魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第24話「催事の10月・後編」

Side クルト

 

・・・全ては、私が思い望む通りの展開になりました。

とか言えたら、私は自分の忠誠心と能力の高さに自惚れられるんですがねぇ。

少し、帝国側の人材の質を舐めていた部分があったと言わざるを得ません。

 

 

「ヘラス帝国軍暫定代表、クワン・シンです。貴国のご厚意に感謝します」

「この度、駐在大使に加え外務大臣代理を拝命致しました、ソネット・ワルツです。この度の貴国のご温情に感謝致します」

 

 

厚意と温情で動く国があったら、世の中戦争なんて起きませんよ。

しかしそこは私、政治家ですから。

記者団の前で床に傅いている2人の女性を罵倒するとか、あり得ませんから。

 

 

私は極めて柔らかい笑顔と声で、優しく言葉をかけて労わねばなりません。

例え、内心でこの帝国人ふざけんなよコノヤローとか思ってても、おくびにも出しません。

プロですから、選挙用(えいぎょう)スマイルですから。

まぁ、内実はどうあれソネットさんは金髪碧眼の美女で、クワンさんは美貌の女将軍ですし。

そして流浪の若き女皇帝・・・わー、世論受けしそうですよねー、かっこ棒読み。

 

 

「いえいえ、さぞやご苦労なさったことでしょう。我々としても、我が国の民を保護してくださったご恩を返さないわけには参りません。どうか顔を上げてください」

 

 

そのまま額を床に打ち付けて死ねば良いのに。

・・・おおっと、今のはオフレコでお願いしますよ。

 

 

そして今、私が言ったように・・・今回、我が国に軍ごと亡命してきたテオドラ陛下は、「サバ地域のウェスペルタティア人を保護するために、やむなく帝国の外に出た」との立場を喧伝しています。

クソ面倒くさいことに、我々が軍を派遣して救うはずだったウェスペルタティア人4万人を「保護」して来た物ですから、国境に足止めるわけにもいきませんでした。

・・・帝国軍4万と帝国人2万と言うおまけ付きで。

 

 

「では、これより我が「イヴィオン」の会合に参加して頂きますので・・・記者団の方々はここまでと言うことで」

 

 

ガヤガヤとうるさいマスコミの方々は、「イヴィオン」の代表が集まる会議室と控え室までは入れませんからね。

さっさと締め出して、帝国側の代表2人を招き入れます。

 

 

「では、お2人にはこれから「イヴィオン」の代表者会合に紛争当事国として参加して頂きます」

「わかりました」

 

 

記者団が扉の向こうに消えると、クワンさんとソネットさんは殊勝な態度を消しました。

亡命者と言う致命的な立場の中でも最良の立場を確保しようとする姿勢は、共感できますがね。

ああ、面倒くさい・・・。

まぁ、それでも貰う物は貰いますが。

・・・と言うか。

 

 

貰わないと、我が国の経済が崩壊します。

我が国の経済的優位など、所詮はその程度でしかありませんから。

さーて、面白くなってきやがりましたよっと・・・。

・・・シルチスとか、欲しいですね。

 

 

 

 

 

Side アリカ

 

ヘラス帝国が、崩壊した。

いや、厳密にはまだ崩壊してはおらぬが、しかし時の皇帝が亡命するなど前代未聞のことじゃ。

 

 

とにかく、その報が新オスティアにまで届いた時は、驚愕した。

驚愕して・・・どうすれば良いのか、とっさにはわからんかった。

・・・そしてすぐに、何の権限も無い私にできることは無いと思い至った。

さらに言えば、そのようなことを考える自分を嫌悪した。

 

 

「テオ・・・!」

 

 

私にできることと言えば、アリアへの謁見に訪れたテオを迎えに出ることくらいじゃ。

いや、これもアリアが気を回してくれねば叶わなかったであろう。

謁見に行く者が待たされる控えの間、「白の間」に向かえば、そこにはテオがおる。

 

 

どうにか用意できたのか、赤い大礼服を纏ったヘラス帝国の亡命帝が。

テオは、思ったよりも元気なようじゃった。

顔色も悪くないし、椅子から立ち上がる動作も滑らかじゃ。

ただ、私は感情の機微と言うか、そう言うのを読み取るのが得意では無い故な・・・。

 

 

「おお、アリカでは無いか・・・久しいの」

「う、うむ」

 

 

どう反応すれば良いのかわからんから、ただ頷くしかできなんだ。

私がその後の言葉を続けられずにいると、むしろテオの方が苦笑を浮かべて。

 

 

「何じゃ、変な顔をしおって」

「いや・・・何じゃ、息災じゃっ・・・いや、く、国を失っても志があれば!」

「急に何を言うのじゃ!?」

 

 

い、いや、私も一度は国を失った身ゆえ。

しかし、今はこうしてかなり幸福に生きておる。

だ、だから、その・・・。

ああっ、ダメじゃ、何を言っても上手くいかなそうな気が・・・!

 

 

「・・・ありがとうの、気を遣ってくれて」

「いや、その・・・」

「国を追われたのは、それはかなり悲しいと言うか、悔しいと言うか、まぁ、いろいろあるのじゃが・・・」

 

 

・・・テオ?

かなり動揺しておる私とは違い、テオはどこか落ち着いておった。

そしてそれは、どこか・・・。

 

 

「でも、正直・・・・・・少し、楽になったのじゃ」

 

 

・・・どこか、昔の私に似て。

あの時、ケルベラスの処刑場でナギに救われ、女王としての生涯を終えた時。

私は、何故か肩の荷が降ろせたような気分になったのじゃ。

 

 

正直、無責任じゃとは思う。

じゃが、王と言う役職をとても重く感じていたのは確かで。

全ての責務を忘却できる一瞬を求める自分がいたのも、確かなのじゃ。

今のテオは、そう言う心境なのかもしれなかった。

 

 

「おおー、マジでいやがった」

 

 

その時、ナギが「白の間」に入ってきおった。

部屋の前までは一緒じゃったが、気を遣ったのか時間差をつけての入室じゃった。

ナギは挨拶もそこそこに、キョロキョロと部屋を見渡して・・・。

 

 

「ラカンなら、ここにはおらぬ」

「・・・マジで? まぁ、あの筋肉野郎が死ぬわけねーから心配してねーけど」

「ナギ!」

「あはは、いや、実際、帝国のラカン財閥経由で無事は確認できておるのじゃ、ただ・・・」

 

 

そこで、初めてテオが表情を暗くした。

な、何じゃ・・・?

 

 

「・・・姉上と・・・」

「あ?」

「む・・・?」

 

 

あ、姉君とな?

良くはわからぬが、何やら妙なことを考えておるような。

 

 

「お時間です」

 

 

その後、テオが謁見の間に呼ばれたので詳しくは聞けなんだが。

・・・テオ・・・。

大戦時代からの数少ない友人の一人じゃ、何かできることは無いものじゃろうか・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドラ

 

ヘラス帝国と言う国家は、まだ存在しておる。

法的には妾が退位宣言書に署名せぬ限り失われぬし、実質的にも新領土の一部は妾に従う姿勢を見せてはおる。

南エリジウム、アルギュレー北部などがそれじゃ。

 

 

帝国内に留まっておる帝国軍の主力も、未だ妾の指揮権を認めておる。

ただそちらは、妾の命令が届かぬ故に自主的な行動を強めつつある。

プロメテやノアチスなどがそれであって、事実上の軍閥化じゃな。

それから、帝国南部一帯に広がるゾエ姉上の「神聖ヘラス帝国」とサバ・シルチス・ティレナ一帯に広がる「人民共和国」、帝都ヘラスを実効支配する「ヘラス・コミューン」・・・。

 

 

「・・・・・・ハハ」

 

 

思わず、笑い声が漏れる。

妾の前には、ウェスペルタティア王国女王の玉座がある。

妾が立つ位置よりも数段上にあるそれは、妾とアリア陛下の立場を如実に表しているように思えてならなかった。

 

 

クワンの機転で、サバのウェスペルタティア人4万人を連れて来たとは言え。

所詮は、補給が途絶えて進退極まり、国境を強行突破した流浪の軍の皇帝でしか無い。

加えて言えば、「待たされる」と言うこと自体がそうじゃろう。

・・・じゃが、何故じゃろうな。

先程、アリカにも言ったが・・・楽になったと考える自分がおるのじゃ。

 

 

「結局・・・」

 

 

結局、妾は皇帝の器では無かったし。

ヘラス帝国と言う国家は、メセンブリーナ連合と言う「非民主的な民主国家」に対する対抗国家としての性格しか有していなかったと言うことじゃろうか。

連合が消滅し、領土的野心と政治思想(イデオロギー)の対立と言う皮が剥がれれば・・・醜く内部で政争を行うしか、無かったのじゃろうか。

 

 

連合・人族から身を守るために結合していたはずの亜人帝国(エンパイア・デミヒューマン)ヘラスは、いつから外部を拒絶する閉鎖的な国になってしまったのか・・・。

そしてそれを取り戻そうとするのは、実は愚かなことなのでは無いじゃろうか。

 

 

「・・・ジャック」

 

 

傍にいてほしいと想う者は、今はおらぬ。

ラカン財閥―――代表不明と言うが、妾は知っておる―――からの連絡では、無事じゃと聞く。

今、こちらに向かっておるとも。

帝都から何人かを連れていると聞いておるが、その中にはエヴドキア姉上がおるらしい。

 

 

・・・考えるのを、そこでやめた。

妾はこれ以上、自分を嫌いになりとう無い故・・・。

そしてようやく、王国の式部官らしき男が玉座のある壇上の隅に姿を見せた。

 

 

「始祖アマテルの恩寵による、ウェスペルタティア王国ならびにその他の諸王国及び諸領土の女王、国家連合イヴィオンの共同元首、法と秩序の守護者、ウェスペルタティア女王アリア陛下の、 御入来!!」

 

 

その声と共に、妾は背筋を伸ばした。

今はせめて、連れて来た6万の民と兵のために・・・。

 

 

 

 

 

Side セラス

 

「・・・まぁ、アレだ。国の栄華なんて儚いモンだよな」

「そうね」

 

 

身につまされているのか共感しているのかは不明だけど、リカードの言葉には説得力があったわ。

と言うか、説得力しか無かったわ。

もう、いろいろな感情が詰まってる感じ。

 

 

メガロメセンブリアほど、急速に国力を失った国も珍しいから。

・・・まぁ、メガロメセンブリアの海外権益の42%はアリアドネーが貰ったのだけど。

でも私とリカードの個人的関係は、国家間関係には無関係だから。

そしてそれは、帝国に対しても同じ。

テオドラ個人に対しての私の個人的感情は、アリアドネーの対帝国政策とは無関係で無ければならない。

 

 

「サバから帝国軍・・・テオドラ軍を追撃してきた人民政府軍は、王国軍の国境警備隊が撃退したそうよ」

「あー、そらまぁ、そうなるだろうな」

 

 

テオドラ軍を追撃してきたサバの人民政府軍は、装備の質では王国軍と比べるべくも無いわ。

だから結果として、一方的に撃退されて終わったらしい。

・・・まぁ、準備万端で迎撃した王国軍も、なかなかどうかと思うけど。

 

 

「連合に、エリジウム、そんで今度は帝国かよ。クルトの野郎も良くやるぜ」

「犠牲を最小限に王国の勢力を拡大していると思えば、なかなか敏腕と言えるわね」

「けどなぁ・・・いや、元々はうちの勢力圏だったんだが」

 

 

今回のオスティア祭に際して呼ばれた北エリジウム12カ国を含めて、ウェスペルタティアを盟主とする「イヴィオン」は17カ国体制になったわ。

それに加えて、今回はクリュタエムネストラ、テンペなどの準加盟・加盟交渉国認定が行われた。

王国の勢力はここ数年で急激に伸長していると言って良いわ、覇権主義的とすら言える。

 

 

とは言えアリアドネーもシレニウム、ゼフィーリア、トリスタンなどの国々と友好条約を結んで、一種の非同盟諸国運動を展開しているわ。

帝国・王国のいずれの陣営にも参加せずに中立を保つのが運動の目的、とは言え、王国に隣接するトリスタンや帝国領に挟まれたゼフィーリアなど、事情は様々だけど。

加えて言えば、帝国が事実上分裂した今、どれだけこの運動に意味があるのかわからないけど。

 

 

「・・・で、どうするよ」

「さぁ・・・」

 

 

私とリカードの会談のために用意されたその部屋は、私の持つカップから漂うコーヒーの香りで満ちている。

外はオスティア祭の最終日、市民の賑わいはピークに達しているはずよ。

 

 

「・・・政治的な問題ね、それは」

 

 

国境のプロメテが軍閥化するなら、戦乙女旅団に臨戦態勢を命令しなければならないし。

非公式な契約だけれど、今回のオスティア訪問でアリアドネーは王国に10年間で約25億ドラクマを支払って、約300機のPS(パワードスーツ)と機竜を購入することが決まったわ。

現在は年間約18億ドラクマに留まっている両国の貿易額を、10年以内に60億まで引き上げる。

そこから、技術を吸収して・・・。

 

 

・・・テオドラが我がアリアドネーに何かメリットをもたらしてくれるのなら、私はテオドラを応援することになると思うけれど。

もしそうで無いなら、その時は。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

テオドラ陛下との会見は、小1時間ほどで終了しました。

基本的にテオドラ陛下が受け入れに対してお礼を言って、私が過去の帝国政府の王国への貢献―――再独立戦争、エリジウム解放戦争時の軍事支援、女王アリカの過去の活動に対する人道的支援など―――に触れて、謙遜する・・・と言う流れです。

 

 

・・・と言うか、他に何も言えません。

下手なことを言うと政治的言質を与えることになってしまうので、言葉を選ばざるを得ないのです。

おまけに、私とテオドラ陛下はそこまで個人的に親しいわけではありません。

お母様の親友ではありますが、現在の王国の政治に影響力がある程では・・・。

・・・おまけに、労働党の活動で亜人への感情が悪化している所ですから。

 

 

「・・・はぁ」

「お疲れ様です、アリア様」

 

 

テオドラ陛下との会見の後、私はそのまま謁見の間でクルトおじ様の訪問を受けました。

私がテオドラ陛下と会見している間に、帝国側の代表を含めた拡大「イヴィオン」会合を取り纏め、その結果を報告に来たのです。

 

 

「イヴィオン」は今回の会合から正式に17カ国体制になり、意思決定はその分、難しくなると思っていたのですが。

案外、短時間で会合は切り上げられたようです。

元々、予定外の会合だったはずですが・・・流石はクルトおじ様と言う所でしょうか。

・・・最初から予定の内だったとか、無いですよね?

 

 

「予定の内ですが、何か?」

「・・・え?」

「ご存知でしょうか、アリア様。チャンスになってから準備をするようでは遅いのです、チャンスが来た時には準備が終了していなければなりません」

 

 

クルトおじ様の政治哲学講座が終わった後、会合の結果を聞きます。

まず、ウェスペルタティア人の救援を果たしたテオドラ軍の功績を認める声が多かったこと。

失地回復のための根拠地を王国内に与えることと、必要な援助を与えることが決議されました。

ただし公的には失地回復では無く、帝国内の叛乱分子を排除するのに「イヴィオン」の力を借りると言うことになったそうです。

 

 

「可能な限り早く、プロメテかアルギュレーに移動してもらうことになるかと思いますがね」

 

 

クルトおじ様はそう言うことで、本心では王国内に受け入れたく無かったことを伝えています。

おじ様としては、他の国に亡命してほしかったようですが。

友好国ではあっても同盟国では無い王国よりも、中立国のアリアドネーかトリスタンに行ってほしかったらしいです。

距離的な問題で、王国になりましたが。

 

 

「ま、来てしまったのは仕方がありません。限界まで利用しましょう」

 

 

クルトおじ様によれば、すでに帝国からの輸入が途絶し始めているので、早急に対策が必要だそうです。

例えば食糧の2割は帝国からの輸入ですが、帝国中央の混乱により輸入が途絶えています。

加えて言えば、北エリジウムで消費される食糧の4割も帝国からの輸入です。

王国内の工業生産に必要な資源の約7割は帝国産で、それも輸入が途絶しています。

国内の備蓄は、共に3か月分。

 

 

「新材料の開発と資源使用量削減のための企業補助金として、4000万ドラクマを拠出しますが・・・まぁ、それはまたの機会にご説明致します」

 

 

・・・とは言え、会合ではパルティアとアキダリアが軍事介入を強く主張しているので、とりあえずパルティア北部で「イヴィオン」の合同軍事演習を実施することが合意されました。

・・・と言う建前で、帝国国境に軍を展開することが合意されました。

 

 

それによると王国以外の「イヴィオン」加盟国軍が帝国領シルチスへ、そして王国は帝国領サバに軍を展開するそうです。

 

 

「・・・何故、分けるのですか?」

「ハハハ、信頼できる同盟国が是非に任せてほしいと言うので、押し切られてしまいまして」

「はぁ・・・」

 

 

・・・まぁ、細かい交渉は任せますが。

ですが・・・。

 

 

「・・・なるべく、戦争は避けてくださいましね」

「アリア様、それは帝国側の出方によります」

 

 

・・・本当に?

クルトおじ様の言葉に、そう思わないでも無いですが・・・。

帝国における王国の財産を取り戻すには、他に方法が無いのかもしれません。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

「巷では、グリアソン元帥の出兵が噂されているらしいな。サバ地域の工場群を素早く占領・確保できるのは元帥を他においていないんだそうだ」

「ほう、そのグリアソンとか言う奴は随分と凄い奴らしいな」

 

 

陸軍司令部の廊下を歩いている最中に出くわしたリュケスティスからかけられた言葉に、俺は苦笑しながら応じた。

まったく、グリアソンとか言う奴は本当に凄いらしい。

実態は、そこまで凄い奴では無いのだがな。

戦場の名将が、後方で優れた司令官になれるわけじゃない。

 

 

「何、謙遜するな。ベンジャミン・グリアソンは王国最高の将帥だそうだしな、その用兵は神速にして理に適う、並ぶ者など存在しないとな」

「それは俺の聞いた話とは違うな、俺はもっと緻密で柔軟な用兵をする人間を知っているぞ。そいつはな、レオナントス・リュケスティスと言うのさ」

「ほう、それは是非とも会ってみたい物だな」

 

 

お互いの自尊心をくすぐり合った後、俺達は声を抑えて笑った。

途中、すれ違った何人かの将校が不思議そうな顔で俺達を見るので、咳払いして居住まいを正した。

 

 

「・・・その噂、どこからだ?」

「国防省と幕僚本部からだ、8割は確定の話だろう。今日か明日には我が女王に辞令を渡されるはずだ」

「そうか・・・まぁ、それに近い話は聞いてはいたが」

 

 

サバ方面か・・・予備役兵の動員は済んでいるが。

帝国側の3重の要塞線を抜けるのが面倒そうだな・・・。

 

 

「王国軍の燃料備蓄も、それほど余裕があるわけじゃ無いからな」

「帝国からの輸入が途絶えると、どうしてもな・・・」

 

 

北エリジウムの生産力も、王国の需要を満たすには至っていない。

と言って、「イヴィオン」加盟国からの輸入でも賄いきれない。

これは王国だけでなく、帝国の食糧と資源が無ければ魔法世界の経済は立ち行かない。

 

 

「・・・まぁ、それは政治が考える領分だろう。それよりどうだ、今夜あたり」

「悪いが、俺は今日にはエリジウムへ発つことになっていてな」

「何? 2日後じゃ無かったのか?」

「予定変更と言う奴さ、どうも南エリジウムから北エリジウムへの難民の流れが止まらないらしくてな」

「そうか・・・残念だな」

 

 

久しぶりに酒でも飲み交わそうと思ったのだが、仕方が無いな。

またの機会にしよう、また平和になった時にでも。

 

 

「・・・じゃあ、ここでお別れだな」

「ああ」

 

 

司令部の出入り口までリュケスティスを送って、握手して別れる。

俺はリュケスティスの後ろ姿を見送った後、仕事に戻った・・・。

 

 

 

 

 

Side シオン

 

年に一度のオスティア平和祈念祭も、今日で終わり。

お祭り期間中もゲートポートは動いているから、私もお祭りばかりに行くわけにはいかなかったけれど。

魔法世界中からのべ1000万人が新オスティアを訪れ、旧世界からの訪問者もいつも以上の数になった。

 

 

「あら、アレは何かしら」

「え?」

 

 

お昼休みに外でヘレンと待ち合わせて、昼食を一緒に食べたわ。

ヘレンも最近は本格的に公務員としての仕事にシフトしてきたから、私以上に忙しいの。

そんなヘレンが私の声に軽く驚いて、レストランから窓の外を見る。

可愛いわね、本当に。

何でロバートの妹で私の妹じゃないのかしら。

 

 

レストランは市街地の二階にあって、壁の一面がガラス張りになっていて、そこから外が見えるの。

そこにはもちろん、賑やかなお祭りの様子が見えるのだけれど・・・。

その中に、お祭りには不似合いな黒いローブを着た人間達がビラ配りをしているの。

 

 

「アレは・・・キリスト教民主同盟の人達、ですね」

「あら、良く知っているのね」

「えと、宰相府で見かけたことがあって・・・」

 

 

私の言葉に照れたのか、ヘレンがはにかむ。

可愛いわ、本当に。

どうして私の実妹じゃ無いのかしら・・・。

 

 

キリスト教民主同盟。

旧世界から中途半端に伝わったキリスト教を基盤に、社会民主主義的な政策を掲げる政治集団よ。

ただ彼らの信奉するキリスト教は、どう言うわけか王室信仰と言う形態を取っているの。

女王アリアの功績を称えるだけに留まらず、神格化しようとしているとか。

先の労働党員による女王暗殺未遂の際、暗殺犯を撲殺したのは彼らだと言われているわ。

 

 

「聖母様のご威光を広めるために、どんな犠牲を払っても聖戦に協力しよう・・・」

 

 

彼らの傍には、そんな標語の書かれた横断幕が見える。

何と言うか・・・文学的感受性を刺激しない表現ね。

 

 

「聖戦・・・新聞に載ってる、帝国の内乱でしょうか」

「まぁ、他にもあるでしょうけど・・・」

 

 

彼らの言う聖母と言うのが女王アリアのことを指しているのだとすれば、勘違いも甚だしいわね。

貴女のために人を殺してきましたと言われて、誰が喜ぶと言うのかしら。

 

 

・・・脳裏に、かつてのミス・スプリングフィールドの顔が浮かぶ。

少なくとも、彼女は喜ばないはずよ。

新聞も報道も、もう戦争が当たり前みたいなことを言っているけれど・・・。

 

 

「・・・あ」

「どうしたの?」

「アレは・・・?」

 

 

今度は私が、ヘレンの示した方向に視線を動かす。

するといくつかの建物の向こう側で、何か不自然な人の動きがある。

・・・何かしら?

 

 

 

 

 

Side 暦

 

「え・・・政治家になる?」

「はい」

 

 

最終日くらい遊んでくると良いとフェイト様に言われて、フェイトガールズも今日はお休みを貰った。

べ、別に、キミ達なんていてもいなくても一緒さとか言われたわけじゃないよ?

・・・いやいや、今はそっちじゃなくて、調の話だよ。

 

 

至福の苺(サプリーム・ブリス・ストロベリー)』の屋台で買った苺のクレープを食べながら、私達5人はお祭りの中を歩いてる。

女王陛下の影響か知らないけど、私達を含めて若い侍女には苺が好きな人が多いの。

まさか、採用の時に調べてるわけじゃ無いだろうけど。

 

 

「パルティアで私の部族の生き残りが見つかったことは、知ってますよね?」

「え、あ・・・うん」

 

 

焔達と視線を交わしながら、頷く。

部族の話は、あまり突っ込んでしないことにしてるから・・・。

気にした風も無く―――あるいは、そう見せて―――調が、続ける。

 

 

「今すぐと言うわけでは無いですが、早ければ5年後には・・・私は、私の部族の族長になります。私以外の部族の大人達の衰弱が酷くて、部族の子供の面倒が見れないから・・・」

 

 

・・・それだけじゃ、無いと思う。

調の部族は、部族間抗争に負けて奴隷にされて・・・全員、角を取られた。

環の友達のキカネもそうだけど、亜人、特に有角族にとって角は命よりも大事な物。

唯一、調だけが角がある。

 

 

だから、族長には調にしかなれない。

でも、私達は何も言わない。

部族の全滅した私や栞、離散した環、集落を焼かれた焔・・・。

・・・不幸ぶるわけじゃ無いけど、パルティア部族の常識として。

他人の部族の話に、口を出しちゃいけない。

 

 

「パルティア部族の族長は、族長会議って言うパルティア連邦議会の議員資格を得ることができます。パルティアのため、そして部族のために・・・私は、政治家になります」

「・・・調は、それで良いの?」

「はい・・・フェイト様もご成婚されましたし、魔法世界も救われて、ご恩は返せたと思うんです」

 

 

・・・フェイト様への想いは?

6年前、そして1年前に決着したはずのそのことを、私は今でも引き摺ってる。

調は、そうじゃないのかな・・・。

少しだけ・・・寂しかった。

 

 

「それにしても、そんなにパッパとなれる物か、政治家って?」

「・・・クルト宰相が、後押ししてくれるらしいです」

「もうその時点で、胡散臭いですわね」

「たぶん、私がパルティアの首相になるのを期待しているのでは無いかと・・・」

「・・・どしたの、環?」

 

 

調が栞と焔と話していると、何故か環が私の手を握って来た。

・・・いや、別に寂しくていじけてるわけじゃないし。

もう大人だし、そう言うこともあるよ。

 

 

「・・・む? 何の騒ぎだ?」

 

 

市街地の途中で新しい道に出た時、何かお祭りとは別の人だかりに出くわした。

何だろ、何か知らないけど、横断幕がある。

えー・・・反戦ゼネスト? 何それ・・・。

 

 

「大変だ、倒れたぞ・・・!」

「人が刺された!」

 

 

・・・その言葉を聞いた次の瞬間には、私達は意識を入れ替える。

女王陛下じゃ無いけど、まだまだ休むわけにはいかないよね・・・!

 

 

 

 

 

Side ジェームズ・ハーディー(ウェスペルタティア労働党党首)

 

今、この国は不幸な方向へ向かおうとしている。

武力を背景に帝国主義的に勢力を拡張し、世界を牛耳ろうとしているのだ。

軍事力では、本当の平和は作れない。

第一、戦争で傷付くのは労働者であり、得をするのは一部の上流階級でしか無い。

 

 

止めなければならない。

際限の無い軍拡競争を抑制し、軍事費から社会保障費へと資金の流れを変える。

戦争によって得られる物など、何も無いのだから。

仮にあったとしても、そんな物は虚しいだけだ。

テロも同じだ、力で他者に従わせようとする点では帝国主義と変わらない。

 

 

「我々労働党は、10週間のストライキを提案する!」

 

 

祭り客に対して主張することでは無いが、しかし祭りが終わる頃には政府は対応を決めてしまう。

むしろ市民が祭りに興じている間に、一部の首脳のみで話し合うのがオスティア祭なのだ。

さる筋からの話では、政府は亡命した皇帝を利用して帝国領の一部に侵攻するつもりらしい。

断じて、認めるわけにはいかない。

 

 

「あらゆる戦争に、我々は反対する!」

 

 

戦争の無い社会、差別の無い社会、格差の無い社会。

誰も不当に苦しむこと無く、理不尽に涙することも無い。

そんな社会を作りたいと思ったのは、私が20歳に達した頃だった。

鉱山で毎日休みなく18時間働かされ、貰える給料は地方役人の50分の1。

23歳の時、働いている炭鉱で労働組合を結成したのが始まりだった。

 

 

そもそも私は、船大工の父と家政婦の母の間に生まれた七男坊だった。

正規の学校には行けず、父がゴミ捨て場から拾ってきてくれた旧世界の本で学ぶしか無かった。

まぁ、そこで労働運動や社会主義と言う概念を学べたのは幸運だったが。

10歳の頃から鉱山で働いて・・・労働者の生活向上に半生をかけてきたつもりだ。

 

 

「・・・おい、アレって労働党じゃね?」

「えぇ、どうしてこんな所にいるのよ、テロリストでしょ?」

 

 

それが今、道行く人々から白い目で見られることになっている。

先の女王暗殺未遂や帝国での混乱の首謀者として、労働党の名が喧伝されているためだ。

世界と国を救った女王を非難する我々は、今や社会の敵として認識されてしまっている。

 

 

支持者であったはずの労働組合すら、我々との接触を控えるようになってしまった。

それも、急速に。

私が女王アリアと・・・いや、宰相クルトと会談してから、急速に。

・・・それでも諦めるわけにはいかない、一人でも多くの労働者を救わねば。

気を取り直して、私は雑踏の中で仲間達と共に反戦のビラを・・・。

 

 

 

    トン

 

 

 

胸に伝わった衝撃は、むしろ軽かった。

すれ違いかけた誰かの肩が、私の肩にぶつかっている。

・・・数秒後、身体から急速に力と熱が失われていくのを感じた。

 

 

 

「お前は、女王に甘過ぎる。そんなやり方では真の革命は果たせない」

 

 

 

耳に届いたのは、そんな声で。

・・・ああ。

また一人、私と同じように哀れな労働者がいる。

 

 

待ってくれ。

話をしよう。

私の話を、聞いてほしい。

そして、キミの話を・・・・・・。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア外務尚書)

 

労働党党首のジェームズ・ハーディーが殺された。

犯人は、労働党の過激派だ。

そんな急報がもたらされて、私は緊急の閣議に呼ばれた。

もちろん、王都にいる閣僚は全員が召集されている。

 

 

ただ、閣議自体は事前に召集が決まっていた。

帝国問題の討議で集まる所に、労働党問題が加わっただけだ。

別にハーディー氏と個人的に交流があったわけでは無いけれど、労働党の国内の拠点は領地(ウチ)だ。

多少、責任を感じないでも無い。

治安が悪化しないと良いのだけれど・・・領民の生活を守らないと。

 

 

「・・・おや、元帥閣下」

「む・・・何だ、外務尚書殿か」

 

 

会議室に向かう途中で、リュケスティス元帥・・・レオと出会った。

きっちりと軍服を纏った美丈夫の鋭い視線が、私を射抜く。

自然、私はレオの歩みに歩調を合わせる。

 

 

「宰相府で会うなんて、珍しいね」

「何、女王陛下のお召しとあれば、私も文官の牙城に来ざるを得んよ」

「ふぅん、そうかい」

 

 

私はクスリと笑うけれど、レオは毛ほども表情を変えない。

その代わり、私から視線を逸らして前を見ている。

 

 

「・・・閣議か」

「まぁね」

「良く行くな、私などあのクルト・ゲーデルの話を聞くことになるかと思うと気分が悪くなるが」

「・・・人に聞かれるよ」

 

 

まぁ、否定はしないけどね。

実務的なアラゴカストロ国防尚書やアンバーサ宮内尚書はともかく、私やマクダウェル工部尚書は宰相と相性が良く無いらしいからね。

特に近頃のあからさまな王国の勢力伸長は、まるで対外勢力を挑発しているようにも・・・。

 

 

「じゃあな」

「あ・・・うん」

 

 

その後は何を話すでも無く、途中でレオと別れる。

・・・漠然とだけど、何かが引っかかるような気がする。

 

 

今回のハーディー氏の死にした所で、何かがおかしい。

いや、一連の労働党政策にしてもだ。

そもそも何故、女王暗殺未遂の後で労働党の党首を呼び出す必要があったんだ?

融和のため・・・?

 

 

「帝国の労働党と・・・レオ」

 

 

・・・王国の労働党の指導権を否定する、帝国の労働党。

それから、リュケスティス元帥に叛意ありと言うあの噂。

どこから、誰が・・・何の目的で?

 

 

・・・そこまで考えた所で、軽く頭を振った。

考え過ぎかな。

立て続けに嫌なことが起こったから、神経質になっているのかもしれない。

何でもかんでも、「誰か」の陰謀だと疑うのは偏見だろうから・・・。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

「出兵することになるでしょうから、必要な書類と準備をしていてください」

 

 

緊急閣議において開口一番、私は閣僚の皆さんにそう言いました。

まぁ、別にすでに定まっていたことで特に繰り返す必要はありませんがね。

これを機にヘラス帝国の資源地帯を抑え、王国の食糧・資源自給率の向上に努めます。

 

 

シルチスへはパルティア・アキダリアを主力とする「イヴィオン」軍が、サバには王国軍が、そして帝国軍にはアルギュレー南部へ侵攻して貰います。

ああ、補給の都合をつけるのが非常に面倒ですよ。

予備役兵の動員は、できればやりたく無かったのですがね・・・。

 

 

「・・・また、戦争か」

「ええ、何より国民自身がそれを望んでいますから」

 

 

テオドシウス外務尚書の個人的思想は、この際は問題ではありません。

アリア様のお命を狙う勢力の粉砕、王国の経済的需要の充足、理由や立場は様々ですが、国民が出兵を望んでいるのです。

選挙が近いですから、ここでその声を無視することもできませんしね。

 

 

「未だ帝国に残っているウェスペルタティア人の生命を保護し、我が国資本の財産を取り戻すために。これは正義の戦いなのです」

 

 

それにコレは、考えようによってはチャンスですから。

ヘラス帝国が一枚岩であった時代は、こちらも下手には手を出せませんでしたが。

分裂してしまった今こそ、各個撃破の好機です。

もちろん、焦って全体を狙う必要はありません。

帝国の内乱は、我が国の経済を破壊しない範囲で長期化してくれれば良い。

 

 

正直、王国の利益になれば正義とかどうでも良いです。

正義=大義名分、正義があれば勝てるわけではありませんし。

正義は必ず勝つ? 噴飯物ですね。

より多くの準備をしていた者が勝ち、最後まで生き残った者が勝ち、勝った者が正義です。

 

 

「そしてこれは友好国であるヘラス帝国のための、義戦でもあるのですから」

 

 

端的に言えば、私は帝国の統一を取り戻してやる気など欠片もありません。

せいぜい、安定的な複数国が鼎立することを望んでいます。

南の神聖ヘラス帝国、北の人民政府、飛び地込みの東西のヘラス帝国・・・まぁ、少なくとも3国には分裂して貰いましょうか。

 

 

可能なら12くらいに分裂してもらって、いくつか「イヴィオン」に入ってくれれば。

あと鉱山とか農耕地域とか炭田とか企業とか道路とか労働力とか、譲ってくれれば。

統一帝国から緩やかな国家連合体(コモンウェルス)にでも移行してくれれば、万々歳です。

そこから切り崩せる。

魔法世界の残り半分を、アリア様に。

 

 

「・・・労働党の件はどうするんだ?」

「心配には及びませんよ、穏健派のジョン・キノック氏が党内を纏めるそうです」

「随分と、動きが早いじゃないか」

「ええ、ハーディー氏は己の死を予見していたようですね。いや、実に惜しい政治家を亡くしました」

 

 

・・・おやおや、吸血鬼の視線が厳しいですね。

そんな怖い目で見つめても、私は何もしていないのでどうしようもありませんよ?

いや、本当に何もしていませんから。

何かしたら、私が失脚してしまうじゃありませんか。

 

 

私は他人の不正の証拠(よわみ)を握るのは好きですが、握られるのは嫌いです。

私を意のままにしたいなら、アリア様かアリカ様を抱きこむべきです。

制度的にも精神的にも、私はアリア様とアリカ様の奴隷なので。

 

 

「さて、それと女王陛下が来月で妊娠8カ月目に入られます。いよいよ休養生活が本格化されると思いますので・・・」

 

 

テオドラと配下の将軍には、王国の民を救った功績で我が国の勲章を授与します。

それから、ジェームズ・ハーディー氏の国葬を女王の名で執り行います。

さらに労働党過激派の活動を非合法化し「極左主義者鎮圧法」を制定、同時に災害・健康保険や老齢年金

の基準緩和・支給金増額を柱とする「改正社会保障法」を制定し、社会の階級融和を図ります。

 

 

アリア様が出産のために奥へと引き込む間に、人当たりの悪いことは全て済ませておきます。

お世継ぎへの、贈り物として・・・ね。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

謁見の間にて我が女王に跪いた俺に対して、2つの勅命が下された。

1つは、俺の「ウェスペルタティア王国信託統治領北エリジウム総督」と言う長い名称の俺の役職を解くと言う物だった。

 

 

それに対して、俺は特に思う所は無い。

まだ少しやり残した仕事もあるが、それが我が女王の判断ならそれもまた良し。

元帥の地位が剥奪されると言うならまだしも、仮の役職などに未練は無い。

しかし、問題は2つ目の勅命・・・。

 

 

「代わって元帥に命じます。我が王国の総督として、全エリジウムの政治・軍事を全て掌管しなさい。総督府の所在はケフィッススから復興中の新グラニクスに移動する物とし、麾下の人員も増派、これを悉く掌握しなさい」

 

 

先の役職から「北」の部分が除かれ、俺は新たに「ウェスペルタティア王国信託統治領エリジウム総督」と言う役職に就くことになった。

文字通り、エリジウム大陸全土を女王の代理人として統治することになる。

 

 

我が女王の説明する所によれば、南エリジウムの宗主国であったヘラス帝国が事実上、統治能力(ガバナリティ)を失ってしまったらしい。

また皇帝テオドラの亡命受け入れの見返りとして、さらに言えば南エリジウムに展開していた帝国軍を祖国への反攻軍の貴重な戦力とするため、帝国が王国へ施政権を譲渡したのだそうだ。

当初は、俺とは別の誰かが南エリジウム総督として就任するはずだったらしいが・・・。

 

 

「貴方の統治範囲は単純に倍増しますが、貴方の能力と才幹であれば十全にこなせる物と期待します」

 

 

女王の代理人とは言え、総督と言う地位には女王の大権を統治範囲内において行使できる特権が与えられている。

つまり俺は事実上、エリジウム大陸の王として君臨することになる。

・・・エリジウム大陸の代王!

跪き、床についている手に、自然と力がこもるのを感じる。

 

 

人員も増派され、おれの麾下には平時の王国軍の2割以上の兵力が入ることになる。

陸軍1万7千と「イヴィオン」第二艦隊の99隻、乗員4万、合計5万以上の兵力。

・・・帝国内乱で王国本土の兵力が分けられることを考慮すれば、これは我が女王以上の兵力を一時的ながら掌握したことを意味する。

無論、エリジウム大陸の方が本国の数倍広大であると言う制約があるが・・・。

 

 

「よく励むように・・・私と私の王国、そして王国の民のために」

 

 

我が女王の言葉に、俺は跪いたまま視線をかすかに上げる。

そこには当然、玉座に座る我が女王がいる。

少女から母へと変化する、特有の風貌。

・・・我が女王よ。

 

 

そしてその隣には、女王の夫君(プリンス・コンソート)がいる。

白い髪の夫君は玉座の横に座してはいるものの、現在はそこにいるだけだ。

・・・将来、いや今にしてすでに、我が女王に無限の影響力を有する存在。

 

 

「・・・・・・御意」

 

 

我が女王に対してのみ、俺は頭を垂れた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ネギやネカネ姉様、のどかさんと赤ちゃん、ヘルマン卿のこと。

テオドラ陛下やラカン殿下、そしてヘラス帝国の内乱への干渉戦争のこと。

王国史上初の国政選挙や労働党の混乱を含む、王国内の内政問題のこと。

 

 

民の生活に直結するそれらは、私の身体よりも優先されるべきことです。

私を慕い、私を頼り、私に願う人々のことです。

私が女王と言う役職に就いている以上、それらに対処する義務が私にはあります。

それだけ、今が王国の政治において重要な時期なのです。

なのに・・・。

 

 

「さ、3ヵ月もですか・・・?」

 

 

リュケスティス元帥や北エリジウム代表団の送迎の謁見が終わった後、フェイトに伴われて私室に戻ると・・・宰相府所属の侍医団が、恐るべき言葉を伝えて来ました。

すなわち、来月から妊娠後期に入るのでお仕事を休め、です。

普通の人でも、8ヵ月目にはお仕事を休むなり辞めるなりするそうで・・・。

 

 

その期間、実に3ヵ月。

書類にサインすることと、どうしても必要な国事行為を除く全てのお仕事が、禁止されます。

それはまさに、私のアイデンティティーを否定する行為。

言うなれば、ボンゴ○リングの無い守護者、聖○の無い聖○士、トラン○ムの無いダブル○ー・・・。

 

 

「その代わり、陛下には別の仕事をして頂かねばなりません」

「と、と言うと・・・?」

「出産に際しての知識を学んで頂かねばなりません」

 

 

ダフネ医師が言うには、8ヵ月目以降には「母親学級」なる物に通うのが普通だとか。

そ、そう言えば、さよさんも何か言ってたような。

い、いやでも、ほら、そんなお仕事禁止とか、言い過ぎだと思うんですよ。

 

 

「父親の参加があると大変良いので、よろしければ夫君殿下もどうぞ」

「・・・うん」

 

 

隣のフェイトは、少しも庇ってくれませんでした。

端の方で人形のフリをしてるチャチャゼロさんも晴明さんも、何にも言ってくれません。

魔法世界人の前で人形のフリをして、いったい何の意味があるんでしょうか。

 

 

・・・つまりは、出産の心構えや仕組みについて学んでほしいとのことでしょうか。

異常分娩のときの医療処置とか、無痛分娩とか、 呼吸法の練習とか、沐浴実習とか・・・。

 

 

「宰相閣下の許可はすでに得ておりますし、国民も陛下が無事にご出産されることを求めております。僭越ながら陛下、陛下には彼ら民の心配を受け入れることも必要かと存じます」

「え、いや、あの・・・えーと・・・でもホラ、私って女王ですし」

「それでは、こちらの方々が来週より陛下に出産の知識についてご教授させて頂くことになる・・・」

 

 

は、話を聞いてくれませんよこの人!?

不敬罪っ、不敬罪ですよ!

大体、何故にこのタイミングでクルトおじ様までもが・・・。

 

 

「これまでは陛下のご意思を尊重させて頂きましたが・・・妊娠後期は、本当にご自重ください。母体の無理はすぐにお世継ぎに影響します。すでに早産の危険性もあるのですから」

「う、うぬ・・・」

「・・・アリア」

 

 

ふぇ、フェイトまでも・・・。

え、いや、でも・・・さ、3ヵ月は、ちょっと長く無いですかね?

ほら、きっと今まで一緒にお仕事してきた赤ちゃんも、急に私がお仕事しなくなると不安がりますよ。

そう、きっと私の赤ちゃんもお仕事が大好きな・・・!

 

 

「陛下、どうか臣らの願いをお聞き届けてくださいますよう、お願い申し上げます」

「「「お願い申し上げます」」」

「え、あ、う・・・」

 

 

ダフネ医師ら侍医団が、深々と頭を下げてきています。

こ、これで拒否ると、私が凄く狭量に見られてしまうではありませんか・・・。

でも、お仕事しないとストレスが・・・ライフスタイルが・・・。

う、うー・・・。

 

 

「・・・ぜ、善処します・・・」

「・・・善処?」

「・・・ど、努力で」

「・・・努力?」

「・・・・・・・・・や、休み、ます・・・はい・・・・・・うぅ」

 

 

・・・終わりました、何もかも・・・。

私はいったい、これから何を楽しみに生きて行けば良いのでしょうか・・・。

・・・誰か、教えてください。

しかし神は、まだ私に試練を与えようとするのでした。

 

 

「それから女王陛下、僭越ながら果物・・・苺もお控えください」

「・・・・・・え?」

 

 

い、今、何と・・・?

 

 

「いえ、ただ量をお控えくださいと言うだけで・・・お身体に良いとは言え、過ぎれば糖分としてカロリーが計算されます。妊娠糖尿病を防ぐと同時に、むしろ貧血防止に鉄分の多いほうれん草などを・・・」

 

 

・・・ダフネ医師の声は、もう私には届いていません。

え、何ですか・・・妊娠って、そんな我慢しなくちゃいけない物なんですか・・・?

・・・この世の終わりって、こんな感じですかね。

 

 

苺と、お仕事。

私の、アイデン・・・ティティー・・・。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第22回広報:

アーシェ:
はーい、アーシェですよーっと!
今日は再び室長にお越し頂きましたー。

茶々丸:
皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
今日は陛下が仕事と苺を取り上げられた悲しい日ですね。
・・・激写しましたけど。

茶々丸:
記録中、記録中・・・。

アーシェ:
では、今回のキャラクター紹介ですー。


レオナントス・リュケスティス
40代前半の人族、今ウェスペルタティアで一番イケてる人。
長身で、頭髪は黒に近いブラウン、目の色はアイスブルー。
落ち着き払って過激なことをする人で、王国軍の4元帥の一人。
軍事的才能の他、政治家にもなれそう、実際に総督。
女性に凄くモテるが、実は親友のグリアソン元帥との仲の方が噂されることの方が多い。その意味でも女性のモテるとか。


アーシェ:
あの人、超怖いんですよねー、何考えてるかわからないから。

茶々丸:
では次回から、アリアさんがいろいろと絶望します。
仕事と苺を失ったアリアさんには、何が残るのでしょうか・・・。

アーシェ:
それではっ、次回も・・・ちぇ―――りお―――っ!!

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