グループ名募集の目安箱を設置した翌日の朝、穂乃果・海未・ことりがその目安箱の前を通りかかる。
すると穂乃果は早速わくわくした様子で目安箱をチェックし始める。
「穂乃果ちゃん。さすがにまだ入ってないんじゃないかなぁ」
「そうですよ。つい昨日の放課後に設置したばかりなのですから、都合よく入ってるわけありません」
ことりと海未が言うが、穂乃果から意外な反応が返ってきた。
「あったよ!1枚!」
「「えっ!?」」
◎教室◎
「本当に入ってたの!?」
「マジかよ!?早いな!」
穂乃果たちは先に教室に来ていたカケル・高志・ムサに目安箱に畳まれた1枚の投稿が入っていたことを伝えると、高志とカケルが驚きの声を上げる。
「一体どんなグループ名なんでしょう?」
海未も少しワクワクした様子になっていた。
「早く開けてみましょう」
ムサに促されると穂乃果はその紙を開く。
そこには不思議な文字が書かれていた。
『 μ’s 』
「何これ?ユ~ズ?」
「これはおそらくミューズだと思います」
不思議そうな顔をする穂乃果に海未が答える。
「ミューズって、あの薬用石鹸のこと?」
「それはないだろ」
「じゃあ埼玉のどこかにあった文化センターとか」
「何のことか知らないが絶対違うだろ」
穂乃果が述べる考えにカケルは順次ツッコむ。
「多分ですけど、古代ギリシア神話の女神ミューズのことだと思いマス」
ムサが答える。
「ギリシアの女神?」
「ハイ。正確にはムーサと言いまして、ギリシア神話で文芸・学術・音楽などあらゆる芸術部門に影響を与えてきた女神のことです。ミューズとはムーサの英語名デス」
疑問に思うみんなにムサが詳しく説明する。
「ムサ君とても詳しいね」
ことりが言う。
「ママがこのような古代の言い伝えに詳しくて、聞いたことがあったんデス」
「俺はいいと思うよ。その女神が芸術に大きな影響を与えたように、みんなはこの学校に大きな影響を与える女神ってことで、このグループ名はいいと思う」
高志がみんなに言う。
「俺も高志の意見に賛成だ」
「ワタシもデス」
カケルとムサも高志の意見に賛成した。
「うん。私もこの名前いいと思う。学校を救う女神かぁ。なんかいいなぁ」
「私もそれに賛成~」
「皆さんがそう言うなら、私もいいと思います」
穂乃果・ことり・海未も賛成の意を示した。
「よ~し!これから私たちは、μ’sだ!!」
こうして、音ノ木坂学院スクールアイドル『μ’s』が正式に誕生したのであった。
昼休みになると、6人は今度は練習場所を探し始めた。
職員室に行き先生に色々聞いてみたが、グラウンドも体育館も講堂も他の部活が利用しており、空いている教室を使うには正式な部として認められていなければ使うことは出来ないと言われてしまった。
みんなで手分けをしてあちこち探し回り、やがて屋上へと行き着いた。
「うん。ここなら広いし、いい練習場所になりそうだね」
「日陰もないし、雨が降ったら使えなくなるけど贅沢は言ってられないよね」
「とりあえず、見つかっただけでも良しとしなきゃな」
高志・ことり・カケルが安心した様子で言う。
「よーし!練習頑張るそー!」
穂乃果が元気な声を上げる。
「練習って言っても、まず何から始めるんだ?」
カケルが穂乃果に聞く。
「まずは歌の練習から!」
穂乃果が言うと3人は横一列に並び、早速何か歌おうと息を吸い込むが
「ちょ、ちょっと待って!もうこのグループで歌う曲は完成してるの?」
「「「あっ・・・」」」
高志が訊ねると3人とも沈黙してしまう。どうやら何も用意できてないようだった。
(はぁ~、本当に大丈夫かよ・・・)
カケルは額に手を置きながらため息をついた。
やがて放課後となり、カケル・高志・ムサは駅伝部へ、海未は弓道部へと向かい、穂乃果とことりの二人は穂乃果の家で曲について話し合うと言い、海未と近くに住んでいるカケルが部活が終わった後に合流することになった。
カケルは駅伝部の練習を終えると駆け足で穂乃果の家へと向かう。
その途中、同じく穂乃果の家へと向かう海未の姿を見つけた。
「あらカケル。練習お疲れ様です」
「海未こそ、お疲れさま」
「早いとこ、穂乃果の家に向かいましょうか」
「そうだな」
カケルは海未と一緒に穂乃果の家へと向け歩き出した。
「すみませんカケル。穂乃果の家の近くに住んでいるとはいえ、駅伝部の練習が終わって疲れている中付き合わせてしまって」
「気にすんなって。俺だってやりたくてやってるんだから」
「カケルは本当に真面目ですよね。朝早くから朝練習をして、授業も眠らずにしっかり受け、放課後はまた厳しい練習をして、そのうえ一人暮らしですからね。穂乃果にも見習ってほしいですし、私も見習いたいです」
「そんなに褒めるほどのことじゃないよ。ただ単に習慣になっただけだよ。勉強だって、走ること以外にやることがないからとりあえずやってるだけだし、一人暮らしだってもう慣れたしめちゃくちゃ快適だよ。それに、やっと・・・」
「やっと?」
「あ、いや・・・人生の新たな一歩を踏み出せたかなって」
「そうですか」
カケルは何か言葉を飲み込んでから再び答えた。幸い海未はそれ以上追及はしてこなかったので、カケルは内心ホッとした。
話しているうちに二人は穂乃果の家に到着し、正面玄関から中に入る。
「モグモグ・・あ、あらいらっしゃい」
中に入ると穂乃果の母:瑞穂がカウンターでお団子を食べており、二人に気付くと挨拶をする。
そんなところで堂々と食べてて平気かな?とカケルは思った。
「こんばんは。穂乃果は」
海未が訊ねる。
「上にいるわよ。そうだ二人とも、お団子食べる?」
「いいえ結構です。ダイエット中なので」
「俺も大丈夫です」
瑞穂に勧められたが二人とも断った。カケルは陸上選手として、基本的に間食はしないようにしている。
「こっちですよカケル」
海未に案内されカケルは一緒に階段を上がり穂乃果の部屋へと向かう。
カケルは初めて女の子の家に来たため少し緊張していた。
そして海未は穂乃果の部屋らしきところの襖をノックしながら声を掛ける。
「穂乃果、来ましたよ」
「はーい、どうぞー」
部屋に入ると、穂乃果とことりが美味しそうにお団子を食べている。
「海未ちゃん、カケル君お疲れさま。お団子食べる?」
「お茶入れるね~」
その光景を、カケルと海未は呆れた様子で見る。
「ダイエットはどうした?」
「「あっ・・・」」
カケルがツッコむと穂乃果とことりは硬直する。
またこの流れか、とカケルは思った。
「努力しようという気はないようですね」
海未はため息をつきながら言った。
カケルと海未がテーブルの周りに座ると、早速本題に入り始めた。
「それで、曲の方はどうなりましたか?」
「実は、1年生に歌が上手でピアノも上手な人がいるの。もしかしたら作曲もできるのかなぁって思ったから、明日もう一度会って聞いてみようと思うの」
海未が訊ねると穂乃果が答えた。
もう当てが見つかったんだ。やるじゃないか、とカケルは思った。
「もし作曲をしてもらえるなら、作詞の方は何とかなるよねってさっき話してたの」
ことりが言う。
「そうなんですか」
「何とかなるって、一体誰にやってもらうんだ?」
カケルが訊ねると、穂乃果とことりは突然ニヤニヤしながら海未を見つめた。
「な、何なんですか!?」
海未は二人の様子にたじろきながら聞く。
「海未ちゃんさ~、中学の時にポエムとか書いてたよね?」
「読ませてもらったこともあったよね~?」
「えぇっ!?」
そう言いながらさらにニヤニヤ顔で海未に詰め寄る二人。
なるほど。海未に頼むつもりか。それにしても二人とも怖えよ・・・と思いながらカケルはその様子を眺める。
すると海未は恥ずかしくなったのか、部屋を出て逃げ出そうとした。
「あっ海未ちゃん待って!カケル君、捕まえるよ!」
「えぇっ!?俺もかよ!?」
穂乃果に促されカケルは仕方なく穂乃果と一緒に海未を捕まえ、部屋へと連れ戻した。
「お断りします!」
海未ははっきりと拒否をする。
「ええー、何でー?」
「絶対嫌です!その時のことは、思い出したくないくらい恥ずかしいんですよ」
カケルは頑なに拒否をする海未の様子を見て思った。
思い出したくない、か・・・。なんとなく海未の気持ちも分かる。俺だって、思い出したくない過去でいっぱいだからな。
「でも私は、衣装を考えることで手一杯だし」
ことりが申し訳なさそうに言う。
「でしたら穂乃果がやるべきでは?言いだしたのはあなたなんですよ」
海未は穂乃果に問いただす。
「い、いやぁ~私は・・・」
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『おまんじゅう うぐいす団子 もうあきた』
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穂乃果は小学校時代の授業で、自分で作った詩を発表した時のことを話した。
こりゃダメだな、と話を聞いたカケルは思った。
「無理だと思わない?」
ことりが言う。
「た、確かに・・・」
「あはははは・・・」
海未もさすがに認めざるを得ず、穂乃果は苦笑いをする。
「それなら、カケルはどうなのですか?」
海未は今度はカケルに振ってきた。
「いや、アイドルのことに関してはズブの素人の俺にそんな力はないよ・・・やっぱりここは海未が一番適任だと思うが」
「カケルまで・・・」
「海未ちゃんお願いだよ!私たちも手伝うから!何かもとになるようなことだけでも」
「で、ですが・・・」
穂乃果が必死に懇願するが当の本人はまだ決心できずにいる。
するとことりは、右手で自分の制服の胸元の部分を掴んでいた。
何をするつもりなんだ?と思いながらカケルはその様子を見ていた。
そしてことりが海未を見つめながら口を開く。
「海未ちゃん。おねがぁ~い!」
ことりは目を潤ませながら甘い声でお願いしてきた。
「・・・!!」
「ウグッッ・・・・・!!」
海未は驚きの表情をし、カケルはまるで何かの攻撃を喰らったかのように胸のあたりを抑えて悶えていた。
やばい・・・なんて強力な技持ってんだ・・・胸が苦しい・・・意識が飛びそうだ・・・
「もう・・・ずるいですよ、ことり」
ことりのお願いに屈したようで、ようやく海未は引き受けてくれることになった。
「ありがとう~海未ちゃん」
ことりがお礼を言う。
これで作詞担当は海未、衣装担当はことりという風に役割が決まってきた。
「なあ、俺は何をすればいいかな?」
カケルはみんなに訊ねた。
友達として出来る限り協力すると言った以上、何か手伝いたいと思っていた。
「それではカケルには、練習メニューを担当してもらうのはどうでしょう?」
「練習メニュー?」
カケルが聞き返し、穂乃果とことりは顔を見合わせる。
「そうです。穂乃果、パソコンありますか」
「あ、うん」
海未に言われると穂乃果は自分のパソコンを起動させる。
そして海未はスクールアイドルの動画サイトを開き、今一番人気のあるグループA-RISEの動画を見せた。
高度なダンスパフォーマンスを息一つ切らさず、終始笑顔で行っていた。
「分かりますか?この人たちは一見楽しそうに見えますけど、これには相当な体力が必要になってくるのです」
カケルはA-RISEのダンスを見て思った。
なるほどな。この長時間これだけの動きができるのは、かなりの体力があってのことで、相当ハードな練習を積み上げてきたんだろうな。
「穂乃果。ちょっと腕立て伏せをしてもらえますか?」
「えっ?う、うん」
突然海未に促され、穂乃果は不思議そうな顔をしながらも腕立て伏せを始めた。
「ふっ・・ふっ・・・こう?」
「それで笑顔を作りながらやってみてください」
「うん。こーう?」
穂乃果は言われた通り、今度は笑顔を作りながらやってみた。
「ふぅ・・うぅ・・うぐぐ・・・はぁ・・うぐぐ・・・」
しかし徐々に険しい表情になり始め、ついには崩れ落ちてしまった。
「はぁ・・はぁ・・もうダメ・・」
「そういうことです。あのように歌って踊れるようになるには、まず体力をつけなければなりません」
海未はみんなにはっきりと説明する。
「そうなんだ。アイドルって大変なんだね」
ことりが感心する。
「そこで、そのための体力トレーニングのメニューを、現役陸上選手であるカケルに考案していただきたいのです」
「そういうことか」
海未の説明を聞き、カケルは納得した。
「私も、カケル君にやってもらいたい」
「ことりも。カケル君の指導受けてみたいなぁ」
「どうか引き受けていただけませんでしょうか?お願いします」
海未が頭を下げてお願いし、穂乃果とことりも続いて頭を下げた。
確かにこれなら、俺にうってつけの役割だな。こんな風に頼りにされるのも悪くないし、何より俺は彼女たちの力になるって決めたんだ。だからもちろん・・・
「わかった!その役目、引き受けるよ!」
「ありがとう!カケル君!」
「ありがとう~」
「ありがとうございます!」
カケルが返事を返すと、3人はそれぞれお礼を言いカケルは少し照れる。
「そうと決まったら、早速明日から始めるぞ。明日の朝6時に学校集合だ」
「6時!?早っ!!」
「体力をつけるためにはこれくらい当然だろう。それにあまり時間がないんだから、出来るときにしっかりやっておくんだ」
「その通りですよ穂乃果、ことり」
「はーい」
「うん、わかった」
カケルと海未に言われ、ことりと穂乃果は返事を返すが、朝練と聞いて穂乃果はげんなりした様子だった。
「では、今日はこれで解散にしましょう」
「そうだな。みんな明日は遅れないようにな」
「うん。じゃあ穂乃果ちゃん。お邪魔しました~」
「また明日ね~」
本日はこれで解散となり、カケル・海未・ことりは穂乃果の家を後にした。
こうしていよいよ明日から、スクールアイドル「μ’s」の最初の練習が始まるのであった。