会じゃが」

「はい」

「グラニクス宣言に唯一賛成しなかったコノエモンと言う評議員が無事でな、非常に協力的なのじゃが・・・主の知己じゃそうじゃな?」

「・・・知己?」

 

 

コノエモン・・・と言うと、多分、あの人だと思いますけど。

・・・そこまでの仲では無かったと思うのですが。

 

 

「まぁ、とにかく。とりあえずその評議員に停戦協定に署名させて、とりあえず戦闘を終えた方が良いと思うのじゃが」

「まぁ・・・そうですね。ですがエリジウム大陸の今後については・・・」

「明日にはセラスとリカードが到着する、その時に話そう」

「わかりました」

 

 

名目ともにメセンブリーナを滅亡させるためにも、評議員が協力してくれた方が早い。

テオドラ陛下によれば、他の生き残りの評議員は郊外の政治犯収容所に投獄されているそうです。

そして5分ほどして、ホテル「ゲッセマネ」に到着すると・・・。

 

 

「多国籍軍万歳!」

「ヘラス帝国万歳!」

「ウェスペルタティア王国万歳!」

「ヘラス帝国皇帝万歳!」

「ウェスペルタティア女王、万歳!」

 

 

無数の帝国兵が作る規制線の向こう側から、そんな声が響き渡っています。

ホテル「ゲッセマネ」の周囲は、少し煤や埃で汚れていますが、しかし明るい顔をしている市民の方々で溢れていました。

 

 

・・・ここまで歓迎されると、どうもこそばゆいですね。

テオドラ陛下と視線を交わすと、私と同じ気持ちでいるのか、苦笑のような笑みを浮かべています。

 

 

「ホテルに入る前に、ウェスペルタティア女王陛下。グラニクス市民1万人近くを保護、避難させた功労者に会わせたいのじゃが・・・と言うか、これも主の知己と言うことでな?」

「それは構いませんが、はて・・・どなたでしょう?」

 

 

テオドラ陛下と共にホテルの正面玄関まで進むと、そこに立っていたのは・・・。

 

 

「・・・セクストゥムさん?」

「お久しぶりです、お義姉様(じょおうへいか)

「何じゃ、やはり知己じゃったのか」

 

 

そこにいたのは、フェイトの妹であるセクストゥムさんでした。

白い髪に黒のブラウスワンピース、胸元に水晶のような物でできたペンダントが揺れています。

・・・随分、お洒落になりましたね。

 

 

「貴女が、市民を?」

「はい、無辜の民衆を救うのが我わ・・・・・・私の役目ですので」

「・・・お1人ですか?」

「い・・・はい」

 

 

・・・何故、答える度にどもるのでしょう。

まぁ、セクストゥムさんならば、1万人の市民を避難させたと言うのも納得できますね。

後ほど、またお話を伺うことにしましょう。

後ろからエヴァさんやフェイト、千草さんが来るのを確認しつつ、私はホテルに入ろうと・・・。

 

 

 

「アリア!」

 

 

 

・・・不意に、足を止めます。

近くから声をかけられたわけでは無く、少し離れた場所から声をかけられたような気がします。

具体的には、ホテルを囲む群衆の中から。

 

 

「アリア・・・!」

「・・・ネカネ、姉様?」

 

 

群衆の中に、見つけました。

5年ぶり・・・いえ、それ以上ぶりに見る、金髪の綺麗な女の人。

同郷の、年上のお姉さん・・・従姉。

ネカネ・スプリングフィールドが、群衆の中で私の名前を呼んでいました。

それに思わず、足を止めそうに・・・。

 

 

「お任せください、アリアさん」

 

 

足を止めそうになった私の耳元に、茶々丸さんが囁きます。

・・・そう、ですね。

今の私は、個人の立場でネカネ姉様に会えません。

 

 

「・・・お願いします」

「仰せのままに」

 

 

私から素早く離れて行く茶々丸さん。

その先にいる従姉のお姉さんを、もう一度だけ視界に収めて。

 

 

私は、溜息を吐きました。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ホテル「ゲッセマネ」に入った後、個室にてアリカの娘・・・いや、アリア陛下との会談を続ける。

基本的には、今後の両国のエリジウム大陸における管理区域の設定についての話じゃ。

エリジウム大陸を南北に2分し、帝国と王国で信託統治することはすでに主要国会議で定まっておる。

 

 

じゃが、ここグラニクスだけは国際管理の下に置かれることになっておるのじゃ。

グラニクス北部の大部分をウェスペルタティアが、グラニクス南部の大部分を帝国が、グラニクス西部の一部をアリアドネーが、グラニクス東部の一部をメガロメセンブリアが管理する「国際共同管理都市」政策が実施される予定じゃ。

 

 

「・・・では、市民の移動の自由などは明日中に話し合うと言うことで良いかの?」

「はい、と言うより、せめてセラス総長やリカード主席執政官抜きで話し合えることの方が、少ないと思いますけど」

「違いないの」

 

 

笑顔を交わしながら、妾はテーブルの上の紅茶を口に含んだ。

そして目の前のアリア陛下の様子を観察しつつ、言おうか言うまいか悩んでいた―――言わずにはおれない事実―――ことを、なるべく言葉を選んで告げた。

 

 

「それで・・・の、評議会議員の他に、ユリアヌスと言う子を捕虜にしておるのじゃが」

「ああ・・・ガイウス提督の養子の。彼らの扱いも、明日中には話し合わないといけませんね」

「どうするかの、そちらさえ良ければ、ガイウス提督を捕虜にしておるそちらに引き渡しても構わぬが」

「それは・・・有難い申し出ですね」

 

 

妾の言葉に、アリア陛下は笑みを作った。

 

 

「ですが、捕虜は全て共同管理と言うことに致しましょう。どこか一国が管理するより、多国籍軍として管理した方が色々と都合がよろしいでしょう?」

「・・・そうじゃの」

 

 

別に借りを作ろうとしたわけでは無いが、そう言うことならば、それに乗らせてもらおう。

帝国軍としても、ガイウス提督を捕虜にしたと言う事実は小さくない意味を持つしの。

 

 

「あー・・・それと」

「何か?」

「・・・・・・ネギ・スプリングフィールドを拘束しておる」

 

 

表面上、アリア陛下は何らの反応も示さなかった。

ただ平然として、紅茶を飲んでおる。

 

 

じゃが、無視して良い名前ではあるまい・・・帝国軍にユリアヌスを含むガイウス提督の幕僚達を保護させた少年。

ネギ・スプリングフィールドは5年前から国際手配されておる、戦争犯罪人じゃ。

そして、アリア陛下の・・・。

 

 

「ネギ・・・ネギ・スプリングフィールドは、どこに?」

「外に置けぬ故、『インペリアルシップ』の営倉に収監しておる」

「そうですか」

 

 

コトッ・・・とティーカップを置いて、アリア陛下は妾を見つめた。

宝石のような赤と青の瞳には、何の感情も無い。

 

 

「・・・引き渡し交渉を、要請しても?」

「無論、構わんが・・・引き渡したら、どうするのじゃ?」

「さぁ・・・オスティアで国際法廷を開いて、その結果次第でしょうか。私は司法には疎いので」

 

 

国際法廷か、まぁ、そうなるじゃろうな。

旧公国のことはともかく、その後の戦争には帝国・アリアドネーも噛んでおるしの。

まぁ・・・普通にやれば。

 

 

「・・・会うかの?」

「お気遣い感謝致します・・・ですが、結構です。やらねばならないことが多くありますので」

「そうかの・・・」

 

 

普通にやれば、ネギ・スプリングフィールドは・・・。

 

 

「ところで、ジャック・ラカン氏は一緒では無いのですか?」

「ああ、いや、あ奴は『インペリアルシップ』で・・・」

 

 

ネギ・スプリングフィールドは、極刑じゃろうな。

・・・アリカ、ナギ・・・主らがコレを聞いたら、どうするじゃろうな・・・?

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「いよぅっ! 元気してたかぁ、ぼーず!!」

 

 

ドガンッ、と営倉の扉を蹴り破って中に入って見たが、歓迎の言葉は特に無かった。

営倉の見張りをしてる帝国兵は「またこの人か・・・」的な顔をしてるが、特に問題は無い。

飲み友達だしな、帝国人は酒豪に親切なんだぜ?

 

 

・・・っと、今はとりあえず、ぼーずだな。

別に抱きついてキスされることを期待してたわけじゃねーが(むしろされたらドン引きだが)、5年ぶりに会うんだから、何か一言あってしかるべきだと思うわけだが、一方のぼーずはと言うと。

 

 

「・・・・・・ラカン、さん?」

 

 

呆然として、俺の顔を見ていやがった。

営倉って言っても、別に縛られたり手枷を嵌められたりしてるわけじゃねぇ、ただ放りこまれてるだけだ。

魔法がある時代なら、それを封じる枷とか必要だったわけだが、無くなっちまったからな。

 

 

「どうして、ここに?」

「ん? そりゃお前、弟子が近くに来てるんだから会いにも来るだろうよ」

 

 

4畳くらいのスペースに押し込められてるぼーずを見つつ、扉の枠の部分に身体をもたれかける。

 

 

「・・・タカミチから聞いたぜぇ、お前、50人くらいの市民連中とメガロの幕僚を連れて、帝国軍に保護―――お前の場合は拘束か―――させたらしいじゃねぇか」

 

 

正直、政治の分野に入ると俺の出る幕はねぇからな。

一応、飾りとしてじゃじゃ馬女帝の傍にいなくちゃいけねぇんだが、ちょっとだけ抜けさせて貰ったぜ。

5年ぐらい使って無かった通信コードで、タカミチの奴が連絡してきやがったからな。

 

 

まぁ、正直、タカミチの連絡自体はどうでも良いんだけどな。

男の頼みで動くなんてのは、俺の趣味じゃねぇし。

 

 

「何で、そんなことしてんだ? こうなるってわかってただろ?」

「・・・マギステル・マギは、自分以外の誰かの命を守るために行動する・・・でしょ?」

「はん、そらまた教条主義的なこって」

 

 

究極的な話、ぼーずが何をどうしても俺には関係ない。

だが・・・。

 

 

「よっと・・・おーおー、5年間も放置してるから、こらまた凄いことになってんな」

「・・・」

 

 

ぼーずの片腕を取ると、そこにはしっかりと「闇の魔法(マギア・エレベア)」の契約の印が刻まれていやがった。

5年前は片腕だけだったってのに、今や半身にまで広がってやがる。

他のことはともかく、コレに関しては俺の責任だしな、一応。

 

 

「このまま放っておくと、お前、エラいことになるぜ。わかってんだろ?」

「・・・」

 

 

・・・ヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ。

放っといたら、死ぬぞ、マジで。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

グラニクス郊外の政治犯収容所。

かつて自分達に反対する者を収監し、意のままに獄死させてきたその施設には、今やその施設の主人であった者達が収監されている。

 

 

「おのれ、汚らわしい亜人の頭目め、よくも我らをこんな薄汚い場所に・・・!」

 

 

かつては自分達が他人をその「薄汚い場所」に放りこんでいたと言う事実は完全に棚に上げて、グラニクスの連合評議会議員だった者達は憤りを隠そうともしなかった。

彼らは他人に揉み手をされて賞賛され、高価な料理や貴重な美術品を献上されることには慣れていたが、他者に批難され、罰されることには慣れていなかったのだ。

 

 

彼らは自分達以外の他人を、自分達を賛美し、何年かに一度の選挙で自分達に票を入れる以外には存在価値が無い物だと信じて疑っていなかった。

他人を支配し屈服させ、這い蹲らせて慈悲を求めさせることに慣れてはいても、その他人に謝罪し許しを請うことはできなかった、いや、許せなかったのである。

 

 

「・・・今に見ておれよ、野蛮な銀髪の小娘め・・・!」

 

 

暗がりの中で、ギラついたいくつもの視線が、牢獄の小さな窓から外を睨みつけていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

帝国が接収したホテル「ゲッセマネ」での実務会談が終わった後、私達はグラニクス北側のホテル「リヒテンベルク」を接収し、仮の王国軍司令部とした。

アリア達はそこに留まり、全体の指揮を執ることになる。

 

 

周辺は近衛と親衛隊で固めてあるし、空には艦隊がいる、安全だろう。

で、私はと言うと・・・。

 

 

「エヴァの姉御、行ってくるぜぇ!」

「ふ、厨房のことにゃあ、将軍だろうが口は出させねェさ」

 

 

親衛隊最強のバイク部隊「スレイプニル」の隊長シマ(本名、嶋)と、親衛隊の厨房担当、ライバック率いるコック兵達を、送り出す所だった。

 

 

オールバックの髪に、胸にサラシを巻いて特攻服を着たシマと、ゴツイ身体をコックの服に包んだ坊主頭のライバック。

全員がやたらゴテゴテしたバイクに乗っているのがアレだが、れっきとした親衛隊。

これからグラニクス北部中に資材と食糧を運んで、配給と炊き出しをやってもらう。

無論、命じたのはアリアだが・・・。

 

 

「行くぜぇ、お前らぁ―――――――っ!!」

「「「ヒャッハ――――――――ッッ!!」」」

 

 

ドッ、ドッ、ドッ・・・と重低音を響かせながら走り去るそいつらを見て、思う。

・・・「スレイプニル」の連中は、なぜ皆、モヒカンなのだろう・・・。

ま、まぁ、良いか、うん。

 

 

私は今、工部尚書として王国から連れてきた技術官僚(テクノクラート)を統率し、グラニクス北部の復興・救出作業を進めている所だ。

それ以外にも家を失った者のために仮設住宅を建てる工兵を派遣したり、食糧配給の準備をしたり、官僚と兵士を派遣してグラニクス北部の掌握に努めたりと、大忙しだ。

 

 

「アーシェ! グラニクス北部の映像、撮れてるか!?」

「あいあーい、ちょっち待ってくださーいっ」

 

 

現地に来た唯一の閣僚として、私には仕事が山のようにあるのだ。

・・・まぁ、アリアはもっと多くの仕事をやっているだろうが。

アイツは、仕事量でテンションが上下するしな・・・。

 

 

「マクダウェル尚書―――――ッ!」

「うん?」

 

 

振り向くと、1台の『スピーダー・バイク』がホテルの正面玄関に向けて走ってきていた。

乗っているのは、王国傭兵隊の・・・セルフィ・クローリーだった。

浅黒い肌と淡黄色の髪の女傭兵は、バイクの上から手を振りながら。

 

 

「すみませーんっ、尚書じゃないと判断できなそうなことが―――っ!」

「何だ―――っ?」

「地下に、変な空洞があるんですけど、どうしましょ――――っ!?」

 

 

・・・空洞?

疑問に思いつつも嫌な予感を覚えた私は、ヒョイッ、とセルフィの後ろのシートに飛び乗り、現場に向かうことにした。

グラニクスの風が頬を掠めて、バイクは疾走して行く・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

ネカネ・スプリングフィールド。

長い金髪の妙齢の女性で、分類としては美人にカテゴリーされるかと思います。

そして元メルディアナ職員であり、白魔法の使い手。

とは言え詠唱魔法の消えたこの世界では、白魔法は使えませんが。

 

 

そして何よりも重要なのは、この方がアリアさんの血縁だと言うこと。

アリアさんの従姉と言う事実は、今やそれだけで重要な意味を持ちます。

ナギ・スプリングフィールドの血縁であると言うこと以上に、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアの血縁であると言う事実が。

 

 

「あの、アリアは・・・?」

「現在、政務中です。しばらくお待ちください」

 

 

紅茶とお茶菓子をお出ししてしばらくして、ネカネさんは控え目にアリアさんのことを問うてきました。

私はそれに端的に答えた後、再び黙してネカネさんを見つめます。

ネカネさんは、居心地悪そうに身じろぎをしました。

 

 

観察を続行します。

 

 

まだ用件を伺ってはおりませんが、おそらくネカネさんはネギ・スプリングフィールドの釈放、ないし助命を求めに来た物と考えられます。

ネギ・スプリングフィールドの身柄は帝国軍の管理下にあるのですが、ネカネさん自身が頼れるのはアリアさんのみだと結論付けたのでしょう。

血縁的にはアリアさんはネギ・スプリングフィールドの妹にあたりますし、幼い頃の2人を少なからず見てきたネカネさんとしては、そう考えざるを得ないのも無理からぬことでしょう。

アリアさんはそのことについては何も言わず、マスターは関心その物が無いようでした。

 

 

「あの・・・政務、と言うのは・・・? あの子は、本当に・・・」

「政務の内容はお教えできません、ご容赦ください」

 

 

そして、ネカネさんの現在の立場は、酷く微妙です。

彼女がこの5年間、国際手配されたネギ・スプリングフィールドとエリジウム大陸で行動を共にしていたらしいことは、こちらでも掴んでいます。

ネカネさんだけで無く、宮崎のどか、高畑・T・タカミチも、エリジウム大陸でNGO活動に従事していたとか。

 

 

その中にあって、ネカネさんだけが直接的な犯罪行為に手を染めていない。

だからこそ、一人でここに来たのかもしれませんが。

疑惑としては、ネギ・スプリングフィールドの過去の逃亡の手助けと言う罪状が課されますが・・・証拠がありません。

旧公国においても、公的な地位には就いておりませんでした。

そのことが、ネカネさんへの対応を難しくしております。

脅されて仕方なく・・・とでも言われれば、それまでです。

 

 

「・・・貴女は、アリアとはどんな関係なのですか?」

「主君と臣下、女王と王宮女官長・・・そして、家族であると認識しております」

「・・・家族・・・?」

 

 

私の返答に、ネカネさんは訝しむような表情を見せます。

・・・ホテル「リヒテンベルク」の一室に、微妙な空気がたゆたっております。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

『そちらの様子はどうだ、リュケスティス?』

「雛鳥の世話をするのに大忙しさ、グリアソン」

 

 

危うい表現の返答を返すと、修理が済んだばかりの通信スクリーン―――先の占領戦で通信機構を破壊させたのは俺だが―――に映る僚友は、軽く俺を咎めるような表情を浮かべた。

俺はその様子に苦笑すると、軽く肩を竦めて見せた。

 

 

「冗談だ、だが気分は似たような物さ。ケフィッススだけでなく、近隣の町や村からも続々と食糧支援の要請が入っている。どうやら、新メセンブリーナ連合は盗賊のような存在だったらしいな」

 

 

最も、そこまで追い込んだのは我々だが・・・とは、俺は言わなかった。

俺はここケフィッススを拠点に、エリジウム大陸北東部全域の政治・経済・治安を統括している。

いずれ正式に新メセンブリーナの滅亡が宣言されれば、グリアソンが預かっている北西部も含めて、「王国信託統治領北エリジウム」の総督に就任することになっている。

 

 

信託統治領総督は地位と権限において閣僚と同等であり、本国に倍する広さの地域を女王の代理人として統治する役職だ。

俺の指揮下に入る軍人・文官は3万人を越し、艦艇は100隻を超える。

コレは、女王を除けば王国において最大規模の集団の頂点に立ったことを意味する。

 

 

・・・とは言え、旧敵国、それも餓えた民衆の面倒を見なければならないと言う点に置いて、なかなかに骨の折れる仕事ではある。

権限と栄光の大きさには、それに応じた責任が課されると言うことだろう。

 

 

『その件に関して、外務尚書がお前に会いたがっているらしいぞ』

「ほぅ・・・あの半妖精(ハーフ・エルフ)がか。大方、帝国側の総督との境界線の交渉に外務省も参加させろとでも言うのだろうが」

『軍事だけで判断できることでは無いと言うことだろうさ、外務省には帝国からの食糧供与の件で世話にもなっているしな』

「そうだな・・・その通りだ」

 

 

食糧、今はとにかくそれが必要だからな。

帝国に一つ貸しを作ることにはなるが、「イヴィオン」ではエリジウム大陸の食糧需要を完全には満たせないのは事実だ。

 

 

「・・・それよりグリアソン、こちらの捕虜から気になることを聞いたのだがな」

『ああ、おそらく俺が聞いたのと同じ内容だろう。俺はすでに陛下に申し上げたが・・・』

「無論、俺も知らせた、最重要情報としてな。だが持ち場を離れることもできん以上、俺達にできることはもう無いだろう」

 

 

捕らえた捕虜から、いくつか気になる情報を得た。

その中で最たるものが、コレだ。

 

 

先年、グラニクスの地下で大量の工兵が動員されていた――――。

 

 

具体性にかけ、工兵が動員されていたからどうだと言う話でもあるが、無視はできん。

杞憂であれば良いが、最悪の場合は我が女王の安否に関わる。

我が女王には、こんな所で倒れてもらうわけにはいかぬのだから・・・。

 

 

『それにしても、敵の組織的な抵抗が終結するまでわずか6日か』

 

 

画面の向こうで、グリアソンが感嘆したように溜息を吐いて見せた。

 

 

『敵の戦意が著しく低かったとはいえ、ここまで短期で戦闘を終結できるとは。願っても無いことだが、いささか拍子抜けの感は拭えないな』

「・・・そうだな」

 

 

・・・グリアソンに教えてやろうか、開戦前に我が女王が何を言ったか。

5年前はただのお飾りの小娘に過ぎなかったあの方が、今やどのような存在であるのか。

 

 

『7日・・・そう、一週間。もしかしたら6日で終わるでしょう』

 

 

我が女王の冷やかな声が、俺の脳裏を掠めた。

・・・尊うべきかな、我が女王(マイ・クイーン)

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・地下空洞・・・?」

「ああ、それもグラニクス全域に渡って張り巡らされている物だ」

 

 

エヴァさんは頭を掻きながら、グラニクスの概略図が描かれたホワイトボードをコツコツと教師が使うような指示棒で叩いて説明してくれます。

場所はホテル「リヒテンベルク」の一室、私が仮の執務室として使っている部屋です。

 

 

エヴァさんの他、私の背後に田中さん、部屋の扉に背中を預けるようにしてフェイトがいます。

晴明さんは千草さんの所で復興作業のお手伝いで、チャチャゼロさんは私の膝の上です。

ところで、フェイトとホテルの部屋にいると思うとドキドキしますよね。

・・・すみません、戯言です。

 

 

「グリアソン、リュケスティス両元帥から気になる情報を聞いてはいましたが・・・」

「傭兵隊のセルフィの班が見つけた・・・と言っても、出入り口は他にも無数にあったが」

「調査班の報告は、まだですよね?」

「見つけたばかりだからな・・・」

 

 

ホワイトボードに赤いペンで発見済みの地下空洞を描きながら、エヴァさんは言います。

 

 

「最初は下水道か何かかとも思ったんだが、どうも違う」

「と言うと?」

「下水設備と繋がっているべきいくつかの建物が、繋がっていない。評議会議事堂、グラニクス空港、軍施設や政府庁舎、都市郊外が地下空洞網から外れている所を見ると、要人のための脱出経路とも考えられん。部下に軍部隊をいくつかつけて、空洞の奥を調査させているが・・・どうも臭う。グリアソン達の言う工兵の大量動員と言うのも気になる」

 

 

・・・ふ、む?

椅子に座ったまま、私は地下空洞の意図が読めないでいました。

 

 

「私としては、事情を知っていそうな評議会議員と話をしたいんだが・・・」

「評議会議員は、昨日の騒動で半数が死亡。残りは郊外の政治犯収容所に分散して収監されていますし、そこは南部の帝国軍の管轄ですから、テオドラ陛下と協議する必要が・・・あ、でも一人だけ市内で軟禁されているんですよね・・・」

「誰だ?」

「・・・近衛近右衛門と言うそうで」

 

 

・・・エヴァさんが、かなり微妙そうな顔をしました。

 

 

「まさか、ぼーやに続いてあの爺ぃが出てくるとはな・・・まぁ、良い。なら私が爺ぃに話を聞きに行っても良いが・・・これで知らなければ、無駄足だな」

「たぶん、知ってたら身の安全を買うために喋ると思うんですけど・・・」

「違いないな・・・でだ、お前は一旦、『ブリュンヒルデ』に戻れ。嫌な予感がする・・・」

 

 

艦に乗っていれば、いざという時に脱出もしやすい。

でも女王が戦艦にこもって出てこないとあっては、色々と問題なのですよね。

それに今の所、確定した危機も存在しないようにも思えますし・・・。

 

 

「その危機が確定してからじゃ、遅いだろうが!」

「まぁ、そうなのですけど・・・私一人が避難するわけにもいきませんし」

「だから・・・ああ、もう、ならいっそのこと部下も市民も避難させれば良いだろ。規模が半端無いが、危険が無ければ戻れると諭せば何とかなるだろう」

「うーん・・・そこまでの人的・物的エネルギーは・・・」

 

 

窓の外を見れば、すでに日が沈み始めています。

この時間から、急に避難しろと言われても・・・。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「とにかく、テオドラ陛下と協議してみます。王国側だけで決めて良い問題では無いので・・・ごめんなさい」

「ああ・・・いや、私も熱くなった、すまん」

 

 

僕は特に口を出さなかったけれど―――それこそ、田中Ⅱ世(セコーンド)に対抗できる程に―――アリアと吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は、結構な時間口論をしていた。

いや、実際には口論と呼べるレベルでも無いのだけれど、とにかく押し問答をしていた。

 

 

結局の所、公的な立場と私的な立場の間にどう線を引くかと言う問題でもあったわけだけど。

結果として、アリアは帝国側との協議次第で避難作業を始めることを承諾したし、吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)はその結果を待つことになった。

5年前だったら、その結果すら待たなかったろうけどね。

 

 

「・・・お前は、随分と大人しかったな」

「言いたいことは、大体キミが言ってくれていたんでね」

 

 

帝国のテオドラ皇帝に通信を繋いだアリアを背に、僕と吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)は一旦、部屋の外に出た。

元首同士の会話に、入るわけにはいかないからね。

護衛には田中Ⅱ世(セコーンド)がついているし、窓の外は龍宮真名が見張っている。

そして、廊下には・・・。

 

 

「・・・何だ、3(テルティウム)か」

「女王陛下(あねうえ)は、まだ執務中か?」

 

 

扉の両側に立っていたのは、4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)の2人。

・・・この2人は、基本的に見えない所にいるはずなんだけど。

ちなみに、目に見える位置でアリアを守るのは親衛隊の役目だったりする。

 

 

「・・・何でいるの?」

「私が呼んだ・・・他の連中はどうした」

「・・・シャオリーの近衛騎士団には声をかけたよ」

「龍宮真名の傭兵隊にも声をかけた・・・親衛隊は、一人に声をかけた瞬間、全員が消えた」

「・・・そ、そうか・・・」

 

 

近衛騎士団・王国傭兵隊・女王親衛隊。

王室並びに女王を守るためだけに存在する、王国の戦闘集団。

数は少ないけれど、単純な戦力ならそれぞれが1個師団にも勝るとかどうとか。

その名声と虚名は、魔法世界中に轟いているよ。

 

 

「良し・・・とにかく、アリアを守る体勢を整えたわけだな。後はアリアと皇帝の話が終わるのを待つだけだが・・・」

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)はそう呟くと、懐から小さな長方形の塊を取り出した。

・・・彼女専用の支援魔導機械(デバイス)。

と言うより、ここにいる4人はそれぞれ自分の支援魔導機械(デバイス)を持っている。

 

 

僕はアリアと共同のイヤリング型の物を持っているし、4(クゥァルトゥム)は指輪型の物、そして5(クゥィントゥム)は黒いチョーカーのような形の物を身に着けている。

まぁ、僕らクラスの者が使うと、すぐに壊れてしまう可能性があるのだけど。

 

 

「こちらでしたか、お兄様方」

 

 

そこへもう一人、アリアの下にいれば支援魔導機械(デバイス)を用意されたであろう存在がやってきた。

白い髪に黒のワンピース、胸元に水晶のペンダント。

・・・6(セクストゥム)

 

 

どこで何をしていたのか、と聞くつもりは無い。

どこで何をしていたにしても、おそらくは一人では無かっただろうから。

 

 

「・・・お義姉様(じょおうへいか)は・・・」

 

 

6(セクストゥム)がアリアについて聞こうとした時、背後の扉が開いた。

そこから出てきたのは、もちろんアリアだ。

両手に、チャチャゼロを抱いている。

 

 

「テオドラ陛下と話し合いました。帝国軍の方でも夕刻、似たような地下・・・」

 

 

何かを言おうとしたようだけれど、その言葉は永遠に紡がれることは無かった。

何故ならその時、ホテル全体が・・・いや。

 

 

グラニクス全体が、揺れたからだ。

凄まじい衝撃が空間を振るわせるのと同時に・・・。

僕は迷わず、アリアを抱き寄せた。

 

 

次の瞬間、衝撃と同時に足元が抜けて、浮遊感が・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ホテルは、どうにか倒壊を免れた、と言う風だった。

衝撃は断続的に襲ってきたが、直撃を免れたのかどうなのか、倒壊はしなかった。

ただし、床が抜けた。

 

 

「ぐ・・・?」

 

 

何階くらい落ちたのかは知らんが、私は軽く頭を振りながら上半身を起こした。

周囲は濛々と煙が立ち込めていて、気のせいで無ければ火の気配がする、火災か・・・。

・・・爆弾テロ、か?

ごそごそと腕を動かし、小さな通信機を口元に持ってくる。

 

 

「・・・茶々丸・・・」

『・・・イエス・マスター。ご無事ですか?』

「ああ、そっちはどうだ・・・?」

『現在、そちらに向かっております』

「アリアの従姉はどうした?」

『ロビーにて、兵士に保護を願いました』

「そうか・・・わかった、待っている、7階だ」

『イエス・マスター』

 

 

一旦、茶々丸との通信を切り、動こうとして・・・できないことに気付く。

どうも運が悪かったのか、右足が瓦礫に潰されていたからだ。

自覚した瞬間、痛みと灼熱感が脳髄を駆け抜けるが・・・別に悲鳴を上げたりはしない。

 

 

ぶちぶちっ・・・と潰された足を千切り取って、即座に再生する。

 

 

・・・足はともかく、スカートが破けてしまったな。

着替えが欲しい所だが、まぁ、良いか。

それより・・・。

 

 

「おい、若造(フェイト)! ちゃんとアリアを守ったろうな!?」

 

 

癪ではあるが、その点に関する限り、私は若造(フェイト)を信用している。

目の前で抱き寄せていやがったからな、もし守れていなければ殺してやる所だ。

アリアを庇って死ねば良いと思えないあたり、私も温いな。

 

 

「・・・おい! 返事しろ若造(フェイト)!!」

「ここにいるよ・・・」

 

 

すると、案外近い位置の瓦礫が崩れて、若造(フェイト)が出てくる。

腕には、しっかりとアリアを抱いている。

多少、砂埃で汚れているが・・・怪我は無いようだった。

 

 

「う・・・な、何・・・が・・・?」

 

 

軽い放心状態にあるのか、アリアは軽く頭を振った。

それから、数秒程して・・・若造(フェイト)の手を借りつつ、立ち上がる。

白と淡い青のオーガンジードレスについた埃を払いつつ、前髪を指先で払う。

 

 

それから、よろめきつつも自分の足で歩いて・・・窓ではなく、穴の開いた壁から外を見る。

ここは9階建てのホテルの7階に位置する、危ないとは思うが止めはしなかった。

熱を孕んだ風が、アリアの服をはためかせている。

 

 

「・・・これは・・・」

 

 

呆然と呟くアリアの、私達の目の前には、地獄が広がっていた・・・。

 

 

 

 

 

Side コリングウッド

 

「どうした、何が起こったのだ!?」

「わ、わかんねっス! グラニクスが・・・市街地から突然、火柱が!」

 

 

艦長と操舵手の声が耳朶を打つが、そんなことに構っていられるような状況では無かった。

我々がいる『ブリュンヒルデ』の艦橋スクリーンには、グラニクスの街のほぼ全域で火災が発生している様が映し出されていた。

 

 

帝国艦隊と王国艦隊が使用しているグラニクス空港には、被害は今の所は及んでいない。

だが、市民を守るべき軍隊としては、このまま座していることはできない。

とは言え、命令が無ければ独自に行動することになってしまうが・・・。

 

 

「女王陛下から、直接通信っス!」

 

 

オルセン少佐の言葉と同時に、艦橋スクリーンの一部に女王陛下の顔が映し出された。

無事だったか・・・と安堵するばかりではいられない。

女王陛下の顔が、泣きそうに歪んでいたからだ。

 

 

外の装輪戦闘車から通信をかけているのか、女王陛下の後ろには何人かの兵士が駆け回っている。

さらに、かすかにだが助けを求めるような人々の声が聞こえる。

ホテルに、民衆が助けを求めて詰めかけているのか・・・?

 

 

『コリングウッド元帥、及びその他の全将兵に命じます』

 

 

どこか掠れた声で、女王陛下が言葉を紡ぐ。

自然、私達もその場で背筋を正す。

 

 

『ただちに出動し・・・帝国軍と協力して、消火・救助及び避難民の受け入れ作業に入りなさい!!』

「「「仰せのままに(イエス・ユア・)、女王陛下(マジェスティ)!!」」」

『すでに都市内部に入っている兵に空港へ民衆を先導させます、各艦、でき得る限りの人数を乗せて安全な場所まで飛んでください!』

 

 

それは、悲鳴のような声だった。

しかし・・・新メセンブリーナも良くやる。

気付いた時には・・・か、その執念を他に向ければ良いのに。

 

 

『コリングウッド元帥、細部は貴方の指揮に委ねたいと思いますが、お願いできますか』

「仰せのままに・・・しかし、女王陛下はどうなさるので?」

 

 

私の問いに、画面の中の女王陛下は泣き笑いのような笑みを浮かべて見せた。

 

 

『元帥、私が貴方なら・・・市民と部下を置いて逃げますか?』

「逃げる時は、全員で・・・ですか」

『そう言うことです・・・・・・皆さん、大丈夫です! 必ず無事に避難させて差し上げますから・・・!!』

 

 

最後に映った女王陛下の小さな背中に、私は敬礼した。

・・・さぁて、じゃ、軍人の仕事をしに行くかな。

戦争をやるよりは、人命救助の方がやりがいがあるのは確かだ。

 

 

 

 

 

Side 千草

 

「式神!」

 

 

符を投げて、式神を召喚する。

呼び出す式神は「水虎」―――3、4歳くらいの童の姿をしたそれは、身体中を固い鱗で覆っとる。

その水虎と配下の48匹の河童が現れて―――火の中に喚ぶんはホンマはアレやけど―――水の濁流を放って道を開ける。

 

 

通りの炎が消えてどうにか通れるようになると、うちは通りに取り残されとった人達を呼び寄せた。

人助けなんて柄や無いけど、そないなことを言っとる場合や無い。

旧世界連合・・・旧関西呪術協会は、人道に基づいて行動させてもらうえ。

 

 

「何をしとるんや! はよぉ逃げぇ!」

 

 

何や知らんけど、アパートの前でゴチャゴチャやっとる連中の所にまで行く。

すると、うちと同じくらいの年頃の女が。

 

 

「うちの子が、うちの子がぁ!!」

「こ、この人のお子さんが、まだ中にいるらしくて・・・」

「何やて・・・!」

 

 

ばっ、と仰ぎ見ると、そのアパートは今にも燃え崩れそうやった。

と言うか、この辺りはやたら燃え広がるんが早くて、5分もすれば火に包まれてまうんが目に見えとった。

とてもやないけど・・・。

 

 

「・・・もう無理や! 諦めて逃げぇっ!!」

「そんなっ!?」

「ここにおったって、どうしようも無い! アンタも死ぬだけや!」

 

 

うちかて、助けたい。

けど、どう考えたって助けに入るんは無理や。

いや、そもそも、もう・・・。

 

 

「うちの子が中にいるのに・・・!!」

「せやかてな・・・!」

 

 

・・・取り縋られても、困るわ!

揉めとる間に、アパートが燃え崩れて、屋根がうちらの上に・・・って、マジか!?

 

 

「危ないっ!」

「ぐえっ・・・!?」

 

 

女らしくない声を上げて、うちらは横からかっさらわれた。

吹っ飛ばされたとも言える。

地面を転がって、顔を上げると。

 

 

「カゲタロウはん!」

「・・・怪我は無いか?」

「あ、ああ・・・おおきに・・・アンタ、顔!」

「大事ない、仮面に罅が入っただけだ」

 

 

黒づくめのカゲタロウはんは、うちの上からどくとそう言うた。

仮面の端に、罅が・・・。

 

 

「う・・・うちの子は?」

 

 

うちの横に倒れ取った女は、燃え崩れたアパートを見て、顔を蒼白にしとった。

そして現実を認識して、叫びそうになった時・・・ゴッ、と殴られて、気絶した。

気絶させたんは・・・月詠はんや。

女の後ろで、刀を持っとる。

 

 

「峰打ちです~・・・あかんかったですか?」

「いや、ええよ・・・鈴吹! この2人も連れてきぃ!」

「わかりましたーっ!」

 

 

手近な部下を呼んで、逃げ遅れとった女と、それに付き合うとった男を避難させる。

うちらも離れへんと、危ないな・・・。

 

 

「・・・行くえ、一人一人の事情には付き合うてられへん」

「うむ・・・」

「わかりました~」

 

 

一人一人の個人的な事情に付き合うとったら、今みたいなことになる。

非情なようやけど、そうやないと救助なんてでけへん。

わかっとるけど・・・。

 

 

胸糞悪いったら、あらへんな。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

アリア陛下と通信した直後、グラニクス全体が火に包まれた。

部下の報告によれば、地下から突然、燃え上がったと言う。

グラニクスの地下に張り巡らされた空洞とは・・・!

妾のいたホテルも半壊崩壊じゃ、しかも忙し過ぎて、新たな仮司令部を作る暇も無い・・・。

 

 

「良いか、捨てて良い命など無いぞ! なるべく多くの命を救うのじゃ!」

「「「了解!」」」

 

 

帝国兵を動かして、できるだけ多くの民衆を空港へ、そして港へと先導させる。

本当なら妾が直々に指揮を執りたい所じゃが、妾が現場ばかりを気にしておると全体の効率が悪くなる。

それぞれの部署をそれぞれの部下に任せて、後方から各々の現場の動きを統制せねばならぬ。

わかってはおるのじゃが、歯がゆいの・・・!

 

 

「陛下! 病院船がパンク寸前です!」

「何じゃと!? ぬうぅ・・・止むを得ん、軍艦に民間人を詰め込め! 士官用の仮眠室も使用して構わん! それでも足りなければウェスペルタティア側に協力を要請するのじゃ!」

 

 

とは言え、ウェスペルタティア側も余裕は無いじゃろうがな・・・。

それでも無理な場合はどうするか、最悪の場合は工兵を使って仮設の病院を何とか・・・いや、今から作らせよう!

設備は無いが、仕切りと寝る場所があるだけでも違うじゃろ! できれば天井もの!

 

 

「工兵部隊の責任者を呼び出すのじゃ!」

「はっ!」

「ウェスペルタティア側から、女王の名で病院船を回すと言って来ています! 医薬品と医療用機材も提供するとのことです!」

「有難く受けると伝えよ!!」

「了解しました! すぐに手配します!!」

「陛下、工兵部隊長が参られましたぁっ!」

「すぐに病院を作るのじゃ!」

「はっ! ・・・は? 病院ですと?」

「陛下、被災者の住民代表が会いたいと・・・と言うか、市民側のクレームが処理しきれません!」

「ええい、泣き事を言うでないわ!」

「へ、陛下、病院を作れとは・・・?」

「人が寝られるスペースを確保せよ、と言うことじゃ!」

 

 

次から次へと舞い込んでくる報告に、妾は矢継ぎ早に指示を出す。

や、焼き切れそうじゃ・・・!

 

 

その時、市街地の方で大きな爆発があった。

それに対し、妾は少しだけ笑みを浮かべる・・・呆れの方が勝っておるがな。

ジャックめ、派手な救出方法を取りおってからに・・・!

後で苦情を受けるのは、妾なのじゃぞ!

 

 

「・・・皆、もう少しじゃ! 頑張ってくれい!!」

「「「了解!!」」」

 

 

・・・今夜は、眠れそうに無いの・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

「グラニクス大火」。

後の歴史においてそう記録されることになるその災害は、人為的なテロであったとされる。

後に判明した事実によれば、新メセンブリーナ連合評議会の一部勢力が強行したともされるが、いずれにせよ、グラニクスの地下に爆発物・可燃性の液体(何であったかは諸説ある)を埋蔵し、いざという時に使用される予定であったことは間違いが無かった。

 

 

それが前日の帝国軍侵攻の際に使用されなかったのは、単に評議員が自分の命惜しさに使用できなかったからである(内紛でそれどころでは無かったとも言われるが)。

しかし彼らは郊外の政治犯収容所に集められたために(しかも、この郊外の収容所は地下空洞の範囲外だった!)、今度は使用を躊躇わずに済んだと言うわけである。

加えて言えば、帝国・王国の主力が集結すると言う彼らにとって最高のタイミングであったことも、彼らを決断させた要因であったろう。

 

 

実行犯は反女王アリア派・反皇帝テオドラ派の王国人・帝国人であったとされる。

そしてその混乱に乗じて、買収した兵士や警備員の協力を得て、脱出する。

それが評議会の計画であったし、それは成功の確率もそれなりにあったと思われる。

しかしここで、彼らにとっての誤算が生まれた。

 

 

彼らが逃亡するためには、帝国軍・王国軍の注意をグラニクスの災害に向けさせねばならない。

そのためにこそ用意した大規模な罠・・・だが、罠が大きすぎた。

あまりの規模の大きさに驚き、臆病風に吹かれた協力者が、彼らを見捨てたのである。

 

 

反女王派・反皇帝派と深く繋がっていた最強硬派の評議員以外は、逃亡の手段を失ってしまった。

 

 

結果として収監された53名の評議員の内、逃亡に成功したのはわずか5名。

逃亡に成功した数名の評議員は、炎と煙に紛れて、何処かへと姿を消した。

しかし失敗した残りの48名は「グラニクス大火」後、命乞いも虚しく、凄惨な最後を遂げることになる・・・。

 

 

一説によれば、特にウェスペルタティア女王アリアは、彼らをけして許さなかったと言う。

 

 

最終的には、死者・行方不明者6000名以上、負傷者1万名以上と言う大災害になった。

グラニクス全面積の約70%が焼失し、グラニクスは、自由交易都市としての機能の大部分を失うことになったのである・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アリア

 

・・・一晩で消火できただけでも、僥倖だと思うべきなのでしょうか。

比較的火災の影響の受けていなかった新メセンブリーナ連合軍の中央司令部の屋上から、私は朝日に照らされるグラニクスの街並みを見下ろしていました。

一応、ここを帝国軍との共同仮司令部として使用することになりました。

今朝になって、ようやく仮司令部を移せたんですけど・・・。

所々で煙が上がっている箇所がありますが、火はほぼ鎮火できたとの報告を受けています。

 

 

・・・3階建てのこの建物よりも高い建物が見当たらない程に、焼け野原になっています。

それどころか、地下から噴き上がったらしい爆発のせいで、大穴が開いている所も少なくないのです。

これを復興するには、何年かかるか・・・。

 

 

「・・・また一つ、問題が増えました・・・か」

 

 

現在の時点でわかっている死者は、560名。

その内、ウェスペルタティア人の死者は27名、兵士は14名。

さらに言えば、その内9名の兵士は私の救助命令に従ったために死亡しました。

この後、時間が経てば・・・さらに犠牲者は増えて行くでしょう。

いえ、判明して行く・・・と言った方が良いでしょうか。

 

 

「アリア」

 

 

振り向くと、そこにはエヴァさんとフェイトがそこにいました。

2人だけでは無く・・・茶々丸さんにチャチャゼロさん、田中さん、クゥァルトゥムさんやクゥィントゥムさん・・・そして、セクストゥムさんも。

皆、それぞれの分野で救助活動に従事していました。

つまり、寝ていないのですが・・・。

 

 

・・・お前のせいじゃない、とか言う人は、ここにはおりません。

むしろ、言ってほしくないです。

もう少し早く気付けて、対処できていれば・・・とか、考えても仕方が無いです・・・。

・・・近い内に、亡くなった人々の遺族の方達や、被災者の方達に責められるでしょうから。

 

 

「・・・一度、休もう。寝ないと頭が回らんぞ」

「・・・兵士の方達は?」

「交代で休んでるよ」

 

 

エヴァさんの言葉に質問を返すと、フェイトが答えました。

そうですか・・・でも兵士は交代で休めても、女王は交代できませんから。

魔法薬で眠気を消して、仕事を続けましょうか・・・。

 

 

また、怒られるかな・・・なんて考えながら、私はその場を後にしようとしました。

そして・・・。

 

 

 

「救助活動は、一段落しましたか?」

 

 

 

不意に、声をかけられます。

声は、上から。

顔を上げると・・・。

 

 

屋上の扉の上の・・・屋上のさらに上。

いつの間にそこにいたのか・・・車椅子に乗った少女がいました。

私達の誰にも、気付かれることなく。

被災者でもその家族でも、ましてやこの仮司令部にいて良い人間でもありません。

その顔には・・・見覚えがありました。

 

 

金色の髪に、閉じた目、淡い緑の病院服。

そう・・・あの時、オスティアで・・・。

 

 

「救助活動の邪魔をしてはならないと思い・・・待たせてもらっておりました」

 

 

見えていないはずの目で、私を見下ろしています。

その少女の名を、私は知っています。

その少女の名は、アイネ。

自称新メセンブリーナ連合の・・・テロリスト。

 

 

「最後の朝です・・・張りきらせて、頂きましょう」

 

 

そう言って、アイネさんは可愛らしく笑いました。

 




アリア:
アリアです。
詳しいことは省きますが、都市災害は嫌いです。
・・・まぁ、好きな方もいないでしょうけど。
今回は人為的な物でしたので、それを行った方々にはそれなりの対応をさせて頂こうと思います。
なるべく公開する方向で。

今回初登場のキャラ・アイテムは・・・。
アーノルド・ライバック・嶋 達也:黒鷹様提供。
ホバー・バイク(元ネタ・スター・ウォーズ):黒鷹様提供。
今回は少なめでしたが、次回からまた組みこんでいければ・・・。
ありがとうございます!


アリア:
次回は、「Ⅰ」の件についていろいろとケリをつけます。
・・・と言うか、私がすること、あるのでしょうか。
次回は久々の個人戦闘オンパレード、ウェスペルタティア女王の護衛の力を見せて差し上げます・・・的なお話になる予定です。
では、またお会いしましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。