魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第35話「第2次エリジウム解放戦」

Side 6(セクストゥム)

 

背後に回り込み、大きく振り上げた右拳を下から3番目(おにいさま)の脇腹を目がけて放ちます。

鈍い音を立てて3番目(おにいさま)の脇腹に突き刺さったはずのそれは、しかし辛うじて3番目(おにいさま)の手によって受け止められています。

 

 

拳撃の威力だけが受け流され、拳を握られたまま放った次の攻撃も、片手でいなされます。

3日前までは、この時点で私が勝利していました。

しかし今や、私の攻撃のほとんど全てがいなされ、受け流されてしまいます。

 

 

「・・・!」

 

 

1の本命の中に100のフェイントを交えて、拳を放ちます。

それを最小限の動きでいなしつつ、3番目(おにいさま)は徐々に後ろに下がります。

くんっ・・・3番目(おにいさま)が大振りの上段蹴り(ハイキック)を放つのに合わせて姿勢を低くし、回避行動を取ります。

 

 

同時に地面に手をついて、踵を3番目(おにいさま)の足に叩きつけます。

3番目(おにいさま)は高く跳び、それをかわして・・・。

 

 

「『千刃黒曜剣』」

 

 

頭上から、千本の黒い剣。

数秒後には、私を含めた周辺を粉々に寸断してしまうことでしょう。

個人的に、自然破壊を認めるわけには参りません。

対抗します。

 

 

「『凍て尽くす氷の神鎌』」

 

 

蒼い大鎌を両手に構え、振り上げます。

しゃらんっ・・・大鎌の柄についた小さな2つの鈴が、涼やかな音を奏でます。

白い飾り布が視界を横切ると、前方の全てが瞬時に凍り付きます。

 

 

―――細氷結晶(ダイヤモンド・ダスト)―――

 

 

千本の黒い刃が凍てついて砕け、白い細やかで美しい雪となって散ります。

そこで不意に、私は視線を下げます。

視線の先に、3番目(おにいさま)の姿がありました。

千の刃は囮、私の氷結の結界すら抜けて―――――。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

腹部に、大きな衝撃。

鎌を振り切った腕を掴まれ、引き寄せられるように拳を叩きこまれました。

<地>のアーウェルンクスの膂力をまともに喰らっては、私の身体はひとたまりもありません。

成す術も無く、視界が回転、最終的に地面に転がることになります。

 

 

・・・一応、手加減はして頂けたのか、それ程の距離を吹き飛んだりはしませんでした。

とは言え、正直な所、両足が震えて立っていられませんので・・・。

 

 

「参りました」

 

 

倒れたまま、私は両手を上げてそう言います。

そんな私の喉元には、3番目(おにいさま)が黒い剣を突き付けていました・・・。

・・・酷い人。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

「参りました」

 

 

6(セクストゥム)のその言葉を受けて、僕は剣を引いた。

正直、氷結の波から逃れるのが厳しかったけれど・・・むしろ、肩口とかかすかに凍りついている。

まぁ、それでもどうやら、調子は戻って来たと思う。

 

 

「六ねーちゃんが負けたー!?」

「ほーっほっほっ、どう、フェイト様の強さを思い知った!?」

 

 

・・・実はここは村の広場で、周囲には暦君達と村人達が観衆(ギャラリー)として来ている。

むしろ、僕と6(セクストゥム)の組手を一種のエンターテイメントとして見ているらしい。

何しろ、ポップコーンとか食べてるからね。

 

 

暦君達はまだ数週間ほどしかここにいないのに、すっかり村の子供達と仲良くなっている。

でも、暦君のように子供と張り合うのはどうかと思うけどね。

ちなみにこれは聞いた話だけれど、村の男の子は皆、6(セクストゥム)に憧れているらしい。

何しろ、「六ねーちゃん」と言う愛称が浸透しているのだから。

 

 

「娯楽が少ないので、助かります」

「うむ、小さい子にはたくさんの思い出が必要だ」

 

 

6(セクストゥム)の言葉に、村の子供達にまとわりつかれているデュナミスが頷いている。

・・・まぁ、人間、変われば変わる物だからね。

 

 

それはそれとして、今回の組手で大分、感触は掴めたと思う。

ここの所は、デュナミスの調整を受けてばかりだったからね。

左手で右手の手首を持ち、右手の指を動かして調子を確かめる。

・・・良し。

 

 

「・・・行くのか、3(テルティウム)

「うん、いろいろとありがとう」

 

 

今日は、2月16日。

ブロントポリスの事件から、すでに1ヵ月以上が経過している。

これ以上は、流石に待てない。

 

 

デュナミスが自分のネットワークで持ってきた情報によれば、すでに王国軍が総督軍と戦闘状態に入っていると聞いている。

一般市民を巻き込まないように、郊外の無人の平野を戦場に設定しているらしい。

・・・女王も、近く再びエリジウムに入ると聞く。

 

 

「僕は、アリアの傍に帰るよ」

「・・・そうか」

 

 

デュナミスは重々しく頷くだけで、それ以上は何も言おうとはしない。

僕も、あえてこれ以上は何も聞かない。

説明はもう、十分に受けている。

 

 

「もちろん、私達もお伴します!」

 

 

そう言って並んで立っているのは、暦君達だ。

・・・でも、栞君や焔君はまだ怪我が治っていないはずだけど。

 

 

「私が、運ぶ」

 

 

意気込んでいる環君の頭に手を置いて、僕は「そう」とだけ答える。

・・・背中を向けた後、「環ズルい!」とか聞こえたけれど。

 

 

3(テルティウム)

「・・・何」

「また、いつでも来るが良い」

 

 

そして、子供達に囲まれたデュナミスがそう言う。

どう言うつもりで言ったのかはわからないけれど、僕はそれには頷きだけを返した。

デュナミスの傍には、同じように子供の相手をしている6(セクストゥム)がいる。

 

 

・・・僕に残された時間が、どれくらいなのかはわからないけれど。

僕は、アリアの所へ帰る。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

兵士の錬度と装備の質が相互に対等の軍が相手の場合、勝敗は容易には決しない。

俺が軍を率いてエリジウム大陸に上陸したのは2月4日のことだったが、上陸の際には特に迎撃を受けなかった。

 

 

通常、敵軍の上陸の際には多数の兵力を持って迎撃する物だが、新グラニクス近郊までリュケスティスの迎撃は無かった。

新グラニクスは大陸中央部に位置するので、すでに我が軍はかなり奥深くにまで進撃したことになる。

理由としては、あまり拠点から離れたり、あるいは多数の兵力を分散させることができないからだろう。

つまり、分散した兵力に叛乱を起こされる可能性があるからだ。

 

 

「こちらとしては、そこに勝機を見出す他は無いわけだが・・・」

 

 

加えて言えば、リュケスティスはこの方面に全ての戦力を投入することはできない。

ブロントポリス方面だけでなく、北・南・西からの進攻も気にしなくてはならないからだ。

1万7千の陸軍と99隻の艦隊を持っているが、俺が撃破すべきはその半分と言った所だろう。

・・・矛盾する2つの戦略的条件が、リュケスティスの指揮能力を制限している。

 

 

「・・・リュケスティスへの通信は、まだ通じないのか」

「はっ、依然として」

「そうか・・・」

 

 

新グラニクス郊外の仮設司令部の中で、俺は役立たずの通信機を叩き壊したい衝動に駆られていた。

俺は開戦前にリュケスティスを通信で説得しようと試みたのだが、拒否された。

それ以降、2週間に渡ってリュケスティス側と音信不通の状態が続いている。

思いとどまるよう、説得しようと思ったのだが・・・。

 

 

話すことなど何も無いと、そう言うことなのかリュケスティス。

それ程までに、叛逆の意思は固いと言うのか・・・いや、そんなはずは無い。

そんなはずは、無いはずだ。

 

 

 

「とは言え、正面戦力はほぼ互角・・・」

 

 

塹壕戦。

リュケスティスが市街戦を避けたために、俺とリュケスティスは新グラニクス郊外の平野部で衝突することになった。

ここまでは通常の3倍の速度で進軍して来たが、流石にリュケスティスが出て来たとなると進軍も止まらざるを得ない。

 

 

戦局は硬直化し、戦線は膠着化する。

理由は、もちろん俺とリュケスティスの指揮能力が互角であること、史上初めてウェスペルタティア製の最新兵器を装備した軍同士がぶつかったこと、などがあるが・・・。

最大の理由は、同志討ちと言う状況下で兵士達がお互いに攻撃を控えたためだ。

結果、新グラニクス郊外には両軍の築いた塹壕が幾重にも連なっている。

 

 

「・・・前進部隊の編成、急げよ」

「「「はっ」」」

 

 

司令部とは言え、地面を1mから1m半ほど掘った塹壕の中に設営されたまさに「仮設」司令部だ。

兵士とほぼ同じ環境化にあるわけで、兵の消耗の早さもわかっている、士気の低さも。

何としても、女王陛下の直属軍が来るまでに決着をつけなければ。

そうでなければ、リュケスティスの生命を救うことも・・・。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

軍事的な技術革新に伴って、塹壕戦も従来の物とは異なっている。

極端な話、現在の王国の魔導技術を活用した迫撃砲やロボット兵器、機械化された歩兵の力をもってすれば、塹壕線を幾重にも連ねている所で無意味だ。

局地的な火力と点を線として繋ぐ歩兵力、これがあれば塹壕戦での持久戦など意味は無い。

 

 

だがそれは、あくまで敵軍を打倒すると言う強い意志の下に作戦を組んだ場合の話だ。

これは通常の戦争・戦闘では当然の思想ではあるが・・・今回は違う。

グリアソンが相手にしているのは、王国軍であり王国の民なのだ。

軽々に殲滅して良いわけが無い。

 

 

「だからこそ、対峙して2週間経っても双方の犠牲者が100人を超え無いわけだが・・・」

 

 

新グラニクス郊外に布陣した総督府側の兵力は7000、本国軍(グリアソン)側は2500。

兵力で言えば俺が上だが、本国軍(グリアソン)側は機動的に戦場を動くことで数の劣勢を補っている。

さらに言えば俺には援軍の予定は無い、だがグリアソンには無傷の女王直属軍が背後に控えている。

総督府軍よりも機械化された、装備の質も兵の数も違う女王直属軍。

グリアソンの進軍に合わせて移動しているとすれば・・・。

 

 

「・・・そろそろ、ブロントポリスにまで兵を進める頃か」

 

 

グリアソンは本来、電撃戦が得意な男だ。

自軍の機動力を十二分に発揮して敵の背後に回り込んだり、敵が陣地を構築する間に包囲したり・・・とにかく敵に主導権を握らせずに戦場を設定し、短期間で撃破することが大の得意だ。

しかし今回、その電撃戦は使用できない。

 

 

俺もそうだが、まず兵の士気に期待が持てない。

グリアソンはどうか知らんが、俺は部下の士気にまったく期待していない。

同志討ちと言う事実以上に、「女王への叛逆」と言う行為を強制すると言う点でまったく期待できない。

だからこそ、新グラニクスの塹壕戦の主役は『アルマジロ』などのロボット兵器なわけだ。

そして、俺と言う敵将に対して安易な機動戦など通用しないことを知っている。

だから、グリアソンは足を止めて持久戦を戦わざるを得ない。

 

 

「・・・だが悪いな、グリアソン」

 

 

覚えているかもしれないが、俺は電撃戦よりも浸透戦の方が得意だ。

目前の戦場だけでなく、戦局全体を見渡して手薄な拠点や防御上の死角を見つけ、必要な兵力を投入して敵軍に致命打を与える戦い方、いわゆる出血戦だ。

6年前、旧連合との戦いで出血戦による遅延戦闘を提案したのも俺だ。

 

 

そして今回の場合、防御上の死角とはどこか?

少なくとも、新グラニクスに展開しているグリアソン軍では無い。

それは・・・。

 

 

「コーヒーをお持ちしました」

「・・・ああ」

 

 

思案に耽っていると、従卒のオクトーがコーヒーを持ってきた。

俺はそれに口を付けると、執務室の窓から「外」を見る。

そこには、無限の雲海が広がっていた・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

私が自ら軍を率いて(実務は全てレミーナ元帥が執っていますが)エリジウム大陸に再びやってきたのには、いくつか理由があります。

公的な理由としては、もちろん女王としての政治的姿勢を示すためです。

 

 

理由はどうあれ、女王が自分の領地から追い出されたのは確かですから。

女王自らが領地の治安を取り戻し、かつ事件の原因究明を進めて主導性を示さねばなりません。

特にここブロントポリスは、「リュケスティス総督の叛乱」の第一幕として有名です。

なので、ブロントポリスの民は私の進駐に怯えていた面もあったのですが・・・。

 

 

「私は、ブロントポリスの民の罪を問いに来たわけではありません」

 

 

ブロントポリス空港で記者団を通じてそう表明することで民の恐怖心を取り除き、都市の政治・軍事機能の掌握を進めることに成功します。

とは言え、都市ごと襲ってきたという記憶は真新しく、正直怖いです。

 

 

「何とか一命を取り留められて、良かったですわ・・・と、言って良いのかはわかりませんけれど・・・」

「いえ、提督も陛下がご無事で喜んでいることでしょう」

 

 

本国艦隊が制圧して駐留軍を一時的に武装解除した、ブロントポリス軍港内の軍病院。

そこには、ガイウス・マリウス提督を始めとする王国軍の負傷者が多数入院しているのです。

事件の収束後、リュケスティス総督は直属部隊の一部を割いて被害状況の把握に務めていたようです。

しかし対外的には、あくまでも本国軍が行ったことになっています・・・。

 

 

「一刻も早い回復を、祈っています」

「ありがとうございます、陛下」

 

 

そう言って頭を下げて来るのは、ガイウス提督の養い子であるユリアヌス少年です。

この亜麻色の髪の少年は、あの混乱の中で負傷したガイウス提督を連れて脱出を図り、ガイウス提督の旧部下の方の所まで連れて行くことに成功したのだそうです。

ガイウス提督ご自身は、意識不明の重体ですが・・・。

 

 

この軍病院には、ガイウス提督以外にも多くの兵士が入院しています。

その中には、私を守って戦った近衛や親衛隊の方々もいて・・・本当に、ちゃんとした治療を受けなければ間に合わなかった方もおられるとか。

その意味では・・・総督の処置が早かったと言うことでしょう。

 

 

「皆様の忠誠に、感謝致します」

 

 

公務としての軍病院の慰問も、自ら軍を率いて来た理由の一つ。

フェイトを含めた生存者の捜索・・・ここには、フェイトはいませんでしたけど。

それに・・・。

 

 

・・・それに、もう会えなくなってしまった人達のことも。

想わないわけには、いきませんから。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

心のどこかで、今回も大丈夫だろうと思っていた。

だが現実には、そこまで都合の良い結果が二度も三度も続くはずが無いことも知っていた。

だから、覚悟はできていた。

 

 

「・・・『ブリュンヒルデ』に運んでくれ、丁重に頼む」

「了解しました」

 

 

軍病院の霊安室、だが私の前から「それ」を乗せた台車を押して行ったのは、病院関係者では無い。

専門の訓練を受けた、工兵だ。

本来ならここから運び出されるのは死人なので、軍医や看護兵などが行うべきなのだが・・・。

 

 

まぁ、単純な話で・・・今、私の目の前から運ばれたのは、人間じゃ無いからな。

それは「田中Ⅱ世(セコーンド)」と言うロボットで・・・私の家族だ。

・・・そう言えば、今回はあの台詞、言っていなかった物な。

 

 

「・・・だが、私はお前を誇りに思う」

 

 

私の手には、ゴツいサングラスのような映像装置がある。

田中Ⅱ世(セコーンド)の頭部に接続して、最後の様子の映像データを見るための機械。

端的に言えば、私は田中Ⅱ世(セコーンド)の最後の記憶を見ていたわけだが・・・。

正確には、もう1人。

 

 

「・・・転移符で飛んで来るんじゃ無かったのか、お前は」

 

 

まぁ、こいつは1人と言うか1体と言うか微妙だが、とにかく、私の家族には違いない。

所々にドス黒い悪魔の魔力の痕跡を残している人形の残骸を眺めながら、呟く。

自信満々で明言したくせに、実はあんまり実行しない、曖昧な奴だからな。

・・・予備の人形に宿って戻って来ない所を見ると、何か良くない事情があるのだろう。

 

 

そして田中Ⅱ世(セコーンド)や晴明の他にも、近衛騎士団や親衛隊にも多くの犠牲者が出ている。

ブロントポリスの制圧までは曖昧な情報しか入って来なかったが、ここに来て確定情報になってしまったわけだ。

・・・傭兵隊に死者がいないのが、何とも部隊の特色を現しているようだな。

 

 

「・・・で、お前も死んだのか」

 

 

近衛の遺体の安置所を進めば、そこには見知った顔もいた。

近衛騎士団副主席、ジョリィ。

・・・いろいろな意味で、アリアと一番深く付き合いのあった近衛騎士だったな。

 

 

言いたいことも無くは無いが、別に絶対に言わなくてはならないことでも無い。

静かに目を閉じて祈って・・・それだけだ。

それ以上に、何がいる。

 

 

「・・・さて、と」

 

 

さらに奥に進むと、先の事件で私達が倒した黒マスクの総督府兵の遺体が安置されている場所がある。

そこは、ある事情で魔導技術により封印が施されていて・・・。

 

 

「明日の朝には新グラニクスに出発だからな・・・手早く、済ませるか」

 

 

ゴキンッ、と右手を鳴らして・・・私は安置室の扉を閉める。

そんな私の目の前には、安置・・・と言うより封印されていた350の総督府兵の身体から滲み出た黒いナニカが寄り集まって出来た、魔力の塊が存在していた・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

その日の夕方には、2度に渡るロボット兵による突撃戦が行われた。

迫撃砲による局所集中砲撃による援護もあって、数ヵ所で敵の塹壕を突破・占領することに成功する。

それを支えたのは装輪車による機動的な兵力移動と十分な補給、本国軍の優位性を示したことになる。

 

 

だが、あまりにも奇妙だ。

最初の1週間はこちらの機動戦術も完璧に読まれていたため、効果的な戦果を上げることができなかった。

しかし今日に限って、急激に敵の戦意が減退していると感じる。

何しろ、兵の多くが持ち場を死守せずに逃走するか降伏するかと言う状態なのだから。

 

 

「・・・リュケスティスの指揮下にある軍にしては、おかしい」

 

 

こちらの戦術行動に対処することなく、常に後手に回るなどリュケスティスらしく無い。

リュケスティスであれば、俺の機動戦の目標地点を的確に見抜いて必要な兵力を投入するだろうに。

・・・あまりにも、兵の動きが違い過ぎる。

まるで、指揮官が変わったかのような・・・。

 

 

「元帥閣下、敵軍より通信です!」

「・・・・・・リュケスティスか?」

 

 

敵、と言う単語に少し不機嫌になるのを自覚するが、口には出さない。

リュケスティスが実情はどうあれ、叛逆行為を行っているのは確かなのだから、部下の通信士官を怒鳴りつけるわけにはいかない。

その代わり無言で、通信士官の持ってきた通信文を受け取る。

 

 

するとそれは、通信文と言うよりは我が軍の前線指揮官の連名での報告文で・・・。

・・・何、だと?

 

 

「・・・降伏、だと!?」

 

 

そこには、総督府軍の塹壕の奥深くまで進んでいた我が軍の前線部隊からの報告が記されている。

すなわち、正面に展開している総督府軍が降伏を申し入れて来たと言うのだ。

わからない、ここで降伏だと?

 

 

リュケスティスが降伏するような男で無いことは俺が一番良く知っているし、このタイミングでの降伏に意味があるとも思えない。

いったい、どう言うつもりだ・・・?

急に動きが変化した総督府軍、そして突然の降伏・・・。

 

 

「・・・総督府軍、の・・・」

 

 

・・・そうか、しまった!

 

 

「降伏を申し入れて来た総督府軍の司令官の名前は、わかるか!?」

「は、それが・・・何分、前線部隊からの急な報告なので・・・」

「調べろ、すぐにだ!!」

「は・・・ははっ!」

 

 

しまった・・・そうか、そう言うことかリュケスティス!

お前は・・・いったい、いつから。

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

3日ほど前からだよ、グリアソン。

数日前からそこには、俺はいなかったのさ。

司令部に2日分の策のみ授けて、後は降伏するように命じておいた。

時間的には、昨日の午後6時には総督府軍の主力はグリアソンに降伏したはずだ。

・・・グリアソンなら、兵達を悪いようにはしないだろう。

 

 

俺は最初から、最短の時間と最小の犠牲でこの内乱が終結するように手を打ってある。

叛逆や内戦など、我が女王にとってはマイナスでしか無い。

そうである以上、他の諸国・諸勢力が動き出す前に終結させる前提で動かなければならない。

 

 

「・・・時間か」

 

 

朝の5時、薄暗い私室のベッドの上から降りて、傍の椅子にかけておいた軍服を着込む。

着慣れた軍服ではあるが、それも今日で着収めかと思うと不思議な感慨を感じなくも無い。

 

 

・・・いや、感傷だな。

それに、まだ俺の負けが決定したわけでも無い。

そう、俺はまだ・・・負けを認めたわけでは無いのだから。

 

 

「・・・お時間ですか?」

 

 

その時、ベッドの上でシーツの塊がかすかに動き、金髪の少女が気だるげに身体を起こすのがわかった。

シーツで身体を包むようにしながら上半身を起こし、前髪を片手でかき上げるような仕草をする。

なかなか艶めいた行為だが、俺は特に何も感じない。

 

 

軍服をきっちりと着込んだ上で、机の上に置いておいた銃を手に取る。

弾倉を確認し、再度装填する。

そしてそれを・・・ベッドの上の半裸の少女―――オクトーに向ける。

 

 

「・・・何のつもりでしょうか?」

「・・・」

「あれ・・・もしかして、バレちゃってますでしょうか?」

 

 

特に答えず、一夜を共にした少女・・・少女の皮を被った何者かに対して銃口を向ける。

この娘は、突然、俺の従卒として配属されたわけだが・・・。

書類上は確かに配属されているが、人事部に彼女の顔を知っている者は存在しなかった。

それどころか、総督府内で彼女のことを知っている人間はいない。

すれ違ったはずの人間ですら、次の瞬間には彼女を意識の外に置いてしまっているのだ。

 

 

そして、ブロントポリスの事件の前後に急に軍籍を取得している。

普通、そんな人材を総督の従卒にしたりはしない。

しかも、審査された形跡すら無い。

明らかに、普通では無い。

 

 

「・・・でも、確か人間の男性は肌を重ねた女性を殺せないんですよね?」

「・・・・・・悪いが」

 

 

邪気の無い笑みを浮かべるオクトーに対し、俺は言う。

普通の男ならば、確かにそう言うこともあるだろうな。

グリアソンなどは、特に。

 

 

「俺は、女が嫌いだ」

 

 

引き金を引いて、迷うことなく撃つ。

次の瞬間、シーツが舞う。

シーツの陰から飛び出してきたオクトーは、そのまま壁を蹴って俺の懐へ。

 

 

脇腹に、灼熱感が走った。

 

 

見れば・・・少女の爪、いや、「骨」が伸びて槍のようになっていた。

細い「骨」の槍が3本、俺の脇腹に刺さっている。

白い「骨」に、赤い液体が滴り落ちて・・・俺は。

 

 

「見たことありますか、総督閣下。「Ⅰ」の生体兵装と言う奴らしいですよ、コレ」

「・・・っ」

「人間って、たまに妙な物を造りますよね・・・神気取りで」

 

 

クスクスと笑いながらも、指先を捻って傷口を抉るのを忘れない。

昨夜に初めて知ったことだが、この女、意外とネチっこい。

そしてその額に、俺は銃口を押し付けた。

正直な所、俺はこの女が何なのかは知らない。

だが、少なくとも正規兵で無いことは確かだ。

 

 

タァンッ!

 

 

額に押し当てた銃を、迷い無く撃つ。

脳漿と血液が飛び散り、少女の身体が転がる。

 

 

「地獄で、お待ちしておりますわ」

 

 

上半分を失った顔が、最後にそう言った。

衝撃で折れた「骨」の槍を引き抜くと、血管でも傷付けたのか・・・血が噴き出した。

・・・赤いな。

 

 

深く息を吐いて・・・俺は上着を脱ぎ、新しい軍服の上着をクローゼットから取り出して着替える。

その際、適当な白い布を腹に巻いて血を止めておいた。

軍医にかかれば良いのだろうが、俺は医者も嫌いだ。

それに、どうせ地獄に行くのだからな・・・医者にかかろうとかかるまいと同じだろう。

 

 

「そ、総督・・・」

 

 

扉の外に出ると、銃声を聞きつけたのか、衛兵が集まっていた。

適当な命令を与えて追い散らして、俺は私室から艦橋へと向かった。

そう、艦橋だ。

俺は新グラニクスの陸軍では無く、少数の艦隊を率いて・・・ブロントポリスにいる。

 

 

艦橋のモニターには、数キロ先のブロントポリス軍港―――レーダーの死角―――から離陸する、白銀の艦が映っていた・・・。

・・・今なら、何があっても俺の責任にできる。

動くなら、今しか無いだろう。

後は、時間との勝負か。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

日が昇ってまだ間も無い時間に、ブロントポリスを離れます。

ブロントポリスだけで無く、再制圧したか無防備・降伏を宣言した都市を訪問しつつの新グラニクス行になりますので・・・。

 

 

それに先の事件の際、都市中が私を襲った理由が不明と言うのも理由の一つです。

ただしそれは、エヴァさんがある程度の解答を得てくれているようなのですが・・・。

 

 

「総督府兵の遺体の脳髄の中に、こう言うのがいた」

 

 

軍港から離陸する『ブリュンヒルデ』、その私の私室の中で、エヴァさんはそう私に説明します。

エヴァさんの手には小さな試験管が握られていて、その中にはウネウネと動く黒いミミズのような生き物がいます。

・・・生き物、であってるんですよね・・・?

 

 

「正確には生き物じゃ無い。単なる魔力の塊で、強力な夢魔が獲物に残していくことがある物だ」

「夢魔・・・ですか」

「ああ、悪魔だな・・・心当たり、あるだろ」

「・・・」

 

 

ここからはエヴァさんの推測ですが、例の噂が異常な定着を見せたのも、夢魔のせいでは無いかとのことです。

夢に何度も見せることで噂を絶やさないようにし、かつブロントポリスの住人には催眠魔法との併用で眠ったまま私を襲わせたのだとか。

 

 

「あの時の総督府兵や民の連中には、私達が魔物か何かに見えてたんじゃないか」

「・・・王都の人達の頭の中にも、ある、のですか?」

「何割かの人間にはあるだろうな・・・取り除くには、対象の夢魔を倒すしか無い。ただ、夢魔に接触するのはかなり難しいんだよな・・・」

 

 

難しそうな顔で腕組みしつつ、エヴァさんが頭を捻ります。

私としても、看過できない問題なのですが・・・クルトおじ様に言わせれば、これも私の行為の一つの結果と言うことになるのでしょうね・・・。

 

 

王都に残してきた赤ちゃんのことも、急に心配になってきました。

茶々丸さん達がついていてくれているので、大丈夫でしょうけど・・・。

・・・そんな私の片手は、胸元のカードを触っていて。

自分の優柔不断さが、今は凄く嫌です。

優先順位は、はっきりしているはずなのに。

 

 

「・・・アリア」

「はい」

 

 

顔を上げると、エヴァさんが椅子の肘置きに頬杖をつきながら私を見ていました。

何と言うか・・・観察されていると言うか、思案されていると言うか、見透かされているような気分になる、そんな視線でした。

 

 

「お前、さ・・・もしかして、お前が中途半端にぼーや達を庇ってるのって、もしかして・・・」

「・・・はい」

「もしかして、超の・・・」

 

 

エヴァさんが、その名前を言葉にしようとした・・・。

その時、『ブリュンヒルデ』が揺れました。

何と言うか、何か大きな物にぶつけられたかのような、そんな揺れでした。

 

 

「何事だ!?」

 

 

私がベッドの端に捕まっている前で、エヴァさんが通信機を殴るように操作しているのが見えました。

どれほど揺れていても、エヴァさんは立っていられるんですよね・・・。

程なくして、艦橋から通信が帰って来ました。

 

 

『艦底部・・・真下からっス!』

「何がだ!? 主語をつけて喋れ!」

『潜空艦・・・穴ぁ開けられたっス! は、白兵戦・・・マジっスかー!?』

 

 

副長の声が、通信機と通して部屋に響き渡ります。

せ、潜空艦・・・白兵戦。

・・・そう、ですか。

 

 

「エヴァさん」

「何だ?」

「申し訳ありませんけど・・・」

 

 

心当たりは、2つ。

女王としての対応と個人としての対応。

優先すべきコト。

 

 

「着替えを、手伝って頂けませんか?」

 

 

時間が経つごとに、何故か自体は面倒になっていきます。

 

 

 

 

 

Side 茶々丸

 

アリアさんは最後まで悩んでいたようですが、流石に戦場と思しき場所にお子様を連れて行くわけには参りません。

なので当然、王都に残して行かれることになります。

 

 

結果アリアさんの即位以来初のことながら、私がアリアさんに随行しないと言う事態になりました。

公的には、王室の育児部屋(ナーサリールーム)に所属する私とナースメイド数名でお世話をするのですが、個人的にアリアさんの赤ちゃんをアリカ様とナギ様の私室にお連れすることもあります。

その際、アリカ様は人払いをした上でデレます。

でも実は、私はナギ様の方がデレておられるのでは無いかと思っております。

 

 

「・・・やっと、休まれましたね」

 

 

起こさないように呟く私の目の前には、ベビーベッドの上ですやすやと眠っている生後1ヵ月の赤ちゃん。

ふわふわの白い髪と、ふっくらしたほっぺがとても愛らしいです。

・・・が、実は先程まで物凄い声量でお泣きになられておりました。

 

 

生後1ヵ月を過ぎた赤ちゃんは、基本的に2時間から3時間ほどで目を覚ましてミルクを求めます。

その他、多くの理由で泣かれますが、実は理由も無く泣いておられることもあります。

この時期、普通の母親の方々はノイローゼになることが多いそうです。

ちなみに、私にノイローゼなどあり得ません。

なので、何時間でもお世話(ろくが)することができます。

 

 

「皆さんも、お疲れ様でした」

「「「お疲れ様でした」」」

 

 

赤ちゃんを起こさない声量で、私は後ろの数人のナースメイドに声をかけます。

とは言え、他のナースメイドの方々は普通の人間です。

体力を含めた能力の高さで王子殿下のナースメイドに選ばれたとは言え、疲れも溜まります。

 

 

「1時間半で夜勤も終了です。交代までもう少し、頑張ってください」

 

 

なので、交代制で人員を回していくしかありません。

私一人で全てのことをできるわけではありませんので、サポートは重要です。

ミルクの準備、おむつを含めた備品の補充、清掃と食事・・・様々な仕事がありますので。

通常は、母親一人で全てを行うのですが・・・母親は偉大です。

その意味では、アリアさんは母親としての苦労の半分程は体感される機会が無いのかもしれません。

 

 

「女官長、侍従長がお呼びです」

 

 

その時、パタパタと入室してきた金髪のナースメイドが、私にそう告げました。

相手はデカさんで、細面の若い女性・・・デカさんです。

なお、王子のお世話をするナースメイドは基本的に美人揃いです。

しかし、クママさんがこんな早朝に何の用でしょうか?

 

 

「何でも、王子殿下のミルクについて相談したいと・・・仕入れ先に問題があったとか」

「・・・そうですか、わかりました。それならば、私が必要ですね」

 

 

アリアさんがいない場合、市販(無論、王室御用達(ロイヤルワラント)のお店ですが)の物を使用しております。

ここの所ご機嫌斜めなのは、そのせいかもしれませんね。

 

 

「では、少しの間、お願いしますね」

「「「畏まりました、女官長」」」

 

 

ナースメイドの皆さんに後を任せて、私は育児部屋(ナーサリールーム)を後にします。

それから、デカさんに確認したクママさんの居場所へ向かいます・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

デカ・・・そう、その少女の名はデカと言う。

綺麗な金髪を短く切り揃えた育児侍女(ナースメイド)は、非常に端正な顔の造りをしている。

育児責任者(ナース)である絡繰茶々丸が育児部屋(ナーサリールーム)から出て行った後、彼女は部屋の中を見渡した。

 

 

そこには彼女の仕事仲間(ナースメイド)達が3人、いた。

それを視界に収めて、デカ・・・10匹目(デカ)は、邪気の無い笑みを浮かべる。

さらに視界を巡らせれば、そこには「目的のモノ」もいる。

 

 

「・・・? どうしたの、デカ、キョロキョロし」

 

 

仕事仲間(ナースメイド)の一人の言葉は、最後まで続かなかった。

10匹目(デカ)が、その仕事仲間(ナースメイド)の少女の薄い肩を掴んで頭部に噛み付いたから。

大きく口を開けて・・・噛り付いていたからだ。

 

 

その歯が、まるで分厚いナイフのように太く長く伸びて、仕事仲間(ナースメイド)の少女の頭蓋骨を貫いて、脳を破壊してしまったからだ。

ブシッ・・・血が吹き出し、鈍い音を立てて歯が折れて・・・仕事仲間(ナースメイド)の少女だったモノが倒れる。

 

 

「え・・・う、く」

「・・・き」

 

 

驚きに声を上げつつもロングスカートの下から武器を取ろうとした侍女と、ただ悲鳴を上げようとしただけの侍女。

しかし、結末は同じ・・・折れた歯―――ナイフのような―――を投げつけ、喉を裂いたから。

右と左のそれぞれの首から血を吹きだして、残りの2人は声も上げずに倒れた。

優しい色合いで作られた育児部屋(ナーサリールーム)の壁は、瞬く間に赤く染められた。

 

 

10匹目(デカ)は金の髪や清楚な侍女服を朱色に染めながら、口の中の肉と血を嚥下し、笑みを浮かべる。

ゴキッ、ゴリッ・・・とかすかな鈍い音がしたかと思えば、彼女の顔立ちが、骨格が変化する。

見る者が見れば・・・「女王に似ている」と評しただろう顔立ちに、変化する。

どうやら、それが本来の顔立ちらしかった。

 

 

「人間もたまには、面白いモノを造る」

 

 

皮肉気にそう呟いて、10匹目(デカ)は「目的のモノ」へと近づいて行く。

ベビーベッドの上ですやすやと眠る・・・「ウェスペルタティアの王子殿下」の下へと。

 

 

「ご安心・・・殺しはしません。夢を見れなくなっては9匹目(エンネア)の餌にならない・・・」

 

 

むしろ優しげに伸ばした指先には、怪しく蠢く黒いナニカ。

それは夢魔のマーキング、対象の夢に干渉する証・・・。

遠く、エリジウムの地より来る指令に従い。

 

 

彼女は・・・10匹目(デカ)は、それを。

それを、白い髪の小さな命に植え・・・。

 

 

「・・・それは、無理だよ」

 

 

そんな10匹目(デカ)の腕を・・・。

 

 

「それはできない、何故なら・・・」

 

 

独特な髪形をした白い髪の青年が、掴んだ。

無機質な瞳に、金髪の少女の姿を模した悪魔を映して。

ギシッ・・・と、掴まれた少女の腕が軋む。

 

 

「僕が、いるから」

 

 

パリッ・・・と、青年の身体に電流のような物が走った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

オスティア中央病院の一画に、特に厳重な警備体制が敷かれている区画が存在する。

そこは特別な難病治療を目的に設立された区画であり・・・少ないながらも、「入院」患者も存在する。

特別科と呼称されることもあるその区画の、地上6階に面した特別病室。

 

 

その部屋の中心には、滑らかな流線形の青いカプセルのような物がある。

不思議な液体で満たされたそれは横に置かれており、一見すればベッドのようにも見える。

口元や腕に呼吸と栄養補給のための器具を取りつけられた少女がいる。

女王に良く似た風貌を持つその少女は、「S-06」と言う名前だった。

不意に、カプセルの中でその少女が目を開く。

 

 

「・・・」

 

 

口がかすかに動き、ゴポポッ、と水中で泡が立つ。

本来なら紫のその瞳は、今は深紅に輝いている。

水中で口や腕の器具を引き抜くと、その少女・・・「S-06」は拳を二度ほど開いて閉じて・・・。

 

 

軍用の強化ガラスで出来たカプセルを、殴りつけた。

 

 

罅が入り、徐々に広がり・・・二撃目で、完全に粉砕した。

青い不思議な液体が病室の床に流れ落ち、危機を察知した警報機が鳴り響く。

赤い警報電灯が明滅うる中で、少女は病室の床に降り立った。

 

 

「ヤット、カラダヲミツケタ」

 

 

少女の口から紡がれるのは、皺がれた別人の声。

5匹目(ペンテ)と言う名のそれは、自分が「借り受ける」身体を手に入れて笑みを浮かべる。

彼女は鳴り響く警報に耳を澄ませて笑みを浮かべた後、カプセルの水やガラスの残骸が散らばった床の上を裸足で歩き出した。

 

 

「サテ・・・さテ、とりあエズはエさでも探し・・・」

 

 

徐々に慣れてきたのか、言葉のアクセントも修正されているようだった。

だが、それも口を閉ざしてしまっては意味が無かった。

それもそのはずで、彼女の目の前には。

 

 

「ああ・・・助かったよ。かくれんぼは趣味じゃなくてね・・・」

 

 

何故か、シャツの前を開いて肌を露出している・・・独特の髪形をした白い髪の青年がいたから。

見る者が見れば、シャツの端に付着した一本の赤い髪に気付いたかもしれない。

彼は、シニカルな笑みを浮かべて・・・「S-06」もとい、5匹目(ペンテ)を見つめている。

 

 

「それに早朝と言うのも良い。うるさい女がいなくてやりやすい・・・まぁ、沈めたのは僕だけど」

 

 

警報色よりも赤い、深い色の炎を指のリングから吹き出しながら・・・。

両手を、挑発的に広げて。

 

 

「まぁ・・・手早く済まそう」

 

 

ゴッ・・・青年の身体を、紅蓮の炎が包み込んだ。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第32回広報:


アーシェ:
はい、私でーす。
茶々丸室長に毎日のように呼び出されては王子殿下の写真撮らされてます。
・・・上下関係って、切ないね!
いや、嫌なわけじゃないんだけどね!?


・トリスタン
ウェスペルタティア王国の西方に位置する中立国。旧メセンブリーナ連合加盟国で、人口は約800万人の小国。
経済的・軍事的に存在感があるわけでは無いが、ウェスペルタティア・メガロメセンブリアの休戦交渉が持たれて以来、「トリスタン条約」締結など、国際会議場の提供を行うことによって特殊な地位を築いている。
アリアドネー・エオスなどの中立諸国と「非同盟運動」を展開する国家でもあるが、隣接するウェスペルタティア王国の存在が、同国の存在を揺さぶっている状態でもある。
国内政治は、親ウェスペルタティア王国派・中立堅持派・親メガロメセンブリア派の3派で3分割され、前者2者が連立する中道右派政権が過去6年間に渡って続いている。
王国から直接の経済援助は受けていないが、人員交流と言う名目で研修生の交換を行い、事実上の技術支援を受けている。


アーシェ:
えー、そろそろ、いろいろと終わりそうです。
では、またお会いしましょう~。

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