魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第36話「ココロのカタチ」

Side アリカ

 

・・・目を覚ますとそこには、気の抜けたような赤毛の男の寝顔があった。

毎夜、いろいろなことを気に病んで―――子供らのことや民のこと―――眠りについたとしても、朝になって目覚めれば同じ顔が目に入る。

 

 

それはこの赤毛の愛しい夫・・・ナギと結ばれてから、一時期を除いて変わらぬ日課でもある。

朝になれば、この夫(バカ)の寝顔が私を安心させてくれるのじゃ。

もう一日、頑張ってみようと思わせてくれるのじゃ。

・・・面白くないし、何よりも恥ずかしいので口には出さぬが。

 

 

「・・・こやつも、たまには妻や娘より早起きしたらどうなのじゃ・・・?」

 

 

などと小声で漏らしながら、私は指先で同じベッドで眠るナギの頬をつついてみる。

口を開けて眠る夫は、しかし私の行為にも目を覚まさない。

ナギはこう見えても、かなり鋭い男じゃ。

危機が迫れば、即座に起きる。

 

 

しかし危機を感じられなければ、基本的に何をしても起きぬ。

例外は新婚の時の・・・いや、まぁ、それよりも。

私が何をしても起きないのは、裏を返せば受け入れられていると言うことで。

どうしようも無く、胸の奥が温かくなる。

 

 

「さ、さて、孫の様子でも見に行くかの・・・」

 

 

年甲斐も無くはしたないことをしてしまったの、早う起きて王子の様子を見に行くとしよう。

ベッドの上で上半身を起こし、シルクのネグリジェに包まれた身体を伸ばす。

んっ・・・!

 

 

「・・・娘の頼みじゃしの」

 

 

アリアは公務及び軍務でエリジウムに行っておる。

その間どうか王子のことを頼むと、繰り返し38回ほど頼まれた。

回数はともかく、あのアリアが。

 

 

あのアリアが、娘が初めて私に頼みごとをしてくれたのじゃ。

気負うなと言うのが、無理じゃろう。

戦地に赴いておるアリア自身のことも気になるが、女王としての職務とあればやむを得ない。

王は時として、自身の命を危険の中に投げ込む必要もあるからじゃ。

 

 

「ナギは・・・まぁ、もう少し寝ておるか」

 

 

口を開けて、か~・・・と寝ておるナギの額に唇を軽く当てて、私はベッドから降りた。

それから、ベッド脇のテーブルの置かれた鈴を鳴らし・・・。

 

 

ズ、ズン・・・!

 

 

・・・鈴を鳴らして侍女を呼ぼうとした瞬間、私は2つの衝撃に見舞われた。

一つは、宰相府全体が揺れたのでは無いかと思ってしまうような大きな破裂音。

もう一つは・・・。

 

 

「・・・何か、物騒な音が聞こえた気がしたんだが」

「な、ななな・・・な?」

 

 

急に引っ張られて、ナギに抱かれておったことじゃ。

後ろから抱きすくめられるような形になり、急なことに私は混乱することになった。

・・・と言うか、起きたのか、今?

 

 

「ん~・・・何があったんだろうな?」

「・・・さ、さぁの、確認せねばな」

 

 

新婚の娘ではあるまいに、流石にそれ以上はうろたえぬが。

う、うむ、平常心じゃ・・・。

・・・それに、本当に何があったのか。

 

 

王子・・・そう、王子じゃ!

すぐに、無事を確認せねば・・・!

 

 

 

 

 

Side 5(クゥィントゥム)

 

骨が武器、と言うのはなかなかにユニークではあるね。

人間には約206の骨があるらしいけれど、どの程度を武器とできるのかな。

仮に骨を再生できるとすれば、なかなかに面倒なのだけれど。

 

 

「思考加速・・・」

 

 

支援魔導機械(デバイス)、『頭の中の小さき人』。

チョーカー型のこの支援魔導機械(デバイス)は、一定の思考加速・身体強化を僕に施すことができる。

雷化ほどでは無いが、速力を高める効果もある。

 

 

腕の骨を剣へと変化した侍女は、僕にしれを突き出してくる。

僕はそれを拳で捌く、相手の右手が突き出されれば右手の甲で、左手の剣が突き出されれば同じ手の掌で弾き、いなしてかわす。

剣に込められた威力が抜けて、僕の背後の壁や調度品、窓を破壊するのを感じる。

だけど、それは究極的には関係ない。

 

 

「王子を守りながらで・・・どこまで持ちますかねぇ!?」

「・・・どこまでもさ」

 

 

相手の言葉にそう答える僕の左腕には、小さな赤ん坊が抱かれている。

生後1ヶ月、守るのにこれほど苦労する対象はいない。

首の骨がすわっていないような赤ん坊だ、激しい運動などできるわけが無い。

だから足を止めて、相手の攻撃を紙一重で逸らすことしかできない。

右腕のみを動かし、左腕は一切、動かさない。

 

 

「・・・」

 

 

赤ん坊・・・ウェスペルタティアの王子は、とっくに目を覚ましている。

覚ましているんだけど、泣きもせずに不思議そうな目で僕を見ている。

現在の僕の護衛対象であり、そして・・・。

 

 

アーウェルンクスの血を引く、初めての存在。

 

 

女王陛下(あねうえ)は申された、守れと。

ならば守ろう、僕の仮初の命に代えても。

 

 

「クゥィントゥム殿!」

「むうっ、曲者め!」

 

 

その時、育児部屋(ナーサリールーム)の扉から武装した近衛騎士達が押し入ってきた。

僕の立場から言わせれば、救援が来たと言うべきなのかもしれないけれど。

 

 

「アハッ・・・!」

 

 

侍女は両手の骨の剣を一旦収めて僕から離れると、両手を自分の腹部に突き刺した。

跳躍、宙を舞い、口の端から赤い液体を流しながら・・・骨、肋骨を複数本、引き抜いた。

それがナイフのような形状に変わり、投擲。

彼女が着地する頃には、最初に踏み込んで来た騎士達の喉に骨のナイフが刺さっている・・・。

 

 

「・・・あー」

 

 

・・・王子の声に応じたわけじゃ無いけれど、僕は壊れた壁から外へと跳んだ。

このままここにいても、状況は打開できない。

3階、だけど僕にとっては1階から飛び降りるも同じだ。

王子に負担をかけないよう、柔らかく着地する。

 

 

背中に、何かが刺さる。

 

 

王子に配慮してゆっくりと降りたのが、不味かったらしいね。

ツ・・・口の端から何かが漏れるのを感じながら、後ろを振り向く。

朱に塗れた侍女が、唇を歪めて宙に浮いている。

左右の手を振り、骨の刃物を投げつけてくる。

王子に負担をかけないよう、ゆっくりと後ろに下がる。

 

 

「・・・あー」

 

 

何だい、アーウェルンクスの子。

僕を応援でもしているのか、だとすればキミは大物だよ。

先が楽しみだね。

 

 

「アッハァ―――――!!」

 

 

両手に骨の刃物を大量に持った侍女が、それを一度に投げてくる。

とんっ・・・背中には、中庭の終わり、つまりは壁。

一瞬、次の行動の選択が遅れる。

遅れた分、回避が遅れる。

 

 

思考の結果、僕は王子を両手で抱いて後ろを向く。

この仮初の身体を、盾にする。

 

 

「・・・あー」

 

 

その時、耳に届いたのは王子の声、そして視界には・・・。

・・・灰銀色。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

骨遣いの侍女・・・10匹目(デカ)が最後に投げた骨の数は、36本。

それは的確に標的を貫き―――この時点で、目的の赤ん坊は眼中に無い―――周囲の庭や壁をも巻き込んで、粉砕した。

 

 

普通の人間であれば、とても生きていられるはずも無い。

ガラガラと崩れ落ちる壁を空から見下ろしながら、10匹目(デカ)は笑みを浮かべる。

この場合、悪魔の本能である破壊衝動の充足が優先され・・・。

 

 

「・・・!」

 

 

その時、様子がおかしいことに気付く。

骨の剣の嵐が引き起こした煙が晴れた後・・・そこには、灰銀色の大きな塊がいた。

それが狼だと判断するのに、そう時間はかからなかった。

灰銀色の巨狼はその巨体を盾とし、2つの命を守った。

 

 

小さな赤ん坊と、白髪の青年(クゥィントゥム)を。

灰銀色の巨狼の身体に、幾本かの骨のナイフが刺さっている。

身体の向きを変えて、空中の10匹目(デカ)を威嚇するように唸り声を上げ始める。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

不意に、涼やかな声が響く。

崩れた壁の向こうから聞こえたそれを追えば、そこには1人の女性がいた。

鮮やかなオレンジ色の髪、可憐さ扇情さを合わせたような赤いドレス。

大きな椅子に深く座り、長い脚を組んで・・・彼女は。

特徴的な色違いの瞳(オッドアイ)を開いて・・・。

 

 

「・・・うるさい」

 

 

同じ言葉を、二度繰り返した。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アスナ(明日菜)

 

何・・・本当にうるさい。

少し、静かにしてほしいんだけど・・・。

朝は、静かにすべき。

 

 

「何だ・・・オマエ」

 

 

今朝になって急に騒がしくなったと思ったら・・・部屋の壁が崩れた。

2階の部屋にしておけば良かったかな。

カムイが怒るし、変な騒動に巻き込まれるし・・・変な気配がする侍女はいるし。

 

 

アレ、何・・・悪魔か何か?

けど、かすかに私と同じ気配を感じるけど・・・。

 

 

「・・・あー」

「・・・」

 

 

サラ・・・と前髪を片手で流して、顔を動かす。

視界の先に、白髪の人形がいて・・・その腕の中に、赤ん坊。

ふわふわした白い髪の、赤ん坊。

 

 

「・・・」

 

 

・・・私と、同じ。

まぁ・・・頑張ってね。

 

 

『ちょ、助けなきゃでしょー!? 赤ちゃんよ赤ちゃん!』

 

 

・・・また、出てきた・・・。

本当に、うるさい。

溜息が出る、頭が少し痛い。

 

 

「・・・うるさい・・・」

 

 

呟いて、椅子から降りる。

立って歩いたのは、久しぶり。

外に出るのは、もっと久しぶり・・・。

 

 

「アッハァッ!!」

 

 

宙に浮いている変な侍女が、何かの束を投げてきた。

私は、それを追いながら・・・。

 

 

「・・・カムイ」

 

 

私の声に合わせて、カムイが咆哮する。

その咆哮は空気を震わせて、飛来した何かを弾き飛ばす。

弾かれたそれは空中で一瞬だけ、止まる。

 

 

一度きりの足場を使って、空を渡る。

・・・静かに。

 

 

「して」

 

 

左足、後ろから首に当てる。

右手、吹き飛びかけた侍女の右足を掴む。

侍女の身体から骨みたいな刃物、変な攻撃・・・でも。

本当に。

 

 

「うるさい」

 

 

骨に構わず、左手の指を侍女の頭に刺す。

そして、王家の魔力で・・・「潰す」。

これで終わり。

やっと、静かになる。

 

 

ぼんっ・・・と爆ぜる侍女の頭。

中の悪魔っぽい何かも、それで終わる。

ボトボトと血と肉が落ちる音を聞きながら、着地。

 

 

「・・・あー」

 

 

指の血を払いながら部屋に戻ると、途中で赤ん坊の声を聞いた。

私は数秒間だけ視線を固定した後、カムイと一緒に部屋に戻る。

カムイは触手で器用に骨を抜きながら、自分の傷を治療する。

 

 

「・・・お礼を言うべきなのかな」

「いらない」

 

 

やっと静かになる・・・そう思う。

けど、崩れた壁の向こう側に人が集まり始めた。

・・・静かに、してよ。

 

 

溜息を吐くと、カムイが大きな欠伸をした。

・・・赤ん坊も、一緒に。

 

 

 

 

 

Side 4(クゥァルトゥム)

 

S-06と言う女は、かの「Ⅰ」の唯一と言って良い生き残りだ。

フォエニクスを除くエリジウム大陸の研究施設にいる分は、まぁ、自我の無い人形に過ぎない。

あの「Ⅰ」が自我を持ち得た要因は、ひとえにアイネと言うリーダーの個性が影響したに過ぎない。

 

 

つまり、2番目(セクンドゥム)の残滓。

つまりは、アーウェルンクスと紛い物が混ざってできた副産物でしか無い。

まぁ・・・。

 

 

「アハハハハハハハッ!」

 

 

今は、そんなことはどうでも良い。

僕にとっては、王国だの「Ⅰ」だの、どうでも良い。

僕がここにいるのは、あくまでもあの女を僕の手で。

 

 

「ホラホラ、どうしたんだい・・・燃えてしまうよ!」

 

 

パチンッ・・・僕が指を鳴らすと、指輪型の支援魔導機械(デバイス)を通じて火の精霊が反応し、炎を生み出す。

『檻箱(スピリトゥス・ディシピュラ)』・・・魔法の込められた小さな箱型の支援魔導機械(デバイス)と併用することで、特別病室を炎で蹂躙することができる。

爆発と言う形で。

 

 

特別病室とやらは酷い惨事だったけれど、耐熱素材で覆われた病室では火災など起こらない。

地上6階のこの部屋は使い物にならなくなるだろうけれど、そんなことはそれこそ知ったことじゃ無い。

 

 

「グッ・・・!?」

「遅いなぁ」

 

 

爆炎から転がり出てきたS-06・・・の身体を乗っ取ったナニカを、追い討つ。

腕を掴み、膝に叩きつけて折り、燃やして、右拳を叩きつける。

相手が吹き飛び、特別病室の壁際に転がる。

 

 

その際、僕の右手の3つの支援魔導機械(デバイス)の指輪が割れる。

ガラスが割れるような音が響いて、力が消える。

 

 

「そレが無ケれバ、炎ハ出セナイようダナッ!」

 

 

それを見た相手が、ここぞとばかりに体勢を整えて飛び掛ってくる。

姿勢を低くして焼け焦げた病室の床を駆ける彼女に、僕は笑みを浮かべる。

懐から新しい指輪を取り出し、嵌める。

指輪に取り付けれた赤い宝石部分から、僕の魔力を吸って新たな炎が吹き出る。

 

 

「え、何だって?」

 

 

向かってきた相手の顔に、右足を叩き込む。

ミシリ、と鈍い音が響き、指先から脚へと炎が駆け上がり、顔を焼く。

 

 

「ヒぎャアああアアぁぁっ!?」

 

 

・・・ああ、良い声だ。

もっと、大きな声で。

楽しませてくれ。

 

 

「・・・ッ!!」

「む・・・」

 

 

と、思ったら・・・相手が僕の炎で崩れた壁から外へと逃げてしまったよ。

身体を焦げ付かせながら、地上6階からね。

ふ、ん・・・かくれんぼは、嫌いなんだけどね。

 

 

でも、鬼ごっこは好きだよ。

徐々に獲物が弱って行く所とか・・・良いよね。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

早朝とは言え、病院には人通りも多い。

そこへ、見るからに深い火傷を負った少女がズタボロの病院服姿で飛び込んで来れば、普通は騒ぎになるだろう。

 

 

ただ幸い、普通の病棟にも今は人が少ない。

特別病棟の方で余りにも爆発が続くので、避難が進んでいたためである。

それでも入院患者全員の避難は済んでおらず、所々に人も残っているが・・・。

 

 

「ゼッ・・・ぜっ・・・!」

 

 

5匹目(ペンテ)にとってそれはこの際、どうでも良いことだった。

むしろ、他の人間のことなど考えている暇も無い。

何故なら。

 

 

「・・・グェええああァァアぁっ!?」

 

 

突然、背後から炎が襲った。

その炎は的確に―――病棟自体にダメージを与え無いと言う意味で―――彼女の足を焼き、5匹目(ペンテ)は無様に床に転がった。

綺麗な金髪の端を焦がしながら、5匹目(ペンテ)は地面に手をついたまま背後を見る。

 

 

そこには、周辺の温度を数度上げるような熱を纏った、白髪の青年がいる。

特に急ぐでも無く、悠々と歩いて・・・。

 

 

「・・・追いかけっこにも、飽きた」

 

 

どこか苛立ったような目つきでそう呟いた次の瞬間、数十mの距離を瞬動で一気に詰めてくる。

青年・・・クゥァルトゥムは新しい指輪を右手に嵌めて、それを5匹目(ペンテ)に向ける。

身体の半分近く、手足や背中、顔を焼かれてしまった5匹目(ペンテ)には、もはやどうすることもできない。

ただ、慄くような目でクゥァルトゥムを見上げて・・・。

 

 

そして白髪の青年が、掌を握り。

・・・開こうとした瞬間。

 

 

「はい、ストップ」

 

 

その腕を、誰かが掴んだ。

5匹目(ペンテ)は、突然の闖入者を驚いたような目で見つめ。

クゥァルトゥムは、さらに苛立ったように目を細める。

 

 

「やりすぎよ、アンタ」

 

 

そこにいたのは、燃えるような赤毛の女性だった。

宝石のような鮮烈な輝きを放つ赤い瞳に、陶器のような白い肌、細い肢体。

少し乱れた髪を気にするように片手で撫で付ける彼女の胸元には、不思議な形のペンダントが揺れていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side アーニャ

 

まったく、急な避難指示で叩き起こされた時はどうしたのかと思ったわよ。

昨日の夜に着てたパジャマは使えなくなっちゃったから、新しいの出してガウンを羽織った。

で、外に出てみれば・・・これよ。

 

 

知ってる魔力が何度も爆ぜる音を聞いて来て見れば、アルトが大暴れしてるし。

しかも相手は、年下の女の子。

たぶん、アルトはアルトで任務的な何かなんだろうけど・・・。

 

 

「でも、コレはやり過ぎよ」

 

 

視線を動かせば、天井やら壁が焼け焦げた病院の廊下。

良く火事にならなかったわねとか思うけど、スプリンクラーとかが作動して水浸しだし。

熱反応タイプなのかしらね。

火事にならなかったって言っても、それと任務だって言っても、限度があるでしょ。

そんなんだから、友達いないのよ。

 

 

「・・・離せ」

「嫌よ、離したらまた暴れるでしょ」

「・・・」

「・・・」

 

 

掴んだ・・・って言うか、握ったって感じなんだけど・・・重ねた掌を挟んで、アルトと睨み合う。

アルトの側から熱の圧力が増すけど、私も『アラストール』で押し返す。

そのお互いの熱が作った空気の流れで、私の髪が舞う。

私とアルトの周囲の温度が上がるのを感じながら、でも私はアルトの手を離さない。

 

 

「女(アーニャ)・・・」

「・・・何よ、男(アルト)」

 

 

空気が、熱い。

熱を孕んだ風は、私とアルトが生み出した物。

・・・でも、退かない。

 

 

「・・・」

「・・・」

 

 

アルトに対して、私は絶対に退かない。

退いてはいけないと、直感的に理解してるから。

それが、私とアルトの関係。

 

 

その時、私とアルトのやり取りを見ていた女の子が、声も無く飛び掛ってきた。

 

 

私とアルトの意識がお互いから外れたのは、一瞬だけだったと思う。

視線が動いて、身体中に火傷を負った女の子が両手を振り上げているのを確認する。

次いで、私とアルトはそれぞれ自由な方の手を動かした。

私の左拳が、女の子の左脇腹を。

そしてアルトの右拳が、女の子の顔を殴り飛ばした。

 

 

「・・・ッ!?」

 

 

襲ってきた時と同じように、声も無く女の子が吹き飛ぶ。

病院の廊下と天井を2往復くらいした後、床に倒れて動かなくなった。

ピクピクしてるから、ただの気絶だと思うけど。

ふぅ、と息を吐くと、アルトと目が合った。

・・・相変わらず、目つき悪いわねー・・・だから誤解されやすいのね、人相悪くて。

 

 

「・・・離してくれないか?」

「嫌よ、離したらまた誰かに迷惑かけるんでしょ? 昨日は私の勝ちなんだから、言うこと聞きなさいよ」

「はぁ・・・? 昨日は僕の3勝だったはずだけど」

「はぁ!? 3勝は私でしょ!?」

「いや、僕だね」

 

 

え、何、コイツ・・・普通にムカつくんだけど。

良いわよ、じゃあ、今から白黒つけてやるわよこの野郎・・・!

 

 

 

 

 

Side リュケスティス

 

潜空艦を衝突させて強制的に接舷と言うのは、貴婦人に対してすることでは無いが。

まぁ、今回の場合は多少は大目に見てもらうとしよう。

 

 

ウェスペルタティア製の艦同志の戦闘、艦の性能は互角なのだから。

せめて、コレくらいの奇策は弄させて貰うとしよう。

でなければ、我が女王に対して礼を失すると言う物であろうよ。

 

 

「うひゃ~・・・大歓迎ですね、総督」

 

 

6年前のオスティア防衛戦以来、多くの戦場を共に駆けて来た幕僚がそう告げる。

大歓迎と言うのは、こちらを一つの区画に封じるようにバリケードらしき土嚢を積み上ている『ブリュンヒルデ』守備兵のことだ。

人数は少なく見積もってこちらの4倍、実に盛大な歓迎と言うべきだろう。

 

 

「総督、ありゃあ親衛隊の連中ですよ」

「ほぅ・・・」

 

 

潜空艦から持ち込んだ資材で築いたバリケードに身を潜めながら、幕僚が言う。

なるほど確かに、向こう側にはグローブを嵌めた旧世界人やらチェーンソーをがなり立てている連中がいる。

あんな個性的な部隊は、我が国では女王親衛隊しかあり得ない。

 

 

「ふ・・・あんな無秩序な私兵相手では、いささか物足りないな」

 

 

俺の言葉に、この場に連れて来た直属の兵がやんややんやと声を上げる。

俺を除き、『ブリュンヒルデ』への侵入を果たした総督府兵は全員PS(パワード・スーツ)を着用している。

俺は着ない、理由は好きでは無いからだ。

 

 

「だが我々の目的は艦の占拠では無い。ただ一人の女性を誘いに行くためだけにこれだけの男を連れて来たわけだが、振り向いてくれるものかな? ちなみに、相手は人妻だ」

「色々な意味で外道ですね」

 

 

幕僚がしんみりと頷くと、また笑いの渦が起こった。

ここに連れて来た直属部隊は、その多くが20年前からの連れ合いだ。

いわゆる古参兵の集まりであって・・・総督府開設の際も、本国軍に残らずに俺について来た。

 

 

彼らは、指揮官としての俺を信じている。

叛逆者呼ばわりされていても、俺について来ている。

だから俺も、兵としての彼らを信じている。

世の中には、存外に馬鹿が多い・・・。

 

 

「そりゃまぁ、男ですから」

「何だ、それは・・・」

 

 

男が全員、馬鹿だと・・・いや、俺も馬鹿の1人なのだからとやかくは言えんか。

なら、後は野となれ山となれ・・・。

 

 

「目的の場所まで、俺の膝をけして床につけさせるな」

「凄まじく傲慢なご命令ですね・・・・・・でも、了解です。総督は誰にも膝を屈しちゃいけない方、ですもんね」

 

 

がぽっ、と顔にフルフェイスのヘルメットを被りながら、幕僚が頷く。

それに合わせて、バリケードのこちら側やまだ潜空艦内に残っている総督府兵が、それぞれに剣や槍を構える。

そして俺は、じんわりと広がって行く腹部の痛みを無視しながら・・・。

 

 

「・・・突撃!」

 

 

俺の短い合図の後、幕僚の声が鋭く飛んだ。

そして、血みどろの白兵戦が始まった・・・。

 

 

 

 

 

Side グリアソン

 

総督府軍の降伏の受け入れ作業は、思いの外、スムーズに進んだ。

と言うのも総督府軍が秩序だって降伏したためで―――降伏する兵士達のリストまで用意していた―――本国軍がするべき事務処理の過半は、降伏の時点ですでに終わっていると言う有様だった。

 

 

古今東西、これ程までに整然と降伏した軍隊は他にはいないだろう。

もっとも、彼らにとっては降伏では無く帰順になるのだが・・・。

 

 

「艦隊を分散していただと?」

 

 

降伏した総督府軍の実質的な代表だったある将官が言うには、リュケスティスは最初から兵力を分散させ、正面戦力を減少させていたのだと言う。

それは「兵多ければ最も良し」と言うリュケスティスの戦略観からあまりにもかけ離れた行動で、俺は最初は本国軍の侵入方面がわからなかったか、それとも念のために戦力を各地に分散させたのかと考えた。

しかしそれも、俺以外の誰にも見せるなと厳命されたと言う封筒を渡されるまでの短い疑問だった。

 

 

「・・・ああ、リュケスティスは女王陛下と王室の安泰のために、あえて自分の手を汚したのだな・・・」

 

 

溜息混じりの言葉に、総督府軍の中将も俺の幕僚団も首を傾げていた。

だが、俺は封筒に入っていた書類の内容を教えるつもりは無かった。

エリジウム大陸各地の「Ⅰ」施設を、艦砲射撃によって抹消したなどと言うことは。

 

 

・・・そこにいただろう、旧連合の実験の被害者達もろとも。

叛逆の汚名を着せられた、リュケスティスにしかできなかっただろう。

女王陛下の密命によって維持されていたそれらは、暴挙と言う形でしか消せなかっただろう・・・。

 

 

「・・・」

 

 

まだ、すべきことはあった。

それは例えば、総督府内の一室に軟禁されていたテオドシウス社会秩序尚書の救出などだ。

数週間に渡って軟禁されていたテオドシウス社会秩序尚書は、少し痩せてはいたものの、お元気そうにしておられた。

リュケスティスは女嫌いだが礼節を弁えた男だ、手荒い扱いなどするはずも無い。

 

 

「レオ・・・リュケスティス総督は、どうなりましたか?」

 

 

テオドシウス社会秩序尚書は、少し衰弱して足元が覚束ない所もあったが、しっかりと自分の足で立っていた。

本国軍が掌握した総督府の中で、俺は今日何度目かわからない溜息を吐いた。

 

 

そして聞かれた以上、俺は現状を説明する義務がある。

怜悧な瞳に少しの不安の色を浮かべた、テオドシウス社会秩序尚書に対して。

恨むぞ、リュケスティス・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

一方、『ブリュンヒルデ』の艦橋は艦内への侵入を許すと言う初の事態に浮き足立っていた。

人外が相手ならともかく、人間を相手にした戦いで敵の侵入を許したのは建造されてから初めてのことだった。

 

 

「重火器は使うな! 女王陛下の座乗艦でそんな物を使うことは許さん!」

 

 

艦橋では、艦長であり先の事件で女王を守りきった功で階級を進めたラスカリナ・ブブリーナ准将が声を張り上げている。

女王の座乗艦はただ守れば良いと言うわけでは無い、それが彼女の信念でもあった。

 

 

そして彼女が逡巡したり判断を遅らせたりすれば、それだけで兵の犠牲が増えるのも事実だった。

若い兵士が手や足を失い、腹部から漏れ出た腸を抑え込むハメになるのだ。

艦橋と言う一種の安全地帯にいる人間として、判断は義務であって責任であった。

 

 

「艦底部のコバンザメを何とかして欲しいっス! じゃないと艦の重心がっス―――!」

 

 

副長であるインガー・オルセン少佐も、艦の姿勢を制御するのに必死だった。

まさにコバンザメのように張り付いてきている艦底部の敵潜空艦は、『ブリュンヒルデ』の航行に凄まじく邪魔だった。

とは言え、護衛の親衛艦隊の砲撃で剥がすわけにもいかない。

 

 

だからオルセン少佐は、艦の制御に悲鳴を上げるしかなかった。

なお余談であるが、彼女の慌てた声には周囲を落ち着かせる効果があると評判である。

魔力的な物では無く、単純に人格的な問題である。

 

 

「敵陸戦隊、艦の区画の一部を占拠しましたー!」

「包囲して殲滅しろ! ・・・陛下はどうなされたか、女王陛下の私室は!?」

「依然、連絡が取れません! マクダウェル尚書もご一緒なはずですが・・・」

 

 

艦橋スタッフの返答に、ブブリーナ准将は歯噛みするしか無い。

艦内の敵との戦闘における指揮はできても、それ以外の判断は彼女の手には余る。

それでも彼女には、女王を守ると言う使命と責任があった。

 

 

それは過去6年間、彼女が自身に課してきた責務でもあった。

しかしこれからもそう在り続けられるかは、また別の問題であるが・・・。

 

 

「さ、左舷から高魔力反応っス――――!」

 

 

少佐の叫びに、艦橋スタッフは次の対応が必要なことを悟った。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side リュケスティス

 

戦闘の最中、俺はいつしか1人になっていた。

拠点を確定せず、ひたすら兵に紛れて相手方の密集陣形を突破する戦術を取っていたためで、俺としては晩節を汚したと言われても仕方が無い雑な用兵に恥ずかしい気持ちで一杯だ。

 

 

「俺が1人だからと言って、相手がいないことの理由にはならないがな・・・」

 

 

そんな俺の周囲には、誰もいない。

機能美を追求したような先程までの廊下と違い、赤い絨毯や高価そうな絵画などが壁にかけられた、見るからに雰囲気の違う廊下だ。

軍高官として何度か訪れたことのある俺だ、この廊下の先に何があるのかぐらいわかっている。

 

 

そして相手方も、俺の居場所を見失っているわけでもあるまい。

だからこれは、あえて通らされたと考えるべきだろうな・・・。

・・・そして、ここまでは聞こえないが。

今頃は、俺の部下達が『ブリュンヒルデ』の兵達と死闘を演じていることだろう。

だがそれでも、俺の心の一部には高揚するような感情が確かに存在する。

 

 

「度し難いな、我ながら」

 

 

苦笑の波に抗うこと無く身を委ねると、脇腹の傷が酷く痛む。

くくっ・・・と笑うだけで、じっとりとした液体が足を伝うのを感じる。

今回の叛逆は、言ってしまえば俺の意地から出た物で・・・本当に、度し難いな俺は。

そして・・・。

 

 

「・・・」

 

 

・・・そして、辿り着く。

他の部屋のそれに比べて、より手の込んだ装飾の大きな扉の前に。

この扉をくぐるだけのことが、魔法世界の大半の人間にはできない。

俺の目の前の扉は、そう言う扉だった。

 

 

「・・・ふ」

 

 

そんなことを考えてしまう自分にまた苦笑して、俺は腹部の傷の痛みを再確認する。

黒の軍服にできた染みは、そろそろ隠しきれないかもしれない。

だが、すでにこれまでに殺した敵の返り血で汚れた我が身。

加えて言えば、軍人である俺が血を気にするなど、滑稽でしか無い。

 

 

だが・・・それも、扉の向こうの御方の存在がそうさせるのだろう。

俺は痛みを緩めようとするかのように、深く息を吐いた。

それから、多少、場にそぐわないことを自覚しつつも・・・礼儀を守り、扉をノックする。

これにもまた、苦笑せざるを得ない。

俺は、何をやっているのだろうな。

 

 

 

「・・・・・・どうぞ・・・・・・」

 

 

 

だがそれも、中からの返事で全て消える。

俺は思考を変えて、扉を開く。

扉を開いた瞬間に斬り殺されるようなことがあるかも、などとは考えない。

 

 

それもまた良し。

だが、それが無いと言う奇妙な確信も存在した。

 

 

「・・・」

 

 

上品な調度品の並ぶ私室の中央に、我が女王がいる。

それ以外の部屋の構成物・・・絨毯や明かり、壁紙や細々とした家財道具は、この際は意識の外だ。

今はただ、我が女王のみを見る。

我が女王も・・・真っ直ぐに、俺を見ているのだから。

 

 

胸元のごく一部のみを露出した薄桃色のドレス、ただしスカートの途中から純白の絹に布地が変わっている不思議なデザイン。

腰には白のリボンとパールを飾り付けた薄桃色の花のコサージュ、そしてドレスの袖口は短く、細い両腕を覆うのは手の甲までの白の長手袋。

そして薄い赤色の宝石をあしらった金のティアラとシンプルなイヤリング、左手の薬指には蔦のようなデザインの銀の結婚指輪。

そして・・・その両手にはまるで突き立てるように切っ先を床につけて持つ、王家の黄金の剣。

女王としての、それは最高の礼装だった。

 

 

「・・・我が女王よ、臣より謹んで申し上げます」

「・・・・・・聞きましょう」

 

 

俺の言葉に、我が女王は耳を傾けてくださる。

それを確認した後、俺は。

 

 

「自分ことレオナントス・リュケスティスは、我が女王に対し奉り」

 

 

ざっ・・・とその場に膝をつき、頭を垂れる。

俺がこの世でたった1人、まさに目の前におられる我が女王にしかしない。

臣下の礼。

 

 

「・・・寛大なるご処置を賜りたく、本日この場に参上つかまつりました次第にございます」

 

 

がっ、顔の前で右手の拳を左手の掌に叩きつける形で、顔を上げ。

俺は、そう告げた。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

寛大な処置を請う。

そう私に告げたリュケスティス総督の顔に、迷いはありませんでした。

本気で・・・私に、許しを請うているのです。

 

 

「それは・・・」

 

 

ゆっくりと、言葉を選んで。

そして跪く総督から視線を逸らさずに、私は問いかけます。

アリアとしてでは無く、アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとしての言葉で。

 

 

「何に対して、寛大になれと言っているのでしょうか」

「・・・我が女王よ」

 

 

総督が、跪いたまま私に呼びかけて来ました。

私が床に突き立てている黄金の剣には、もしかしたら彼の顔が映っているかもしれません。

多くの女性が夢中になると言うリュケスティス総督の顔は、今はどこか血の気が少ないような気もしますが・・・。

 

 

「我が女王よ、我が女王は私をご信頼あって、エリジウム総督と言う地位をお与えくださいました。にも関わらずその職責を担うこともできず、先のブロントポリスにおける前例無き不祥事によって陛下の貴重な臣下を失わしめたことは、我が不徳の致す所。深く悔いる所です・・・しかし」

「・・・しかし?」

「しかし、我が女王がご即位されてから今日まで、自分ことレオナントス・リュケスティスは1日の例外も無く陛下への忠節に生きてまいりました。その点において、私にはいささかもやましい所など無いと断言することができます」

 

 

私も、リュケスティス総督の忠誠と献身を疑ったことはありません。

総督の親友であるグリアソン元帥が、命を賭けて庇おうとする程の人です。

アリア・アナスタシア・エンテオフュシアとしての私は、彼を信じています。

 

 

ただのアリアとしての私は、フェイトや田中さん達の件で責任を問いたくて仕方がありません。

彼が悪いと叫んでしまうのは、とても簡単です。

でも・・・。

 

 

「・・・では何故、叛逆したのですか?」

「そちらは完全な虚偽です、我が女王よ」

「虚偽だと言うのなら、何故もっと平和的な手段で弁明しなかったのですか?」

「我が女王よ・・・全ては我が不明。陛下に大役を与えられておきながら、異界の悪魔に乗じられる隙を与えてしまったのが、私にとっての・・・・・・っ」

「・・・総督?」

 

 

不意に、総督の声が途切れました。

床に片膝をついていた総督の身体がかすかに傾き、私に捧げていた手を下げて、身体を支えます。

不思議に思って良く見れば、総督の足元が何かの液体で湿っていることに気が付きました。

絨毯とは別の種類の赤色が、そこに広がっています。

 

 

「リュケスティス・・・!」

 

 

反射的に、総督に駆け寄ります。

両膝を床についた時、ぬめり気のある液体でドレスが汚れてしまいますが、それは別に良いです。

問題は、ドレスに付着した液体が赤かったことです。

 

 

これまで総督は平然とした顔をしていたので、気が回りませんでした。

負傷していたなんて・・・ここに来るまでの間に?

とにかく私は剣をその場に置いて右手の白い長手袋を外すと、それを総督の身体に押し付けます。

たぶん、お腹のあたりかと思いますが・・・。

 

 

「・・・っ」

「・・・痛みますか・・・?」

 

 

私の言葉に、総督は苦笑を浮かべようとして失敗したような顔をしていました。

近くで見た総督の額には玉の汗が滲んでいて、これまで精神力で傷の痛みを無視していたことがわかります。

スマートなようでいて、実は・・・と言うタイプなのかもしれません。

 

 

「・・・我が女王よ」

「何・・・」

「私は、貴女以外に膝を屈さない・・・」

 

 

その時、総督のアイスブルーの瞳が・・・痛みのためか、かすかに細められました。

総督のお腹に長手袋を押し付けている格好の私と、至近距離で眼が合います。

・・・そう、ですか。

 

 

ある意味、私はようやく・・・この時点で、やっと。

レオナントス・リュケスティスと言う人間と、交流できたのかもしれません。

そして、だからこそ。

私の過去の判断の結果を・・・いえ、判断しなかったから、その結果が。

 

 

「・・・レオナントス・リュケスティス総督」

「・・・・・・は」

「私は・・・」

 

 

総督と眼を合わせたまま、私は。

言葉を。

 

 

『総員、衝撃に備えるっス―――――――!!』

 

 

その時、部屋の通信機から大音量で声が響きました。

主語の無いその声は、間違いなく艦内全てに流しているのであろうそれで。

その次の瞬間。

 

 

至近距離で何かが爆発した、そんな音と衝撃が私達を襲いました。

 

 

爆風と、閃光と、衝撃。

それは、私の私室のすぐ傍から響き渡って来た物で。

『ブリュンヒルデ』の外壁をいくつもブチ抜いて、何かが突入してきた物でした。

頭の中身をシェイクされるような衝撃が過ぎると、視界がチカチカして・・・。

 

 

「う・・・?」

 

 

どうやら私室の扉の向こうにまで吹き飛ばされたらしく、私は廊下で、それも扉の上に倒れる形になっていました。

高々度で外壁に穴が開いたためか、空気が物凄い勢いで外に吸い出されています・・・。

ちょ、かなり不味・・・あ・・・。

 

 

「・・・そ」

 

 

私の身体に覆いかぶさるように、と言うかのしかかるように、大柄な男性の身体が私の上にありました。

ダークブラウンの髪と黒の軍服、それは・・・総督で。

 

 

「総督・・・!!」

「・・・負傷したのは私です、貴女では無い・・・」

 

 

呻くような声で返事が返って来ましたが、正直それに突っ込んでいる所ではありません。

衝撃から私を庇ったのかどうなのか、総督の背中とかが凄いことに・・・!

苦労して総督の身体を私の上からどかしただけで、私の両手に総督の物らしき血が・・・。

 

 

 

「いやぁ、これは驚いた・・・まさか彼が8匹目(オクトー)を出し抜いてアリア君に命乞いをするとはね! 余りにも驚いた物で・・・少々、ノックが強くなってしまったよ」

 

 

 

その時、どこかテンションの高い声が響きました。

私がそちらに顔を向けると・・・大きな穴が開いた外壁の縁の部分に、黒いコートを着た男性が立っていました。

 

 

背後に黒い龍のような生き物がいて、『ブリュンヒルデ』に首を突っ込んでいます。

その生き物と『ブリュンヒルデ』の隙間から、空気が漏れ出ているようですが・・・。

そして黒いコートの男性の左右に、金の髪のそっくりな少年少女が何人か。

 

 

「さて、さてさてだよアリア君、残念ながら私は無事だった・・・そしてこうして、キミを求めてここに来たわけだ・・・わかりやすく言おう、私の封印を解くために・・・」

 

 

そして黒いコートの男性は、赤い髪と赤い瞳の、見覚えのある顔。

頬に大きな傷がありますが、あれは知りませんね・・・。

そこにいる青年・・・ネギは。

 

 

「キミを抱きに来たんだ、アリア君」

 

 

ネギの仮面を被ったヘルマンは、物凄く気持ちの悪い事を言いました。

逃げるにせよ、抵抗するにせよ・・・全力を出す必要があるようです。

でも正直、今の私は物凄く弱いので。

 

 

このままだと、かなり不味いことになりそうな予感です。

フェイト・・・!




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第33回広報:

アーシェ:
無理矢理は良くないと思います。
そんなわけで、アーシェです。
一番最初の台詞は、今回の終わりを受けての女性としての反応です。
はい、最後のアレはそう言う意味ですよ皆さーん。
無理矢理はいけないと思います。


さて、そろそろ何かクライマックスな予感ですが、フェイト殿下どこにいるんだろ、奥さんがピンチですよー?
・・・まさか、出待ちしてるわけじゃないよね?


・テンペ
魔法世界北部に位置する中継交易国家。
国土の大半は砂漠で、点在するオアシスに小規模な村が存在する。テンペは名目上、それらのオアシスの村々を束ねる国家。それでも総人口は500万に満たない小国で、厳密には元首も議会も無い村の寄り合いのような国家。首都はテンペテルラ、軍隊は無く、かつては旧連合が安全保障活動を行っていた。現在は砂嵐対策を名目に駐留するウェスペルタティア王国軍が安全保障を担っており、事実上に自由連合化・保護国化が進んでいるとされる。「イヴィオン」への加盟も決まっており、見返りに300万ドラクマの開発援助を受けることになっている。


アーシェ:
ほいほい、では次回はですねー・・・えー・・・。
王子様現る、なはずなんですけど・・・そこに行くまでにいろいろと厳しいことが起こったり起こら無かったりするかもです。

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