魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第33話「角笛:前編」

Side フェイト

 

・・・夢を、見ていた気がする。

誰かが、泣いている夢。

だけど、僕はすぐに気のせいだと気付く。

 

 

何故ならば、アーウェルンクスは夢を見ない。

だから、これは夢じゃない。

夢じゃ無いから・・・苛立つ。

泣いている誰かを、僕は知っているはずだから・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・?

 

 

目を覚ました時、そこはどこかの小屋だった。

木造りの小屋には、一人用のベッドと・・・簡単な調度品しか置かれていない。

少なくとも、宰相府の寝室じゃない・・・隣にアリアもいないしね。

どのくらい眠っていたのか・・・かすかに軋む身体を、ゆっくりと起こす。

身体を起こすと、軽く目眩がした。

 

 

「・・・ここは」

 

 

・・・いつか、こんな部屋で同じように目覚めたことがあったような気がする。

あの時は、そう、コーヒーの香りがあったけれど。

今は、そんな物は・・・。

 

 

カシャンッ。

 

 

・・・?

その時、何かを取り落としたような音が響いた。

そちらに視線を動かすと、小屋の出入り口らしい扉があって、そこに。

 

 

「・・・暦君?」

 

 

そこに、暦君がいた。

侍女(メイド)服では無い、村娘が着るような淡い色のワンピースを着ている。

ただ、頭や腕、そして足などに包帯を巻いていて・・・どうやら、怪我をしているらしい。

足元には手桶と、中に入っていたらしい水。

でも暦君は両手で口元を押さえていて、足元の惨状には目もくれずに。

 

 

「・・・ふぇ」

 

 

両目に涙をためて・・・扉から一足飛びに。

跳んで来た。

そのまま、抱きつくと言うよりは衝突する勢いで、飛びついて来る。

 

 

「フェイトさまああああああああああああああぁぁっっ!!」

「・・・っ」

 

 

冗談で無く、骨が軋んだ。

僕がどう言う状況で何があったのか定かでは無いけれど、今の暦君の一撃は重かった。

とは言え、ベッドの上で(今気付いたけれど)上半身に服を着ていない僕に抱きついて泣いている暦君を相手にそれを言うのは、憚られる。

ちなみに僕の上半身は服こそ着ていない物の、包帯が巻かれている。

 

 

・・・とりあえずアリアには、内緒にしておこう。

そこで、僕は不意に気付く。

アリア。

 

 

「・・・暦君」

「ふぇ、フェイトさまっ、フェイトさまぁ・・・よ、よかっ、よかったぁぁ・・・!」

「暦君、悪いけれど泣き止んで」

 

 

暦君の頬に手を添えて、指先で涙を拭う。

正直な所、焦っている。

僕はいったい、どのくらい眠っていたんだ?

 

 

アレから、何がどうなったのか。

アリアは無事なのだろうか、出産はどうなったのか。

そもそもここはどこなのか、他の皆はどうなったのか。

おそらく暦君は知っているはずだけど・・・泣きっぱなしで話にならない。

 

 

「・・・起きたのですか、3番目(おにいさま)

 

 

小屋の中にもう1人、誰かが入って来たのはそんな時だった。

僕と同じ顔、少し伸びて女性らしさを増した白い髪、黒のワンピースドレス、胸には水晶のペンダント。

彼女は・・・僕と同じ存在。

 

 

「・・・6(セクストゥム)

「ごきげんよう、3番目(おにいさま)

 

 

感情の見えない、抑揚の無い声で。

6番目のアーウェルンクスは、無機質な瞳で僕を見ていた。

 

 

 

 

 

Side 6(セクストゥム)

 

ここは、コズモ・エンテレケイア村。

ブロントポリス東方の湖の畔に築かれた、自然豊かな村です。

水源は湖、燃料は近隣の森林の木材を利用しています。

自給自足・地産地消が原則、もう一つ加えて「働かざる者食うべからず、ただし病人・子供・老人を除く」です。

 

 

なお、正式には届け出ていないので書類上は存在しません。

そしてだからこそ、存在することができる。

我らは、影鳴る存在。

 

 

「総人口は約350名、また外部に170名の仲間がおります」

 

 

そしてコズモ・エンテレケイア村と言う名前の他に、もう一つの名があります。

我らの影の名、それは・・・。

 

 

「ネオ・コズモ・エンテレケイア!!」

 

 

背後の3番目(おにいさま)を振り返りつつ、びしっと指をさして声を張ります。

その際、近くで農作業をしていた4人の男性が私の左右でポーズを取りました。

ただの仕様です、お気になさらないでください。

軽く手を振って、すぐに農作業に戻らせます。

 

 

ネオ・コズモ・エンテレケイア・・・「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の後継組織です。

規模は極めて弱小、資金力は極めて矮小、されど志は極めて大。

地域密着型秘密結社であり、村の法はただ一つ。

・・・「悪を成すこと」、これさえ守れば村民たる資格を持つことが許されます。

 

 

「・・・そう」

 

 

何故か、私の後ろを豹族の従者に支えられながら歩く3番目(おにいさま)の反応が芳しくありません。

目を覚ましたばかりなので、仕方がありませんね。

 

 

「あの小屋は、私の家です。アーウェルンクスの調整室も兼ねています」

「・・・そう」

「3日に1度、私はデュナミス様とあの小屋で1夜を過ごさせて頂いています」

「そ、その言い方は、どうかと・・・」

 

 

豹族の従者が顔を紅くしていますが、それは私には関係ありません。

デュナミス様以外のことは、私にとっては重要事項では無いので。

次点として、村人達のことを考えてはいますが。

 

 

3番目(おにいさま)のことを村人が発見したのは偶然ですし、私がブロントポリスからの帰路で傷付いた3番目(おにいさま)の従者5名を発見したのも偶然に過ぎません。

事実、あの都市で拡散した他の人々の情報はありませんから。

・・・あの悪魔に不覚を取ったのは屈辱ではあります、腕を一本、持って行かれましたので。

まぁ、そのおかげでデュナミス様に調整(あい)して頂けたので、怒りはあまりありません。

 

 

「詳しいことはわかりかねますが、デュナミス様は貴方に話があるそうです・・・3番目(おにいさま)

「・・・そうかい」

「はい」

 

 

私が立ち止まったのは、村の中央に作られた若干大きな建造物。

粗末な作りですが村役場と・・・学校を兼ねています。

 

 

「デュナミス様がお待ちです、中へどうぞ」

「・・・」

3番目(おにいさま)が気になされていることの大半も、デュナミス様が教えてくださるでしょう」

 

 

では、どうぞ中へ。

ここはコズモ・エンテレケイア初等学校。

村の子供達が通う、「悪」の大幹部養成所です。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

人は遅かれ早かれ、必ず大人になる。

すなわち、子供の内にしかできないことと言う物が必ずあるわけだ。

人によっては、それを思い出と呼ぶのだろう。

 

 

幼い子供達には、たくさんの思い出が必要だ・・・。

その思い出作りを邪魔するような輩は、このデュナミスが断じて許さん!!

 

 

「と言うわけで、少しばかり待つが良い」

「・・・そう」

「うむ、そうだ」

 

 

デュナミス・大幹部モード。

高濃度に圧縮した影の鎧と腕によって覆われたこの身体は、ちょっとやそっとのことではビクともしない。

まぁ、全盛期に比べれば少し脆くなったきらいはあるが・・・。

 

 

例えば、小さな子供が5人や10人まとわりついて来る程度では、問題無いわけだ。

複数本の腕を動かして上に放っては受け止めたり、人間には不可能なレベルで綾とりができたりする。

 

 

「でゅなみすせんせ~」

「きゃっ、きゃっ」

「もっとして~」

 

 

うむ、幼い子供は本当に無邪気だな。

普通、私の大幹部モードを見た者は怯えるか泣くかなのだが、普通に受け入れられてしまっている。

とりあえずリクエストに応えて、子供達でジャグリングしたりする。

 

 

・・・いや、実際の所、この村には子供の遊び場が少ないからな。

少々不本意ではあるが、役場の裏の木の下で青空教室兼デュナミスアスレチックを行っているわけだ。

まぁ、座学を好まないのもこの年頃の子供の特徴と言えるだろう。

基本、勉強よりも身体を使った遊びをすることが多い。

 

 

「でゅなみすせんせー、まじでかっこいー」

「おててが、ひとつ、ふたつ、みっ・・・ちゅ? たくさんあるお!」

 

 

男の子からは、何故か憧れの眼差しを受けたりする。

子供の頃からの親しみは、地域密着型秘密結社にとっては重要ではある。

この年頃の男の子は、本当に純真だからな。

 

 

「はぅ~、おめめ、ぐるぐる~」

「んとね、えとね・・・あたしね、でゅなみすせんせーのおよめさんになるー!」

 

 

女の子は、あまり激しい遊びは好ましく無い子もいる。

嫌がられているわけでは無いので、まぁ良し。

あと、それはお父さんに言ってあげなさい。

 

 

・・・そして、昼食の時間に子供達を親元に帰すまでが私の日課だ。

教師がいないので、学校は私の空き時間にしか開けないのだ。

うむ、やはり教育環境の整備は急がねばなるまい。

うむうむ・・・と頷いた後、すでに大幹部モードを解いている私は、後ろを振り向いた。

 

 

「・・・うむ、待たせたな3(テルティウム)

「・・・割と、急いでいるんだけどね」

 

 

先程から大人しく待っていたらしい3(テルティウム)は、柄にも無く焦りを滲ませているように感じる。

ふふん、「焦り」か・・・本当にアーウェルンクスらしく無い奴めが。

 

 

3(テルティウム)の状態は、従者に支えられなければ立っていられるかも怪しい程だ。

では、何故にそれほど焦るのか・・・。

大方、あの女王のことだろうが。

 

 

「良かろう、アポ無しだが話をしてやろう・・・とても重要な話だ」

「・・・何かな」

「ふん・・・」

 

 

私はチラリと、3(テルティウム)の豹族の従者を見つつ・・・。

・・・まぁ、良いか。

知っておいた方が良かろう。

 

 

3(テルティウム)

「・・・何だい」

「貴様・・・」

 

 

腕を組んだ体勢のまま、宣告する。

 

 

「もうすぐ死ぬぞ」

 

 

 

 

 

Side 暦

 

あの後・・・肝心な話を聞けないまま、私だけ帰された。

つまり、私には聞く資格が無いってことだと思うんだけど・・・でも。

こんなの、生殺しだよ・・・。

 

 

「・・・何だ、それ」

 

 

デュナミス様はフェイト様を連れて村役場の中に入って行ってしまって。

それで6(セクストゥム)様が門の間で陣取ってしまわれて、中に入れなかった。

だからこうして、ひとまずは皆の所にフェイト様のことを教えに来たんだけど・・・。

 

 

「どう言うことだ、それは!」

「わ、私だって、わかんないよ!!」

 

 

結果として、焔と口喧嘩になった。

それが腕づくの喧嘩にならなかったのは、焔の怪我が私より酷かったから。

ベッドの上で上半身だけ起こした焔は、右腕を白い布で吊っていて、左眼には包帯を巻いてる。

私も軽い怪我ってわけじゃ無いけど、豹族だから、獣化すれば大概の傷は治るから・・・。

 

 

「お、落ち着いてくださいまし」

「そうです。私達が言い争っていても、何も変わりません」

 

 

一方で、栞と調が冷静な意見を言う。

栞は右足が折れて、左足の骨に罅が入ってるから・・・車椅子に乗っていて。

調は、見た目は一番マシだけど・・・樹木の精霊の力を使い過ぎて、肌の一部が木に変化したまま戻らない。

半年もすれば元通りになるらしいけど・・・。

 

 

・・・で、一番無事なのが環。

竜化していたから、実は外傷ゼロ。

今も私達5人にあてがわれた小屋の隅で、リンゴの皮を剥きながら私達の様子を窺ってる。

 

 

「・・・ごめん」

「い、いや、私こそ取り乱して・・・すまん」

 

 

焔とは、すぐに仲直りできた。

でも、だからって何も変わらない。

詳しいことは何もわからないのに、フェイト様のお命が危ないらしいってことしか・・・。

 

 

「・・・とにかく、冷静になるべきですわ。慌てるべきはフェイト様であって、私達ではありませんもの」

「そ、そうだよね・・・フェイト様の方が、大変、だよね・・・」

 

 

栞の言葉に、皆が頷く。

フェイト様が慌てふためいている所なんて、想像もできないけれど。

でも、死ぬって言われたのは私達じゃ無い。

 

 

「・・・行く」

 

 

その時、ぽつりと環が言う。

行くって・・・もしかして、フェイト様の所?

でも、今は・・・。

 

 

「今は無理かもしれないが、ここにいても何も変わらない・・・確かに、そうだな」

「ちょ・・・焔! 動いたらまた骨が・・・」

「・・・大丈夫だ」

 

 

ベッドから降りて歩こうとする焔を、調と支える。

栞は木製の車椅子を器用に動かして、小屋の外へ・・・。

・・・皆、勇気あるなぁ。

 

 

私なんて・・・聞きに行くのが怖いのに。

本当・・・友達で良かった。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

死と言う概念に対する恐怖心は、僕には無い。

ただ、今後の時間をアリアと共にできないこと・・・これに対しては不思議な感情を抱いている。

人間はこれを、死への恐怖と呼ぶのだろうか。

 

 

「単刀直入に聞くが・・・子を成したな、3(テルティウム)?」

 

 

村役場と言う割に簡素な作りの小屋に入るや否や、デュナミスはそう聞いて来た。

役場と言う割にたまの集まりにしか使わないらしく、小屋の中に人はいない。

大きめの郵便局のような小屋の中で、僕はデュナミスと向かい合っている。

 

 

・・・特に隠すことでも無いので、素直に頷くことにする。

それに、僕はそこで重要なことを確認することができた。

 

 

「その口ぶりだと・・・アリアは無事に出産できたんだね」

「うむ、母子共に健康だそうだ。少なくとも王国政府はそう言っている、1週間ほど前のことだ」

「・・・そう、かい」

 

 

目を閉じて、息を吐く。

日付は後で確認する必要があるけれど、そこまで眠っていたわけでも無いらしい。

・・・アリアと、子供が無事なら。

とりあえずは、それで良い。

他の情報は、おいおい集めて行けば良いだろう。

 

 

「・・・それで、僕が死ぬと言うのはどう言うことかな?」

「人形に対し「死」と言う概念が正しいのかはわからないが・・・貴様はそう遠く無い時期に、機能を停止することになるだろう」

「・・・」

「ここ最近、身体に不調は無かったか? 急に動きが止まったりとか・・・」

 

 

・・・2度ほど、ある。

今回は特に、そのために僕は地上に落ちたのだから。

 

 

「あるのだな?」

「・・・」

「『核』の摩耗の兆しだな。そして稼働年数の割に摩耗が速いのは・・・子を成したからだ」

「・・・どう言うことかな」

「アーウェルンクスシリーズの生殖能力は、いわば緊急避難だからだ」

 

 

緊急避難・・・それはデュナミスや墓所の主、そして万が一にも我らが造物主(カミ)が倒されてしまった時のための、保険。

アーウェルンクスシリーズの調整スキルを持つ者が全滅してしまった時のための、保険。

僕達アーウェルンクスシリーズの生殖能力は、そのために作られた。

 

 

それが、デュナミスの説明だった。

そして・・・。

 

 

「そしてアーウェルンクスシリーズの成した子供には、アーウェルンクスシリーズの情報が刻まれる。肉体は人間かもしれないが・・・魂は違う、そこには『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の全てが保存されている・・・」

「・・・」

「初めてのケースなので私にも確かなことは言えないが・・・貴様の子供は、生まれながらにして我らの経験の全てを宿して生まれたはずだ。ふふ、これでかの王家の力を備えていれば・・・まぁ、それは私には関係の無いことだが」

 

 

子供に関しては、僕にもわからない。

何しろ、まだ会ったことが無いからね。

それよりも・・・。

 

 

「・・・僕は、あとどのくらい動いていられるんだい?」

「さて・・・どうかな、数日から数十年と言った所か。・・・そう睨むな、初めてのケースだと言っただろう」

 

 

言っておくけど、僕は別にデュナミスを睨んではいない。

僕はいつも、こんな目だよ。

 

 

「私には調整しかできない。『核』を創り直すことができるのは我らの造物主(カミ)のみだからな」

「・・・」

「それでも、稼働限界(じゅみょう)を少しは伸ばせるかもしれん。どうする、従者達の怪我が癒えるまでもう少しかかる。少しこの村に逗留してはどうだ・・・村の性質上、外部との連絡はできんが」

「・・・そう、だね」

 

 

答えながら、僕は自分の手を見る。

数十年なら、まだ良いけれど・・・数日だったら、笑い話にもならない。

合理的な判断をするのなら、ここに残って調整を受けるべきだ。

 

 

「・・・頼めるかな、デュナミス」

 

 

だけど、そう答えるのには思いの外・・・力が必要だった。

・・・アリア。

どうやら、すぐには戻れないようだけれど・・・待っていて。

 

 

気がかりはいくつもあるけれど・・・一番の問題は、あの悪魔だ。

あの悪魔・・・ヘルマン=ネギ。

あの時、倒せていればと思うけれど・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・同エリジウム大陸、ケルベラス大森林内部・廃墟。

広大なケルベラス大森林には古代遺跡を含めた無数の廃墟が存在し、その中には邪な存在も身を潜めているとされる。

 

 

現在は軍によって撤去されてしまったが、かつては「Ⅰ」と言う組織が潜伏していた場所でもある。

そして、そこにある無数の廃墟の一つは・・・現在、不可思議な気配を漂わせていた。

 

 

「ハクシャクカラノレンラクガナイ」

「ウム、オカシイナ」

 

 

廃墟の内部、ある部屋の前。

そこに、2人・・・否、2体の「悪魔」がいる。

伯爵級悪魔ヘルマンの従者にして、「Ⅰ」の身体(にんぎょう)を奪いし悪魔。

名を、「4匹目(チッタレス)」と「6匹目(ヘクス)」。

 

 

「マァイイ、エサノショクジノジカンダ」

「ニンゲンハフベンダナ、クチデシカエイヨウヲトレナイ」

 

 

パンの入った籠を持った悪魔たちが、ある部屋の扉を開ける。

そこは、少し広めの寝室のような場所だった。

とは言え、脚が一本折れた粗末なベッドくらいしか無い部屋だが・・・。

 

 

しかし、そこは無人だった。

 

 

いるはずの人間の姿が無いことに、悪魔達は不審がった。

そしてその疑問は、すぐに解消されることになる。

 

 

「ニゲタ」

「ニンゲン、ニゲタゾ」

 

 

寝室の窓―――3階の部屋―――の枠を支えに、いくつもの布で作った簡易ロープが地面にまで垂れ下がっていたのである。

そして、彼らの目には・・・森の中へと消える人間の姿が映っていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side ネカネ・スプリングフィールド

 

わ、私にだって、少しくらい身体強化は使える、わ・・・っ。

詠唱魔法が消えてから、こう言う魔力を使った技術は廃れて行く一方だけど・・・。

でも、こう言う時には、まだ・・・っ!

 

 

「だ、大丈夫、大丈夫だからね・・・のどかさん・・・っ」

「・・・」

 

 

私の肩に顎を乗せるような形になっているのどかさんに、私は懸命に声をかける。

・・・でも、のどかさんは何も答えてはくれない。

虚ろな目で、ぼんやりとしているばかりで・・・。

 

 

・・・あの日、私が「私」として目を覚ました時、のどかさんの出産は終わっていたわ。

良く思いだせる、去年の暮れの日のことを。

雷鳴のなる外と、薄暗い部屋の中で蠢く悪魔、掲げられるのは赤ん坊・・・ベッドの上で、ぐったりと動かないのどかさん。

そして・・・ネギ。

 

 

「私が・・・助けて、あげるから・・・っ」

 

 

背中にのどかさんを背負って、私は森の中を進む。

・・・方向、わからないけど・・・痛っ!?

 

 

「・・・っ」

 

 

裸足の左足に、枝が刺さったみたい。

窓から逃げる時、最後に落ちちゃったから・・・。

・・・ふふ、と場所を弁えずに笑みが浮かぶ。

 

 

「危うく、貴方を潰しちゃう所だったわね・・・」

 

 

そう囁きかけるのは、胸元の小さな小さな・・・赤ちゃん。

ふわふわした黒髪の、可愛らしい赤ちゃん。

不思議そうな目で、私を見つめているわ。

布で、私の胸元にしっかりと固定してある。

 

 

背中にのどかさん、胸元に赤ちゃん。

できればのどかさんがこんな風にされる前に逃げたかったんだけど、私も身体が回復したのが先週くらいで・・・正直、今もあまり調子は良く無いのだけ、ど・・・?

 

 

「イタゾ」

「ハクシャクノエサヲニガスナ」

 

 

ぞくり・・・として振り向くと、まだそれほど離れていない廃墟から・・・悪魔が。

人間の姿はしているけれど、中身は文字通り悪魔。

そこからは、私には余裕なんて少しも無い。

 

 

見つかった。

逃げなくちゃ。

 

 

「・・・っ!」

 

 

1人・・・そう、私が1人で何とかしないと。

ここには他に・・・誰も、いないんだから。

深い森の中に逃げ込めば、何とか・・・。

 

 

はっ、はっ・・・息を切らせて、少しずつだけど進む。

だけど大人1人と赤ちゃんを抱えては、スピードには限界がある。

元々、私は悪魔よりも速くは動けない・・・。

 

 

「大丈夫・・・だからっ」

 

 

あの時だって、ちゃんと守れた。

だから、今回だって・・・ちゃんと!

 

 

「エサガニゲルゾ」

「ホラホラ、ニゲルゾ」

 

 

・・・遊ばれてる。

いつしか、そう感じるようになる。

2体の悪魔が、私で遊んでいる。

 

 

でも、それでも良いから・・・少しでも遠くへ。

枝に引っ掛けて、顔や腕の肌が切れる。

裸足の足の裏は、もうマヒしてどうなっているかわからない。

だけど。

2人を置いて行くことだけは、考えない・・・!

 

 

「・・・あっ!?」

 

 

木の根に足を引っ掛けて、転ぶ。

赤ちゃんを庇う、顔から地面に転がる。

痛み。

 

 

でもそれを感じるよりも早く、身体を起こして・・・赤ちゃんの無事を確認する。

良かった・・・のどかさんは?

のどかさんは・・・私の横に、倒れてた。

やっぱり、何の反応も示さないけれど・・・。

 

 

「アキタナ」

「ソウダナ」

 

 

・・・そして、悪魔が来る。

私は赤ちゃんとのどかさんを両手でそれぞれ抱えて・・・後ずさる。

でも、背中はすぐに木にぶつかってしまって・・・ひ。

 

 

「こ・・・来ないで・・・」

「マタニゲラレルトメンドウダナ」

「ソウダナ、アシクライナラタベテモイイダロウ」

 

 

あ、足・・・?

悪魔が、近寄ってくる。

こ、来ないで・・・触らな・・・。

 

 

『・・・ネカネさん、伏せて』

「え・・・」

『伏せるんだ!!』

「は・・・はいっ!」

 

 

聞き覚えのあるような声が、響いて。

反射的に言うことを聞いて、のどかさんと赤ちゃんを抱えて伏せた。

すると・・・。

 

 

「『豪殺・居合い拳』」

 

 

大砲のような音と共に、私達の背後の木が薙ぎ倒される。

見えないそれは、悪魔を巻き込んで・・・吹き飛ばす。

 

 

「きゃああああああああっ!?」

 

 

でも、それを確認している暇は無くて・・・余波から2人を守るので、私は精一杯だった。

全てが収まった後には・・・砲撃が通り過ぎたかのように、正面の森だけがまっすぐに薙ぎ倒されていて・・・な、何・・・?

 

 

「あ・・・た」

 

 

ぱら・・・と木の欠片を払って、赤ちゃんとのどかさんの無事を確認した後、後ろを振り向いた。

するとそこには、スーツを着た見覚えのある無精髭の男性がいた。

それは・・・。

 

 

「タカミチさん・・・!?」

「・・・どうも、ネカネさん」

 

 

タカミチさんが、煙草を咥えた姿でそこにいた。

はぁぁ・・・と、私の身体から力が抜ける・・・。

 

 

 

 

 

Side タカミチ

 

やれやれ、近右衛門さんから聞いていた話とかなり違うな。

まぁ、あの人の情報が現場の状況と食い違うことなんて、珍しい事じゃないけれど。

 

 

「た、タカミチさん・・・」

「何とか無事で良かった・・・少し、そのまま待っていてください」

 

 

ひょいっ、と、倒した木の根を飛び越えて、ネカネさん達の前に立つ。

・・・ネカネさんは、見るからにボロボロの姿で。

そして、のどか君と・・・赤ん坊、か。

 

 

そこから視線を前に戻すと、そこにはなかなかにレベルの高そうな悪魔がいた。

悪魔・・・で良いんだよな、情報では。

確かに・・・気配は、悪魔だ。

 

 

「・・・キサマハ」

「悪いけれど、僕がここにいるといろいろと問題でね・・・すぐに」

 

 

終わらせる。

そう呟いて、僕は身体の前で両手を合わせる・・・。

魔力と気の合一(シュンタクシス・アンティケイメノイン)、使うのは数年ぶりだけど。

 

 

「『咸卦法』」

 

 

ごっ・・・僕の身体から吹き荒れる気と魔力の混合物に、周囲の空気が震える。

同時に、目の前の2体の悪魔の両目が赤く輝く。

 

 

・・・来る。

相手が動く前に、僕が先に放つ。

ガトウ・カグラ・ヴァンデンバーグ直伝・・・。

 

 

「『千条閃鏃無音拳』!!」

 

 

千発の無音拳が拡散し、対象を撃ち抜く。

限定空間内を駆け巡る『居合い拳』から、逃れる術は無い。

頭から爪先まで、僕の拳の的だ。

 

 

逆説的ではあるけれど、詠唱魔法の消滅は気の優位性を生んだ。

結果として、僕の技を完全に生身で防げるのはラカンやナギのようなバグキャラだけ。

そして残念ながら、目の前の悪魔は常識の範囲内の相手だったようだね。

形容しがたい悲鳴を上げて、空高く舞い上がり・・・。

 

 

・・・僕は手をポケットから出すと、咥えていた煙草を指先で掴む。

携帯灰皿を取り出して中に吸殻を詰めた時には、何か重いモノが地面に落ちる音がした。

 

 

「・・・大丈夫かい、ネカネさん」

「あ、ああ・・・タカミチさん」

 

 

気が抜けたのか、座り込んだまま立てないネカネさんに、僕は笑みを向ける。

それから、ネカネさんの胸元の赤ん坊と、虚ろな目でぼんやりとしたのどか君の姿を見て・・・。

・・・いや、今は後悔している場合じゃ無いな。

 

 

「で、でも、どうしてここに・・・」

「・・・ある人に、教えられて」

 

 

まぁ、その話も少し曖昧で・・・僕が新メセンブリーナ時代に「Ⅰ」の施設を調査していたことが今回は功を奏したらしい。

・・・まさか、そこまで計算づくだったとは思わないけれど。

とにかく、細かい説明は後だ。

 

 

「・・・ネギ君は?」

「あ・・・」

 

 

僕の言葉に、ネカネさんは急に表情を曇らせた。

・・・近右衛門さん、聞いてませんよ・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

「ほぅ・・・私と友誼を結びたいと」

 

 

1月も残り少なくなったある日、俺の下に自治国のお歴々がやってくると言うことがあった。

ケフィッススやセブレイニアなど、9自治国のトップが共同で俺に会談を申し入れてきたのだ。

会談を求める申請書が総督府に届いた時、俺は素直に感銘を受け、また関心もした。

 

 

こう言う場合、普通は沈黙するか総督府の支配を静かに否定するかだと考えていたからだ。

そして俺の叛逆の件について、どんな非難を鳴らしてくるのかと楽しみにしていたら・・・。

 

 

「我々9自治国は、総督閣下の覇業成就のために尽力する物であります」

 

 

・・・俺としたことが一瞬、呆気に取られてしまった。

どんな非難が来るのかと総督府の会議室の円卓に座ってみれば、自治国側からの従属を表明されたのだからな。

俺でなくとも、驚きを禁じ得なかったであろうよ。

 

 

「・・・お前達は、心から俺に味方すると言うのか」

「左様です、閣下」

「ほほぅ・・・それで、そちらの好意に対し、私はどのような花束を用意すれば良いのかな」

「そう皮肉を仰いますな」

「我々はただ、総督閣下が至尊の地位に就いた後にもお手伝いできることもあるだろうと・・・」

 

 

・・・なるほど、将来への投資か。

まぁ、野心の表明としては理解できなくも無い。

だが・・・。

 

 

「貴国・・・あえて貴国と呼ばせて頂くが、どうも本国に私の叛逆の情報を喧伝しているとか」

「それは誤解です、閣下」

「左様、我々はあの非道な宰相の圧力によって、不本意ながら協力したまでのこと」

「なればこそ、その軛から逃れるためにも、総督閣下に協力しようと・・・」

 

 

なるほど、野心と言うよりは保身か。

よりわかりやすくなった・・・俺と本国、どちらが勝利しても良いように手を打っているわけだ。

小物にありがちな思考だが、理解はしやすいな。

 

 

・・・どうせあのクルト・ゲーデルのことだ、これくらいは読んでいるだろう。

ならば、わざわざ俺がどうこうせずとも・・・。

 

 

「総督閣下こそ、頂点に立つに相応しい才幹と実績をお持ちだ」

「左様、総督閣下こそ宰相、いや王の位に相応しい」

 

 

・・・。

 

 

「だと言うのに、海外の総督の地位に押し込められて・・・嫉まれておりますな」

「いやまったく、嘆かわしい」

「まぁ、あのような・・・」

 

 

・・・・・・。

 

 

「若く美しいだけが取り得なだけの女に仕えていては、栄達もできぬでしょうからなぁ」

 

 

だんっ!

俺が机を叩いて立ち上がると、自治国のお歴々は驚いたように俺を見る。

逆に、俺の視界にはお歴々の姿はすでに映っていない。

 

 

「衛兵! この害虫共を牢にぶち込んでおけ・・・拘束するのだ!」

「「「はっ」」」

「なっ・・・」

 

 

俺の直属の部下達が自治国のお歴々を拘束し、会議室から連行して行く。

だが連中はそれが気に入らないのか、今度こそ非難を浴びせてきた。

 

 

「な・・・何故!?」

「何の罪で我々を!?」

「決まっているだろう・・・反逆罪だ」

「はっ・・・バカな!」

「情報が不足していたな・・・俺は我が女王に背くにあらず! 我が女王の傍にあって国政を壟断する、君側の奸を討つのだ!!」

 

 

何やら喚いているお歴々を下がらせると、俺は再び椅子に座って乱れた前髪を撫でつけた。

ふぅ・・・と、息を吐いて笑う。

我ながら、短絡的なことをした物だ・・・しかし、そうか。

 

 

これが、権力を握ると言うことか。

権力を握ると、あのような害虫の相手もせねばならないと言うことか・・・。

・・・少しは、我が女王に近付けたと言うことだろうか。

そんな考えをする自分に、俺はまた笑った。

 

 

 

 

 

Side クルト

 

アーウェルンクスの行方は、ようとして知れません。

ついでに言うと、ネギ君も発見できていません。

さらに言えば、エリジウム大陸内の状況がさっぱりです。

いやぁ、困りましたねぇ・・・いろいろと手を打たねばならないじゃありませんか。

いやいや、大変ですねぇ。

 

 

宰相府の公安調査局の調べで、ある程度のことはわかりますが・・・確定情報の量が、ね。

・・・ああ、エリジウム自治国からに密告など、信頼できるはずもありません。

多分に情緒的かつ主観的ですし、ついでに言うと彼らは無能なので。

むしろ、事態を悪い方向に持って行って関心を買おうとしているようなのですよね。

 

 

「まぁ、権力者の9割5分はそんなモノですからね」

 

 

独立させた後、掃除するとしましょう。

どうせすぐにボロを出して、民衆を御せなくなるのですから。

そこに白馬の騎士たる王国が出てきて、治安を回復すれば・・・。

 

 

「おお、ようこそ・・・ようこそ、おいでくだされましたな」

「お出迎え感謝しますよ、ゴー・コー評議長」

 

 

そしてそんな私の目の前に、9割5分に入る男がまた1人。

私は新オスティアにはいません、第一ゲーデル内閣の宰相として最後の外遊に出ている所です。

海を挟んでエリジウム対岸にある国家、タンタルスとフォエニクス。

 

 

すでに北のタンタルスの訪問は終わり、研修員受け入れなどの技術支援と引き換えに軍事同盟の締結に成功致しました。

編成が終わり次第、我が軍の駐留が開始されるでしょう。

エリジウムへの軍を派遣する際には、重要な拠点となるでしょうから。

そしてここ、フォエニクスには・・・。

 

 

「いえ、本当にお会いできて光栄ですよ」

「ははは、今をときめく王国宰相閣下にそう言われるとは恐縮ですな」

「ははは、いえいえ・・・本当にそう思っているのですよ」

 

 

フォエニクスのトップは、ゴー・コーと言う小太りの男です。

2年前に軍事クーデタで当時の文民政権を倒したこの男は、人民民主評議会などと言うご大層な代物のトップの座にのさばっています。

当時は中尉でしたが、今や中将を名乗っているそうで。

どうして民衆がこんな男に従うのかわからない、9割5分の一例です。

 

 

「今日は、いろいろと両国の今後について話し合うとしましょう」

「ははは、宰相閣下は仕事熱心でいらっしゃいますなぁ」

「ええ、例えば・・・」

 

 

・・・9割5分、ね。

 

 

「・・・地下の研究所のこととか」

「・・・」

「おや・・・どうかしたのですか、急に立ち止まられて」

 

 

空港から送迎車に向かう途中で、私は足を止めます。

後ろを振り向くと、青い顔でこちらを見つめているフォエニクスの独裁者・・・。

私は近付くと、親しげに肩を叩きます。

 

 

「さぁ、行きましょう・・・何、大丈夫ですよ。我が国は貴国と・・・いや、貴方と友好関係を持ちたいと考えているのですから」

「・・・は、はは、ご冗談を」

「ええ、冗談です・・・くふ、くふふふふ・・・」

「はは、ははは・・・」

 

 

・・・さぁて、と。

今度は、魔法世界の掃除を始めましょうかね。

アリア様が踏むに相応しい、従順で美しい世界に。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

あの日から、いくらか時間が過ぎて・・・ある日の朝。

産後、私のお仕事の量は徐々に増えています。

と言うのも、まぁ・・・それくらいしか、することも無いので。

 

 

産後休暇と言う形でぼんやりとしていると、良く無いことを考えたりもしてしまいますので。

つまり、ある意味で私にとってはお仕事と睡眠薬は同義であると言うことですね(意味不明ですね)。

ここ数週間は特に軍務関係のお仕事が増えて・・・。

・・・あ、でも、ちゃんとすることはしてます。

 

 

「・・・ふぁ・・・」

「大丈夫ですか?」

「いえ・・・大丈夫です」

 

 

茶々丸さんの優しい眼差しに、私も微笑みで応えます。

少し驚いたと言うか、まだ慣れていないだけで、特に変調を感じたりはしていないのです。

胸元でごそごそと動く小さな手が、ちょっとくすぐったいです。

 

 

「・・・たくさん、飲んでくださいね・・・」

 

 

できるだけ柔らかい声で、私は胸元の愛しい存在に話しかけます。

片手で赤ちゃんを抱きながら、もう片方の手でふわふわの髪を撫でます。

まだ首がすわっていませんから、気をつけないといけませんが・・・。

 

 

・・・可愛い。

 

 

目を閉じたまま一生懸命に私の胸に吸いついてくる赤ちゃんを見ていると、本当にそう思います。

私は今、いわゆる・・・朝の授乳、と言うことをしているわけです。

私には女王としての職務があるので、毎回毎度と言うわけではありませんけど・・・。

出来る限り、母乳で育ててあげたいんです。

 

 

「アリアさんも大分、慣れて参りましたね」

「そう・・・ですかね」

「・・・録画中・・・」

 

 

最初の数日は、上手く吸わせてあげられなくて・・・ルーシアさんに手伝って貰っていました。

でも今では何とか、自分だけで赤ちゃんにお乳を飲ませてあげられるようになっています。

毎朝、この時間は茶々丸さんが連れて来てくれた赤ちゃんにお乳をあげています。

私の傍でその様子を見ていられるのは・・・今の所、茶々丸さんだけです。

 

 

私としても、茶々丸さんがいてくれれば心強いですし・・・服の胸元をはだけても、抵抗が少ないですし。

・・・フェイトがいなくなった直後は、ご飯も喉を通らなかったんですけど。

でも、今は赤ちゃんに美味しいお乳を飲んで欲しくて・・・ちゃんと、食べてます。

フェイトが戻って来た時に、見せられるように・・・。

 

 

「けふっ」

 

 

授乳後、赤ちゃんに可愛らしくげっぷをして貰って・・・朝の授乳は終わりです。

授乳は1日4回、朝昼晩と私の就寝前。

それ以外は、既成品(ミルク)を与えます。

ルーシアさんなどの侍医団も母乳での育児を勧めていますし、私もそうしたいので、できるだけ・・・。

 

 

「可愛い・・・」

 

 

もう、本当に可愛いです。

何でしょうこの可愛らしさ、男の子ですけど可愛い・・・。

出産の時は痛くて死ぬかと思いましたけど、でも本当に可愛いです。

さよさんがあんなに双子ちゃんに甘々なのも、理解できると言うものです。

 

 

ふんわりした白い髪も、ふっくらとしたほっぺも、ちっちゃな手も・・・可愛くて可愛くて。

愛しくて・・・首がすわってないので注意が必要ですけど、ほっぺを合わせてすりすりします。

柔らかくて、あったかいです・・・。

 

 

「・・・あー」

「・・・はぁ、可愛いです」

「・・・録画中・・・」

 

 

声まで、物凄く愛らしいなんて・・・無敵すぎます。

・・・早く、フェイトや皆にも見せたいです。

きっと皆、虜になっちゃいますから。

と言うか、この子の愛らしさに胸を撃たれない人は人間じゃありません。

だから。

 

 

その時、寝室の扉がノックされて、ユリアさんがやってきました。

水色の髪の涼やかな雰囲気を纏った侍女は、私に時間だと告げます。

私はそれに頷くと、名残惜しげに・・・と言うか、本気で名残惜しいのですけど、茶々丸さんに赤ちゃんを預けます。

本当は、いつでもどこでも一緒にいたいんですけど・・・。

 

 

「お願いします、茶々丸さん」

「はい、お任せください」

 

 

赤ちゃんは、1日の大半を育児部屋(ナーサリールーム)で過ごします。

茶々丸さんは今、女官長でありながらナースメイドのチーフもしています。

ナースメイドは、高等教育を受けた育児専門の侍女のことです。

チーフであるナースは茶々丸さんで、10人からなるナースメイドがその補佐をします。

 

 

なので基本的には茶々丸さんが1日中、赤ちゃんのお世話をしてくれています。

母乳ではありませんが、胸部を使っての授乳もできるので・・・乳母に近い立場ですね。

本当に本当に・・・私がずっと傍にいたいのですが、茶々丸さんならと我慢しています。

 

 

「私ならば、育児疲れやストレスに悩まされることも無く、また不眠不休でお世話ができます」

 

 

・・・と、本人の強い要望もあって。

あの時は、本当に熱意を感じたなぁ・・・と、衣服を直したながらそんなことを考えます。

それから、寝室の扉の前で赤ちゃんと・・・・・・お別れ、です。

う、うぅ・・・。

 

 

「・・・アリアさん、またお昼にお連れしますので・・・」

「も、もう少し、もう少し抱っこさせて・・・」

 

 

・・・まぁ、可能な限りスムーズに、お別れします。

赤ちゃんは泣くのが仕事ですけど、でも泣き声を聞いたらソワソワする私。

・・・ママ、ですから。

 

 

「では陛下、そろそろ・・・」

「・・・ええ」

 

 

気持ちを切り替えて、今度はウェスペルタティア王国の女王陛下へ。

明後日の議会開設での演説に備えて、いろいろとやらなかえればならないことがあります。

今までは私の個人的趣向でお仕事に取り組んでいましたが、今は少し変化しました。

民のため、と言うのはもちろんですが・・・私の赤ちゃんのために。

 

 

あの子が私から玉座を引き継ぐ際に、可能な限りたくさんの物を渡せるように。

何か、あの子のために残してあげたい・・・だから、働くのです。

むむん、ますますモチベーションが上がって来ました。

 

 

「・・・さて、今日も頑張りましょう」

 

 

どこにいるのかは、まだわからないけど・・・見ていて、フェイト。

私、あの子のために・・・頑張ろうと思います。

可愛らしいあの子が、大きくなるのを見たいから・・・だから。

 

 

そのために・・・あの子を守るために、必要だと言うのなら。

・・・・・・私は。

 

 

 

世界を、手に入れる。

 




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第30回広報:

アーシェ:
はーいっ、30回目だよ!
作者もまさかここまで続くとは思っていなかった・・・と言うか、アフター延長し過ぎ!

茶々丸:
室長の茶々丸です、皆様、ようこそいらっしゃいました(ぺこり)。

アーシェ:
30回目と言うことで、チェンジ!
これまではオリキャラ紹介でしたが、今度は・・・「国」!
名前だけ良く出てくる物語の中の国を、アーシェ先生がわかりやすく説明しちゃったりしますよ!

茶々丸:
おぉ~。


・パルティア連邦共和国
シルチス亜大陸の中央部に逆三角形状に位置する連邦共和国。
モエル・エルファンハフト・アンティゴネーなどの大都市を抱える地域大国。ウェスペルタティアよりも広い国土を持つが、人口は約5000万人。
小さな部族が寄り集まっている地域で、人口の66%は部族出身者。帝国からの移住亜人が22%、旧連合からの入植者が10%程度居住している。
豊富な資源を抱える土地で、古くから帝国・旧連合の介入・代理戦争の地として争いが絶えなかった。6年前、政治・経済の中枢を握っていた連合人をウェスペルタティアの援助で追放し、独立を達成。
しかしそれ以降も民族紛争が絶えず、さらに北方のアキダリア共和国と数次に渡り国境紛争を繰り返すようになった。
ウェスペルタティア王国からは軍事援助の他、6年間で経済援助として無償資金協力481万ドラクマ、有償資金協力631万ドラクマを受け取っている。


アーシェ:
・・・てなもんです!
ところで室長、その、抱っこしてる赤ちゃんは・・・?

茶々丸:
お休み中ですので、お静かに願います。
(すやすや・・・)

アーシェ:
(じゃあ、来ないでくださいよ・・・!)
ま、まぁ、最近は陛下もお子さんにデレ期らしいですけど・・・。

茶々丸:
とても可愛いです・・・大事に大切にお世話致します。
(すやすや・・・)

アーシェ:
・・・あ、今日のベストショットはこれ、「授乳時の陛下」。
もう、見てるだけで幸せな気分になれます・・・でもお子様は見ちゃダメです。

茶々丸:
では、次回からは「すく☆すく♪ 赤ちゃん」のコーナーを・・・。

アーシェ:
しませんて!(びしっ)

茶々丸:
(・・・ふええええっ・・・)
・・・アーシェ、サン?

アーシェ:
す、すすすすすみませ・・・っ!
あ、ちょ、そんな所だめで(通信途絶)。

茶々丸:
よーしよし・・・あ、それでは次回。
議会、開いちゃいます。
(ふえええん・・・っ)
おー、よしよーし・・・。

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