なかなか本編に戻れなくて申し訳ありませんがしばしお付き合いください。
「位置について!」
パーーーーーーーン
スタートの号砲が鳴りレースがスタートした。
東京・千葉・神奈川・山梨の各都道府県代表、全24人の選手たちがインターハイ出場を懸けて一斉に走り出した。
この中でインターハイに進出できるのは上位6人である。
絶対にその中に入ってみせると、ムサは地面を力強く蹴り走る。
選手はひとかたまりの集団となり、ムサは集団の真ん中あたりに位置を取り様子を伺うことにした。
先頭は甲府学院大附属高校の留学生・マナスであり、その隣に日学院大附属高校のエース・黒田がついている。
マナスに引きずられるように選手たちは最初の1kmを迎えようとしていた。
『選手は甲府学院大附属高校マナス君を先頭に最初の1kmを2分49秒で入りました』
アナウンスの声が競技場に響く。
「ムサ君頑張れ~」
「ムサファイトー!」
「ムサ!その位置でいいぞ!焦らず落ち着いていけ!」
トラックの外側でことり・カケル・ハイジが声を掛ける。
「この暑さであのハイペースはキツイですね」
「ああ。だがインターハイの枠はわずか6人しかないから、ここはとにかく我慢してついていくしかない」
ムサの走りを見ながらカケル・ハイジが言う。
一方ことりはストップウォッチを片手に、選手たちの走る姿に圧倒されていた。
(本当にみんな、なんてスピードで走ってるんだろう・・・)
「ムサさんファイトっすよー!」
「いけームサー!」
「ムサ君ファイトー!!」
「頑張ってくださーい!」
観覧席では付き添いの3人以外の駅伝部員とµ’sメンバーがムサに声援を送っていた。
その中で真姫は一人無言でトラックを疾走している選手たちを見つめていた。
離れた観覧席から見ていても、選手たちの息遣いと汗の浮いた体が発散する熱が感じ取れる。
すごい・・・
走る姿がこんなに美しいなんて、知らなかった
私は今までスポーツとか興味なかったけど、この競技はなんて原始的で孤独なスポーツなのかしら
誰も彼らを支えることはできない
周りにどれだけ観客がいても、一緒に練習したチームメイトがいても、ムサさんも、他の選手もみんな・・・
たった一人で・・・体の機能を全部使って走っている
真姫はすっかり選手たちの走る姿に魅了されていた。
そして自分が泣きそうになっていることに気づいた。
(やだっ、私ったら・・・)
レースはマナスが集団から抜け出し単独トップに立っている。
そしてジリジリと集団との差が広がり始めていた。
「うわ、速いなあの外人さん」
「どんどん差がつき始めてるよ~」
「やはり黒人の方は生まれ持っての身体のバネが違いますね」
レースの状況を見てジョータ・ジョージ・海未が感嘆の声を上げた。
「なんだ、誰もついていかねえのかよ。だらしねえなあ日本人選手は」
「!!」
突然、真姫の近くにいた中年男性が舌打ちをしながら呟いた。
真姫はキッとその男性を横目で睨んだ。
あんたは一体何を見てるのよ
先頭を走る留学生選手も、そのあとを追う選手たちも、何も違いはないのに
あの人たちの真剣な表情に、肉体の限界に挑む決意に、どうして気付かないのよ
だらしない人なんて、一人もいないわよ
真姫は拳を握りしめながら心の中で抗議した。
すると傍にいた平田が真姫の肩をポンと叩き、みんなに聞こえないような声で囁いた。
「気にすんな、ああいう分からず屋はどこにでもいる。さあ、ムサを応援してやろうぜ」
「・・・はい!」
真姫は鼻をすすり、うなずいた。
そして再びトラックの方に目を向けると心の中で願いながら声を出して応援をし始めた。
「ムサさーーん!ファイトでーーす!」
(負けないで・・ムサさん・・・)
先頭のマナスと後ろの集団とは約50mほどの差がついている。
集団を引っ張るのは変わらず日学院大付属の黒田であり、その後ろを船橋第一の古賀と神奈川代表・法教大二高の山谷という選手がついているという位置づけだった。
ペースは最初の1kmを過ぎてからは3分を少し切るぐらいのペースに落ち着いていた。
しかし集団も縦長になりつつあった。
「ハッ・・ハッ・・ハッ・・」
(黒田の奴、マナスにはついていかなかったか・・・まぁ賢明な判断だ。この暑さであのペースについていったりしたら後半が持たなくなる。今は少し落ち着いて、3km過ぎから勝負するつもりか)
古賀は先頭・黒田の様子を伺いながら考えていた。
その古賀の少し後ろに同じく船橋第一の朝倉、そして榊がいた。
「ハッ・・・ハッ・・・」
(暑いなぁ~くそっ・・・なんでこんな時間帯に走らなきゃならないんだよ)
榊は走りながら心の中で毒ついていた。
そしてそのすぐ後ろにムサがついていた。
表情は落ち着いており、しっかりとリズムよく歩を進めていた。
(最初はすごく緊張しましたケド、だいぶ身体が動くようになって来マシタ)
ムサは少しペースを上げると、前を行く榊の右隣についた。
榊は隣に来たムサの存在に気づく。
(この黒人、確か蔵原のトコの・・・そういえばレース前に古賀さんが言ってたっけ・・・でもこの位置にいるってことは、やっぱり大したことないんだな)
榊は特に気にする素振りも見せず再び前を向いた。
しかし少し走った所で再び横目でムサを見た。
(いや、でももし確実にインターハイに行くために力を温存しているだけだったりしたら・・・黒人って俺たち日本人と違って生まれ持って走力が違うっていうからな・・・いやいや、あんな弱小校の選手なんだからそんなことあるわけ・・・で、でももし万が一・・・)
ゴンッッ
「痛でっ」
するとすぐ後ろにいる朝倉が何度もムサを気にしている榊の頭にゲンコツを喰らわせた。
そして無言で榊に語り掛ける。
(いちいち気にしてるんじゃない!しっかり前を見ろ!)
(は、はい)
先頭のマナスが3km地点に差し掛かると同時に、アナウンスが流れた。
『先頭マナス君の3000mの通過は8分26秒、そして間もなく2位集団が3000mを通過します』
マナスから少し遅れて黒田が引っ張る2位集団が3000m地点を通過した。
そしてそれと同時に、黒田がペースを上げ始めた。
「ついに来たな」
「ええ、勝負にでましたね」
レースを見ながらハイジとカケルが言った。
『2位集団の3000mの通過は8分43秒。ここで日学院大附属の黒田君がペースを上げました』
(来やがったな・・・だが、お前の好きにはさせねぇ)
すると古賀もすかさずペースを上げ黒田の後ろにピタリと張り付いた。
さらに後ろには山谷も必死の表情で食らいついていた。
彼らがペースを上げたことによって、集団は完全にばらけ始めていた。
『ただいま2位集団が3人に絞られました。日学院大附属の黒田君、船橋第一の古賀君、そして法教大二高の山谷君、さらにその後ろには船橋第一の朝倉君、榊君、そして・・・音ノ木坂学院のカマラ君』
ムサは朝倉・榊を含む5人の5位集団の中にいた。
必死に前を向きながら集団に食らいついている。
「ムサ!こっからが勝負だぞ!」
「お前ならいける!しっかり粘ってけ!」
「ムサく~ん!頑張って~!」
再びハイジ・カケル・ことりが檄を飛ばす。
その檄を受けてムサは左手でネックレスを握りしめる。
ワタシは・・・ワタシはこんなところで・・・負けるわけにはいかないのデス
先頭・マナスは4000mを通過し残り1000mに差し掛かった。
「監督、先頭の4000mの通過は11分20秒!古賀さんとの差は約15秒と3000m地点から少し詰めたようです!」
「うむ」
ラスト1000m地点の付近では船橋第一の監督:松平と部員数人がタイム計測を行いながらレースを見守っていた。
やがて古賀と黒田が2位争いをしながら4000mを通過した。
先ほどまで一緒についていた山谷は2人からは少し遅れていた。
「古賀!4000m、11分35秒!前との差は15秒だ!」
「まだいけますよー!」
「ファイトでーす!」
松平とチームメイトが古賀に声を掛ける。
そして古賀・黒田から約7秒遅れで朝倉・榊・ムサのいる5位集団がやってきた。
「朝倉!榊!ここでタレてる場合じゃないぞ!しっかり前を追え!」
再び松平が声を掛ける。
「ムサ!4000m11分43秒!最後しっかり出し切れ!」
「攻めろムサ!あと1kmの辛抱だぞ!」
「!!」
松平は声のする方を振り向くと、ムサに声援を送るハイジ・カケル・ことりの姿を見つけた。
3人はすぐにムサを迎えるためフィニッシュ地点へと向かっていった。
(清瀬に蔵原か・・・蔵原は転校の件があるが清瀬はやはりあの膝が・・・・今出場している選手もなかなか頑張っているな・・・だが、我々は負けるわけにはいかない)
ムサはまだ5位集団の中にいたが集団の一番後ろに下がってしまっていた。
表情も非常に苦しくなり、なんとかついて行っている状態だった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
(ラスト1kmに入って、さらに暑くなってきマシタ・・・そしてだんだん脚も鈍くなってきマシタ・・・でもダメデス!こんなところで落ちるわけにはいきマセン!ワタシは・・・)
『ムサ!』
『ムサさん!』
『ムサ君!』
(皆さんのためにも!!)
カケル・ハイジ・ことりはフィニッシュ地点付近に到着しムサを待った。
選手の残り距離が少なくなるにつれ、声援が大きくなっていった。
「すごい声援ですね。周りの空気もすごいピリピリしています」
ことりは辺りを見回しながら呟いた。
3人の周りは他校の監督やチームメイトが神妙な面落ちでレースを見守っており、非常に緊張感が漂っていた。
「なにせ選手たちの目標であるインターハイ出場が懸かっている大勝負だからね。ただ楽しんで走るだけじゃ市民ランナーと変わらない。まぁ彼らと市民ランナーの大きな違いは・・・」
「?」
「本当に苦しくなった時に頑張れるか頑張れないかだよ」
「・・・」
ハイジはレースを見守りながらことりに語り掛けた。
いよいよマナスが残り1周に入りそれを知らせる鐘の音が競技場に響いた。
さらにその約70~80mほど後方に古賀と黒田がまだ2位争いを続けていた。
「ハッ・・・ハッ・・・」
(残り1周・・・一気に勝負をつけてやるぜ!)
2人もラスト1周に差し掛かった。
同時に古賀がラストスパートをかけ黒田を引き離した。
少しずつ差がつき始めている。
その後ろの5位争いは朝倉が集団から抜け出し単独の5位になり、ムサ・榊を含む4人の選手による6位争いが行われていた。
朝倉が先にラスト1周に差し掛かると、後ろの榊に心の中で檄を飛ばす。
(榊・・・根性で粘れよ)
そしてムサと榊もラスト1周となった。
「ムサくーーん!!」
「ムサ!ラストーー!!」
「ここを粘ればインターハイだ!最後まで頑張れ!」
ことり・カケル・ハイジは力一杯最後の声援をムサに送った。
「・・・ウオオオオ!」
ムサは3人の声援を聞き、最後の力を振り絞りラストスパートをかけ集団から抜け出し単独の6位となった。
「くそっ!」
しかし榊も負けじとペースを上げムサの後ろについた。
(冗談じゃねえ!俺は・・・こんなところで負けられねえんだ!)
「やっぱ留学生選手は別格だな。まだ余裕そうに見えるよ」
「6番目ぐらいにもう一人留学生がいるみたいだけど、もう苦しそうだったな」
「簡単に言うけど苦しくないわけないよ。みんな全力で走っているんだ。これは選手たちのプライドを懸けた勝負なんだ」
「ハイジさん・・・」
「・・・」
ハイジは周りの群衆の言葉を聞くと、ムサを見つめながら静かに語りだした。
「自分との闘いってよく言うけど・・・誰かとの闘い、誰かのための闘いだからこそ・・・みんな限界を超えてまで走ってしまうんだ」
「「・・・・」」
(誰かのための・・・闘い・・・)
カケルもことりもハイジの語りを無言で聞き入っていた。
そして再びレースに目を向ける。
「ハァ・・ハァ・・・」
(ムサ君・・・)
ことりはムサの走る姿を見つめるが、その目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。
ついにマナスがトップでフィニッシュした。
タイムは14分11秒だったが、まだまだ余力がありそうな表情だった。
そして単独2位になった古賀は残り100mを切っていた。
「ハァ・・ハァ・・」
(よし!もらった!)
古賀は勝利を確信し最後の直線を疾走した。
しかし・・・
ブォンッ
(なっ!?黒田!!)
ゴールまで残り10mの所で黒田が鋭いスパートをかけ再び古賀を抜き返した。
そしてそのまま黒田が2位でフィニッシュし古賀は3位に落ちてしまった。
タイムは黒田が14分27秒、古賀が14分28秒となった。
(く、くそ・・・やられたぜ・・)
古賀は悔しそうな表情を浮かべるが、すぐに表情を戻して黒田に一礼をし黒田も微笑みながら一礼を返した。
「ハァ・・ハァ・・」
ムサはラスト200mを切った。
まだ6位をキープしているがすぐ後ろに榊も追っている。
2人の6位争いはまだ予断を許さない状態だった。
(止まってはダメデス・・・止まってはダメデス・・・)
ムサは体力の限界を超えていたが心の中で念じながら必死の形相で走り続けている。
しかし徐々に視界も定まらなくなり始めていた。
やがて100mを切ろうとしていた。
「ムサくーーーん!!」
「ムサさんラストファイトーーー!!」
「ムサさーーーんファイトでーーす!!」
「負けるなムサーーー!!」
すると観覧席の方からチームメイトやµ’sのみんなの声が聞こえてきた。
みんなも走っているムサと同じくらい必死の表情で喉が枯れんばかりの大きな声で最後の声援を送った。
ムサは視界が定まらない中みんなの声援をしっかりと聞き、最後の100mに差し掛かった。
うっすらとフィニッシュ地点が見える。
地面を強く蹴るたびに徐々にゴールが大きくなっていく。
あと80m
60m・・・
ゴールの向こうでことりが大きく手を振っている。
しかしもうムサには周りを気にする余裕もなかった。
ただただことりが待っているゴールに向かうだけだ。
30m
20m
10m
「目が覚めたかムサ!」
「ムサ君・・よかったぁ」
ムサは気が付くとどこかの部屋の簡易ベッドの上に横になっていた。
どうやら会場内の医務室のようだった。
カケル・ハイジ・ことりが安堵の表情を浮かべながら顔を覗かせる。
「ワ・・・ワタシはどうなったんですか?」
ムサは仰向けのまま3人に訊ねた。
「ゴールした後にばったりと倒れてそのまま意識を失ったんだよ」
「本当に心配しちゃったよ・・・ムサ君になにかあったらどうしようって・・・」
ハイジが説明し、ことりは先ほどまで泣いていたようで鼻をすすりながら言った。
「それで・・・結果はどうなったんデスか?」
ムサはサッと状態を起こし、気が気ではない様子で再び訊ねた。
「ムサ、結果だが・・・君は14分46秒で第9位だ」
ハイジは穏やかな表情で結果と、ラストの展開について説明した。
ムサはラスト100mを切った所で力尽きてしまい、3人の選手に抜き返されてしまったのだった。
ハイジの説明を聞くと、ムサは両手で顔を覆い声を上げて泣き崩れてしまった。
「泣くなムサ!君にはまだ来年があるじゃないか」
ハイジが肩を叩きながら慰める。
「ワタシは・・・この学校が大好きデス・・・廃校なんて嫌デス・・・だからせめてワタシが・・インターハイに行って・・・・少しでも廃校の阻止に貢献できればと思っていたのに・・・・ウウゥ・・すみません・・・ワタシは結局なんの力にもなれませんデシタ・・・」
「ムサ・・・お前そこまで」
(それが君の、限界まで頑張れる理由か・・・)
ムサは尚も涙を流しながら自らの思いを語った。
それを聞いたカケルは感嘆の声を上げ、ハイジは嬉しそうに心の中で呟いた。
「ムサ君・・・」
ことりが両手でムサの右手を優しく握りしめながら微笑んだ。
「ありがとうムサ君。そこまで私たちのことを考えてくれて。でも、ムサ君がそんなに思い詰めることないんだよ。廃校のことは私たちが何とかするから、ムサ君は高校駅伝を目指してまた頑張って!ことり、これからも精一杯応援するから」
「ことりサン・・・!!」
するとことりの目から涙が頬を伝い始めていった。
「えへへ、ムサ君の頑張ってる姿を見てすごい感動しちゃった。私ももっと頑張らなきゃなって思えたよ」
ことりは涙を拭きながら微笑んだ。
「ムサ、確かに負けたのは事実だし、悔しいのも当然だろう。でもお前は最後まで全力を尽くして闘い抜いたんだ!何も恥じることなんてないんだ!お前は本当によくやった!この悔しい気持ちは、みんなで高校駅伝の予選にぶつけよう!」
「カケル・・・そうデスネ!いつまでも落ち込んでいられマセン!これからも一緒に頑張りマショウ!」
「ああ!」
カケルが激励の言葉を掛けると、ムサは立ち直り笑顔で返事を返しカケルと握手を交わした。
「さぁムサ!みんなの所へ戻ろう!きっと心配して待ってるよ」
「ハイ!」
ムサはベッドから起き上がると、3人と共に医務室を後にした。
「あ!あの人は!」
カケルたち4人は自分たちの陣地へ戻る途中、ムサが声を上げた。
彼の目線の先には甲府学院大附属高校の一団がいたのだった。
「1番でゴールしたマナスさんだ」
今度はことりが言った。
その中に先ほどの5000mのレースでトップでフィニッシュしたマナスの姿もあった。
マナスは部員たちと談笑をしていたが、ムサの存在に気づくとジロリと睨むような表情でムサの方を振り向いた。
「ウゥ・・なんか怖そうデス・・」
「そうだな・・」
ムサとカケルはマナスの表情を見て恐縮気味になったが、マナスは今度はパァッと明るい笑顔になり大きく手を振り始めた。
「Hey!Jambo!」
「スミマセン皆さん。つい話し込んでしまいマシタ」
ムサは先ほどまでしばらくマナスと仲良く談笑をし合い、楽しげな表情で戻って来た。
「ずいぶんと仲良くなったみたいだな」
(何喋ってるのか全然分からなかった・・)
ムサの様子を見てハイジも嬉しそうな表情を浮かべ、カケルは2人の母国語での会話にお手上げの様子だった。
「もしかしてやっぱり同じ国の出身だったの?」
ことりが訊ねる。
「エエ・・・ワタシの母国は今、地域によって内政的に不安定な状態にあるのデス。先の大統領選挙後、部族間の抗争が起き始め多くの民間人が犠牲になってしまったのデス・・・ワタシたちだけが平和な日本にいるのが心苦しくなることが時々ありマス・・・」
ムサは深刻な表情で母国について語った。
カケルもハイジもことりも真剣に聞いており、特にことりは非常に心を痛めているようだった。
(そこまで深刻な事態になっていたんだな・・・)
カケルは心の中で呟いた。
「それに、マナスさんはワタシの部族とは敵対する部族の方デシタ・・・でも、話してみたらとてもいい人デシタ」
「よかった~、私たちもムサ君の国がもっと平和になれるように祈ってるね」
「ハイ!ありがとうゴザイマス!」
ムサの話を聞くとことりがほっとした表情で声を掛けた。
「それでムサ、マナスとはどんな話をしたんだ」
今度はハイジが訊ねた。
「ハイ。日本に来るまでの経緯だったり、日本での生活について色々聞いてキマシタ。そしてお互い頑張りまショウ、また勝負シマショウと挨拶をシマシタ」
ムサは再び明るい表情で答える。
「そうか、彼とはまた会えるといいな」
「ハイ!今度のインターハイ、応援シマス!」
4人は楽しい雰囲気に包まれながら再びみんなの下へと向かい始めた
4人は陣地に戻ると、みんなが一斉に出迎えてくれた。
労いや励ましの言葉を掛ける者、身体の心配をする者、頭や肩をポンポンと叩く者、ハイタッチを交わす者と様々だった。
ムサはとても喜んでおり、改めて日本に来てよかったと感じていた。
それと同時に今度は高校駅伝に向けて頑張るという決意も新たにしていた。
やがてムサが着替え終わるとハイジの号令で全員が輪になって集まり始めた。
「俺たちのインターハイへの道は残念ながらここで終わってしまった。だがまだ高校駅伝がある!これからは駅伝に向けて距離も伸ばしていけるように練習をしていこう!この夏の間にしっかり準備を整えて飛躍の秋にするぞ!」
「「「はい!!」」」
「それじゃあまず景気づけに、これからみんなでジョッグに行くぞ!」
「「「はい!!」」
ハイジは部員たちに声を掛けると、みんな引き締まった表情で準備を始めた。
「君たちごめん。俺たちが戻ってくるまで、残りの競技でも見ながら待っててくれるかい?」
「分かりました」
「みんな頑張れー!」
「応援してるにゃー」
ハイジはµ’sのみんなに荷物番を任せ、みんな快く引き受け彼らを送り出していった。
そして今日の試合について語り始めた。
「今日は本当にすごい試合でしたね」
「うん!ムサ君、本当によく頑張ったよね!」
「ことり、感動して思わず泣いちゃった」
「真姫ちゃんだって感動して泣いてたにゃー」
「ウエェ!?何言ってんのよ!?」
「へぇ~真姫ちゃんも意外と感動屋さんなんだ~」
「違うわよ!泣いてなんかないわよ!」
「私たちも、駅伝部の皆さんに負けないようにもっと頑張らないといけませんね」
「そうだね!あ~なんかいっぱい応援してたらお腹空いちゃった~!残ったパン食~べよっと!」
「またパンですか?穂乃果。太りますよ?」
「まぁまぁ海未ちゃん」
「いや~今日もパンが美味い!」
「いや~今日もパンが美味ぇ」
「またパンですか?古賀さん。太りますよ?」
「分かってねえなあ、こういう試合後に食べるのが美味いんじゃねえかよ」
一方ここは船橋第一高校の陣地。
試合を終えた古賀と榊はまるで先ほどの穂乃果と海未と同じようなやり取りをしていた。
「よく食べれますね。こっちは暑さで食欲ゼロっすよ」
「しかしお前、さっきは危ない所だったなあ。あの黒人が落ちてくれなきゃ今頃敗退になってたな」
「う・・・」
古賀の言葉で榊は顔色を悪くした。
榊は先ほどの試合でラスト100mを切った所でムサのブレーキを拾い逆転して6位に滑り込み、インターハイの最後の枠を勝ち取ったのだ。
タイムは14分42秒だった。
(くそっ・・あんな奴に前を行かれちまうなんて・・・)
榊は心の中で悔しさを露わにした。
するとそこへ一人の人物がやってきた。
「お疲れ様」
「!!・・・あ、あなたは」
「おぉ、黒田っち!おつー」
そこへ現れたのは5000m2位に入った日学院大附属高校の黒田だった。
榊は彼の突然の訪問に驚いていたが、古賀は特に驚く様子もなくパンを食べ続けながら挨拶を交わす。
「今日は随分と俺を弄んでくれたようだな」
「いやいや、結構危ない所だったよ。最後のスパートはホントに一か八かだった。君こそよく粘ったよ」
「フン、思ってもねえことを・・・だが、これでいい気になるなよ。本当の勝負は・・」
「インターハイで・・だろ?」
「ああ、必ず決勝まで勝ち上がって来いよ。その時は叩き潰してやるよ」
「望むところだ。楽しみにしているよ」
古賀と黒田はお互いに見えない火花を散らし合うかのように言葉を交わし合った。
そんな2人の様子を榊は恐縮気味に窺っていた。
すると黒田は今度は榊の方に向き直った。
「君もインターハイ出場を果たしたんだってね。おめでとう」
「あ、は、はい・・」
「インターハイで会おう。それじゃあ」
黒田は爽やかな笑顔で挨拶を交わし去っていった。
「古賀さん、いつの間にあの人と知り合ったんですか?」
「ん?あぁ、あいつとは去年の大会を通じてライバルになったのさ」
「そ、そうなんですか・・」
榊の質問に古賀はドライに答える。
(あの人、あんな爽やかな顔してたけど威圧感が半端なかった・・・ただもんじゃねえな・・・)
榊は去っていく黒田の背中を見ながら思った。
黒田はその後、自分の陣地へと戻りチームメイトと合流した。
そしてマネージャーらしき女子に声を掛けた。
「勝田さん、例の物を」
「はい。どうぞ」
勝田と呼ばれたマネージャーは何やら弁当箱のようなものを差し出し、黒田はそれを受け取った。
そして蓋をあけると、中にはおにぎりがいくつか入っていた。
「いただきます」
黒田は手を合わせて挨拶をすると美味しそうにおにぎりを食べ始めた。
「うん!やはり、試合後の白米は最高だ!」