MUGENと共に   作:アキ山

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 皆様、遅ればせながら新年あけましておめでとうございます。
 本ッッ当に遅くなって申し訳ありません。
 リアルで忙しかったのもありますが、年末からコツコツ書いていたくせに、四回書き直したのが原因です。
 うん、改めて自分が広げた風呂敷の恐ろしさが分かりました。
 改めて気合を入れ直そうと思います。


15話

 ベランダの窓から差し込む色とりどりのネオンの光が、闇に覆われた室内を薄く照らす。

 欲望と快楽が入り混じった華やかな光を放つビル群の中、切り取られた様に立っている洋館。

 その三階に設けられた繁華街を行きかう人々を見下ろす事ができる位置にある応接室は、まるで嵐が通り過ぎたかのような惨状となっていた。

 置かれていた高価な家具や調度品はその殆どがバラバラに砕け、絨毯張りの床にその破片を撒き散らしている。

 そして、そんなガラクタに紛れるように転がっているのは、思い思いに武装したチンピラ風の男の集団だ。

 床に伏した彼等に無事な者は誰一人いない。

 ある者は顔面が陥没し、またある者は背中に突き立てられたナイフに自身の手を縫い付けられている。

 他にも、腕や足があり得ない方向に曲がっていたり、腹にハンマーをメリ込ませていたりと、どれもこれも即入院モノの重傷だ。

 そんな鉄錆の匂いと呻き声が充満する鉄火場の中心で、俺は壁にもたれてへたり込む一団の長である男に目を向けた。

「も、もうやめてくれ……。言われた通りにここから出ていく。二度と地上には出てこねえ。だから、勘弁してくれ……!!」

 原型がわからない程に腫れあがった顔を両手で庇う男。

 そのみじめな姿からは悪魔の貴族、グラシャラボラス家の後継ぎとしての誇りは微塵も感じられない。

 ゼファードル・グラシャラボラス。

 『グラシャラボラス家の凶児』などと呼ばれ冥界で恐れられた男も、一皮剝けばその辺のチンピラと大差ないということか。

「無様ですねぇ。これが72柱の魔神の血を引く者とは、ソロモン王も草葉の陰で泣いていることでしょう」

 縮こまって命乞いを続けるゼファードルを嘲る艶のある声に振り返ると、普段の和装とは違う黒のスーツに身を包んだ玉藻がいた。

「ご主人様。下にいた女性達の対処、終わりました」

「お疲れさん。悪いな、嫌な役目を押し付けちまって」

「いいえ、ご主人様から頼まれたことですから。それに、同じ女性として無体を働かれた人達を放っておく事はできませんし」

 苦笑いを浮かべながら周囲を見回した玉藻は、倒れているゼファードル眷属の姿に身に纏っていた怒気を霧散させる。

「天誅を与えてやろうと思っていましたが、蛮行の報いはご主人様から十分に受けたようですしね」

 ふむ、こいつらが殺しや婦女暴行までやってるとは思ってなかったので、殴り倒す拳にいつも以上に力が入ったのは確かだが、玉藻が納得するほどのモノだったろうか?

「はい。金属バットやゴルフクラブで顔面をフルスイングなんて、さすがの私も少々引いてしまうほどの残虐ファイトでした」

 ……大妖怪に引かれるとか、やはりヒートアクションごっこはヤリすぎだったようだ。

「お疲れさんやな、兄ちゃん」

 背後から掛けられた声に振り返ると、オールバックに固めた黒髪に吊り上がった目を隠すグラサン、趣味の悪い赤紫のスーツに身を包んだ男が立っている。

 どこからどう見ても筋者にしか見えないこの男、実はこの大阪新世界の番所を纏める神様『ビリケン様』だ。

「そこのボケもええ感じにヤキ入れたみたいやし、後はワシ等に任せてもらうで」

 ビリケン様が背後に目配せをすると、これまた筋モノとしか見えないスキンヘッドにグラサンの白蔵主(はくぞうす)達が現れ、未だに怯えているゼファードルを拘束する。

「ええ、後はお任せします」

「ところで、この不埒者達はどうなるのですか?」

「お上からのお達しもあるからな、殺しはせんよ。けど、あいつ等がこの街で犯した強姦やら殺しの落とし前は、キッチリつけなあかん。そやから、むこうから『殺してくれ』泣いて頼むような目にはあってもらう事になるわな」

 玉藻の質問にユーモアさを感じさせる下膨れの顔に、ゾッとする様な凶相を浮かべるビリケン様。

 この顔を見たら、彼が通天閣のマスコットだなんて誰も思わないだろうな。

「それじゃあ、こっちは失礼させてもらいますよ。今からなら新幹線の最終に間に合いそうだ」

 身に着けた黒のスーツの胸ポケットから取り出したスマホが示すのは21時。

 これなら駒王町には日付が変わる前に帰ることが出来るだろう。

「なんや、もう帰るんかい。こんな時間に帰らんでも、宿やったら天王寺辺りに取るで?」

「いえ、明日は学校の試験があるんで」

「そう言えば、兄ちゃんは学生さんやったな。わかった、部下に新大阪まで送らせるわ。車廻すから家の前で待っといてんか?」

「すみません、甘えます。玉藻、行こうか」

「はい」

 ビリケン様の気遣いに礼を言って、俺は玉藻と共に洋館を後にした。

 無駄にデカい門を抜けると、車道を挟んだ向こう側に新世界の喧騒が見える。

 夜も深まり行きかう人の姿は減ったが、それを補うように飲み屋やいかがわしい店の呼び込みは数を増してる為、賑やかさに変わりは無い。

 暗闇の中で浮かび上がるネオンの影をボンヤリと眺めていると、マナーモードにしていた携帯が短く振動した。

 取り出して確認すると、メールが一通。

 差出人は美朱だ。

『明日の期末テストは国語と理科。赤点とるなよ』

 携帯の液晶に映る文字に、思わず指で顎を扱く。

 やはり、持つべきものは妹である。

 聖剣事件から一か月。

 仕事にかまけてほとんど学校に行っていない俺が、留年しなくてすんでいるのはこうして学校の情報をくれる美朱や晴矢達のフォローあっての事だ。

 缶コーヒーを煽りながら携帯を操作し、無限の闘争の個人倉庫に放り込んでいた教科書と耕太から借りたノートを転送する。

 授業にブランクはあるが、帰りの道中で復習すれば赤点は免れるだろう。

「ご主人様、どうなさったのですか?」

「明日は学校の試験なんで、今から勉強をな」

 玉藻に言葉を返しながら放った中身の無い缶が、屑籠の中で軽い音を立てる。

 それと同時に、ハイビーム全開で黒塗りの車が俺達の前に停車した。

「お待たせしました、お客人」

 運転席から顔を出したグラサン装備の白蔵主とヤーさん趣味丸出しのベンツに内心呆れながら、俺は後部座席に身体を滑り込ませた。

 革張りの無駄に高級そうなソファに身体を預けて教科書を開くと、反対側から入ってきた玉藻がこちらにもたれ掛かってくる。

「どうした?」

「えーと、タマモ的に少し疲れたのでご主人様分を補充しようかなぁ、と。……テヘッ❤」

 こちらの肩に頭を置きながら、上目遣いで視線を向けてくる玉藻。

 よく分からんが、どうやら甘えたいらしい。

 少々あざといように感じるが、こちらも前世から数えて精神年齢はアラフォーである。

 これくらいはどーんと受け入れるべきだろう。

 それに、日本に戻って来てからは俺に付き合ってハードワークな日々に耐えてくれたのだし、この程度の労いならバチは当たるまい。

 俺は肩にあった玉藻の頭に手を添えて、ゆっくりと自分の腿の上に乗せる。

「へ、え……ご、ごごごご主人様!?」

「ん、嫌だったか?」

 顔を真っ赤にして挙動不審な声を上げる玉藻の態度に、思わず首を傾げる。

「こんなご褒美、嫌なワケねーですッ!」

「ならいいや。ちょっと大人しくしてろよ」

 片手で教科書をめくりながら、空いた手に聖母の微笑の力を込めてガチガチになってる玉藻の頭をゆっくり撫でてやる。

 一月近くの付き合いで分かった事だが、玉藻は積極的にスキンシップを図ろうとするわりにこっちが応じてやると腰が引けるところがある。

 なので、この頃はこうやって水を向けてやる事で色んな意味で暴走しがちな彼女を抑えているのだ。

 それに聖母の微笑の効能を上手く応用してやれば、治癒の他に肉体的疲労を取る効果も付与できるので少しはリラックスできるだろう。

「はぅ~。このナデナデは反則です……」

「眠くなったら寝ていいからな。家までは連れて行ってやるから」

 なんとも気持ち良さそうに目をつむる玉藻に言葉をかけて、俺は再び教科書に目を向ける。

 さて、ここらで自己紹介をしておこう。

 俺は姫島慎。

 デスマーチと化した仕事と試験勉強に追われる多忙な15歳だ。

 

 

 

 

 冥界行脚を終えて日本に帰った俺を待っていたのは、クーの兄貴ことクー・フーリンや玉藻についての日本神話勢からの呼び出しだった。

『神霊宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)であり天照大神の分霊でもある玉藻が、『無限』で混血とはいえ人間である俺に付くのは如何なものか』と騒ぎ立てる他の神々を前にして、玉藻は『自分が仕えたいから仕えるのだ』と自分の主張を展開。

 一歩も退かない構えを見せた。

 その後、あーだこーだと激論が繰り広げられたものの、最後は天照様の鶴の一声で彼女の希望通りに俺へ仕える事が許可された。

 クーの兄貴に関しては、現代にほぼ完全な形で甦った英雄。

 しかも本人がケルト版ヘラクレスと言われるほどの有名さを誇ることもあり、出身元のダーナ神族を交えての協議となった。

 向こうの出席者はダグザ様、ヌァザ様、そして兄貴の父親である光の神ルー。

 こちらは天照様、少彦名様、クーの兄貴、美朱、俺だった。

 アイルランドを取り戻して日が無い向こうは、当然の如くクーの兄貴に戻るように要請したが兄貴は『こいつ等といた方が面白い』とこれを拒否。

 これまた長い長い話し合いの末、月数回アイルランドで仕事を行う事を条件に兄貴の日本残留は許可された。

 その代わり、クーの兄貴目当てであろう戦士や魔術師から美朱へ、縁談話が来るようになったが。

 返事? 

 そんな俗物共に大事な妹は渡せないので、『俺より強い奴じゃないと妹はやらん!』という条件を出して物理的にお断りしましたが何か?

 こんな感じで厄介事を乗り越えた俺は、これを機に生活を少し変えることにした。

 日本神話に籍を置く形で自身の立ち位置が定まった事から、その足場固めの為に駒王町以外で起きた問題や依頼に積極的に関わるようにしたのだ。

 その目的は三勢力に万が一の事態が起きた際、親父や朱乃姉はもちろん、リアス姉やミリキャスなどの知人を保護する受け皿になること。

 その為には地位や権力なんてものが必要になってくる。

 だからこの一カ月、日本全国を駆けずり回って実績と人脈作りに没頭したのだ。

 さて、クーの兄貴や玉藻の助力もあって手掛けた事案は全て解決する事ができ、日本の裏での俺の評判は上昇した。

 今では、駒王町の番所を通して日本全国から助っ人や対処の依頼が舞い込むほどだ。

 スタミナンロイヤルとタフネスZZをガブ飲みしながら頑張った甲斐があったというものである。

 いや、一時期は本当にえげつなかった。

 ピーク時は北海道、広島、東京、沖縄を一日で回ったと言えば、わかってくれるだろうか。

 その強行軍についてきてくれた玉藻には本当に感謝している。

 さて、『24時間戦えますか?』なんて標語を地で行く、全盛期のジャパニーズビジネスマンの如き生活を送っていた俺は、『夏越えの祓え』が終わった際にあることに気づいた。

 こっちに帰ってから、学校に行ってないことだ。

 『そう言えば美朱達が何か言っていたな』などと思い返しつつ、カレンダーを確認すると暦はもう七月の初め。

 三週間以上登校していない事実に慌てて学校に問い合わせてみると、神社庁が手を回してくれたお陰で公休扱いになっていた。

 流石に悔い改めた俺は、美朱に学校行事の予定を聞いてそれを元に予定を再編。

 耕太や晴矢の助けもあって何とか期末試験も乗り超える事ができた。

 まあ、試験が終わったら終わったで、地鎮祭や夏祭りの屋台配置についてのテキ屋との会合等々、本業である宮司としての仕事が待っていたのだが。

 

 さて、美朱に聞いたところによると本日は授業参観日らしい。

 何とか本業の繁忙期を乗り越えて学校に行けるようになった俺は、いつものように鍛錬と朝拝を終えて玉藻と朱乃姉が作った朝食が並ぶ机を囲んでいた。

「いやぁー、姉ちゃんが作る飯は美味いねぇ」

「あらあら、ありがとうございます」

 山と盛られた白飯が入った茶碗を片手に上機嫌で箸を進めるクーの兄貴に、いつもの笑顔を返す朱乃姉。

「どうですか、ご主人様。この卵焼き、私が作ったんですよ」

 勧められるままに軽く焦げ目が付いただし巻き卵を口に入れると、適度な柔らかさと共に舌に出汁の味が広がる。

「うん、美味い」

「きゃー、ありがとうございます! ご主人様が全国を飛び回ってる間、ウズメちゃんのところでお料理をお浚いした甲斐がありました!」

 歓声を上げて喜ぶ玉藻の独白に思わず顔を引き攣る。

 ……うん、あとで天宇受賣命(あめのうずめのみこと)様にはお詫びの品を送ることにしよう。

「見る度に思うけど、慎兄にリア充とか死ぬほど似合わないよねぇ」

 朱乃姉の使い魔であるチビ美朱こと朱美とチョコボを左右にした美朱が、味噌汁を啜りながら白けた目をこちらに向ける。

 どうでもいいけどお前の朝飯、左右のチビ共に喰われてるからな。

 あと、誰がリア充やねん。

 玉藻は神社の住み込み従業員じゃい。

「従業員って、じゃあそのベタベタした距離感は何なのさ?」

 あん? 一つ屋根の下で同じ釜の飯を食ってんだから、家族みたいなもんだろう。

 グレモリーの家でもそうだったじゃねえか。

「あー、まあそうなんだけどさ……」

「坊主。嬢ちゃんが言いたいのは、その女狐に対して思うところはないのかってこった」

 言いよどむ美朱の代わりに、口に頬張っていた白米と紅鮭を飲み込んだクーの兄貴が口を開く。

 横を見れば玉藻も期待を込めた目でこちらを見上げている。

 まったく、周りの奴等は女性と仲良くしてるとすぐに『男女の仲』って奴に見たがる。

 そういう風に水を向けられたら萎えるってのが分からんのかね。

「仲間で家族だよ。今はまだ、な」

「今はまだ、ですか?」

「ああ。今はまだ、だ」

 一端は落胆したものの、俺が言葉に込めた含みに気付いて表情に明るさが戻る。

 俺は一目惚れとか一気に付き合うなんてガラじゃないからな、そういう関係になる女性とはしっかりと時間をかけて付き合いたいのだ。

 実際に好きあった時に『こんな人じゃなかった』なんて台詞を吐くなんて格好悪いじゃないか。

 と言っても、ホントに好きになるかどうかは別問題だが。 

 さて、朝飯も粗方各々胃の中に納まりみんなが思い思いに茶を啜っていると、本殿から少彦名様が訪れた。

「スクナ様、どうしたの、ご飯ならさっき食べちゃったよ?」

(たわ)け、儂はそこまで食い意地はっておらぬわ。慎よ、天照殿から呼び出しじゃ。今から高天原に行くぞ」

「へっ!? 俺、学校に行くつもりだったんですけど」

「緊急だそうじゃ、諦めぃ」

 呆気に取られる俺の襟に取り付いた少彦名様は、逆の手に持った杖を一振りして転移陣を展開する。

「ちょっと待った! 私も参ります!」

「ちょっ!? 美朱、悪い!」

「はいはい、学校遅れるんでしょ。先生には伝えとくから、安心して行ってらっしゃい」

 陣の中心で飛び掛かってきた玉藻を受け止める俺の意を察したのか、呆れ顔でヒラヒラと手を振る美朱。

「頼んだ───」

 言い終わる前に発動した陣が放つ光で視界がホワイトアウトする。

 宙に浮くような感覚の後で光が退くと、俺達は高天原にある謁見の間に立っていた。

「頭が高いぞ、姫島。そして彦名殿、謁見の間への直接転移は控えるように言ったはずでしょう」

「失礼しました」

「すまんすまん、天照殿から急ぎと聞いたのでな」

 玉座の脇に控えた黒い狩衣に黒の長髪のイケメンの咎める声に、素早く(ひざまづ)く俺とは裏腹に苦笑いを返すだけの少彦名様。

 三貴子(さんきし)の一柱である月読様に悪びれる様子を見せないのは、流石は日本神話最古参の神と言うところか。

 ……あと、玉藻さんや。

 むこうの言い分はもっともなので、こちらに見えないように月読様を威圧するのはやめましょう。

 月読様、クールな美形なのに冷や汗ダラダラじゃないか。

「よいのです、月読。慎、面を上げなさい」

「はっ」

 頭上からの声に伏せていた頭を上げると、玉座に座った天照様の姿が飛び込んでくる。

「毎日の務め、ご苦労様です。あなたの働きで悪魔達に占領されていた多くの国土を我が手に取り戻す事ができました」

「勿体ないお言葉です」

 天照様の労いの言葉に俺は頭を下げる。

 今、俺達が話しているのは、日本神話勢の中で『地上げ』と呼ばれている業務の事だ。

 この一ヶ月、高天原や地方の依頼でメインを張っている大口の事業で、数日前の大阪出張もこれに当たる。

 事の始まりは聖剣事件のおり、天照様が冥界政府に飲ませた『日本国内における悪魔の実効支配地域の即時返還』という条約。

 これを受けて、事件後に冥界行政府から正式に退去命令が駒王町以外の日本に領土を主張する貴族に発布された。

 しかし、それに応じたのは全体の一割にも満たなかった。

 これは悪魔社会が中世の封建制度に習い貴族が自身の領地を領有・統治するという形が浸透しており、魔王とはいえ自身の領土に関して口を挟むのを嫌ったためだ。

 また、前魔王死去後の内戦で現体制に与した貴族の中に、当時は勝ち馬に乗る事を目的としただけで現魔王を敬わない輩が多くいる事も理由の一つだろう。

 しかし、そんな悪魔の事情など日本には関係はない。

 遅々として進まない退去に業を煮やした日本神話は、冥界政府に抗議。

 四魔王連名による実力行使の許可証を出させたのだ。

 (当初の草案はもっと過激で、退去させるのであれば『生死は問わず』というものだったらしい)

 とはいえ、日本神話勢は外交的には多神勢力の中ではトップクラスだが、実質的な戦力ではそこまで優れてはいない。

 しかし、実効支配地域に居座る悪魔はその全てが貴族やその子弟であり、レーティングゲームの為の眷属を所持していた。

 東京をはじめとした大都市や京都のような呪術的に守護された都市ならばいざ知らず、地方の小町村に住む土着の精霊や妖怪が強行手段に出るには荷が重い相手だ。

 そんな訳で天照様は武神や神と祀られた武芸者を助っ人として各地を回らせており、その白羽の矢が俺にも立ったわけだ。

 今まで俺が奪還した実効支配地域は四十。

 その中には以前までのお得意様であったアガレス大公の領地も含まれたりしている。

 はぐれ悪魔討伐で散々金を搾り取っておいてこの仕打ち、マジで冥界の土は踏めそうにないな。

「さて、本題に入りましょう。昨日、堕天使総督アザゼルより『今から三日後に駒王町にて三勢力の和平会談を行う』と申し出がありました」

 天照様の言葉に、俺は思わず我が耳を疑ってしまった。

 ……なに考えてんの、あの厨二病。

 ちょっと前に散々やり込められたばっかりだろ!

 まさか、まだ罵倒され足りなかったとか言うつもりか。

 つうか、あれか? あのおっさんもマゾなのか? 親父といい姉貴といい、堕天使はドM集団なんですか、コノヤロウ!?

「おや、その方は以前の事件で貴女に嫌というほど叩かれたと聞きましたが? 懲りずにこの地に手を出すとか、特殊な性癖でもお持ちなんですかねぇ」

「口を慎みなさい、藻女(みずくめ)。淑女たるもの、そのようなはしたない言葉を口にするものではありません」

「なぁにが『淑女たるもの』ですか。腹の中が真っ黒な貴女に言われたくねーですよーだ! あと、幼名で呼ばないでください!」

 呆れを含んだ天照様の言葉に、舌を出して反論する玉藻。そのやり取りはまるで姉妹のそれだ。

「姉上、話が逸れています」

「……コホン。アザゼルはこの会談に私を初めとして、多くの多神勢力の主神を招待すると言っていました。かの者の狙いは、最近世界中で跳梁跋扈している『禍の団』の影響を鑑みて、三勢力が和平を結ぶ様を見せる事でこちらを牽制すること。そして来るであろう『禍の団』の襲撃を迎撃する事で、三勢力の身の潔白を証明する事と思われます」

「随分とザルな企みですねぇ。そんなモノ見せても、現状では三勢力と『禍の団』がグルだと思われて終わりじゃないですか?」

「その可能性は低くありません。ですが、このような策を講じてでも彼等は疑惑を晴らさねばならないのでしょう」

「このままでは本当に『禍の団』と一緒にされて、世界中から袋叩きじゃからのう」

「それに奴等が会談を襲撃すれば、列席した主神達も敵対勢力に見なされるだろう。そうなれば奴らのことだ、『共にテロと戦おう』などと耳障りの良い言葉で、同盟を持ちかけてくるに違いない」

 キリキリと締め付けるような胃痛に脂汗をながしながらも、残ったなけなしの理性で俺は現在の世界の現状についての情報を頭の中で反芻(はんすう)する。

 現在、『禍の団』の活動は世界中に展開しており、主に北欧のアース神族とギリシャのオリュンポス、そしてダーナ神族が標的になっているらしい。

 構成員も三勢力の種族に加えて人間のはぐれ悪魔祓いや魔術師が参加しており、その中には英雄を自称する神器保有者もいるとの事だ。

 お陰で俺も何度か海外にも出張したし、現地でヌァザ様やオーディン様、ハーデス様の愚痴を聞く羽目になった。

 今ではアスガルドや冥府、常若の国の立派な常連だったりする。

 こんな感じで『禍の団』が世界中の神話勢力にちょっかいをかけて三勢力のヘイトを集めている中、同時にダーナ神族が自らの土地を取り戻したのを見た同じ境遇の神達もまた失地回復に動き始めている。

 最近ではシュメール神話やローマ神話の神達がイタリアや中東に降臨し、『禍の団』によるテロから住民を守ったという事案があった。

 テロ自体は北欧等で頻発しているモノと同じ規模だったのだが、今回は場所が悪かった。

 中東は形は違えど一神教の一大普及地であり、イタリアに至っては一神教正教の本拠地だ。

 天使、堕天使、悪魔の3種族が協力して民衆を襲う光景に、一神教の信者達は黙示録の時が来たと錯覚。

 敬虔な信者の中には無抵抗で裁きを受けようとした者もいたようだが、大半の人間は生きようと藻掻(もが)いた。

 そこに現れたのが、古き神々だ。

 彼等は現地住民を護りながら『禍の団』の軍勢を撃退。

 戦闘が終われば被害者の治療や街の復興に、その権能を惜しげも無く使用したという。

 一部の信者は一神教の神への冒涜と憤慨していたが、救われた多くの民は古き神々を支持した。

 さらには土地を奪われる際に、各々が保護していた信者の末裔が神々の事を語って回った事により、同地域では早くも旧多神教の信仰が息を吹き返し始めているらしい。

 また、この一件はイタリアの現地メディアにテロの現場を世界中に配信され、一神教の信仰に打撃を与えた。

 『黙示録』とは人類滅亡の予言であり、それが起こるということは聖書の神が『現人類は堕落した種であり、生きる価値は無い』と判断したということだ。

 神に見捨てられたという事実を前にしても尚、信仰を持ち続ける事ができるのは、聖人か狂信者くらいのものである。

 現にこの映像によって世界中の一神教信者はパニック状態であり、これを鎮める立場である一神教正教もテロによるダメージから立ち直っていない。

 結果として、世界規模で一神教の信仰が大きく減少してしまったのだ。

 正直、今回の中東とイタリアの一件には引っかかるものを感じるが、兎も角これから世界は大きく変わるだろう。

 そして、それは三勢力にとっていいものになる可能性は低い。

 だからこそ、取り返しのつかない事態になる前に、俺は俺なりの方法で皆を守る為に動いてたのに、どうしてこうなるのか……。

「ご主人様! ご主人様!!」

 玉藻の声に我に返ると、跪いたまま我知らず腹を押さえている俺を皆が心配そうに見ている。

「ご主人様、大丈夫ですか? 顔色が紙のようなんですが」

「大丈夫、ちょっと胃に穴が開きかけてるだけだから。開いたら聖母の微笑で埋めるから気にしないでくれ」

「全然大丈夫じゃないですよね、それ!?」

 ドヤ顔で返した答えは玉藻に全力でツッコまれてしまった。

 ……うーむ。完璧な対処療法だと思ったのだが、何が不満なのか。

「この件では本当に苦労してますね、貴方」

「わかってるなら、今回の件は蹴ってくださいよ。『冗談は頭の中だけにしとけよ、この厨二病』とでも言っといたらイケるでしょうに」

 胃痛の所為で少々言葉は乱暴になっているが、月読様からの指摘はない。

 代わりに送られてくるのは同類を憐れむような視線だけだ。

 月読様、そんな仲間を見るような眼で見ないでくださいよ。

 俺はこの歳で胃痛同盟なんて、組む気はないですからね。

「生憎とそうはいかないのです。聖剣事件で結んだ条約では駒王町に関する悪魔の管理について期間の短縮はあっても、権利の制限は唱ってはいないのですよ」

「つまり、悪魔側は駒王町に関しては以前と変わらぬ権限を持つということだ。故に無闇にむこうの行動を制限しようとすれば、契りの呪がこちらに牙を向きかねん」

「ふむ……。今回の件とグレモリーの小娘が持つ管理者権限を照らし合わせれば、該当するのは管理地運営に措ける外部折衝の為の会談といったところか。理屈はわかったが、この件は話の規模からして当て嵌めるには無理があるじゃろ」

 俺の肩の上で髭を扱く少彦名様に、天照様の眉がハの字に下がる。

「私達もそう思い調べたのですがどうも拡大解釈されているらしく、会議や交渉ならば話の大小に関わらず条約をすり抜けてしまうようなのです」

 ……それはなにか。

 今の駒王町では会議や交渉と名がつけば、生徒会の会議から世界レベルのサミットまで制限無しで開催できるってことか!?

 またしても軋みはじめた胃に押さえる手に力が籠もる。

「それはまたエラい解釈のしかたじゃのう。とはいえ、決まったものは仕方ない。そちらは機を見て正すとして、今はその和平会談をどうするかじゃな」

「ええ。……慎、貴方には番所の人員と共に今回の会談における駒王町の警護に就いてもらいます」

「『禍の団』対策ですね。それで注意点は?」

「警護に関しては会談や来賓の安全よりも街と地域住民を重視してください。会談に参加する者は独自で護衛を付けているでしょうし、万が一負傷しても責任は主催者の三勢力に帰結しますから」

 もの凄くイイ笑顔でエグイ事を口にする天照様。

 ……三勢力関連ではその笑顔が俺の胃に打撃を与えている事、気づいてますよね?

「天照様、番所のメンツだけでは街を護るとなると手が足りませんよ」

「それについてはこちらで手配します。貴方は番所の面々と協力して、土地にあった警護計画を作成してください」

「了解しました」

 頭を垂れながら、俺は回りに気づかれないようにため息をつく。

 またしても厄介な仕事が増えた。

 今度見かけたら、アザゼルのおっちゃんは逆モヒカンにしてやろう。

 あと、また天狗様に胃薬貰わないと……。

 

 

 

 あれから少彦名様や玉藻と共に番所へと戻った俺は、皆へと事情を説明した。

 最初は事の大きさに圧倒されたり難色を示していた面々だが、伊達に場数は踏んでいない。

 やると決まったら、久延毘古様を中心としてとんとん拍子で警護計画の骨子を造ってしまった。

 その先の肉付け云々に関しては、天照様が手配した応援の詳細がわからないと進める事が出来ないため、会議はそこでお開き。

 時計の針は午後を指し示し初夏の日差しが天高くから降り注ぐ中、俺は学園へと重役出勤と相成ったわけだ。

 校舎に入る際にすれ違った父兄らしき人に公開授業の事を思い出しつつ、教室に着いた時には5限目は終わりを迎えていた。

「ようリーダー。今日も重役出勤だな」

「テストが終わって一段落すると思ってたけど、まだまだみたいだね」

「二人とも、テストの時はありがとうな。お陰でダブらずにすんだよ」

 本日最後の休み時間を利用して、声を掛けてきた晴矢、耕太と雑談を交わす。

 晴矢は聖剣事件の後で何度か両親と話し合った結果、人間として日本で生きる事を決めたらしい。

 元々俺達と同じで堕天使よりも人間の血の方が濃い上に、先祖返りの気がある為に妖怪や道祖神から好かれやすいので、その方がいいだろう。

 俺の計画を話すと是非手伝いたいと言っていたので、機を見て番所に紹介しようと思っている。

 そうこうしている内に休み時間は終わり、公開授業が幕を開けた。

 ウチのクラスが担当するのは日本史。

 教師の解説の声とチョークが黒板を走る音だけが響く中、イマイチどころかイマサンで授業に身が入らないままに惰性でノートを取っていると、背後から視線を感じた。

 睡魔に瞼が半分下がったまま振り返ると、そこには父兄の集団から悪目立ちした、逆立てた黒い短髪に2メートルを超える巌のような身体を羽織袴に押し込めた厳ついマッチョなおっさんと、色鮮やかな和服を着た朱乃姉や美朱そっくりの黒髪美人がこちらに笑みを向けている。

 全力で姿勢を戻したものの、頬を嫌な汗が伝う。

 眠気なんて一瞬で吹っ飛んだ。

 見れば、前の席で美朱も同じようなリアクションをしている。

 なんで来てんだよ、爺ちゃん達!

 朱乃姉の事があるから本家でしか会わないって約束してただろ!!

 滅茶苦茶嬉しそうに高性能そうなカメラを構えているマッチョマンの姿に内心でツッコミながら、俺達は思わず頭を抱えてしまった。

 そう、あそこにいるのは原●夫デザインなおっさんは姫島牙凰(ひめじまがおう)

 日本呪術界を統括する五代宗家の一つ、姫島家の先代当主にして俺達の母方の祖父だ。

 そしてもう一人。

 爺ちゃんの暴走を止めようともせずに、コロコロと鈴のような声で笑う淑女は姫島綾乃(ひめじまあやの)

 言っても信じないだろうが、俺達の婆ちゃんである。

 

「久しいな、慎!」

 元祖ラオウによく似た声と共に、豪快にこちらの肩を叩く爺ちゃん。

 受けた瞬間に足元から木が割れる音がしたが、俺は何も見てはいない。

 床板が圧し折れたことなんて目の錯覚なのだ。

「どうしたんだよ、爺ちゃん。いきなりこんなところに来るなんて」

「なに、お前に話があったのでな、そのついでに授業参観も見ていこうと思ったのじゃ。綾乃もお前達に会いたがっていたしの」

「美朱、元気そうで何よりだわ。少し背が伸びたかしら?」

「ふぁっ!? お婆ちゃん、抱っこはいいから! みんな見てるよ!!」

「フフッ……。こうしてると、朱璃(あかり)が小学生だったころを思い出すわ」

「せめて中学生って言ってよぉぉっ!?」

 綾乃婆ちゃんに抱き上げられ、顔を真っ赤にしながら魂の叫びを上げる美朱。

 ……そうだよな。お前、『もうすぐ150㎝の大台に乗る!』って、この前の健康診断で小躍りしてたもんな。

 因みに美朱は背は小さいが幼児体型ではない。

 小柄ながらも出るところは出てるし、忍術の鍛錬のお陰で腰回りもしっかりくびれている。

 いわゆる『トランジスタグラマー』と言う奴だ。

 もっとも、回りにいたのが朱乃姉を筆頭として、グレイフィア姉さんにリアス姉とモデルも裸足で逃げだす女性ばかりなので、コンプレックスを持ってしまったわけだが。

 まあ、ああやって身長170近い婆ちゃんに抱き上げられてるのを見たら、やっぱり小さいと思わざるを得ない。

 ……改めて婆ちゃんを見てみると、マジに朱乃姉や美朱そっくりだよなぁ。

 たしか朱雀さんもこれ系の顔だったはずだから、会った事のないがお袋の姉である瑠璃(るり)叔母さんも同じ顔なんだろう。

 横に目をやると機嫌良さそうに笑みを浮かべる爺ちゃんのゴツイ顔が見える。

 まったく、ほんの10%でもいいからこの要素が俺に遺伝してくれれば、こんな女顔じゃなかったろうになぁ。

「なんじゃ。人の顔を見て溜息なんぞ付きおって」

「いや、婆ちゃんは二十代に若返ったのに、なんで爺ちゃんはおっさんなのかなって思ってさ」

「仕方あるまい。変若水(おちみず)は飲んだ者の肉体を全盛期に固定する霊薬、綾乃の全盛期は二十代で儂は四十代だったということよ」

 豊かな顎髭をさすりながら呵々(かか)と笑う爺ちゃん。

 うん、約束を反故にした事を全く悪びれていないな。

「それで話ってのは何なんだよ?」

「うむ。御上からの御達しでな、この街で開かれる会談の護衛に儂等も一枚噛む事になった」

「儂等ってまさか、姫島一門の事か?」

 鋭くなった俺の視線を受けながらも鷹揚(おうよう)に頷く爺ちゃん。

 ……なんかまた胃の辺りがキリキリしてきたぞ。

 爺ちゃん達と知り合って三年になるが、爺ちゃん達や従姉の朱雀さんはともかく、姫島家という括りで見れば俺達が受け入れられたとは言い難い。

 お袋に刺客を放った先々代当主である姫島朱凰(ひめじますおう)をはじめとした国粋主義の急進派は、十年前に爺ちゃんによって物理的にも政治的にも壊滅したと聞いている。

 とは言え、俺達を『忌み子』扱いする人間が絶えた訳ではないのだ。

 因みにこの姫島朱凰という人物。

 爺ちゃんの実弟なのだが、生粋の国粋主義者であり実姉である朱芭(あけは)さん(爺ちゃんの妹に当たる人)を家から追い出した事が原因で永らく不仲だったらしい。

 長男である爺ちゃんが当主を継いでからは目立った動きは見せなかったそうなのだが、不治の病に罹った婆ちゃんの治療のために当主を退いた際に次期当主に就任。

 自分と同じ急進派を率いて姫島一門はもちろんのこと、国内の裏事情においても強引なやり方でその勢力を強めていった。

 そんな折、朱凰は親父と駆け落ちしたお袋を発見の報を聞く。

 幼い頃からお袋に目を掛けていた朱凰は、堕天使との間に出来た子供(俺達のことだ)を廃しお袋を姫島家に連れ戻そうとしたが、当然の如くお袋はそれを拒否。

 結果、朱凰は一門の中でも堕天使に恨みを持つ者達を刺客として放ち、あの悲劇が起きた。

 爺ちゃんが日本に伝わる伝説の若返りの霊薬『変若水』によって全快した婆ちゃんと共に姫島家の帰ったのは、お袋の件が起きたすぐ後だったらしい。

 お袋の死と俺達を取り逃がした事で、浮足立つ姫島家で自身の子飼いの部下から事の次第を聞いた爺ちゃんは怒髪天を突いた。

 お袋の訃報を聞いて気を失った婆ちゃんを部下に預けると、その足で朱凰の元に殴り込み護衛や部下諸共朱凰を撲殺したそうだ。

 その後、お袋の死に続いて前当主による当主殺害という特大級の不祥事に揺れる姫島家を、当主に返り咲く事で治めた爺ちゃんはお袋の忘れ形見である俺達を保護しようとしたが、その時にはとっくに冥界に入っていた為に足取りを掴む事ができなかった。

 そのまま延々と捜索を続ける事約十年。

 天津神の推薦で神職になろうとしていた俺達にコンタクトを取り、色々会って今に至る訳だ。

「大丈夫なのかよ、それ。俺等への悪感情を現場に持ち込んで仕事に支障をきたす、なんて事態は勘弁してほしいんだけど?」

「心配いらん。今の姫島家にお前らに向けてそういった態度を露わにするような者はおらぬさ」

「爺ちゃんが黙らせたからだろ、物理で」

「それもある。じゃが、それ以上に朱雀の改革とお前がこの三年で積み上げた実績の方が大きいわい」

 爺ちゃんの言葉に俺は思わず首を捻る。

 爺ちゃんの後を継いだ従姉の朱雀さんは、事前に瑠璃叔母さんから俺達の事を聞いていた事や日本に来てからは実際に交流があった事もあって、爺ちゃんのやり残した姫島家内部の意識改革を精力的に推し進めているという。

 その成果が出てるってのは解るのだが、俺の功績ってなんだっけ?

「なんじゃその顔は」

「いや、そんな言われるような事やったかなって思って」

「日本における『禍の団』のテロの阻止を初めとして、悪魔における占領地の奪還やはぐれ悪魔討伐による被害軽減等々、いくらでもあるじゃろうが」

「『地上げ』の件は兎も角として、『禍の団』に関しては管理官の仕事上の成り行きだし、はぐれ悪魔討伐も生活費の確保の為にやってた事だからなぁ……。功績とか言われてもピンとこねえよ」

「だめじゃこりゃ……」

 自覚が沸かない俺に、額に手を当てて天井を仰ぐ爺ちゃん。

 何気に失礼だな、おい。

「慎兄の認識って世間とかなりズレてるからねぇ。その辺は放っておいた方がいいと思うよ、お爺ちゃん」

「そうなの、美朱?」

「うん。今でも自分はまだまだ弱いとか言って、どれだけ忙しくても鍛錬を欠かさないんだもん。クー・フーリン相手に素手で一本取れる人間が弱いはずないじゃん」

 呆れに呆れた美朱が送ってくる視線に思わず憮然となってしまう。

「当たり前だろ。まだ刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)も躱せてないんだ、あれくらい躱せないで強いなんて言えるかよ」

「あ、それでクー兄が愚痴ってたよ。因果の逆転する槍なのに躱されかけたって。というか慎兄また無茶な訓練してるでしょ!? 至近距離で刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)を撃つ前に手を払おうとか!!」

 ヤバい、藪蛇だった。

 こちらにしがみ付いてキーキー騒ぐ美朱に、俺は先ほどの爺ちゃんよろしく額に手を当てる。

 美朱が言っていた訓練とは『邪極拳(じゃきょくけん)』習得の為の鍛錬だ。

 邪極拳は生物の持つ条件反射を武術に組み込んだ超高速の拳法であり、その修得には才能の他に極限レベルの集中力を必要とする。

 高木先生は至近距離から襲い掛かってくる邪極拳修得者のナイフを躱すという鍛錬でこれを修得したそうなので、俺もそれに倣ってクーの兄貴に協力を求めたのだが駄目だったのだろうか?

 なに、結果?

 二十回ほど心臓抉られたけど、今は何とか肺に逸らす事ができるようになったぞ。

 お陰で聖母の微笑の回復力がメキメキ上がった。

 このまま行くとデンデの回復を超える日も遠くないかもしれん。

「あらあら。顔は朱璃に似ているのに、そういう荒々しいところはあなたそっくりですわね」

「む、儂はここまで破天荒ではなかったと思うぞ」

「あら、私を娶る為に一人で伊賀忍軍をむこうに回した方の言葉とは思えませんわ」

「あ……あれは若気の至りという奴じゃ」

「では、私の病を治す為に変若水を護る建御名方(たけみなかた)様と殴り合った件は?」

「ぐ……むぅ……」

「お爺ちゃんすごーい!」

「仕事の行く先々で俺が『暴れ姫島』の再来とか言われてたのって、爺ちゃんが原因かよ」

 ニコニコと笑う婆ちゃんに詰め寄られて顔を真っ赤にして言葉に詰まる爺ちゃんのエピソードに、歓声を上げる美朱とは裏腹に俺は呆れた。

 つうか、婆ちゃんが病気の時って爺ちゃん還暦過ぎてたはずだよな。

 60超えて武神と殴り合ってりゃあ、全国的に有名にもなるわ。

「取り敢えず、警護の件もあるし、話はここじゃなくて番所でしようぜ」

「う……うむ、そうじゃな。今回の件はアザゼルが主導と聞く、儂等が関わるとなればむこうも鳶雄を呼ぶかもしれんから、その辺も考えねばの」

 俺が水を向けた事で婆ちゃんから距離を取って襟元を正す爺ちゃん。

「そっか、アザゼルのおっちゃんが来るのならトビ兄も来るかもしれないもんね。(じん)ちゃん元気かな?」

幾瀬鳶雄(いくせとびお)さん。たしか朱芭さんのお孫さんでしたね」

「うむ、神滅具(ロンギヌス)黒刃の狗神(ケイネス・リュカリオン)』の所持者でもある。今はグリゴリを主として依頼を受ける何でも屋を営んでいると聞く」

「あの人、アザゼルのおっちゃんの護衛とか請け負ってたはずだし、今回の件なら顔を出すかもな」

 鳶雄兄か、去年の忘年会から会ってないけど元気だろうか。

 あの時はおっパブを会場にしたアザゼルのおっちゃんに、蝶野ばりの喧嘩キックをかましていたが。

 鳶雄兄って大らかで良い人だから、グリゴリで知り合った俺とか美朱、晴矢やヴァーリまで弟妹みたいに可愛がってくれたんだよな。

 あ、鳶雄兄で思い出したけど、忘年会の時に鳶雄兄の飼い犬である刃が、俺を見るなり仰向けになって腹を見せたのはどういう意味なんだろうか。

 犬派の俺としては、可愛がってきた刃にああいう態度を取られるとショックなんですが。

 あの時の切なげな刃の眼を思い出して、内心ヘコんでいると校舎のロビーで思わぬ人物と出会った。

 サーゼクス兄とジオティクス小父さんだ。

「やあ、慎」

 にこやかに声を掛けてくるサーゼクス兄に俺は言葉を返せなかった。

 俺の眼は一団の後ろ、リアス姉やイッセー先輩と肩を並べている朱乃姉に釘付けになっていたからだ。

 綾乃婆ちゃんを見て『母様』とか呟いた後、般若もかくやという表情で爺ちゃんを睨んだところを見ると、俺達と一緒にいるのが誰か気づいてしまったのだろう。

 へへッ、修羅場の予感しかしないや。

 …………胃薬、どこだっけ。

 




 ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
 ええ、今回の話は難産でした。
 正直、一時期は仕事と日本神話移籍を理由に主人公を退学させるという案まで出てました。
 しかし、それではあんまりと言えばあんまりなのでリテイクしました。
 さて、主人公達と姫島家をつなぐ新キャラも登場し、日本神話転属後の話も何とかエンジンを掛ける辺りまでこぎつけました。
 後は、足りないアタマを酷使して何とかネタを絞り出すだけです。
 今年も何とか執筆を続けたいと思いますので、よろしくお願いします。

 では、今回の用語集です
〉ビリケンさま(出典 大阪 地域信仰)
 尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている幸運の神の像。
 日本では大阪の通天閣 5階(展望台)にあるビリケン像が有名で、「ビリケンさん」の愛称で親しまれ、特に足を掻いてあげるとご利益があるとされている。
 元々は1908年にアメリカ合衆国の芸術家フローレンス・プレッツが制作した像で、彼女が夢の中で見た神秘的な人物の姿がモデルになっているという。これが「幸福の神様」として世界中に流行した。
 当時にあっては、顔だちはアジア人、足を突き出しての座り方はアフリカ人がモデルとされ、「足の裏をかいて笑えば願いがかなう」とされた。

〉白蔵主(出典 絵本百物語)
 白蔵主はキツネが化けた妖怪。
 白蔵主は元は寺の僧の名で、その僧の甥の猟師が、キツネを捕えて皮を売って生活していた。
 しかしそのせいで夢山に住む白ギツネから男は恨みを買ってしまっていた。
 そこで白ギツネは白蔵主に化けて男を訪ね、殺しはいけないよぉ~、と説いた後さらにお金を渡して罠を全て持ち帰った。
 しかし男は金を使い果たし、再び金を乞いに伯父の寺を訪ねようとしたので、白ギツネは先回りして本物の白蔵主を食い殺し、自らが白蔵主に成りすました。
 さらに白蔵主(白ギツネ)は男を追い返しただけでなく、五十年もそのまま僧として勤めた。

〉月読命(出典 日本神話)
 三貴子と呼ばれる天津神の一柱であり、天照大神の弟、建速須佐之男命の兄。
 古事記では、黄泉国より戻られた伊邪那岐命が右目を洗った際に生まれ、「夜の食す国(夜が支配する国)を治めよ」と命じられている。
 また、日本書紀では月の神として生まれたとされており、「その輝きは日に次ぐ美しさなので、日と並んで統治すべしと天へ送られた」と記されている。

〉変若水(出典 日本神話)
 飲めば若返るといわれた水。
 月の不死信仰に関わる霊薬の一つ。
 人間の形態説明の一部としても形容される。
 西洋では、エリクサー 中華人民共和国では、仙丹に当たるものである。
 日本神話における月神、ツクヨミも変若水の信仰に関わりを持っており、『萬葉集』の中で「月夜見」は、若返りの霊水「をち水」を持つ者として登場する。

〉建御名方(出典 日本神話)
 建御名方(タケミナカタ)は日本神話に登場する神の一柱。
 「お諏訪様」という別称から分かる通り、長野県の諏訪大社を本拠地とし、全国に広がっている諏訪神社の主祭神。
 千人がかりで動かす大岩を手先で軽々と持ち上げる程の怪力の持ち主であるとされている。
 大国主命の息子の一人であり、高天原の天照大神に地上の統治権を渡すように大国主命に迫った際に最後まで抵抗したと言われている。
 そこで天照大神の使者として武御雷が派遣されるが、建御名方は武御雷に対して力比べでの勝負を挑もうとする。
 力自慢の建御名方が武御雷の手を掴もうとした瞬間、自身の手が氷柱へと変化し、次にそれが剣に変わった。
 建御名方がこの事態に困惑していると武御雷はやわな植物でも掴むように建御名方の腕を掴み軽々と投げ飛ばしてしまった。
 敗れた建御名方は出雲から逃げ出して信濃国の須和の海(諏訪湖)へと逃れるが、武御雷は建御名方を追って信濃へあらわれ、捕まってしまう。
 武御雷に殺されかけた建御名方は国譲りに同意し、今後、須和の海から外に出ない事を約束し、許された。

 今回はここまでにさせていただきます。
 また次回でお会いしましょう。
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