魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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第3部第13話「Ⅱ」

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

私と言う存在が自我を持ったのは、数ヵ月前の話です。

それまでの私は、ただの人形でしか無かった。

 

 

結論を言えば、連合の研究者はエンテオフュシアの血統を再現することはできませんでした。

 

 

自我も感情も、命すらあるのかわからない、そんな人形しか造り出すことができなかった。

神の如く創ることはできず、人として造ることしかできなかった。

自身の身体の一部を武器として用いる、「生体装具」の化物。

王族の死体から偶発的に造り出された、本物には遠く及ばない偽物の人形。

 

 

そして私に備えられた「生体装具」は、体内での生物の治癒。

 

 

私の体内に触れている―――私の中に挿入(はい)っている―――存在(モノ)の新陳代謝を加速し、細胞を再生し、病を治し、怪我を癒し、寿命を延ばし、理論的には自然死すらも治療します。

身体の一部だけでも、私の体内に挿入(はい)っていれば良いのです。

例えば、指。例えば、舌・・・。

 

 

性行為と言うのは、最も効率的な手段であったようです。

 

 

腹を割いて手を挿入(い)れるよりも、見た目にも感覚的にも健全です。

個人的にも、腹や喉を裂かれるのは流石に厳しかったのは事実です。

私の能力が判明してからは、実験と称して連合の研究者達が私の身体を自由にするようになりました。

当時の私は自我も感情も無かったので、拒否も抵抗もしませんでしたから、便利だったでしょう。

女性の相手もいたようですが、良く覚えてはいません。

 

 

5年前からは、連合の議員が訪れるようになりました。

 

 

私の容姿が彼らの言う「銀髪の小娘」に似ていたので、不満のはけ口にしたかったのかもしれません。

中にはわざわざ私を銀髪に染め、カラーコンタクトを着けさせる議員もおりました。

そして彼らは、私を「銀髪の小娘」・・・「怨敵・女王アリア」として嬲ることに昏い楽しみを見出していたようです。

 

 

時に、行為に及びながら私を鞭で殴り、熱した鉄の棒で焼き印を入れて、鎖で繋いで引き摺り回し。

時に、下賤な生まれの複数の兵士に私の相手をさせ、それを見て愉悦に浸り。

そして何より、私―――女王アリアに扮した―――に許しを請わせ、行為を求めて懇願させる様を見るのが愉快でたまらなかったようです。

それに対して、当時の私は特に何かを思ったりはしませんでした。

漠然と、「女王アリア」は随分と恨まれているのだな、と思いましたが、それだけです。

 

 

そして数ヵ月前、自我を持った私は施設の仲間と共に彼らを皆殺しにしました。

 

 

私が自我を持ったのは、ただの偶然。

ある日、「使いすぎて具合が悪くなった」私に、彼らはある「肉」を食べさせました。

それは、人の肉でした。

5年前、ある元老院議員とその義娘が融合してできたと言う肉の塊の一部。

研究者や議員が、何を求めて私にそれを食させたのかは知りません。

再生させたかったのか、それとも他の何かなのか。

結果として、私はエリジウムの外に出られなくなりましたが。

 

 

いずれにせよ、事実だけが残りました。

私は自我を得ると共に自分の死に方を確定させて。

私達は彼らを皆殺しにして、彼らの仲間であった人間を皆殺しにすべく行動し。

せめて誰かの記憶に残れば良いなと夢想しながらも・・・。

 

 

オリジナル―――「女王アリア」の前に、こうして立っています。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

その少女・・・アイネさんを視界に収めた直後、私の後ろの床が崩れ落ちました。

私が立っている場所以外の床が崩れて、その上に立っていた皆の姿が、下の階層へと消えます。

 

 

「な――――――!?」

「・・・!」

 

 

エヴァさんが軽く驚く声が耳に入り、フェイトが表情を変えることなく、下に落ちます。

私が手を伸ばす暇も無く、全員が下へ。

1階まで数十m・・・まさか、それでどうにかなってしまう方はいないでしょうが。

・・・それよりも、周囲に霧が立ち込めてきています。

気のせいで無ければ、これは合同慰霊祭の時の・・・不味いですね、これでは真名さんも。

 

 

「せいぜい、お話しできる時間は5分と言う所でしょうか」

 

 

とんっ・・・と、車椅子から降りたアイネさんが、私の前に降り立ちます。

金の髪が朝日の光を反射して輝き、閉ざされた目が私を見つめます。

小さな病院服から伸びる白い足は、近くで見ると小さな傷がいくつもついています。

 

 

「貴女、足は・・・」

「特に悪くはありませんよ」

 

 

悪びれもせず、さらりと言われます。

アイネが立ったとでも言うと思わないでくださいよ。

私だって別に、心配をしているわけでは無いので。

 

 

「私の仲間が女王陛下、貴女の臣下を足止めできるのは多くて5分間。その間に、いろいろとお話させて頂きたいですね」

「・・・私には、話などありませんが」

「そうでしょうね・・・いえ、それで正しいのだと思います」

 

 

ニコニコと笑いながら、アイネさんがそう言います。

その顔には、近くで見ると小さな傷の跡がいくつもあります。

それに多少、不審を覚えながらも・・・問います。

今の私にとっては、最も重要なことを確認せねばなりません。

 

 

「・・・この災害は、貴女達が?」

「昨夜の災禍のことでしょうか? いいえ女王陛下、私達は自分達の手で罪なき者を誰も殺害しておりません。私達はただ、連合と言う器が無残に崩壊する様を見たかっただけです。加えて言えば、女王陛下、貴女にお会いしたかった・・・」

「それを信じると?」

「思いません・・・でもそれは、女王陛下にとって正しいこと」

 

 

自分と同じ顔が空虚な笑みを浮かべ、中身の無い声で言葉を紡ぐ。

そのことに私は、どうしようもない不快感と不安感を刺激されます。

まるで、鏡の向こう側を見ている気分。

もう一人の自分が、私に何かを語りかけてきているような気分・・・。

 

 

「女王陛下」

 

 

アイネさんはある一定の距離を保って、私の前に立っています。

そこから先には、歩いては来ない。

 

 

「どうか・・・助けてほしい」

 

 

ただ、言葉をかけてくる。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

落ちた瞬間、アリアの顔が見えた。

驚いているような、どこか不安そうな、そんな顔をしていた。

だから。

 

 

「キミに構っている暇は、無いよ」

 

 

ザッ・・・と、片手をポケットに入れた体勢で、1階か2階かは知らないけれど、床に降り立つ。

そんな僕の目の前には、黒髪の男がいる。

黒い礼服を纏った、18歳くらいの東洋系の顔立ちの男。

合同慰霊祭の時に出会った、霧の男。

 

 

今も、僕の周囲には薄い霧のような物が立ちこめている。

魔法でも無く、魔力で形成された物でも無い。

となると、何かの道具かな。

だけど、それもどうでも良い。

 

 

「そうはいかない、せめて5分、お前の足を止めさせてもらう。女王の騎士(クイーンズ・ナイト)

 

 

名前も知らない黒髪の男は、そう言って白い剣を構える。

それはどうも金属以外の何かでできているようで、見た目には白い石のような材質だ。

それを2本、両手に持っている。

 

 

「・・・この霧は、キミを倒せば消えるのかな?」

「そうだ」

 

 

隠す気が無いのか、それとも隠しても無駄だと思ったのか、男が答える。

答えてもらえるとは、少し意外ではあるね。

 

 

「この霧は一見、ただの霧だが・・・その実、外部との魔法的な連絡を完全に立つことができる。名称に『R』の番号を振られた被験体の身体から採取した脂(アブラ)を燃やすことで、この霧を造ることができるのだ」

 

 

そう言って、男は懐から小さな壺のような物を取り出して見せた。

その壺から、なるほど、白い霧のような物が立ち昇っている。

となると、アレを壊せば良いのか・・・それなら、話は早いね。

 

 

僕は周囲に『千刃黒曜剣』を造り出し、その切っ先を目前の男に向ける。

それを察した男は、バンッ・・・と霧に紛れて消える。

 

 

「・・・!」

 

 

黒曜剣の一本を手に取り、頭上に向ける。

すると次の瞬間、鈍い音と共に腕に確かな衝撃と重みが走った。

・・・黒曜剣、魔装兵具と打ち合うとはね。

 

 

「・・・この剣は『K』の番号を振られた被験体の骨で造られている。そこらの剣とはワケが違うぞ」

「そうかい」

 

 

特に感慨も湧かずに、僕は剣を振るった。

何かが削れるような音が響き、僕と男が離れる。

刹那、キッ・・・ンッ・・・と言う澄んだ音と共に、周辺に亀裂が入る。

次の瞬間、黒髪の男を巻き込んで爆発した。

 

 

「ぐっ・・・!?」

 

 

直撃こそ避けた物の、黒髪の男が床を転がりながら離れる。

僕は片手をポケットに入れたまま・・・それを見ている。

 

 

「悪いけど、手品には興味無くてね・・・・・・すぐに終わらせるよ」

 

 

ひゅるんっ・・・と、黒曜剣を回転させつつ、そう言った。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

ち・・・忌々しい、何だこの霧は。

魔導技術を使用した通信機ですらも、使い物にならんとは。

 

 

「貴女は・・・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「ほぅ・・・私の名を知っているとは、なかなか見所のあるガキでは無いか」

 

 

顔を上げると、青い髪のガキが私のことを見ていた。

瓦礫に片足を乗せて、私を見下ろしている。

私のことを知ってるのは感心だが、その態度は感心しないな。

 

 

「・・・<闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)>」

「ほぅ、そちらで呼ぶとはますます見所がある。最近は工部尚書としか呼ばれないからな」

 

 

最も、どちらだろうと私への態度を変えない奴もいるがな。

畏れるか、敬うか・・・愛するか。

 

 

小僧から視線を外すこと無く、私は服の袖をめくった。

そこから現れたのは、不思議な形をした銀のガントレット。

右腕の肘から先を覆うそれの中間にはカートリッジの差し込み口があり、手の甲の部分には青い宝石と細長い線が横に走った土台がついている。

 

 

「どうにも、お前達が何をしたいのかが良く分からんが・・・まぁ、どうでも良いことだな」

「ひと括りにされるのも困る。私達だってアイネが何をしたいのかはわからない」

「はん・・・?」

 

 

片眉を潜めて小僧を見返すと、小僧は表情を変える様子も無い。

 

 

「わからないことのために、こんなことをしているのか? まさに意味不明なテロリストだな」

「・・・かもしれない、だが」

 

 

ひゅっ・・・と、小僧が私めがけて突っ込んできた。

私は懐から小さな長方形の物体を取り出すと、それをガントレットに差し込んだ。

カシュッ・・・と空気の抜けるような音が響いて、カートリッジ内の小型精霊炉に込められた魔法が、ガントレットに充填される。

 

 

さらに、目前から小僧の姿が消えて・・・かわりに、糸のような物が周囲に張り巡らされたのがわかる。

4番目(クゥァルトゥム)の若造が喰らったとか言う、髪の糸だな。

 

 

「同胞(かぞく)のために動くのは、悪くないと思える!」

 

 

背後から、そんな声が響く。

それに対して、私は口元に笑みを浮かべる。

なるほど、家族のためか、それならば理解できる。

理解できたよ、だから・・・。

 

 

「だから、消えてくれ」

 

 

振り向き様に、右腕を振るう。

ガントレットの先から伸びた薄い、しかし高い硬度を誇る刃が、青い髪の胴体を捉えた。

鈍い感触と固い感触が同時に腕に伝わり、その余韻を感じる暇も無く、腕を振り抜く。

髪の糸など、何の問題も無い・・・同時に、切り裂いてくれるわ。

 

 

「か・・・っ!?」

「・・・『疑似(エンシス)断罪の剣(エクセクエンス)』」

 

 

支援魔導機械(デバイス)・『魔導剣―01』。

それが、私の支援魔導機械(デバイス)の名だ。

カートリッジに内蔵された術式を己の魔力で剣に(私の場合はガントレット型だが)装填し、術式を発動させる。

 

 

「・・・お前の名は聞かない、お前の墓には名前は無い。誰にも知られないままに、死んで行け」

 

 

悪いな、小僧。

私は私の家族のために、お前を踏み躙るぞ。

残念ながら、私は正義の味方では無く・・・。

 

 

―――――悪の魔法使いだから、な。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

いけません、アリアさんとマスターから離されてしまいました。

これでは、お2人をお守りすることができません。

距離的には近い場所にいるはずですが、どう言うわけかレーダーに反応がありません。

 

 

「ヒャッハァオラアァァ――――――アッ!!」

 

 

姉さんが敵に斬り付け、打ち合います。

姉さんと斬り合っている相手は、T-04と名乗った、金髪碧眼の女性です。

長い金髪を三つ編みにした、15歳程の女性なのですが・・・。

 

 

「マタカヨ!」

 

 

武器を持たないその女性、T-04さんは、巧みなステップを刻んで姉さんの攻撃を掻い潜り続けています。

それに対して、姉さんが焦れたような声を上げます。

そして、何よりも・・・。

 

 

「ナンニンイヤガルンダ!」

 

 

姉さんが憤慨したように叫びますが、それも当然でしょう。

T-04さんが何人もの分身を作り出して、姉さんの攻撃すべき対象を増やして、狙いを分散させているのですから。

 

 

しかも時々人数を変えて、3人になったり5人になったりする周到さ。

名前の頭のアルファベットと戦闘方法、及び旧世界連合から提供された情報によれば、アレは幻術のような物。

・・・本物は、1人だけのはずです。

 

 

「チッ、メンドクセーゼ!」

「全くです」

 

 

姉さんの言葉に、私自身も腕の銃器を乱射しつつ、頷きを返します。

確かに、面倒ではあります。

もし、ここに落とされたのが私と姉さんだけであれば、苦戦は必至だったでしょう。

ですがここには、もう一人・・・。

 

 

「『斬艦刀』ッ!!」

「・・・んなっ!?」

 

 

ここには、田中さんがおります。

戦艦すら斬り裂くとされる大剣を振り下ろした先にいるのは、本物のT-04さん。

驚いたような声を上げて田中さんの攻撃を避けた彼女に、私が銃弾や砲弾を打ち込み、姉さんが斬りかかります。

 

 

「チェ―――リオォ――――――ッ!」

「ぐ―――――っ!?」

 

 

振り下ろされたナイフを、T-04さんは左腕を犠牲にして防ぎました。

ブチンッ・・・と肉が切れたような音が響き、幻術では無い赤い液体が噴き出します。

傷口を押さえつつ、バックステップ・・・そして、たまりかねたように叫びます。

 

 

「どうして・・・本物がわかる!?」

 

 

それに対する回答を得る前に、やはり幻術に惑わされない私の弟がT-04さんに肉薄します。

トンッ・・・T-04さんの薄い胸元に突き付けられたのは、13ミリ対戦車拳銃。

―――対障壁貫通能力を備えた武装・・・『ドア・ノッカー』。

 

 

「ま・・・」

「射出(ファイア)」

 

 

何かを言おうとしたT-04さんに、田中さんは容赦なくそれを撃ち込みました。

零距離で放たれたそれは、T-04さんには防ぎようが無い程の無慈悲な一撃。

文字通り、上半身を砕かれた彼女は・・・二度と、何かを喋ることはありませんでした。

 

 

「・・・貴女の敗因はたった一つです、T-04さん」

 

 

それはとても、シンプルなこと。

相手が機械だった(わるかった)・・・。

 

 

ただ、それだけのコトです。

私の言葉を肯定するように、弟がブシューッ・・・と音を立てて、放熱しました。

戦闘時間、1分3秒37。

ターゲット、完全に沈黙致しました。

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

お義姉様(じょおうへいか)と分断されてしまいました。

周囲の霧のためか、胸元の『双水晶のペンダント』を触媒にした念話もマスターに通じません。

 

 

「よーし、さぁ、かかって来い!」

 

 

ガチンッ、と両手の手甲を打ち付けて叫ぶのは、金髪に紫の瞳に小娘。

容姿としては、15歳程の普通の少女のようにも見えます。

 

 

「私はS-06! 誇り高き「Ⅰ」の1人! 一対三でも卑怯とは言わないでおいてやる!」

 

 

聞きもしないのに名乗りを上げたその小娘の言うように、確かに三対一です。

ここには、私の他に4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)がいますから。

とは言え、別に3人で同時に攻める程でもありません。

 

 

我々が3人がかりで攻撃しなければ倒せない相手など、この世界に何人いるかどうかです。

そして目の前の小娘は、明らかにその中には入っていません。

 

 

「・・・目障りだな、あの小娘」

「やめろ4(クゥァルトゥム)、また支援魔導機械(デバイス)を壊すハメになるぞ」

 

 

何か奇妙な小さな箱を取り出した4(クゥァルトゥム)に、5(クゥィントゥム)がそう言います。

舌打ちして、4(クゥァルトゥム)が箱をしまいます。

 

 

「ふふん、何をするつもりか知らないが・・・この霧がある限り、外には出れないぞ。これはある種の隔離空間のような効果も持っているからな!」

「・・・へぇ、それは良いことを聞いたね」

 

 

4(クゥァルトゥム)が、歩を進めて小娘に近付いていきます。

その右腕には、炎が渦巻いています・・・どうやら右手の指輪から吹き出ているようですが、5(クゥィントゥム)が溜息を吐いています。

 

 

「つまり、ここでは何をしてもバレないんだろう?」

「へ?」

 

 

小娘が間抜けな声を出した次の瞬間、4(クゥァルトゥム)の右腕が炎に覆われました。

それは次第に大剣の形になり・・・4(クゥァルトゥム)は躊躇なくそれを振り下ろします。

ヂリヂリと空気を焼きながら―――――それが小娘に叩きつけられました。

 

 

「どおおぉおおおっ!?」

 

 

両腕の手甲を頭上に掲げて防ぎますが、その程度で魔装兵具『燃え盛る(グラディウス・ディウィヌス)炎の神剣(・フランマエ・アルデンティス)』は防げません。

手甲が溶けて・・・小娘がそれを捨てて逃げに徹しなければ、手甲ごと身体が消滅していたでしょう。

 

 

「な・・・ちょ、お前も規格外か! ナギ・スプリングフィールドかって・・・げふぁっ!?」

「意味がわからないね」

 

 

小娘の身体の真ん中を貫いたのは、5(クゥィントゥム)の魔装兵具『轟き渡る雷の神槍(グングナール)』です。

どうやら、あの小娘に付き合うのも疲れたようですね。

迸る雷の衝撃に、小娘が悲鳴を上げます。

 

 

正直な所、聞くに堪えませんので・・・静かにさせましょう。

ふわり・・・と、槍に穿たれた小娘の頭上に跳び、右手を掲げます。

 

 

――――――魔装兵具。

 

 

「『凍て尽くす氷の神鎌』」

 

 

右手に握った大鎌で、S-06とか言う小娘を斬る。

他の2人と違って、私は対象を焼いたり貫いたりなどと言う美しくないことはしません。

凍らせて、保存し封印する。

それだけです。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

僕が踏み込めば下がり、逆に僕が下がれば踏み込んでくる。

右に戦い、左に守り・・・良く動く。

黒髪の男は、剣士としては大した腕前をしているよ。

ただ、惜しむらくは・・・。

 

 

僕は別に、剣士では無いと言うことだね。

故に剣士同士の戦いでは無い、加えて言えば勝敗は単純な実力で決まる。

 

 

「当たらないね」

 

 

冷やかに事実を告げてあげると、彼の歯ぎしりの音が聞こえた気がした。

僕は息一つ乱していないけれど、彼はすでに肩で息をしている。

別にそこまで長い間、戦っていたわけじゃない・・・せいぜい、2分程度だ。

 

 

体力が無いのか、あるいはどこか具合でも悪いのかもしれないね。

だけど、そんなことは僕が考慮してあげることじゃない。

 

 

「そろそろ、行くよ」

 

 

告げると同時に、左腕を振るう。

彼が右手に持っている剣が、半ばから切断された。

切り裂いたのはもちろん、『千刃黒曜剣』。

 

 

「キミの仲間の骨でできていると言うその剣が無くなった時が、最後だよ」

「・・・っ!」

 

 

右腕を振るう、彼が左手に持っている剣が、半ばから切断された。

白い骨の刃が、クルクルと回転しながら宙を舞う。

それを交互に3度繰り返した時には、彼の剣の刃は全て失われてしまった。

 

 

それでも、彼は僕に対する抵抗をやめようとはしない。

蹴りを入れ、両腕を振るう。

無数の『千刃黒曜剣』が飛び、僕の蹴りで吹き飛ばされた彼の身体に、黒曜剣が突き刺さって行く。

右胸、左肩、左脇腹、右太腿、左足首・・・。

 

 

「かっ・・・はぁっ!?」

 

 

黒髪の男は壁に縫い付けられると、脱力したように動かなくなった。

アレだけやって動けるとなると、逆にどうかと思うけどね。

彼の身体から、赤い液体が流れ落ちて・・・まるでそれに合わせるように、霧が晴れてきた。

・・・彼の意識の有る無しが、霧の発生条件なのかな。

 

 

「・・・思ったよりも、時間がかかってしまったね」

 

 

2分半って所かな。

頭上を見上げると、意外と近い位置に屋上へと続く穴が開いていた。

早く、アリアの所に戻るとしよう。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)4(クゥァルトゥム)達に、僕の役目を横取りされるわけにもしかないしね。

 

 

「・・・アイネ・・・」

 

 

不意に掠れるような声が聞こえた気がして、僕は一瞬だけ足を止めた。

だけど、それは一瞬だけで・・・振り向こうともしなかった。

 

 

・・・今、行くよ。

アリア。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・そんな話をして、私に何をしてほしいのですか?」

「助けてほしい」

 

 

アイネさんの話は、簡潔にして明瞭でした。

しかも、聞き間違えようも無い事実として、私の耳に残ります。

アイネさんが私と話したいと言った後の1分間にした話は、たった一つ。

 

 

エリジウム大陸に点在する彼女の同胞を、私に保護してほしいと。

 

 

シレニウムに1つ、ゼフィーリアに1つ、セブレイニアに1つ、グラニクス近郊に2つ、そしてエリジウム大陸域外のフォエニクスに1つ・・・合計6か所の研究所。

それぞれに合わせて数十名・・・彼女の同胞がいるそうです。

まぁ、研究所が一つしかないと言うのも、妙な話かもしれませんが。

ここ5年で新たに作られた物なので、メガロメセンブリアに残されたデータベースにも存在は記載されていない、そんな研究施設。

 

 

「私達は、自力ではカプセルの外に出られません。外に出れば体内に仕込まれた崩壊因子が作動して、短期間で死に至ります・・・カプセルの外で私の同胞が生きれる方法を、貴女に探してほしいのです」

「・・・」

「私達には、彼らを助けることができません」

 

 

・・・まぁ、わからないでもありません。

しかし、だからと言ってどうして私が彼女の同胞を助けなければならないのでしょうか。

 

 

「・・・テロリスト風情の頼みを、何故、私が聞かねばならないのです・・・?」

 

 

ここで彼女の要求を聞くと言うことは、ウェスペルタティア女王がテロリストと対等の立場で話し、かつテロリストの要求を飲んだことになります。

研究所の所在地に帝国の統治領域が含まれる以上、帝国に事情を話さねばなりません。

アリアドネーや他の各国にも、事情を話さなければならないでしょう。

 

 

どう説明するのですか、テロリストに屈しましたと?

できるわけがありません。

 

 

「第一・・・今回の災禍についてはともかく、今回の戦争の原因が貴女達にあると言うことを、自覚しているのですか?」

「エリジウム大陸が新メセンブリーナの支配下にある限り、私達は自由になれませんでした。そして私達には連合を倒せる程の力はありません。今の評議員を皆殺しにしただけでは、代わりの誰かが立つだけで・・・何も変わりません」

 

 

そんな理屈はわかっています。

5年前ならいざ知らず、今の私は理屈だけで動ける程、気軽な立場ではありません。

優しさや同情では、女王と言うお仕事はやれないんです。

何よりも。

 

 

「・・・私の同胞(へいし)を多く死なせるような状況を作った貴女のために、貴女の同胞を救えと?」

 

 

開戦の決断をしたのは私で、王国軍の兵士の死に対して責任を持つのも私です。

将来はともかく、今のウェスペルタティアは専制君主である私に全ての権限が集中しています。

だから、全ての責任は最終的に私が取らねばなりません。

私の命令で戦い、死んで行った私の同胞。

 

 

そんな私が、王国に対してテロを仕掛け、戦争に陥るような状況を作った目の前の少女のために動く?

冗談じゃ、ありません・・・済みません。

そんなことをして、私は今回の戦争の犠牲者にどう顔向けができると言うのでしょうか。

 

 

ああ・・・思い出しました、誰かに似ていると思えば。

5年前、私に王女の責務を押し付けて死んだ、オストラ伯に似ているんですね。

あの人も、時間と手段の欠乏を訴えていたような気がしますが・・・。

・・・だからどうした。

 

 

「アリア!」

 

 

その時、聞き慣れた声が響きました。

気が付けば・・・周囲に立ち込めていた霧が、いつの間にか霧散していました。

それを確認した私は、アイネさんの前から数歩、横に移動します。

 

 

まずエヴァさんが私とアイネさんの間に着地し、次いでフェイトが私の傍に。

茶々丸さんや6(セクストゥム)さん達も、続々と下の階層から上に上がって来ます。

アイネさんは5分と言っていましたが、3分も経っていないでしょう。

 

 

「遅れて、すまない」

「・・・いいえ、ちっとも」

 

 

フェイトの言葉に、軽く返します。

そんな私達を見ていたアイネさんは、ただ一言。

 

 

「・・・羨ましいな・・・」

 

 

とだけ、言いました。

・・・羨ましい・・・?

 

 

タァ・・・ンッ・・・ッ!

 

 

羨ましいと言うのであれば、貴女が自分でやれば良い。

自分で、女王にでも皇帝にでも、なってみせれば良い。

私は・・・正義の味方じゃ無い。

 

 

悪の魔法使いで・・・悪の、女王だ。

 

 

 

 

 

Side アイネ・アインフュールング・「エンテオフュシア」

 

乾いた音と共に、肩のあたりに衝撃を感じました。

衝撃自体は重い物では無く、むしろ呆れる程の軽さ。

 

 

「・・・ぁ・・・」

 

 

口から漏れたのは、言葉では無く吐息。

もはや私の身体には感覚が残っていないので、特に痛みは覚えません。

自分の身体の感覚が自分の意思の下に無いことを、こんな場面で確認することになるなんて。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

右肩に続いて、右足の太腿を撃ち抜かれます。

ぷしっ・・・と血が噴き出し、私はその場に膝をつきます。

見た目は鋭く、派手な負傷に見えますが、その実、出血量は少ないのです。

 

 

理由は二つ、第一に重要な血管や臓器を傷付けずに撃ち抜かれていること。

第二に、弾丸自体に火属性の効果が付与されており、傷が焼かれて塞がっていること。

狙撃。

それも、人間離れした驚異的な狙撃。

視線だけ動かして、かなり離れた位置にある、右斜め前方に残るビルを見ます。

そこに、一瞬だけ何かが煌めいた気がしました。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

左足のふくらはぎを撃ち抜かれて、私はその場に座り込むような体勢にならざるを得ませんでした。

顔を上げると、私はまるでオリジナルに跪いているかのよう。

いえ、跪くのは構わない。

だけど。

 

 

「・・・見捨てないで・・・」

 

 

慈悲を請うように、手を伸ばします。

オリジナルの臣下が、3分と待たずに全て戻って来たということは、私の仲間は全て敗れたと言うこと。

いえ、敗れることはわかっていました。

私達の目的は、3つ。

 

 

第一に、新メセンブリーナの崩壊、これは復讐。

第二に、カプセルで眠る同胞の助命、これは共感。

第三に、上記の2つの条件を私達の寿命の内に満たすこと。

 

 

私達には、時間と手段が無かった。

第一と第二の、いずれか一つだけを取ることはできなかった。

他の仲間には、疑似的な感情はあっても自我がありません。

同胞を救うと言っても、理解はできないでしょう。

一方で私には自我があっても、エリジウムの外に移動できない制約がある。

 

 

でもそれは、私達の・・・私の都合。

だから言わない、だから私は、ただオリジナルにこう言う。

私達以外の同胞を。

 

 

「見捨てないで」

 

 

それに対して、オリジナルは。

 

 

「私が慈悲をかける相手は、私の家族と仲間と友人と・・・民だけです」

 

 

そして、砂時計の砂が落ち切ったように。

 

 

「私は、正義の味方ではありませんから」

「・・・」

 

 

私は、微笑みを浮かべます。

助けてくれる条件を、オリジナルが言ったから。

そして私達「Ⅰ」は、どうしようも無く卑劣で弱小な私達は、その中には入らない。

た・・・。

 

 

自分の物では無い鼓動の音が、身体の中から聞こえました。

 

 

そして、私の時間が終わります。

そこから先の時間は、私にはどうすることもできません。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

確か、アイネとか言う名前だったかな、興味は無いけれど。

まさに今、自分の狙撃によって右肩を撃ち抜いた少女の姿を視界に収めながら、そんなことを考える。

私は自分が狙撃する相手に、感情移入するような真似はしない。

何を思っていようと、何を求めていようと・・・知らないね。

 

 

ただ、狙い撃つだけだ。

冷静に、冷徹に・・・事態も状況も関係無く、自分の役目を遂行するだけ。

霧が晴れた次の瞬間には、引き金を引いていた。

アリア先生も数歩移動して・・・私の狙撃のスペースを確保してくれていた。

了解したよ、女王陛下。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

2発目で、右足を撃ち抜く。

アイネとか言うテロリストの頭目が、膝を吐く。

しかし、殺してしまうような真似はしない。

 

 

「頭をトマトのようにしてやった方が、楽なんだけどね」

 

 

そう呟きつつ、私はスコープから左眼を離さない。

何百m離れていようとも、私の眼からは逃れられない。

 

 

使用している銃はオートマチック型狙撃銃の『WA-2000』、ブルパップ方式のレイアウト、バイポッドが銃身の上のフレームに繋がって銃身をぶら下げる構造になっている。

まぁ、独特のシルエットと言えるのかな。

世界に76丁しか存在しない、貴重な狙撃銃さ・・・アリア先生は本当に金払いが良くて助かる。

傭兵冥利に尽きるよ。

 

 

ちなみに、使用している銃弾は狙撃用大口径弾の『300 WIN MAGNUM』。

弾頭内に呪物を封入しいて、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』相当の弾を撃てる。

射程距離? 見ての通りさ。

 

 

タァ・・・ン・・・ッ!

 

 

3発目、崩れかけたアイネとか言う少女の左足を撃ち抜く。

これだけやれば、死なない範囲で無力化はできたと思う。

何か手を伸ばしているけど、興味が無いな。

 

 

スコープから目を離さないまま、狙撃した対象の様子を観察する。

何か妙な動きをすれば、また撃つことになるけど・・・。

 

 

「・・・うん?」

 

 

ふと、左眼の魔眼に妙な感覚が走った。

感覚と言うより・・・いや、それ以前に。

 

 

アイネとか言う少女の様子が、どこかおかしい気がする。

見た目には、特に変化が無いようにも見えるが。

だけど私の魔眼は、その変化を確実に捉えている。

アレは・・・。

 

 

「・・・おいおい・・・」

 

 

勘弁してくれよ・・・どこかのB級映画じゃないんだ。

身体の中に・・・何を飼っていたんだか・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

幸いと言うか、何と言うか。

ここには、多少のグロい現場を見ても騒ぐような初心な素人はいない。

とは言え、だからと言って平然としていられるかと言うと、また別問題だが。

 

 

「・・・こふっ・・・」

 

 

空気が漏れる音と共に、アイネとか言う小娘の口から一握り程の量の血が溢れ出る。

もちろん、真名の狙撃で致命傷を負ったわけじゃない。

と言うよりも、私の吸血鬼としての嗅覚が告げている。

 

 

この娘は、すでに死人だ。

 

 

先程まで確かに生きていたのに、物の数秒で死人の匂いを放つようになった。

生物学上、あり得ないことだ。

だが旧世界でのコイツの仲間は、力尽きる時に砂になって消えたと聞く。

私がさっき倒した奴も、同じように砂になって消えた。

オスティアで4番目の小僧が倒した奴も、同じだと聞いている。

つまりコイツらが死ぬ際には、突然死、と言う形を取ると言うことか。

 

 

「・・・悪趣味だね」

 

 

そう言って、若造(フェイト)がアリアの視界を遮るように前に出て、私の横に立つ。

まぁ、否定はしないが・・・視線を、前に戻す。

 

 

腕。

小娘の右肩の傷口から、腕が一本、突き出ていた。

小娘自身はすでに死んでいるから、悲鳴を上げたりはしない。

それだけが、まぁ、救いのような気もする。

 

 

「・・・ウフフ・・・」

 

 

その時、死んでいるはずの小娘の口から、かすかな笑い声が漏れた。

だが、小娘の声では無い。

 

 

ドプッ・・・と、小娘の下腹部が裂けて肉が飛び散り、血が溢れ出る。

内臓の欠片のような物がビチャビチャと音を立てて床に落ちる様は、なかなかにグロいな。

ブチブチと音を立てて、小娘の右肩から突き出ていた白くて細い手が、肉と骨を裂き、折りながら腹部へと移動する。

そして、小娘の身体が弓なりにのけ反った、次の瞬間。

 

 

腹部からもう一本の腕が飛び出し、小娘の腹を引き裂いた。

 

 

両手で肉を掴み、両側に引き千切って。

血と肉と、内臓と体液を撒き散らしながら、小娘の身体が捨てられた抜け殻のように力無く、その場に倒れる。

・・・まぁ、アレが「身体」と言えるかは、微妙だがな。

 

 

「・・・ウフフ・・・」

 

 

その小さな笑い声は、今度は小娘の口から漏れた物では無い。

小娘はもう、何も言わないし願わない。

笑い声を漏らしているのは、別の存在だ。

 

 

「・・・初めマシて、と申し上げルベきでショうか・・・」

 

 

小娘の血を服のように纏いながら、小柄な10歳程度の娘がその場に立っている。

血に染まった白い肌には、無数の黒い紋様が刻まれている。

床にまで伸びた黒髪には血肉がこびり付き、血色の瞳を妖しげに輝かせながら。

どこかで見た覚えのあるその娘は、一ヵ所だけ以前とは異なる点がある。

 

 

「私は、エルザ・・・」

 

 

右眼の色が、深い蒼に変わっている。

・・・アリアの瞳と、同じ色だ。

 

 

「エルザ・アーウェルンクス・『エンテオフュシア』」

 

 

・・・気に入らんな。

死にぞこないの、雑魚が。

 

 

 

 

 

Side エルザ・アーウェルンクス・「エンテオフュシア」

 

新しい身体は、ことのほか使い勝手が良いようです。

5年前にお父様と一つになってからの記憶がありませんが、A-00――――アイネとか名乗っていたらしいですが―――の特異な能力によって、再生は上手くいきました。

 

 

A-00の脳に刻まれていた記憶から、大方の予測はできています。

私の「核」・・・お父様の心臓と融合した「核」を、食べたのですね。

そしてその瞬間から、A-00は私のお人形。

随分と抵抗したようですけれど、まぁ、無益なことでしたね。

私とお父様の睦言に混ざれたのですから、感謝すれば良いのに。

 

 

「うン・・・んっ、んんっ・・・うん、外の空気は良いですね」

 

 

言語野の調子がズレていましたが、何とか修正。

久しぶりに意味のある言語を話しましたから、本調子では無かったのでしょう。

 

 

ああ・・・それにしても、お父様と一つになったあの瞬間は、とても良かった。

衝動のままに抱き抱かれ、肌と肉を合わせて喰らい喰らわれ、愛のままに繋がり合う。

痛みと快楽と、そしてそれを超える混濁した意識の中で。

私の嬌声とお父様の悲鳴が重なる瞬間を、私は今でも覚えています。

と言うより、今も・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

目前に居並ぶ人達が、息を飲む音が聞こえます。

視線の先には、剥き出しの私の腹部。

そこはまるで生きているように・・・ボコボコと動き、人の顔のような物が浮かび上がりました。

 

 

「んふっ・・・」

 

 

私が唇の端を舌で舐めると、鉄の味がします。

指先で撫でてあげると、その顔・・・お父様は大人しくなって、私の中へ戻りました。

・・・可愛いお方・・・。

 

 

しかし、それにしても・・・と、私は目の前にいる人達を眺めやります。

・・・A-00も、存外と役に立ちませんでしたね。

 

 

「街ごと燃やせば、皆殺しにできると思ったんですけどね・・・わざわざ5年前の面子が揃うように計画してあげたのに・・・」

「・・・どう言うことですか?」

 

 

銀髪の小娘が何か気に障ったような口ぶりですが、知ったことではありませんね。

本当に役に立たない・・・偽物の自我を与えて、自分の行動を自分の考えだと錯覚させたせいでしょうか?

お父様を放ってこの世の春を謳歌していた議員は、皆殺しにしてくれたのですが。

まさか、同胞を助けたいなどと思うようになるとは。

自我を与えずに、私が直接A-00の行動を操作した方が確実でしたか。

 

 

お父様のことを忘れて存在する連合が崩壊するのは良いとしても、それ以外に殺しはしないし。

何のためにオスティアに刺客を送りこませたのか、わかりゃしない・・・。

あの銀髪の小娘を、殺すためでしょうに。

グラニクスの地下のアレについては、完成しているとは思いませんでしたが。

まぁ、良いですね、だってお父様の愛が欲しいのですから。

 

 

私がお父様に愛されるためなら、千や万の人間が死のうがどうでも良いです。

重要なのは、お父様の愛。

それ以外は、ゴミだ。

 

 

「まぁ、良いですか・・・街の一つや二つ、次は上手く殺せるでしょう」

 

 

とりあえず、そう納得することにします。

今は、新しい身体の具合を・・・。

 

 

「一つだけ問います」

 

 

銀髪の小娘が、何かを言っています。

 

 

「今回の件の原因は、貴女ですか?」

「いいえ、違います」

 

 

お父様に中身を掻き回される感触に内心、悶えつつ・・・答えてあげます。

何もわかっていない、無知で本当の愛を知らない銀髪の小娘に。

 

 

「全ては、私とお父様の愛の結果です」

 

 

そう、コレは私とお父様が愛し合った結果。

あまりにも激しい営みに、周囲が勝手に錯乱して連鎖しただけ。

だと言うのに。

 

 

「・・・そうですか」

 

 

静かな口ぶりとは裏腹に、銀髪の小娘の両の瞳が紅く輝いていました。

・・・わかっていませんね。

愛こそが、全てだと言うのに。

 

 

これだから、お父様の愛を理解できない俗物は。

 

 

 

 

 

Side アリア・アナスタシア・<エンテオフュシア>

 

原因になった人間が誰かなどと言うのは、結局のところはどうでも良い話です。

誰が原因であろうと、結果は変わりませんから。

それに、ようするに・・・。

 

 

「5年前の宿題のやり残しだったと、そう言うわけだな」

 

 

エヴァさんの言葉に、頷きを返します。

今回の件は、5年前に留保した―――5年前にはその力が無かった―――ことの、清算のためのことだったと。

そう言うことでしょう。

 

 

旧メガロメセンブリア元老院・・・現新メセンブリーナ連合評議会。

旧元老院が残した負の遺産・・・「Ⅰ」と研究所。

それと、ネギ・・・。

そして今、私の目の前にいる・・・エルザ。

今や私と同じ姓を名乗っている、フェイトの姉に当たる人物。

 

 

「・・・元教師として、宿題忘れをするわけにはいきませんね」

「わかった・・・まぁ、任せておけ」

 

 

チャキッ、と支援魔導機械(デバイス)を構えて、エヴァさんが前に出ました。

 

 

「そもそも、アレは私が仕留め損ねたわけだからな」

「ふん・・・吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)ですか」

「うん? 逃げなくて良いのか、逃がすつもりは無いが・・・5年前と同じような無様を晒したいようだな」

「・・・・・・あの時と同じだとは思わないことですね」

 

 

エルザさんの身体中の紋様が輝き、周囲の精霊がザワめくのが『複写眼(アルファ・スティグマ)』に映っています。

アレは・・・。

 

 

「元々、この紋様・・・<呪紋>は、魔法の使えない環境下で魔法を使うために設計された物。故に私は、今のこの世界でも・・・魔法を使える!」

 

 

紋様・・・<呪紋>に刻まれた力は、火属性の魔法。

脳裏に浮かぶのは、未来から来た私の生徒。

言ってしまえば、彼女は自分の身体を支援魔導機械(デバイス)に改造していたとも言えます。

 

 

「『紅き焰(フラグランテイア・ルビカンス)』」

 

 

放たれたそれは、久しぶりに見る魔法の炎。

分厚い柱のようなそれが、私めがけて放たれました。

しかし、やはり5年前ほどの威力は無い。

加えて私には、『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』があります。

そう思い、腕を伸ばすと・・・。

 

 

その一撃が私に届く前に、弾き消されてしまいました。

バシンッ・・・とそれを弾いたのは。

 

 

「ふん・・・欠陥品が」

「女王陛下(あねうえ)に手を出すのなら・・・実力で排除する」

 

 

クゥァルトゥムさんと、クゥィントゥムさんでした。

お互いの片手を重ねるようにして、エルザの攻撃を撃ち消したようです。

赤い指輪と黒いチョーカー、2人の支援魔導機械(デバイス)がかすかに輝いています。

それに対して、エルザは舌打ち一つ。

 

 

「・・・悪いけど」

「ひゃ?」

 

 

ぐっ・・・と私の肩を抱くようにしながら、フェイトが言います。

私の周囲に、十数本の黒い剣が浮かび上がっています。

 

 

「アリアは、キミに構っていられる程、暇じゃ無いんだ」

「珍しく意見が合ったな、若造(フェイト)・・・女王が出る幕じゃ無い」

 

 

エヴァさんは機嫌良さそうに笑った後、右手の支援魔導機械(デバイス)を一振りして。

 

 

「さて、ゴミ掃除と行こうか、小僧共」

 

 

そう、言いました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

アリアの肩を抱いたまま、僕自身は動かない。

さっきのようなことにならないとも限らないから、傍にいることにしよう。

服を来ていない女性と戦うのは、遠慮したい所だしね。

 

 

「あの・・・」

「何?」

「・・・別に」

「そう」

 

 

そんな短い会話をする間にも、目前の状況は動いている。

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)が主に相手をしているのだけど、4(クゥァルトゥム)5(クゥィントゥム)も戦闘に参加している。

それと・・・。

 

 

「通しません」

 

 

僕達の前に立って、6(セクストゥム)が戦闘の余波を防いでいる。

後方は茶々丸と田中で固められて、遠距離からは龍宮真名が目を光らせている。

・・・思うに、この世界でアリアほど守りの固い存在はいないんじゃないかな。

 

 

それと、どう言う理屈かは知らないけれど、あのエルザ・・・元2番目。

生まれ落ちたばかりのあの存在は、どうも調子が悪いらしいね。

それとも、アレが全力なのかな。

 

 

「こ・・・っ!」

 

 

チョーカー型の支援魔導機械(デバイス)・・・『頭の中の小さき人(ホムルスインセレブロ)』を使用している5(クゥィントゥム)の動きに、元2番目(エルザ)はついていけないみたいだ。

頭の中の小さき人(ホムルスインセレブロ)』は雷化には及ばない物の、ある程度の身体強化・思考加速を行うことができる。

 

 

5(クゥィントゥム)元2番目(エルザ)の頭に右足の踵を叩きつけて、直後には下に回り込んで顎を左肘で打ち上げる。

普通の人間なら、それで意識が飛んでいるだろう。

 

 

「・・・のっ!!」

 

 

元2番目(エルザ)は右腕に火属性の魔法の矢を纏わせると、それを5(クゥィントゥム)目がけて振り下ろす。

だが、それは4(クゥァルトゥム)が止める。

炎を纏った腕を掴み・・・逆に、その炎を奪っている。

やはり、以前ほどの威力のある魔法は使えない、か。

 

 

「あの赤い髪の女が、似たようなことをするんでね」

「何を・・・っ!?」

「だから・・・殴り方も用意しているよ。次に会ったら、躾けてやりたいんで・・・ね!」

 

 

右手の指輪が砕けると同時に、4(クゥァルトゥム)元2番目(エルザ)の顔面を殴り飛ばした。

上半身をのけ反らせて、元2番目(エルザ)が吹き飛ばされる。

・・・結果として、4(クゥァルトゥム)は支援魔導機械(デバイス)を壊したけどね。

アーニャを躾ける前に、セリオナに躾けられることだろうね。

 

 

 

 

 

Side エルザ

 

ズンッ・・・と、吸血鬼の右膝が、私の腹部を打ちます。

かふっ・・・と、口から息が漏れる。

 

 

「な、何故・・・!?」

 

 

髪を掴まれ、今度は左膝が顔を打つ。

それから背後に回り込めて打ち上げられ、浮き上った所を、さらに前に回り込んだ吸血鬼が拳を打ち込んできます。

何故・・・魔法が。

 

 

「魔法が、使えないのに・・・私は使える、なのに何故!」

「何だ、お前も魔法の有無が勝敗に直結すると思うタイプか? 俗物だな」

 

 

せせら笑うかのようなその口調が、酷く勘に障ります。

5年前も、そうでした。

だが、5年前に比べて魔法が使えない分、弱体化しているはずなのに。

だと、言うのに・・・!

 

 

「お前の力は、弱くなっているはずなのに・・・何故だ!?」

「貴様が強くなっていないからだろ」

 

 

冷たく言い放って、吸血鬼が右腕を振り下ろします。

奇妙なガントレットの先から生まれた何かが、左肩に叩きつけられました。

 

 

私の左腕が、宙を舞った。

 

 

くるくると回転し、そして空中で砂になって消えたそれを、私は凝視します。

砂になって、消える・・・畜生、本物の人間の肉じゃないから。

 

 

「ふん・・・核を壊さなければならないのかと思ったが、そうでも無いらしいな」

 

 

どこか愉快そうに、吸血鬼が笑う。

ゾクンッ・・・背筋に寒い物を感じて、私はこの広い軍施設の屋上の端―――吸血鬼達がいるのとは反対の―――にまで、下がります。

斬られた左腕の傷口からは、血も流れない。

その代わり・・・ボコボコと肉が動いたかと思うと、次第に腕の形に変わり・・・再生しました。

 

 

それに、私は狂気しました。

やはり私は、お父様に愛されているのです・・・!

 

 

「何だ、やはり核を潰さねばならないのか」

「ふ、ふふ・・・うふふ・・・」

 

 

どうやらこの状況では、銀髪の小娘を殺すのは無理そうですね。

お父様の願い、この場では叶えられないようです。

 

 

「ラスオーリオ・リーゼ・リ・リル・マギステル・・・」

 

 

口の中で<呪紋>コードを呟くと、私の身体の紋様が輝きを強めます。

・・・仕方がありません、逃げるとしましょう。

 

 

契約に従い(ト・シュンボライオン)我に従え(ディアーコネート・モイ・)炎の覇王(ホ・テユラネ・フロゴス)来れ(エピゲネーテートー)浄化の炎(フロクス・カタルセオース)燃え盛る(フロギネー・オンファイア)ほとばしれよ(レウサントーン)ソドムを焼きし(ピュール・カイテイオン)火と硫黄(ハ・エペフレゴン・ソドマ)罪ありし者を(ハマルトートウス)死の塵に(エイス・クーン・タナトゥ)―――――。

 

 

魔法を完成させて顔を上げると、吸血鬼達も私の意図に気付いたようですが、もう遅い。

・・・楽しかったですよ?

 

 

「『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』」

 

 

5年前に比べれば威力は劣るのは仕方が無いにしても、炎熱系最大の爆発力を誇るこの魔法。

これで奴らごと軍施設を破壊し、その間に逃げさせて頂きます。

後は、適当な人間を襲って服でも金でも奪えば良い・・・。

 

 

ガシュンッ!

 

 

・・・はず、が。

発動しかけた魔法が、突然、掻き消されてしまいました。

爆発は起こりましたが、炎が拡散せずに散ってしまったのです。

不完全燃焼でも起こしたように、煙だけが周囲に充満して・・・ザンッ、と私の前に現れたのは。

左眼を紅く輝かせた、銀髪の小娘――――――。

 

 

「『全てを喰らい―――』」

「き・・・!」

「『―――そして、放つ』」

 

 

顎の骨が砕かれました。

下から跳ね上げられた銀髪の小娘の左足が、私を打ち上げて・・・く・・・っ!

止むを得ません、このまま逃走を図・・・!?

 

 

とんっ、と着地したそこは、変わらず銀髪の小娘の前。

数mは移動したはずなのに、どう言うわけで・・・周囲には煙が、いえ、これは・・・。

 

 

『霧』?

 

 

と、逃走できな・・・そんな!?

次の瞬間、黒い剣が私の両腕を斬り飛ばしました。

銀髪の小娘の腰を抱くように引き寄せているのは、どこか憮然としている3(テルティウム)

そして。

 

 

ズン・・・!

 

 

鈍い音を立てて、私の胸に腕を突き刺したのは、金髪の吸血鬼。

ま、な・・・ま・・・やめえええええええええぇぇぇぇぇぇぇ――――――――――――――。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「これが、核か・・・悪趣味だな」

 

 

エヴァさんが持っているそれは、とても気持ちの悪い肉の塊でした。

エルザの胸から引き摺りだしたそれは、一見、赤い宝石のようにも見えます。

ですが・・・血管が浮き出て、しかも人間の顔―――少女と中年の男性の顔―――が浮かんでは消えて行くそれは、とても宝石とは思えません。

 

 

エヴァさんは興味も無いようで、バチュッ、と嫌な音を立てて、それを握り潰しました。

すると、床に倒れていたエルザさんの身体が、砂になって風に吹かれて・・・消えます。

ヒリヒリと痛む右手を軽く擦りつつ、私はそれを静かに見つめています。

本当は、5年前にこうしておくべきだったのでしょうけどね・・・。

 

 

・・・そう言えば、アーウェルンクスシリーズの核を見るのは初めてですね。

フェイトのは、どんなのですかね・・・などと思っていると、不意に右手を取られました。

 

 

「アリア」

「は、はい・・・?」

 

 

あ、あれ?

フェイト、何故かご機嫌ナナメ・・・っぽくないですか?

な、何で?

 

 

フェイトは、私の右手をじっと見つめています。

掌が若干、赤くなっています・・・まぁ、一回焼けたんですけど。

・・・どうでも良いですが、腰を抱きながら手を掴まないでくれます・・・?

 

 

「・・・火傷」

「え、あ・・・大丈夫ですよ、魔眼で再生もしましたし・・・」

「いや、そう言う問題じゃないだろ」

 

 

え、エヴァさんまでもが、咎めるような目で私を見ています。

いや、でも、『燃える天空(ウーラニア・フロゴーシス)』を防ぐ手段が他に思いつかなくて。

ここであんな威力の魔法を発動させたら、凄いことに・・・この軍施設周辺には、少なくない人数がいるのですから。

 

 

「だからって、お前なぁ・・・大体、火傷が残るってことは、身体に凄い圧力がかかったはずだろうが、どうやって防いだ?」

「え、ああ、それはたぶん・・・」

 

 

その時、私の片耳からイヤリングが床に落ちました。

宝石部分が割れたそれは、魔法障壁に特化した支援魔導機械(デバイス)。

フェイトからの、贈り物。

 

 

「コレが・・・守ってくれましたから」

 

 

にこっ、と笑いながらそう言うと、フェイトは私をじっと見つめて、エヴァさんは呆れたような表情を浮かべました。

何と言うか、「コイツ、本当にどうしてやろうか・・・」と考えているような顔です。

 

 

「アリア」

「はい?」

「後で覚えていろよ?」

 

 

・・・エヴァさんはいったい、私をどうするつもりなのでしょう。

そしてフェイトは、いつになったら私を離してくれるのでしょう。

 

 

「キミを離すと心臓に・・・核に悪いと言うことがわかった」

「それは否定せんが・・・なぁ、若造(フェイト)、私と代われ」

「断固拒否する」

 

 

・・・そうですか。

 

 

「・・・で、アレはどうする?」

 

 

エヴァさんが指差した先には・・・アイネさんだったモノ。

・・・別にどうもしませんよ。

 

 

「アイネさんのお願いを聞くのは、無理ですよ」

 

 

女王がテロリストの要求を飲むことは、できませんから。

でも、王国側の自発的な調査で王国の信託統治領内でそうした研究施設が見つかるかもしれませんね。

そして、そこに王国の信託統治領外の研究施設の情報があるかもしれません。

その場合は・・・別ですけど。

 

 

ふと、柔らかな感触を右手に感じました。

見てみると・・・フェイトが、赤く腫れている私の掌に、フェイトが軽く口付けていました。

私と視線が合うと・・・。

 

 

「帰ろうか」

「・・・はい」

 

 

・・・帰りましょう。

私達の国に。

 




エヴァンジェリン:
うむ、私だ。
量はあるが質は無い・・・今回の話はそんな感じだったな。
アリアはどうだか知らんが、私は「Ⅰ」が何をしたかったのか、良くわからん。
S-06とか言う奴以外は、全滅したしな・・・。
そのS-06も、6番目の小娘が凍らせたわけだし。
・・・まぁ、5年前に始末し損ねた奴を消せたから、とりあえず良しとすべきか。


今回初登場のアイテム等は、以下の通りだ。
・「頭の中の小さき人」:まーながるむ様提供だ。
・「300 WIN MAGNUM」「WA-2000」:伸様提供だ。
・「魔導剣・ワンオフ」:アイン様提供だ。
・「双水晶のペンダント」:フィー様提供だ。
ありがとう。


エヴァンジェリン:
次回は、戦後どうなったのかの話だな。
時間的には、2週間~3週間後の話になるのかな。
「Ⅰ」や連合の処理などが描かれるだろう。
あと、「完全なる世界」と・・・ぼーや。
では、またな。

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