魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第18話「麻帆良の奇跡・後編」

Side 詠春

 

「では、状況を説明します」

 

 

午後6時、普段なら夕食の時間かもしれませんが、残念ながらそのような暇はありません。

その代わり、私は麻帆良市内の日本統一連盟本部の本部ビルの一室に魔法関係者を集めて会議です。

 

 

旧関西・旧関東の幹部メンバーを集まった会議室には、20名程の関係者が集まっています。

議題はもちろん、今回の世界樹の隆起事件について。

まず、麻帆良の電子精霊ネットワークの責任者である明石教授に状況説明をお願いします。

 

 

「えー、まず、地上に露出した世界樹の根ですが・・・」

 

 

2時間の調査の結果、世界樹の根の地上部への隆起は、外部からの魔力干渉による物と判明しました。

電子精霊や学園結界その物に変調は無く、魔力の発生源は麻帆良内部に限定。

加えて、地下に取り残された(取り込まれた?)人間が存在し、おそらくはその人物達のいずれかが原因と見るのが自然ですが・・・。

 

 

「相坂さよ、土御門明楽・・・そして、安倍晴明の3名です」

 

 

明石教授の報告に、頭を抱えたくなります。

3人が3人とも、扱いに困る。

相坂君は、いわずと知れた魔法世界側の重要人物の身内。

後の2人は、それぞれ旧関西側の重要人物です。

組織内のパワーバランスなども考慮しなければなりませんが・・・。

 

 

「すぐに救出すべきだ!!」

 

 

・・・と言う意見が、予測通りに旧関西側から出されます。

旧関東側も、人道的見地から救助自体には反対しません。

しかし・・・。

 

 

「どこにいるのか、わからないのではな・・・」

 

 

この6年で幾分老け込んだようにも見えるガンドルフィーニ先生が、溜息を吐きながら首を横に振ります。

・・・後の2人はともかく、相坂君の方は急を要すると聞き及んでいます。

 

 

ですが、どこにいるのかがわかりません。

すでに調査隊や救助隊も向かわせたのですが、魔法使いであろうと陰陽師であろうと、肝心の地下に入れないのです。

麻帆良中の世界樹の根が動いたようで、地下への道が軒並み封鎖されてしまいました。

しかも並の陰陽術や魔法では火力が足りず、しかも霊木である世界樹には退魔の剣である神鳴流も通用しないのです。

 

 

「それと、電子精霊による監視を続けた結果・・・世界樹内部の魔力がまだ安定していない、との結論に達しました」

「何と・・・」

「では、不用意に近付くのはかえって危険か」

 

 

明石教授のさらなる報告に、弐集院先生と神多羅木先生が呻くように言葉を紡ぎます。

・・・最悪の場合。

 

 

「・・・世界樹自体を排除・封印せざるを得ないかもしれませんね」

「そんな!」

「まさか!」

 

 

私の言葉に、場がどよめきます。

世界樹は、日本統一連盟にとってはかけがえの無い財産ですが。

しかし・・・それ自体が一般市民にまで危険を及ぼすとなれば。

我々としても、決断せざるを得ないでしょう。

 

 

「とにかく、すぐに第二次救助隊を編成して・・・」

「いや、まずは世界樹の観測をやり直すべきではないのか?」

「そんな悠長なことを言っていたら・・・」

「ことは高度に政治的な・・・」

「・・・!」

「・・・」

 

 

・・・激しい議論が重ねられる会議室。

その中にあって・・・ただ一人、沈黙を守っている人間がいることに、私は気が付きました。

俯いて、何事かを考えているその人物は・・・。

 

 

・・・瀬流彦先生、でした。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

会議は、30分ほどで一応は終わった。

決定打になるようなアイデアは出なかったけど・・・一般人を守るために最大限努力することが、確認された。

・・・まぁ、それは良いよね。

 

 

会議の後、詠春さんに時間を貰えるかって聞いたら、5分だけ時間を割いてもらえた。

別室で話そうってなって・・・ああ、もう結論から言っちゃうね。

辞表、出したんだ、僕。

 

 

「・・・辞めたいと?」

「はい」

「・・・・・・このタイミングで?」

「はい」

 

 

よどみ無く、答える。

会議室の隣の部屋で、詠春さんに辞表を渡す。

これで僕は、もう魔法先生じゃない。

 

 

「非常識ですね」

「・・・はい」

 

 

はっきり言われて、苦笑する。

辞表にだって、出すタイミングもあれば経るべき手続きがある。

それを無視して辞表だけ渡しても、意味が無い。

 

 

だからこれは、僕の我侭だ。

うん、普通に社会人失格だね。

 

 

「一応、理由を窺っても?」

「・・・」

 

 

詠春さんの言葉に、僕は右手の中に持っていた物を詠春さんに見せた。

それは、紫色の宝石(アメシスト)のついたシンプルな指輪だった。

・・・明楽さんが身に着けていた物。

 

 

そして、僕が彼女を引き上げ損ねた時に取れた物だ。

指輪だけが・・・僕の手に残った。

 

 

「・・・」

 

 

・・・僕と明楽さんの関係は、詠春さんも知ってる。

と言うか、詠春さんが土御門の家に口添えしてくれたって言うのも、婚約成立の裏話であったりもするしね。

だからかもしれない、それ以上は何も言わなかった。

ただ、深々と溜息を吐いて・・・。

 

 

「・・・羨ましいですね」

「へ?」

「いえ、今の貴方のような決断が、6年・・・いや、10年前の私にできていたら、と思いましてね」

 

 

・・・たぶん、娘さんのことを思い出しているんだと思う。

あの京都修学旅行での事件で、この人は踏み出したはずだから。

だけど、僕はそれに首を振る。

 

 

「僕はただ・・・ちょっと、真似をしてみたいと思っただけですよ」

 

 

自分の大切な人のために、それ以外の物を切り捨てることができる。

6年前の時点でそれをしていた、白い髪の女の子。

僕はただ、あの子の真似をしたくなっただけだ。

 

 

「・・・お世話に、なりました」

「・・・」

 

 

最後の言葉には返事が無くて、僕はそのまま退室した。

すると・・・。

 

 

「・・・よっ」

 

 

神多羅木先生やガンドルフィーニ先生、麻帆良の魔法先生達がいた。

・・・ちょっと、驚いたけど。

明石教授は肩を叩いてくれて、シャークティー先生は僕のために祈ってくれた。

刀子先生は目礼だけで、弐集院先生は餞別の肉まんをくれた。

・・・肉まんはちょっと、アレだけど。

 

 

でも、皆が僕を送り出してくれようとしてるのは、わかった。

この6年、僕が学園長になんてなっちゃって、迷惑もたくさんかけちゃったけど・・・。

・・・僕は、ぐっ、と発動体の杖を両手で握った。

 

 

「あの・・・「た、大変です!」・・・え?」

 

 

僕が皆に何か言おうとした時、関西の陰陽師の人が駆け込んできた。

 

 

「ち、地下から信号が送られてきています―――晴明様です!!」

 

 

その言葉に、僕達の間の空気が一気に緊張した。

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

陰陽術の極意は、異なる技術(モノ)との交合(まじわり)にこそある。

我はこの数年で、西洋の魔法なる物を学んだ。

主に、西洋の鬼(エヴァンジェリン)から勝手に技術を盗んだ。

 

 

向こう側(まほうせかい)では、その件で良く揉めた物じゃが。

・・・まぁ、それはそれとしてじゃ。

 

 

「まぁ、こんなような物じゃろ」

「晴明様、意外と機械に強いんですね・・・」

「そうかの? 主の携帯のじーぴーえすは生きておるか?」

「すみません、携帯電話は持たない主義で」

「ほぅ、今時珍しいの。じゃが持っておった方が良いぞ、現代人の必須アイテムじゃ」

「は、はぁ・・・」

 

 

最近は何やら、携帯電話を超える超小型電子機器もあると言うでは無いか。

昔は陰陽術や魔法でしかできなんだことが、今や一般人の多くが普通にできる時代じゃ。

遠くの人間と意思疎通することも、素早く物を運ぶことも。

 

 

深い地下にあって、外に助けを求める手段とかの。

赤い光を点滅させながら外に何かしかの信号を発信しておるさよ殿の車椅子を見ながら、そう思った。

・・・まぁ、車椅子自体は半壊しておるから、信号を発信する以外はほぼ何もできんが。

 

 

「怪我は無いかえ、土御門の娘?」

「は、はい・・・あ、髪留めが・・・」

 

 

腰にまでサラリと流れた黒髪の一房を手に取りながら、土御門の娘がそんなことを言う。

ふーむ、髪留めは・・・と。

 

 

「ほれ、シニョンでよければあるぞ」

「あ、ありがとうございます」

「構わん。我の持ち物では無いしの」

 

 

半壊した車椅子の籠の中から、いくつか髪留めを放ってやる。

その時の受け止め方から見ても、どうやら怪我は本当に無いらしい。

・・・ふむ。

 

 

「ほれ」

「わっ・・・あ、懐中電灯?」

「この空間では、陰陽術と魔法はどうにも使いにくいようじゃし、それを光源にするしかあるまい」

 

 

世界樹と言ったか、どうにも妙じゃの。

魔力はともかく、気の流れすら遮るとなると・・・。

 

 

視界を上げれば、そこは木の根のドームのような場所じゃ。

大きな木の根がいくつも寄り合わさってできたような、そんな場所じゃ。

そこの、どうやら木の根と根の間の空間に落ち込んだらしい。

・・・ふむ、どうにか進めそうな隙間があるの。

我自身には、光は必要無い。

どのような暗がりであろうと、普通に見える。

 

 

「では我は奥に進む故、主は車椅子の傍で救援を待つが良い」

「・・・いえ、私も行きます」

「何?」

「晴明様お一人にするわけにはいきませんし・・・それに」

 

 

土御門の娘は、懐中電灯の光を道の先にやりながら、そう言う。

 

 

「それに・・・あの女の子を、探しに行かないと」

「・・・うむ」

 

 

・・・さよ殿を、一刻も早く見つけねばならぬ。

ここに引き込まれる前から、陣痛が始まっておったことを考えると・・・。

・・・急がねば、ならぬ。

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

・・・なるほど、そう言うアレかよ。

どうにか片した大学寮の部屋で、私は9台のパソコンを前に頭を抱えていた。

 

 

・・・ちなみに私の自作パソコン1台、ぼかろの専用パソコン8台だ。

ぼかろ専用の方は、ぼかろが自分で勝手に発注して自分達でカスタマイズした奴だ。

普通に、私のより性能が良いんだぜ畜生・・・。

・・・しかも、自分達で稼いだ(デイトレード)した金でな。

だから、文句が言えねぇ・・・いや、元は私の貯金なんだけどな?

 

 

『ぬふふのふ、連中の会議の様子は筒抜けですぜ親ビン』

「誰が親ビンだ、誰が!」

『ふふふのふ、連中の情報を手に取るように御前に、電子の女王(マイ・クイーン)

「誰が女王だ、だ・・・あ、いや確かに連続ブログ女王記録樹立中だけど」

 

 

いや、まぁ、それはそれとして。

ミク達が集めた情報によれば、なるほど、これは「あっち」側の話だったってぇわけだ。

世界樹・・・あの非常識なでけぇ木が、今回の騒動の原因たぁね。

さぁて、どうするかなぁ。

 

 

「・・・街の連中の様子は?」

『世界樹広場周辺の住宅街からは、避難が終了したみたいですねー』

『でも、世界樹の根は麻帆良域外にまで張り巡らされています』

『『この先、どうなるかは保障できません』』

「なるほど、ねぇ・・・」

 

 

さぁて、この私の平穏な一般人ライフに影響を与えてくるとは、かなりムカつくが。

この大学寮も、いつ避難対象になるかわかったもんじゃねぇ・・・。

 

 

『どうします、まいますたー?』

 

 

そうだな・・・。

 

 

『とか言って、もういろいろと勝手にやってたり♪』

「おぉいっ!?」

 

 

せめて、マスターの命令を待てよ!?

・・・いや、マスターじゃないけどな!?

じゃあ、文句言う筋合いは無いじゃね・・・って、そうじゃねぇ!

 

 

『まったまたぁ~、もう、まいますたーのツンデレ』

「コイツらは、何年経っても・・・!」

『ねぇねぇ、知ってますかまいますたー?』

「あん?」

 

 

どうせまた、どうでも良いようなことをグダグダと・・・。

 

 

『陣痛の平均時間って、12時間なんですって』

「・・・」

『一説によれば19時間とか言われますし、10時間ってこともあるそうですけど・・・』

 

 

・・・ちっ。

・・・・・・くっそが!

 

 

「おらっ、モタモタすんな! 魔法だ陰陽術だなんて言うオカルトが通じなくても・・・」

『あいあい、まいますたー!』

 

 

人間には、まだ科学ってモンがあるんだよ。

・・・現実的な範囲でな!

 

 

 

 

 

Side ハカセ

 

ドンッ・・・と、音がします。

骨が折れるようなその鈍い音は、断続的に3時間以上、続いています。

終わることなく。

 

 

「スクナさん・・・」

 

 

その音の原因の名前を、私はぽつりと呟いてみます。

でも、呟いたからと言って、何かが変わるわけじゃありません。

ただ・・・。

 

 

「・・・凄い」

 

 

相坂さんや晴明さん達が消えた、あの場所。

ここはもう、一般人は誰もいません。

完全に隔離されていて、割れた地面にはみっしりと木の根が詰まっています。

そして、その木の根に・・・スクナさんはひたすら、拳を打ち付けているんです。

 

 

ドンッ!

 

 

何も言わず、ただ一心不乱に。

どんな魔法でも陰陽術でも・・・こじ開けられない木の根の壁。

それが、スクナさんの拳で陥没してる。

スクナさんの身体が、地面の下に見えなくなるくらい・・・。

 

 

「・・・信号は、まだ来てる・・・」

 

 

私の端末には、1時間ぐらい前から信号が届いてる。

地下から・・・発信源は真下、相坂さんの車椅子。

相坂さんは、かなり危ない状態のはず。

 

 

ちら、と横を見れば、そこには茶々丸の姉妹機が並んでる。

救出と同時に処置ができるように、助産機能を付けてあります。

けど、下に行けないんじゃ・・・。

・・・許可も、下りてない。

気持ちが焦れて、親指の爪を噛む。

 

 

「このままじゃ・・・」

「ハカセ君!」

「・・・瀬流彦先生?」

 

 

その時、瀬流彦先生が本部ビルの方向から走ってきた。

手に杖を持って、必死の形相で田中タイプのロボ軍団の規制線を越えて来る。

 

 

「ど、どうしたんですか、そんな慌てて」

「じ、状況はどうなってる!?」

「へ? え、あ、状況ですか。えーっと・・・」

 

 

少し面食らいながら、私は状況を説明した。

魔法・陰陽術での突破が不可能、でもスクナさんが頑張ってくれてること。

でももう、3時間以上が経っていて、中がどうなっているのかわからないこと。

あと・・・。

 

 

「せめて、詠春さんがロボ軍団の使用を許可してくれれば・・・」

 

 

その場合、最大火力で穴を開けられます。

魔法・陰陽術では無理でも、私のロボ軍団ならば。

・・・その後のことが、ちょっとリスキーですけど。

世界樹への影響とか、いろいろと。

 

 

ドンッ!

 

 

また、スクナさんが拳を撃ちつける音。

同時に、膨大な余波で周囲が揺れます。

・・・正直、アレも結構リスキーだよね。

 

 

「くっ・・・スクナ君、僕も手伝うよ!」

「いやいやいや、瀬流彦先生は繊細なんですから、近付いちゃダメですよ!」

「止めないでくれっ、ハカセ君!」

「いやいやいや、冷静になりましょうよ瀬流彦先生!」

 

 

スクナさんの所に行こうとする瀬流彦先生の身体に抱きついて、止めます。

瀬流彦先生じゃ、正直・・・その、実力とか魔力とか、普通の人には・・・。

・・・スクナさんクラスの人で、ようやくアレなんですから。

 

 

その時、私達の頭上で・・・ザシッ、と何かが降りてくる音がしました。

ふと、見上げてみれば・・・。

 

 

「およよ? お取り込み中だったかな~?」

 

 

空に昇りつつあった綺麗な月を背景に、その人はそこにいました。

少し崩れたカフェの、屋根の上。

腕を組んで、悠然と・・・シスター服の裾を風にはためかせて。

 

 

「・・・春日さん!?」

「はーい、春日さんですよっと」

 

 

どこかおどけた風に、春日さんは片目を瞑ってウインクしてきました。

・・・その手に、一枚の書状を持って。

 

 

 

 

 

Side 春日美空

 

まぁったく、シスターシャークティーも人使い荒いよねぇ。

人がせっかく、たまの休みにココネと寝てたってのにさ。

いきなり呼び出して、最高速で書類届けろってんだから。

 

 

そんなんだから、最近小皺が増えたんだよ。

・・・おっと、今のはシスターシャークティーには内緒ね?

シスター、怒ると今でも怖いんだよ。

 

 

「えーっと、んじゃあ、手っ取り早く用件だけ伝えるね」

 

 

下であんぐりした顔で私を見上げるハカセと・・・何で瀬流彦先生がいんのさ、会議中じゃないの?

シスターはまだ本部にいるのに・・・まぁ、良いか。

さっさと仕事やって帰ろ。

えーと・・・シスターから渡された書類を、ばさっとカッコ良く開こうとして・・・失敗。

普通に封を切って開ける。

 

 

「んーと、ロボ使ってよし! 的なことが書いてあるよ、うん、以上」

「・・・それだけですか!?」

「それだけって・・・何か不満なの?」

「いえ、十分です!」

 

 

・・・じゃあ、何で最初に「それだけ!?」とか言うのさ。

別に良いけどさー。

 

 

「スクナさん! 今からそこを『こじ開け』ます! 下がっててください!」

 

 

そう叫ぶと、ハカセは何か高速で端末を叩き始めた。

ガガガガガ・・・と、こっちまで音が聞こえてくるくらいの勢いで、端末を叩いてる。

・・・壊れるよ?

 

 

すると、数秒もしない内にババババッ・・・と言う音が響いてきた。

何事かと上を見てみれば・・・。

 

 

「わ・・・わー、お・・・?」

 

 

何か、田中さんが5人(5体?)程、空中でホバリングしてた。

その田中さん達は、何か大きな黒い大砲みたいな物を運んでて。

その砲身は、真下・・・つまり、地割れの中の世界樹の根に向けられてる。

・・・うん、嫌な予感しかしないよ、ココネ。

 

 

「茶々丸の置き土産・・・『セワード・アーセナル165mm多目的破砕(デモリッション)・榴弾砲(ガン)』!!」

 

 

・・・いやいやいや、何さそれ。

せ、せわーど・・・?

 

 

「各機搭載精霊路同調・・・火精霊高濃度圧縮完了、エネルギー充填!」

 

 

空中で、ボッ・・・と田中さんの背中と足のあたりからオレンジ色の光が溢れ出る。

な、何だろアレ、魔力とちょっと違うような。

えーと、逃げても良い?

とか何とか、考えてる内に・・・。

 

 

「発射(ファイア)ぁっ!!」

 

 

タンッ・・・ハカセが端末を叩いた、瞬間。

世界樹の根の所から、白髪の和装の子がどいて・・・。

 

 

・・・戦争モノの映画とかでさ、爆撃の音とか聞いたことある?

 

 

それの10倍くらいでかい音と衝撃と爆風が、私を襲った。

地面に降りて伏せてれば良かったぁ――・・・。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「・・・ぃよーしっ、完璧です! 計算通り!」

 

 

・・・爆風が収まった後、ハカセ君が気持ち良いくらいの笑顔でガッツポーズしてた。

何か今、一般の人間が持ってたら大問題な兵器が目の前で炸裂したような気がするんだけど。

まぁ、ハカセ君のロボ軍団は、大なり小なり危険極まりない兵器としての側面を持ってるんだけど。

 

 

「待ってください、スクナさん!」

 

 

チリチリと焦げ臭い臭いが漂う中、世界樹の木の根で閉ざされていた場所に、大きな穴が開いてる。

その中に即座に飛び込もうとしたらしいスクナ君を、ハカセ君が止める。

土ぼこりを被った端末を持ったまま、スクナ君の傍に駆け寄る。

 

 

「この子を連れて行ってください」

 

 

そう言って、ハカセ君は茶々丸君に似たタイプのロボットを示した。

ペコリ、とロボットが礼儀正しく礼をする。

対するスクナ君は、あまり良い顔をしていなかった。

 

 

「邪魔だぞ」

「相坂さんのためです、きっとお役に立ちます。スクナさん一人で、相坂さんの出産を手助けできますか? いえ、仮にできるとして・・・出産した後の赤ちゃんのケアの現代知識を、どの程度お持ちですか?」

「・・・僕(スクナ)は神様だぞ」

「真面目に話をしてください」

 

 

・・・いや、スクナ君は極めて真面目に話してると思うよ?

と言うか、ハカセ君もスクナ君の正体を知ってるはずなんだけど。

・・・って、こんなことをしている場合じゃ無い。

 

 

「ぼ、僕も行くよ・・・いや、行かせてくれ!」

「・・・え、でも瀬流彦先生は・・・その」

「わかってる」

 

 

言いにくそうにするハカセ君に、はっきりと答える。

正直に言って、僕が行っても仕方が無いかもしれない。

凡人だしね、僕。

・・・けど。

 

 

「助けなくちゃいけない人が、いるんだ」

 

 

はっきりと、そう告げた。

僕は、明楽さんを助けに行かなくちゃいけない。

・・・二度と、助け損ねたくないから。

 

 

「・・・好きにすれば良いぞ」

「あっ・・・スクナ君!」

 

 

スクナ君は、僕を気にした風も無く、すぐに地下へと跳び下りた。

・・・好きにしろってことは、ついて行っても良いってことだよね?

見てみると、開いた穴が少しずつ新しい根で塞がれつつあった。

急がないと・・・。

すると、背後から誰かにガシッと掴まれた。

 

 

「え、えーと、キミは・・・」

「ちぅ・・・じゃなく、茶々美とお呼びやが・・・ください」

「は、はぁ・・・」

 

 

茶々丸君に良く似たそのロボットは、僕の身体を掴んだままホバリングを始めた。

わ、わわわっ・・・。

 

 

「あ、ちょ・・・まだプログラミングして無いのに、何で・・・!?」

 

 

ハカセ君の、何か気になる声を発してたけど。

新しい根で塞がる寸前、僕と茶々美君は地下に入ることに成功した。

待ってて、明楽さん・・・!

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

・・・後方から、何やらただごとでは無い音と振動が聞こえた気がしたが。

ふと足を止めて振り向いてみるが、随分と進んだ故、何もわからなんだ。

その代わり・・・。

 

 

「疲れたかの、土御門の娘」

「い、いえ・・・大丈夫です」

 

 

土御門の娘が、壁に手を着いて息を上げておった。

衣服の所々が泥と土埃で汚れており、シュシュで結い上げた髪も少しばかり乱れておる。

狭い木の根の間を潜ったり登ったり降りたりしたからの、陰陽術が使えん分、体力の消耗が激しいのであろう。

最初の場所から、1時間以上歩き通しじゃ。

 

 

我は、体力とかそのような物を気にする必要が無い。

この身体・・・『水銀燈』は、依代に過ぎん。

飛べるしの、一応。

 

 

「休むかの?」

「いえ・・・大丈夫です」

 

 

呼吸を整えて、土御門の娘は壁から手を離した。

無理せずとも良かろうに・・・。

 

 

しかし、ここまで進んで離れるとなると、逆に危険やもしれぬ。

さよ殿のことも気にかかる、先を急がねばな。

土御門の娘には酷じゃが、頑張ってもらうしか無い。

ペタ・・・と、壁に目印代わりの札を貼って、先へ進む。

 

 

「それにしても・・・妙な道じゃの」

「はい?」

「いや、奥に進むにつれて道が広くなる」

 

 

こう言う場合、奥に進むにつれて道は狭く、険しくなる物じゃと思うのじゃが。

まぁ、偏見と言われればそれまでじゃが。

最初は人が一人通れるかどうかと言うレベルになっておったのじゃが、今では3人ほどは通れそうじゃ。

土御門の娘のように、徒歩で進む者には良いじゃろうが。

しかし、ここは世界樹のどのあたりか・・・図書館島とかじゃろうか?

 

 

「晴明様」

「うん?」

 

 

そしてさらに幾分か進んだ頃に、大きな空間に出た。

20メートル四方ほどの空間じゃろうか、玉の内部のような場所じゃ。

円形の壁の四方から、中心に向かって血管のように脈打つ木の根が伸びておって、気持ちが悪いのぅ。

 

 

「・・・晴明様、あそこに!」

「む・・・?」

 

 

土御門の娘が指差したのは、木の根のまさに中心。

血管のように脈打つ木の根が寄り合わさって、さらに小さな玉を形成しておる。

そして、木の根の隙間から見える、あの布地は・・・さよ殿の衣装の布地か!

 

 

「さよ殿!」

 

 

聞こえるかどうかは定かでは無いが、声を上げる。

しかし、返答は無い。

 

 

「とにかく、あそこから下ろさないと・・・あぅっ!?」

「土御門の娘っ・・・むぅっ!?」

 

 

さよ殿を包む木の根を千切り取ろうとした瞬間、土御門の娘と・・・我の身体に、木の根が絡みついてきおった。

しかも、シュルッ・・・と巻きついた後、ギチギチと締め上げてきおるわ・・・!?

 

 

「あ、あ・・・っ・・・晴・・・」

「つ、土御かっ・・・!」

 

 

物の数秒で、我らの身体の大半が木の根によって覆われてしまう。

掴んで、締め上げ、包み込んで・・・まるで、自らの意思を持っておるかのように。

 

 

「ぐっ・・・!」

 

 

ギ、ギギッ・・・と陶器の身体から嫌な音を立てつつ、どうにか懐から札を取り出す。

しかし、それまでじゃった。

まさに陶器に無理な圧力を与えた時に上げる音を立てていた、我の腕が・・・待て待て待てっ!

 

 

「ぬ、ぬぬうううぅっ、さよ殿・・・っ」

 

 

奮闘、虚しく。

ボギンッ・・・と、折れた。

 

 

 

 

 

Side スクナ

 

さーちゃんを助けに来たら、何か変なのがついてきたぞ。

それも、2人も。

 

 

「本当に来たのか」

「来るよ! そりゃあね!」

「私は付き添いみたいなもん・・・のような物でございます」

 

 

茶々丸みたいだけじゃないけど茶々丸みたいな奴と、あと・・・・・・。

・・・・・・えーと。

 

 

「とにかく、僕(スクナ)は行くぞ」

「お待ちください」

 

 

その時、茶々丸みたいな奴に止められたぞ。

何だと思えば、目がチカチカ光ってたぞ。

 

 

「・・・っし、方位を確認。ここから歩幅で計測しながら進む。先導するからついて・・・来てくださいまし」

「・・・喋り方変だぞ、お前」

「確かに、ハカセ君のロボットにしては・・・」

「そ、そうですか? おほほほ・・・」

 

 

・・・変な奴だな。

それから、茶々美と瀬流彦(・・・2人がそう呼び合ってたぞ)と一緒に歩いたぞ。

すぐに、さーちゃんの車椅子を見つけたぞ。

かなり、壊れてたけどな。

 

 

「さーちゃん・・・」

「信号の発信機能と一部の備品が使用された痕跡がある、先に進んだんじゃねーか?」

「・・・茶々美君?」

「お、おほほほ・・・」

 

 

先に進めるような道があった・・・壁に、晴明の札が貼ってあったぞ。

きっと、こっちだ。

 

 

「ず、随分、進むね・・・」

「だな・・・い、いや、ですね」

 

 

瀬流彦は、たまに茶々美に手伝ってもらってたぞ。

僕(スクナ)は、それに構わずにドンドン進むぞ。

早く、さーちゃんの所に行かないと・・・。

 

 

「・・・遅いぞ」

「ご、ごめん」

「へーへー・・・です」

 

 

晴明の札を頼りに、先に進む。

大体、1時間ぐらい進んだと思うぞ。

それくらい歩いた時・・・。

 

 

「・・・わ、広い空間に出たね」

「みたいだな・・・3キロと少し進んでる。高低差を考えて・・・麻帆良のちょうど真ん中あたりか? 22年に1度、世界樹の魔力が集まる空間・・・」

 

 

そこは、妙な気配の部屋だったぞ。

木の根でできた玉みたいな場所で、四方から木の根が中心に伸びてる。

そこには、小さな木の根の玉があって・・・さーちゃんの香り!

良く見ると、さーちゃんの服が木の根の間から、見えたぞ!

 

 

「さーちゃん!」

 

 

呼んでも、答えは無い。

待ってろ、今すぐにそこから出すぞ!

 

 

「うん? ちょっと待ってくれ、何か変・・・」

「さーちゃん!!」

「聞けよ! って・・・下だ!」

 

 

茶々美の叫び声が聞こえたと同時に何かがスクナの足に絡みついたぞ。

さーちゃんの所に行くことしか考えて無かったから、避けられない。

顔面から、床にぶつかる。

 

 

「な、何だよコレ・・・!」

「しょ、処理落ちしちまうっつーの!」

 

 

瀬流彦が杖を構えるけど、それごと木の根は瀬流彦を絡みとるぞ。

茶々美は空中に飛んだけど・・・四方から木の根が飛んできて、蜘蛛の巣にかかったみたいな状態になるぞ。

ギリリ・・・きつく締め上げられる音が響く。

 

 

「ぐっ・・・ぁ・・・・っ!」

「ちょちょ、壊れる壊れる・・・!」

「・・・さーちゃん!」

 

 

ブチブチと音を立てて根を切ることはできる、上のより柔らかいぞ。

けど、1本取る度に新しいのが3本絡んできて、キリが無いぞ。

地面の上でゴロゴロしながら、ちっとも進めない。

 

 

さーちゃんのいる場所に、手を伸ばす。

でも、届かない。

この手じゃ、届かない。

この手の長さじゃ、届かない。

この身体じゃ、届かないぞ、恩人(アリア)・・・!

 

 

ギリッ、響いたのは僕(スクナ)の骨が軋む音か、木の根が軋む音か。

せめて・・・せめて、僕(スクナ)が鬼だったら!

 

 

「こ、これっ・・・何、だろ・・・!?」

 

 

その時、喘ぐような瀬流彦の声が聞こえたぞ。

身体の右半分が木の根に埋まりつつある瀬流彦の左手には、一枚の札。

アレは・・・晴明の札だぞ!

でも、どうしてこんな所に・・・?

 

 

 

 

 

Side 長谷川千雨

 

『き、機体耐久度20%低下―――っ!?』

『このままでは、この後の任務に差し支えます!』

『こんなの、壊れちゃうよぉっ』

『『あ、今のちょっと良い感じじゃない?』』

「やる気あんのか、てめぇらっ!」

 

 

くそっ、くそくそくそくそっ!

頭部装着型映像装置(ヘッドマウント・ディスプレイ)越しに変化する状況に嫌になりながらも、ぼかろに指示を出すための9台のパソコン同時打ちはやめねぇ。

コレやめたら、麻帆良側にバレずに茶々美の身体を使うのがキツくなりやがる。

 

 

だが、どうする・・・どうすりゃ良い!?

このまま行けば、パーティは全滅だぜ・・・ダメだ、ゲーム用語を使っても気を紛らわせることもできやしねぇ。

 

 

『ま、まいますたー!』

「諦めるんじゃねぇ! むしろ燃えてきたぜ・・・おい、あの広間ってどんな構造だったっけか!?」

『え、えーっとぉ・・・』

 

 

ピピッ、と画面の片隅に出るのは・・・22年に1度、魔力溜まりができる空間だ。

大体、麻帆良の真ん中あたりの空間なんだが・・・歩測が正しければ。

ピピピピッ・・・と、ミク達が360度の俯瞰図を見せてくれる。

ここから、逆転の1手は・・・!

 

 

「おいっ、スクナ!」

 

 

茶々美に繋がってるマイクに向けて、叫ぶ。

これが外れたら、お手上げだぜ・・・!

 

 

「下だ!」

 

 

茶々美を動かして、茶々美の左腕を着脱(パージ)する。

木の根に絡まれていた左腕が外れて・・・その下の軽機関銃が自由になる。

即座にそれを―――ぼかろに照準補正させた上で―――撃つ、撃ちまくる。

それはスクナに絡んでた木の根の先を、撃ち抜いた。

 

 

スクナの攻撃は・・・若干だが、一番硬度が高いと思われる外郭の根を傷付けていやがった。

・・・なら!

 

 

「ぶち抜け! 下は・・・空洞だ!!」

『・・・うおおおおおおぉぉぉぉぉっっ!!』

 

 

雄たけび一発、スクナが地面に拳を叩きつける。

ズンッ・・・と、画面が揺れた。

・・・もう一発!

 

 

ズンッ・・・次の一撃の時には、画面上の木の根の床は大きく揺れてやがった。

ギシリッ、嫌な音が全体に響く。

その時、茶々美の機関銃が新しい根に捕まった。

スクナにも、新しい根が行く。

・・・けど。

 

 

『ハアアアアアァァァァッッ!!』

 

 

遅かったな。

3回目で、木の根の床が抜けた。

スクナが木の根の床をブチ抜いて・・・木の根のボールみたいな空間が、グラリと揺れる。

下は、思ったとおり・・・細い道と、でかい空洞。

魔力溜まりの部屋、今は無いが。

 

 

スクナが、どうやってんだかは知らねーが、空中で身体を固定する。

だが、そっから相坂の所まで行けるのか・・・?

援護しようにも、茶々美もちょっとキツい。

 

 

『リョウメンスクナ!』

『・・・晴明!?』

 

 

吹き飛んだ木の根の中から、変な人形が出てきた。

手が1本、足が2本なくなってて、かなりボロボロだが・・・。

 

 

『・・・札を喰え! 限定解除じゃ!』

『晴明!』

『構うな! 我が壊れても、代わりはまだある・・・!』

 

 

人形が、空洞の・・・下へ、深い深い底へ、落ちていった。

・・・あの人形、喋って無かったか・・・?

右足を着脱(パージ)、そこから出るのは、ビーム状の刃。

ハカセの奴、何てモンを作ってんだ。

実は世界征服とか狙ってるんじゃないだろな。

 

 

「瀬流彦先生、たぶんその札だ!」

 

 

とにかくそれで左腕の根を切る、気分は格ゲーだな。

再び自由になった左腕の軽機関銃で、今度は瀬流彦先生の方を撃つ。

スクナがブチ抜いた余波で、身体が半分落ちかけてた瀬流彦先生が、どうにか自由になる。

根をロープ代わりによじ登りながら、口に咥えてた札を杖に巻く。

それを。

 

 

『瀬流彦!』

『行っけええええぇぇぇ―――――っ!!』

 

 

スクナの声に、瀬流彦先生が札を巻き付けた杖を投げる。

途中、木の根がいくつか杖の進路を塞ぐ。

 

 

「ぼかろ!」

『『『『『『『『Append』』』』』』』』

 

 

私のマザーパソコン以外の8台の画面が、赤く輝く。

カウントと同時に始まるのは、木の根の行動予測と照準補正、茶々美の機体制御・・・。

・・・ディスプレイに浮かぶターゲットサイト・・・。

 

 

「・・・狙い撃つぜ!」

 

 

旧3-Aメンバーで言えば龍宮が言いそうな台詞を言いつつ―――でも、押すのはエンターボタン―――撃つ。

まぁ、実際にはぼかろが全部やってんだけどな。

木の根の先を吹っ飛ばす、木の根の真ん中で千切り飛ばす、そして撃ち抜く。

 

 

木の根を撃ち抜いて、杖がスクナの手に渡る。

手にって言うか・・・口でキャッチして。

杖を噛み千切って、それごと札を嚥下しやがった。

 

 

『うえっ・・・』

「・・・ねーわ」

 

 

思わず、酷いことを呟いちまったぜ。

だけど、本番はここからだな・・・!

待ってろ、相坂。

 

 

『まいますたーってば、やっさしー』

『『ひゅ~、ひゅ~』』

「うるせぇ!」

 

 

良いか、私は別に相坂が心配だったとか、元クラスメートのよしみとか、そう言うんじゃねぇんだよ!

た、ただっ・・・平穏に暮らしたかっただけだ、うんっ。

 

 

 

 

 

Side さよ

 

声が、聞こえる。

赤ちゃんの声・・・不安で、怖くて、泣いてしまいそうな、そんな声。

それが聞こえる度に、私は「大丈夫だよ」って、声をかけてあげます。

 

 

だって、わかるから。

お腹の中で、繋がっているからかもしれません。

わかるんです。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「・・・大丈夫、だよ・・・」

 

 

もう何時間続いているのかわからない痛みに耐えながら、お腹を撫でます。

頭って、このあたりかな・・・どうだろ?

できるだけ優しく、撫でてあげます。

 

 

赤ちゃんの不安が、消えるように。

赤ちゃんの怖さが、消えてくれるように。

赤ちゃんの涙が、止まってくれるように。

・・・わかる、よ。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「うん・・・わかるよ、不安なん、だよね・・・っ・・・」

 

 

この世界に、生まれてくるのが。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「・・・うん、怖いんだよ、ね・・・?」

 

 

この世界に、生まれてくるのが。

 

 

『・・・ママ、ママ・・・』

「泣きたくなるくらい不安、で・・・怖くて、生まれても良いのかって・・・」

 

 

・・・お母さんとの繋がりが切れて、外に出るのが怖い。

正直、エヴァさんが送ってくれた育児本とかには、載ってない。

生まれる前の赤ちゃんと、言葉を交わすなんて。

半分、神様だからかな・・・神様と、人間・・・ホムンクルスの間の、赤ちゃん。

普通じゃないかもし・・・っ、痛っ・・・!

 

 

「だ、大丈夫だよ、ゴメンね・・・っ」

『・・・ママ・・・』

「ゴメンね、不安にさせて・・・でも、大丈夫だよ・・・」

 

 

・・・生まれて、良いんだよ。

不安なことも、怖いことも、たくさんあるかもしれない。

今日から貴方の周りは、わからないことだらけかもしれない。

それに酷いこともたくさん、あると思う。

 

 

「でも、ね・・・」

 

 

それでも、貴方は生まれても良いの。

・・・ううん、私が生まれてきてほしいの。

不安なこと、怖いこと、酷いこと、辛いこと。

 

 

だけどそれだけじゃ無いってことを、教えてあげたいな。

会わせたい人達が、いるの。

 

 

「だから、大丈夫だよ・・・」

 

 

・・・エヴァさん、アリア先生、茶々丸さん、田中さん、晴明さん、カムイさん、私の家族。

他にも、たくさん・・・たくさん、お友達やお世話になった人達に。

貴方を、会わせたいの。

それと、ね・・・。

 

 

『・・・ママぁ・・・』

「・・・貴方の、パパに・・・会ってほしい、な」

『・・・・・・ぱぱ?』

「そうだ、よ・・・っ・・・すーちゃん、貴方の、パパはね・・・」

 

 

ビシッ・・・。

その時、何かが罅割れる音が聞こえました。

それは、次第に大きくなって・・・。

 

 

「・・・パパは、ね・・・」

 

 

目の前の壁が、崩れます。

かすかな光が差し込んで・・・私は、笑いました。

白い、大きな腕が・・・私を、私達を包み込んで。

 

 

「さーちゃん、大丈夫か!?」

「これは・・・助産ソフト、ダウンロード・・・!」

 

 

すーちゃん(パパ)の声と、茶々丸、さん・・・?

 

 

「・・・ね、パパの手は・・・あったかいでしょ・・・?」

 

 

だから、生まれて・・・くれない、かな・・・?

・・・ね?

 

 

『・・・ママ・・・』

 

 

う、ん・・・良い子、良い子・・・。

私の、赤ちゃん・・・。

・・・。

 

 

 

 

 

Side 瀬流彦

 

「さーちゃん!」

「すぐに処置を始める!」

 

 

上の方では、スクナ君と茶々美君が相坂君を無事、救出したらしい。

どう言うわけか、世界樹の木の根も動かなくなってる。

スクナ君が砕いた穴が徐々に広がる形で、ボロボロと木の根が崩れ始めていて・・・危ないんだけど。

 

 

「ちょ、明楽さんっ・・・!」

 

 

僕はまだその危険地帯にいるんだけど、何をしてるかと言うと。

・・・木の根を身体に絡めた明楽さんの左手を掴んで、引き上げようとしてる所。

ところが明楽さんは、どうしてか下のほうに手を伸ばして、身を乗り出して・・・。

無理に木の根を足場にしようと足を伸ばしているからスカートがずり上がって、伝線したストッキングに覆われた足が・・・いやいやいや、見て無いよっ!?

 

 

「明楽さん、落ちるからっ、下じゃなくて上に・・・!」

「でも・・・っ」

 

 

何を、そんなに・・・と、目を凝らして見ると、明楽さんの手の先には、木の根に引っかかった・・・。

・・・明楽さんの眼鏡が。

 

 

「め、眼鏡・・・?」

「・・・せんせと、買った眼鏡・・・っ」

「え・・・?」

 

 

いや、確かにそれは僕と一緒に今日、買った奴だけど・・・。

い、今はもうちょっとこう、別の心配を・・・っ。

事実、僕が足場にしてる根もいつまで保つかわからない。

発動体の杖も、壊れたし・・・。

 

 

「大丈夫です・・・ちゃ、ちゃんとっ、取って・・・!」

「いやいやいやっ、下を見ようよ!?」

「もう、少し・・・!」

 

 

明楽さんが眼鏡に手を伸ばすにつれて、僕と明楽さんの手がズレていく。

掌から、指先へ・・・あの時みたいに。

僕の手には、薬指の婚約指輪の感触が・・・。

 

 

・・・っ。

このっ・・・!

 

 

 

「―――いい加減にしろ!!」

 

 

 

生まれて初めて・・・女の子を、怒鳴った。

でも本当にこう、頭に来てる。

 

 

「せ、せん・・・っ!?」

「いい加減にしろよ本当! 僕が何のためにこんな危ない所でこんな危ないことしてると思ってるんだよ畜生! 普通なら僕みたいな後方の若造が来ちゃいけないんだ! それでも何で来たかわかる!? キミを助けるためにだろ!? それでキミが、僕よりも眼鏡の方を優先するとか、いい加減にしてよ!」

「やかてっ・・・せやかてっ」

「せやかてもかかしも無い! 僕は別に眼鏡に思い入れがあるわけじゃ無いんだ! キミに思い入れがあるんだよ! わからない? わかれよ! むしろ眼鏡が無い方が綺麗だ! 今度からコンタクトにしてみたらどうだろう!?」

 

 

あれ? 途中から変な話になってる気がする。

えーと、とにかく!

 

 

「眼鏡なんて良いから・・・僕の所へ、来いよ!」

「・・・っ」

 

 

明楽さんは、一瞬、泣きそうな顔をして。

もう一度、眼鏡の方を見て・・・そして。

 

 

眼鏡に伸ばしていた右手を引っ込めて、その手で僕の手を取った。

 

 

僕はそれに笑顔を見せると、両手で彼女の手を掴んで。

ぐっ・・・と、引き上げた。

僕が彼女の身体を引き上げて抱きとめた直後、足場が崩れた。

・・・眼鏡と、一緒に。

慌てて下がって・・・何とか、安全そうな場所にまで下がる。

 

 

「あ、危なかった~・・・ははっ、まぁ、まだ危ない場所なんだけどさ」

「・・・あの・・・」

「いや本当、無事で良かった~・・・あー、でも僕、これからどうしよ・・・」

「あのっ」

「へ?」

 

 

明楽さんの声に、下を向く。

当然、引き上げた時のまま・・・つまり、両手でガッチリ彼女を抱き締めてるわけで。

・・・ひゃわぁっ!?

 

 

「ご、ごごごごめんっ!? でもやましい気持ちは全然無くて柔らかいとか本当、全然!」

 

 

慌てて両手で万歳して、彼女を離す。

でも、どうしてか明楽さんはそのまま、僕にくっついていて。

僕の胸に、顔とか胸とか、身体全体を押し付けてきていて。

わ、わわわっ・・?

 

 

「せんせ・・・」

「え、えええぇぇ・・・?」

「・・・うち、せんせのこと・・・ほんまに・・・」

 

 

あ、標準語じゃない。

僕がそんなバカなことを考えた時。

 

 

・・・歌が、聞こえた。

 

 

それは、上から聞こえてきて・・・それに、花が。

世界樹の根に、白い大きな花が、いくつも咲いた。

白い花弁が、淡い光を発して・・・ヒラヒラと、花弁が舞い落ちてきた。

 

 

「これは・・・」

「綺麗・・・」

 

 

歌と、花と。

そして、泣き声。

それはまるで・・・奇跡、みたいだった。

 

 

 

 

 

Side スクナ

 

世界樹に、花が咲いたぞ。

茶々美の歌が、あたりに響いて・・・全てが、柔らかい。

白い花弁と柔らかな歌の中、泣き声が聞こえる。

 

 

「生まれた、ね・・・」

 

 

僕(スクナ)の右腕の中で、さーちゃんが呟く。

僕(スクナ)の右腕だけが鬼モードだぞ、でもそんなに大きくない。

身体の構造は変えられないから、晴明が札で限定解除した。

さーちゃんの身体を、包めるくらいのスペース。

 

 

そんなさーちゃんと僕(スクナ)の目の前には、茶々美がいる。

そして、茶々美の両手には・・・小さな、小さな布にくるまれた、赤ん坊がいるぞ。

とても大きな力を持つそれは・・・2つ。

2人、いたぞ。

 

 

「双子、だったんだ・・・」

 

 

溜息を吐くような声で、さーちゃんが言う。

そしてその声は、双子の赤ん坊の泣き声と、茶々美の歌で消える。

・・・茶々美の口から、8種類くらいの声が聞こえる気がするのは気のせいか?

ゆったりとした子守唄の中、双子の赤ん坊が泣く。

 

 

「・・・まだ、怖い・・・?」

 

 

・・・?

何の話だ?

 

 

「・・・でも、大丈夫・・・」

 

 

そっと、さーちゃんが赤ん坊の頬を撫でる。

力無く片手を伸ばして、2人の赤ん坊の頬に、順番に手を添える。

あやすように、2人の赤ん坊を撫でる。

 

 

「生まれてくれて・・・ありがとう・・・」

 

 

とても温かな声で、そう言ったぞ。

世界樹の変調も収まって、僕(スクナ)の力も十分に使えるようになる。

ふわり・・・と、浮きながら、さーちゃんと赤ん坊を包むぞ。

それで、その時・・・。

 

 

「・・・でも、ごめんね・・・」

 

 

ビキッ、と陶器が罅割れるような音がしたぞ。

それは・・・さーちゃんの身体から出た音で。

 

 

「さーちゃん・・・?」

「ごめんね、すーちゃん・・・」

 

 

ビシビシと、音を立てて。

さーちゃんの身体が、罅割れて。

体液が、まるで砂みたいに罅から流れ落ちる。

 

 

「・・・せっかく・・・来てくれたのに・・・」

 

 

まるで、何もかもを吸われ尽くしたかのように。

腕に、足に・・・そして、血と体液で汚れた服の下も。

さーちゃんの身体が、崩れていくぞ。

 

 

慌てて、僕(スクナ)の力を注ぐ。

でも、意味が無かった。

 

 

「・・・ごめ・・・」

 

 

ビシッ、と音を立てて、顔にまで罅が広がった直後。

さーちゃんの身体が、陶器が割れるみたいに崩れた。

後には、砂が残るばかり・・・さーちゃ・・・さ・・・。

 

 

「さよ―――――――――っっ!!」

 

 

白い花と、歌。

そして、泣き声・・・。

それだけが、残った。

 

 

さーちゃんは・・・いない。

 

 

 

 

 

Side 詠春

 

・・・事態が一応は収束した、翌朝。

私は再び、関係者を日本統一連盟の本部ビルの会議室に呼び集めました。

昨夜の事態の確認と今後の動向の見通しについての報告を明石教授から受けた後・・・。

 

 

関係者が居並ぶ中で、一人の魔法先生が私達の前に立たされておりました。

もちろん、瀬流彦先生です。

彼は今回、組織人としてしてはならないことをしました。

それに対して、処罰を下さなくてはなりません。

 

 

「瀬流彦先生」

「・・・はい」

「念のために聞きますが、何か申し開きはありますか?」

「・・・いいえ」

 

 

瀬流彦先生の言葉に頷いて、私は懐から彼の辞表を取り出し、机に置きます。

 

 

「受理できません」

「・・・」

「その上で、貴方を免職処分とします。後日、しかるべき部署から辞令が届くまで謹慎を命じます」

「だ、代表!」

「何でしょう、ガンドルフィーニ先生」

 

 

私の言葉に反応したのは、当の瀬流彦先生では無く、他の先生でした。

 

 

「た、確かに彼は勝手な行動を取りましたが、結果として事態の収拾に功績があります。罷免は・・・」

「いつも厳格なガンドルフィーニ先生らしくありませんね。それは結果論です」

 

 

今、問題となっているのは彼の功罪がどうと言う話ではありません。

彼が組織人でありながら、個人的な事情を優先させたと言う事実こそが問われているのです。

それがわかっているから、ガンドルフィーニ先生も言葉を続けられない。

 

 

「・・・ご迷惑を、おかけしました」

 

 

だからこそ、瀬流彦先生も何も言わずにこちらの決定を受け入れているのです。

だから、それで終わり。

彼の魔法先生としてのキャリアは、これで終わりです。

魔法使いとしての、人生もね。

 

 

「おそらく、もうここで会うことは無いでしょう。今までお疲れ様でした」

「・・・はい」

「・・・ではお元気で。そして・・・今後とも学園長としての貴方のご活躍を、祈っています」

「・・・はぃ・・・って、へ?」

「解散!」

 

 

会議の終わりを告げて、私は会議室を後にします。

扉を閉めた直後、賑やかになりますが・・・他に仕事があるので。

 

 

リョウメンスクナと相坂君が原因らしい今回の災害の後始末について、いろいろと。

ウェスペルタティア王国側とも話さないと・・・またクルト君か。

・・・私は、魔法関係者の人事権を持ってはいますが。

一般の学校職員の地位をどうこうする権限は、ありませんから。

・・・甘いですかね。

 

 

 

 

 

Side 晴明

 

うーむ・・・酷い目にあったわ。

コキッ、コキッ、と新しい身体を馴染ませるように動かしつつ、病室の鏡に自分を映す。

前の身体は、結局ダメになってしまったからのぅ。

 

 

鏡に映る我は、西洋の鬼の家から新しく持ってきた人形に分霊を固定しておる。

シルクハットに白のブラウス、青のケープとズボン、付属で金の鋏。

赤みのある茶色の短髪に、緑と赤の瞳、陶器の肌。

その名も、『薔薇ノ乙女・蒼星石』じゃ。

ふーむ、まぁまぁじゃの。

 

 

その時、コンッ、と我の頭に何かがぶつかった。

何かと思えば・・・哺乳瓶じゃった。

中にミルクが入っておる。

我はそれを手に、背後を振り向いた。

 

 

「さよ殿! ぽるたーがいすとはほどほどにせよ!」

『ご、ごめんなさーいっ』

 

 

そこには、我と同じく身体を失ったはずのさよ殿がおった。

ただし半透明で足が無く、普通の人間には姿も見えず声も聞こえぬが。

端的に言えば、幽霊じゃ。

陰陽師的には、調伏した方が良いのかのぅ。

 

 

「「ふええええっ、ふええええっ、ふええええっ」」

『はいはーい、ママはここですよ~♪』

 

 

我の手から哺乳瓶がフヨフヨと浮かんだかと思うと、赤子用の寝台に寝かせられておった赤子の片割れも浮いた。

赤子の力ではなく、さよ殿の「ぽるたーがいすと」で。

まるで母の腕に抱かれているような位置に赤子が浮かび、まるでさよ殿が飲ませているかのような位置に哺乳瓶が浮かぶ。

実際には、どちらも触れられてはおらぬ。

 

 

もう片方の赤子は、これまた「ぽるたーがいすと」でおしめを替えられておる。

・・・便利じゃの、「ぽるたーがいすと」。

おそらく、双子の赤子はさよ殿を認識できておるのじゃろうが。

 

 

「・・・3度目の死を超えて、さらに化物じみてきおったの・・・」

「「ふええええええんっ」」

『はいはーい、ママですよ~♪』

 

 

・・・まぁ、さよ殿が幸せそうじゃし、良いかの。

いや、良いのか?

我がそう考えた時、病室(3階)の窓からリョウメンスクナが顔を出してきた。

その手には、何やら黒電話のような物を持っておる。

 

 

『あ、ほら、パパだよ~』

「「ふえええっ、ふえええっ」」

「おお~元気そうだぞ~・・・あ、吸血鬼(エヴァンジェリン)からだぞ」

『へ? エヴァさんから?』

 

 

やはり「ぽるたーがいすと」で浮かぶ受話器、そこから。

 

 

『さよーっ、さよさよさよ、さよーっ、大丈夫か大丈夫なのかーっ!?』

 

 

騒がしいこと、この上ないのぅ。

すると今度は、病室の扉がノックされて・・・。

 

 

「失礼しま・・・って、何じゃこりゃあああっ!?」

「茶々美!? やっぱりメンテを・・・って、物が浮いてる!?」

 

 

ハカセ殿と茶々美殿がやってきて、また騒がしくなる。

気が休まる時が無いのぅ。

やれやれ・・・。

 

 

「「ふええええええええええんっ」」

『は~い♪』

「元気が一番だぞ!」

 

 

・・・ま、良いか。

どれ、我も抱かせてもらおうかのぅ・・・。




木乃香:
お久しぶり、木乃香やえ~。
さよちゃん、ほんまに良かったわ~。
うちも、赤ちゃん欲しくなってもうたわ~。
うーん、ちびせつなもちびアリアも可愛いんやけど。
やっぱり、せっちゃんと・・・やね。


今回初登場の魔法具は、これや。
「薔薇ノ乙女・蒼星石」:元ネタ・ローゼンメイデン。
黒鷹様・haki様提案や。
ありがとうな。


木乃香:
じゃあ、次回のお話やね。
次回からは、いつもどおり魔法世界が主軸やね。
物語の中の時間としては、アリア先生の出産前後の1年間くらいの話やね。
魔法世界が、大きく変わる・・・そんな物語や。
アリア先生、頑張ってや。
ほな、またどこかでな!

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