【5月18日 木曜日 朝】
◎2年生教室◎
「じゃあ、またその人が現れたの?」
「うん。『プロ意識が足りない』とか『アイドルへの冒涜』って言って出ていっちゃったの」
カケル・高志・ムサは穂乃果たちから、昨日再び謎の人物と対面したことを聞いていた。
その話を聞いているうちにカケルは、その人物に対して少し憤りを感じ始めていた。
「気に入らねえな」
「えっ?」
「µ’sのみんなは別にプロを目指してるわけじゃなく、ただやりたいからやってるだけな訳だし・・・それ以前に、みんなの努力を何も分からずに勝手なことばかり抜かして・・・ここまで言われると腹が立ってくるぜ」
カケルは険しい表情をしながら言った。
「私は、その人はそんなに悪い人じゃないと思う」
今度は穂乃果が、昨日の謎の人物のことを思い出しながら口を開いた。
みんなは一斉に穂乃果の方を向き、彼女の言葉を聞く。
「私が思うに、あの人は私たち以上にアイドルが好きでアイドルに対してすごい情熱を持ってて、それで私たちの歌やダンスを見て厳しい言葉を掛けたんだと思うの。だから私たち、もっと練習してもっと上手くなって、あの人に認めてもらおうと思うんだ!」
「穂乃果」
「穂乃果ちゃん」
穂乃果は力強く語り、海未とことりは話を聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「その意気だよ穂乃果ちゃん」
「そうデスよね。もっと頑張ればきっとその人にも分かってもらえマスヨ」
「ま、それでこそ穂乃果だよな」
「えへへ、ありがとう」
高志・ムサ・カケルが笑顔で声を掛け、穂乃果は照れたように笑ってお礼を言う。
「それで、今日の放課後に生徒会に部活申請に行くんだよね」
高志が聞く。
「はい。規定の人数は揃ってますから大丈夫だと思います」
「部活として認められれば、もっと思い切って活動が出来るからね」
海未とことりが答える。
(う~ん・・・あの生徒会長がそう簡単に認めてくれるだろうか・・・あんなことがあったしな・・・)
カケルはファーストライブで絢瀬に抗議した時のことを思い出していた。
【放課後】
◎生徒会室◎
穂乃果・海未・ことりは生徒会室へ部活申請にやってきた。
3人とも規定の人数は揃ったから大丈夫だと思っていたが、生徒会長の絢瀬から意外な言葉が返ってきた。
「アイドル研究部?」
「そう。この学校にはアイドル研究部というアイドルに関する部が存在しているの」
絢瀬がそう告げた。彼女が言うには、アイドル研究部がある限りµ’sは部活の設立が認められないということだった。
「まぁ部員は1人やけどね」
副会長の東條が言う。
3人は予想外の返答に少し混乱していた。
「ですが、5人以下の部活だって中にはありますよね」
「設立する時は5人必要やけど、それ以降は何人になってもいいという決まりやから」
「生徒数が限られている中、いたずらに部を増やすことはしたくないんです」
海未の問いかけに東條・絢瀬が答える。
再び申請を断られ、3人は落胆しながら生徒会室を出ていった。
生徒会室の外では、同行したカケル、そして途中で落ち合った真姫・凛・花陽・王子が外で待っていた。
ちなみに高志とムサは治療院で足のケアをするため先に帰り、双子は数学の小テストの結果が悪かったため居残り勉強を受けている。
「どうだった?みんな」
カケルが訊ねると、3人は先ほど絢瀬と東條に言われたことを話した。
「そんなぁ~」
「くそっ、だったら最初から教えろよ」
話を聞いて王子は落胆し、カケルは生徒会に対して苛立った口調で言った。
「そんな部活があるなんて知りませんでした」
「凛も~」
「どうするの?このままじゃ申請ができないんでしょ?」
花陽・凛・真姫が言う。
みんなはこれからどうすれば良いか、考え込むように黙り込んでしまった。
「よお、お前ら」
するとそこへユキがやってきた。
「ユキ先輩!」
「ユキさん!」
「こんなところでみんなで集まって、何やってるんだ?」
ユキがみんなに訊ね、穂乃果たち3人は事情を説明する。
「なるほどなぁ、うちはただでさえ生徒数が少ないから、これで更に部活が増えたら予算等の資金繰りが大変になっちまうから、これ以上部を増やしたくないっていう生徒会の言い分も分かるぜ」
事情を聞いたユキが頷きながら言う。
その言葉を聞いて一同はさらに落ち込んでしまう。
みんなの様子を見てユキはさらに口を開く。
「だったらそのアイドル研究部の部長と話をつけてきたらどうだ?2つの部が1つになったら問題ないだろ?」
ユキの提案を聞き、一同はハッとした。
「そっか!その手があったよ!」
「さすがユキ先輩!頭いいにゃ~!」
穂乃果と凛が元気になりながら言う。
(確かに・・・部活が増えるのがダメなら一緒になれば、生徒会としてもありがたいはずだ)
カケルも納得の表情をしながら思った。
「部室なら俺知ってるから、案内してやるよ」
一同はユキに案内され、アイドル研究部の部室へと向かっていった。
その様子を、生徒会室のドア越しに東條が聞き耳を立てていたことをみんなは知らなかった。
【アイドル研究部:部室前】
「着いたぜ、ここだ」
一同は部室の前にやってきた。
ドアのガラスには小さく『アイドル研究部』と書かれた貼り紙が貼ってあった。
「すみませーん!誰かいませんかー?」
穂乃果はドアをノックしながら声を掛けるが誰も出てこなかった。
「誰もいないみたいですね」
「多分もう少ししたら来ると思うぞ」
海未の言葉にユキが答える。
(っていうか、何でユキさんこの部室のこと知ってるんだろう?)
カケルが怪訝に思っていると、1人の女子生徒がやってきた。
「「「ああ~!」」」
「!!」
その女子生徒を見て、µ’sのみんなは驚きの声を上げた。
しかしその女子生徒も驚きのあまり声も出せない状態だった。
その女子生徒は3年生の証である緑色のリボンをつけており、ピンクのリボンでツインテールの髪型になっている。
µ’sメンバーとカケルは思った。
彼女は間違いなく、朝練の時やハンバーガーショップに現れた人物であると。
「あなたがアイドル研究部の部長!?」
穂乃果が驚きながら訊ねると、女子生徒はさらに険しい表情になる。
「よう、にこ!」
「えっ!?に・・にこ?」
ユキが女子生徒に名前を呼んで挨拶をし、カケルが驚く。
「ユキ・・・あんた、これは一体どういうことよ!」
女子生徒は鋭く睨みながらユキに訊ねる。
「彼女たちがお前に用があるっていうから、案内してあげただけだ」
ユキが冷静に答える。
「ユキ先輩、この人と知り合いなんですか?」
「まあな。こいつは俺と同じ3年の矢澤 にこ(やざわ にこ)。こいつとは中学の頃からの知り合いなんだ」
「「「えーーーー!!」」」
ユキが穂乃果の問いかけに答えると、全員が驚いていた。
「余計な事してくれたわね!あなたたちと話すことなんか何もないわ!とっとと帰ってちょうだい!」
矢澤はそう言いながら部室に入ろうとした。
「待ってください部長さん!ちょっとお願いが!」
「ウワアアアアア」
穂乃果が近づいて引き留めようとすると、矢澤は猫のような声を上げながら腕を振り回し威嚇すると、部室に入りドアを閉め鍵をかけてしまった。
「待ってください!部長さん!開けてください!」
穂乃果がドアを叩きながら呼びかけるが、ドアの前にバリケードを張ってるらしいドタドタという物音が聞こえるだけで応答はなかった。
「よし!なら俺が捕まえる!」
「凛も行くにゃー!」
カケルと凛はそう言って校舎の外へと走って行った。
「だ、大丈夫かなぁ?」
ことりが呟き、みんなは心配そうな表情でカケルと凛の背中を見送った。
(あれ?そういえばユキ先輩はどこ行ったんだ?)
王子はユキの姿がないことに気付き、キョロキョロと周りを見渡す。
カケルと凛が外に出ると、パラパラと小雨が降っていた。
部室の窓の方に回ると、ちょうど矢澤が窓から逃げようとしているのを見つけた。
「待つにゃー!」
凛が叫ぶと、矢澤は追いかけてくる2人の存在に気付き慌てて走り出した。
「待て待て待て待て~!」
凛はペースを上げカケルを振り切り、矢澤目がけてダッシュした。
結構速いな、とカケルは凛の走りを見て少し驚いた。
一方矢澤は50m走ったぐらいのところで疲れてしまいペースが落ちていた。
「それ!捕まえた!」
凛はすかさず矢澤を捕まえるが、矢澤は一瞬の隙を付き凛の拘束を逃れ再び逃げ出した。
「ああ~ちょっと~」
「待ってください!」
凛とカケルはさらに矢澤を追跡する。
矢澤は建物の角を曲がっていった。
カケルと凛も後に続いて角を曲がるが、矢澤の姿がなくなっていた。
「あれ~、どこ行っちゃったんだろう?」
「俺は向こうを探すから、凛ちゃんはそっちを頼む」
「了解にゃ」
カケルと凛は二手に分かれて探すことにしそれぞれ散り散りになった。
「ふふ、なんとか撒いたわね」
すると、先程の建物の角を曲がってすぐの所にある茂みから矢澤が顔を覗かせた。
そして再び走り出した。
「ふん。捕まるもんですか」
矢澤が呟いていると、突然体が前に進まなくなった。
「あ、あれ?どうして動かないの?」
矢澤は気になって後ろを振り返ると、ユキが矢澤の後ろ襟を掴んでいたのだった。
「ゆ、ユキ!!」
「悪く思うな。お前の行動なんて手に取るように分かるぜ」
「離しなさいよ!」
「逃げてばかりじゃ何の解決にもならないだろう。とりあえず、彼女たちの話ぐらい聞いてやってもいいんじゃねえか?」
「・・・わ、分かったわよ」
ユキの説得で矢澤はようやく観念し、揃って部室へと引き返していった。
◎アイドル研究部:部室◎
カケルと凛も呼び戻し、一同は矢澤に部室に入れてもらうことができた。
そこにはアイドルに関するグッズがたくさん置かれており、棚には雑誌やCDやDVDなどがぎっしりと並べられていた。
壁にはあらゆるスクールアイドルのポスターが貼られている。
一同は部室を見回してそれぞれ感嘆の声を上げていたが、ユキはもう見慣れてるのか平然とした様子で壁にもたれて立っていた。
中でも王子が一番反応を示していた。
「A-RISEのポスターだ!それにあっちは福岡のスクールアイドル!」
(へぇ~、校内にこんなところがあったなんてな)
カケルも部屋を眺めながら思った。
「勝手に見ないでくれる」
みんなの様子を見て矢澤が椅子に座りながら不機嫌な表情で咎める。
「こ、こここ、これは!」
「ん?」
すると花陽がDVDBOXらしきものを持って震えていた。
「伝説のアイドル伝説DVD全巻ボックス!!持ってる人に初めて会いました!!」
「そ、そう?」
「すごいです!!」
「ま、まあね」
花陽は先ほどの王子以上に興奮しながら矢澤に詰め寄った。
先ほどまで不機嫌だった矢澤もその様子を見て若干たじろいていた。
「へぇ~、そんなにすごいんだ」
「「知らないんですか!?」」
穂乃果が言うと、花陽と王子は同時に口を開いた。
「伝説のアイドル伝説とは、各プロダクションや事務所、学校などが限定生産を条件に歩み寄り、古今東西の素晴らしいと思われるアイドルを集めたDVDBOXなんです!」
「そうです!その希少性から伝説の伝説の伝説、略して『伝伝伝』と呼ばれるアイドル好きの人なら誰もが知っているDVDBOXです!」
「その通り!」
王子と花陽は変なスイッチが入ってしまったように、そのDVDBOXについて熱く語りだした。
(2人ともものすごいアイドルへの情熱だな・・・それにしても、花陽ちゃんキャラ変わりすぎだろ)
2人の様子を見てカケルは思った。
「家にもう1セットあるけどね」
「本当ですか!?」
矢澤が得意げな顔で口を開き、花陽は驚きの声を上げた。
「じゃあみんなで見ようよ」
「ダメよ!それは保存用!」
「うぅ~・・・伝伝伝・・・」
穂乃果の提案を矢澤に断られ、花陽はシクシクと泣いて落ち込んでしまった。
「かよちんがいつになく落ち込んでるにゃー」
凛が言った。
「大丈夫だよ花陽ちゃん。実は僕も持ってるんだ。だから今度貸してあげるよ」
落ち込んでる花陽に王子が声を掛けた。
「ええ~~!!本当にいいの!?茜君、ありがとう~~!!」
花陽は涙目になりながら感激し、王子の手を握りながらお礼を言う。
「・・・///////」
王子は突然手を握られ、顔を真っ赤にして声も出ない様子だった。
「あ・・・はわわわわわわごごごごごめんなさい!いきなり手を握ったりして!/////」
「いやいやいやいやだだだだだ大丈夫!気にしてないから!ここ・・今度持ってきてあげるね////」
花陽と王子は揃って顔を真っ赤にしながら慌てふためいていた。
「ブッ・・ククク」
(何だこの2人・・・かわいいな)
後ろの方でユキが吹き出し、カケルは心の中で呟いた。
「あれ?これ何だろう?」
すると穂乃果は棚の上のあるサイン色紙を見つけた。
「ああそれ?アキバのカリスマメイド『ミナリンスキー』さんのサインよ。でもそれは、ネットで手に入れたものだから本人の姿を見たわけじゃないけどね」
穂乃果の様子を見て矢澤が答えた。
「はぁ~・・」
「?」
「・・・と、とにかくこの人すごい」
ことりが感心する。
(今ことり・・・一瞬ホッとした表情を浮かべてたような・・・気のせいか?)
ことりの様子を見ながらカケルは思った。
「それで、何しに来たの?」
矢澤がみんなに訊ねる。
µ’sのメンバーは机の周りに並べられた椅子にそれぞれ座ることになった。
カケル・王子・ユキは立ったまま様子を窺うことにした。
まずは穂乃果が先陣を切って矢澤に話しかけた。
「アイドル研究部さん!」
「にこでいいわよ」
「にこ先輩!実は私たち、スクールアイドルをやっておりまして・・」
「知ってる。大方、生徒会の連中にこの部の名前を出されたんでしょ?」
「おお!話が早い!なら・・」
「お断りよ!」
穂乃果が言いだすよりも先に矢澤は拒否反応をした。
「言ったでしょう!あんたたちはアイドルを汚しているの!」
矢澤は強い口調でµ’sメンバー全員に言い放った。
「あんたなぁ!黙って聞いてりゃあ勝手なことばかり・・」
「カケル!ここは彼女たちに任せよう」
「は・・はい」
矢澤の言葉に食って掛かろうとするカケルをユキが諫める。
穂乃果は再び矢澤の方に向き直り、説得を試みる。
「でも私たちはずっと練習してきました!歌もダンスも・・」
「そういうことじゃない。あんたたち、ちゃんとキャラ作りしてるの?」
「キャラ?」
矢澤の言葉にµ’sのみんなは疑問符が浮かんだ表情をしていた。
カケルも王子も同じだった。
ユキは黙って様子を窺っている。
「そう、お客さんがアイドルに求めるものは楽しい夢のような時間でしょ?だったら、それに相応しいキャラってものがあるの!」
「う~ん確かに、お客さんを楽しい気分にするのがアイドルの仕事ですからね・・」
矢澤の説明を聞き、王子が頷きながら呟く。
(でも、そのためのキャラ作りって一体・・・)
カケルは心の中で呟きながらキャラについて考えていた。
他のみんなもさっぱり分からないといった表情だった。
みんなの様子を見て矢澤はため息を吐きながら口を開く。
「ったくしょうがないわね。いい?例えば・・・」
矢澤はそう言って後ろを振り向いた。
(ああ、あれをやる気か・・・)
ユキが心の中で呟く。
「にっこにっこにー!あなたのハートににこにこにー!笑顔届ける矢澤にこにこー!にこにーって覚えてラブにこ!」
矢澤は再びみんなの方を振り向くと、自分で考えたらしいキャラ(?)を作って自己紹介をして見せた。
しかしその場にいるユキ以外のみんなは、どう反応していいか分からず唖然とした表情で見ていた。
「どう?」
矢澤は今の紹介についてみんなに問う。
「う・・う~ん・・」
「これは・・・」
「キャラというか・・・」
「私無理ー」
穂乃果・海未・ことり・真姫がそれぞれ呟いた。
どうやらみんなドン引きしているようだった。
(これが・・・この人の言うキャラ作りなのか・・・どういう感想を抱けばいいんだ・・・あえて一言いうと・・・さむい!でもこれを言ったら絶対怒るだろうな・・・)
「ちょっとさむくないかにゃ~」
カケルが心の中で呟いていると凛がストレートに口に出してしまい、カケルは、あぁ~言ってしまった~と思いながら片手で顔を抑えた。
「そこのあんた、今さむいって言った?」
案の定、その一言が琴線に触れてしまったようで矢澤はどす黒いオーラを纏いながら凛を睨んだ。
「あ、いや・・すっごい可愛かったです!最高です!」
凛は矢澤の様子を見て慌てて褒め言葉を返した。
「あ、でもこういうのいいかも」
「そうですね。お客様を楽しませる努力は大事です」
「素晴らしい!さすがにこ先輩!」
「そうですね!アイドルっぽくでいいじゃないですか」
王子を含めた他のみんなもそれぞれ褒め言葉を出し合ったが、矢澤は怒りで身体を震わせ始めていた。
(ああ・・・これはちょっとやばいかも・・・)
矢澤の様子を見てカケルは心の中で呟いた。
「よーし、それくらい私たちも・・」
「出てって!」
「えっ?」
矢澤は穂乃果の発言を遮って声を出した。
「とにかく話は終わりよ!!とっとと出てって!!」
矢澤はそう言いながらみんなを強引に部室から追い出し、バタンとドアを閉めてしまった。
追い出されたみんなは仕方なく、その場を後にし始めた。
(あれ?ユキ先輩は?)
みんなと一緒に歩きながらカケルは辺りを見回した。
「ふん!何よあいつら!」
矢澤はみんなを追いだした後、怒りで肩を震わせながら奥のパソコンデスクの椅子にドサッと座り込んだ。
まだ一人取り残された人物がいるのにも気づかずに。
「おーい、俺はいいのかよ」
「うわぁ!ゆ、ユキ!」
矢澤は急に声を掛けられ驚きながら振り向くと、部屋の隅にユキが立っていた。
「あんたまだいたの!?・・・ま、あんたならいいわ」
「いつまで意地張ってるんだよ・・・せっかくもう一度やり直すチャンスかもしれなかったんだぞ」
「ふん!あの子たちはアイドルのことを何も分かってないのよ!」
「あんなドン引きする自己紹介してるようじゃ、お前だって分かってるとは言えないだろう。しかしブレないよな。俺も初めて見た時はさむいって思ったぜ」
「うぐぐ、あんたねぇ!」
「でもな、彼女たちはお前の力を必要としてるからここに来たんだ。その気持ちだけは、分かってやれよ」
「・・・」
ユキの言葉を聞き、矢澤は黙り込んでしまった。
「ま、俺が言いたいことはそれだけだ。じゃあ失礼するぜ。こころたちが心配するから、暗くなる前に帰れよ」
そう言ってユキは部室を出ていった。
一方µ’sは今日はこれで解散となり1年生たちは先に帰っていったが、穂乃果・海未・ことり・カケルは校舎に残り、今後について考えていた。
「う~ん、これから一体どうしよう・・・」
「みんな。何しとるん?
「「「!!」」」
穂乃果が呟いていると、4人のもとに東條がやってきた。
「副会長さん!」
「希でええよ。もしかしてアイドル研究部に行ってきたんかな?」
東條が訊ねた。
「はい。でも…」
「その様子やと、追い出されたみたいやね」
「はい。そうなんです」
「じゃあ、みんなに話しておくね。にこっちの過去を」
東條はそう言うと、矢澤の過去の事について話し始めた。
「にこ先輩が、スクールアイドルを!?」
穂乃果が驚きの声を上げた。
「1年生の頃やったかな?同じ学年の子と結成してたんよ。実は駅伝部のユキ君も手伝ってあげてたんよ」
「ユキ先輩がですか!?」
カケルは驚いた。
「彼はにこっちとは前々から長い付き合いやったからなぁ」
そういえばそうだったな、とカケルは思った。
「でも今はもうアイドル活動はやってないんやけどね」
「やめちゃったんですか?」
ことりが聞いた。
「にこっち以外の子がね、アイドルとしての意識が高すぎたみたいで、ついていけないって1人やめて2人やめて・・・だからにこっちは、みんなのことが羨ましいんやと思う」
東條の話を聞いてカケルも穂乃果たち3人も、これまでの彼女の行動に納得した。
カケルは思った。
にこ先輩は、他のメンバーが辞めてからずっと一人ぼっちになって、そんな中みんなが楽しそうにスクールアイドルをやっているのを見て羨ましく思ったんだろう。
あの時、解散しろと言ったり、みんなの歌やダンスにダメ出しをしたのだって、その表れなんだろう。でも逆に言うと、それだけみんなに興味があるってことなんだろうな。
4人は東條と別れ、傘を差しながら校門に向かって歩いていた。
「なかなか難しそうだね、にこ先輩」
「あの様子だと、説得しても耳を貸してくれそうにありませんし」
ことりと海未が言うと、穂乃果が口を開いた。
「そうかなぁ?にこ先輩はアイドルが好きでアイドルに憧れてて私たちに興味があるんだよね?何かきっかけがあれば上手くいきそうなんだけど」
「きっかけって例えばどんな?」
「そ、それは・・・う~ん」
カケルに聞かれると、穂乃果は何も考えてなかったようで言葉を詰まらせた。
すると穂乃果は何かを思い出したかのようにニヤニヤし始めた。
「どうした?何か思いついたのか?」
カケルが訊ねる。
「なんか、にこ先輩のこの状況、海未ちゃんと知り合った時と一緒だな~と思って」
「どういうことだ?」
穂乃果は当時のことについて話してくれた。
小さい頃、穂乃果とことりが他の子どもたちと一緒に公園で鬼ごっこをしていると、海未が恥ずかしそうに木に隠れながら穂乃果たちを見ており、それを見つけた穂乃果が無理やり鬼ごっこに参加させたということだった。
「そんな事ありましたっけ?」
「あったよ~」
「海未ちゃんすごく恥ずかしがり屋さんだったから」
海未は少し顔を赤くしながら聞き、穂乃果とことりはその時のことを思い出しながらクスクスと笑っていた。
なるほどな、と話を聞いたカケルは頷いていた。
「なあお前ら」
4人は後ろから声を掛けられて振り向いた。
するとユキが傘を差しながら立っていた。
「ユキ先輩!」
「ちょっとお前らに頼みたいことがあるんだ」
【5月19日 金曜日 】
◎3年生教室◎
今日も授業が終わり、生徒は一斉に帰り支度を始めていた。
他のクラスメイトが誰かと一緒になって教室を出る中、矢澤は1人で帰り支度をしていた。
そこへユキがやってきた。
「なぁにこ。ちょっといいか?」
「何?ユキ」
「お前の部室の鍵を貸してくれないか?昨日部室に忘れ物をしたみたいなんだ」
「ふ~ん、わかったわ。はい。」
ユキに頼まれるとにこは鍵を渡した。
「サンキュー」
ユキはそう言うと足早に教室を出ようとした。
「ちょっと!後でちゃんと返してよね!」
矢澤はそう呼びかけるが、ユキは返事もせずそそくさと教室を出ていった。
◎廊下◎
矢澤は帰り支度を終え、1人寂しく部室へ向かうため廊下を歩いていた。
外は相変わらず雨が降っている。
「帰りにあそこのファミレス寄ってかない?」
「そうだね。部員のみんな誘って行こうか」
周りからはそんな感じの、友達同士で話し合っている声が聞こえた。
私がもっと周りを見れていれば、あんな風に仲間と楽しくやれてたのかな・・・
出来ることならもう一度・・・あの子たちのようにスクールアイドルをやりたい
でも・・・今さらそんなこと・・・言えるわけない・・・
やがて部室の前まで来た。
ドアのガラスをよく見ると、明かりがついているのが分かる。
(ユキの奴、まだいるのかしら・・・ちょうどいい、鍵返してもらわないと)
そう思いながら部室に入ると、そこにいたのはユキではなかった。
「「「お疲れさまでーす!!」」」
「えっ?」
そこにはµ’sのメンバー6人が待っていた。
その光景を見て矢澤は驚きのあまり空いた口が塞がらない様子だった。
「お茶です部長!」
「部長!?」
「部長~、ここに置いてあったグッズ、邪魔だったんで棚に移動しておきました」
「こら!勝手に・・」
「参考にちょっと貸して。部長のオススメの曲」
「なら迷わずこの『伝伝伝』を」
「あー!だからそれは!」
「ところで次の曲を紹介したいのですが部長!」
「今度はさらにアイドルらしくした方がいいと思いまして」
「それと振り付けで何かいい案があったらお願いしたいんですけれども」
「歌のパート分けもよろしくお願いします」
みんなはそれぞれ相談事を口にし、矢澤はすっかり混乱しているようだった。
「こんなことで押し切れると思ってるの?」
「押し切る?私たちはただ相談しているだけですよ。音ノ木坂アイドル研究部所属のµ’sの7人が歌う次の曲を」
「・・・7人?」
穂乃果の言葉を聞き矢澤は再び驚いた。
それと同時にみんな自分のことを必要としてくれているのを感じた。
脳裏にユキの言葉が浮かぶ。
『彼女たちはお前の力を必要としているからここに来たんだ』
「それとこの鍵、お返しします」
「あ、これ・・・」
矢澤は先ほどユキに渡したはずの部室の鍵を受け取った。
「私たち、ユキ先輩に言われたんです。にこ先輩を迎えてあげて欲しいって」
(あいつ・・・)
すると矢澤は深呼吸をし、決意に満ちた目でみんなを見渡した。
「厳しいわよ」
「分かってます!アイドルの道が厳しいことぐらい!」
「分かってない!あんたも甘々!あんたも!あんたも!あんたたちも!いい?アイドルっていうのは笑顔を見せる仕事じゃない!笑顔にさせる仕事なの!それをよ~く自覚しなさい!」
矢澤は覚悟を決めたようにみんなに厳しい口調でアイドルについて熱く語り、みんなは嬉しそうに微笑んでいた。
◎グラウンド◎
「明日からは都大会の5000mが行われる!出場する俺とユキとムサは40分ジョッグの後に1500mを1本!それ以外はメニュー表通り400mを15本行うこと!」
「「「はい!!」」」
駅伝部の部員たちはハイジの号令を受け、それぞれ準備に入り始めていた。
「雨、止んできたな・・・」
ユキが空を見ながら呟いた。
◎屋上◎
µ’sのみんなはあの後、アイドル研究部の入部申請書を生徒会に提出し、久々に屋上で練習をすることになった。
「いい!?やると決めた以上、ちゃんと魂込めてアイドルになってもらうわよ!わかった!?」
「「「はい!」」」
「声が小さい!」
「「「はい!!」」」
矢澤がみんなを鼓舞し、士気を高めていた。
「じゃあいくわよ!にっこにっこにー!はい!」
「「「にっこにっこにー!」」」
早速全員で例のポーズの練習を行った。
その声は駅伝部が練習をしているグラウンドにまで聞こえてきた。
「ん?この声はµ’sのみんなの声だ!」
「なんか変わった掛け声だね」
アップジョッグ中のジョータとジョージが呟いた。
(どうやら成功したみたいだな、みんな)
カケルが思った。
「にっこにっこにー!」
「にこ・・・・」
ユキが走りながら屋上の方を見上げ、嬉しそうに微笑んだ。
「にっこにっこにー!」
「「「にっこにっこにー!」」」
「つり目のあんた!気合入れて!」
「真姫よ!」
「はいラスト1回!」
「「「にっこにっこにー!」」」
矢澤は少し間を置いてから後ろを向き、口を開く。
「全然ダメ!あと30回!」
「「「え~~~!」」」
「何言ってるの!まだまだこれからだよ!にこ先輩、お願いします!」
穂乃果がみんなを鼓舞し、矢澤に声を掛ける。
矢澤は目に溜まった嬉し涙を拭うと、再びみんなの方へ向き直った。
「よーし、頭から行くよー!」
矢澤は今度は笑顔でみんなに声を掛けた。
雲の隙間から太陽の光が、彼女を歓迎するように照らし、その笑顔が一際輝いて見えた。