魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第37話「遅れて、本当にすまない」

Side アリア

 

魔法具、『魂の牢獄』。

対象の魂を封じ込める魔法具であり、私が創ったまま放置していた魔法具の1つです。

6年前、私が麻帆良で悪魔ヘルマンに対し使用した魔法具。

 

 

「どうもこのカードは、私が知っているどの封印のアイテムとも構造が違うのでね」

「スタン爺様に壺に封じられた癖に・・・」

「これは手厳しいね」

 

 

紳士然と笑うヘルマン、ですが残念ながらネギの身体です。

ネギが紳士然と笑った所で、私は全然ときめきませんよ。

笑顔1つで私を落としたいのなら、フェイトを連れて来なさい。

 

 

「まぁ・・・私としてもね、アリア君。合計して10年以上の封印と言うのも、なかなかに辛い物があるのでね・・・そろそろ、自由になりたいのだよ」

「・・・」

「しかしどうも、このカードの封印が解けなくてね。キミの実兄であるネギ君の血と魔力を使えば解けるとばかり思っていたのだが・・・」

 

 

困ったように肩を竦めた後、ヘルマンは懐に手を入れます。

外壁が破れて空気が吸い出されている部屋の中で、黒い影のようなコートがバサバサと揺れます。

でも外見はネギなので、ちっともカッコ良くありません。

 

 

後、この世界に存在する方法では、『魂の牢獄』の封印は解けないでしょうね。

何かの媒介にすることはできても、封印の解除はできないでしょう。

・・・所有権が今、誰にあるかもわからない代物ですしね。

 

 

「しかし、キミになら解けるのでは無いかね、アリア君?」

 

 

懐から取り出したカード『魂の牢獄』を私に示しながら、ヘルマンが言います。

まぁ、私なら解除できたかもしれませんけど。

でも、どうなのですかね・・・正直な所。

私はとっくに力を失って、しかも右眼もこんな状態ですし・・・解けないかも。

・・・一瞬だけ、ヘルマンに謝りたくなりました。

 

 

「と言うわけで、キミの身体を譲って欲しいのだがね」

 

 

でも、それは嫌です。

何より、床に座り込んでいる私の膝の上には、リュケスティス総督が倒れたままです。

血を流し過ぎて意識が飛んでいるのか、ピクリとも動かなくて・・・かなり、危ない。

 

 

「・・・まぁ、黙って譲ってくれるとも思っていない」

「・・・」

「紳士として淑女に対し、大変心苦しいのだが・・・性的交渉によって、キミの魂を汚して心を壊す所から、始めようと思う」

 

 

勝手に始めないでください、気持ち悪い。

身体的に実の兄妹ですよ、と言うより、フェイト以外の男性が私の肌に触れるなんて・・・。

我慢、なりませんから。

 

 

 

「別に皆殺しにしてしまっても、構わんよな?」

 

 

 

私が嫌悪感を表情に出すよりも少しだけ早く、金色の旋風がヘルマン達の背後に出現しました。

それはリュケスティス総督が来る前に、私の部屋のどこかに隠れたエヴァさんです。

正直、ヘルマン達が突入してきた衝撃でどうなったのか、わからなかったのですが・・・。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

正直に言おう、出るのが少し遅かったと。

リュケスティスにアリアを襲う意思が無いとわかった段階で気を抜いたのが、不味かったのかもしれん。

油断せずして何が最強かと言う考えが、いけなかったのかもしれない。

 

 

結果、ヘルマン達の突入の際の爆発に巻き込まれて右腕が胸の一部を巻き込んで、それと右足の表面の一部を抉り取られてしまった。

そのため再生の時間分、出るのが遅れてしまったと言うわけだ。

 

 

「別に皆殺しにしてしまっても、構わんよな?」

 

 

登場の次の瞬間、私はそう告げる。

しかしアリアの許可は待たずに―――待つ必要があるか? いや、無いな―――次の行動に移る。

何しろ、私のアリアに対してあそこまで下劣な宣言を行ったのだ。

殺す・・・いや、魔界に還れ無い程に滅ぼしても問題は無かろう。

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)かね――――」

 

 

ぼーやの肉体を借りたヘルマンとか言う悪魔が私から距離を取ると、その穴を埋めるように左右からアリアに似た金髪のガキが出てくる。

ああ、「Ⅰ」の身体を使っているのか。

 

 

吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)・・・」

「・・・エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「ほう、私のことを知っているとは、なかなかに見所のあるガキどもだ」

 

 

まぁ、中身は何年生きているのか知らんがな。

一歩目で瞬動、二歩目で止め、手の届く距離にまで一気に詰め寄る。

そして同時に右側の奴の首の横に肘を叩き込み、次いで身体を捻って掌底を胸に。

私の攻撃の衝撃で首が半ばから千切れ、胸の中央部が爆発、風穴が開く。

肉を破り血が手先にこびり付く感触に、私は笑みを浮かべる。

 

 

「キサマッ!」

 

 

背後からの敵の拳を、見もせずに首を傾げるようにしてかわす。

それどころかその腕を掴み、逃げられないように固定。

振り向き様に、腹の真ん中を手刀を突き入れる。

ぶちぶち・・・と言う嫌な音と共に、私の手には生温かい腸をかき分けるような感触。

 

 

ガキの腹から手を引き抜き、その場に打ち捨てて頭を左足で踏み潰す。

ぐちゅっ・・・蛙を踏み潰したのとそう大差無いような音が響く。

ふん、爵位級悪魔の従者だと言うからどれ程の物かと思えば・・・。

 

 

「・・・2匹目(デュオ)7匹目(ヘプタ)を一撃かね」

「次はお前だよ、没落貴族(ゴミ)」

 

 

ヘルマンの傍には、突入の際に浸かった黒龍を除けば誰もいない。

万策尽きたと言うわけだろう、そして私がぼーやの身体に遠慮してやる義理はあんまり無い。

さっさと滅ぼして、禍根を断たせて貰うとしよう。

 

 

「ふむ・・・残念ながら、まだ残っているのだよ」

「はん・・・その黒龍か?」

「無論、この1匹目(ヘイス)もそうだがね・・・」

 

 

外へと漏れ出す空気の流れに黒いコートをはためかせながら、ぼーやの身体でヘルマンが肩を竦める。

・・・ふ、ん・・・。

 

 

・・・!

 

 

その時、背後に黒い魔力を感じた。

さっき殺した2人とは格の違う、大きな魔力だ。

と言って、私ほどでは無いが・・・。

 

 

 

「紹介しよう、我が最強の従者にして男爵級悪魔・・・『夢魔』、9匹目(エンネア)だ」

 

 

 

・・・夢魔! その単語に私は全身を緊張させる。

そして振り向く。

振り向くと、そこには・・・。

 

 

・・・そこには。

『私』が、いた。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

その少女は、美しかった。

年齢は10歳前後だろうか、当時としては大人の直前とも言える年齢である。

艶やかな金髪、絹のような白い肌、空を映したかのような青い瞳。

多くの人々は、そんな可憐な少女を見れば和やかな気持ちになるだろう。

 

 

時は1428年、スイス南部ヴァレー州。

この時、人々は初めて本物の「魔女」を目にすることになった。

何しろこの金髪の少女の姿をした「魔女」は、斧で腕を切り落としても、熱した釘で肺を抉り出しても、水と食料を断って放置しようとも、縛り上げて川の底に沈めようとも、そして・・・剣や牛を用いて身体を複数に引き裂いても。

 

 

死なないのだから。

 

 

当時はまだ、後に「魔女狩り」と呼ばれる行為の方法は確立していなかった。

それが正式に形となって広まるには、まだ少なくとも50年は待たなくてはならない。

しかし人々は、それまでの慣習上の魔女とは明らかに異なるこの「魔女」を恐れた。

そして、求めた。

日頃の重税と戦乱の不満をぶつけられる、そんな生贄の羊を・・・。

 

 

「魔女め!」

「不幸と災厄をもたらす、魔女に死を!」

「男を誑かし、懐の金を盗む卑しい魔女を殺せ!」

「「「殺せ!!」」」「「「殺せ!!」」」「「「殺せ!!」」」

 

 

人々が狂ったように叫び、石を投げる中を少女は歩く。

少女・・・と言っても、実年齢はその倍に達しているが。

金髪の少女は、ほとんど裸に近い格好で道を歩かされている。

薄汚れた布は少女の秘部を申し訳程度に隠す機能しか無く、裸足で土の道を歩く少女の両手足には重い木の枷が嵌められている。

 

 

少女は、疲れていた。

 

 

美しい金の髪は傷んでくすみ、絹のような肌には土や血がこびり付き、青い瞳には光が無い。

人々の投げた石が額に当たり、血を流すが・・・その傷もすぐに再生してしまう。

それを見た人々はさらに熱狂し、より高く「殺せ」と叫ぶ。

 

 

(死ねないのに)

 

 

少女は思う、どんなに痛くても苦しくても死ねない気持ちが、他人にわかるだろうかと。

これから何をされるのか、大体の想像はできる。

だがどうせ、痛くて苦しいだけで・・・死ねないのだろうと。

少女は、諦めていた。

 

 

だから最初から「魔女」だと認めた。

それでも拷問はされたが、それは教会の異端審問官が幼女を嬲って喜ぶ性癖の持ち主だったからに過ぎない。

少女としては、それすらもどうでも良かった。

 

 

(どうせ、終わらない)

 

 

続いて行くのだ、これからもずっと、1人で。

1人きりで、この先の何十年、何百年を生きて行かねばならないのだから・・・。

 

 

『そんなことは無い、貴女はこの時間で死ぬ』

 

 

その時、声が聞こえた。

声は、少女が死ぬことを告げていた。

少女は、死を想う。

 

 

死は、救いだ。

もし死ねるのであれば、自分は何でもするだろうと・・・。

もう誰も、そう、家族も友達すらもいないのだから・・・。

 

 

(・・・家族・・・?)

 

 

火刑と呼ばれる処刑法は、最も残酷な方法の一つであるとされる。

だがあまりにも残虐なために事前に絞首刑や他の方法で予め殺害し、遺体を焼くのが一般的である。

ただ、この「魔女」は死なないため、炎で「清めて」灰にするしか無い。

 

 

少女は大きな木の棒に括りつけられると、足元の薪や葦などの可燃物に火をかけられるのを他人事のように見つめている。

次第に、熱と煙が少女の肌と肺を痛めつけ始める・・・。

 

 

(・・・か、ぞく・・・?)

 

 

少女の胸の内を、ぐるぐると違和感が駆け巡っていた。

それは、肌を焼く炎や人々の狂った叫びをも遠ざけて・・・。

 

 

『貴女は、ここで死ぬ』

 

 

声がするが、それすらも遠い。

火に焼かれる少女の前に、槍で武装した教会の兵が進み出る。

 

 

(・・・誰、だっけ。父様と母様・・・ううん、もっと別の・・・)

 

 

次第に、感覚があやふやになっていく。

そう、それはまるで、「夢」から覚める直前のような・・・。

 

 

『・・・死ね!』

 

 

教会の兵が、槍を突き出す。

それは確実に少女の薄い胸を貫き、心臓を潰した。

縛られた少女には、それをかわすことはできない。

 

 

(そう、だ・・・私には、命を賭けても守ると誓った、「家族」がいた・・・はず?)

 

 

・・・縛られていたはずの少女の腕が、動く。

その手は、自分の心臓を刺している槍を掴む。

 

 

「・・・・・・悪い、が」

 

 

(家族・・・そう、だ、私は・・・・・・「私」)

 

 

「火刑の最中に槍を刺すバカは、いないんだよ・・・!」

 

 

疲れていた少女の瞳に、瑞々しい生気が漲り始めていた・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

なるほど、夢とは本当に厄介な物だな。

確かに、600年前のあの段階の私ならば、赤子の手を捻るように殺せただろう。

現実の私は、精神的に死ぬと言う所か?

 

 

「夢魔・・・それも爵位級か、なるほどな」

 

 

例の『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』とは、逆の夢。

絶望と疲労の極にあった時点にまで対象の精神状態を「戻し」、夢の世界で緩やかに殺す。

人間、誰しも「死にたい」と本気で考える時がある物だからな。

 

 

だが『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』の時もそうだったが、夢には矛盾がでる。

あやふやで、曖昧で、生温い。

それも『完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)』のように合理的でも客観的でも無い、悪魔の主観によって改変された夢。

 

 

「その間隙を縫って、対象を支配するか。姑息で陰険なやり口だな、流石は悪魔と褒めてやろう」

 

 

私の目の前に広がるのは、最弱だった頃、私が一度だけ炎に焼かれた記憶。

長らく忘れていたが、なるほど、こう言う光景だったか。

ぶちぶち・・・と、自分の身体を縛り付ける綱を切り、足元の炎を凍らせながら着地。

その間も、私を刺した教会の兵の槍の先を握っている。

 

 

「ここは夢の世界なのだろう、ならばここでは現実では使えない力も使える・・・」

 

 

リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。

 

 

「何しろここは私の夢、ここでは私が王なのだから」

 

 

契約に従い我に応えよ、闇と氷雪と永遠の女王。

 

咲きわたる氷の白薔薇、眠れる永劫庭園。

 

来たれ永久の闇、永遠の氷河。

 

凍れる雷もて魂なき人形を囚えよ、妙なる静謐。

 

白薔薇咲き乱れる永遠の牢獄・・・。

 

 

「その身体、借り物の人形なのだろう?」

 

 

ビシビシと槍が氷、氷の蔓のような物が徐々に教会の兵を、そして周囲の人々を全て包み込んで行く。

いつか若造(フェイト)を殺してやろうと思って、6年間で作った私の独自呪文。

正直、詠唱魔法が無いので旧世界以外では意味が無いかと思っていたが。

まさか、自分の夢の世界で使うことになるとは思わなかった。

 

 

我が雷氷の蔓は「人形」の気配を漂わせるエンネアとか言う夢魔を正確に嗅ぎ分け、捕らえる。

悪魔の障壁など意味は無い、これは障壁ごと、障壁の外側を凍てつかせる大呪文。

 

 

「ハハッ・・・ほら、どうした。早く私の夢の中から逃げないと、その借り物の容れ物(カラダ)から永久に出られなくなるぞ?」

「・・・あ、あり得ない。何だ貴様・・・ッ」

「私か? 私はな・・・最強最悪の大悪党さ、知らなかったのか?」

 

 

硝子の砕けるような音が響いて、私の夢の世界が壊れる。

崩れ落ちた後には、闇のみが広がっている。

何も無い、無意識の空間だ。

 

 

そこにいるのは、私一人。

そして・・・私の中に侵入し、今や蜘蛛の巣のように広がった雷氷の蔓に囚われた夢魔が一匹。

かすかに舞う氷の結晶が私の魔力の光を乱反射し、万華鏡のように周囲の空間を歪ませる。

夢魔の方を見ないままに、私は右手の指を前に出して・・・。

 

 

「永久に自分が凍らされ続ける夢を見ながら・・・滅びるが良い」

 

 

ぱちんっ!

私が指を鳴らすのと同時に、雷氷の蔓が白薔薇のような形を形成する。

それは永遠の牢獄、夢魔すら縛る美しい彫像。

 

 

「『終わりなく白き九天』」

 

 

後に残るのは、完璧なる静寂の世界。

ふむ、やはり私にはこう言う孤独で静かな世界の方がお似合いだな。

イメージに合っていると言うか、カッコ良いだろ。

 

 

「さて・・・現実の方では何分経ったか、何しろ火と水と鉄の拷問フルコースを13回ほど受けていたからな」

 

 

釘のついた仮面を被らされたりとかしてたからな、急いで起きるとしよう。

そして、この茶番にケリをつけるとしよう。

私が、この手でな。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

「エヴァさん!」

 

 

ヘルマンの手下らしき方々を一蹴した後、エヴァさんがその場に倒れました。

見方にもよると思いますけど、いきなり寝たように見受けられます。

魔法『眠りの霧(ネブラ・ヒュプノーテエイカ)』や魔法具『眠(スリープ)』で攻撃された際と同じような感じですので、たぶんそうでしょう。

ヘルマンの言葉を借りるならば、夢魔、ですか・・・。

 

 

「雷速・『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』!」

 

 

でも残念ながら、私はエヴァさんばかり心配している場合ではありません!

総督の身体を庇うように身を伏せたのが功を奏したのか、衝撃は私の頭上を通り過ぎて行きましたけど・・・。

 

 

轟音。

 

 

私の後ろの壁や隔壁を粉砕して、ヘルマン=ネギの拳圧の凄まじさを証明します。

と言うか、人の艦をこれ以上壊さないで欲しいのですけど・・・!

 

 

「ふむ・・・どうかね、できれば淑女を痛めつけたくは無いのだがね」

「は・・・嘘を吐くなら、もう少し上手く吐きなさい」

 

 

唇を三日月の形に歪めて笑うような男が、何を言うのでしょうか。

アレが悪魔としての本性なのか、それともネギの身体を借りている影響かはわかりませんが。

いずれにせよ、相手は私を嬲るつもり満々なようです。

通常なら逃げの一手、でもエヴァさんと総督を残して逃げるなんて論外。

となれば・・・。

 

 

「ほほう?」

 

 

ヘルマンが意外そうな声を上げたのは、私が総督の身体の目に出て身構えたからです。

総督の身体をその場に横たえ、守るように前へ。

気取って言うのならば、臣下を守るのも女王の義務です。

 

 

「そう言えば、アリア君は6年前にも私を倒せる程の実力を持っていたのだったね」

「・・・もう一度、封印して差し上げますわ」

「ふむ、それは困るね・・・」

 

 

懐から鉄扇ならぬ京扇子を取り出し、姿勢を低くして構えます。

外から見れば、それなりにサマになっているように見えるでしょうけど・・・。

正直に言います。

 

 

今の私は、6年前の私よりもずっと弱いです。

魔法具は創れず、共に戦う仲間もおらず、さらに言えばこの6年間、碌に訓練もしていません。

戦闘力と言う一点に限定すれば、私はネギにだって勝てないでしょうよ。

例外は両目の魔眼、でも右眼はある事情で使えません。

だから・・・。

 

 

「・・・どこを見ているね?」

 

 

次の瞬間、黒い雷が私の身体を撃ちました。

私の意識が追いつく前に背後に回ったヘルマンの一撃が、同時に私の胸を撃っていたのです。

心臓付近に撃ち込まれた一撃が、私の意識を暗転させ・・・。

 

 

「『黒雷瞬動』」

 

 

返しの背中からの一撃が、私の意識を強制的に引き戻します。

痛みが追いついて来たのは、形容しがたい音が身体の中で響いた後で。

もう、何と言うか・・・てんで手も足も出ていないわけで。

痛いの一言すら言えない程で、正直・・・。

 

 

「・・・えはっ・・・うぇ・・・くふっ・・・!?」

 

 

咳き込んで、痛みと吐き気を堪えてその場に蹲るしかできません。

激しく咳き込む私の服の襟を、ヘルマンが掴んで引き寄せます。

ぐいっ・・・と引き寄せられるのと同時に、ヘルマンの腕を掴んで、身体を跳ねて反撃。

しかし突き出した拳は、虚しく掴まれて・・・。

 

 

「雷速・『悪魔パンチ(デーモニッシェア・シュラーク)』」

 

 

再び、黒雷の拳圧が放たれます。

魔力が放電現象を起こし、破壊を撒き散らすこの瞬間。

それも、身体を密着させているこの状態こそが。

 

 

私にとって、最初で最後のチャンスです。

 

 

『全てを・・・喰らう』!

左眼の『殲滅眼(イーノ・ドゥーエ)』が起動し、魔力化した相手の攻撃を吸収。

私の身体のダメージを癒し、同時に急加速させます。

 

 

「ぬ・・・っ」

 

 

ミシリ、と音を立てたのはヘルマン=ネギの首。

原因は、私の蹴りが決まっていたからです。

襟元からヘルマンの手が離れた刹那、私は地面に着地。

魔眼の加速効果が残っている内に突撃、相手の腹に拳を撃ち込みます。

 

 

すれ違うように背後に、跳躍、空中で回転しつつヘルマンを飛び越え・・・。

両膝を、顔面に叩きつけました。

軽い音が響き、スカート越しに鈍い感触・・・普通なら、コレで十分にノックダウンです、が。

 

 

「・・・それじゃ、「僕」は殺せないよ・・・アリア」

「・・・え?」

 

 

不意に、それまでとは質の違う声が・・・何?

でも次の瞬間、ヘルマンの瞳が赤く輝いて。

 

 

私の身体が、床に叩きつけられていました。

 

 

一瞬、何が起こったのかわかりませんでした。

ただいつの間にか、足を掴まれて・・・。

 

 

「―――――――――――――ッ!?」

 

 

地面を二度ほどバウンドした後、お腹を蹴られます。

かと思えば、私の身体が止まった途端に腕を踏まれ、鈍い音・・・折れました。

痛みに悲鳴を上げる前に喉を掴まれ、壁に。

壁を突き破り、隣の部屋へ放り投げられます。

 

 

そこから先は、記憶に残りませんでした。

とにかく、ただひたすらに痛くて・・・最後には痛みとか全然、わからなくなって。

気が付いたら、髪を掴まれて・・・。

 

 

「・・・ああ、申し訳ない。どうやら我を忘れていたようだ」

「・・・ぁ・・・」

「侘びと言うわけでは無いが、9匹目(エンネア)の力で・・・魔界の快楽と言う物を教えてあげよう」

 

 

ずず・・・と、ヘルマンの足元の影が蠢きます。

それは徐々に広がって、触手のようになって私の身体に触れて来ます。

足先から、徐々にせり上がってくるそれに・・・。

 

 

「・・・ぅ・・・」

 

 

気持ち悪い。

嫌・・・嫌、嫌・・・嫌・・・触らないで・・・!

でも、身体が動かない・・・。

 

 

・・・私の嫌悪は、影の触手がロングスカートの裾の下に潜り込んできた時、最高潮に達しました。

ずる・・・と、生温かい気持ちの悪いそれが、太腿の表面を撫で始めて・・・。

痛みとは別の理由で、涙が・・・。

嫌ぁ・・・気持ち、悪・・・ふぇ・・・。

 

 

「・・・ぇぃ・・・ぉ・・・」

 

 

助けて、心の中で・・・そう、叫んだ。

あの人以外に、触られたく・・・無いぃ・・・。

 

 

 

 

 

Side 真名

 

・・・さて、嫌な予感は多分にするけど、内部はどうなっているのかな。

一応、砲座から艦内の自動銃とかを遠隔操作して総督府軍の兵士を狙い撃ったりはしているのだけど。

ああ、言っておくけど私は正規兵じゃないから、同志討ちも別に気にしないよ。

 

 

お金さえきちんと貰えれば、何も文句は言わないさ。

ある意味、労働者の鑑と言えるのかもしれないね。

何しろ、お金がいくらあっても足りない事業と言うのはいくらでもある物でね・・・。

 

 

「とは言え、クライアントあってのことだけどね」

 

 

クライアントが死んでしまっては、お金は貰えない。

それは当たり前のことで、傭兵の常識でもある。

自分の命より優先なんてことはしないけれど、よほどのことが無い限りクライアントの安全は確保する必要がある。

 

 

私がアリア先生を守っているのは、興味以上にそう言う事情の方が強い。

裏を返せば、お金さw貰えるのであればアリア先生がクライアントで無くとも構わないと言うことさ。

まぁ、そこまで急展開できる程、私も人でなしでは無いつもりだけど・・・。

 

 

「勝つ側につくと言うのも、重要なことだしね」

 

 

砲座の計器を操作しながら、そんなことを呟く。

今の所、私には無駄口を叩く余裕がある。

艦に黒い竜が突撃してきた時は、流石に焦ったけれど・・・それ以降、第二波は無い。

 

 

艦底に取り付いた潜空艦にしても、近過ぎて私にはどうすることもできない。

周囲は数十隻の王国艦に囲まれていて、少なくとも外からこれ以上の敵性勢力の接近を許すとも思えない。

 

 

 

―――ピピピッ、ピピピッ―――

 

 

 

その時、砲座の計器が鳴り響いた。

ある方向から接近する何かを、レーダーに捉えたらしい。

私は銃の形をした照準装置を手に取ると、座席(シート)を回すようにしてそちらに各砲塔の照準を合わせた。

360度スクリーンが、正確に外の様子を私に教えて・・・。

 

 

「・・・・・・ハハッ」

 

 

そちらを見た私は、思わず笑い声を上げる。

何だい何だい、ようやく来たのか。

ヒーローは遅れてやって来ると聞くけども・・・少し、遅れすぎじゃないかい。

 

 

「・・・アリア先生が、待ってるよ・・・」

 

 

かつて私が、「彼」の帰りを待っていたように。

らしくも無く、私はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

Side 環

 

追いつくのには、苦労した。

いくら竜形態になっていても、軍艦に追いつくのは無理。

だけど、相手が止まってくれているのなら・・・。

昼夜問わず飛行を続ければ、追いつけないことは無い。

 

 

「すまない、環君」

 

 

頭の上から、フェイト様の声。

私は今は人間の言葉を喋れないけれど、それでも気持ちが伝われば良いと思う。

だから私は、もっと翼を動かして速く飛ぶ。

 

 

でも、できれば。

謝るんじゃ無くて、ありがとうって言って欲しい。

それだけで、私はもっと頑張れるから。

 

 

「わ、わわわっ・・・ちょ、環! ちょっと張り切り過ぎ・・・!」

「よ、酔う・・・!」

 

 

尻尾とか足の方に捕まってる暦達が、文句を言う。

竜形態になった私の身体、フェイト様が頭、栞と調が背中、暦が尻尾で焔が足。

捕まる難易度も、その順番。

でも仕方が無い、私の身体にも限界がある。

 

 

目の前には、王国艦隊がいる。

ブロントポリスから、そんなに離れて無い・・・中心に、白銀の戦艦。

・・・艦の底に、何かくっついてる?

 

 

「環君、『ブリュンヒルデ』の左舷に沿うように飛んでくれるかい・・・たぶん、そっちにアリアがいる」

「ええ、フェイト様、何でわかるん・・・ひゃあっ!?」

「こ、暦、喋ると舌噛むぞ舌・・・っ」

 

 

暦達は無視して、フェイト様の指示通りに飛ぶ。

連絡して無いから、護衛の駆逐艦が何隻か砲撃してきた。

仕方無い、私の竜形態を知らない人もいるんだから。

 

 

・・・っ!

 

 

捕まってる皆を振り落とさない範囲で、回避行動。

風を受ける翼を巧みに動かして、身体の位置を微妙に変える。

旋回して、回転して、上下運動、精霊砲スレスレに飛行しながら『ブリュンヒルデ』に近付いて行く。

不思議と、『ブリュンヒルデ』からの砲撃は無かった。

そのおかげで白銀の戦艦の懐に飛び込んで、他の艦の砲撃を制限することができた。

 

 

「・・・何アレ、黒い龍・・・?」

「左舷のあそこは・・・居住区画の付近ですわね」

 

 

暦達の声の通り、『ブリュンヒルデ』の左舷、穴の開いた所から黒い龍が飛び出してきた。

私よりも一回り大きい、もしかしたら私よりも上位の竜種かもしれない。

でも私のやるべきことはただ一つ、フェイト様を『ブリュンヒルデ』まで運ぶこと。

 

 

フェイト様・・・行って!

 

 

大きく空気を吸って、身体に力を込める。

私は止まらない、このまま・・・!

 

 

「すまない、環君」

 

 

・・・フェイト様。

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

フェイト様!

フェイト様が私の身体から跳ぶのと同時に、私は黒い龍に体当たりした。

何かが軋むような音が響いて、黒い鱗の龍がよろけるように離れる。

 

 

「よ、よよ・・・よーし、行っちゃえ環――――!」

「私達に構わないでください!」

 

 

背中とか尻尾から、暦達の声が聞こえる。

できれば、振り落とされないように気を付けて・・・。

 

 

「―――――――ッ!」

 

 

相手の龍が、咆哮する。

ビリビリと衝撃が来て・・・私は。

 

 

「――――――――――――ッ!!」

 

 

竜の言葉で、物凄く汚い言葉を返した。

・・・ギリギリ説明すると、「かかって来いやこの○○××がぁオラァッ!!」的な・・・。

貴方は・・・私が、倒す。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

環君から飛び降りた後は、虚空瞬動で微調整して『ブリュンヒルデ』内に入る。

前の時もコレができれば、問題は少なかったんだけどね。

まぁ、今回の場合は外壁がすでに破壊されていたからだけどね。

 

 

中に入ると、結構な範囲まで抉られているのがわかる。

僕の考えだと、ここはアリアの私室付近だと思うのだけれど・・・。

・・・途中、何かを蹴った。

 

 

「・・・キミか」

 

 

金髪の吸血鬼が、小さな外壁の破片に塗れながら眠っているのを見つけた。

どうも普通の睡眠とは違うようだけれど・・・。

それと、すぐ近くに随分と大怪我をした男がいた。

その男はレオナントス・リュケスティス、見るからに半死人なのだけど。

だけど彼の腹部の傷に当てられた長手袋には、見覚えが・・・。

 

 

「・・・ぇぃ・・・ぉ・・・」

 

 

その声に、僕は吸血鬼と元帥を意識から排除する。

声・・・震えた、すすり泣くような、とても哀しい・・・嫌悪に満ちた声だ。

その声の主は、そんな声を僕に対して使ったことは無い。

 

 

「・・・めて・・・お願い・・・触らな・・・」

 

 

そう、声の主。

その人のことを、おそらくは僕は誰よりも良く知っている。

だから、こんな声を聞いたのは初めてで・・・。

・・・・・・あえて、聞こうか。

 

 

「・・・キミを、殺しても良いよね?」

 

 

おそらくは稼働して(うまれて)初めて、僕は純粋な殺意を抱いている。

外壁に穴の開いた部屋から2つほど隣の部屋で、僕はネギ君の身体の肩に手を置いた。

ここまでどう言うルートで進んだか、何を考えていたかは、詳細には覚えていない。

重要なのは、結果だから。

 

 

影に拘束された四肢、涙に濡れた瞳。

嫌悪に歪んだ顔は青ざめて、普段の美しさの半分も発揮できていない。

影の一部は薄桃色のドレスの中に潜り込んでいて、薄い布越しにどこに触れようとしているのかがわかる。

そして影で無理矢理開いた足の間に膝をつきかけたヘルマンの肩に、僕が手をかけた所で・・・。

 

 

「殺すよ、キミを」

 

 

次の瞬間、僕はヘルマン=ネギの頭を砕く勢いで殴り飛ばした。

右拳、全力、拳の先に嫌な感触。

初めて、僕は明確な殺意を持って誰かを殴った。

悪魔の障壁をあえて無視して、障壁ごと吹き飛ばす。

 

 

僕が言うのもアレだけど、障壁なんて大した意味を持たない。

ただ少し、拳の骨が砕けるだけさ。

 

 

「アリア・・・」

「・・・っ!」

 

 

ヘルマンを殴り飛ばした後で僕がしゃがむと、アリアがそのまましがみ付いて来た。

僕の胸に顔を押し立てて・・・震える肩を、ゆっくりと抱いた。

衣服の所々にぬめり気のある液体が付着していて、どうやらまだ影が残っているようで・・・。

 

 

「・・・ごめん、触るよ」

 

 

断った上で、衣服の中に残った黒い影を引き剥がす。

生温い手触り、とても気持ち悪かったろうと思う。

黒い影は、彼女の鎖骨や脇、太腿に多く付着していて・・・白い肌を、汚しているように見えた。

 

 

「すまない・・・遅くなって」

「・・・うぶ、まだ、何も・・・れてな・・・っ」

「うん・・・」

 

 

何も言わなくて良い、そんな気持ちを込めて彼女を抱き締める。

・・・遅れて、本当にすまない。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

怖かった・・・本当に、怖かったんです。

あのままフェイト以外に許したことの無い場所まで触れられていたら・・・死を選んだでしょう。

でも死ねないんです、私は。

 

 

だって、オスティアで赤ちゃんが私を待っているのに。

そう考えたら、死ねなくなりました。

だから耐えるしかないんだと気付いて、死ねないのに死にたい気分になりました。

 

 

「・・・ぇぃ、とぉ・・・!」

「うん・・・」

 

 

だから、来てくれた時・・・本当に嬉しかった。

あんな姿を見られて、また死にたくなりましたけど・・・でも、本当に。

また会えて良かった、間に合ってくれて嬉しい。

そんな気持ちが溢れて、止まらなくて。

 

 

「酷い怪我だ・・・遅れて、本当にすまない」

「・・・っ」

 

 

その言葉にフェイトの胸に顔を擦りつけたまま、首を振りました。

遅れてなんて、いないから。

フェイトはちゃんと、間に合ってくれたから・・・。

 

 

 

「・・・いや、今のは効いたね」

 

 

 

その時、ガラ・・・と、壁の向こうから黒いコートの男が現れました。

首が不自然に曲がっていましたが、頭を片手で持って「ごきり」と戻しています。

彼・・・ヘルマンと目が合った瞬間、私はフェイトの服を掴みました。

嫌だ、あの人。

 

 

「いやはや・・・傷付くね、その反ぷぉっ!?」

 

 

ヘルマンが言葉を紡ぐ前に、黒い剣が顔面に刺さりました。

ぴぴっ・・・と赤黒い血が飛び散って、ヘルマンは衝撃で数歩下がります。

それは、フェイトが放った『千刃黒曜剣』でした。

 

 

フェイトが私を抱く手に力を込めると、さらに数本の黒い剣が飛びます。

右肩、左胸、右脇腹に左足・・・明らかに、殺すつもりで放っています。

ですが、どうしてかヘルマンは・・・ネギの身体は、倒れません。

 

 

「ふふふ・・・いや、おそらくは無駄だよ」

 

 

剣が刺さったまま、ヘルマンが嗤います。

かと思えば、黒い剣がズブズブとヘルマンの身体の中に飲み込まれて・・・消えます。

コレ、は・・・?

 

 

「ふふふ・・・いや、この「闇の魔法(マギア・エレベア)」は本当に素晴らしい力だね。人間の魔族化・・・いや、吸血鬼化? いずれにしても素晴ラ、シいネ・・・ッ!!」

 

 

ネギの身体が、どす黒く染まり・・・ビキビキと音を立てながら変化していきます。

衣服の下にあるはずの「闇の魔法(マギア・エレベア)」の刻印が、今ははっきりと見えます。

それは激しくグルグルと回って、力を増していきます。

 

 

ネギの・・・人間の身体を、化物のそれに変えて行きます。

全身が黒く染まり、頭と肩に無数の角が生え、手と足には鋭利な爪が伸び、尻尾まで。

まるで・・・獣。

 

 

「ははハはハハはハッ! どうかね、気に入って貰えたかね・・・こレがネギ君ノ本来ノ才能! 到達すルはズダっタ境地、オソらク純粋な力なラば彼ノ父親ヲも超えルハずダッた能力・・・!」

 

 

魔力の圧力は段違いに上がり、まさしく私とフェイトを圧倒します。

接触していないのに、私の左眼が疼く程の高濃度魔力。

さるほど、確かにネギはいろいろと規格外の才能を持ってはいたようですね・・・!

それこそ、私など足元にも及ばない程の。

 

 

「そシテそシテさラに、悪魔でアル私ノ力を上乗せスルコとデ、人間にハ到達不可能ナ域にマで・・・変身スルこトガ可能なノだヨ・・・!!」

 

 

もはや二足歩行せず、手足をまさに獣のように床につけて、ヘルマン=ネギが唸り始めます。

その身体はギシギシと何かに変化しようとするかのように蠢き、人間には不可能なレベルの濃度で魔力を断続的に周囲に撒き散らします。

それは小規模ながら魔力嵐を引き起こし、私はフェイトにしがみ付いていないと吹き飛ばされそうで・・・!

 

 

これが・・・ネギ本来の、才能!

到達するはずだった・・・位階!

 

 

「ぬゥウうウウぅゥォぉおオオおオおおおオおォォぉおオォッッ!!」

 

 

咆哮、そして閃光。

艦体その物を揺らす程の衝撃で持って、ヘルマン=ネギの変身が・・・。

・・・完了すると、思った・・・その時。

 

 

 

 

   ―――――そこまでポヨッ!!―――――

 

 

 

 

その時・・・どこかで聞いた覚えのある声(と言うか、語尾)が、響いて。

 

 

 

 

   ―――――開きなさい、地獄の門―――――

 

 

 

 

 

そして、私達の視界が白く染まりました。

 

 

 

 

 

Side デュナミス

 

ふむ・・・3(テルティウム)は、行ったか。

腕を組んで顎先を撫でながら、そんなことを考える。

6(セクストゥム)との組み手の後、従者を連れて飛び出したアーウェルンクスのことを。

 

 

「・・・こんな所に、おられたのですか」

「む・・・ふむ、何となくな」

 

 

私は村役場と学校を兼ねる木造の建物の屋根の上から、私は村を見渡している。

男達は農作業や湖での漁を行い、女達は家事や森の中での薪拾いや果実の採取に従事している。

老人達は自分の経験や知識を幼い子供達に語って聞かせ、幼い子供達はそれを純粋な顔で聞く。

 

 

けして豊かでは無いが、住民全てが己の領分を知り、他者のそれを侵さない。

小に囚われること無く大を知りて、日々の糧を得る毎日に充実感を得る。

誇りある、悪の因子。

 

 

「・・・デュナミス様は」

「む?」

「デュナミス様は何故・・・このような村を作られたのですか?」

 

 

そんな私の傍には、常に6(セクストゥム)がいる。

本当に何故だかはわからんが、この人形は常に私の傍にいる。

しかも村の年配の女子衆に気に入られ、妙なお洒落意識にも目覚めてしまって・・・。

 

 

「このようなささやかな村・・・王国と言わず、ブロントポリスやセブレイニア程度の軍事力でも一瞬で消し飛ばせるでしょうに」

「ふむ・・・まぁ、そうだな」

 

 

実際、こんな小さな村など・・・潰す方法はいくらでもある。

我々がいるとは言え、より強大な力の前には無意味だ。

力が正義、それはある意味でこの世の理の一つではある。

 

 

「だが、ささやかでも良い。そうは思わないか、6(セクストゥム)

「は・・・?」

 

 

この村の住人には、独力で強大な軍事力に対抗できる力など無い。

しかし、ここでささやかな営みを続けて行くこと。

そう、続くことにこそ意味があるのだ。

 

 

それはいつか、形となる。

 

 

他の何にも屈することなく、続けて行くこと。

それこそが、「完全なる世界(コズモ・エンテレケイア)」の真髄。

誰にも従属せず、しかし誰にも従属を求めない。

 

 

「すなわち、結局は最後に立っていた者が勝つのだ!!」

 

 

どんなに強大な敵を前にしようとも、逃げ切り生き残れば我らの勝利!

逆にどんなに強大な勢力を持っていようとも、全うできなければ無意味!

ふふふふ、世界を手にするまでは折れず曲がらず、細く長く続けて行くのだ。

・・・・・・こほん。

 

 

「・・・3(テルティウム)は、女王の下についただろうか」

「そうですね・・・時間的には、そうかと」

「ふむ・・・」

 

 

一応、調整と言う名の悪あがきはしてみたが、どうかな。

私にできるのは調整でしか無く・・・造物主(ライフメイカー)のように再創造はできん。

後、どれくらい生きていけるか。

 

 

私の予測では、あと・・・年ほど、か。

・・・せいぜい、太く生きることだな。




ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第34回広報:

アーシェ:
どう言うタイミングで来てるんだよ!(ずびしっ)。
どうも、思わず突っ込みを入れたアーシェです!
いやぁ、うちの夫君殿下もやりますね・・・出待ちだなんて!

月詠:
はぁはぁ・・・ええわぁ、うちも行きたい・・・イキたいわぁ。

アーシェ:
何で言い直・・・げっ、旧世界連合の辻斬り娘・・・!?

月詠:
ほえ? あんた誰どすかぁ?

アーシェ:
(ここに来といて私を知らないとか!?)
コミュニケーションが取れそうに無いので、いつものコーナー行きましょう!


・北エリジウム諸国
現ウェスペルタティア王国信託統治領エリジウムの北半分、第1次エリジウム解放戦直後からの王国の信託統治下にあった諸地域、旧連合領。
ブロントポリス、ケフィッスス、セブレイニアなどいずれも小国の集まりだが、合計するとウェスペルタティア本国と同等の人口規模を持つ。そのため、王国政府はこの地域で国家連合や新連邦が形成されるような動きを全て抑止した(潰した)とされている。結果、12の小国が分立することになった。そしてこれらの国々は全て独立と同時にウェスペルタティア王国を盟主とする国家連合「イヴィオン」に加盟することが決定され、ウェスペルタティア王国を中心とする集団安保機構に組み込まれることになった。特に国際飛行鯨ルートに接続するブロントポリスには王国軍が直接駐留し、プレゼンスを維持することになった。なお、域内の企業・資源などの経済権益の70~80%はウェスペルタティア資本によって押さえられているとされる。


アーシェ:
・・・国家紹介って言うより、うちの宰相さんのあくどさを説明しただけな気が。

月詠:
あの人もエエわぁ~・・・(うっとり)。

アーシェ:
怖いから。
・・・えーと、次回はあの2人が出ます。
ヒントは、「ポヨ」です。
では、また~(ぱたぱた)。

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