ストライクウィッチーズ Assault Warfare 作:t5m5k2
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二人のウィッチからネウロイ発見の報告を受けて1分後。
真っ黒に染まった海上でホバリングを続けていたノーマッド63ことMH-60Mは、しばらくしてゆっくりと上昇を始めた。
その機内では、ローチとゴーストが救助者に対して最低限の処置を施していた。とはいっても、濡れた体を毛布で包み、冷やさないようにするだけだった。さらに頭上数メートルで奏でられているエンジン音で耳を悪くしないために、ヘッドフォンを掛けさせた。
「機内では立ち上がるな。転んで怪我されちゃ困るからな。それと、戦闘になっても騒がずおとなしくしていること。わかったな?」
そう告げたローチは、後をゴーストに任せてガンナーシートに戻った。
市民なのかスパイなのかは分からないが、どちらにせよ戦闘に慣れていることは無さそうだ。仮にその状況に陥ればどう反応するか分からない。
案の定、狭い機内に動揺した空気が充満する。すぐに男たちが泣き言を言い始めたのだ。
「なぁ!本当に、ネウロイか!?」
一人が不安そうな声で尋ねる。防音用とはいえ、近距離での会話程度ならできる。
「落ち着け。黙って静かにしていろといっただろ。」
ゴーストがそれに答えを返す。
「やだ、死にたくない!」
「お前のせいだぞ、レイモンド!どうしてくれるんだ!」
何が始まるかと思いきや、口論だった。毛布をしっかりとつかみながら、それでも互いの顔をにらんで文句を言い合う。
少しでも期待した自分が馬鹿だったと、どこぞのヒーローが言うようなセリフを思い浮かべ、まさにその通りだと頭を抱える。そもそも民間人を救出して戦闘を行うなど、今までに例のないことだ。救助機が武装していることでさえ普通はあり得ない。その点を考えると、自分は男たちに期待してはあらなかったのかもしれないとローチは思った。
しかし考えている場合ではなかった。このまま狭い機内で男たちが取っ組み合いでも始めれば、たまったものではない。人間より大きくて質量もあるヘリコプターといえど、人が飛び跳ねればバランスを崩す。
もしかしたら墜落するかもしれない。様子を見ながらそう思ったローチが、ついさっき座ったばかりのシートから立ち上がる。しかしそれより先に、ゴーストが『黙れ!』の一喝とともに、ホルスターから引き抜いたM9を発砲した。パン、という乾いた破裂音が機内に響く。一瞬中腰のまま硬直したローチは、ゴーストが乗組員を撃ったのかと思った。答えを見つけるべく視線を走らせる。しかしその銃口は、大きく開かれたカーゴドアの外を向いていた。
威嚇射撃だったことに安堵の息を漏らす。お互いに手を突き出していた3人は、銃声にビクッと体を震わせた後、ゴーストが持っているM9の銃口を認めた。ゆっくりと、外を向いていた銃口が向けられる。その光景を見た途端、危ないものから逃げるように、男たちは機内の隅へ仲良く集まって固まった。
「もしまた騒ぎ出したら、このドアから突き落とすからな。」
一歩前に出て、低い声でゴーストが宣言する。男たちがはっきりと頷くのを見届けたローチは、再びガンナーシートに座り込んだ。
『こちらサーニャ。接触まで間もなくです。時間にして2分ほど。』
同じタイミングで無線が鳴る。
『63、了解。数は分かるかしら?』
『2つです。偵察型なので、それほど速くはありません。』
『さて、どうするか…。ドアガンはあるから迎撃はできるが…。』
ヘッドフォンからマクタビッシュの会話を聞き取ったローチは、M134が載せられたマウントのロックに手を掛けた。これを解除すれば、発射可能となる。
しかし、月も陰った夜の海上には、ほとんど光がない。窓の外の空を見たローチを不安が満たし始める。自然と、手が震えた。
『なら、私とサーニャで撃墜するゾ。』
エイラの声がヘッドフォンから流れる。すると、ロックに掛けられていたローチの手から震えが消える。
『お願いしていいかしら?』
『はい。ノーマッド63はいち早く基地へ向かってください。』
サーニャの心強い声に押されるように、ノーマッド63はぐるりと機体を回転させ、進路を変更した。ローチも、ふぅと息を漏らした。
『63、了解。これより戦闘空域からの退避行動に入る。』
機体が若干前に傾き、加速に入る。リズムの良いエンジン音が一際大きくなり、やがて巡航速度に達したノーマッド63は、基地への帰路を急いだ。
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ノーマッド63が去った空域では、しんがりを選んだ二人のウィッチが、ネウロイが来る方向をにらみ、ホバリングしていた。
「ノーマッドの離脱を確認…。」
角のように生えた魔道針でヘリを追っていたサーニャが告げる。
「じゃ、片づけるカ!」
隣にいたエイラが、携えていたMG42を抱え上げる。ストライカーユニットが奏でる羽音に混じり、コッキングの音が響く。
「絶対に逃してはいけないわ。もしそうなったら、ノーマッド63が攻撃されてしまう。」
「見た感じ、あの“へりこぷたー”には武装が一つも無かったからナ~。サーニャの言うとおりダ。さ、行くカ!」
「…えぇ。」
サーニャもランチャーを肩に担ぎあげる。ふたりが準備を終えるのと同時に、ネウロイが雲から飛び出した。
「交戦―――!」
「―――開始ダ!」
そして二人も、加速してネウロイへと向かった。
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その後、501基地にヘリコプターが降り立ち、そのさらに数分後、エイラとサーニャの二人が帰投した。沈没船救出とネウロイ迎撃の任務は無事に終わったことを示す証拠だった。
サーニャとエイラの二人はいつも通り戦闘記録の報告書を書く作業に入った。日付や敵の種類、会敵した地点、被害と成果を書き込むだけの手続きを済ませ、足早に休息に入った。
対するローチたちは、救助した男たちの身柄を一時的に預かり、翌日、引き渡しをすることになった。その間の世話をミーナから任せられたのだ。
海水に浸かっていたせいで低体温になりかけていたため、全員を基地内の医務室へ運び込み、ついでに身元や遭難の原因を聞きだした。そして、彼らが民間の団体であるということなどが判明した。
病床にて、マクタビッシュや坂本があれこれと質問するのに対し、男たちは淡々と答えを述べ連ねた。その記録を取ったローチは、すべてをまとめ終え、しばらく書き込んだ内容を眺めた。
(軍に限らず、ここでは民間のグループまでもが敵と戦ってる…)
何度も男たちが繰り返し、強調していたこと。それは、彼ら自身が軍属ではないということだった。
(市民も含めて一致団結していると捉えれば良いのか―――)
(―――それとも、正規軍並みの力と資金が在るのを恐れればいいのか…)
二つのとらえ方には大きく差がある。自分はどう考えるべきなのか、と思いつつ、ローチは記録したノートを閉じた。
今後、彼らの活動は世界に影響を表すだろう。それが、明るい平和な世界なのか、或いは恐怖の世界なのか。ふと部屋の外の夜空を見たローチは、後者である気がしてしまった。
「まさか、なっちまうのか…。」
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近いうちにローチが記録した報告書をアップします。
『回収済み機密情報』の章に挙げるので見てください。