MUGENと共に   作:アキ山

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 皆さん、お待たせしました。
 7話、完成です。
 いつももう少し早く書き上げたいと思っているのですが、なかなか遅筆は治りませんね。


7話

 さて、合宿が始まって6日が経った。

 イッセー先輩は相変わらずカンフーマンに負け続けているが、組手と一緒に『ゴールデンキャッスル式地獄の基礎練』を導入した成果か、2つ目の技を習得した。

 手に入れたのは対戦相手のカンフーマンの技である『カンフー突き手』。

 腕を振りかぶるのではなく、中国拳法の様に腰の回転を利用して放つ掌底突きで、当たった時のノックバック(相手を押し出す力)が低くガードされると反撃確定だが、放つ速度が速い『皆殺しのトランペット』への布石となる技だ。

 現在は防御の他に武器を持った相手対策の回避も取り入れた組手で、相手の攻撃を捌いた後に牽制のジャブ→カンフー突き手→皆殺しのトランペットという連続技の練習も行っている。

 さらには、今朝の夢で赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)に封じられている二天龍の一角、赤龍帝ドライグが目覚めて赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を介してコンタクトが取れるようになった。

 ドライグのサポートの元、倍化のタイミングも精度が上がり、皆殺しのトランペットの更なる強化にも成功。実際、今朝のカンフーマン戦ではクリーンヒットはしなかったものの、ガードを弾き飛ばし、連続技を叩き込む為の切っ掛けを生み出す事ができた。

 倍化皆殺しのトランペットでのガードクラッシュ狙いという、新たな戦術の可能性も芽吹いたし、イッセー先輩がカンフーマン越えする日も近いか。

「よーし、あのカンフー野郎にも攻撃が当たる様になってきたし、おっぱいなお姉さまとの対決も近いぜ!」

 控室で、ボコボコに腫れた顔をアーシア先輩に癒してもらいながら、イッセー先輩は嬉しそうに吼えた。というか、女の子が横にいるのにおっぱいとかよく言えるな。

「デカい声でおっぱい言うな。あと、優勢な時こそ警戒心を強く持たなきゃダメだろ。今回だって、連続技が決まって相手が弱ってたのに、杜撰な攻撃の隙を突かれて逆転されてるじゃねえか。先輩はテンションが上がれば、それに乗って強くなるタイプみたいだから調子に乗るなとは言わんけど、優勢な状況でも頭の中に冷静な部分を確保しとかないと、今回みたいなしっぺ返しを食らうことになるぞ」

『その小僧の言う通りだ、宿主よ。あそこまで相手を追いつめておいて逆転を許すなど、情けないにもほどがある。……まあ、あの身体全体を使って拳を叩き込む技は悪くは無いがな。お前が更なる倍化に耐えられるようになれば、あの技も名前の通り鏖の牙となるだろう』

「なんだよ、二人とも。せっかくいい勝負できるようになってきたのに、お小言とか勘弁だぜ」 

「成長してるのは認めるさ。でも弟子が増長しない様に釘を刺すのも指導者の務めなんだよ。今回限定だとしてもな」

「ん、慎が教えてくれるのは今回だけなのか?」

「俺も修行中の身だからな。それに今回は10日で戦えるようにするのを主眼に置いたものだから、本気で強くなりたいなら、ちゃんとした指導者の下でしっかり修行するべきだよ」

「あ~、それは分かるんだけどな。でも、それってあの馬鹿みたいにキツイ基礎練も続けなくちゃならないんだろ? それを考えるとなぁ……。赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を上手く使って楽に強くなる方法ってないかなぁ」

「アホか、強くなるのに近道なんてねえよ。第一その赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を使いこなす為に基礎を鍛えなきゃならんだろうが」

「そっか。……そうだよなぁ」

 この後控えている地獄の基礎練を思ってか、景気の悪い顔でガックリと項垂れるイッセー先輩。

 なぜ、こうも嫌がる様になったのかと言うと、2日目から参加させた『ゴールデンキャッスル式地獄の基礎練』で、あんまりにも低い身体能力(断っておくがあくまで超人基準でのこと。転生悪魔としてみれば平均的である)と醜態に激怒した将軍様に『かわいがり』を受けたからだ。

 クラブ活動等でのスポーツ経験も無いイッセー先輩に、この『かわいがり』は強烈だったらしく、今では将軍様を見るだけでひれ伏すようになってしまった。

「あの、イッセーさん。訓練はそんなに大変なのですか?」

「正直地獄としか言いようがない。あれを子供の頃からやってる慎は化け物だ」

「失礼な。イッセー先輩の負荷はまだ200kgなんだから、そんなにキツくないだろうに」

「その認識がおかしいんだよ! 普通は200kgの重り背負って筋トレなんかしねえよ! て言うか、お前は10tの重り背負ってる時点で十分化け物だから!」

「悪魔がなに情けない事言ってんだ。そんなだから軽量級なんだよ、あんたの息子は」

「おまっ……!? こんなところで言うか、普通!!」

「なんだよ。おっぱいおっぱい言ってるから、下ネタOKかと思ったんだが、違ったか?」

「ぐぬぬ……。黒船サイズだからって調子に乗りおって……!!」

「こっちは親父似でな。まあハーフの特権って奴だ、あきらめろ」

 問答無用の敗北感で心底悔しそうにするイッセー先輩を見下ろしながら、呵々と笑ってやる。

「いったい、何のお話なんでしょうか?」

 漢の勝負です。アーシア先輩は知らないままでいような。

 

「こ、殺せ~! ひと思いに殺せ~~~~~!」

 生まれたての小鹿のように、足をプルプルと震えさせながら、イッセー先輩は潔いのかヤケッパチなのか分からん叫びを上げた。

「イッセーさん、トレーニングルームはこっちです! そっちに行ったら戻っちゃいますよ!」

「……ボ、ボケじゃーい!」

「イッセーさん、私はこっちです! 完全にダメージが目にキテるじゃないですか!」

 壁にむかってサムズアップするイッセー先輩に、後ろから涙目でツッコむアーシア先輩。

 どう見てもコントにしか見えないやり取りも、本人たちはいたってマジだ。

 アーシア先輩に手を引かれて、再び歩き出すイッセー先輩だが、その足取りを一言でいえば、まさに腰くだけだろう。

 酷使した足に力が入らないのか、踏み出した途端に内股になったりがに股になったりと、全く安定感がない。

 かろうじて歩いてはいるが、その姿はまるで殺虫剤をかけられた死にかけのハエだ。

 あの後、将軍様のいるゴールデンキャッスルに行き、基礎練を始めようとしたのだが、『3日もやれば慣れてくるはずだ。ならば、負荷を増やしても問題あるまい』という将軍様の鶴の一声により、イッセー先輩の負荷が300㎏に増やされてしまった。

 明らかにオーバーワークなため、将軍様に負荷を下げるように言ったのだが、『限界を超えるため』と聞き入れてもらえず、全てが終わった時には、この通り廃人寸前な有り様になってしまった。

 俺も見かねて休めと言ったのだが、仲間の様子が気になるとイッセー先輩が聞かなかった為、アーシア先輩を介助に付けて、他のオカ研メンバーがいるトレーニングルームに向かっているわけだ。

 そんな二人を引き連れてトレーニングルームに入ると、意外な人物の顔が見えた。

「おや、サイラオーグの兄貴」

「慎か。邪魔しているぞ」

 部屋の隅で柔軟体操をしている巨漢は、俺を見ると彫りの深い顔に男くさい笑みを浮かべた。

 彼はサイラオーグ・バアル。悪魔勢力を取り仕切る頂点の一角である、バアル大王家の跡取りでリアス姉の従兄だ。

 黒いノースリーブのインナーに、肩口から袖が千切れた白の空手着という格好の兄貴は、柔軟が終わると緩やかな速度で空手の型をなぞり始める。

 構えから始まり、受け、攻めと兄貴の動きは移って行き、グローブを思わせる程に肉厚な拳や丸太の様な足が振るわれる度に、空気を裂く音が室内に響く。

 そうやって、額にうっすらと汗をかく程度で型稽古を終えた兄貴は、トレーニングルームに備え付けられたコンソールを手早く操作し、第二対戦ゲートへと姿を消した。

「ねえ、慎。あなた、サイラオーグと知り合いだったの?」

 サイラオーグの兄貴が消えたゲートに目を向けていると、後ろからリアス姉が声を掛けてきた。

「ああ、冥界にいた時に仕事で知り合ったんだ。言ってなかったか?」

「聞いてないわよ。いきなり入ってきたと思ったら、挨拶もそこそこにトレーニングを始めて、彼に事情を聞こうにも話す暇も無かったわ」

 その時の事を思い出しているのか、呆れを含んだため息をつくリアス姉。

「兄貴は鍛錬に妥協が無いからな、ここにいる間はあんまり無駄話をしないんだ。まあ、この対戦が終われば相手をしてくれるだろうさ」

「サイラオーグもあなたも、まるで修行中毒ね。どうしてそこまで強くなろうとするのかしら?」

「そりゃあ、生きる為に必要だったって事もあるが、単純に楽しいんだよ、強くなるのはさ。ところで、他の面子はなにをしてんだ?」

「私と朱乃は魔力制御の復習、小猫と祐斗は美朱と組手をしてるわ。あの子達、美朱に随分とダメ出しをされていたみたいけどね」

 美朱に扱かれている二人を憂うリアス姉の様子を横目に、俺は二人の現状を考察する。

 塔城はルークの特性である剛力と耐久性を前面に押し出したごり押し戦法を主としている為、格闘戦主体に関わらず技術が無さすぎるし、祐斗兄は動きこそ素早いものの、その剣には虚実の虚が欠けている。

 幾ら速いと言っても、フェイントも掛けない真っ直ぐな太刀筋では容易く読まれてしまう。

 正直、現状の二人が通用するのは中堅下位まで。それ以上では実力で封殺されて終わるだろう。

 この合宿でこの欠点が少しは改善されればいいが……。

「ところで、イッセーの仕上がり具合は──」

 一緒に入ってきたイッセー先輩の姿を求めて辺りを見まわしていたリアス姉は、室内の一点に目をむけて絶句した。

 視線の先には、体操用のマットの上にうつ伏せになって、妙に枯れて見える顔の穴という穴から、謎の汁を垂れ流しているイッセー先輩と、泣きそうな顔で必死に呼びかけながら、治癒を行っているアーシア先輩の姿が……。

 ……ああもう、だから休んどけって言ったのに。

「ちょっ!? イッセー!!」

 悲鳴を上げながらイッセー先輩達の元に飛んでいくリアス姉を見送ると、対戦の準備が整ったのだろう、部屋の中央に観戦用空間ディスプレイが現れた。

 投影された画面は、昔のアメリカ映画に出てくる酒場とその前でたむろしている、これまた古臭いバイカー風の男達。

 そして男達の輪の中心で瞠目しながら腕を組んで立っているサイラオーグの兄貴を映し出した。

 周りから浴びせられるバイカー連中の罵詈雑言とエンジン音の中、眉一つ動かさずに不動の姿勢を続けていた兄貴が目を開くと同時に、周りの輪の中からひと際大きな影が現れた。

 夜闇の中、バイクのヘッドライトの群れが照らし出したのは、青のバンダナに袖の無いジージャンを素肌に羽織り、ジーパンと脛を覆うレガースを付けた長髪の男。

 背丈は兄貴より少々低いが、横幅は大きく上回っている。

 その横幅も一見ただの肥満体だが、よく観察すれば大きく突き出た腹や太い腕も含めて、その全てが筋肉の塊である事がわかる。

 あの男の名はジャック・ターナー。

 別次元のアメリカの一都市、サウスタウンで一大勢力を築いたバイカー集団『BLACK CATS』のリーダーで、12歳の時に襲いかかってきたサーカスの熊を返り討ちにしたことから、『熊殺しのマッスルデビル』を自称している。

 バイカー達の輪から肩を怒らせながら歩いてきたジャックは、仁王立ちしている兄貴を下から覗き込むように睨み付け、噛んでいたチューインガムで風船を造って破裂させる。

「お前が今回の挑戦者か。あのカラテ野郎みたいなナリしやがって……ぶっ飛ばされる覚悟はできてるんだろうな?」

「……無駄口を叩く趣味は無い。いいから掛かって来い」

「上等じゃねえかッ!!」

 嘲りの表情を憤怒に変えたジャックは、激情のままにその丸太のような腕を振りかぶった。

 まさに剛腕と言わんばかりのショートラリアットを、素早く屈む事で切り抜けた兄貴は、返礼とばかりにフック気味の右拳をジャックの腹に叩き込む。だが、へヴィ級のパンチを思わせる拳を受けても、ジャックは平然とした顔で、先ほどとは反対の腕の腕を叩き付けた。

 咄嗟にガードが間に合った為ダウンはしていないものの、兄貴は数メートルもの距離を吹き飛ばされた。

「……なるほど。今の感触、氣を集中させて受けたという事か」

「伊達にこの街で不良をしてるわけじゃねえって事だ。この程度の芸なら朝飯前だぜ」

 拳を受けた場所を軽く叩きながら、くぐもった笑い声を漏らすジャック。その姿を見据えながら、兄貴はゆっくりと構えを取った。

 腰を落として両腕を前に突き出し、左腕を下に、右腕を上に構える空手の天地上下の構えだ。

 そして、深く息を吸い、空手特有の丹田呼吸法である息吹で吐き出すと、その雰囲気が一変する。

 画面越しにでも感じる強烈な威圧感。練られた事により視認できるまでに高まった氣が、陽炎の様に兄貴の周囲の空間を歪ませる。

「極限流空手門弟、サイラオーグ・バアル、参る」

「極限流だとっ!?」

「虎煌拳!!」

 一瞬の溜めから右手の掌から放たれた気弾が、驚愕で隙を晒したジャックの腹に炸裂する。巨大なハンマーで殴られた様に身体を『く』の字に曲げたジャックは、たたらを踏む様に2、3歩後退したものの地に伏せることなくガードを固めた。

 だが、そのダメージが決して小さくない事は、腹部にくっきりと刻まれた青痣が雄弁に語っている。

「まさか、テメエも極限流カラテの使い手とはな……!? あのカラテ野郎といい、相変わらずいけすかねえ流派だぜ!」

 悪態と共に体勢を立て直したジャックは、巨体とは思えない速度で間合いを詰め、悪鬼の如き形相でオレンジ色の氣を纏った拳を兄貴に放った。

 丸太の様な腕から繰り出される氣を纏ったナックルパート。凡百の格闘家なら喰らえばKO必至、下手をすれば死につながるその一撃を、兄貴は左腕を内旋させて払いのけ、がら空きになった顔面に

右の正拳を叩き込む。

「ぶば……ッ!?」

 衝撃で身体をのけ反らせたジャックに向けて、追撃の左手中段突き、下がった顎を掬い上げるようなアッパーを撃ち込んだ。

「暫烈拳!!」

 裂帛の気合いと共に兄貴は、左の連打をジャックに浴びせる。

 最初は軽い打撃だったそれは放つ度に速度と威力を増し、ジャブから直突きにそして拳の散弾と言うべき剛打の雨へとその姿を変え、その巨体を宙へと持ち上げて行く。

 ジャック程度の巨漢を、一撃で吹き飛ばすのなら俺もできる。

 だが、無数の連打を浴びせながら、相手を後ろに吹き飛ばさずに宙へ持ち上げるというのは、如何なる技術の成せる業なのだろうか。

 顔面、胸部、腹、肩口、そして股間と襲い来る拳の散弾を浴び続けたジャックの身体は痣だらけ。顔も、頬は瘤のように腫れ上がり、赤や蒼の痣や鼻血のせいで、変わってない場所が見つからない有り様だ。

 拳の弾幕が止み、死に体のまま落下するジャック。

 だが、その隙を見逃すほど、極限流は、サイラオーグ・バアルは甘くはなかった。

 重力のままに落下するその顎を、全身のバネを生かした駄目押しのアッパーが捉え、136キロの巨体が再び宙を舞う。

 ジャックが背中から着地した場所は、奇しくも彼が現れた人の輪の前だった。

 ギャラリーであるバイカー達の悲鳴とジャックへの声援の中、再び天地上下の構えをとった兄貴の視線の先で、ジャックは身体を起こし始めた。

 周りの声援に応えるように立ち上がったジャックだが、やはりダメージが残っているようで、足元が覚束ない。

「飛燕疾風脚ッ!!」

 練られた氣の内功によって、飛び足刀の体勢で放たれた矢のように疾る兄貴。

 それに気付いたジャックは寸前で防ぐことができたが、飛燕疾風脚はこれだけでは終わらない。

 ジャックの防御を土台にして兄貴の身体は旋回し、外回し蹴りが一撃目の衝撃で下がったジャックの頭を刈り取らんと放たれたのだ。

 下がった視界の外から、振り下ろされる断頭の刃の如き踵。

 一流の格闘家でも気付くのは困難なそれを、一介の不良でしかないジャックが察知する道理はない、そう思われた。

 だが、その踵が獲物を捉える事はなかった。

 蹴りが側頭部に食らいつく寸前で、ジャックはまるで見えているかの様に身体をさらにかがめて回避したのだ。

 驚愕に目を見開くサイラオーグの兄貴の顔に、腫れて半ば塞がったジャックの目が鋭利な光を宿す。

 空振った蹴りが戻りきらない兄貴に、全身のバネを活かしたジャックのヘッドバットが炸裂。鼻から多量の血を撒き散らしながらも体勢を整えようとする兄貴に、こんどはナックルパートが放たれた。

 助走と138㎏の体重、さらに氣まで込められた拳を胸板に受けては、さしもの兄貴も耐えられずにその身体が宙を舞う。

 吹き飛ぶ兄貴を視界に捉えながら、ジャックは大きく膝を屈める。

 全身の氣を集中させた踏み切りは、アスファルトにクレーターのような陥没を残し、その巨体を文字通り『発射』した。

 サイラオーグの兄貴の蹴りを矢なら、ジャックのそれは正に砲弾。

 発射の為に込められた氣を利用したドロップキックは、宙にいた兄貴に突き刺さり、その身体を人垣の向こうへと吹き飛ばした。

「サイラオーグッ!?」

「何だよ、あのデブ! とんでもねえドロップキック、ぶっ放したぞ!?」 

 突然の声に視線を回すと、そこにはミイラ状態から復活したイッセー先輩と兄貴の惨状に口を覆うリアス姉、その後ろで画面から目を背けてしまっているアーシア先輩がいた。

「慎、対戦を強制終了しなさい! 危険と判断したらすぐに止める約束でしょ!!」 

「落ち着け、リアス姉。その約束はオカ研メンバーだけのものだ、サイラオーグの兄貴には適応されない。それに──」

 興奮して掴み掛ってくるリアス姉を宥めながらディスプレイに目をやると、人の輪を押しのけてサイラオーグの兄貴が復帰する姿が見えた。

 鼻は曲がり口元から顎、そして道着の胸元まで血に塗れてはいるが、その目は死んでいない。それどころか、対戦当初よりもさらにギラついた光を発している。

「サイラオーグの兄貴はまだ負けてないぜ。ここで止めたら俺が兄貴に殺される」

 画面の中で睨み合いを展開する男達に、リアス姉は襟を掴んでいた手から力を抜いた。

「ふん、少しは見れるツラになったじゃねえか」

「……お前程じゃない」

 嘲りを含んだジャックの弁に軽口で返しながら、兄貴は自身の曲がった鼻を撮むと無理やり元に戻した。

 その光景がアップで映った為か、周りの喧騒で聞こえる筈のない、軟骨や肉の軋む音を感じとった新たな観戦者たちは、一様に顔を顰めさせる。

 再び対峙し構える両者。双方のダメージは五分に見えるが、逆転により流れを取り戻したジャックの気勢は兄貴のそれを上回っている。

「なあ、どっちが優勢なんだ?」

「ジャック、あのデブだな。さっきの連撃で流れをひっくり返して、勢いに乗っているのもあるが、サイラオーグの兄貴は鼻が使えないのが痛い。呼吸は氣を生み出す最も重要な要素だ。自分で折れた鼻骨を矯正してたけど、今は腫れと鼻血で気道が狭められて、まともに呼吸もできないだろう。これは氣の運用を極意とする極限流空手には重すぎる枷だ」

 現に画面に映る兄貴が纏う氣は明らかに減少している。この状況で尚も、目に見えるほどの気勢を維持しているのは流石と言うしかないが、今のままではそれが無くなるのも時間の問題だろう。

 そんな俺の憂いを余所に、事態は新たな動きを見せる。

「Dynamite!!」

 見かけに似合わない俊敏さで間合いを詰めたジャックが、氣が籠もった腕を力任せに叩きつけたのだ。

 兄貴も空手で最も強固な防御と言われている、十字受けで豪腕を防ぐものの、ダメージが残っているのか、足の踏ん張りが効かずに体勢を崩してしまう。

 それを好機と見たジャックは、兄貴の身体を掴むとボディスラムで強引にアスファルトへ叩きつけた。

「Hell Dive!!」

 そして空中高く跳躍すると、なんと頭から垂直に仰向けに倒れた兄貴へ落下してきたのだ。

 氣によって増幅された脚力で数メートルにまで上昇した奴の肉爆撃を受ければ、いくらサイラオーグの兄貴でも敗北は免れない。

 立ち上がって防御しようとしても、高高度から落下する奴を防ぐのは不可能。

 転がって回避するのも対空技で迎撃するのも、時間が足りない。

 状況は限りなく詰みに近い。だが、身体を起こす兄貴の目は死んではいない。

 地に足を付け、高速で落ちてくる肉爆弾を見据えた兄貴は、小さいながらも鋭く呼気を吐く。

 そして、次の瞬間……俺は驚愕に目を見開いた。

 防御不可能な突撃、それを兄貴は左腕一つで捌いたのだ。

「ぬぅんッ!!」

 ありえないと言わんばかりの表情を浮かべるジャック、その逆さになった顔に、氣が籠もった拳が突き刺さる。

 さきに挙げた極限流『虎咆』 昇竜拳と同じく、氣を込めた拳を振り上げるジャンピングアッパー。だが、空中で大きく体勢を崩したジャックを打ち上げた兄貴は、飛び上がらんとする自身の身体を内功で無理矢理に押さえつけた。

 そして、腰を落とし両脚を地面にしっかりと噛ませると、全身の氣を両手に集中させる。

 狙いは、死に体で宙を漂うジャック。

「覇王翔吼拳!!」

 裂帛の気合いと共に放たれた1メートル半の巨大な気弾は、真っ直ぐに獲物に食らいついた。

 着弾の轟音と共に、ジャックは錐揉み状に吹き飛び、激しくアスファルトに叩きつけられる。

 砕けたアスファルトの中心に伏した巨体はうつ伏せのまま、ピクリとも動こうとしない。

 ───決着だ。

 対戦終了のブザーが響くと、サイラオーグの兄貴が残心を解いた。気が抜けたのだろう、グラリと身体がよろめくが、何とか持ち直すと背後に現れたゲートに姿を消した。

 役目を終えた投影ディスプレイが消え、言葉にし難い余韻が残る室内で、途中から画面を食い入るように見ていたイッセー先輩が口を開いた。

「凄かったな、あの人。まさか、あの状況から逆転するなんて思わなかったぜ!」

「ああ。俺も投げからの連携を掛けられたら時は、負けたかと思った。しかも、そこから高等技術連発で逆転だからな。こんな見応えのある対戦は、なかなか無い」

 興奮するイッセー先輩に同意しながら、俺はサイラオーグの兄貴が終盤に使った技術について思い返した。

 ジャックに追い詰められた時に、兄貴が使った技術は二つ。

 まず一つ目は『ジャスト・ディフェンス』

 元はSNKの傑作格ゲー『餓狼MOW』に登場した防御システムで、この世界では相手の攻撃を上手くタイミングを合わせて防御する事により、相手の攻撃に込められた力を吸収もしくは受け流し、通常では防御できないような攻撃を防ぐ高等技術だ。

 『ジャスト・ディフェンス』の特筆すべき点は、氣功術の化勁の技術を取り入れる事で、受けた攻撃に込められたスピードや筋力はもちろん、氣や魔力までもが使用者の体力にする事ができるということ。

 そして吸収した力を使えば、防御した時に掛かる負荷を相殺して即座に反撃が行える、格ゲーで言うところの『ガードキャンセル』が可能と言うことだ。

 氣を込めた拳足で相手の攻撃をその負荷ごと捌く『ブロッキング』を剛の技術とするならば、相手の力を利用する『ジャスト・ディフェンス』は柔の技術と言えるだろう。

 もっとも、防御と同時に化勁という氣功の高等技術を使わなければならないため、その難易度から使う者は少ないのだが。

 そしてもう一つは同じく『餓狼MOW』のシステムであった『ブレーキング』だ。

 この技術は、自身の氣を操る事により特定の技のモーションを強制的に中断させるというものだ。

 本来の技の流れを、内功で無理矢理ねじ曲げているので身体に負担がかかるが、モーションをキャンセルすることにより、連続技に繋げたり外した際の隙を打ち消したりと、メリットは多い。

 サイラオーグの兄貴が持つ人並み外れた総量の氣のお陰で、モニター越しでも『ジャスト・ディフェンス』や『ブレーキング』の際の経絡を辿る氣の動きを知ることができた。

 しっかりとこの技術をモノにして、自分なりの運用方法を見つけないとな。

「まったく、私は分からない事だらけだわ。魔力が無いはずのサイラオーグが魔力弾を撃ったり、体術が得意とはいえあんな無茶苦茶な動きをしたり。慎、分かるなら教えてくれないかしら?」

「俺も武術家の端くれだから、他の流派の解説をするってのはちょっとな。知りたかったら、本人に聞いてくれ」

 どことなく疲れた仕草で肩を竦めるリアス姉の言葉に第二ゲートを指差すと、ちょうどそこからサイラオーグの兄貴が現れた。

 対戦のダメージが残っているようで、ふらつきながらも備え付けられたベンチに腰を下ろした兄貴は、深く息を吐いて身体から力を抜いた。

「随分と派手にやられちまったな。男前が台無しだ」 

 傍まで言って声をかけると、兄貴はゆっくりと顔を上げる。乾き始めた血が鼻から下にこびり付いている上に、矯正はしたものの一度折れた鼻は内出血で青くなり大きく腫れていた。

「最初で流れを掴む事ができたから一気に行こうと思ったんだが、まさかあそこで疾風脚が躱されるとは思わなかった。こんな醜態、リョウ師範が見ていたら大目玉では済まんな」

 自虐的な苦笑いを浮かべる兄貴の顔の前に手をやり、聖母の微笑(トワイライト・ヒーリング)の癒しの波動を送ってやる。

「……すまんな」

「いいって。次期大王なのに鼻が曲がってちゃカッコがつかないもんな」

 言ってる間に、鼻の内出血は小さくなっていき腫れも引いてきた。他人を癒すのはあんまり得意ではないが、この調子なら3分あれば治癒できるだろう。

 これの他に胸骨に軽いヒビが入ってるようだが、こちらも顔の治療の余波で打撲程度にまで回復するはずだ。

「ところで、何故ここにリアスの眷属がいるんだ?」

「なんか今更だよな、その質問」

 苦笑いを含ませながら事情を説明すると、兄貴は大きく顔を顰めた。

「婚約者のいる身でありながら眷属に手を出したのか。けしからんな、その男」

 兄貴は身に籠った怒気と共に言葉を吐き出す。同じ眷属を従える王として軽率なライザー氏の醜聞に思うところがあるんだろう。

「まあ、婚約破棄に関するリスクを背負ってでも、男のケジメをつけようとしてるんだから、その辺の放蕩息子に比べれば十分マシだって」

「それもそうか。お陰で事情が呑み込めた。礼をいうぞ、慎」

「ああ」

 会話が途切れてから、問題ない程度に回復させて兄貴の元を離れると、入れ替わるようにリアス姉がベンチに向かうのが見えた。

 武術をしない相手に氣の事を理解させるのは骨が折れると思うが、頑張って説明してほしい。

 しかし、他人の対戦なんて見るもんじゃないな。身体が疼いて仕方がない。

 今はオカ研メンバーを指導する立場だから、対戦はしないようにしてるのに、全く困ったものだ。

 とりあえず、イッセー先輩がオーバーワーク気味なので休憩を指示しておいて、高木先生に稽古をつけてもらうか。

 

 

 

 

 合宿開始から七日目。

 先日の高木先生との修行が神極拳の秘奥義伝授だった為、疲れが抜けずに半分寝ているような状態でトレーニングルームに来たのだが、対戦の光景を見て眠気が吹き飛んだ。

 なんとイッセー先輩がカンフーマンの打倒に成功したのだ。

 対戦開始からガードを固め、襲い来るカンフーマンの連撃を危なげながらも致命傷を負わない様に捌き続けたイッセー先輩は、倍化が限界まで溜まると今までの様に牽制を放たずに相手の攻撃に合わせる様に皆殺しのトランペットを放ったのだ。

 まだまだ素人の域を出ないイッセー先輩が測ったタイミングは良好とはいえず、こちらの攻撃が届く前に迎撃されるのは明らかだったのだが、ここで皆殺しのトランペットの特性が光った。この技には『スーパーアーマー』という特性が付与されており、構えから撃ち終わりまでの間、当人の体力が尽きるか技を中断しようとしない限り、如何なる攻撃にも怯まずに放つことが出来るのだ。

 カウンター気味に腹に受けたカンフー突き手ももろともせずに放った拳は、カンフーマンの顔面に直撃。

 大きく吹っ飛んだところに追撃の皆殺しのトランペットを叩き込む事で勝利をもぎ取ったのだ。

 両膝を地につき、空を仰ぎながら大きくガッツポーズを取るイッセー先輩の姿は、某ケツを出して挑発するムエタイチャンプの勝利ポーズを彷彿とさせたが、ともかく弟子の勝利を祝わなくてはならないだろう。

「おめでとう、イッセー先輩。正直、この合宿の間にカンフーマンに勝つとは思わなかったよ」

「サンキュー。昨日、ボロボロになっても勝ったサイラオーグさんを見てさ、あの人みたいに諦めないで勝ちたいって思ったんだ。それで自分の技を見直してたら『スーパーアーマー』ってのがある事に気が付いてさ。ぶっつけ本番だったけど使ってみたんだよ」

「なるほど。サイラオーグの兄貴はマジで努力と根性の人だから、イッセー先輩が目標にするにはピッタリかもしれないな」

「そうなのか。なら、また会う事があったらあの人に闘い方を教えてもらおうかな」

 腹と腕の打ち身を治療を受けながら、人懐っこい笑顔を浮かべるイッセー先輩。ふむ、今回の騒動が片付いたら極限流を紹介してもいいかもしれないな。

「ところで、カンフーマンに勝ったら新しい技を幾つか覚えたんだけど、これってなんなんだ?」

「ああ。この対戦のシステムで、対戦相手に勝ったら相手の技を覚える事ができるんだよ」

「そっか。でも、急に何個も技が増えても使いこなせるかどうか分からないな」

「その辺は慣れだよ。どうしても駄目ならコンソールを使えば忘れる事もできるから、挑戦してみなよ」

「おう」

 駄弁りながらも進めていた治療を終えて、イッセー先輩をクールダウンさせていると、リアス姉を先頭にオカ研の面子が現れた。

 ざっとメンバーを見たところ、成長の影が見えるのは祐斗兄と塔城。リアス姉と朱乃姉は変化が見れない。

 まあ、王であるリアス姉は前線に出る必要はないし、朱乃姉は現在でも高位の魔法使いだからそんなホイホイ成長なんてしないか。

「さて、美朱よ。祐斗兄と塔城はどうよ?」

「うん、二人ともいい感じだよ。祐兄は魔剣創造(ソード・バース)を利用したフェイントで戦術が増えたし、小猫は真正面からのガチンコじゃなくて体術を教えて、スピードによるかく乱戦法が使えるようになった」

 自慢気に胸を張る美朱と後ろで苦笑いを浮かべる祐斗兄、塔城は相変わらずの鉄面皮だがどことなく満足そうだ。

「そりゃ結構。こっちも今さっきイッセー先輩がカンフーマンに勝ったよ」

「へぇ、イッセー先輩もやるじゃん。それで、朱姉達はどうなの?」

 話を振られると思っていなかった朱乃姉は、一瞬目を瞬かせたがすぐに元の様子を取り戻して笑みを浮かべる。

「ええ。私は魔力制御と術式が向上したし、リアスはレーティングゲームの戦術を研究していたわ」

 やっぱり光力が使えるようになったとかは無いのね、まあ分かってたけど。

「あー、とりあえず各自成果が出てるなら後は詰めるだけだな。とりあえず、イッセー先輩。今回で対戦は終了だ。あとは基礎練と覚えた技の慣熟に努めてくれ」

「対戦が終わりだって! そんな殺生な!?」

 いきなり絶望の表情を浮かべて床に崩れ落ちるイッセー先輩。あんまりにも突然だったので少し引いてしまった。

「え、本番まで時間も無いから怪我しない様にと思ったんだけど、なんか不都合でもあったか?」

「ある! まだけしからん格好のおっぱいなお姉さんと対戦してないじゃないか!! それに俺が開発した新必殺技も試していない!!」

 OK、わかったから涙ながらにおっぱいって力説すんな。塔城や美朱がガチでどん引きしてるじゃないか。

 しかし、必殺技とは……。いつの間に開発していたのか分からんが、興味があるな。

「わかった、わかった。一回だけ挑戦させてやるから泣くな」

 詰め寄ってくるイッセー先輩を対戦ゲートに押し込んで、俺はため息交じりにコンソールを操作する。カンフーマンを倒したことで、先輩のランクはFからEに上がっている。これならDの彼女との対戦も可能だ。

 正直、あんまり気乗りはしないが本人たっての希望ならば仕方ない。さっき言ってた必殺技というのも気になるしな。

 イッセー先輩が対戦相手に指定したのは、不知火舞。

 SNKの大ヒット格闘ゲーム『餓狼伝説』シリーズのヒロインの一人で、スタイルバツグンの肢体を、扇情的な忍び装束に包んだくのいちだ。

 因みに、同じ女性忍者(くのいちと呼ぶと怒られる)の美朱にあの衣装の感想を聞いたところ、返ってきた答えは「ショウジキナイワー」だった。

 そうだよな。お前の忍び装束って肌の露出殆どないもんな。

 え、潜入任務とか破壊工作とかするのに、肌を露出なんかするわけないって。

 ごもっとも。

 対戦相手を指定して数分。

 準備が整い、部屋の中央に投影ディスプレイが出現する。

 画面が映しだすのは、古城の石垣の下にできた広場。中央に聳える巨大なしだれ櫻の花弁が、月明かりの中を舞う幻想的な空間だ。

「はわ~、綺麗です」

「ええ。こんな立派な夜桜なら、お花見をしたら、さぞや気持ち良いでしょうね」

「お花見、お弁当……」

「小猫、よだれ、よだれ」

「!? ……出てない?」

「引っかかったな! これぞ情報攪乱の術!!」

「嘘、大げさ、紛らわしい。虚偽の報告には死を……!」

「当たらなければどうという事はないっ!!」

「二人共、試合が始まるよ」

「まったく、あの子達は……。でも、花見の案はいいわね。今年はやる機会がなかったし、新入生歓迎会も兼ねて、この一件が終わったらやってみようかしら」

「了解。ここがそういう目的で使えるか、確認しとくよ」

 いつも通りに騒がしいオカ研メンバーを後目に、画面はゲートを潜ったイッセー先輩が、物珍しそうに周囲を見回している様を映し出していた。

「ようこそ、私のステージへ。無謀な挑戦者さん」

 突然投げかけられた鈴を転がすような声音に、イッセー先輩が石垣の上に目をやると、そこには月の光を浴びる美しい女が居た。

 たわわに実った胸にキュッとくびれた腰、肉つきのいい臀部に太ももと、どんな男でも虜にしそうな肢体を蠱惑的な装束に包んだ女は、イッセー先輩を見下ろしながら妖艶な笑みを浮かべている。

 ……OK、少し落ち着こうか、女性陣の方々。彼女を対戦相手に選んだのはイッセー先輩で俺じゃない。だから、そんなゴミ虫を見るような視線を、こちらに向けるのはやめるんだ。

 こちらが在らぬ疑いで精神的重圧を受けている間に、石垣から降りた女は、イッセー先輩の前でゆっくりと構えを取る。

 ボゥと相手を見ていた先輩は、その動きで、対戦である事を思い出したのか、慌てて構えた。しかし、視線は相手の胸の谷間に釘付けなうえ、完全に鼻の下がのびている。

「……いやらしい顔」

 塔城が呆れ顔でぽつりと漏らすが、あの顔ではフォローは無理だ。

「なんだか見とれていたみたいだけど、それは桜にかしら。それとも、私?」

「もちろん、その素晴らしいおっぱいです!!」

 この男、即答である。

「……そ、そう。まあ、私を誉めてくれているみたいだから、大怪我しないようには手加減してあげる」

 顔を引きつらせながらも、言葉を繋げた女は、表情を引き締めると同時に雰囲気を一変させた。

 猫科の猛獣を思わせるそれを感じとったイッセー先輩の表情も一気に険しいものに変わる。

「不知火舞、参ります!!」

 宣誓と踏み込み。一瞬でイッセー先輩の背後を取った舞は、低い体勢から脾臓にむけて、肘を繰り出した。

 だが、イッセー先輩も伊達にカンフーマンを倒してはいない。

 肘がわき腹を抉る寸前で、腕を入れてガードに成功。

 再び間合いを取って防御を固める。

 そこからは、攻める舞と守る先輩の我慢比べとなった。

 舞はスピードとトリッキーな動きで防御を崩そうとするが、ガッチリと固めた先輩の防御を攻めきれない。対する先輩も、カンフーマンとは違った虚を突く攻撃を完全には捌き切れず、急所は守ってはいるものの、クリーンヒットを何度か受けている。

 そんな中でも倍化を絶やさないのだから、大したものである。

「ほら、どうしたの? 少しは攻撃しないと、守ってばかりじゃ勝てないわよ」

「悪いが、その手には乗らないぜ。こうやってるのも作戦の内なんだからよ」

「あ、そ。なら、そのまま縮こまってなさいな。防御ごとなぎ倒してあげるから!!」

 挑発に乗ってこない事に痺れを切らした舞は、さらにスピードを上げて襲いかかる。

 上空からの刺すような飛び蹴りをいなす事が出来ずに、まともに防御した衝撃で、たたらを踏むように後退するイッセー先輩。

 着地と同時に、低い姿勢で足元から跳ね上がるように襲い来る肘撃ちも十字受けで凌ぎ、

「いい加減、当たりなさい! 龍炎舞!!」

 氣と燐を合わせることにより、発生する炎を纏わせた装束の帯の一撃は、受けるのではなく、腕で打ち払いながら間合いを取る。

「あちち……。マジで炎が出るとか、反則だろ」

 払った腕が赤くなっているのを見て、イッセー先輩が毒づくのと同時に、現状の限界である3回目の倍化を知らせる電子音がなった。

 間合いを詰めようと地を蹴る舞を見据えながら、皆殺しのトランペットの構えを取るイッセー先輩。

 相手がとる初めての攻勢。

 さらに素人丸出しの技巧も何も無い、身体まで捻って腕を振りかぶる全力パンチの体勢に油断したのか、舞は大振りにイッセー先輩の頭に扇を振り下ろす。

 瞬間、イッセー先輩の目に鋭い光が走った。

 全身のバネを全て使って放たれた拳は、顔面を打ち据える扇も物ともせずに、相手の左肩に叩き込まれた。

 倍化の力は籠もっていなかったようだが、カウンター気味に入った事で体勢を崩して後退する舞。

 この好機を逃さないと、倍化の力を解き放った先輩は、増幅された魔力を左手に集中させる。

 筋力ではなく魔力を増幅する。

 対戦前に言っていた新必殺技に何か関係があるのだろうか。

「よっしゃあ、準備は整った! 行くぜ、ドライグ!!」

『……宿主よ、本当にやるのか? 俺はあの一撃で吹き飛ばしたほうがいいと思うんだが』

「今更なに言ってんだ! この為にわざわざ対戦したんだぞ!!」

『くそ……。なんで俺がこんな事を……』

 異様にテンションの高いイッセー先輩に、やる気のないドライグ。

 ……なんか、嫌な予感がするぞ。

「食らえ、衣服破壊(ドレス・ブレイク)!!」

 気合いと共に放たれる魔力を帯びた左手。

 だが、それも体勢を立て直した舞により、腹部の装束を掠めるだけで終わってしまう。

「ふふっ、ご大層な必殺技も不発に終わったようね」

 窮地を脱した事で余裕を取り戻したのか、口元を隠す扇越しに笑みを浮かべる舞。

 たが、対するイッセー先輩は不敵な笑みを浮かべたままだ。

「不発? 違うな、俺の目的は達成しているぜ!」

「どういう事かしら?」

「こういう事さ!!」

 訝しげに眉を寄せる舞を後目に、イッセー先輩の指が、軽い音を立てた。

 次の瞬間、舞の身につけていた装束が細切れの布切れになった。

 …………脱衣KOはあったが、脱衣技は無かったな。なるほど、これは新しい。

 …………すまない。どうやら俺も混乱しているらしい。

「よっしゃあ!! ドレス・ブレイク完成だぜ!! 後、ナイスおっぱい、ありがとうございます!!」

 呆然とする舞の前で、我が世の春とばかりに喜んだり、舞の胸にむかって拝んだりとやりたい放題のイッセー先輩。

 画面では、全裸の美女とそれを見て喜ぶ変態という、どこぞのマニアックなAVみたいな絵面が映っているが、この状況で先ずやらねばならぬ事が一つ。

「祐斗兄、回れ右」

 呆気に取られていた為に、号令のまま俺と共に後ろを向く祐斗兄。

 そのまま俺はコンソールに向かい、画面操作で舞の身体に、モザイク処理をかける。

 これで俺達が画面を見ても問題は無いはずだ。

「なんか、モザイクがついてると余計にエロくない、これ」

 戻るなりクレームが一件。顔から下がモザイクになった舞を指差しながら、美朱が苦笑いを浮かべる。

「俺達の社会的生命を守る為だ、我慢してくれ」

 俺達が馬鹿な会話をしていると、それに触発されたのか、他の面子も自分の調子を取り戻し始める。

「まったく、あの子ったら……」

 リアス姉は、イッセー先輩のエロ根性に頭を抱え、

「あらあら、困った子ですわね」

 朱乃姉はいつも通りの笑顔を浮かべ、

「……ドスケベ、最低です」

 塔城はゴミ箱で蠢く黒いGを見るような視線を画面越しのイッセー先輩に向け、

「イッセーさん、エッチです~」

 アーシア先輩は涙目で恨めしそうに画面を見上げている。

 まあ、総じて女性陣からのイッセー先輩の評価が下がったようだが、完全に自業自得である。

 さて、後の問題はこの対戦をどうするかだが、相手がこんな状態では続ける事なんてできないし、仮に続行できたとしても見たくない。

 やはり、強制中止するべきか。

 ぐだぐだになった対戦の処理に頭を捻っていると、軽く肩を叩かれた。

 顔を上げると、祐斗兄が青い顔で画面を指差していた。

「慎。イッセー君の冥福を祈ろう」

 突然の言葉に、内心首を傾げながら画面に目を向けると、小躍りするイッセー先輩の後ろに、般若の形相を浮かべた舞の姿が……

 あ、これアカン奴や。

 目にも留まらぬ足払いでイッセー先輩を地面に倒すと、あっという間にマウントポジションを取った舞は、先輩を見下ろしながら、背筋が凍るような笑みを浮かべた。

 ……ああ、これが『殺す笑み』と言うやつか。

「なにか言い残す事はあるかしら?」

「下から見上げるロケットおっぱいと、秘密の叢が最高です!!」

 世にも恐ろしい笑みを真っ向から見ながら、最低な答えを返すイッセー先輩。

 テンションが上がりすぎて空気が読めないのか、それとも敢えて読まないのかは知らないが、この状況でそんな言葉が吐けるのは、ある意味凄い。

 まあ、それに痺れないし、憧れる事なんて天地がひっくり返っても無いが。

「そう……。なら、アンディにも見せた事のないこの肢体、冥土の土産にするがイイワーーー!!!」

「ゴアアアァァァァッ!? 殺さないで! 殺さないでッ!!」

 鬼女さながらの凶相で、舞が雨霰と繰り出すマウントパンチによって、イッセー先輩の顔があっという間にブサイクに整形されていく。

 哀れだが、これも自業自得と言うものだろう。

「「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」」

 とりあえず、祐斗兄と二人でイッセー先輩の冥福を祈っておく。

 なに、祐斗兄は仏教じゃないだと? 

 細かい事はいいんだよ。

 あとは、あのリンチがおわったら、イッセー先輩のドレス・ブレイクを封印せねばなるまい。

 あんな変態アーツ、公式戦で使ったら社会的に抹殺される。

 いや、今まさに抹殺されようとしてる奴にかける心配ではないか。

 画面が垂れ流す悲痛な叫び声と、時折聞こえる「成敗ッ! 成敗ッ!」という気合いに、俺は深い溜め息をついた。

 

 あの後、当然のごとく敗北で戻ってきたイッセー先輩を治療したところ、顔面ピカソになりながらも、彼はやり遂げた漢の笑みを浮かべていた。

 いや、本当にこの人のエロ根性は凄いわ。

 まあ、一緒に治療に当たっていたアーシア先輩には、気持ち悪がられてたんですけどね。




 ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございます。
 今回の話を一言で纏めるならば、『極限流サイラオーグ』でしょうか。
 構想の段階では影も形も無かったのに、気づけばジャックとの対戦で四分の一も使ってました。
 これも、資料で龍虎の拳と餓狼の繋がりなんてホームページを見たからか。
 因みに、KOFではコメディリリーフが板に付いている極限流ですが、本来はSNK格ゲー界屈指の強流派です。
 SNK格ゲーの中で最強キャラが本気になったMr.カラテといえば、その強さもわかると思います。
 ああ、どこか餓狼MOWの新作と龍虎の拳の新作を作ってくれないかな。
 私の愚痴はともかくとして、今回の用語解説は、作成中の現在のキャラ解説の方に回したいと思います。
 では、次回でまたお会いしましょう。
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