斯くして、一色いろはの日常は巡りゆく。   作:あきさん

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分割二つ目ですー。


だから、一色いろはは約束する。―ろ―

  *  *  *

 

 文化祭実行委員会、略して文実。

 その第一回目となる会議が始まるのは、今年も去年と同じく、各分担を決めた日の放課後から。

 去年はありとあらゆる手を使い全力で回避したポジションだったが、生徒会長という役職に就いている以上、今年は強制的にこちら側となる。

 縁の下の力持ち。影の立役者。

 文実をプラスの言葉だけでたとえるならこんな感じになるだろうか。しかし、青春のど真ん中を生きるわたしたち生徒の大多数はこれをマイナスの方向へ変換する。

 損な役回り。貧乏くじを引かされる。

 どうせやらなきゃいけないなら、みんなでわいわい楽しみながらやりたい。みんなで一緒に遊んでる時みたいなノリができるほうがいい。

 だから、文実かそれ以外かという二択の天秤は、一方に大きく傾く。

 結果、勝っても負けても恨みっこなしのじゃんけんとかで決められた、モチベーションの乏しい寄せ集めの実行委員会となるケースがほとんどだと思う。また、責任という枷が重くなればなるほど誰もやりたがらないし、誰かに押しつけようとしたりもする。ソースはわたしとあの会議。

 かつての経験から容易に想像のつく流れの打開。生徒会の業務をこなしつつ、城廻先輩が言っていたような揉め事が起きないよう気を配ったり。

 自身の悩みも解決の糸口が掴めないまま、日に日にタスクばかりが増えていく現状。

 つまり、何が言いたいのかというと。

「……だるい」

 この一言に尽きる。わたし、気が滅入ります。

 今の時刻は午後三時四十五分。身体をずるずる引きずるように割り当てられた会議室へ。

 ミーティングの場に向かう人通りこそちらほらとまばらだが、クラス同様、雑談で賑わう声は相変わらず。特に出し物のことについてなんかはそれぞれ方針が違うので面白く、耳にしている間は余計なことを考えなくて済むのでだいぶ助かっている。

 ちなみに、わたしのクラスは『ピーター・パン』の演劇をやる予定だ。ベタすぎるチョイスというか、王道すぎて超無難というか。

 でも、まぁ、下手に奇をてらうよりはそれで正解なのだろう。

 やりすぎれば本末転倒。増えすぎれば逆効果。色物枠は二割くらいでちょうどいい。

 という具合に、思考を一旦本題から脱線させて気をまぎらわせていたものの。歩いて数分の距離じゃだらだら補正があってもすぐにタイムアップだった。

 いまさら引き返しても仕方ないので、がららと扉を開く。

 直後、一瞬の無音と共に多方向から視線を浴びせられたが、知り合いじゃないと視認した途端に関心を失い散っていく。ごめんね、わたしで。

 だが、未だ逸れることのない視線がわずかにある。そちらを見れば、生徒会の面々と。

「いろはさーん」

「あ、小町ちゃんー」

 見知った顔どころかむしろ見知りすぎている顔が一人。ていうか未来の義妹(予定)である。

 そして、視線の主は他にもう一人。小町ちゃんの横に座っている一年生らしき男子だ。しかし敵意などは一切ないらしく、目が合うなり控えめに会釈してきて。

 ……誰? 小町ちゃんの友達? まさかの彼氏? んー、本人に直接聞いちゃえばいっか!

 疑問の解消も兼ねて、わたしは当たり前のようにもう片方の隣へ着席しようとする。だが、それを即座に制する声。

「いや、会長はこっちだから……」

「あ、そうでした」

 悩ましげな表情で来い来いと手招きしてきた副会長の隣に腰を落ち着けると、小町ちゃんがまたのちほどーとばかりに手を振ってきた。ぜひとも義妹になってもらいたい。

 それはさておき。

 ぼちぼち会議の開始時刻が迫ってきているので、段取りや話す内容くらいは組み立てておく必要があるだろう。パズルのピースをはめるように、この場合はこう、こうなった場合はこうと状況に応じたQ&Aも同時に浮かべながら。

 黙々と脳内会議を行っているわたしをよそに、一人、また一人と密度が増えていく。生徒たちが作り出す人声の波音は、絶えることなく重なり続けていく。

 そうして、時計の針がそろそろ午後四時を指し示そうかという頃。開かれた扉から最後にやってきたのは、体育教師の厚木先生と平塚先生の二人。

 平塚先生はわたしの姿を見つけると、ぱちりと片目を閉じてアイコンタクトを送ってきた。どこか挑発的な印象も受けるその表情は、とあるメッセージが暗に込められていて。

 期待されること自体は素直に嬉しい。けど、頑張り方がまだわかってない以上、間違った努力をしてしまいそうで怖くもなる。

 しかし、時間がわたしの心を待ってくれるはずがない。

 教師陣がやってきたことで緩んでいた空気は引き締まり、会議室内のざわめきも今はすっかりと鳴り止んでいた。

 その変化を合図に副会長たちが書類を配り始めていく。やがて全員に行き渡ったのを確認したわたしは、よしと頷き席を立つ。

 だが、すぐに口を開くことはせず、胸に手を当てながら呼吸を整える。

 人前に立つ緊張を和らげたかったわけじゃない。頭の中で作り上げた会議用フローチャートを再確認したかったわけでもない。ただ、覚悟の一拍が欲しかった。

 様々な停滞や停止を終わらせるために幕を引いた時と比べれば、あまりにも大げさで大概な心構えかもしれない。また、あの時とは含んだ意味も向いている方向も、思い描く形だって全然違う。

 けど、だからこそ、最後まで走り切るために必要なことだと思ったから。

「……では、文化祭実行委員会を始めまーす」

 大層な覚悟があるようには到底思えない号令になってしまったが、それでもみんなは居住まいを正してくれた。まぁ、わたしの声は間延びしがちなんていまさらか。

「じゃあ、まずはかるーくご挨拶から。生徒会長の一色いろはです。よろしくお願いしまーす」

 事前に頭の中でまとめていたようには到底思えない軽薄な切り出し方ではあったが、それを特に気にした様子もなく、全員が会釈を返してくれた。

 なんて締まりのない挨拶なんだと額を手で抑えている副会長や、相変わらずだなぁと苦笑していたりする書記ちゃんには、後でだらだら言い訳するとして。

「で、わたしがこうやって長々と話しててもあれなので、とりあえず先にぱぱっと実行委員長決めちゃいましょう。というわけで、やりたい人、誰かいますかー?」

 言葉が最後まで辿り着いたとほぼ同じタイミングで、集まっていた全員の視線が散り散りに逃げていく。それぞれの瞳の先は、読んでもいない書類や窓の外、時計の数字といったものにばかり向けられていて。……ですよねー、やっぱりそうなりますよねー。

 とはいえ、理由自体はわからなくもない。わたしも昔はそっち側の人間だったし。

 すると、揃いも揃って黙りこくる光景を見かねたのか、厚木先生がうおんと咳払いする。

「なんじゃおい、文化祭はお前らのためのイベントだぞ。ほれ、もっとやる気出さんかい。毎年毎年覇気が足らん覇気が」

 汗をかいてしまいそうなほどの暑苦しさを孕んだ鼓舞だったが、効果なんてあるはずもない。

 そりゃそうだ。メインコミュニティが学校の生徒たちからすれば、誰だって沈黙を選ぶ。自分のためという不透明で不確実なリターンに比べ、賭けるものがあまりにも大きすぎる。

 責任なんてほしくない。失敗した時に文句を言われたくない。話題の人になって晒し上げられたくない。何度も糾弾されたくない。だから、やりたくない。

 やっていなければ他人事にできる。安全なところから好き勝手に物を言える。失敗した人間を指差し下卑た愉悦に浸ることだってできる。独りぼっちの不幸はみんなにとっての甘い蜜になる。だから、誰かがスケープゴートになってくれるのをみんなが待っている。

 こんな状況下で平然と手を挙げられる人間なんて、何も考えていないバカな見栄っ張りか、明確な目的を持ち込んで文実に参加している変わり者くらい。

 もし他にいれば譲ろうと一歩引いていたが、そうする必要はなさそうだ。

「はぁ、このままだと埒が明かなさそうですね。だったら……」

 城廻先輩の時と違ってわたしはまだ二年生。そこはクリアしているし、生徒会の人間は実行委員長を兼任しちゃいけないなんて取り決めは聞いたことがない。つまり、受験のためという理由で三年生が候補から外れるように、現実的じゃないからという暗黙の了解みたいなものだ。

 限られている時間をこれ以上無駄に消費していても、進行が遅れるだけでしかない。なので、当初の予定通りわたしが委員長もやっちゃうかーと手を挙げかけた時。

「あの……他にやりたい人いないなら、自分やってみてもいいっすか」

 おそるおそる挙げられた手と遠慮がちな声が、居心地と肌心地の悪い静寂を破った。声の主は小町ちゃんの横に座っていた一年生らしき男子。

「……へ?」

 この割り込みはさすがに予想外。おかげでずいぶんと間抜けな表情を晒してしまった。

「……はぇ?」

 小町ちゃんに至っては正気かこいつと言いたげにぽかんと口を開き、半眼になってくりんと首を捻っている。うーん、この義姉妹いろいろ変なところ似すぎじゃないかなー?

 まぁ、至極どうでもいい内輪の話は一旦置いといて。

「……あ、えっと、立候補してくれてありがとう。それじゃあ、自己紹介をお願いしますー」

「は、はいっ!」

 促すと、その男子は緊張交じりに席を立つ。

「一年D組の川崎大志っす。……正直自信はないっすけど、精一杯頑張ります」

 わたし的にも負担が減って助かるし、なにより、誰もやりたがらないポストに自ら就こうとしてくれているのだ。となれば、否認の声など上がるはずもなく、ぱちぱちと湧き起こった拍手が就任を証明する。

 ……ていうか、川崎? 

 書記ちゃんが板書した文字と聞き覚えのあるようなないような響きに、はてと首を傾げつつ。

 ひとまず、一番責任の重い委員長を決めるという最初にして最大の難関は、川崎くんのおかげで越えることができた。

 といっても、まだまだ道のりは険しく長い。それはもちろん、わたしだけに限った話じゃなく。

「では、委員長も無事決まったところで、次は各役割を決めたいと思いまーす。五分くらいで希望を取るので、その間にお手元の書類をご確認ください。ざっくりとですが、だいたいの仕事内容は書いておきましたのでー」

 宣伝広報、有志統制、物品管理、保健衛生、会計監査、記録雑務など。これらに関しては肩書きのハードルもだいぶ下がるため、手も挙げやすいだろう。むしろここで挙げなければ一体どこで挙げるのという話である。

 なんて感じで自主性に対する疑念を呈していると、退屈そうな表情で携帯を弄り始めたり、くあと欠伸をして呆ける人なんかが早くも出てきた。……できればその自主性や行動力をさっきの委員長決めの時に発揮して欲しかったんですけど。そして今日のお前が言うなスレはここですか。

「そろそろいいですかねー?」

 一声かけ、一応の再確認。

 空気感で無言の首肯を伝えてくる全員にわたしは軽く頷いた後、ちょいちょいと指を動かす。

「じゃあ、川崎くん。ここからわたしの代わりに進行、よろしくー」

「あ、やっぱそうなるっすよね……」

 緊張気味に口元を困らせつつも、川崎くんが板書役である書記ちゃんの横に付く。となれば、瞳に映す対象も自然とわたしから委員長へと移る。

「……っ」

 値踏みするような目と吟味するような沈黙の洗礼に、たまらず喉を鳴らした川崎くん。スポットライトを一度でも浴びたことのある人間なら、誰しもが必ず通った道だろう。

 場数さえ踏んでしまえば負の感情ごとあっさり受け流せてしまえる空気も、慣れないうちはまさに針のむしろ。それどころか、スタートダッシュでつまずいた途端に笑い者コース一直線だ。

「えっと……」

 言葉を選び、迷う。話を進める口数よりも悩みの空白が勝る。しかし、その無言は長引けば長引くほど強迫観念めいた焦りを生み、自らを蝕む毒となる。悪手がさらに悪手を呼び、やがては破綻し崩壊する。

 なので、こういった時は多少強引にでもさっさとペースを握ってしまうのが得策。

 会話の手綱を思うがままに振り回しまくる陽乃さんも、ほんわかした雰囲気と独自のノリで穏やかにまとめていく城廻先輩も、自分にしかできないやり方でしっかり主導権を握ってはきっちり落とし所へ落としている。……自覚の有無はともかく。

 そんなわけで、致命的な敗着手を指されてしまう前に、こちらは布石を打つ。

「川崎くん。そんな緊張しなくても大丈夫、大丈夫。ほら、さっきわたしがやった時みたいな感じで決めてけばオッケーだからっ」

 脳内お花畑の軽い口調にがくりとうなだれる副会長や、緊張感ないなぁと呆れ交じりの困り顔を浮かべた書記ちゃんには、後でぐだぐだ言い訳するとして。

「……なるほど。なんとなくわかったっす」

 けど、こんないまさらが、プレッシャーの緩和に繋がってくれたなら。や、わたしが楽観的すぎて単に毒気を抜かれただけかもだけど。

 まぁ、どちらにしても、強張りの剥がれた表情を見る限りはもう大丈夫みたいだ。小さく頷きを返し、わたしは川崎くんへ一時のバトンを託す。

 そして、同時に。

 表面上だけでも、ぎこちなくて拙くても、ようやく前へ動き出した複数の物語に。

「じゃあ、まずは宣伝広報から……」

 お手並みはいけーんと、どこかの誰かさんが言いそうなセリフを。

 一人、声には出さずに吐いておいた。

 

 ――そうして。

 多少噛んだりとちったりはするものの、一つずつ役割を決めては、一歩ずつ丁寧に会議を進めていく川崎くん。まさに順風満帆といったところ。

 ……にしても。

 ぶっちゃけ、意外も意外だった。まさかあんなアドバイスもどきだけで、こうも場を回してくれるとは。初々しい反応ばっかりのできたてほやほや委員長どこいった。

 しかし、フォローや口添えの必要がなさすぎるというのも、それはそれでしょんぼり気分。実際わたしが口を挟んだのなんて有志統制を決めた時だけだし。うー……もうちょっとだけ超どや顔で先輩ぶってみたかったのにー!

 まぁ、こんなくだらない冗談はどこかの隅っこにでも放り投げておくとして。

 時計の短針は、じきに5の数字を指し示そうとしている。残っているのは各担当の部長を決めることだけだ。となれば、決まった組から順次解散の流れになるだろう。

 川崎くんのおかげでなかなかの好スタートを切ることができた第一回目の文実。主観でしかないけど、現状、不安要素も問題も欠陥も見当たらなかった。

 やがて、それを裏付けるように、お疲れさまでしたの声があちこちから上がっていく。会議室内の密度はどんどん薄れていき、平和な閉会へと向かっていく。

 なのに、終わりを迎えられていない会議がある。不安要素や問題が今も山積みで、欠陥だらけの主題が残っている。

 だから、つい、どうしたものかと呆けたままでいたら。

「いろはさーん、お疲れさまですー!」

 改めてとばかりに、人懐っこさ全開の笑顔を浮かべながら小町ちゃんが駆け寄ってきた。今すぐ義姉になりたい。や、法律上でならもう実現できるけどさ……。

「小町ちゃんもお疲れさまー!」

 拒む理由もないので、わたしは義妹(予定)を受け入れる。

 そのまま仲睦まじい姉妹みたいな図を繰り広げていると、収まりの悪そうな顔でこちらを眺めている川崎くんと視線がぶつかった。どうやら続くタイミングを逃したらしい。

 ……ははーん?

「川崎くんもお疲れさまっ」

「あ、会長さん、お疲れさまっす!」

 小町ちゃんを迂回するように挨拶を投げかけてみたが、返ってきたのは動揺も困惑もない普通の反応。ふむ……なるほどなるほど。

「大志君もお疲れー」

「比企谷さんもお疲れ!」

 次いで挨拶を重ね合う小町ちゃんと川崎くん。しかし、二人とも、わたしに対する時とは明らかな温度差があって。……ははぁ、なるほどなるほど! 把握しました!

 わたしが作る人物相関図は精度の高さに定評がある。また、それを自負もしている。……欠点は統計学的に信頼できない数しかサンプルがなかったことだろうか。だめじゃん。

 とはいえ、今まで大きく外れたことはないから、結構な正確性はあるはず。……例外が一人だけいたけど。

 にやぁと嫌な笑み、もとい悪い子の部分が出そうになるのを我慢しつつ、持ち越しとなっていた疑問を口にする。

「あっ、そうそう、気になってたんだけどさ。二人って……」

「やだなーいろはさん。大志君はただのオトモダチですよ」

 直後、小町ちゃんが言及の先を潰してきた。無慈悲なまでにばっさりだった。

 うわぁとたまらず川崎くんの顔色をうかがってみると、当人はこのいたたまれなさにも慣れてしまっているのか、諦念気味な吐息を一つ吐いただけ。……ここまでくるとさすがに充分同情できるレベル。まぁ、小町ちゃんがそうする理由も川崎くんがそうなる理由も、わたしにはわかるけど。

 乙女特有の思考回路。自身も経験したことのある立ち位置。双方にシンパシーを抱くと同時に板挟みにもあいながら、なんとか繕いの言葉を紡ぎ出そうと試みる。

「……と、とりあえずここ、出よっか?」

 だが、口から出てきてくれたのは、強引な話題の換気でしかなかった。……てへぺろっ!

 

  *  *  *

 

 オレンジ色のキャンバスに、ところどころ青い絵の具で線を引いたような空。そこへ浮かぶ雲を切り裂くように飛行機が彼方へと消えていく。

 人の手で作られた鳥の行き着く先なんて最初から決まっているけど、ゴールの見えない今は、それが少しだけ羨ましく思えた。

「いろはさん?」

「どうしたんすか?」

 玄関口と校門を繋ぐ階段部分で不意に立ち止まると、小町ちゃんも川崎くんも足を止める。

「あ、ううん……空、綺麗だなーって」

「……確かに綺麗っすね」

「ねー……」

「はふぅ……これぞまさに女心と秋の空……」

「それっぽく言ってるところ悪いんだけど、全然意味が違うよ、小町ちゃん……」

 しがない話の種に様々な方向から水をやりつつ、三人固まって歩き出す。

 ……んー、わたしが後輩に挟まれてるとかめっちゃ違和感。年下はわたし一人だけ、もしくは年上とのサンドイッチってパターンばっかりだったからなぁ。まぁ、いずれ気にならなくなるんだろうけど。

 一時的なちぐはぐさと目新しさが同居する気分の中、小町ちゃんが突然あっと思い出したような声を上げた。

「ところで大志君はなんで急に委員長やろうと思ったのさ。小町、素でびっくりしちゃったよ」

「あ、それ、わたしも気になってた」

 すかさず話に飛び乗って関心の矢印を二人分に増やすと、頭の後ろに手を添え、どこか気恥ずかしそうに視線を落とす川崎くん。

「……姉ちゃんのためっす」

「え、お姉ちゃんのため……?」

「そっす……あ、俺の姉ちゃん、比企谷先輩と同じ学年で川崎沙希っていうんすけど。何回か生徒会のイベントに参加したって言ってたから、会長さんも知ってるっすよね?」

「………………い、一応は」

「なんすかその微妙な間……」

 だって、今の今になってやっと関係の把握ができたなんて言えるはずないし……。精度の高さに定評のある人物相関図とは一体なんだったのか。

「……まぁそこらへんは聞かないでおくっす」

 答えあぐねていると、不自然に空いた間のせいでシリアスな方向へ解釈が飛んだらしく、訳知り顔で川崎くんが一つ首肯した。

 それっぽく納得してるところ悪いんだけど、わたしがガバガバすぎただけなんだよなぁ……。

「で、話の続きなんすけど……うちの場合は両親共働きなんで、親の代わりに姉ちゃんがいろいろしてくれるんすよ」

「沙希さん、ああ見えてすごくしっかりしてるからねー。しかも結構な世話焼き」

「あー……」

 やたら家庭的というか所帯じみてたのは全部それが理由か。でも、確かに、面倒を見るのは嫌いじゃないみたいな雰囲気は出てたなぁ。あーもーと困ってる感じで言いつつも、妹さんっぽい子の口元を嬉しそうに拭いてあげてたり……とか……。

「……はう」

「あの、このタイミングで会長さんが恥ずかしがる理由、全然わかんないんすけど……」

「いろはさんがこうなる時ってだいたい理由決まってるから大丈夫だよ。気にしないであげて」

「そ、そうっすか……」

 別のワンシーンが連鎖的に蘇ったせいで羞恥心の大炎上を起こしていると、はいはい消火消火とばかりに淡白な言葉が小町ちゃんから放られてしまった。悔しいけど反論できない!

「……わ、わたしのことはいいから! ほら、続き!」

「はぁ、じゃあ……」

 未だ戸惑いの色が残っているも、促された川崎くんは本題を再開させる。

「……で、俺も昔から姉ちゃんには世話になりっぱなしなんす。去年も学費のことですげぇ迷惑かけちまって……でも、今度は姉ちゃんが受験じゃないっすか」

 川崎家の事情は詳しく知らない。けど、言葉の末端部には理解と共感を示せた。また、端々に隠れている遠慮や配慮も痛いほどよくわかってしまう。

 そして、次の瞬間、ふと記憶が巻き戻っていくような錯覚。

 あれ、この展開って……?

「ただでさえ……あ、俺の下にもまだ弟と妹が二人いるんすけど、姉ちゃん、自分の勉強するのも二人の面倒見ながらなんすよね」

 ――ああ。

 わたしが昔、通ってきた道と。

 現在、川崎くんが通ろうとしている道は。

「だから、せめて俺の分くらいは負担を減らせねぇかなって、考えて……」

 恐ろしくなっちゃうくらい、よく似ていて。けど、ちょっとだけ道の作りは違っていて。

 それでも、ぴったりと重なってしまいそうなくらいに、近くて。

「まぁ……」

 こんな方法しか思いつかなかったっすけど。

 最後に一言、そう付け足しながら。

「自分のことくらい自分でなんとかできるってわかれば、姉ちゃんも安心できると思うから」

 川崎くんは、長い独白をそう締めくくった。

 

 

 

 

 




ではでは、ここまでお読みくださりありがとうございました!

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