魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第21話「9月事変・前編」

Side ラカン

 

あー、今日も良い天気だなっと、朝日が眩しいぜ。

帝都じゃ神殿込みのこの宮殿よりもでけぇ建物はねーから、街の向こうまで良く見えるぜ。

帝都の都市構造自体が、第一円環(ファースト・サークル)が一番高台って位置にありやがるからな。

 

 

まー、皇帝の権威付けって奴だろ。

皇族ってのは、どうでも良いもんで権威とか示そうとかしやがるからな。

 

 

「・・・ぃよっと!」

 

 

何百メートルだか知らねーが、まぁ、屋根の上から下の中庭に飛び降りる。

あーいきゃーんふらーいってな!

 

 

ズンッ!

 

 

・・・やっべ。

地面のヤワさを計算に入れてなかったから、思い切りヘコみやがったぜ。

あー、やべーな、芝生が裏返ってやがるぜ。

義姉貴(あねき)に見つかる前に、何とかしねーと・・・。

 

 

「・・・げ」

「・・・おはよう・・・ございます・・・」

 

 

噂をすれば何とやら、義姉貴(あねき)がそこに立っていやがった。

しかも、お付きの女神官2人も一緒だった。

バリヤバだぜ。

こ、これは確実に出禁喰らっちまうかもしれねーな・・・!

 

 

そして、見つめ合うこと数十秒。

義姉貴(あねき)が、開いてんだか閉じてんだか良くわかんねーくらい、小さく唇を開いて。

 

 

「・・・芝生の上は・・・立ち入り禁止・・・ですよ・・・」

「って、そこかよっ!!」

 

 

ズビシッ、とツッコンでみたが、義姉貴(あねき)は表情を少しも変えなかったぜ。

うーむ・・・じーっと見つめて分析してみる。

俺の目を持ってすれば、透視できない物はねぇ。

・・・白ばっかだな。

 

 

「・・・何か・・・」

「うーむ・・・」

 

 

ズンズンと歩いて、義姉貴(あねき)に近付く。

義姉貴(あねき)は無表情のままだったが、何故かお付きの女神官がすげー怯えた顔をしてやがった。

まぁ、それは良いんだが。

 

 

再び、義姉貴(あねき)と見つめ合う。

コイツいろいろと小せぇから、俺の顔を見ようとするとほとんど真上を見る感じなんだよなー。

そんな義姉貴(あねき)に、俺は手を伸ばして・・・。

 

 

「・・・あふっ・・・」

 

 

ムニムニと、揉んでみた。

 

 

・・・あ、顔な、ほっぺほっぺ。

ムニムニムニムニ~・・・と、無理矢理に笑わせてみる。

お~、じゃじゃ馬(テオ)よりも柔軟性があんじゃねーか。

 

 

「きゃああああああああああああっ!?」

「え、エヴドキア様に何と言うことを・・・っ!?」

 

 

悲鳴を上げたのはお付きの方で、義姉貴(あねき)は何も言わねぇ。

ただ、俺にされるがままにムニムニと・・・おお、何かだんだん楽しくなってきたぜ。

よーし、んじゃもっと芸術的に・・・。

 

 

「・・・じゃ~・・・っ」

 

 

お?

 

 

「・・・くううううぅぅぅっっ!!」

「ごふぁ!?」

 

 

次の瞬間、側頭部を蹴られたぜ。

裏返った芝生をさらに荒らしつつ、俺はわざとらしく吹っ飛ぶ。

あえて言うなら、スーパー○舞伎のように。

 

 

「毎朝毎朝、妻を放ってどこに行っておるのかと思えば・・・!」

 

 

どこからともなくダッシュでやってきて、俺の頭に飛び蹴りを喰らわせやがったのは・・・。

褐色の肌を惜しげもなく晒した露出度の高い黒い服を着た、俺の嫁さんだった。

何だか知らねーが、目に涙まで溜めちまって。

 

 

「・・・浮気か!? 新婚早々浮気か、このバカ者――――っ!!」

 

 

何で、そうなんだよ・・・。

いや泣くなってマジで、ったく、面倒くせー奴だな~・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

「・・・どうぞ・・・」

「あ、ど、どうも・・・」

 

 

姉上にお礼を言いつつ、姉上の淹れたコーヒーを頂く。

ここは人の目がある宮殿では無く、世俗から隔絶された神殿の一室じゃ。

じゃからプライバシーは守られる、うむ。

 

 

「・・・許可無く敷地に入った件は・・・後で抗議文を・・・送らせますので・・・」

「う、うむ・・・」

 

 

神殿の敷地内には、実は神殿側の許可が無くては皇帝といえど入れぬのじゃ。

今朝は少し、気持ちが暴走して敷地に入ってしまったが・・・いや、それはそもそもじゃ。

 

 

「そもそも、ジャックが妾を放って神殿におるのが悪いのじゃ!」

「へーへー、ごめんしたっと」

 

 

浮気の件は、妾の勘違いじゃったから置くとしてもじゃ。

まぁ、姉上に手を出すとかいろいろと有り得んわけじゃが・・・。

何故、妾がダメでジャックはOKなのじゃ、不公平では無いか。

 

 

「・・・彼は・・・しきたりに・・・不慣れなので・・・」

「いや、ジャックは皇族のしきたりを全て網羅しておるぞ姉上」

「HAHAHA」

 

 

あそこでわざとらしく陽気に笑っておる男は、帝室のしきたりや掟を完全暗記しておるぞ。

しかも、一時間ほどで。

姉上がどう思っているかは知らぬが、ジャックはいろいろとバグじゃぞ?

昨夜も4回戦どころか5回戦・・・。

 

 

「今日は8回戦な」

「ぬ、む・・・せ、せめて6・・・」

「8な」

「む、むむむ・・・」

 

 

く・・・さ、先程の蹴り(コト)を根に持っておるな?

器の小さい男じゃのぅ・・・ぼ、ボロボロにされるやもしれぬ・・・。

 

 

「・・・何の・・・話・・・ですか・・・」

「い、いや、清らかな姉上には関係の無い話で・・・」

「・・・清らか・・・ですか・・・」

 

 

すると、姉上は何やら両手で自分の両頬を撫でた。

サワサワと撫でて・・・何かを確認するように、溜息を吐く。

 

 

な、何じゃろう、あの姉上がどこか困惑したような顔をしておる。

幼少の頃から、姉上は表情が変わらない人なのだと思っておったのじゃが・・・。

最近、どうも変わってきたような気もする。

 

 

「・・・それより・・・皇帝・・・」

「む?」

「・・・帝国は・・・大丈夫ですか・・・」

「む・・・」

 

 

姉上としてでは無く、帝国の総大主教としての問いに、息を呑む。

な、何と言うか、言外に夫婦喧嘩などしておる場合かと言われたような。

 

 

じゃが、まぁ・・・帝国は今、屋台骨が揺らいでおる所じゃ。

南の「神聖ヘラス帝国」の叛乱を契機に、帝国全土で叛乱と暴動が起こっておる。

基本的に、ジャックを行かせれば鎮圧できるが・・・一つ潰すと二つ叛乱すると言った具合での。

しかも、あんまりジャックが出張る物じゃから・・・最近は「反ジャック・ラカン」で叛乱勢力が糾合されつつある。

 

 

「・・・まぁ、何とか・・・」

 

 

叛乱を武力で潰すことで、新たな叛乱が生まれる。

しかし叛乱を潰すには、どうしても武力がいる。

悪循環じゃな・・・。

 

 

・・・緩やかに衰退する帝国を救うには、外国の技術を導入して活性化するしか無い。

どうして皆、わかってくれぬのじゃろうなぁ・・・。

 

 

 

 

 

Side アーニャ

 

・・・おかしいわ。

いや、別に体調がおかしいとか、そんなんじゃないんだけど。

むしろ、体調はいい加減すこぶり良いんだけど。

 

 

「・・・退院できない・・・」

 

 

もう何度目かわからない疑問を口にしながら、私は病室のベッドから降りる。

何と言うか、もう住み慣れて自分の部屋って気すらするんだけど・・・。

 

 

私の身体は、もう随分前に毒も抜けて完治してる・・・はず。

自分が医者じゃないから、確かなことは言えないけど。

少なくとも、体感する限りにおいては大丈夫だと思う。

だけど・・・退院できない。

 

 

「エミリーがまだ治りきって無いから、助かると言えば助かるけど・・・」

 

 

でもどう言うつもりなのかしら、ドネットさん。

授業のことは良いから、そこでゆっくりと休んでいて欲しいって話だけど。

・・・これは、遠まわしにクビってことかしらとかも思ったけど。

 

 

けど、それにしては妙だし。

メルディアナのお爺ちゃんも私のいるオスティアの中央病院に入院してるし・・・。

・・・ドネットさんは、私がどうするのを期待しているのかしらね。

 

 

「・・・ネギの件も、あるしね」

 

 

先月の旧オスティアの事件以降も、ネギ・スプリングフィールドはオスティアにいることになってる。

けど、実際はいない。

王国側が情報を操作してるの、私もお母さんから聞くまで知らなかったもの。

どこに行ったのかはわからない・・・ネカネお姉ちゃんも、ミヤザキさんも。

・・・あのバカ、どこに行ったのよ・・・。

 

 

その時、コンコン、と病室のドアがノックされた。

反射的に、髪とか身だしなみとかを整える。

べ、別に他意は無いわよ・・・期待とか、全然してないんだからねっ!

それで、さらにコンコンとドアが・・・。

 

 

「おはよう、ミス・ココロウァ。調子はど・・・あら、どうしたの?」

「・・・何でも無いわ」

 

 

さ、窓を開けましょ窓、空気の入れ替えとかしなくちゃだしね。

うん、入れ替えましょう空気を。

 

 

「頼まれていた雑誌、買ってきたわよ」

「あー、ありがとうね、シオン」

 

 

シオンは、アルトの次くらいにお見舞いに来てくれる友達よ。

頻度で言うと、アルト5回に対してシオン1回くらい。

・・・いや、別に私に友達が少ないわけじゃ無いのよ?

ただ、こっち側には少ないってだけで・・・うん?

 

 

「うーわ、何この週刊誌ー、不敬罪じゃないの?」

「表現の自由よ」

「そう言う物かしら・・・?」

 

 

それにしても、最近は多いわよねー。

女王と宰相の関係に対する3流ゴシップ紙。

まぁ、誰も信じて無いんだけどさ。

 

 

でも実際、あの宰相さんアリアを見る目がちょっと・・・。

・・・ま、まさかねー。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「お久しぶりですね、ハーディーさん」

「は、はい、陛下・・・」

 

 

その日の午前、私の最後の公務はウェスペルタティア労働党の指導者と会うことでした。

労働党、そう、7月に私を公衆の面前で暗殺しようとした方々の所属していた組織です。

そして私の目の前にいるのが、ジェームズ・ハーディー氏。

 

 

王国北部の鉱山で働く炭鉱夫の家庭で育ち、労働運動から政治家に転身した努力の方です。

まだ40代と言うことですが、年齢の割に少し老けて見えます。

宰相府の謁見の間の玉座に座る私の前に傅くハーディー氏の横には、宰相であるクルトおじ様が同じように跪いています。

今回の会見は、クルトおじ様の希望で実現しました。

 

 

「共和主義者と女王と言う相反する立場ではありますが、この会見が実りある物になることを期待しております」

「は、はい、陛下・・・私共としましても、陛下ご自身に思う所はございません」

「ありがとうございます。貴方が地元新聞に投稿した論文は、私も目を通しています」

 

 

個人的には、別に王制自体にはこだわりはありません。

その場合、私も一般市民として生きていけるなら、それはそれで構いません。

処刑とか言われると、ちょっとアレですが。

 

 

そしてハーディー氏自身にも、論文や街頭演説の中でそれほど過激な思想は見えません。

産業国有化や極端な社会福祉政策を掲げることはあっても、それを暴力的な手段で相手に押し付けることは固く戒めています。

労働者として従属させられる状況の変革を望んでいるのに、自分達が他者を従属させてはならない。

事実、過去5年間の労働党の活動は反戦デモやビラ配りなどの平和的手段による物でした。

 

 

「しかし昨今、貴方の党の一部の方々が王国各地で騒乱を起こしている件について、私も私の政府も懸念致しております。当初の理念に立ち返り、平和的な政党として活動することを希望します」

「は・・・私の指導力不足による所が多く、慙愧に耐えません」

 

 

その後、ハーディー氏は私に対し、党内の引き締めを図ると同時に非暴力での活動を改めて表明してくれました。

実は会見とは言っても、形だけの物です。

すでに政府・・・クルトおじ様と労働党の間で交わされた融和協定の再確認行為でしかありません。

 

 

私の命令には強制力がありますが、しかし私は政党組織の専門家ではありません。

専門家の持ってきた案件に対して勅許を与え、国事行為を行う。

要は、私がハーディー氏と会って友好を確認したと言う事実が重要なのです。

 

 

「・・・これで、良いのですか?」

「ええ、当面の所は。しかしすぐに別の動きが出てくるでしょう、その際には素早く対応せねばなりません」

 

 

ハーディー氏が退室した後、私はそのままクルトおじ様との会見に入ります。

玉座に座る私の正面に跪き、自身の考えを奏上してきます。

・・・まぁ、基本的には任せますが。

形だけでも労働党側と協議ができたのは、確かに良いことです。

しかし労働党の件以外にも、重要な案件があるはずです。

 

 

私は、肩肘を椅子の肘置きに置いて・・・もう片方の手で京扇子を開きます。

口元を隠しつつ、目を細めてクルトおじ様を見下ろします。

 

 

「それで・・・ネギ達の行方は?」

 

 

私の言葉に、クルトおじ様は顔を上げます。

そして・・・いつもと同じく、にっこりと微笑みを浮かべました。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

ネギ君その他が行方を眩ました件は、現在、我が国のトップシークレットです。

この件を知っているのは、王国でも限られた人間のみ。

しかし案外、すぐにバレてしまうかもしれませんがね。

 

 

「申し訳ございません、アリア様。現在、全力で捜索しておりますが依然として・・・」

「・・・そうですか」

 

 

扇子で顔の半分を隠されたまま、アリア様は私を見ております。

ああ、その見下すような視線がたまりませんね。

私の、陛下。

 

 

「いずれにせよ、彼はノドカ・ミヤザキ、ネカネ・スプリングフィールドと共に収容所から逃亡致しました。多数の負傷者を出して」

 

 

幸運にして死者はおりませんが、10数名が重軽傷を負っております。

事故後一週間の間に、アリア様も彼らの病院を2度慰問されておりますのでご存知でしょう。

ネギ・スプリングフィールドが何をしたのか。

 

 

・・・まぁ、正直に言えば私も予想外でしたがね。

まさか、逃げるとは。

無論、目は付けさせておりましたが・・・。

ネカネ・スプリングフィールドがまさか、自身の村人を石化した悪魔に助力を請うとは。

いや、人生と言うのは不測の事態が頻発する物ですね。

 

 

「・・・捜索を、続けなさい」

「もちろんです、アリア様。彼にはオスティアに戻ってもらわなければ」

 

 

まぁ、失火による焼死とかで処理しても良かったのですがね。

直接の目撃者も、どうやらナギだけのようですし。

しかし、それではあまりにも拙い。

 

 

それでは、あまりにもつまらない。

今回の件を、アリア様のご成長の糧とさせて頂きませんと。

 

 

「しかし、一度(ひとたび)逃亡した以上・・・アリア様、そのまま変わらずと言うわけには参りません」

「・・・」

「・・・おわかりでしょうか?」

 

 

アリア様は、何も仰せにはなりませんが・・・。

しかし、いずれはネギ君関連で何らかの騒乱が起きたでしょう。

その根本的な原因を作ったのは、他ならぬアリア様ご自身です。

 

 

私が以前提出したネギ君排除・赤子堕胎に関する上奏は、にべも無く却下されました。

もし実行されていれば、今回の騒乱は起こらなかったでしょう。

 

 

「今度こそ・・・お覚悟されますように」

 

 

特に力を込めて申し上げたわけではありませんが、アリア様にとっては耳の痛い話でしょう。

しかし、必要なことです。

我が王国の、千年の安寧のために。

そして・・・アリア様の基盤を、確固たる物とするために。

 

 

そのために必要な汚れ役は、このクルト・ゲーデルめにお任せを。

アリア様はただ座して・・・熟した果実のみを、食して頂ければ良いのです。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国外務尚書)

 

2ヶ月前からヘラスで起こっている叛乱は、「ヘラスの春」と呼ばれている。

現皇帝への反発、ヘラス族支配への反発、外国人への反発、帝国体制への反発。

これまで眠っていた民衆の不満が爆発し、反政府活動へと人々を駆り立てているんだ。

今の所、帝国は武力でどうにか形を保っているけど・・・。

 

 

別個の叛乱や暴動なら、これまでもあった。

それこそ、1年で何千件もの社会的抗議活動が発生していた。

それが今回に限りここまで大規模化した理由は、実は魔法世界の変化と密接に関わっている。

 

 

「先月から、サバの我が王国領事館より矢継ぎ早に緊急要請がもたらされている」

 

 

それは、魔導技術の発達だ。

帝国に限らず、暴動が小規模な物に留まっていたのは、軍による魔法封鎖が大きい。

暴動と暴動の間で魔法通信ができず、各個撃破されていたんだ。

 

 

でも我が国から輸出されてる民間用の通信装置は、帝国各地に建設された我が国の精霊炉通信仲介装置を介して暴動と暴動を結びつけた。

帝国軍にはそれを阻害する技術力が無い、だから暴動と叛乱の拡大を止められない。

加えて、王国と帝国の投資協定で帝国側は仲介装置の敷地内に入れない。

製品輸出と協定の双方を昨年から強く勧めたのは、うちの宰相だけど・・・。

 

 

「それによれば反政府デモの参加者が領事館に乱入し、館内の文書や我が国の国旗を窓から投げ捨てているとか。領事館員には今の所、危害が加えられていないようだが・・・」

「誠に遺憾だと考えております」

「遺憾か・・・だがそれだけでは無く現地に帝国政府の統治能力が及んでいるのか、我が国は真剣に憂慮している」

 

 

宰相府の外務省の一室で、私は帝国大使ソネット・ワルツ殿と会談している。

話題は、帝国内のウェスペルタティア人の生命と財産の保護についてだ。

とは言え、領事館ですらもはや安全でない以上・・・。

 

 

ソネット・ワルツ殿は30代後半の女性で、ウェスペルタティアとヘラス双方の血を引いている。

腰まである金髪に青い瞳、ここ数年間、外務尚書と大使として何度も顔を会わせている。

だけど、今回ほど緊迫した会談は記憶に無い。

 

 

「貴国の領域であるはずのサバ地域は、現在サバ人民戦線なる組織の実効支配化にあり・・・彼らは我が国の資本を接収するとこちらに通告してきた」

「事実無根です」

「しかし現実だ、早急に対応して頂きたい」

 

 

ソネット・ワルツ殿は真剣な顔で確約してくれるけど、実行されるかは別問題。

サバ地域はウェスペルタティア資本の進出が進んでいる地域だ。

そこを反政府勢力に占拠されたとなると・・・。

 

 

「もし、貴国にその能力が無いと判断されれば・・・我が国としても相応の手段を取らざるを得ない」

「これは帝国の内政問題です。貴国には介入を控えて頂きたい」

「・・・そのような事態にならないことを、我が国も願っている」

 

 

・・・教育水準が向上して、経済的に豊かになり、そして外部との交流が増えれば増える程に。

人々は彼らの意思を無視して意思決定を行う体制を、容認できなくなってくる。

それが、民主化への一里塚になる。

 

 

その意味では我が国も、帝国と同じ危機に瀕していたと言える。

だけど今上陛下は懸命にも権力に固執せず、開明的な立憲制度への以降を最初から表明した。

様々な分野での自由化が進み、市民の意思が政治に反映されるよう配慮と努力を重ねた。

・・・帝国も権威で上から押し付けるだけが政治では無いことに、早く気付いてくれると良いのだけど。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

オスティア平和記念祭。

10月初旬に行われる、王国最大最長の式典だ。

戦没者合同慰霊祭の翌日から、10日間のお祭り騒ぎが始まることになっている。

 

 

とは言え、今年は1月にアリアの結婚式があったし、5月には若造(フェイト)にアリアが孕まされたと言うのでお祭り騒ぎだった。

つまり、いつでも理由があれば祭りをやる連中だと言うわけだ。

祭り好きな国民性だからな、それに暗いよりは良い。

 

 

「よーし、そこの区画は当日は屋台が並ぶからな! 毎日別の屋台が入るから、順番を間違えるなよ!」

「「「はいっ!」」」

 

 

で、そうした建設的な事業は我が工部省の管轄だからな。

旧オスティア浮遊宮殿都市(フロート・テンプル)事業と平行しつつ、仕事を進めていく。

社会秩序省や国防省の奴らと警備の話し合いをしたり、こうして現場に出て民間に発注した機材の設置や当日の商業活動計画の確認をしたり。

・・・大忙しだ!

 

 

「アーシェ、アーシェはいるか!? 当日の撮影班の配置(シフト)状況はどうなってる!?」

「まだでーす、恋人持ちの人達の対立が解けないんで~」

「今日中に提出しろ、ゴネる奴には私の名前を出して黙らせろ!」

「あーい・・・マクダウェル尚書、今日はいつに無く気合い入ってますね~」

「ふふ・・・わかるか?」

 

 

心なし、片手で意識して髪をかき上げる。

ふふ・・・こう言う催し物は、今まではアリアが自ら決済してきたわけだが。

だが、今回は違う!

 

 

名目的な物とは言え、ナギが推進委員長なのだ。

今日も公務として現場を視察している・・・つまり、私を見に来ているわけだ。

こうしてデキる女な私を見せることで、普段とのギャップをだな・・・。

 

 

「でも尚書、ナギ殿下ってば全然、見てませんよ~」

「何だとぉ!?」

 

 

アーシェからカメラを奪って「ああっ、ご無体な!?」、レンズを覗き込む。

すると、祭りが行われる市街地の建物の屋根の上に、ナギがいた。

何を考えているのかは知らんが、屋根に座って遠くを見ている。

・・・くそぅ、やっぱりカッコ良いな。

どうにかして、私のモノにできんかな・・・無理だろうが。

 

 

それに、何を考えているかなんて聞かずともわかる。

ぼーやのことだろう。

あのぼーや、まさか従姉とミヤザキノドカと共に姿を眩ますとはな・・・。

 

 

「・・・ナギは、その瞬間を見たと言うからな・・・」

「え、何ですかー?」

「何でも無い、仕事を続けろ」

 

 

アーシェにカメラを投げ渡して「投げないで!?」、私自身も仕事に戻る。

ぼーや・・・前に「闇の魔法(マギア・エレベア)」の副作用について診てやった時には、少しはマシになったかと思っていたが・・・。

 

 

・・・まぁ良い、私には関係の無い話だ。

それにどうせ、あのクルト・ゲーデルが裏で何かしているに決まっているからな。

触らぬ神には・・・だ。

 

 

 

 

 

Side ヘレン・キルマノック

 

・・・この人はいったい、何を考えているんだろう?

目の前で黙々と書類を処理していく男性を見つめながら、私はぼんやりとそんなことを考えていました。

試験をクリアして正式に宰相府入りが決まった後でも、それは変わりません。

 

 

「私が何故、他者から嫌われていても宰相の椅子に座っていられるか、わかりますか?」

 

 

クルト・ゲーデルと言う名のその男性は、書類を処理する手を止めずにそう言いました。

私は秘書とは言っても若輩者なので、できる仕事は書類運びやお茶汲み・・・有り体に言えば、雑用係です。

別に、それを不満に思ったことは無いです。

 

 

でも、不思議には思います。

どうして私みたいな学生を傍に置いて、今みたいにいろいろと話してくれるのか。

どんなに考えても、わからないんです。

お兄ちゃんやシオンお姉ちゃんにも聞けないし・・・。

 

 

「えと・・・わかりません」

「それはですね、私を宰相から引き摺り下ろす材料が無いからです。不正に関わるのは3流、嘘を吐くのは2流です。その点、私は嘘を吐いたことも不正を行ったこともありません」

 

 

・・・こんなに胡散臭い人なのに、汚職とかしたことが無い。

偏見で物を見る人からすれば、許し難い人間かもしれません。

でもこうして近くで見ていると、意外と・・・。

 

 

「そして私は、究極的にはアリア様とアリカ様のために行動しておりますので・・・他者の評価など気にしたことがありません。と言うか、他者の評価を気にしていては政治家などできませんよ」

「えと・・・でも、演説とかで国民のためがどうとか言いますよね?」

「それは建前です」

 

 

そんなはっきりと。

 

 

「国民の気持ちなどと言う、明日には変わってしまうような不確かな物にいちいち反応していては大事は成せませんよ。まぁ、無視して良いとも言いませんがね」

「は、はぁ・・・」

「あ、今のはオフレコでお願いします」

「・・・わかりました」

 

 

クルト宰相は、何と言うか、生温かい目で私を見ています。

・・・自然と、背筋を正してしまいます。

 

 

「・・・話を戻しますが、例えばマクダウェル尚書やテオドシウス尚書が私を毛嫌いしていたとしても、嫌いだからと言う理由で私の解任を唱えることはできません。政治と言うのは結果が全てで、結果が出ている限りは私を辞めさせることはできない、つまり他者の評価は必要無いと言うわけですね」

「な、なるほど・・・」

 

 

・・・結果。

結果と言うことであれば、この人は王国の歴史に残ることをしたと思う。

戦争を宰相として指導したと言う、それだけじゃなくて・・・。

 

 

憲法の制定、立憲体制の確立、貴族階級の特権廃止、議会制度の法整備に地方自治の推進、オスティア難民の雇用対策も含めた公共事業の展開、年間経済成長率10%超を支える技術革新と製品輸出、社会資本の整備に原料・食糧の確保と分配、行政・司法改革に国民の自由の拡大、社会福祉政策の整備、国家連合「イヴィオン」を柱とする外交革命、他国を圧倒する軍事力の保有・・・。

全て、この人がいなければ実現しなかった。

 

 

「まぁ、例外があるとすれば・・・」

 

 

だからこそ、本当にわからない・・・。

 

 

「宰相が女王の制止を振り切って勝手に行動し・・・国民がその解任を望んだ場合、ですかね。それによって、宰相の首を切った女王を支持する者がまた増えると言う点で」

 

 

この人は、本当に・・・何を考えているんだろう。

そんな話をどうして、私にしてくれるんでしょう・・・。

・・・わかりません、お兄ちゃん。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・以上の理由から、やはり予備役兵の動員が最善であると考えます」

 

 

厳かな声でそう説明を締めくくったのは、国防尚書のアラゴカストロ公爵です。

説明が終了した直後、国防省の職員がそそくさと私の執務室に持ち込まれた映像装置をしまい始めます。

・・・まぁ、プレゼン用の機材ですね。

 

 

椅子にもたれかかって、片手で両目の瞼を軽く撫でます。

あー、何か最近、疲れやすくなってきた気もします。

 

 

「・・・お疲れでしょうかな? 女王陛下」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ」

「まぁ、時期が時期ですからな、お仕事はお休みになって・・・ゆっくりご静養されては?」

「いえ、本当に大丈夫ですから」

 

 

だから私から、お仕事を取り上げようとしないでください。

本当にお願いします、お仕事が無いと何をして生きれば良いかわからないんです。

そりゃ、ダフネ先生とかは休め休め言いますけど。

 

 

・・・でも、一度お仕事を手放してしまうと返って来ない気がして。

あえて「お仕事」の部分を「権力」と言い換えても良いかもしれません。

一度、私抜きでお仕事が通る例ができてしまうと、二度と戻らないと思います。

お仕事量死守のため、お腹の赤ちゃんには我慢してもらわないと・・・!

 

 

「とりあえず、予備役兵動員の件はわかりました。実戦部隊の長である4元帥とも相談して、できるだけ早くご返答しますね」

「ははっ・・・」

 

 

予備役兵と言うのは、一般社会で普通に生活している軍在籍者のことです。

有事と平時では必要な兵力が違いますので、有事の際に優先的に召集される人達とでも認識して頂ければ良いかと思います。

平時の我が国の兵力は陸軍・艦隊合わせて約20万人ですが、それで足りない時に私の権限で召集することができます。

 

 

で、今アラゴカストロ国防尚書は外務省と協議の上で、私にその予備役兵の動員を打診してきました。

理由は、帝国領サバの王国人・王国資本を守るためです。

平時の兵力では不十分と言う判断から、そのようなことになったのだと思います。

まぁ、帝国が相手ではそうなるでしょうね・・・。

 

 

「・・・帝国が早く安定してくれれば、しなくても良いのですが・・・」

「・・・そうだね」

 

 

私と閣僚の議論には加わらずに(加わる権限もありませんが)、黙々と議事録を取っていたフェイトはただ頷きました。

・・・頷くしか無いからそうした、まさにそんな感じですね。

 

 

・・・はぁ、と溜息を吐きます。

サバの領事館から送られてくる情報は、ほとんど悲鳴に近い物です。

現地のウェスペルタティア資本はすでに接収され、ウェスペルタティア人技術者の身も危なくなってきています。

そうなると・・・。

 

 

「・・・アリア」

 

 

不意に、フェイトが声をかけて来ます。

そちらを見れば、いつもと変わらない無感情な瞳がそこにあります。

・・・目を、逸らしました。

それは私にとってはかなり珍しい行動で・・・フェイトに見られてドキドキしないのは、かなり久しぶりな気がします。

 

 

「・・・どう、したいの?」

「・・・どうって、言われても・・・」

「・・・そう」

 

 

そうするしか無いから、頷いた。

そのような形で、フェイトは矛を収めてくれます。

でも・・・。

 

 

『お覚悟されますように』

 

 

午前の謁見の、クルトおじ様の声が甦ります。

覚悟・・・何の覚悟を持てと、言うのでしょうか。

・・・いいえ、本当はわかっています。

 

 

わかっていたけれど、先送りしてきたこと。

一度も会わず、知らないふりをして・・・蓋を閉めて満足していたこと。

自分のことに没頭して、振り向かないようにしていたことです。

・・・ぐっ、と、胸元のカードに、服越しに触れます。

けど・・・けれど、もう。

 

 

「・・・ぁ・・・」

「・・・どうしたの?」

「いえ・・・」

 

 

・・・少しだけ、びっくりしました。

フェイトの訝しげな声にも曖昧に答えて、胸元に置いていた手を。

手を・・・また少し大きくなったお腹に、持って行きます。

 

 

サワサワと・・・心なし、撫でるように触ります。

すると・・・。

 

 

「・・・ぁ・・・」

「・・・何?」

「いえ、その・・・お腹が、少し・・・」

 

 

今、少し・・・お腹の中で何かが動いたような。

もしかして・・・赤ちゃん?

とすると、これが世に聞く胎動と言う物でしょうか・・・?

 

 

「・・・侍医を」

「いえ、あの・・・たぶん、大丈夫です」

「呼ぶよ」

 

 

今度は有無を言わさずにそう言って、フェイトは足早に侍医を呼びに行きます。

・・・大丈夫なのに・・・。

溜息を吐いて、両手でお腹を撫でます。

どうしようも無く、愛しいです・・・。

でも・・・。

 

 

「・・・今、生まれてくるこの子と・・・」

 

 

それとも、未来の・・・。

・・・私、どうしよう・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

夜になってから、オスティア大使館の定時連絡を受けたのじゃが・・・。

・・・う、うむ、煮詰まってきたようじゃの・・・。

 

 

「そ、それでじゃ、先方は物凄く苛立っておるらしい」

「それはそうでしょうね」

 

 

こんな時でも冷静なコルネリア、頼りになるのが普通にムカつくのじゃ。

じゃが、まぁ、それはそれとして・・・うーむ。

どうにか、大使のソネットは王国側の即時介入だけは回避したようじゃが。

正直な所、いつまでも説得はできないとも伝えてきておる。

 

 

しかし、外国勢力の排除が叛乱側の大義名分である以上、外国軍に反乱鎮圧をさせるわけにはいかん。

そんなことをされては、帝室の権威に致命的な傷がついてしまう。

 

 

「これはよほど帝国がサバの叛乱に本気なのだ、と言う姿勢を見せないとどうにもならないでしょう」

「・・・例えば?」

「皇帝親征」

 

 

やはり、それか。

コルネリアの冷静な提案に、妾は苦虫を噛み潰したかのような気分になる。

皇帝自らがサバの鎮圧に向かえば、確かに本気さは伝わるじゃろう。

・・・じゃが、帝都を空にすることになる。

 

 

「・・・コルネリア、帝都を」

「私が防衛の指揮を取った場合、3日で陥落させられる自信がございます」

「自信満々で言うことか」

 

 

まぁ、期待はしておらなんだよ。

コルネリアは文官であって、軍人では無いからの。

しかし、臨時帝都長官として民政を統括することはできよう。

宰相代理にも協力させて・・・。

 

 

「・・・兵力は、第一、第三、第八、第十三の親衛師団を連れて行く。それと第354師団じゃ、合わせて4万の地上軍を連れて行く。帝都の北方艦隊はフレイヤ・ブラットレイ将軍に任せ、有事には」

「帝都を空にされると?」

「いや・・・ジャックを置いて行く」

「・・・危ない、不敬罪を働く所でした」

「その発言が十分に不敬罪じゃ」

 

 

しかしジャックがおれば、帝都が落ちることは無い。

帝都守護聖獣がおる以上、外からの攻撃でこの都市は落ちん。

例外は、数年前のクーデター・・・すなわち、内側からの制圧。

じゃがそれも、ジャックがおれば防げる。

 

 

ジャックが動かせぬ以上、妾が動くしかない。

幸い、クワン・シンを始めとする連れて行く軍は信頼できる。

叛乱軍は艦隊を持たず、武器も旧式の物しか無いと聞く。

報告では、サバ人民政府はサバ全域を掌握しているわけでも無い。

 

 

「・・・陛下がお決めになったことを変えられない方だと知っているので、反対は致しません。しかし、一つだけ忠告を」

「何じゃ」

「帝都の民は、帝都の民を殺した皇帝を受け入れることはありません」

「・・・」

「・・・その点、良くご夫君に含ませておかれますように」

 

 

それだけ言って、コルネリアは退室した。

忠告と言うか、警告に近いぞそれ・・・。

 

 

・・・叛乱を潰すには、武力が無ければならぬ。

じゃが、武力を用いれば民が死ぬ。

民を守るべき皇帝が、民を殺す。

民を殺された民が、また叛乱を起こす・・・。

・・・蟻地獄じゃな。




新登場キャラクター:
フレイヤ・ブラットレイ(まだ名前だけ):黒鷹様提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第19回広報:

アーシェ:
はーい、アーシェの広報ですよ!
今日はひっさしぶりに茶々丸室長にお越しいただきました~。

茶々丸:
皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
いや~、最近どうも、いろいろと忙しそうですよね!
こくさいじょーせーとか。

茶々丸:
左様ですね。
まぁ、王室侍女は現在、総動員でアリアさんのご出産の準備に追われているのですが・・・。

アーシェ:
皆で服作ったりするんですか?

茶々丸:
いえ、王国各地から世継ぎにと送られてくる贈り物の処理です。
王室御用達のお店以外からの物は、基本的に受け取れないので・・・。

アーシェ:
ああ、あの大量の荷物、それだったんだ・・・。
それでは、今回の紹介はこちら~!

コルネリア・スキピオニス
30代後半の女性(ヘラス族)。
虎縞色の頭髪が特徴的。
ズバズバ物をタイプだけど、怜悧な法務官僚でもある。
皇帝テオドラは一時、彼女を宰相に望んでいたとも。
アリアドネーで法律を学び、法務官、オスティア大使を経て現在は皇帝補佐。まさにエリート街道まっしぐら。


アーシェ:
それでは次回、後編です!

茶々丸:
それでは、またお会いしましょう。

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