魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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ここから、わかる方にのみわかるパロディ要素がガンガン入ります。
パロディ等が苦手な方々は、ご注意ください。
では、どうぞ。


第6話「小娘と王女」

Side ジョリィ

 

王女殿下がこの地に居を定め、政務に就かれてから3日が経った。

一時は食糧の備蓄も尽きどうなるかと思ったが、クルト様のはからいで食糧や水、生活品などの支援物資が届き、急場を凌ぐことができた。

 

 

「さぁ、皆順番に並びなさい! 王女殿下のお膝元で、醜態を見せないように!」

 

 

私が今何をしているかと言うと、難民に対する炊き出しを行っている所だ。

難民には、穀物や野菜などを中心に数日に一度1キロ程食糧を配給している。

しかしそうは言っても、十分な量では無い。

なので、こうして度々炊き出しをして、不足分を少しでも埋めようとしているわけだ。

 

 

王女殿下の出現による人心の動揺、と言うよりも興奮は、3日目ともなれば多少は冷める。

難民達は、とりあえずは今日生きるためには食べなくてはならない、と言うことを思い出したようだった。

 

 

「こんにちは~」

「む・・・おお、シサイ殿!」

「やだなぁ、呼び捨てで良いのに・・・よいしょ」

 

 

大きな荷車に野菜をたくさん乗せてやってきたのは、一見ミノタウルスのような容貌をした獣人の青年だ。

名前は、シサイ・ウォリバー殿。

オスティア難民の女性と、ここオストラ出身の男性が結婚して生まれた子で、今は食料品店を営む両親の手伝いをしている。

 

 

この難民キャンプにも格安で野菜等を卸してくれるので、非常に助かっている。

炊き出しや配給の量も少し増えるし、言わばこの領地の恩人の一人、呼び捨てになどできん。

 

 

「よいしょ・・・今日は、白菜が安く入ったんです」

「いつもすまない、領を代表し、また王女殿下に代わって礼を言う」

「いや、本当に良いんですってば! あ、それよりも王女様って・・・本当なんですか?」

「もちろんだ、今も城で政務に従事されている。聡明な方で、いずれはお母君を超える聖君となられるだろう」

「へぇ~」

 

 

シサイ殿は、物珍しげに、少し離れた位置に見える城の方を見た。

それから、肩をすくめて。

 

 

「まぁ、僕はアリカ様のことは話に聞いただけだし、過去のこととか未来のこととかよりも、今日のご飯のことを考えるべきだと思いますけど」

「・・・食糧を卸してもらった後では、反論し辛いな」

「ええっ!? いやそんな顔しなくとも・・・!」

 

 

私の言葉に、シサイ殿は慌てて両手と首を振った。

それから、また城の方を見て・・・。

 

 

「・・・大変だろうなぁ、10歳でお姫様なんて」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「王女殿下、新オスティアからの支援物資の受領書にサインしてくださいな。ほんの50枚程ですわ」

「王女殿下、近隣の諸侯から派遣されてきた特使が会談を求めて来ておりますが」

「王女殿下、資金が足りません。借金か増税か、二者択一ですわ」

「王女殿下、周辺地域から新たに流入している難民の代表者が面会を求めておりますが」

「王女殿下」

「殿下」

 

 

王女殿下王女殿下殿下殿下殿下でんかでんかでんかでんか・・・。

この3日間、私は自分の時間を持つことはおろか、考えをまとめる時間すら与えられませんでした。

 

 

毎日毎日、書類に埋もれたり人と会ったり、書類の山でかくれんぼしたり、知らないおじ様と睨めっこしたり、そんな調子で毎日十数時間・・・。

それ以外の時間と言えば、お風呂とお手洗い、後は食事と就寝の時間のみで、ティータイムすら無いと言うのですから・・・え、それは麻帆良やアリアドネーでもそうじゃなかったかって?

そうかもしれませんね、でも違う部分があるんです。それは・・・。

 

 

「一人にしてください!!」

 

 

悲鳴のような―――と言うか、悲鳴―――声を上げて、私は訴えました。

私はこの3日間、仕事(政務とは死んでも言わない)の間はもちろん、お風呂も食事も着替えも何もかも、常に侍従やら護衛やらにつきまとわれて・・・つまるところ、プライベートが無いのです。

 

 

加えて言えば、麻帆良やアリアドネーでは、私は自分で仕事を作っていました。

今の私は、無理矢理仕事をさせられているわけで・・・つまりは強制労働です。

 

 

「お言葉ですが王女殿下。殿下は今や、ウェスペルタティアを一身に背負う身。万一のことがあれば国が瓦解します。言わば殿下は国家そのもの、これは専制君主制故の欠陥でもありますが・・・」

「・・・別に好きで背負ったわけじゃ・・・」

「何かおっしゃいまして?」

「何でも無いです・・・」

 

 

城内の執務室で私を補佐するこの女性は、アレテ・キュレネさん。

短髪な金髪と抜群のスタイルが魅力な美人さんです。

クルトおじ様が送ってきた政治顧問で、政治のせの字も知らない私に、色々と教えてくれます。

政治哲学の権威で、母様の学友でもあるとか・・・。

 

 

そして私には結局、自分の時間など与えられないわけで。

ひたすらに、20万人もの難民の面倒を見るための仕事に忙殺され・・・擦り切れそうで。

視界が滲んで見えたので目を擦れば、手の甲に熱い液体。

・・・それでも羽ペンを握って、仕事を続けねばなりませんでした。

 

 

仕事が終わるのは、いつも夜遅く。

この頃には、流石の私も心身共に疲れ果て、食事もそこそこに寝室に引き篭らざるを得ません。

機械的に侍従の少女達に着替えさせられて、倒れるようにベッドに沈みます。

 

 

「・・・うぇ・・・」

 

 

シーツを頭までかぶり、ベッドの上で身体を丸めて。

吐きそうな程の疲労感と、グチャグチャな気持ちを抱えて。

このまま人形みたいになるのだろうかと、恐怖に包まれながら。

 

 

何も考えることもできずに、私の意識は闇に落ちました。

 

 

 

 

 

Side ラカン

 

正直、チマチマ基礎修行とかやってられん、めんどっちぃし。

と言うかそもそも、魔法使いの基礎修行のやり方なんてわからん。

俺、クラスで言うと剣士だしな。殴り合いが基本だ。

大体俺には師匠なんていねーし、独力で這い上がって来たわけだしな。

 

 

ぼーずの方も、手っ取り早く強くなりてぇっぽかったし。

聞けばアルのやろーが理論面だけは教えてたみてーだし。

大丈夫かなーって、正直思ってた。

いや、素質はあったんだぜ、このぼーず。そこは間違いねぇ。

 

 

「かはっ!」

「けど、死んじまうかなコレ」

 

 

ベッドの上で血ぃ吐きながら悶えてるネギのぼーずを見ながら、俺はそう思った。

ぼーずが何をしているのかと言うと、今は精神世界で「闇の魔法(マギア・エレベア)」の修得に励んでるはずだぜ。

 

 

闇の魔法(マギア・エレベア)」ってぇのは、エヴァンジェリンの作った禁呪だ。

わかりやすく言えば、攻撃魔法を自分の身体に取り込んで、出力UP・パワーUPを狙う技法だ。

エヴァンジェリンがまだ弱っちかった頃、10年かけて作り上げた「闇の眷族前提」の技術。

それが修得できる魔法の巻物(昔、エヴァンジェリンから賭けで勝って貰った)を貸したんだが、こりゃあ無理だったかぁ?

 

 

ま、死んだらそれまでか。

正直、誰が作ったとか危険があるかとかは一切説明してねぇ。

ただ・・・。

 

 

『正直言ってお前はザコい! だがコレを修得できれば、お前の親父に匹敵できなくも無いかもしれなくもない!』

『ほ、本当ですかラカンさん!』

『おぅよ! まー別にコレでなくとも、仲間の力を借りて当面どうにかするって手も・・・』

『やります!』

『お、おう? だがまー、この技法にも色々と難点とか特性とかがあってな。まずはそこから・・・』

『大丈夫です、やります!』

『まぁ、時間をかけずに超短時間で強くなるなら、これくらいのリスクはアレだが、まず』

『僕、父さんみたいに強くなりたいんです! 今すぐに!』

『・・・あー、そか。じゃ、頑張れ』

 

 

・・・俺、悪く無いよな?

男の選択はいつも命懸け・・・てか、人の話聞かねぇしこのガキ。

そのへんは、ナギのやろーソックリなんだよな。

性格は正反対だがな。

 

 

・・・てか、このガキも変な奴だな。

ほとんど会ったこともねぇ父親に、どうしてそこまで憧れるんだか。

正直、キメェ。

 

 

「げはっ!」

「おー、また死んだか?」

 

 

さて、精神が死ぬのが先か、肉体が限界を迎えるのが先か。

他の連中を放置してでも、偶像の父親を目指すなら。

 

 

これくらいは、当然覚悟してただろ?

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

もう・・・何回死んだ?

何回僕は、殺された?

 

 

「闇とは何だ、ぼーや? 光に対する影、昼に対する夜、正と邪、善と悪、秩序と混沌、条理と不条理、だがここでお前に必要なのは、もっとシンプルな力だ!」

 

 

ぜっ・・・ぜっ、と、息が切れる。

僕の周囲は、麻帆良学園の風景になっている、時間は夜。

僕の前には、「闇の魔法(マギア・エレベア)」の巻物の人造精霊である、エヴァンジェリンさんの劣化コピーがいる。

でもコレは幻想だ・・・わかっている、わかってるけど!

 

 

「それは、全てを飲み込む暗き穴にして始まりの闇・・・始原の混沌だ。だがお前は」

「・・・」

「その意味を、知らないだろうがな・・・ああ、いや」

 

 

ズンッ・・・また一撃、氷の槍が、心臓に刺さる。

そうして僕は、何度目かの「死」を迎える。

 

 

「見たくないだけか」

「・・・ああああああぁぁあぁっっ!!」

 

 

その時、ドンッ・・・と、僕の全身から魔力が溢れ出て、力が沸いて来た。

これは・・・この感覚は。

麻帆良で、悪魔と戦った時の感覚!

 

 

全てがクリアになって、全てがゆっくりに見える。

僕の意思よりも速く、身体が動く!

 

 

「ハッ・・・ハハ! そう、それさ! それが闇だ! 貴様の力の源泉にして貴様の初期衝動! 第一動因にして原風景!」

 

 

エヴァンジェリンさんのコピーと互角に打ち合える!

これなら・・・!

けれど、エヴァンジェリンさんが僕の拳を弾き、逆に関節を極めて、右肘を折られた。

が・・・!

 

 

その瞬間、周りの風景が変わる。

そこは、6年前のあの、雪の村。

 

 

そして。

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

白い髪の。

 

 

そこで、世界は壊れる。風景がガラスのように砕けて、崩れ落ちて行く。

後に残ったのは、麻帆良の風景。

それまで間断なく僕を攻め立てていたエヴァンジェリンさんは、どうしてか動きを止めていた。

その目は、とても冷たくて・・・そして同時に、まるで僕を憐れむかのような、そんな目だった。

 

 

「・・・闇の魔法(マギア・エレベア)の神髄はな、ぼーや。全てを飲み込む力だ」

「・・・全てを飲み込む、力」

「善も悪も、強さも弱さも、全てをありのままに、受け入れ飲み込む力だ・・・気付いていたはずだろう?」

 

 

・・・そう、僕は気付いていた。

「それ」が必要なんだって、巻物を開いた時から・・・いや。

ずっと前から、僕は知っていたはずだったんだ。

・・・けれど。

 

 

「お前には無理だ、ぼーや」

 

 

エヴァンジェリンさんの目は、いっそ優しいくらいだった。

 

 

「お前には、闇の魔法(マギア・エレベア)は会得できない」

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ここは・・・どこだろう?

なんだか、凄く息苦しくて・・・視界も、白い靄に包まれたようにぼやけてて。

それに、なんだか視点が低いような・・・。

 

 

まぁ、良いかと思い、白い靄のような世界を歩いて行きます。

すると、その内に視界が開けて・・・。

 

 

「おや、来たんだ」

 

 

拍子抜けするくらい、あっさりと。

綺麗な金髪の、どこか飄々とした雰囲気を持った女性。

シンシア姉様が、そこにいました。

 

 

「・・・む? ボクの顔に何かついてるかい?」

 

 

風景は、いつの間にかあの湖の畔で。

私の姿は、あの時の・・・6年前の姿で。

そこに、会いたくて焦がれたあの人がいて。

私は。

 

 

「シンシア姉様あぁっ!!」

 

 

私は迷うことなく、シンシア姉様の胸に向かって、飛び出しました。

シンシア姉様も、にこやかに微笑まれて私を・・・。

 

 

避けました。

 

 

ズシャアッ、と音を立てて地面に転がる私。

・・・あれぇ?

私が転んだまま、しばし混乱していると、不意に誰かに抱きかかえられました。

その誰かとは、もちろんシンシア姉様で・・・。

 

 

「ど、どうして避けるんですか!?」

「いやぁ、お約束かと思ってね」

「何のですか!?」

「はっはっはっー」

「姉様!」

 

 

怒りながら、それでも私は、嬉しかった。

だって、シンシア姉様が傍にいる。それだけで私は嬉しかった。

涙が出そうなくらい、嬉しかっ・・・。

 

 

「はい、ダメー」

 

 

涙と一緒に、色々な物が溢れ出ようとした時、シンシア姉様は私の顔をぺしっ・・・と叩きました。

だ、ダメって何がですか?

 

 

「泣くのは、起きてからにしなね」

「・・・起きる?」

「うん、コレ夢だし」

 

 

夢・・・そっか。

そうですよね、シンシア姉様がいるはず、ありませんものね・・・。

・・・あれ、でも私、今までシンシア姉様の夢なんて、見たこと無いのに。

魔法具で見ようとしたこともありましたが・・・『夢(ドリーム)』とか、でもダメだったのに・・・。

 

 

「ああ、だってキミ、死にかけてるからね」

「・・・え」

「41.8度かな、体温。もう少し熱が上がれば死ねるね」

「・・・死ぬ?」

「過労死になるのかな、コレも」

 

 

過労死、ですか。

まぁ、エヴァさん達から「仕事中毒(ワーカーホリック)」などと言われて暮らしてきたので、ある意味で私に相応しい死に方なのかもしれませんね。

精神はともかく・・・肉体は10歳の小娘、体力がもたなかったと言うことですか。

 

 

新田先生に知られたら、正座どころじゃすまないでしょうね・・・なんて。

 

 

「・・・まぁ、キミの夢の登場人物だけに、過労の原因はボクにも何となくわかるよ」

「ごめんなさい・・・」

「いや、別に謝る必要は無いよ。キミの人生だし・・・ああ、でも、もったいないかな」

 

 

シンシア姉様は私を抱えたまま、どこか面白くなさそうに言いました。

 

 

「放っておけば良いのに、難民なんて」

「でも・・・」

「このままだと、食い潰されるよ?」

「・・・」

「面倒な性格をしてるねぇ、もう少し柔軟に生きれば良いのに」

 

 

それはきっと、そうなのだろうと思います。

エヴァさん達と一緒に、どこかでひっそりと隠れて生きても良かった。

あるいは、フェイトさんと一緒に世界を救いに行っても良かった。

それに、ネカネ姉様やアーニャさん達と一緒に、ウェールズで安穏としていても良かった。

 

 

でも私には、どうすれば良いのかわからなかった。

どれも選びたくて、でも選べなかった、私には。

 

 

「死にたい?」

 

 

私の目の前に、いつの間にかシンシア姉様の手がありました。

そっ・・・と、私の顔を掴んできます。

片手で私を抱いたまま、シンシア姉様の手が私の視界を覆う。

 

 

「このまま、揺れてブレて捻じれて切れてしまうくらいなら、いっそのことここで終わるかい?」

 

 

それも、良いかもしれません。

このまま生きていても、辛いことの方が多いでしょうし。

いっそここで終えても、問題は無い・・・。

 

 

「嫌です」

 

 

それなのに、私の口を吐いて出た言葉は、拒絶。

死にたくない、まだ終わりたくない。

 

 

エヴァさん達と別れたくない。

フェイトさんにまた会いたい。

アーニャさんやドネットさんや、メルディアナの皆と遊びたい。

ネカネ姉様やスタン爺様達だって、まだ助けて無い。

・・・ネギとだって、もしかしたら、もしかするかもしれない。

 

 

『アリア』

 

 

誰かに呼ばれるその名前が、私はとても好きだから。だから『アリア』として生きて行く。

涙も、痛みも、全部きっと、必要なこと。

本当は怖い、でも生きて行く。全部抱えて、嫌な事も受け入れて。

寂しくて辛くて、泣いてしまう日もきっと、あるだろうけど・・・。

 

 

「・・・おっと」

 

 

軽く慌てたような声を上げて、シンシア姉様が私を地面に降ろしました。

すると不思議な事に、視点が少し上がっていました。これは、慣れた位置で・・・。

 

 

「10歳か、大きくなったね」

「あ・・・」

 

 

いつの間にか、私は10歳の身体になっていました。

息苦しさも、幾分楽になっていて・・・。

 

 

「まぁ、そうだね。難民の面倒を見ると考えるのではなく、難民を使う、くらいの気持ちでやれば良いんじゃない?」

「使う・・・?」

「キミは何故か、小難しい性格に育っちゃったからねぇ・・・」

 

 

・・・エヴァさん達にも、同じようなことを言われたような気がします。

 

 

「よっと」

 

 

ぐりんっ、と、シンシア姉様が私の頭の少し上に手を掲げて、何かを回す仕草をしました。

瞬間、ガチリ、と何かが嵌まる音が、頭の中で響きました。

な・・・?

その動きに合わせるように、私の視界が暗転します。

 

 

「それじゃ、キミのファミリーによろしく」

 

 

それを最後に、私の意識は再び闇に・・・。

 

 

 

・・・。

 

 

・・・・・・?

 

 

「・・・ぁ・・・?」

 

 

うっすらと目を開くと、そこは・・・いつもの現実で。

 

 

「・・・オ、オ・・・ゴ・・・ン」

「何、本当・・・チャゼロ!? ・・・リア!」

 

 

ベッド・・・? 天蓋付きの、城のベッド・・・?

横から声がしたので、気だるさを感じつつも、そちらを見ます。

そこには、輝くような金髪の・・・。

 

 

「・・・ねえさま・・・?」

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「・・・ねえさま・・・?」

 

 

な、何? 姉様だと・・・?

何の話だ。まぁ、熱に浮かされてうわ言でも言ったんだろう。

 

 

「お、おいアリア、大丈夫か?」

「・・・え、ぁさ・・・?」

「な、何だ? 水か? ちょっと待ってろ、今水差しを・・・」

「エヴァさん!!」

「ぬ、ぬおぉおっ!?」

 

 

私が枕元の水差しに手を伸ばした瞬間、アリアはベットから飛び出そうとして失敗し、私の腰のあたりに顔をぶつけるような体勢になった。

もちろん、私にはそれを支えられるはずも無いから、2人して床に倒れることになった。

私が下、アリアが上だ・・・え、何だコレ!?

 

 

「アーアー、ナニヤッテンダヨ」

「う、うるさいっ、見てないで助けろ!」

「エヴァさっ、エヴァさ、え、ぇあ、さっ・・・!」

「え、う、お、おお?」

「えぁっ、う、うううぅぅううえあああぁぁぁ・・・っ!!」

 

 

アリアは、私にしがみついて、声を上げて泣いた。

私は、倒れた際に空中に投げ出された水差しをキャッチしたチャチャゼロと顔を見合わせた。

それから・・・。

 

 

「うええぇぇぇっ、ひぐっ、くっ、えぐっ・・・うううぅぅああぁあぁああぁぁっ!!」

「あ~・・・すまん、遅くなった・・・守れなかった。すまん」

「う、ううぅぅぇっ、えっ、ぐっ、うううぅぅうっ、あっ・・・!」

「・・・すまん」

 

 

私の胸に頭を押し付けて首を左右に振るアリアを、私はただ抱き締めた。

もっと気の利いた言葉をかければ良いのに、碌な事が言えない。

こう言う時、自分のコミュニケーション能力の欠如を思い知る。

泣いている人間を相手にどうすれば良いかなんて、わからない。

 

 

私にはただ、泣き止むまで抱いてやることしかできない・・・。

 

 

「あ~・・・その、アリ「何事ですか!?」ア・・・っと、茶々丸か」

「茶々丸さん!?」

「アリア先生!? 良かった目が覚めぇえええぇ!?」

「ちゃ、茶々丸さぁぁんっ、あ、あいっ、会いたかったああああぁぁぁあぁぁ・・・っ!!」

 

 

・・・何が起こったかって? 言う必要があるのか?

水を汲みに行った茶々丸が帰って来て、それを見たアリアが私から離れて今度は茶々丸の所に行ったんだよ。

で、茶々丸の言葉の途中で2人は抱き合ったわけだ、わかったか?」

 

 

「ダレニセツメイシテンダ、ゴシュジン」

「・・・いや、口に出して言わないと釈然とした何かに押し潰されそうで・・・」

 

 

何だろう、この言いようも無い敗北感は。

アリアドネーの件やら難民の件やらとは、また別種のような気がする。

 

 

「・・・はっ! ダメですアリア先生、まだ寝てなくては・・・(ピッ)・・・ああ、やはりまだ微熱が、37度2分です」

「茶々丸さぁん・・・」

「アリア先生、でも、良かった・・・」

 

 

むぎゅーっ、と抱き合う2人。

・・・う、羨ましくなんて、ないぞ。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリア先生が落ち着かれた後、アリア先生を再びベッドに寝かせました。

今でこそ微熱ですが、一時は42度まで発熱したのです、安静にしなければ・・・。

本当ならここを突き止めた段階で連れ戻すつもりでしたが、アリア先生の体調があまりにも悪かったので・・・。

3日間、眠り続けていたのですから。

アリア先生にそれを告げると、とても驚かれたようです。

 

 

「えと・・・それで、どうしてここが・・・?」

「セラスがお前を見つけた・・・と言うより、お前は随分と目立つ行動をしていたようだからな」

「ああ・・・」

 

 

アリア先生の居場所は、実は5日前には判明していました。

ただ距離が遠く、転移座標も割り出せなかったので・・・3日前、ようやくマスターが影を使用した転移(ゲート)に成功しました。

その際は、私とさよさんとスクナさんはオスティア祭の準備もありましたので、マスターと姉さん、田中さんと晴明さんが行きました。

田中さん(+晴明さん)は、この部屋の前で門番をしています。

 

 

しかし、アリア先生を奪還するはずだったマスターは、アリア先生の容体に驚き、私の所へ。

お祭りの準備はスクナさんにお任せして、私がアリア先生の看病をさせていただきました。

・・・一時は本当に、危なかったのです。

 

 

「・・・えと、仕事は・・・?」

「あんな仕事、お前はしなくて良いんだ」

 

 

そこだけは厳しい口調で、マスターは言いました。

 

 

「あんな腐った家畜共の面倒など、見なくて良い。いや、見させようとする方がどうかしてる。伯爵だか何だか知らないが、まだ生きていたら私が殺していたさ。何なら難民を皆殺しにしてやったって良い」

「エヴァさん・・・」

「さ、帰るぞ、アリアドネー・・・いやもう、いっそのことどこかに隠れよう。私も昔は暗黒大陸の奥地で隠棲していた時期があった。それと同じで・・・皆でどこかに隠れて生きよう、平和に、ただ平穏に」

「・・・良いですね、それ」

「だろう?」

 

 

アリア先生は目を閉じて、マスターの言う生活を想像したようでした。

私も、シミュレートしてみます。

 

 

朝は、スクナさんとさよさんが持ってきてくれる食材で朝食を作ります。それが出来たら、お寝坊さんなマスターとアリア先生を起こしに行きます。その際には、田中さんと360度からその様子を撮影します。たまに姉さんがマスターやアリア先生のほっぺをプニプニしたりします。晴明さんは実は一番のお寝坊さんです。

お昼は、昼食の準備をしながら、リビングから漏れ聞こえてくる喧騒を楽しみます。最近はマリ○カートが我が家の流行なので、ゲームの音と共に皆さんの笑い声が聞こえるのです。さよさんは私のお手伝いをしてくれるのですが、背中にへばり付いているスクナさんのせいで捗らなくて、小さな喧嘩をしたりするのです。

夜になっても、きっと賑やかな時間が続きます。マスターやアリア先生は、魔法薬の配合の数式などを巡って喧嘩をするでしょう。晴明さんはそれを面白そうに見ていて、姉さんはアリア先生の頭の上で、私は羨ましい思いをするのです。田中さんはそろそろ充電が切れるかも。最後には皆でお風呂に入って、ベッドの上で眠るまでお喋り。

 

 

・・・それはきっと、幸福で楽しい時間。

想像するだけで、こんなにも楽しみで・・・実現すれば、どれだけ幸福か。

 

 

「・・・あれは、何ですか?」

「ん? ・・・ああ、あれは・・・」

 

 

マスターが、バツの悪そうな顔をします。

アリア先生が気にしているのは、広い寝室の一角を占める、贈り物の山でしょう。

贈り物と言っても、粗雑な物が多く・・・むき出しの薬草や食べ物、毛布などが多くあります。

 

 

「あれは・・・何だったか、ウィルとか言うガキからとか、他に・・・その」

「・・・外、賑やかですね・・・」

「・・・いや、それは」

「茶々丸さん」

 

 

耳をすませば、確かに外から声が聞こえてきます。

誰かを呼んでいるような声です。

それに気付いたアリア先生は、優しげに微笑まれると、私を見上げて。

 

 

「ちょっと、抱っこして頂けますか?」

 

 

永久保存です。

 

 

 

 

 

Side 明日菜

 

何か、おかしい。

私がそんなことを考えるのも、この世界に来て何度目だろう?

 

 

この空、この大地、この自然、この環境。

どれもこれも、麻帆良には無い、あり得ない景色、人、動物。

見たことも聞いたことも無いような世界。

でも、私は。

 

 

ここにいたことがある。

 

 

「なーんて、そんなワケ無いかー!」

「え、何が?」

「いやいや、何でも無いですー!」

 

 

あははーと笑って、私が見上げてるのって、何だと思う?

骨よ!

 

 

「違うよ! もー何回言ったらわかるのさ、僕は魔族なの! こんな姿魔界じゃ普通だよ!」

「あ、あはは、ごめんなさい、わかってはいるんだけど・・・」

「これだから旧世界人は・・・」

 

 

私は今、一人じゃ無い。

最初は一人だったんだけど・・・と言うか、気が付いたらニャンドマって街で介抱されてた。

そこでしばらく過ごしてたら、ゲートで無くしたはずの仮契約カードが郵便で届いた。

次に、テレビでネギ(お父さんの格好してたけど)が「オスティアで集合!」って。

 

 

ニャンドマの宿屋のおばちゃんにお礼を言って出発したは良いんだけど、そこからが大変。

変な動物(竜とか巨大ミミズとか!)に襲われたり、何故か賞金稼ぎとかに襲われて(その時初めて、指名手配されてることに気付いた)・・・で、水辺で休んでたら服を溶かされる変なタコ・・・イカ? に襲われて。

その時に助けてくれたのが・・・。

 

 

「傭兵結社『黒い猟犬(カニス・ニゲル)』賞金稼ぎ部門第17部隊、だ」

「な、何ですかザイツェフ・・・さん?」

「いや、名乗らなければいけない気がして」

「は、はぁ・・・」

 

 

今の身体の真ん中にライン(刺青?)の入ったスキンヘッドの大男は、ザイツェフさん。

ちなみにさっきの牛の骨みたいな魔族の人は、モルボルグランさん。

それと、後もう二人いる。

この人達が、私を助けてくれた・・・あ、人じゃないのか、とにかく助けてくれた。

 

 

しかも、新オスティアまで連れて行ってくれるのよ!

渡る世間に鬼はいないわねー!

 

 

「まぁ、仕事だからね。ちゃんと送るよ」

「仕事?」

「うん、キミの賞金額+報酬ってコトになってるから・・・40万ドラクマの仕事なんてそうは無いよ」

「その割に、敵は大したことが無いしな。安い仕事だ」

「あいつも、クニの母親に仕送りができるって喜んでたよ」

「ふ~ん、賞金稼ぎさんにも色々あんのねぇ」

「色々無いと、賞金稼ぎなんてヤクザな仕事、選ばないよ」

 

 

モルボルグランさんは、顔も骨だから表情とかわかんないけど・・・。

色々、あるのかしらね。

 

 

 

 

 

Side ドネット

 

ゲートが破壊されて、魔法世界との連絡が取れなくなってかなりの時間が経った。

こちらはまだ8月の半ばだけど、向こうではもうどれ程の時間が経っているのかしら・・・。

 

 

メルディアナは、何とか落ち着きを取り戻した。

職員の数も足りないし、新規入学希望の生徒の数も減ったけど・・・。

それでも、何とか落ち着いた。

でもある程度本国とぶつかる覚悟をしていたこのメルディアナはともかく、他の魔法学校の動揺はまだ収まらない。

 

 

他にも、旧世界で活動する組織や魔法使い達も、どうすれば良いのかわからず右往左往しているわ。

でも一つだけ、本国の影響を受けず、かつそれなりに力とまとまりを持つ組織がある。

 

 

「<日本統一連盟>?」

『ええ、まだ仮称ですが』

 

 

関西呪術協会・・・いえ、日本統一連盟の長、近衛詠春氏が、通信画面の向こうで微笑んでいた。

関西呪術協会と関東魔法協会の統合は、2ヶ月前に決定されたことよ。

それが、突然前倒しで統合するなんて・・・。

 

 

『魔法と呪術、どちらを優先させるかで名称決定ができなかったので・・・まぁ、妥協の産物です』

「なるほど・・・」

 

 

そうした小さなこと以上に、内部では様々な問題があったとは思う。

でもそれを私に言うほど、彼は甘くない。

 

 

『それで、先日の提案は考えていただきましたか?』

「ええ・・・旧世界の魔法関係者・組織を招いて今回の事態について協議するのは、良いと思います」

 

 

どの道、しばらくの間は魔法世界と連絡を取ることもできないでしょう。

となれば、当面の事後処理と今後の対応について話し合うのは当然。

でも・・・。

 

 

「それでも、旧世界の魔法関係組織全てを統一すると言うのは・・・」

『別に組織を合併する必要はありませんよ。ただそれでも定期的に協議し、決定事項を管理する組織は必要でしょう・・・こうなった以上は、旧世界である程度以上の権限を持つ集まりが必要なはずです』

「それは・・・そうですが。それはつまり・・・」

 

 

旧世界の、魔法世界からの独立!

 

 

そこまでは行かなくとも、魔法世界からの干渉に対して統一した行動を取ることができる。

それはある意味で、旧世界に生きる魔法使い達の意識を変えることになるわ。

 

 

『・・・まぁ、我々だけでそれを話しても仕方が無いでしょう』

「そうですね・・・それで、緊急会合自体は、いつに?」

『そうですね、アメリカやトルコの意向もありますが・・・場所は、日本、麻帆良。日にちは・・・』

 

 

日本の魔法社会を統率する男は、一旦言葉を止めて・・・。

改めて、言った。

 

 

『8月、28日』

 

 

 

 

 

Side アリア

 

茶々丸さんにお姫様抱っこされながら寝室を出ると、何やら寝室前の廊下が凄いことになっていました。

あえて言うなら、そうですね・・・中世的魔法使いと、最新鋭化学兵器の激闘、みたいな。

具体的に言うなら、田中さんとジョリィさん達の激闘、その跡ですね。

 

 

「王女殿下! おのれ、痴れ者共め・・・!」

「・・・問題ありません、ジョリィ。この方達は私の大切な人達ですから」

「は、は・・・?」

「田中さんも、あまり苛めないであげてくださいね」

「無力化ガスヲ使用シテシマイマシタ」

 

 

どこか照れたように、田中さんがそう言いました。

どうやらエヴァさん達を賊と認識したジョリィさん達警備隊と、田中さんとの間で戦闘が発生していたようで。・・・何をやったんでしょう、エヴァさん達。

・・・でも茶々丸さん、さっき水汲んで来ましたよね・・・?

 

 

正直、身体がまだダルいので深く考えるのはよしましょう。

面倒な事態がまた増えた気もしますが・・・。

私は茶々丸さんの服の端を引っ張って、先に進む様にお願いしました。

難しい顔をするエヴァさん達と、警戒心剥き出しなジョリィさん達を引き連れて、エントランスホールへ。

 

 

エントランスホールに近付くごとに、次第にはっきりと聞こえてくるようになりました。

それは・・・難民の声。以前と同じだけの規模で、しかし異なる感情と内容を含んでいます。

 

 

「王女様よ!」「本当だ、王女殿下だ!」「アリア殿下―!」

 

 

そこには以前と同じように、たくさんの難民が詰めかけていました。

ただ前回と違うのは、彼らが色々な物を持っていることでしょうか。

それは食べ物であったり、薬草であったり・・・思い思いの物を。

 

 

「王女殿下、大丈夫ですかー!」「お加減は良いんですか!?」「この薬草、良ければ役立ててください!」

 

 

彼らは、私のお見舞いに来てくれていたのです。

 

 

「・・・説明いたしましょう」

「あ、アレテさん・・・」

「彼らは殿下が倒れたことで、自分達がしたことを省みたのですわ」

 

 

こちらへとゆっくり歩いて来るのは、恐怖の政治顧問(かていきょうし)、アレテさん。

彼女は、階下の民衆を見ながら。

 

 

「一つには、せっかく現れた王女を失うことを恐れた、と言うのもあるのでしょう。でも一方で、10歳の少女に全てを押し付けた後ろめたさが、あのような行動に出させたのですわ」

「・・・勝手だな」

「・・・そうね、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。でも貴女のしたことも、けして褒められたことじゃ無いわね」

 

 

一瞬、エヴァさんとアレテさんの視線が、鋭く交錯しました。

次の瞬間には、視線は外れましたが・・・。

 

 

「それに、病床の王女を思う気持ちも確かにあるのよ。王女殿下、できれば応えてやってくださいな」

 

 

アレテさんの言葉に、私は視線を階下に戻します。

難民・・・民衆は、変わらず私を見上げて、私の身体を案じてくれています。

私がぎこちなく手を振って見せると、民衆の熱狂の度合いはまた上がりました。

う、これには慣れませんね・・・。

 

 

口々に私の名を叫び、王国を賛美します。

でも、悲しいかな。

 

 

「私には、彼らを養ってあげることができません・・・」

 

 

私がいくら頑張った所で、20万人もの人間の面倒を見ることはできません。

無理をすればまた・・・。

その時。

 

 

「・・・なんじゃ、騒々しいのぅ・・・」

 

 

何だか懐かしい、声。

振り向けば、田中さんの腕の中で、身じろぎする人形が一体。

いえ、魂が一つ。

 

 

「・・・こやつらを食わせれば良いのか、まぁ、我に考えが無いでもないぞ」

 

 

 

夢の形で私を助けに来てくれて、ありがとうございます。

シンシア姉様――――――。

 

 

 

 

 

Side アレテ

 

「失礼しますぞ!」

「あら、えーと、ガルゴさんだったかしら?」

「・・・おお、これは顧問殿」

 

 

執務中に、白髪の老人―――その割に鍛えられた身体―――が、やってきた。

難民をまとめるリーダーの一人だから、顔と名前は知っているわ。

 

 

「王女殿下にお話があって来たのじゃが」

「殿下なら・・・」

「あ、じゃあこれでお願いしますねシサイさん」

「いや、本当呼び捨てで良いから・・・まぁ、父さんに話しておくよ、じゃねー」

 

 

キャンプに良く食糧を卸す獣人の青年に書類―――商業許可証―――を渡して殿下はにっこりと微笑んで、シサイさんを送り出した・・・ぺこりと会釈して、シサイさんは執務室から出て行った。

次に入って来たのは、医師のセレーナさんと、薬剤師のレイヴン・ブラックさん。

セレーナさんは医師として難民の信頼厚く、一方のレイヴンさんは10年近く薬剤師として活動してきた人材。

2人ともまだ20代だけど、優秀な医学関係者よ。

 

 

今、殿下が話しているけど・・・この2人を中心に難民キャンプの一部に病院を建てる計画なの。

 

 

「レイヴンさん、お薬ありがとうございました。良く効きましたよ」

「いや・・・役に立てたなら、うん」

「セレーナさんと一緒に、難民の人達を助けてあげてくださいね」

「ええ、元々そのつもりでしたし、設備が整うならなおさらです」

「俺は、正確には薬剤師じゃないんだけど・・・できることはするよ」

 

 

熱が下がってここ2日ほど、殿下は難民の中から人材を選んで色々とやっている。

資金の調達から事業の展開まで、おそらくは土地と家門に縛られる貴族にはできない手段で。

 

 

「そ、そうじゃ、顧問殿。配給が無くなると言うのは本当かの?」

「子供や病人、老人には続けますわ」

「それでも、今まで無償だった物がいきなり有料では・・・」

「半年後からですわ。それだけあれば、何とかなります・・・現に、殿下が始めたことはそう言う意味を持っているのですから」

 

 

殿下は、難民関係者の中から専門知識を有する者を中心に、人材を集めておられます。

食料品を扱う者には、食品店を出す許可を。

医療関係者には、組織だった医療活動ができるよう施設を。

教師経験者には、難民の子供達を相手に青空教室を・・・いずれは学校も建てます。

農民だった者(これが大半だけど)には、オストラ伯爵領の余剰地を貸し与えて農業に従事させる。

難民キャンプで生まれ育ち、教育を受けられなかった者には、建設や農業の力仕事や、警備などの仕事をさせる。

 

 

そしてその労働の内容と量にあわせて、対価、つまりお給料を払う。

ただ、資金には限界がある。一時金なども考えると、億単位かかる。

そこで考案されたのが、オストラ限定地域通貨「アリアン」。現在印刷中。

ドラクマとは交換もできないし、領外で使用もできないけれど、領内では使える。

いずれ余裕が出れば、ドラクマ紙幣やアス貨幣と交換していくことになるけれど・・・。

物価とかの変動も気にかける必要があるけれど、そこは経済学者の仕事ね。

 

 

「殿下は、援助されるのが当然だった難民達に、自分で働いて稼ぐ、と言うことを思い出して・・・あるいは、学んでほしいと考えているのですわ」

「それは・・・」

「自分の生活は自分で支える。まぁ、もちろん欠陥はたくさんあるけれど・・・」

 

 

殿下は、当座の資金を土地や城を担保に新オスティアの国有(ウェスペルタティアはもう無いけど、総督府が運営してる)銀行から借り入れることに成功している。

山にしろ城にしろ、土地にしろ・・・自分の領地を売りに出すこのやり方は、貴族にはできない。

殿下は「不動産は手堅いと聞いて」とか、「経済特区オストラです」とか、意味のわからないことを言っていたけれど・・・。

 

 

「・・・しかし、全ての難民がすぐに順応できるわけでは無いじゃろう」

「ええ、そうでしょうね。それはもちろん・・・けれど、何もしないよりは良いですわ」

 

 

お若いアリア殿下には、停滞や維持は似合わない。

それよりは、急進的でも方針を立て、人を選んで仕事を任せた方がらしいわ。

 

 

「わしは、反対じゃぞ」

 

 

ガルゴさんは、あくまでもそう言った。

けれど、誰かが反対論を唱えなければならないとしたら、彼のように人に慕われる人間が唱えるべきよ。

そうすることで同じ意見の人間が彼の下に集まり、コントロールすることもできるのだから。

 

 

「ウィルくーん、コーヒーお願いできますか?」

「あ、はーい」

「・・・ウィル坊は何をしとるんじゃ?」

「・・・お茶くみ係じゃないかしら?」

 

 

 

 

 

Side シオン

 

「あら・・・?」

 

 

ゲートポートでのテロ以降、自宅待機を命じられている私は、結構暇なの。

今日もお昼まで寝たわ。ダメ人間ね、ロバートを叱れないかも。

まぁ、とにかく、暇つぶしに端末でまほネットで買い物でもと思っていたのだけど・・・。

 

 

「・・・オストラ専用通貨『アリアン』?」

 

 

聞いたことも無い通貨だった。

と言うか、地域通貨って何かしら、ドラクマとは違うの?

そもそも、オストラってどこ・・・地図によると旧ウェスペルタティア西方の一地域らしい。

ここでしか使えない通貨ってこと?

 

 

・・・と言うか、この「アリアン」って紙幣の見本・・・。

紙幣に印刷されてる、この「キラッ☆」とポーズを取ってる女の子、どこかで見たことがあるんだけど・・・。

 

 

「・・・ねぇ、ロバート」

「・・・あー・・・?」

「もう、いい加減起きなさいな」

 

 

私がそう声をかけると、ベッドの上で丸くなっていたシーツの塊が、モゾモゾと動いた。

私は溜息を吐くと、ベッドに近付いて、シーツを剥ぎ取った。

 

 

「うぉっ・・・何をするんだ、やめろ、俺の本性が火を吹くぜ・・・!」

「・・・ごめんなさい、意味がわからないわ」

「・・・真面目に返すなよ、相変わらず硬い女だな」

「あら、ごめんなさい。ところで行く所が無い貴方を、寮長に無理を言ってここに置かせて上げてるのは誰かしら?」

「げへへへ、シオン様。本日も大変お美しく・・・」

 

 

自分で言っておいてアレだけど、貴方それで良いのロバート?

 

 

「あー・・・それにしても、ヘレン分が補充できん、死ぬかもしれん」

「それは私も同じ。抱き枕でも作る?」

「・・・俺らの記憶を忠実に再現すればあるいは・・・無理だな、ヘレンはこの世で唯一神を超える可愛さだから」

「借家だから、ポスター貼りまくるわけにもいかないものねぇ」

「敷金がなー」

 

 

ロバートとの会話に心地良さを感じながら、私はそっと彼の頬にキスを落とす。

それだけで固まってしまう彼が、凄く可愛い。

 

 

「まぁ、旧世界と繋がるまでは私で我慢してね」

「・・・・・・おぅ」

「ところで、この紙幣なんだけどね」

「おぅ?」

 

 

私は、端末の画面の地域通貨「アリアン」をロバートに見せた。

すると彼は、間髪入れずに答えたわ。

 

 

「アリアじゃねーか、何やってんだあいつ」

 

 

やはり、ミス・スプリングフィールド。

でも、情報によればこの女の子は「エンテオフュシア」・・・?

 

 

「へー、苗字変わったのかな」

「・・・貴方の楽て・・・バカな所、好きよ」

「なっ、バカにしてんのかお前!? と言うか何で言い直した!?」

 

 

クス・・・と笑いながら、私は画面に映るその画像を見ていた。

・・・私達の学友に、何があったのかと考えながら。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

私が新オスティアを離れることができたのは、9月中旬を過ぎた頃です。

アリア様がエンテオフュシア姓を名乗られてから、2週間近くが過ぎています。

 

 

いえ、私もすぐに駆けつけたかったですよ!

一番に駆けつけ「ハハハ、アリア様、全てこのクルトめにお任せを」とか言いたかったですよ!

そして「クルトおじ様、素敵です」とか言われたかったですよ!

く・・・しかし、ウェスペルタティア独立の手続きに忙しいので、時間を取れなかったのです。

 

 

連合側の妨害を警戒しつつ、総督権限でウェスペルタティア域内の連合の部隊配置を変えたり、補給・連絡のラインを我が方に協力する部隊に有利なように構築したり。

味方する人間とそうでない人間を振り分け、民衆にアリア様有利な情報を流し、加えて人材を集めて国家体制を整えたり。

 

 

「まさに八面六臂の大活躍・・・我ながら慕われる可能性大です」

「は?」

「艦長、貴方は前を見て操艦に専念なさい」

「は・・・はぁ」

 

 

しかし! 今日! 私はアリア様をお迎え申し上げます!

この! オスティア駐留警備艦隊総旗艦『ブリュンヒルデ』で!

この艦は新オスティアの地下秘密ドックで数年かけて作った戦艦で、これが処女航海です。

建造計画その物は、アリカ様の時代からありましたが・・・。

 

 

将来のアリア様の座乗艦にして、新生ウェスペルタティア王国艦隊総旗艦、『ブリュンヒルデ』。

今は中にいてわかりませんが、白亜の抗魔装甲に包まれた外観のこの艦こそ、アリア様の御座に相応しい。

流線型で繊細なこの戦艦は、戦艦としては小さい方に入りますが、その分防御力と機動力が高く・・・ぶっちゃけてしまえば、逃げ足は世界一。

しかし帝国のインペリアルシップや連合のスヴァンフヴィードにも負けない戦艦です。

ふ・・・しかしあのような鯨船共とは格が違います。

 

 

「ふ・・・ふふふ、ふ、はーっはっはっはっはっ!」

「艦長・・・総督、どうしたんスかね?」

「さぁな、我々は自分の仕事をするだけだ」

 

 

艦橋のクルー達が奇異の目を私に向けているような気がしますが、まったく気になりません。

しかし私のイメージを守るためにも、ここはクールに行きましょう。

久しぶりにアリア様にお会いして癒しを得られるので、感情が高ぶっているようです。

 

 

「総督、オスフェリア上空に入りました。城から接舷許可が出ておりますが」

「即座に接舷なさい。華麗に、美しく、しかも整然と」

 

 

腰に手を当て、片手でビシィッ、と指差しながら指示を出すと、何故か艦長が首を左右に振りました。

ウェスペルタティア人でなければクビにしている所です。

あ、ちなみにこの艦には艦長を含めて乗員は全て女性です。

だってアリア様の艦ですよ? 男など必要性ゼロでしょう。

 

 

そうこうする内に入港し、私は数名の部下を連れて艦を降りました。

城の頂上に艦を寄せる形で接舷しているのですが・・・城の規模のせいか、あまり美しくありませんね。

はみ出している感が何とも・・・。

 

 

「お疲れ様です、クルトおじ様」

「おお、お久しぶりですアリアさ・・・ま」

 

 

透けるような白い髪、それに勝るとも劣らぬ陶磁器のような白い肌。左右で色の異なる瞳は宝石のように美しく、そして細く小さく、触れれば折れてしまうのでは無いかとすら思える発育途上の肢体。

極めつけは、純白のワンピースドレス。首に巻かれたチョーカーには、ちょこんと苺の形をした宝石。

・・・・・・可憐だ!

 

 

何よりアリカ様の面影を強く残すそのお顔で、戸惑ったような表情で私を見るのはやめてください!

貴女は私をどうしたいのですか!?

 

 

「ウェスペルタティア王国万歳!!」

「王女殿下万歳!!」

「アリア王女殿下万歳!!」

 

 

私が感動に打ち震えつつもアリア様を『ブリュンヒルデ』に案内していると、城下の民衆がアリア様を称える声を上げておりました。

無論、全ての民衆がアリア様を支持しているわけでも無いでしょうが・・・。

まぁ、政治などと言うものは、50%も支持されれば十分です。

 

 

しかし、万感の想いを込めて、私も言っておきたいのです。

私はまだ表向きは連合の総督。なので口には出せませんが・・・。

近い将来、拳を振り上げ、民衆を鼓舞することになるでしょう。

 

 

アリア女王陛下万歳、と・・・!

 




クルト:
ははは、どうも、クルト・ゲーデルです。
今日も今日とてアリア様とアリカ様のためにアレやコレやとやっております。
ちなみに、未だ法に触れることはしておりません。
我ながら素晴らしい・・・うん? 戦艦作ったりウェスペルタティア独立させようとしているだろう?
・・・さぁて、記憶にございませんね。


今回新規で登場した投稿キャラクターは、以下のメンバーですね。
水川様提供のシサイ・ウォリバー殿。
伸様提供のアレテ・キュレネ殿。
黒狼様提供のレイヴン・ブラック殿。
ご協力、感謝いたします。


クルト:
さてさて、次回はアリア様に王位継承の儀式を受けていただきましょうか。
いよいよですね・・・といって、これもオリジナル設定なのですがね。
連合の方でも自分達に都合の良いシナリオを描いているでしょうし・・・。
さて、私の腕の見せ所ですねぇ・・・。
では、またお会いできれば良いですね。

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