◎部室◎
カケル・高志・ムサが部室に到着すると、既に部員全員が集まっており練習着に着替えていた。
「「「おはようございます」」」
3人は揃ってみんなに挨拶をする。
「おお。カケル、高志、ムサ!待っていたよ」
「「おはようございます!先輩たち!」」
ハイジが声を掛けると1年生の城兄弟も元気よく挨拶をする。
3人はすぐに自分のロッカーの前に立ち、練習着に着替え始める。
「なあ聞いたかよ。廃校のこと」
平田がユキに廃校について話し出したのでカケルは聞き耳を立てた。
「そりゃあこの学校の生徒なら嫌でも耳にするぜ。まぁ俺はこうなってもおかしくないと思ってたがな」
ユキがドライに返答する。
「そうなったら来年から後輩が入って来なくなりますよ」
「3年生になった頃には俺たちだけなんてそんなの嫌だよ」
話を聞いていたジョータとジョージがそれぞれ悲痛な声を上げ、高志もムサも深刻な面持ちで話を聞いていた。
「だったら、俺たちの力で廃校を阻止するまでだ」
突然ハイジが宣言し、全員一斉に彼の方に振り向く。
「俺たちの力でって、一体どうするつもりなんだ?」
平田が聞く。
「全国高校駅伝に出る!」
ハイジの返答にカケルは、やっぱりそれかよ!と心の中でツッコんだ。
「高校駅伝に出られればきっと全国の注目の的になる。そうなれば音ノ木坂学院の名は一気に広まり入学希望者が増えること間違いなしだ。きっと廃校だって阻止できるはずだ」
ハイジの言葉をカケルは冷めた様子で聞いていた。
そんな夢物語を堂々と掲げられて、本当にどこまでもおめでたい人だな。
「やっぱり俺たちに出来ることといったらそれですね」
「ワタシも頑張りマスよ」
ハイジの言葉に高志もムサも意気込みを見せる。
「フッ、お前らしいじゃないかハイジ」
「最後の1年だからな。しょうがねえから付き合ってやるよ」
ユキと平田もやる気のようだ。
「高校駅伝ってテレビ放送されるよな」
「テレビ映れるかも。おもしろそうじゃん!」
「それに注目されれば女の子にモテるよきっと!うちの学校女子多いし」
「だよね~。よし俺頑張っちゃう!」
ジョータとジョージはウキウキした表情で話し合っていた。
「お、お前らなぁ」
「まあいいじゃないか。本人たちはやる気なんだから」
呆れ顔をする平田をハイジがなだめる。
「よしみんな!俺たちの学校を守るためにも、絶対高校駅伝に行くぞー!」
「「「おーーーーーー!!」」」
ハイジが拳を高々と上げながら檄を飛ばし、みんなもそれに答え雄叫びを上げながら拳を突き上げる。
「友情とかあんまり好きじゃねえけどな」
ユキはそうぼやきながらも拳は上げていた。
カケルはその輪には加わらずみんなを眺めていた。
みんな何もわかってないんだ。高校駅伝を目指すってことも走るってことも・・・
「あとそれから、今日はもう1人新入部員が来てくれることになったぞ」
ハイジが言うと全員驚きと嬉しさの交じった表情をした。
「本当ですかハイジさん」
高志が聞いた。
「ああ。今日の昼休みに俺の所に入部届けを持ってきてくれたんだ」
「1年生ですか!?」
今度はジョータだ。
「ああ。そうだったな」
「やったー!俺たちの代で仲間が増えるぞ!」
ジョージが嬉しそうに声を上げる。
「そんなこと、なんで俺らに早く教えてくれなかったんだよ」
平田が不満そうな顔をして聞く。
「みんなを驚かせてやろうと思ってな。多分もうそろそろ来ると思うよ」
カケルはこれから来る新入部員について考えた。
一体どんな奴なんだろう。まだ学校が始まったばかりのこの時期に入部だなんて、よっぽどやる気があるんだろうな。もしかしたら陸上経験者で結構速いのかも。
そう考えていると部室のドアが開き、1人の男子生徒が入ってきた。
「おお。来てくれたか」
ハイジが言った。どうやら彼が新入部員のようだった。
身長は160cmより少しあるくらいで、やや華やかな顔立ちをしており重そうな睫毛をしばたたかせている。
あまり体育会系っぽくはないな。でも人は見かけによらないからな、とカケルは思った。
「それじゃあ自己紹介をしてくれ」
「はい。1年の柏崎茜(かしわざき あかね)です。中学まで運動経験はまったくありませんでしたが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします」
ハイジに促され、彼は自己紹介をすると部員のみんなは拍手をする。
カケルは経験者ではなかったことに少しガッカリしたが、それ以上に今まで運動歴がないのに真っ先に駅伝部に入部してきたことへの驚きの方が大きかった。
「よろしくね柏崎君」
「よろしくお願いシマス」
「ようこそ駅伝部へ」
「俺たち同じ1年生だぜ。よろしく~」
みんなそれぞれ握手をしたり背中をポンポンと叩いたりして温かく迎え入れた。
「じゃあ君のロッカーはあそこだ。これから練習だからまず体育着に着替えてくれ」
「はい」
柏崎はハイジに指されたロッカーの所にいくと、カバンを置いて体育着を探し始めた。
「えーと、どこだったかな?」
柏崎は体育着を探すためにカバンの中にあるものを出し始めた。よく見ると漫画・アニメ雑誌・アイドルの写真などが大量に出てきた。
その場にいたムサ以外の全部員がその光景を見て思った。
もしかして彼、オタクなのかと
やがて柏崎は体育着に着替え終えた。
「しっかしすごい量のグッズだったな~。」
「もしかしてお前オタクなの?」
ジョータとジョージがストレートに聞く。
「まあ、そう思ってもらって構わないよ」
柏崎がドライに返答した。
「オタクって何ですか?」
「えっと、それはね・・」
ムサはオタクの意味が分からないため高志が説明に入る。
「お前これまで運動歴0なのによく駅伝部に入ろうなんて思ったな」
「ええ、まあ」
ユキの言葉に柏崎は曖昧な返事を返す。
「しかし『柏崎』ってなんか呼び辛いよな。よし決めた!今日からお前の呼び名は『王子』だ」
平田が宣言すると全員が冷めた目で硬直する。
「お前マジでセンスねえよ・・」
ユキが言う。
「何でだよ。この整った顔立ちに目つき。なんか少女漫画に出てくる王子様っぽい感じだろ?」
「いや、俺もさすがにそれはどうかと・・」
高志が言うと柏崎が口を開いた。
「・・・いい」
「「「えっ???」」」
「いい。すごくいい。とても気に入りました。今日から僕のことは王子って呼んでください」
「おおそうか!気に入ってくれたか!よろしくな王子」
彼の意外な返答に平田は気に入られたのが嬉しくてテンションが上がってあり、他のみんなは唖然としていた。
「さあみんな!今日の練習について説明するぞ」
ハイジがテーブルに地図のようなものを広げながら号令をかける。
みんなはテーブルを囲むように集まり、地図を見下ろした。
「今日は新入部員には初めての練習になるから、スタンダードに学校周辺のロードジョグを行う。この地図に書かれたルートでいけば大体10kmぐらいになる。王子はきついだろうから半分の5kmのコースを考えといた。王子には俺が、カケル・ジョータ・ジョージにはみんなに誘導してもらうが一応目は通しておいてくれ」
ハイジは地図を指さしながらルートを説明する。このルートは駅伝部がこれまで使ってきたコースである。カケルは何度か繰り返し見て、ルートを完璧に覚えた。
「さあ、準備は出来てるようだから移動するぞ」
ハイジの号令で一同は部室を出た。
◎校門前◎
駅伝部員たちは、校門前でストレッチを行っていた。これから始めるロードジョグはこの校門からスタートして再びこの校門に戻ってくるというルートだ。
やがて全員ストレッチを終えると、列になってスタート体制に入った。
「みんないくぞ!よーい、スタート!」
ハイジの掛け声で全員一斉に走り出した。
カケルは走りながらみんなのフォームを確認すると、長距離選手らしくしっかりしたフォームは取れてるなと思った。
「「西中ゥゥゥ!ファイオゥファイオゥ!!」
突然ジョータ・ジョージが部活の集団ランニングの時のような声を上げる。
「ハズいからやめろ!」
平田が注意する。
「だって小中学校時代の部活ではみんなでこうやって走ってたんですよ」
ジョータが説明する。
カケルは少し昔を思い出した。
そういえば俺も前までは、こうやって全員で走ってたっけ。
「ぜぇ・・はぁ・・ぜぇ・・」
すると、最後尾にいる王子が顔色を悪くしながらきつそうに呼吸を荒げていた。
「俺は王子につくから、みんなは自分のペースで先に行ってくれ」
ハイジがみんなに指示を出す。
「自分のペースでいいんですね?」
カケルはハイジに確認を取る。
「ああ」
「なら、ルートは覚えてるんで先に行きます」
カケルはそういうと列から抜け出し、1人ペースを上げて先に行ってしまった。
他のみんなはそのペースの速さに驚愕していた。
「・・すげっ」
「速えぇぇ!」
「なんであんな速いの!?」
カケルは周囲の景色を眺め、そのうえで自分の影や建物の鏡などで自分のフォームを確認しながら快調に歩を進めていた。
大会では景色を楽しみにしながら走ることはあまりないが、普段のジョギングや練習の時にはたまにぼんやりと周囲を見たりする。
カケルは昔から、走りながら周りの景色を観察するのが好きだった。
自分で決めたルートを走っていて、とあるお店が日が経つと別のお店に変わっていたり、とある畑などで使う肥料の袋の中身が徐々に減り、やがて新しい袋に変わっていたりと、そういったひとの気配の残滓を発見するたびに、くすぐったいような気持ちになる。
やがてカケルはコースを走り終え、スタート地点の音ノ木坂学院の校門前に戻ってきた。
カケルはみんなが戻ってくるまで、ストレッチをして待つかもう少し走ろうか考え始めた。
「カケルくーん」
カケルは声を掛けられて振り向くと、穂乃果・海未・ことりが揃ってやってきた。
「もしかして今、練習終わったところ?」
穂乃果が聞いた。
「まあな。みんなまだ帰ってなかったのか?」
「はい。あれから廃校を阻止するにはどうしたらいいか3人でずっと話し合っていたんです」
「結局今日はいいアイデアが出なかったけどね」
「でも、私たちは諦めないよ!きっといい方法を見つけてみせる」
カケルが聞くと、海未・ことりが答え、それについて穂乃果が力強く宣言した。
「それじゃあ、カケルもまだ部活中ですから私たちは行きましょうか」
「そうだね。それじゃあまたねカケル君」
「また月曜日にね~」
「おう。またな」
カケルは挨拶をすると、3人の後ろ姿を見送った。
「今の人たち誰ですか?」
「うぉっ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ、カケルは思わず変な声を上げてしまった。
振り返ると、ハイジ・王子以外の部員たちがジョグを終えて戻ってきていた。
「ずりーぞカケル。俺らがいない間にあんなかわいい娘たちといちゃこらしやがって」
「お前案外やるなあ」
「へえーそうなんですかカケルさん」
平田・ユキ・ジョータがそれぞれ茶々を入れてきた。
「い、いやそういうわけじゃ」
「違いますよ。彼女たちは俺とカケルとムサのクラスメイトなんですよ」
カケルの代わりに高志が説明した。
するとカケルはふと自分のウォッチを見て思った。
あれ?みんなもう戻ってきたのか?このペースで走って、みんな全然へばってないんだな。
カケルの思った通り、走り終えた部員たちは一切息を切らしておらずまだまだ余裕がありそうだった。
「全員走り終えたらストレッチしろよ」
平田が声を掛けるとみんなはストレッチを始める。
ユキは座って足を開くと上半身を前に倒した。するとなんと上半身全体が地面に着いたのだった。
「ユキさん身体やわらけ~」
「ユキさんは中学時代に剣道をやってたのもあって、股関節とか足首とかやわらかいんだよ」
ジョージが驚いていると、高志が説明する。
カケルはみんなの様子を見て、もしかしたらみんな素質あるのか、と思った。
鍛えようによってはもしかしたら行けるのかも。高校駅伝に。
いや、ちょっと待て。高校駅伝だぞ。ちょっとよく走れてたからって、どうこうなるもんじゃないだろ。
「王子、まだ戻ってこないね」
「しょうがないよ。初心者なんだから」
「ハイジさんがついていますから、大丈夫だと思いますケド」
ジョータ・高志・ムサはストレッチをしながらまだ戻ってこないハイジと王子の心配をし始めた。
「よし。走り足りないから見てくる」
カケルはそう言って再び走り出していった。
しばらくそのあたりを走っていると、ようやく2人を見つけた。
「カケル」
「気になったんで様子見に来ました。王子はどうですか?」
「見ての通り、かなりきつそうだ」
カケルが見ると、王子はかなり汗だくで息も絶え絶えだった。
「ほら王子!もう少しだぞ!最後まで頑張れ!」
ハイジが檄を飛ばす。
カケルはこの様子だと今に、もう嫌だ・もう走れないって言いだすだろうなと思った。
しかし王子は弱音を吐くこともなく、しっかり前を見据えながら歩を進めていた。
かなり苦しそうにしているものの、それでも走ることはやめなかった。
意外に根性あるな、とカケルは思いながら並走した。
「おーい、王子ー」
「もうちょっとだぞー」
校門が見えるところまで来ると、部員のみんなが王子に手を振って呼びかけていた。
「ほら王子。もうチョイ」
ハイジに背中を押され、ようやく王子は初めてのジョグを走り切りみんなに温かく迎え入れられた。
かくして・・・音ノ木坂学院男子駅伝部の9人による初練習が終わった。この9人による高校駅伝への道はまだ始まったばかりである。
◎部室◎
練習が終わると全員部室に戻り着替え始めた。
やがてどんどん着替え終わって部室を後にしていった。
「「お疲れさまでーす」」
「おう。お疲れさま」
双子が揃って出ていき、残ったのはカケルとハイジのみになった。
カケルはハイジの方を見ると、ロッカー前のベンチの上でジャージの裾をまくって何やら膝を気にしているような仕草を取っていた。
気になってベンチの少し離れたところに腰かけながらチラリとハイジの膝を見た。
「どうかしたか?カケル」
「い、いえ。何でも」
ハイジが声を掛けてきたので、慌てて視線を戻した。
「やっぱり無茶ですよ」
少し間を置いてからカケルは口を開く。
「ハイジさんがどういうつもりで高校駅伝を目指すって言ってるのかわかんないですけど、どうして・・」
「カケル」
カケルが全て言い切る前にハイジはカケルに声を掛ける。
「走るの好きか?」
「えっ?」
「それが答えだろ」
ハイジはにっこりと笑いながら答える。
「・・・ハ・・ハイジさん・・」
「それじゃあ明日は朝の9時に練習開始だから遅れないようにな」
そういってハイジは部室を後にした。
カケルは見てしまったのだった。ハイジの右膝にあった
手術を受けた跡を