魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第2話「新婚旅行・後編」

Side クルト

 

ははは、いや、どうしましょうね。

いえ、別に何か致命的なことになっているわけではありませんが、いずれ致命的なことになるかもしれませんね。

 

 

「ある意味、幸せ慣れしていなかったと言うことですかねぇ」

 

 

アリア様も、なかなかに匙加減が難しい方ですからね。

こう、極端から極端に走るのは、ご両親の血筋による物か生来の性格かはわかりませんがね。

・・・グリルパルツァー公爵領からの報告文書を燃やしてゴミ箱に捨てつつ、そんなことを考えます。

 

 

まぁ、旅行先ぐらいは好きなように過ごされれば良いとは思いますがね。

それ以前の東部3領の公式訪問に関しては非の打ちどころがありませんので、特には。

今はまだ、特には何もする必要はありませんが。

周囲を含めて、アリア様の構成物である以上・・・特には、今は、ね。

 

 

「・・・まぁ、私としてはどう転んでも、どうとでもなるんですがねぇ・・・」

 

 

宰相たる者、全体を俯瞰して打てる手を打っておく物ですから。

国璽と詔勅を司り、「女王陛下」を輔弼し、その代理人として王国全土を統治するのが、その役割の全て。

その気になれば、王国を私物化することもできる・・・私はしませんがね。

 

 

あのアーウェルンクスには有力なバックがいないので、外戚として権勢を振るう懸念がありません。

今の所はですがね・・・将来には将来の条件と言う物があるでしょう。

 

 

「ま・・・とりあえずは、随伴の近衛の待遇でも考えますかね・・・」

 

 

ボーナスでも休暇でも異動でも、状況と本人たちの希望次第ですかね。

まぁ、それは明日にでもどうにかするとして・・・。

 

 

「そろそろ・・・」

 

 

宰相の執務室から出て、しばらく歩くと尚書室が集まっている通路があります。

各省の尚書の仮の執務室が並ぶ場所でして、浮遊宮殿(フロートテンプル)の建設が終わるまでは、この状態ですか。

 

 

・・・で、私が向かうのはその内の一室。

コンコン、とノックするも・・・沈黙が返って来ました。

懐から小さな鍵を取り出して差し込み、特定のパスワードを入力して解錠。

 

 

「・・・まぁ、ここまで予測通りだと自分が怖くなりますねぇ」

 

 

工部尚書室には、ここぞとばかりに私が用意した一週間分の仕事に関する書類の山が。

そしてその山の中には・・・。

 

 

「ヨゥ、ゲーデル」

「・・・シュールですね」

 

 

天井から宙吊りにされた凶悪な人形と、机の上に残された一枚のメモ。

 

 

『親愛なる宰相閣下へ

 全部終わった、陛下を迎えに行ってくる。

 普通の事態はニッタン次官、緊急の事態は通信で私に。

 通信の座標? 宰相閣下が一番、良くおわかりかと。

                  貴方の工部尚書より。

 

 P.S.

 公爵閣下の身に何かが起こるかもしれません』

 

 

丁寧な文章の中に悪意と殺意といろいろな物が透けて見えますね。

・・・メモを燃やして証拠隠滅した後、凶悪人形(チャチャゼロ)さんを見上げます。

 

 

「バラしてしまったんですか?」

「ナイフコレクションヲヒトジチニトラレテ・・・ア、ソノショルイハシホウショウニ」

「・・・まぁ、仕事が終わってるなら、プライベートで何をしようと良いですがね」

 

 

パラパラと書類をめくりつつ、おそらくは一番理性的で良心的なチャチャゼロさんを相手に、そんな会話をします。

さぁて、どこまで私の予測通りになりますかね・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ホテル「アルベリュウム」には、小さいながらも庭があります。

良く手入れされた庭で、庭木を巧みに使って小さな迷路のように仕上げられています。

 

 

「左手は常に壁・・・なんて」

 

 

そんな馬鹿なことを言いながら、ひんやりとした朝の空気を胸一杯に吸い込みます。

何だか、まだ身体に昨夜の熱が残っているような気がして、冷たい空気がとても心地良いです。

紫がかった冬薔薇の混じった木のアーチをいくつか抜けると、小さな池がありました。

 

 

池と言っても人造の物で、透明な水の底には綺麗な石がいくつも並べられています。

何となく、しゃがみ込んで手を入れてみます。

 

 

「あ・・・お湯なんですね、流石は温泉地・・・」

 

 

池の水はお風呂と言う程ではありませんが、ぬるま湯のような温度でした。

足を入れてみたりすると、気持ち良いかもしれませんね。

キョロキョロと周囲を見渡しますが、貸切な上に早朝ですから、誰もおりません。

・・・靴を脱ぎまして、スカートの端を摘んで・・・。

 

 

「・・・何をしているの?」

 

 

・・・私がフリーズしました。

再起動までには時間がかかります、少々お待ちください・・・。

 

 

「・・・まぁ、僕はそれでも良いけど」

 

 

ポケットに手を入れて、じーっと私を見つめて来るフェイト。

そうですよね、私以外に自由に行動できる人がいたんですよね・・・。

何事も無かったかのように、私はスカートを直し、靴を履きます。

 

 

「おはようございます、フェイト」

「うん、おはよう、アリア」

 

 

先程、部屋で起きた時にも交わした言葉を、もう一度交わします。

再起動ですから、リスタートです。

やり直しです、つまり無かったことになります。

なるんです。

 

 

「・・・大丈夫?」

「大丈夫です。不思議なことを聞くフェイトですね」

「そう?」

「そうです」

 

 

何て会話をしつつ、フェイトと2人、手を繋いで庭を歩きます。

昨夜の余韻がまだ残っているのか、指を絡めて手を繋ぐと気恥ずかしいですが・・・。

 

 

「どこか、調子が悪いのかと思って」

「・・・意地悪です」

「謝る」

「仕方が無いので、許してあげます」

 

 

ふと上を見ると、庭木のアーチの隙間から、高くて青い空が広がっているのが見えました。

朝の澄んだ空気と、綺麗な庭。

隣にはフェイト。

・・・平和ですねぇ・・・。

 

 

「・・・仕事、したくなってきました」

「・・・アリア・・・」

「え・・・いや、ほらっ、風邪で一週間学校休んだら、無性に行きたくなったりすることってあるでしょ? そんな感じで、私もこう、ほらっ、なっちゃうんですよ」

 

 

私ってまだ専制君主ですから、私が仕事しないと、ね?

だからそんな、「どうしようかなこの子」みたいな目で見ないで・・・!

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

仕事をしなければならないのは、理解するけどね。

別に僕はそれを責めたことは無いよ、責められているように彼女がもし感じているのなら、それは内面の彼女自身が彼女を責めていると言うことになるんじゃないかな。

 

 

「・・・地底湖?」

「はい、この近くにございます」

 

 

パンと卵料理が中心の単調な朝食をとった後、コーヒーを持ってきてくれたメイドが、「ゼーレマ」と言う名前の地底湖の話を聞かせてくれた。

何でも、観光地の一種らしい。

 

 

このホテル近隣の山の地下一帯に広がる地底湖で、元々は鉱物資源の採掘が行われていたらしいけど、100年ほど前に大量の地下水が噴き出して、湖になってしまったのだとか。

 

 

「オンカ・アテーナの地上湖にも繋がっていて、新婚カップルの方にも人気のスポットなんですよ」

「・・・そう」

「ボートで中に入って、そのまま地上の湖に出るのが流行のコースで・・・」

 

 

・・・まぁ、僕は特に興味は無いけれど。

これまでと違ってこの旅行には特に予定を組んでいないので、どうしようかとは思うけどね。

 

 

むしろ、興味があるとすれば。

このメイドが、何故このタイミングで地底湖の話をするのかと言うことと。

コーヒーの味に、覚えがあることだね。

コーヒーの味が、暗殺やテロの可能性を否定している。

 

 

「・・・まぁ、良いのではないでしょうか。特にすることもありませんし」

 

 

おそらくは「新婚カップルに流行」と言う部分に惹かれたのか、アリアは特に嫌がりはしなかった。

・・・アリアはコーヒーに備えつけの砂糖とミルクを入れるからね、味の変化には疎い所がある。

ブラックでそのまま飲む僕だからこそ、わかるのだけどね。

特に教えようとも、思わないし。

 

 

「なら・・・行ってみるかい?」

「はい」

 

 

コーヒーを一口飲んだ後、アリアはしっとりと微笑んで地底湖へ行くことを了承した。

・・・うん、おそらくは気付いていない。

 

 

メイドに地底湖への行き方を訪ねているアリアを視界に収めつつ、僕は周囲を見渡した。

近衛達がテーブルを囲んで朝食をとっていて、何かを話し合っている。

それと、他のメイド達が固まっていて、アリアと話しているメイドをハラハラした目で見ている。

・・・ふむ。

 

 

「・・・フェイト、どうかしましたか?」

「・・・別に」

 

 

小首を傾げて尋ねてくるアリアに、僕は特に何も言わなかった。

アリアは不思議そうにしているけれど、僕はコーヒーに口を付けて何も言わない。

別に、言うことも無かったからね。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

どうもフェイトさんは何かに気付かれている様子、流石です。

私は昨夜からお2人の近くに控えているのですが、せっかくの時間に私がいてはお邪魔でしょうと言うことで、適度に距離を保っております。

 

 

事実上のステルスモードです、お2人を遠からず近からず、見守ります。

フェイトさんは、特には何かのアクションを起こそうとはしていないようですし・・・。

 

 

「き、緊張しました~」

「お疲れ様です」

 

 

地底湖情報をアリアさん達にリークしてくれたメイドに心ばかりのお礼を渡して、今度は近衛の方々とお話します。

何しろ、ことは近衛の方々の仕事の内容にも影響いたしますので・・・。

 

 

「・・・と言うわけで、より2人きりになれる状態を作り出そうと言う作戦なのですが、いかがでしょうか」

「我々としては、問題はありませんが・・・」

「精神的な問題を除けば、いかようにも」

「では、問題ありませんね」

「・・・茶々丸殿は意外とスパルタ・・・」

 

 

精神的な問題など、気の持ちようでどうとでもなります。

より重要なのは、お2人の新婚の思い出をクリエイトすることです。

そしてそれを記録することです。

抜かりは、ありません。

 

 

「ゼーレマ」の「ゼー」は昔の言語で「湖」の意味なので、つまりは「レマ湖」と言う名前です。

地下水が溢れだしてできた地底湖で、ほとんど手が加えられていない観光地。

小さなボートに乗ってゆったりとした時間を過ごせるので、新婚のカップルには人気があるのだそうです。

これは、乗らない手はありません。

 

 

「良いですか皆さん、我々は影です。現実に存在しない影なのです」

「承知しております」

「例えボートの上でお2人がどのような状態になろうとも、影は何も語らず何も聞こえません」

「承知しております」

「ん・・・ん、んんっ」

 

 

軽く咳払いをして、私は近衛の若い女性の方達を激励します。

 

 

「私達の目的は?」

「「「王室の安泰です!」」」

「そのためには?」

「「「お2人の仲を、促進!」」」

「必要なことは?」

「「「・・・我々の、忍耐です」」」

「はい、では今日も頑張りましょう」

「「「・・・了解・・・」」」

 

 

何故かテンションは上がらなかったようですが、意思統一はできました。

何しろ私は、姉さんや晴明さんやさよさんやクルト宰相やアリカ様やナギ様やスタン様、その他大勢の方々の期待と依頼と願いを背負ってここに来ているのです。

 

 

完璧を期す義務が、私にはあるのです。

・・・何より個人的に、早く見たいのです。

何が、とは、野暮ですので何も申しませんが。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

地底湖とやらは、ホテルから歩いて20分ほどの所にありました。

車やら箒やら何やらで移動するのもつまりませんので、フェイトと2人でのんびりと歩いて行くことにしました。

近衛の方々には、申し訳ありませんけどね。

 

 

でも何だかこの3日くらいは、酷くのんびりと過ごせているような気がします。

本当、平和ですねぇ・・・。

そして、隣には大好きな人。

・・・まぁ、今は後ろにいますけどね。

 

 

「・・・フェイトって、船頭もできたんですね・・・」

「大したことじゃないよ」

「・・・いえ、十分に凄いと思います・・・」

 

 

地底湖は旧坑道に水が入ってできた物とのことでしたが、思ったよりもずっと広かったです。

天井は、湖の浮かんだボートの5mほど上にあり、透明な水の底は見えないくらいです。

 

 

私達が乗っているボートは、長くて幅が狭いゴンドラのような形をしています。

一つのオールで動かすタイプのボートで、ボートの前面には鉄製の装飾があり、何故か苺の花が刻まれていますが・・・この鉄製の装飾が船頭の方とバランスを取る重りの役目を果たしているのですが。

今、その船頭の位置にフェイトがいます。

 

 

「・・・プロの船頭さんに任せれば良いのに」

 

 

若い男の方だったのですが、西洋系の顔立ちのナイスガイでして。

何故かフェイトが自分がやると静かに(それでいて極めて強硬に)主張しまして。

・・・隣に座って、ゆっくりしたかったんですが・・・。

でも・・・。

 

 

「・・・何?」

「何でも無いです」

 

 

でも、2人きりです。

船頭さんがいないので、ボートの上で、2人きりです。

もしかしたら、フェイトもそのあたりを考えてくれたのかもしれません。

なんて思ってしまうのは、贔屓でしょうか?

 

 

「・・・出るよ」

「え?」

 

 

いつもと変わらず、短いフェイトの言葉。

私はいつも、その短い言葉の意味を考えて、首を傾げなければなりません。

でも今回の場合、その意味はすぐに知れました。

 

 

元坑道と言うだけあって、地上に通じる穴がいくつもあるのですが・・・。

ボートが、そうした穴が多くある開けた空間に出ました。

これまでは川のようでしたが、今度はまさに湖のような場所で。

 

 

「わぁ・・・」

 

 

数十mの広大な空間の中で、紺碧の輝きが広がっていました。

白い岸壁が坑道の穴から漏れる太陽の光を反射し、それをさらに水中の石が反射して、底から青い光が生まれてきているかのような印象を受けます。

 

 

白い岸壁、透明な水、降り注ぐ太陽の光、神秘的な青・・・。

・・・とても、素敵です。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

聞く所によれば、ここには先々代のオスティア王も訪れたことがあるらしい。

つまりは、アリアの母方の祖父と言うことだね・・・先の大戦で当時の「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」と通じ、娘である先代女王のアリカに王位を奪われた。

 

 

関係性で言えば複雑だけど、事実としてみれば、別に不思議なことでも無い。

長いウェスペルタティア王家の歴史の中で、実の親子が王位を奪い合うなんてことは珍しいことじゃない。

・・・その意味では今のアリアの状況は、外から客観視すると危ないとも言えるね。

実の母親と王位を争うことになるのでは、と言う声も一部ではある。

 

 

「あ、そうです」

「うん・・・?」

 

 

青く輝く湖を過ぎて、再び緩やかな川に差し掛かった時、アリアが何かを思いついたようだった。

何をするのかと思えば、それまで僕に背を向けていたアリアがその場でくるりと回って、僕の方を見るようにして座り直した。

 

 

細いオールを手にボートを操作して立っている僕と、ボートの真ん中にちょこんと座り、はにかむように笑いながら僕を見上げるアリア。

 

 

「これなら、フェイトも見ながら、景色も楽しめますよね」

 

 

・・・いや、それはどうなのだろうか。

正直、そう思ったけど・・・特に何も言わなかった。

言ったとして、僕にどんなメリットがあるのかわからないしね。

実際、僕もアリアの顔が見えるようになったわけだしね。

 

 

湖は過ぎても、所々から太陽の光は漏れている。

地底湖は奥に行くほどに幅が狭くなるから、その分、青の色合いは深くなってくる。

より群青に近く、より深く・・・。

群青色は、ウェスペルタティアの色でもある。

 

 

「・・・綺麗だね」

「そうですね、本当に」

 

 

僕はいつも、アリアが美しいと思う時には、同じことを言っている。

でも、アリアはきっと気付いていない。

方向性の違いに・・・。

 

 

・・・そう言えば、結局の所、結婚式の時に身に着けていた「何か青い物(サムシング・ブルー)」については、今日までわからないままだったね。

アリアは、聞いても答えてくれないし。

と言うよりも、「も、もう見たじゃないですか・・・」と赤い顔で言うばかりで。

・・・ふむ?

 

 

「・・・アリア」

「はい、何でしょう?」

「・・・・・・何でも無い」

「・・・? 変なフェイトですね?」

 

 

まぁ、良いかな、別に大したことじゃないしね。

それにしても・・・アリアは最近、「変なフェイト」と言って、良く笑う。

理由はわからないけど、悪い気はしないね。

 

 

 

 

 

Side 環

 

「フェイト様達、帰ってくる・・・?」

「そーよ、帰ってくるの!」

 

 

ハタキ片手に別荘の中を駆け回る暦の言葉に、私はコクリと頷いた。

今夜は、フェイト様と女王陛下が戻ってくる。

あの2人のことだから、昨日の夜もきっとベタベタしてたと思う。

 

 

フェイト様があんなに女王陛下を大事に扱うのは、正直、驚いたけど。

フェイト様、ストイックだから。

でも、どこか納得できる私もいる。

フェイト様、とても優しいから。

 

 

「そんなコトは、今さら言われなくてもわかってんの!」

 

 

暦とかは、キーッて怒るけど。

でも、本当は怒って無いって、私にはわかる。

暦は、女王陛下のこともちゃんと好きだから。

 

 

・・・3年くらい前、私達に近付いてきた貴族がいた。

当時は、まだフェイト様と女王陛下は婚約状態だった。

その貴族は、私達のことを調べた上で・・・近付いてきた。

 

 

―――フェイト様を取り戻したくないか、いろいろと力になる―――

 

 

要約すると、そんなことを言ってきた貴族がいた。

今はもう、その貴族はいない。

何とかって言う伯爵だったけど、取り潰されて処刑されちゃった。

私達が、宰相さんに言ったから。

その後のことは宰相さんの仕事で、私達は良く知らない。

 

 

『舐めるんじゃないっての・・・!』

 

 

あの時の暦の言葉は、私達の気持ちを代弁してた。

私達はフェイト様に幸せになってほしいのであって、フェイト様を振り向かせたいわけじゃない。

そこを、取り違えないでほしい。

そこを取り違えられると・・・私達が惨め。

 

 

フェイト様の好きな人は、私達にとっても好きな人。

その人は、フェイト様を幸せにしてくれるから。

だから私達は・・・今でもフェイト様の傍に置いてもらえる。

 

 

「・・・お手つきも狙える・・・」

「何か言ったー? 環」

「・・・何でも無い」

「そうー?」

 

 

パタパタとフェイト様と女王陛下の寝室のダブルベットのシーツを取り替えてる環に、コクリと頷いて見せる。

・・・今日は良いけど、昨日は大変だった、シーツの取り替え。

痕が・・・残ってたから。

私達、乙女。

 

 

「・・・フェイト様、今、何してるかな」

「さぁー? どーせまた、女王陛下とイチャついてるんでしょ」

 

 

どこか拗ねたみたいに唇を尖らせて、暦が言う。

でも別に、不満そうじゃ無い。

私はそれに、何だか嬉しくなった。

暦も優しい、だから好き。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

地底湖を抜けた先には、森に囲まれた小さな湖がありました。

元々は坑道の別の出口だったらしい道から、ゆったりとした流れに乗って・・・。

今やのんびりと、湖の真ん中に浮かぶだけです。

 

 

「・・・穏やかですねー・・・」

「・・・そうだね」

 

 

上を見れば透けるような青い空、横を見れば緑豊かな森、下を見れば地底湖と水源を同じくする、透明度が高くて太陽の光で煌めく水・・・。

かすかに髪先を揺らす程度の風と、ゆったりと揺れるボート・・・。

・・・穏やかな、時間です。

昨年までの慌ただしさと忙しさが、嘘みたいに。

 

 

「・・・逆に、平和過ぎて怖いですよねー・・・」

「・・・貧乏性だね」

 

 

貧乏性って、そう言う使い方で合ってましたっけ?

と言うか、私のコレって貧乏性って言うんですかね・・・?

 

 

ふーむ・・・まぁ、良いですかね。

膝にかかる重みと、掌に感じるサラサラした感触で、頭が一杯ですし。

他のコトは、後で良いですよね・・・。

 

 

「・・・穏やかですねー・・・」

「・・・そうだね」

 

 

意味も無く同じ会話を繰り返しながら、私はフェイトの髪を撫でています。

ボートの中で器用に寝転んだフェイトは、私の膝の上に頭を乗せています。

現在、絶賛膝枕中です。

 

 

膝枕って、不思議ですよね。

何と言うか、くすぐったいと言うか・・・変な感じです。

頭を乗せられた箇所にかかる重みが、何故か心地良くて、恥ずかしくて。

でも・・・とても、愛おしくて。

 

 

「・・・」

 

 

特に会話があるわけじゃないのに、この時間がとても大切に思えます。

自然、私の手はフェイトの頭を撫でているわけで・・・。

 

 

不意に、頬にかすかな感触がありました。

フェイトが手を伸ばして、私の頬に触れているのです。

くすぐったくて、軽く首を竦めてしまいます。

 

 

「ちょっ、やめてくださ、ぃ・・・」

 

 

声が尻すぼみになっていったのは、フェイトの目が真剣だったから。

ふざけているのかと思いましたけど、思えばフェイトはそんなキャラじゃありませんでしたね。

クッ・・・と引かれて、少しずつお互いの顔が近付いて・・・。

 

 

「・・・ん・・・」

 

 

唇に感じたのは、どうしてかまだ慣れない、そんな熱。

いつもと違う角度から行われたそれは、どこか新鮮さも備えていて。

そんなことを考えてしまう自分が、なんだか恥ずかしくて。

・・・まぁ、良いや・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

・・・実に、良い雰囲気ですね、素晴らしいです。

これはきっと、将来に皆で楽しめることでしょう。

最大望遠、最高画質録画中です・・・じー・・・。

 

 

「・・・茶々丸殿って、凄いよな」

「ある意味、あの人もあの空間の創出に手を貸してるんだよね・・・」

「新婚って、あんな雰囲気になるのかぁ~・・・私も結婚したくなってきたかも」

 

 

湖を囲む森の中、私と近衛の皆さんは湖の真ん中で良い雰囲気になっているアリアさんとフェイトさんを見守っております。

まぁ、見守っているだけでなく・・・。

 

 

「な、何だテメェら!?」

「ど、どうしてこんな辺境に、首都の兵士がいるんだ!?」

 

 

・・・あのように、秩序を乱す賊を排除することも仕事の内です。

本来であれば警察機構の役目ですが、ここの治安権限は近衛騎士団が掌握しております。

 

 

私の後ろには、やたらに腫れあがった顔(近衛の皆さんが一撃で沈めておりました)をした盗賊らしき男の方々が3人。

3人とも、縛られて見動きが取れなくなっております。

 

 

「・・・グリルパルツァー公爵家から提供された資料によると、彼らは帝国・王国国境部を拠点にしている盗賊だそうです。帝国軍に追われれば王国領に、王国軍に追われれば帝国領に・・・と、国境を上手く利用して当局の捕縛を免れて来たとか。主に観光客を狙う盗賊で、このあたりで張っていたのかと」

 

 

やって来たのが女王夫妻であったことが、彼らの運の尽きですね。

まさか、近衛騎士団が警護しているとは思わなかったでしょう。

・・・そうでなくても、フェイトさんに沈められていたでしょうけど。

 

 

「なんと言うか・・・ようやく、近衛らしい仕事ができてるよな、私達」

「正直、こっちの方が落ち着くな・・・」

 

 

盗賊の方々を捕縛している近衛が、達成感に満ちた表情を浮かべております。

・・・ある意味、ストレスの解消にもなっているのかもしれません。

 

 

「茶々丸殿、ここは我らにお任せください」

「残りの2グループは、変わらず警護についておりますので」

「はい、ではお願いしますね」

 

 

フェイトさんがああ(キスを)してアリアさんの気を引いている間に、近衛の皆さんは盗賊の方々を引き摺って連行して行きました。

 

 

「さぁて、王都式の質問だが・・・他に仲間はいないのか?」

「へっ・・・」

「・・・反抗的だな、さて、どうしような?」

「王都式で良いだろう?」

「そうだな、まぁ、コイツを使えばじきに良い声で囀るようになるさぁ・・・」

 

 

何を使うのかはわかりませんが・・・。

お2人が安全に良い雰囲気になれるよう、私と近衛の皆さんの仕事は続きます。

・・・むむっ、どうやら船着き場に向かうようですね。

 

 

もうお昼ですから・・・いけませんっ。

船着き場のレストラン(貸切)に移動しなければ・・・!

 

 

 

 

 

Side 栞

 

「「「「「お帰りなさいませ」」」」」

 

 

夕方になって、フェイト様と女王陛下は山荘にお戻りになりましたわ。

お2人仲良く手を繋いで、見ているだけで当てられそうですわね。

夕食はもう少しかかりそうですので、先にお風呂をお勧めしました。

 

 

「わかりました。では、そのように・・・」

「では、陛下・・・こちらに。すでに用意が整ってございます」

 

 

らしくもない丁寧な口調で、焔が女王陛下を案内していきます。

この山荘には湯殿は広いのですが、一つしか無いので、先に女王陛下が入浴されるのです。

次にフェイト様・・・私達5人は仕事が終わった後、皆でお湯を頂くのですわ。

・・・もしかしたら深夜に女王陛下がお使いになるかもしれませんので、私達の入浴中に準備も済ませておきます。

 

 

「お疲れ様ですわ、フェイト様」

「本日は、どのようにお過ごしになったのでしょうか?」

 

 

視界の隅で環と暦が近衛騎士の方々と肩を組んで何かを共有しているようですが、まぁ、それは比較的に優先度が低いので・・・。

私と調は、フェイト様のお相手を務めさせていただきます。

 

 

「・・・うん、楽しかったよ」

「そうなのですか」

 

 

フェイト様の短い言葉に、調が嬉しそうな顔で頷きを返します。

フェイト様は寡黙なお方ですので、言葉が多い方ではありません。

なので、私達の方で推し量るしか無いのですが・・・。

 

 

付き合いもそれなりに長いので、フェイト様が本当に休日を楽しんでらしたのがわかります。

それがわかれば、私達にとってはそれで十分です。

それだけがあれば・・・十分です。

フェイト様がお幸せであるのなら、それで良いのです。

 

 

「では、私達は夕食の準備をしてまいりますので・・・フェイト様はどうぞ、お寛ぎください」

「うん・・・いつも、ありがとう」

「滅相もございません、では・・・」

 

 

調と2人、一礼してフェイト様の前を辞します。

・・・お優しいフェイト様。

 

 

「では、仕上げにかかりましょうか、調」

「そうですね、栞」

 

 

私と調が浮かべるのは、今はまだほろ苦さを含んだ笑顔。

今はまだ、気持ちの整理の時期ですけど。

いつか・・・。

 

 

「・・・それにしても、新婚と言うのは凄いですね」

「調は、そればかりですわね」

「す、すみません・・・でも、そうは思いませんか?」

「そうですわね・・・少し、当てられてしまうかもしれませんわ」

「でしょう?」

 

 

調とクスクスと笑い合いながら、厨房へ入ります。

さて、夕食の用意を急ぎましょうか・・・。

 

 

・・・いつか、気持ちの整理がついて。

私達が、フェイト様と女王陛下に負けないくらいの家庭を築けた時。

フェイト様は、祝福してくださるでしょうか・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・おかしい。

何がおかしいって、自分がおかしいんです。

何と言うかこう・・・何かがズレてる気がするんですよ、今の私。

 

 

「どう思います、焔さん?」

「はぁ、まぁ・・・そうかもしれませんね」

 

 

何とも答えにくそうな表情で、焔さんがそう答えます。

むぅ、煮え切りませんね。

 

 

「と言われましても・・・私は、そこまで人間の機微に詳しくはありませんし」

「そうですか・・・うーむ、何か、ひっかかるんですよね・・・」

「はぁ・・・」

 

 

普段は茶々丸さんが淹れてくれる就寝前の紅茶を飲み干して、テーブルに置きます。

焔さんはそれを盆に乗せると、慎ましやかに礼をして、寝室から出て行きました。

寝室の窓辺の椅子からそれを見送りながら、私はなおも考え続けておりました。

 

 

ここ数日の、自分について。

何と言うか・・・ぬるま湯に浸かって満足しているかのような。

気を配るべき何かに、気付けていないような。

もう少し、こう・・・何と言うか、モヤモヤする感じです。

 

 

「・・・フェイト・・・」

 

 

ぽつり、と夫の名前を呟くと、途端に頬が緩みます。

・・・今日も優しかったなー・・・えへへ・・・・・・はっ!

いけません、いけません・・・ぶんぶん、と頭を振ります。

どうも、ここ数日はフェイトのこと以外、思考が・・・。

 

 

妙な確信があるのですが、この傾向は自分ではどうしようも無い気がします。

・・・こう言う時、相談できる相手が傍にいないのは辛いですね。

どうも、自分を甘やかしてしまうと言うか、だってフェイトが・・・。

・・・フェイト・・・。

 

 

「・・・今日も・・・なの、でしょうか・・・」

 

 

この「私的な」新婚旅行に来てからは、2日連続ですし・・・もしかして、今日も・・・とか。

膝の上で両手の指先をモジモジしつつ、心持ちソワソワします。

べ、別に楽しみにしてるわけじゃ・・・まだ、慣れませんし、怖いです・・・し。

でも、フェイトは優しいですし・・・。

 

 

・・・嫌がる理由は、特に無い、ですし・・・。

でも積極的になる理由も、やっぱり無いですし・・・。

 

 

「ああ、もう・・・頬が熱いです・・・」

 

 

両手で頬を撫でつつ、窓の外の方に視線を移します。

あ、カーテン締めないと、恥ずかし・・・じゃなくてっ・・・って。

・・・・・・はぇ?

 

 

「・・・」

 

 

グシグシ、と両目を擦ります。

いや、まさか、何で・・・いや、でも。

窓の向こうに、魔お・・・じゃなくて、見覚えのある金髪の女の子が。

 

 

「・・・」

『・・・』

 

 

・・・見間違い・・・じゃなくて。

見つめ合っていると、窓の向こうで「へくちっ」とクシャミの声が。

えーと、風邪を引くといけませんので、中に入れることにしましょうか。

鍵を開けまして、ガラガラッ・・・っと、で。

 

 

「な、何でここにいるんですか、エヴァさ「アあああああぁぁぁぁリいいいいいぃぃぃぃアあああああぁぁぁぁぁ――――――――――――ッッ!!」・・・ご、ごめんなさい・・・」

 

 

そこにいたのは、エヴァさんでした。

出会い頭に、どうしてか超怒られました。

 

 

・・・あ。

何故でしょう・・・ピンと来た気がします。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

旧世界に、織姫と彦星と言う童話がある。

諸説あるが、子供向けに簡略化した物を要約してやると、こうだ。

 

 

織姫と彦星がイチャイチャイチャイチャし過ぎて仕事をしなくなったから、神様がキレた。

・・・と、言うことだ!

つまり、何が言いたいのかと言うとだ・・・。

 

 

「今の貴様らの状態は、まさにそれなんだよ!!」

 

 

ベッドの上に仁王立ちして指を突き付け、絨毯の上で正座しているアリアと若造(フェイト)を傲然と見下ろす。

織姫と彦星がこいつらだとすれば、神は私だ!

 

 

「良いか、何事も過ぎたるは及ばざるがごとし! イチャイチャベタベタするのも良いが、やりすぎると多大な迷惑を周囲に与えるんだ!!」

「・・・た、例えばどのような・・・」

「一言で言うと、ウザい!!」

「酷く無いですか!?」

「当然だ! 私は悪の魔法使いだぞ!?」

 

 

まったく・・・結婚前はこんな風にタルんだりはしなかったと言うのに。

本当に手がかかる・・・手がかかるな!

やはり、私のような存在が傍におらんとな、うん。

 

 

「それと若造(フェイト)!」

「・・・何かな」

「お前も、もう少し自重しろ! さもないとナギの息子と呼ぶぞ!?」

「・・・・・・わかった」

 

 

ナギが聞いたらショックを受けそうな・・・いや、たぶんアイツ、何も感じんな。

まぁ、とにかく・・・若造(フェイト)はとりあえずそれで良いとして。

問題は・・・。

 

 

「お前だ、ボケロボ!!」

「何でしょうか、マスター」

「何でしょうか、マスター・・・じゃない!」

 

 

何故か知らんが、影からコソコソコソコソと・・・ボケロボが!

アリアは知らんが、若造(フェイト)は気付いていたようだがな、ともかく!

 

 

「お前、最近アリアを甘やかし過ぎなんだよ!!」

 

 

挙句の果てに主人まで嵌めやがりおって・・・いい加減にせんと、修正するぞ!?

えーあいの自己進化だか何だか知らんが、限度があるだろうが。

超の奴は何を考えて、設計したんだ?

 

 

「し、しかしですね、マスター」

「しかしもかかしも無い! 後で仕置きだ、ボケロボが!!」

 

 

ちなみにチャチャゼロの奴は、ここに来る前に〆て来た。

そこから高速艇やら支援魔導機械(デバイス)やらを使って一日かけて、ここまで来たんだが。

・・・はぁ。

私が深い溜息を吐くと、アリアが居心地悪そうに身じろぎした。

 

 

「・・・アリア」

「・・・ご、ごめんなさい・・・」

「いや・・・まぁ、新婚だしな、私には良く分からんが、はしゃぎたくもなるんだろ」

 

 

女王なんて職には、私人である時間が存在しない。

その意味で、タガが緩んだのかもしれんが・・・まぁ、過ぎたことは仕方が無い。

私も少し、興奮しすぎた。

 

 

「・・・明日から、また、ちゃんとするんだぞ」

「・・・はい」

 

 

しゅんとした―――だが、どこか得心した風でもある―――アリアを見て、溜息を吐く。

・・・世話が、焼ける・・・。

 

 

そろそろ、公的にアリアの王室を管理する役職がいるかな。

こう、王室の私生活を管理したり意見したりする感じの。

女官長は茶々丸で良いとして・・・そうだな。

王室顧問とか、どうだろう。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第2回広報


アーシェ:
はーい、こんばんはー!
王室映像班のアーシェです! 第2回広報、はーじまーりまーす!
本日のお客様はぁ・・・こちら!
ウェスペルタティア最強の合法幼女! 誰もが認めるお父さん! エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんでーすっ!

エヴァンジェリン:
・・・それが、最期の言葉か?

アーシェ:
い、いやちょっと待ってマクダウェル尚書、台本、台本なんですって・・・!

エヴァンジェリン:
・・・今話で、新婚旅行は終わりだ。後はまた、別の話が始まることになる。

アーシェ:
な、なるほどー・・・じ、次回からはどんな感じですかね?

エヴァンジェリン:
・・・アリア達の視点からは、離れる予定だ。

アーシェ:
な、なるほどー・・・(やべー、普通に怖いし・・・)。
そ、それではぁ・・・今週のベストショットは、こちらぁ!


「早朝、最後の書類の決裁を終えた瞬間のマクダウェル尚書」!


見てください、この笑顔!
何か、いろんな物が透けて見えますよね!
何と言うかこう・・・本能丸出しな感じ?

エヴァンジェリン:
よーし、わかった。やっぱりお前、こっちに来い。

アーシェ:
え、ちょっ・・・待って! 本当に待っ・・・(フェードアウト)。

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