日は既に半ばまで沈み、頭上は朱かあるいは藤かという色に染まっていた。内番の作業は終わっても、夕食にはまだ早い。鍛冶場の妖精から受け取ったばかりの六本目の五虎退を、同田貫正国は蔵に収めに来たところであった。その蔵の、扉の無い漆喰塗りの壁に凭れて榛の髪の男が立っていた。建物の外だというのに、彼にしては珍しく手にしているのは槍ではなく紙でできた小さな箱。左手の人差し指と中指で挟まれた白く細長い円筒の先は赤橙色に輝いて、焼けた空よりも明るい。
「御手杵、何やってんだ?」右手に短刀、左手に鍵束を持ったまま、顔に傷のある青年は問うた。
「ん?あー、たばこ。あんたも吸うか?」
口にくわえた紙筒をひょこひょこ上下に揺らしながら御手杵と呼ばれた男が訊くと、じゃあ、と言って同田貫は近づく。鍵を右手に持ち変えて、空になった左手を伸ばす。
「ほい」
箱ごと差し出した男を下から睨んで、青年は右手を一振り。これでは箱から引き出せない、と。あー、と一つ鳴いて御手杵は赤い
不味い。やたらに苦く煙たい。毒ではないのか、これは。
「ごふ、げっほ、ぐえぇ」盛大に噎せた青年は慌てて口から煙草を離し、足元へ落として革靴で踏みにじる。左手は少し曲がった膝の上、前屈みになった背中を御手杵は大いに笑った。
「あーあ。もったいないなあ」
「にっが、お前よくこんなん呑めるな、旨いのか?だとしたら薬研に診てもらえ」未だ混乱が収まらないのか矢継ぎ早に捲し立てた同田貫に、御手杵は笑いを堪えぬまま別段旨いわけではないと返す。
「じゃあなんで呑むんだよ」
「この体にあんまり引きずられないように、って」
「はあ?」
「時々、さ」と御手杵は言う。どこか悲しそうに。
「敵をこの手で殺せることが嬉しいと思うことがあるんだ」
その鳶の瞳は、どこを見ていたのか。
そのことを問題にするのは、きっと彼ら二振りだけ。
紅雪左文字は、殺生を喜ぶなど愚かしいと言うだろう。哀しい有り様だ、とも。五虎退は、恐ろしいことだと言うだろう。けれどそれが
それは決して、武器の持つべきものではないのに。
「んで、
「いや、それはそーなんだけど」
肉体を喜ぶなど、槍のすることではない。刀であるなら使うことでなく、使われることをこそ喜ばねばならない。「その手で」殺すを喜ぶのは、そして思うことその物もまた、人のものだった。
「大丈夫だって。俺たちはかみさまなんだろう?煙草の毒程度にやられやしないさ」
三分の二ほどまで短くなった煙草からとん、と叩いて灰を落としつつ御手杵は言った。彼にとって大事なのはただ、器を大切にしていないということだった。ただこの六尺三寸の肉塊が、あの四尺六寸の鋼より下等であったならそれだけで十分だった。
「そーかい。ま、あんたが自分の取り分で何しようが勝手だからなあ」
自分には理解できないと言いたげに、同田貫は当初の仕事に戻ろうと軍靴に似たブーツと草の露のせいでぐしゃぐしゃになった煙草を拾い上げて踵を返した。
空は大分赤が抜けて、鉄紺を水に溶いて延ばしたような。日の沈みきって、けれどまだ月は上がらず、一つ二つと瞬く星が薄い雲に隠されていた。夜目の効かない槍は、二本目を諦めて壁から背を離した。
例えその、彼以外には無意味な行為がどこまでも人間染みていたとして、誰がそんなことを言えただろう。食事は、命を啜ることとは違ったのだから。睡眠は、霊体を保てなくなるのとは異なるのだから。彼らは既に十分、人をなぞらざるを得なくなっていた。