魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第22話「9月事変・後編」

Side テオドラ

 

帝都を発って10日後のある日、妾は日が昇らぬ内から進軍を続けておった。

地上軍の移動速度では、いかにウェスペルタティア製の装輪車をフル稼働しても時間がかかる。

4万もの軍勢を、一度に移動させることは物理的にできんのじゃから。

 

 

「う、うぅ・・・」

「陛下、お加減はいかがですか?」

「だ、大丈夫じゃ・・・」

 

 

で、妾はどうかと言うと・・・ガタガタと揺れる車内で、グロッキー状態じゃ。

格好をつけて皇帝親征を唱えた所で、実体はこう言う物じゃ。

思えば、これまでは『インペリアルシップ』での移動ばかりじゃったからな。

地上軍に直接同行すると言うのは、初めての経験では無いじゃろうか。

 

 

しかし無様な姿を兵に晒すこともできぬので、こうして移動中は車両の中に引き籠っておる。

止まった後は、野営地を見周ったりして兵達に姿を見せねばならぬ。

故に、車内の妾の体たらくを見ておるのは・・・。

 

 

「・・・忠誠心を試されているような気が致します」

「そう言うで無い・・・」

 

 

第8親衛騎兵師団長、クワン・シンだけじゃ。

運転席から座席は見れぬからの、まさに2人だけじゃ。

有角族のこの女将軍は、何故か妾に忠誠を誓ってくれておる。

・・・その忠誠心を、今まさに試されているらしいが。

 

 

「大体、あのPS(パワード・スーツ)とか言う装備、気のせいか暑いぞ」

「兵器に快適さを求めないでください」

「・・・」

 

 

最もなことを言われたので、ぐうの音も出ぬ。

妾が乗っておるのは皇帝専用車であり、そして装備もまた皇帝専用。

親衛軍にはウェスペルタティアから輸入したPS(パワード・スーツ)の対帝国輸出モデルを配備してある。

故に、妾のPS(パワード・スーツ)も妾専用にいろいろとチューンされておる。

 

 

障壁とか、武装とかな。

まぁ、暑くて重いのじゃがな、もう少し何とかできぬ物か・・・。

じゃが、帝国の技術班では、どうにも・・・。

 

 

『皇帝陛下、目標地点の3キロ前方のポイントに到着致しました』

「了解。一時停止して全軍を集結させるように、各師団長に伝えなさい」

『了解、各師団長に部隊の集結命令を伝達致します』

 

 

運転席の兵からの報告に、妾の代わりにクワンが答える。

皇帝は、兵と直接会話をしてはならぬからじゃ。

例外は、皇帝が話しかけた時のみ。

 

 

「陛下、ご準備ください・・・ご気分は?」

「悪いが良い」

「それは重畳」

 

 

後、実戦指揮は全てクワンに任せておる。

妾は軍事に才があるとは言えぬ故、妾の名でクワンに指揮をさせておる。

キキッ・・・と、車両が止まる。

空気の抜けるような音と共に車両の扉が開き、赤い軍服を纏った妾が外に出る。

 

 

そこにはすでに、無数の兵が集結しておった。

ざっと見ただけでも、十数の民族・部族の混成であることがわかる。

多様性の統合こそ、帝国の本領・・・まぁ、最近はその国是が揺らいでおるが。

 

 

「皇帝陛下の、おなぁり~!!」

 

 

気の抜けたような式部官の声と共に、兵達が各々の武器を妾に捧げる。

兵で作られた道を通り、前へ進む。

 

 

「大義であるぞ、ルーグ卿、ランベルク卿」

「「ははっ」」

 

 

途中、正面で跪く2人の師団長に声をかける。

第1親衛装甲師団のライザー・J・ルーグと、第3親衛装甲師団のショウ・ジュリアード・ドラ・ランベルクじゃ。

 

 

ライザーは先祖代々帝国に仕える騎士の家系で、父の地位を譲られたばかり。

そしてショウは、金髪碧眼の妖精(エルフ)族じゃ。

こちらは帝国の名家の出身で、やはり代々帝国に仕えておる。

 

 

「残余の兵も、午前中には布陣できるかと」

 

 

そして、妾の背後で跪く第8親衛騎兵師団のクワン・シン。

これが、妾の軍。

さらに・・・。

 

 

「・・・あれが、サバか」

 

 

数キロ先に、開けた場所にぽつんと存在する都市が見える。

帝国有数の人口と経済力を誇るそれは、帝国新領土サバ。

かつては連合の支配下にあった都市、そして今では帝国・王国の国境でもある都市。

そして・・・。

 

 

労働党の人民戦線なる組織が、占拠した都市。

妾は、アレを取り戻しに来たのじゃ。

ジャック・・・妾を見守ってたもれよ。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

「ぶぇっ・・・くしぃっ!?」

「きゃあっ!?」

「うぉあっ!?」

 

 

あー・・・んだぁ?

どっかで誰かが俺のこと噂してんのかね。

クシャミなんて久々にしたぜ・・・おかげで周りにいた連中が吹っ飛んじまったじゃねーか。

・・・向こうで良い感じに折り重なって赤くなってる侍女と兵士とかは、礼を言ってくれても良いかもしれねーけど。

 

 

他の連中は・・・まぁまぁ、そう睨むなって。

ワザとじゃねぇんだ、ワザとじゃ・・・あれ、俺が顔を向けた途端に逃げ出しやがった。

いや、俺も傷つくからなそれ?

 

 

「殿下! ラカン殿下は何処におわすか!?」

「おおっと、やべーやべーっと」

 

 

ひょいっと廊下から窓に出て、そのまま宮殿の屋根の上から上へと移動する。

コルネリアのオバはんに見つかったら、書類にサインしろしろうるせーからな。

俺が軍の奴らを訓練すると、3日は動けなくなるからなー。

てか、この20年で帝国軍の質、落ちたんじゃね?

 

 

「どーっこいせっとぉ・・・ああ、どーもどーも、続けて続けて」

 

 

で、俺が逃げ込む・・・いや、戦略的転進する先は神殿だな。

講堂の掃除をしてた連中に鷹揚に手を振ってやると、女神官がそそくさと逃げていきやがった。

・・・いや、だから傷つくからなそれ?

 

 

まぁ、仕方ねーやな。

最近じゃ「同胞殺し」とか言われてるらしーしな、俺様。

間違ってねーから、特に反論はしねーけど。

 

 

「あー・・・ダリィ」

 

 

床に座って(椅子が無ぇ)、ダラダラと時間を潰す。

実際の所、やることがねーんだよなー俺って。

こっからは出れねーし、つって何かすると怖がられるしなー。

怖がってる奴に絡む程、俺も空気読めねーわけじゃねーよ。

あー・・・暇だわ、タリィ・・・。

 

 

「あー・・・マジで何すっかな、じゃじゃ馬(テオ)もいねーし・・・」

「・・・どうぞ・・・」

「おお、サンキュー・・・ずぞぞ・・・」

「・・・」

「・・・って、いつの間にぃ!?」

「・・・どうも・・・」

 

 

・・・俺様のお約束なリアクションも、華麗にスルーだと!?

この女、デキるぜ・・・!

 

 

・・・まぁ、単純に義姉貴(あねき)がいつの間にか俺の横にいて、しかも何故かコーヒーを差し出してきやがったってだけなんだが。

無表情でいつの間にかそっと出てこられると、流石の俺もビビるぜ。

 

 

「・・・私は・・・政(まつりごと)には・・・口出しできませんが・・・」

「あ?」

「・・・ここにいて・・・良いのですか・・・」

「いーっていーって、コルネリアとかコルネリアとかコルネリアとかが何とかすんだろ」

 

 

まー、どうしてもってんなら、俺も仕事するけどな。

でも俺、ぶっちゃけ帝国がどうなろうと知ったこっちゃねーからな、基本。

 

 

「・・・そうですか・・・」

「おーう」

 

 

あー・・・だりぃ・・・。

じゃじゃ馬(テオ)の奴、北でピーピー泣いてねーと良いけどな。

 

 

 

 

 

Side コルネリア(皇帝補佐・帝都長官代理)

 

「ラカン殿下は、何処におわすかーっ!!」

 

 

ぜぇ、ぜぇ・・・と息を切らせて、宮殿の廊下で膝に手をついて項垂れる。

ま、まったく・・・あの方は、自分の立場をわかっておられるのか。

・・・いや、わかっているのだろうが。

 

 

『はぁん? 何でこの俺が労働に従事しなくちゃならねーんだ? ジャック・ラカンつーのが俺の名前なんだが知らなかったか?』

『だいたい、ここの連中は俺の命令なんて聞きたくねーだろ?』

 

 

何日か前に、ラカン殿下が言われた言葉が脳裏に甦る。

そしてそれはある意味では、一側面を正しく突いていると言える。

確かに、宮殿の人間は同胞殺しのラカン殿下に従うのを内心で良しとしない者が多くいる。

 

 

しかし逆に、ラカン殿下の力に怯えて従属する連中もいるのだ。

心酔や忠誠による協調が期待できない以上、恐怖で彼らを縛るしか無い。

私が上奏した皇帝親征は、それも含めての物だったのだが・・・。

・・・ラカン殿下ご自身に、帝国への愛着が無いのは知っていたが・・・予測の最悪を極められてしまったようだ。

 

 

「ひぃっ、ひぃっ・・・こ、コルネリアどのぉ~・・・」

「トゥペーロ卿、殿下はおられたか!?」

「い、いえ、いえ・・・っ」

 

 

ドタドタと太った腹を揺らしながら走ってきたのは、小太りの中年の帝国人だった。

皇帝補佐、オットー・トゥペーロ殿だ。

私同様、上司に振り回される苦労人でもある。

私の前まで駆けてくると、息を切らせてその場に崩れ落ちる。

 

 

「ど、どこにも、おられませんでした~・・・っ」

「そうか・・・まったく、どこに行かれたのか・・・」

 

 

あのバグや・・・いや、ラカン殿下に追いつくなど、常人の我らには無理か。

どうするか・・・。

 

 

「・・・仕方ない、もう一度探してみよう」

「は、はい~・・・」

 

 

実際はどうあれ、せめて仕事をしているフリはして頂かないと困る。

どうにか探し出して、殴・・・泣き落とすしか無い。

何なら、皇帝陛下の幼少時の秘密をいくつか・・・。

 

 

「コルネリア長官と・・・トゥペーロ卿、ですな・・・?」

「む・・・?」

 

 

その時、不意に声をかけられた。

振り向いてみると、そこには何人かの文官や侍女などが顔を並べていた。

・・・神殿の者も、いるようだが?

何人かの顔には、見覚えがある。

 

 

「そうだが・・・何か?」

「その・・・少し、お話があるのですが・・・」

「話?」

 

 

訝しげに聞き返すと、その者達は頷いた。

話か・・・実の所、少し急いでいるのだがな・・・。

 

 

「・・・こ、コルネリア殿~」

「トゥペーロ卿?」

 

 

何とも情けない声に振り向いてみれば。

トゥペーロ卿が、剣を突き付けられて両手を上げていた・・・。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

今日も今日とて、黙々と書類仕事に励む。

もちろん公務として外出することもあるが、最近は書類仕事が増えて来た。

どうやら、本格的にアリアは静養に入るのかもしれぬ。

 

 

・・・私がネギとアリアを産んだのは、逃亡生活の最中の話であったからな。

細かいことに関して、今さらどうこうは言わぬ。

ただ、私がかなり危険なことをしていたことは自覚しておるつもりじゃ。

故に、可能な限り静かな環境でアリアには出産に望んで欲しいのじゃが・・・。

 

 

「・・・ナギ、綴りを間違うておるぞ」

「・・・ん、悪ぃ」

「いや、良い」

 

 

共に執務をしておるナギは、ここのところ何を考えておるのか。

先日のネギの脱走以来、ナギはどうもあまり眠っておらぬらしい。

私が毎夜のように様子を窺っておるのじゃから、間違い無い。

・・・まぁ、それは裏を返せば私も寝ていないと言うことなのじゃがな。

しかし、寝不足で仕事を滞らせるわけにもいかぬ。

 

 

「ナギ、6日後の平和記念祭についてじゃが・・・」

「・・・ん」

「・・・ナギ」

 

 

もしかしたなら、私の声にはかすかな苛立ちが含まれておったかもしれぬ。

ネギのことが気にかかるのは、わかる。

私とて、行けるなら探しに行きたい。

 

 

じゃが、それでも王族としての義務を疎かにはできぬ。

我らには前科がある分、次はアリアやクルトがいかに庇おうとも覆らぬ。

私達のここでの立場は、いわば薄氷の上に立っておるような物なのじゃ。

責務を放棄して、自由に動けた時代は遠い過去の話なのじゃ。

 

 

「・・・わかってんよ」

「なら良い・・・すまぬ」

「何でお前が謝んだよ」

 

 

屈託なく笑い、ナギは手元の書類に文句も言わずに視線を落とした。

・・・戯けが、無理をしているのがまるわかりじゃ。

 

 

「んじゃ、とっとと片付けちまいますかねぇ~っと。えー、何々、サーカス・・・?」

 

 

・・・先月の脱走事件は、今の所は内々で事を済まそうとしておるようじゃ。

じゃが状況によっては内々で済まぬ場合がある、そうなってしまえば。

・・・ネギ、どこじゃ、どこにおる。

主はどこで、何をしようとしておるのじゃ・・・?

 

 

関係者の証言で、事件の全容が少しずつじゃが見えてきておる。

12年前、ナギによって還されず現世に留まり続ける悪魔ヘルマン。

そして、ネカネ殿とのどか殿・・・。

 

 

「・・・ネギ」

 

 

ナギに聞こえぬように、口の中で息子の名を呟く。

・・・どこに、おるのじゃ。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「・・・はい、問題ございません。今週も順調その物です」

「ありがとうございます」

 

 

ダフネ先生が検診用の器具を片付けながらそう言うと、私はいつもほっとします。

赤ちゃんが順調に育ってくれていると言うこともそうですが・・・何より、何か変調があれば怒られる上にお仕事禁止の憂き目にあってしまいますからね。

 

 

「血圧、血糖値も問題ありませんが、少し上昇している傾向にあるのでご注意ください。陛下のご親類の方には妊娠高血圧症の患者はおりませんが、注意するに越したことはありません」

「はい」

「それから胎動をご自覚なされたとのことですので、本格的な早産対策を始めましょう。早い方では7ヶ月で産気づかれることもございますので」

 

 

要するに、絶対に転ばない、お腹に圧力をかけない、ストレスには注意して、食生活も正しく、加えて睡眠はたっぷり取ること、と言うことらしいですが。

 

 

・・・まず、睡眠は割と少ないかもしれなくて、食事は苺の消費量が3倍になっていて、移動は馬車だったりして、それで・・・ストレス。

・・・まぁ、ストレスが無いと言えば嘘になりますね。

でも、怒られるのが嫌なので言いません。

 

 

「それにしても心配性なご夫君ですねぇ」

 

 

超音波機材を片付けていたテレサ先生が、クスクスと笑いながらそう言います。

黒髪の凛々しいダフネ先生と対照的な、金髪のおっとりお姉さんなテレサ先生。

テレサさんが言っているのは、私が初めて胎動を感じた時のフェイトのことです。

無表情に慌ててしかし急がず、フェイト自らが呼びに来た時は驚いたとか。

・・・もう、大丈夫だって言ったのに・・・。

 

 

でも、そんなフェイトを愛しています。

カッコ良くて・・・そして、可愛い人。

 

 

「それで、どう致しましょうか、女王陛下」

「はい?」

「いえ、そろそろ性別がはっきりしてきますけど・・・先にお知りになりたいですか?」

「ああ・・・そうですね」

 

 

・・・アスナさんが「姫御子」って言っていたので、女の子ですかね。

男の子だったら「姫御子」じゃなくてただの「御子」なので、やっぱり女の子?

確か、さよさんの所は・・・。

 

 

「どうなさいますか?」

「うーん・・・良いです」

 

 

準備とか諸々考えると先に知っておいた方が良いでしょうけど、ここは引っ張りたいです。

産まれた時に、初めて知って・・・と言うの、少し憧れてるので。

だから、「その日」まで内緒です。

 

 

・・・別に、良いですよね?

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

・・・ふ、むぅ。

顎に手をやりながら、幕僚本部の精霊炉搭載型情報統合装置を睨みつける。

3次元で俺の目の前に展開されているのは、魔法世界の地図だ。

 

 

そしてその世界地図には、各地の気候、人口移動、兵力分布、要人の現在位置などが詳細に画像付きで判別できるようになっている。

特に幕僚本部に設置されているこの装置には、各国の軍の部隊・位置・兵力・装備が小さな三角マークで地図上に表示される。

この場にいながらにして、魔法世界の軍事情勢を把握することができると言うわけだ。

 

 

「これも、技術独占の成せる技、か・・・」

 

 

魔法が主流だった時代にもこう言う装置はあったが、当然他国は情報の流出に備えるし、相手も同じシステムを持っているとの前提で動く。

なので結局は、あまりアテにならなかったのだが。

 

 

だが今は、我が国の技術力が他国を圧倒している。

我々は他国の動向をほぼリアルタイムで王都にいながらにして把握できるが、他国は我が国の動向を知ることはできない。

それこそ、肉眼か昔ながらのスパイでも使わない限りは。

前者は遅すぎるし、後者はバレた時のリスクが大きい。

 

 

「まぁ、それでも油断はできませんがね」

「しかし、情報で圧倒的に優位に立てているのは確かです。これも女王陛下の治世なればこそ・・・」

 

 

癖のある黒髪を掻いて謙遜するコリングウッド元帥と、逆の陛下の判断を称えるレミーナ元帥。

ここは幕僚本部―――総監はコリングウッド元帥―――の最奥部に位置する大部屋で、我々の他にも100人からなる情報スタッフが座席について端末を叩き続けている。

常に情報を更新し、それに合わせて方針と戦略を決める。

それが、幕僚本部の最重要の仕事だ。

 

 

「・・・さて、それでサバ地域だが・・・」

 

 

我々がここに集まったのは、国防省の方から打診された帝国領サバへの介入作戦の検討をするためだ。

すでに予備役兵の動員は始まっており、帝国との国境に集結させつつある。

目の前の装置を見ても、青い三角マークで示された我が国の軍部隊が帝国領サバの直前にまで展開しているのがわかる。

 

 

それに対応しているのが、帝国領側だ。

黒いマークのサバ人民政府軍と赤いマークの帝国軍。

こちらの圧力に配慮した形で、皇帝自らが乗り込んでいると聞いているが・・・。

 

 

「どうかなリュケスティス、帝国軍は首尾よくサバの叛乱軍を鎮圧できるかな」

「さぁな。皇帝の軍才次第だろうが・・・いずれにせよ、して貰わねば困る」

「それはそうだ、サバには我らの同胞が4万人も居住しているのだから」

 

 

そしてここには、リュケスティスもいる。

北エリジウムの政治家達の王国ツアーが終わるまでは、王都に留まるのだそうだ。

近く平和記念祭があるからな、そこで拡大「イヴィオン」の結束を示すつもりなのだろう。

あのクルト・ゲーデルが考えそうなことだ。

 

 

「いずれにせよ、他の勢力が帝都を押さえれば帝国は事実上瓦解する」

「しかし、帝都にはかのジャック・ラカンがおりますが」

「ジャック・ラカン。確かに奴は強い、頭も良いだろう、だがそれだけだ。やりようによっては・・・いや、やられようによっては奴は帝都を捨てざるを得なくなるだろうさ」

「おいおい、怖い予測を立てないでくれよ」

 

 

レミーナ元帥の言葉に冷笑気味に答えたリュケスティスに、俺はそう告げる。

全く、連合に続いて帝国まで崩壊すると言う事態は勘弁願いたい物だ。

 

 

「そうかな? だが、あのクルト・ゲーデルなどは・・・いや、これはただの偏見だな」

「気付いてくれて嬉しいよ、それで、どうする」

「サバもそうだが、実は面白い話をガイウス提督が持ってきていてな。どうも南エリジウムから・・・」

 

 

王国軍最高位、4元帥。

これだけの軍首脳は、世界中を探してもそうはいまい。

 

 

祖国と戦友、部下・・・そして女王陛下の名の下に同胞を守る。

それで良い、それが軍と言う物だ。

だからこそ強い、我が軍は。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「では、そのように」

「用件は承った。ではすぐに本国の了解を取るとしよう」

 

 

金色の毛並みを持つ猫の妖精(ケット・シー)、アリアドネーのフンベルト・フォン・ジッキンゲン男爵は私の言葉に頷くと、帽子と杖を持って応接室から出て行きました。

・・・ちなみに彼は、現在のオスティア駐在のアリアドネー大使です。

 

 

先のアリア様のご懐妊祝賀施設の代表としてやってきたのですが、どうやらそのまま大使として赴任したようです。

こちらの監視網からも度々消えてくれるので、なかなかのやり手のようですね。

まさに、神出鬼没と言うべきでしょうか。

流石にアリアドネーは、他の国と違って人材の質が高い。

 

 

「・・・単純な人材の質で言えば、我が国以上かもしれませんねぇ」

 

 

まぁ、そうでなければ帝国と連合に挟まれて中立を保ってはいられなかったでしょうが。

現在の所、人材の質以外の面で我が国に遅れを取っている状態ですが・・・。

今後100年ほどは、まぁ、大丈夫だとは思いますがね。

ただ、セラスは油断ならない・・・。

 

 

・・・とにかく、男爵を通じてアリアドネーにこちらの意思は伝わるでしょう。

幸い、6日後のオスティア平和記念祭の時には各国の首脳が集まりますから。

帝国を除けば、アリアドネーが唯一の大国。

他はほぼ我が国の同盟国(ぞっこく)、名目的な多国籍軍を作ることは容易い。

帝国への対策の道筋は、最初から最後まで作ってありますが・・・。

 

 

「・・・ヘレンさん」

「はい、宰相閣下」

「ハーディー氏は、まだお元気ですか?」

 

 

私の問いかけ方に、私の傍らに立っていたヘレンさんは訝しげな表情を浮かべます。

しかし、私が返答を促すと・・・。

 

 

「・・・労働党のハーディー党首は、党内の穏健派のリーダー、ジョン・キノック氏の助力を得て党を再編していると聞いていますが」

「ああ、そうですか。まだ元気なら良いんです」

 

 

ふ、ん・・・まだ、元気なんですね。

ま、私は何もしませんよ・・・私はね。

国内の労働党の拠点は、サバ地域とも接するグリルパルツァー公爵領。

そこから、帝国領へ・・・。

 

 

「・・・くふふ・・・」

 

 

さて、あと何歩でしょうか。

アリア様の魔法世界制覇まで、あと、何歩でしょうか。

捧げて見せましょう、アリカ様から一度は全てを奪った、この世界。

世界の全てを、我が王国に・・・。

 

 

・・・あ、いや、私は何もしませんよ?

本当ですよ?

 

 

 

 

 

Side ソネット・ワルツ(ヘラス帝国・駐オスティア大使)

 

今日も、ウェスペルタティアのテオドシウス外務尚書と会談しました。

・・・いえ、会談したと言うより呼び出されたと言った方が良いでしょう。

 

 

「サバ地域の動向については、まだわかりませんか?」

「皇帝陛下が討伐軍を直接率いて向かったと言うのが、帝都からの情報で・・・」

「それが、最後ですか・・・」

 

 

大使館の職員の言葉に、溜息を吐きます。

帝国・王国の国境都市の動向は現在、我々の最大の関心事。

これに進展が見られない以上、我々としてはどうしようもありません。

 

 

とは言え、テオドシウス外務尚書を通じて王国側の苛立ちは伝わってきています。

いつまでも王国側を宥めることはできませんし、進展が無ければウェスペルティア王国軍の介入を許してしまいます。

それは帝国の主権を侵害する行為であり、断じて許すことはできません。

ただ・・・。

 

 

「・・・帝国の主権とは、どこまでの領域に生きているのか・・・」

 

 

ウェスペルティア人とヘラス族の間に生まれた私は、両国の大使として最適の人材。

そう判断されてオスティアに駐在しているのだけれど、実際、こうなってくると辛い。

かつての祖国と、恩義のある第二の祖国。

そして今、第二の祖国が揺らいでいます。

 

 

王国側に言わせれば、サバ地域にはすでに帝国の統治能力が及んでいないと言うことになります。

皇帝直属軍の投入が無ければ、今週にも軍事介入があったかもしれない。

 

 

「・・・本国との定期連絡の準備はまだですか?」

「あれ? おかしいですね・・・まだ通信室からの連絡が・・・」

 

 

皇帝陛下が動いてくれたおかげで、まだ交渉できる余地が残されました。

しかし、それも長い時間は無理でしょう。

このまま明確な成果が無ければ、私は王国側から「外交官待遇拒否(ペルソナ・ノン・グラータ)」の認定を受けてしまう可能性すらあります。

 

 

いえ、最悪の場合は大使召還・・・。

・・・・・・遅いですね。

 

 

「大使! 大変です!」

「どうしたのですか、本国との通信は・・・」

 

 

本国との定期連絡の時間を、すでに30分は過ぎています。

苛立つ私に、その職員はとんでも無いことを宣告してきました。

 

 

「帝都との連絡が、つきません!」

「・・・何?」

 

 

帝都ヘラスと駐オスティア大使館とは、直通の回線で繋がっています。

ですから、通じないはずがありません。

・・・帝都側から、拒否しなければ・・・。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

俺が食堂で晩メシ食ってる時に、むさ苦しい奴らがゾロゾロと入ってきやがった。

何だ何だぁ、メシ時に無粋な奴らだぜ。

他人のメシを邪魔する奴は最低だな、詠春の野郎も俺を見ながら良くそう言ってたぜ。

 

 

「えー、えへん、えへん、ジャック・ラカン殿下ですな?」

「ああん?」

「・・・」

 

 

・・・軽く睨んだだけで倒れたんだが、俺はどうしたら良いんだろうな。

てか、そんな弱いのに来んなよ。

まぁ、見るからに弱そうな爺だったがよ。

その爺の後ろにいた何人かが、代わって俺に何かしかの要求を始めやがった。

 

 

「・・・で?」

「わ、我々はヘラス・コミューンの代表の者だ。たった今から帝都は・・・いや、ヘラスは我々が統治する」

「はぁん、好きにしろよ」

「・・・」

 

 

・・・何なんだコイツら。

この街を治めたいってんなら好きにすれば良い。

俺は知らん。

てか、そんな困った顔すんなよ。

揃いも揃って「想定外だ」みたいなツラしやがって。

 

 

「・・・で?」

「わ、我々は、労働者階級の自治による統治を求める」

「はぁん、最近流行の労働党って奴か?」

「違う! 我々は北の民と妥協する現在の政権を容認できない。よって我々は蜂起し、北の民との戦いを続ける」

「ふんふん、まぁ、頑張れや」

 

 

あー、この魚は最高だな。

詠春のジャパニーズ・ソースが懐かしいぜ。

・・・・・・はぁ、何なんだコイツらは。

 

 

「・・・で?」

「え、ええと、我々は・・・連合の手先として同胞を殺したラカン殿下、貴方を容認できない!」

「ふむふむ・・・で?」

「そ、それから・・・ヘラスの統治に無関心な貴方を、統治者としておくことは・・・」

「ほうほう・・・で?」

「む、そ、その・・・我々は皇帝補佐を2名人質に・・・」

「・・・くっだらねーな」

 

 

ごちゃごちゃとうるせー連中だな。

そんな御託はどうでも良いんだよ、要は何が言いてーんだ?

もっとこう、わかりやすいのがあるだろ。

 

 

「要は俺のことが気に入らねーんだろ? だったらそう言や良いじゃねーか。それを何だかんだとゴチャゴチャと誤魔化しやがって。てめーら男だろ? ついてんのか? ああん!?」

 

 

さっきよりもさらに小さく、圧力を加えてやった。

3人くらいそれで気絶したが、他の何人かは気合いで耐えた。

そのせいかは知らんが・・・急に表情が変わりやがった。

 

 

「・・・貴様は大戦の時、俺の祖父が乗っていた船を沈めた!」

「俺の村はお前の沈めた船の下敷きになって潰されたんだ!」

「貴様が父さんを殺したせいで、俺と母さんがどれだけ苦労したかわかるか!?」

「同胞をあれだけ殺しておいて、何が英雄だ、何が殿下だ! ふざけやがって!! あんな皇帝、もういらねぇ!!」

「この人殺し!!」

 

 

同胞殺しに人殺しね、家族の仇に村の仇ね、ふふん。

・・・面白くなってきたじゃねーの!

 

 

「はっはぁっ!! 言いてーことはそれだけか、ああん!!??」

 

 

良いぜ、それくらいわかりやすい方が良い!

じゃじゃ馬(テオ)の奴は帝都の連中と揉め事を起こすなとか言ってたが、こうなりゃ仕方がねーやな!

 

 

安心しな、手抜かり手ぇ抜いてやるぜ・・・かかってきな!!

・・・命だけは勘弁してやる!

 

 

 

 

 

Side エヴドキア(ヘラス帝国元第一皇女)

 

「いつもながら、猊下のお身体は本当にお美しいですわ」

「本当に・・・エヴドキア様は聖獣の娘ですわ」

 

 

・・・女神官達の見え透いた世辞を聞き流しながら、私は冷たい水の中に自分の身体を浸しました。

小さな泉ほどもある沐浴場の中心にまで進み、一日の穢れを祓います。

これも、私の日課の一つ・・・。

 

 

身に着けている物を全て脱ぎ去り、冷えた冷水に身を浸すことで外界の汚れを落とす。

聖獣に仕える巫女は、清らかで無ければなりません・・・。

 

 

「・・・二度も・・・男性に・・・触れられました・・・」

 

 

その意味では、私は戒律を破ってしまいました。

聖獣に仕える巫女として、あるまじきこと。

男性に触れられた場合は、触れた相手の命を聖獣に捧げるか・・・それとも。

 

 

ちゃぷ・・・と水面を揺らして、自分の身体を抱き締めます。

不思議な男性(ヒト)、今は亡き父上様とも違う男性(ヒト)。

他の男性とは、何かが違う。

聖獣の教えの外にいる男性(ヒト)・・・。

 

 

「猊下! 猊下! 変事でございます!!」

 

 

その時、別の女神官が沐浴場に駆け込んできました。

本来、ここでは騒ぐことは許されません。

しかし、彼女は凄く慌てていて・・・。

ちゃぷ・・・と水面を揺らして、岸に向かって歩きます。

 

 

「・・・何か・・・」

「そ、それが、帝都の第六・第七の円環(サークル)区画で暴動が・・・」

「・・・暴動・・・」

「さ、さらに、殿下が・・・ラカン殿下が、ご乱心を!」

「・・・」

 

 

ぴたり、と、片足を水の外に出した所で動きを止めます。

その名前に私が動きを止めた、次の瞬間。

 

 

銅の鐘を打ち鳴らすかのような、鈍い音が響きました。

 

 

高い・・・高い天井が崩れて、そこから何かが落ちてきます。

激しい水音を立てて落ちてきたそれは・・・帝国の兵士達で。

・・・男性でした。

 

 

「・・・!」

 

 

反射的に、傍らの女神官の持っていた薄布を身体に巻きます。

肌を、見られては・・・。

 

 

「うおっ、冷てぇっ!?」

 

 

見られて、は・・・。

 

 

「ぺっ、ぺっ、塩入ってねーかコレ・・・お?」

 

 

水面から顔を出したのは、上半身に服を着ていない男性で。

褐色の肌、逞しい身体・・・。

それを認めた時、傍の女神官達が悲鳴を上げました。

 

 

「ひ、ひぃっ、じ、ジャック・・・ッ」

「ジャック・ラカン・・・っ!?」

 

 

・・・怯えるのも、無理はありません。

彼は何人もの兵士を肩に担いで、岸にまで運びました。

それはつまり、私の傍に来ると言うことで・・・。

 

 

・・・血に塗れていた身体は、沐浴場の水でいくらかは綺麗になりましたが。

神殿の外を知らない私には、それがとても鮮烈で。

 

 

「あ~・・・何か説明がめんどくせーな」

「・・・?・・・」

 

 

上半身を晒したラカン氏は何かを考えた後、薄布一枚の私に・・・。

手を、差し伸べてきました。

 

 

「あ~・・・アレだ、このままここにいると多分、皇帝にされっぞ?」

 

 

・・・意味がわかりません。

私は、世俗からは隔絶されているので・・・。

・・・でも、皇族。

 

 

「行くか?」

 

 

・・・説明しろ、とは言いません。

求めるばかりなのは、いけないこと。

求めず、受け入れることが戒律、教え。

 

 

「げ、猊下、なりません!」

「そのような卑しい男・・・同胞殺しの裏切り者などに!」

 

 

・・・それは世俗の話。

世俗の評価は、ここでは関係がありません。

ただ、教えが全て。

ですから・・・。

 

 

「・・・」

 

 

望まれるなら、望むものを。

私は、そっと手を・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

エリジウム北部、セブレイニア地方。

ここでの生活は、とても単調だ。

 

 

朝早くに起きて、朝昼晩に食事を摂る。

朝と夕には新聞を読み、夜にはお風呂に入る。

仲間との会話を楽しみながら、毎日の生活を送る。

去年の新メセンブリーナ連合の崩壊からは、日々が過ぎるのがとても早い気がする。

近右衛門さんがやって来たのは、そんなある日のことだった。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」

「・・・」

「ふぉっ、ふぉつ・・・何か反応してくれんかの?」

「いえ、何と言うか慣れちゃって・・・」

 

 

鍬を・・・農具を肩に担いだまま、僕は苦笑した。

僕は青い作業着を着ていて、所々泥に汚れている。

対する近右衛門さんは、なかなか小綺麗なローブ姿だ。

気のせいでなければ、麻帆良時代とあまり変わってない気がする。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、精が出るのぉ?」

「まぁ、開拓ですから・・・成果はまだですけどね」

 

 

僕は今、王国の信託統治領の一つで開拓員の仕事をしている。

僕の力を活かして、大きな物を持ったり、岩や森を砕いて平地を作ったり。

ここの開拓団は150人程度の規模で、新メセンブリーナ連合時代には税を納められずに難民化していた人達ばかりで構成されてる。

一応、僕はリーダーみたいな仕事をしてる。

 

 

ウェスペルタティア王国信託統治領セブレイニア自治共和国。

来年には、正式な独立国になる予定。

そうすると、ここでの僕の仕事も終わる。

共和国政府の開拓担当者が派遣されてくれば、僕と交代する。

その後は、またNGO活動にでも従事しようと思ってる。

ネギ君達も・・・保護って言うか、幽閉されてしまったしね。

手紙で聞く分には、元気にしているようだし。

 

 

「・・・それで、今日はどんなご用件ですか?」

 

 

近右衛門さんとは、手紙のやり取りはあっても直接こうして会うことは無かった。

王国のエリジウム北部を治める総督府に配属されたと聞いた時は、上手く世渡りしてるんだなぁと思ったけど。

別に不満は無いけど、僕と比べれば凄く上にいると思う。

 

 

まぁ、実の所、近右衛門さんはどんな罪になるかと言われた時・・・困るからね。

適当な所に放り込んでおこうって言う力が働いたんだと思う。

・・・いや、とにかく。

 

 

「近右衛門さんが僕を訪ねて来るなんて・・・何かあったんですか?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・実はのぅ」

 

 

こそこそ・・・と、近右衛門さんが僕に近付いて、口を耳に寄せた。

それで・・・。

 

 

「ネギ君・・・それと、のどか殿とネカネ殿のことなのじゃが・・・」

 

 

・・・え?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

「・・・♪」

 

 

・・・歌。

歌が、聞こえる。

のどかさんの、歌う声が聞こえる。

 

 

「―――♪」

 

 

ここがどこかは、わからない。

いや、エリジウム大陸のどこかとはわかってる。

深い森の中の、どこかの廃城。

 

 

この森の雰囲気と、そして空に見える二つの大きな月には覚えがある。

たぶん、ケルベラス大森林のどこかだと思う。

まぁ、そうで無かったとしても問題にならないけど。

ただ、王国の統治下に無い土地であることはわかっている。

 

 

「・・・♪ ―――♪」

 

 

崩れた天井から漏れる月明かりの下で、倒れた柱に座って歌うのどかさん。

その両手はお腹を撫でていて・・・時折、ポンポンと軽く叩いている。

それだけなら、まだ良いけど・・・のどかさんの眼に浮かぶ二重六方星。

 

 

「・・・」

 

 

少し離れた位置に、ネカネお姉ちゃんがいる。

壁にもたれかかって目を閉じて・・・けれども口元には笑みを浮かべて。

 

 

ネカネお姉ちゃん

いや・・・少なくとも今は違う存在だとわかってる。

・・・ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・へルマン伯爵。

そして・・・僕の手には、一枚のカード・・・。

 

 

「・・・『魂の牢獄』」

 

 

カードに刻まれた名前を、読む。

アリアの、魔法具。

僕は、これを・・・解かないといけない。

 

 

ネカネお姉ちゃんと・・・のどかさんのために。

そうでないと、2人がどうなるか。

僕は、あの時・・・燃える屋敷の中、そう言われた。

 

 

「・・・ヘルマン」

「何だい、ネギ君」

「お前は、まだこのカードの中に封印されているんだな?」

「そうだよ、そこに血印があるだろう?」

 

 

ネカネお姉ちゃんの声で、ヘルマンが言う。

そして手元のカードには、赤い何かで印が描かれている。

絵柄の上に描かれたそれは、ネカネお姉ちゃんの血で描かれた物だ。

ヘルマンはこの印を媒介にして、ネカネお姉ちゃんの身体を操っている。

 

 

「この娘の血では効果が薄くてね・・・だがキミが解いてくれたなら、この娘の身体を返そう」

「・・・のどかさんは?」

「彼女との契約は別だね。彼女は悪魔と契約を交わした・・・魂を一つ捧げるとね」

 

 

・・・悪魔との契約には、術者の魂が必要。

だから、召喚する人はほぼ自殺に近い形で悪魔を使役する。

のどかさんは、それをした・・・。

 

 

・・・そして。

この10日間、ずっと考えていることがあった。

 

 

「・・・ヘルマン。一つ教えて欲しいのだけど」

「何かな、ネギ君」

「・・・貴方を呼んだのは、誰?」

「のどか君だよ、わかっているだろう?」

「そうじゃなくて・・・」

 

 

最初・・・そう、一番最初。

始まりの、あの日。

12年前、ウェールズの村で。

 

 

命を捨ててまで・・・大量の悪魔を呼んだのは誰?

最近は、フェイト達が「鍵」で呼んだのかとも思ってたけれど・・・「鍵」は封印されていた。

それに。

 

 

「・・・メガロメセンブリア元老院だよ、知っているだろう?」

「・・・そうじゃなくて」

 

 

それも、もう聞いた。

けど、それは黒幕で・・・召喚した人じゃない。

 

 

「・・・誰ですか?」

「・・・」

「魂を・・・命を捨ててまで、爵位級悪魔を何体も召喚したのは誰? いったい誰が、僕やアリアをそこまでして殺したいと思ったのは誰?」

 

 

あの時、村には何百体もの悪魔が襲ってきていた。

ヘルマンクラスの悪魔だって、10体以上いたって聞いてる。

それこそ、高位の魔法使いが何十人もいないとできないような・・・。

 

 

そこまでして、僕とアリアを殺したいと思ったのは誰?

それはどこの誰で・・・どんな人だったんだろう?

 

 

「・・・封印を解いてくれたら、全てを話してあげよう」

 

 

にいぃ・・・と笑って、ヘルマンはそう言う。

封印を解けば真実を教えると、囁いてくる。

 

 

「さぁ、頑張ってくれ給え。私はキミの才能に期待している・・・何、のどか君のことは任せたまえ。丁重にお世話させて頂こう、大切な身体なのだからね」

「・・・」

 

 

・・・いずれにせよ、僕には何もできない。

待つしかない。

今はただ、待つしか・・・。

 

 

・・・待つって・・・。

誰を?




新登場キャラクター:
ショウ・ジュリアード・ドラ・ランベルク:
オットー・トゥペーロ:
共に黒鷹様の提案。
ありがとうございます。

ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第20回広報:

アーシェ:
ハイハイ、アーシェですよー!
今回で20回目!
と言うわけで・・・。


シサイ・ウォリバー:
20代前半、牛族でミノタウルスなイメージ。
身長は2メートル超!
気は優しくて力持ち、そして八百屋さんです。
最大の敵は空腹。
何かする時「よいしょ」と言う。
オスティア難民とオストラの住民の間に生まれた子供。
今も両親とと八百屋さんを続けているとか。


アーシェ:
以上、今回の紹介でした!
何度か会ったことがあるけど、マジでミノタウルス。


アーシェ:
さーて、次回は・・・お祭りだー!

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