今回は今までで最長の27000文字、長いですがお付き合いいただけると嬉しいです。
暗い、暗い、道。
死臭すら感じる淀んだ魔力に満ちた風の中、生命の気配が失せた天然の回廊を私達は進んでいく。
先頭を行くのはこの冬木で知り合った非常識の権化というべき少年、姫島慎。
私の後輩であるマシュが彼の事を『
非常識な人が
生身で空を飛び、パンチを打てば竜巻が発生して建物を薙ぎ倒す。
相手を掴めば高圧電流を発生させ、挙句の果てにはデミ・サーヴァントであるマシュの目にも止まらない高速移動をやってのける。
妹である美朱ちゃんの話では、これでも手加減しているというのだからトンデモない。
あと、神主を自称するだけあってランサーを解呪したりお寺を清めたりと、素人である私にも分かるくらいにその手の技能は凄い。
こんな場面じゃなかったら、妙な災難に巻き込まれ続ける我が身をお祓いしてもらいたいくらいだ。
しかし、こちらとしてはヴァーリ君と繰り広げた怪獣大戦争のイメージが強すぎて、どうにも戦闘機並と言われるサーヴァントを上回る暴力の具現というイメージが強い。
むこうの中でも比較的常識人である朱乃さんから「弟がゴメンなさいね」と謝られた時は、なんともリアクションに困ったものだ。
まあ、そんな天然チートキャラがいるお陰で、私にかかるプレッシャーもここにレイシフトした時に比べたら全然マシにはなってるので、そういう意味では感謝はしてる。
だから、魔力は無いのにサーヴァントを二騎使役している事や、使役しているサーヴァントに任せるよりも自分で殴った方が強いなんて点は気にしないようにしよう。
あ、自己紹介がまだだったね。
私は藤丸立香。
成り行きでサーヴァントなんてトンデモ存在のマスターになってしまった、ごくごく普通の一般人です。
断じて逸般人じゃないんで、その辺は間違えない様に。
さて、私が回想に耽っている間に洞窟が終わりを迎えていたらしく、目の前にはほのかな明かりが見えていた。
ランサーの話では、あそこで待っているのはセイバークラスで現界したアーサー王。
朱乃さんのサーヴァントであるリリィちゃんとは違う、全盛期の完成された騎士王……なんだけど。
「慎よ。サーヴァントになったからには、『
「どうだろうなぁ。解呪する前のアナ嬢やキャスターを見る限りだと、そこまでは変わらんと思うけど」
「なんだ、つまらん。アルビオンもドライグの洗礼を受けた騎士王と闘えると猛っているし、俺だって死ぬ思いで聖剣を手に入れたんだぞ」
「聖剣だ? お前剣術の適性なんて無いだろ」
「ふっ、時期が来れば見せてやるさ」
あの二人がいる所為で、緊張感も何も無かったりする。
「先輩、ここはもう戦場です。気を緩めない方がいいのでは?」
こちらの様子を見取ったマシュの苦言に、私は両手で頬を叩いた。
マシュの言う通りである。
ここは戦場、いくら慎君達がいるからって、身の安全が保障されているわけじゃないのだ。
ヒリヒリとした痛みに気持ちを入れ替えて顔を上げたその瞬間、私は『死』というものを見た。
通路の出口からこちらに押し寄せてくる黒い魔力の
伝説に語られる邪龍のブレスというものが実際にあるのなら、こんな感じなのだろう。
「マシュ、スキル『今は脆き雪花の壁』発動! みんなを護って!!」
「何を言ってるの、藤丸! あんなもの、止めるなんて無理に────!!」
「分かりました、マスター!」
オルガマリー所長の抗議を遮って、私の指示通りに一団の先頭で盾を構えるマシュ。
って、ヤバっ!
盾の後ろに所長が張り付いたままだよ、マシュ!!
「シールドエフェクト、発揮します! ……所長、そんなところで何をしているんですか!?」
「貴方が連れて来たのよ!?」
「二人してなにコントみたいなやり取りしてるの! もう時間がないよ!!」
「そうでした! 所長、盾から離れてください!!」
「こんなところで死にたくない!? レフ! 助けて、レフぅぅぅぅぅっ!!」
錯乱する所長をなんとか引き剥がそうと苦心するマシュ。
『これはもうダメか』と絶望に飲まれかけたその時、白磁の鎧を身に纏ったヴァーリ君がマシュ達の前に出てきた。
「この状態で漫才とは、随分と余裕があるな」
「好きでやってるんじゃないわよ!!」
「危険です! あの宝具は私が防ぎますから下がってください」
「いや、ここは俺に任せてもらおう。現世で見る本物のエクスカリバーの力に、俺もアルビオンも興味があるからな」
《Divid!!》
ヴァーリ君が迫りくる魔力の奔流に手をかざすと、胸当てについている宝玉から電子音のような声がした。
「ふん、見かけもそうだが威力も『無限の闘争』の物と変わらんか。ならば、これ以上構う必要はないな!」
《Divid!! Divid!! Divid!! Divid!! Divid!!》
フルフェイスの兜越しに一人ごちるヴァーリ君と連続する電子音。
魔力の波に目を向けた私は、そこで違和感に気付いた。
先ほどまでは暴虐と言えるほどの勢いを誇っていたエネルギーが、見る影もないくらいに衰えていたのだ。
「なによ……これ……」
いつのまにか冷静さを取り戻してた所長が、盾の脇から顔を覗かせながら呆然と言葉を吐いている。
「あの、ヴァーリさん。いったい何をしたんですか?」
「大した事じゃない。俺の神器『
いや、十分大した事です。
っていうか、なんなのそのチート能力!
それってつまり、放出系の宝具が実質的に効かないってことだよね!!
「なんだ、ヴァーリ。物に触れないでも半減ができるようになったのか」
「覇龍を極めた影響だ。もっとも、お前に効果を発揮させるにはまだまだのようだがな」
「ふーん。親父の結界の上に九字結界張ってたけど、無駄になったな」
……どうやら私達がジタバタしている間に、慎君達は対処に動いていたようです。
つうか、エクスカリバーの威力を削ぐ力が効かないとか、どんだけー。
「未来の私が放った聖剣の真名解放を、あんな簡単に防ぐなんて……。マスター、これがサクソンの白い竜グウィバーの力なのですか?」
「リリィ、彼を基準に考えてはいけないわ。彼は白龍皇と呼ばれる白き竜の魂を宿す者の中でも、最強最悪と言われる人だから」
「朱姉、朱姉。最強は良く聞くけど、最悪は付いてないよ?」
「あら、生涯の殆どを自身が強くなるに費やす竜なんて最悪だと思わない?」
「たしかに思うけど、それってウチの長男が原因だからね」
エクスカリバーが通用しない事実に戦慄するリリィの前で、のほほんと会話をする姫島姉妹。
うん、ただでさえ幻想種最強と言われているドラゴンが、さらに強くなろうと修行をするなんて悪夢以外の何物でもないだろう。
しかし、原因が慎君とはどういう事なのか。
……おっと、深く考えてはいけない。
昨日まで一般人だった私にとっては、魔術世界の事だってすでにとんでも世界のなのだ。
そのさらに斜め上を行く姫島家のことなんて理解できるわけがない。
ここはあれだ、『激流に身を任せ同化する』という名言にあやかって、無心で聞き流すべきだ。
「ここまで削ってやればいいだろう。次は俺の会得した聖剣を見せてやろう」
そう言って、五指をピンと伸ばした状態の右腕を真っ直ぐに上に掲げるヴァーリ君。
今、会得したっていわなかった?
普通、武器を手に入れたら会得なんて言わないよね。
なんか、嫌な予感がしてきたぞ……。
「聖剣……抜刃!!」
気合とともにヴァーリ君が右手を振り下ろすと、手刀から放たれた衝撃波が洞窟の壁ごと魔力の波を両断し、その奥にいる人影を弾き飛ばしたではないか。
え、今のが聖剣?
剣っていうか、武器すら持ってないんですけど!?
「聖剣ってそっちかよ!?」
「山羊座!? 今のって山羊座の
「山羊座? 俺が会得したのは
「「あ、二代目か」」
ヴァーリ君の言葉に納得したかのように頷く慎君と美朱ちゃん。
ああ、これも姫島家的常識なんだなぁ。
「つうか、なんで俺の時に使わなかったんだ? 『獄炎の銀覇龍』でそれを使えば、いい線行けただろ」
「これはあの闘いの後に得た、お前を倒す為の技だからな」
「……ほー、『ロデム』の分際で言うじゃねえか。その
「誰がロデムだっ!? 見てろ、お前に使うときまでには地上最強の剣に鍛え上げてやる」
セイバーそっちのけでガンを飛ばし合う二人。
いやいや、なに仲間内で争おうとしてるかな! 敵は前! 前にいるよ!!
「聖剣の真名解放を容易くいなすとは、貴様がアーチャーの言っていた白き竜の化身か」
氷のような威圧に満ちた声に目を向けた私は、その主の姿に思わず息を飲んだ。
くすんだ金の髪に人形のように白い肌。
纏った漆黒の鎧からは可視化できるほどの魔力が立ち昇り、黒く染まった聖剣は見るだけで背筋が凍る。
そこにいたのはまさに人の形をした邪竜、暴虐と死の化身だった。
「なんて魔力放出……あれが本当にアーサー王なのですか……?」
マシュや私が戦く中、ヴァーリ君はそんなセイバーの放つ金色の視線をモノともせずに背を向ける。
そして後方に下がると、やる気はないと言わんばかりに壁に背を預けて腕を組んでしまった。
「……なんのつもりだ?」
「分からんのか? 貴様程度、俺が手を下す相手ではないという事だ」
「私を侮るか……っ!?」
「ふん。悪霊に堕ちた英雄と、呪詛に染まりその真価を発揮できぬ聖剣。例えドライグの加護を受けた騎士王だろうと、貴様では俺とアルビオンの相手にはならん」
どっちがボス敵か分からなくなるような大物感と共に言い放つヴァーリ君。
「ほざけっ!!」
その言動に堪忍袋の緒が切れたのだろう、ジェット気流のような魔力を噴出させてセイバーが襲い掛かる。
しかし、音の壁を超えるほどの速度の踏み込みは、横合いから放たれた蹴りによって阻止された。
まるで弾丸ライナーのように吹き飛ぶセイバー。
視線をずらせば、蹴り足を地に付ける慎君が見えた。
「悪いな、そっちには身内がいるんだわ」
まったく謝意の伝わらない言葉をセイバーに投げ捨てた慎君は、溜息をつきながらヴァーリ君の方をむいた。
「ラスボスじみた台詞吐いてんじゃねーよ、この馬鹿。エクスカリバー防いだんだったら、最後まで相手してやれよ」
「この程度の相手では、俺の食指は動かん。闘っても得る物も少なそうだしな」
「文句言うな。『無限の闘争』とは違うんだ、実入りなんてあるわけねーだろうが」
「なら、お前が闘ればいいだろう。あの時のように左右の玄武剛弾で固めて、地獄風車から大雪山おろしでも極めれば問題あるまい」
「……ホント我儘な奴だな、ったく。しゃあねえ、サクサク終わらせるか」
テコでも相手にしなさそうなヴァーリ君の態度諦めた慎君は、ゆっくりとセイバーに向き直る。
見ればセイバーは聖剣を杖代わりに立ち上がったところで、さっき蹴られたであろう脇腹は靴の形に鎧がヘコんでいた。
軽く足を出した風にしか見えなかったのに、どんだけ威力があったの、あの蹴り!?
「お待ちください、我が主」
腕を回しながら一歩踏み出した慎君を呼び止めたのは、彼のサーヴァントである槍兵のディルムッドだ。
「どした、ディルムッド?」
「あの騎士王とは少々因縁がございます。ですので、奴の御首級はこのディルムッドにお任せいただきたい」
片膝を付き臣下の礼を取るディルムッドの目を真っ直ぐに見ていた慎君は、その決意を読み取ったのだろう、私達一団に向けて踵を返した。
「いいだろう。けど、一つ条件を付けさせてくれ」
「なんでしょうか?」
「絶対に死ぬな。ヤバいと思ったら、誇りや矜持を後回しにしてでも、こっちに応援を頼むんだ」
「主……」
「『無茶すんな』なんて人に言える義理じゃねえけどよ、身内になった奴に目の前で死なれるのは勘弁だ。納得がいかねえなら、再戦の機会は作ってやる。だから、無理はすんなよ」
「……承知しました。ですが、その心配は無用です。この二槍と主から賜った剣があれば、相手が騎士王と言えど遅れは取りません」
「そうか。なら、見せてもらうぜ。お前がビシッと勝つところを」
「承知」
そう言葉を残しながら二人は入れ替わり、セイバーの前にはディルムッドが立ちはだかった。
「そう云うわけだ、セイバー。ここからは俺が貴様の相手をする」
「……貴様等、ふざけてるのか」
不機嫌どころか、明らかに怒気を放ちながら剣を構えるセイバー
普通の人間ならショック死してもおかしくない威圧もどこ吹く風と、ディルムッドは朱の長槍と虹色に光る短剣を構える。
「ふざけてなどいない。前回の聖杯戦争で水入りになった勝負、その決着をここでつけようと思ったまでの事」
「いいだろう。ならば、貴様の首から刎ねてやる」
「できるかな? その穢れに染まった聖剣で」
「その身で確かめてみるがいいっ!!」
ジェット気流のような魔力を噴出させてディルムッドに襲い掛かるセイバー。
瞬きする間に十は放たれているだろう音速の壁を超える剣撃を、ディルムッドは槍の柄と短剣を使って次々と捌いていく。
「どうした、以前に比べて太刀筋が乱れているぞ」
「ちっ!?」
うん、何が何だかさっぱり分からない。
とりあえず、ディルムッドが圧されていないのは確かなようだ。
「長剣の間合いより一歩深く踏み込んで、短剣の距離で打ち合うと同時に柄を短く持った槍で攻撃を仕掛けるか。あの青年、なかなか出来ているな」
「ホント器用だよね。相手との間合いに合わせて持つ位置を変えて長さを調整してるから、上手く主導権を取ってるし」
どうやら、バラキエルさんと美朱ちゃんには見えているらしい。
いったいどんな動体視力をしているんだ。
「私の聖剣を受けて刃こぼれ一つしないとは……その短剣、鈍らではないようだな!」
「我が主から賜った、伝説の金属オリハルコンで鍛えた逸品だ! 真名解放こそできんが、質では貴様の聖剣に劣る事は無いぞ!!」
間合いを取ろうと後ろに飛んだセイバーを追いかけるように、風を巻いて踏み込むディルムッド。
右手が見えない程に身体を大きく捻った上段の一撃に、穂先の内側に一歩踏みこみつつ剣を振り上げようとするセイバー。
次の瞬間、彼女は左肩から血飛沫を上げた。
見れば、黒の甲冑を切り裂いて肉に食らいついているのは先程までの紅い魔槍ではなく、白銀に光る長剣の刀身だった。
「ぐぅッ!? 剣だと……!!」
「見誤ったな、セイバー!」
その身に食い込む刃を引き抜こうとするセイバーに対し、そうはさせじと踏み込みと共に左手を繰り出すディルムッド。
その手に握られているのは、短剣ではなく黄色の短槍だ。
その一撃を辛うじて聖剣の腹で受けた黒い剣士は、引き抜かれた銀の刃に血の糸を残しながらも放り出された宙から危なげなく着地する。
「ランサー、貴様……ッ!?」
「先の聖杯戦争で俺の癖を見極めたつもりなら、それは勘違いというものだ。このディルムッドの本来の闘法は二剣二槍。主の助力により真の姿を取り戻した俺の技、捉えるのは容易ではないぞ」
「黙れっ!!」
怒りの声と共に一足で離れた間合いを殺し切るセイバー。
魔竜の咆哮のような黒い魔力が渦巻く一撃をディルムッドは巧みな足捌きと長剣でいなす。
そして、黒い刃が白銀の刀身を滑り落ちるよりも疾く放たれた短槍の連撃は、直撃はしなかったもののセイバーの頬と脇に紅い線を刻む。
形勢不利と断じて間合いを広げようとする開けようとするセイバー。
しかし、それは左手の内で一瞬で入れ替わった朱の長槍によって阻まれ、追撃の長剣が再び彼女の身体に傷をつける。
「ディルムッド君は、セイバーの放つ剛剣を上手く捌いているな」
「慎は返し技の名手だから、氣を通してその要素も引き継がれているのかしら?」
「もしかしたら、そうかも。あと、セイバーの方も剣にブレがあるように見えるんだよね。なんというか、魔力による強化が制御しきれてないみたい」
「あの黒い私は、聖杯から直接魔力を受けているのですよね。だとすれば、送られてくる魔力の多さが原因かもしれません。魔力炉心である竜の心臓を持っていたとはいえ、あふれ出る魔力全てを制御できるほど、私は器用ではありませんから」
「それもあるだろうが、ご先祖ちゃんの太刀筋は読みやすいんだよ。元々が相手を甲冑ごと叩き斬る戦場の剣だから、フェイントや駆け引きなんかがほとんど無い」
「日本の示現流とかそんな感じ?」
「確かに体系的には似てるな。彼女の剣は、魔力で強化した力とスピードでフルスイングする一撃必殺のスタイルだ。その性質から格下の相手には有効でも、同等の身体能力や自分以上の技量を持つ奴には分が悪い。『意』を読める内家剣士や他心通の心得がある奴なんかには、むこうの太刀筋が丸わかりだからな」
「あの、私の剣はケイ兄さんやマーリンに習ったんですけど、それではダメなんでしょうか?」
「戦場に出て乱戦になったら問題ないだろうが、一対一だと厳しいと思う。余裕があるなら、受け流しの技術と攻防の駆け引きも覚えてみな」
そう言いながらリリィの頭をワシワシと撫でる慎君。
なるほど、そういうものなのだろうか……。
数メートルほどの間合いを挟んで、再度睨みあう二人。
腕と脇、横一文字に割かれた鎧の腹部から血を滴らせるセイバーに対し、ディルムッドはかすり傷一つない。
いや、二の腕や頬に血の跡があるから、負った傷が治っているのだ。
そう言えば慎君が言っていた。
あの剣は斬った相手から生命力を奪って、持ち主を癒す効果があるって。
「ぐっ、おのれぇ……!」
「できる事ならば、呪詛に侵される前のお前と雌雄を決したかったが、これも忠義の為。……次でその首、獲らせてもらう」
「この程度の傷でもう勝った気でいるとは、舐めるなよ、ランサー!」
長剣と短槍に持ち替えたディルムッドと、その身から今まで以上に強大な魔力を吹き上げるセイバー。
同時に大地を蹴った二人が激突する寸前、もの凄い音と共に慎君達のいる辺りの天井が崩れ落ちた。
「先輩、所長! 私の後ろに!!」
迫りくる砂埃を凌いだ後でマシュの盾から出た私達は、未だ立ち込める煙のむこうにセイバーとは違った形の死の具現を見た。
2メートルは優に超す巌の如き筋肉に覆われた巨体は赤く染まり、その頑強な肌の内側では血管を流れるように黒い呪詛が巡っている。
「
誰かが呟いたその言葉に、私は声も無く息を飲んだ。
◇
時は少々遡り、カルデアと招かれざる漂流者が大空洞に突入する少し前。
冬木の郊外の森林地帯に囲まれた城の跡、紅き巨人はそこで山の中腹から立ち昇る光の柱を見ていた。
狂気と呪詛に侵されながらも、彼はそれが弔いの光である事を理解していた。
彼が生を紡いでいた神代、魂の行き先に天地の差はあれど、神官達はああやって死者の御霊を弔っていた。
しかし神が地上から去り神秘が薄れたこの時代、さらには呪詛に侵されたこの地であれだけの物が見られるとは、大英雄である彼も思ってはいなかった。
弔いが終わったのか、ゆっくりと消えゆく光から背を向けた彼は、城跡の中央で眠る自身の主を抱き上げた。
丸太のような腕に抱かれた、銀の髪に抜けるような白い肌の10歳程度の少女。
その身は生命活動を終えて久しいが、彼は知っていた。
小聖杯という特殊性故に、彼女の魂は旅立つことなく未だに苦しんでいる事を。
大聖杯から撒き散らかされた呪詛により英霊が狂い人が消えたこの街では、もはや救う手立てがないと思っていた。
しかし、今まさに主を安らぎへと導く術を見たのだ。
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
天にも響く咆哮の後、彼は全速で駆けだした。
その身に備わった主神の血と戦士の勘は、黒き呪いに屈することなく彼に伝えていた。
あの光を起こしたのは自身に匹敵する────いや、ギリシャ随一の大英雄であるヘラクレスをも上回る戦士である事を。
ならば、後を追うのは容易い。
それほどの猛者なら、戦士の嗅覚が逃がすわけがない。
己の直感が導くままに焼き払われた森林を、人の絶えた街並みを、狂戦士はひた走る。
生前、女神の放った呪いによって狂気に侵された彼は、自身の子と妻を手に掛けた。
アポロンは12の試練を成功させれば、その罪は許されると神託で言っていたが、それは誤りだった。
確かに神々は己の罪を許しただろう。
しかし、彼自身はこの大罪を許そうとは思わない。
愛する最初の妻と生を謳歌する事無く逝った子供達を思えば、この罪は未来永劫許されるべきではないのだ。
だからこそ、同じ過ちは繰り返さない。
例え呪詛に侵されようと、狂気に苛まれようと、彼は自身が護るべき者を違えることは無い。
故に、彼は持てる力の限りを使って大地を蹴る。
人としての生を望まれなかった、哀れな主を人間として弔うために。
柳洞寺から大空洞へと続く山道、その中でもある程度開けた場所で、呪詛に侵されたアーチャーは苦虫を噛み潰していた。
眼前で血色の槍を構えるキャスター、その能力が自身の戦法とは悉くかみ合わないからだ。
弓矢で遠距離攻撃を挑めば、その悉くを火のルーン魔術や召喚した樹木、そして強固な結界で迎撃された。
虎の子である『
さらにはこの狭いスペースにルーンで結界を張られ、接近戦を行わざるを得ない状況を作られた。
普通なら『キャスターが接近戦などナンセンスだ』と鼻で笑うところだが、相手はアイルランドの大英雄クー・フーリン。
さらには手には愛槍とは別の禍々しい血色の槍を持っているのだ。
楽観視などできようも無い。
そして始まった接近戦だが、ここでもまた計算違いの事が起きた。
キャスターの槍術は、自身が知る物よりも遥かに円熟したものだったのだ。
さらにはクラス補正による能力低下を補うためか、槍兵の頃のような『動』の技ではなく、無駄な動きを削いで相手の後の先を狙う『静』の技を駆使してきたのだ。
非才な自身の剣術は敢えて隙を作り相手にそこを攻めさせる事で、相手の動きをコントロールするのを基本としている。
だからこそ、技量が遥かに上の相手にそういった戦法をされると立ちどころに窮してしまう。
かと言って攻めなければ、こちらを追い立てるように火炎弾が飛んでくる。
ダメ押しに、あの槍には傷つけた相手から生命力を奪い、担い手を癒す力があるようだ。
攻略の足掛かりとして手足を殺す等の作戦を練っても、こちらがダメージを食らえばチャラになってしまう。
技量に大きな差を付けられている現状では、これは地味に痛い。
「どうした、弓兵。いつにも増してしかめっ面じゃねえか」
「……そちらこそ随分と消極的な攻めじゃないか。キャスタークラスになったから落ち着いた、とでもいうつもりかね?」
「ランサーで呼び出された時に比べて、少しばかり歳を食ってるもんでね。力任せよりも技でいなす方を選んじまうのさ、これがな」
「大英雄ともあろう者が、中年オヤジのような物言いを。アイルランドの民が聞いたら泣くぞ」
「ふん、言ってろ。さて、いつまでもこうしてたって埒が開かねえ。────ここらでケリをつけさせてもらうぜ」
「……いいだろう。だが、そう簡単に取れるとは思わん事だ」
深く身体を沈めて血色の槍を構えるキャスターと、黒と白の陰陽剣を手にするアーチャー。
互いに大気が歪んで見えるほどの魔力を放ちながら、互いに一瞬の隙を探り合う二人の戦意が弾けようとしたその瞬間、結界をブチ抜いて両者の間に巨大な何かが降り注いだ。
「ちぃッ!?」
「なんだ!?」
「■■■■■■■■■■■ーーー!」
寸前で飛び退いた二人の声を掻き消す様に、それは赤に染まった巨体を奮い立たせて暗雲の間から覗く月に吼える。
「バーサーカーだと!?」
「こいつ、あの城跡から動かなかったんじゃねぇのかよ!?」
紅の巨人は両者の驚愕など些末事と言わんばかりに目もくれず、土煙を上げて山道を爆走する。
その眼差しの先にあるのは呪われた聖杯が鎮座する大空洞だ。
「バーサーカーめ、どういうつもりだ!? キャスター! 緊急事態だ、勝負は預けるぞ!!」
一方的に言い捨てて、アーチャーは地面を蹴った。
自分を含めた五騎のサーヴァントの中で、唯一セイバーが実力で下すことが出来なかった大英雄。
彼が黒き騎士王に敗北したのは、同期した聖杯からの呪詛によりマスターが戦闘に耐えられなかったからだ。
それ故か、彼は呪いにその身を犯されながらもセイバーへ与せずに、嘗ての主の居城跡で彼女の亡骸を護っていたのだ。
その狂戦士がこの局面で動いたのが、カルデアの面々を討つ為だとは考えにくい。
最悪、再びセイバーに反旗を翻す可能性も十分にある。
それに一瞬の遭遇であったが、彼の持つ鷹の目は狂戦士の丸太のような腕に抱えられた生前の義姉を捉えていた。
彼女が健在だった頃に見せた忠義を思えば無体な真似はしないだろうが、それでも気にかかるのだ。
様々な懸念材料に刻まれた眉間の皺をさらに深くしながら、アーチャーは大空洞に向かって速度を上げた。
「なんでぇ、あの野郎。血相変えてすっ飛んでいきやがって」
一人残されたキャスターは、爆心地のようになった山道で悪態を吐き捨てた。
バーサーカーに続いてアーチャーまでもが大空洞に向かったが、彼はまったく慌てていない。
むこうにいるのがカルデアの面々ならば何としてでもあの二騎を止めただろうが、規格外の力を持った異邦人たちが一緒なのだ。
正直、白龍の少年だけでもあの二騎を相手にしてお釣りがくるだろう。
「とはいえ、追いかけねえワケにゃいかねえか。アーチャーの野郎は任せろなんて啖呵切っちまったし、盾の嬢ちゃん達も気になるな」
槍の石突きで地面にルーンを刻んだキャスターは、風を巻きながらその場を後にした。
◇
その巨人が現れた瞬間、私達はもちろん、闘っていたセイバーとディルムッドも動けなかった。
『動けば殺される』
そこにいるだけなのに、理屈抜きでそう思わせるくらいの威圧感があったんだ。
誰もが黙ってバーサーカーに視線を向ける中、巨人は無言で目の前にいた慎君に手を差し出した。
大の大人も一掴みできそうな大きな手、そこには十歳くらいの女の子が横になっていた。
「イリヤスフィール……」
彼女を見てセイバーが小さく言葉を漏らす。
きっとそれが女の子の名前なんだろう。
「人間……いや、何かの混血だな。妙な術式が体の中に刻まれてる所為で、肉体は死んでるのに魂が中に囚われちまってる。この子を助ければいいのか?」
慎君の言葉にバーサーカーはコクリと頷いた。
ここからじゃわからなかったけど、あの子はもう亡くなっているのか。
「……わかった。じゃあ、そこに寝かせてくれ」
慎君が着ていた道着の上を脱いで地面に敷くと、バーサーカーは指示された通りに女の子をそこに横たえた。
そして、慎君が何かを呟きながら人差し指と中指を立てた右手を9回振るうと、女の子の周辺が淡い光に包まれる。
「ご主人様、この少女に刻まれた術式はあそこの泥壺とよく似ています。解呪できますか?」
「浄化に解呪、後は葬送か。やる事は多いが、呪詛のレベルを考えれば神救いより楽だろう。玉藻、悪いけど例の鏡を頼む。デイルムッドにヴァーリ、デリケートな作業に入るからセイバーをこっちに近づけるなよ」
「承知しました、ご主人様」
「はっ」
「私を侮るな、小僧。堕ちた身とはいえ、死者の弔いを邪魔するほど私は腐ってはいない」
不満げに言い返したセイバーは、自身の意思の表れとして黒く染まった聖剣を地面に突き刺した。
それを見て、ディルムッドも槍を消して剣を鞘に納める。
えーと、私が言うべきじゃないと思うんだけど、そんなに簡単に信用していいのかな?
隣を見ると、マシュの盾の後ろで所長も不満そうな顔をしてる。
多分、戦闘を中断してあの子を弔う事に納得がいかないみたいだけど、さすがにこの流れで否定的な意見を言う気はないようだ。
「そりゃ結構。じゃあ、大人しくそこで見ててくれや」
そんなセイバーの様子を気にも留めずに慎君は遺体となった少女の額に手を当てる。
「玉藻、頼む」
「はい」
慎君の声に応えた玉藻さんは、懐から取り出した鏡を胸に抱きながらゆっくりと詠唱を始める。
「
淡い燐光が鏡を包むと同時に玉藻さんの着物の
「審美確かに、
舞い飛ぶお札が洞窟の壁に張り付くと周囲を囲むように
「これ自在にして禊ぎの証。名を
お札から集めた魔力を浴びて天高く浮かび上がった鏡を玉藻さんが地面に投げつけると、結界内に魔力が広がると同時に身体の芯が熱くなるような感覚が広がっていく。
「凄い。身体から力が湧き出るみたい」
「はい、魔力の生成量が増加しています。これなら、私単独で宝具の真名解放も複数回は可能です」
「複数対象への支援効果のある礼装……いいえ、この効果は宝具レベルね」
「サンキュー、玉藻。これでやり易くなった」
「いえいえ、このくらいお安い御用です。私もこの洞窟の穢れにはウンザリしていたところですので」
私達が騒ぐのを他所に、玉藻さんと言葉を交わした慎君はお寺を浄めた呪文を唱えるが、眉根をよせながらそれを中断してしまう。
「駄目だな。向こうの泥壺の影響が強くて、大祓の祝詞だとこの子の魂が保たない」
「では、どうなさいますか?」
「氣の出力を上げながら、別口でアプローチしてみるか」
呼吸を整えながら意識を集中する慎君。
次の瞬間、彼の身体から蒼い炎のようなモノが立ち上り、強大な威圧感が洞窟の空気を揺るがした。
……凄い。
感じる力がセイバーとは比較にならない。
あれって、大空洞に入る前に見せられたのと同じ物だ。
ビリビリと大気を震わせたまま、慎君は再び呪文を唱え始める。
「
独特のリズムを持って流れる呪文、これって聞いた事がある。
確か、ひふみの唄だったっけ。
お婆ちゃんが神棚に向けて良く唱えてたものと同じだ。
ひふみの唄が終わると、慎君を中心にして風が吹き抜け、洞窟の中の雰囲気が一変した。
先ほどまで感じていた鼻につく生臭さやイヤな雰囲気は消えており、周囲に立ちこめていた紫色のモヤの様な物もその姿は欠片も見えない。
「先輩! 周囲の魔力濃度が殆どゼロになってます!
それに空気も綺麗になってますっ!!」
「馬鹿な……っ! 大聖杯を浄化しただと!?」
マシュに続いて、驚愕の声を上げるセイバー。
そんな私達に構うことなく、慎君は更なる呪文を紡ぐ。
「
呪文を唱え終わると、少女の身体の中から小さな光の玉が浮かび上がるのが見えた。
私でもわかる、あれはあの子の魂だ。
「ふぅ……これで解呪まではOKか。あとはどうやって送るかだけど、この子の歳からして地蔵菩薩真言でいいのかね」
「いや、こう見えても彼女は18歳だ。普通に送ってやってくれ」
突然掛かった声に視線を向けると、そこにはキャスターと闘っているはずのアーチャーの姿があった。
しかし、そのアーチャーも洞窟であった時と姿が変わっている。
前に流していた灰色の髪はきっちりと上げられていて、腰に巻いていた赤の外套も着込まれていた。
見れば、右の目の下から頬にあった赤い痣も消えている。
「彼は聖杯によって召喚されたサーヴァント。大聖杯が浄化された事で、影響を受けたのでしょう」
首を捻っていると、横に来ていたアナちゃんが説明してくれた。
なる程、彼女も慎君に浄化されたサーヴァントだ。
そういった事もあるのだろう。
しかし、そうなると同じ境遇であるはずのセイバーに変化が無いのが気に掛かる。
「貴様、御子殿はどうした?」
「そこのバーサーカーが乱入してきたのでね、勝負は水入りになってしまった。私も急いで駆けつけたからな、奴がどこをほっつき歩いているかは知らんよ」
静かながらも怒気を多分に含んだディルムッドの声に、アーチャーは肩を竦める。
「バカ言ってんじゃねえ。テメエ等を追って来てるに決まってんだろうが」
そんな抗議の声と共に洞窟に降りたったのはキャスター。
大きな怪我はしてないようなので、少し安心した。
「ふん、遅かったな。どこで道草を食っていたのかね」
「殆どタッチの差だったじゃねえか。それに一方的に言い捨ててトンズラこいた奴が、どの口が言いやがる」
「コラ、故人の前だぞ。喧嘩すんな」
慎君に諫められた二人は状況が状況なので、さすがにバツが悪そうだ。
「アーチャー。あんた、彼女の知人なのか?」
「……彼女は私の義姉だ」
思うところがあるのだろう、少女の魂を見つめながら詰まらせながらも言葉を吐き出すアーチャー。
しかし、姉とはどういう事なのか?
英霊とは、偉業をなした者が死後に祭り上げられて成るモノだと聞いた。
彼女の弟ならば、アーチャーはこの時代の人間ということになる。
同じ時代に同一の存在がいては、拙いのではないだろうか。
ほら、SFとかにあるタイムパラドックス的な意味で。
「英霊とは時間と隔絶した存在です。その辺の事は問題ありません」
アナちゃん曰く問題ないらしい。
その理由は全く分からんが、英霊がそう言うなら私が気にしても仕方ないな!
「そうか。なら、彼女の冥福を祈ってやってくれ。その方が彼女も喜ぶだろう」
「ああ」
アーチャーが黙祷を始めると、敵味方限らずに場にいたみんながそれに倣う。
穢れが晴れた静なんか空気の中、慎君が紡ぐ読経が流れる。
それが終わって目を開くと、光の柱の中で少女が、彼女によく似た女性と共に天に昇っていくのが見えた。
「礼を言おう、若き神官よ。其方のお陰で、我が主の魂は天に還ることができた」
今までになかった渋く落ち着いた男性の声に目を向けると、そこにはバーサーカーがいた。
いや、先ほどまでの狂気が失せた理知的な瞳と、美形というよりも男前な顔は、もう狂戦士とい言葉は似合わないだろう。
「気にしないでくれ、神職としての務めを果たしただけだ。アルケイデス、いやヘラクレスか」
「一目で我が真名を見抜くとは、如何なる絡繰りかな?」
「俺達の世界には、人の部分が生まれ変わったあんたがいるのさ。今のあんたよりは年若いが、顔も体型もそっくりだ」
え? ちょっと待って。
バーサーカーってヘラクレスだったの?
……よかったぁぁぁぁっ!!
本気で助かった!
ヘラクレスっていったら、私みたいな素人でも知ってるギリシャ神話最強の英雄だよ。
それが狂って襲ってくるなんて、悪夢なんてレベルじゃないよ!!
「異世界か、興味深いな。その話は是非とも聞いてみたいが、どうやら時間のようだ」
苦笑いを浮かべる大英雄、その巌のような身体はゆっくりと金色の粒子へと還っていく。
「狂化が解除されたという事は、聖杯との繋がりも断たれたという事。あれだけの大英霊ですもの、聖杯の魔力が無ければ現界を保つのは無理でしょうね」
「でも、所長。アーチャーやセイバー、キャスターに変化はありませんよ?」
「セイバーは分からないけど、アーチャーにはマスター不在でもある程度行動ができる『単独行動』のスキルがあるし、キャスターは仮とは言え貴女がマスターになってるじゃない」
……そうでした。
慎君が武器を広げている間に、隅の方でコチョコチョやってたから忘れてた。
「こちらの要件を聞いてもらったのに、謝礼の一つもできずに申し訳ない」
「気にしないでくれ。また会う機会があったら、手合わせでもしてくれればいいさ」
「ふっ、楽しみにしておこう。では、さらばだ」
そう言葉を残して、ヘラクレスはこの世界から姿を消した。
大英雄が立ち去った余韻に静まる空洞の中、甲高い金属音が響き渡る。
移した視線の先には、地に突き立っていた聖剣を構えるセイバーが居た。
「死者の弔いは終わった。今度は貴様等が冥府へと旅立つ番だ」
「冬木の大聖杯は浄化されたにも関わらず、その寄る辺によってこの世に現れた貴方は穢れたまま。セイバー、貴方がこの時代の歪み。────特異点の原因ね!」
所長の指摘にもセイバーは表情を変えることは無い。
「その通りだ、星見台の責任者よ。この私を討たぬ限り、この時代が元に戻ることは無い」
「悪いが私はここで手を引かせてもらうぞ、セイバー」
「構わん。イリヤスフィールを救った者を貴様が害せるなど、元より思っていない」
アーチャーの離脱発言にも動じる気配を見せずに、こちらへ斬りかかるセイバー。
しかし、その凶刃は白銀の刃によって受け止められる。
「この俺との決着はまだ着いていないぞ、セイバー!」
ディルムッドが振り抜いた剣によって後方に弾かれるセイバー。
……いや、あれは弾かれたんじゃない、自分で飛んだんだ!
「ランサー、悪いが状況が変わった。貴様と遊んでいる暇はない!」
腰だめに構えた聖剣の刀身に今までにないほどの、強大な魔力が宿る。
ヤバい! これって宝具の真名解放だ!
「構えろ、盾の乙女。その護りが真実であることを私に証明してみせるがいい」
セイバーの言葉と殺気に、慌てて盾を構えるマシュ。
「させるかっ!」
セイバーの意図に気付いたディルムッドが阻止しようとしているが、間に合いそうにない。
どうする? さっき対処してくれたヴァーリ君は動きそうにないし、マシュのスキルじゃ止められない。
「先輩、宝具の使用許可を!」
そうだ、河原でキャスターと模擬戦をしたお陰で、マシュも宝具が使えるようになったんだった!
「お願い、マシュ!」
「はい! 真名、偽装登録……宝具、展開します……っ!!」
掛け声と共にマシュが盾を地面に突き立てると、私達の前に強大な魔力障壁が展開される。
相手は星が鍛えた地上最強の聖剣、防ぎきれるか!?
ううん、これが失敗したら私達だけじゃないく、後ろにいるバラキエルさんや朱璃さんもただじゃすまないんだ。
絶対に防がなきゃ……ッ!!
「卑王鉄槌……極光は反転する。光を呑め!
下段から天に向けて振り抜かれた刃から迸る魔力の奔流。
進路の地面を抉りながら向かってくる、先ほど以上の魔力波に心臓が竦み上がりそうになるが、私だけが逃げる訳にはいかない。
全身を強張らせて衝撃に供えるマシュに駆け寄った私は、盾を支えるマシュの手に自身の手を重ねてありったけの力で踏ん張る。
「マスター……」
「マシュだけにこんな重荷は押し付けられない。だから私も一緒に支えるよ」
「……っ、ハイ!!」
マシュと二人、覚悟を決めて聖剣に備える私達。
「ケイィィィィッ!!」
盾の内側で目を閉じて歯を食いしばっていると、前から気合の入った掛け声が聞こえた。
何事かと思って盾の影から顔を覗かせてみると、私達の前に立った慎君が体の前で回した手で次々と聖剣の波動を弾き飛ばしているではないか。
呆然としている私達の前で木で木を打つようなカーンッという音を残して、聖剣は完全に防ぎきられてしまった。
「マ・ワ・シ・受ケ…………見事な………」
「聖剣でも邪剣でも邪聖剣でも持って来いやァ……」
ヴァーリ君の呟きを受けた慎君の横顔には、もの凄く獰猛な笑みが浮かんでいる。
さすがにこれには、一同ビックリである。
平然としているのはヴァーリ君と慎君だけで、サーヴァントの面々はもちろん、他の姫島家の人達も唖然としている。
所長にいたっては、ショックで泡を噴いて気絶する始末だ。
「うむうむ。独歩ちゃんから教わった廻し受けに合氣鏡殺を応用して、跳ね返すんじゃなくて散らす事に重点を置いてみたんだが、上手くいったな」
「やるじゃないか。それはビーム対策か?」
「ああ。ビーム系を撃たれると、合氣鏡殺じゃ防ぐのが精一杯だからな。アプローチを変えてみたんだ」
「いくら伝説の古武術とはいえ、素手でビームと闘うなんて想定してないだろうからな」
「だからこそ、技を受け継ぐ者はその時代に合わせて、改良・進化させていかなければならんのだよ」
なんかまた無茶苦茶な事を話し始めるヴァーリ君と慎君。
ビーム相手に素手?
英霊のマスターなんかやってる私が言うのもなんだが、どんな状況なんだ?
「慎さん! 今のは私と先輩で必死に防ぐ場面だと思うのですが!!」
みんなが金縛り状態の中、珍しく怒っているマシュが慎君にクレームをつける。
そうだそうだ、今のはどう考えても私達にスポットが当たる場面だろ!
『聖剣を受け止めたいのか』と聞かれれば全力でお断りするが、それとこれとは別問題だ。
ただでさえ濃いメンバーばかりなのに、ここで出番を潰されたら私とマシュが空気じゃないか!
「いや、すまん。空気を読むべきかと考えたんだが、こっちも身内の安全が掛かってるからな。より安全な策を取らせてもらった」
キッパリと言い切る慎君に反論の言葉が出ない。
うぐぅ……、言い返したいけど家族の命がかかってるんなら仕方ない。
誰だってそうする、私だってそうする。
「馬鹿な……」
「私の聖剣を素手で弾くだと……」
未だにショックから立ち直れていないセイバーとアーチャー。
その多大な隙を見逃さない者がいた。
風を巻いてセイバーの懐に飛び込む緑の影、ディルムッドだ。
慎君から貰った剣は肩と背の鞘に収まり、その両手にあるのは朱と黄の槍だ。
「穿て、
真名を解放された二つの槍。
初手の朱い長槍がセイバーの胴体の鎧を消し去り、次に繰り出された黄の短槍が彼女の心臓に突き立つ。
「不意打ちなどとは言うなよ、セイバー。一騎打ちの礼節を破ったのは、我が主の家族を狙った貴様が先だ」
半ばまで赤に染まった短槍の血振りをしながら、ディルムッドはセイバーから離れる。
その顔には怒りとやるせなさが浮かんでいる。
「……まさか、このような無様を晒すことになるとはな」
自嘲の的な笑みを浮かべながら立ち尽くすセイバー。
「カルデアの者達が人理修復を達成できるに足るか、試すつもりだったのだろう? 仕方あるまい。君の聖剣を素手で弾き飛ばす化け物がいるなど、誰が想像できるかね」
「白き竜の化身に一度阻まれているのだ、その時点で聖剣が絶対ではないと思うべきだった。結局、運命がどう動こうと私だけではこの末路を迎えるという事だ」
「おい、どういう意味だ、そりゃあ」
諦観の混じったセイバーの言葉にキャスターが声を上げるが、彼女はその冷たい表情を変えることは無い。
「いずれ貴方も知ることになる、光の御子よ。グランド・オーダー、聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」
困惑するキャスターを他所に慎君達の方に向き直ったセイバーは、変わる事のなかった鉄面皮を投げ捨て、露骨に嫌そうな表情を浮かべた。
「異邦人たちよ、私の消滅と共にこの時代の変異は修復されるだろう。そうなれば、貴様らもあるべき場所に帰る事になる。正直、貴様たちのような化け物とは顔を合わせたくない。二度と会わない事を祈るぞ」
なんか好き放題言って消滅するセイバー。
横目で見た慎君達は涼しい顔のままだ。
えーと、怒んないの?
「負け犬の遠吠えに腹を立てるほど狭量ではない」
「まあ、こっちも用は無いから会う必要も無いしな」
なんともドライですこと。
「あんな無茶苦茶な方法で自身の切り札を防がれたんだ、苦手意識の一つも持つだろうさ。まあ、気にしないことだ」
そう言いながら光の粒子になって消え始めるアーチャー。
「おぉお!? 俺も強制送還かよ!」
見れば、キャスターもアーチャーと同じく光の粒子と共に姿が薄まっていた。
「貴様もここの聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントだろう。さあ、還るぞ」
「家に帰るみたいに言ってんじゃねえよっ! 坊主、槍はここに置いとくからな。カルデアの嬢ちゃんたち、次に喚ぶなら、そん時はランサーで頼むわ!」
そう言い残してキャスターとアーチャーはその姿を消した。
「やれやれ、随分とバタバタした撤収だったな」
そう言いながら、キャスターのいた場所に置いてある血色の槍を回収する慎君。
そう言えば、アナって消えてないよね?
「契約した時に寄る辺が、聖杯からマスターに変更になりましたから。彼が死ぬまで消える事がありません」
「ほー、知らんかった。ところで、カルデアに移籍とかって出来んの?」
「ご主人様、それは無理です。ディルムッドさんもそこの蛇娘も、術式はカルデアとはいえ極めて特殊な形式で喚ばれています。しかも維持のエネルギーが魔力から氣になってる上に、依り代もご主人様になってますから、カルデアに戻すには存在そのものを書き換える必要があります」
「つまり、返せないと」
「はい。ぶっちゃけ、座に還して再召喚した方が全然早いです」
玉藻さんの結論を聞いた慎君は、力なくその場に崩れ落ちた。
「あの、玉藻さん。私とリリィはどうなんですか?」
「朱乃さんも無理ですねぇ。現界維持に魔力を使っているだけ、ご主人様よりはマシですけど、やっぱり依り代が朱乃さんに設定されてますから」
そっか、三騎はカルデアに連れて帰れないのか。
まあ、アナはともかくディルムッドとリリィは慎君達を主と認めてるみたいだし、野球みたいに移籍なんてできないよね。
「あー。またダーナ神族とオリュンポスに貸しができんのかぁ。ハーデス様はまだ分別があるけど、ダグザ様は容赦ないんだよなぁ。……割とガチで過労死するかもしれん」
「マスター、オリュンポスの神々と知り合いなのですか?」
「ハーデス様とはなぁ。他の方たちとはぶっちゃけ会いたくないから、食事会とか招待されても逃げ回ってる」
アナの問いに地面に寝そべりながら答えていたが、彼女の表情が曇るのを見た慎君は、立ち上がってアナの頭に手を置いた。
「心配すんなって。俺の身内になったのなら、ゼウスでもポセイドンでも手は出させねえよ。一応、対オリュンポスのエキスパートも知り合いにいるからな」
「ふん、オリュンポスを向こうに回して喧嘩か。面白そうだな」
「いや、それは最悪のケースだから。勝手に先走って喧嘩売ったらコロスからな」
慎君とヴァーリ君が軽口を叩き合っていると、カルデアとの通信が繋がりドクターの姿が現れた。
『すまない、戦闘中だったから通信は控えていた。今の話は聞かせてもらったけど、どうするつもりなんだい?』
「私はリリィと共に帰りたいですわ」
「こっちも連れて帰るよ。下に付いてくれるって言ってる以上、面倒見るのが上の役目だから」
『頼んだのはこちらだしそういう事情なら仕方ないかな。立香ちゃん、マシュ。所長は許可しているかい?』
「いいえ。所長は現在気を失っている為に、この話は聞いていません」
『気絶してる!? 所長にいったい何があったんだ?』
「ちょっとショッキングな場面を見た物で……」
私は目を逸らしながら泡喰っているドクターの問いをはぐらかした。
いや、人間が素手でエクスカリバーの真名解放を弾きました、なんて言えないよね。
『とりあえず、今回のミッションは終了だ。立香君、マシュ。セイバーの持っていた水晶体を回収してくれ。セイバーの異常と冬木の特異点化の原因は恐らくそれだ。その後で、所長と君達をレイシフトで回収する』
「分かりました、Dr.ロマン」
ドクターの指示に従ってマシュが水晶体を回収している間に、私は所長を抱き起こす。
身体を抱えた時に呻いたところを見ると眠りは浅いと思うけど、無理に起こすのは良くないだろう。
「いや、まさか君達がここまでやるとはね。そこの異世界からの闖入者の力もあるのだろうが、これは計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ」
宙に浮いていた水晶に手を伸ばしたマシュを遮る様に現れたのは、緑のスーツに同色の帽子を被った男。
私達カルデアの技術顧問であるレフ・ライノールだった。
「やれやれ、これも48人目の適格者とはいえ、全く見込みのない子供と見逃した私の失態かな」
カルデアであったような柔和な大人の雰囲気とは打って変わって、此方に向いた糸のように細い目から覗く光は、明らかに私を見下したものだ。
「レフ教授!?」
『レフ!? レフ教授がそこにいるのか!?』
「レフ……? レフがいるの!?」
マシュの声にドクターが騒ぎ立て、それに反応して所長が目を覚ます。
レフ教授はテロ事件の時に現場であるレイシフト管制室にいた事から、生存が絶望視されていたので驚くのは当然だろう。
「その声はロマニ君か。君も生き残ってしまうとはな、管制室に呼び出したのに私の指示に従わなかったんだな。まったく────」
瞬間、レフ教授が纏っていた雰囲気が一変した。
纏っていた気配は嫌悪感を催すモノに変わり、こちらに向ける感情が嫌悪から憎悪に入れ替わる。
「どいつもこいつも統率の取れない屑ばかりで吐き気がするな!」
なんだ、これ……。
「下がっていなさい。あれは人間ではない、悪魔だ」
厳しい顔のバラキエルさんが私達を庇う様に前に出てくれる。
「ふん、招かれざる客の分際で随分とデカい態度だな。部外者ならそれらしく、この時代が焼き尽くされるまで大人しくしていればいいものを」
「座して滅びを待つような腑抜けでは無いのでな。それに家族が巻き込まれているのだ、お前の下らん計画に従うわけがないだろう」
鬼気を纏ったレフ教授と真正面から睨みあうバラキエルさん。
しかし、私は二人に構っている余裕はなかった。
意識を取り戻した所長がレフの元に行こうと暴れているからだ。
「所長、落ち着いてください! あのレフ教授は普通じゃありません! 危険です!!」
「うるさいわね! レフが私に危害を加えるワケないじゃない!! 放しなさい、所長命令よ!!!」
「所長!?」
抑えようとした私の手を振り払った所長は、バラキエルさんの脇を擦り抜けてレフの元に行ってしまった。
「レフ……ああ、レフ、レフ! 生きていたのね、レフ!! 良かった。貴方がいなくなったら私、この先どうやってカルデアを守ればいいのか分からなかった!!」
まるではぐれた父親を見つけた子供のように、レフ教授に縋りつく所長。
しかし、そんな彼女を見るレフ教授の目は虫けらに向けるように冷淡だ。
「所長! いけません、その男は……!!」
「オルガ、元気そうで何よりだ。君も大変だったようだね」
マシュの警告を遮る形で所長に優しい言葉を掛けるレフ教授。
その目にギラギラと光る嗜虐の光を見れば、その言葉が偽りなのはすぐにわかる。
「ええ、ええ! そうなのレフ!! 管制室はテロで爆発するし、レイシフトで送られた街は廃墟だし! カルデアには帰れないし、出会った現地民は化け物ばかりだし!!」
目に涙を浮かべて、しがみ付いた手に力を込める所長。
レフ教授の顔が嫌悪に歪んでいるのは、縋りついている彼女は見えていないだろう。
「訳の分からない事ばかりで、頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、貴方がいれば何とかなるわよね? だって今までそうだったもの。今回だって私を助けてくれるんでしょう?」
「ああ、もちろんだとも。本当に予想外の事ばかりで頭にくる」
自身の問いかけの答えを確認しようとした所長は、縋りついていた男が浮かべた邪悪な笑みに表情を強張らせた。
「レフ……?」
「その中でも最も予想外だったのは君だよ、オルガ。君の足元に爆弾を仕掛けていたのに、まさか生き残るとは」
「え……? ……レ、レフ? 何を言ってるの?」
「いや、生きているのではないな。君は死人だ、少なくとも肉体的にはね」
……ちょっと待て。
今、奴はなんて言った?
動揺を治めるために周辺に視線を巡らせると、慎君や美朱ちゃんが苦い顔をしていた。
実際に死者を鎮めていた彼等があんな表情を浮かべるという事は、レフの言葉は真実だという事だ。
お寺で言おうとした大事な事って、もしかしてこれの事だったの?
「トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念となった君をレイシフトさせてしまったようだ」
「ウソよ……。こんな時に冗談なんて意地悪よ、レフ」
「事実だよ。君は生前レイシフト適性が無かっただろう。肉体を持ったままでは、ここにいられるわけがない。よかったね、オルガ。君は死んで初めて、あれほど切望していたレイシフト適性を手にしたんだ」
にこやかに笑いながら、レフ教授は所長に向けて祝福の言葉を吐く。
しかし、そこに込められているのはどす黒い悪意だ。
「まあ、その代償としてカルデアに戻る事は出来なくなったがね。肉体のない君が戻ったら、あとは消滅するしかないのだから」
「あ……ああ……、う、そ……嘘よ、私が死んでいるなんて……」
縋りついていた手を放し、その場に崩れ落ちる所長。
そんな所長にレフは、教師が不出来な生徒に向けるような蔑みの視線を落とす。
「相変わらず理解が遅いな、オルガ。まあいい。そんな君にもわかる様に、現在のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」
そう言って、セイバーが遺した結晶体を掲げるレフ教授。
すると、大空洞の上部に丸い穴のようなモノが現れ、その中に私達の見知ったモノが映し出された。
カルデアの中枢である疑似地球環境モデル・カルデアス。
しかし、そのカルデアスはまるで太陽のように真っ赤に染まっていた。
「な……なにあれ? カルデアスが真っ赤に……嘘、よね? あれはただの虚像でしょ、レフ」
「いいや、本物だよ。オルガ、君が理解できるように空間を繋げたのさ。この聖杯があればこんな事も可能だ」
目の前の事実に戦く所長を見ながら、聖杯と呼ばれた結晶体を掲げるレフ。
次の瞬間、その柔和な顔が醜悪な嘲笑へと姿を変える。
「さあ、よく見るがいい、アニムスフィアの末裔! あれがお前達の愚行の末路だ! 人類の生存を示す青は何処にも無い! あるのは燃え盛る炎の色のみ!! あれが今回のミッションが引き起こした結果! オルガ、お前の至らなさがこの悲劇を引き起こしたのだ!!」
ここにいる者達を嘲笑う様に声を張り上げるレフ、その様子に所長は血の気が失せた顔のままで声を上げる。
「ふ────ふざけないで! 私の所為なんかじゃない! 私はなにも失敗なんてしていない! 私は死んでなんていないッ!!」
怒りが絶望に染まった体を動かしたのか、立ち上がった所長はそのままレフの襟首に掴み掛る。
「あんたどこの誰よ! 私のカルデアスになにをしたって言うのよぉ……!?」
「勘違いするな、あれはお前の物ではない。まったく、最後まで耳障りな小娘だ」
心底うんざりしたような顔で首に掛かる手を振り払ったレフは、座り込む所長へ右手を向けた。
すると所長の身体は宙に浮かび上がり、ゆっくりとカルデアスに向けて進んでいく。
「なっ……!? 身体が宙に……何かに引っ張られてる!?」
「言ったはずだ、そこはカルデアスに繋がっていると。このまま消滅させるのは簡単だが、それではいささか芸が無い。オルガ、最後に君の願いをかなえてやろう」
「願い……!? レフ、なにをするつもりなの!?」
「君の宝物とやらに触れるといい。死に逝く者への最後の慈悲だ、遠慮なく受け取ってくれ」
「まさか……私の宝物ってカルデアスの事……!?」
レフの意図を理解した途端、所長は絶望の表情を浮かべて滅茶苦茶に暴れ始める。
「やめて! やめて、レフ!? カルデアスに、あんな高密度情報体に人間が触れたら……!?」
「ああ。カルデアスはブラックホールと変わらない。それとも今の姿の通り太陽かな。まあ、どちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく無限の死を味わいたまえ!!」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!? 誰かっ! 誰か助けて!!」
レフの狂笑と所長の悲鳴が響く中、あの男の鬼気に当てられた私達は動くことが出来ない。
なんとか歯を食いしばって睨み付けていた私は、いつの間にか慎君がレフのすぐそばにいる事に気付いた。
「あんた、おもしろい事してんな。俺も混ぜてくれよ」
突然現れた慎君に若干驚きの表情を浮かべたレフだったが、彼の言葉を聞いて再び小馬鹿にした笑みを浮かべる。
「ふん、いいだろう。そんなに死にたいのなら、あの小娘の次にカルデアスに放り込んでやる」
宙を移動する所長に視線を戻す、余裕綽々なレフ。
彼がエクスカリバーの魔力波を素手で吹っ飛ばしたの、見ていなかったのかな?
「勘違いすんなよ、おっさん」
言いながら数歩下がり、スタンスを広げながらリズムを取る様に身体を揺らし始める慎君。
「────お前が飛ぶんだ」
「何っ」
「あたぁっ!!」
レフが慎君に視線を戻すよりも早く、その胸板にワンステップからの足刀が突き刺さる。
「ぐおぁぁっ!?」
悲鳴と共に吹き飛ばされたレフは、次元の穴の手前にいた所長を軽くぶっちぎると、一直線にカルデアスに向けて飛んでいく。
「だぶっ!? あびっ!? がぶっ!? あぶぅぅっ!?」
装置を保護する外殻をぶち抜く度に珍妙な悲鳴を上げたレフは、そのまま深紅に染まったカルデアスに突っ込んで、その姿を消した。
「ゴンズ様よりは飛んだかな?」
「ふむ、無事世界を超えたか。新記録だな!」
目の前で起きた惨劇に、満足げに頷くヴァーリ君。
というか、ゴンズ様って誰なの?
「ねえ、ヴァーリ君。新記録って何のこと?」
「ああ、奴が戦闘で吹っ飛ばした敵の飛距離の事だ。『禍の団』のテロ対策で、あいつは例の人間ホームランを打ちまくってるからな。今では『アララト山のホームラン王』なんて異名も付いているくらいだ」
「ちょっ!? 聖山になにしちゃってるの、あの兄貴!」
……ツッコまない、私はツッコまないぞぉ。
「さて、オルガマリー女史。さっきのクソ野郎に聞いたと思うけど、貴女はもうこの世の人間じゃない」
レフが消えた事で術から解放された所長を助けた慎君が、へたり込む彼女に言葉を掛けている。
正直、今でも信じられないが所長は本当に死んでいるのだろう。
「ねえ、私は本当に死んでいるの?」
「ああ、今の貴女は魂の身の存在で、頭の上から伸びてる魂と肉体を繋ぐ霊子線が切れてるからな」
「でもっ! ちゃんと身体はあるじゃない!」
「その身体は剥き出しの魂魄が自己防衛の為に、周囲の魔力を使って造りだした義体だ。現にあの穴の前に来た時、身体が消えていくのを感じただろ?」
寄る辺としていた事を看破された所長は、小さく呻きながらその場にへたり込んだ。
俯いた顔の下には、ポツリポツリと落ちた雫が小さな染みを作っている。
「すまない。本当はもう少し早く伝えるつもりだったんだが、街に立ち込める魔力や穢れの濃さが酷かったから、下手に伝えると貴女を保護していた義体が解けて悪霊に堕ちるおそれがあったんだ」
顔を上げないままの所長に言い聞かせるように、慎君は自身の判断を語る。
破天荒な行動ばかりが目立つけど、仕事に関してはしっかりと考えているみたいだ。
「……助けてよ」
所長の口から零れたか細い呟き、それに気付いた慎君が口を開く前に所長は彼に掴み掛った。
「助けてよ、ねえ! 貴方、無茶苦茶な力持ってるじゃない! 空を飛んだり、聖剣を素手で弾いたり! だったら、私を助ける事だっでできるでしょ!!」
必死の形相で放つ所長の叫びに、慎君は答えない。
申し訳なさそうな表情を浮かべながら、ただ彼女を見ているだけだ。
「私は……私は死にたくないのッ! だって、まだ褒められてない! 誰も、私を褒めてくれてないの!!」
所長の叫びに私は心臓を掴まれるような気持だった。
この特異点で、いやカルデアで出会ってから、私は所長を個人として見ていただろうか?
説明会で追い出された時のイメージを引きずったまま、我儘ですぐに取り乱す名家のお嬢さまという色眼鏡で見ていたのではないか。
「……すまないが無理だ」
所長の身も世もない懇願に対する慎君の答えは無情だった。
「魂が身体から離れてから時間が経ちすぎてる。それにレフという男の言葉を信じるなら、その肉体の方も絶望的だろう。身体が無事なら何か手はあったかもしれないが、それが無ければ俺にはどうする事も出来ない」
「なんでよっ!? アンタの母親は生き返ったんでしょ!? だったら私も蘇らせられるはずじゃないっ!!」
「お義母様のケースは偶然が重なって起きた特例中の特例、貴女に同じことを起こすのは不可能です。それよりも、早く黄泉路に旅立つ覚悟を決めなさい。そんな未練を残しては、地縛霊となってこの地で永く苦しむことになりますよ?」
光を背に神々しさすら感じる玉藻さんの言葉に、所長はゆっくりと縋りついていた手を放した。
そして、その場に伏せると大声で泣きだしてしまう。
「どうしてっ! どうしてこんな事ばかりなの!? 誰も私を評価してくれなかった! みんな、私を嫌ってた!! みんな、みんな! アニムスフィアの後継者としてしか見てくれなかった!! 生まれてからずっと、ただ一度も、私個人は誰にも認められなかったッ!!」
大空洞の中に所長の慟哭が響き渡る。
それはカルデア所長ではなく、オルガマリー・アニムスフィアという少女の叫び。
魔術師として、貴族として枠に囚われ続けた彼女の心の奥底にあった本当の願いだった。
誰もが口を開かない中、ただ一人所長の元に向かう影があった。
「所長」
震える所長の肩に手を置いたマシュは、静かに声を掛ける。
「マシュ」
「私は所長の事を尊敬しています。私と変わらない歳で、カルデアの代表として外部の方々と交渉し、専門家の多いスタッフの皆さんに指示を出す。貴女が所長に就任してから今まで、どれだけ頑張って来たかを私は見ていました。お父上やレフ教授の力を借りたかもしれないけれど、今のカルデアがあるのは所長、貴女のお陰だと私は思います」
まるで小さな子に語り掛けるようなマシュの言葉に、所長は顔をくしゃくしゃにして涙を流す。
「どうして……わたし、たち親子は……あなたに、ヒドい事しか……してこなかったのに……」
「だって、貴女は私を気にかけてくれたから。あの部屋に閉じ込められていた私を外に出して、カルデアの職員として扱ってくれた。私は貴女に救われたんです」
しゃくり上げる所長をマシュが優しく抱き寄せると、彼女はその胸の中で子供のように泣き続けた。
そうして泣き続けた所長は、マシュの胸から顔を上げると慎君に頭を下げた。
「ごめんなさい。色々助けてくれたのに、貴方には酷い事を言ってしまいました」
「自分の死を目の前に突きつけられていたんだ、取り乱すのは仕方がないさ」
慎君が謝罪を受け入れたのを見届けると、今度は私の方に向き直す所長。
目は赤く泣き腫れているけど、それは一組織の責任者として顔だった。
「藤丸立香、ロマニや他の職員も聞いているわね。これから、カルデア所長として最後の命令を与えます」
凛としたその声に、私は居住まいを正す。
これは所長の、オルガマリー・アニムスフィアの遺言だ。
しっかりと受け止めないといけない。
「カルデア全職員は最後のマスターである藤丸立香をサポートしつつ、全力で人理修復に当たりなさい! カルデアスの表示が事実ならば、これは人類存亡をかけた戦いになるでしょう! 故に逃げる事も負ける事も許されない! 人類の未来は貴方達一人一人の肩に掛かっている事を自覚して、己の役割を全うしなさい! なお、これ以降のカルデアにおける全権はロマニ・アーキマンに一任します。各職員は彼の指示に従って行動するように! 以上!!」
「はいっ!」
『こちらも全職員、了解です。所長、お疲れ様でした』
「ありがとう、ロマニ。最後に────」
そう言うと、所長はマシュの方を向き直り、その手を取った。
「貴女には感謝してるわ、マシュ。やり残した事も未練も山の様だけど、貴女がくれた思いがあるから私は逝ける。本当にありがとう」
「所長……」
「最後に人類の未来なんてとっても重いモノを押し付けてしまうけど、身体に気をつけて最後まで頑張って」
「はい……!」
目を潤ませるマシュに微笑みかけた後、所長は慎君の方に踵を返した。
「もういいかい?」
「はい。お願いします」
所長の言葉を受けて読経を始める慎君。
「自分を誰かに認めてもらいたい。マシュちゃんがその願いを叶えたから、最後に彼女は救われたのね」
ゆっくりと所長が天に召される中、私は朱乃さんと言葉を交わしていた。
「……私は所長に何も言えませんでした。所長の叫びに彼女を図星を突かれたような気がして」
「立香ちゃんは、所長と付き合いは長いの?」
「いいえ。今日はじめて会いました」
「なら仕方ないわよ。彼女だって貴女には所長として接していたでしょうしね」
そうだろうか。
「貴女がそれを気にかけているのは、きっとこの街にいる間に彼女を仲間として見れるようになったからだと思うわ。上司と部下の間なら、そんなこと気にしないでしょ」
朱乃さんの言葉を聞いた私は駆けだしていた。
勘違いかもしれないし、所長は私の事を何とも思っていないかもしれない。
でもこのまま何も言わなければ、私はきっと後悔する。
「所長! 私はこの街に来てから、貴女の事を仲間だと思ってました!」
言いたい事が纏まらないままに叫んだ声を聴いた所長は、こちらに微笑みかけて光の柱と共に姿を消した。
「先輩……」
「マシュ。私の言葉、所長に届いたかな?」
「きっと届いてますよ」
『お疲れ様、二人共。その特異点もじきに修復が始まる。レイシフトで呼び戻すから、レフが聖杯と呼んでいた物を回収してくれ』
ドクターの通信で余韻から帰った私達は、レフがいた場所に落ちていた結晶体を回収する。
「よし、『無限の闘争』も使えるようになってるな。そんじゃ俺等も撤収するぞ」
慎君の声に目を向けると、何も無いはずの空間に両開きのガラス扉が出来ていた。
「先輩……」
「何も言わないで」
その……あれだ。
彼は私達の常識の外で生きているんだよ、きっと。
だから、いちいち驚いていても仕方がないんだ。
「それじゃあ、皆さん。俺達はこれで引き上げます」
一行を代表して、慎君が私達に頭を下げる。
もうお別れか。
トンデモない人たちだったけど、もう会えないと思うと少し寂しい。
「カルデアのマスターよ、世話になった。機会があればまた会おう」
「リッカさん、マシュさん。これから頑張ってください!」
「一度は敵対した私に、貴女たちへかける言葉はありません。……身体に気を付けて」
最初にサーヴァント三人が、別れの言葉を残して扉を潜った。
「マシュちゃん、また機会があったら会おうね」
「はい、美朱さんも気を付けて」
「今回の戦いは物足りなかったな。もっと規模の大きい戦いが起こったなら、声を掛けてくれ」
「がんばってね、立香ちゃん。悩んだ時は一人で溜め込まないで。今みたいに誰かに話せば、気づかない事が見えてくることもあるから」
「ありがとうございます、朱乃さん」
次にヴァーリ君、美朱ちゃん、朱乃さんが立ち去った。
というか、ヴァーリ君から鎧に付いてた蒼い宝石を貰ったんだけど、声を掛けろって通信機か何かなの?
「では失礼する。二人共、がんばってくれ。Dr.ロマンも大変だろうが、彼女たちの事を支えてあげてほしい」
『ええ。ベストを尽くします』
「カルデアの皆さん、ありがとうございました。私が現世に出る事ができたのは皆さんのお陰です。何も返せなくて心苦しいですが、お暇させていただきます」
『彼女達が無事だったのは、あなた方の助力があったからです。こちらこそ、ありがとうございました』
ドクターと言葉を交わして、姫島夫妻がみんなの後に続く。
「それじゃあ、俺も行きます。二人共、ありがとうな」
「こちらこそ。みんなサーヴァント以上にトンデモなかったけど、一緒にいれて楽しかったよ」
「私もそう思います」
「そうだ。これを受け取ってくれ」
そう言って慎君は何かを私に手渡してきた。
確認してみると、紅い色の『健康御守』と銘打たれたお守りだった。
「ウチの神社で売ってるお守りだ。中の護摩は俺が作ってるから、少しは効果はあると思う」
「ありがとう。マシュの分もあるんだ」
「ありがとうございます、慎さん」
「いやいや。それじゃ、皆を待たせてるから、俺も行くよ」
「うん」
「お元気で」
「ああ、皆もがんばってな」
そう言って慎君が中に消えると、ガラス戸が締まると同時に扉は煙のように掻き消えた。
「不思議な人たちでしたね」
「うん。でも、いい人たちだったよ」
『立香ちゃん、マシュ。レイシフトの準備が出来た、これから二人を呼び戻すからね』
別れの余韻に浸る間もなく、私の視界はこの街に来た時のように光に包まれていく。
こんな事言うのもなんだけど、もう少し空気を読もうよ、ドクター。
◇
こうして、私達の
カルデアに帰ってきた後は本当に大変で、レイシフトの影響が無いかと健康診断を受けたり、ヴァーリ君の宝石を解析にかけて、何にもわからないとダ・ヴィンチちゃんがムキになったり。
他には、私やデミ・サーヴァントになったマシュが完全な健康体だった事にドクターが狂喜乱舞したりと上を下への大騒ぎだった。
セイバーとアーチャーから回収した聖晶石で、冬木のキャスターやコルキスの女王メディアが来てくれたりと、戦力も少しは増した。
冬木の特異点を復元してからひと月、今度はフランスで特異点が発見された。
次の場所ではどんな事件が待ってるかは分からないし、もう彼らの助けは無いけども、あの時と同じくベストを尽くそうと思う。
「立香ちゃん、準備が出来たよ。コフィンの中に入ってくれ」
「はい!」
ドクターの指示に、私は次の戦場に足を向けた。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
何とか4話でこの話を纏めることが出来ました。
まあ、やりたかった事は大概やれたので、満足かなと。
因みに頼光ピックアップは見事に爆死。
10連でアレキサンダー5連発とか、ココロが折れそうだ……。
ここからは用語集です。
〉聖剣抜刃(出典 聖闘士星矢)
山羊座の黄金聖闘士シュラの代名詞。
鍛え、磨き上げられた四肢は鋼の様に研ぎ澄まされており、特に腕から繰り出される手刀はいかなる物も切り裂く
手刀の範囲外の対象すら叩き斬る事ができ、劇中でも遠距離から地面を真っ二つにして星矢たちと紫龍を分断した。
十二宮で戦った紫龍に自身の魂とこの技を授け、後に彼の危機を幾度となく救った。
〉ゴンズ様(出典 北斗の拳)
北斗の拳に登場する『人間ハンマー投げ』という世紀末テイストが半端な無い協議の偉大なる発案者。
拳王配下の村でこの競技で村人を投げて新記録を出していたが、直後にケンシロウに蹴飛ばされ、ビルの壁にぶちあたって死亡。
結果、自らの体で新記録更新されることとなった。
なまりの入った喋り方と黒髪ロンゲのツインテール、そしてモヒカンより一回り頭の悪い言動と意外と人気のあるキャラ。
かなり酷い事をしていてもなんとなく許されてしまう感がある。
今回はここまでとさせていただきます。
また次回にお会いしましょう。