Fate /The battle of Whirligig 作:ムナゾウ
間桐椿の朝は、早い。
読書家の姉は朝に弱く夜に強い、必然的に朝起きるのは苦手であり、結果的に次女である椿が間桐家の家事全般を担うことになる。
かつてその役目は母たる間桐梅の仕事だったが、その母は姉妹が顔を覚えるより前に死んでしまった。よって幼いときより間桐家では椿が家事を覚え、担当をしてきた。
姉の間桐菊代は、朝が弱いということもあるが同時に間桐の家の正式な後継ぎとして、様々な『習い事』に忙しく家事をする余裕がない。そんな事情もあり、椿は毎日朝早くから、炊事、家事、洗濯をせわしなく行っている。もっともさすがに10年もやっているとさすがになれたものではあるのだが。
「お、今朝の料理は何かな椿?」
間桐家の家長、すなわち椿の父親である間桐幸人は娘の手料理が並べられた食卓につきながら穏やかな声をかけた。
「きゅうりの漬物に、お味噌汁、それに目玉焼きです父様 」
「ほう、これはまたおいしそうだね。しかし、菊代はまだ起きてこないのかい? 」
「お姉さまはどうしても遅いですから。後でお食事を持って行っておきます 」
「すまないね椿 」
いつも通りの会話を交わす2人、もっともこの家には母が亡くなって以降4人しか住んでいないので毎日が同じような会話になってしまうのは仕方ないことといえる。だが椿はこの日常をそれなりに気にいっていた。
「おうおう……相変わらず寝坊しておるのか菊代は 」
陰湿さをいやでも感じてしまう声に椿の表情が一瞬こわばる。そう、間桐家の本当の意味での当主、妖怪、間桐臓硯の存在を除けば。
「おじいさま、おはようございます 」
内心を出すことなく、もう何年も作り続けてきた笑顔を浮かべて、椿は臓硯の分の料理を載せた皿を彼の前に運ぶ。
「お前が家事をやってくれとるお蔭で儂の教育もはかどるわい。菊代もお前を見習ってもう少し早く起きてくれんとなぁ。教育時間が足りんわい 」
そんなことを言いながら味噌汁をすする臓硯に、一瞬手に持っていた盆で殴りつけたい衝動に駆られた椿だったが、すんでのところで思いとどまり、そのまま台所へと向かった。
盆を片付け、自分の分の食器を用意しながら、椿は改めて、現在の間桐の家、自分を取り巻く事情を思い出してため息をつくのだった。
菊代と椿、この2人は間桐家としては久方ぶりの才覚もちの末裔として生を受けた。もっとも飛びぬけて優秀な魔術回路を持って生まれたのは姉の菊代の方で、椿はあくまでも並みの魔術師程度でしかない。だがその『並みの魔術師程度』の人材さえ枯渇しかかかっていた間桐家にとっては、2人の誕生、特に菊代の誕生は非常に大きなものだった。
実質的な当主である臓硯は、菊代を間桐の『魔術師』としての正式な後継者に定め、物心ついた時から厳しい魔術の教育を行った。一方で次女である椿は万が一、菊代が何らかの理由で後継者となりえない状況に陥った場合の代理(スペア)として扱われた。つまり、最低限の魔術的知識は姉とともに教えられたものの、本格的な訓練は受けることはなく、ごく一般的な少女として育てられたのだ。
椿は、その理由は分からないまでも、幼いときから『何か』に備えるために『道具』扱いされる姉の姿を見てきた。そして、姉がその立場にいるおかけで自分が『魔術師』の家に属しながら『一般人』と同様の日常を送れることに罪悪感を感じ続けていた。
かといって、自分にできることはない。『魔術師』としての正規の教育を受けていない、というより受けさせられていない椿には、姉を救い出せる力などないし、なによりあの妖怪、間桐臓硯に逆らって勝てる見込みなどまったくない。
故に今日も椿はどうにもならない思いを胸に抱きながら、毎日の日課をこなしていくのである。
さて、そんな日課の中に冬木市中心部への買い物がある。時は昭和11年、国内では農家の不作なども発生していて地方によっては飢餓も起きていたが、冬木市に関してはそういった問題にはまだ襲われていなかった。港をもつ貿易拠点というところも大きいのだろう。どちらにせよ椿にとってはありがたい話ではある。
冬木市の中心部に椿が向かうのは大抵夕方である。間桐の家が比較的裕福なために冬木中学校に通っている椿は、どうしても買い物ができる時間帯が平日では夕方、学校から帰宅する道すがらになってしまうのだ。
もっとも椿からすればほぼ一日中家にいる妖怪、臓硯と少しでも顔を合わせるのは嫌なので、寄り道をして帰る堂々とした言い訳を作れる帰りの買い物は楽しみの一つでもあった。
冬木市の港付近にある公設市場は、朝から晩まで開かれ、様々な品物が出回っている。魚介類などが多いが、それ以外にも海外からの嗜好品など掘り出し物が出回っていることもある。椿とて年頃の少女であるため、化粧品などが出回るのをこっそり楽しみにしていたりする。
だが、その日、市場を訪れた椿はいつもと雰囲気が違うことに気が付いた。いつもは大勢の露天商でにぎわう市場に今日に限って人っ子一人いないのだ。わずかに市場の運営所の人間が歩き回っているだけである。
「あの…..なにか、あったんですか? 」
恐る恐る聞いた椿に市場運営所の顔見知りの男は、不機嫌そうな、そして少し不安げな表情を浮かべながらこう答えた。
「帝都から、ここに向かってたらしい船が派手にぶっ壊れた状態で流れ着いたんだよ。陸軍さんが調べていったんで、何事かあるんじゃねえかってことで今日はどこも店じまいさ 」
椿はその言葉にギョッとした。船が嵐などによって被害を受け、冬木港に避難してくるということは珍しくない。だが船が大きな損害を受け、港に流れつくなどという事態は、この冬木市の歴史の中で一度たりともなかったことである。しかも、それを『軍事』をつかさどる陸軍の兵隊さんがわざわざ調べに来たというのは、どう考えても異常である。
「それで、その船はどこに? 」
「ああ、あれだよ 」
男が指さす先を見た椿の目は、確かに冬木の砂浜に座礁する船の姿を捉えた。
巨大な輸送船。その側面には何やら外国語で文字が刻まれている。もし椿に外国語を解することができていれば、そこに書かれていた文字を読み解くことができただろう。
そこにはこう刻まれていたのだ。『裏切者達(フェアラート)』と。
市場に買いものができなかった以上、家にある食材で夕食を作るしかない。せっかくの寄り道タイムが取りやめになってしまったことに内心落胆しながらも、椿は家への帰路を急いでいた。間桐の家に行く途中には小さな公園が存在する。そこを突っ切ると家への近道なのだが、さすがに夕方になると公園自体も暗闇に包まれ、通り抜けるのはかなり勇気がいる。
魔術師という『異能』の家系に生まれながら椿はそういった『心霊』やら『お化け』の類は大の苦手であり、よほどの用事がない限りあえてこの時間帯に公園の近道を使おうとは思わない。だが今日に限って言えば、港で遭遇した思わぬ事件のせいで帰りが遅くなってしまっているため、使わざるを得なかった。
「(どうか、何も出ませんように……!)」
別になにかそういったいわくつきの場所でもないのだが、『暗い、静か、不気味』の三拍子そろった夕方の公園は彼女にとっては『出る場所』に他ならないのである。
だからこそ、公園の茂みから突然物音がした瞬間、彼女は本気で心臓が止まるかと思った。突然がさっと、犬や猫にしてはあまりに大きな動物が動いたような物音が背後の草むらから響いたのだ。
「(え、うそ!?本気で出た?幽霊?お化け?)」
その場でへたり込み、完全に硬直状態にある椿は、なにやら背後から誰かが迫っているような感覚を覚えた。
気のせいだ、そんなはずはない、お化けなんて、幽霊なんて存在しない。そう必死に自分に言い聞かせるが、やはり背後の気配は消えてくれない。かといって超怖がりの彼女に後ろを思い切って振り返る勇気などない。
ついに、その背後に気配はすぐ後ろまで近づいてきた。
「(ムリムリムリムリムリ!!ええい、もうどうにでもなれぇ!!) 」
もはやどうしようもなくなって自暴自棄に近い思いを載せて椿は背後の存在に肘鉄を放った。そもそも幽霊だったとすれば物理攻撃無効のはずだが、そんな考えをする余裕など彼女にはなかった。
「グ!むきゅう…….. 」
だが予想外に背後の存在はもろに肘鉄を喰らったらしく、妙な声と共に地面に崩れ落ちた。
「へ!?効いた?お化けか幽霊なのに? 」
慌てて背後を振り返った椿は、そこに横たわる2つの人影に思わず声を上げた。
「ちっちゃな……..子供…….? 」
そこに横たわっていたのは、ぼろ布のような服をまとった短髪黒髪の肌白い少年、そして対照的に黒の長髪で着物をまとったかわいらしい少女だったのである。
さて、ようやく話が始まりました。
しょっぱなからオリジナルキャラを複数登場させましたので以下に、それぞれのキャラの紹介を載せておきますね。
①間桐椿
間桐家次女。間桐家としては久方ぶりの『才覚もち』だったが、同じく才覚もちであった『姉』が次の聖杯戦争に勝利するための「駒」として扱われている場面を度々目にしていたことで、家自体に嫌悪感を持ち、同時に『姉』が自分の身代わりになっていくれているという罪悪感から『人助け』をしたいという願望が強い。
魔術の才覚はあるものの、姉には劣るため、正規の魔術教育は受けておらず、魔術はほとんど扱えない。
黒の短髪で、前髪に椿の花をかたどったピンセットをつけている。
②間桐菊代
間桐家の長女。妹の椿と同じく間桐家としては久方ぶりの才覚もち。妹思いなやさしい性格の持ち主で本来戦い向きの人間ではない、物静かな文学少女。
察しておられている方も多いと思いますが、最後に登場させた2人はこの作品のキーパーソンといえる存在です。もちろん間桐椿もこの話における重要人物の一人であります。
第4次聖杯戦争においては、間桐家に属する男性が遠坂家に属する女性(誰かとは言いません)のために奮闘しました。
間桐と遠坂は聖杯戦争をめぐって敵対関係といえますが、第4次を巡る人物関係がそうであったように必ずしも一切交わらないということはないようです。特にそれが「一般人」と同様の生活を送ることを許された者どうしなら........。
とうわけでぶっちゃけてしまいますと、今回間桐の家の『女性』を出した以上、次回は『遠坂』の家の『男性』を登場させる可能性が高いです。
オリジナルキャラクターたる、この『遠坂』の男と『間桐』の女が何を引き起こすのかは、これからの展開をお待ちください。
スローペースの投稿になりそうですが、頑張って執筆を続けていきますのでよろしくお願いします。
それと時代背景は1930年代の日本です。より具体的には1936年、昭和11年の日本です。この年代を聞いてもしやと思う方もいるかもしれませんが、そこはご想像にお任せします。ただ一つ言えるとすれば、この物語の舞台は冬木市のみではないということです。
それでは、次のあとがきでまたお会いしましょう!