魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第16話「カムイと姫御子・後編」

Side アリア

 

『キミ・・・そんな所でしゃがんでると、危ないよ』

 

 

赤い荒野で、私はシンシア姉様と思しき方に声をかけられました。

思しき・・・とつくのは、目の前にいるシンシア姉様が記憶よりも若い容姿なためです。

金髪碧眼の、15歳くらいの少女の姿。

でも、纏っている雰囲気はシンシア姉様そのものです。

口調も・・・仕草も。

 

 

「あ、の・・・ね『聞いてるの、アマテル?』ぇ・・・?」

 

 

すると、どうしたことでしょう。

シンシア姉様は私の言葉には答えず、続けて言葉を発しました。

しかも、アマテルと・・・良く見れば、どうも私を見ていると言うより・・・?

 

 

その時、とんっ・・・と小高い丘の上から、シンシア姉様が跳び下りて来ました。

慌てて避けようとしますが・・・必要ありませんでした。

ぶつかる、と思った瞬間、シンシア姉様が私の身体を擦り抜けました。

そしてそのまま、後ろの方へスタスタと歩いて行きました。

慌てて振り向くと、そこにはさっきまでいなかった存在が。

 

 

『おーい、アマテルってば、まだ怒ってるのかい?』

『・・・怒ってなどおらん』

 

 

そこには、姉様と同じようなローブを着た少女がおりました。

地面の石を調べていたらしい少女は、服についた埃を払いながら立ち上がって、姉様の方を振り向きました。

・・・金色の髪、青と緑の瞳。

髪は短く、まだツインテールではありませんが、どこかお母様に似た容貌のその少女は・・・。

・・・アマテルさん。

 

 

『ただ、まさか本気で外の星に来るとは思わなんだだけじゃ。まったく、てっきりあそこで創るのかと思っておったわ』

『まぁまぁ、新しい空間の創造には相応の触媒が必要って言ったのはキミだろ?』

『それはそうじゃが・・・何故、ここに触媒に見合った土地があると判断したのか、さっぱりわからんぞ。カムリの地から、どうしてここに飛べる・・・』

『まー、彼が規格外ってことで良いんじゃないかな。あ、ちなみにここ、火星って名前だから』

『何で知ってるのじゃ・・・』

 

 

火星・・・触媒、創造。

この、会話は・・・まさか。

私が思考を巡らせている間に、目の前の状況はまた変わります。

姉様とアマテルさんの足元の地面が突然、割れたのです。

 

 

爆発するように大地が割れて、2人は空中に放り出され・・・ると見せかけて、瞬時に後方に下がっています。

ちなみに、何故か私の周囲だけ変化がありません。

 

 

『ワオ♪ 巨大ミミズ! 火星には生命体が存在したんだね! ボク、ちょっと感激だよ!』

『電波め!』

 

 

興奮するシンシア姉様と、それに対して悪態をつくアマテルさん。

そして、地面の下から現れたのは・・・まさに、巨大ミミズでした。

地面から出ているだけで10メートル以上あるミミズの頭部分は縦にぱっくり割れていて、左右に無数の牙が並んでいます。

ミミズと言うより、ワームって感じですね。

 

 

『・・・と言うか、あのバカは何を創っておるんじゃ!?』

『まぁまぁ、失敗は誰にでもあるよ』

『限度があるわ!』

『怒らない怒らない、まぁ、彼が失敗しても・・・』

 

 

不意に、姉様の手に黒い何かが生まれます。

次の瞬間、目前の巨大ミミズの身体が不自然に捻じ曲げられます。

何かが潰れるような音と、砕けて千切り取られるような鈍い音が複数回、あたりに響きます。

それと、形容しがたい悲鳴。

・・・ミミズの悲鳴、初めて聞きました。

 

 

『・・・何をしたのじゃ?』

『・・・ダークブリング、「ゼロ・ストリーム」。流動・・・相手の血液を操作して、身体ごと捻っただけだよ。ミミズの悲鳴って初めて聞いたけど』

 

 

ビチャッ、と地面に広がったミミズの体液を踏みしめながら、シンシア姉様は笑っておりました。

 

 

『さ、行こうよアマテル。彼が待ってる』

『・・・はぁ、頭が痛いのぅ』

『頭痛薬出すよ?』

『主原因が目の前におるから、効果が無い』

 

 

そして、2人の少女はそんな会話を交わしながらどこかへと歩き去って・・・。

ガチリ、と、その場の時間が停止しました。

こ、今度は何・・・?

 

 

「アリア」

 

 

不意に、背後から抱きすくめられました。

突然だったので、かなり驚きましたが・・・その声に、そして他者に触れてもらえると言う事実に、同時に安心もしました。

 

 

「・・・フェイト」

「大丈夫?」

「はい・・・」

 

 

短い応酬の間に、万感の想いを込めます。

そして肩に回されたフェイトの腕を軽く押すことで解くと、私は彼の後ろに佇んでいる女性に視線を向けます。

すなわち、アスナさんと・・・その傍らにいる、灰銀色の巨狼(カムイさん)を。

静かな瞳をたたえるアスナさんに、私は問わなければなりませんでした。

 

 

「ここは・・・どこですか?」

 

 

それに、アスナさんはやはり淡々とした口調で答えます。

 

 

「・・・記憶の廊下」

 

 

次の瞬間、赤い荒野が失われました。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

そこは、言うなれば美術館の廊下のような場所だった。

人が3人も歩けば壁にぶつかるような狭い廊下の両側に、2メートル間隔で油絵がかけられているような。

 

 

薄暗い廊下に、僕達3人(プラス1匹)が佇んでいる。

アリアは、僕と手を繋いでいる。

・・・僕が繋いだ手に少しだけ力を込めると、握り返してくれた。

それを静かな瞳で見つめていたアスナ姫は、小さな声で言葉を紡ぐ。

 

 

「・・・ここは、記憶の廊下。姫御子の魂に刻まれた、血の記憶」

「・・・幻想空間(ファンタズマゴリア)

「その、オリジナルのような物」

 

 

僕の呟きに、アスナ姫は淡々と返した。

ここが幻想空間だとするなら、アスナ姫の物か、それとも・・・。

・・・アスナ姫が一枚の絵に触れると、周囲の光景がまた変わる。

 

 

『ぺぺらぽっぺらーっと、「たずね人ステッキ」~』

『・・・何じゃその杖』

『名前の通りだよ、これで彼を見つけてみせようじゃないか』

 

 

赤い荒野で、奇妙な杖を先頭に歩くシンシアとアマテル。

・・・その、映像だった。

アスナ姫の言葉を借りるなら、記憶か。

ちなみに、何故かアリアはシンシアが杖を取り出した瞬間、吹き出していた。

・・・どうしてかは知らないけど。

 

 

そして、元の廊下に戻る。

おそらく今のは、アスナ姫がアリアや僕のためにやって見せたのだろうね。

アスナ姫は僕達を一瞥すると、また歩き始めた。

灰銀色の狼がその後に続き、僕とアリアはお互いに見つめあった後、アスナ姫の後を追った。

・・・大きく背中が開かれたデザインのドレスのために、アスナ姫の白い背中が薄暗い空間の中で、艶かしく揺れているように見える。

・・・アリアが僕の手を握る力を、強めた気がした。

 

 

「・・・姫御子は、始まりの魔法使いの力の情報を保存する、器のような物」

「器・・・」

「・・・その中には、記録情報(おもいで)も含まれる・・・これから見せるのは」

 

 

カッ・・・と、ヒールブーツの踵を廊下に打ち付けて、アスナ姫が立ち止まる。

赤い長手袋に覆われた細い手が触れているのは、縦が10メートルはある、細長い油絵だった。

そこには・・・おそらくは若かりし頃の物だろう、アマテルとシンシア、それと・・・。

全身を漆黒のローブで覆われた誰かと、小さな狼が並んでいる。

そんな、絵だった。

そして・・・。

 

 

「魔法世界と・・・姫御子と王国の観察者(しゅごしゃ)が生まれた、瞬間」

 

 

アスナ姫の触れた絵が、白く輝いた。

 

 

 

 

 

Side アスナ

 

表面積・地球の約4分の1、質量・地球の約10分の1、重力・地球の約40%。

自転周期・24時間39分35.244秒。

大気構成・二酸化炭素95%、窒素3%、アルゴン1.6%、酸素及び水蒸気0.4%。

 

 

魔法使いの火星移住計画(テラフォーミング)―――。

ケルト、アルビオン・・・何でも良いけれど、ウェールズの地から異空間を超えて火星に入植する方法を彼は見つけた。

後に生まれてくる同胞(まほうつかい)のための、2600年前の大事業。

 

 

『ふむ・・・まぁ、とりあえず、こんな所か』

 

 

後に魔法世界(ムンドゥス・マギクス)と名付けられるその世界は、入植実験の時点では・・・まだ、とても小さな空間に過ぎなかった。

それでも、歴史上誰も成したことの無い、人類初の世界創造。

それを成したのは、始まりの魔法使い・・・造物主(ライフメイカー)。

神話の、時代。

 

 

彼はこの時点で、すでに肉体を無くしてる。

黒いローブだけが人の形を保っていて、顔の部分の前には大きな鍵のような杖がある。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>・・・<最後の鍵(グレートグランドマスターキー)>。

 

 

『お、いたいた、やっほー』

『どこをほっつき歩いておるのかと思えば・・・』

『・・・む、来たか』

 

 

そこへ、2人の少女がやってくる。

太陽の女神アマテルと、月の女神シンシア。

そして、造物主(ライフメイカー)。

この3人が、魔法世界の創造者。

王(ツマ)と、神官(アイジン)と、造物主(カミサマ)。

 

 

『探したよ、キミ、地球からの座標を適当に設定しただろ』

『うむ、失敗したかもしれぬな』

『・・・初めて聞いたぞ!? つまり私は、どことも知れぬ場所に放り出されかけたと言うことか?』

『まぁまぁ、彼にも悪気は無かったんだよ』

『そこで主が庇うと、ややこしくなるじゃろうが・・・』

 

 

シンシアの言葉に、アマテルが深々と溜息を吐いた。

どうやら、そんな関係性らしい。

 

 

『・・・ところで、さっき巨大なミミズが出たんだけど?』

『ああ、あれも我が失敗した』

『また主は、性懲りも無く・・・』

『まぁまぁ、彼にも悪気は無かったんだから』

『そう言う問題か!? ・・・で、今度は何を創ろうとしたのじゃ?』

『うむ、この世界を安定させるため、また後々のために<精霊>なる存在を向こう側から持ってきて・・・で、その管理をする<精霊王>的な存在を作ってみたのだが』

 

 

そこで、シンシアとアマテルは・・・彼の視線を追うように、自分達も視線を上げた。

すると、そこには・・・。

 

 

『・・・何か、申し開きはあるのか?』

『まぁまぁ、アマテル。彼にも悪気はなかったんだよ』

『主がそうやって、甘やかすから・・・』

『我も、反省はしている』

 

 

重々しく―――その割に、緊張感は無い―――会話をしてる3人の視線の先には・・・。

全長20メートル程の、巨大な灰銀色の狼が立っていた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・カムイさん、スケール2倍バージョン。

そんな感じの灰銀色の狼が、私達の目の前におりました。

と言うより、いるように見えていました。

 

 

目前にしているのは、記憶・・・記録の中の、シンシア姉様達です。

私達は、それを見ているに過ぎません。

 

 

『これ何て殺生○だい・・・』

 

 

若かりし頃のシンシア姉様が、たぶん私にしか通用しないネタを呟いておりました。

でもまさに、そのような感じの・・・妖狼じみた化物が、姉様達の目の前に存在しているのです。

それも明らかに威嚇体制で、歯軋りと唸り声が重なり合ったような音が響いています。

 

 

「・・・あの狼、カムイさんですか?」

 

 

私の問いかけに、アスナさんの傍らにいるカムイさんは軽く視線を向けてきただけでした。

加えて、フサフサした尻尾を一振りしただけです。

・・・何ですか、その微妙に可愛い反応。

 

 

そうこうしてる内に、映像はさらに進みます。

灰銀色の妖狼が、その数メートルはあるだろう腕を振り上げ、足元の人間3人に対して振り下ろしたのです。

ゴシャッ・・・と赤茶けた大地が砕け、3人がいた場所に巨大な足跡が刻まれます。

 

 

『ちょっ・・・またバトルぅ!? 痛いのは嫌なんだけど・・・なっとぉ!』

 

 

真っ直ぐ後ろに跳んだシンシア姉様は悪態を吐きながらも、パァンッと両手を打ち合わせました。

 

 

『「造形者の手袋(メイクハンド)」!』

 

 

ブカブカした手袋が両手に嵌められ、それが地面に打ち付けました。

次の瞬間、妖狼の足元の地面が太い木の根のような形になり、妖狼の巨大な身体を縛り上げました。

・・・ですが、妖狼が一吠えすると、その土の拘束は脆くも崩れ去っていきました。

 

 

『あれ・・・おかしいな』

『精霊王だからな、大地の精霊に命令して拘束を解いたのだろう』

『・・・冷静に指摘しないでくれるかな』

 

 

シンシア姉様の身体を包むように背後に現れた漆黒のローブ・・・造物主(ライフメイカー)の言葉に、姉様はげんなりとした表情を浮かべました。

 

 

『なら』

 

 

その間に、また状況が変化します。

タンッ・・・と妖狼の鼻先に着地した小さな少女、アマテルさんが、そ・・・っと妖狼の顔に触れます。

それだけのことで、妖狼の身体が地面に叩きつけられました。

顎先から地面に突き刺さるような勢いで、妖狼の巨体が地面に押さえつけられています。

 

 

『壊しても良(よ)いな?』

 

 

どこから取り出したのか、王家の黄金の剣を持ちながら、アマテルさんが冷静に問います。

・・・<精霊殺し>。

全ての精霊は、アマテルさんに勝利することはできない・・・。

 

 

『まぁ、待て、アマテル。何も壊さなくとも良かろう』

『・・・じゃあ、どうしたいのじゃ、主は』

『魔力を多く注入しすぎたのだから、もう少しコンパクトにすれば良いと思う』

『じゃ、コレだろうね』

 

 

アマテルさんと造物主(ライフメイカー)の会話に割り込む形で、シンシア姉様が手を掲げました。

フォンッ・・・と現れたそれは、漆黒の鍵。

造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>。

 

 

『ボクとひとつになろう、愛しい人(ライフメイカー)

 

 

どこか頬を染めて、姉様はそう言いました。

・・・な、何だか、いかがわしいですね。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

ズル・・・と音を立てそうな雰囲気で、漆黒のローブがシンシアの身体に絡みついた。

それに合わせて、シンシアの唇から熱のこもった吐息が漏れる。

・・・何となく、アリアと繋いでいる手に力を込めてみた。

 

 

『ん・・・』

 

 

衣服に覆われていない白い肌が漆黒の色に染まっていくのは、見た目の現象よりもどこか背徳的な印章を見る者に与えているようにも感じる。

 

 

『『・・・ふん、便利な剣があるな』』

 

 

2人の声が、1つの口から発せられる。

ただ、口調は主・・・造物主(ライフメイカー)の物だ。

ローブの隙間から覗くシンシアの青い瞳は、赤く明滅している。

それは・・・アリアの魔眼を思わせる輝きだった。

 

 

そして右手に<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>を持ったまま、左手に一本の西洋剣を創造する。

僕も見たことがあるそれは・・・確か。

 

 

『『「バルトアンデルスの剣」』』

 

 

術式統合(ウニソネント)、と2つの声が唱和すると、剣が鍵に吸い込まれた。

・・・ああ言う使い方ができるとは、知らなかったね。

まぁ、造物主(ライフメイカー)だからできることなのだろうけれどね。

 

 

『『アマテル、ちょっとそのまま押さえておいてくれるかな?』』

『ふん、勝手にするが良い』

 

 

今度はシンシアの口調でそう言うと、アマテルはどこか拗ねたように返答した。

どうも、何かが気に入らないらしい。

と言っても、彼女は登場時から変わらず不満そうにしていたけどね。

 

 

一方の狼の方はと言えば、アマテルに鼻面を押さえられて以降、大人しいものだった。

小さく唸りはする物の、それ以上の身動きは取れないでいる。

そしてそこに、造物主(ライフメイカー)・シンシアは『バルトアンデルスの剣』と統合された<造物主の掟(コード・オブ・ザ・ライフメイカー)>の鍵先を突きつけた。

 

 

『『魔力の暴走を止め、再創造する』』

 

 

そしてその鍵先が狼の額に触れた、次の瞬間。

バリッ・・・と電気がスパークするかのような音と共に赤い光が狼の全身に走り、急激に魔力が収束して言った。

膨大で無秩序だった魔力が、急激に理性的なそれに整理されていくのがわかる。

 

 

巨大な狼の身体が、赤い光と共に分解される。

・・・かと思えば、より小さな物体が、その跡に出現していた。

それは先程に比べて、格段に小さく・・・まるで、赤ん坊のようだった。

 

 

「・・・ずいぶん、可愛らしくなっちゃいましたね」

「・・・うん」

 

 

アリアの言葉に、頷く。

何故なら、映像の中で・・・灰銀色の狼は50センチ程度の大きさになってしまっていて。

その愛くるしさに打たれたらしいアマテルに、抱っこされていたから。

 

 

 

 

 

Side アスナ

 

「・・・あれが、2600年前のカムイ」

「はぁ・・・あれ? ではカムイさんって、いつかあれくらい大きくなるんですか?」

 

 

・・・それは、どうだかわからないけれど。

白髪の女王(アリア)の言葉に、それでも私はさほど興味を持たなかった。

ううん、私は何にも興味は持たない。

持っているのは・・・。

 

 

「・・・カムイは、2600年前から・・・ずっと見ていた」

 

 

魔法世界を維持するためには、楔が必要。

それは造物主(ライフメイカー)であり、シンシアであり、アマテルであったと思う。

そしてそれを支えるのは、精霊の仕事。

カムイの仕事は、その精霊を管理すること。

 

 

そして監視すること。

アマテルの血が絶えないように、監視すること。

精霊の循環に必要な血が、絶えないように。

魔法世界を保護する<造物主(ライフメイカー)>の呪文情報を持つ<黄昏の姫御子>が、絶えないように・・・。

造物主(カミサマ)が創った、最初の人形(うつわ)。

この世界(まほうせかい)と運命を共にする、最初の知性体(ほしのかけら)

 

 

「だから、エンテオフュシアに姫御子が生まれるのは必然」

 

 

これまでの歴史の中で、何人もの姫御子が生まれた。

ウェスペルタティアの歴史の中で、私を含めて12人。

王として立った姫御子もいれば、兵器になった姫御子もいる。

そして今、13人目の姫御子が生まれる・・・。

 

 

「私は、それを伝えに来ただけ」

 

 

過去の映像が終わり、元の記録の(おもいで)の廊下へ戻る。

カムイの生まれた時の映像(おもいで)が終わり、元の空間へ戻る。

それだけ。

 

 

別に何かを伝えたかったわけでも、伝えようとしたわけでも無い。

ただ、教えにきただけ。

そして教えたかったのは、私じゃない。

カムイでも無い、カムイはただ見ているだけ。

見守っているだけ、だから。

 

 

「・・・アスナさん」

「何」

「ありがとうございます、教えてくれて」

 

 

だから、そう言われても私は何も感じない。

カムイが今の女王に擦り寄って、頬に鼻先を押し付けるくらい。

それだけ。

私自身は、今の女王も女王の子供にも、関心は無い。

たとえ、その子供が次の姫御子だとしても。

 

 

関心があるのは、あくまでももう一人の「私」。

・・・これで、良いの?

心の中に、言葉を送る。

すると・・・まるで浮かび上がってくるように、返事が返ってくる。

 

 

<ん、サンキュね>

 

 

別に、構わない。

興味無いし。

 

 

<素直じゃないわねー、ナギの子供の役に立ちたかった、とか言えば良いじゃない>

 

 

それだけは無い。

 

 

<あっそ・・・とにかく、ありがと>

 

 

・・・ありがとう。

感謝の言葉。

でも、それだけの言葉。

ずっと昔・・・言ったことのある言葉。

たぶん、もう言わない。

 

 

<言えば良いじゃない。ホント、素直じゃないわよねー>

 

 

・・・はぁ。

頭の中に響くもう一人の「私(カグラザカアスナ)」の声に。

私は、溜息を吐いた。

 

 

・・・溜息。

どうして、溜息なんて・・・?

 

 

<年なんじゃない?>

 

 

同い年。

 

 

<それもそうね・・・できれば、ネギの方も何とかしてほしいなーなんて・・・>

 

 

嫌。

 

 

・・・この気持ち。

私と「私」。

アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア。

神楽坂明日菜。

・・・どっち?

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・記録の廊下から戻って来た時、現実では1分も経っていませんでした。

私の私室の時計を見ると、本当に1分しか経っていなくて・・・。

夢を見ていたような、不思議な気分になりました。

 

 

「帰る」

「え・・・」

 

 

突然、アスナさんがソファに座る私達に背を向けて歩き出しました。

そして引き止める暇もお礼を言う暇も無く、私室の扉に手をかけて・・・。

 

 

「・・・姫御子の」

「え・・・」

「姫御子のことで何かあれば・・・来てくれて良い」

 

 

そして右眼の緑の瞳だけを私に向けて、そう言います。

・・・私達の赤ちゃんが、姫御子ゆえに何かあれば。

その時は自分がいると、言ってくれました・・・。

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

私のお礼とアスナさんが扉を閉じるのは、どちらが早かったでしょうか。

正直、これまでは特に仲が良くも不仲でもありませんでしたが・・・。

でも今は、お礼を言うべきだと思います。

 

 

「・・・ひゃ?」

 

 

その時、フワフワの灰銀色の何かが、ソファに座る私の膝の上に乗ってきました。

ぽふっ・・・と気の抜けるような音を立てたそれは、カムイさんです。

それから、鼻先を私の下腹部に押し付けて、スリスリしてきます。

 

 

さっきの映像並に巨大化されるとアレですが―――まぁ、今でも数メートル級の大きさですけど―――、その仕草は、とても可愛いです。

ふんわりとした毛並みに手を入れて、親愛の情を込めて撫でます。

そうですね・・・。

 

 

「・・・ありがとうございます」

 

 

きっと、カムイさんも心配してくれたんですよね。

だからわざわざ、来てくれたんですよね。

・・・まさか、エヴァさんより年上だとは思いませんでしたけど。

でもアスナさんとかが結構、それっぽいことを言ってはいたんですよね。

あまり気にしたこと、なかったですけど・・・。

 

 

・・・でもさっきの映像的に考えると、あまりシンシア姉様達のこと、好きでは無いのかもしれませんね。

そのあたり、どうなのでしょう。

若い頃の姉様、随分とはっちゃけてましたね・・・。

 

 

「あ・・・」

 

 

しばらくスリスリしていたカムイさんは、不意に私から離れました。

そしてその後は、全くこちらを見ることなく・・・尻尾を振りつつ、自分で扉を開け閉めして、出て行きました。

・・・アスナさんの後でも、追ったのでしょうか。

結構、ご無体な所があるようです。

 

 

「・・・<黄昏の姫御子>、ですか」

 

 

何となく言葉に出してみながら、お腹に触れます。

そこに、新しい命が宿っていると言うのは、まだ実感が持てませんけど・・・。

でも、確かにここにいる・・・私の、私とフェイトの赤ちゃん・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

・・・いつの間にか、俯いていたようです。

隣に座るフェイトが、私の頬に手を置いて・・・上向かせてくれます。

 

 

「・・・不安かい?」

 

 

不安か、と問われれば・・・不安です。

赤ちゃんを産むということ、子供を育てると言うこと。

そして・・・姫御子。

不安要素は、たくさんあります。

あります・・・けど。

 

 

「・・・いいえ」

 

 

私は、首を横に振ります。

だって・・・。

 

 

「・・・守って、くださるのでしょう?」

 

 

フェイトが、いるから。

フェイトが、私を守ってくれるから。

フェイトが私・・・私「達」を守ってくれるなら。

私も、フェイト「達」を守れると、信じられるから。

それに。

 

 

「フェイト・・・」

「何?」

「・・・愛しています」

 

 

愛してる。

結局、そんな陳腐な言葉に収まってしまうのが、何だか悔しい。

でも心は、それ以上だと信じています。

信じられて、いるんです。

 

 

・・・頬にかかるフェイトの手に、私は自分の手を重ねます。

それから、眠るように眼を閉じて・・・。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

王室専用のボーンチャイナのティーセット、銀のスプーン、ピンク色のミルクポット、銀のシュガーポッドと砂糖挟み、それと念のために蜂蜜と生姜をご用意致しました。

アリアさんの、食前のお紅茶です。

 

 

それらを乗せたトレイを持ちながら歩く私の後ろには、同じようにコーヒーの用意をした暦さん達がおります。

そして、私の隣には・・・。

 

 

「いや、しかし陛下達のカフェインの過剰摂取は何とかならないもんかねぇ」

 

 

先日、宮内省侍従職の侍従長として就任された方で、クママさんです。

最近、王都の子供達に大人気と聞き及んでおります。

・・・拳闘団の方のお仕事も兼業されているそうです。

 

 

それはともかく、問題は「カフェイン過剰摂取」の件です。

フェイトさんがコーヒー党であり、カフェイン依存症であることは周知の事実ですが。

フェイトさんと同じレベルでお紅茶を飲まれるアリアさんも、実はカフェイン依存症です。

依存症が言い過ぎでも、日に7杯のお茶の時間を共にしているお2人がかなりのカフェイン摂取を行っていることは、想像に難くないと思われます。

 

 

「あー、それ、私達も気にしてたんですよ」

「ことあるごとに、フェイト様は私にコーヒーを淹れるように申されますもの」

 

 

暦さん達も、同意の声を上げます。

侍医団の方々も、その点は注意が必要だと懸念されておりました

特に、カフェインの過剰摂取が妊婦に与える影響は考慮せねばなりません。

そこで、我々侍従も対策を講じました。

 

 

ノン・カフェイン作戦です。

・・・端的に言えば、カフェインを抜いたコーヒー、お紅茶をお出しするだけです。

 

 

「これからお2人にお出しするコーヒー、お紅茶は全てノンカフェインです」

「ですよねー・・・あれ? そう言えばどうしてフェイト様まで?」

「この際ですから、ご一緒にカフェインを卒業して頂こうかと・・・」

 

 

ちなみにこれからアリアさんにお出しするお紅茶は、ノンカフェイン・セイロン。

旧世界・スリランカから取り寄せたセイロンの茶葉をノンカフェイン化した物です。

 

 

ノンカフェインとは言え、香りと水色、鮮紅色のお紅茶と、そのままセイロンティーです。

しかしセイロンティーより喉越し爽やかで飲みやすく、そしてノンカフェインなので健康的です。

この他のお紅茶の茶葉も、ことごとくノンカフェイン化されております。

・・・稀にであれば、普通のお紅茶も飲まれた方が良いでしょう。

2ヵ月後くらいからは、ハーブティーを試してみても良いかもしれませんね・・・。

 

 

「あ・・・アスナさん?」

「・・・じゃ」

 

 

その時、アスナさんとすれ違いました。

短い応答の後、立ち止まること無く通り過ぎていかれます。

・・・アリアさんの私室の方向からですが、外を歩いているのを見るのは初めてかもしれません。

 

 

「何だい何だい、陰気な娘だねぇ」

 

 

おそらく初対面のクママさんが、凄いことを申されておりました。

そして、アスナさんの後を追うように・・・。

 

 

「カムイさん?」

「・・・」

 

 

これまた珍しく、灰銀色の狼(カムイさん)が廊下を闊歩しておりました。

返事の代わりに、尻尾を振って去って行かれました。

暦さんが過剰に威嚇しているのを除けば、特に何もありませんでした。

 

 

「何だい何だい、でかい犬だねぇ」

 

 

狼です、クママさん。

そしてそうこうする内に、アリアさんの私室の前に到着いたしました。

ノン・カフェイン作戦、始動です。

 

 

他の皆さんと視線を交わし、頷き合い・・・。

扉の前に佇立している私の弟、田中さんに目礼して。

コン、コン、とノックした後、扉を開きます。

 

 

「失礼致します、アリ」

 

 

・・・。

・・・・・・。

部屋の中と扉で、言語化が極めて不敬に当たるような事態になっておりますアリアさんと、やはり極めて短い時間、見つめ合います。

 

 

「・・・ぁ、茶々丸さ・・・」

「・・・・・・・・・ごゆるりと」

 

 

できたメイドである私は、他の方に見えないよう、即座にかつ静かに扉を閉めました。

ナイスタイミングでありました・・・。

 

 

「・・・何で、入らないんです?」

「いえ・・・」

 

 

暦さんの不思議そうな声に、私はゆるゆると首を振って答えます。

今は少々、入室できません。

しかし私はできたメイドですので、私室の中でのことの全ては口を緘して語りません。

ガイノイドですから、口の固さにはいささか自信がございます。

 

 

まぁ、そのようなわけですので。

数秒後、私は恥ずかしげに顔を赤らめながら扉を開けるアリアさんを、録画することに成功致しました。

・・・記録(メモリアル)・・・。




新魔法具:
『ドラえもん』から『たずね人ステッキ』:司書様提案。
『RAVE』から『ゼロ・ストリーム』:司書様提案。
『フェアリーテイル』から『造形者の手袋』:kusari様提案。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第16回広報:

アーシェ:
はーい、実は幻想空間の中に入れなくて何が起こったかさっぱり!
・・・な、アーシェです!
というわけで、今回は早くもキャラ紹介!

キカネ:
性別:女、種族:竜族。
身体的特徴:頭に角が二本で、片方が折れてる。
性格は活発で、明るい女の人。角が半分折れてるからか、相手の角を欲しがる癖があるとか。フェイトガールズの環と出会ってからは、特には癖は出ていない。
パルティア出だから、いろいろ合った模様、ただ本人しか詳しいことは知らない。

アーシェ:
うーん、いろいろあったんだろうねぇ。
ちなみに、パルティアの外で生きてるパルティア人に部族のことを聞くのはタブーです。家族・故郷の話もNG。
・・・ま、私も難民時代の話なんて、したくないしね。

そんなわけで、久々のベストショット!

最後のシーン、茶々丸室長の撮った録画。

・・・私のじゃないじゃん!?


アーシェ:
次回は魔法世界では無く、旧世界がクローズアップされます。
何故かって? 予定日だから。
何の予定日かって、それは・・・。

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