魔法世界興国物語~白き髪のアリア~   作:竜華零

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アフターストーリー第38話「レイニーデイ」

Side アリア

 

―――――門。

それは、門でした。

真っ白い空間の中に、門だけがあります。

 

 

否。

 

 

門だけが存在する空間には、私とフェイト、ヘルマン=ネギ、そして・・・。

門の左右に立つ、2人の魔族。

麻帆良女子中の制服を着た、褐色の肌にピエロのメイクの、2人の少女。

 

 

「ザジさん・・・と、ポヨさん?」

「ついでみたいに言うなポヨ」

 

 

ポヨさんは酷く不機嫌にそう言いましたが、反対側に立っているザジさんはフェイトに抱えられたままの私を見て、ニコリと微笑みを浮かべました。

でも、それ以上は何も言わず・・・。

 

 

2人の間には、2人の身長の3倍の高さと2倍以上の幅を持つ大きな門があります。

表面は無地の、白い空間の中で存在を主張するような漆黒の門。

取っ手も模様も何も無い平らな門、見方によっては壁にも見えます。

 

 

「こ、ここは・・・?」

「・・・僕にも、わからない」

 

 

フェイトの服を掴んだまま、私は状況の急展開に混乱しています。

フェイトにもわからないとなると・・・でも、ここ、何となく。

似てる気がします、雰囲気が・・・あの、「初代女王の墓」の棺の間に。

シンシア姉様達の、お墓に。

 

 

「コレは・・・まサカ・・・!」

 

 

そして私達以上に強い反応を返しているのが、ヘルマン=ネギです。

黒い獣の身体をまま、2人のレイニーデイを振り返り、屹立する門を見上げます。

その声には驚愕の感情よりも、畏れの色彩の方が強いように感じます。

 

 

「まサカ・・・マサかマサかまサカ!」

「「ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン伯爵」」

 

 

2人のレイニーデイが同時に言葉を紡ぎ、そしてやはり同時に2人の身体が変化します。

額と頭の横に合計4本の角が、そして背中に漆黒の一対の翼が生えて・・・背後に。

女性の上半身を象ったかのような黒い何かが現れ、大きな翼と腕が2人をそれぞれ包むように蠢きます。

姉妹だからか、とても良く似ていますが・・・。

 

 

「お前の人間界での活動は、魔界の掟に反しているポヨ」

「我らレイニーデイ、魔界の掟の番人の手足」

「手続き無しでの位階(クラス)変更、魔界から人間界への魂の移動。そして、無許可での人間界での『魔族勢力の拡大』に繋がりかねない行為・・・」

「我らレイニーデイ、人間界のバランスを司る権限を持ちし者の子」

「「掟に従え(ポヨ)、ヴィルヘルム・ヨーゼフ・フォン・ヘルマン」」

 

 

魔界・・・と言うのは、正直良く知りませんけれど。

ただ、どうやらレイニーデイ姉妹がそれなりに上位の存在であることはわかります。

少なくとも、伯爵よりは上・・・。

 

 

「・・・バカナ!」

 

 

黒い獣・・・ヘルマン=ネギが、片手を大きく振って叫びます。

場違いですが・・・それは、舞台で令嬢に愛を叫ぶ俳優のようにも見えました。

 

 

「私ハタだ、自分ノ封印を解くタメに行動しタダケでハ無いカ!!」

「「魔界全体にとっては、関係の無いこと(ポヨ)」」

 

 

しかし対するレイニーデイ姉妹は、冷然とヘルマンを突き放します。

突き放して・・・そして。

ギ、ギギギギィィ・・・と、蝶番が軋む音を立てて、門が。

 

 

「「掟に、従え(ポヨ)」」

 

 

大きな音を立てて、2人の少女の間の門が開きます。

一瞬、門の向こう側には何も無いように見えました。

真っ暗な闇が広がるばかりで、何も見えなくて・・・。

 

 

「ウ、ウぅおおオオおおオオオおオおォォおおォっッ!?」

 

 

でも、ヘルマンには何かが見えているようです。

何かが見えていて、覚えていて。

私達からは背中しか見えませんが、でも怯えているのはわかります。

でも、何に・・・右眼が使えれば、私にも視えたでしょうか。

 

 

次の瞬間、ヘルマン=ネギの身体が何か黒い物に貫かれました。

 

 

左胸を的確に貫いたそれは、門の中央から伸びていて。

門の向こう側から、激しい風が押し寄せてきます。

私がフェイトにしがみ付いて耐えていると、門の向こう側から誰かの笑い声が響いてきました。

それは聞く者の嫌悪感と恐怖心を強制的に引き出すような哄笑で。

 

 

「私ガ・・・私ガ、何をシタと言うノダ!? 私はタダ・・・自由ニ・・・自ユ・・・!!」

 

 

その言葉を終える前に、ヘルマン・・・いえ、ネギの身体から黒い何かが引き抜かれました。

門の中央から伸びているそれは、人の形をした影のような物体を先に掴んでいて。

おそらくそれは・・・ネギの身体に憑依していたヘルマンの魂だと、思います。

それが形容しがたい悲鳴を上げて・・・門の向こう側に、引き摺りこまれていきました。

 

 

大きな音が響いて門が閉じると・・・笑い声と悲鳴が、聞こえなくなりました。

そして、後には・・・。

 

 

「・・・う・・・?」

 

 

後には、1人の人間だけが残りました・・・。

・・・ネギ。

 

 

 

 

 

Side ネギ

 

地面に手をついたまま、軽く頭を振って意識をはっきりとさせる。

ぼやける視界の中で思ったことは・・・まだ生きてる、そう言うことだった。

てっきり、すぐに殺されると思ったんだけど。

 

 

「・・・上手く、いかない物だよね・・・」

 

 

まぁ、良く考えてみれば・・・そんな物だったかもしれない。

僕が考えたことで上手く行ったことなんて、そんなに無いんだから。

ネカネお姉ちゃんやのどかさんは、どうなっただろう。

それと・・・。

正直、僕の意識が表に出ていた時間は全体で1割くらいだから・・・。

 

 

「ネギ先生」

 

 

その時、声をかけられた。

そうして初めて、僕は改めて周りを見る余裕を持つことができた。

ここは・・・どこだろう、真っ白で・・・門?

それと、声をかけてきたのは・・・。

 

 

褐色の肌の、ピエロのメイクを顔に施した女の子。

懐かしい麻帆良の制服を着たその子は・・・ザジ、さん?

 

 

「あちらを」

 

 

ザジさんの指差した先を見てみると、そこには・・・。

・・・白い髪の男女がいて。

フェイトと・・・そして、アリアがそこにいて。

 

 

地面に膝をついた僕と、フェイトに抱えられたアリアの目が、合う。

アリアと目を合わせたのは、とても久しぶりな気がした。

それが何となく気恥ずかしくて、僕は視線を傍のザジさんに戻した。

 

 

「これが最後です、ネギ先生」

「え・・・?」

 

 

最後と言う単語の意味が、すぐにはわからなかった。

だけど・・・わからなかったのは、ほんの一瞬。

優しそうな微笑みを浮かべるザジさんに、僕は頷きを返す。

それから震える足に鞭打って、立ち上がる。

 

 

顔を上げると、アリアもフェイトから離れて自分で立っていた。

薄桃色のドレスは所々が薄汚れていたけれど、格好で言えば僕も似たような物。

だから、気にならなかった。

 

 

「・・・アリア」

 

 

残り数歩の距離まで近付いた所で、僕はアリアの名前を呼んだ。

どうしてかはわからないけれど、とても久しぶりに呼んだ気がした。

それも・・・とても、素直な気持ちで。

 

 

「・・・何ですか」

「僕はね・・・」

 

 

だからかもしれない。

もう、何度も言った言葉だけれど。

 

 

「キミのことが、大嫌いだよ」

 

 

とても素直に、そう言えた。

それに対して、アリアは・・・。

 

 

「私もですよ、ネギ」

 

 

だよね。

僕はそこで、とても素直に笑うことができたよ。

 

 

 

 

 

Side フェイト

 

悪魔ヘルマンがどこへ消えたのかは、わからない。

あの門の向こう側に何があるのかも、僕は知らない。

けれど別にヘルマンに同情してのことでは無く・・・単純に、殴り足りなかっただけだよ。

 

 

「そうポヨ、キミは気にする必要も無いポヨよ」

「はい・・・少なくとも、彼が人間界に召喚されることはもう無いでしょう」

 

 

僕の両側に現れるのは、ピエロのメイクの魔族。

かなり高位の魔族であることはわかるけれど、流石に具体的な位階(クラス)はわからないね。

まぁ、大して興味も無いけれど。

ここはおそらく、この2人が作った「幻想空間(ファンタズマゴリア)」だろう。

 

 

ポヨ・レイニーデイは僕のことを興味深そうに見ているけど、妹のザジ・レイニーデイは別の対象を興味深そうに見つめている。

それは、アリアであり・・・ネギ君であるようだった。

 

 

「昔から・・・キミのことが大嫌いだったよ!」

「お生憎様ですね、私は生まれた時から面倒な人だと思ってましたよ!」

「じゃあ、僕は生まれる前からウザいと思っていたね!」

「小学生ですか、貴方は!」

「キミに言われたくないよ!」

 

 

真っ白な空間の中で、赤髪の青年と白髪の女性が戦っている。

戦闘と言っても、僕からすれば稚拙な物だけど。

何しろ魔法具無しのアリアと「闇の魔法(マギア・エレベア)」抜きのネギ・スプリングフィールドは、お世辞にも強いとは言えないから。

 

 

まぁ、そうは言っても一般人よりは遥かに強いわけだけれど。

中国拳法・八極拳のネギ君と、合気柔術のアリア。

2人とも魔力で身体強化くらいはしてるだろうから、それなりだね。

・・・アリア、片腕が折れてるはずなんだけど。

 

 

「・・・止めなくて、良いんですか?」

「けしかけたのはキミだろうに・・・それに、まぁ」

 

 

ザジ・レイニーデイの言葉に溜息を吐いて、僕は両手をポケットに入れる。

 

 

「・・・あれくらいなら、ね」

 

 

・・・ネギ君が距離を詰め、空中から右手の手刀を下ろす。

アリアはその手刀を受け止めるけど、それはフェイク。

ネギ君はその体勢のまま着地し、フェイントを交えて左拳をアリアの胸に打ち込む。

でもしれはアリアも予測済み、アリアは自分の右手にゆったりとしたドレスの布地を絡めて器用に使い、ネギ君の攻撃力を逆用して引き寄せ、関節を極めようとする・・・。

 

 

双方共にカウンター主体の流派だからね、ある意味で安全な組み合わせだよ。

打撃を撃ち込み合う格闘戦と言うよりは、相手を嵌めようとする頭脳戦に近い。

僕のような最強クラスの存在になると、それだけで相手を潰せるのだけど・・・。

 

 

「・・・やれやれ」

 

 

アリアもたまには、運動すれば良いと思うよ。

それに・・・どうやら、戦闘と言うよりは。

兄妹喧嘩と言った方が、しっくり来るレベルだしね。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

ウッザい!

はっきり言ってウザいですよ、中国拳法!(中国拳法を習ってる皆さん、ごめんなさい)。

クネクネのろのろと・・・ネギにぴったりなウザさです。

 

 

攻撃してきたと思ったら引っ込めて、私が合気に入ろうとすれば捌いていきます。

いや、拳法の試合で考えれば普通なことなんですけどね。

でもウザいです、はっきり言って。

 

 

「キミのそれ・・・合気柔術だっけ?」

「だったら、何です?」

「・・・相手の力をアテにする所が、アリアらしくて鬱陶しいよ!」

「似たような物を使っておいて、良くもそんな口を!」

 

 

とは言え、私から攻撃はできません。

したらモロにカウンター喰らいますので、でも向こうからも決定打が来ないので・・・。

 

 

「ふっ・・・!」

 

 

ネギが突き出してきた拳を両腕で包むように掴もうとしても、技が極まる前に抜けだされてしまいます。

私のロングスカートとネギのロングコートが、それぞれの間合いを微妙に誤魔化しているためです。

ああ、もう・・・鬱陶しい。

 

 

「前に戦った時より・・・随分と弱いね、アリア!」

「でも、別に貴方が強くなったわけじゃありませんよ・・・ネギ!」

 

 

6年前、一度だけ本気でネギと戦ったことがあります。

その時は、魔法具やらアーティファクトやら魔眼やら使ってボコボコにした覚えがありますが・・・残念ながら、今の私はそのほとんどを使えません。

なのでこうして、苦戦中なわけです。

 

 

でも、そう・・・ネギが強くなったわけじゃない。

ただ・・・対等になっただけです。

 

 

「・・・ぅあああぁっ!」

「くぅうぅぅっ・・・!」

 

 

ネギの左拳を右掌で受け止め、左手をネギの左肘に添えます。

足運び、力の込め具合、それぞれを上手く噛み合わせて。

とんっ・・・右足でネギの足を払います。

 

 

足を払う前に、ネギが跳びます。

ぐっ・・・右拳を私の左肘に乗せて、両膝を折って私の顔へ打ち込んできます。

それは顔を逸らしてかわしましたが、体重移動に失敗。

おまけに、魔力硬化で誤魔化していた骨折してる腕が・・・!

・・・結果。

 

 

「・・・っ」

 

 

私は、床に背中から倒れて・・・気が付けば、ネギが馬乗り直前の状態に。

直前と言うのは、ネギが足と膝を床につけてかすかに私の身体から離れているためです。

反射的に私が腕を突き出す前に、ネギの拳が私の顔の前に。

ピタリ・・・寸止め。

 

 

「・・・」

「・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・僕の勝ちー」

 

 

不意に、ネギが子供みたいに笑いました。

私はそれに・・・溜息を吐きました。

・・・私に勝つくらい、別にそんな難しい事じゃ無いですよ。

難しいことじゃ・・・無かったんですよ。

 

 

「・・・どいてくれます?」

「勝ちー」

「ウザいです、気持ち悪い笑顔を見せないでください」

「あははは・・・うん、僕やっぱり、キミのことが大嫌いだ」

「私だって嫌いです、だから触らないでください」

 

 

ネギが私の上からどくと・・・いつの間に近くにいたのか、フェイトが私を助け起こしてくれました。

・・・今さらですけど、私って今、凄くはしたないことをしていたような。

・・・急に恥ずかしくなってきました。

 

 

などと私が心の中でアワアワとしていると、ザジさんとポヨさんがネギの傍に。

そして・・・。

 

 

「・・・もう、良いですか?」

「・・・はい」

「え・・・」

 

 

ザジさんの言葉にネギが頷くと、ポヨさんが黒い門に向けて何かを囁きました。

それは人間の耳では聞き取れない言語でしたが、門が淡く輝き始めました。

ヘルマンの時とは異なり・・・どこか穏やかな音を立てて、門が少しだけ開きます。

そして、レイニーデイ姉妹に連れられてネギが・・・って、ちょちょ、ちょ!

 

 

「待っ・・・!」

「彼は、我々が魔界に連れて行くポヨ」

 

 

呼び止めようとすると、逆のポヨさんに止められました。

いや、魔界にって。

 

 

「彼はもう人間じゃ無いポヨ。「闇の魔法(マギア・エレベア)」なる術に魂を侵され、肉体を一時とは言え悪魔に奪われた彼は、人間よりも我々に近しい存在になったんだポヨ」

「・・・どういうことだい?」

「人間を超えた存在になりながら人間界に留まる事を許された存在は、過去に3人しかいないポヨ。彼はその3人じゃ無い、だから連れて行かないといけないポヨ」

「いや・・・それは、でも」

 

 

別にネギがどこに行こうが、知ったこっちゃありませんが・・・クルトおじ様に叱られそうですけど・・・でも!

 

 

「のどかさんは・・・それと、たぶん子供、産まれてますよね! 赤ちゃんだって・・・ネカネ姉様のことはどうするんですか!? やりっぱなしですか!」

 

 

そこの所をきちんとして貰わないと、私的に物凄く困るんですけど。

たぶん、肝の部分。

ネギがいなくなれば、ますますもってややこしくなるんですけど。

 

 

「・・・ごめん」

 

 

いえ、謝るとか良いですから。

えっと・・・え―――っと・・・だから!

 

 

「でも、どうにもできないんだ・・・」

 

 

私の方を見たネギ、その顔には・・・かすかに、罅が入っているように見えます。

頬の表面が剥がれるように、罅が入っていて。

人間じゃ無い、ポヨさんの言葉が脳裏に響きます。

・・・そう言う、所が。

 

 

「そう言う所が、大嫌いだって・・・どうしてわからないんですか!」

「うん、僕も・・・キミのそう言う所、凄く嫌いだったよ」

 

 

いつだって・・・いつだって、そうだった。

勝手に何かして、その後始末ばかり私にさせて。

でも・・・そんなの。

そんなの、本当は・・・。

 

 

門が大きく開き、視界が再び白く染まって行きます。

世界が壊れる・・・そんな場所で。

私は、とても久しぶりに・・・ネギと「会話」した気がしました。

 

 

「でもね、アリア」

「何ですか・・・もう何を言っても許しませんよ」

「あはは・・・うん、やっぱり嫌いだ。でも・・・」

 

 

最後に良い奴になるみたいな終わり方、認めませんからね。

そう言うの、一番ズルいんですから。

 

 

 

「世界で一番、大嫌いだったけど・・・・・・」

 

 

 

うるさいです、認めない。

そんなの・・・こんなの、絶対、認めない。

貴方の事情なんて知ったこっちゃ無いです、ちゃんと処刑されに戻ってきてください。

そうじゃないと・・・。

 

 

世界が、白く染まって行く中で・・・私は。

「大嫌い」と、叫んだように思います。

 

 

 

 

 

『プラクテ・ビギ・ナル、火よ灯れ(アールデスカット)~!(シャランッ☆)』

『おお~・・・』

『い、今何か出たよねアリア!』

『ええ、出ました。さすがネギ兄様です』

『えへへ・・・』

 

 

 

 

・・・・・・ばいばい。

・・・ネギ、兄様・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・ほぼ同時刻、シルチス亜大陸南部国境付近。

国家連合「イヴィオン」を代表するウェスペルタティア王国軍が占領したこの地域に、迫り来る軍勢があった。

それは旧帝国領内部の人民戦線派の民兵であって、手製の武器を手にシルチス地域に侵攻して来たのである。

 

 

何しろウェスペルタティア王国軍は、エリジウム大陸、サバ地域、ユートピア海などの諸地域に軍事力を分散させているのだ。

今なら、楽に領土を切り取れる・・・そう考えた軍閥のいくつが手を組み、王国占領地に攻撃を仕掛けたのである。

機械化されてはいないが、己の身体能力に絶対の自信を持つ亜人種の軍勢である。

 

 

勝利は、約束されたような物。

彼らは意気揚々と進軍を続け・・・そして。

 

 

「残念、ここは王国領なのさ」

 

 

現地の王国艦隊を掌握するホレイシア・ロイド提督によって、迎撃された。

第1次エリジウム解放戦で苛烈な戦果を上げ、名を馳せた女提督である。

旗艦『センチュリオン』を筆頭とする26隻の艦隊が、民間鯨に分乗した民兵を悉く大地に叩き落とした。

1隻落ちる度に、数百人の帝国人がこの世を去って行く・・・。

 

 

「・・・」

「はっ・・・砲撃の手を緩めず、敵に体勢を整える時間を与えるな!」

 

 

地上でも同様に、ジョナサン・ジャクソン将軍率いる部隊が砲列を並べ、国境を越えて来る民兵を端から狙い撃ちにした。

着弾と同時に民兵の血と肉が散り、悲鳴と怒号だけが響いた。

背中を見せて逃げ出した民兵の後を、ロボット兵器『アルマジロ』が追撃して行く・・・。

 

 

『タダチニ、コウフクシナサイ』

『タダチニブソウカイジョシ、「クイーン・アリア」ニシタガウノデス』

『テイコウハムイミデス、シタガウノデス』

『シタガワナケレバ・・・』

 

 

感情の無いロボット兵器は、躊躇することなく数千の民兵を飲み込んで行った。

足を負傷した男を踏み潰し、逃げる敵の頭を吹き飛ばし、錯乱して向かってくる敵兵の腹を刺して内臓をぶちまけさせる、普通の人間なら見ただけで嘔吐するような地獄が展開されたのである。

その凄惨さは、後に報告を聞いた国境付近の軍閥の長が王国への恭順を示す程だったと言う・・・。

 

 

同日中に、エリジウム大陸の総督府軍が本国に帰順。

サバ地域の人民政府首脳部が降伏表明、そしてユートピア海の紛争当事国が撤兵を表明した。

ウェスペルタティア王国は、世界の数ヵ所で同時に軍事力を行使できることを魔法世界に証明して見せたのである・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

Side エヴァンジェリン

 

あの後、私が目を覚ましたのは結局、全てが終わった後だった。

流石に、夢魔の夢と言えども時間は相応に過ぎる物らしかった。

しかも私が寝こけている間、いろいろなことが起こっていたらしいじゃないか。

 

 

例えば、ぼーやが死んだらしいこと。

良くはわからないが、どうもヘルマンと共に滅んだと言っていた。

アリアがな、たぶん嘘だ。

6年も付き合ってれば、嘘かどうかくらいわかるさ。

・・・ああ、そうそう。

 

 

「おい、若造(フェイト)」

「何だい?」

「・・・歯を喰いしばれ」

 

 

人が寝てる間にひょっこり戻って来ていた若造(フェイト)は、見つけた瞬間に殴っておいた。

それでまた『ブリュンヒルデ』の内装が壊れたりしたが、良いだろ別に。

アリアが泣きながら庇わなかったら、手足を4本ほど千切り取ってやるつもりだったが。

 

 

・・・エリジウムでの叛逆の方も、終息に向かっている。

総督府軍の秩序だった降伏のおかげで、犠牲は最小限で済んだ。

とは言え、それでも全体で236人が死に、907人が負傷した。

当然、総督府は解体され、新たな機構の下で信託統治が再開されることになるだろう。

 

 

「特に北の9カ国で指導者がいないと言うのだからな」

 

 

リュケスティスは、今回の叛逆を徹底的に利用した。

エリジウム諸国の指導層を「浄化」し、かつ叛乱分子が動き出さない内に全てを終わらせた。

結果、エリジウム大陸から「政治指導者」が一掃されてしまった。

 

 

そして、「Ⅰ」の施設。

リュケスティスが向かわせた艦隊によって、全て焼き払われた。

名実共に「叛逆者」になることで、女王の許可なく「女王のために」行動することができたわけだ。

域外の唯一の研究施設があるフォエニクスでは、ゲーデルが何かしたのか・・・フォエニクス軍が「片付けた」らしい。

 

 

「何とも、後味の悪い話だがな・・・」

 

 

結局、アリアが決断しなかったからゲーデルやリュケスティスが苦労した、と言う話になるらしい。

リュケスティス自身の今後はどうなるかわからんが、かなり深い傷を負ったらしいからな。

何とも、救われない話じゃないか。

 

 

救いがあるとすれば、ブロントポリスで別れ別れになった連中に一部の無事が確認されたことだろうか。

近隣の村や森に身を潜めていた連中が、アリアの再進攻を聞き付けて来たんだ。

NGO団体『悠久の風(A A A)』に保護されていた親衛隊の知紅とかも、その1人だろう。

一部だけでも、無事で良かったと思う。

 

 

「・・・で、問題だけが残ったわけだ」

 

 

そして、1週間後。

私達は、総督府・・・旧総督府のある新グラニクスに到着した。

そしてそこからさらに、10日後。

 

 

 

 

 

Side テオドシウス(ウェスペルタティア王国社会秩序尚書)

 

この10日は、ほとんど事後処理に追われる日々だった。

レオのしたことの事後処理がほとんどだけれど、動揺したエリジウム大陸の自治制度や民間物流の復旧、負傷者の収容と移送などもある。

 

 

犠牲が最小限だったと言っても、叛乱と言うのはそこまでリスクの大きい事件なんだ。

何とか民衆にダメージがいかないように、いろいろと苦心している所なんだよ。

幸い、女王陛下は民衆の生活・食糧を優先事項として認識してくれているみたいだし・・・。

 

 

「やぁ、調子はどうだい?」

 

 

叛乱に関しては、公式発表はまだされていない。

悪魔の介入があったことは、王国の上層部には良く伝わっているのだけど・・・民間にどの程度の情報を公表するか、まだ定まっていない。

女王陛下自身は、全て包み隠さず公表しても良しと思っておられるようだけど。

 

 

まぁ、あの宰相閣下がそうさせるかは微妙だけどね。

だから、世間的にはレオナントス・リュケスティスが叛逆して女王陛下に返り討ちにあったって言うのが一般的。

 

 

「・・・たった今、最悪になった所だ」

「キミね・・・」

 

 

そしてその当人、レオナントス・リュケスティス・・・元総督。

正式に総督府が解体されて、レオ自身も更迭されることになった。

事情はどうあれ、事実上の叛逆としか見えない行動を多々取っていたわけだからね。

まぁ、仕方が無いと思う。

それに・・・。

 

 

「・・・半死人のくせに、口だけは変化無しなんだからね、キミは」

「俺は逆子らしいからな、口から先に産まれた弊害だと思って諦めてくれ」

「何それ・・・」

 

 

新グラニクスに建設されたばかりの軍病院、そこにレオはいる。

『ブリュンヒルデ』で女王陛下を庇って大怪我したって聞いてるけど、詳しいことは知らない。

女王陛下の周辺なら知っているんだろうけど・・・レオは話してくれないしね。

 

 

結果だけを言えば、レオはもう軍人としては死んだも同然だ。

腹部の傷もそうだけど、その後につけられた背中の傷が不味かったらしい。

腰から下の神経がダメになったらしくて、歩けなくなった。

一言で言えば、下半身不随。

 

 

「・・・何だ」

「・・・ん、いや、別に。総督府でキミの忘れ物を見つけてね」

「忘れ物・・・?」

 

 

うん、怪我と後遺症に関しては本当に言うことは無いんだ。

レオが自分で判断して、受け入れていることだから。

そこに私なんかが口を挟む余地は無い。

ベッドの上で逞しい上半身を晒した(包帯だらけだけどね)レオに、私は「忘れ物」を手渡す。

それは、綺麗な木の箱に入った・・・ガラスペン。

 

 

「・・・大事な物、なんだろ?」

「ふん・・・」

 

 

礼の一つも言わずに、レオは箱を開けた。

中には王室御用達(ロイヤルワラント)の逸品・・・恩寵のガラスペンがある。

 

 

レオはそれを手に取ると、窓から漏れる太陽の光で透かすように掲げ持った。

それを眩しそうな・・・形容しがたい表情で見つめているレオを。

私は、少しの間・・・見ていた。

 

 

 

 

 

Side 近衛近右衛門

 

ふむ・・・どうやら、外の騒ぎは収まったようじゃのぅ。

外がどうなったのかを正確に知る手段は無いが、それでも牢番や囚人内部の情報ネットワークを通して大体のことはわかるわい。

 

 

「いやぁ、上の人が何も教えてくんねーから、俺も詳しいことはわかんねーけどよ」

「ふむふむ、総督閣下はどうなされたかのぅ」

「さぁ・・・あ、でも総督は更迭されちまったらしいぜ。布告が出てたから、それは下っ端の俺でもわかる」

「ほほぅ、それは心配じゃのぅ・・・」

 

 

・・・と言うようにじゃ、ワシの所にもある程度の情報は降りて来るでな。

しかし、ふむぅ、更迭と言う言い方が気になるのぅ。

つまりは、生きておると言うことじゃな。

 

 

牢に入ると言う策は、身の安全を守るには最適じゃったが・・・。

まぁ、ここは生き残るのが肝要じゃて。

どれ程の罪状を調べようとも、死罪にはならぬ。

死罪にならぬ以上、上に登り続けることができるからの・・・。

 

 

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ・・・」

 

 

とは言え、次はどうするかの。

まぁ、次のスタート時点にもよるがの。

ワシを殺せぬ、それがアリア君の限界じゃからの。

 

 

ワシのような人間からすれば、抜け道を見つけやすくて有難いわい。

まぁ、それもワシがいずれ埋めて差し上げるとするがの。

そのためには、ワシの経験を向こうが買いたがる状況を作らねばならんて・・・。

 

 

「う、うえええええっ!?」

 

 

その時、牢番の小僧がやけに取り乱した声を出しおった。

何かと思って顔を上げれば・・・重そうな音を立てて、牢の扉が開いた。

そこから入って来たのは・・・。

 

 

「げ、げげげげげ、元帥閣下、ど、どうしてこのような場所に・・・っ!?」

「ああ、いや、大した用じゃない」

 

 

動揺する牢番の小僧を宥めながら牢に入って来たのは、蜂蜜色の髪の将官じゃった。

いや、将官では無く・・・元帥か。

蜂蜜色の髪の元帥、1人しかおらんの。

 

 

「おお~・・・これはこれは、陸軍総司令官のベンジャミン・グリアソン元帥閣下ではござらんか」

 

 

長い髭を撫でながらそう言うと、元帥閣下(グリアソン)は感情の読めない表情でワシを見つめて来た。

口元が少し、笑みの形を浮かべておる。

 

 

「・・・光栄ですな、今をときめく近衛近右衛門殿が私ごとき若輩者をご存じとは」

「いやはや・・・」

 

 

今をときめいておったらば、こんな牢にはおらぬよ。

 

 

「いや、旧エリジウム総督府政務官とお呼びした方が良いですかな?」

「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、好きにお呼びくだされぃ」

 

 

さてぇ・・・どう読むべきかのコレは。

元帥自ら、となると・・・釈放かの、移送かの。

少々、判断に苦しむ・・・。

 

 

「まぁ、生前の地位など・・・これから先の貴方には何の役にも立たないからな」

 

 

冷然と言い放たれた一言に、ワシは背中に冷たい汗が浮かぶのを感じた。

・・・これは、苦しいやもしれぬの。

生前の地位・・・う、うぅむぅ・・・。

 

 

 

 

 

Side アリア

 

・・・新グラニクスの人心は、比較的に安定しているようです。

まだ市内に入って間もありませんが、視察した限りでは混乱は起きていません。

物価も安定し、犯罪の発生率も叛乱事件以前の水準を保っています。

 

 

これは総督府が民生面を沈着にまとめていてくれたことと、軍事面でも速やかに降伏してくれたためです。

そしてもう一つはここ数年、エリジウムで活動しているNGO組織の存在があります。

 

 

「この度は私共の不祥事に手をお貸し頂き、誠にありがとうございます・・・どうか、お顔を上げてください」

「は・・・女王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」

 

 

新グラニクスの旧総督府に仮の執務室を構えて、そのNGO組織『悠久の風』の代表の方々をお招きしています。

彼らの存在は、もはやエリジウムには無くてはならないと言えるでしょう。

今回の事件の際も、各地で様々な活動をしていたと聞きます。

 

 

王国の公共事業もそうですが、彼らが草の根の活動を続けていることの意味は大きいのです。

すでに本国政府は、代表に対して勲章の授与を決定しています。

一応、王国も認可している組織なので・・・それに。

 

 

「・・・無事に戻ってくれて嬉しく思います、知紅さん」

「陛下には我が愛と忠誠を捧げましたれば・・・」

 

 

『悠久の風』の皆様が謁見に合わせて連れて来てくれたのは、親衛隊の知紅さんでした。

和風な侍女服を纏った親衛隊副長が、深く私に跪いています。

知紅さんを含む数人の親衛隊の方々がブロントポリスからの脱出後、彼らの下に身を寄せていたのです。

全員ではありませんが・・・でも、無事な人達がいてくれたことが嬉しい。

 

 

これ以上は、嫌ですから。

ただ・・・何でしょう。

知紅さんは、両腕で小さな何かを抱いておりました。

何かと言うか、それは・・・赤ちゃんでした。

ふわふわな黒髪と、赤い瞳の・・・アジア系の顔立ちの、赤ちゃん。

 

 

「知紅さんの・・・と言うわけでは、ありませんよね」

「は・・・私はケルベラス方面の『悠久の風』施設に身を寄せておりました。そこで女王陛下のことを聞き及び、3日前に出立したのですが・・・その直前、ある方に託されまして」

「ある方?」

「この子と共に・・・陛下へのお手紙を預かっております」

 

 

そう言って、知紅さんは私に白い便箋を渡してきました。

差出人は、高・・・・・・。

 

 

「・・・知紅さん」

「は、処罰ならばいかようにも」

「いえ・・・」

 

 

処遇は、後で定めます。

でも・・・これも結局、私が決断できなかったせい。

今回のことは元を正せば私の責任、ですから。

 

 

逃げられない。

 

 

毎日届けられる死傷者の数が、私の責任を追及するのですから。

だから・・・。

 

 

「・・・知紅さん、今すぐに私の専属侍女として復帰して頂けますか?」

仰せのままに(イエス・ユア・)女王陛下(マジェスティ)

 

 

かさっ・・・握り締めた手紙が、音を立てました。

 

 

 

 

 

Side エヴァンジェリン

 

「どこの葱畑から連れて来たんだ、そいつは?」

 

 

例によって例の如く、私だけに許された非公式の権力である「無断で女王の私室に入る」を行使している最中、アリアが戻って来た。

窓の外の空は赤らんでいて、そろそろ日が落ちることを示している。

 

 

ちなみに私の「葱畑云々」の対象は、アリアに続いて入室してきた知紅の手の中にいる。

黒髪赤瞳の赤ん坊、容姿の特徴や魔力の波長が誰かに似ていなくもない。

私が知紅と目礼を交わすと、アリアは知紅から赤ん坊を受け取って、退出するように命じた。

知紅が出て行くのを待って、私は口を開く。

 

 

「・・・で、どこの葱畑だ?」

「・・・」

「ああ、良い。説明しなくても大体は予想がつくさ・・・ぼーやの種だろ」

 

 

生後2、3ヵ月と言う所かな・・・かすかに感じる潜在魔力が、ナギやぼーやのそれに近い。

容姿は流石にまだ微妙だが、瞳の色とか目元とかがナギに似てる気がする。

私はぼーやのことは知らんが、ナギのことは良く知ってるつもりだ。

15年間、ナギの魔力(のろい)をこの身に宿していたのだからな。

 

 

「・・・タカミチさんが、NGO経由で私の所へ届くようにしたそうです」

「はん、タカミチか・・・どうせまた、簡単なことを複雑に考えて意味不明なことをしたんだろう」

 

 

何でも、タカミチからの手紙にはそれほど細かい事情は書いていなかったらしい。

宮崎のどかとネカネ・スプリングフィールドの面倒は見ると言っているらしいが、できれば探さないで欲しいとか。

 

 

・・・舐めてるとしか思えんな。

誠実で真面目そうに見えて、実は何も考えていなそうな奴のことだ。

どうせ、いらん物を背負おうとしてるんだろ。

 

 

「・・・で、どうするんだ?」

「・・・この子は、何も悪く無いですから・・・」

「お前が育てる?」

「・・・はい」

 

 

拳骨を喰らわせてやった。

 

 

「・・・痛いです」

「痛くしたからな」

 

 

軽く涙目になったアリアに溜息を吐いてから、私はアリアの腕の中で大人しくしている生後間もない乳児を見つめた。

・・・ふん。

 

 

「・・・おい、寄越せ」

「え?」

「良いから、そいつを寄越せ」

 

 

戸惑うアリアから赤ん坊を奪い、腕に抱く。

さよやアリアの子とはまた違う感触に、私は軽く笑みを浮かべる。

ぼーやの子は、私の腕の中で不思議そうに私を見上げている。

小さな手を伸ばして、目の前で揺れる私の前髪を掴もうとする。

 

 

「性別は・・・何だ女か」

「あ、あの・・・エヴァさん?」

「名前は? タカミチはこいつの名前は何だと書いていたんだ?」

「え・・・えっとですね・・・・・・ユエ、だそうです」

「・・・・・・そうか」

 

 

名付け親は、聞かなくてもわかるな。

ユエ・・・ユエか、ふん。

まぁ、良いだろう。

 

 

「良し、ではお前は今日からユエ・マクダウェルだ」

「・・・ぅー?」

「え、ちょ、エヴァさん!?」

 

 

アリアの声を無視して、そのまま赤ん坊・・・ユエを連れて部屋を出て行く。

当然、アリアは私を止めようとするわけだが。

 

 

「お前・・・女王が養子なんて取れるわけ無いだろ」

「そ、それは・・・」

「それよりは、私が戦場で拾ったことにした方が問題が少ないだろ。私が戦災孤児を1人引き取るくらい、問題にする奴なんていないだろうよ」

 

 

コイツは頭は悪くないがバカだからな、はっきりとズバズバ言ってやった方が良い。

そこらへんは、血筋なのかもしれん。

・・・嫌な血筋だな。

 

 

だが実際、ウェスペルタティア女王であるアリアが養子など持てるわけが無い。

扶養するだけでも、政治的に大問題だ。

それよりは、私が引き取った方が問題が少ないだろ。

・・・他に、事情を知っていてしかも後腐れの無い奴、いないだろうしな。

 

 

「それにアレだ、お前とさよを見ていて私も子供が欲しいと思っていた所だ。何せ、私は産めないと言うのにやたらに抱かせる奴らがいたからな」

「あ・・・」

「そんな顔をするな、冗談だよ」

 

 

内心でしまったと思いつつ、冗談と言うことにする。

・・・まぁ、他にも理由は無いでも無いが。

 

 

「アリア、お前は超がいる未来を『作ろうと』していたんだろうがな、それはおそらく超からすれば余計なことでしか無かったと思うぞ」

 

 

確証は無いが、おそらくはアリアの未来を変えただろう女。

超鈴音。

アリアはおそらく、奴がいる未来を守るためにぼーやと宮崎のどかを生かした。

そこについては、確信がある。

 

 

だがその結果、今回の惨事を生んだ。

そしてそれは、超からすれば「ふざけるな」の一言だろうと思う。

私は奴じゃ無いから、断言はできないがな。

 

 

「・・・じゃあな」

 

 

言いたいことだけ言って、私はアリアの部屋から出て行った。

アリアは、追ってこなかった。

途中で知紅とすれ違ったが、特に会話はしなかった。

 

 

「・・・さて、お前のために服を作ってやらねばな」

 

 

そして、私の腕の中にはアリアから強奪してきた赤ん坊。

そこには、穢れの無い瞳が私を不思議そうに見上げていた・・・。

それに私は、小さく微笑みを浮かべる。

 

 

・・・まったく、不器用な奴らだよ。

なぁ、超・・・。

 

 

  ◆  ◆  ◆

 

 

・・・そこは、何も無い空間だった。

もちろん、「何も無い」と言うのは赤い髪の青年の主観でしか無い。

実際には砂漠のような荒野が広がっていて・・・砂漠の割には、吹きすさぶ風が嫌に冷たい。

 

 

ここには、太陽が無いからだろうか。

そんなことを考えて、青年は人間が吸えない空気を吸って生きている。

ここは魔界、ここは地獄。

人間は生きていけない、不毛の地・・・。

 

 

「先生、こちらです」

「ああ、はい・・・どこに行くんでしたっけ?」

魔界の中枢(パンデモニウム)です。そこで魔界での国籍と住民票と・・・あと健康保険証とかいろいろと取得して頂かないといけませんので」

「・・・意外と近代的なんですね」

「手続きが死ぬほど面倒くさいポヨ・・・何しろ魔族だから受付がノンビリ過ぎるポヨ・・・」

 

 

目印も何も無い砂漠で、双子の魔族が赤毛の青年を先導している。

その足取りは確かで、道に迷っている風では無い。

 

 

「つくまでに多少、時間がありますので・・・魔界のことについてお教えしますね。歴史や文化、種族や国際関係、人間界との繋がりなど・・・」

「魔族が人間界に行くには、資格を取るか王命を受けるか、術者に召喚されるかしか無いポヨ」

「召喚、ですか・・・」

 

 

赤毛の青年は、太陽の無い空を見上げる。

その向こう側に思いを馳せて、口の中で何かを呟いた。

だがそれは、双子の魔族の少女達の耳には届かなかった。

 

 

「早くするポヨ!」

「あ・・・すみません!」

 

 

青年が立ち止っている間に、少女達は随分と先に行ってしまっていた。

赤毛の青年が駆けて・・・そして足跡だけが残る。

その足跡も、吹きすさぶ風が砂を運んで消してしまう。

 

 

そして後には・・・何も残らなかった。

何も、残らなかった。

そして―――――――。




ユエ・マクダウェル:伸様提案。
ありがとうございます。


ウェスペルタティア王国宰相府広報部王室専門室・第36回広報:

アーシェ:
途中で陛下達がどこかに行ったんですけど!
かと思ったら、戻ってきてるし・・・何だったんでしょう。
夫君殿下も、ひょっこり復帰してるし・・・。
・・・マクダウェル尚書は、いつの間にか子供作ってるし。
世の中、下っ端にはわからないこともあるもんですね。


・龍山連合
魔法世界最北端の国家で人口は約2000万人、旧連合時代は鉱物資源・天然資源の供給基地として発展していた。現在も産業構造は変わらず、資源・農産物などの一次産品が生産の80%を占めている。輸出の70%はウェスペルタティア王国、輸出できる工業製品が無いので貿易収支は毎年のように赤字である。政治は議会体制、ウェスペルタティア女王を元首に頂く「イヴィオン」の一国。南の隣国アキダリアとは長らく国境紛争を抱えていたが、ウェスペルタティア王国の仲介で国境が確定。以降は独自の軍縮政策を行い、旧連合から引き継いだ軍隊の規模を縮小している平和国家でもある。


アーシェ:
えーでは、次回がアフターストーリーの最後ですね。
つまり、私のコーナーも終わりが近いと言うことですか・・・。
・・・ではでは、また。

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