朝の6時過ぎ、カケルたち6人は学校の校舎前で運動着姿で準備体操を行っていた。
昨日、穂乃果の家での話し合いで決めた通りカケルの指導の下で今日から体力トレーニングを行うことになった。
高志とムサには、カケルが昨日話し合いが終わった後に連絡した。
今日は木曜日。毎週木曜日は駅伝部の放課後の練習は休みで、朝練習も各自で行うことになっている。
そのため初日の今日は駅伝部3人揃ってトレーニングに付き合うことにした。
準備体操をしながら、高志とムサは海未から昨日の話し合いの内容を聞いていた。
「なるほど。それでカケルがトレーニング担当になったってわけか」
高志が言った。
「はい。とても助かります。ちなみに私は作詞を、ことりは衣装を担当することになりました。作曲の方は穂乃果が良い人材を見つけてくれたようです」
「今日これから頼みに行く所だけどね」
海未とことりが説明する。
「なんとか引き受けてくれるといいデスネ」
「うん。なんとかお願いしてみるよ」
ムサと穂乃果が言った。
「いい感じに役割分担が出来てきたけど、俺とムサは何をすればいいだろう?」
「何か他にやって欲しいことはありマスか?」
高志とムサが穂乃果たちに聞く。
「そうですね。駅伝部の活動もある皆さんに色々任せてしまうのは申し訳ないので、私たちの手伝いをしていただければ」
海未が少し考えてから言った。
「じゃあ俺は海未ちゃんの作詞を手伝うよ」
高志が言った。
「本当ですか!?」
「うん。海未ちゃん、弓道部の活動だってある中一人で作詞するの大変そうだからね。俺でよければ力になるよ」
「ありがとうございます!よろしくお願いします!」
海未はとても嬉しそうな表情で高志にお礼を言う。
「ではワタシはことりサンのお手伝いをします」
今度はムサが言った。
「え?いいの?」
「ハイ。一人でやるより二人でやったほうがいいでしょう。それに日本の文化を勉強するいい機会かもしれマセン」
「ありがとう。頑張ろうねムサ君」
「ハイ。よろしくお願いシマス」
ムサとことりが笑顔で握手をし合う。
(高志もムサも、本当にお人好しだな)
みんなの様子を見てカケルは若干の笑みを浮かべながら思った。
やがて準備運動を終えたところで、カケルがみんなを集める。
「今日はこれから校外周辺で30分のジョギングを行う。俺が先導するから、高志とムサは3人がはぐれないように後ろについてあげてくれ。そして学校に戻ったら補強運動を行う。詳しいメニューは昨日作ってきたから、あとでみんなに渡しておこう。しばらくの間、この基礎体力トレーニングを朝と夕方にやってもらう」
カケルがみんなに説明をする。
「1日2回も!?」
穂乃果が驚きの声を上げる。
「当然だ。いいダンスが出来るようになるためには体力はとても重要なんだ」
「そうですよ穂乃果。やるからにはちゃんとしたライブを行います。そうしなければ生徒は集まりませんから」
「はーい」
カケルと海未は穂乃果を諭し、穂乃果は渋々返事をする。
そして6人は校門前に移動して、先頭にカケル、後ろに高志とムサ、その間に穂乃果・海未・ことりという並びで列を作った。
「いくぞみんな!よーい、スタート!」
カケルの合図で6人は一斉に走り出した。穂乃果たち3人でもしっかりついてこれるようなゆったりとしたペースで進む。
しばらく進んでカケルは穂乃果たちの様子を見ると、海未は弓道部で鍛えていることもありしっかりとしたフォームと足取りで進んでいた。
だが穂乃果とことりは初心者なため、フォームがばらついており早くもきつそうになっていた。
「穂乃果ちゃん。もう少し背筋と腰をまっすぐに伸ばして。あまり力を入れ過ぎないように」
「うん!」
「ことりサン。もっとリズム良く腕を振りまショウ。肘を横に振らないように」
「はい!」
高志とムサがそれぞれ声を掛けながら並走する。
やがて6人は神田明神の石段の前まで来たが、穂乃果とことりが疲れて止まってしまった。
「ハァ・・・ハァ・・・」
「ゼェ・・・ゼェ・・・ちょっとタイム・・」
「二人ともだらしないですよ」
「まぁしょうがないよ。二人ともこういう運動は始めたばかりなんだし」
二人に叱咤する海未を高志がなだめる。
「仕方ない。少し休憩するか。でも急に止まるのはよくないから少し歩くんだぞ」
カケルはみんなに指示を出す。
こりゃ思ったより大変になりそうだな、とカケルが思っていると、誰かの声が聞こえた。
「みんなおはよう」
その場にいた全員が振り向くと、巫女服を纏った生徒会副会長の東條が箒を持ちながら立っていた。髪は以前みんなが見た時のような二つ分けではなく一つにまとめて縛っていた。
「副会長さん」
「どうして副会長さんがここにいるんですか?それにその恰好」
ことりと穂乃果が言う。
「ウチはここでお手伝いをしとるんよ」
東條が答える。
「ワタシその姿知っています。巫女さんですよね。とても綺麗デスネ」
ムサは東條の巫女姿に興味津々だった。ムサはこういった日本文化に触れることが大好きなのである。
「ふふ、ありがとう」
東條は嬉しそうににっこりと笑いながらムサにお礼を言う。
ムサの言う通りよく見ると本当に綺麗だなぁ、とカケルは思わず見とれてしまった。
ジーーーーー
「うわぁ!ほ、穂乃果!?・・」
穂乃果にジト目で見られカケルは驚く。
「カケル君、今変なこと考えてなかった?」
「い、いや、考えてない考えてない」
穂乃果に詰問されカケルは必死に否定し、その様子を見ていた東條はクスクスと笑っていた。
「ここは神田明神ですよね。前に来たことがありますが、とても素晴らしい所デシタ」
ムサが言った。
「そうやろ。神社にはいろんな気が集まるスピリチュアルな場所やからね。みんなは今度のライブに向けての特訓をしているんかな?」
「はい。今は駅伝部の方々の指導の下で、体力トレーニングを行っているところです」
東條に聞かれ海未が答える。
「そう。ウチも応援してるからみんな頑張ってな」
「「ありがとうございます」」
東條に励まされ6人は揃ってお礼を言う。
「よし、じゃあみんなそろそろ行くぞ」
「「「はい!」」」
カケルの号令で6人は再び列を作り走り出していき、東條はみんなの後ろ姿を見送った。
そして東條は石段を登り、神田明神の前へと立った。
「みんなの代わりに私がお参りしてあげるね」
そう呟くと目を閉じて手を合わせ、心の中で祈った。
どうかみんなのライブが上手くいきますように。
午前の授業が終わり昼休みになると、6人は1年生の教室の前に来ていた。
昨日の話し合いで穂乃果が言ったように、例の1年生に作曲を頼みに来た。
「それじゃあ行ってくるね」
「頑張ってクダサイ」
「あんまり変なこと言わないようにな」
穂乃果を筆頭に海未・ことりが付いていき、カケル・高志・ムサは教室の外で待つことにした。
「失礼します!」
穂乃果たち3人が教室に入ると、教室にいる1年生たちが3人に注目する。
その中にはジョータ・ジョージ・王子も3人揃って一緒にいた。
穂乃果たちは教壇の横に立ち、穂乃果が元気よく挨拶をする。
「1年生の皆さん、こんにちは!スクールアイドルの高坂穂乃果です!」
しかし1年生たちはキョトンとした顔をするだけで、これといった反応が返ってこなかった。
「あ、あれ・・・浸透してない?」
「当たり前です」
穂乃果が呟くと海未がツッコむ。
「穂乃果ちゃんが言っていた、歌とピアノが上手な人って誰?」
ことりが訊ねるとちょうど教室のドアが開き、穂乃果が以前音楽室で会った赤髪の女の子が入ってきた。
「いたいた!あなた、ちょっといい?」
「ヴエェ!?わ、私?」
穂乃果は彼女を見つけると近づいて声を掛け、彼女は少し驚いていた。
「実はあなたにお話があるの。ちょっと来てくれる?」
そういって穂乃果は彼女を教室の外へと連れ出した。
「失礼しました」
海未は挨拶をするとことりと共に穂乃果を追っていった。
「何だったんだろうね?」
「さあ」
教室を後にする3人を見てジョータとジョージは顔を見合わせた。
「ね、ねえ、今、スクールアイドルって言ってなかった?」
一緒にいる王子がソワソワした様子で訊ねた。
「ん?ああ確かそう言ってたと思うけど、どうかしたの?」
ジョージが聞く。すると王子は目を輝かせながら言った。
「もしかして、うちの学校でもやってくれるのかな!?」
「「えっ?」」
6人は赤髪の子を屋上へと連れていき、スクールアイドル「μ’s」の作曲をしてもらえないか頼んでみた。しかし・・・
「お断りします」
「お願い!あなたに作曲してもらいたいの!」
「お断りします!!」
穂乃果がどう頼んでも、「断る」の一点張りだった。
でも確かに、いきなり頼まれても「はい」とは言えないよな、と思いながらカケルは様子を見ていた。
「もしかして、歌うだけで作曲とかは出来ないの?」
「で、出来ないわけないでしょ!ただ、やりたくないんですそんなもの」
穂乃果の問いに、彼女は少しムキになって言う。
「ワタシたちはこの学校の廃校を阻止したいんデス」
ムサが言う。
「そうだよ!この学校に生徒を集めるためなんだよ!その歌で生徒が集まれば・・」
「興味ないです!」
彼女はそういうとさっさと屋上から出て行ってしまった。
「お断りしますって、海未ちゃんみたい・・・」
「あれが普通の反応です」
「困ったね。ライブまであとちょうど2週間。早く作曲者を見つけて曲を作らないと、ダンスの振り付けも決められないよ」
高志が言った。
「そうだね。しょうがないから今度のライブの曲は他のスクールアイドルのものを使うしか・・・」
ことりが提案する。
「いや、やっぱり私、あの子に作曲してもらいたい。もう一度頼んでみるよ」
穂乃果はやはり自分の意思を曲げようとしなかった。
「でも、一体どう説得するのですか?」
海未が訊ねる。
「海未ちゃんさ、今、作詞どのくらいまで進んでる?」
「まだ半分も進んでませんよ」
「じゃあまず歌詞を作ろう。それを彼女に見せれば考えがかわってくれるかもしれないし」
「なるほど。じゃあ今日の放課後、俺と海未ちゃんで明日までに歌詞を完成させてくるよ」
高志が言った。
「えっ?でもトレーニングは?」
「ごめんカケル。でも、もうあまり時間がないから早く手を打たないと」
「そうですね。二人で頑張りましょう」
すると穂乃果が口を開く。
「あのさ。だったらみんなで作らない?」
全員が一斉に穂乃果の方へ振り向く。
「だってみんなでやったほうが早くできるでしょう。それに、最初のライブだから、駅伝部の3人も含めて全員で作りたいと思うの。ダメかな?」
穂乃果はみんなに自分の考えを述べた。
「私はいいと思うよ」
「ワタシもです」
ことりとムサが賛成する。
「そうだね。記念すべきファーストライブだもんね」
「あなたらしいですね穂乃果」
高志と海未も賛成の意を表明する。
「しょうがねえな。とことん手伝ってやるよ」
最後にカケルが言った。
「ありがとうみんな!じゃあ放課後、穂乃果の家に集合ね」
そして放課後になり、6人は和菓子店「穂むら」の前に来た。
「へぇ~、穂乃果ちゃんの家って和菓子屋さんなんだ」
高志が言った。
「そうだよ。で、あれがカケル君が住んでるアパートだよ」
穂乃果が指さしながら答える。
「へぇ~あれが」
ことりがそのアパートを見ながら言う。
「ああそうさ。でも俺の家にあがるのはもう少し待ってくれ。色々準備があるから」
「別にそんなに気を使わなくても大丈夫だけど、わかった、待つよ」
カケルが答えると高志が言った。
カケルの部屋は常に整頓されているのだが、奥の部屋が木製の固い床でカーペットも座布団もなく自分用の座椅子しかないのだ。
先日穂乃果が来たように人一人上げるのならまだしも、この人数を上げるにはさすがに準備不足だった。
なるべく早くカーペットと座布団をいっぱい買ってこよう、とカケルは思った。
「ただいま~」
「「「お邪魔しま~す」」」
6人は順番に正面入り口から中へと入っていった。
「おかえり~。あら、みなさんいらっしゃい」
奥の方から瑞穂が出迎えてくれた。
「高志君とムサ君は初めてだよね。私のお母さんです」
穂乃果が瑞穂を紹介する。
「初めまして。穂乃果さんのクラスメイトの杉山高志です」
高志が自己紹介をする。
「よろしくお願いします。あら、外人さんもいるのね」
瑞穂はムサの存在に気付く。
「初めまして。ケニアから来ましたムサ・カマラと申します。よろしくお願いシマス」
ムサがお辞儀をしながら丁寧に挨拶をする。
「まあ、日本語上手ね~。それにとっても礼儀正しいわ」
「ありがとうゴザイマス」
瑞穂に褒められムサは照れながらお礼を言う。
「どうぞみんな上がっていって。ゆっくりしていってね」
瑞穂がみんなに声をかけると、穂乃果たちは階段を上がって穂乃果の部屋に行こうとするが、ムサは穂むらの商品売り場が気になるようだった。
「これみんな和菓子なんデスよね。ワタシ、日本の和菓子好きデス」
ムサはワクワクした様子で商品を眺めていた。
「ふふ、ムサったら日本文化の事になると目の色が変わるんだよね」
「まだまだ彼にとっては新鮮な事だらけなんでしょうね」
高志と海未がムサの様子を微笑ましそうに眺めていた。
「じゃあムサ君。よかったら厨房の中覗いてみない。お父さんの和菓子作り見せてあげるわ」
瑞穂が言った。
「本当デスか?」
「ええ。もっと日本の文化を体験してってちょうだい」
「よろしくお願いシマス」
「じゃあムサ君。先に部屋行ってるから後で来てね~」
「ハイ」
穂乃果が言うとムサは手を上げて答える。そして瑞穂に連れられ厨房へと入っていった。
ムサを除いた5人は部屋に入ると、早速作詞作業に取り掛かった。
「最初の曲ですから、何か希望が湧くような感じにしたいですよね」
「いかにも始まりの曲って感じも出したいね」
「空を飛ぶ感じもつけたいかな」
「未来へ向かって進む的なのもいいんじゃ」
「それでもって、テンポよく聴ける感じにしないとね」
5人はそれぞれ意見を出し合いながら作詞を進めていった。
しばらくしてムサが瑞穂に案内され、小皿に積まれた名物饅頭ほむまんを抱えながら満足げな表情で部屋に入ってきた。
6人が揃い、その後も作詞作業はしばらく続いた。
そして3時間の話し合いの末、ようやく歌詞が完成したのである。
翌日、放課後になると穂乃果は昨日みんなで作った歌詞が書かれた紙を持って1年生の教室へ向かおうとした。
「じゃあ行ってくるね」
穂乃果が教室を出ようとするとカケルが呼び止めた。
「待ってくれ穂乃果。俺も行くよ」
「カケル君」
「俺もなんとか彼女に作曲してもらいたいから、俺も一緒にお願いするよ」
「でしたら、ワタシも行きマス」
ムサも申し出た。
「ありがとうカケル君、ムサ君」
「よろしくお願いします穂乃果」
「みんな頑張れ~」
「部活あるんだから遅れないようにね」
海未・ことり・高志がそれぞれ声を掛ける。
穂乃果・カケル・ムサは揃って1年生の教室へと向かった。
しかし教室に来たら、あの赤髪の子はすでにいなかった。
そこでムサが近くにいた2人の女子生徒に聞いてみることにした。
「スミマセン。ちょっといいデスか?」
ムサが声を掛けると、オレンジのショートヘアの子が驚きの声を上げた。
「わっ!外国人だにゃ」
その子は語尾に「にゃ」をつける特徴的な喋り方をしていた。
「恐がらなくても大丈夫デスヨ」
ムサが優しくフォローする。
「ねえねえ、このクラスの赤い髪の子知らない?」
今度は穂乃果が訊ねる。
「西木野さんですよね?歌の上手い」
もう一人の眼鏡をかけた子が言う。
「西木野さんは休み時間はいつも図書室で、放課後は音楽室にいますよ」
ショートヘアの子が説明する。
「そうなんだ」
彼女、いつも一人でいるのか。ちょっと昔の俺みたいだな、とカケルは思った。
「二人ともありがとう。行こう」
穂乃果は二人にお礼を言い、カケルとムサに声を掛け音楽室へ向かおうとした。
「ありがとうゴザイマス」
ムサも声を掛け、カケルと共に穂乃果の後を追った。
「あ、あの・・・」
すると眼鏡の子が呼び止めたので3人は振り返る。
「が、頑張ってください。アイドル」
「・・うん!頑張るよ!」
眼鏡の子の激励に穂乃果は親指を立てて答えると、再び音楽室へと向かっていった。
「穂乃果サーン、待ってクダサーイ」
ムサが慌てて後を追う。
「応援してくれてありがとう」
「い、いえ」
カケルはお礼を言うと、急いで穂乃果を追った。
3人は音楽室の近くに来た。するとピアノの音色と歌声が聞こえてきた。
ドアの窓から覗くと、案の定西木野がピアノを弾きながら歌っていた。
本当に綺麗な声だなぁ~、と思いながらカケルは穂乃果とムサと一緒に歌を聞き入っていた。
歌い終わると、穂乃果は拍手をし出した。
「ヴエエェ!?」
西木野は3人に気付き驚きの声を上げる。
「何の用ですか?」
西木野はピアノの椅子に座りながら前に立つ3人に用件を聞く。
「やっぱりもう一度お願いしようと思って」
穂乃果が答える。
「しつこいですね」
「西木野さんだよね。俺たち、どうしても君に作曲してもらいたいんだ。なんとか力になってくれないか?」
カケルが頼み込む。
「私、そういうアイドルの曲とか興味ありません!聞くとしたら、クラシックとジャズとか・・・」
「それはどうして?」
穂乃果が聞く。
「軽いからよ。なんか薄っぺらくて、ただ遊んでるようにしか見えないの」
「それは、アイドルのことをよく見た上でそう思うのデスか?」
ムサが口を開く。
「いや、それは・・・」
ムサの問いに西木野は口をつぐむ。
「物事をよく知らずに勝手に判断するのはよくありマセン。そういう勝手な価値観や偏見によって、人種差別や部族間の抗争といった大きな事態だって世界では起きているんデス・・・」
ムサは深刻な表情で語った。
確かに、ムサのような黒人はかつて一部の人間の勝手な価値観によってひどい差別を受けていた時代があったし、ケニアには様々な部族の人間がいて他の部族との紛争が起きていることも知っている。
きっとムサも、幼い頃からそういう現状を目の当たりにしてきたんだろう。
それに、異国人であるムサは日本に来た時は、歓迎してくれる人もいれば、さっきの女子生徒のように警戒する人だっている。
そういう辛さを誰よりもよく知っているんだろう。
「そうですよね、ごめんなさい・・・」
カケルが思っていると、西木野はムサの言葉の重みを感じたようで素直に謝った。
「分かっていただければいいデス」
ムサは優しく微笑んだ。
「ちょっとワタシも弾いてみていいデスか?」
「え?はい、どうぞ」
ムサが言うと西木野は椅子を譲った。
「ムサ君、ピアノ弾けるの?」
穂乃果が聞く。
「ハイ。子供の頃に習いマシタ」
そう言うとムサはピアノを弾き始めた。
「~~~♪~~~♪~~~♪」
そして母国語で歌を歌い始めた。
カケルも穂乃果も西木野も、その歌に魅了されていた。
先程の西木野の歌にも負けないくらい、とても優しく綺麗な音色と歌声だった。
「フゥ~~」
歌い終えるとムサは一息ついた。
聞いていた3人は拍手を送った。
「ムサ君すごいよ~」
「うん。なんか聞いててすごい感動した」
穂乃果とカケルが称賛する。
「とても上手ですね」
西木野も拍手をしながら微笑んだ。
「ありがとうゴザイマス。歌というのは、聞いている人を幸せな気持ちにさせるものであり、自分自身も幸せな気持ちになれるものデス」
「そうだよね!私たちも、見てくれている人を幸せな気持ちにさせるライブがしたいよ!」
ムサの言葉に穂乃果が同意する。
「西木野さんの歌も、とても素晴らしかったデス」
「あ、ありがとうございます」
ムサに褒められ西木野は少し照れながら言う。
「でも・・」
「?」
「西木野さんの歌は、どこかさみしそうにも聞こえました」
「!?」
「歌や演奏は、その人の心が映し出されてしまうものでもあるのデス」
「・・・」
ムサの言葉を聞き西木野は黙り込んでしまう。
「スミマセン。変なことを言ってしまって」
その様子を見たムサが慌てて謝った。
「はいこれ」
すると穂乃果は西木野に紙を差し出した。
「何ですかこれは?」
「私たちみんなで作った歌詞だよ。一度読んでみてよ」
「答えが変わることはないと思いますけど」
「それでもダメだったら諦める。でも私、西木野さんの歌大好きだよ。また聞かせてほしいな」
「俺からもお願いだ。みんな本気なんだよ。どうか一度やってみてくれ。お願いだ」
「お願いシマス」
カケルもムサも頭を下げて懇願した。
西木野は考え込むように俯くが、返事は返ってこなかった。
「私たち、毎日朝と夕方にトレーニングをしているの。今日はこの後神田明神でやるから、よかったら今度遊びに来てよ。それじゃあまたね」
「さようなら西木野サン」
3人は揃って音楽室を後にし、西木野はその背中を見送った。
西木野は一人で帰り道を歩いていた。
しかし頭の中に先程みんなから言われた言葉が浮かぶ。
『どうしても君に作曲してもらいたいんだ』
『西木野さんの歌大好きだよ』
『西木野サンの歌は、どこかさみしそうにも聞こえました』
なんなのよあの人たち。勝手な事ばかり言っちゃって。意味わかんない!
西木野はそう思いながらも、進路を変え神田明神の方へ向かった。
神田明神に着くと、穂乃果・海未・ことりが石段でトレーニングを行っていた。
西木野は物陰から様子を窺った。
「もうダメ~」
「足が動かな~い」
「ダメです!あともう2往復です!」
「む~、海未ちゃんの鬼~」
西木野はそんな3人のやりとりを眺めていた。しかしそのため、背後から人影が近づいていたことに気付かなかった。
突然その人影は西木野の胸を鷲掴みにした。
「キャッ!!な、何すんのよ!!」
悲鳴を上げながら振り向くと、その正体は巫女服を着た東條だった。
「まだまだ発展途上といったところやの。でも、望みは捨てなくても大丈夫や。まだ大きくなる可能性はある」
東條が西木野に語りだす。
「何の話よ?」
「恥ずかしいんなら、こっそりという手もあると思うんや」
「ウェ!?だから何?」
「わかるやろ」
東條はそう言うとその場を後にし、石段を上がっていってしまった。
もう、ほんっとにイミワカンナイ!!
今回はかなり長くなってしまいました。なかなか区切るに区切れなくてすいませんm(__)m
さて次回は完全に駅伝部メインのストーリーになります。そしてついにカケルのライバルが登場します。お楽しみに!